予定がちょっとずれ込んで、完結は年度内目標で考えています。
──黒
インクでべったりと塗りつぶした、そんな真っ黒なフードを目深に被った人。誰だかなんて分からない、分かるはずがない。そもそも、男か女かだって分からないんだから。
それなのに、知っている。この男の人のことを知っている。会ったことはないと、それだけは分かるのに。
私は、ヴァリエールの領地でずっと過ごして、学院に入る為にようやく家を出た。パーティでもあれば領地や国を出ることはあっても、それは特別な出来事。そこで会った人のことは、忘れない。だから、私は会ったことはない。でも、知っている。
ずっと、ずっと前から知っている。どんな人だったのか、何を考えていたのか、何をやりたかったのか、そして、何ができなかったのか。
皆が好きで、この場所が好きで、この世界が、大切なものが多過ぎて。全てを無くすことが諦められなくて、悩んで、悩んで、ようやく選んだ。この世界だけは守ることを。愛した人も、分かってくれた。そう思った。
何かが、胸から背中までを抜けた。幅広の、よく見知った剣。綺麗な、大好きだった顔は泣き顔に歪んでいる。痛みはない、ただ、悲しい。
この世界だけは、救えると思った。それなのに、お前だけは、お前だけは分かってくれると思ったのに。お前だって、この世界を守りたかったはずなのに。この世界さえ守れれば、誰かが続くことができるのに。
──悲しい
分かってくれなかったことが、悲しい。
──苦しい
大切なものを守れなかったことが、苦しい。
──悔しい
見えた救いに届かないことが、悔しい。
何もない、何も残らなかった。
サラサラ、サラサラ、砂粒が積もっていく。
サラサラ、サラサラ、砂粒に全てが埋まっていく。
サラサラ、サラサラ、砂粒の世界が広がっていく。
──私は、私はルイズ。
こんなものは知らない。こんな記憶は、私のものじゃない。私には、分からない。
これは、何? 私は、知らない、知っているはずがない。この人の、この人は……
悲しい、苦しい、悔しい、悲しい、苦しい、悔しい──グルグル、グルグルと回っていく、沈んでいく。
──何かが、聞こえる
声、ああ、私を、呼ぶ声……
シキの、声……
ドクドクと、胸から流れる血。シキは気にも止めずに、私に、テファに。心配するように下がった眉尻。
でも、みるみるつり上がっていく。血よりも紅い瞳、眩しいぐらいに輝きが走る刺青。憎しみを、塗り固めた貌。
シキの姿が、揺らぐ。チラチラと揺れる、大きく、大きく。シキの影に、赤い炎がまとわりつく。ゴウゴウと、ゴウゴウと真っ赤に、燃える……
ああ、ああ……
見える、見えた……
私は、何も見えていなかっただけ。大きすぎるシキの魂。大きすぎる、この世界には、大き過ぎる、どこまでも広がる、広がっていく。
キシキシ、キシキシ、世界が軋む。ゴウゴウ、ゴウゴウ、世界が燃える。世界が軋む、歪む、壊れる。
──止めろ
──そうだ、止めないと
──止めろ
──私が、止めないと
私が、私がやらないといけない
伸ばした手が、焼ける、燃える、崩れる
──影の、咆哮
揺れる、揺れる
軋む、軋む
憎しみと、全てがないまぜになった声
心が裂かれるような声
「──目が、覚めたのね?」
声の先に、エレオノール姉様がいた。
笑いかけようとする顔は、酷く青白い。起き上がろうとする私を制して、ぎこちない仕草で毛布を掛け直す。
私は、ベッドの中にいた。
「目が覚めて、安心したわ。あなた、ぴくりとも動かなくなってね。私、すごく心配したのよ」
額に当てられた手のひらは、冷たくて心地良い。チカチカしていた頭が、冷めていく。
悲しかったこと、苦しかったこと、悔しかったこと、恐ろしいのに、私がしようとしたこと。薄ぼんやりともやがかかったようだけれど、私はちゃんと覚えている。あれは、夢じゃない。あの焼け付くような手の痛みは、まだ残っている。
