大きな見せ場は次になるけれど、地味な今回の話も、これはこれで書きたいこと。
ただ、スピードアップして続き書き上げたいけれど、平日にかけないのは辛い。
もっとハードな仕事でもコンスタントに更新している人はいるけれど、どうやっているのか素直に気になるところ。
テファは国を興そうと考えている──イザベラ様と話している時に至った結論。私が問いただしたら、テファも、シキも認めた。
そして、全てを話すと言った。
私の部屋に皆が集まった。シキにテファ、姉さんにマチルダさん。それぞれが椅子に、足りない分はベッドに腰掛ける。
中心になるのはテファ。だから、シキではなく、テファが立ち上がる。テファは、自分の口からきちんと話したいと言った。
ただ、私を見て、申し訳なさそうな表情。
「──ごめんね。ルイズには、ちゃんと自分の口から言うつもりだったのに」
私が何かを言う前に、テファは表情を引き締める。これまでになく揺るぎない──それこそ、人の上に立つべき者の顔。
テファは語る。自分が何を考えているのかを、自分が何をしたいのかを。
テファが作りたい国。それは、テファにとっての理想郷。
テファが虚無の正当な後継者として、アルビオンに新しい王朝を打ち立てる。人とエルフのハーフであるテファを象徴に、人と亜人が平等に暮らせる国。虚無という王権の根拠となる理に、それを認めさせる武力として、シキが表舞台に出る。考えうる限り最強の武力の裏打ちがある以上、これは理想論などではない。
しかし、貴族として、トリステインの貴族として認めるわけにいかないこと。
「そんなの、国の乗っ取りじゃないの」
「──それは、違うわ」
私の言葉を否定したのは、マチルダさんだった。言葉に感情はなく、事実として、その顔には何の表情も浮かんでいない。むしろ、否定する本人こそが認めたくないというような。
「王権の根拠が始祖の血を引くことである以上、正統性はテファにこそある。何より、現王家の人間がそれは望んでいる。アルビオンという国を、アルビオンとして残したい。あいつらの、そんな身勝手な理由からだけれどね」
言い終えたマチルダさんは、唇を噛み締めていた。感情を押し殺しても溢れる、自分の言葉に苛立ったような乱暴な言葉。いつもの丁寧な物腰とは、まるで別人のよう。
「マチルダさんは、それでいいの?」
マチルダさんはテファのことを誰よりも大切に思っている。そして、臆病なぐらいに優しいテファの性格を誰よりも知っている彼女なのに、なぜ。自らの名を捨てたのだって、結局はテファの為だったはずなのに。
私の問いに、マチルダさんは目を閉じる。
「テファが考えて、考え抜いて決めたことだもの。私ができることは何でもやるし、焚きつけたシキさんにも責任をとってもらうわ」
それきり、押し黙る。これ以上、語ることなどないとばかりに。
「──だったら、姉さんはどうなの?」
私は、私よりも貴族らしい姉さんに問いかける。姉さんはまっすぐに私を見据える。
「トリステインの貴族という立場からすれば、今のテューダー家が続く方が好ましいわね。トリステインという国にとっての利益は、その方が大きいでしょう」
姉さんは私の言葉を肯定する。でも、更に言葉は続く。
「ただ、始祖の血を継ぐ私達貴族の本分として、テファさんのやることを否定できるかというと、難しいわ。偉大なる始祖がテファさんを選んだということの意味は、決して無視して良いものじゃない。私はアカデミーで始祖の足跡をずっと研究してきた。けれど、始祖ははっきりとした言葉は残さなかった。その始祖が選んだということは、とても、とても大きな意味があると考えるべきことよ」
「だったら、私が選ばれたことはどうなんですか? 私も、テファと同じように、新しい王朝を興すべきだと言うんですか? 姫様を蔑ろにして」
姉さんは眉根を寄せるけれど、それも一瞬。
「もしかしたら、そうなのかもしれない。あなたはただ虚無の担い手というだけでなく、別世界の住人であるシキさんを呼んだ。正統性に、シキさんの手助けがあれば、できないことなんて何もないわ。それに、この国は……。先王が亡くなられてからは、マザリーニ卿のおかげで何とか形を保っていたというのは事実。誰も、口にはしないけれどね」
「ふ、不敬ですよ」
それは、決して私達が口にしてはいけない言葉。
