客間のふすまを開けると、鴆さんは仏頂面で座っていた。
「若!」
「うわっ、はい」
「お久しゅうございます。鴆でございます」
「鴆さん。久しぶり!」
畳に拳を打ち付けて挨拶する鴆さんは、昔と変わりなく強面だけどやさしい笑みをうかべていて、とても懐かしかった。
「はっはっはっ。鴆さんなどと――――。鴆でいいのに」
いや、なんとなく見かけとかすごく大人になって、さすがに昔みたいに鴆くん呼ばわりだと違和感があるんだけど……。
まぁいいか。鴆くんだし。
鴆くんの前に座ると、ふすまの向こうからなにやら争う声が聞こえ、一瞬空気が冷たくなったと思ったら騒ぎがやんだ。
な、なんだろう。なにが起こって……。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
雪女がしずしずと入ってきた。
お客さんの鴆に気を使っているのか、いつもより大人しく丁寧で――――。
「あっ」
じゃなかった!?
「あつっ!あつっ!あつい~っ!」
お茶が!
頭からかぶって!
熱い!!
「た、大変!ふーーーっ」
カキンッ
こ、今度は冷たい。
寒い。
動けない。
「クルルゥぁアアアアアア、雪女!リクオ様によ!義兄弟になにしてくれんじゃい!いくらお前でも容赦しねぇぞ!」
鴆のすごみは相変わらず怖いなぁ。
組の中で一番極道っぽいきがするよ。
うぅ、寒い。
「はいはい。雪女、あなたは下がりなさい」
「き、桔梗様!」
「それから、ふすまの向こうにいるみんなを解凍してあげてね。そろそろ死んじゃうから」
「は、はいぃぃぃ。失礼しましたぁぁぁ」
雪女は慌てた様子で出て行った。
「姫様!お久しゅうございます!」
「はい。お久しぶりですね。体の具合はいかがですか?」
「それはこちらのセリフです。しょっちゅう倒れていたのはどこの誰ですか」
「あら、誰だったかしら。記憶にないです」
「まったく、昔から無茶をして。しかも頑固ときました。今も、それはお変わりないようで」
「ふふふっ」
……なんだか、ぼくをおいて仲よさげだなぁ。
っていうか、ぼくを助けて。
※※※※※※※※※※
リクオの氷を割って、私は入れてきたお茶を二人に出した。
「……これはもしや?」
「えぇ。私が入れたものです」
「!?」
リクオ、どうしてそんなに驚いているのですか?
「では、ありがたくちょうだいします」
「あ、鴆くん!まっ――――」
鴆さんは私の入れたお茶を勢いよく仰ぎました。
隣でリクオが震えていますが、まだ寒いのでしょうか。
「いかがでしょうか」
鴆さんは湯呑を戻し、余韻を吟味するかのように黙りました。
そして、
「ぐっ……」
突然胸を押さえてうずくまりました。
「やっぱり!鴆くんが死――――」
「結構なお手前で。成長しましたね。桔梗様」
「うそっ!?」
なんですか、さっきからうるさいですねリクオ。
お茶でも飲んで静かにしてなさい。
「え、桔梗、そのお茶をどうす――――むごぉっ」
頭を押さえてお茶を飲ませてあげると、最初は抵抗していたリクオは大人しくなりました。そして、
「ごくん――――うっ、胸が熱っ――――あれ、おさまった。っていうか、なんかスッキリした。すごく晴れやかな気分なんだけど!」
「桔梗様が入れたお茶は鴆の家に伝わる薬膳茶。調合が難しく失敗すればしばらく内臓が千切れるような痛みがありますが、成功すれば病気のもととなる悪いものを、体の内側を綺麗にしてくれるお茶です」
「え、そんな危険なお茶を飲ませたの?」
「先日やっと調合に慣れまして。実際に飲んでいただいて報告したかったのです」
0.01グラムでも違えば成功しないこのお茶の調合は、その時の天気や湿度など、あらゆることを考慮し、その時々で配合する量を変えなければならなりませんでした。
慣れるまでは長い時間を用しました。
いつもは私が飲んで試していたのですが、飲みすぎてよくわからなくなっていたので、他の方に飲んでもらいました。
一ツ目に飲んでもらったときは失敗でした。飲んだあと一ツ目は部屋だけでなく庭を転げまわり、最終的に池に落ちて溺れそうになるところを河童に助けられていました。
牛鬼にも飲んでもらったのですが、牛鬼は痛いともスッキリとも言ってくれず、いつもの無表情で固まってしまって参考になりませんでした。
一度、成功したと思って総会に出したときは失敗だったらしく、牛鬼以外の全員が倒れてしまい、その日の総会は中止になりました。
結局、「この痛さがくせになる」というおじい様に協力してもらい、先日やっと成功して、おじい様の口から「スッキリ!」を聞くことができました。
