デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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 約1年間ご愛読ありがとうございました。本作はこれにて完結になります。



52話 Til All Are One

「ジャズ様、結婚式の日取りはどうしやがりますか?」

 ベランダに置かれたガーデンチェアに腰を落として真那は結婚式のパンフレットを片手に突拍子もなくそんな事を口走った。結婚式と言われて流石のジャズも困惑し、隣にいるクリフジャンパーは腹を抱えて笑った。

「アハハハ! 結婚!? ジャズって人間と結婚するのかよ!」

「愛に種族は関係ねーですよクリフジャンパー!」

「あ~悪い悪い、別にバカにはしてないぜ?」

「そもそも真那、キミは適齢期に来てないだろ?」

「では適齢期が来ればしてくれやがりますか!?」

 キラキラと真那は目を輝かせて聞いて来る。ジャズは困ったようにクリフジャンパーに目をやるが、笑っているだけで助け舟は出してくれない。

「良いじゃないか、こんなに可愛い子がお嫁で」

「おいおい、他人事だと思って言いたい放題だな。じゃあ、適齢期が来たらね?」

「本当でやがりますか! その言葉を忘れませんよ」

「フゥー! マジかジャズ! 歴史上初だぜ!? こりゃあ盛り上がって来たぜ、ヒャッハー!」

「浮かれすぎだクリフジャンパー」

 やれやれとジャズは首を横に振っているとオプティマスから通信が入って来た。

「はい、こちらジャズ。はい……わかりました。すぐ行きます」

 通信を切りジャズは肩を回した。

「オプティマスから何て?」

「仕事だ。キミも一緒にだ。探索に行って欲しい地区があるらしい。じゃあ真那、また二、三日したら帰るからね」

「はい! お仕事頑張って下せぇ!」

「ささっと済ますか」

 クリフジャンパーは背伸びをしてから拳をジャズの方へ向けるとジャズも握り拳を作ってガツンとぶつけ合った。

 

 

 

 

 セイバートロン星が戦前の姿を取り戻すまで恐ろしく時間がかかるだろう。オートボットがディセプティコンに勝利したという情報は宇宙に散って行ったオートボットに伝わり、セイバートロン星へと帰って来ている。

 宇宙に散るディセプティコンは投降、もしくは隠れて小さな反動勢力として動いているもののメガトロンという偉大な司令官がいない今、ディセプティコンは烏合の集に過ぎなかった。

 オートボットの首都、アイアコンの再建工事の指揮を取るパーセプターは金属の輝きを取り戻しつつあるアイアコンを見て歓喜に満ちていた。

「アイアコンの再生ももう直ぐですな司令官」

「ああ……」

 首都が再建されるというのにオプティマスの顔は酷く沈んでいた。

 それは遡る事、一週間前だ――。

 

 

 

 

