俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero 作:IMBEL
「では今日はここまで。そろそろテストが近いから、しっかり勉強しとけよー」
長かった現代文の時間が終わり、ようやく昼休みに入ると、教室は蜂が突っついたかのように大騒ぎを始める。
「あ~、腹減った~」
光太郎も昼食を食べる為、学食へと向かうことにした。自分には活字というものが合わないのか、普段以上に頭を使いがちになる。そのせいでさっきからお腹が鳴りっぱなしだ。
自分には余計な事を考えずに済む、数学や物理などのロジックの世界の方が合っているのかもしれない。
「でさ、どう思うよ?」
「テイルイエローか…うーん、今後に期待って所かな?」
「砲撃はロマンで!」
「おっぱいは正義だよな!!」
廊下を歩いていると男子生徒たちによるそんな会話が聞こえてきた。どうやら新戦士であるテイルイエローの話題で盛り上がっているらしく、男子陣からの評判は悪くないらしい。だが…。
「ふん、何よあのあざとさ!」
「あれ絶対、お姉さまに抱っこされるためにワザとやっているわ。ビッチよビッチ! 黄色は淫乱で黒いのよ!」
「それにたびたび女の顔をしているのが腹立つわよね~」
「巨乳死すべし」
女性陣からの評判はすこぶる悪いらしい。どうやらイエローの初陣がファイヤー頼みであったことや胸が大きいこと、どこかあざとさが見えたことが不評の原因らしい。
(今後の戦いで、何とか名誉挽回が出来ればいいんだけどな…)
券売機でキップを買って、並びながら色々な考えに耽る。イエローのこと、ブルーのこと、そしてダークグラスパーのこと。
ダークグラスパー。人間でありながら、自らの意志で敵の立場にいる人間。彼女は何の目的でいるのか? どうして敵であるのか? ツインテールをしているのに、何故それを奪う側へと回ってしまったのか? 疑問は尽きず、俺の悩みも迷いも増えるばかりだ。
「はい、どーぞ! 福神漬けはスプーン一杯までだよ!」
「あ、はい」
トレーの上に乗っかった芳しいカレーの匂いに胸を躍らせながら、どこか座れる席を探す。
すると、見知った顔の前の席が空いていた。ラッキーと思いながら小走り気味で席に近づき、声をかける。
「総二、ここ、いいか?」
「…光太郎?」
俺の目の前には暗い顔をしながら、ラーメンを頬張っている総二がいた。
「愛香さんもいるのか? だったら俺、別の席行くけど」
少し気を遣った。
「いや…座っていいぜ。今日は一人なんだ」
へえ、珍しいことがあるもんだ。いつもは愛香さんとトゥアールさんでグループを組んでいるのに、今日は一人なのか。
ツインテールのことしか頭にない能天気って感じなのに、今日はそれが見られない。いつも女の子と一緒にいる総二が一人という状況は凄く珍しく感じる。総二も人の子って訳か、偶には一人で飯を食いたい時もあるということか。
(…ま、そんなこと言っちゃったら、俺なんか幼女の同居人と毎日飯を食っているんだけど)
同意を得たことで席に座り、俺も食事にかかることにした。
スプーンを使って、ご飯とカレーの比率を崩さないように器用に食べていると、おもむろに総二が話しかけてきた。
「なあ…ちょっといいか?」
「何?」
顔を上げると総二は思い詰めたような顔をしていた。
「あー、その…こういう時ってどういう風にすればいいのかなって思ってさ」
「だから何だよ?」
「…」
総二は相当迷っている様子であったが、意を決したように顔を強張らせた。
「今さ、ツインテール部はある一つの課題に立ち向かおうとしているんだ」
今更ながら俺はそのことに対して、ひどく驚いていた。ツインテール部なる謎の部活がしっかりと活動しているなんて。
「で、皆は課題に乗り気なんだけど…俺はそうじゃない。この課題を、ノリノリでやることは出来ないでいるんだ」
「…へえ」
総二はますます顔を暗くするのを観察する光太郎。
