混沌の使い魔   作:Freccia

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「――ええと、次に必要なものは」

 次の授業に必要なものを頭の中で思い浮かべながら、職員室へと入る。教師として一週間近く過ごしたが、まだまだ慣れない部分もある。だからといっては何だが、今のようについ直前まで準備ができていないこともある。

「……どこかで聞いたような気はするのだが」

 自分へ割り当てられた席へ向かう途中、そんな声が聞こえてきた。

「何がですの? ミスタ・コルベール」

 何となく気になったので、声の主に尋ねてみる。





第8話 Mysterious Thief(前半+後半)

「……ああ、ミス・ヴァリエール。つい、口に出していたようですな」

 

 座った席から振り向くと、苦笑しながらこちらに視線を向けてくる。この人は同僚ということになったミスタ・コルベール。基本的にはここではなく、彼の研究室――そう呼べるかは別として――の方にいるのであまり話す機会はないのだが、初日に学院長から紹介されているのでお互い面識はある。加えて、彼は学院長からシキさんについて調べるように言われているので、時たま意見を交換することもある。この人も直接話を聞きに行けばいいようなものだが、そうもいかないらしい。まあ、私とて知らなかったからこそだ。もし彼のように前提知識があったとしたら、ああもたやすく口をきくというわけにはいかなかっただろう。

 

 それに、最初は他の教師と同じく彼が怖いのかとも思ったのだが、そう単純でもないようだ。「怖い、確かにそれもあります。ですが、見ているとなぜか昔のことを思い出すようで……」と、何やら要領は得ないのだが、何か複雑なものがあるらしい。多少は気になったが、無理に聞き出すのもどうかと思ったので、深くは尋ねなかった。見た目にはのんびりとした人だが、何やらあるのかもしれない。

 

「大したことではないのかもしれませんが、あの剣、本人曰くデルフリンガーと言うらしいのですが、その名前にどうにも聞き覚えがあって……」

 

 先ほどまでと同様、腕を組み再び考え込んでいる。

 

 あの剣――というと、ミス・ロングビルが購入してきたというインテリジェンスソードのことだろう。見た目にはボロボロで大したものにはとても見えなかったのだが、シキさんのことを相棒と呼んでいたということから学院で買い取ったらしい。――しかし、改めて考えてみると、確かにその名前は聞いたことがあるような気がする。最近、のことではないから、多分ずっと昔、もしかしたら子供の頃かもしれない。

 

「そう言われてみれば確かに聞き覚えがあるように思います。他に何か分かったことはありますか? もう少し情報があれば思い出せるかもしれませんが」

 

「他に……ですか? 残念ながらほとんど。しかし、特別な魔法がかかっているのは間違いないでしょう。見た目に反して随分と丈夫ですし、錬金といった魔法も受け付けません。一般的なインテリジェンスソードとは根本的に違うようで、なかなかに面白い剣です」

 

 残念といいながら、随分と嬉しそうだ。このあたり、この人も私と同じで根っからの研究者なんだろう。研究者というのは変わった人種で、問題が難しければ難しいほどやる気が出るものだ。そうなると私も興味が出てくる。

 

「何なら私も手伝いましょうか?」

 

「いや、あなたはどうせなら薬の方を。最初は私も調べていたのですが、なんともならないままに預けてしまいましたから。あなたならそちらの方が詳しいでしょう?」

 

「確かにそうですね。……まあ、必要でしたらいつでも声をかけてください。なんでしたらアカデミーの方にも掛け合ってみますわ」

 

「はは。もう少し頑張ってみますが、すぐにでも頼るかもしれませんな」

 

 笑いながら言うが、多分そう簡単には諦めないだろう。残念な気もするが、むしろその方が好感が持てる。

 

 ――さて、次の授業もある。そろそろ準備に戻るとしよう。

 

「何か分かったら私にも教えてくださいね。楽しみにしていますから。それでは、また」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確か……、この辺りのはずだけれど」

 

 少しばかり薄暗い雰囲気のある廊下を見渡し、頭の中の地図と照らし合わせる。学生時代にも来たことがなかった場所なのでなかなか見つけづらい。ちなみに、今探しているのはシキさんから受け取った薬を調べているはずの相手の研究場所だ。別に学院長からは調べるようには頼まれてはいないが、単なる個人的な興味のようなものだ。あの人が持っていた薬というだけでも十分興味深い。できればサンプルぐらいは分けてもらいたいものだ。

 

「あら、ミス・ヴァリエール? こんな所でどうしました?」

 

 不意に後ろから声をかけられ、聞き覚えのある声に振り返る。

 

「ミス・ロングビル……」

 

 向こうには変わった様子はないが、何となく先日のことが頭に浮かんで言葉に詰まる。そんな様子に気づいたのか、あちらから話を続ける。

 

「この前のことなら気にしないでくださいね。あまり深く考えられても困ってしまいますし」

 

 言いながら苦笑するが、確かにその通りかもしれない。それに、私としても余計な気を使わなくて済むのなら、そうしたい。

 

「そう、ですね。――それで、何をしているかでしたか。そうですね、ミスタ・マーシュが学院長から預かっている薬のことはご存知ですよね?」

 

 「ええ」と小さく頷くのを確認して更に続ける。

 

「私の専門はどちらかというとそういった分野で、少し興味があるので見に来たんですよ」

 

 もちろん、それだけではなくできれば自分でも調べてみたいのだが。

 

 ミス・ロングビルはそれに対して何やら考え込み、少し間を置いて口を開く。

 

「……そうですか。でしたら私もご一緒しても構いませんか? 私も多少興味があるんですよ。シキさんが持っているものは面白いものばかりですから」

 

 そう笑顔で言ってくる。まあ、ちょうどいいと言えばいい。場所が分かりづらかったのだから、むしろ渡りに船だ。

 

「それはもちろん構いません。ちょうど場所が分からなかったので、むしろ助かります」

 

「あ、そうなんですか。まあ、確かに分かりづらいですからね」

 

 苦笑すると、私の前に出て「こちらです」と先導していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さてと、何から試そうかしら?」

 

 ここは私の部屋だが、目の前にはさっき見に行ったはずの薬がある。

 

 ここにある理由は……まあ、何というか、ミスタ・マーシュがあまりにも頼りにならないから私の方で調べることにしたのだ。ミス・ロングビルは少々呆れていたようだが、仕方がない。私からの質問もはっきりと答えられない上に、話の間中ずっとおどおどしっぱなしだったのだ。――まあ、私も多少上から言っていた気がしなくもないが、それはそれ、これはこれだ。

 

 とりあえず、せっかく現物があるのだから調べてみることにしよう。幸い必要そうな道具はすべて持ってきている。強引に、いや、預かった以上はきちんと結果を出さないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――参ったね。あそこまで強引に持っていくとは思わなかった」

 

 自分の部屋へと戻り、思わずため息をつく。

 

 あの薬のことを知りたいという彼女を案内したまでは良かったのだ。ただ、その後がまずかった。最初は普通に質問をする程度だった。だが、ほとんど答えられないことに少しずつ機嫌が悪くなって、最後には「あなたには任せられない」と半ば強引に持って行ってしまった。確かにあの男ではあまり頼りにならない。しかし、あそこまで強引に持って行くことはないだろう。そこまで考え、再びため息をつく。

 

「……そろそろ動かないとまずいかな?」

 

 顔を上げ、そう呟く。あの男が持っているうちはそう簡単にアカデミーに移されることはなかった。だが、ヴァリエールの元にあれば別だ。彼女はもともとアカデミーの研究者。すぐにでも持っていかれる可能性がある。となると、早めに手に入れなければ面倒なことになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なかなかうまくいかないものね」

 

 日当たりの良いカフェ席で一人ごちる。あの薬を受け取ってから数日、受け持っている授業自体はそう多くはないので合間に色々と試してはいるのだが、いまだに大したことは分からない。分かった事といえば、本当に常識はずれの効用があるということぐらいだ。ほんの少量を植物の切片に与えてみたのだが、そこから全体を再生してしまった。何なのかという興味は尽きないのだが、属性だとかいったものすら分からない。

 

 一般的に薬は水の属性を持つものなのだが、どうもそう単純なものではないらしい。今までの常識とも外れており、根本的に違うものなのかもしれない。もう少し休憩したら戻ろうとは思うが、次にどうすべきかというのも全く思いつかない。

