俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero 作:IMBEL
…3巻編、いつ終わるんだろう? 次の4巻編は書きたいこと山ほどあるのに…。
そしてその日の放課後、総二と光太郎は理事長に呼び出され、処分の結果が伝えられることとなった。光太郎と総二は椅子に座り、今朝と同じように理事長と対面する。
「では、今回のあなた達が犯した件につきましては……不問といたします」
…その結果は、お咎めなし。
反省文やゴミ拾いなどの罰則を覚悟していた光太郎としては、今回の件が不問となったことに対して喜んでいいのか戸惑っていいのかが分からない複雑な心境だったが、その動揺を表に表わさないように、努めてポーカーフェイスを保っていた。
「これはあなたたちが新入生であることを配慮した結果です。確かに私にも不甲斐ない部分はあったとはいえ、生徒が無断で理事長室に入って来ることは好ましい事ではありません。今回は知らなかったという言い訳も通じますが、さすがに2回目ともなると体面上、何らかの罰を与えない訳にはいきません。次回からはくれぐれも注意するように」
「はぁ…」
総二が困ったようなリアクションをするが、それは光太郎も同じだ。理事長はまるで親戚の子供をあやすような穏やかな表情でいたからだ。何か、期待を込めたまなざしで2人を見つめているような気がする。朝のあの恐ろしいまでの空気が嘘みたいだ。
「あれから慧理那とも長い間話しましてね…」
理事長の話によると、慧理那さんと昼休みが終わるギリギリまで二人っきりで相当長い間話し込んでいたらしい。でも、慧理那さんはもう泣いたりはしなかったとのことだ。
それを聞いて、光太郎は少しだけ安心した。
婚姻の件などがどうなったかとかは分からないが、これを機に神堂家のツインテールに関する掟が多少はマシになれば、と光太郎は切実に願う。オシャレはどんな女の子にも与えられた権利なのだから。そして、それら全てをひっくり返したうえで慧理那がツインテールを好きになってくれた方が光太郎も嬉しい。
「…しかし、驚きでした。大和男子は絶えて等しいと思っていたのですが……知らぬばかりでいるものなのですね」
「!」
ちらりと理事長の視線が光太郎を捕えると、光太郎はつい反射的に目を逸らしてしまった。
光太郎は大和魂がどうだこうだであの長ったらしい文句を言ったのではない。
あれはただ、自分が怒りをため込んだ末の、胸の中に溜まっていた鬱憤や本音が飛び出してきてしまっただけだ。しかもそれは自分の意志で解き放ったのではない、ただ怒りに身を任せ、無意識の内に言ってしまっただけだ。だからあれは決して勇気を出して言ったのではない、半ば暴走した故の現象なのだ。
…そう、結局の所、あれは光太郎が時たまにやってしまうツインテールの暴走の延長線に過ぎないのだ。確かにツインテールを愛してはいるが、それを言えない鬱憤やストレスが歪んだ形となって出てしまっただけだ。
(…俺は、総二とは、違うんだよ……)
朝の一件を終え、光太郎を待っていたのは激しい自己嫌悪と後悔の嵐だった。総二たちから逃げた後、体育の授業に出るふりをして男子トイレの個室の中に逃げ込んで何度後悔した事か。…それからの間、光太郎のテンションはずっと下降を辿っている。ここまで落ち込んだのは、ツインテイルズ関連のトラブルを除けば初めてのことだった。
(…いつも、いつもそうじゃないか。一時のテンションに身を任せた結果、いつも後悔して…今まで、それで碌なことがなかっただろ?)