「事実は、事実よ。今だって、姫ではなく父が先頭に立って政を行っている。国の中心は、事実として父。もともと、父が国を率いるという話だって無かったわけじゃない。正統な王位継承権だって、姫に次ぐもの。あなたは知らないかもしれないけれど、それを避けるために父は一線からは引いていたの。でも父が表舞台に戻り、あなたが虚無の担い手であることが広く知れ渡れば、周りはそれを許さないかもしれない。父自身が王家の血を立てることを理由にしてきただけに、虚無のことを言われれば反論できない」
「でも、姫様は女王として……」
「ねえ、ルイズ」
言葉には、優しい、そして悲しげな響き。
「その姫も、今の立場を望んでいないのよ。王子とのことを知っているあなたが分からないわけないわよね? テファさんが新しい王朝を建てて、もし姫様が全てをあなたに譲ってしまえば、元王女と元王子の自由な立場。今のままじゃ、好きな人と一緒になったって辛いだけ。それに、血生臭い話が起こる要素も、欠片もない。その必要がないんだもの。あなたにそうしろなんて言うつもりはないけれど、考えるべきことではあるわ」
「わ、私は……。そんなこと、考えたことも……」
「貴族としても、人としても、あなたが見ないわけにはいかないことよ」
「でも……」
姉さんは私に笑いかける。
「結論はすぐには出せないのは仕方がないことよ。とても重い選択だもの。でも、忘れないで。どの道を選んでも、私は、家族はあなたの味方だから」
そして、姉さんはシキに向き直る。どこか苦々しげで、何かに怯えるようでもある。
「シキさんがテファさんのことを手伝って、それでも私のことを大切だと思ってくれているのなら、シキさんと私との正式な婚約を。私達の関係が皆に分かるよう、大々的に発表を行います。そういった形であれば、周りがうるさくなることはないでしょう。父と母は、何としても私が説得します」
マチルダさんは、ただ俯く。
「──それと、マチルダさんとも同じように。ロングビルという偽りの名ではなく、本来の家名で、テファさんの姉として。そうすれば、余計な軋轢も減るでしょう」
姉さんの視線はマチルダさんに。顔には、色々な感情がないまぜ。
「トリステインの利益だけを考えればそうして欲しくはないですけれど、必要なことですよね」
マチルダさんの驚いたような表情に、姉さんはただただ苦笑い。
「本当はきちんとしたかったけれど、テファさんが自分の意思を曲げる気がないのなら、これが一番良いはずです。テファさんが静かに暮らせればというあなたの気持ちは、よく分かります。私も、それが良いと思って色々と考えてはきたんですけれど、残念です」
謝罪の言葉を口にするテファに、気にしなくて良いと姉さんは首を振る。
「ここまでは前置き。シキさんはルイズのことを兄として守って欲しいし、テファさんにはトリステインの利益も考えて欲しいわね。食糧のことを考えれば、持ちつ持たれつになるとは思うけれど。それに、ガリア、ロマリア、ゲルマニア、それに、エルフの国との関係をどうするかも必要ね。それは考えていますか? まさか、全てを力づくでというわけではないですよね? もしそうなら、いくら私でも反対ですよ」
ようやく、シキが口を開く。
「それぞれの国に伝はある。認めさせる、ないしは、口を出させないことはできる。今まで準備していたことも、無駄にはならない」
姉さんとシキ、ドンドンと話が進んでいく。現実に可能な案として。
いや──そもそも、シキが本当にやろうと思えば、できないことはない。
姉さんは父のもとへと向かった。姉さんがなんとかすると言った以上、恐らく失敗はない。
そして、シキとテファはガリアに向かうという。私も、そこに同行する。それは、譲れない。
案内役となるのはイザベラ様にエルフの2人、そして、タバサ。タバサが訳ありということは分かっていたこと。王家に近い青い髪と合わせて、つまりは、そういうことだったんだろう。私からはあえて聞かない、必要があれば向こうから話してくれると思う。そうでなければ、それは知る必要がないということ。
ガリアから国賓を迎える為のものだろう、国の紋章に彩られた竜籠がトリステイン学院に降り立った。
イザベラ様が、私達に対して優雅なお辞儀。王女であるイザベラ様が頭を下げる、つまりガリアとして最高の待遇で迎えるということ。