 

 

「ここにいたのか」

 

 そう後ろから声をかけられたので、後ろを振り返る。

 

「シキさん、何かありましたか?」

 

 振り返ると、いつものように黒を基調としたシンプルな服装に身を包んだシキさんが立っている。

 

 ――そういえば、とふと気づく。普段はあまり目立つような格好もないので忘れがちになっていたが、別の世界から来たという話だった。ということは、持っていた薬もそうだということになる。だとしたら、調べるにも今までとは全く違う方法が必要なのかもしれない。もちろん、そうは言ってもなかなかそんな方法は思いつくものではないのだが。

 

 まあ、シキさん本人に聞くという方法もあるにはあるが、それは最後の手段だ。できれば自分自身で考え出してみたい。せっかく全く未知の新しいものに触れたのだから、滅多にないそのチャンス、自分で何とかしてみたい。合理的ではないとは分かってはいるが、これは性分のようなものだ。自分でも苦笑してしまうが、何ともしがたい。

 

「――いいか?」

 

 そう声をかけられて、我に返る。つい考え込んでしまっていたようだ。考え込んでしまって周りが見えなくなるというのは学者にありがちとはいえ、悪い癖だ。気をつけないといけない。

 

「すいません。つい……。それで何の御用でしょう?」

 

「別に用というわけじゃないんだが、渡しそびれていたものがあってな」

 

 そう言うと懐から何かを取り出す。

 

「何ですか?」

 

 手元を覗き込んで見れば、随分と丁寧に作られた箱だ。表面はビロード張りになっており、宝飾品でも入っているのだろうか?

 

「まあ、礼――というのもなんだが、色々と頑張ってくれているようだからな。この前町へと出かけた時に頼んでいたものだ。そう悪いものではないだろうから受け取ってくれ」

 

 そう少しばかりぶっきらぼうに言うと、私の方へと差し出す。しかし、思わず受け取ってしまったが、そういうわけにもいかないだろう。

 

「あの、お気持ちはありがたいんですが、そういうわけには……。半分は妹の為、もう半分は私自身の興味。私たちがあなたに感謝することはあっても、あなたからそんなものまで頂くわけにはいきません。残念ですが、お返しします」

 

 そう言って、受け取った小箱を差し返す。

 

「……俺自身も感謝しているんだが。――そうだな。なら魅力的な女性へのプレゼントということではどうだ? せっかく似合うと思って選んだんだ。できれば受け取って欲しい」

 

 予想もしていなかったような言葉に思わず見つめ返してしまう。顔色を窺ってみるが、からかっているという様子はなく、真顔だ。確かに今までにもそういったことを言ってくる相手はいたが、いつも取り入ろうといった様子や下心といったものが見えていた。しかし、そういった様子は一切ない。となれば、純粋な好意からのもの。

 

「な、何を……」

 

 なんと返せばいいんだろうか? 今までこういう相手がいなかったのでどう対応すればいいのかが分からない。

 

 ――それに、顔が熱い。多分、赤くなっているだろう。自分でも想像しなかった反応に、つい俯いてしまう。

 

「別にお世辞を言っているわけでもないぞ。少し気が強いようにも見えるが、理知的でそれも魅力だからな」

 

 臆面もなく更に言葉を続ける。シキさんとは逆に、私の方がますます赤くなっているのが分かる。

 

 う、うー、な、何か言わないと……

 

 

「……見境がないですね。あまり女性にプレゼントをした上そんなことを言っていると、いつか要らぬ誤解を受けますよ?」

 

「……ミス・ロングビル」

 

 後ろから聞こえてきた言葉に振り向くと、彼女が立っている。そして、更に言葉を続ける。

 

「ちなみに、私のときは『宝石も美人が身に着けていたほうが喜ぶ』でしたね。そしてこれを」

 

 視線を下へと移しながら胸元のペンダントのチェーンに指を絡ませる。見れば、装飾自体はそう派手ではないが、大粒のエメラルドで相当の値打ち物のようだ。

 

「……別に見境がないわけじゃない。ただ思ったことを言っているだけだ」

 

 彼が少しばかりばつが悪そうに言う。

 

「……天然は、一番性質が悪いです。普通に考えたら狙っているとしか思えませんよ」

 

 対して彼女は少しばかり呆れたように呟く。聞きながら私は少しずつ冷めていくのが分かる。むしろ、真に受けていたことが恥ずかしいぐらいだ。

 

「……まあ、せっかくですからこれは頂いておきます」

 

「あ、ああ。……そういえば、さっきは何か悩んでいるようだったが、どうかしたのか?」

 

 多分、話題を変えようとしているんだろう。しかし、私もその方が良い。さっきの言葉で赤くなっていた私だって恥ずかしいのだから。

 

「ええと、あなたがルイズにあげた薬があったでしょう? ちょっとそれを調べていて……」

 

「あげたもの? ……ああ、最初に没収されたやつか」

 

 思い出したとばかりに呟く。しかし、没収?

 

「あの、没収ってどういうことでしょう?」

 

「そのままだが? 見せたときに使い魔のものは主人の物だとか言われてな」

 

「……今、ルイズはどこに?」

 

「授業中だな」

 

「――ちょっと、失礼します。ここで待っていてください。すぐにルイズを連れてきますから」

 

 そう言って足早に教室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「言わないでいた方が、良かったのか?」

 

「さあ? とりあえず、私は先に失礼しますね。ああ、それと、これ以上見境のない真似はやめた方がいいですよ」

 

「……まあ、気を付ける」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの様に授業中ではあるが、虚無についての文献のページを捲る。時間さえあればこのように読んでいるのだが、何せ数が膨大だ。斜め読みといってもいいように読んでいるとはいえ、それでも読むべきものはまだまだある。タバサも手伝ってくれてはいるのだが、なかなか終わりがみえない。

 

 意識のほとんどを文献を読むのに向けていたのだが、不意にガタンと力任せに扉が開かれる音がしたので目を向ける。見れば、お姉さまだ。まっすぐにこちらに向かってくるその表情は、どちらかといえば無表情とはいえ、明らかに怒っている。心当たりは、と考えてみるが――正直、ありすぎる。教室を爆破したり、問題は散々起こしてきた。考えているうちに、目の前にお姉さまが立つ。ゆっくりと見上げると、にっこりと笑うその顔が見える。

 

「お、おねえしゃまっ」

 

 途中まで言った所で頬を引っ張られ、最後まで言えなくなってしまう。

 

「……来なさい」

 

 そのまま立ち上がらせられ、更に教室の出口へと引っ張られる。

 

「いひゃい、いひゃいです。おにぇえしゃまー」

 

 必死に訴えるが聞いてくれない。どうしようもないので、痛くないよう逆らわずについて行く。皆に見られて恥ずかしいが、今はそれどころではない。痛いし、どれが原因なのかが分からない。

 

「ミ、ミス、いったい何を?」

 

 後ろからようやく我に返った先生が慌てて声をかけてくる。しかし、頑張っては欲しいのだが完全にお姉さまの迫力に負けている。頬を引っ張る手はそのままに少しだけ視線を向け

 

「ルイズは借りていきますわ。……何か問題でも?」

 

「え? あ、その……」

 

「ないようでしたら失礼します。お騒がせしたのは謝罪しますわ」

 

 そう言うと、来たときと同じように扉を閉め、そのまま私を引っ張っていく。

 

 

 

 

 

 

「ええと、……とりあえず授業を再開しましょうか」

 

 遠くになった先生の声が聞こえる。私のことは、なかったことにしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「座りなさい」

 

 カフェに来てようやく手を離してくれたお姉さまが、そう命令する。

 

「ええと、はい……」

 

 逆らえないので、言われたとおり手近な椅子に手を伸ばす。しかし、お姉さまの声に遮られる。

 

「椅子じゃなくて、下よ」

 

 その声に思わず手を止める。恐る恐るお姉さまへと目を向けるが、本気だ。こうなると、逆らえない。諦めて地面へと正座する。

 

「何もそこまで……」

 

 そう言ってシキが止めようしてくれたが

 

「あなたは黙っていてください」の一言で「……ああ」と黙ってしまった。……強いんだったら、せめて、せめてもう少し粘って欲しい。お姉さまからも私を守ってほしい。

 

