デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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48話 ターゲットは士道

 世界最強の戦闘機と言われれば思い浮かべる機体はF-22だろう。雑誌やドキュメンタリー番組でも世界最強の戦闘機として大々的に宣伝しているからもあるだろう。先に索敵して先に攻撃して先に離脱する、全てに置いて先制し、高いステルス性、アフターバーナーを使わずに超音速での巡航が可能な速度を備え、過去の反省からミサイルだけでなく機銃も備えた最高の一品だ。

 そんなF-22は試運転として地上より遥か上空三〇〇〇メートルを飛行していた。

「こちらアルファ、機体に異常なし。旋回行動に移ります」

「こちらブラボー、同じく機体に異常なし」

「こちらチャーリー、異常なし、旋回行動に移る」

 三機のF-22が綺麗な弧を描いて旋回し複数の飛行機雲を残した。

「快調だな。この機体に乗ってると心底安心するぜ」

「ブラボー、私語を慎め。実戦ではないにしても試運転だ。墜落させたらお前では一生かけても返せない金がパーになるんだ」

「はいはい、分かってるよ」

 これまで実戦を想定した訓練は幾度となく繰り広げ、F-22は従来の主力戦闘機F-15に勝利して来た。ピッチ、ロール、ヨーどれもをしてもパイロット達は満足がいった。試運転を済ませ、基地へと帰投しようと操縦桿を操作すると三機のF-22が雲の中に飛行物を確認した。

「何だ? ロシアの連中か?」

「領空侵犯も良いとこだ。そんな事ロシアでもしない」

 アルファ、ブラボー、チャーリーの三機は美しい連携で雲から出現した飛行船を三角形に取り囲んだ。

「おいおい、タイガーモス号かよ」

「大きさ的にはゴリアテだな」

 アルファとチャーリーが調子よく言うとブラボーは呆れたように唸った。

「バカ共め、そこの未確認飛行物体に告ぐ。所属組織を明かし我々に同行せよ、さもなくば撃墜する!」

 いくら巨大でも飛行船は飛行船だ。ミサイルと機銃を使えばオーバーキルだ。チャーリーの警告にも飛行船は答えない。三人は操縦桿のトリガーに指をかけた。撃ち落とす準備は万端だ。鈍重な飛行船では絶対にF-22からは逃げられない。

「警告する! 所属組織を延べよ! さもなくば撃墜する!」

『ハンターと呼ぶ者もいるがね、主にこう呼ばれているチャムリー卿とな』

 飛行船から突如、三本のアンカーが飛び出し、F-22を三機同時に捕獲すると飛行船の中に引き込まれて行く。

「メーデー、メーデー! 機体の制御が出来ない! 飛行船だ! 飛行船が我々を――」

 助けを求める声を上げたが遅かった。搭乗員は脱出し、三機のF-22の捕獲に成功したチャムリー卿は満悦したように高らかに笑った。執事のディンスモアはいささか心配した口調で言った。

「お見事ですチャムリー卿、しかしこれが原因で戦争にならないか心配ですよ」

「ディンスモア、バカを言うな。戦争になろうとわしの知った事か。勝手にやればよい」

 最新鋭戦闘機を捕らえたチャムリーは早速、それをアジトである城に持ち運んで壁に飾ろうと考えた。

 周囲には寂れた工場地帯、枯れた大地などと閑散とした風景が広がる空間にポツンと城が建っている。城の近くにある滑走路に飛行船を着陸させるとチャムリーはディンスモアに捕らえた戦闘機を城内に運び込むように指示をして、先に城へと入って行った。

 チャムリーの城の内部には実用的な部屋は殆ど無く、城の大半は捕らえた獲物を飾る部屋として作られている。檻の中のボルネオの秘境に住む伝説の恐竜、保護動物の剥製、未確認生物と獲物は様々だ。赤い高級感の漂う椅子に腰掛け、最近捕まえた伝説の恐竜を眺めた。

「いや……実に見事な生き物だ」

「チャムリー卿、あたしゃもう年の所為かくたくたですよ。戦闘機を運び込むのを私一人に任せないで下さい」

「ディンスモア、何を弱音を吐いておるのだ。狩りはこれからもっと大変になるのだ」

 

