混沌の使い魔   作:Freccia

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あけましておめでとうございます。なんとか1月1日中に更新できました。それと、ファーティマが可愛くなったのでちょっとだけ虐める話になって、話として大きく動くのは次の話になります。






第36話 Tears for fears

 

 

 

 

 

 

 椅子に腰掛けたまま、じっと私を見つめるつり目がちの少女。全てを見透かすような視線が、どうにも落ち着かない。今日の夕食にと選ばれるガチョウは、もしかしたらこんな気分なのかもしれない。

 

 年の頃は、人で言うところの15かそこらだと思う。人は、私達エルフより成熟そのものは早いという。であるならば、私と同じか少しばかり上だと考えるべきなのか。人と接したことがない私には分からない。ただ打ち倒すべき敵だとだけ見ることができなくなった私には。

 

 私にはもう、エルフが他の種族よりも優れていると無条件に信じることはできない。嫌というほど、この体で知ったから。

 

 目の前の少女はイザベラという名で、人間の世界では最大の国の姫。特徴的な青い髪がその証だという。そして、今お父様が仕える相手。それはつまり、私にとっても絶対だということ。

 

 不意にイザベラの視線が逸らされる。私には興味を無くしたように、お父様の話をただじっと聞いている。そして、話が終わっても、こめかみを指で叩きながら彼女は思索に耽る。

 

「──まあ、いいんじゃないかい」

 

 ようやく発された、彼女の声。楽しそうに笑っている。

 

「会いたいという相手をはるばるこんな遠くまで連れてきたんだ。感謝こそすれ、文句を言うことはないだろうさ。本人がどう思うか、そして保護者がどう思うかだよ。私が思うに、テファって子が会いたいというのなら、それに文句をつけることはないね。あいつは、そういうやつだよ。そして、ちゃんと借りだってことは認めるだろうさ。ただ……」

 

 視線は私に、ただ、どこか訝しげ。

 

「あんたがちゃんと話せるかどうか、私はそれが心配だね。私相手にそんなに弱腰じゃあ、さて、あの化け物共の前に出られるのか。もちろん、テファって子に恨み言をぶつけるよりはマシだろうけれどね」

 

 私は、言い返すことができない。少し前の、ただ強がることができた私は、もういない。ガチガチに固めていた虚勢は、壊れてしまった。

 

 肩に心地よい重さ。温かい、お父様の手。

 

「心配はいらない。ファーティマは強い。でなければ、自分一人で一族を助けようなどとそもそも思わない」

 

 お父様の言葉が嬉しい。優しい言葉、私が欲しかったもの。

 

「……まあ、あんたらがそれでいいなら、いいさ。私がとやかく言うことじゃない。しかし、エルフっていうのは不思議なものだね」

 

「何がだ?」

 

 急な言葉に、お父様の疑問。それは私も同じ。

 

「いや、何がってあんたらの関係がだよ。さっきの話じゃあ、養子にしたってことじゃないか。エルフが年を取らないっていうのはビターシャル、あんたを見ているから知っているよ。でも、いざ目の前でさ、年の離れた兄妹と言ってもよいような2人が親子になったって言うんだ。そりゃあ、不思議だと思うよ。聖人君子ばかりでもないってことは、あんたらの話で分かったしね」

 

「確かにエルフは子供を持つことが少ない。しかし、若いうちに──エルフの基準の中ではあるが、ないではない。寿命が長ければ、そういったことも当然にある」

 

 イザベラが意地悪気に笑う。そんな表情が嫌に似合う。口に出しては言えないけれど。

 

「ふうん、でもねぇ。見た目がそう変わらないとなると、私としては間違いがあるんじゃないかと思ったりするんだよ。もちろん、誰だ何をしようと自由だよ。でもね、同じ部屋にいる中でそういったことをやられると、やっぱり気になるというかね。ほら、私だってお年頃だからさ」

 

 からかうようなイザベラの言葉に、眉を顰めるお父様。

 

「……近親相姦は、好ましくないと言われている」

 

