混沌の使い魔   作:Freccia

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「――私の代理を含め、良くやってくれた。私としても鼻が高い」

 何時もは厳しい表情を崩さない父上も、今は幾分和らいだような表情だ。お父様が満足できるよう処理できたということだろう。それが認められたということは素直に嬉しい。何時もはそういったことがないだけに、尚更。

「ありがとうございます。そう言っていただけると、私としてもを骨を折った甲斐があるというものです」

「後のことは私に任せておけば良い。お前には学院の方を頼む。――後々のためにも重要なことだ。期待しているぞ」

「はい、お任せください。きっと期待に応えて見せますわ」

「わが娘ながら、頼もしいな」

 お父様が優しく微笑む。つられて、私も。

 ――期待には応えないとね。





第15話 Hangover

「――今回の件に関しては、私が正式に王室から派遣されることになりました。負担をかけることになってしまいますが、学び舎でありながら亡命者を受け入れていただいたこと、王室に代わってお礼申し上げます」

 

「君がそのようにかしこまる必要はない。なに、学院だからこそじゃよ。こういったときに率先せんで、人に教えるなどということはできんからな。――さしあたってのことはミス・ロングビルに頼んでおる。引継ぎはそちらから……と言いたいところじゃが、今日は体調を崩しておるらしくての。すぐにはと言うわけにはいかん。まあ、本当に必要な分はすでにやってくれておる。そう急がんでもいいじゃろう。君も王宮の方で奔走しとったはず。多少は休んだところでばちはあたらんじゃろうよ」

 

 学院長がカラカラと笑う。

 

「まあ、引継ぎ云々はともかく、お見舞いにはいきますよ。体調を崩したのは負担をかけてしまったせいかもしれませんし」

 

 

「……ふむ、まあ、そういうことなら。何か必要なことがあったら遠慮なく言っとくれ。できる限りの協力はするからの」

 

「ありがとうございます。そういっていただけると心強いですわ」

 

 こういう時には学院長は本当に頼りになる。普段からそうだったらいいのにというのは――贅沢だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 短くノックを三回続ける。

 

 

「……エレオノールです。少々構いませんか?」

 

 

「……どうぞ」

 

 少しだけ間をおいて返事が返ってくる。具合が悪いと聞いていた通り、声にもそれが表れている。返事を聞いて、ゆっくりと扉を開ける。

 

 ――換気はしてあるようだが酒のにおいが微かにある。

 

「二日酔いですか?」

 

 ベッドで半ば体を起こした状態のミス・ロングビルに言葉を投げかける。

 

「まあ、恥ずかしながら……。ちょっと、飲みすぎました……」

 

 ベッドの中で頭を押さえたまま口にする。

 

「――食事はどうされました? もしまだでしたら運ばせますが。もちろん、食べられるならですけれど……」

 

「ありがとうございます。でも、それについてはご心配なく。あとでシキさんが持ってきてくれますから」

 

 顔色に関しては良くないながらも嬉しそうだ。いつもの沈着冷静といった様子とは、ちょっと違う。

 

「……えっと、昨日はシキさんと?」

 

 何となく、気になってしまう。

 

「そうですね……。まあ、途中からですけれど。飲みすぎたのは自分のせいですし」

 

「そうなんですか」

 

「ところで、何か用事が?」

 

「――ああ、はい。学院に逗留されるアルビオン貴族の方々のことです。私がその責任者ということになりましたので、今までのお礼に。遅れてしまいましたが、本当にありがとうございました。おかげで、不自由をかけずに済みました」

 

「……いえ、それくらいは当然ですし、私にも、必要なことでしたから」

 

 かすかに微笑む。

 

「あなたにも?」

 

「ああ、大したことじゃありませんから。とにかくお気になさらずに」

 

 不意にノックの音が響く。

 

「……俺だが」

 

 聞き慣れた、そして、一番聞きたかった人の声が聞こえてくる。

 

「ああ、シキさん。どうぞ。今ちょうどミス・エレオノールも」

 

 ガチャリとドアが開かれる。

 