「さて、ルイズ。私が何に対して怒っているか分かるかしら?」

 

 優しく、声だけは優しく問いかけるお姉さまを見上げる。

 

「え、ええと、分かりません……」

 

 これ以上怒らせないように、丁寧に言葉を選んで答える。 

 

「そう。じゃあ、これからゆっくりと教えてあげるわね」

 

 にっこりと微笑む。それなのに、死刑宣告をしているように感じるのは何でなんだろう……

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと反省しなさいね」

 

 そう言って、ようやく開放してくれた。

 

 ――何時間経ったんだろう。視線を向けた先に沈み始めている夕日を見て、ぼんやりと思う。

 

 本当は、もっと早く開放してくれるはずだった。しかし、「そんなんじゃ結婚できないわよ」との言葉に思わず「お姉さまだって」と言ってしまった。

 

 本気で、後悔した。逆鱗に触れるというのはああいうことを言うんだろう。お姉様の口元がゆっくりとつり上がっていくあの様子、しばらくは忘れられそうもない……

 

「……とりあえず、大丈夫か?」

 

 シキが心配そうにそう尋ねてくる。その顔を見てあんたが余計なことを言うから、というのも一瞬浮かんだが、今考えればお姉さまの言うとおり馬鹿なことをしていた。もしシキの気性がもう少し荒かったなら自分はどうなっていたのか分からないのだから。今ならそんなことはないとは分かっていても、もし愛想を尽かされていたらと思うと、怖くて仕方がない。

 

「……あの、シキさん。薬の方は、お返しします。ご迷惑をおかけしました」

 

 そう言うと、深々と頭を下げる。普段のお姉さまからは想像もつかないが、非はきちんと認める人だ。そんなことをさせる原因を作った自分が、今更ながら恥ずかしくなる。

 

 それに対して、シキは気にしていないとばかりに頭を上げるよう促す。

 

「いや、構わない。役立ててくれるならそれでいい。無駄にするつもりはないんだろう?」

 

「それはそうですが、それは……」

 

 頭を上げたお姉さまが、多少困惑気味に口を開く。しかし、タバサのことがある。

 

「あの……」

 

 恐る恐るではあるが、口を挟む。

 

「……何?」

 

 多少いらだちがあるようだが、タバサの為にも言わないわけにはいかない。

 

「言いにくいんですが、どうしてもその薬が欲しいという子がいて、その……」

 

 分かってはいても、なかなか言葉が出ない。言いよどんでいる所にシキが口を開く。

 

「怪我でもしているのか?」

 

「……ううん、良くはしらないんだけれど。大切な人が毒に侵されていて、普通の薬じゃどうにもならないらしいの」

 

 タバサは聞いてもあまり答えたがらなかったが、様子を見るに、思いつく限りのことはやっているようだった。そのタバサにとってはあの薬はある意味では希望だ。しかし、シキがそれを否定する。

 

「……毒か。だが、あれには解毒といった効果はないはずだぞ」

 

「そうなんですか? 効果としては十分可能そうでしたが……」

 

 実際に効果を試してみたんだろう。お姉さまがそう言うからには相当なもの、本当にシキが言ったような効果があるのかもしれない。

 

「ああ。仕組みまでは知らないが、あれは純粋に体や精神の疲労、傷を治すだけのものだからな。まあ、それに関してはあれ以上のものはないだろうがな」

 

 それに対して指を顎を当てて考え込み、口を開く。

 

「それでも仕組みの一部でも分かれば、もしかしたら……」

 

「そうなのか?」

 

「恥ずかしながらまだ大したことは分からないので断言はできませんが、分かれば応用するとといったことも可能でしょう。分かれば、の話ですが」

 

「できるかもしれないんですか?」

 

 お姉さまの言葉につい声が大きくなる。タバサと知り合ったのは最近だが、助けてもらうばかりで何とかしてあげたいとずっと思っていたのだから。

 

 私の言葉に多少驚いたようにこちらを見たお姉様は、苦笑しながらあくまでできる「かも」と強調する。

 

「……そうか」

 

 そのやり取りを眺めていたシキはそう呟き、更に言葉を続ける。

 

「なら、預ける。そういったことができるのなら、俺が持っているよりもずっと有用だろう」

 

「……ですが」

 

 まだお姉様は納得しかねているようだが、それでは困る。

 

「いいじゃないですか、役に立つのなら。シキもそう言っているんだし」 

 

 その言葉に反省していないのかとばかりにギロリと睨まれ、さっきまでのことを思いだして一瞬ひるむが、今度ばかりはシキも助け舟を出してくれた。

 

「まあ、役に立つのなら俺も嬉しい。それに、貴重ではあるが最後というわけでもないからな」

 

 本人がそう言うのならと納得してくれたんだろう。しばし考え、「預からせていただきます」と言ってくれた。お姉さまがそう言うのなら安心だろう。やる気が出たのか、これから早速と戻っていく背中をそのまま見送る。

 

「……ところで、立たないのか?」

 

 お姉さまを見送る私に対し、疑問に思ったのか尋ねてくる。まあ、疑問に思うのも当然だろう。さっきから床に正座したままなのだから。

 

「立たないんじゃなくて、……立てないの。ずっと正座だったから」

 

 目をそらして答える。正座だった時間が長すぎて、痺れるのを通り越して感覚がない。

 

「……そうか」

 

「な、何しているのよ!?」

 

 いきなり抱えられらげ、慌てる。ひざの裏と背中に手を回して抱えられ、まあ、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。私は慌てるのだが、シキは意に介した様子はない。

 

「歩けないんだろう? だったらこの方が早い」

 

「だからって……。ふ、普通に背負えばいいじゃない!!」

 

 学院内をお姫様抱っこで部屋までなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。対して、困ったように口を開く。

 

「背負うと……刺さるからな」

 

 その言葉に首の後ろへと視線を移し、ああ、と納得する。最近は服に隠れていて忘れていたが、首元に角のようなものがある。確かに背負いなんてしたら刺さるかもしれない。

 

「う、うう、でも……」

 

「なら、やめておくか?」

 

「……いいわ。運んで頂戴」

 

 せっかく運んでくれるって言っているんだし。それに、こういうのに憧れがなくもない。何だかんだ言って、結構たくましいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出る時よりも幾分足取り軽く、部屋へと向かう。具体的に何かが変わったというわけではないが、それでもモチベーションが違う。そうなると考えも前向きになってくる。全く新しい考え方が必要というヒントも得た。外に出る前ならヒントとも思わなかったかもしれないが、今なら違う。新しい理論をと前向きになれる。とりあえず思いつく限りのものを頭の中で組み立てながら、ドアのノブへと鍵を差し込みそのままひねる。

 

「……開いている?」

 

 感触のおかしさに眉をひそめる。外に出る前に確かに鍵は閉めていったはずだ。幾分警戒気味にゆっくりと扉を開いて中を覗き込み、思わず息を呑む。

 

「な、何これ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うう。やっぱり止めておけば良かった……」

 

 ベッドに倒れこんだまま、部屋の中で一人呟く。

 

 他の生徒に見られるかもしれないということは当然覚悟していた。――でも、よりにもよってキュルケに見られるなんて思わなかった。

 

「あらあら、良かったわねー。お姫様抱っこなんてなかなかないわよ? ふふ お人形さんみたいで可愛い」

 

 本当に微笑ましいものを見るような目で見られた。しかも、去り際に

 

「――この前のかけは有効だから。夜はいつでもお相手するわ」

 

 そう言ってからこちらをちらりと見て

 

「ルイズじゃ抱きがいがないしねー」

 

 ときっちり馬鹿にしていった。

 

 シキはシキで 

 

「いや、喜ぶ人間は喜ぶ。だから心配するな」

 

 と真顔でフォローにもなっていないことを言うし。ついでに、無理して殴ろうとしたら 首を傾けてあっさりよけられた。

 

 そんなやり取りを思い出しながらばんばんとベッドを殴りつけてもだえていると、ふと外が騒がしいのに気づく。扉の外なので何を言っているかまでは分からないが、複数の人間が口々に話しているようだ。貴族とはいえまだ学生なので騒ぐこともあるが、こういったことは珍しい。少しばかり気になったので扉を開けてみる。

