俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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第20話 うなじとツインテール

「あれ…?」

レイチェルはゆっくりまぶたを開けると、何故か大きなベッドの上にいた。直ぐにおかしい、と思った。自分は光太郎の部屋で布団に包まっていたはずなのに、どうしてこんな大きなベッドで寝ているんだろう?

(…それに、何だか体が重いし…)

レイチェルは起き上がろうとしたが、上手く起き上がれない。風邪を引いた時みたいに身体が怠いのだ。風邪を引いた記憶はないのだが…何故なのだろう?

(ここ、どこ?)

レイチェルは何とか動く首を動かして、部屋を見渡すが、見たこともないような場所に自分は寝ていた。

部屋の広さは10畳ほど、だがその広さに反して家具はベッドと机があるだけ。

部屋を照らしている照明は淫らなピンク色、レイチェルが寝そべっているベッドも凄く大きくて、動くたびにぶよぶよとゼリーのような感覚がする。こういうベッドは…そうだ、ウォーターベッドとでもいうんだっけ?

それにどうして、このベッドは布団が一つで枕は二つあるのだろうか? 枕元には見たことも聞いたこともないような怪しいドリンクの小瓶が転がっているし…。

「ふんふふふ~ん」

そして、部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。足音を聞く限り、人数は一人。でも、この足音に声、どこかで聞き覚えが…?

そして入ってきた人物の顔が視界に入ると、レイチェルは驚きのあまり、目を見開いた。

…銀髪の長髪と青色の瞳、牛みたいにデカい乳、自分と同じ白衣を纏う女性が自分を見ている。何だか、いやらしい目ですっごくこっちを見ている。

(もしかして、こいつ…、でも、何で…!?)

レイチェルが知る中でそんな特徴を持つ女性はただの一人しか存在しなかったからだ。でも、こいつなんでここにいるの…!?

「何、してるの? トゥアール?」

半信半疑でレイチェルは答える。

トゥアール、そう言われた女性は目が覚めたレイチェルのそばに急いで駆け寄ってきた。心配そうな顔をして、レイチェルの顔を覗き込んでくる。

「あ、レイチェル、ようやく起きたんですね! いやぁ、私心配したんですよ、いきなりあなたが倒れたから…」

「そう、なの?」

「ええ、そうですよ! 私、友達としてこれは看病しなければと思いまして…!」

「…そうなの」

やけに友達という単語を強調するトゥアール。…嫌な予感がじわじわと押し寄せてくる。

どうして奴がいるのだとか、私は不法侵入でさらわれてしまったのか、そもそもここはどこなのかとか気になることは色々あったが、ここでおとなしくしていると絶対に碌なことにならないという確信がどこかにあった。

(逃げ、なきゃ…!)

レイチェルは身体を無理やり起こそうとするが、トゥアールに止められる。

「駄目ですよ、安静にしていなきゃ!」

不自然に顔を赤くしている貴様がそれを言えるのか!? 覗き込んでくるトゥアールは顔こそ優しく微笑んでいるが、目は笑ってはいない。

…あれは、そう、狩人。罠にかかった獲物をしとめんとばかりしているハンターの目だ。

「大丈夫ですから、レイチェル。私を信じてください…うふふ、うへへへはへ…」

一瞬、ほんの一瞬だけ女神のような微笑みをし…すぐに悪魔のような笑みになった。

音もなく白衣と上着を脱ぎ、トゥアールは下着姿になった。誰もが羨むスタイルを持つトゥアールだが、その姿に色気も糞も感じないのはどうしてなのだろうか?

「さあ、レイチェルも脱ぎ脱ぎしましょうか…」

「ちょ、ちょっと待って! 私、女同士なんて趣味…!」

「大丈夫です、友達の私を信じてください!」

そんな目をしている友達を信じられるわけがないだろうがぁぁぁぁ! …そして、痴女の指が自分の身体に触れるか触れないかのところで、レイチェルははっと目を覚ました。

部屋の中は真っ暗で、日もまだ昇っていなかった。しばらく天井を見つめ…意識がはっきりするのを待って、部屋を見渡した。

(夢…!?)