「オプティマス、話があるんだ」

 深夜遅くに基地に士道がやって来た。

「どうしたんだ?」

 士道はいつもみんなが座っているソファに体を預けた。

「セイバートロン星をこれから復興させるんだよな?」

「そうとも、私もこのマトリクスを外してプライマスに返す。プライマスが蘇ればセイバートロンに再びエネルゴンが溢れ出す」

「いや……それだけじゃあ戻らないんだ。オプティマス」

「知っているとも。キミにはプライマスの意識が宿っている。パーセプターに切り離す話を進めて――」

「ダメなんだ」

「何がダメだと言うんだ?」

 オプティマスは首を傾げた。

「プライマスは宿ってない。俺はだんだんプライマスと融合していた。オメガスプリームに診てもらった」

「プライマスと融合……!?」

「だからさ……」

 士道は手を広げるとそこに一瞬だけ小さな光が瞬いた。すると何のキャラクターかわからないが、可愛いらしいぬいぐるみが出現した。七罪の変身能力ではない。

「……」

 オプティマスには士道がやった行為が理解出来た。

「無から何の対価も払わずに創り出す事だって出来るんだ」

 創造主プライマスと融合を果たした士道はもはや人ではない。その融合の度合いは深く、切り離す事は出来なくなっていた。

 神の力、全知全能という言葉さえ安っぽく聞こえる絶対の力を一人の少年に託された。

「セイバートロンにはここよりも遥かに優れた施設がある。パーセプターや他のオートボットの科学者が解決策をあみ出せるかもしれない。士道はこのまま学生として――」

「良いんだ」

 オプティマスの言葉を遮り、士道は言った。

「俺はプライマスをセイバートロンに帰す」

「何を言っている。私達の星を救う為に人間を犠牲に出来る筈がない! キミは私達の友だ。友を犠牲になど……!」

「友達だから……。オプティマス、あなたは今まで地球のために何回も命をかけてくれた。人間が裏切ってもそれでも助けに来てくれた……。今、この恩を返したい」

「私達は見返りを求めてやってはいない」

「俺はみんなに何もしてやれなかった」

「キミは生きて、私達に元気な姿を見せているだけで良いんだ。キミの犠牲の先の復興など……」

「犠牲なんて言うなよ! これは俺の意志なんだ!」

「やはり……認められない」

 

 

 

 

 そんな会話を交わしてからというものオプティマスは毎日のように悩む日々が続いていた。

「司令官、顔色が優れませんな。どうしました?」

「何でもない」

 悔いはない。本人がそう言っているがオプティマスは胸に引っかかっていた。セイバートロンの戦争に地球を人間を巻き込み、士道のこのまま何十年もある人生を歩む筈がそれを断ち切る結果になる。

「パーセプター、この場を預けて良いかい?」

「ええ、構いませんよ」

 オプティマスは通信機を使い、誰かと話し始めた。パーセプターは何か打ち合わせでもしていると思い、気にせずに指示を送っていた。

 通信が終わってオプティマスはトラックへトランスフォームした。煙をあげてアイアコンを出て行き、まだ復興の手が伸びていない荒野を走行した。屑鉄の山を越えてオプティマスがついたのはダイノボット達の住まいだ。

 元々はオートボットの前哨基地だが、そこを改装してダイノボットが住み着いていた。人一倍大きな体躯を誇るグリムロックに合わせてドアも大きく作られて、オプティマスはドアを叩いた。

『すぐ行くぞ』

 中から声がした。グリムロックはドアを開けてオプティマスを迎え入れ、改装された前哨基地の内部は戦いの痛手がまだまだ濃く残っている。全体的に軋みが酷く、歩くだけで天井からパラパラと金属片がこぼれた。

「適当にかけてくれよ」

「わかった。スラッグ達はどうした? お前一人だけなのか?」

「俺以外は出払ってる。この前哨基地をもう少し改築する為にな」

「一から作った方が早そうだな」

「それは俺等には無理だぜ。それで話したい事は? 俺もあんたに言いたい事があるし」

「じゃあ話そう――」

 オプティマスは士道から聞いた意志、今の現状の全てをグリムロックに話した。グリムロックもあの頃とは違い、話をちゃんと理解出来ている。そもそもどうしてグリムロックにこんな話をしているかオプティマス自身も分からなかった。大抵の相談役はアイアンハイドで今なら親友のラチェットもいる。

 心のどこかで地球に最初にやって来たグリムロックなら何か良い答えを持っているかもしれないと期待していたのだろう。

 話が終わり、腕組みをして聞いていたグリムロックは腕をほどいた。

「びっくりした。まさか士道がそんな状態になったとはな」

「そうだ。だが私にはそんな事は認められないんだ」

「オプティマス、士道は昔のあんたにそっくりだ」

 グリムロックはふとあらゆる情景が脳裏に浮かんだ。

 初めて四糸乃の霊力が暴走した時、士道は命懸けて四糸乃を助けに行った。四糸乃に限った話ではない。十香も狂三も琴里も耶倶矢と夕弦も美九も七罪も折紙も、全て士道が命を賭して救い出して来た。

 自分の痛みより他者の痛みに苦しむ彼だからこそ皆、全幅の信頼を寄せているのだ。

 オプティマスも逆境でも折れずに輝き続ける。だから皆が集まるのだ。

「俺は士道の意志を邪魔したくない。アイツが本当にそう決意するなら俺は邪魔しない」

「それがキミの意見か」

「ああ。オプティマス、あんたは気負いし過ぎなんだよな。マトリクスがなくなっても俺達の司令官はあんたしかいない。みんな、あんたを支える。だからさ、たまには俺等に頼ってくれよな」