「言われているってことは、あるっていう証明みたいなものだろう? 悪いとは言わないよ。私達だって王族の中じゃ聞かない話でもない。……ああ、いや、私はそんなのごめんだけれど」

 

 イザベラもお父様もそれきり押し黙る。

 

 私も、何と無くいたたまれない。私はそれでも良い──それが私の本心。でも、今この場所で言うべきではないことぐらいは分かるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ファーティマさんって言うんだね。私達、従姉妹になるんだね」

 

私とよく似た容姿の──エルフとしては突然変異としか思えない胸を除いて──テファというハーフエルフは嬉しそうに言う。

 

 今までなら、有無を言わさずに銃を抜いたかもしれない。でも、お父様に迷惑をかけるわけにはいかない。だから私はその感情を押し込める。

 

 いや、その必要はないかもしれないけれど。だって、金縛りにあったように体が動かないから。

引きつった変な顔になっているだろうことは、自分がよく分かっている。今、一緒に部屋にいる人たちのことは、大まかにお父様とイザベラから聞いている。

 

 顔の両側に走る奇妙な刺青以外は、これといって特徴のなさそうな男性。でも、実際は悪魔の王とも呼ぶべき存在で、私達エルフにとって最大級の重要人物。

 

 対峙して分かる、この人物がこの地の本当の意味での支配者であると。思えば、この地で精霊の力を借りることがなぜか難しかった。遍くあるはずの大いなる意思が、遠くベールにかかったようで、どこか違和感があった。

 

 こんな考え方があるという。物質はそれぞれ引き合う力を持ち、巨大な物質であればあればあるほど、その力は大きくなるという。そして、最も巨大な力に、全てが従う。門外漢の私でも、その言わんとすることはなんとなく分かる。

 

 そして、目の前の人物こそまさにそれ。大きな力はただそこにあるだけでルールとなる。少なくともこの場所では、大いなる意思を曲げるだけの大きな力。加えて、この学園の中には他にもそんな存在がいる。ここは、全てが悪魔達の支配下。文字通りの魔窟──万魔殿。

 

 

 そして、ただの人間であるはずの女性達。

 

 眼鏡をかけた金色の髪の女性。一見笑顔だというのに、私と悪魔王に投げかける視線が異様に鋭い。前情報も加えて判断するに、女として近づくことは絶対に許さないという警告。

 

 同じく眼鏡をかけた、緑の髪の女性。こちらも笑顔のままだというのに、まっすぐに私に向けられる視線が痛い。たぶん、妹であるテファを泣かせるようなことがあったら許さないという警告。

 

 まだ幼さもある桃色の髪の少女。ニコニコと笑っているけれど、得体がしれない。一見無害に見えても、悪魔の後継者。心の内で何を考えているのか分からない。そもそも、悪魔の王を呼んだのだって……

 

 この人たち、怖いよ。お父様、見てないで助けて……

 

「──あの、ファーティマさん、なんで泣いているの?」

 

 何で憎かった相手に慰められるなんてことに……。何でそんな相手に、助けて欲しいだなんて思ってしまうの……。

 

 

 

 

 

 

 結局、私が話した内容は当たり障りのないものになった。

 

 私の故郷と、人伝に聞いていたシャジャルの生い立ち、そして、どうしてシャジャルがエルフの国を出て行くことになったのか。悪意に曲がっているだろうことは省いて、できるだけ客観的な話として。

 

 知りたいだろうシャジャル本人の話とは違うから、私の一族がどういう扱いを受けることは言わず。私がシャジャルのことを恨んでいることは言わずに。私自身、冷静に話せるとは思わなかったし。

 

 何より──この人たち、怖いんだもん。余計なこと言ったら、絶対に消されるもん。やだよ、そんなの、せっかく私がいる場所ができたのに。

 

 でも、一安心。無難に乗り切れた。何にしても、これで私の役割は終わり──

 

 

 

 

 

 

 

 

──にはならなかった。

 

「──こっちだよ」

 

 私はテファに手を引かれる。連れて行きたい場所があるからと。

 

