デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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50話 One shall stand, one shall fall PART1

 オプティマス・プライムはかつてはただの記録官だった。記憶の始まりはまだ戦争さえ起らない程の昔。セイバートロンの歴史とは戦争の歴史とさえ言われる程に永きに渡ってオートボットとディセプティコンで戦って来ている。戦争が起きるセイバートロンの黄金期、そこには先人達が作り上げた美しいクリスタルの町や金に光る道、精巧な偉人達の像がいくつも並んでいた。自分たちを称えるモニュメントもいくつかあった。戦い方はもちろん、戦争という物は創作物の中にしか存在しない物だとこの時は多くのオートボットが思っていただろう。

 オプティマスもその一人だった。熱意と正義感に満ち溢れた若者だった。疑うよりも先に信じる事が多く、困っている者、悲しむ者を放ってはおけない心優しい性格だった。記録員になったのは歴史に興味があったからである。偉大な者は皆、過去から学ぶ。ならば最初の者はいったいどうしたのだろう? 初めて事を成し遂げた者は何から学んだのだろう? オプティマスは常々そういった考えにふける事が度々あった。いくら勘考しても答えは出ない、歴史書にはオプティマスが求める回答はなかった。

 回答のない回答を探す、それが回答なのかもしれない。一日、何があったのかを歩いて回り記録を取りそれを補完する。それが記録員の仕事だ。そんな仕事をしている所為かある時妙な噂を聞いた。セイバートロンのどこかで邪悪な反動勢力が動いていると。噂は所詮は噂に過ぎないとオプティマスは気にかけなかった。

 だが日を追ううちに噂の数や内容も濃くなっていった。

 噂はやがて事実へと変わる。

 オプティマスが住まう領土に何者かが武装をして現れたのだ。何の宣告もなくその銀色のトランスフォーマーは遠慮も容赦もなく自慢のカノン砲を撃ってモニュメントを吹き飛ばして住民の何人かを瓦礫に沈めた。メガトロンというトランスフォーマー、オプティマスはその名を聞いたのは初めてで無名のトランスフォーマーが反動勢力を組織し、彼に付き従う兵士がセイバートロンの各地を襲っては略奪と支配を繰り返していた。オプティマスは話し合いを求めたがメガトロンのカノン砲に倒れた。

 黙って支配を受け入れる程、セイバートロンの住人は穏やかではない。正義と平和を愛する者はゼータプライムの下に集結しメガトロンの率いるディセプティコンとの壮絶なる大戦が始まったのだ。それがセイバートロン崩壊の始まりでもあった。

 オプティマスはゼータプライムに救われ、オートボットに入団を決意した。ただ早く戦争を終わらせて元の平和なセイバートロンを取り戻したかった。燃え上がる熱意は誰よりも熱く、強い。だが戦争はそんな情熱を忘れさせてくれる。

 オプティマスが一人前の戦士になった頃、まだ士道等生まれる前どころの話ではない。まだ地球に生物が誕生した時期だ。オプティマスの正義感は衰えてはいないが戦争を終結させるという思いはなくなり、心の奥底で戦いを渇望する気持ちが見え隠れし、対照的に早く戦争を終わらせたいという気持ちも存在した。

 戦争と破壊がメモリーバンクを埋め尽くす。果てしなく続く戦争の中でも死にたいとは思わなかった。きっといずれは生きていれば終わりが来ると信じていたからだ。

 ――オプティマス。

 何者かが呼んでいる。懐かしい声だ。オプティマスの師であり先代の指導者の声がする。頭にダイレクトに響く声にオプティマスは視覚センサーをオンラインにして視界に映った光の肖像を目視した。光を纏った肖像から一人の男性が出て来る。ゼータプライムだ。先代プライム、オプティマスが尊敬する者だ。

「オプティマス、さあ来なさい。お前は地球を救った英雄だ。オールスパークの泉へ還るのだ」

 ゼータプライムは手を差し伸べてオプティマスは自然と腕を持ち上げてゼータプライムの手を取りそうになる。だけども直前でオプティマスは手を引いた。

「私はまだ……還れません……。オールスパークの泉に行くに値しません」

「あるとも、お前は地球の無数の命を守ったのだから」

 そうかもしれない、だが――。

「今は守りました。ですがディセプティコンはまだ地球を狙っています」

 安らぎは目の前、手を伸ばせば手に入るのだ。オプティマスは安らぎより、背後に残る戦地を取ろうとしていた。

「私にはやる事があります」

「戦場へ戻りたいと言うのだな?」

 ゼータプライムは険しい顔を作った。共に平穏を分かち合おうと言うのに愛弟子は戦場へ帰りたいと願うからだ。

「仲間が待っています。地球の子等もです。彼等を放って私は安らぎの地へは行けない」

 手を伸ばしていたゼータプライムは腕を下ろした。

「死んだ者は蘇らない。オプティマス、こっちへ来るんだ」

「何か、何か方法はあるはずです」

「いい加減にしろオプティマス、死んだ者はオールスパークの泉へ還るのだ」

 オプティマスはゼータプライムの肩を掴み否とは言わせぬただらぬ気迫をたぎらせて言った。

「ゼータプライム、知っている事があれば教えて下さい! 私達の戦争の犠牲者に地球の人を入れたくない」

 ゼータプライムは目を逸らさずにオプティマスの目を見た。そしてオプティマスの手を肩から離すと二人の間に少し距離が生まれた。次の瞬間、雲も空も存在しない上空から一本の剣が落ちて地に突き刺さった。二人の間に落ちて来た剣をゼータプライムは指し示す。

「マトリクスセイバー、剣を取れオプティマス」

 ゼータプライムに言われた通りに剣を手に取った。マトリクスセイバーはプライムにしか扱えぬ武器、オプティマスはそれを軽々と持ち上げて見せた。

 オプティマスの発言には全て魂がこもっている。偽りのない言葉と断言出来よう。だがゼータプライムは今からやる方法は酷く気が進まなかった。

「マトリクスセイバーをどうするのです」

「オプティマス、ここで腹を切れ」

 ゼータプライムが発した一言にオプティマスは耳を疑った。

「今、なんと?」

「腹を切るのだ。死と決別せよ、さすればお前の魂は再び元に帰る」

 オプティマスは躊躇いもなくマトリクスセイバーを坂手に持った。

「ただし、生き返ったら最後、もしも次に死ねばオプティマス、お前の存在は消滅する」

 ゼータプライムが付け加えた一言にオプティマスの手は止まった。

「よく考えるんだ。次に死ねば、お前の存在は記憶から完全に消える。お前はいなかった存在となる。オールスパークの泉へも還れない」

 出来るならオプティマスにはここで踏みとどまって欲しいと思うゼータプライムだった。

「わかりました……!」

 と、発したかと思うと済んだ顔でマトリクスセイバーを己の腹へと突き刺した。

「オプティマス!?」

 ゼータプライムの忠告を聞いてからでもオプティマスに迷いはない。胸据わって突き進むのみだ。マトリクスセイバーを腹に突き刺したオプティマスはそこから力を入れて思い切り自分の腹をかっさばいた。ゼータプライムは立ち尽くし、弟子の体が爪先から徐々に粒子となって消えて行くのを見ているしかなかった。

「さようならゼータプライム」

「さらばオプティマス・プライム」

 感傷に浸る間もなくオプティマスはゼータプライムの前から消えてなくなり生の世界へ送還される。ゼータプライムは消えて行ったオプティマスの事を考え上を見上げた。

「プライム、その称号は奴にこそ相応しい」

 

 

 

 

 ジェットファイアーに救出された士道達はスペースブリッジを開いてあとはスペースブリッジを通って逃げるだけの筈だった。反転を使おうとした反動の所為か精霊達は皆、歩く体力が殆ど残っていなかった。士道はスペースブリッジの向こうに十香達を送り、自分もスペースブリッジへ逃げ込んでなんとか脱出に成功したのだ。

 士道が死なず、皆が死なず良かったと心の底から安心した。全員に怪我がないかと体の状態を確かめて再度安堵した矢先、ジェットファイアーから信じらんない、いや、信じたくない事実が耳に飛び込んで来た。オプティマスの死、それを聞いて士道達は耳を疑い、ジェットファイアーにもう一度聞き返す。

 けれど回答の内容は変わらない。

 ジェットファイアーはオプティマスの死をオートボットにも伝えると先に悲しみという感情よりも怒りという感情が吹き上がった。

「ジェットファイアー、本当にオプティマスは死んだの?」

『間違いない。オプティマスは……もう』

 ジェットファイアーは涙を飲んだように声を絞り出した。士道はギリッと強く噛み締め、握り拳を作った。見渡せば皆、俯いた状態で手を握り締めて震えている。こらえている様が士道に取って胸を貫かれるように痛むのだ。

『士道、私はひとまず地球に帰還する。まだサミットは終わっていないからね』

「はい、オートボットを頼みます」

『キミもあの子達を頼んだよ』

 通信が切れると次にインカムから別の通信が入って来た。

『私だ』

 発信者は令音だ。

『彼女達の救出は出来たのだろう? ならば早くに回復させる必要がある。反転の反動で思った以上衰弱している』

「わかりました。フラクシナスへ送ります」

『頼んだよ。こちらからもクルーを向かわせる』

 令音と連絡を取り終えて士道は少女達をグランドブリッジでフラクシナスに送って行った。クルー達が手伝ってくれたのもあって精霊達をスムーズに運ぶ事が出来た。一段落して士道は休憩室のベンチに腰掛けると何者かから缶コーヒーを差し出された。

「ありがとうございます」

 お礼を言って顔を上げると令音が立っていた。

「キミも疲れただろう?」

「ええ、ちょっと……」

 士道は実際、疲れてなどいなかった。いや、疲れたと感じなくなっていた。

「シン、最近体でおかしな所はないかい?」

「はい……大丈夫です」

「本当に?」

「ええ……」

 令音は士道の隣に腰掛けた。

「単刀直入に聞かせてもらうよ。シン、キミは本当に人間で良いのかい?」

「言っている意味が分かりません。俺は正真正銘、人間ですよ」

 士道は語気を荒くして言い放つと令音は士道の頭を撫でてなだめる。そうしてから腕を引っ張り令音は隠し持っていたナイフで士道の腕を突き刺し、そこから深く肉を裂いた。

「ァッ……!?」

 痛みで眉間にシワを寄せて険しい表情を作った。令音の顔を睨むが令音の注意は士道の傷口に行っていた。

「見たまえ」

 令音に促され、腕の傷口を覗くと深い切り傷はまばたきをした後には治っている。さっきまで傷があった個所をなぞるが全く痛くない。

「琴里の再生能力でしょ?」

「いや、琴里の力ならまず炎が発生して傷を癒やす。それにしてもおかしい。再生の速度が異常だ。狂三のように時間を戻したわけでもない」

 さっきの士道の再生能力は琴里のとは桁違いだ。琴里の能力が発動する前に再生した。

「それに報告によればキミはチャムリー卿の屋敷で殆どの精霊の力を失い、再生能力もない状態でチャムリー卿に急所を撃たれて再生したね?」

「それは……」

 押し黙る士道に令音は決定的な証拠を突き付けた。

「キミはラタトスクや精霊、そしてトランスフォーマーと出会った頃に体から微弱なエネルゴン反応があると言ったね?」

「はい……でもそれは俺の体にプライマスの意識が宿っているからって……」

「そうだよ。でも、ここ数日は変だ。キミから出るエネルゴン反応はトランスフォーマーと遜色ないレベルだ。シン、何か心当たりはないかい?」

 令音に問われたが士道には心当たりが全くなかった。プライマスが精霊を封じ込め、士道自身は単なる器に過ぎないと今まで思っていた。プライマスの意識がなければただの人間だと。

「ありません。心当たりは一つもありません」

「そうか……」

 令音は席を立ってから休憩室を後にした。一人残された士道はプライマスに声をかけた。

「プライマス……」

 士道が呼んだがプライマスには反応がなかった。

「プライマス、聞こえてるんだろ?」

 もう一度呼んでみるもやはりプライマスからの応答はない。いくら呼んでも返事をしないのであればしょうがない。士道は諦めて手に霊力を集めると小さな炎や氷、風を呼び出して今の状態に異常はないかを確かめた。