「と、言うと? 一体何を捕らえるのでしょう? 航空母艦ですか?」

「それは捕まえた」

「ではロケットですか?」

「それも半年前に捕まえたわい」

「あとは……UMAとかしか……」

「そんな連中、張り合いが無さ過ぎるわ! わしが捕まえるのはこやつ等じゃ!」

 リモコンを操作してチャムリー卿とディンスモアの前にスクリーンを降ろすと映像が再生された。「ウゥゥゥゥ!」という空間震警報の音が聞こえ、ディンスモアは首を傾げた。

「空間震警報? これが何なのです?」

「まあ見ておれ」

 スクリーンを凝視しているとやがて空間震が発生、辺り一体の建築物や地盤をえぐり取り甚大な被害を出した。チャムリー卿が着目したのはこの空間震ではない。もう当然ご存知だろう、空間震の発生原因である“精霊”特殊災害指定生命体にハンターの眼が向いた。入手された映像はまだ士道やグリムロックと会う前の十香だ。圧倒的な強さで且つ美しく、鬱蒼とした表情と虚しい眼差しをしていた。

「精霊……ですか」

「そうだ。政府の連中は最重要秘匿情報として隠していたようだがこのチャムリー卿にかかればあっという間じゃ」

「それでチャムリー卿、この少女を捕らえるのですか?」

 チャムリー卿は首を振り同時に人差し指を振り子のように揺らして「チッチッチ」と舌打ちした。

「この子供は餌じゃ、本来の目的はやはりこの小僧!」

 またスクリーンの映像が変わり、次に姿を見せたのは士道だった。視線はカメラの方を向いておらず、周りには十香や耶倶矢、夕弦、それに折紙が一緒に映っている。恐らく、登校中にこっそりと撮影した者なのだろう。

「この少年が何なのですか?」

「わしのここ数日の調査によると精霊はあの小娘一人ではない」

 チャムリー卿は葉巻を口にくわえるとディンスモアがすかさず火をつけた。鼻から煙を吐き出し、チャムリー卿はリモコンを操作して更に何人かの美少女達の画像が出て来た。四糸乃、琴里、美九、狂三、七罪だ。

「さっきの双子に加え、こやつらも精霊の可能性がある」

「何故、分かるのですか?」

「勘だ。ハンターとしてのな」

 チャムリー卿に何十年も仕えているディンスモアもチャムリー卿のハンターの勘がいかに鋭いかは重々、承知している。だがまだ腑に落ちない事がある。

「この少女達が精霊なのはわかりましたが、何で少年まで狙うのです?」

 チャムリー卿は自分の鼻をトントンと叩いて見せた。

「匂いだ。あの小僧から明らかに人とは違う匂いがした」

「匂い……ですか?」

 ディンスモアには分からない感覚だ。カップに紅茶を注ぐが紅茶は全ておぼんにこぼれてしまっている。

「んお……? ディンスモア、紅茶が入っとらんぞ!」

「そんな筈は……」

 

 

 

 

 今日はオートボットにとって重要な日だった。オプティマス・プライム率いるオートボットが人類にとって無害であり有益な存在であると各国の首脳陣に主張する日だ。オートボットの有用性についてウッドマン卿も主張してくれる訳だが、トランスフォーマーを受け入れるのは厳しい話になりそうだった。

 第一にエイリアンが不法滞在している事。

 第二に同じトランスフォーマーでも悪の勢力が存在し、初見の人間側からは誰が味方で誰が敵か分からない事。

 第三にオートボットが今まで隠れて過ごして来た事に対する不安があった。

 オートボット達はラタトスクが用意した巨大運搬船に乗り、会議場まで向かう。開かれるのはアメリカ、テキサス州に急ピッチで作ったトランスフォーマーとのサミット用の施設だ。

「ったく何でノロい運搬船になんか乗らなきゃいけないんだよ!」

 ワーパスは口を尖らせて言った。

『済まないね、窮屈な思いをさせてしまって』

 モニターにウッドマンが映り申し訳なさそうに謝った。

『キミ達の科学力は人類を遥かに凌駕しているのは疑う余地もない。でもね、行き過ぎた科学力を警戒状態の者に見せるのは得策ではないと私は思う』

 サミットにグランドブリッジで現れたならさぞ驚くだろう。しかし、同時に更なる警戒心を抱かせてしまう可能性があった。ワープ技術などラタトスクも一応は完成させているがトランスフォーマーのグランドブリッジ、スペースブリッジとは比較にならない。

 ワープ技術は物資の運搬の早さ、進軍の早さ、撤退の早さを大きく省略出来る。また敵陣に爆弾をワープさせれば一瞬にして敵を倒せるのだ。

 そんな恐ろしい兵器を持った相手に心を開くかと言われれば答えはNOだ。ひょっとしたら怖がって下手に出て来るかもしれないが、オプティマスが求めるのは支配ではなく対等の関係だ。