 そして、後ろの様子を伺うと、ニコニコと笑いながら付かず離れず一人の男性。ウリエルと名乗った、人畜無害にみせていながら腰には剣を下げた男性。真剣を音も立てず、更には違和感も見せず──それは、剣が体の一部とも言えるほどの達人でしかありえない。

 

 加えて、さり気なくこの場の力の流れを全て支配している。つまり、剣も魔法も何でもござれの化け物。私が変なことを考えでもしたら……

 

 この人たち、小娘一人に容赦なさすぎるよ

 

「……ファーティさん、どうかしたの?」

 

 振り返るテファ。

 

「……いえ、別に」

 

 あ、具合が悪いとか言ったら、解放してくれるカナ?

 

 後ろから声。

 

「もし具合が悪いということがあれば、遠慮なく。そういった心得もありますので」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供たちがテファを囲む。そう身長が高いわけでもないテファの腰までしかない子もいる。いくらここが学院にしても幼いのではと思っていたら、テファが言った。

 

 ここで面倒を見ている孤児だと。本当はこことは別の場所もあるけれど、引き取る子が増えて、準備が大変でなかなか移せないでいるという。

 

「……人間の子を、エルフが面倒を見ているんだ」

 

 思わず漏れた、私の疑問。テファは、クスリと笑う。

 

「そうだよ。私の宝物。ああ、ものじゃないんだから、おかしいかな? でも、私にとって何よりも大切な子たち。あなたにも、見せたかったから」

 

 テファは子供たちを抱きしめ、そして、皆で遊んでおいでと背中を押す。見送る視線は、まるで本当の母親のよう。

 

「私に?」

 

「うん。あなたはお母さんのことを教えてくれたから、私は、私が知っているお母さんのことと、そして、私のことを話さないといけないかなって。あなたはお母さんのこと、恨んでいるだろうから、聞きたくないかもしれないけれど」

 

 思わず息を飲む──けれど、当然か。よほど世間知らずでもなければ、それくらいの想像は着くはず。でも、私は言葉に困る。

 

「姉さんは、あなたと話すことをあまり勧めなかったんだ。そうだよね、お母さんが追放されたんだろうっていうことぐらいはすぐに分かることだから。どうしたって気持ちの良い話にはならないだろうし。あなたは、お母さんのせいで白い目で見られただろうし。でも、私はそれでも聞きたかった。お母さんのことを少しでも知りたかった。記憶だって曖昧だけれど、理想のお母さんだった。私は皆の──子供たちの、そんなお母さんになりたい。あなたにとっては迷惑だとは分かっていても、それでも知りたかった」

 

「……どうして、そこまで」

 

 テファが子供達を思う感情は、きっと本物。それは、見ればすぐに分かる。

 

 でも、自分の子ではない、そもそも、なぜ人間に対して。テファ自身、エルフの特徴である耳を隠しているというのは、つまりは隠さなければならないということのはず。

 

「それは、人間に対してっていうことかな? もし、そうなら、確かに、私も怖い目にあったよ。エルフだってだけで怖がられるし、目の前でお母さんも殺されたよ。それこそ、記憶も曖昧だけれどね。──あ、それは知らなかったみたいだね。たぶん、あなたの想像通り。お母さんが追放されたというのと、結局のところは同じかな。汚らわしい化け物であるエルフが人間と、それは許されないという勝手な理由。ほら、一緒だよね?」

 

 私は、思わず目を逸らす。エルフだけが高潔ではないことは、身を持って知ったこと。でも、今までの私ならきっと同じことをした。

 

 テファは構わずに口にする。まるで独り言のように。テファは、私を見ていなかった。

 

「私はハーフエルフだから、どこに行けば良いのかなってずっと思っていたの。人間でもない、エルフでもない、中途半端な存在。人間の世界では受け入れられないということは分かっていたから、エルフの世界ではどうなのかなって。でも、あなたの話を聞いて、私はどこに行っても同じだって分かったよ。あ、気にしないでね。ルクシャナさん──ビターシャルさんの姪になるのかな? ルクシャナさんにエルフの国のことを聞いていたから、たぶんそうじゃないかとは思っていたの。あなたの話で、諦めがついたって言えばいいかな。少しだけ、期待はしていたみたい」