握って、開く。今動かせることの方が、嘘みたい。
「──あれから、どうなったの?」
私を止めようとする姉様の手を押しのけて、体を起こす。心配するような、困ったような顔。
「お願い、私は知らないといけないことだから」
姉様は、目を泳がせる。でも、私は視線をそらさない、そらすことはできない。だから、根負けしたのは姉様で、諦めたように口元をゆがませる。
「私も、全部を理解しきれたわけじゃないけれどね。始祖とシキさん、お互いに関わらない、そういうことだと思うわ。それ以上でも、それ以下でもない、きっと、それだけよ」
姉さんは力なく微笑み、子供にするように私の髪をすく。
「ルイズ、あなたはまだ辛そうな顔よ。もう少し、おやすみなさいな。ゆっくり休んで、それから、また話しましょうね。私も、まだ整理がつなかないから」
体は、自分のものじゃないように重い。一度ベッドに倒れれば、すぐにでも眠ってしまいそう。でも、苦しそうなのは姉様だって一緒。理由はきっと……
「シキのこと、怖くなったの?」
姉様は、びくりと体を震わせる。
「シキがあんなに怒っているのは、初めて見たよね。私達が、敢えて見ていなかっただけなのかもしれないけれど」
姉様は、泣き笑いの表情。
「……そっか。ちゃんと、覚えているのね。うん、どうなのかしらね。私も、分からないの。でも、本気で怒ったシキさんを見て、初めて理解したのかもね。私達とは、根本的に違うって。愛している、愛しているのに……。ね、見て」
掲げた指は、震えている。
「本当に、情けない……。思い出すだけでこんな調子」
ポタリ、ポタリと涙が頬を伝う。
「殺される、なんて思ってしまったの。あなたが、テファさんが止めなければそうなるって、信じてしまった。私は、そんな風に信じてしまった。何も、できなかった。悲しそうだった、シキさんは本当に悲しそうだったのに、何も言えなかった」
さめざめと涙をこぼす姉様に、私は言葉が思いつかない。
──だから
「……シキは、どこにいるの? 会いたいの」
私はいっそ、薄情だろうか。
姉様が指差した先、真っ直ぐな廊下を歩いていく。同じものを見た、テファと一緒に。私達は、目を合わせただけでお互いのことが理解できた。お互いに頷きあっただけで、歩き出した。
丁寧に磨かれた廊下は、歴史を感じさせる深みのある色味。記憶にある学院の廊下と全く同じなのに、どうしてか別のものだと理解できる。
何かが違って、どこかふわふわと頼りない。似ているけれど、全く別のものだとだと感じる。例えるなら、何かがずれている、そんな感覚。
形だけは見覚えのある扉を開けても、シキはいない。でも、いつものように一分の隙もない正装に身を包んだアルシエルさんがいる。
姉様は言った。私は知らないけれど、私達をここへ連れてきたあの人なら知っているだずだと。
いつもニコニコと笑っているあの人は、今は、腕を組み顔をしかめている。
違うのはそれだけじゃない。重なるように、黒々とした深い闇、奈落の底のように見通せない闇が見える。世界が、そこだけが塗りつぶされたように真っ黒。そうとしか言いようのない姿。
今は、分かる。
見えなかっただけで、そういう存在だったんだって。誰にでも優しげだったのは、単なる錯覚。とても、とても高いところから見下ろしていた。それこそ、無邪気に遊ぶ子犬でも見るようなものだったんだと。
今の私は、理解している。よって立つものがそもそも違い過ぎたんだと。けれど、それでも敢えて口にする。
「──シキに会わせてください。ここには、いないんですよね? ここはきっと、私がいた世界とは違う場所ですよね?」
アルシエルさんが口元を歪める。私と、テファをゆっくりと見やる。