まあ…ツインテイルズを応援している面子はどこか宗教的な感じもするし、総二にも宗教的なノリで活動をすることに抵抗があるのかもしれない。
誰よりもツインテールを愛するだけに、そういったノリはきっと総二も好まないだろうし、光太郎だって無理矢理ツインテールを広めたり、押し付けられるのは好まない。性格からして、余計に。
「最初はみんな戸惑っていたんだけど、なんだか乗り気になっちゃってさ…気がつけば、俺だけが残されちゃって」
一呼吸して、総二は俺に語りかけてきた。
「俺はさ、どうするべきなんだろう?」
どうすればいいのか、か。この場合は乗るべきは逆らうべきか、ということなんだろう。
「きっとそれをするのが正しいみたいな空気になっているんだけど、俺は…」
総二はそれを言い終わると、どんよりと沈んでしまっていた。
(難しい問題だと俺も思うけどさ…)
確かに世の中は多数派が正しくて少数派が間違っているという傾向がある。…例えばツインテールフェチなのがどこかおかしいと言われている事とか。多数派の意見が正しいという認識の中で、少数派の自分は間違っていないと主張することは難しいだろう。
光太郎だってそれが出来ていれば、自分のツインテール好きを隠してなんかいないのだ。
「うーん…総二は自分がどうすればいいのか悩んでいるんだろ?」
「まあ、な」
「じゃあさ…悩んでてもいいんじゃないか?」
「…え?」
総二が面食らったような表情をして、まあそんなリアクションになるよなぁとしみじみ思った。
我ながら凄く情けない意見だと思うけど、友人の悩みには答えてあげたい。それに話を聞いてしまった以上、「俺には手に負えません」みたいなことはあまり言いたくなかった。
「これはあくまでも自論、だけどさ…俺は何でもかんでも賛成するんじゃなくて、あえて疑問に思ったり、迷ったりしている奴がいてもいいと思うんだ」
それは今の光太郎の心境みたいなものだった。ツインテイルズの活躍で今の世の中はツインテールという髪型がメジャーな物になってきている。街中を歩いていてもどこかしらツインテールという言葉は聞こえてくるし、ツインテールの髪型の女の子も非常に増えてきている。
だから、光太郎も「今、ここで自分がツインテール好きだってばらしたっていいんじゃないか?」という思いが心のあるのだ。…奇しくも、ツインテール部の幽霊部員だし、誤解は解けつつあるけど、総二と同類という扱いを受けかけているし。
「お前が何をしようとしているのかは分からないし、俺は聞かない。けど、疑問に思っているなら、納得できないでいるのなら、今は進まない方がいいと思う」
親元を離れ、誰も知り合いがいないこの土地に来るという決断をしたときも光太郎は散々悩んだ。ツインテールフェチを周りにばらすか否かくらい悩んだと思う。地元を離れる怖さと自分の学力。それを天秤にかけ、最終的に光太郎はこちらへと来た。
「限られた時間の中で、本当に自分が納得できるまで悩みに悩んで、そこで決断を出せばいいと思うよ…その課題ってまだやらないんだろ?」
「…まあ、時間はあるの、かな? 今すぐってことはないけど…」
「だったらその時間の中で悩めばいいじゃんか。納得がいくまで悩みに悩んで、それで答えを出せばいいんじゃないか?」
それは人にとっては「逃げ」とも取れるかもしれないけど、光太郎の基本的思考でもあった。
まず、すぐに答えは出さない。勿論例外はあるけれど、基本的には光太郎は悩む。不器用で鈍いかもしれないけれど、与えられた時間の中で悩みに迷って、答えを探る。自分が本当に納得できるかを探るのだ。
(まあ最近は『どうすればいいのかじゃなくてどうしたいか』ってことが行動原理になっているんだけど…)
まあ、これは総二に言わなくてもいいだろう。総二はそこん所、俺なんかよりもずっとしっかり出来ているし、俺の基本的な思考だけを伝えればいいか。それに、俺も総二と同じように答えを出さなければいけない問いが存在しているしな。