 

 テファは泣き笑い、そんな表情。でも、それも一瞬。

 

「それで、どうして人間にだったかな? それは、私にもよく分からないかも。でも、私にとっては、とても大切だから。考えれば理由はあるかもしれないけれど、たぶん、そこに理由なんていらないんじゃないかな。例えば、母親が子供のことを大切に思うのに理由が必要? 私はそういうことだと思う。自分の親のことすら知らないのにって言われちゃうかもしれないけれどね。それでも、私がやるべきこと──ううん、私がやりたいこと」

 

「……そう。だったら、あなたがエルフであるということはずっと隠した方が良いと思う。今、耳を隠しているようにして。知らなければ、誰も傷つくことはないから。エルフと人間が和解するには、血を流しすぎたから」

 

 人間に比べてはるかに長い寿命を持つエルフの中でも、世代交代が何度もあった。それでも、憎しみが続いている。こうなっては、もう終わることはないと思う。

 

「そうだね。本当は仲良くできれば良いんだけれど、きっと難しいよね。あ、そうだ。私が謝っても何もならないと思うけれど、あなたのことはシキさんにお願いしてみるね。難しいことは分からないけれど、国にとって役立ったとなれば、きっと評価も変わると思う。それで許してなんて言わないけれど、私にはそれくらいしかできないから。私が何かするってわけじゃないけれどね」

 

「……それで、十分。私のような想いをする子は、いなくなるから」

 

 そもそもの私の願いは、ただそれだけ。一時は忘れかけていたけれど、それが一番大切だったこと。惨めな思いするのは私だけでたくさん、ただ、それだけ。

 

「……そっか。うん、不思議だなぁ」

 

 唐突な言葉。私の疑問に、テファは笑う。

 

「なんていうか、私も変わったなって。少し前なら、私はあなたに謝ることしかできなかった。もしかしたら、あなたに殺されても仕方ないって思ったかも」

 

 いきなりの言葉に、私がずっと隠し持っていた望みに息を飲む。でも、テファは続ける。

 

「でも、私には大切なものができた。それを捨てるなんてことはできないから」

 

 テファが両手を広げる。ここにいる子供たちを抱きしめるように。小さな手だけれど、精一杯慈しむように。そして、懐かしそうに小さな指輪を撫でる。

 

「それは……」

 

 テファの指にある二つの指輪。片方は見覚えがある。

 

「あ、これ? お母さんが残してくれたものなの。残っているのは、これと服が一枚だけかな。思い出も薄れているから、これも宝物かなぁ」

 

「それは、私達の家で代々受け継がれていた指輪のはず」

 

「そうなんだ。じゃあ、お母さんが最後に持ち出したのかな。じゃあ、返した方がいいかな?」

 

 寂しそうなテファに、私は首を振る。

 

「それは大切なもののはずだけれど、無くなったという話は聞いたことがないから。きっと、最後の手向けとして渡されたもの──だと思う」

 

「そっか。ありがとう。お母さんも、だから希望を無くさなかったんだね、きっと」

 

「私には、分からない」

 

 そう、私には分からない。エルフの国を追放され、一人で人間の世界に。どんな道を辿ったのか分からない。どんなきっかけがあれば人間との子供を持ったのか。そもそも、テファは望んだ子だったのか。

 

 でも、テファにとってはそれで充分だったみたい。嬉しそうに何度も頷く。

 

「あ、それと、もう一つだけ……。本当は、これが一番大切なことなんだけれど」

 

 なぜか、全身に鳥肌がたった。テファは笑っている。それなのに、見つめられるだけで体が震えるような。

 

「子供たちは、私にとって、とても、とても大切だから。何かあったら、絶対に許さないから。それだけは覚えておいてね。私、自分でも何をするか分からないかも」

 

「あ、あうぅぅ……」

 

 テファは、笑っている。でも、目が、その目がぞっとするほど冷たい。

 

 言外に殺すと言われたのは、気のせいじゃない。誰かを殺したことがなければ、こんな目はできない。軍でも、ほとんど見たことがない。口だけの私と、本当の古参の兵との違い。

 

──この子も、怖いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ようやく解放、してくれないの?

