DEMインダストリー、イギリスに本社を置く顕現装置リアライザやCR-ユニットの開発をおこなう世界で最も有名な巨大企業だ。本社のビルは天高く屹立として建ち並ぶビル群の中でも頭一つ飛び抜けた高さをしている。最上階は驚く程に見晴らしが良く、イギリスの都市を一望出来る。社業務執行取締役アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは華やかな社長室ではなく、ヘリポートなどがある屋上にいた。白髪を風になびかせながら整った顔を上げて何かを見上げた。
「私は神の啓示を受けた身だ。私は人を見る目に関しては人後に落ちない。君の力は私達に大いに役立つだろうと思っている」
アイザックの目線の先には鉄の巨人が堂々と立っている。赤と白色のカラーリングに背中には小さな翼があり、細身で格好の良いスタイルをしている。巨人と言えどもグリムロックに比べればかなり小さい。アイザックの言葉に気分を良くしながら口の端をつり上げて航空参謀スタースクリームは笑った。
ディセプティコンのナンバー2にして最大の裏切り者である航空参謀スタースクリームが何故、地球にいたのかその経緯はずいぶんと遡る。
セイバートロン星、ショックウェーブの研究所では捕らえられたグリムロック等を地球の恐竜と掛け合わせる実験をおこなっていた。
メガトロンが戦闘で意識不明となりニューリーダーを名乗ってディセプティコンを好きにしていたスタースクリームだったが、メガトロンは復活、リーダーの座を追われたのだ。己の力に絶対の自信を持つスタースクリームはディセプティコンに刃向かう、その過程でショックウェーブのラボに侵入し、拘束されていたグリムロックを懐柔しようとするものの、聞き入れてもらえず体を掴まれてボールのように壁にぶつけられて気を失ったという訳だ。
元オートボットだったが、スタースクリームはグリムロック等とは殆ど面識が無い。スタースクリームは打った頭をさすりながら目を覚ました。
「んっ……ここは……。あ、あの図体だけのポンコツオートボットめ! よくもこの俺の提案を無視して酷い目に合わせやがったな!」
体の節々が痛むもなんとか起き上がって敵がいないか確認しながらすぐ近くのドアから通路を覗いた。その先には紙切れのようにひしゃげた鉄のドアや粉々に粉砕されたディセプティコン兵士の残骸が道を作るように散らばっていた。一度振り返って、グリムロックを捕らえていた拘束具に注意を注ぐと、やはり拘束具は引きちぎられてパチパチと火花を散らしている。
グリムロックという強大な怪物を作り出したショックウェーブに呆れながら、スタースクリームは右腕を変形させて二連装のアサルトライフルを出すとディセプティコン兵士の死骸を避けながら歩いた。
スタースクリームが寝ている間にセイバートロン星の状況は大きく変わった。何年か前にメガトロンがセイバートロン星の中枢、すなわちプライマスにダークエネルゴンを流し込んだ結果、この星は再起不能レベルの深刻なダメージを負った。オートボットとディセプティコンは、この星を去る決断をしたらしく両陣営のリーダーは今はこの星にいない。
「さてと……ショックウェーブのラボまで来たが、あのヤローはいったい何の研究をしていやがったんだぁ?」
スタースクリームはショックウェーブのコンピューターを使い、彼の昔の研究などを見ていた。あらゆる生物兵器、各惑星の生物の研究データ、その中にはダイノボットの研究とスペースブリッジの設計図も乗っていた。
「スペースブリッジ? ああ、あのバカデカいエネルギーばっかり食らう無駄遣い建築か。ったく、あんなもんに時間を割くンならもっと別な物に時間を割きやがれ」
ブツブツと独り言を言いながら他のデータを見ているとその中に地球のデータも見つかった。一切の手が触れられていない未精製のエネルゴンが無尽蔵に存在する星だ。当然、スタースクリームはこの星に目をつけた。
「地球だと、酷い名前だ。しかし……今やセイバートロンにゃあ俺様しかいないみたいだしな」
メガトロンもオプティマスも居ない星、スタースクリームは既にこの星のトップになったつもりで口元が歪み、堪えきれずに笑い出した。