 

 扉から身を乗り出し、声の聞こえた辺りに目を向けるとちょうどキュルケとタバサがいる。騒いでいたのはこの二人ではないようだから、おそらく声は他の生徒のものだったんだろう。とりあえず、さっきのことは忘れて聞いてみよう。

 

「ねえ、何があったの?」

 

「――あら、ちょうどいいわね。あなたのお姉さんの部屋に泥棒が入ったみたいよ。見てきた方がいいんじゃない?」

 

 こちらに気づいたキュルケが気になることを言ってくる。

 

「え? どういうことなの?」

 

 キュルケは知らないとは思うが、反射的に聞き返してしまう。

 

「さあ? 私も聞いただけだしね」

 

 言葉通りなんだろう。となると、実際に行ってみないと分からない。

 

「とりあえず、お姉さまの所に行ってくるわ」

 

「……私も行く」

 

 声に振り返るとタバサだ。あの薬の為だろういうことは分かっているが、手伝ってもらってばかりだ。感謝すると同時に、私も何かしてあげたいと思う。……残念ながら思いつかないのだが。

 

「あら、あなたからそんなことを言うなんて珍しいわね。……そういえば、最近あなたたち仲が良いものね。んー、そうね。私も行くわ」

 

 キュルケは少しばかり考え込むと、そう言ってあとを追ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員寮の方に来たのだが、人だかりができている。まあ、場所のせいか遠巻きにだが。私たちもあまり近くまで行くわけにはいかないので、同じような距離から見渡してみる。右から左へと視線を移す中で、ちょうどお姉さまが見えた。声までは聞こえないが、他の教師と話しているのが分かる。それなら直接聞く方が早い。

 

 しばらく待つと話が終わったので、お姉さまの方へと向かう。

 

「お姉さま。何があったんですか?」

 

「あら ルイズ。戻ったら部屋が荒らされていたのよ。……それに、変なものまで盗まれていたし」

 

 お姉さまの性格なら激昂しても良さそうなものだが、その様子がない。むしろ元気がないように見える。いったい何を盗まれたんだろうか。 

 

「変なものって何ですか?」

 

 こちらを見て言いにくそうにしていたが、ゆっくりと口を開く。

 

「その……下着よ」

 

「そのものを盗んで何に……」

 

 思わず正直な感想がもれる。わざわざ下着なんてものを盗む理由が思いつかない。そんなことを考えていると、不意に後ろから声が聞こえてきた。

 

「……そういうものが好きなやつは、ここにもいるんだな」

 

 振り返ると部屋の外へ出ていたシキがいつの間にやら立っていた。

 

「あら、あなたも来たのね」

 

 それに気づいたキュルケが手で軽く挨拶する。

 

「まあ、ここまで目立っていたらな」

 

 もっともだ。それで私たちもここへ来たわけだから。ふと気づいたのだが、さっきからタバサがなぜかおとなしい。どうかしたのだろうか?

 

 と、そういえばさっき気になることを言っていた。

 

「そういうものが好きってどういうことなの? 下着なんかどうするのよ?」

 

 わざわざ他人のものを盗んでも仕方がないはずだ。

 

「どうするって……その、かぶったりでもするんじゃないか?」

 

「「え」」

 

 声が重なる。お姉さまは自分のものをそんな風に扱われるのを想像したんだろう。心底嫌そうな顔をしている。まあ、それは分かる。もし自分のものだったらと思うと……嫌過ぎる。

 

「そ、そんなことをして何が楽しいんですか?」

 

 その予想外の答えに、お姉さまが食って掛かる。まあ、当然の反応だ。

 

「俺に言われてもな……。盗んだやつにでも聞いてくれ」

 

 彼自身理解はできないんだろう。困ったように答える。

 

「そ、そうですよね……」

 

 珍しく気落ちしている。その辺りは仕方がないのかもしれないが。となると話題を変えた方がいいだろう。

 

「他に盗まれたものはないんですか?」

 

「え、それはまだ……。クローゼットを中心に荒らされていて、他はまだ確認していないから」

 

 さすがのお姉さまも慌てていたということだろう。普段ならこういったことはないはずだから。

 

「もしかしたら金品も盗まれているかもしれないな。確認した方がいい。もしそうなら換金するだろうから手がかりになるしな」

 

 シキが冷静に言う。確かにその通りかもしれない。

 

「……なら、私も手伝いましょうか? どうせ片付けないといけないでしょう?」

 

 横からキュルケが申し出る。

 

「……そうね。お願いできるかしら?」

 

 なんで、と思ったけれど、キュルケならとも思う。よくよく思い出してみると、キュルケはなんだかんだで面倒見がいいのよね。家同士は敵対しているのに、私のことも結構気にかけてくれているみたいだし。まあ、普段は別だけれど。

 

「ルイズ。何ボーっとしてるのよ? あんたの姉なんだから、当然、あんたもよ」

 

「……分かっているわよ」

 

 やっぱり素直に感謝できない。今までのことからかなかなか直りそうもないが、いつかはとは思う。

 

「……私も手伝う」

 

 見ればタバサも手伝ってくれるそうだ。本当にこの子には頭が上がりそうもない。

 

「――私も手伝いますよ」

 

 第三者の声に皆が振り返れば、ミス・ロングビルが笑顔で立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどこに?」

 

「ああ、それは……そこのクローゼットの中に」

 

 部屋の中を片付けながら、何がないのかも確認していく。しかし、それでも大した手間はかからない。人数が多いこともあるし、何より、単なるカモフラージュの為に荒らしたのだから。馬鹿な貴族共ならともかく、少なくともこの姉妹に嫌悪感はない。まあ、カモフラージュの分ぐらいは許容範囲ということで。

 

 

「……あら?」

 

 隅の実験器具を並べている場所に目を向けたエレオノールが小さく声を上げる。

 

「どうしました?」

 

 自分でもわざとらしいとは思う。なにせ、盗んだのは自分なのだから。……欲を言えばせっかくカモフラージュに荒らしたのだから、できればもう少し遅らせたかったのだが。隠したかったものに早速気づいてしまったようだ。

 

「……ないわ」

 

 せわしなく視線を動かし、もしかしたら別の場所にあるのではと探している。もちろん、私が持っているのだから見つかるはずはない。 

 

「何がないんだ?」

 

 横から本来の持ち主が声をかけてくる。それに対して、言いづらいそうに戸惑いながら答える。

 

「あの、あなたから預かった薬、確かにここにおいておいたはずなんですが……」

 

 指でその場所を指し示すが、何かを調べるように器具は並んでいても、その中心にあるべきものがない。並んでいるものは調査用にもかかわらず、その対象となるべきものがないのだ。

 

「盗まれたということ!?」

 

 さっきから様子を伺っていたらしいタバサが、間に入ってくる。慌てており、いつもと様子が違う。私の知る限り、成績などに関しては間違いなくトップクラスであるが、このように感情を出すということはなかったはずなのだが。

 

「ないんだったら、そういうことになるのかしらね」

 

 ついで、こちらの様子を見に来たキュルケが口を開く。タバサの様子に関しては私と同様の感想なのか、訝しげな視線をそちらへと向けている。

 

「もしかしてあなたが……」

 

 何かに気づいたのか、タバサへと視線を向けたエレオノールが言う。この様子を見る限り、タバサがあの薬のことを必要としているということなのだろうか? 二人に対して交互に視線を向けるが、エレオノールの方は考え込むように、タバサの方は珍しく感情をはっきりと表しており、その予想は当たっているのかもしれない。

 

「……まあ、かえって好都合なのかもしれませんね」

 

 不意に、エレオノールが視線を横へと向けながら言う。

 

「どういうこと?」

 

 それに対して承服しかねるのか、タバサが殺気立った様子で口にする。子供じみた見掛けに反し、十分な威圧感を持っている。この様子からすると、子供だと思ってかかったなら痛い目にあうだろう。後々のことを考え肝に銘じる。しかし、好都合というのは気になる。

 

「何か手がかりでもあるんですか?」

 

 これは絶対に聞いておかなければならない。こういった、もしかしたらということを警戒してわざわざ様子を見に来たのだから。

 

「確認しましたが、サンプルにと分けていたものは残っています。うまくいくかは五分五分ですが、それを使って探索することもできるはずです」

 