「お前とこうして話が出来るとは驚いたよ。後で士道と会ってくる。彼の本心をもう一度確かめる」

「おう!」

「それで、お前の話とは?」

 グリムロックもオプティマスに話があるのだ。

「俺達五人で考えたんだ。しばらくは地球にいるが、将来的には地球やセイバートロンを出て旅に出たい」

「理由を聞かせてくれ」

「戦いの無い世界じゃあ生きていけないからだ。俺達は自由と闘争の勝利を渇望してんだ」

 戦いが終わった世界でグリムロックは内心怖かった。自分の居場所を無くしたような気がしたからだ。賢くなり、情を知り、一度死に、それでも生来の戦い好きは治らない。

「自由と戦いか。それがお前の新たな生き方なら私は否定しない盟友よ。そもそも私が止めても聞かないだろ?」

「だな! 力づくでも出て行くぜ!」

 オプティマスは手を差し伸べた。

「んあ?」

「元気でなグリムロック」

「おいおい、俺はまだ地球に住むんだぜ? お別れ会には早いぜ」

 そう言ってグリムロックはオプティマスと握手を交わした。

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

 深いため息をついて手元の不採用と書かれた紙を見て肩を落とした。これで何十社目か分からないバイトの面接、それでも数え切れないくらいの数を受けて落ちて来た。

 元世界最強の魔術師(ウィザード)エレン・メイザースは食い扶持を探す為にバイトを受けては落ちを繰り返していた。

 空腹で倒れそうなのでコンビニで何か買おうとしたが、財布の中に三十円しか入っていない。

 ボロボロのマントを身に帯びたエレンは本日何回目か分からないため息を吐いてからトボトボと家路を急いだ。

 エレンの家は家とは呼べない枯れ木で組んだ屋根と柱で作った出来の悪い工作の作品のような家だ。雨風も凌げない家で体育座りでエレンはもう人生のゴールを迎えようかと考えていた。

「お前さん何でそんなに落ち込んでやがんだ?」

「それはこんな生活を送ってるからですよ」

 エレンは答えると顔を上げて振り返った。だが誰もいない。あの聞き慣れた声が幻聴だと思うととうとう自分もかなり精神的に疲弊しているのかと心配になって来る。

「落ち込み過ぎだぜエレン」

 また幻聴がした。エレンは無視して俯いていると目の前にキラキラとした光と共にスタースクリームが出現した。

「す、スタースクリーム!?」

 エレンは立ち上がって驚愕の表情を作った。

「ん……? あなた少し透けてません?」

「ああそうだぜ」

 スタースクリームはまた姿を消すと再び出現して見せた。

「あのダークマウントでの戦いでダークマウントの倒壊と一緒に死んだのさ。つまり俺様は幽霊ってわけさ! ハッハッハッハ!」

「イヤァァァ~!」

「お前何を驚いているんだ? ロボットが幽霊になっちゃ悪いかよ?」

「幽霊なんて非科学的な!」

「そうじゃ! この非科学の塊を使えば儂等はまたやり直せるかもしれんぞ!」

 どこからともなくアーカビルが現れ、エレンはまた驚いた。てっきり二人とも死んだと思っていたからだ。

「本当ならスタースクリームなんぞと手を組むのは嫌じゃが……再就職が出来んくてな。仕方なくじゃ。別にスタースクリームと一緒にいたいという訳じゃないんだからね!」

「……。とりあえず俺はボディを取り戻したいんだ! 行くぞエレン! ジジイ!」

 霊体のスタースクリームは二人をつまみ上げてジェットモードに変形し二人を乗せた。

「幽霊に乗るって……」

「細けぇこたぁいいんだよ!」

「ああ、もう! 良いですよ! どこへだって行ってやりますよ!」

 エレンはやけになって叫んだ。言葉にはしないがスタースクリームの無事が嬉しかった。

 

 

 

 

