デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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※冒頭の変なのは伏線でもなくただのおふざけです。


49話 スピリットキャノン

「起きなさいエレンや、可愛いエレン。起きるのです」

 沈みきった意識の中でエレンは己の名を呼ぶ声を聞いた。まぶたの上から当てられる光に眩しさを覚え、ゆっくりと徐々に目を覚ます。最初はぼやけた視界だったが、その視界も鮮明になって行った。

「目が覚めましたねエレン」

 数センチ先に極めて濃い顔をした男の顔があった。太い眉毛、ゴツゴツと岩のように厳つい顔が迫り、エレンは一拍置いてから叫び声をあげた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 尻餅をつき、エレンは勢い良く後退りして男の全容を把握した。筋骨隆々、頭の頭頂は禿げて、胸毛は生えっぱなしの暑苦しい男、そして着ている衣装はバニースーツと網タイツという吐き気を催す出で立ちだった。もちろん、うさ耳と尻尾も完備だ。

「うっぷ……吐きそ……。何なんですか変態!」

 男は小指で鼻をほじりながらエレンの下へ近付いて来る。

「変態ではありません。私はあなたの、ペンドラゴンの精ですよ」

「イヤァァ! 最強のCR-ユニットの精がこんなの何て嫌ですぅぅぅ!」

 自称ペンドラゴンの精から逃げ出すエレン。

「あぁ! 待ちなさい! エレン! わかったこの正装を止める! 普段着に戻すから!」

 逃げるエレンを追いかけながらペンドラゴンの精はバニースーツからセーラー服に着替えた。

「…………。やっぱり無理です!」

「エレンや、私の話を聞きなさい! 大事な事なのです!」

 ペンドラゴンの精が呼び止めるとエレンは警戒しながらも足を止めた。ついでにやっと頭がパニックを受け入れて脳が働きだし、周りの風景が見えて来た。クレヨンで書いたようなデタラメな太陽が空に浮かび、不細工なカラスが飛び、子供の絵の中のような世界観が構築されていた。

「大事な事……とは?」

「知りたい? ならヒントあげようか?」

「答えを下さい」

 目元をピクリと動かしてエレンは苛立ちを露わにした。

「ペンドラゴンの精である私はぶっちゃけ最近、不遇な扱いとあなたの情けなさにご立腹なのです! にぱー」

「……ムカつく」

「エレン、卒業式だ。キミはペンドラゴンを卒業して人工精霊になるのだ! 今日はねキミにお別れを言いに来たんだ」

 ペンドラゴンの精は涙が落ちないように上を向いた。

「私がいなくなっても立派にやるん――」

「待ちなさい! 嫌ですよ人工精霊なんて! って言うか話を勝手に進めないで下さい! 私は人間です! 化け物には死んでもなりませんからね!」

「えぇー……」

「えぇー……。じゃないですよ、私は人類最強なんです。人間を止めてまで力はいりません!」

「良く言った! 嬉しいぞエレン! 長い付き合いだ。何でもお願いしてみろ!」

「じゃ……じゃあイチゴのショートケーキが欲しいです! ディセプティコンに入ってからまともなご飯を食べれてないんですよ! ショートケーキのエネルゴン味とかエネルゴンキューブりんご味とかロクな物がない」

 ペンドラゴンの精は脇をかきながら耳をほじる。

「買って来なさいよ」

「何でもって言ったじゃないですかー!」

「願い事が小さいよ」

「では、ビルくらいのイチゴのショートケーキが良いです!」

「夢、ありますね~」

 ペンドラゴンの精はパチンと指を鳴らしたかと思うとクレヨンで書いたような雲が浮かぶ青々とした空から本当にビルのようなイチゴのショートケーキが落ちてくるのがわかる。エレンの目の前に落下し、その壮大な存在に歓喜に震え上がる。

「こ、こんなショートケーキが……。いただきまーす!」

 エレンは幼い子供のようにはしゃぎ、人目もはばからずにショートケーキへかぶりついた。次の瞬間、ガリッという固い歯ごたえに加えて「イテッ!」とどこか聞きなれた男の声が飛んで来た。ケーキが喋った、そう最初は思ったが噛みきれないケーキをモニュモニュと咥えていると頭にコツンと鈍い痛みが走った。

「んあ……?」

 重い瞼を開けるとエレンの顔の前にはスタースクリームの顔があり、エレンの口にはわざわざ起こしに来てくれたスタースクリームの指が咥えられていたのだ。

「んぺッ! ペッ、ペッ! いきなり指を入れるなんてなんてことしてくれるんですかスタースクリーム!」

「おーまーえーがー噛みついて来たんだろうがァ! 寝ぼけてんのかトロ女!」

「寝ぼける……? あれ? ペンドラゴンの精は? 巨大なショートケーキは?」

「どうやら本当に寝ぼけているらしいなコイツ……。とりあえず招集がかかってる早くブリッジに来い」

 それだけ言い残し、スタースクリームは部屋を出て行った。

 布団も枕もないただの鉄のベッドから起きたエレンはズキズキと痛む腰をさすり、いつでも出陣出来るようにワイヤリングスーツに着替えた。ディセプティコンに入団してからまともな食事と睡眠を取れていない。たまには人間らしい食事がしたいと願いながら身支度を済ませると大きな基地のドアを開けて廊下に出た。エレンのサイズではディセプティコンの海底基地はサイズに合わない。あまりにも巨大過ぎる。トランスフォーマーが働く場なのだから大きいのは当然と言えば当然である。徒歩での移動では遅いのでエレンはペンドラゴンを展開して空中に浮かび上がると海底基地の広い廊下を駆け抜けた。途中でディセプティコンの兵士の足下や腕をすり抜け、何の障害物にも当たらずブリッジに到着した。

 ブリッジでは既にディセプティコンの幹部達が揃い、メガトロンも着いている。アーカビルはまだ来ていないようだが、後々ショックウェーブと共にブリッジに入ってきた。

 ショックウェーブとアーカビルは同じ科学者なだけあって馬が合う所がいくつかあった。それはただの科学者ではなく、マッドサイエンティストという点でも極めて似ている。作業中だったのかアーカビルの白衣にはぽつぽつと鮮やかな液体が付着している。ショックウェーブはアーカビルを肩に乗せたまま幹部達の列に並ぶと一言謝罪した。