だから、光太郎は己の行為を褒められてもそれを素直に認めることができなかった。普段からツインテール好きであることを隠しながら生活し続けてきた自分としては、それを褒められたり、受け入れられることにどうしても慣れていない。これは総二とは違い、光太郎の周りには幼い頃からツインテールを肯定してくれるような人物が…愛香のような人物がいなかったことも関係しているのだろう。
パートナーのレイチェルですらこの件をからかわれると少々のダメージがあるのに、ほぼ初対面の理事長から言われるともろにダメージとなって光太郎の心を抉る。
「ツインテールを愛する心…男性として一番大切ともいえる心を2人の男子が持っているとは…この神堂慧夢、まさに感無量でしたわ」
今度は総二に向けてたおやかな笑みを向けると、総二は光太郎とは対照的に、嬉しくて堪らないような顔をしていた。
「…じゃあ、慧理那のお父さんたちも…ツインテールを愛しているのですか?」
「ええ勿論。神堂の女は代々、ツインテールを愛する男性を夫として迎えてきましたのよ」
「へえ…」
「ただ、ツインテールを好きというだけならば誰でもできます。事実、私があなたたちと同じ年の頃、口先だけでツインテール好きを豪語する男性は星の数ほどいましたわ。だからこそ、分かるのです。見えるのです。まるで太陽が輝くかの如く、ツインテールを愛するあなたたちの心が」
「…………」
理事長の言葉に表情こそ出さないものの、純粋に喜ぶ総二とは対照的に苦い感情を味わう光太郎。光太郎にとって、総二と同等に扱われるのがとても耐えられない。
何故なら、光太郎は総二ほどツインテールのことを純粋に愛することができない。胸の中にあるツインテール愛をこそこそと他人にばれないようにしている自分と、当たり前のようにツインテールのことを語れる総二と同じとはどうしても思えない。
…だって光太郎は正体がばれる心配のないテイルファイヤーの姿ですら、はっきりと自分の口から「ツインテールが好きだ」と一度でも言ったことが無かったのだから。自分の正体を隠さずに、まるで当たり前のように愛を叫べる総二が、光太郎にとっては雲の上のような存在に思えてしまう。
(それに、俺はどう思われているんだろう…?)
更に言えば、今朝の件で総二たちが目の前にいるのに不覚にもツインテールのことを叫んでしまったことも悔やまれる。あの場にいた面々には自分が思っている感情の叫びを聞かれてしまった。目の前にいる理事長にも、隣にいる総二にも、あの時扉の向こう側にいた愛香さんやトゥアールさん、しいては尊先生にもだ。
…皆は、そして総二はそのことをどう思っているのだろうか? ツインテール馬鹿として受け入れてくれるのだろうか? それとも、これからは気持ち悪い存在として認識するのだろうか? それとも、別に何とも思っていないのだろうか?
…そんな葛藤もあってか、今朝から総二との関係がどこかぎくしゃくし始めている。
急に逃げ出してしまった光太郎を敬遠してか、あまり話しかけてこなくなったのだ。事実、隣にいる総二とは理事長室に入ってから一言も口を交わしていない。
ちなみに尊先生は心配そうに「いつもより多めだからな」と、婚姻届を十束くらい一気にプレゼントしてきたが、光太郎はそれを職員室のシュレッダーでまとめて粉砕させてもらった。
「それにしても、観束…ですか」
「? 俺の苗字に何か?」
理事長の何かを懐かしむような目に、総二は首を傾げた。
「ああいえ。少しばかり学生時代を思い出してしまいましてね」
「学生…?」
「ふふ、私とて人ですから。あなた達と同じように甘酸っぱい思い出や青春を経験して、親になっていますのよ」
…しかし、理事長の語りはどこか変な方向へと歪みだした。
「…しかし、観束…観束ですか…珍しい名字だと感じていましたがこのような偶然が……いや、まさか…あの方は『自分の子供に
「「…………………………………………」」
総二が何か嫌な予感を感じたのか、はたまた戸惑いを覚えたのか、光太郎と同じような顔へと変貌していく。
…その人は、一体何年先の未来を見据えて、そんな名前を付けようと考えていたのだろうか…総二もきっとそんなことでも考えているのだろうか。
「……ところで、2人に聞きたいことがあるのです」
「「! は、はい!」」
急にシリアスモードに戻った理事長に緊張してしまい、両者のトーンが半オクターブ上がる。
「お二人は、若いうちからの結婚をどう思いますか?」
「?」
…どういうことなのだろうか? 慧理那さんの結婚に関しての質問なのだろうか?