 

 後ろからずっとついてきていたウリエルと名乗った男性。テファから逃げた後も、まだいた。

 

 ニコニコと笑っているけれど、だからこそ余計に怖い。何か言ってよ、何でもします。だから、もう虐めないで。

 

「──おや」

 

 ウリエルの言葉に、反射的に頭を庇う。そうしたら、もう一つの声。

 

「──やっぱりあんたは性格が悪いね。そんな臆病なのを虐めてさ」

 

 聞こえてきた意地悪そうな声は、イザベラ。

 

「虐めるとは、これまた人聞きが悪い」

 

 心外とばかりのウリエル。イザベラ、やめて。これ以上、私、無理。

 

「あんたもまあ、えげつないよね。私が来た時にもしっかり脅しをかけてきたから、絶対にこうなっていると思ったよ。──ほら、ファーティマ、こっちにおいで」

 

 イザベラ、大好き。

 

「……抱きつくな、鬱陶しい。いや、まあ、いいけれどさ。だから、泣くな。……あー、まあ、なんだ。ウリエル、あんたもここまでする必要はないだろう。こんな小娘が、あんたらの大切な娘らに何かできるわけがないじゃないか」

 

 イザベラ、頼もしい。

 

「もちろん、分かっていますよ。ですが、何かあってからでは遅いでしょう? それに、私達も人の謀というものには一目置くべきだと分かっていますからね。どうしても用心をしないわけにはいかないんですよ。不幸な事故があれば、それこそお互いにとって良くない結果にしかなりません」

 

「何とも、用心深いことで。しかしね、私達だってそれぐらいは分かっている。連れてきたからには、責任だってあるさ。だからさ、これぐらいで勘弁してやってくれないかい? きちんと監督するからさ。それで何かあれば私も──見苦しい真似はしないさ」

 

「……確かに、私も少しばかり大人気なかったですね」

 

「いやぁ、そこは大いに大人気なかったと思うよ?」

 

 イザベラ、やめて。

 

 やめてやめてやめてやめて──二人で怖い笑い方、しないで。

 

 口を開いたのはウリエル。

 

「──まあ、いいでしょう。ファーティマさん。……そんなに怯えなくても良いですよ。あなたが何もしなければ、ね」

 

「ひうっ……」

 

「だからそう、脅してやるなよ。……ファーティマ、苦しいからそれ以上縋り付くな、鬱陶しい。……あー、これやるから。ちょっと下がってろ」

 

 震える私に、イザベラが無理やりにハンカチを押し付ける。レースの小さな花がそこここに、結構可愛らしい。でも、頭を撫でたりの子供扱いはちょっと恥ずかしい。私、イザベラより年上だし。

 

「……で、ウリエル」

 

「何でしょう?」

 

「私としては、いたいけな少女に少しばかりやりすぎじゃないかと思うわけだ。右も左も分からない、人の世界に来て早々この扱い。あまり大きな声じゃあ言えないけれど、来る前にもたちの悪い狼共に虐められててね。この子犬ちゃんは色々と参っちゃっているわけだよ」

 

「ええ、知っていますよ」

 

「……知っててこの容赦の無さは恐れ入るね。いや、本当に。まあ、いいや。言っても仕方が無いね。私が言いたいのはね、少しぐらい真っ当なやり方で歓迎してやってもいいんじゃないかと思うんだよ。例えばそうだね、質問の一つや二つ聞いてやるとかね。それぐらいなら構わないだろう?」

 

「答えられる範囲でしたら、いつでも構いませんよ?」

 

「いやいや、ただより高いものはないって言うだろう? 理由もなく与えられるというのは余計な枷になる。それに、理由があればそれが担保になる。形はどうあれ、対等な取引からであれば、あんたが嘘を付くことはない。あんたにはそういうプライドがあるだろう?」

 

「結局のところは、あなたがそう思っているというだけでしょう?」

 