 視線をこちらへと戻したエレオノールが一息に言う。五分五分とは言っているが、十分に自信が感じられる。――これは、できると思った方がいいだろう。

 

「……それはすごいですね。すぐにでも可能なんですか?」

 

 今すぐにできるとなると非常にまずい。何せ、今は自分の懐にあるのだから。

 

「さすがにすぐというわけには。準備があるので、明日の朝にはといった所でしょうね」

 

 苦笑交じりにといった様子で口にする。とりあえず、すぐにはできないということで一安心といった所だろうか。 

 

「そうですか。もしできたのなら私にも手伝わせて下さい」

 

 少しばかり考える仕草を見せ、申し出る。何をするにせよ、様子は確認しなければならない。

 

「私も探す」

 

 私に続いて、予想通りタバサも手を挙げる。理由は、やはり聞いておくべきだろうか。

 

「……一ついいですか?」

 

 タバサに対して言う。返事はないがそのまま続ける。

 

「なぜ、あなたまで? あまりそういったことには関わりたがらなかったと記憶しているのですが……」

 

 それに対して、口にするべきか迷っていたようだが、私が諦めないと思ったのか、簡潔に答える。

 

「私にはどうしても必要」

 

 なぜという答えとしては不十分。しかし、表情を見る限り、どうしても必要としていることは十分に理解できた。決して諦めないだろうということは。

 

「……まあ、そこまで言うのなら私も手伝うわ。あなたには色々と手伝ってもらっているしね」

 

 横からキュルケが言うのを聞いて、一瞬表情が緩んだように感じたが、次の瞬間には戻っていた。しかし、面倒なことになった。とりあえずは隠すにしても、どうするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、準備ができたということで、昨日のメンバーがエレオノールの部屋へと集まった。結局、皆が行くということになったのだ。

 

「これで調べることができるはずです」

 

 手の中にあるものを示しながらエレオノールが告げる。その手の中にあるのは……羅針盤、だろうか? 羅針盤自体も遠目にしか見たことがないので良くは知らないが、なんとなく似ているように思う。盆のようなものに液体が満たされ、周りには何らかの模様が描かれている。羅針盤であれば方位なのだろうが、これは別の意味をもっているんだろう。まあ、探知用なのは間違いないはずだから、似たようなものなのだろう。問題は、これがどこまで使えるかだ。

 

「それで調べられるんですか?」

 

 皆の疑問をキュルケが代弁する。幾分胡散臭げだが、それも仕方がないだろう。そう大層なものには見えないのだから。

 

「……まあ、やってみれば分かるはずです」

 

 胡散臭いということは承知しているのだろう。論よりも証拠と準備を始める。ルイズへと盆を渡し、残っていたというサンプルだろう、小さな容器に入ったそれを懐から取り出し、盆の中心へと据える。そして、何やら呪文を唱える。すぐには変化が分からなかったが、ゆっくりと盆の周りの模様が光を放つ。端の一部分だけが光っているが、どういった意味なのだろうか?

 

「……この光がある方向に、中心にあるものと同じものがあるはずです」

 

 その言葉に皆が視線を移せば……シキ? 皆の視線に気づいたのか、彼が横へと動く。しかし、それに合わせて光の示す方向も変わる。

 

「「「「「え?」」」」」

 

 彼以外の皆の声が重なる。更に彼が動くが、光も更に動く。その様子に彼が止まるが、ややあって、思い出したように懐から私が盗んだものと同じ瓶を取り出す。

 

「……まだ他にも持っているだけだ。だから、そんな目で見ないでくれ」

 

 困ったように言う。私は違うと分かっていたが、他の者はそうは思わなかったんだろう。キュルケなどは「言ってくれれば下着ぐらい……」とまで言っていた。

 

「……えっと、それを貸していただけますか?」

 

 エレオノールが困ったように言うが、彼女も半信半疑ということなのだろう。ちょっと、悪いことをしたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、確かに目的の場所へと向かう馬車の中は少々騒がしい。まあ、主にヴァリエール姉妹とキュルケだが。最初はルイズとキュルケの二人のだけだったのだが、下着から胸に関しての話題になった時に姉も参加してきた。

 

 なんだかんだで胸のことは気にしているんだろう。姉妹揃って小さいし。妹の方は全くと言っていいほどないが、姉の方も……見た所似たようなものだ。家同士もそう仲が良くなかった所に気にしている話題が加わったのだから、これはある意味当然なのかもしれない。

 

 それよりも、今は考えることがある。まだばれてはいないけれど、どうしたものか……。昨日も考えていたのだが、結局思いつかなかった。とりあえず、ということでほとんど使っていない隠れ家においてきたのだが。考えながら、何時ものように本を読んでいるタバサへとちらりと視線を向ける。見た所あまり集中できていないようだ。理由は、たぶん薬のことが心配なんだろう。

 

 ……まあ、どうしても必要だって言うなら仕方ないか。やっぱりそういうのは、ね。でも、こんなチャンスはないだけに残念だ。思わずため息が出る。

 

 

「……どうした?」

 

 馬を操りながらシキがこちらへと尋ねてくる。最近になって初めてやったということで慣れてはいないようだが、私がやるといっても、男がやるべきだと聞き入れなかった。相変わらずそういったことには拘る人だ。もちろん、好ましいといえばその通りなのだが。

 

「いえ、下着を盗むような相手はどんな人間なのかなぁと思って……」

 

 その言葉にまずエレオノールが嫌そうな顔をして反応する。そのあたりに関しては他の人間も同様だ。まあ、それも仕方ないか。どう考えても碌なやつじゃないだろうし。カモフラージュに、それでいてあまり迷惑が掛からないものをと下着も盗んでおいたけれど、余計なことをしたかもしれない。実際、大した意味はなかったのだから。こう、詰めが甘いのは自分の欠点だ。反省しないといけない。もっとも、今日をうまく乗り切れたら、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下着と薬は、林の中の目立たない所にあった小屋であっさり見つかった。まあ、当然と言えば当然だ。別に隠すように置いていたわけではないのだから、大体の場所さえ分かってしまえばすぐに見つかる。小屋自体は見つけづらくても、方向が分かってしまえば意味がない。

 

 

「案外あっさり見つかりましたね。犯人も見当たりませんし、戻りましょうか」

 

 私がそう言うが、エレオノールの「なぜ?」という言葉にあっさり否定される。

 

「なぜって……危ないですし……」

 

 自分でも説得力はないとは思うが一応言ってみる。

 

「どんな危険があると?」

 

 エレオノールが言いながら見渡すと、皆が頷く。

 

「……ですね」

 

 メイジがこれだけ集まっており、何より彼がいる。正直、敵になるものというのが思いつかない。でも、そういうわけにもいかない。

 

「ええと、探す方法も……」

 

 なんとか帰るように誘導しようと思うが、またもやエレオノールに抑えられる。

 

「薬の方と同様、中に髪の毛でもあれば探せるはずです。下着泥棒など放っておくわけにも行きません」

 

 その言葉にまたもや皆が頷く。タバサなどはその身に不釣合いな杖を抱え、天罰などと物騒なことを言っている。一番やる気のなさそうなキュルケですら乗り気だ。

 

「……そ、そうですよね」

 

 ……どうしよう。このままだと非常にまずい。しかし、いい手が思いつかない。考え込んでいると、横から声をかけられる。

 

「……さっきからどうしたんだ?」

 

 この人には、下手なことを言うと見抜かれるかもしれない。いつもの様子と変化はないが、墓穴を掘らないようにしないと……。

 

「い、いえ 犯人が出たら怖いなーって……」

 

「あなたなら大丈夫でしょう。実力もかなりありますし」

 

 横からキュルケに言われる。

 

「ま、まあそうなんですが……。心理的にですね、嫌だなーって……」

 

 顔の前で手を組んで誤魔化してみるが、さっきから余計なことを言っている。もう、しゃべらない方がいいかも……

 

「話はそれくらいにして、早速中を調べましょう。髪の毛などがあれば探せますが、時間が経って遠くに行かれると面倒ですから」

 

 どうしよう。……何か、手は打たないと……

 

「……あ、私はこの周りを見てきますね。もしかしたらまだ近くにいるかもしれませんし」

 