「遅れて申し訳ありません、メガトロン様」

 ショックウェーブの少々の遅刻くらいではメガトロンは腹を立てたりはしない。ディセプティコンに必要な事を進めているのは分かっているからだ。

「構わん、では始めるとしようか」

 メガトロンの合図と共にサウンドウェーブはブリッジの大きなスクリーンに画像を映した。サウンドウェーブはスクリーンに表示するとすぐに身を引いた。

「皆、手元のしおりの一ページ目を見ろ」

 メガトロンがしおりを取り出すと幹部等もメガトロンと同じしおりを手にページをめくった。その様子を見ていたエレンは奇異な眼差しで見詰め、尻や胸、腹をさすって確かもらっていないしおりを探してみた。もちろん、見つかる筈もない。

「どしたエレン? しおり忘れたのか、俺のを見せてやるよ!」

 エレンより少し背の高い小型のトランスフォーマー、ランブルはしおりを広げてエレンが見えやすいように下げてやった。

「あ、助かります」

「お安いごようさ」

「一ページ、スピリットキャノン作戦。サウンドウェーブ、映像を」

 スピリットキャノン作戦とデカデカと書かれた画像からサウンドウェーブは映像に切り替えた。その映像は、空間震が鳴り響きチャムリー卿の城から紫色の光の柱が天に向かって一直線に昇っている。膨大なエネルギーの放出に皆が目を見開いた。やはり複数の精霊が同時に反転した際の姿は凄まじい、ユーラシア大空災を超えるだけの力が出ていたのだから当然と言えば当然だ。

「スピリットキャノン、それはこやつら精霊を捕え、そのエネルギーを利用する事。砲撃に使用する砲弾の弾薬となってもらう」

「メガトロン様、またまた突然ですね。だいたい、どうやって捕まえるんです? 町はオートボットが住み着いていますぜ? どっかの誰かさんは不意打ちでも失敗したんですよ」

 スタースクリームはショックウェーブを挑発的に一瞥したが、スタースクリームの行動などほとんど無視だ。

「レーザービーク、映像を出せ」

 メガトロンは指示を出すとスクリーンに接続されたコンソールにレーザービークがカセットに変形しながら飛び込み、また別の映像を流した。それは士道等を捉えた物で一日の行動をずっと監視していたのだ。

「ホームビデオですかい?」

「この愚か者めが。わからんか? この映像にオートボットが一度も出ていないつまり今奴らは不在なのだ」

「不在? じゃあどこへ?」

 スタースクリームの疑問に優秀なスパイ、サウンドウェーブはすぐに回答した。

「オートボットは現在、地球ノ人間トノ会談に出席シテイル」

「会談?」

「詳しい事は知らんが……トランスフォーマーの存在がバレて人間どもが慌てているのだろう」

「今更バレたんですか、案外人間の情報収集力ってのはスカスカなんですね~」

「話を戻すぞ、天宮市は今はオートボットがいない。つまり我々が付け入るチャンスは十二分! 精霊の力は警戒すべきだが、あんな力をそう何度も震える筈がない! ディセプティコン、精霊共および五河士道を捕えるのだ! 決して殺すではないぞ! それ以外は消しても構わん! ショックウェーブ、貴様は留守を頼んだぞ」

「了解しましたメガトロン様」

 しおりを畳んで胸にしまい、メガトロンは堂々とした態度で腕を突き上げた。

「ディセプティコン! 儂に続けぇ!」

 海底基地の出撃用ダクトが海面から現れるとハッチが開いてディセプティコン達が一斉に出撃した。

 

 

 

 アメリカにはオートボットは何回か来た。よく覚えているのはロックダウンのダークスパークの事件だ。あれはネバダ州で今回会談を開くのはテキサス州、各国の地理の情報はワールド・ワイド・ウェブを通じて知っているが、実際に己の目で見て確認したのとではだいぶ印象が違ってくる筈だ。大型輸送船で移動したオートボットは久しぶりに地面を踏み、そこでトランスフォームして背伸びをした。ずっと同じ姿勢で疲れてくる。

「あぁ~! 腰の可動範囲も問題なし、こんなに長い間ジッとしているのは久しぶりですね」

 ジャズは軽い運動をして身をほぐしながら言った。オプティマスも体をある程度動かしてから頷いた。

「意外と疲れるなグランドブリッジを使わないで長距離の移動は久しぶりだ」

「お疲れかい? でもね少し言いにくいのだが……まだ移動が残っているんだよ」

 車椅子に座るウッドマンはオートボットを運ぶ用の巨大なトレーラーを指した。

「ええー……また移動かよ。オレ等で走るのはダメなのか?」

 もう窮屈な場所はこりごりなスラッグを含めたダイノボットは口を尖らせて言う。

「ダメだ恐竜が走っているのを見られるのは大問題だ」

 聞き入れてもらえず渋々、ダイノボットは一際大きなトレーラーに乗り込んだ。オートボットは一人一人が違うトレーラーに乗せられると念の為に電磁ロックをされた。政府が用意したトレーラーはもてなすと言うよりも隔離する檻のような役割に近い。オートボットが全員乗り込むのを確かめるとウッドマンは時計を見た。

「この会談でオートボットの滞在が許されるよう我々も全力を注ごう」

「はい、ウッドマン卿。ですが……」

 カレンが言いかけた所でウッドマンはそっと唇に指を当てた。

「マイナスな発言は控えよう、カレン」

「申し訳ありません」

 オートボットを乗せたトレーラーが重そうにタイヤを回して動き出すのを確かめるとウッドマンは黒い服に身を固めたボディーガードに車を出すように指示をした。国の首脳はもちろん、巨大な軍事企業の代表も顔を揃える。 ウッドマンは度々跳ねる車内で身を揺られながら会談で話す内容を考えていた。

 

 

 

 僅かな草と砂利しかない薄い茶色の風景が延々と続く何も建造物が存在しない荒野に場違いな存在感を放つドームが建っていた。そのドームが今回の会談で使われる施設である。人類も顕現装置(リアライザ)という禁断のテクノロジーを手にしている。巨大なドームくらいなら一晩もあれば建設可能だ。