「ガリアは、あなた方の訪問を歓迎します。王も良き関係を築けることを望んでいます」
それなのに、シキは言う。
「相変わらず、ルイズの前ではネコを被るんだな」
あんまりな物言いに、イザベラ様は表情をしかめ、私を見るとふっと力を抜いたように笑う。がらりと、それこそ別人かと思うぐらいに雰囲気が変わる。
「全く、主従そろって……。まあ、そろそろ面倒と言えば面倒だと思っていたところだ。でも──ルイズにテファ、私があんたらとうまくやっていきたいというのは本当だからね。それは信じて欲しい」
「え、え……」
あまりといえば、あまりの変貌。狼狽える私に、イザベラ様が不敵に笑う。
「何だい? 父親がアレで、その娘の私が普通のお姫様なんてことあるわけないだろう?」
「それは……、あ、そ、そういう意味じゃ……」
イザベラ様はくつくつと笑う。
「それでいいよ。私が一番分かっているんだからさ。しかし、私からすればトリステインこそが変わっている。姫に、その母親もお姫様らしいお姫様でさ。先王のことは急だったとは聞くが、それで済むものでもないだろうに。もちろん、悪いとは言わないがね。その国にはその国の考えがある。なんだかんだで身を尽くして国を支えた忠臣だっていたんだ。──まあ、それはいい。早速、向かおうじゃないか。せっかく、今回は無駄な儀礼もいらないんだからさ」
私は、知らないことが随分と多かった。私は、あまりにも鈍感過ぎたのかもしれない。
再び訪れることになった王宮。最も強大な国であるガリアに相応しい壮麗な佇まい。しかし、人の気配がない。
イザベラ様の話では、あえて人払いをしたということだった。念には念を、そして、要所にガーゴイルが配置すれば案外どうとでもなるということだ。
進んだ先、一際立派な扉がひとりでに開く。
そこに待つのは、玉座で子供のように楽しげな微笑みをたたえた王と、そばに控える女性。虚無の使い魔、神の頭脳、シキに匹敵する能力を持つかもしれないもの。
壮年であるはずの年に似合わぬ、若々しい王の弾む声。
「やあ、また会えたこと、心より嬉しく思う。本来であれば歓迎の宴でも設けたいものだが、それは次の機会を待つことにしよう」
視線は巡り、私と、そして、テファへ。
「おお、その耳はなるほど、確かに」
テファは敢えてイヤリングをはずしている。とはいえ、テファが身を強張らせるのが分かる。それに気づいたのか、王は言う
「ああ、不躾であったな。心から謝罪しよう。なに、同じく虚無の担い手であるというのなら、それは兄弟のようなものだ。その身に流れる血など、些細な問題。それに、娘から君の事は聞いているよ。いやはや、我が娘ながら確かな炯眼、誇りに思う。他の者ではとんと思い至らぬであろうよ。──ああ、娘を自慢するのもほどほどにせねばな。何より、テファ、君のことだ。君の望みを叶えるため、私も最大限の協力をしようじゃないか。さあ、来たまえ」
王は立ち上がり、私達を別の部屋へ誘う。自慢のおもちゃを見せるのかのよう足取りが軽い。扉の先には、巨大な模型──それも最高の職人達につくらせただろう精巧な立体図。象るのは、恐らくハルケギニア。
「さあ、世界の行く末について、存分に語り合おう。私はこの時を待っていたよ。その為の準備もしてきた。失敗も多かったが、方向性もようやく定まったところだ。間に合いそうで何よりだよ」
ジョセフ王は驚くほど饒舌で、気前が良くて、そして、楽しげだった。
テファの新王朝設立に賛成することを無条件で約束。更には、正式な国交樹立に、混乱の中で不足するであろう食糧安定供給の約束までも。アルビオンの弱みになるのが食糧供給の問題、それがトリステインとガリアからのルートが確立することは、大きな意味がある。こちらが言うまでもなく、欲しいものを気前良く約束してくれる。淀み無く、話はまとまる。まるで、単なる読み合わせの作業と勘違いするほどに拍子抜け。
「──ところで」
ここで一息かというタイミングに、王からの問いかけ。
「聖地には、何があると思うかね?」
これまでとは趣の異なる問いに、シキが答える。
「あそこにあるのは、門だ。別の世界と繋がる門があった」
ジョセフ王は笑う。我が意を得たりと。でも、ここでもまた、私が知らなかったこと。