「そう、ですか。アレが蘇って、もともと持っていた力が馴染んだようですね。せっかく用意したのに、気休めにしかならなかった。──ええ、ええ、その通り。ここは、あなた達の世界とは違います。世界は一つではなく、それこそ星空のようにいくつも広がる。しかし、ここはそれとも違う。ここは、その狭間、どこでもない場所、どことも繋がっていない場所。アレとの繋がりを断つには良いかと思ったんですけれどねぇ。分かっているかもしれませんが、今のあなた方の状態、聞きますか?」
私は、首を振る。
「私達は、虚無の担い手、始祖の後継。始祖と、深くつながっているということですよね?」
テファが続ける。
「だから私達は、あの人の記憶を見てしまった。今だって、繋がっている」
アルシエルさんが息を吐く。
「満点をあげましょう。ええ、その通り。アレとあなた方の関係は、血よりも深く繋がった親と子のようなもの。肉体だけでなく、魂から深く結びついている。よりにもよって、ね」
アルシエルさんの周りの、黒々とした闇が蠢く。憎々しい獲物を引き裂くように。
何かが、怯えるように震える。世界か、私か、──両方か。ただただ、息苦しい。
「……と、あなた方に言っても仕方ありませんね」
力を抜いた声に、揺れが凪ぐ。私は、深く息を吸う。テファも、同じ。
「始祖を殺したい、そういうことですか?」
私の問いに、アルシエルさんは皮肉げに笑う。
「それができれば、一番手っ取り早いんですけれどねぇ。いっそ向こうが強気に出れば、やりようはあったものを。なんとも、賢しいことにね」
「シキには、会えますか?」
本当に困ったような顔。その仕草だけは、今までと重なる。
「ああ、どうしましょうかねぇ。話し合いはもう終わっているでしょうが……」
テファが問いかける。
「話し合いで、済むんですか?」
「言葉が通じるのであれば、それが一番ですよ。力づくでというのは、最善とは限りません」
話し合いこそが最も好ましいと、私は知っている。そして、それが難しいということも。私は、それを体験したばかり。
「もし、話し合いで終わらなければ、どうするの? シキ、すごく、怒っていたけれど」
シキの姿がよぎる。
目の前のもの全てを殺し尽くしても、世界を滅ぼしてでもとすら見えた。それこそ、不吉な影が重なる目の前の人物よりも、ずっとずっと深い闇。
目の前の人物は、凄惨に笑う。
「話し合いで終わらなければ、誰にとっても良いことにはなりませんね。……そんな、泣きそうな顔をする必要はありませんよ。あくまで、アレが度し難いほどに愚かだった際の話ですから。むろん、その時は我々を虚仮にしてにしてくれた報い、必ず思い知らせますがね。これほどの屈辱、私も受けたことがありませんからね」
「シキさんも、そうなの?」
テファの、不安気な声。
「──さあて、私の口からはなんとも。ただ、まあ、あれほど激怒しているところなど、私はとんと知りませんがね」
天井から落ちる礫。
瓦礫の上に、カツ、カツンと乾いた音。
壁だったものは、ぽっかりと空いた大穴の傍らで山になっている。静謐さを誇った聖堂は、悲しいまでに面影を残していない。あの男は力任せに殴りつけ、わざわざそんな真似をして出て行った。
ただ、どろりと粘つくような空気が薄れたことは、それだけは喜ばしい。おかげで、ようやく満足に息もつける。私の側に控えるジュリオも、きっと同じ思いだろう。あの男の言葉には、視線には、存在そのものに死が満ち満ちていた。
アレの正面に立った始祖の表情は、背中越しでうかがえない。あの男の去った後に視線を送られるのみ。目深に被ったフードの下で、どのような表情をされているのだろうか。
伝説の全てが揃い、始祖はようやく復活された。
私達は始祖の遺志を継ぎ、弟子としての役目をついに果たした。幾千年の信仰は、始祖の存在を神として押し上げた。それは、かつての救済に届かなかった力を補い、全てを成すにあまりあるほどの力となる。
全ては成った。
そうだというのに、この不安は何なのか。