「慧理那の婚約者たちにもツインテールが好きかどうかは十分に調べましたのですが…聞けば聞くほどにその他に難がある相手ばかりで母も悩んでおりましたのですが………渡りに船とはまさにこの事…! お二人とも、娘の慧理那とけ」
だが理事長が最後まで言い切る前に、神がかり的なタイミングで2つのデバイスの音が鳴り響いた。
「「!!」」
制服のポケットにあるトゥアルフォンの音に驚いて立ち上がる総二と、自分の腕にあるテイルリストの音に驚いて転げ落ちる光太郎。両者の奇行に驚く理事長を置いてけぼりに、パートナーの声が伝わってくる。
『光太郎! エレメリアンが来たわよ!!』
「ツインツインツインテール、ツイツイツイン、ツインテーツイン!!」
「……………は?」
…エレメリアン襲来という緊張感は、総二が突然発した古代ツインテール語に完全に霞んでしまった。あまりのショックで思わずレイチェルとの通信を切ってしまった光太郎は、信じられないものを見るような目で総二を眺める。
「ツイン、ツイツイツイン!」
総二は二言三言とツインテール語を発すると、そのまま何食わぬ顔で携帯を切る。
「理事長! すみませんが急用ができました、失礼します!!」
それだけを言い、総二は大急ぎで理事長室を出ていった。取り残された光太郎も、早くこの場を離れなければと思いだす。
「お…俺も、バイトの時間が近づいていましてですね…これにて失礼します…」
短くそれだけを言うと、ばっと立ち上がって理事長室から退散した。
「……まさか…まさか、古代ツインテール語を喋る人間が、実在したとは…ますますあなたたちに興味が湧いてきましたわ…」
あれ、実在する言語だったの?
ドアを開ける際に理事長がようやく発した言葉に猛烈にツッコミを入れたかったが、光太郎はグッと我慢して、廊下に飛び出す。このまま留まっていれば、とんでもないトラブルが飛び火してしまいそうだ。あなたもツインテール語が話せるのですか、などの超展開には光太郎もついてはいけない。
「!」
「きゃあ!!」
どうやら理事長室の会話を盗み聞きでもしていたのであろう、扉の近くに居たトゥアールさんや愛香さんと危うくぶつかりそうになりながらも全力で廊下を駆けだす。
(……総二って、ツインテール語で話せる友人がいるのか…)
自分とは違い、ツインテールのことを思いっきり話せる相手がいるということに、驚く光太郎。
…実際は、トゥアルフォンの音声変換機能で、ツインテイルズ関連の会話内容を一般人にばれないようにしているだけなのだが、そうと知らない光太郎は勘違いをしたまま、テイルドライバーが入っている通学カバンを持ってくるために猛ダッシュで教室へと向かうのだった。
※
今回のエレメリアンの出現現場は他県のイベントホール。どうやら、何かの大掛かり的なイベントが行われているらしい。周囲への被害が広がらないように、また俺たちへの精神的な被害が出ない内に倒さなければ。
いきなりイベント会場にツインテイルズが現れるという混乱を避けるために、少し離れた地点に転送し、そこから自らの足で向かうこととなった。ビルからビルの間をテイルファイヤーに変身した光太郎が猛スピードで駆け抜けていく。
「……くそ」
理事長室を出てからまだ5分も経っていない内での出撃とあってか、光太郎のテンションは憂鬱気味だ。そんな光太郎を把握しているのか、レイチェルがしきりに心配そうに通信を送ってくる。
『…あんた、大丈夫なの?』
「…何がだ?」