 この学校にダークマウントがぶっ刺さっていたなど嘘のようだ。ダークマウント崩壊から数日で学校が元通りになり、みんなこうして通学が出来ている。

「ごきげんよう、士道さん」

 制服に身を包み、狂三はにこやかに挨拶をして来た。

「く、狂三!? どうしてここに!?」

「あらあら、わたくしも学生ですのよ? 本日から復学ですわ」

「おう、おめでとう」

「では……」

 狂三は士道の腕に腕を絡ませて胸を押し付けて来た。

「学園内を案内して下さいまし」

「学校の案内は昔しただろ!?」

「あの時は士道さんを食べる方に集中していましたので……」

「こら、狂三! 貴様何故シドーに引っ付いているのだ!」

「学校で抱き付く必要はない筈、今すぐ離れるべき」

「おはようございますわ。十香さん、折紙さん」

 狂三は士道から離れたかと思うと士道の膝の上に跨り、向き合うような形で座って見せた。

「そこは私の席」

 折紙は心底不機嫌そうに言った。

「狂三! それでは黒板が見えないではないか!」

「早い者勝ち、悔しいのでしたら明日からあなた達もしてみると良いですわ」

「なっ……!?」

「ハッ……!?」

 十香と折紙は「そうか!」と言いたげな顔を作った。

「やあみんな、朝から元気そうで!」

 窓ガラスを開けて黄色いカマロから変形したロボットが教室に頭を突っ込んで来た。

「バンブルビー! 学校の中には来ちゃダメって教えただろ!」

「いやでも学校が楽しそうだからさ、つい」

 士道は狂三を膝から下ろして席を立つとバンブルビーの顔を押して外へと出した。

「迎えに来て欲しい時は言うから! 基地で待っててくれよな!」

「うん」

 バンブルビーはカマロに変形して帰って行った。その直後、空から轟音が鳴り響き、三機のスペースジェットがゆっくりと降下して来ている。

 ジェットファイアー、シンバーボルト、エアレイドの三人だ。ジェットファイアーのコックピットが開くとそこから梯子が投下されて耶倶矢と夕弦が降りて来る。見ていてかなり危なっかしい登校だ。

「感謝。毎日助かります」

「かかか、空の騎士が三人とは大層な送迎であるな」

「二人共、教室に入ったな? よし!」

 真っ先にシンバーボルトが変形して地面に足をつけ、ホッとした顔をした。

「ハハッ、高所恐怖症はまだ治んねーのか!」

「私達は先に帰るぞ」

「ああ、私は歩いて帰る」

 シンバーボルトは耶倶矢達に手を振って、足下を気にしながら帰って行った。

 オートボットは町にかなり馴染んで来ている。馴染み過ぎて怖いくらいだ。空を悠々とエイリアルボットが飛び、変形する車が走り回る。

 姿を隠す必要が無ければトランスフォーマー達は遠慮なく歩き回れる。

「朝から賑やかで良いですね~。ハァーイ、ホームルームを始めるので席について下さいね~」

 気の抜けそうな声で珠恵が呼びかけ、ホームルームを始めた。

 

 

 

 

 コンサート会場は熱気に包まれ、美九の歌声が会場に響いていた。

「――――――!」

 静かな音色から激しい歌まで美九は様々な曲をステージの中央で歌っていた。美九の後ろには機材は無く、一人のトランスフォーマーが演奏をしているだけだった。

 コンサートは最初から最後まで熱狂的な盛り上がりを見せて終わった。曲を全て歌い終わった美九は演奏を務めていたブロードキャストとハイタッチを交わした。

「イェーイ! 今日もごきげんな音楽だったじゃない! ジャズの言った通り、最っ高の歌声だな!」

「ブロードキャストさんもここまで私の歌を理解してくれるだなんて思わなかったですぅ! だーりん以来ですよぉ!」

「美九なら音楽の惑星でもトップを狙えるぞ!」

 音楽の道を進む者同士、二人は予想通り意気投合出来た。

「あ、ブロードキャストさんこれから時間ありますぅ?」

「ああ、あるよ。戦いないと基本的にオートボットは暇なんだよな!」

「暇って……復興作業は?」

「復興支援で音楽を流したら司令官に怒られちゃったんだよな。それでこれから何するんだ?」

「カラオケに行きましょう!」

「ほー、勝負するか? 負けないぞ?」

 コンサートの後だと言うのに二人はまだ元気が有り余っている。美九と歌で張り合えるのはサウンドウェーブがいない今、ブロードキャストくらいだ。

 ブロードキャストはラジカセに変形し、美九の鞄に収まった。

 

 

 

 

 

 学校が終わればバンブルビーやラチェット、アイアンハイドにワーパスが迎えに来てくれ、今日あった一日の話で盛り上がり、家の前に到着すれば士道達は自宅へオートボットは基地へと帰る。

「夕飯になったら呼ぶからな! また後でな十香、今日はハンバーグだ」

「それは楽しみだぞ! 四十秒で着替える!」

 十香やオートボットを見送り、士道も玄関のドアに手をかけると士道の足下にポタポタ、と血が滴った。

「まずい……」

 士道は涙かと思ってシャツで拭うと袖には赤色の液体がシャツに染み込んでいた。怖くなり顔をさすってみると鼻や目から血が流れ出ていた。

 士道はハンカチで血を拭い、鼻をすすった。この現象は今に始まった事ではない。ここ二、三日の出来事だ。プライマスとの融合化は完全に達し、その融合化は未だに進んでいる。