この一月で見慣れた部屋と嗅ぎ慣れた匂い。光太郎がベッドで寝息を立てているのが月明かりで照らされて見えた。

…それでようやくあの恐ろしい出来事が全て夢だということに気付いた。

(…疲れているのかしら、私)

目くじらを押さえながら首を振る。私、どうしてあんな夢、見ちゃったんだろう? 近々、あいつに合おうと計画を立てていたせいかしら…?

レイチェルはドッと疲れが押し寄せてくるのを感じて、布団を頭からかぶる。

(…とりあえず、あいつに会うのはもう少し先の方がいいかも。というか会わない方が互いに幸せなんじゃ…?)

そう思いながらレイチェルは目を閉じ、夢の中へと入っていった。

せめて今度ばかりはマシな夢を、と神様にお願いしながらレイチェルは眠った。

 

 

 

 

 

 

そして迎えた土曜日、全国の玩具店で聖戦の火蓋は切って落とされた。

人ごみでごった返している屋外駐車場には、神堂慧理那と桜川尊の姿もあった。もうすぐ5月になるとはいえ、まだまだ寒い。その寒さのせいで、慧理那は何度かくしゃみをしていた。

「お嬢様…後は私が代わります。ここまで来れば大丈夫です、整理券をお渡しください」

尊は主の身を気遣い、心配そうにこう言うのだが、決まってこう返されてしまう。

「自分で買うからこそ、玩具は愛着が湧くのですわ。私はあれを買うまではここを離れるつもりはありません」

慧理那はそれだけを言うと、前へと向きなおる。そんな慧理那を複雑そうな顔で尊は見た。

今、慧理那が言ったセリフは何回も聞いたお約束のセリフだが、今日は一段ときつく聞こえる。何かの使命を背負っているといったような顔を慧理那はしていた。

(…何せ、今日の慧理那のお目当ては、自分が愛してやまないツインテイルズの玩具なのだからな)

尊は慧理那の小さな手に握られている整理券をちらりと見た。

そこには『完全可動・アクションフィギュア テイルファイヤー 整理券』と書かれている。

今日発売するツインテイルズの新たなフィギュア。ツインテイルズを愛する者だからこそ、商品を購入してレジを離れる最後までしっかりとやりきらなければならないという使命感にでも駆られているのかもしれない。

だが、そのことを尊は心配しているのではない。いくら小さいからといって、慧理那ももう高校2年生。一人で買い物位できるし、お嬢様だからとはいえ世間の常識に乏しいというわけでもない。

尊が心配する最大の理由は、こういった外出の度に現れるアルティメギルのことだ。どこかに出かけ、何かをするたびに、連中らは狙っているかの如く現れ、その牙を尽くすべきである主に向けるのだ。

危ない目に逢っても、慧理那が応援しているツインテイルズが必ず助けに来てくれるが、それでも仕える身としては複雑だ。ずっと屋敷にいてくれとまではいかないけれども、こういった買い物くらいなら使用人たちに任せてもらいたいなのに。

しかし慧理那が頑として聞いてくれない。この一月、幾度となく繰り返されてきた中で、尊はある一つの仮説を立てていた。

(お嬢様はもしや、ツインテイルズに会う為に、わざわざ危険な状況を望んでいるのでは…?)

尊は片時も目を離さないでいる中、疑うような視線を混ぜながら慧理那を見る。…もしそうであるのならば、お嬢様の安全の為にも放っておけない。最悪の場合、このことを慧理那の両親に報告しなければならなくなるかもしれない。

(…とりあえず、商品を購入したら、すぐさま帰らせなければ…!)

尊がそう思っていた時、耳につけたレシーバーから受信を受け取る際に生じるノイズが聞こえた。

「!」

その一瞬で、尊はメイドではなく、プロの護衛の顔へとなる。慧理那が丁度、商品を購入しておつりを貰っている所を視界に入れつつ、受信に応じる。

「どうした?」

『い、今すぐお嬢様をお連れして逃げてください!』

監視に回していた部下からの叫びを受け、尊は走り出した。何があったとは聞かなかった。この一月、このやり取りだけで状況を察することができるほど、慣れてしまっているからだ。

「お嬢様!」

「尊!?」

尊はきょとんとしている慧理那の手を引き、脇目も振らずにフロアを駆けだそうとしたが…尊の足が止まった。

(…くそ、遅かったか!)