「ほう、その口ぶりからすると既に確認済みということだね? それは話が早くて助かる。実際に確かめた上でということであれば、余としても助かる。あれに関して確証を得るというのはなかなかに厄介だったのでね。であれば、大地が浮き上がるという、大隆起の話はどうかね?」
「今のままであれば、いつかはそうなるだろう。実際に、アルビオンという空に浮く国もある」
「そう。そして、教皇曰く、それを防ぐための装置が聖地にあるという。なんとも準備が良いことだ。さすがは全能の始祖というべきではないかね。そのような始祖の虚無の力を受け継ぐことを余は誇りに思う。4人の虚無の担い手が揃うことで復活するという真の虚無、楽しみでならぬよ。──なあ、そうは思わんかね?」
私と、テファへの視線。
本当に待ち遠しいと、子供のように純粋。あまりにも純粋過ぎて、怖いと感じるぐらいに。
日が落ち、人気のない城はいっそ寒々しい。いくら最上の部屋を充てがわれても、それは変わらない。
来客用の棟の中でも最上階で、王族かそれに準ずる扱い。それは、テファも同じ。ジョセフ王の言った、兄弟との呼び方を律儀に守ってくれたということだろう。
窓からは、ガリアが誇る庭園がうかがえる。私達の為に焚かれているんだろう篝火に照らされ、昼とはまた違った色彩に包まれている。一つ一つの部屋が、それぞれにこの景色を独占できるという設計だろうか。テファなら、きっと目を輝かせていることだろう。美しいものは、たとえどんな時であっても美しい。
不意に、扉を叩く音。夜だからか、控えめに二度。
「──どなたですか?」
「私だよ」
「イザベラ様?」
「まだ起きているのなら、少し話せないかと思ってね」
慌てて扉を開けると、少しだけ困ったようなイザベラ様の顔。そして、手にはワインの入ったバスケット。薄暗い廊下には、他の影は見当たらない。
「お一人、ですか?」
「ああ、せっかくなら二人で話したくてね。ルイズが良ければ、だけれど。あれから、話す機会もなかったからさ」
「そんな、私には勿体無いお言葉です」
「よしてくれよ。そんな、堅苦しい言い方はさ。ルイズに親近感を感じていたっていうのは、本当なんだ。いつまでも他人行儀じゃ、寂しいじゃないか」
私の目は節穴かもしれないけれど、本当に寂しげな表情は本当だと思った。
テーブルに置かれたワイン。
とくに凝ったところのない、ごくごく普通のラベルに、覚えのない名前。グラスに注いでも、香りは軽い。
「──ああ、知らなくても当然だよ。安酒ってことはないが、それこそ、平民だって飲めるようなものさ。飲み口も軽くて、下手に高いのより、私は好きなんだ。気取らず、主張せずってね」
イザベラ様が掲げるグラスに、軽く合わせる。喉を通る、爽やかな香り。軽やかな、若い味。
「私も、嫌いではないです」
イザベラ様が微笑む。
「そうか、それは良かった。こいつの良さは、なかなか分かってもらえなくてね。そりゃあ、高いのは高いでそれなりのものではあるけれどね。どんな時でもそれが良いかって言えば、私は違うと思うんだ。ごてごてと飾るのも必要、なんだけれどさ」
視線は、まっすぐに私へ。
「ええ、私も大切なことだと思います。でも、ずっとそれでは疲れてしまいますね」
「ああ、全くだよ。本当に、疲れる。私はもともと、そんなお上品なものじゃないから尚更、さ」
「そんなことは……」
イザベラ様はゆっくりと首を振る。
「前にも、話したけれどね。私は魔法の才能が無くてね、やっぱり色々と言われるものさ。女王付きとなれば、メイドだってそれなりの家柄でね。ろくに魔法が使えないってのは、やっぱりね。例え言葉にされなくても、分かるもんさ」
「……はい」
遠い目をするイザベラ様が見ているものは、私にも朧げに浮かんでくる。
「いくら強がっても、やっぱり認められたいものだよ。でも、誰でもいいかってわけじゃなくてさ。まあ、それは、それぞれだと思うけれど……。私にとっては、さ……」
イザベラ様が、ガシガシと頭をかく。
「何というか……。私は、嬉しかったんだよ。あの父親に褒められてさ。あの一言だけだったけれど、柄にも無く、その……。たったあれだけで、涙が出そうで。ルイズのおかげで……さ。たったあれだけでも、物心ついてからは初めてで、ね」
ああ、私にも分かる。痛いほどよく分かる。欲しいのは、ものなんかじゃなくて、たった一言、それだけで良い。
「嬉しかったんですね」