 つまり、プライマスの力が士道を侵食していた。小さな人間に創造主の力は大きすぎるのだ。

 士道は皆に悟られぬように溢れる血を拭き取り、家に入ろうとすると背後にオプティマスが来ている事を察した。

「士道……きみは……」

「オプティマス、見たのか?」

「見たとも。だが知ったのは今だ」

 オプティマスは目から光を発射して士道の体をスキャンした。

「俺の体の事を知ったんだろ? もう時間がない。だから早くプライマスの意識を帰さないと……」

「士道!」

 オプティマスが大声で怒鳴り、士道は半歩引いた。

「答えろ。使命感で身を犠牲にするのか? それとも自分の意志、決意、信念からか?」

「俺の意志に決まってるだろ!」

 二人はしばらくの間、目と目を見つめ合い、それからオプティマスは納得したように頷く。それからゆっくりとトランスフォームして道路を走って行った。

 オプティマスが何をしに来たか今の士道には分かる。振り返り、士道はドアを開ける。

「おにーちゃぁん!」

 白いリボンをつけた琴里が士道に抱き付いて来た。

「おかえりおにーちゃん! 今日の晩ご飯はなぁに?」

「ハンバーグにしようと思ってる。挽き肉も大量に買って来たしな」

「わーい! ハンバーグ! ハンバーグだぁ! 嬉しいな。おにーちゃん? さっきから表情暗くない?」

「え? いや、いつも通りだって。さ、飯作るから手伝ってくれよ」

「うん!」

 士道は制服から部屋着に着替えると自室を出た。隣の真那の部屋からはジャズとクリフジャンパーとの話し声がした。内容は上手く聞こえなかったが、チラッと新婚旅行という単語が聞こえた。

「何の話してんだ?」

 無意識に呟き、士道は階段を下りてリビングのドアを開けるとキッチンに琴里と他にも十香と四糸乃が来ていた。

「どうした十香、晩飯になったら呼んだのに」

「何だか居ても立ってもいられなくてな」

「ハハッ、食いしん坊だなぁ」

 士道はポンポンと頭を撫でてキッチンに入った。

「四糸乃も手伝いに来てくれたんだな」

「はい……少しでも……お役に……立ちたいですから」

 四人は腕まくりをして今晩の夕飯のハンバーグ作りを始めた。

 十香が卵を下手くそに割ったり、挽き肉を生でつまみ食いしそうになったりとハプニングもあった。そんな無邪気な姿に士道は頬が緩む。

 夕飯にはみんなを呼んだ。全員が揃ってご飯を食べるのは珍しくはないが、士道には一瞬、一瞬が強く濃く、宝玉のごとく輝く。

 後片付けを終えて皆が寝静まった頃に士道もベッドに横たわった。

 士道はベッドのシーツを握り締めてシワを作る。目から大粒の涙が流れ出た。士道がセイバートロンに還る事は星を一つ救う偉業だ。

 だが、士道はこの家からいなくなる。みんな悲しむだろう。

 士道は胸が締め付けられるような気持ちに苛まれたが、決意に揺るぎはなかった。

 

 

 

 

 翌日、オプティマスにセイバートロン星に地球の子等は呼ばれた。久しぶりに会う面々もいて再会を喜んだりした。

 大型エレベーターに乗り、今はセイバートロン星の中枢部を目指して降りて行っている。

「四糸乃、久しぶりだな! 元気でやってか?」

「あの……グリムロックさん……一昨日……会いましたよ」

「気にすんなよ。みんな俺がサボろうとしたら怒るんだよな」

「当たり前だバカもん!」

 アイアンハイドが声を上げた。

「オプティマス、どこへ降りているんだね?」

 ラチェットが尋ねるとオプティマスは「プライマスの所だ」と短く答えた。

「とうとうマトリクスを返すんだね?」

「ねぇ、オプティマスがマトリクスを返したらどうなるの?」

 琴里の質問にラチェットが代わりに答えた。

「マトリクスはプライマスのスパークの一部、司令官の証だ。オプティマスはプライムの任から外れる事になる」

「オプティマスが司令官じゃなくなるの?」

「形式的にはね。実質的にはいつまでも私達の司令官さ」

 雑談を交えているうちにエレベーターはガタンッと重厚な音を響かせて止まった。目の前にはトランスフォーマーの視点でも頂上を見上げれない程のゲートが構えていた。オプティマスが認証コードを入力してゲートが開かれた。そこから長い通路を歩き続けると、エネルゴンの泉が発見出来た。泉の中央には一つの球体が浮かび、金属のパイプに繋がっている。