 オプティマスはいかに自分達の存在を認めてもらえるかを思案した。ジャズは音楽を聴いてリラックスしている。聞いているのは美九が最近出したばかりのCDだ。ワーパスは特に何も考えていない。たまに「腰が痛ぇ」と悪態をつく事が暇つぶしになっていた。アイアンハイドもオプティマスと同じような事を考えている。だが、熱くなりやすい性格の為、なるべく今は心を落ち着ける事を徹底した。パーセプターは自分の発明品や技術を披露したくてたまらなくうずうずしているが、そんな機会は来ないだろう。

 スラッグは窮屈なトレーラーに文句を言いながら時間を潰した。スワープは周りから聞こえる苛立ちの声を抑えてやり、体の大きなスラージの尻尾が頭に当たり、スナールはイライラを募らせていた。

 トレーラーが停車して電磁ロックが解除されるとトレーラーのドアが開き、まずは最初にダイノボットが出された。

 象を超える陸生生物を見たことがない首脳陣や企業連の代表は大きな金属の恐竜の登場に息を呑んだ。それと同時に一つの疑問も浮かび上がった。オートボットは車に変形するのでは? と皆が疑問符を頭の上に浮かべているとオプティマスを始め、オートボット等もトレーラーの電磁ロックを解除されて降りてきた。オプティマスが最初にトランスフォームして見せ、真の姿を露わにした。さっきまで赤いトレーラートラックだった筈なのに難しい部品の移動や変形を繰り返して鋼鉄の巨人としての首脳達の前に立った。ドームの内部で待機している重装備で固めたボディーガードは苦い顔を作った。重役を守り抜くのがボディーガードの仕事で存在理由だ。オプティマスの姿を見て思わずたじろいだり、身を引いたり、銃を構える事も忘れて茫然としてしまった。オートボットを止められる自信がボディーガード達には少しも沸いて来なかったのだ。

 オプティマスに続いて全てのオートボットが変形した。スポーツカーからロボットへ、戦車からロボットへ、顕微鏡からロボットへ、恐竜からロボットへ、多種多様の姿から一つのロボットという姿へトランスフォームする様に感心すると同時に恐怖と警戒心を煽った。

「初めまして、私はオプティマス・プライムです。オートボットの総司令官(リーダー)です」

 オプティマスは皆を代表して挨拶をすると一人の男性が席を立った。オプティマスを恐れずに手を差し伸べて握手を求めた男はアメリカの大統領だ。その証拠に大統領の紋章をつけている。ダグラス・フィリップス大統領と握手を交わしたオプティマスはサッと辺りを見渡してみるが、フィリップスのように握手を求める者は誰もいなかった。国のトップの顔と名前くらいは頭に入っている。中でもアメリカの軍事産業の柱とも言えるショーン・バーガー、そして岡峰重工の岡峰虎太郎は極めて大きな存在感を放っている。バーガーの顔はとても険しく面白くなさそうな様子でオートボットを睨んでいた。指折りの野心家でもあるバーガーはオートボットとウッドマンが協力関係にある事が自信の妨げになると考えて、鬱陶しく思っていた。

 岡峰はオートボットをただただ危ぶんでいた。裏切らない保障はどこにもない。セイバートロンの科学力とアスガルドの科学力を以てすれば一週間も経たないうちこの地球を制圧出来る。

「では、そろそろ始めましょうか」

 ウッドマンが柔和な笑みを浮かべて言い、会談は始まった。

「まずは、オートボット諸君に問いたい。キミ達は何故この地球へ? 何の目的がある」

 岡峰の質問にオプティマスは士道達にやってみせたような映像を出そうとしたが思いとどまった。

「我々の故郷セイバートロンは戦争で滅びました。我々オートボットとそしてディセプティコンという組織による永きに渡る戦争で――」

 星は機能を停止してトランスフォーマーは故郷を捨てるという決断を余儀なくされた。目的地は新天地を探し、そこで人知れずに生き延びる事だったが、この地球にオプティマス達が到着した頃には既にグリムロックが人間とある程度の関係を築いていた。

 隠す事は何もない。手の内をすべてさらけ出さなければ分かり合える日は来ない。オプティマスはそう考えていた。

「で、そのグリムロックとやらは誰だ?」

 バーガーが問うとスラッグは一歩前へ出て答えた。

「グリムロックは戦死しました。もういません」

 戦死、という事は何者かと戦い死んだ訳だ。地球のどこかで、目に見えぬディセプティコンという勢力と人知れずに戦っていたのだ。

「半年前、天宮市で大規模なディセプティコンの侵攻がありました」

 不意にウッドマンはショックウェーブが仕掛けた天宮市での攻防戦の話を持ち出した。オプティマスは付け加えるようにしてディセプティコンの説明をする。

「多くのディセプティコンが町に押し寄せ、天宮市は制圧される寸前でした。しかし今あの町が人の住む町として存在しているのは影で彼らの抵抗があったからです。私の部下に何か月もオートボットの記録を取らせていました」

 琴里が書いた報告にはオートボットのこれまでの活躍の数々が記されてある。

「彼らが町を守り、そのディセプティコンという組織から守ったのはわかった」

 ダグラスは険しい顔のまま続けた。

「オプティマス・プライム、キミ達の目的はわかった。それでディセプティコンの目的は何だね?」

「この星に眠る資源でしょう」

「資源? ではもしも我々が資源の支援をすれば彼らは帰るのか?」

「いいえ、それは考えられません」

「ならば資源以外にここに残る理由がある、そうだね?」

「そうでしょう」

「私はセイバートロンという星の文化はわからないが、司令官であるキミやキミの軍隊がここにいる以上は地球が安全になるとは思えないのだが?」

「私たちが立ち去れば地球は平和になると? それは私は正しい決断とは思えません。ディセプティコンの首領であるメガトロンは強い支配欲に支配されています。我々がいなくなれば連中は意気揚々と乗り込んで来るでしょう」

 地球の人間はディセプティコンをどういう存在かは知らない。もしもオートボットと同じような対応をしようと思うならそれは間違った考えだ。ディセプティコンが素直に話し合いに応じる可能性は極めて低いだろう。人間からすれば永遠とも感じれるような長い間戦い続けていた間柄、相手の事はよくわかる。