「アッハハハハ! 地球のエネルゴンと誰もいないセイバートロン、コイツぁ最高だぁ! 地球にはここを再建するに十分なエネルゴンが眠ってやがる! さて、じゃあまずはどうやってこの星まで行こうか……」
そう言いながらスタースクリームはショックウェーブのスペースブリッジに目をつけた。巨大な塔と莫大なエネルゴン、大掛かりな仕掛けこれらをもっと効率的で尚且つエネルゴンの使用量を削減した物を作り出せば地球への道は開かれる。スタースクリームの科学者としての知識を活用しながら、普段とは大違いの手際の良さで設計図を書き上げて行く。
「見ていやがれメガトロン! どっちが有能な司令官か教えてやる。この星を俺が再建すれば誰もが俺に感謝せざるを得なくなる。正義面のオプティマス・プライムにも一泡吹かせられるってもんだ」
昼夜を問わず、小さなエネルゴンをかき集めては実験を、かき集めては実験を繰り返してスタースクリームはスペースブリッジの改良に勤しんだ。
ある日、スタースクリームはオートボットの首都アイアコンの上空を飛んでいた。普段ならば激しい対空砲火の洗礼を浴びる所なのだが、兵士の居ない町は非常に静かな物だ。ダークエネルゴンの爆撃やトリプティコンの砲撃で甚大な被害を被ったアイアコンにスタースクリームが立ち寄った理由は一つ。オートボットからも技術を盗もうというのだ。
スタースクリームが訪れたのは前オートボットの総司令官、ゼータプライムの書斎だ。戦争の被害でかなり内部は痛んでいる。棚に収納されたデータを読みながらスタースクリームは神聖なるゼータプライムの書斎を歩き回っていると、赤色の赤外線がスタースクリームの頭に狙いを定め、光弾が空中を走る。
身をかがめて敵の攻撃を回避して相手が何者かを確認した。
「あぁ? アイツはそうか、さてはゼータプライムの部屋を守るガードロボットだな?」
右腕のアサルトライフルからスナイパーライフルへ変形してスコープを覗き、一瞬でガードロボットのスパークに狙いを定めて撃ち抜いた。ガードロボットはガクガクと体を震わせた後に爆発を起こして四散した。
「ガードロボットがいるってコトはゼータプライムの私室まで近いって事か」
再びデータを読みながら歩いていると一際立派な扉にぶつかった。額にはゼータプライムと書かれてありスタースクリームはそこが私室であると判断して、ドアに爆弾を取り付けて破壊した。流石は総司令官の部屋、機能面以外にも華やかさを出す為に高級な品が置いてある。スタースクリームはゼータプライムの椅子に腰掛けてふんぞり返った。
「良い椅子座ってやがるじゃねーか。さぁてデータデータっと」
ゼータプライムの机を漁っていると一枚の画像データが出て来た。ファイルを開いてみると小さな人間の男の子の写真だ。にこやかに可愛らしい笑顔をしている。
「人間かいらねーやこんなの。ゼータプライムのガキかぁ? タカミヤ……シドウ……ええい地球の字は読みにくい!」
スタースクリームは画像を消去して他のデータを探った。
しかし、技術的な内容出て来なかった。代わりにもっと重要なデータが手には入った。愚か者のスタースクリームでも理解が出来る。この星を救う事が出来る重大な秘密だった。
ショックウェーブのラボへと帰って来たスタースクリームはそれから独自のやり方でスペースブリッジの改良に成功、晴れて地球へと現れたのだ。
ついでにスペースブリッジ改良の際に会いたくもない連中とも再会を果たしてしまった。
五河家の二階の部屋の前に士道は立ってドアをノックしていた。
「十香、悪かったって俺の話を聞いてくれよ」
「うるさい、私などより四糸乃といる方が良いのだろうあっちいけバーカバーカ!」
グリムロックが四糸乃を助ける際に十香を安全な所に置いたは良いがそのまま夜遅くまで放置された十香は家に帰るなり、お菓子ときなこパンをかっさらった拗ねて、部屋に立てこもってしまったのだ。士道は「何で俺が」と思いながらも面倒を見切れなかった責任と気付いてあげられなかった罪悪感から十香に声をかけ続けている。
「う~ん、どうしたら良いのかな……」
「俺、グリムロック。女の子放置するの酷いと思う」
「お前が放置したんだろうがぁ~!」