「いいんだよ、それで。最後は自分が信じられるかって話だ」

 

 自信たっぷりのイザベラ。

 

 どうしてそんな風に言えるんだろう。人間なんて、エルフよりも貧弱なはずなのに、どうしてそんなに堂々と。王族と言ったって、今は一人。自分一人で向かい合っているのに。

 

「──ということですが、どうしますか? ファーティマさん」

 

 何を言われたのか、分からなかった。

 

「良かったじゃないか。せっかくだ、よーく考えなよ。チャンスは大切にするものだ」

 

 イザベラに言われて、ようやく私に投げかけられたものだと理解した。

 

「……私が、聞きたいこと?」

 

 イザベラに肩を叩かれ、背中を押された。

 

 ウリエルは笑っている。これまでとは違って、ただ、面白そうに。

 

 聞きたいこと……何だろう?

 

 エルフにとって有益なこと? ううん、もう十分だよね。国の守りに力を借りて、テファからの言質も──たぶん──もらったし。もらったよね?

 

 ……だったら、イザベラの為に。今だってイザベラに助けてもらった。イザベラが聞きたいことって何だろう。

 

 イザベラは王女なのにわざわざ別の国に留学してきた。目的は、私達と同じ。私達が言うところの混沌王のこと知り、可能ならば関係を結ぶため。少しだけ勇気を出す。今は、イザベラがいる。

 

「──だったら、教えてください」

 

「何なりと」

 

「あなた達の目的は何? 何をしたいの? その気になれば、何だってできるんでしょう?」

 

「少しばかり抽象的ですね。できれば具体的なものの方が良かったのですが……」

 

 ウリエルは困ったようにこめかみに指を当てる。

 

「──まあ、いいでしょう。目的が何かと言われれば、特に無い。したいことも特には無い。ただ、平穏を望むといったところでしょうか」

 

 そこで一呼吸、ウリエルはイザベラに意味ありげに見る。イザベラはただ涼しげ。

 

「もう少しだけ付け加えるなら、私達は主の望みに従う。そして、主はここでの生活を楽しんでいる。平穏な生活、大切な人の幸せを望む。大切なものの為には、文字通り全力を尽くしましょう。そんな、ごく普通のことですよ。さて、こんなところでどうですか? サービスとしては十分だと思いますが」

 

 言葉は、イザベラに。

 

「さて、ね。ファーティマが良いんなら、良いんじゃないかい?」

 

 イザベラは、ただただ涼しげ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、ありがとう」

 

 ようやく、本当に解放された帰り道、私はイザベラにお礼を言った。

 

「気にするな。私が好きでやったことなんだからさ」

 

 イザベラは何でもないことだと歩いていく。私はただ、置いていかれないようについて行く。

 

「それでも、あなたが来てくれなかったらどうなっていたか……」

 

 本当に、それを思うだけで体が震える。

 

「そんなにビクビクしなくても大丈夫だよ。一線を越えなきゃ、どうこうされるってことはない。ただまぁ、さっきみたいにネチネチ虐められるかもしれないけれどね」

 

「十分、怖いよ……」

 

「そんなんじゃあ、この先やっていけないよ? とっとと慣れないとね。あいつは、少なくともあいつは性格が悪いからね」

 

「イザベラは、平気だったの?」

 

「ん? ああ、私がここに来た時か。そりゃあ、私だって怖かったさ。でもね、命をかける覚悟で来たんだ。逃げるわけにはいかないよ」

 

 イザベラは何でもないことのように言ってのける。でも、それがどんなにすごいことか。

 

「強い、ね。そっか、私とは違うんだ。イザベラは一人でもウリエルに……」

 

 あれ? イザベラ、こうなるって分かってたんだよね?

 

 自然に足が止まる。そしてイザベラも。

 

 くるりと振り返ったイザベラは、やっぱり意地悪そうに笑っている。

 

「あんたが素直な良い子で良かったよ。ただ、悪い男には気をつけなね。あんたはころっと騙されて貢がされるとか、普通にありそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

……あうぅ。人間、怖いよ。

 

 

 

 


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