「フィリップス大統領、ディセプティコンを話しの通る相手とは思わない事です。先ほど言ったように不意打ちを仕掛けて町を乗っ取ろうとした連中です」

 話は進み、その間オプティマス以外のオートボットは基本的には黙りっぱなしであり、聞いているのが殆どだった。張り詰めた空気から一度解放されて少しの休憩を挟んだ。ドームを出た入り口でウッドマンは深いため息をついた。

 カレンから手渡された水を一口飲み、ペットボトルをカレンに渡す。

「気分はいかがですかウッドマン」

 オプティマスは心配するように声をかけた。

「ああ。平気だよ。なかなか話を進めるのが難しいね」

「人間は他の惑星との交流に慣れていない。警戒して当然です」

 カレンは時計を確認して休憩時間の終了が迫るとウッドマンに耳打ちをした。

「ウッドマン卿、そろそろ……」

「ああ、わかったよカレン。オプティマス、そろそろ時間だ行こうか」

「はい」

 短く返事をしてオプティマスは再びドームの中へ入り、トイレやタバコを吸いに出ていた重鎮達が席に着くのを待った。アイアンハイドはオプティマスに聞いた。

「何か他に案はあるんですか?」

「信頼関係は時間と共に刻む物だ。今日中に築けるものではない。まずは私たちが無害である証明をしなくてはならない」

「……ですね」

 

 

 

 

 数多くの勇士を破りグリムロックの試練もずいぶんと長く耐えたものだ。今が試練のどの辺りでいつ終わるのかも分からない。十三人のプライム達はただ戦い抜けと言った。グリムロックはその言葉を信じて剣と拳を振るった。何時間も何日も戦い、記憶の中は無数の戦闘の経験に埋め尽くされていた。オートボットもディセプティコンもそれぞれが何かの為に戦っている。自分の命を賭けるに値する物だ。ゲートが開く音がしてグリムロックは気を引き締めて顔を叩いた。

「ダァッー……」

 低い声で唸りながら一人の戦士はゲートを潜って入場する。赤い目をした戦士の手には早くも一本のサーベルが収まっている。ゆっくりと刃が回転するサーベルを肩に担ぎ、全身がシマシマの柄をしたボディーの戦士はグリムロックの前に立ちはだかった。生前、その戦士は人類の祖を悪の手から守るべく戦い、死を迎えた。

「よお、ドデカいの。オレの名はダイノボットだ。ダー」

「グリムロック」

 と、短く自己紹介をした。ダイノボットと言えば自身の部隊の名だが、その者は個人名として使っている。グリムロックは別段、気にする事もなく剣を構えてその戦士と挑む覚悟を決めた。

 ダイノボットもサーベルをもう一本出して逆手に握ると戦闘態勢に入る。身を深く屈めてグリムロックの懐に入り込み、腹に最初の一撃を入れるイメージを構築する。

「お前に聞きたい」

 グリムロックは戦う前の戦士に戦う理由というのを聞く事にしていた。

「何だ……?」

「何で戦ってるんだ」

 グリムロックの問いにダイノボットはいくつもの戦う理由が頭に浮かんだ。憎い破壊大帝を打倒する為で仲間の為、戦士としての誇りの為。すべて浮かんでは消えて行った。

「戦う理由なんざ、時と場合によるもんだ。ただ一つ、オレは卑劣な手は嫌いだ。正々堂々と戦わねえとその時点で戦士として死んだも同然だ」

 グリムロックは深く頷くと改めて剣を構え直した。途端にダイノボットは低空を跳び、グリムロックの足を狙って切り払った。軽く跳躍してかわしたかに見えたが、もう一方のサーベルがグリムロックの腹を突いたのだ。グリムロックの体を貫いたサーベルは唯では済まず、根本からポッキリと折れてしまっている。ダイノボットは柄だけのサーベルを捨てるとまた新たなサーベルを出して素早くそして鋭い連続攻撃を仕掛け、グリムロックは後退も防御もせずにボディーアタックを決めた。押し倒した形から先にグリムロックは姿勢を整えるとダイノボットの頭を掴んだまま壁へと投げつけた。宙を舞うダイノボットは空中で姿勢を上手く制御して壁に着地すると、壁を蹴り上げてグリムロックへロケットのような速度で猛進した。

 グリムロックは剣で叩き落とそうと縦に振りぬくとダイノボットのサーベルとかち合い、その瞬間グリムロックの剣は驚く事に砕けてしまった。武器の損失などグリムロックにすれば何の戦力ダウンにもならない、二本の嵐のような斬撃を耐えながらダイノボットの頬に渾身の一撃を見舞い、体は空中高く放り投げられた。落下の力を利用してダイノボットはサーベルを両手でしっかりと握りしめるとグリムロックの頭から股まで深く斬り付けた。

 よろめく様子を見送るのでなくダイノボットは果敢に攻めて見せた。グリムロックの半分もない小さな戦士だが心意気は合体戦士よりも大きい。低く唸り声を上げてサーベルを突出し、前へ体重を乗せる事で硬いグリムロックの肩を貫き、手首から無数のサーベルを発現させると一斉にそれを投げつけてグリムロックはそれをまともに受けた。荒々しい、ダイノボットの名に相応しい戦い方だ。戦士としても一流の気迫を放つダイノボットはグリムロックが未だに倒れずに堂々と立っている事に驚愕の気持ちを隠せない。

「タフだな。ボロボロにやられてどうして立っていられるのかはオレには分かるぜ」

 と経験者は語る。

「俺は生涯を戦いに捧げてきた。これまでもそしてこれからも。俺はあいつを守る剣、例え首が落ちても死ぬ筈がないッ!」

「そこまで吼えやがるか……!」

 ダイノボットは再びサーベルを出す。この目の前に立ちはだかる巨大な戦士を見ればはっきりとその生前の様子が見えてくる。グリムロックから放たれる気魄からダイノボットの戦士の本能が奮い立たされ、全身全霊を以て挑んでみたいという抑えがたい欲望が頭頂からつま先までを支配するような気持ちだった。ダイノボットは地を駆けてサーベルを前へ突出し、地面をえぐる脚力で飛び出した。グリムロックも待つだけでなく拳を繰り出す。