『ギアのコンディションが、少し調子が悪いのよ…何かあったでしょ?』
「…別に、なんでもない」
テイルギアは精神力である属性力がエネルギーとなっている。つまり、ローテンションの精神コンディションではギアの性能を十分に引き出すことはできないのだ。その為、レイチェルは心配しているのだろう。
『本当に? 学校で何かあったんじゃないの?』
「お前は母親かなんかか?」
つい、きつめな口調でツッコミを入れたが、レイチェルは笑わなかった。
『別に…そんなんじゃないけど…』
「……悪い、戦闘になったら、すぐに切り替えるさ」
少しばかり言い過ぎた、とレイチェルに謝罪して通信を切った。
(…レッドやブルーの前で、こんなテンションじゃ心配される…)
パチンと顔をひっぱたいて、無理矢理にでも気分を切り替える。そう、総二たちとの気まずさをツインテイルズの活動にまで引きずってはいけない。彼女たちまで心配をかけさせてはいけない。
今の自分はツインテールを守る戦士、テイルファイヤーなのだ。私情を挟まずに、エレメリアン退治と行かなければ…。
トン、とイベント会場付近の電柱に着地すると、大勢の群集で一杯の駐車場では何やら騒いでいる声が聞こえてくる。
「CDの初回特典の三つ編み券よ~! 交流者全員漏れなく三つ編みにしてあげるっ!!」
「「だぁあああああああああああああああああ!?」」
眼下の暴言にショックを受けたのか、丁度この場にやってきたレッドとブルーが頭から地面へと突き刺さった。リヴァイアギルディとクラーケギルディの焼き増しみたいな光景だ。
「何、空からツインテールが降って来るとは…この世界、そこまでツインテールが飽和しているのか!?」
とんちんかんなリアクションもさながら、立ち上がりざまにブルーに蹴りを入れられ、吹き飛ばされるエレメリアン。
…あのエレメリアンのキャラがさっきと変わっていないか? という疑問はあったが、戦闘の幕開けにファイヤーも電柱から飛び降りて、戦闘へと参戦する。
「ほう! つられて新たな戦士がやって来たか! やはり地球はツインテールの星とはよく言ったものだ!!」
一人盛り上がるエレメリアンを無視し、辺りを見渡したがイエローがいないのが気がかりだったが、ここにいないのならば仕方ない。3人だけで戦うしかないだろう。
「あっ、ファイヤー…」
「レッド。久しぶりだな」
レッドと偶然目が合ってしまい、何となくあいさつを交わす。
「その…腕、大丈夫、なのか?」
心配そうに右腕を指さすレッドに、ファイヤーは右腕部分のアンダースーツをまくりながら答える。
「ああ、もうすっかり大丈夫さ」
「………そう、か」
レッドとはこの前の戦闘終了後以来、久しぶりの再会だったからか、どこか気まずさがあった。オウルギルディ戦であの場に留まらず、変に逃げたことが影響しているのだろう。
(ああっ、くそ…最近の俺、逃げることしかしていない…)
男としての自分とテイルファイヤーとしての自分が重なってしまい、苛立ち混じりでガシガシと頭をかきながらブルーを一瞥すると、どこかブルーの機嫌も悪そうだった。
「全くあいつら…ほんっと悩みが無くて人生楽しそーよね!!」
「…そうとも、限らぬぞ」
「!」
吹き飛ばされたエレメリアンは攻撃を受けながらも両腕でしっかりとガードをしており、ダメージをさほど受けていなかった。とっさの判断であれをやれたのならば…只者ではない。