ほぞを噛む思いで、前方を見る。そこには、これまでに何度も目にしたあの黒ずくめの戦闘員がいたのだ。

「モケー!」

戦闘員はわらわらと各フロアに散っていき、階段やエスカレータなどいった移動経路を制圧していく。逃走経路を奪ってから、一人一人刈っていくつもりなのだろう。…悔しいが、理にかなっている戦術だ。

「ふはははは! 中々上質のツインテールを持つ女子ではないか!」

すると、黒い戦闘員の後ろから悠然と蟹のような怪物が現れた。怪人はじろりと慧理那を見る。

「それだけのツインテールを持つのだ。さぞかし、あれも素晴らしいのだろうな…!」

「~! その汚らわしい目でお嬢様を見るな、変態!」

思わず、怪人にそう吐き捨てる尊。

いつもそうだ、お嬢様に会うたびにこの怪人らはツインテール属性がどうだこうだと言ってくる。理屈は分からないが、どうやらこいつらはお嬢様のツインテールを狙って襲い掛かってくるのは疑いようもなく明らかだった。

すると、蟹型怪人が突然名乗りを上げた。

「わが名はクラブギルディ! ツインテール属性と共にある麗しき属性、項後(ネープ)属性を愛でる探究者である!」

「ネープ…え!? うなじ!?」

慧理那はこの怪人たちが自分のうなじ目的で襲おうとしているのに気づき、尊の手を強く握った。

「だが…俺が興味を持つのはそこの金髪の幼女だけだ。そこにいるメイドの年増女はとっと立ち去れぇ!!」

「…何!?」

尊は聞き捨てならない単語がクラブギルティの口から飛び出したことに、沸々と怒りの炎が煮えたぎってくる。

「俺が狙うのは未成年の少女のみ! 年増などには興味はない! さっさと帰ってほうれい線対策でもしているがいい!」

「年増、だと!?―その言葉、今すぐ取り消せ!!」

一番気にしていることを指摘された尊は激昂し、クラブギルディ目がけて回し蹴りを放つ体勢に入る。…狙うは奴の顎。

(奴らが人の言葉を発し、人と同じ感情を持つのならば、身体のその構造も人間と類似している可能性がある。だから、顎を打ち抜いて脳を揺さぶさせれば、中枢神経に障害を起こし、隙を作れるかもしれん!)

尊の纏うメイド服はこういった格闘戦をも前提に作られた特注品であり、回し蹴りを余裕にできるほどの可動範囲を誇っている。

「くらえ、化け物!」

尊の鍛え上げられた脚力で放たれた蹴りは、クラブギルディの顎の細かい一点を目掛けて振りぬいたが…クラブギルディは何ともないように突っ立っていた。逆に攻撃を放った尊が足を押さえて蹲った。

「なんだ、コイツの身体の固さは!?」

まるで全身が金属でできているような硬さだった。大の男をも吹き飛ばす威力を持った蹴りでも、こいつらにはまるでびくともしなかった。

「ふん、年増が俺に勝てるとでも思ったのか!? アルティノイド!」

「モケ!」

「幼女と年増を押さえろ!」

「お嬢様、お逃げください!!」

尊は戦闘員に取り押さえられ、羽交い締めにされる。慧理那もまた、戦闘員に拘束された。

「よし、後ろを向かせい!」

クラブギルディはそう戦闘員に命令すると、左右にいた戦闘員が慧理那の背中が自分に見えるように調節させる。

「ほう…やはり、いい! 人のうなじは、幼女のうなじは何故これほどまでにツインテールとマッチするのだろうか!!!」

「何を見ていますの、あなたは!?」

大声で世迷言を叫ぶクラブギルディに恐怖を抱いたのか、慧理那は毅然と問う。

「ふ、幼女よ。うなじとはな、花と似ているのだよ。良い花が育つには良い環境が必要。そして良いうなじもまた、良いツインテールの前に生まれる! ツインテールにする以上、うなじが見えるのは必然! この2つの美しさは互いに相乗され、互いに美しさを増させる! この素晴らしき関係を、俺はお前たちにも分かって欲しいのだ!」

「そんな俗説、あなたに教わられる必要はありませんわ!」

「たわけ! 男は背中で、女はうなじで語る! この常識すら分からないとは、見た目だけでなく知性も幼いようだな、幼女!!」

「なっ…私が…幼い!?」

初めて慧理那が動揺した表情を浮かべた。

「おのれ、お嬢様を侮辱するな、変態!」

「ふん、貴様に言われる筋合いなどないわ、この年増メイド!!」

そのピンポイントな罵倒は、尊の怒りという名の炎に油を注いだ。

「…私はまだ28だぞ!! まだ20代だ!! 年増と呼ぶな、殺すぞ!!!」

…その怒りの度合いは主を罵倒された時よりも激しく見えるのは、何故なのだろうか?