 正拳突きを受けたダイノボットは胸がえぐれている。対してグリムロックもサーベルの突きを脇下に貰い、今まで蓄積されたダメージと合わせて膝を着いた。

「強えじゃ……ないか……」

 ダイノボットはえぐれた胸を抑えて口角をつり上げた。

「あばよ……」

 ダイノボットが消える間際に笑みを見せると体は光の塵となって消えた。

 

 突き刺さったサーベルを抜いて少し休もうと座り込んだ瞬間、グリムロックの背に炎の塊がぶつけられて前のめりに倒れた。休む間もなく次の敵が闘技場へと入って来る。四足歩行、伝説上の生き物であるグリフォンを彷彿とさせるその姿は紛れもなくプレダコンだ。スカイリンクス、それにダークスティールの二人は雄叫びをあげるとビーストモードからロボットの姿へ変形した。

「へへっ……テメェもここにいやがったのか」

「満身創痍、これならやれそうだぜ」

 数々の戦いで傷を負ったグリムロックはなんとか立ち上がって見せた。

「戦士としての誇りは獣にはないのか」

「綺麗事はやめようぜ、なぁ」

「さっきまでは戦士同士の小奇麗な戦いだったかもしんねーけどよ。オレ達にゃあそんなの通用しないぜ」

 二人は下卑た笑い声をあげた。戦士としての在り方、それは数多の戦いを通じ、数多の戦士の心意気を目の当たりにして多くを学んだ。

 なら次は、次はなんであろうか。

 戦士としての面ともう一つ、転生し紛い物のビーストではなく純然たる獣の肉体と本能を得たグリムロックが次に課せられるのは野生としての戦いだ。誇りや信念も必要のない生と死というシンプルな世界観だ。

「トランスフォームしろよグリムロック、何もかもここで終わらせてやるぜ」

 スカイリンクスは変形し炎を天井へと放った。ダークスティールもスカイリンクスと同じようにトランスフォームして喉を鳴らして怪鳥のような声をあげた。グリムロックは遂にビーストモードへとトランスフォームを始めた。今までの戦いをビーストモードを使えばもっと楽に攻略出来ただろう。だが、グリムロックは使う事を躊躇った。

 スムーズにギアや部品が組み変わり、グリムロックのもう一つ顔を見せる。変形の瞬間に頭から尻尾までを溶岩を連想させる灼熱の赤色へとカラーリングが変わる。重厚な音を轟かせてティラノサウルスへと変形したグリムロックは口から火を吐き、ダークスティール達を見下ろした。

 以前のように声を発しようとするとグリムロックは雄叫びをあげてしまう。純粋なビーストロボットへ転生したグリムロックはビーストモードの際は野生が前面に押し出される。

 腹の底から漲る異常な力を制し、グリムロックはさっき腹から引き抜いたサーベルを口にくわえた。ダークスティールとスカイリンクスは二手に分かれてグリムロックを囲むと同時に炎を吐いた。業火に包まれて見えなくなり、その周りを歩いていると燃え盛る炎の中からサーベルが飛び出し、スカイリンクスの翼を貫く。

「キィィィァッ!」

 痛みで声をあげてからスカイリンクスはクチバシを巧みに使ってサーベルを抜いているとプレダコンの吐く炎をものともせずにグリムロックは業火の中から飛び出して来た。

 炎をまき散らしてスカイリンクスの視界を塞ぐとグリムロックは忽然と消え失せてしまった。スカイリンクスは左右を見渡してグリムロックを探しているとダークスティールが先に見つけ出した。

「スカイリンクス上だ!」

 ダークスティールのに反応して顔を上げた時、もう直前にはグリムロックの足が迫っていた。顔面に蹴りを貰ってからスカイリンクスの翼に食らいつくと負けじとグリムロックの尾に噛み付いた。ダークスティールも激しい巴戦に割り込んでグリムロックの首を捉えるも獰猛な雄叫びと共に暴れられ、がっちりと食いついていた二人は振りほどかれてその際にスカイリンクスの翼を食いちぎり吐き捨てた。赤色の体を更に赤く燃え上がらせてグリムロックは鋭利な牙をぎらつかせて対象を手負いのスカイリンクスに絞ると腹を空かせた獣のごとくなりふり構わず飛びついた。

 甲高い鉄が切れる音がしてゴリゴリと砕かれる低い嫌な音がする。スカイリンクスの頭をまるまる噛み砕いたグリムロックはバラバラの原型が分からない程に細かくされた金属片を吐きだした。後はダークスティールのみだと視線を移すとダークスティールの隣には無傷のスカイリンクスがいる。

 再度、噛み砕いた対象に目をやると確かに頭はなく完全に息絶えているが、それはただのプレダコンだ。スカイリンクスは攻撃される寸前でプレダコンを身代わりにして生き延びたのだ。一足飛びでコロシアムの観客席に移動すると、二人の間にもう一人のプレダコンがいる。三つの首を持つ転生前のグリムロックを凌駕する巨躯を持つ古代のプレダコン、ペイトリアーク。太古の地球で凍らせたペイトリアークと再び死後の世界で会うとは思いもしなかった。

 グリムロックの前には無数のプレダコンの大群とスカイリンクス、ダークスティールそしてペイトリアークだ。

「勝機は尽きたなグリムロック?」

 ペイトリアークの三つの首がグリムロックを見下ろし笑っている。

「まだ尽きてない。力と牙があれば俺には十分な勝機だ」

「減らず口が……」

 

 

 

 

 トランスフォーマーの存在が知れたのならもう隠す必要はない。ディセプティコンは来禅高校へ向けて侵攻を開始していた。潜める素振りも見せない攻撃的な反応をフラクシナスがすぐにキャッチした。山を越えて乗り込んでくるエネルゴン反応を見た神無月や琴里はそれがオートボットではないのは一瞬で見抜けた。

「エネルゴン反応ですね、ディセプティコンでしょうか?」

「それを知るには映像を出すしかないわ、急いで!」

 反応を指し示す地点を映像化してみると案の定、ディセプティコンが我が物顔で侵攻をしていた。悠々と空を飛びどこかへ向かっているのが分かる。こんな大勢でまさかピクニックなどではないだろう。