 力に異常はない。

 ただ異常なまでの回復力を得た。死ににくいのは結構だが力の正体が分からないのは不気味で仕方がない。士道は休憩室を飛び出して医務室でみんなが眠っているのを確かめてフラクシナスでオメガスプリームの寝床へ転送してもらった。

 “オートボットの守護神”や“賢神”と渾名されるオメガスプリームはオプティマスやゼータプライムよりも昔からセイバートロンにいた。オメガスプリームならば何か答えもしくはヒントを知っているかもしれない。士道はそう考えたのだ。

 ミサイルも容易に弾き返す重厚なゲートをくぐってから長いエレベーターを数分もかけて降りると椅子に腰掛けて背もたれに身を預けてくつろぐオメガスプリームの姿があった。

「オメガスプリーム!」

「どうしました五河士道?」

「今聞けるのはあなたしかいない。だから俺の質問に答えてくれ!」

「わかりました。何です? 私の知識が手助けになれば良いですが……」

「オメガスプリーム、俺は本当に人間なのか? 俺の体で常に何か変化を繰り返しているんだ。こんな俺は本当に人間か?」

 士道の必死の思いで叫ぶ姿にオメガスプリームは目から光を投射してたちまち体をスキャンしてしまう。士道の体のデータを詳しく解析してオメガスプリームは入って来る膨大なデータを読み取った。

 しばらくの間、二人に長い沈黙があり士道は気まずさを感じていた。

「オメガスプリーム?」

 話しかけはしたが反応はなく目を青く光らせてただ山のごとく立ち尽くしてデータの解析に当たっていた。オメガスプリームの答えをただじっと士道は待っった、どんな回答でも受け入れる覚悟はあった。

 しばらくの沈黙の後にオメガスプリームはようやく動き出した。

「解析が済みました。まずは五河士道の健康状態は良好です」

「あ、はあ……どうも」

「体には何も異常は見られません。ですが……五河士道、あなたにとって辛い話を私はしなくてはならない。それでも聞きますか?」

 どうやら士道の睨んだ通り、穏やかな状況ではないらしい。固唾を飲んで汗だくの手のひらをズボンで拭いてから意を決して頷いた。

「そうですか、わかりました。ではお話しましょう」

 一拍置いてからオメガスプリームは話を始めた。

「かつてゼータプライムはあなたにプライマスの意識を移した。それは当然ご存知ですね。ゼータプライムがどうしてこうした事をしたかは私は知りません。どうしてこうなってしまったのかも」

「オメガスプリーム、もったいぶらないで教えてくれよ。俺に何が起こっているんだ」

「あなたの中にキラキラと圧倒的な光を放つ存在がかつてありました。ですが、今は存在しない。プライマスはあなたの中にいた、ですが今はもう違います。プライマスはあなたの中に眠るのではなく、あなたと融合したと言っても構わないでしょう」

「融合だって!?」

 士道は声を大きくして驚いた。五河士道は五河士道であって五河士道ではない。プライマスであってプライマスでもない。

「何で融合なんかしてるんだよ! プライマスは俺の中に宿っていただけだろ?」

「その筈です。ですが事態は急変しました。私が初めてあなたと会った時はこんな事にはなってはいなかった。五河士道、気をつけて下さい。ディセプティコンはあなたを狙っているのは確かです。いつ仕掛けてくるかもわかりません」

「……わかった。気を付けるよ」

 オメガスプリームがわからないのであれば他のオートボットも分からないであろう。士道は疑問を募らせながら自宅へと戻った。自宅へ帰るとリビングには折紙と真那がソファに座っており、士道の顔を見るなり真那が叫んだ。

「捕まえろー!」

 自分よりも小さな少女だが軍隊にいた為、かくも容易に組み伏せられて両腕を縛り上げられた。そしてソファに乱暴に放り投げられる。

「目標の保護を確認」

「保護!? これじゃあ捕獲だろ!」

「兄様!」

 ビシッと指をさされて士道は黙り込む。

「最近の兄様は明らかに命を大事にしてねーです。死んでもおかしいような事の連続ばかり、いくら十香さん達が大切であっても自分を労わって下さい!」

 実の妹として士道の行動を見ていると危なっかしくて心配だらけだ。士道がいくら再生能力で死ににくいと言っても軍人でもない一般人というのは忘れてはならない。

「士道、ディセプティコンからあなたを守れなかったのは私の監視不足の所為、だからこれから二四時間態勢であなたを見張る。体の隅々まで」

「目が怖いぞ折紙……!」

 ギラギラと餌を目の前にした肉食獣のような目で士道を見ている。

「大丈夫ですよ兄様! オートボットが戻るまでは私たちががっちり警護しやがります! ネズミ一匹逃しません!」

「士道、警護は常に一緒でなくはダメ。だからお風呂とトイレを一緒に行く許可を求める」

「却下だ!」

「あなたは拒否できる立場にない」

「許可を求めておいてそれかよ! つーか早く縄を解いてくれよ」

「それは出来ない相談ですね~。こちとらチャムリーの爺や先日の兄様の誘拐事件で凄くハラハラしたんですから。少なくとも数日は大人しくしてもらいますからね!」

 折紙はキッチンへ入ると小さな鍋をコンロの上に乗せて怪しげな薬品を混ぜ込んでグツグツと煮込み始めた。

「おり、折紙さん? な、何をしているのですか?」

「気にしないで。士道の為」

 真那に目線を移せばテーブルに多数の銃器を並べてそられの点検をしている。

「おーい、真那?」

「どうしやがりましたか? ああ、この辺の武器は気にしねーで下さい。女の子のアクセサリーだと思って」

「アクセサリーにしては物騒すぎー!」

 団欒で盛り上がるリビングはいつしか殺気と邪念がうずまく魔窟と化していた。

 

 

 

 

 スピリットキャノン計画は失敗に終わったが、オプティマスを倒せたのは大きな収穫だ。オートボットはリーダーさえいなければただの口の悪い雑兵の集まりに過ぎない。メガトロンの計画に今のところ支障はない。スピリットキャノンは破壊されたがトリプティコンは無事だし、地球は壊せなくてもオプティマスを葬れた。むしろ計画は順調と言える。

「サウンドウェーブはどこへ行ったんですかいメガトロン様?」

 サウンドウェーブ、ショックウェーブと違って特に仕事がないスタースクリームは作戦開始まで待機を命じられていた。

「奴は作戦中だわい。お前と違って優秀な奴だからな任務を任せやすいわい」

「ハッ! どうですかね~俺ならあんな奴よりもスマートにやってませますよ」

「相変わらず口だけは達者な奴だな。では貴様に任務を与えようか」

「お任せ下さい、何でもやってみせますよ」

 スタースクリームの能力の高さはメガトロンはよく知っている。だがその能力をスタースクリームの傲慢な性格が殺してしまっているのだ。スタースクリームという男を上手く扱うにはその高いプライドをくすぐってやるのが一番だとメガトロンは知っている。

「これからお前に託す任務はそれはそれは重要な物だ。失敗は許されんぞ」

「わーかってますって。で、何をするんです?」

 スタースクリームがやる気を見せたのでメガトロンはほくそ笑んでからスクリーンに地図を映した。それは天宮市全体の地図であり、町を囲う山に九つの赤い点が記してあった。その赤い点が今回、スタースクリームに命じられた重要な作戦区域となる。

「スタースクリーム、お前にこれを渡そう」

 メガトロンがスタースクリームに手渡したのは九つの手のひらサイズの球体だった。

「何ですかこれは?」

「まあ、説明してやるから慌てるな。お前の作戦は一つだスタースクリーム、その球体を地図に示した地点に埋めてくるのだ」

「それだけですか? まァなんとも、子供のお使いみたいな任務ですなァ!」

「そうだろう。だが、重要な任務には変わりない。スタースクリーム、もしも失敗すればその時はわかっておるな? 容赦なく粉々に吹き飛ばしてくれるからな!」

「わかってまさぁ。それでこの球体の正体は何なんです?」

「それか? それはな赤外線照射機だ」

「赤外線照射? 何でそれを地中に九つも埋めるんです? 何かを落とすんですか?」

「その通り、赤外線を放つ地点に塔を落とすのだ」

「ショックウェーブも前、エネルゴンタワーを建てて似たような事をしてましたね~。…………まさかメガトロン様、あの町をまた乗っ取るおつもりで!?」

「そうだ」

 メガトロンは頷いた。

「無理ですよ。作戦は一回失敗してるんですよ」

「天宮市での作戦は内部にオートボットを残していたのが敗因だ。今回は連中を外へ放り出す」

「ど、どうやってです?」

「その作戦をサウンドウェーブが進めておるのだ」

「そんなにこの町が気に入ってるんで?」

「ここには五河士道がいる。それに地下にはそれは大量のエネルゴンが眠っている。ショックウェーブが持ち帰った分はその上澄みに過ぎぬ。あのカラカラの故郷を十分に甦らせるだけのエネルギーだ」

「メガトロン様、ですがそれだけのエネルゴンをどうやってお運びに?」

 メガトロンは喉を鳴らして笑う。

「スペースブリッジがあるだろう」

「まさかセイバートロンを地球の近くまで持ってくる気――。そんな事をすれば地球は木っ端微塵です!」

「そんな事わかっておるわい。エネルギーのパイプでこの星のエネルゴンを吸いつくしセイバートロンを潤せばすぐに儂等は故郷へ戻る。そうなればこんなチンケな星が消えてもどうって事はないだろう? ああ、そうだお前に一つ渡し忘れていたわい」

 メガトロンは十個目の球体をスタースクリームへ渡した。十個目は他の球体よりも明らかに大きく両手で持たなくてはならない程だ。

「それは天宮市の中心地に埋めて来い。良いな?」

「はい、メガトロン様」

 スタースクリームは格好よくジェット機へとトランスフォームして飛行を禁止されているのにも関わらずトリプティコンの内部を飛んで地球を目指して行った。ブリッジのモニターでスタースクリームが地球へ行く様を眺めた。コンバッティコンは忠実で優秀な部隊だが、今回の作戦は任せられない。個々の能力で言えばスタースクリームよりも低いと判断したからだ。それは戦闘能力ではなく任務達成への執念と卑怯さや姑息さが欠けていると思っていた。正々堂々とは綺麗な言葉だが、ディセプティコンの理念で言えばバカと同義語だ。勝てなくては意味がない、どんな美しい最後でも負けは負けだ。惨めでも最後に勝てばその者には価値がある。

 スタースクリームとの話が終わったのを見計らってショックウェーブがメガトロンの元へ歩み寄って来た。

「メガトロン様、お話があります」

「どうしたと言うのだショックウェーブ? 何か問題か?」

 相変わらずの無表情でショックウェーブは首を横に振った。

「いいえ、私たちの目的である五河士道の件です」

「ほう……それがどうかしたのか?」

「スピリットキャノンの際に彼を拘束し、同時に彼の体の事を調べて見た結果、興味深い内容でした」

「話せ」

「プライマスの意識が士道に宿っていた筈でした。しかし彼の中にプライマスの反応がない。彼自身からプライマスの反応を放っています」

「何故、そんな事が起きた? それでは意識だけを引き剥がせないではないか」

「そのような事態になったかわ不明です。ですが、プライマスの力は未だ残ったままです」

 それを聞いてメガトロンは一安心した。これでもしもプライマスの力が削がれていたのなら永遠に祈願が果たせなくなるのだ。

「スタースクリームがかつて持ち帰ったゼータプライムのメッセージがあります。途中の暗号化もサウンドウェーブの手で解読されています。再生しますか?」

「よし、再生しろ」

 ショックウェーブは精密な機械を操作してゼータプライムのメッセージを流した。

『ディセプティコンは、想像以上の戦力だ。だが、私達オートボットは決して負けはしない。私の後をいずれ継ぐオプティマスも順調にプライムとしての頭角を表している――』

「そこはもう良い、早送りしろ」

「はい」

『メガトロンはダークエネルゴンを手に入れたようだが、そう上手くは行かせない。私やオートボットの命運はたった一人のひ弱な種族に託された。五河士道に込めたプライマスの意識は来るべき時にセイバートロンを復活させる鍵となるだろう』