そして、肩口から生えた三つの首と六つの瞳が一斉にツインテイルズを捕える。その頭部は地獄の番犬を彷彿とさせるほど厳つく、巨大なナイフのような牙、カギ爪のような禍々しい爪がギラリと光る。そして、その身体から立ち上り、視覚出来るほどの強大な属性力。
「この感じ…幹部エレメリアンか!? 最近とんと現れなくなったと思ったが、やっぱり戦力を立て直していただけか!?」
「我が名はケルベロスギルディ。貴様がバッファローギルディを素手だけで血祭りにあげたという鬼神、テイルブルーだな。名乗りもせずに蹴ってくるとは…胸の薄さは常識の薄さという事か」
「あんだとごらぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「落ち着けブルー! ほら、ツインテールも乱れているぞ!」
「! あ、ありがと…」
レッドは手櫛でブルーのツインテールを整えると、地獄の番犬顔負けの形相となっていたブルーが見る見るうちに大人しくなっていく。動物とブリーダーの関係みたいだ…どっちが動物かは言うまでもないが。
『何戦闘中に女のツラになっているんですかいかがわしい!! ラブコメっているんじゃありませんよ!!』
『あんたうっさいのよこの馬鹿!!』
『だって私がいない間に好感度を上げようとしているんですよ、あの蛮族は!!』
『戦闘中なんだから、あんたもオペレーターに徹しなさい!! あたしだって見たい教育テレビの番組をすっぽかして専念しているんだから!! ウチのテレビは安物で録画機能がないんだから!!』
…オープンチャンネルでギャーギャーと繰り広げられるレイチェルと謎の人物との口論をバックに、改めて俺たちは周りを見てみると、多数の女性が地面にへたり込んでいた。見渡せば駐車場だけでなくイベントホールの入り口付近にまで、そのような光景が続いていた。
「ううっ…気づいたら、無理矢理三つ編みに…三つ編み券なんて入っていなかったのに…」
「せっかくツインテールに伸ばした髪なのに…」
大小様々…ツインテールであろうとなかろうと、女性の髪型が三つ編みに変わっていた。特にツインテールの女性の髪が悲惨な事へとなっており、本来は自由に揺れるツインテールがまるでしめ縄のようにガチガチに縛られてしまっている。
「むう…何故拒むか。むしろ、我が絶技にてお主らの髪型は輝きを得たのだぞ」
「…!」
その悪びも無いような言い分にファイヤーは怒りを覚えたが…それを何とか沈めて、ケルベロスギルディを睨みつける。そのおかげかどうかは分からないが、ローだったテンションが上がり始めた。
「…どうせ、またおかしな機械で無理矢理三つ編みにしたんでしょ? だったらそれを探してぶっ壊してやるわよ。そうすれば皆元に戻るんでしょう?」
「無粋な! 機械に頼るのは二流の仕事よ! 私はこの二本の腕だけで髪を編み、螺旋を描く!! それが我が属性力…
颯爽と槍を構えるブルーを前に、高らかに述べるケルベロスギルディ。
(…俺たちが駆けつける僅かな時間の間に、これだけの女性の髪型を三つ編みにしたのか)
その技術は確かに称賛に値するが、本人の同意も無しに三つ編みにする行為は見逃せない。それは光太郎の信念に反する物だ。事実、三つ編みにされた女性のほとんどは悲しみに打ちひしがれているではないか。オシャレは人を笑顔にさせるものであり、決して悲しませることがあってはならない。
それにしても三つ編みか…ツインテール奪取が最優先事項のアルティメギルが、別の髪型にこだわるとは珍しい。何か、作戦でもあるのか…?