「どうします?」

「撃ち落としなさい、ディセプティコンにはこの天宮市からさっさとお引き取り願うわ」

「了解しました。総員、戦闘態勢です! 小うるさいハエを叩き落としなさい!」

「ラジャー!」

 光学明細で巧みに姿を消したフラクシナスをスタースクリームはいち早く索敵して天宮市へ侵攻する部隊と別れてエレンを引き連れ別行動を開始する。

「スタースクリームは我々の存在に気づいたようです!」

「全防衛火器の照準をスタースクリームへロックしなさい!」

 圧倒的対空砲火の網を掻い潜ってスタースクリームは六発のミサイルを発射して対空砲の射程外へ逃げて行く。ミサイルはフラクシナスの防御膜で十分に守り抜ける。対空砲のすべてがスタースクリームに向いている時、エレンはフラクシナスの対空砲が撃てない射角に入り込むと盾を展開し魔力槍“ロンゴミアント”で防御膜を貫きフラクシナスの外壁に穴を空けた。

「第七セクションで火災発生です!」

「ちっ……スタースクリームめ自分を囮に使うなんて……。らしくない」

 琴里が舌打ちをして次なる手を考えている隙にスタースクリームは対空砲を避けつつ機銃で的確に破壊して回っていた。

「鈍い艦ほど落としやすいものはないぜ!」

 ブリッジを探し当て、ミサイルを発射した。白い煙を残して一直線に飛んでいくミサイルは空中で謎の爆発をして無くなった。

「な……何だぁ?」

《ミッション開始》

 無機質な声がスタースクリームとエレンに聞こえた。

《目標:スタースクリーム及びエレン・メイザース》

 オートボットの守護神オメガスプリームは自分の部屋に籠っていたが、騒ぎを聞きつけて起き上がったのだ。

「お……オメガスプリーム……!?」

 スタースクリームは迷わず、我先にと逃げ出した。分が悪いどころではないスパークの欠片も残さず消滅させらるのが目に見えている。エレンもフラクシナスの外壁を破壊して乗り込もうとした矢先、最大にして最強の怨敵を目の前に歯を食いしばり、心底悔しそうな顔を作ると急いで撤退を始めた。

《覚悟しろ:逃がしはしない》

 戦闘モードに入ったオメガスプリームはもう止まらない。

「オメガスプリーム! お願い、ディセプティコンを止めて! 今はあなたしか頼れないの!」

 琴里の頼みを快く引き受け、オメガスプリームの目はメガトロン率いる部隊を正確に補足した。

《了解:ディセプティコンを壊滅させる》

 山のような巨体が歩き出したかと思うと突如遥か空の向こうから一発のレーザー砲がオメガスプリームの胴体を射抜いた。

《腕部損傷:索敵開始》

 高性能なレーダーで不意打ちを仕掛けてきた者を探すがもはやレーダーなど必要ない。トリプティコンが背面をスラスターを吹かしながらゆっくりと降りてきた。オメガスプリームと比肩する体格の恐竜型のトランスフォーマーはビルのような尾を振ってオメガスプリームをなぎ倒した。

「トリプティコン、お前を粉砕する!」

《目標変更:抹殺対象、トリプティコン》

 

 

 

 

 

 ディセプティコンの魔の手が伸びている事も知らずに十香達は呑気に出来たてのたい焼きを頬張りながら家路を行く。

「うむ! たい焼きとやらはうまいなシドー、きなこパンの次に好きだぞ!」

「気に入ってくれてよかったよ。耶倶矢、夕弦も美味いか?」

「我を唸らせるとはこのたい、なかなかやりよるわい」

「同調。とても美味しいです。人間の世界はまだまだ美味に満ちています」

「大げさだな~ホント」

「楽しい楽しい帰宅中悪いなお若いの」

 空から機械の巨人が降って来てアスファルトの地面がえぐられる衝撃で四人はひっくり返った。メガトロンとそれにコンバッティコンが士道達の前に立ちはだかり、立ち上がる前にボルテックスの衝撃波アタックで更に吹き飛ばす。電信柱やブロック塀に身を叩きつけられて意識が朦朧とする四人をオンスロートは持ってきた強化ガラスケースに十香と耶倶矢と夕弦を詰め込み、士道だけは別のケースに押し込んだ。

「まずは三人ですね、残りはどうします? オートボットがいない今なら奇襲を仕掛けて――」

「儂にいい考えがある」

 メガトロンは士道が入ったガラスケースを掲げるように持ち上げる。そしてフラクシナスへ通信を繋いだ。何度かのコールの後に空中に投影された映像に琴里の顔が出てくるとメガトロンはこれ見よがしに士道の入ったガラスケースを見せつけた。

「ごきげんよう若い司令官、このガラスケースに入ったコイツが誰かはもちろん分かるな?」

 琴里は平静を装ってはいたが、士道がここまで早くに捕えられたと知って内心焦りもあった。

『で、何のようかしら?』

「よせよせ、実の兄が捕えられて平常心でいるのは不可能だ。我々の要求はただ一つ、精霊をこちらによこせ」

『精霊ですって? メガトロン、あんた達はエネルゴンが目的でしょ? それがどうしていきなり精霊なのよ?』

「話す必要はない。さあ、どうする? オートボットに助けを呼んでも無駄だ。サウンドウェーブが常に見張っているぞ。断るのなら力づくでやるだけだ。コイツの学校の友を目の前で殺し、貴様の友を殺す。女も子供も関係ない、救えた筈の命として小僧の頭に刻み込んでやる。さあ、選択するのだ」

『時間を考える時間をちょうだい』

「ならんな。時間をかけて作戦を考える気だろうが我々に情けなどありはしない。貴様の決断が多くを救い、多くを死なせる。決断しろ、いますぐに」

 

 

 

 

 天宮市にはロケットの打ち上げ施設はない。あらゆる物が揃う町でも流石に大規模な実験施設は設立されなかったのだ。町を囲う山から一隻の船がロケットのように垂直に飛び立って空を、宇宙を目指して飛んで行く。町からディセプティコンがいなくなると同時に特設マンションに住む住人達も天宮市から消えてなくなった。 

 

 

 