 武力に物を言わせるのはディセプティコンのやり方だ。

「腰が痛くなりそうだよ」

「ああ、まったくだ!」

 ちらほらと抗議の声が上がるがオプティマスは静かにビークルモードで待った。

「ダイノボット達、よく聞けよ。これはオートボットが地球にいられるかどうかの大事な会議だ。くれぐれもいつもの調子で暴れたり、力を見せたりするような事は絶対に控えるんだ!」

 口が酸っぱくなるまでアイアンハイドはダイノボット達に今のセリフを言い続け、かれこれ十回以上は聞き、スラッグ達も嫌になっていた。

「分かってる分かってる」

「心配すんなって! オレ等は猫かぶっとくからよう!」

「あまり良い表現じゃないぞ、それ」

 借りてきた猫のように、ならまだ良かったろう。

「もし、私達がこの星にいられなくなったらどうしようかね、また地球に似た星を探すかい?」

「おいおいパーセプター、縁起でもない事言うなよ。そんときゃ……オレがこう……ガーッて言うから」

「人間達の決定には逆らうな」

 静かに待っていたオプティマスは運搬船に乗ってから初めて喋った。

「ここは彼等の星だ。彼等の領土である以上、彼等の決定には従おう」

 オプティマスが言うなら皆、それに従うつもりだった。オプティマスがいるなら例えどんな星でもきっと導いてくれる。そう信じていた。

 

 

 

 

 グリムロックの足下には無惨なスクラップが広がっていた。皆が生きようともがき、試練に挑みグリムロックは自分の願いを叶えるべく他者の願いを踏み砕く。生前のグリムロックなら何も思わなかっただろう。だが、思考が蘇り、今まで地球で過ごした経験がグリムロックの拳や剣を鈍らせた。

 グリムロックに倒された敵にも帰るべき場があった筈だ、待っている仲間がいた筈だ、想ってくれる愛しい者がいた筈だ。

 考えないとはなんと気楽なのだろう。グリムロックはそう思った。

「俺、俺がやっているのは……正しいのか……?」

 また新たな敵が出現した。工業用クレーン車とパトカーだ。当然、その二人まトランスフォーマーだ。クレーン車からボーンクラッシャーにパトカーからバリケードに変形した。ディセプティコンのエンブレムを見るとグリムロックは少し安心した。

 世界は違えども同じオートボットを倒すのは心苦しい。だがディセプティコンなら容赦なく倒せるからだ。

 ボーンクラッシャーがアームを伸ばしグリムロックの腕を掴んで来た。そのまま引き寄せようと踏ん張るがグリムロックはビクともしない。

「邪魔だ!」

 アームを掴んで逆にボーンクラッシャーを引き寄せると顎に強烈な一撃を見舞った。目玉が飛び出そうな衝撃にボーンクラッシャーは目眩がした。

 無数のスタッドがついた棍棒を振り回してバリケードがボーンクラッシャーを助けに来た。棍棒を容易くガードしてバリケードを頭突きで突き飛ばすと壁に打ち付けられ、そのまま事切れた。ダウンしたボーンクラッシャーの頭に剣を突き立ててグリムロックは勝利の雄叫びをあげた。

「次だ! 次を出せ! 誰でもかかって来い!」

 自暴自棄気味にグリムロックは吼えた。

 コロシアムのゲートが開くと青いカラーリングの戦闘機が入場と同時にロボットに変形してみせた。どこか見覚えのあるフォルムだが、その顔つきや凛然とした表情は初めて見る。ディセプティコンのエンブレムにグリムロックは険しい表情を作った。

「お前が私の相手か。初めて見る奴だな、貴様もトランスフォーマーか?」

「俺はれっきとしたトランスフォーマーだ。俺はグリムロック、お前は?」

 グリムロックはそのディセプティコンの名を聞いた。ディセプティコンは嫌いだ。しかし今目の前にいるディセプティコンはいつもと違う。

「スタースクリームだ」

 その名を聞いて嫌な顔をしない者はいない。評判の悪さ抜群のスタースクリームだったがグリムロックと対面しているスタースクリームはグリムロックが知るスタースクリームとは似ても似つかぬ精悍さだ。