「相変わらずはた迷惑な奴らだぜ…せっかくのツインテールを無理矢理三つ編みに変えやがって…!」
「テイルレッドよ、随分と視野が狭いな。三つ編みは、ツインテールの朋友とも呼ぶべき存在なのだぞ! おさげにしろ…」
「…だからって、詐欺まがいの行為で三つ編みにしていい言い訳にはならないぞ。あんたは満足かもしれないけれど、他人から見ればそれは余計なお世話だろ? そんな凄い技術を持ちながら、無理矢理にしかできないっていうのが悲しいぜ」
「…ふん、お前には分からんだろうさ…!」
一斉に六つの眼で睨みつけるが、ファイヤーもまた底冷えのするようなトーンで反論する。
「そういうお前だって、随分と視野が広そうじゃねーか。あれか、顔が3つだから視野も3倍ってか?」
「舐めた口を…!」
レッドも剣を取り出し、ファイヤーも拳を構える。そして、3人でぐるりとケルベロスギルディを包囲し、戦闘のゴングがなる瞬間を待つ。
「それにしても…ふーむ…」
ケルベロスギルディは、今度はテイルブルーにターゲットを切り替え、頭から足までじっくりと見ると、業界人じみた残酷な宣告を下した。
「………残念だがテイルブルーよ、お前はこの私の腕をもってしてもプロデュース不可能だ。特に胸のオーラのなさがアイドルとして致命的だ。ノーフューチャーなのだ」
「
周囲に人がいるというのに、ブルーは間髪入れずに武装を完全開放し、必殺技の体勢に入った。
「落ち着けブルー!!」
「あら、何を熱くなっているの? 私は冷静よ、とてもね…!!」
そう言っているものの、目は完全に笑っていない。そして、そのセリフを吐く人間の大半は怒っているということにブルーも気付いていないらしい。
「こんな所で必殺技を撃ったら周りにまで被害がー!」
「大丈夫、あいつだけを狙い撃つから…!」
冷静という言葉を犬にでも食わせたらしく、マグマのような怒りを滾らせ、ブルーはケルベロスギルディをオーラピラーで拘束する。その精密さはまるで針に糸を通すかのごとくであり、周囲に倒れている女性一人にも傷つけず負わせていない。
「エグゼキュート…ウェイブ!!」
そして解き放たれた一撃は、ケルベロスギルディを貫き、オーラピラー内で大爆発が巻き起こる。
「やったか!?」
ブルーの勝率9割強を誇る即死コンボの成功に思わずレッドが声を上げるが、舞い上がった煙が晴れた時、そこに立っていたのは無傷のケルベロスギルディの姿だった。
「嘘っ!? 直撃したのに!?」
「人質を取っているのと同じような状況なのに、躊躇なく攻撃とは…! やはり、皆の読みは正しかったようだ。テイルブルーは冷徹な戦士、目の前の敵を倒すための犠牲はいとわない、とな…」
簡単にそうできる状況でも、今までアルティメギルが人質を取るようなことなんてなかったのだが…向こうが勝手にそう誤解してしまっているのならば、都合はいいかもしれない。
「いいわ、一回で駄目なら何度だってぶつけるまで…!」
「そもそも、私はお前たちと争う理由がないのだが…今日は営業活動がメインで、ツインテールを奪いに来た訳でもないのだが…」
「うるっさい! あたしの槍に、理由なんていらないのよ!」
…燃え上がるブルーは置いといて、オーラピラーからの拘束から解除されたケルベロスギルディの身体にはチリ一つついていなかった。
(…おかしい)
確かに幹部級ともなれば、必殺技の一つや二つ屁でもないかもしれないが、流石に無傷はおかしすぎる。攻撃は確かに奴を貫いた。何か、攻撃をやり過ごしたカラクリがあるはず…。
「…!? 待て、お前…首が!?」
「フッ、気づいたか…」
レッドがハッとして、ケルベロスギルディの首を指さす。その先には、地獄の番犬の名を表する特徴的な3つの顔――ではなく、中央の一つだけが不敵に笑っていた。左右にあったはずの、2つの頭が消えている。
「嘘っ!?」
驚きはそれだけではない。不敵に佇むケルベロスギルディの後ろから、同じ姿のエレメリアンが姿を現した。更にその後ろから、ボロボロ姿の三体目が倒れている。その全てが、頭が一つ意外な事を除けば、ケルベロスギルディと全く同じ風貌だ。
『姿形も全く同じ奴が三体…しかも、一体がダメージを負っている…!?』
「!」
レイチェルの声を聞いたのと同時に、堂々と立っているケルベロスギルディの一体目がけて走り出した。何をしでかすか分からない上に、敵は分裂して人数の差を互角にした。ならば、ここは動けない内に…もう一体も倒す!