 本日の会談が終わったのは夜も更けて来た頃だった。またトレーラーの中で明日まで居心地の悪い思いをするのかと考えるだけでワーパスは文句を言った。アイアンハイドはしょうがないと、言って収めてトラックへ変形するとどこかと通信をするオプティマスの姿が映った。奇妙だと思いアイアンハイドはトラックから再びロボットへ変形し、立ち上がるとオプティマスに声をかけた。

「どうしましたオプティマス?」

「アイアンハイド、すまないしばらく指揮をきみに預ける。私は行かなくてはならない」

「何かあったんですか?」

 慌ただしい雰囲気を感じ取って他の者も集まって来る。オプティマスは神無月から天宮市で起きた事を話した。

「メガトロンが私たちの留守を狙って襲ってきた。精霊達と士道をさらってそのまま宇宙へ飛んで行ったらしい」

「何ですって!?」

 パーセプターはヒューズがぶっ飛ぶくらいの勢いで驚く。

「すぐに救出に行きましょう! オメガスプリームを使って!」と、ジャズ。

「残念だがオメガスプリームには補給がいる。ジェットファイアー、きみが私を運びトリプティコンまで近づき、救出作戦を行う」

「無茶ですよ! トリプティコンの対空砲に落とされて終わりです!」

「それしか方法はない。ロックダウンから奪った船では余計に的になる。懐に入るそれだけで良い、あとは私がやる」

 戦艦と大軍相手に二人で突っ込む、そんな無謀な事が出来るのはオプティマスしかいない。止めて止まるような性格ではない、ジェットファイアーは了承してオプティマスをケーブルで繋いだ。

「すぐ戻る、ウッドマン卿にはそう伝えてくれ」

「わかりました」

 ジェットファイアーに括り付けられたオプティマスはゆっくりと浮上して行き、一定の高さに入るとブースターから青い炎を吹き土煙と爆音を残して飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

 戦艦ともう一つトリプティコンには本来のもう一つの姿である軌道レーザーキャノンの姿がある。かつてはその姿で軌道上からの砲撃でオートボットの領地を焼野原にした。さて、メガトロン考案のスピリットキャノンとは反転した精霊のエネルギーを一つに凝縮して弾を作り上げ、砲弾にして発射するという物。その為にはトリプティコンの軌道レーザーの形態はこれ以上ないくらいに打って付けであった。トリプティコンがその反動に耐えるべくメガトロンは海底基地を呼び寄せ、トリプティコンとドッキングが終了した所だ。

 あとは上手く精霊達が反転してくれるだけで地球は消し飛ぶ、その際に発生するエネルギーを回収すればセイバートロンの復興はもちろん、かつて華やかしい黄金時代の時のように栄えるまで生き返らせる事が出来るのだ。メガトロンの計算では。

 精霊達はカプセルのような入れ物に閉じ込められている。それは効率よく霊力をかき集める機械で、ショックウェーブが作った物だ。大きな広間にはそのカプセルが扇状に並んでおり、カプセルの上に太いケーブルが天井に向かって伸びて一本に集約されている。部屋の中央には士道が鉄のベッドに横たわり、手足を固く拘束されていた。

 ドアが自動的に開くとメガトロンが入って来る。すると真っ先に琴里が叫んだ。

「この卑怯者! 士道まで誘拐して!」

「この儂がいつ見逃すと言ったのかね? 命の保障をしているだけありがたいと思うんだな。ショックウェーブ、任せたぞ」

「了解しましたメガトロン様」

 ショックウェーブはカプセルの横にあるレバーを一つずつ下して行くと内部では鉄のヘルメットが少女達の頭に被せられた。

「何をするつもだショックウェーブ! そいつらに変な事をしたら容赦しないぞ!」

「キミは私に対してかなり怒っていたね。鳶一折紙の改造の件、ダイノボットの件、そして今回だ。黙って見ているのだキミに出来る事は少ない」

 レバーを下してから次に何個もあるボタンを押していく。静かなカプセルの周りの機械が起動してやかましく駆動音を鳴らした。何をするのか分からない機械の駆動音が恐怖心を煽る。

「これから諸君の楽しかった事、五河士道の事、嬉しかった事の記憶を消去する。気持ちに絶望だけが残れば嫌でも反転するだろう」

 ショックウェーブの言葉に一同の顔面は蒼白に変わった。この数か月という短い期間で精霊達の心情は大きく変わっている。戦いしか知らない十香は温かさを知り、四糸乃は他者から向けられる優しさを知った。耶倶矢と夕弦は二人が幸せに過ごす選択が出来た。美九は閉ざされた心に光が差し込んだ。七罪は必要とされる喜びを知り、狂三は士道という一人に人間に惹かれる。

 それらの記憶が全て消える。

「い、嫌だ……シドーとの思いでが消えるなんて嫌だ!」

「ならばカプセルを破壊すると良い、反転した力があれば破壊可能だ」

 これはショックウェーブの真っ赤な嘘。反転しても壊れないように設計されている。ショックウェーブは記憶の消去を始めるレバーを掴んだ。

 

 

 

 

 トリプティコンを軌道上で発見するのはさして難しくはない。あの巨体だ見失う方が難しい。オプティマスとジェットファイアーがトリプティコンを見つけた瞬間、やはりレーザー砲を撃って来た。ジェットファイアーが回避行動を取るとケーブルに繋がったオプティマスの存在までを計算には入れておらず被弾した。

「ホォッ!?」

「すいませんオプティマス、ちゃんと回避します!」

「ホアッ! オォッ! ほああああああ!」

 やはり誰かをぶら下げての戦闘は慣れていないジェットファイアーは敵の弾にオプティマスを悉く命中させていた。

「もういい! 私を下せ!」

「はい、では私はあの子達の救出に向かいます!」

 オプティマスは腕からエネルゴンのソードを伸ばしてケーブルを斬ると甲板に着地した。そこではメガトロンにコンバッティコンとスタースクリームが待ち受けていた。

「単身向かって来るとはバカなや――」

「邪魔だぁ!」

 オンスロートの言葉を遮ってオプティマスの怒りの鉄拳が顔面にめり込んだ。跳躍してから体を回転させて蹴りを放ちスィンドルの首を狙い、力任せに倒した。標的を定めようとする瞬間にフュージョンカノン砲の砲弾が眼前まで迫っている。腕を変形させてパスブラスターの弾丸で砲弾を四散させ、掴みかかってきたスタースクリームを盾に銃を連射する。コンバッティコンは遠慮なく火器を撃ち、その殆どがスタースクリームに被弾していた。