「あれが、プライマスだ」

 オプティマスは説明するとプライマスの前まで歩くと、プライマスから泉と岸を繋ぐ橋が展開されてオプティマスはその橋の上に立った。

「プライマス、今こそマトリクスを貴方に返します」

 オプティマスは胸を開くと太陽の如く光を放つマトリクスの輝きが周囲を包み込んだ。マトリクスをプライマスへ向けると光の塊が一気に解き放たれ、ダークエネルゴンに犯されたプライマスはマトリクスの光を浴びて再び躍動を始め、鼓動を繰り返す。突き刺さったダークエネルゴンの結晶は外れて落ち、紫色にひび割れた地肌は白い線がなぞられて元の姿を取り戻して行った。

「セイバートロンはこれで元通りなのだな! よかったなオプティマス!」

 十香はまるで自分の事のように喜んでくれた。

「いや、まだだ。士道」

「ああ」

 オプティマスが呼ぶと士道は橋の上へと歩いて行った。

「どうしたのだシドー? まだ何かするのか?」

 橋の上に立つと士道は皆の方を向いた。

「ごめん、本当にごめん……俺はみんなとここでお別れなんだ」

「――――え?」

 全員が疑問の言葉を口にした。グリムロックはそっと目を逸らした。

「どういう事よ士道!」

 琴里は怒って前へ出た。

「言葉通りだ琴里。俺の中にはプライマスの力がある。この力はもう俺から引きはがせない。だから俺はこのままプライマスの中で眠る」

 未だに理解出来ていない者もいたが、全員心でわかっていた。士道がいなくなると。

「嫌だ……嫌だシドー!」

 十香が士道の腕を掴もうと手を伸ばすと士道はサッと線を引くように腕を水平に振ると二人の間には薄い透明な膜が張られ、二人を遮った。士道の表情は申し訳ないという気持ちと、清々しく凛とした精神が混ざり合っていた。

「シドー! ダメだ! 戻って来い! 離れたくないッ!」

「十香、泣くなよ。死ぬわけじゃない。ただ眠るんだ。長い間。トランスフォーマーの観点から見ても長い時間を。みんなオートボットを恨まないでくれ。これは俺の決断だから……」

 十香は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃで我を忘れて叫んでいた。

「しどー! シドー……私はお前が大好きだ。好きで好きでしょうがないのだッ!」

「俺もだ。十香」

 プライマスの球体が開いた。士道は迷いもなくその光の中に歩いて行く。何もない光の空間で何かに身を預けると士道はまぶたを閉じた。

 ゆっくり、球体は閉じて行く。十香は泣き崩れ、皆も同様に頬に涙が流れた。

 オートボットは敬礼し士道を見送った。

 その日を境にセイバートロンは再び呼吸を始めた。乾いた大地は黄金に輝き、戦前よりも美しい姿を見せた。

 

 

 

 

 

 士道が眠り十年が経った。

 プライマスの球体の前に立派に成長した十香が立っている。その隣にはグリムロックと四糸乃がいた。

「シドー……まだ眠っているのだな」

「気持ちよさそうな顔して寝てるな」

「士道さん……」

「さ、俺等はそろそろ行くかな」

「グリムロックさん……遂に旅に出るんですね……」

「おうよ! 体が鈍っちまいそうだぜ。なんかあったらすぐに帰るぜ。宇宙なんて以外と狭いしよ」

 グリムロックは腰を回したり、軽い運動をすると四糸乃を肩に乗せた。

「十香、行くぞ。地球まで送ってやるぜ」

「う、うむ! すぐ行く!」

 士道は安らかに眠っている。士道が眠る姿をもう一度確認して十香はグリムロックの方へ歩いて行くと――。

 ――十香。

 名前が呼ばれた気がした。十香が振り返ると球体の前で士道がいつもと変わらない表情で手を振っていた。十香は笑顔を作り、手を振り返した。

「また来るぞ、シドー!」

 その時、眠っている士道の手がピクリと動いた――。

 

 

 

 

 

 ――人間は強い生き物だ。どんな時でも常に光を求めて歩く生き物だ。私はオプティマス。宇宙にメッセージを送ろう。

 我々を救ったのは一人の小さな勇敢な少年だ。


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