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
最大のモーションで繰り出す、テイルファイヤー渾身の一撃。しかし、拳が当たる数瞬前に、残りの二体が佇んでいる一体に吸い込まれるように合体。元の三つ首へと再生を遂げた。
「!?」
そして、ファイヤーの拳をむんずと掴んだ。先ほどまでダメージを負っていたとは思えないほどの力で、拳を押し返す。
「三つ編みへの愛より生まれた私は、三つの命を編んだ存在…!…左も右も中心も、全てが本物の私であり、全てが分身…!!」
つまり、奴の属性力である
「更に私は…分身能力を抜きにしても、強い!!」
「ぐ…!!」
ケルベロスギルディに押され、ズルズルと足を引きずりながら後退するテイルファイヤー。そして、右手のガントレットが徐々にヒビが入り始める。レッドもブルーも、密着しているファイヤーがいては迂闊に攻撃を行うことも出来ない。
「そこまでですわ――!!」
「「「!?」」」
突如、高らかなお嬢様言葉と共にフルオート状態の銃がコンクリートの地面を抉り、その内の数発がケルベロスギルディの足の甲を貫通した。ファイヤーにも何発か当ったのだが、フォトンアブゾーバーがしっかりと働いてくれたおかげでダメージを負わなくて済んだ。
「ぬぅ…!!」
「!」
足の甲を貫いた痛みで生じた僅かな隙を活かし、急いで距離を取るファイヤー。
「分身できるのがご自慢のようですが…これで形勢逆転ですわね。私たちツインテイルズは4人いるのですのよ!!」
「イエロー!!」
「お姉さま、生徒会の仕事が…ゲフンゲフン!! いえ、所用が済みましたので、テイルイエロー、ここに参戦しますわ!!」
咳き込みが気になったが嬉しそうに駆け寄ってくるのは、先ほどまで姿を見なかったテイルイエローだ。絶好のタイミングでの登場に感謝するが、ブルーが無情なツッコミを入れた。
「…でもあんた、数分くらい前から建物の陰に隠れていなかった? 何か貧乏ゆすりしてたし…出るタイミングを伺っていたでしょ?」
「! い、いえ…そんなことは…!」
「ごまかさなくてもいいわ…その度に揺れる胸が目に入っちゃったから…! ああ、胸が、胸が揺れて…」
…そんな裏事情は聞きたくなかった。ヒーローによくある『仲間のピンチにドンピシャのタイミングで駆けつける』シチュエーションを意図的にやられても困る。
「あっ、ちじょだ、ちじょー! お母さん、あれってちじょっていうんでしょー?」
「しっ、見ちゃいけません!!」
「「「「…………………………………」」」」
更に駄目だしのクリティカルヒットが炸裂。幼子と母親の残酷な声援に、ツインテイルズ全員が居た堪れない顔となる。
頼む、イエロー、今は耐えてくれ。こんな密集空間で重火器をぶっぱなされたら、危ないにもほどがある。ハワイの一件のような事態になったら、とてつもない被害者が出てしまう恐れがあるから。
「ほう…ツインテイルズ全員勢揃いか。テイルイエロー…中々の素材だが、その不自然なまでに大きい胸は頂けぬ。その胸は作り物だな? 生のままの素材を活かすのが我々の仕事…下手に手を付けてしまっては台無しだ…」
「なっ! これは変身の賜ですわっ!!」
ケルベロスギルディに品定めされたイエローは、猛烈に反発する。
「あいつ、強敵だけどなかなか見どころがあるじゃない。良い事言うわね!」
「どっちの味方なんですかブルー?」
ファイヤーである光太郎は知る由もないが、イエローの変身者である慧理那は普段は幼い体型ではあるが、変身後はグラマラスな体系へと変化を遂げる。最初からスタイル抜群なトゥアールとは違い、変身前と変身後で大きく姿を変える慧理那の存在が、テイルブルーである愛香にとっては憧れと嫉妬の板挟みなのだろう。
「イエロー…むやみやたらに重火器は撃たないでくれ…周りには人がいるんだから…!」
とりあえずファイヤーは、レッドがブルーを落ち着かせたようにイエローの手綱を握ろうとした。この警告を素直に聞き入れてもらえたのなら苦労はしないのだが…。
「ええ分かっていますわ…敵は強敵…同じ戦法では太刀打ちできませんわ…! お姉さま! 私にリヴァイアギルディの属性玉を渡してくれませんか!? 私にいい考えがあるのです!!」
「?