いつレッド達に自分の正体をばらす事や自分がツインテール好きであることを明かすこと、とか。この2つの解はまだ出ていないけど…俺が近いうちに答えを出さなければならない問題だ。
「まあ…こんな情けない意見だけど、一つの参考にしてくれないか?」
「…いや。凄く、参考になったぞ。…流石は常識人」
「…周りが変人しかいないみたいな言い方だな、それ」
「だって事実だろ?」
「「…………」」
そこで両者は黙ってしまった。そういえば俺らの周りには奇人変人しかいないような気がする。
痴女行為を平然と行うトゥアールさんに関節技と右ストレートが得意技の愛香さん、妖怪婚姻届の尊先生に…。数え上げればキリが無い。
「…俺、お前と知り合えて心から良かったって思うよ」
「奇遇だな、俺もだよ」
2人の男は、握手を交わした。この世界ではもう、何人いるのか分からないであろう常識人同士の熱き握手を。
※
同時刻、生徒会室では生徒会長である慧理那が筆頭になっての会議が行われていた。
会議は順調に進み、副会長が来月の抱負を述べていた。
「…えー、そろそろ衣替えのシーズンになります。風紀の方も乱れやすくなると思いますので、私たち生徒会が皆の見本になるようにしなければなりません」
分かりました、という声が生徒会室中に響き渡る。
「では会長、締めの言葉を…会長?」
「えっ?」
すると慧理那は驚いたような声をあげると共にバランスを崩し、椅子からコテンと落ちてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「会長!」
「神堂会長!!」
「も、申し訳ありません…私の、不注意ですわ…」
慌てて慧理那の元へと駆け寄る生徒会メンバーではあるが、そんな慧理那の姿に一同の顔は何故か赤い。「可愛い」とか「写真撮りてぇ」とか「転んだ会長ぐへへ」とか呟いた奴がいるが、気のせいだろう。
…正直、こいつらが風紀云々言える立場ではないんじゃないだろうか?
「その、会長。締めの言葉です。もう会議も終了しますので…」
「…ああ、そうでしたわね。申し訳ありません」
副会長は赤面しながらもパンパンと手を叩き、皆を散らせる。そして慧理那はコホンと咳き込み、空気を何とか転ぶ前までに直した。
「では皆さん、今日の会議はこれにて終了いたします。お疲れ様でした」
「「お疲れ様でした!」」
その言葉でようやく会議は終了になる。生徒会メンバーが次々と教室を出て、慧理那と副会長だけが残された。
「はぁ…申し訳ありません…」
慧理那は椅子に座りながら、謝罪の言葉を呟く。会議中、ずっと別な事を考えていた為、注意力が散漫になっていたのかもしれない。
「気にしてませんよ。会長の補佐をするのが副会長の役目ですから本望ですよ」
「私が一番しっかりしなければなりませんのに…」
「いえいえ、誰だってミスくらいありますよ」
副会長はあっけからんのように笑うと、お疲れ様でしたと生徒会室を出ていった。
「はぁ…」
一人残された慧理那はその途端、顔を真っ赤にしながら、息を喘がせる。この瞬間、真面目な生徒会長は一人の女の顔へと豹変した。
(ああ…ファイヤーお姉さま。いつ、あなたに会えるのでしょう…?)
そう慧理那は所謂、恋煩いになっていた。
自分を変えてくれた人物であるテイルファイヤー。あの戦いの後、再会できると思っていたのにボロボロで家に帰したとレイチェルに言われた時は酷く落ち込んでしまったものだ。
もう一人のお姉さまであるレイチェルに会えたのは嬉しいものの、やっぱりファイヤーにも会って、きちんと今の本当の自分を見て欲しいのだ。
もう自分はあの頃の弱弱しい自分ではない。銃だってちゃんと撃てるし、ギアのスペックも十二分に引き出せている。あの人と同じように接近戦だってこなせるし、かっこいい必殺技だって出来た。テレビのヒーローを参考に必死でイメージトレーニングしてきた甲斐があったものだ。
(ああ…! 早く、早く見せたいですわ、本当の私を…! 私はあなたと、お姉さまと同じように…しっかりと私もヒーローをやれていますのよ…!)