「さて幼女よ、貴様のツインテールとうなじ、両方いただく!! …悪く思うなよ!」

クラブギルディが威圧的に慧理那へと近づいてくる。

「お嬢様! …うっ!」

「尊!?」

尊は戦闘員に首筋を軽く叩かれ、ぐったりと気を失った。これで慧理那は一人ぼっちになってしまった。

だが、そんな状況下でも慧理那は凛とした空気を崩さなかった。泣きたいのを我慢して、怪人に向き合う。

「…いえ、あなたには無理ですわ」

「何?」

「あなたには私のツインテールとうなじは奪えない、と言っているのです!」

「何だと!?」

そしてあろうことか、慧理那はクラブギルディに挑発をかました。見る見るうちにクラブギルディの顔が歪んでいく。

そう慧理那は知っている。この場を助けてくれる、救世主が必ず現れることを知っているのだ。ヒーローはピンチの時に必ず現れる、それはお約束なのだから。

「何故ならば…」

どこからか空気を裂くような音が聞こえる。そして、その音はどんどん大きくなっていく。

「あなたを倒す、ヒーローがいるのですから!!」

その言葉と共に、クラブギルディの身体が宙を舞った。どこからともなく飛んできた紅色の拳が、周りにいた戦闘員をも風圧で吹き飛ばした。羽交い締めにされていた慧理那も、そのおかげで解放される。

「…やはり、あなたが来てくれたのですね」

飛ばされた拳が戻っていく方向へ視線を向けると、一人の少女が立っていた。

慧理那が憧れるヒーローが、ツインテールという子供向けの髪型でありながらも大人びている少女が、テイルファイヤーが目の前に現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

近所にあるショッピングモールがアルティメギルに襲われている、という連絡を受けたのは寝起き直後だった。

何故かもの凄く機嫌が悪いレイチェルに急かされるように出撃した俺が目にしたのは、蟹型のエレメリアンに誰かが襲われている光景だった。しかも、襲われている人間の背丈は小さい。

(もしかして子供か…!?)

急いで、右腕を構え、それを回転させる。もはやおなじみとなった飛ばす拳は、風を巻き起こし、周りの取り巻きをまとめて吹き飛ばした。

「大丈夫です、か?」

急いで駆け寄り、子供の安否を確認しようとした所で…俺は驚いた。

「神堂会長…?」

なんとそこにはこの間会った小さな生徒会長、神堂慧理那がいたのだ。近くには付き添いで来ていたと思われるメイドさんも倒れていた。

「え? あなた、今…?」

「ああ、いや、その、何でもありませんよ!」

「ですが…今、私の…」

「ええと、何でもないですから!」

迂闊に口を滑らせたことに焦りながらも、強引に話を占める。とりあえず、このまま狭い屋内に居ては駄目だ。戦いづらいし、他の人も巻き込んでしまう。外に出て、会長たちを避難させないと…。

「と、とりあえず、ここから逃げ出しますので…私にしがみついてください」

「え、ええ。そうですわね…」

会長は俺の背中におんぶするようにしがみつき、倒れているメイドさんをお姫様抱っこの要領で抱きかかえ、走り出した。

ところどころにある標識を目印に、目指すは非常階段と書かれた位置まで駆けだす。その道のりから、会長も俺が非常階段を使って外へと出ようとしていることに気付いたのか、慌てたような声を出す。