 二日酔いに合わせたものなのか、何かのハーブが使われているんだろう。あまり馴染みのない、独特の香りがする。そして、いつものように白いシャツと黒のパンツに身を包んだシキさんがお盆を片手にこちらへと。つい、部屋へと入ってくる様子をじっと見詰めてしまう。

 

 シキさんに、私は……。この前の出来事がまじまじと頭に浮かんでくる。私が、寝ているあの人に何をしたかが。

 

「――ええと、もともとお礼だけのつもりでしたし、私はそろそろ戻りますね。ミス・ロングビル、仕事の方は今日から私が引き継ぎますので、ご心配なく。細かいことはまた後日ということでよろしくお願いいたします」

 

 出口の方へ――当然、シキさんのいる場所へと小走りに向かう。

 

「まだ戻ったばかりだろう? 今日ぐらいは休んでいてもいいんじゃないか?」

 

 体を少しずらしながら、シキさんが問いかける。

 

「あ、え? ……ええと、そういうわけにもいかないですし。色々とやることもありますし、ここで失礼しますね。ミス・ロングビルのことはよろしくお願いいたします」

 

 そのまま振り返らずに、パタパタと駆けてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――初々しいですねぇ。多分、初恋じゃないんですか?」

 

 クスクスと楽しそうに笑う。

 

「もし、私とあの人だったら――どっちを選びます?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロングビルという人は優秀らしい。真っ先にやらなければならないことは短時間の間にほとんど終わらせてしまってある。

 

 生活スペースの確保、衣類といった必需品の支給、食料の追加の注文などなど。確かに必要最小限ではあるが、最初にここまでやれれば十分だ。今のままでもしばらくは問題はでないだろう。今の状況が急場を凌ぐためということを考えると、このまま現状を維持していくという形でもいいかもしれない。

 

 もちろん、優先順位が高いものが処理されているだけなのだから、やるべきことというのはいくらでもある。それでも、ミス・ロングビルのおかげで随分と楽になっているはずだ。改めてお礼を言わなければならない。

 

 問題なのは――シキさんのことだ。思わず逃げるように部屋を後にしてしまった。しばらくは、まともに顔をあわせられそうもない。もちろん、自業自得だということは分かっているが、なんというか……。思い出す度に顔が熱を持つのが分かる。誰かに見られていないか心配になるぐらいに。

 

 今は、やるべきことに集中しよう。お父様の仰ったとおり、今の仕事は重要なことだ。将来的なことを考えれば、決してないがしろにしていいものではない。やるべきことが多いだけに、余計なことなんて考えていられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあ、これもお願いね」

 

 ドサリと机の上に書類が積み上げられる。

 

「……はい」

 

 思わず弱気な返事になってしまうのも仕方がないと思う。言葉通り、紙の束が積み上げられたのだから。しかも、ほとんど全てにびっしりと書き込まれている。

 

 もともと、私は勉強だとかいったものは嫌いではない。加えて、ずっと自分に使える魔法がないかと古文書までをひたすらに読み漁ってきたのだから、むしろ、事務的な仕事は得意な部類に入るだろう。だからこそ、忙しそうなお姉さまを手伝おうと、事務仕事の手伝いを申し出た。だから、手伝えることがあるということ自体には何の問題もない。……ないのだが、多すぎる。いくらなんでもここまで仕事があるとは思わなかった。

 

 まずは亡命者の受け入れ予定先への挨拶状、十分にお金を持ち出してくることなどできなかったのだから、その分の手当ての申請書類、更には学齢期の亡命者の入学申請などなど。まさか、ここまで多岐に渡るとは思わなかった……。

 

 本当は相談したいこともあったんだけれど、とてもそんな暇がない。何より、お姉さまの方がずっと忙しくしているのだから。まずは、急ぎで必要なものだけでも終わらせてしまわないと。頑張れば、今日、明日中には……

 

「――これもお願いね」

 

 ドサリと、先ほどのものではないにしろ、結構な量の書類が追加される。

 