 と、ここまで流れた所から音質が悪くなりゼータプライムの声が聞き取りにくくなった。

『しかし……早く……せねば……五……士道の中…………プライマスとの……一体化』

 解読が上手くいっていない場所なのだろう。すると次の瞬間から突然、綺麗に音声が聞こえ始めた。

『然るべき者が士道と出会った時、彼の中のプライマスの意識を外してセイバートロンの中心に還すのだ。そうすればセイバートロンは甦る。だが、それほど長い間は彼の体に留めてはいられないだろう。もしもプライマスとの一体化が完全に果たされれば、士道はもう二度と人間には戻れない』

 メッセージが終了してメガトロンは何度も頷いた。

「酷い奴だわい。あんなひ弱な存在に全てを丸投げするとはな」

「大戦末期のオートボットにはそれほどに余裕がなかったのでしょう」

 メガトロンは鼻を鳴らして呆れたように首を横に振った。

「狡猾なジジイだ。ショックウェーブ、持ち場へ戻れ。儂等の最大の勝機なのだ。力ばかりのバカばかり、司令官のいないオートボットを今度こそ叩き潰す」

「かしこまりました」

 ショックウェーブは一礼する。そこから踵を返してブリッジの通路へ向かって歩いて行くとプレダキングとすれ違った。最大級の怨敵、グリムロックが死亡して本来なら喜ぶべきだが、プレダキングは二つの理由から喜べなかった。

 一つ、同族を皆殺しにされた事。

 二つ、グリムロックをこの手で葬れなかった事だ。

 同族を皆殺しにしたスタースクリームにはその代償を命で払ってもらう事になるだろう。この大戦が終着すればプレダキングは奴を八つ裂きにするつもりだ。

 怨敵でも唯一、互角に戦える相手だったグリムロックを自らの手で決着をつけられなかったのは戦士としてとても残念に感じている。プレダキングが来たのは今回の作戦での自分の役割の確認だった。

「メガトロン様私はこの作戦で何をすれば良いですか?」

「お前は作戦開始と同時に五河士道を捕縛しろ。精霊共には構うな、殺しても構わん」

「フラクシナスという艦、あれもですか?」

「あの艦は別の者に任せてある。プレダキングよ、同族の死への悲しみは取っておけ。決戦が終わればまた作ってやろう」

「はい……」

 プレダキングがブリッジを出て行ってから少ししてからエレンがふわふわと浮遊してメガトロンへ近付いて来た。エレンも作戦の役割の確認だ。

「エレンか……」

「私の仕事は何ですメガトロン……様」

「ある一個所の防衛だ。ショックウェーブに対艦・対精霊戦闘の装備を準備させてある。フラクシナスを叩き落とす事、防衛地点の死守だ」

「了解しました。メガトロン、この作戦が終わればあなた達はどうする気なのです?」

「セイバートロンへ帰るだけだ」

「ならば、私も連れて行って下さい」

「ほう? 金属だけの星に行きたいと。何故だ?」

「私の生きる意味は失われました。オートボットを倒せば復讐という目標もなくなります。どうせ拾われた命、最後までついて生きたい」

「セイバートロンへ来るのは構わないが、貴様はディセプティコンから離れてもらう。貴様はもう少し自分で考える事を覚えるんだな」

 エレンはひとまず納得した。

 作戦の確認が終わり、メガトロンはコンバッティコンを引き連れてトリプティコンを出る。その行き先はもちろん地球だった。

 

 

 

 

 ショーン・バーガーは明日にもやるサミットでいかにしてオートボットを追い出す方へ持って行くかを思案していた。バーガーだけではない、サミットに参加した各国の首脳や財界のトップ達もオートボットに不信感を抱いていた。まだオートボットの滞在に賛成してくれる者は三割もいないのではないだろうか。

 バーガーは高そうな椅子に深く腰掛けてテレビをつけているだけで見てはいなかった。バーガーの野望の先はアメリカ合衆国という国の頂点に立つ事。すなわちアメリカ合衆国の大統領になる事だった。

 大統領だけでは満足しない財界でのトップを取ろうとしていた。それにはまずはアスガルドとオートボットという大きな壁を排除せねばならない。

 しかしどうやって? と何度も自問自答を繰り返していると零時を回っている。明日もサミットがあるのでもう寝ようかと椅子を立った矢先、テーブルに見覚えのないカセットテープがあるのに気付いた。

「何だこれは?」

 いつ誰が置いたか分からないカセットテープに手を伸ばすとカセットテープは激しく跳ねてから猛禽類の姿にトランスフォームした。

「何者だ貴様ァ!」

 助けを求めようと叫ぶがレーザービークに襟を掴まれるとバーガーは宙に浮き、窓ガラスを突き破って夜の闇の中へバーガーを誘拐して行った。

「離さんかコイツめ! 焼き鳥にしてネギの間に挟むぞ!」

 バーガーの罵倒など意に介さずレーザービークが飛んで行ったのはバーガーの住まう高級マンションから随分と離れた丘の上だった。雑に落とされてバーガーは強く尻を打ち、腹立たしく感じていた。

「こんばんはバーガー氏。夜分遅くに失礼します。レーザービークの非礼は指揮官である私が心から謝罪申し上げます」

 バーガーの頭上から威厳に満ちた声がした。顔をずっと上に向けてみるとメガトロンが頭を深く下げている。メガトロンの右側にはサウンドウェーブがレーザービークを格納している。

 その二人の後ろではコンバッティコン達が横一列に並んで待機していた。

「お前達……オートボットの仲間だな!?」

「私達をあのようなインチキ集団と一緒にされては困ります」

「インチキ集団だと? では貴様等は何者なんだ」

「ディセプティコン、オートボットの悪行と影で戦って来ました。しかし、連中は地球の中でも発言力のある者に取り入り、我が物顔で地球にのさばり、遂には滞在する権利さえ訴えてますね?」

「その通り、私はオートボットの連中を追い出したいと考えておる」

 メガトロンは内心、笑っていた。しかしそれを決して表情には出さなかった。

「“あなた達”ですよオートボットを快く思っていないのは」

 メガトロンが言うと木陰から何者かが出て来た。月明かりに照らされて顔がハッキリして来る。

「あなたは岡峰重工の……」

「バーガー氏、私もオートボットを信用しろと言われても出来ませんね」

「そうだろ――」

「ただし、このディセプティコンもですが」

 メガネの奥から鋭い二個の目がメガトロンを睨んだ。岡峰虎太郎はオートボット、ディセプティコンも隔たりなく危険因子と決め付けている。出来るなら両方が出て行って欲しいと願っているくらいだ。

「メガトロン、何か証拠はあるのですか? オートボットが悪でディセプティコンが善である証拠が」

「もちろんです。サウンドウェーブ、お見せしろ」

「ハイ、メガトロンサマ」

 エフェクトのかかった声でサウンドウェーブは胸から光を放つと空中にスクリーンが作り出されて映像が流された。その映像は昨日のトリプティコンのスピリットキャノンの映像だった。

「オートボットはあれだけではありません。奴らは狡猾にも火星や他の惑星に軍団を隠しています。この映像はオートボットの最新最悪の兵器、スピリットキャノンです」

「スピリットキャノン? 精霊が何か関係しているのか?」

 虎太郎は訝しげに尋ねるとメガトロンは力強く頷いた。

 昨日のスピリットキャノンの映像はただ流すだけではなくディセプティコンが巧妙に改竄しており、トリプティコンやドッキングした海底基地のディセプティコンマークはオートボットのエンブレムに書き換えられていた。

「オートボットのオプティマス・プライムは言葉巧みにアスガルド・エレクトロニクスのウッドマン卿に取り入り、ウッドマンもまた利益を求めてオプティマス・プライムに協力したのです」

「……。それで精霊は何の関係が?」

 バーガーも虎太郎もそこが気になっていた。

 メガトロンはわざとらしく渋い顔を作った。

「サウンドウェーブ、あれを……」

 メガトロンに指示を出されてサウンドウェーブはまた別の映像を流した。

「サウンドウェーブは優秀な情報収集員です。彼に掴めない情報はない」

 サウンドウェーブが流した映像は士道が精霊を封印している映像だ。

「にわかに信じられませんでしょうが、この少年には精霊の力を封印する力があります」

「嘘だ……そんな話聞いた事がない」

「バーガー氏の言う通りだ。メガトロン、お前は自分が何を言っているかわかっているのか?」

「もちろんですとも。少年が何度もオートボットとコンタクトを取り、アスガルド・エレクトロニクスの艦に出入りしているのは何故だと?」

 サウンドウェーブはまた映像を切り替え、グランドブリッジで移動、ジャズで移動している姿が映された。

「もちろん、精霊を封印する力はありません。ですが“精霊を封印する機械”はあります。それはオートボットが作りました」

「封印する機械?」

「セイバートロンの科学力は地球の遥か先を行きます。オートボットの科学者パーセプターがそれを作り、適当な少年を捕らえて埋め込んだ。少年には妹がいます。万が一少年が逃げたり自殺しないように妹の命を人質にしたのです」

 メガトロンは身振り手振りで説明し、ベテラン俳優顔負けの演技力で徹底的に聖者を演じた。力の入った声色やぎゅっと握り締められた自然な拳に虎太郎もバーガーもメガトロンの言葉を信じていた。

 無機質な体でありながら強い信念と感情を露わに深い慈愛の心を感じさせるメガトロンの名演に二人は食い入って聞いた。

「では、話を戻しましょう」

 またサウンドウェーブに命令して映像をスピリットキャノンに変える。

「オートボットは精霊と少年を映像にある船に監禁し霊力を無理矢理、搾取してあのスプリットキャノンの弾にしたのです。スピリットキャノンで……地球を威嚇する為に」

 上手く改竄された映像ではオートボットに似せた兵士がスピリットキャノンの発射を指示して膨大なエネルギーの奔流が地球に放たれていた。エネルギーの波をスタースクリームが受け止め、そして塵となって消える所まで映像が流れていた。

「あの戦いで私は勇敢で偉大な勇士を失いました……。連中は! 命を弄んでいる!」

 熱の入った演技にバーガーも虎太郎もすっかりのめり込み、メガトロンの言葉を信じてしまっていた。

「申し訳ない。少し熱くなりました。我々を信じなくて結構です。ですがオートボットには騙されないで下さい。

それともう一つ」

 映像をまたも切り替え今度は天宮市にショックウェーブが乗り込んでいる時の映像だ。

「半年前、私の部下が天宮市の人間たちを解放すべくオプティマスに奪還を挑みました。しかし結果は……」

またも偽装された映像を流した。今度はスピリットキャノンの時とは違い、一から作り上げた捏造映像だ。

「この映像データを渡します。好きに使って下さい」

 メガトロンはたっぷりと偽の情報が詰め込まれたデータをバーガーに手渡した。

「ブレストオフ、バーガー氏をお送りしろ。ボルテックスは岡峰氏をだ」

「了解メガトロン様」

「はいでさぁ」

 バーガーと虎太郎は二人に乗り込む。

「メガトロン、あなたを信じ切れはしないが、あなたの言葉は肝に銘じておく」

 虎太郎はそう言い残してボルテックスと共に空へと飛んで行く。

「お前のデータは有効に使わせてもらうよ。おやすみメガトロン」

「おやすみなさい」

 ブレストオフはゆっくりと離陸してバーガーを自宅のマンションへと運んだ。二人が見えなくなるまで遠くへ行くとメガトロンは堰を切ったように笑い出した。

「ワハハハハハハ! あの愚か者めが、ウジ虫共め儂の演技にまんまと騙されておるわい!」

「名演ですなメガトロン様」

 オンスロートは拍手をしながら賞賛した。

「あんなに演技が上手いなんてオレ、初めて知りましたぜ!」

「そうだろうブロウル。人間はお涙ちょうだいや悲惨さを前面に出せば直ぐに情に流される。バカな生き物だ」

「メガトロンサマそれでは我々はこれからどうしますカ?」

「トリプティコンにて待機しろ。スタースクリームが上手く事を運べば全ての勝利条件が揃う」

 暗躍するディセプティコン。戦いは既に始まっているがオートボットはディセプティコンが裏で動いている事を知らない。ラタトスクも人類もだ。

 

