俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero 作:IMBEL
(…帰りたい、今すぐ帰りたい!)
スパロウギルディは冷や汗をダラダラと流しながら、並行世界の移動に使われる艇が置かれているデッキに立ち尽くしていた。側近として連れてきた白鳥型の怪人、スワンギルディも同じような顔をしており、まだ新米兵である彼はもう泣きそうな顔になっている。
(ス、スパロウギルディ様…これは、止めた方がいいのでは?)
(それは私に死ねと言っているに等しいぞ、スワンギルディ!…もう少しだけ、もう少しだけ様子を見よう…)
ヒソヒソと話し合いながら、スパロウギルディは危険物を取り扱うかのような目で、目の前で繰り広げられている事態を静観する。
デッキ内では二つの軍団が真っ向から睨み合っていた。
「「…!」」
片や海竜の戦士が率いる軍団、もう一つは海洋の戦士が率いる軍団。両者は到着するや真っ向から睨み合い、火花を散らしていた。後ろに控えている部下たちも同じように睨み合っている。何人かの部下は己の武器を見せあいながら挑発と威嚇を行っていた。
例えるのならばそう…不良校同士の抗争直前のような、あのピリピリした空気。それがデッキ全体を支配しており、スパロウギルディとスワンギルディはどうすればいいのか分からずに、ただ立ち尽くしているのが精一杯だった。
「相変わらず下品な触手を股からぶら下げるのだな、リヴァイアギルディ」
「ふん、中途半端な長さの触手を何本も生やしている貴様には言われたくはないわ、クラーケギルディ。男なら一本で勝負するのが常識だろうに…」
互いの軍の大将がその最たるものだ。今にも戦いが始まりそうなほど、緊迫した状況が展開されている。
細身な身体つきで優男のような顔つきとは裏腹に、全身から無数の触手を生やしているのは
対するは股間から巨大な一本の触手を生やし、身体は筋肉質で顔が厳つい海竜型の怪人、リヴァイアギルディ。彼は
「この世界では死者は焼いて弔うらしいな。…焼き魚にでもしてやろうか?」
「いや、土に埋める方法が正しいと聞いているのだが…相変わらずの無知ぶりだな、クラーケギルディ?」
「あ?」
「はぁ?」
巨乳と貧乳、水と油のように相反するこの2人。流石にこれ以上静観するのはマズイと感じたのか、スパロウギルディが火中に飛び込むような覚悟で、二人の間に入る。
「クラーケギルディ様にリヴァイアギルディ様! お、お二人がこの世界に来てくれるとは…大変光栄であります!!」
これ以上ないという程、美しい敬礼で歓迎するスパロウギルディであったが、両の大将の反応は薄い。辛うじて反応したのはリヴァイアギルディであったが、不機嫌そうに顔をしかめる。
「…首領様の命令は絶対だからな。まあ、この増援にかこつけて、俺たちの手柄を横取りしようとする卑劣な軍団がいるらしいが…まあ、やり遂げてみせるさ」
誰がとは言わないがな、とクラーケギルディをチラリと見るリヴァイアギルディ。言葉こそ交わしてはいないが、その発言は誰に向けて言い放ったかは言うまでもないだろう。
「言ってくれるな、それはこちらの台詞だ! 我々の軍団は貧乳の如き鍛え上げられた戦士ばかりだ。そのような卑劣な手を使わなくても、我々の勝利は揺るがない!」
「ふん、揺れる物が無い貧乳軍団だけにか? 相変わらず、古い考えだ」
「何ぃ!?」
クラーケギルディの全身の触手が怒りのあまりにそそり立つ。その光景にスワンギルディは恐怖する。
「時代錯誤の騎士かぶれが一段と増したみたいだな。部下にマントをはおらせるそのセンスがもう古くさいぞ」
「何だと!」
リヴァイアギルディの挑発に、クラーケギルディ側の部下の顔が赤くなる。が、キレる寸前の部下を手で制し、クラーケギルディはぎろりとリヴァイアギルディを睨みつけた。
「…とにかくだ、私たちは貴様らには必要以上に干渉しない。それ故にでしゃばりは慎んでもらいたいものだ…
「何をぉ!?」