「……あぁ、……あぁ、そうなんだよ。無能王なんて言われるけれど、あの人は天才なんだ。私はただ才能が無かっただけだけれど、あの人はそんなことは関係ない。魔法が使えないっていうのは、親子だと思っていけれどね。でも、本当は虚無なんて才能があって、私とはやっぱり違った。虚無なんて、最高の魔法の才能じゃないか」
私は、何と言えば良いんだろう。置いていかれた子供のような顔のイザベラ様になんて言えばいいんだろう。
「……ああ、ルイズを困らせたいわけじゃないんだ。そんな風に遠くなったけれど、ルイズのおかげでまた近づけたようで、それでルイズに──ありがとうって言いたかったんだ」
初めて見せてくれた年相応の女の子の表情と、そして、うっすらと目に輝くもの。
「ずるいです、イザベラ様。そんな風に言われたら、何も言えないじゃないですか」
「そうだよ、私はずるいんだ。なんたって、女王様だからな」
私達は二人で笑いあった。そして、空になったワインの代わりを探しに、二人で食料庫へ忍び込んだ。
扉を開けると教皇の柔らかな微笑みで迎えられ、そして、困ったような顔に変わる。手に取ったばかりであろう本は、書棚に戻された。随分と古い本のようだった。
「ジュリオ、あなたにしかめっ面は似合いませんよ?」
「僕もそんな顔はしたくないのですがね。また、ガリアの問題児が勝手なことをしようとしているようで」
「ふふ、問題児ですか。たしかに、あの王には似合いかもしれないですね。本人が聞いたら手を叩いて笑うことでしょう。で、今度は何を始めました? また新しい玩具を作りましたか? それとも、本格的な戦争ごっこでも始めましたか?」
「新しいガーゴイルは毎日のように作っていますし、戦争ごっこも、辺境も辺境ですが、領主軍と良い勝負をできるようになったようです。地方など表も裏も掌握済みで、そんな必要などないでしょうに」
「ほう、さすがですね。それを中心に軍でも作るつもりでしょうか?」
「さて、僕にはなんとも……。事の成り行きを確かめた後には、綺麗さっぱり皆殺しでしたからね。もちろんそちらも問題ですが、件の、混沌王とのことですよ」
「なるほど、ついに直接接触を図りましたか。せっかくリカルド殿がくれた手紙も活かしきれないかもしれませんね。これは、勿体無いことをしてしまった」
「もう少し早ければ、違ったかもしれませんがね」
マザリーニ卿への客人のこと知らせるだけの手紙、それだけであればもっと早く寄越すことができたはずだ。
「そんなことを言うものではないですよ。彼は良くやってくれました。万全の注意をしてとなると、なかなかに大変なものです。事実、その注意深さのおかげで彼は彼として在ることができているのでしょうから」
「それはそうかもしれなませんが……。しかし、どうにも食わせ者としか思えません」
「だからこそ信用できるのですよ。彼は確固とした信念を持った方です。彼なら、もし私が失敗したとしても、正しい知識さえあれば、私の信念を継いでくれることでしょう」
「──失敗することなど、欠片も思っていないでしょうに」
教皇の浮かべる、悪戯好きの微笑み。確かに、こうも思惑通りに進めば楽しいだろう。約束された勝利があるのであれば、何の憂いもあるまい。
「それはそれとして、ですよ。それで、問題児の様子はどうなのですか?」
「客人が王宮を訪れたことは分かりましたが、それ以上のことはなんとも。官吏どころか使用人さえも関わらせない念の入れようで」
「それはそれは……。まあ、それも仕方が無いでしょう。彼は宗教家などペテン師と同じだと考えていますしね。我が事ながら、私自身そう思います。いやはや、本当に困ったものです」
「聖下は単なる俗物共とは違うでしょうに。……それで、どうなさるおつもりで? ただ待つだけというのも芸が無いでしょう?」
「それはもちろん。帰結は一つにしても、やるべきことを尽くさないのはただの怠慢。事が滞りなく進むよう、下準備は続けますよ。それに、迷い子達への助言も、ね。……ああ、そうそう。そろそろ会合を開く準備も始めなければいけませんね」
「準備など、とうに済んでいるのでは?」
「いえいえ、大切なことを忘れていますよ」
「……それは?」
「食材の手配があるでしょう? 美味しい食事は心を和ませます。それに、宴も開かなければなりません。国を、いやいや、世界をあげて祝わなければ。皆が待ち望んだ日が、ついに訪れるのですから」