 

 

 

 

 スタースクリームに与えられた任務は赤外線照射機を決められた地点に埋め込み帰還するだけだ。オートボットの巡回もなくフラクシナスだけが厄介な存在だがレーダーの網目をかいくぐって任務を実行する。

 天宮市を囲う山脈に降り立ったスタースクリームは腕を覗いて地図と座標を確認、そしてまずは一つ目の球体を埋めた。

「まずは一個っと。ハッ! ラクショーだな」

 濃く茂る森林の中でスタースクリームはセンサーの感度を上げて空を見上げた。不可視迷彩(インビジブル)で姿を隠しているフラクシナスを微かに輪郭だけ捉えると今自分とフラクシナスとの距離を割り出し、飛行しての移動は出来るだけ控えようと判断した。

「ったく……何で俺様が飛ばないで地面を歩かなきゃなんねえのかねー」

 ぶつぶつと文句を言いつつもスタースクリームは歩き出して腕のマップで次の座標を確認しながら先を急いだ。もしもこの任務が失敗すればメガトロンから無能の烙印を押されそれどころか処刑という可能性もある。他の連中にも自身の任務失敗がバレるのは我慢ならない。プライドが高いスタースクリームは何としてもこの任務だけは遂行せねばなるまいと言い聞かせた。

 ところがである。スタースクリームのセンサーに五つの敵反応がキャッチされた。慌てて周辺を警戒し見渡すと空の向こう、滞空するフラクシナスから五機の偵察機が飛来して来た。バレたのかと思い、背筋に凍るような寒気が走りスタースクリームは急いでクロークで体を透明にして隠して見せた。五機の偵察機はスタースクリームの頭上で旋回を繰り返し、さっき球体を埋めた地点も旋回してから何もないと判断したのか、偵察機達は周辺を調べただけですぐに引き返して行った。クロークを解いてスタースクリームは深い安堵の溜め息を吐いた。

「ビビらせやがって……バレたかと思ったじゃねーか……」

 気を取り直してスタースクリームは球体を山に埋めて行く。フラクシナスはスタースクリームが侵入している事を知らない。敵の侵入を許しているのはあまりに致命的だ。天宮市の周囲に連なる山々に球体を埋め込む事に成功したスタースクリームは最後の球体を手に取って難しい顔をしていた。一回り以上に大きなこの球体、それを埋める場所は天宮市の中央。

 その場所とは来禅高校だったのだ。

 学生が山ほどいる学園、人通りが少なくなるのは放課後だろう。スタースクリームはポリポリと頭をかいて悩んだ。放課後を狙うなどという発想を持ち合わせていなかったスタースクリームはこの難題にどう立ち向かうかを勘考した。

「おいおい……学校って……どうやんだよ」

 空にはフラクシナス、地上は学生の大軍団。この難題をクリアしてこそディセプティコン№2、航空参謀スタースクリームだ。

 しばし、思考を巡らせるとスタースクリームは脳裏に何かが閃いた。そして邪悪に微笑むと既に勝ち誇ったような顔をして立ち上がった。

「何だァ簡単じゃねェか。アハハハ! 俺様は天才だッ! 行くぜぇ!」

 クロークで姿を消し、スタースクリームが先に向かったのは陸上自衛隊駐屯地だった。透明化したスタースクリームの明瞭さは高く動いていても気づかれないレベルに確立されていた。

 ASTに今、ほとんど仕事は無い。ユニクロンの消滅で新たな精霊が生まれなくなり、現存する精霊は封印済み、となると仕事がないのは当然の結果だった。空間震警報もここ最近は誤報以外は鳴らず、今は体を鍛えるしかやる事はない。もちろん、ASTは精霊がもう生まれなくなったという事を知らないので常に精霊を警戒しているわけだが。

「はぁ~暇ですね~」

 と岡峰美紀恵もといミケは机に突っ伏して呟いた。その隣ではミルドレッド・F・藤村、通称ミリィがミケの言葉に同意した。

「ですねー。精霊が出なかったら整備士も気合入れて整備出来ませんよー」

 完全にだらけ切っている二人の頭にパンッと平手打ちが落ちて乾いた音を響かせた。

「いたっ」

「うぐッ!」

「ミリィ、ミケ。二人ともだけれ過ぎよ。いくら最近は精霊の出現がないからって言ってもね常に出撃出来るようにしとかなくちゃダメでしょ!」

 ASTの隊長日下部燎子は何もない毎日でもこうして気を抜かずに凛然と任務に従事していた。

「だってだって、日下部隊長! こんな平和なんですよ。だけたりもしますって」

「あーのーね! 私らは軍人って言うのを忘れちゃダメよ? 常にキビキビと! 時間通りに! テキパキ動くの! ハイ、ミケはグラウンド五十週! ミリィは腕立て百回!」

「えぇ~! ミリィもですか!? 私整備士ですよ!?」

「暇なんでしょ? 暇なら動きなさい、さもないと将来、胸が垂れたりお腹周りに贅肉がついたりと美容と健康の大敵になるわよ」

「流石! 経験者は語りますね!」

「あ?」

 思わず口を滑らせたミリィは言ってからしまったと思い、口を噤んだがもう遅い。燎子は青筋を立てて目元をピクピクと動かして静かな怒りを露わにしている。明確な殺気でテーブルに置いてあるコップの中にあるスポーツドリンクの水面が震えたのが見えた。

「まずいです……!」

 ミケは小動物のような繊細さで猛獣燎子の殺気を感じ取り、勇気を出して踏み込んだ。

「ミリィさん! 行きましょう! 腕立てしにね! ね!」

 半ば強引にミリィを連れて休憩室で出て行った。ミケは休憩室のドアを閉めてホッと安堵の溜め息をついた。その直後、部屋の中から大きな笑い声が響いてきた。

『フハッハッハッハッハッハッハ!』

「ダメですよ! ミリィさん! 年に関わる単語は隊長の前では厳禁なんですー!」

「すいません、つい反射で……」

 

 ASTの隊員達が話している隙にスタースクリームは既に基地へ侵入を成功させていた。この基地には霊力の反応を探知する機械はあってもエネルゴンを探知する装置はない。そもそもそのような装置を人類が持ち合わせていない。スタースクリームは基地を軽くスキャンする事で内部の様子を探り、目当ての物を探していた。

 スタースクリームが探している物は意外にも早く見つかった。

「よぉ~し」

 静かに屋根を伝い、透明化で姿を消した状態を維持してスタースクリームはナルビームを展開し、空間震警報の装置に目がけてビームを発射した。

 それと同時に天宮市全域に空間震警報が発令され、駐屯地内は一気に慌ただしくなる。空間震警報の発令はいくら精霊がもう出ないとわかっていても恐怖心を揺さぶってくれる。今頃は士道や琴里が慌てた表情を作っているに違いない。

 スタースクリームは飛び上がると変形し、来禅高校へと飛んで行く。

 空間震警報のおかげでスタースクリームが到着した頃には既に来禅高校の校舎はもちろんの事、その周りの道には人など一人もおらずゴーストタウンのようなありさまだった。スタースクリームはクロークを解き、悠々と校内へ入り、グラウンドに最期の球体を埋めて腹立たしいくらいに勝ち誇った顔で天宮市の空へと消えて行った。

 

 

 

 

 突然の空間震警報でフラクシナス内はスタースクリームの読み通り、慌ただしくなっていた。琴里は気合いと根性で復帰して艦長席で座っている。

「霊力の計測を急ぎなさい! もしも万が一新たな精霊なら放ってはおけないわ!」

 クルーが精霊の霊力の計測を行っている間に自宅からグランドブリッジで士道と真那それに折紙がフラクシナスへとやって来た。

「琴里! もう平気なのか?」

 艦橋に入るなり士道は琴里の身を案じた。

「大丈夫よ、私は司令官だし」

「司令官は関係ないんじゃ……。それで空間震警報の詳細は? 新しい精霊はもう出ないんじゃ?」

「それを今調べているわ」

 解析はすぐに済んだ。

「琴里、どうやらこれは誤報だね。精霊の霊力はどこを探しても見当たらないよ」

 令音は淡々と状況を報告し、誤報という結末に琴里は眉間にシワを寄せた。空間震警報の誤報などそんな何度もあってはいけない。

「令音、本当にただの誤報なの?」

「間違いないよ、現に精霊の反応は無い」

 どこか腑に落ちない所があったが琴里はとりえずは納得した。

「ところで士道、何で縛られてんのよ」

 一度冷静さを取り戻して士道を見てみれば士道はさっきリビングで捕えられた時と同じように縛られたままの状態であった。

「兄様が最近は特に危なっかしいので少し縛らせてもらいやがりました」

「士道の身の回りは私たちがやる」

「さっきからこればっかりでほどいてくれないんだよ」

「へえ……てっきりあんたの趣味かなって」

「俺はいじめる趣味もいじめられる趣味もねえ!」

 

 

 

 宙に一閃、唸るように剣が振り抜かれてプレダコンの胴体が分かれ、残骸が散った。グリムロックは変形から大きな顎で押し寄せるプレダコンを砕き、尾を振って薙ぎ払う。プレダコンの軍団はまだ多く残っている。

「満身創痍だな。どうしたダイノボット? プレダコンの首領はここにいるぞ。私を倒さねば終わらぬ、私を倒さねばあの小さき者にあえぬ」

「首領? 違う、お前は敗残兵だ。俺達を恐れて逃げた臆病者だ」

 グリムロックの挑発をペイトリアークは涼しい顔で流してみせた。

「すぐに行く、もう一度殺してやるからな!」

 怒りの火をつけて口から炎を吐きだしてプレダコンを焼き払い、グリムロックはひたすらに前へ向かって走り続ける。噛みつかれても体を焼かれてもグリムロックはただただ走り、獣性に満ちた目にはペイトリアークしか映っていない。怒りに満ちた頭には牙をペイトリアークの首に叩きつけるしか無い。

 全身、赤色に染まったグリムロックは雑多なプレダコンを轢殺し乱舞する。手当たり次第に噛み砕き、口から炎と砲弾を撒き散らす。

「ダイノボットは! 決して! 歩みを止めない!」

 正面に頭突きをいれてプレダコンは将棋倒しに倒れ、そこに炎の波が流れ込み灰燼と化す。

 左右から仕掛けても体を暴れさせてプレダコンを寄せ付けず、例え近付けても大顎と牙が待っている。嵐のような暴虐に晒され、プレダコンは数を確かに減らしつつあった。

 決死の覚悟で一人のプレダコンがグリムロックの足下へタックルを決めた。問題なく踏み砕かれたかに見えた。ところが、グリムロックは足を踏み外し、そこへ一斉にプレダコンが飛びかかり、のしかかった。

「終わったな、ダイノボット」

 引き倒され、後はグリムロックが餌になるのを待つのみだ。

 そこへ、突如としてあらぬ方角から大きなエネルギー砲が降り注ぎ、グリムロックにまとわりついていたプレダコンをまとめて消滅させてしまったのだ。突然の出来事にプレダコン達は目を疑った。当然、視線はレーザーを放って来た方へ向いた。

「何者だ!」

 ペイトリアークは叫んだ。コロシアムの入場門に一台の巨大な戦車が停車している。キャタピラを持ち分厚い装甲で覆われたボディの上に塔のような大きな砲塔が乗っている。ペイトリアークの言葉に応えるべくコックピットが開いた。