今度はリヴァイアギルディの部下が怒鳴り声をあげる番だった。リヴァイアギルディはダンと地面を踏み抜き、部下を黙らせた。
「時代遅れとはまさにこのことだな。ツインテールに似合う胸囲は既に貧乳ではない…巨乳だ! 石器時代のような刷り込みに支配されている貴様らこそ、憐れとしか言いようがないな!」
「「…!」」
海竜と海洋の戦士は互いに目を見開き、叫ぶ。
「
「
ビリビリビリィィィ!!! 互いの叫びはぶつかり合い、強烈な炸裂音と衝撃が走る。その激突で大気は震え、周囲の壁が軋みを上げる。そしてデッキの上にある裸電球がパリンと割れた。
「…ふん、実力は衰えてはいないようだな」
「…ああ、貴様こそな」
今の一瞬の間で、二人にしか分からない激突があったらしい。
「まあいい、下品な貴様らがどれだけできるのか…この目で見定めてやる」
「…ぬかすなよ、クラーケギルディ。俺たちの部下はそう弱くはないぞ?」
そして二人の大将は大声で笑いあう。互いの部下もゲラゲラと笑っていた。
その光景にスパロウギルディは震えた。…これはいけるかもしれない、と。打倒、ツインテイルズも不可能ではないかもしれない、と。
※
そんなことも露も知らぬ、春の連休に入る直前のとある朝。ある一つの噂が校内を駆け巡っていた。
「転校生が来るんだってよ」
「英語ペラペラらしいぜ」
「外人らしいって話よ」
いつもはツインテイルズの話題でもちきりのクラスも今日だけは違った。俺が教室に入ってきて僅か数分の間にそんな噂が飛び交っている。随分、中途半端な時期の転校生だな、と思いつつも荷物を置き、光太郎は総二たちの下に駆け寄った。だが…。
「愛香…さん?」
「何よ、光太郎?」
「いや…どこか調子でも悪いんですか…?」
「別に、何でもないわよ」
愛香は何故か朝っぱらから机に突っ伏していた。寄れば切る、と言わんばかりの禍々しい妖刀のような黒いオーラが身体から昇っているような気がした。
隣にいる総二はこの愛香さんの異常なまでの不機嫌さに、何やら事情を知っているようだが、その総二も疲れているような顔をしていた。
「色々あったんだよ、朝からさ…」
「ああ、そうなんだ…」
何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がしたから、俺はそれ以上踏み込むのを辞めた。この一月弱、今までも似たような事例が何件かあったし、幼馴染の間でしか分からないことがきっとあるのだろうなと感じつつも、席へと戻った。
チャイムが鳴り、HRの時間が始まる。担任の間延びた声でいつも通り淡々とHRは進んでいき、10分ちょっとの時間を半分ほど残し、話題が変わる。
「え~と、今日は~転校生を紹介します~」
噂の転校生、そしてそれが自分のクラスに来る。クラスの全員がザワザワと騒ぎ出す中、一人の女子生徒が入ってくる。
(へえ…)
一歩一歩教室を進むその生徒に思わず、見惚れた。銀色の髪と高校生とは思えない抜群の胸囲。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる魅惑のスタイル。…うーむ、けしからん。
その女子生徒がチョークを持って、カリカリと自分の名前を書いている光景を多くの生徒が目で追う。俺もその一人だった。
(綺麗だ…)
銀色の髪は純銀のように煌びやかで、ストレートに下しているが故に、ほんの少しの動作で揺れに揺れる。その光景に見とれながらも、少し勿体ないかな、と俺は感じる。あれだけの髪なら、ツインテールが非常にお似合いだろうに、ストレートで終わらすのは非常に惜しいな。そんなことを思いながら彼女が黒板に書いていた名前を何気なく見て、俺は腰を抜かした。
『観束トゥアール』
観束だって…!? 当然、俺や皆の視線は一斉に同じ苗字を持つ総二へと向けられる。そしてトゥアールさんはそんな光景を凄く嬉しそうな表情で見ていた。嬉しすぎて口から涎が垂れて、優越そうな顔になっている。…なんだ、その…転校生さん、その顔は辞めた方がいいと思うんだ、女子高生が人前でお見せしちゃいけない顔になっているから。