廊下の先にある窓から見ているグリムロックに向かってそう叫んだ。なんだかんだで二回程、グリムロックに殺されかけたが四糸乃の一件で認めてくれて士道に危害を加えるような事はしない。
「グリムロックもどうしたら良いか考えてくれよ」
「俺、グリムロック。女の子の気持ち分からない」
「だよね」
現在、グリムロックは山奥で住んでおり毎日こうして四糸乃の様子を見に降りて来るのだ。今は急ピッチでラタトスクが五河家の隣にトランスフォーマーと精霊用の家を建設している。
「士道、十香をデートに誘えば良いと思う!」
「誘っても来てくれないよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
どうすれば十香の機嫌が良くなるのか士道は何度も考えてみたが話を聞いてくれないのであればどうしようも無い。
「俺、グリムロック。食べ物でおびき寄せる」
「そんな単純な奴かよ」
「試してみる」
グリムロックは今朝釣って来た新鮮な魚を取り出して微弱な火を吐いてじっくりと火を通して行く。廊下の窓を開けて匂いが入りやすいようにしてから士道は階段に隠れて見ていた。魚は焼けて皮がパリッと割れて美味そうな香りが十香の部屋に流れて行く。しばらく焼き魚の香り攻撃を続いていると固く閉ざされた十香の部屋が開いた。
「嘘だろ……」
本当に食べ物で釣れて士道は内心かなり心配になった。
辺りを警戒するようにして注意深く見回し鼻をヒクヒクと動かして部屋から出て来た。匂いを辿って行くとグリムロックが外で魚を焼いているのが見えた。十香は涎を垂らして物欲しそうに見詰めていた。
「美味そうだな……」
「と、十香」
「む、シドーか。ふん、お前は四糸乃と話していれば良いだろう」
十香はそっぽ向いてしまう。
「なあ十香、悪かったと思ってるよ。ごめん、気付いてあげられなくて」
「そんな事は良いのだ! 私はお前が他の女に……」
最後まで言葉を言い出せず、黙り込み部屋の中に閉じこもってしまった。
「魚で釣れたな」
「正直かなり驚いてる」
グリムロックは尻尾を器用に使って頭をポリポリとかいた。
「俺、グリムロック。十香の事を任せて欲しい」
「え?」
そう言うなりグリムロックは尻尾を壁に突っ込ませた。五河家の壁に大穴が空くとそこから襟に尻尾を引っ掛けて十香を持ち上げた。
「グリムロック、荒っぽいのはやめろよ!」
「何をするグリムロック!? 離せ、離さんかー!」
「俺、グリムロック。心配するな」
心配するなと言われても心配しか残らない。十香を背中に乗せてグリムロックは玄関を跨いで出て行ってしまった。不安だが、グリムロックはあの人見知りの四糸乃が懐く程だ。士道はひとまず十香の事は任せる事にした。
DEM社の特設の会議室は社員や幹部を集めて今後会社をどうして運営して行くかなどを話し合う場として設けられている。部屋の最奥部に腰掛けるアイザック、そしてその両脇には秘書のエレン・ミラ・メイザースとそしてスタースクリームが立っていた。アイザックがこの二人をここへ呼び出したのは、とある映像を見せる為であった。
会議室には壁一面の巨大スクリーンにアイザックが用意した映像が映し出された。その映像とは天宮市のASTと四糸乃とグリムロックとの戦いを記録した物だ。最初は四糸乃とASTの小競り合いにスタースクリームはつまらなさそうに見ていたが、グリムロックが映像に出て来た時、目の色を変えた。
「グリムロック!?」
「おや、この恐竜と知り合いかい?」
「知り合い? んなもんじゃねえ、元同僚で俺様に襲いかかって来たイカレた野郎だ」
「スタースクリームはこのグリムロックって言うのについてどこまで知っているんだい?」
「色々知ってるぜ、アイザック。コイツは元々一つの部隊だ。それでコイツはそのリーダー。コイツ等に八つ裂きにされた俺の仲間は後を絶たねえ」
アイザックとエレンはそのまま、グリムロックの戦いを見ていた。パワーも防御も桁外れ、そこからビーストモードに変形してからその強さに更に磨きがかかる。ビル群や山を貫いた様を見た時は、アイザックも感嘆の声を漏らした。
「エレン、これに勝てるかい?」
「……答えかねます。しかし、敗北だけはしないでしょう」と、うそぶいた。
「そんで、俺様にこの映像を見せてどうしようってんだ?」