「吾輩をお呼びかね? 醜い生き物さん達、人に名前を尋ねる時はまず自分から、これは吾輩の挨拶代わりだ。受け取ってくれやー!」

 白いトランスフォーマーは再び巨大な戦車ネガベイターに乗り込みエネルギー砲を発射した。

「はっはっは! どうだね吾輩のネガベイターのお味は!」

「グルルル……誰だお前は」

 急に現れ、助けてくれたは良いがグリムロックは警戒心を忘れていない。

「吾輩はホイルジャック! んん~お前さんが吾輩の知人と良く似ていてね。つい手助けしてしまった。お前さん名前は?」

「俺はグリムロックだ。ダイノボットのリーダーをしている」

 グリムロックと名乗られ、ホイルジャックは度肝を抜かれた。

「待て待て、もう一度名前を頼んます」

「グリムロック」

 ホイルジャックは目をごしごしとこすり、目の前にいるグリムロックを凝視した。少なくともホイルジャックの知るグリムロックはまともに会話など出来ないし、ここまで大きくはない。ホイルジャックの知るグリムロックの二倍はある。

「グリムロック……見ない間に大きくなったもんだなー」

「俺はお前を知らない、人違いだ」

 会話をしながらグリムロックとホイルジャックは並み居る敵を倒し続けた。

「グリムロック、覚えとらんか? お前さんを造ったのは吾輩なんだぞ。いやしかし、グリムロックがここにいるという事は……つまり……」

 つまり死んだという事になる。そう思うとホイルジャックは悲しくなって来た。

「お前が……俺を造った? そんな筈はない」

「いいや、お前さんは吾輩の最高傑作。自慢の子だ。ちょっと乱暴だがね。スワープもスナールもスラッグもスラージもだ」

「な、何故その名前を……という事は俺の……父さん?」

「じゃがそう考えるよりは同じサイバトロン戦士と考える方がいいな」

 ホイルジャックは胸のエンブレムを見せた。グリムロックの背後から迫るプレダコンをホイルジャックはドロップキックで蹴り飛ばした。

「舐めたらいかんぜよ!」

 ホイルジャックはどこからか小さなアンテナがついた銃型の装置を手にした。

「グリムロック、先を急げ! こいつらは吾輩がやる」

 イモビライザーを手にし更にネガベイターに搭乗する。

「さぁ、やったるでぇ!」

 ホイルジャックはプレダコンを次々に灰に変えて行く。ホイルジャックが作った物はどれも危険極まる物ばかり、その証拠がネガベイターだ。射角の関係で上を狙えないという弱点があるが、ホイルジャックは頭上から飛んで来たプレダコンを自慢のマグネット砲弾で迎撃、イモビライザーの力もあってか一人でも十分に戦える戦力を備えていた。

 だが、数の暴力にはそう持ちこたえられはしない。プレダコン達はネガベイターの懐に入り込む事で強力無比のレーザー砲をやり過ごし、一方向から絶え間なく押してネガベイターの車体を傾けた。

「おぉ!? 何すんねや!」

 ネガベイターを倒されてコックピットから放り出されてしまいそこを狙ってプレダコンが押し寄せた。ネガベイターがなくともホイルジャックにはイモビライザーがある。光線を発射してプレダコンの動きを止め、倒れたネガベイターの車体をよじ登り、なるべく高い位置に逃げた。

「これやから野生動物は……。おい、グリムロック! まだか!? 早く決着をつけなさい! コイツ等は引きつけている間に!」

 ホイルジャックを一瞥してプレダコンの多くがそこへ集まっているのは分かった。グリムロックがやるべきはプレダコンの敗残兵の首領を落とす。足に力を込めてスラスターの噴射と同時に大ジャンプでコロシアムの客席に乗り込むとスカイリンクス、ダークスティールの二人が迎撃に打って出た。始めはスカイリンクスの突進をあえて受け止めてロボットへ変形すると両手で頭を目いっぱい殴って叩き潰す。スカイリンクスに気を取られている間にダークスティールが空中から奇襲を仕掛けて来た。前足と後ろ足でグリムロックを捕まえると楽々持ち上げて見せて観客席に叩きつけながら低空を飛んだ。岩や大きな椅子が顔や頭にどんどんぶつかり、グリムロックは鬱陶しく思い無理矢理、態勢を立て直し、ダークスティールの足を掴むとそこからジャイアントスイングで遠方へと投げ飛ばした。

 スカイリンクスが既に迫っているのは察知している。グリムロックは再びティラノサウルスへと戻ると背後から噛み付いて来たスカイリンクスの頭を尾の一振りで跳ねた。プレダコン二人を圧倒してついにその首領の眼前へと立った。

「本当にここまで来るとは思いもしなかったぞグリムロック?」

「ペイトリアーク、諦めろ。一人のお前に勝機はない」

「諦めろ? 諦めろだと? 舐めるなよダイノボット! 数多くの同胞を屠った貴様を殺す事を諦めると思うなァ!」

 三つの首が口を大きく開けると三方向から火炎を放った。グリムロックも負けじとレーザーファイアーで対抗し、ペイトリアークの火炎を相殺した。続いて砲弾がグリムロック目掛けて撃ち込まれると弾道を見切って一発、二発と腰を低く取ったり、身を翻して避ける。三発目の砲弾は口で受け止め、噛み砕いて爆裂させそれでもなお元気な様を見せつけてグリムロックは重々しい足音を轟かせ、喉を震わせて咆哮を上げた。

 ペイトリアークも同じく雄叫びで威嚇し、その数瞬後、二人は激しく頭と体をぶつけ合った。尾を使ってペイトリアークの前足を払い、バランスを崩した拍子にグリムロックは首に噛み付き、デタラメな怪力でペイトリアークの巨体を投げ飛ばす。土煙が舞い、ペイトリアークは顔を振って煙を払った。顔を上げてグリムロックを視認しようと瞬時に索敵したが巨体には不釣り合いな速度で接近し、ペイトリアークの目先には牙が迫っていた。

 一瞬、死を意識したが、プレダコンの無念、怨敵への復讐心が無意識に体を後退させてグリムロックの牙を避けて見せた。あらぬ空間を噛み砕き、鉄を力いっぱいに叩いたような鋭い音が聴こえた。

 巧妙な足取りでペイトリアークの三つの首を避けては砲弾や火炎を用いた消極的な攻撃かと思えば牙と爪、尾を使った怒涛の肉弾戦を仕掛けて来る。

 もはや明らかに昔日のグリムロックではない。

 セイバートロンにいた頃は賢かったが、力はなかった。

 地球にいた時は知能はないが、バカ力が備えられていた。

 そして現在、セイバートロンにいた頃の知能に加えての多くの戦闘経験、そして磨きかかった強靭な肉体。ペイトリアークに勝機はなかった。

 大きな体躯でぶち当たり、体をよろめかせてからグリムロックは小さいながらも屈強な腕でペイトリアークの首をホールドし、頭からかぶり付き首の関節をへし折った。手負いの獣は死力を尽くして悶え、生きようと暴れまわる。グリムロックは腕や首を噛み付かれはしたが、怒りが痛みを麻痺させてくれる。

 ペイトリアークは前足の爪でグリムロックの顔を切り裂き、長い首を鞭のようにして払ってグリムロックを退かせた。距離を置いてまた仕掛けてやろうという算段だが、この時、グリムロックの尾から口にかけて光を放ち、空気を吸い込むように胸を張った。

 刹那、グリムロックの口腔内から特大のレーザーファイアーが発射され、ペイトリアークは防御も回避も間に合わず、司令塔たる中央の首を飛ばされてこと切れた。

 

 プレダコンの残党も全て絶たれ、戦いでボロボロのグリムロックとホイルジャックだけが闘技場に残った。

「試練っちゅーからどんなもんかと思ったらとんでもない。酷い内容だ」

 ホイルジャックは額を拭ってネガベイターにもたれ掛った。グリムロックは次なる敵に備えたが、いくら待ってもゲートは開かず新しい敵が来る気配はなかった。

「敵は全員倒したのか?」

「どやろか? 吾輩もこの場所はよう分からん」

 それからホイルジャックとグリムロックはどれだけ待ったかはわからない。なんせここには時計という物、そもそも時間という概念が存在しない世界なのだ。すると、闘技場の内部に響き渡る声がした。

 ――敵は後一人だ。グリムロック、ホイルジャック。キミ達、どちらかが生き残れば生還を許そう。

 そんなアナウンスに互いに驚愕の色に支配され顔を見合わせた。さっきまで共闘した者を殺す。グリムロックには生き返る為なら何でもするつもりだ、しかし生みの親と名乗る者をこの手で叩き潰すのは流石に躊躇う。ホイルジャックもそうだ。グリムロックは別人だが、ホイルジャックにはどうも赤の他人とは思えなかった。ホイルジャックにしてみれば、己の最高傑作を破壊しろと言われているような気分だった。

 グリムロックはロボットモードでホイルジャックを見下ろし、剣の柄を握りしめた。四糸乃の元へ仲間の元へ帰るべく戦い抜いて来たのだ。ここで止まるわけにはいかない、しかし、剣を振り下ろせない。

 残酷な二択だ。

 沈黙が続いた。時間制限はないので何時間でも何週間でも何年でも思い悩める。いつまでもそうしている時間は無い。

「よっこいしょ……」

 静寂を叩き割るようにホイルジャックの気の抜けた声がグリムロックの耳に届いた。ネガベイターにもたれていたホイルジャックは立ち上がるとグリムロックの前に立つ。

「グリムロック、お前さんが生きなさい」

「え……? ホイルジャック、お前にも仲間が……」

「いいや、いいよ。吾輩の老い先短いスパークよりもお前さんの方が大事や」

 ホイルジャックは傾いたネガベイターの車体をなんとか正常に戻すとリモコンを使って遠隔操作を始めた。

「なぁにまたすぐに会えるさ! ほな、元気でなグリムロック」

「ホイルジャック……! まて何する気だ!」

 グリムロックが止めに入ろうとした瞬間、リモコンのスイッチを入れてネガベイターの光線がホイルジャックを包み込んだ。レーザー照射が完了するとそこにはホイルジャックの姿はなく、ただ黒い影だけが地面に残っていた。

「グググ……! ウオォォォォォォォォォォォッ!」

 止む事のない慟哭はグリムロックがその世界から消えて地球へと送還されるまで続いた。あらゆる次元に位置するディセプティコン、オートボット、戦士や獣との戦いを経てグリムロックは彼らの命の犠牲の先に生きていく。

 ホイルジャック、偉大な科学者であり戦士に敬意を表す。ホイルジャックのした犠牲は無駄にはしないと誓った。

 

 

 

 

 

 朝日がオートボット達が寝るトレーラーに降り注いだ。オートボットの中で一睡でもした者は誰一人としていない。オプティマスが死亡したという事が未だに信じられず、ディセプティコンの連中を今度という今度は叩き潰してやろうと憤ったり、サミットの結末を心配したりと不安要素がありすぎて眠れないのは当然だった。

 オプティマスがいなくても自分たちをPRしようと思えば出来るが、そういったものはあまり慣れていない。

 ガンガンッとやかましくトレーラーのドアを叩かれてオートボットに朝が来た合図を送られた。開錠される音がしてドアが開くとビークルモードはたまたビーストモードのトランスフォーマー達はゆっくりとトレーラーから降りて来た。

 オートボットの視線の先にはウッドマンが車椅子に座っている。高そうなスーツを着こなしてびっしりと決めている。後ろで車椅子を押すカレンも昨日とは違うスーツを着用していた。アイアンハイドが先にトランスフォームしてそれに続いて他の皆も車や恐竜、スペースジェットからロボットへと形を変えた。