「階段はあいつらに占拠されていますわ!」

それは勿論分かっている。でも、俺は階段のある所へいくだけだ、使うとは言っていない。

「モケモケ!」

非常階段前には多くの戦闘員がいて、逃げ出そうとしている俺たちに気付き、行かせまいと立ちはだかる。

俺は非常階段目がけて全速力で走りながら、会長に忠告を言っておく。

「舌、噛まないようにしてくださいね!」

「え? ちょ、ちょっと何を…!」

戦闘員は見る見るうちに近づいてくる俺たちを捕まえようと、一斉にやってきた。…やはりそうだ、こいつら知性はあまりないらしい、こっちの作戦に全く気付いていない。

群れに近づけるだけ近づくと、ハードル跳びと同じように、一塊になった戦闘員の群れの上を飛び越えた。

「行きますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

そして非常階段に続く扉を蹴破り、非常階段の踊り場についた俺は勢いよく下へと飛び降りた。

「え、えええ!? きゃああああああああああああ!?」

会長は自分が落ちているということが分かったらしく、かん高い悲鳴をあげる。3階から屋外駐車場目がけての空中ダイブは流石の彼女も想定外だったらしい。

そして、僅か数秒の空中浮遊の後、何事もなかったかのようにテイルファイヤーは駐車場にストンと着地する。

「ええ、と。大丈夫ですか?」

胸に抱いていたメイドさんを地面に下ろしながら、会長に問いかけてみる。背中にしがみついている会長は陸に上がった魚みたいに口をぱくつかせていたが、ようやく怒ったように声を絞り出した。

「…跳ぶなら、跳ぶと…最初に言ってください!」

だが、すぐに感謝していいのか怒っていいのか分からないような困った顔になる。

「その…助けていただいて、ありがとう、ございます…。私は大丈夫、ですわ」

途切れ途切れではあるが、あの日と同じように大丈夫だというアピールをしていた。会長は俺の背中から離れて、メイドさんの様子を伺うように屈んだ。

「ですから、あなたは早く、戦いに戻ってください。尊は私が見ていますから…」

尊と呼ばれたメイドさんの手を握りながら、会長はショッピングモールを指さして、戦いに戻るようにと言ってくる。

俺はこの場に残すことが多少心配だったが、アルティメギルをこのまま野放しにしている訳にもいかない。急いで現場に戻らなくてはと思い、走り出そうとしたが「待って下さい!」と呼び止められる。

「その、私…あなたをずっと応援しますわ! だから…頑張ってください!」

神堂会長はここで購入したらしい『完全可動・アクションフィギュア テイルファイヤー』と書かれている箱を見せながら笑顔でそう言った。

「…うん、ありがとう」

俺もつられて笑顔になり、新堂会長にサムズアップで返し、すぐに戦いの現場へと全速力で走りだした。

 

 

 

 

 

 

「残像だ」

「このお!」

「残像だ!」

「うなじを見るな―!」

「残像だ、そして俺はうなじを見る!」

ショッピングモール1階にある吹き抜けのホールで、クラブギルディとテイルレッドの戦いが繰り広げられていた。だが、レッドは敵であるクラブギルディに翻弄されっぱなしだ。何度も剣を振るっているのに、一度も当らない。

「俺は相手の後ろを取るスピードだけは、隊長たちをも上回ると自負している!」

クラブギルディは見た目のごつさとは対照的に驚異的なスピードでレッドのバックを常に取り続けていた。

クラブギルディが見せるこの特殊な動きは剣を振るうレッド対策の戦術なのかと当初は思ったのだが、ただレッドのうなじを見たいが為の行動だと知った時の脱力感は半端ではなかった。ジロジロと首筋辺りだけを見られるという特殊なシチュエーションは流石のレッドも初体験であったからだ。

「超スピードの変態じゃねーか!!」

このままでは拉致があかない。何とか隙を見つけて、必殺の一撃を叩き込まなければ…。頼みの綱のテイルブルーはモール中に散っている戦闘員退治に出ている為、救援は望めない。

「この、このお!」

「うなじ、うなじだ! やはりうなじは素晴らしい! 決して正面からは見えないものの、陰から美しさを支える美の土俵!! 母なる大地に恵みを与える清らかな水のような存在だ!!」