もじもじと身をくねらせながら、慧理那は官能的な吐息を漏らした。
「お姉さま…! 私は、私はぁ、慧理那は、はぁん…!」
妄想は更に進む。きっとファイヤーは次の戦いで自分を見直してくれるはずだ。もう、ファイヤーは自分の電池代わりにならなくてもいいのだ、きっと「これで私も安心して敵の懐に飛び込めるよ」とか笑顔で言ってくれるかもしれない。
そしていつかは、同じようなシチュエーションで自分がリードして合体攻撃を…! 昔やったシチュエーションを攻守交代、逆のパターンでやるという展開は慧理那が一番やりたいことだった。
(そ、そうなると、攻撃のパターンも考えなければなりませんね! お姉さまは合体攻撃の場合、いつもみたいに接近戦がいいのかしら。それとも裏をかいて遠距離…? ぶ、武器も考えなければ…お姉さまにはきっとハンマーが似合うと思うのですが…!)
そして合体攻撃を終えた2人は遂に私の懐にまで来て、ベットルームで…!
「…最高ですわ! ああ、早く来てくれないかしら、アルティメギル!!」
正義の味方が悪の組織を催促するという半ばとんでもない発言であったが、慧理那はそんなことどうでもいい事だった。恋する乙女と化した慧理那にとって、些細な事だった。
(そ、そうなると…研究をしなければなりませんわね! お姉さまのベルトに、フィギュアに…!)
そう思うと、脳裏に浮かんでくるのはとある1年生が持っていたあのベルトだった。あの本物と見間違うまでに完成度が高い、テイルファイヤーのベルト。
「やっぱり、欲しいですわ。あの、限定品のベルトが…!」
※
そして時刻は夕刻。エレメリアンも現れず、余計なトラブルも起きない平和な時の中で、光太郎は夕飯作りに取り組んでいた。
「なあレイチェル! ちょっと手伝ってくれ!」
「何よ…今ギアの修理中で手が離せないんだけど…」
「ここにある皿をレンジの中に入れるだけでいいからさ! 今、手が離せないんだ!」
そう言われるとレイチェルは渋々立ち上がり、シンクの上に山積みになっているキャベツへと視線を向けた。
「また随分買ったのね」
「ああ、スーパーで安かったからな。しばらくはキャベツ三昧になるかもしれない」
「あの、あたし野菜苦手なんだけど…」
「好き嫌いしてると大きくなれないぞ?」
「~!」
一瞬、自分の胸元を見たレイチェルはすぐさま俺のお尻に蹴りをかますと、ぷりぷり怒ってキャベツをレンジの中へ放り込んだ。そして不機嫌な顔でパソコンに向かい合う。
「…まあ怒るなって。今日の夕食はロールキャベツだから、機嫌直せよ」
「…ホント!? いいセンスしてんじゃない、あんた!」
するとレイチェルの機嫌が一発で治った。何て言うのか…単純な奴だ。
そういえば同居当初、カレー食わせた時も黙々と頬張っていた。食い物に関してはやっぱり飢えているのかもしれない。
「味付けはトマトソースで良かったよな?」
「そのとおりよ。ロールキャベツにホワイトソースなんて論外にもほどがあるわ」
「はいはい…全く、ご注文が多い相棒なことで」
ボールに入ったひき肉を混ぜながら、クスリと笑っていると、光太郎の携帯が鳴った。
「…?」
ボールから手を離し、素早く手を洗って画面もロクに見ないで通話に出た。こんな時間にかけてくるだなんて誰なんだろう…?