「トゥアールさんは~、観束君の親戚で~、海外から引っ越して今は一緒に住んでいるそうです~。…では、次の要件に移りま~す」
転校生の紹介を必要最小限程度で終わると、転校生のトゥアールは驚いて担任を糾弾した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私の自己紹介ここで終わりですか!? まだ総二様との関係性も皆さんから問われていませんのに!?」
「ですから~、さっき私が言ったじゃないですか~、総二君とは親戚同士だって~」
「それだけじゃ何も始まらないんですよ!! 『一緒に住んでいます』の所から話を大きく広げて盛り上げさせた後、色々と誤解を招くような発言を2,3個投下する予定だったのに、何なんですかあの詫び寂もない説明は!? 月9で言ったらまだ2人が出会ってもいない状態で第1話が終わるくらいあり得ない状況ですよこれ!?」
よく分かるのか分からないたとえで先生に迫るトゥアールさん。
「え~と、実はもうおひと方紹介する人がいるので~、トゥアールさんばかりに時間を割けないんですよ~」
先生は悪気もない顔でケロリと言う。
「そ、そんな…私の『ドキドキ! 総二様とのギャルゲー的学園生活 転校生編』が…」
どうやら自分が思い描いていた状況とまるで違ったらしい。トゥアールさんはぶつぶつと何かを呟いている。なんだろう…トゥアールさんのメッキがボロボロと剥がれている気がする…さっきまでの優等生っぷりはどこへやらって感じだ。
「では、入ってきてくださ~い」
そして再び扉が開け放たれ、一人の女性が入ってきた。その入ってきた人物を見て、今度こそ席から転げ落ちそうになる。
何故なら、そこには一昨日俺が抱きかかえた女性が、あのメイドさんが、あの時の姿のままで立っていたからだ。
「本日から陽月学園の体育教師として赴任した、桜川尊先生です~」
「うむ、よろしく!」
その声と共に、メイド服のスカートがフワリと舞い、彼女の髪型であるツインテールも揺れる。
「「……」」
教卓に立っているツインテールのメイドさんを見ながら、全員が口をポカンと開け、静まり返った。
この人はどうしてメイド服着ているんだとか、神聖な職場を何だと思っているんだとか、ツッコミどころを探せばキリがなかった。
「あの~、先生…。これは一体…」
「私は知りません、何にも知りませんから~」
これはどういうことなんだと聞きたげな女子生徒を笑顔で完全無視するウチの担任。空気を読まない上に事なかれ主義、なんかウチの担任の本性が少しだけ見えた気がする。
「ちょ、ええ!? 何なんですかこれは、どうすればいいんですか私!? こんなはずじゃなかったのに!?」
そして尊先生の登場で、完全に霞んでしまった転校生のトゥアールさんは激しく狼狽していた。さっきまで圧倒的な実力差で勝っていたが、慢心していたせいで逆転されてしまった悪役のテンプレのように慌てふためいていた。
…それはまるでテイルブルーの初登場の際、各メディアで散々な扱いを受けていた時の変身者の行動と非常に似ていたと後に総二は語る。
「皆も見たことがあると思うが、私はこの学園の生徒会長である神堂慧理那様のメイド兼護衛を担当している者だ。しかし、ただ護衛として校内にいるだけではお嬢様が気を遣われるのでな、理事長と相談して非常勤の体育教師を担当することになった。…安心してくれ、ちゃんと教員免許も所持している」
安心できねーよ。メイド服姿の体育教師を許すだなんでこの学校の理事長は何を考えているのだろうか。そしてこの学園はいったいどこへ向かうのだろうか。子供だけでなく、大人も毒されていっている事態に頭を抑えたくなってきた。
「それにしても、君たちは大人しいな。普通、美人の先生が赴任してきたら騒ぎ立て、スリーサイズがどうだとか彼氏はいるのかどうだとかあれこれ質問するのが常識だろう? 今そういった体験をしっかりこなさなければ将来苦労することになるぞ?」
何時の時代のどこの世界の常識なんだ、それは?