『ねぇ、どういうこと!?桔梗が料理うまいなんて!』
『あれは料理というより医術です。桔梗様は料理はあれですが、医術系は失敗したりしません。桔梗様は不器用なのですよ』
『なのに繊細な調合ができるってどういうこと?いったい何が違うっていうのさ!』
「お二人ともどうかされましたか?」
「「いえ。なんでも」」
「それより、桔梗ってばずっと鴆くんに薬のこと習ってたんだね」
「えぇ。治癒能力があるといっても、すぐに治していいものとそうでないものがありますから。そういった毒や薬の知識、そして体のことなんかも知っておけば、短時間で適格に治すことができるでしょ?そういったことに一番詳しいのは鴆さんですし、昔弟子にしてくれってたのんだんです。なので鴆さんは私の師匠です」
「師匠って柄じゃないんですがね」
「いいえ!教えてもらう立場なのですから、これは当然です。師匠は師匠です」
鴆さん――――いえ、師匠は照れたように頭をかきました。
「――――さて、若はお変わりなく。今日はどんな悪戯をなさったんで?」
「え?あぁ……」
「総会になかなか参加できず、申し訳なく思っております」
鴆という妖怪は毒の羽をもつ妖怪です。
年月をかけてその毒が己を蝕んでいくため、鴆という妖怪は短命でとても弱い妖怪なのです。
師匠はその毒がかなり体を蝕んでいるようで、最近では動き回ることを控えるようになっていました。
「あぁ、いや、ぼくは幹部でもなんでもないし、総会に参加はしないよ」
「なんと。若は万の妖怪の主となるお方。そんなことではどうします!若が奴良組三代目を継ぐのを今か今かと……。この鴆、楽しみにしているのです」
「いやぁ、無理だよ。ぼく人間だし」
「……」
あ、これはいけませんね。
ザ・極道の鴆にこの発言は――――
「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」
やはりキレてしまいましたね。
リクオが驚いて尻餅をついてしまいました。
「聞いてるぞリクオよぉ。てめぇがふぬけて誰一人幹部の賛同を得られず、三代目をげんでいるのは!」
「知ってたの?」
「当たり前だ!どういうことか説明してもらおう」
「だって……人間が妖怪の総大将なんて変だろ!だからぼくが継ぐのは――――」
リクオが唇をかみしめます。
師匠はそんなリクオに怒りの沸点が超えたようで、黒い羽根が部屋に舞いました。
「死ねぇ!このうつけがぁ!!いつの間にそんな軟弱になりやがった!」
「う、うわぁ!!誰か助けて!」
鴆の羽根は毒の羽根です。
触れるだけで毒が全身に回って大変なことになってしまいます。
なので、リクオの叫びを聞いて駆けつけた妖怪たちも、部屋で盗み聞きしていた小妖怪たちも、毒の羽根を見て逃げ出してしまいました。
「こんな奴のために生きてるわけじゃないわぁ!――――ぐっ!?」
「師匠!」
師匠は口元を押さえてうずくまりました。
駆け寄ろうとしましたが、手で制されてしまいました。
「大丈夫だ。さっきの茶のおかげで、暫くはひどくならねぇよ」
先ほどの薬膳茶は体の中の毒をも綺麗にする効果を持ちますが、長い年月をかけて強くなった鴆の毒は、多少のお茶ではすべてを綺麗にしてくれることはできません。
「とりあえず、今日はもう帰るぜ」
師匠はふら付きながらも立ち上がり、最後にリクオを睨んで出て行ってしまいました。
「……あんなに体が弱っているのに、どうして無理をしてここに来て……。もしかしてじいちゃんが」
リクオは、おじい様が鴆を無理に呼びつけたと思ったらしく、怒りぎみに部屋を出て行ってしまいました。
私はとりあえず散らばった湯呑をかたずけることにしましょう。
「失礼しま――――あ、桔梗様!そんなことは私がやりますので!」
「そう?なら雪女。お願いします」
なら私は着替えてきましょうか。
「……桔梗様?なにか、落ち込んでいらっしゃいますか?」
「なんのことです?」
「い、いえ!気のせいだったみたいです。失礼します!」
変な雪女ですね。
そうだ。私は早く着替えて夕飯の手伝いでもすることにしましょう。
今日はなんだかうまくいく気がします。
※ふすまの向こう
誰がお茶をだすのか合戦
勝者:雪女
※極道・鴆
義理・人情!の極道っぽい気がする。
※桔梗のお茶が飲める
なん……だと……!?
※師匠
桔梗は鴆に薬や医術のことをならっています。
※今日はなんだか……
エマージェンシー!エマージェンシー!