 荒っぽいが、ゴーレムで小屋を潰せば何とかなるはずだ。

 

「……そうだな。なら俺も行こう」

 

 シキが名乗りを上げる。普段なら頼もしいことこの上ないが、今はこれ以上ないほど困る。

 

「い、いえ、一人でも大丈夫ですから……」

 

 何とか一人で行こうと思うが、またもやエレオノールにあっさり否定される。

 

「さすがに一人だとまずいでしょう。こちらは心配ありませんし、お二人の方がこちらとしても安心ですから」

 

 二人とも善意なんだろうが、今は何よりそれが困る。

 

「……そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の皆を小屋に残し、二人で外に出る。

 

「えーと、……とりあえず行きましょうか」

 

 彼が「ああ」と頷くのを確認して、小屋からは死角になっているような場所へと歩き出す。

 

 とりあえず、どうしよう。ゴーレムでもけしかけて小屋ごとなくしてしまうというのが一番手っ取り早かったのだが、このままだとそれもできない。ちらりと、私に少し遅れて歩く彼へと視線をめぐらせる。――何にせよ、まずは一人にならないと。もう少し小屋から離れたら、気は進まないが、やるしかない。

 

 しばらくは取り留めのないことを二人で話しながら進み、頃合を見て立ち止まる。

 

「……あ、あの、ちょっと一人になりたいんですが」

 

「どうしてだ?」

 

 当然の疑問を彼が口にする。

 

「その……トイレに……」

 

 演技でもなんでもなく顔が熱を持つのが分かる。こんなことは言いたくはなかったのだが、他に一人になれるような口実が思いつかなかったのだ。……恥ずかしいが、仕方がない。彼も納得したのか、離れた所へと歩いていく。うまくいったのはいいが、なんとも言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃーーーー」

 

 ……自分でもわざとらしい悲鳴だとは思うが、その辺りは仕方がない。今大事なのは、このまま小屋だけでも壊してしまうことだ。証拠さえなくなってしまえば後はどうとでもなる。ゴーレムの手の中で、考える。

 

 ゴーレムの手の中にいれば、人質ということになる。私はゴーレムに関してはそこらのメイジには負けない。特に、大きさと再生能力に関しては自信がある。うまく人質になって大技さえ使わせなければ、小屋を破壊するまではなんとか――いや、持ちこたえてみせる。彼も戻って来たが、手を出しあぐねているようだ。しかし、いつまでもそうはいかないだろう。早く小屋の方へ行かないと。そう考え、周りにある木をなぎ倒しながら、ゴーレムを進ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーレムが近づいてくる音に気づいたのか、小屋の中から皆が出てくる。戦闘に慣れているのかタバサがすぐに氷の槍を作って攻撃を仕掛けてくるが、質量が違う。その程度はどうということもない。それに倣って他の者も攻撃に加わるが、結果は同じだ。小回りが利かないのが地の魔法の欠点だが、ゴーレムはタフネスや破壊力では他の魔法の数段上を行く。そのまま気にせずに小屋へと歩みを進める。

 

「――皆さん、小屋から離れてください!! ゴーレムの狙いはその小屋のようです!!」

 

 その言葉に、皆が一旦攻撃の手を緩め、離れる。それを確認し、空いている方のゴーレムの腕を振り上げ、そのまま振り下ろす。木でできた粗末な小屋だ。何の抵抗もなくばらばらになる。――とりあえず、これでやることはやった。あとは適当に隙を見せて破壊させればいいだろう。そんなことを考えていた所へ、背中に爆発音が聞こえる。ゴーレムを振り返らせると、特徴的な髪。やはりルイズだ。この子は完全な素人。下手に動かれては困る。

 

「ミス・ヴァリエール!! あなたの魔法では歯が立ちません!! 逃げてください!!」

 

 そのまま動かないわけにはいかないので、ゴーレムを彼女の元へと向かわせる。しかし、逃げるようなそぶりは見せず、こちらを見据える。他の者も魔法を唱えるのを中断し、逃げるようにと言うが、聞き入れようとしない。

 

「――いやよ!! 私だって戦えるんだから!! 敵に後ろ見せない者を貴族と言うのよ!! 私だって――ゼロのルイズじゃないんだから!!」

 

 そう一息に言うと再び呪文を唱え、いつもの爆発を起こす。――しかし、その程度でどうにかなるようなものではない。

 

「逃げてください!!」

 

 言うが、驚いたように見上げるだけで、逃げる様子がない。しかし、動かないわけにはいかない。やむを得ずゴーレムの足を持ち上げ、おろす。頼りになる彼女の使い魔を期待して。

 

「命を粗末にするな」

 

 声の方を見ると、いつの間にかルイズの側に来ていた彼が彼女を右手に抱えていた。最初はどうなるかと思ったが、期待通り彼が何とかしてくれたようだ。こんなことで死なれては後味が悪すぎる。演技でもなんでもなく安堵の溜息が漏れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ――っ――」

 

 いきなり抱きかかえられ、思わず声が漏れる。そのままシキが一足飛びにゴーレムから離れ、ゆっくりとおろされる。そして、その相手を見上げる。

 

「――邪魔しないでっ!!」

 

 助けられたのは分かっている。でも、口から出たのはそんな言葉だった。

 

「あのままだと死んでいたぞ」

 

 ゴーレムを見据えたまま、いつものような感情の薄い言葉で言う。――いっそのこと、叩かれでもした方が気が楽だったのに……

 

「……分かって、いるわよ。でも、いつも馬鹿にされて……逃げたら、また、馬鹿にされるじゃない。私には……あんたみたいな力はないんだから!!」

 

 自分でも滅茶苦茶だ。八つ当たり……八つ当たりにすらなっていない。でも、最高の使い魔に、最低の主人だということがそう叫ばせる。今まで馬鹿にされてもずっと泣かないようしてきたけれど、知らず涙が流れる。

 

「お前にもある」

 

 静かに、そう口にする。

 

「――え?」

 

 自分にそんなもの……

 

「お前は俺を召喚した。俺が――お前の力だ」

 

 一息に言い切る、でも、それは……

 

「……私は……何も、できないし……」

 

 言いながら俯いてしまう。言葉にして、尚更自分が情けなくなる。

 

「……俺が力を貸す」

 

 そう言うと、私の方に手を伸ばし、小さく聞いたことのない呪文を唱える。思わず見上げ――体が熱い?

 

「な、何? 何をしたの?」

 

 なんだか分からないけれど、体が熱い。思わず両手を見てみるが、魔力の流れが全然違う。今なら、いつもよりもずっと大きな魔力を使えそうだ。

 

「一時的にだが、魔法の潜在能力を引き出した。今なら多少は戦えるはずだ」

 

 あっさりと言うけれど、そんなことが……。いや、シキならできるのかもしれない。

 

「でも、私じゃ当てられないもの……」

 

 シキが言うぐらいだ。たぶん、今ならあのゴーレムにも通じるような爆発を起こせるだろう。しかし、狙いがうまくいくとは思えない。前にシキと戦ってみた時も、自分じゃうまくコントロールできなかった。このままだと、ただ大きな爆発を起こせるというだけだ。

 

「心配するな。俺が側まで連れて行く。――それでも、できないのか?」

 

 ゴーレムから私へと視線を向け、試すように見据える。――そこまで言われて、できないなんて言えるはずがない。

 

「――やれる、やって見せるわよ!! 私だって、何時までもゼロじゃないんだから!!」

 

「良く言った」

 

 シキが嬉しそうに言った。今度は、感情がはっきりと見える言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……もう少し、かな? エレオノールと、タバサ、二人で一定の距離を保ちながら氷の槍で少しずつゴーレムを削っていく。足を中心に狙うそれは同時に足止めにもなっており、そこをキュルケが狙う。

 

 ――消耗を狙ううまいやり方だ。ゴーレムは破壊力といった面では強い。しかし、小回りが利かないというのと同時に、維持にも魔力を消費し、燃費が悪い。足を止め、破壊すれば更に魔力を削ることができる。このままいけば、ごく自然に逃げたと思わせることができるはずだ。それに、ルイズを連れて下がった彼が戻ってくれば一気に片がつく。――そんなことを考えているうちに彼が戻ってきた。しかし、左手に抱えているのは……ルイズ? なんでわざわざ……