「ちょっと待って下さい! 後から来て何を仕切っているんですか!? ここはまだ私のステージですよ!?」
「まあそう言うな、君はまだ若い。質問される機会なんてこれから先まだまだあるだろう。ここからは私のステージだ、君は譲りたまえ」
「いえ、それは譲れません! この『転校生の質問』というステージは、今日が唯一無二の戦場なんです!」
「…ほう、そうか! その意気込みやよし! 君のような肉食系の女子は嫌いじゃないぞ! ではここは公平に、交互で質問タイムをしようではないか! さあ生徒諸君、誰か質問はないか!?」
そう促されても、なお無言の状態が続く。
…皆分かっているのだ。ここから先は一歩踏み出せば弾丸の嵐に見舞われる恐ろしい戦場だということを、踏み入れた瞬間狙い撃ちされてしまうことも。そして誰か一人が足を踏み入れない限り、この状況は進展しないということも。でも、その犠牲者には皆なりたくないから、誰一人言葉を発しないのだ。
「む…? おお、誰かと思えば、君はツインテール部部長の観束君ではないか!」
「え!?」
そして憐れにも一人目の犠牲者が決まった。尊先生の視線が総二へとロックオンされたのだ。
「どうしたんだ、私のことを熱い視線で見つめて! あれか、君はあの時、部室で『ツインテールを愛するのに理由はない』といったな。つまりそれは、私の髪型であるツインテールも愛してくれると受け取っていいのかな!?」
もうやめてあげて下さい先生! 俺は叫びたくなる。友人が知らない間に言い放った恥ずかしいセリフを公衆の面前で聞かされることとか、愛香さんが爆発数秒前の爆弾のような状態で尊先生を睨みつけている事とかをジッと見守る事がもう、心臓に悪すぎる。
「そうかそうか! 遠慮する必要なんかないのに、奥手な少年だなぁ君は! ならば君にこれをあげよう! 私からのささやかなプレゼントだ!!」
総二の席まで歩いて、尊先生は何やら封筒を総二に手渡した。ガサガサと開けると、折り畳まれた紙が出てきた。
「どうだ、嬉しいか?」
「いや…これ、婚姻届って書いていますけど、気のせいですか」
「気のせいではないぞ。君は高校生にもなってその程度の漢字も読めないのか?」
「…既に妻の欄に先生の名前が書いてあるんですけれど、それは?」
「当たり前だろう、夫と妻の名前が書かれて婚姻届は初めて成立するんだ、白紙のままでは渡さんよ。相手に失礼だからな」
「相手って!?」
「君に決まっているだろうっ!!」
ビシッと総二目がけて指を指す尊先生。
…おかしい。何かが激しくおかしい。もの凄く非常識な事を口走っているのに、尊先生は何の迷いもないまま教壇でジッと構えている。
「君はツインテールが好きなのだろう? ならば私と婚約しても何の問題もないはずだ! 君は私のツインテールを好き勝手できる、私は君と結婚したい! 互いが互いの得となるwin-winの関係がここに成立する!!」
自分のツインテールを摘んで、超理論を熱弁する尊先生。そんな先生をちょっと可愛いかな? …って俺は胸がときめいてしまったが、待て待て、ここで流されてしまってはいけないと感じる。総二、踏みとどまれ! そこにハッピーエンドはないぞ!!