 ――明日中には、終わるといいなぁ。はぁ、とため息が漏れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間のかかる事務仕事をルイズに任せられるおかげで、随分と楽になった。魔法の才能に関しては――今となっては分からないけれど、こういったことに関しては安心して任せられる。もっとも、さすがに量が多すぎるのか、顔にはっきりと現れるぐらいに疲れているみたいだけれど。まあ、この子なら大丈夫でしょう。簡単に音を上げたりするような子じゃないのはよく分かっているから。

 

 ――そもそも、簡単に音を上げるなんて私が許さないし。

 

 ふと、控えめにノックがされた。休憩にも、ちょうどいい頃かしらね。

 

「入って頂戴」

 

 失礼しますと扉を開け、ワゴンを引いたシエスタが入ってくる。その上にはまだ焼きたてのクックベリーパイと紅茶の準備がされている。ルイズは頑張ってくれているし、少しぐらいはご褒美をと予め頼んでおいたのだ。

 

「ここに並べてもらえるかしら? ルイズ、そろそろ休憩にしましょうか。あなたの大好物のクックベリーパイもあるわよ」

 

 クックベリーパイの言葉に、ルイズはやや俯き加減だった顔を上げ、瞳を輝かせる。そう分かりやすく喜んでもらえると、素直に嬉しい。はしゃぐ様子を見ていると私も元気になるような気がしてくる。

 

 その間にも、シエスタが部屋の中心のテーブルにクックベリーパイを切り分け、そして二人分の紅茶を注いでいく。部屋中に紅茶とパイの香ばしい香りが広がり、食欲をそそる。やはり、疲れたときには甘いものが欲しくなる。ルイズは言わずもがな、私だって嫌いじゃない。

 

 ルイズは我慢しきれないのか、早速パイにフォークを伸ばしている。いきなりというのは行儀が悪いけれど、今日は頑張ってくれたし、まあ良いかしらね。幸せそうに口いっぱいに頬張るルイズを見ていると、私も我慢ができそうにないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぅ、満足」

 

 パイを半分、紅茶もお代わりをして、言葉どおり満足気にルイズが口にする。

 

「美味しかった?」

 

「はい」

 

 溢れんばかりの笑顔で返事が返ってくる。大好物のクックベリーパイを食べたら、疲れなんてどこかに行ってしまうんだろう。

 

 幸せな時間を邪魔する形になって悪いけれど、ちょうど良い機会だ、シキさんに聞く前に、ルイズに聞いておこう。

 

「ルイズ」

 

「何ですか?」

 

「このままだと、まず間違いなくトリステインはアルビオンに攻め込わ。シキさんが貴族派の戦力を削いでくれたおかげで、戦力差が完全に逆転したから。当然、お父様も兵を出すことになるでしょうね」

 

「……そうですね。それは避けられないんでしょうね」

 

 悲しげに口にする。ルイズも馬鹿じゃない。それくらいは分かっているだろう。そして、それが意味することも。

 

「それについては、シキさんはどう思うかしら?」

 

 気になるのはそのことだ。シキさんは戦争には関わる気がない、関わることを嫌っていた。でも、結果としてはシキさんの行動からトリステインは戦争を行うということを決めた。それについては、どう思うんだろう。

 

「……私たちがちゃんと考えて、それで決めたというなら、シキはたぶん、何も言わないと思います」

 

 寂しげに口にする。

 

「どういうこと?」

 

「うまくは、言えないんですけれど、シキは戦いそのものは否定しないはずです。どうしても戦わないといけない時があるっていうのは、私達なんかよりもずっと身にしみて理解しているはずですから。一緒に戦って欲しいとは……言えないですけれど」

 

「そう……」

 

 ルイズは、きっと私よりもシキさんのことを知っている。何にも知らない私とは違って。それがたまらなく羨ましい。できることならルイズから聞いてみたい。でも、ルイズの様子からすると軽々しく口にするような話でもないようだ。もし本当に知りたいのなら、シキさんに本人に聞くべきだろう。

 

「きっと、シキさんにも色々あったんでしょうね」

 

「……はい」

 

 つい、雰囲気が暗くなってしまう。これ以上この話を続けても仕方がないだろう。どうしたって憶測での話しにしかならないのだから。

 

 