「この映像は今度、天宮に送る部隊に見せる物だ。肝心なのはもう一つの映像だよ」
次に映されたのはグリムロックの地球生活初日の十香と戦っている映像だ。グリムロックが戦っている映像などスタースクリームは一つも面白くもない。興味の無さそうな目つきで見ていた。
「エレン、映像を止めてくれ」
「はい」
「スタースクリーム、ここでグリムロックの言っているダークエネルゴンとは何だね?」
ダークエネルゴンに関する知識で言えばスタースクリームはエキスパートだ。ダークエネルゴンがどれだけ危険な物かを目の当たりにしている。
「膨大なエネルギーを生み出す物質だ」
殆ど嘘だ。スタースクリームはアイザックからメガトロン以上の危険な匂いを嗅ぎ取っていた。だからスタースクリームはアイザックにはダークエネルゴンの全容を教えなかった。本来のダークエネルゴンは死に絶えた物を復活させ生者に使えば死者への支配権が得られる。更に機械へ注入すれば自我に目覚め尚且つ、凶暴性が高くなり分別もなく暴れだすのだ。スタースクリームが研究の末に得た結果だ。
危険過ぎるこの物質を同盟者とは言えアイザックのような人間に教える訳にはいかない。
メガトロンは力とカリスマ性で部下を従え、それに心酔して部下はついて来る。
アイザックは力と恐怖による支配で部下を押さえつける。それにアイザックにはメガトロン程の寛容さは無い。裏切り行為には絶対の報復をおこなう。
メガトロンとアイザック、両者は共に組織を率いる者だし力による支配と似ているが、スタースクリームは明らかに両者の性質が全く別物だと評していた。
「スタースクリーム、ダークエネルゴンについて本当にそれしか知らないのかい?」
「ああ、知らねえな」
嘘を吐く事を得意中の得意にしているスタースクリーム。アイザックは嘘を見抜くのが上手い。両者は互いの目を見つめ合い、真意を隠そうと、真意を探ろうとしている。少しの間、沈黙が続いてからアイザックは柔和な笑みを浮かべ、スタースクリームは下卑た笑みで応えた。
同盟同士のアイザックとスタースクリーム、だがアイザックが簡単に他者を信頼する筈がない、スタースクリームも同じだ。笑顔で肩を組んでいるようですぐにでも首を取れるように刃物を忍ばせているような関係だ。
グリムロックに無理矢理連れて行かれた十香は河辺に座って一緒に対岸を眺めていた。
「十香、士道悪くない、許してやって欲しい」
元を辿れば放置して帰ったのはグリムロックだ。その事についてはグリムロックも悪く思っているようで頭を下げている。どうやら十香が機嫌が悪いのは放置された事ではないのだ。「う~む、私はもう怒ってない。何だろう、シドーが四糸乃と仲良くしていると、こう……胸の中がズキズキするというか……シドーがどこかへ行ってしまうような……」 嫉妬心から来ている感情だが、十香はこの気持ちを上手く言葉に出来ない。グリムロックも疑問符を浮かべている。恋愛感情に理解の無いグリムロックに十香の話はかなり難しい。
「俺、グリムロック。士道はどこかへ行くような奴じゃない」
「……しかし、私よりも四糸乃を気にかけているし……」
「士道は四糸乃を助けるのに、精一杯だった」
「うむ……私はどうしたら良いかな? 私も早く士道と仲直りしたいのだが……」
「俺、グリムロック! そう言うことなら任せろ!」
グリムロックは立ち上がると十香をその場に置いてからどこかへと走り去る。そこからしばらく待っているとグリムロックに摘まれた状態でもがいている士道の姿があった。河辺に戻って来ると士道を十香の前に下ろしてやった。
「俺、グリムロック。ギスギスしたの嫌い」
多少の無茶にも対応出来るようになった士道は十香の目を見た。
「し、シドー!」
「はい、十香!」
「私も小さな事で怒り過ぎた、すまん。シドー、こんな私を許して欲しい」
「十香……お前を気にかけてやれなかった俺も悪かったよごめんな」
士道が手を差し伸べると十香はそれに応えるように握手を交わした。ひとまず二人の仲の壁は解消されてグリムロックは満足げに頷いていた。
だが――。
「うっ……」
グリムロックが珍しく脚をもつれさせた。ただ何かにつまずいた用にも見えるが、この時グリムロックの体内で異変が起こっていた。