 

「シキさん!! 彼女がいては危険です!!」

 

 言うが、答えたのはルイズの方だった。

 

「私だって戦えるわ!!」

 

 そんな予想外のことを言う。そして、彼が更に予想外のことを。

 

「ルイズと俺で何とかする!! 三人は下がっていてくれ!!」

 

 そう言うが、納得できるようなものではない。確かに、彼の腕の中ならばルイズは安全だろう。しかし、それでは片手が自由とはいえ、彼が動きづらい。彼が一人だというのならまだ分かる。それなのに、そこまでして連れて行っても、ルイズの起こす爆発程度では力不足もいい所だ。ここにいる誰もが納得していないが、彼が片手に抱えたまま駆ける。しかし――速い。そうなると動かないわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行くぞ」

 

 そう私を抱えたまま言うと、走る。馬が遅すぎると感じるほどの速さだ。ゴーレムからは30メイル以上離れていたが、それが一瞬でなくなる。思わず意識を手放しそうになるが、歯を食いしばって耐える。ここで気を失うようでは本当の役立たずだ。意識を集中させ、いつもよりもはるかに調子の良い魔力を、いつもの何倍もまとめる。

 

 

 頭上で、何か巨大なものがうなりを上げて過ぎていく。

 

 遅れて、大木を更にまとめたようなゴーレムの腕が一瞬前にいた場所に振り下ろされるが、走る速さに比べて遅すぎる。危なげなくかわすと急停止し、逆にゴーレムの腕へと向かい、それを足場に駆け上がる。

 

「――出番だ」

 

 そんなこと、言われるまでもない。杖を振り上げ、一気に魔力を開放する。

 

「――ファイヤーボール!!」

 

 爆音ともに、ゴーレムに穴があき、瓦礫の山が地面にできる。このゴーレムにしては一部ではあるが、それでも相当の威力。今までになかったような爆発だ。

 

 ……もしかしたらきちんとファイヤーボールが使えるかと期待していたのだが、そんなに甘くはなかった。しかし、威力に関しては上だ。ゴーレムの頭部へと放った魔法は、穿たれた穴を中心に上へ下へと大きなヒビを入れている。しかし、まだ破壊するには至らない。

 

「……次で仕留めるぞ」

 

 そう言うと、再びゴーレムの肩を足場に蹴り、離れる。

 

「分かったわ!」

 

 私は次の攻撃のために、集中する。爆発がコンプレックスだった今までとは違い、自分の魔法としての爆発を起こすために。

 

 再び、ゴーレムの巨大な腕がうなりを上げる。

 

 ただし、先ほどまでの勢いはなく、体の一部を地に落としながらだが、当たれば人間などひとたまりもない。それでも、怖くはない。私の使い魔は最強だから。シキは期待に答えるように危なげなくかわし、今度はそのまま飛び上がり、ゴーレムの前へと行く。

 

「――ファイヤーボール!!」

 

 再び魔法を放つ。巨大なゴーレムだったが、二度目の爆発を受け、ヒビからどんどん崩れていく。

 

 ……しかし、唱える呪文がファイヤーボールでいいんだろうか? なんと言うか、色々と間違っている気がする。そんなことを考えているうちに着地する。ゴーレムに目を移せば、表面から剥がれ落ちていく。そして、太い腕が……

 

「――ミス・ロングビルが!!」

 

 途中から忘れていた。そういえば、人質になっていたんだった。

 

「任せておけ」

 

 私を左手に抱えたまま、ミス・ロングビルの捕らえられたゴーレムの腕へと向かう。

 

「――シャアアアアア――――」

 

 大きく右腕を振り上げると獣の雄たけびのような声を上げ、そのまま一気にゴーレムの腕へと振り下ろす。

 

 まるで指の先に巨大な爪でもあるように大木のようなゴーレムの腕を、それどころか地面にまでまっすぐと亀裂が入っている。砕かれた破片が地面に落ちていく。

 

 やったことにもだけれど、声にちょっとびっくりした。というか、こんなにあっさり切り裂けるんだったら私がやる意味は……。いや、そんなことを気にしてはいけない。やったことに意味があるんだから。――そう思わないとやっていられない。

 

 軽く地面を蹴るとシキはそのままミス・ロングビルも右腕で捕まえる。様子を見てみるが放心状態のようだ。――なにせ、捕まえられている所ぎりぎりで切断されているのだから。たぶん、自分ごと切られると思ったんだろう。逆の立場だったら同じように感じたと思う。

 

 一拍だけ遅れて、ゴーレムも完全にばらばらになる。

 

 着地すると同時に、大量の土砂が土煙を上げる。小山のように積み上がったその残骸を見て、改めて良くこんな大きなゴーレムを破壊できたと思う。アレだけの大きさ、少なくともトライアングル、もしかしたらスクエアクラスのゴーレムかもしれない。そんなことを考えているうちに、周りに皆が集まってくる。

 

 

「大したものじゃないの、ルイズ。あれだけの事ができればあなたの爆発も立派な特技よ」

 

 キュルケが駆け寄ってくると同時に言う。いつもだったら爆発なんてと反発するが、今日は……素直になれると思う。

 

「……その……ありがとう」

 

 キュルケにお礼なんていったことがないから照れくさい。最後の言葉は心持ち小さくなる。でも、キュルケもなんだか照れくさそうだし、お相子だ。

 

「……すごかった」

 

 タバサが素直に褒めてくれる。これは、素直に嬉しい。

 

「……ありがとう」

 

 魔法で人に認められたのは、本当に初めてのことだ。本当の意味で嬉しい。さっきの涙とは違い、嬉しさで涙が出てくる。こんな涙なら悪くはない。でも、まだ言わなくちゃいけないことがある。私を抱きかかえてくれている相手へ視線を向ける。

 

「ありがとう。あなたのおかげで自信が持てそうよ。……本当にありがとう」

 

 これは私の本心からのもの。だから、何の衒いもなく口にできた。ずっと、言いたかったことだから。

 

「俺はお前の使い魔になったんだからな」

 

 こっちも嬉しそうで、珍しく少しばかり照れくさそうだ。表情にはそう表れていなくても、何となく分かる。そして、そんなことも何となく嬉しい。

 

「……また、力を貸してくれる?」

 

「ああ」

 

「……一緒に、いてくれる?」

 

「ああ」

 

「……ありがとう」

 

 いつもと違って随分素直になれている。――でも、それくらい嬉しい。

 

 

「――ただし、今日のことは危なかったな」

 

 急に、雰囲気が変わる。表情は変わらなくても、声のトーンが冷たくなった。

 

「……え? ……怒って、いるの?」

 

 恐る恐る聞いてみる。

 

「まあ、な。しかし、叱るのは俺の役目じゃない」

 

「え?」

 

 言葉と同時に、後ろから肩に手が置かれる。……振り返りたくない。

 

「私の役目――ですね。とりあえずルイズをこちらに……」

 

 地面へとおろされ、そのままずるずると力任せに引きずられる。

 

「ちょっと……いらっしゃい……」

 

 声が……怖い。助けてと視線をシキに送るが、目をそらされる。タバサもキュルケも自業自得とばかりに目をそらす。

 

「お、お姉さま……お、お手柔らかに……」

 

 声が震える。多分ゴーレム相手に死にそうになったときよりもずっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うー、さっきは死ぬかと思った。まさかゴーレムごと真っ二つにされそうになるなんて。その相手を恨みを込めて睨み付ける。抱きかかえられながらなので、様にはならないが。

 

「……自業自得だ」

 

 こちらを見ると、他の人間には聞こえないように小さく呟く。

 

「……え? もしかして……」

 

 ――ばれてた? 思わず驚きに目を見開いてしまう。それに対し彼が小さく頷く。

 

「……どうします?」

 

 私の運命は、文字通りこの人の手の中ということになる。

 

「……別に。分かった上での行動だからな」

 

 そうしれっと言ってのける。

 

「……とりあえず、後でお話を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院に帰り、一応の報告を済ませると、そのままフリッグの舞踏会へと参加することになった。広々とした会場では着飾った生徒や教師がテーブルを囲み、歓談している。私もそれに見合うよう、一張羅の胸元と背中が大きく開いたコバルトブルーのドレスを着込み、その会場にいる。胸元にある、もらったエメラルドのペンダントを握り締め、目的の人物を探す。