「――そういえば、ミス・ロングビルとシキさんで昨日飲んでいたのよね。あなたも一緒だったの?」

 

「え、私は、一緒じゃなかったので……」

 

 視線をそらし、先ほどとはまた違った苦い表情になる。

 

「どうかしたの?」

 

 私を上目使いにうなり声をあげる。

 

「……シキ、帰ってこなかったんです」

 

「ん?」

 

「シキ、酔っ払ったミス・ロングビルを外で見かけて、危ないから部屋に送るって。でも、連れ添ったまま一晩帰ってこなくて……。だから、私は知らないんです」

 

「……送っていって、そのまま帰らなかったの?」

 

「……はい」

 

「……そう。きっと、朝まで飲んでいたのよね。ミス・ロングビル、今日は二日酔いだったし」

 

「……そうですね。きっと、朝まで飲んでたんでしょうね」

 

「……それだけ、よね」

 

「……たぶん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とてつもなく嫌な予感がする。

 

 何となくだが、そんな気がする。虫の知らせだとか、あるいは第六感だとか、言い方は様々あるだろう。昔、れっきとした人間だったころは時たま当たることはあっても、それに頼れるほどのものではなかった。当たることもあれば、裏目にでたり……。

 

 だが、今のそれは確かに信頼できる感覚だ。この言葉にできない何となくというものが何度命を救ったか。道の先に何か嫌な気配を感じた時、果たしてそこに待ち伏せている悪魔の姿があったことも。油断が死を招き、逆に敵の油断をつくことで生き延びた自分にとって、この感覚は何よりも信頼できるものだ。

 

 その勘が確かに何かがあると言っている。もちろんそれに従わない理由はない。だが、何があるというのだろう? 何かを避けなければいけないということは分かる。しかし、それが何かというのが全く検討がつかない。避けなければいけないほどのもの、それはなんだ? 自惚れでも何でもなく、そんなものはそうそうないはずだ。ましてや、この世界では。

 

 それなのに、今歩いている先、そっちに行ってはいけないと勘が言っている。何があるのか気になる、だが、あえて危険を冒す必要はない。余計な好奇心は身を滅ぼす。危険があると分かっているのなら、それに近づくべきではないというのは、今までの経験から学んだことだ。確かに危険を冒す必要があるときというのはあるだろう。だが、それは本当に必要があってこそのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なぜだ」

 

 ついそんな言葉が口から漏れる。あの後、何度となく嫌な予感がして、その度に避けていた。そんなことをしているうちに時間が経ってルイズの部屋へと戻ってきたのだが、なぜかその部屋こそ入るべきではない、何となくそんな気がする。ルイズに危険が迫っていて、急いで部屋に入るべきというのなら分からなくもない。だが、部屋に入るべきではないというのは分からない。扉を前にして考え込んでしまう。だが、どうしても分からない。ゆっくりとノブに手をかけ、音を立てずに少しずつ開く。

 

「――遅かったのね」

 

「――それに、二人でずっと探してたんですよ」

 

 例え中に誰かがいても見つからないように開けたつもりだった。だが、まるで待ち構えていたかのようにドアが開くと同時に声をかけられた。ルイズと、そしてエレオノールから。こうなると、こそこそするのもおかしな話だ。半ばまで開いたドアからいつものように入る。

 

「何か用があったのか?」

 

 さて、嫌な予感は当たるのか、できれば外れて欲しいものだが……。

 

「……え、まあ、用というわけでもないんですけれど、ちょっとお話が……」

 

 エレオノールがそう言いながら、珍しくルイズに視線を向けながら遠慮がちに口にする。だが、これもまた珍しく、ルイズが姉を睨むように強い視線を向けている。逆なら案外良く見かける――というよりも、しばしばなのだが。そんな視線を向けられたエレオノールが、ぎこちなく視線を戻す。

 

「……えーと、その、ですね……」

 

 言葉の端々で視線を下に向けながら、ゆっくりと続ける。これもまた珍しいことだ。

 

「……その……、まずはこの国とアルビオンとのことで報告しないといけないかなぁと思いまして……」

 

 それは確かに知っておくべきことだ。今の態度と、話すことが一致しているかは疑問だが、それはまた別の話だ。

 