「はい? どちら様ですか?」
携帯の向こう側から、底抜けに陽気で明るい声が返ってきた。
『あ、光太郎? 良かった~、ちゃんと出てくれて!』
「…いいっ!?」
その声には大変聴き覚えがあった。他に間違えようがない、光太郎の母である重美(しげみ)からの通話だった。
「ちょっと…何なんだよ、こんな時間に?」
「ねえ、光太郎? 誰と話しているの!?」
すると通話する光太郎に気になったのか、レイチェルが大きな声を上げた。
「! 馬鹿、大きな声で喋るな!!」
『あら、女の子の声…?』
「…!?」
すると重美は何かを勘違いしたのか、黄色いを上げる。
『まあまあ! 光太郎にもとうとう彼女が!?』
「ああいや、そういう事じゃ…」
『いいのよいいのよ誤魔化さなくて! ああ、奥手だった丹羽家の長男にもとうとうガールフレンドが出来たのね!! お赤飯炊かなくっちゃ!!』
「…違うってば、母さん」
何だか無性にこそばゆくなっていく。うちの母はどこかおっちょこちょいでそそっかしい所があるからなぁ…。
それにお赤飯は意味が違うから、俺は女の子じゃないからな。…変身中は除くとして。
「とにかく! 今来ているのは学校の友達だよ!! 偶々忘れ物を届けてくれただけ!!」
流石に異世界から来た幼女と同居していますとは言えないので、適当な嘘をでっちあげる。
『…あら、そうなの? 光太郎も恥ずかしがることないのに…』
「意味が分かんないだけだよ。母さん一人で勝手に盛り上がって、勝手に納得しちゃっただけじゃん…」
光太郎の母、丹羽重美はこの間40歳を迎えたばかりで、高校生の息子を持つ母の中ではまだまだ若い。うちの両親は結婚したのも相当早かったらしいし、父さんも若い。そのせいなのか、母さんも学生気分が抜けていないのかもしれない。
『でも良かったわ~、光太郎もそっちでうまくやっているみたいじゃない!』
「…まあ、ね」
地元を離れて、もうすぐ2か月。少ないけれど友達は出来たし、変わった日常は送っているのもの、生活は充実していると言えるのかもしれない。
『お母さんどうしても心配でね。都会は色々な誘惑や欲望が多いってネットで見ているから…』
「ネットでの情報を全部信じないでくれよ…」
『登校拒否とか、イジメとかないわよね?』
「ないよ」
『カツアゲとか登校拒否とかは?』
「ドラマとよくないニュースの見過ぎだと思うよ、母さん」
まあ、ウチの学校はドラマや漫画並みに相当カオスな世界と化しているが…。
『あらそうなの? 今時の学校は、江戸時代の牢屋敷みたいだってお母さん聞いたことが…』
いつの時代のどこの世界の情報なんだそれは。
「よく分かんないけど、母さんが心配することは全然」
『めがーねめがーね、太陽は眼鏡~♪ 海王星も眼鏡~、なんかもう全部~』
「…は?」
俺は絶句した。今、携帯から聞こえてきた声は嫌という程聞き覚えがあり、そして奇妙に思ったからだ。今の念仏じみた歌声は、でもまさか、あいつがあんな宗教じみた謎の歌を歌いあげる訳が…!
「あの…母さん?」
『なあに光太郎?』
「今の声さ…俺の聞き間違いじゃなかったら…ノブだよな?」
信じたくはなかった。最近、奇人変人が蔓延る世の中になっているけれど、あのノブが…?家を出る時、最後にあった時、あんなに堅物で真面目だったノブが、まさかそんな…。
『当たり前じゃない。光太郎、あなた自分の弟の声も忘れちゃったの?』
「あああああああああああ!!」
ああ神は死んだ。神様よ、あんたはあんなに真面目だった、俺のたった一人の弟すら、変人へと染め上げてしまったのか。
『お母さん嬉しくってね! 信彦が、やっと夢中になれるものを見つけたらしくって、この間お赤飯を…!』
「何で止めなかったんだよぉ母さんんんんんんん!?」
丹羽信彦(のぶひこ)、通称ノブ。俺の2つ下の弟であり、現在中学2年生。
俺がまだ実家にいたころは真面目を絵に描いたような奴であり、普段は大人しくて、今さっき電話越しで聞いたような電波ソングを口ずさむなんてことしない奴なのだ。
『いやなんかね、アイドルにハマっちゃったらしくって、今はおっかけをやっているらしいのよ! オタ芸っていうのかしら、激しい踊りも庭で踊っていたわよ?』