「──始祖よ。お聞きしたいのです」
「答えられることであれば、答えよう」
ただただ平らかな、始祖の言葉。
「なぜ、あれほどの敵意を向けて来るものを、そのままにされるのですか? 虚無の使い魔であれば、あなた様に従わねばならぬものでありましょう。もし、従わぬというのであれば、排除すべきものでしょう。枷になるものとて、あるではないですか」
「アレには、関わるな」
始祖の言葉には、一切の拒絶の意思。
「アレの本性、見えなかったか? 今のお前であれば、見えたであろう」
確かに、見えた。私が私である限り、記憶から消えることは決して無いだろう。
そこにあるだけで、死を想像した。あれは、死という概念そのものではないかとさえ思った。ただの言葉が、死へ誘う呪いだった。しかし、それでも。
「神になられたあなたであれば……」
神──信仰の全てを集めた始祖こそは、この世界における全能の神。
「神とは、一つのあり方に過ぎない。そうありたい、そうあって欲しいという。嘗て人であったものには比べるべくもない。しかし、アレはそのようなものではない。私は、ルイズとテファを通してその片鱗を見た。──そも、お前が知るとおり、世界は一つではない」
私は、この目で見てきた。始祖が私に与えてくださったものこそ、それを繋ぐ力。初めて別の世界を見た時、私は身を持って理解した。
世界は泡沫に浮かぶもの。この世界は私達にとっては唯一無二であっても、神の視点からすれば多くの中の一つに過ぎない。幾千年の間も停滞し、緩慢に死に向かう一つ。朽ちかけた古木のように、芽吹くものなくやがては土に還るだけの世界。始祖の願いこそ、それを救うこと。新たな命を与えること。
始祖が、天を仰ぐ。
「世界とは無限にありながら、計り知れぬほど巨大で、何物にも代え難く、尊い。あの男は、一つの世界そのもの。一つの世界と引き換えに、いいや、おそらく、あれを生み出すために、いくつもの世界を贄とした究極の一。比べるものではない。紛い物の私とは、根本の在り方が違う」
始祖の言葉は、どこまでも静か。だからこそ、それが事実であると突きつけられる。そこには、諦めにも似た響き。アレは、始祖よりも上位の存在であると。それでは──
「もし、もしもアレが始祖の願いを損なうようなことになれば……」
「この世界のことなど、アレには関わりのないことだろう。アレにとっては、どうでも良いことだ。例え目障りではあっても、それ以上にはならない。しかし、アレが動こうというのであれば、その時こそ魂を分けた我が娘達が助けとなる。我らだけでなく、娘達にとっても、この世界はかけがいのないものなのだから」
「……承知しました」
「それで良い。まずは、私の復活を知らしめよ。救済の器こそ無くしたが、積み重ねた時と信仰は、それを補ってあまりある力となる。それに──」
うかがえぬにも、声には歓喜の色。
「なに、ちょうど、空の器がある。私が万全となれば、代わりはどうとでもなろう。ああ、この世界が滅ぶ前に間に合った幸福に感謝を。老いた世界は、ようやく生まれ変わる。私の愛した世界は、終わらない。──終わらせない」
「あの場」より戻ってからこの方、ジョセフ様は椅子に深く腰掛け、思い悩んでおられる。
ロマリアが用意した部屋は広すぎるほどであるが、部屋の隅の椅子から離れることすらない。
ジョセフ様は目を閉じ、口元を真一文字に結んでいる。これほど思い悩んでいる様子は、かつて見たことがあっただろうか。言いつけ通りに回収してきたものをお見せしても、おざなりな労いの言葉しかいただけなかった。どんな難問であろうと鼻歌まじりに解いてしまうこの方が、ただひたすらに思索にふける。
私は、何なのだろうか。
神の頭脳などという仰々しい名は何なのか。私ではジョセフ様の思索の助けになることすらできない。せめて邪魔にならぬよう、ただ、息を殺してそばに控えることしかできない。