ファイヤーは滅多に使わない
レッド達が使っているテイルブレスとファイヤーが使っているテイルドライバー同士の互換性はない。当然、それぞれが所有している属性玉も違い、レッド達がファイヤーの持っている属性玉を使いたければ、こうして手渡しでやらなければならないのだ。
「まさか…ちょっとファイヤー! それを渡さないで!!」
「え?」
何かを察したブルーだったが一歩遅く、既に属性玉はイエローの手に渡してしまった。
「イエロー! それを使ったら駄目よ! 温厚な私でも怒るわよ!!」
もう既に怒っているんじゃ? とはツッコんじゃいけないんだろうな、これは。
「属性玉―――
「駄目って言ってんでしょ!! これ以上大きくなったら、あんたのその胸、引き千切るわよ!!」
「…え?」
だが、ブルーは見えない壁に沈むかのように、ぐりゃりと空間にめり込んだ。イエローとブルーの間には、まるで巨大なトランポリンがあるようにも見える。
そして、沈んだ反動で、ブルーは一気に跳ね飛ばされてしまった。
「キャ――――――――――――ッ!?」
勢いよく飛び込んだせいでその反発力も凄まじく、ブルーは空の彼方まで吹っ飛んでいき、小さな光となって消えてしまった。まさか、
「…同士討ちとは愚かな…だが、好都合だ。私は次の準備があるのでな、今日は失礼させてもらう」
ケルベロスギルディは軽やかに光のゲートを中へと消えていった。どうやら戦闘が終わったらしい。とりあえず、これだけ多くの人がいるのにもかかわらず、属性力を奪われずに済んだのは幸運なのかもしれない。ファイヤーは、へたり込んでいる女性を一人一人立たせながらそう思う。
「大丈夫?」
「う、うん」
無理矢理三つ編みにされた女の子の髪を元に戻す作業を手伝いながらも、その思考は別のことへと集中していた。
(…何故、奴はここを襲った? ツインテールを奪う気がない? …今までのエレメリアンとは、どこか違う…?)
アルティメギルとは関係のないエレメリアンなのか? 今までとは違ったパターンに困惑しながらも、ふと、床に散らばったイベントのチラシが目に止まった。
どうやら、今日行われていたイベントは、アイドルの音楽フェスらしい。会場の規模から、比較的大きめのイベントらしかった。
その出演者一覧の名前に、見知った名前があるのに気がついた。
「善沙………闇子…?」
そういえば、最近人気急上昇中のアイドルの名前だっただろうか? チラシに映し出されている写真には、見事な三つ編み姿で映っていた。
「三つ編み…? 奴の属性力も確か…
「わあ、お姉ちゃん、痛いよぉ!!」
「! ああ、ごめんごめん!」
「んもぅ! 女の髪はデリケートなのよ!!」
「そうだよねぇ…女の子だもんねぇ…ごめんね…」
どうやら考えに没頭してしまったせいで、うっかり髪を引っ張ってしまったらしい。慌てて謝罪しながら、丁寧に編まれた三つ編みを一つ一つ解いていく。
…今日現れたケルベロスギルディと三つ編みが似合うアイドル、善沙闇子。本来ならば接点などどこにもない、何の関係もないはずの組み合わせなのに、ファイヤーはどこか言い知れぬ不安を感じ始めていた。
ケルベロスギルディの能力は俺ツイの中でもトップクラスに「えげつない」と感じた能力です。やり方次第ではツインテイルズに完封できる程のポテンシャルを秘めていると思います。
…さて、次回は嵐の前の静けさ回ですね。そろそろ、ダークグラスパーが大暴れすかもしれません。
では、次回もお楽しみに!!