「成立する訳ないでしょうこの年増! 総二様は既に売約済みなんです!」
ここでトゥアールさんが乱入してくる。…もう彼女からは教室に入ってきた時に見せた優等生の空気は微塵も感じられなくなってしまった。
「総二様、そんなものさっさと破り捨ててください! 誰の許可を取って求婚しているんですかこの年増! 総二様と私はねぇ、前世からの求婚者なんですよぉ!!」
そう言ってトゥアールさんは得意げにクラス全体を見渡すが…皆、全くのノーリアクションだ。
「な、何で反応してくれないんですかぁ…普通はもっと騒いだり、黄色い声を出したりするじゃないですか…漫画やラノベではお約束じゃないですか…」
ヒックヒックと涙目になるトゥアール。…だって、皆この異種格闘戦の空気とペースに巻き込まれたくないんだよ。だから反応しないんだよ。
「若いな…転校生君。君が若いのは大変羨ましく憎ましいが、それよりも考えが古い! 前世がどうだろうと今恋人がいようと、それは求婚するには何の関係もないんだ!! なぜなら…結婚というゴールは恋人がいようといまいが、全ての人に平等にあるからだ!!」
バーン! という効果音がその言葉と共に聞こえてくるような錯覚がする。
「こ、これが婚期を逃した女の思考回路なんですか…?」
トゥアールさんの動揺で、周りの女子がザワザワとざわめきだす。私もああなってしまうのか、と心配になっているのかもしれない。
そして尊先生は更に語りだした。
「…かつて私もそうだった。恋人がいて、人よりも上だと自負していた時期があった。結婚なんてできて当たり前、そう思っていた…。だがな、恋人に振られ、私には仕事しかないのだと仕事に打ち込み…あっという間に時が過ぎた。私ももう気がつくともう28だ。30という大台まであと2年しか残っていないんだ! いいのか君たちは? こんな三十路射程内にまで結婚できない女、売れ残りの女になってしまっていいのか!?」
「「いやー!!」」
「どうしよう、私彼氏なんていないのに!?」
「い、今いる彼氏と結婚しなきゃ…あ、でも半年もまだある…」
女子たちの悲鳴が響き渡る。
…俺たちはどうしてまだあって数分の先生から結婚観についての話を聞かなきゃならないんだろうか…?
「そうだ、私を反面に君たちにも結婚という問題に真剣に考えて欲しかったのだ」
…なんて嫌な教育なんだ。そして尊先生のターゲットが再び、総二へと戻った。
「さて観束君! もう婚姻届は書き終ったかな!? 書き終ったのなら私の前に持ってきてくれ!! 大丈夫だ安心してくれ、君がこの学園を卒業し、結婚できる年齢になるまでしっかりと私が責任を持って保管しておくから!!!」
何一つ安心できない! 狂気すら感じる先生の行動にいよいよ逃げ出したくなる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 流石にこれはジョークの域を超えています!」
異議ありと言わんばかりに愛香さんが立ち上がり、抗議する。が、そんな抗議、このメイド飢婚者教師には届かない。
「何が冗談か! 私がこれまで配ってきた婚姻届526枚、全て本気だ! ただ相手の都合がちょっと悪かっただけなんだ!」
なおさらよくねーよ。
というか会って数分しか経っていないのに、いきなり婚姻届を出される女性を結婚したいと思う男性がはたしてこの世にいるかどうか。いたとしたら相当な変わり者か、どんなバグや反則技を使ったんだと疑われることになるだろう。
「…さて、男子諸君? 観束君のように婚姻届が欲しいものはいないか? なあに遠慮はいらない、この学校の男子生徒全員分の婚姻届を私は持ち歩いているからな、枚数の心配はしなくてもいいぞ!」
男子生徒全員、受験当日かと言わんばかりに教科書と筆記用具を机に広げ、真面目に授業を聞く体制に入る。俺は結婚なんかには興味ありませんと猛烈にアピールしている…勿論俺もその一人だ。
「ふむ…真面目だな。教師として嬉しいが…女としては少し悲しいな」
どうでもいいから早く帰ってくれ! クラス男子全員の願いが一つになった瞬間であろう。と、ここで尊先生は何か思い出したように手を叩いた。
「…おおそうだ、確かこのクラスにはもう一人ツインテール部に所属している男子生徒がいたな!」
その発言が聞こえた瞬間、俺の心臓が跳ね上がった。火種がこっちに回ってきた!?