 アルビオンという国で起きたクーデターの大まかな内容、そして、この世界の統治の形態はそれなりには把握している。そして、それから導かれる道筋も。結果的に、思った以上に関わってしまったのだから、知らないでいるわけにはいかない。

 

「戦争になるのか?」

 

 疑問をそのまま投げかける。

 

「はい。統一を謳うレコンキスタと相容れることは不可能です。今が攻め込む好機となれば、近いうちに……」

 

 口にしたあと、遠慮がちにこちらを見る。

 

 言いたいことは分かる。最後の一押しをしてしまったのは自分だということは。言い訳をしようと思えば、もともとそうなるものだったということはできる。だが、それは言い訳でしかない。単なる足止めのつもりだったが、自分と、そして仲魔達が持っている力を過少評価しすぎていた。そして、忘れていた。多少魔法が使える程度では、人では悪魔に対抗できないということを。ましてや、ウリエルにティターニアともなれば。

 

「シキが気にすることじゃないわよ。民のことを考えないあいつらは放っておくことはできなかったもの。でも、もし戦力がそのままだったら戦いは厳しいものになっていたわ。シキがどう思うかは分からないけれど、結果を考えれば最良だったはずよ」

 

 ルイズがこちらをじっと見据え、断言する。励ますつもりというのももちろんあるだろう。だが、それ以上にルイズ自身が正しいと信じている――目がそう言っている。

 

「――そうか」

 

 そう言ってくれると、少しは気が晴れるというものだ。それに、ルイズは強いな。

 

「じゃあ、この話はこれでおしまい。こうなった以上、私達にできることはないもの。シキもこれ以上は関わるつもりはないんでしょう?」

 

「……そうだな」

 

 ふと、嫌な予感がした。

 

「――ねえ」

 

 ルイズがこちらへと近づいてきて、何時もの、何かお願いするときのように見あげる。

 

「何だ?」

 

「お姉さまも久しぶりに戻ってきたんだし、一緒に食事にしましょう。せっかくだから、料理を運んできてこの部屋で」

 

 ルイズが楽しそうに笑う。確かに、それもいい。

 

「そうですね。たまにはそういうのもいいですよね」

 

 何時もならあまりそういったことには興味がなさそうなエレオノールも乗り気だ。

 

「それもいいか」

 

 三人でというのはあったようでなかったから、せっかくだ。――ただ、嫌な予感がするのはなぜだ?

 

「――じゃあ、お酒も準備しないと」

 

 ルイズがこちらを見ながら、クスクスと楽しそうに笑う。

 

「――シキさんはお酒には強いんですよね?」

 

 エレオノールも同じように。

 

「……ああ、まあ、それなりには……」

 

「――そうよね。昨日はずっとミス・ロングビルと飲んでいたんだし。まさか帰ってこないとは思わなかったなぁ」

 

 ルイズが表情を変えずに口にする。

 

「――そういえば、ミス・ロングビルは二日酔いだったそうですね。一緒に飲んでいたから朝食をシキさんが運ばれていたんですよね。優しいですねぇ」

 

 ――エレオノールも。

 

「いや、まあ、成り行きというか……」

 

 何となく、一歩あとずさる。

 

「――でも、夜に女性の部屋でっていうのはちょっとねぇ」

 

「――やはり学院ですから、問題はありますよねぇ」

 

 二人が、一歩近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――嫌な予感は、これか? 

 

 

 ……逃げるか?

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、ルイズ。シエスタにでも食事とお酒を三人分運ばせて頂戴。お酒は多い方がいいかしらね? 何せ、一晩分だしね」

 

「――そうですね。今から行ってきます。シキはこの部屋で待っててね」

 

 ルイズが横を通り抜け、パタパタと駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だからね、何度も言っているけれど、夜に女の人の部屋に行くっていうのはぁ、いけないと思うの」

 

 トン、とグラスをテーブルに置く。

 

「……そうだな。確かにそれはまずかったと思う」

 

「……私はシキのことは信じているし、変なことはしないと思うの」

 

「……………………ああ」

 