「オプティマス・プライムの件はジェットファイアーから聞かせてもらったよ。とても……残念だ。私がなんとかしてキミ達が味方であると証明してみせる」

「あなたお一人ではありません。私たちも精一杯証明しますよ」

 と、副官ジャズは片膝をついてそう言った。

「アイアンハイド、オプティマスはキミに指揮権を譲渡した。頼むよ年長者さん」

「あ、ああ。わかっている、ちゃんと果たしてみせる」

「おいおい、こんな短気な爺さんで大丈夫かよ? 癇癪を起こして会場を爆破しなきゃいいけどなー」

 緊張を緩めようとワーパスが冗談を口にした。

「お前こそ何をしでかすか分かったもんじゃない、勘に触るような事を言われて口より真っ先にガトリングが飛ばないか心配でならないぞボウズ」

「何を~!」

「なあなあ、オレ達ダイノボットは今日も黙ってればいいのか?」

 不意にスラッグ達の質問が飛んで来てアイアンハイドは首肯した。

「余計な事は喋らない、喋って良い時は私が言う。OK?」

「OK!」

 適度に緊張感が払拭されて凝り固まっていた表情にいささかの明るさが復活した。ウッドマンは内心、オプティマスが死んで意気消沈しないか心配だったがそれは杞憂だったようだ。トランスフォーマーはオートボットはウッドマンが考えている以上に強く逞しい存在だ。

「はいはい、話は済んだかい? それじゃあ会場へ行こうか」

 ウッドマンを先頭にドーム状の会議場へと入って行く。トランスフォーマー用にも作られた通路は広く設計されてウッドマンは巨人の世界にでも迷い込んだかのような錯覚に囚われそうだ。短い廊下を抜けると昨日会った面々が変わらず揃っている。

「おはようございます、ウッドマン卿にオートボットの諸君」

 フィリップス大統領は挨拶した。

「おはようございます」

 と、ウッドマン。

「バーウィップ、グラーナ、ウィーピニボン」

 緊張したアイアンハイドがつい宇宙共通の挨拶を述べてしまいジャズは肘で小突いた。

「あ、いや。おはようございます」

「アイアンハイド、宇宙共通挨拶は地球人には通じないんだよ? 忘れたのかい?」

「すまんジャズ、緊張してしまった」

 奇妙な言語に一同は眉をひそめた。挨拶のつもりで言ったが、理解不能の言葉に不信感を覚えた。恐らくここにいる皆は脳内で『皆殺しにしてやる』とか『地球は我等の物』などとマイナスなイメージに取られてしまったに違いない。

「まあ、昨日の続きから始めようか」

 フィリップス大統領達との会談を皮きりにショーン・バーガーが真っ先に手を挙げた。

「皆さん! このような会談はもはや無意味です!」

 世界有数の巨大企業のトップであるバーガーは極めて発言力があった。

「何を言い出すのかねバーガー君?」

「バーガーめおつむの方がオムツになったのか?」

「もうろくしたなバーガー」

 と――あちこちから不審な声が上がった。

「バーガー君、少し落ち着きたまえ。キミらしくない」

 フィリップス大統領がなだめようとしたが、バーガーは止まらない。

「大統領、私は昨夜、重要な情報を掴みました。昨日はオプティマスがディセプティコンという悪の組織がうんぬんなどと言っておりましたがインチキもいいとこ! オートボットこそ真の悪! 正義面したペテン師の集まりですぞ!」

 唐突にいわれもない暴言にオートボットは腹が立ったが、何とか落ち着いた。少なくともジャズとパーセプターは。

「何だと!? もう一回言ってみろ! ジジイ!」

 アイアンハイドはそうではなかった。

「聞こえなかったのか? ペテン師だ、インチキロボット、宇宙のクズ、チンピラ、ゴロツキ、侵略者だ!」

 バーガーは畳みかえるように罵倒した。

「セイバートロンじゃそれは喧嘩を売る言葉だぞ」

「黙って聞いていれば好き勝手言いやがって!」

 ワーパス、アイアンハイドは身を乗り出して今にも飛びかかろうという勢いだ。

「やめろ! 二人とも! 冷静になれ!」

 熱くなった二人を鎮めたのはウッドマンだった。相変わらずの冷静さで眉一つ動かさず静かに言い返した。

「バーガーさん、そこまで言うからには何か証拠でもあるのでしょうね?」

「あるとも、決定的な証拠がな」

 バーガーは自分の部下に命じて誰にでも見えるくらいのとても大きなモニターを持ってこさせると再生機などを置いて準備を進ませた。

「皆さん! それでは決定的な映像をお見せしましょう! オートボットがいかに極悪非道な連中かこれで一目瞭然です!」

 バーガーがリモコンの再生ボタンを押すとメガトロンが巧妙に細工した例のスピリットキャノンの映像が流れた。もちろんオートボットはポカンと口を開けており一体何をしているのか理解が追い付かなかった。

「見てください、あの大きな宇宙船を。そして船体に刻まれたエンブレムを!」

 バーガーに指示されてトリプティコンの体を注視すると本来ならばディセプティコンのマークが刻まれている所にオートボットのエンブレムが描かれていた。トランスフォーマーについてまだ詳しい事を知らない人間達はざわめき、嫌な事を囁き始めた。それに対してオートボットは猛反論した。

「こんなインチキ映像をよく流せたな! ペテン師はどっちだ!」

 アイアンハイドは感情を露わにして叫んだ。

「黙れ悪の軍団め! お前たちはここに全ての戦力を持ってこずに宇宙や火星にまだ戦力を隠しているのだろう! どうですウッドマン卿、あなたまだこのような連中の肩を持つのですか!?」

 ウッドマンはアイアンハイドの顔を見上げた。

「まさかあんな戦艦、持ってはいないだろう?」

「当たり前です。あれはディセプティコンのトリプティコンという化け物、私たちじゃない! あの映像は細工されている……! そしてあんな映像を撮れるのはディセプティコンしかありえない! あのたぬきめ、よくもこんなデタラメを!」

「見苦しい言い訳だ。よく見ていろ!」

 映像はまだ続き、見覚えのないオートボットの戦士がスピリットキャノンを発射してそれをスタースクリームが受け止めている。スタースクリームの死と引き換えに地球が救われた映像になっていたのだ。オプティマスの死を冒涜された気になりオートボットは激しく怒った。

「でっち上げです! オプティマスは自分の命と引き換えに地球を守った! 彼はもういない!」

「オプティマスがここにいないのとこの映像がお前たちでない事と何の繋がりがある? 大方、オプティマス・プライムは兵力でも集めているのだろう? この地球を植民地化する為にな!」

 続いてまた別の映像、本来ならばショックウェーブが士道や精霊達を捕えて無理矢理に反転させようというシーンだったが、ショックウェーブは編集でパーセプターに変わっていた。琴里は人質という体なので映像には映っていない。

「何だ? 何で私が映っていると言うんだ? これは何かのジョークか?」

「ジョークなもんか、お前たちはここに映っている少年を拘束して体を改造した。少年の妹を哀れにも人質として取ってな。そして精霊達の霊力を無理に搾取してあの最悪の兵器を作った。そうだろ!」

「少し待ってもらえますかなバーガー氏」

 先ほどからずっと話しっぱなしのバーガーを虎太郎は止めに入った。

「オートボット、この映像が偽物であれ本物であれ、私はキミ達の滞在を否定するだろう。もちろん、ディセプティコンもだ。私たちに関わらないで欲しい。キミ達の戦争はキミ達だけでやってくれ。ここは地球、キミ達の戦場ではない」

「私たちも地球でドンパチするつもりは無いんだよ」

 ジャズは一歩前へ出て話を始めた。

「ディセプティコンがこの星を狙っている以上は捨て置けないんだ」

「嘘に決まっている! お前たちはアスガルドに取り入り、技術の提携をしている筈だ。ウッドマン卿、あなたもオートボットから利益を得ているのでは?」

 再びバーガーが吠え始めた。

「根も葉もない話です。憶測で語るのはやめていただきたい」

「ほう? ならば何故、DEMにオートボットを襲わせた?」

 バーガーはボタンを押して次にオメガスプリームによるDEM侵攻の映像を流した。その瞬間、ウッドマンの額にじわりと汗が滲んだ。オメガスプリームの件は正真正銘、事実だ。しかし、ここでいくらDEMが極悪な企業だと訴えても逆に怪しまれるだけだ。

「DEM、三歳児ですら知るこの巨大な企業は地球の科学技術の父です。オートボットの戦士はここを突如襲った。エリオット・ボールドウィン・ウッドマン、あなたはライバルたるDEMを潰したかったのでは?」

「アイアンハイド、命令してくれよ。そうすれば――」

「やめろワーパス、手を出せば終わりだ。ウッドマン、何か言い返せないのですか?」

「DEMの悪行を知るのは極々僅か、私たちが言い返しても怪しまれるだけだ……!」

 バーガーはニヤリと口角をつり上げた。

「大統領、それに各国首脳の皆さん。ご決断の時です。オートボットを追い出すか否か、そして人類を売り、エイリアンに加担するこの男を処断するか選んでください」

 会場にいる大勢の重鎮は顔を見合わせたり、ひそひそと小声で話し合った。

「さァ! ご決断を――」

 

 

 

 

 

「うっぷ……気分悪ー」

 最悪の目覚めを迎えた耶倶矢は頭を押さえてうな垂れた。反転の影響で体に負荷がかかりだるくて重い、そんな感覚に陥っていた。

「おぉー! 耶倶矢! 目が覚めたのだな! シドーが私の為に軽食を用意してくれていたのだぞ!」

 軽食の超デカ盛りトンカツ定食を凄まじい勢いで食べ進める十香を見て一瞬で元気だと分かった。起きて一発目からそんな胃もたれしそうな物を食べれるのは元気の証だ。いや、バカの証かもしれない。

「よくそんな重たーいの食べれるわね」

「む? そうかそんなに重たいのか、私はへっちゃらだぞ? 耶倶矢も食べるか?」

「いらないし! あんたの人間離れした胃袋とあたしの胃袋は違うの!」

 耶倶矢の枕元にはサンドイッチが置いてある。本来ならこういったのを軽食と呼ぶのだ。けれど耶倶矢には小さなサンドイッチを食べるだけの食欲もない。

「食欲湧かないな~……」

「あらあらダァメですわよ耶倶矢さん、食べれる時にしっかり食べておかなくては」

 目を覚ましたばかりの狂三、その手にはクロワッサンが収まっている。

「グリムロックさんに続いてオプティマスさんの死は辛いでしょうが、悲しんでいる暇はありませんわ。ディセプティコンはきっと仕掛けて来ますわ」

 クロワッサンを頬張りながら言うと残念ながら緊張感に欠ける。

「またシドーを狙って来るのであればもう今度はコテンパンにぽっこぽこのケチョンケチョンにしてやるぞ!」

「本来の精霊の力があれば、ですわね」

「……多分、ううん絶対ディセプティコンは士道を狙って来るよ」

「同感。夕弦もそう思います。或美島でスタースクリームが士道を連れ去りかけた件」

 のそっと夕弦も起き上がった。

「DEMへ誘拐されたし。ディセプティコンは士道を変に注目してるよね」

「答えは簡単ですぅ! だーりんが可愛いから誘拐されるんですよぉ!」

 美九が飛び跳ねるように上体を起こして声を張った。

「士道ってピーチ姫ポジなわけ? まあそりゃそうよね~。女装したらそんちょそこらの女より断然可愛いし~。あたしなんて良いとこナメクジよナメクジ」

 起き上がるなり七罪はネガティブな発言をしたかと思うとすぐに布団にくるまっていじけてしまった。

「七罪さんの情緒はどうなってるんですの?」

「シッー! 狂三ちゃん、それは言ったらダメなの! ――ハァ~イ、七罪ちゃん、いい子でちゅからお布団から出ましょうね~」

 ミノムシのようにして布団にくるまる七罪を美九は体を揺すって赤ん坊をあやすような口調で七罪の警戒心を解こうとした。

『あらぁ~七罪ちゃんってばネガティブモード突入だねい!』

「う~ん、じゃあ強行手段で引っ張り出しましょう!」

 美九は体をくねらせて七罪のベッドへと侵入すると固く閉ざした布団をこじ開けて中へと入って行く。

『わっ!? 何よ美九!』

『七罪ちゃんを光に解き放ちに来ましたよぉ~。お布団の殻から早く出ましょうよ~!』

『HA☆NA☆SE!』

 七罪の抵抗も虚しく、布団のから引っ張り出されてしまい、無理矢理美九の膝の上に座らされると逃げられないようにぎゅっと背中から抱き締められていた。七罪は酷く不満そうだが、美九は七罪にスリスリと頬ずりしたりとスキンシップが激しかった。

