八歳になりました。
「ん~っ……はぁ!今日もいい天気で平和な」
「きゃぁあああああああああっ」
…………。
「どうした雪女!――――うおぉおおおおおおお!?」
「あははははっ!引っかかった、引っかかった!」
吊るされる雪女に、落とし穴に落ちた黒田坊と青田坊が騒いでいますが、リクオは気にした様子はありません。
リクオも八歳になりましたが、いたずら好きは昔から変わっていません。
むしろ、知恵がついた分、厄介になってきているかもしれません。
「あ、桔梗!」
リクオが縁側に立った私を見つけて駆け寄ってきました。
しかし、私の格好をみるや、自分の羽織を私の肩にかけました。
「そんな薄着じゃ風邪引いちゃうよ」
「ふふっ、ありがとう。リクオ」
もっと幼いころから私が倒れるところを見ていたリクオは、やたら体調を気にします。少しでも薄着で外に出ようものなら、こうして飛んできて注意するのです。
「けど、もうこれくらいで風邪を引いたりしないですよ」
「そんなこと言ってすぐ油断するからダメなんだよ!この間の体育の授業だって――――」
そう。今の言葉の通り、私は小学校に通っています。
学校にバスで登校できるくらいには体力がついたのです!
がしかし、この間の体育で調子に乗って長距離を走っていたら、グラウンド一周しないうちに倒れてしまったのです。
うぅ、無念です……。
「――――もう、聞いてる?桔梗!」
「えぇ。聞いていますよ」
「嘘だね」
……何故わかったのでしょう。
これが双子特有の不思議な力なのでしょうか。
「はぁ。桔梗は顔に出やすいからすぐにわかるよ。――――とにかく、今度の体育の授業は欠席だからね!」
「……」
「い・い・ね!」
「はーい」
私の返事を聞くと、リクオは満足そうに頷いて、「じいちゃんと遊んでくる!」と言って走り去りました。
まったく、その体力が羨ましい限りです。
早くしないと、戦いが始まってしまうというのに……。
生まれ出でて八年。
私は奴良桔梗として生まれた理由を忘れてはいません。
“旅人”
異世界からの来訪者。
のちに世界を破壊しつくす安倍晴明のもとにつき、別の世界へ行く門を開いた者。
私はこの“旅人”を倒して、必要以上に安倍晴明へ力を与えることを防がなければなりません。
そのためにはまず、体力が必要不可欠であるのですが……。
「まずは五分以上走れるようにならないとですね!」
前世の弟のため!
今の家族のため!
そして、あの人との約束を守るために。
※※※※※※※※※※
「ほら、桔梗!バスに乗り遅れちゃうよ!」
「私はもう準備できていますよ。それよりリクオ、体操着は持ちましたか?」
「あっ!忘れてた!」
リクオは慌てて自分の部屋に体操着を取りに行きました。
ふと、とある部屋に目がいきました。
「おはようございます。……父様」
主のいない部屋。
この部屋は時々母様が掃除している以外、ずいぶん長いこと誰も出入りしていません。
「桔梗!お待たせ!」
リクオがきたので、視線を外し、集まっている妖怪たちに手を前にそろえて丁寧にお辞儀をします。
これはもう、前世でお嬢様をしていた時からの癖のようなもので、妖怪たちに「おやめください!」といわれても続けています。
彼らも今ではあきらめたのか、苦笑しています。
「いってきまーす!」
「いってまいります」
私とリクオは、屋敷のすぐ近くにあるバス停へ向かいます。
バスはもう来ているようで、次々と人がバスに乗り込んでいます。
「あ、カナちゃんだ!」
いち早くリクオが彼女を見つけて叫びました。
リクオの声に振り向いたカナちゃんは一瞬嬉しそうな顔をしましたが、すぐに不機嫌そうな顔をしました。
ふふっ、膨れた頬が可愛いです。
「もう、遅いよ二人とも!もうバス来てるし」
「だってみんなが――――」
「おはようございます。カナさん」
「あ、おはようございます。キーちゃん」
言い訳をいうリクオを遮り挨拶をする私に、カナちゃんもお辞儀を返してくれます。
いい子です。
朝の挨拶は大切ですよ、リクオ。
そして、“キーちゃん”というのは、もちろん私のことを指します。
小学生の子どもたちには、“桔梗”という名前は言いずらいらしく、入学して早々あだ名がつきました。
”キーちゃん“など、フランクに呼ばれたことは今までなかったので、とても新鮮な気持ちです。
バスに乗って座席に座ると、リクオがカナちゃんに「一度、家においでよ」と誘っています。
「嫌だよ。リクオ君家、見た目お化け屋敷みたいだもん」
むっ……。カナちゃん。屋敷が古いからって、それは偏見ですよ?
今では珍しい日本家屋なのですから。
現代建築ではない縁側で飲む緑茶は最高なのですよ?
……まぁ、“お化け屋敷”という点では当たっていますが。
さて、この話はこれくらいにして。
私は一つ心配していることがあります。
リクオが、妖怪のことを当たり前に話してしまっていることです。
現代の日本にとって、妖怪がどのように位置づけられているかは、よく知っています。
“空想上の存在”
それが現代人の考える妖怪なのです。
不思議な現象は科学でなんでも解決できる今の世で、妖怪が本当に存在すると信じている人は少数でしょう。
それは月日が過ぎるとともに妖怪を視る人が減っていったからです。
悲しいことに、人は自分の目で見ないものは、なかなか信じることができないものです。
だから、妖怪を視たことないカナちゃんは、妖怪の存在を信じていません。
カナちゃんだけではなく、小学校に通う子供たちもみんな――――。
「……みんな面白くていい奴らなんだけどな」
リクオの呟きは、私にしか届きませんでした。
周りと違うものは弾かれる。それが学校というところです。
妖怪の彼らを庇いすぎて、いじめられないといいのですが……。
※※※※※※※※※※
今日の授業一時間目は国語です。
一応体は子供、頭脳は大人なものですから、授業内容はとても簡単です。
しかし、以前は高校以外お嬢様学校で、しかも進学校でしたので、こんなのんびりとした授業は初めてで逆に新鮮です。 この平和な雰囲気はとても気持ちよく、授業で寝たことがない私でも、瞼が重くなります。
しかし、義務教育とはいえ親がお金を払ってくれている授業で寝るわけにはいきません。そんなことは、一生懸命教えてくださっている先生にも失礼ですし、何より私のプライドが許しません!
「……あー、奴良?先生を睨んでるが、何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、おかまいなく。どうぞ授業を続けてください」
「あ、はい……」
寝ませんよ、私は!
『わーっ、奴良君はやーい!』
おや、どうやらリクオは外で体育みたいですね。
短距離走でリクオが一位になったようです。
妖怪の血が流れていることに加え、毎日雪女や青田坊たち相手にやんちゃしていますからね。身体能力はここにいる誰よりもすぐれているでしょう。
好成績をだしたリクオがみんなに囲まれています。
口々に褒められてリクオも悪い気はしないでしょう。自慢げに何かをいっています。
……『早いのは当たり前だよ。僕のおじいちゃんはぬらりひょんだからね!』だなんで言っていなければいいのですが。
妖怪を信じていない人からみれば、ただの痛い子ですよ?