「……でもねぇ、やっぱり駄目なの。――うん、駄目。誰がどう思うか分からないし、そういうことはちゃんとしないと駄目なの。……そうでしょ?」

 

「……そうだな」

 

「……あ……ふ……。シキ……ちゃんと聞いてる? 夜に二人っきりって言うのはそういうことなの。だから、駄目。私を置いていくっていうのも駄目なの」

 

 欠伸を噛み殺しながらルイズが口にする。睨むようにとこちらをじっと見ているが、胡乱な目は焦点があっていない。飲んだ量が量なだけに、そろそろ限界だろう。実際、シエスタが持ってきた酒は三人分というには随分と多かったが、もうすでに大半が消費されている。――ルイズはあと一押し。あとは……

 

 ちらりとエレオノールに目をやる。こちらはちびりちびりと飲むタイプのようだ。一度に飲む量は少なくても、休まずに飲んでいるだけあって、ルイズ以上に飲んでいる。最初こそ饒舌になっていたが、絡み酒であるルイズとは違って、酒が入るとおとなしくなるらしい。しばらく前から黙って飲んでいる。ただ、その手は止まる様子がない。

 

 ルイズが寝たら、切りがいいところで部屋へと送ればいいだろう。実際問題として何も解決していないかもしれないが、とにかく、これでしばらくは大丈夫なはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ルイズ……寝ちゃったんだ」

 

 ルイズを見て、エレオノールが口にする。いつもとは違って、動きも口調も緩慢になっている。こちらも、そろそろ限界だろう。

 

 テーブルに突っ伏したまま寝てしまったルイズを、椅子の後ろから抱き上げベッドへと運ぶ。さすがにそのままの格好で寝るというわけにもいかないだろうから、着替えも準備する。着替えさせるというのも久々な上に、寝たままというのは初めてだが、まあ、できなくもない。華奢なルイズなら片手で抱えてというのも難しくはないのだから。

 

「――じゃあ、そろそろお開きだな」

 

 着替えを終わらせたルイズをベッドに寝かせ、エレオノールに振り返る。

 

「……ん、そうですね。部屋に……戻ります」

 

 ふらふらと立ち上がる。もちろん、危なっかしくて一人では歩かせられない。倒れそうになる体をすぐに支える。もしかしたら嫌がるかとも思ったのだが、案外素直に肩に寄りかかる。

 

「………………じゃあ、お願いします」

 

 ルイズの部屋を出て、体を支えながらゆっくりと廊下を抜ける。誰もいない学生用の寄宿舎の廊下を抜け、一旦外へ出てから教員用の寄宿舎へと。

 

「――鍵は?」

 

 エレオノールの部屋の前でたずねる。

 

「今……開けます」

 

 たどたどしい手つきで鍵を取りだし、扉を開く。明かりがないので暗かったが、エレオノールの一声で明かりが灯る。なかなか便利なのものだ。灯った明かりに部屋が照らされる。何となく、しばらく前に見たときと印象が違う。

 

 それなりに整理されているようだが、書類の束がそこかしこに山になっており、どうしても散らかった印象を受ける。仕事の量が多いだけにそこまで気にする余裕がないんだろう。

 

「…………散らかってますねぇ」

 

 視線から何を思っているのか分かったのか、ぼんやりと口にする。

 

「……これだけ仕事があれば仕方がないだろう。手伝えることがあったら言ってくれ。字は読めないが、力仕事だとかならどうとでもなる」

 

「……じゃあ、明日……お願いします」

 

 もうそろそろ限界なのか、目を閉じて、言葉も途切れ途切れになっている。

 

「――着替えは?」

 

 いつものようにブラウスとロングスカートのままであり、さすがに寝るには不向きだろう。

 

「……着替え、ないと。……あ、そうだ。早速……手伝ってください。着替えは……そこに」

 

 言うだけ言うと、力尽きたのがもうすでに寝息を立て始めている。しかし……

 

「――俺が着替えさせるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャッ、とこきみよいおとがひびき、かおにひかりがさしこむ。

 

「……あう……」

 