「げぷっ……よぉし! もしも次にシドーがさらわれるような事がないように私達は全力でシドーを守るのだ!」

「士道さんをお守りするのは構いませんが、どうしますの? まさか体を縄で戒めるなんて言いませんわよね?」

「――それは既に実行済み」

 冷淡な声が医務室に響き、自然と視線がそちらの方へ注がれた。出入り口には折紙と真那が士道を持ち上げて運んでいた。

「シドー!? おい折紙、シドーを離せ、嫌がっているではないか!」

「これは士道が望んだ事、士道はこういう趣向にチェンジした」

「人をMみたいに言うな!」

「驚愕。やはり士道はそっちでしたか」

「何がやはり何だ夕弦!?」

 

 士道を空いているベッドに置いてようやく縄をほどいてもらった。ずっと同じ態勢だったので肩や腕に痺れるような感覚が残っている。腕を回したり、軽い運動で体をほぐすと士道は真剣な顔つきになった。

「ディセプティコンが本気になればフラクシナスも長く保たせられないと思う」

「ですわね、オメガスプリームさんがいますが、相手もオメガスプリームさん並みの敵がいますわ。そちらの相手で護衛どころではないですわ」

「オートボットも弱っている。そちらを当てにするのは危険」

「逃げるというのはどうなのだ? この町の外にシドーを出す。もっともっと遠い所へ」

「遠い所か……。まさかエジプトまで逃げるハメにならないよな?」

「そこまで逃げてもらった方が良いかもしれませんわね」

 話し合いが続いている最中、医務室のドアが開いて琴里と令音が顔を出した。

「お取り込み中悪いけどオートボットが帰って来たわ。出迎えに行きましょ」

 

 

 

 オートボットが帰って来た事が分かったのは基地のテレトラン1が知らせてくれたからである。オートボットとそれに見慣れない人間達の姿もだ。

 オートボットが一度基地へと戻ったのはこの星を去る為の宇宙船を取りに来る為である。地球の原始的なロケットは信用出来なかった。オートボットの追放が決まり、かつてロックダウンが乗っていた宇宙船“デスヘッド”をまたまた利用する事になる。

 ユニクロンと決着をつける際に使ったくらいだ。オートボットはデスヘッドを天宮市の市街地の外れにまで運んでいた。人気のないだだっ広い平野でデスヘッドを発進させるに十分なスペースがあった。

 着陸用のバーが船体から四本伸びて地面に突き刺さっている。船体下部からは乗船用のダクトが降りて、オートボットはまさにそのダクトに足を乗せようとしていた所だった。

「みんな! どこへ行くのだ!」

 十香の声にオートボット、それにバーガーと彼が率いる私設軍隊が振り返った。

「何だ、あの小娘は?」

「バーガーさん、あれは例の精霊達とオートボットに操られている子供達ですね」

「何と!」

「おい、貴様! オートボット達をどうするつもりなのだ!」

 十香は噛み付くように叫ぶ。

「心配しなくても大丈夫だよお嬢ちゃん。悪の軍団オートボットは無事に地球から排除される」

「――――ッ!?」

 士道一同は驚愕で目を見開き、口を大きく開けた。

「オートボットが……追放? アイアンハイド、何で言い返さなかったんだよ!」

「すまない士道、私の力不足だ。それに地球の決議には従うと。オプティマスも言った。例えそれがどんな結末でも」

 これがオートボットとの最後、そう思うと胸が苦しくなってくる。

「耶倶矢、夕弦」

 ジェットファイアーは二人を呼ぶと片膝をついて、二人に顔を近付けた。

「短い間だったがキミ達といた時間はかけがえのない時だった」

「ジェットファイアー……やだよぉ、どうにか出来ないの?」

「出来ない……。耶倶矢、火星の石を忘れないで欲しい」

「火星の……石?」

 ジェットファイアーはクリスマスに渡した火星の石を指差した。耶倶矢と夕弦はそれはサンタクロースからもらった物だと思い込んでいるので言っている意味が分からなかった。

「早く艦に乗れ!」

 バーガーに言われ、オートボットはデスヘッドに乗り込んだ。ダクトとバーを格納してデスヘッドはゆっくりと浮かび上がる。スラスラーに青い炎が点火、そしてオートボットを乗せた船は気が付くと空の彼方へと消えていた。

「オートボットを追い出して何をするつもりなのかしら? バーガーさん。それとウッドマン卿は?」

 琴里は不機嫌そうな声で尋ねた。

「ウッドマン卿は地球をエイリアンに売りかけた者として拘束している。安心したまえ、キミ達の安全は私が保証する」

「ふざけないで! ウッドマン卿を拘束!? 一体なんの権限があって――」

「全ては議会の決議だ」

 バーガーはそう言い残して自家用車に乗り、私設軍隊を率いて行ってしまった。

「いよいよ、逃げないとダメみたいね」

「ああ……なるべく人が少ない所だな。すぐに準備する」

 

 

 

 

 デスヘッドで大気圏を突破した所でオメガスプリームと合流を果たした。これからどうするかを皆で話し合うのだ。セイバートロンは不毛の地、他の仲間とは連絡が出来ない。

 オートボットを乗せた艦を観測する者がいた。

 エレンだ。ただしエレンはペンドラゴンを纏うのでなく、更に巨大なユニットを装着していた。ホワイトリコリスよりも二回り大きなショックウェーブお手製の拡張ユニット“アルテミス”はデスヘッドに向けて宣告も無く両腕の巨大アームから極大のレーザー砲を発射した。

 レーザー砲は命中、船体は傾き、黒煙を吐き出している。スラスラーを一基破壊されてスピードは大きく減衰してただでさえ狙いやすい大きな的が更に狙いやすくなった。

「オートボットの皆さん、聞こえていますか?」

 エレンはデスヘッド内のオートボットに通信を飛ばした。

『だ、誰だコイツ!』

『不意打ちとは卑怯だぞ!』

「エレン・M・メイザース、あなた達に未来を潰された者ですよ。覚悟して下さい」

 デスヘッドと平行して巡航していたオメガスプリームはスペースシップからロボットに形を変えるとエレンをロックオンした。

《ターゲット:エレン・メイザース》

 口調が機械的な冷淡なものに切り替わる。

《ミッション:DEM残党、完全破壊》

 オメガスプリームは全身のポットからミサイルを発射、灰色の煙が弧を描いてエレンの頭上や左右、下部からと四方から包み込む形で迫って来た。

 二本の巨大アームと護衛艦並みの大きなバックパックを備えたアルテミスはそのバックパックからオメガスプリーム同様にポットを開放、圧倒的な数のミサイルを放った。

 オメガスプリームとエレンのミサイルが宇宙空間でかち合い、爆発の幕が両者との間に形成された。

《警告:逃げろ》

 オメガスプリームはオートボット達を逃げるように促した。傷付いた艦ではまともに戦えない。それにアルテミスを纏うエレンの戦力は桁違い、オメガスプリームはそう判断した。

「逃がしませんよオートボット!」

 エレンは巨大なユニットを背負っているにも関わらず、メインブースターを噴かしてデスヘッドを追いかけた。エレンやオートボットが交戦しているのは地球から離れ、太陽の付近だ。

 オメガスプリームはエレンを止めようと腕からレーザーを照射したが、アルテミスのアームに蓄積された極大の光線がオメガスプリームのレーザーを相殺した。

 今度は体内に収容されたエアーボットを向かわせたものの、アルテミスのバックパックから無数のビットがエアーボットとかち合った。

「太陽に消えなさい!」

 対艦ミサイル、大口径機関銃が逃げるデスヘッドを穴だらけに変え、船体の破片が舞った。

『う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』

 通信越しにオートボットの悲鳴が聞こえて心地いい気分だ。四基あるスラスラーの内三基は大破、並行装置も破損、デスヘッドはゆっくりとだが確実に太陽目掛けて傾き始めた。

「さあ、さあ! オメガスプリーム! 仲間は太陽目掛けてまっしぐら、私を攻撃している場合ですか!?」

 そうまくし立てるエレンの言葉などオメガスプリームの耳には入っていない。エレンへの攻撃を中断してオメガスプリームはデスヘッドの救出に向かっていた。太陽に真っ直ぐ落ちて行く船体をオメガスプリームはしっかりと抱えて背面のスラスラーを最大出力で噴射した。

 船を軌道上に乗ればなんとかなる。だが、船は落下の勢いが収まらず、オメガスプリームも太陽という煉獄へ向けて押し込まれ出した。

「終わりです! オートボットォ!」

 アルテミスのアームから長いバレルが伸びると砲口はバチバチと電気を帯び、次の瞬間、レールガンは発射と共にオートボットの船を粉々にした。

「アイクの仇、討ち取りましたよ……!」

 エレンは腹の底から高笑い、帰投した。

 果たしてオートボットの運命はいかに……?

 

 

 

 

 

 トリプティコンのブリッジでは各々、任務を完了したディセプティコン達が戻って来ている。スタースクリームも任務を完遂して腹立たしいくらい堂々とした顔でブリッジに立っている。

「いやはや、すまないスタースクリーム、お前の実力を疑っていたがよくやったぞ」

「え……あ、はい……あの……はぁ、ありがとうございます」

 意外にも素直に褒められてスタースクリームはむず痒く感じていた。褒められるなど本当に久しぶりの経験でどういう反応を取っていいのか分からなかった。

「無事の帰還を喜ぶ前にだな――」

 メガトロンは水色の塗料が入っているバケツを手にヘラを使ってスタースクリームに塗料を塗り始めた。

「何するんです!? 俺の美しいボディに!」

「黙っておれ、人間にはお前は死んだという設定になっておる。だから別人にならんとな」

 コンバッティコンも手伝って、スタースクリームは瞬く間に水色のカラーリングに変えられてしまった。

「酷い……これではサンダークラッカーですよ!」

「少しの辛抱だ。我慢しろ。サウンドウェーブ、スタースクリームは儂と共に来い。トリプティコンは衛星軌道上で待機、人間が行軍する気配があれば教えろ」

『へあ? わかりました』

「ショックウェーブ、お前は儂の合図で天宮市にエネルゴンタワーとダークマウントを落とせ」

「御意」

「エレン! エレンはどこだ!」

 メガトロンが叫ぶとたった今帰還したエレンはブリッジに入って来た。

「お呼びですか?」

「エレン、貴様はダークマウントが降りた際にフラクシナスを落とせ」

「プレダキング、コンバッティコンは残りの敵勢力の排除、及び五河士道の捕縛だ」

「了解しました」

「コンバッティコン、やるぞォ!」

「ディセプティコン! これが最後の戦いだ! 地球を乗っ取り、セイバートロンを蘇らせるのだ!」

 メガトロンの声にディセプティコン達は士気が高まって行く。メガトロンの声に応えて兵士達も声を上げて戦意を奮起させた。

 行軍開始は明朝。午前五時。

 平和が欲しければ、敵を殲滅せよ。

 

 

 

 

 

 ストレスで死にそうだ。燎子はそう思い、朝を迎えた。オートボットを追い出したという報道はエイリアンを撲滅して平和を確立したかに見えるだろう。だが燎子はもちろん、天宮市で戦った自衛隊はディセプティコンの驚異を知っている。