 

「探しているのは俺か?」

 

 後ろから目的の人物に声をかけられた。

 

「……随分似合っていますね」

 

 思わず苦笑する。あまりにも服装が似合いすぎていたからだ。黒のタキシードに身を包み、ご丁寧にも胸元には真っ赤な蝶ネクタイをしている。ヴァリエール姉妹に用意されたんだろう。おそらく相当上等なものなのだろうが、、貴族というよりは、立派な執事といった様子だ。

 

「……あまり、着たくはなかったんだがな。パーティーである以上仕方がない」

 

 そう、少しばかり不貞腐れた様に言う。こういったところは微笑ましい。戦うときとは別人だ。しかし、今はそれよりも話すべきことがある。

 

「……向こうのテラスには人がいないのでそちらへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、一つ聞かせていただいてもいいですか?」

 

 彼が小さく頷くのを確認して続ける。

 

「……何時から、気づいていたんですか?」

 

 気づかれないようずっと行動してきたはずだ。しかし、答えは予想外のものだった。

 

「ほとんど最初からだな。……最初から行動がおかしかった。そうでなくても、人質になった割には交渉だとかいった様子も、近くに犯人がいる様子もなかったからな」

 

 ……あー、つまり、一人で踊っていたと。

 

「……どうしますか?」

 

 どういうつもりなのか、確かめなければならない。

 

「別に……。盗んだのはともかく、タバサのことを見てからは返す気だったんだろう? ……もともと悪人じゃないようだしな。もうそういったことをしないというのなら、俺から言うことはない」

 

「……そんなこと、分かりませんよ。もしかしたら単なる悪人かもしれませんし……」

 

 ――少なくとも、盗人には違いがないのだから。軽蔑されたって仕方がない。

 

「その時は、俺が責任を取ろう。それでも、やるのか?」

 

 そう言うと、こちらを見据える。感情は見えないが、本気だろう。

 

「……あなたを敵には回したくはないですね」

 

 それは、正直な気持ちだ。

 

「なら、いいだろう。もうすぐルイズが出てくる。――今日の主役を祝福してやってくれ」

 

 そう言い残し、踵を返すと、会場へと戻っていく。

 

「……ふん。甘いね。――まあ、嫌いじゃないけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あら、シキさん。今までどちらへ?」

 

 戻った所でエレオノールに声をかけられる。燃えるような――とでも表現するのが相応しいような、真紅のドレスに身を包んでいる。デザインとしては肩だけを露出し、腕は同色の長いグローブで覆っている。ロングのスカートは右側にのみスリットが入っており、露出が少ないにもかかわらず、色気を感じさせるつくりになっている。――下半身に視線が行くようにして胸がないのもうまくカバーしている。

 

「――何か、失礼なことを考えませんでしたか?」

 

 少しばかり語気を強める。なかなかいい勘をしている。

 

「いや、別に。――それよりも、贈った物は身に着けてくれたんだな」

 

 首元には送ったチョーカーが見える。コーラルを全体にあしらった、銀糸で編まれたベルト状のものだ。

 

「――ええ。石の選択といい、気に入りましたわ。ありがとうございます」

 

 指でふれ、嬉しそうに言う。喜んでくれたなら贈った甲斐もあるというものだ。喜ばれれば、こちらも嬉しくなる。

 

 

「喜んでもらえたのなら何よりだ。また、後でな。――主役に会ってこないといけないからな」

 

 それに対して「ええ」と嬉しそうに言う。さっきはこれでもかというぐらいに叱っていたが、やはり心配だったからだろう。たとえ度が過ぎていたにしても、それもまた愛情だ。そうでなければ、本当の意味で叱ることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも楽しんでいる?」

 

 右手に持ったワイングラスを上げ、男に囲まれたキュルケに声をかけられる。相変わらず――いや、いつもよりも更に露出の多いドレスに身を包んでいる。首筋から胸元まで大きく開き、豊満な胸を惜しげもなく晒している。とはいえ、さすがは貴族ということだろう。下品さといったものが表れないようよう、絶妙なバランスだ。

 

 まあ、色気はもう少し抑えてもいいのかもしれないが。何せ、周りの男はほとんど胸に視線がいってしまっている。若い男には目の毒だろう。――といっても、そう俺と年は変わらないわけだが。むしろ、この反応の方が普通だ。

 

「ああ。しかし、男を誑かすのもほどほどにな。周りから怖い目で見られているぞ」

 

 言葉の通り、遠巻きにだが女生徒達が睨んでいる。こう男を集められたのなら、こういった反応もあるだろう。イメージでしかないが、こういったパーティの場というのは、将来の相手を見つけるためのもののはず。その相手をかたっぱしから集められてしまってはこの反応も仕方がない。

 

「あら、私の二つ名は“微熱”。こういったことは当然よ。できればあなたともお付き合いしたいものだけれど」

 

 少しばかりからかいを含めたように言う。周りの男は気が気でないだろうが、それは惚れた相手が悪かったと思うべきものだ。

 

「光栄だが、体力的に持たないだろう。主役に会いに行くからまた後でな」

 

 

 

 

 

「……体力的にもたない? ……えっと、私が、よね? そんなにすごいのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく、食べるな」

 

 黒いパーティードレスに身を包んだタバサが、一心不乱に料理を口に入れている。小動物を思わせるが、料理が消えていくペースが速い。確か、昔見た大食いタレントにあんな人間がいたような気がする。それもまた不思議だったが、タバサは更に小さいのだから、尚更疑問が大きくなる。いったいどこに食べた料理が入っているのか。そして、どうしてそれで太らないのか。そんなことを考えていると、こちらに気づいたタバサが口元を拭い、大事そうに皿を持ってくる。

 

「……私の気持ち。受け取って欲しい」

 

 そう言って、手に持った皿を差し出してくる。皿には……変わった野菜が載っている。……勘だが、これは食べてはいけないんじゃないだろうか?

 

「……ああ、ありがとう」

 

 一応お礼を言い、手に持った皿を見つめる。……もしかしたら、美味しいのかもしれない。

 

「……また今度、その時はゆっくりと……」

 

 そう言うと、また席へと戻り、食事を開始する。――ペースは変わらないんだな。そんなことを考えながら、手元の皿に載ったものを口に運び、思わず顔をしかめる。

 

「……悪意はなかった……はず。これは……決闘を申し込むという意味か?」

 

 ――いや、何を考えているんだ。見れば、今食べたものを、タバサは美味しそうに食べている。だったら、これは純粋な善意だ。……とりあえず、何か口直しを……。手の中の皿をテーブルに置き、次々にワインを呷る。一本空けたというのにまだ消えない。……どれだけ癖が強いんだ。というよりも、なんでこんなものを美味しそうに食べられるんだ……。もう少し食べ物を摘んで、ようやく消えた。

 

 ――その間にシエスタが来たが、逃げていった。まあ、それはいつものことだ。無理を言うわけにもいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しんでいるか?」

 

 一人でいたルイズに声をかける。桃色の髪を、贈ったバレッタでまとめ、大きく肩を露出した純白のドレスを着ている。綺麗――というよりも可愛らしい。小さな花嫁といった所だろうか。……まあ、両頬が腫れているのはご愛嬌といった所か。

 

「……うん」

 

 両手を胸の前で握り締め、少しばかり畏まった様子だ。珍しい。

 

「どうした?」

 

 聞くと、少しばかり照れたように俯き、ややあって顔を上げる。

 

「……ダンスの相手がいないの。もし良かったら――ううん、よろしければお相手願えないかしら?」

 

 頬を更に赤くしながらも、恭しく頭を垂れる。

 

「……ああ、喜んで」

 

 こんな場所で踊るようなダンスなどやったことはないが、それくらいは何とかしよう。せっかくのお姫様からのお誘いだ。むげに断るわけにはいかない。

 

 それに、こういったことも悪くはない。俺にはもうこんな時間は訪れないと思っていた。だったら、今を精一杯楽しみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後日、小さな噂が広がった。曰く、土くれのフーケは下着も盗む、と。

 

 

「……ハハ……これは、廃業、かな」




前半・後半と分けていたものを結合

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