 いつもならすがすがしいはずのそれも、きょうはなんだかうっとうしい。それに――なんだかあたまがいたい。あたまからもうふをかぶる。

 

「――朝食はどうする?」

 

 だれかがたずねる。

 

「……いらない。……あ、でも、ハーブのはいったあれなら……いいかも」

 

 きのう、シキさんがもってた――あれならたべられそうなきがする。うん、たべられそう。

 

「――あれか。まあ、ルイズの分も一緒に作ればちょうどいいか。じゃあ、できたら持ってくる」

 

 だれかがそういうと、へやをでていく。

 

 ……ん、そういえばだれなんだろう? まあ、いいや。いまは……あんまりかんがえられそうにないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて、厨房を借りて作ってくるか。飲ませたのは……俺だからな。二人とも昨日のことは忘れてくれていたら助かるんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先にルイズの部屋へと持ってきた。部屋に入ってみると、ルイズが寝起きのまま、ベッドの上で上半身を起こしている。起きてすぐはまともに会話もできない様子だったが、今は大分ましになったらしい。しっかりと二日酔いにはなっているようだが、案外しゃんとしている。

 

「――食べられそうか?」

 

 ルイズの口元へスプーンを近づける。さっき作ってきた、ハーブ入りのお粥のようなものだ。米を野菜のように使ってあって、薄めのリゾットといえば近いかもしれない。少し味は薄めに作ってあるが、それを補うようにハーブの風味があり、これはこれで面白い。このハーブは二日酔いにも効果があるらしいので一石二鳥だ。昨日二日酔いに合ったものはないかと聞いて作ってみたのだが、ロングビルにも好評だった。

 

「……あむ……」

 

 可愛らしくルイズが口にする。

 

「……どうだ? 一応、俺が作ってみたんだが」

 

 自分で作ったのでやはり評価は気になる。

 

「……お代わり」

 

 どうやらそれなりに気にいってくれた様だ。素直に嬉しい。

 

「気にいってくれて何よりだ。ただ、ちょっと自分で食べていてくれるか? 冷めないうちにエレオノールにも持っていかないといけないからな」

 

「……お姉さまも、二日酔い?」

 

「……ああ。ルイズ以上に飲んでいたから、もっと酷かったな」

 

 少なくとも、寝起きの様子はそうだった。

 

「うわぁ……。でも、ちょっと見てみたいかも。お姉さまが隙を見せるなんて滅多にないし」

 

 驚いたように口にする。確かに普段は完璧に振るう舞うだけに、家族でもなかなかそんな様子は見せないのだろう。

 

「――まあ、そういうわけだから、行ってくる」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 念の為とノックをする。まあ、予想通り返事はなかったが。もしかしたら、また寝てしまったのかもしれない。

 

「………やっぱり寝ているのか」

 

 部屋へと入ってみると、ベッドの上に毛布が丸くなっている。作ってきたものをテーブルへと置き、ベッドへと近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん?

 

 だれか、ちかづいてくる。

 

 ゆっくりとめをあける。めがねがないから、よくみえない。

 

 

「――起きたのか。朝食を作ってきたんだが、食べられそうか?」

 

 

 シキさんだ。

 

 そっかぁ、さっきのもシキさんだったんだ。

 

 それに、わざわざつくってくれたんだ。

 

 なんだかうれしいなぁ。

 

「――はい。せっかくつくってくれたんですから」

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 ゆっくりとからだをおこす。あたまはちょっといたいけれど、まあ、いいや。ねたままじゃたべられないし。

 

 おかゆなのかな? シキさんがスプーンですくってめのまえにちかづけてくれる。たべさせてくれるんだ。そういうのっていついらいかなぁ。……わかんないや。でも、きのうはきがえも……

 

 

 ……きがえも

 

 

 ……着替えも?

 

 そっと視線を落とす。いつものように、ちゃんとキャミソールに着替えている。……いつものように、下には何もつけていない。着替えさせたのは……。ゆっくりと視線を戻す。シキさんがスプーンを持ったまま、こちらを不思議そうに見ている。

 

 

 

「…………あむ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………寝ぼけていたことにしよう。

 

 じゃないと――生きていけない


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