「確か名前は…丹羽、そうだ丹羽光太郎だ!」
クラス全員の視線が一斉に俺に向いた。俺は恐怖でギュッと目を閉じ、うつむいた。
「さあ、出てきてくれ丹羽君。先日ツインテール部に顔を出した際、君だけはまだ挨拶が済んでいないんだ。怖がらなくてもいいんだ、出てきてくれたまえ! 私は君に婚姻届を渡したいだけなんだから!!!」
皆の視線が早く出ろよ! と訴えてくるが、俺は固く目を閉じ、拳を固く握る。
(違うよ、俺はそんな名前じゃないよ。人違いだよ、そんな奴このクラスにはいないよ…)
心の中でそう叫びながら、あと少しで終わるHRを逃げ切るつもりだった。尊先生は中々出てこない俺に少しだけ寂しそうに呟く。
「ふむ…シャイなのか。いまどき流行りの草食系男子なのか、丹羽君は…」
あんたから見れば誰だって草食系だ! と、丁度その時、チャイムが鳴り響き、HRの終わりを告げた。
「おお、HRが終わってしまったな…」
「終わってしまったな、じゃないですよ! どーしてくれるんですか、年増メイドぉぉ!!」
トゥアールさんがこの世の終わりのような声色で絶叫していた。きっとそれは転校生らしく新天地でやるべきことが滅茶苦茶にされての絶叫なんだろうなぁ…。
「ふむ…まあいいだろう…また会ったときにでも渡せばいいからな。…ではさらばだ、観束君、丹羽君!!」
尊先生はそう言い残し出ていったが、出ていく際にヒュン! と何かが風を切る音とドスッ! と何かに突き刺さる音が聞こえた。奇しくもそれはヘッジギルディの時の針を飛ばすあの音にどこか似ていた。
「?」
ふと不思議に思い、顔を上げ…ギョッとした。
机の上…丁度、顔をあげた時に目が合う地点に、ヘッジギルディのツンデレの針よろしく、婚姻届が机にと突き刺さっていたのだ。ビィンと音を立て、左右に小刻みに揺れる。
尊先生は退出の際に、俺の机目がけて婚姻届を手裏剣の如く投げ、渡してきたのだ。なんて投擲技術でなんて斬新な渡し方なんだ…。というか婚姻届ってそんな用途では使わないはずじゃないのか?
「「…」」
訳の分からない内に婚姻届を渡されてしまった総二と俺。二人は泣きそうな顔で向き合い、こう言った。
「「誰か助けてくれ!」」
俺は、ツインテイルズは、本当に世界を守れているのだろうか? 世界は守れているけれど、何かとんでもない物を拡散してしまっているんじゃないだろうかと突き刺さっている婚姻届を見ると、感じざるを得なかった。
ちなみに俺たちに渡された婚姻届は、愛香さんがビリビリに破いてくれたので一安心だった。…また、渡されるかもしれないけれど。
Q,どうして婚姻届が机に突き刺さるんですか?
A,俺ツイではよくあることだから気にするな!
さて、いよいよ出ました飢婚者メイドこと尊さん。アニメ版が控えめだったので、ここで思いっきり暴れさせてみました!
さて、次回もお楽しみに!