「嘘だろ…?」
『名前は…なんて言ったかしら? 確か…そうそう! イズナ…』
『違うよ母さん! 眼鏡を愛し、眼鏡と共に生きるニューフェイス! 善沙闇子(いいすな・あんこ)ちゃんだぁ!!』
『ああそうそう! そんな名前のアイドルにハマっちゃっててね…あれ、光太郎?』
「………………………………………」
俺はただただ絶句するしかなかった。『男子三日会わざれば、刮目して見よ』というが、ノブの変わりようは、その比ではない。あんなノブの叫びは聞いたことないし、もの凄い太い声での叫びも聞いたことなかった。
あんなに真面目だった優等生が、ある日を境に突如露出魔に変貌くらいの変わりようだ。
「…ノブと変われるかな?」
『? 全然いいけど…ちょっと待ってね!』
そう言うと、ドタドタと階段を上がり、ノブの部屋へ行く足音が聞こえてくる。そして二言三言話したかと思うと、電話相手はノブへと変わった。
『あっ、久しぶり、兄さん!』
「…おう、久しぶりだなノブ」
『どうしたの? 俺と変わりたいだなんて…』
「いや…兄ちゃん、一つ聞きたいことがあってな」
『何だよ兄さん?』
「お前さ…この2カ月で何があった?」
するとノブはピタリと会話を止め、ふふふと笑い始めた。
『ふ…それを説明するには、聞くも涙、語るも涙の壮大な話があるんだよ、兄さん!』
「いいから早く言ってくれ」
そして、ようやく説明を始めたノブは、エンドレスに流れる例の電波ソングのせいでテンションがうなぎのぼりになっており、たびたび会話の脱線が起こった。その度に俺が修正し、時間はかかったものの、何とか話を理解するに至った。
つまりは簡潔にいうとこういうことだ。
ノブはつい最近デビューし、偶々ウチの町の近くに営業に来たアイドル、善沙闇子にドハマりしてしまったらしいのだ。世間はツインテイルズばかり人気ではあるが、ノブはそちらではなく、無名ながらも一生懸命に頑張っている善沙闇子の魅力に取りつかれてしまったらしいのだ。以来、あの電波ソングをエンドレスで聞くことは勿論のこと、視力も悪くないのに眼鏡を買ってしまったというほど。
どうやらその意気込みから、にわかとかではなく、本気で善沙闇子なる新人アイドルを応援しているらしいのだ。
「…まあ、俺は人の趣味にあれこれ言うつもりはないけど…迷惑だけはかけないようにな」
『はは、分かっているよ兄さ…来た来た来たぁああああああああああああああああ!』
すると突然ノブは叫んだかと思うと、声変わりが終わったばかりの野太い声で、歌い始めた。電波ソングが最後のサビに入り、ラストスパートを迎えたのだ。
『めがーねめがーね! 太陽は眼鏡! 海王星も…』
「……………………………じゃあな、ノブ。元気でいろよ」
俺はそっと通話を終え、携帯をテーブルの上へ放り投げると、キッチンへと戻り、ロールキャベツ作りを再会するのだった。
「ねえ、光太郎? あんた大丈夫、顔色悪いわよ?」
「ああ、大丈夫…うん、大丈夫だからさ」
「お母さんは元気だったの?」
「ああ、大丈夫…うん、大丈夫だからさ」
「…」
俺は呆然としながらも、あれだけ堅物だったノブをメロメロにさせてしまった善沙闇子という新人アイドルは、今後きっと伸びるのだろうなぁとしみじみと思ったのである。
と、いう訳で光太郎の母と弟を登場させました! 光太郎ときたら信彦ってつけるのは常識だよね!?
…では、ここら辺で恒例の嘘? 予告でもやりましょうか!
※この予告は“例のあの声”と”あのBGM”で再生してください。
次回予告
君達に最新情報を公開しよう!
常夏のビーチに現れた蝶人、パピヨンギルディ!
迎撃しようと脱衣を行うイエローを慌てて止めに入るファイヤー! そんなファイヤーに、イエローは不服そうにこう述べる。
『何故、脱いではいけないのですか』と…。
脱衣を極めんとする者、それを理解できない者。この両者は交わることは出来ないのだろうか!?
The Another Red Hero ネクスト!『脱衣は光の彼方へ』
次回も、このチャンネルでファイナルフュージョン承認!!!
これが勝利の鍵だ!! 【