ただただ過ぎる時間が、口惜しい。何もできぬこの身が憎らしい。
どれだけ時間が過ぎたろうか。微かに聞こえる、深く息を吐く気配。そして、自嘲するがの如き笑い。
口元には、皮肉げな笑み。
「──詰んだな。これはもう、何ともならん」
しかし、言葉とは裏腹、声には清々しいとさえ思える響きがある。ジョセフ様は立ち上がるなり、快活に笑う。
「あの若造め、やってくれる。そもそも余の勝つスジなどないではないか。認めよう、余の完敗だ。事がなった時点で余の負けではないか。まさかアレをも押さえるとはな。──痛快、誠に痛快。実に良い」
かつて聞いたことがないほどの笑い声が、部屋に木霊す。
「余は敗者だ。であれば、敗者としての足掻きを見せねばな。──これで良い、これで良い。そもそも、余には誠に相応しい。こうしてはおれん、時間が惜しい」
言うなり、机へと向かう。紙を取り、引き出しを漁るが、ついぞ肩を落とす。
「余のミューズ。すまないが、紙を探してきてくれないか? そうだな、本としてまとめられるだけのものが欲しい。それと、できるだけ大きな紙があればなお良い」
活き活きと、これまでにないほどに漲らせた姿。これ以上ないというほどに楽しげ。であれば、私はやれることをやるのみ。ジョセフ様に喜んでいただけるのであれば、この身は、この魂がどうなろうとも構わない。私には、そうするだけの理由がある。この方への愛を示すには、それしかないのだから。
「あの場」に同席できたおかげで、私は確信した。アルブレヒト王の行為は、ゲルマニアという国そのものの存亡に関わるものだと。
思い悩んでおられる今こそ、この身に代えても進言せねばならない。
「──閣下。もう、止めましょう」
王は、胡乱気な視線を投げかける。
「私は感じました。始祖からの直接の血こそ引いておりませんが、私とてメイジの端くれ。あの偉大なる存在こそ、我々が従うべきに始祖に他なりません。現に、あの化け物とて手出しできなくなったではありませんか。今ならば間に合います。おぞましい罪を重ねて何になりましょう。ゲルマニアを導く王として、始祖に顔向けできる道を歩まねばなりません」
王は、重々しげに頷く。
「……分かった。お前の考えは、十分に分かった」
王は、ゆっくりと立ち上がる。
「おお、それでは──」
「ああ、よく分かったとも」
耳障りな破裂音と、腹の灼熱。
王の手には、無骨な、煙がのぼる銃。
「やはりお前は、凡人に過ぎんとな」
体を流れ、床に、溢れた血が、広がっていく。
足音が、近づいてくる。
「……これがなんなのか、その意味すら理解できぬとはな。始祖の恩恵がないのであれば、それに代わるものが必要だとなぜ分からん。度し難いほどの馬鹿ならば、いらん」
足音が、止まる。
乾いた、音。
遠くなる、声。
「……頼りになるのは、所詮、自分だけか。王とは、かくも孤独なものだとはな」
ロマリアの聖堂から、花火が上がる
道々には、復活を祝うパレード
そこここで繰り広げられる演説
全てが、信仰を形にしていく
形になったそれは、アレの力になる
──全てが、忌々しい
なりふり構わなければ、ルイズとテファとて解放はできる。穢された肉体を捨て、魂を禊ぐ。
しかし、肉体と魂とが変質すれば、それは別のもの。それこそ、俺自身が身を持って知ったこと。アレも、それが分かっている。そして、時が経てば経つほど、アレとの繋がりは強くなっていく。
「──ウリエル、時間は何とかできないか?」
ウリエルは、首を横に否定する。
「主要都市だけならば、一両日中には灰にできましょう。しかし、小さな集落までを含めるのであれば6日は。飢餓と病とが全てを覆うには、1年は必要でしょう」
──遅い
──遅い
──それでは遅すぎる
──あれを殺しつくすには、時間がかかりすぎる
「……何かあれば、殺してやる。必ず、殺してやる」