「よせ! 俺は味方だ!」

 盾として役割を終えたスタースクリームの顔面を蹴り、前方へ飛ぶと甲板の上をローリングしてメガトロンとの距離を詰めた。下からのアッパーとボディブローがメガトロンに決まり、倒れる間もなく顔面に頭突きを入れた。

「くたばれ時代遅れのロボットが! 私の手でスクラップにしてくれる!」

「スクラップになるのは貴様だ!」

 メガトロンは殴り返し、パンチを受け止めると背負い投げでメガトロンを地面に叩きつけた。

「おのれぇ……! ショックウェーブ! スピリットキャノンはまだか!?」

『ご安心ください、メガトロン様。スピリットキャノンはもう少しです』

「スピリットキャノン!? 何だそれは!」

 オプティマスは両手を組んでメガトロンの頭に叩き落とす。昏倒しそうな衝撃だがなんとか持ちこたえた。

「精霊の霊力を使った大砲だ。もう貴様には止められん。お仲間と今生の別れだ! そしてオプティマス、貴様はここで死ぬ!」

 メガトロンを守るようにブルーティカスが立ちはだかる。オプティマスは視線をトリプティコンの砲口へ向けるとエネルギーの充填は既に始まっているのがわかった。

「勝ち目はないオプティマス」

 ブルーティカスはオプティマスが立っている地点を殴りつける。爆発のような衝撃が甲板を走り抜け、オプティマスはトラックに変形してブルーティカスの股の間を通り抜けると逆変形してブルーティカスの背中にある三つのボタンを打ち抜いた。すると泰然と構える巨人は意図も簡単に転倒してしまった。

「戦いは大きさではない!」

 

 

 

 

 精霊達がショックウェーブから記憶を守る手段はカプセルを破壊することにあった。だがカプセルは易々と壊れはしない。効率よく連中が反転の準備をしてくれてショックウェーブは助かっている。ショックウェーブの言葉の通りに破壊しようと必死にもがき、最初に十香が紫色のエネルギーを発し始めた。

「十香! おい、自分を見失うな! ショックウェーブ、いつかお前の目に剣を突き刺してやるからな!」

「出来るならばな」

 次に反転したのは美九だ、そして琴里と次々に紫色のエネルギーにカプセル内が満たされていく。チャムリー卿の屋敷で起きた事と全く同じだ。

 その時である!

 自動ドアを破壊してジェットファイアーが突入して来た。

「パーティーにお邪魔するよ。生憎招待状は持っていないがね」

 招待状の代わりにショックウェーブへレーザーライフルを突きだしてやり、ショックウェーブはレバーから手を放す。左腕のキャノン砲で反撃しつつショックウェーブはプレダキングを呼んだ。

 ジェットファイアーは士道を縛る拘束具をレーザーライフルの精密射撃で壊してやり、カプセルを制御しているコンピューターに向けて最大出力でレーザーをぶち込んだ。

 

 制御装置が壊れてカプセルが開いた。

「みんな!」

 ぐったりとした精霊達を案じて士道が駆け寄った。

「早く逃げなさい! プレダキングが来る前に!」

「制御装置を破壊されたのは誤算だが、もう遅い。エネルギーの充填は完了した」

「何だって!?」

 

 

 

 

 メガトロンとの激しく交戦するオプティマスは砲口を見てもう時間がない事を察していた。

「地球は吹き飛ぶ、そのエネルギーとあの人間のガキを使ってセイバートロンは甦るのだ」

「人間の? 士道の事か?」

「あの小僧からプライマスの意識を引き剥がすだけだ。後はどうなるかは知らんがな」

 光弾を避けるとオプティマスは膝でメガトロンの腹を蹴り上げた。

「何を企んでいる!? 答えろ!」

「フハハ! 知る必要はない。ショックウェーブ、発射しろ! プライムに絶望を叩きこめ!」

「いかん……!」

 オプティマスはメガトロンを投げ飛ばし、甲板を飛び出した。地球だけはプライムの名にかけて守り抜かなくはならない。第二の故郷、友の住処を。オプティマスは両手を広げてトリプティコンの砲口の前に立つと胸を開いた。そこにはマトリクスの輝きがある。

 ――我が魂なるスパークよ、精霊達の力を押しとどめよ!

 オプティマスを光が包み込む。眩しい太陽のような光だった。もう止められないスピリットキャノンはありったけ溜めこまれた力を一気に解放した。目標地球、その間にはオプティマスがいた。精霊の荒れ狂う力をその身に受けてオプティマスは徐々に押される。

「愚か者、このまま塵に還るが良い!」

 ――止まれ! スパークよマトリクスよ魂よ!

 トリプティコンから一直線に地球に向けて撃たれた霊力の本流は押し戻されトリプティコンの前で大爆発を引き起こした。

『メガトロン様、わが軍ハとてつもない被害を受けマシタ。撤退ヲ』

「くっ……オプティマスめ……! バカ者が!」

 甚大な被害を被ったディセプティコン。スピリットキャノンの破壊は大きな戦果と言えたが、オートボットはそれ以上の物を失った。

 

 

 

 

 精霊達を士道に託してスペースブリッジまで保護した。ジェットファイアーは妙な胸騒ぎがしていた。ディセプティコンが撤退した宇宙空間でオプティマスを探していたのだ。通信を試みたが何故かつながらない。通信を受けないのではなく接続もされない。そもそも通信先が存在しないのだ。

 宇宙空間を当て所なく漂う何かをジェットファイアーが見つけた時、言葉は出て来なかった。黒く変色したオプティマスは人型を保っている。

「オプティマス!」

 ジェットファイアーが抱きかかえようとすると目の前でオプティマスは塵となって消えた。

「オプティマス……バカな……くそぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 その夜、地球の空に無数の流れ星が確認された。それが何で誰なのかを知った時、オートボットには怒り、それだけしか沸いて来なかった。


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