「だから見るなって言っているだろ!?」

「それは無理な話だ!」

テイルレッドとクラブギルディはグルグルとメリーゴーランドのように何度も切っては周りを繰り返しており、端から見れば間抜けな光景にしか見えなかった。

だが、この展開を打ち破る救世主がこの場に乱入してきた。

「おりゃああああああ!!」

クラブギルディは背後に感じたことのない気配がし、振り向く。そして猛烈なスピードで近づいてくる人影を捕える。

「何ぃ、まさか貴様!?」

クラブギルディは急所狙いに放たれた拳を自慢のスピードで紙一重でかわし、その人物のうなじを見るなり、驚きの声を発する。あの引き締まったうなじにツインテールは…間違いない、奴だとクラブギルディは確信する。

「テイルファイヤー、貴様も来るとはな!」

「…すまないレッド、遅れてしまった!」

テイルファイヤーはやってくるなり、レッドに向けて謝罪をする。…だがレッドは気にしていないといったような優しい顔になる。

「いや…大丈夫さ、ファイヤー! 二人いればコイツなんて目じゃねえ!!」

レッドは剣を構えると、にやりと笑う。同じようにファイヤーも拳を構えると、ニヤリと笑う。その姿にクラブギルディは興奮した。

「ふふ、何という幸運か! 赤色の姉妹のうなじを両方拝める日が来るとは!」

「うるっせえええええええ!!」

レッドは我慢の限界だといわんばかりの大声を上げ、大上段に剣を振りかぶる。だが…。

「残像だ!」

ギュンとクラブギルディは音もなく、消え、背後に回ろうとする。だが、レッドは先ほどとは違い、追撃をしなかった。

…こいつはうなじを見るためだけに相手の背後を取り続ける。その無駄に洗練された無駄な動きは、まさに一流の変態の動きだ。ならば、必ず背後に回る動き、それを逆手に取る!

「今だ、ファイヤー!」

「ああ、分かっている!ファイヤーウォール!!」

「ぬぐうううう!? 何だこの壁は!?」

レッドの背後に回ろうとしたクラブギルディは突然現れた紅色の壁に勢いよく突っ込んだ。バチバチと自分の身体に展開されたバリアのエネルギーがぶつかり、クラブギルディは苦しそうに声をあげる。

「お前の後ろに回る動き…それを利用させてもらった!」

「おおおおのれぇぇ!! うなじが、うなじが見えぬ!」

強大なバリアに突っ込んだせいか、クラブギルディは身動きが取れないようだった。…倒すなら、今しかない!

「今だ、レッドぉ!!」

「ああ、ファイヤー! 完全開放(ブレイクレリーズ)!!」

レッドの剣が伸長展開し、熱波を噴き上げ、必殺技の体勢に入る。

「グランド、ブレイザァァァー!!」

掛け声と共に刀身を伸ばした剣を、クラブギルディ目がけ、横一文字に切り裂いた。

焔のバリアと爆裂する炎刃に挟まれたクラブギルディは、背後に回る事なく、炎の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

「レッド―、そっちはどう…って、あんた」

「あ、どうも、テイルブルーさん」

大量の戦闘員を倒し終え、やってきたブルーに俺は挨拶を交わす。…が、ブルーは聞こえていないように振る舞っていた。

…無視か、分かっていたけど、こうやられると、キツい。

「お、おい…挨拶くらいしてけよ」

レッドが肘で小突き、仕方なくといった表情をブルーは浮かべる。

「どーも、テイルファイヤーさん」

物凄い棒読みの形式上の挨拶だけを済ませると、ブルーはレッドの手を取る。

「戦いはもう終わったんでしょ? だったらさっさと帰りましょ」

「おい、そんな言い方は…」

レッドの手を無理やり引きながら、俺とすれ違うが…。

「…ふん」

ブルーはぷいっと顔を背け、レッドと一緒にどこかへ行ってしまった。そしてこの場には俺だけが残される。

「…なあ、レイチェル」

『なあに?』

俺はたまらず、レイチェルに通信を送った。

「女の子って…難しいんだな…」

『…何を当たり前のこと言っているのよ、さっさと帰ってきなさい』

「それでいいのか?」

『こういう時は下手に刺激しない方が身の為よ、面倒な生き物なんだから、女って』

「さいですか…」

こうして、休日の戦いは幕を閉じた。…今だ埋まらぬテイルブルーとの溝を感じるという苦い結末で。




ブルーが不遇になっていますが…大丈夫です、名誉挽回する機会はしっかりと作っていますので!勝利の鍵はいったい何なのだろうか…!?
では次回もお楽しみに!

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