 例えどれだけ正しい事を言っても一介の兵士に発言力も説得力もない。燎子や他の隊員の声は上層部に受け入れてもらえなかった。

 燎子の出来る事は戦いに備える事に尽きる。今やショーン・バーガーの名を知らない者はいない。エイリアンを追放して、地球を目に見えない驚異から救った英雄扱いだ。

 ただの欲の皮が突っ張ったマヌケが一夜でこの有り様だ。

 テレビを付ければ燎子はいつも腹立たしく思う。まずバーガーの何が気に入らないと言うと体型だ。

 醜く太った様で寒気がする。次に高圧的な態度だ。英雄扱いから英雄気取り、まるで世界のトップにでも立ったという程の威張りっぷりだ。

 日課のトレーニングを自宅で済ませ、職場へ足を運ぶ。そしてASTのトレーニングを終了して終わった頃は昼過ぎだ。

 午後一時、休憩室で昼食を取る燎子はいつも頼むサバの味噌煮定食の前で手を合わせていた。

「いただきます」

「いただきまーす! 日下部隊長はサバの味噌煮が好き何ですね! いつも食べてますよ!」

「ええ、大好きよ」

 燎子は休憩室にあるテレビをつけるとバーガーが映っていた。

「ちっ……」

 燎子は軽く舌打ちした。

「ショーン・バーガーですね。トランスフォーマーとの会談でオートボットの悪を見つけ出したって言う……」

「オートボットが悪……ねえ。ミケ、あなたはどう思うの?」

「ふぇ? 私ですか? あんまり面識ないですし……」

 ASTの敵、しかし人間の敵ではない。燎子の見解はこんなものだ。

 不機嫌極まる表情で燎子はテレビの画面を睨みつけていた。

『皆さん、オートボットを追い出す事に成功した我々人類ですが、次なる進化のステージに立つ時です。エイリアンの出現は宇宙にまだまだ可能性があるという事、その進化を手助けしてくれる力強い味方を手にしました!』

 燎子は嫌な予感がした。燎子だけではない、このテレビを見ていてトランスフォーマーを良く知る人物はとてつもなく嫌な予感がしていた。

『では私達の良き協力者であり同盟者、ディセプティコンの皆さんです!』

 バーガーの後ろの赤いカーテンが取り外され、現れたのはメガトロン、サウンドウェーブ、そして色違いのスタースクリームだ。

 燎子は口に含んでいた水を吹き出した。

「何ですってぇ!? ミケ、バーガーはどこでこの放送をしているの?」

「えぇ? 多分天宮テレビ局だと思うんですけど……」

『地球の皆さん、初めまして私はメガトロンです』

 メガトロンが話し始めた。優しい口調でテレビ局や大多数の人間の警戒心を解いて、メガトロンの言葉や話し方はどこか説得力を感じさせる妖しげな魅力があった。それは演技でもなく彼が本来持ち得るディセプティコンを束ねる者としての才能だろう。

『今やオートボットという巨悪は去り、地球の平和が保たれ私は本当に嬉しく思っています』

 テレビをつけっぱなしで燎子は兵器庫へ走って行き、美紀恵もその後を追った。

『ではミスター・メガトロン、オートボットがいない地球で何をするおつもりですか?』

『よく聞いてくれたなウジ虫共』

『は?』

 スタジオにいた人間は一瞬、耳を疑った。今、言ったメガトロンのセリフが聞き間違いであって欲しいと願った。

『儂の目的はな、このちっぽけな星のエネルギーを吸い上げて空っぽにする事なんだよ』

『何だって!?』

『何ですって!?』

 驚きを隠せない人を尻目にメガトロンは続けた。

『我が友、ミスター・バーガーがオートボットを追い出してくれたおかげで儂等は楽に侵略が出来るのだ。バーガーには感謝だ』

 放送事故どころではない。

 ディセプティコン達が寝返った瞬間のバーガーの顔は後生にもずっと残していける程、驚きを体現していた。

『そんなバーガーな!』

『バーガー! この裏切り者!』

『貴様こそ人類を売ったな!』

『くたばれバーガー!』

『バーガー! 恥を知れ! 恥を!』

 騒ぎ立て罵詈雑言を浴びせるスタッフ達、まんまと騙され、最悪の敵を敵と知らずに招き入れてそして同じ人類には売国奴と罵られる。この場合は売星奴と言うべきか。

『ショックウェーブ、始めろ。まずはこの天宮市を陥落させるのだ』

 メガトロンの命令でショックウェーブは宇宙空間のトリプティコンを操作して九本の柱を射出、精霊の霊力、CR-ユニットの使用を大きく制限するエネルゴンタワーだ。

 天宮市を囲う山脈、そこからはスタースクリームが仕掛けた球体が赤外線を発し、その地点へとエネルゴンタワーが突き刺さった。

 そして、ディセプティコンの新たな拠点となるダークマウントが来禅高校を踏み潰して打ち立てられた。ダークマウントを中心に九本のエネルゴンタワーは天に向けてエネルギー波を放ち、瞬間的に不可視のドームを作り上げてしまった。

 ディセプティコンのあまりの手際の良さを疑問視する者は殆どいない。天宮市に住まう住人は生きて日を拝む事はないだろうと諦めていたからだ。

 

 

 

 

 

 非常事態ではやはりラタトスク機関は動くのは早い、フラクシナスのやるべき事はエネルゴンタワーの破壊、一刻も早くに町のシールドを除去して軍隊の助けを求める事だ。

「司令、被害は恐ろしい速度で広がっています!」

 神無月は偽りの仮面を脱ぎ捨てて動き出したディセプティコンが出した被害報告をした。

「被害報告はいいわ! メガトロンは今どこにいるの!?」

「天宮テレビ局にまだいます!」

 箕輪が答えた。

「天宮テレビ局へ急ぎなさい! この艦の火力ならメガトロンは問題なく潰せる筈よ!」

 フラクシナスの船首を傾けて船体を天宮テレビ局へと向けた。ミストルティンの砲撃ならトランスフォーマーのボディも簡単に融解させる事が出来る。それに今はメガトロン以外にサウンドウェーブにスタースクリームがいる。二人の参謀も葬れれば勝機はある。ディセプティコンの致命的な弱点は指揮官がいなければ烏合の衆に過ぎないという事だ。フラクシナスが不可視迷彩(インビジブル)を解除、大きな空中艦がその身を現した。

 メガトロンはテレビで公然と人類に対する明確な敵対を意味する言葉を放ったのだ。メガトロンを倒しても文句は言われないだろう。住民の避難は思ったよりも進んでいる。空間震警報がなくとも空から巨大な柱が降って来たのだから本能的に危機を察知してシェルターへと逃げているのだ。

 まもなくテレビ局だ。

「テレビ局の人間は既に退避が完了しています。バーガーも逃げていますよ」

「好都合よ、あの男には正式に裁かれるべきね。それにウッドマン卿を裏切り者扱いした事を謝ってもらわないとね」

 琴里は足を組み直した。フラクシナスの船首に長大な砲身が出現した。魔力砲、ミストルティンの充填完了までもう間もなくだ。

「ミストルティン、魔力充填、完了!」

 報告が聞こえ、琴里は思い切り声を張った。

「撃て――――」

 フラクシナスの主砲が今まさにテレビ局を消滅させ、メガトロンを焼き尽くす寸前だ。レーザー砲が横殴りに降り注ぎ、フラクシナスは船体を平衡に維持出来ずにあらぬ空間に向けて主砲を放ち、エネルゴンタワーの幕に当たり消えてしまった。

「何なの!?」

『ごきげんよう、ラタトスクの皆さん」

 艦橋の大型スクリーンにエレンの顔が表示された。邪悪な目に満たされてDEMにいた頃以上に禍々しく、強さの深奥にまだ底が見えない。それはエレンが装着する巨大な拡張ユニットの影響も強いであろう。琴里はエレンの顔を見て露骨に嫌な顔をした。こんな時にとんだ邪魔が入ったものだ。

「ごきげんよう、エレン・メイザース。邪魔しないでもらえるかしら? 余計な事をすると怪我をするわよ」

『強気ですね。良いです、その方がやりがいがあります。一つ、あなた達に悲報があります。オートボットは呼んでも来ませんよ』

「私たち人間が彼らを追い出しものね」

『そういう意味ではありませんよ。オートボットが乗る戦艦は私が撃墜しました。今頃太陽でドロドロに溶けてなくなっている筈です』

「精神的に揺さぶりをかけようって魂胆? そんなのお見通しよ」

『どう考えようと勝手ですが、オートボットが来る事はない。その結論に変わりはありません。そして――』

 エレンのアルテミスが武装を展開、全ての武装の照準をフラクシナスにロックオン。バックパックのポットが開放されると多連装ロケットが次から次へと絶え間なくフラクシナスに死の雨と化して降り注ぐ。

『あなた達の死も変わらない』

 船体が大きく揺れて船員達は適当な物にしがみついてなんとか姿勢を保持していた。

「こちらからも打ち返しなさい!」

 怒声にも似た琴里の声にクルーは慌ててキーを叩き火器を働かせた。対艦ミサイルを数十発、灰色の軌跡を残してアルテミスへ向かって行った。高度な迎撃システムはフラクシナスから飛来する対艦ミサイルを機関砲で叩き落とし、エレンは多少の被弾を覚悟してフラクシナスに肉薄した。フラクシナスには及ばずとも十分に大きなサイズを誇るアルテミスのタックルは強烈だ。側面に回り込まれたがサイドガンが展開されてアルテミスの装甲に穴を空けた。

 距離を詰めてからエレンは膨大な火器に晒されつつも至近距離で二本のアームを砲身に有りっ丈の量を凝縮し、溜めこんだエネルゴンを解き放ち、フラクシナスの船体をぶち抜き、とてつもない風穴を空けたのだ。

「司令! この船はもうダメです!」

「墜落します!」

「中津川、ミストルティンの準備をしなさい……。後は機体の姿勢に努めなさい」

「琴里、悪いがミストルティンを撃っている余裕はない。今もこの艦は墜落に向かっているんだよ?」

「自信の消失や諦めは禁物よ。司令官は最後の最後まで自信を持つ。司令官は私よ、私を信じなさい」

 クルーは固唾を飲み、琴里の指示に従った。司令官ならなんとかしてくれる、司令官ならこの状況を打破してくれる。クルーは琴里への期待を本物にすべくカタカタとキーを叩き、ミストルティンの準備そしてボロボロの船の姿勢をなんとか保持しようとした。

 墜落に向かうフラクシナスを見てエレンはトドメを刺そうと落ちていく船を追いかけた。

「フラクシナスもラタトスクもこれで終わりです!」

 二本のアームはレールガンの銃身に切り替わり、ロックオンサイトがフラクシナスに狙いを定めた。トリガーを引きレールガンが発射されると背中を見せていたフラクシナスがその時大きく旋回、その際に一発は外れ、もう一発はかすっただけであった。次弾を発射しようと準備を進めているとエレンにはそのような余裕はなかった。フラクシナスは落ちながらもミストルティンの魔力を蓄えていた。フラクシナスに飛ぶ元気はないが、エレンを撃ち落とす事くらいは出来る。

「ミストルティン、発射!」

 轟音と共に巨大な魔力砲は天を貫かんと撃ちだされる。エネルギーの本流にエレンのアルテミスは船体の半分を消滅させられエレンは悔しさに顔を歪めながらアルテミスを放棄した。ペンドラゴンを纏うエレンはなんとか逃げ出し、フラクシナスが墜落して行く様をじっくりと眺めていた。

「最後の攻撃……侮れませんね」

『よくやったエレン、フラクシナスを見事に落とすとはな』

 メガトロンが気分よく、賞賛の通信を送ってきた。

「いいえ、アルテミスが破壊されました」

『構わん、それよりもフラクシナスが消えた方が連中としては大きな損失の筈だ。これより、コンバッティコンやプレダキングが町の制圧に向かう。貴様は言われた通り、エネルゴンタワーの制御装置の防衛に努めるのだ』

「了解しましたメガトロン様」

 その日、ディセプティコンは天宮市を支配した。町では自衛隊の抵抗もあったが、戦いと呼べるような物は何一つ起こらなかった。戦いはあまりに一方的で圧倒的だった。政府は天宮市の奪回を諦めた。

 そうだ、この町は地球から見捨てられたのだ。

 高くそびえ立つディセプティコンの本拠地、ダークマウント。そこからはメガトロンの邪悪で残酷な笑い声が聞こえ続けていた――。

 


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