 スタースクリームは左肩の翼を変形させてウィングブレードを取るとエネルギーを流し込み、赤く光り出した。

「剣を構えろ。御託は抜きだ。私は貴様を倒して帰らねばならない。仕えるべき主の元に、私を信じた子の元に」

 スタースクリームにも譲れない物はあるらしい。それはグリムロックも同じ事。

 両雄心はここに一つ。

 グリムロックは剣を構え、先制した。全てを一刀の下に斬り伏せて来たグリムロックの一撃をスタースクリームは受け止め、あまつさえ弾き返した。

「はぁッ!」

 気迫の籠もったかけ声と共にグリムロックとすれ違う。甲高い金属音が鳴り響き、グリムロックの頬に傷が、スタースクリームの翼にも切り傷が生じた。

「どうしたよデカいの。パワーだけか?」

 スタースクリームの挑発に乗り、グリムロックは剣で地面を叩き斬り、衝撃で直線状に割れた。地割れを避けてスタースクリームは肩からブラスターの連射を浴びせた。だが流石の防御力と言えよう、グリムロックはブラスターではビクともせずにスタースクリームに突っ込んだ。

 バカ正直で真っ直ぐな突進を避けるのは容易い。スタースクリームは隙だらけの背中を斬りつけた。

「パワー、防御は一級品だな。こんなのがオートボットにいたとはまったく驚きだ」

「一つ、聞きたい」

 グリムロックはスタースクリームの斬撃など意に介さず振り返る。

「何だ?」

「お前は何で戦ってる?」

「難しい質問だな。もう何万年も戦っている。私も分からなかったさ。でも今は私の信念の下に戦っている!」

 スタースクリームはウィングブレードを水平に払い、グリムロックはカウンターとして数に任せて素早く剣を振って猛攻を仕掛けた。連続の突きをウィングブレードで的確に切って落とし、グリムロック斬撃は一発もスタースクリームの体には当たらなかった。

「甘いぞ! 信じる物が一つあれば数など無用!」

 体を前に屈め、一足飛びでグリムロックとの距離を詰めるとスタースクリームはウィングブレードを突き出して腹を貫く。

 体を貫通したウィングブレードの刃を握り、スタースクリームが逃げられないように固定するとグリムロックの強烈な右フックが顔面を捉えた。音を上げて手を放すかと思いきやスタースクリームはウィングブレードから決して手を離さず、背面のパーツが変形し、スタースクリームの両肩にキャノン砲が現れる。

「ナル光線キャノン!」

 至近距離からのスタースクリームのとっておきの一撃、腹から剣が抜けたがグリムロックは吹き飛ばされてコロシアムの壁に叩きつけられた。休ませる暇も与えずすぐさまスタースクリームが仕掛け、グリムロックは攻撃に耐えた。突きをかわしてスタースクリームの腕を掴むと力任せに引き倒して首に目がけて剣を振り下ろす。背面からスラスターを噴射してスタースクリームは上手く逃げると、さっきまで寝転がっていた場所に刀身が深々と切り込まれている。もしも反応が一瞬でも遅れていたならスタースクリームの首はグリムロックの足下に転がっていた筈だ。

 グリムロックは強い。スタースクリームは正直にそう思った。だが、負ける気はしなかった。現に気迫ではスタースクリームが上回っているし、グリムロック自信には迷いが剣を鈍らせていた。トランスフォーマーではなく一人の戦士としてスタースクリームは確立された存在だ。洗練された剣はグリムロックを徐々に追い詰める。

 何が足りない? 思いか、信念か、決意か。今まで制限されて来た思考が戻り、グリムロックは頭の中の整理がつかない。

「思考が止まっているぞ!」

 迷いが剣を鈍らせ、迷いが動きすらも鈍らせる。スタースクリームにとってそれは付け入るに十分な隙だった。鋭く肩口を切り裂かれるがグリムロックは唸り声も上げない。

 

 体に多くの傷を負いながらグリムロックはスタースクリームの剣撃をその身に受け続ける。記憶が、グリムロックの何百万年の記憶が走馬灯のように頭を過る。するとグリムロックの脳裏に目覚ましく火花のように閃き、一瞬にして胸の中に曇っていた心の闇が淡雪のごとく溶けてなくなって行く。傷だらけの体でスタースクリームの剣を素手で払うとグリムロックは笑い出した。

「何が可笑しい?」

「俺らしくもない事だ。俺は何を無意味に悩んでいたんだ。帰るべき場所があるのに、待ってる連中がいるのに」

 グリムロックは剣を掲げた。死んだ後の四糸乃の悲しむ顔なんて見れたものじゃない。これから戦う者、オートボットもディセプティコンにも帰るべき場があるだろう、そんな事は知った事ではない。相手の夢を粉砕する覚悟はもう出来た。覚束ない心は一つの目的に向けられた。

 スタースクリームは、グリムロックの内面の変化を瞬時に察知すると早急に決着をつけようとウィングブレードにエネルギーを込めると記憶に残る地球の子の顔を思い浮かべた。その顔を思い出すとスタースクリームに無類の勇気を与えてくれる。

 スタースクリームとグリムロックは互いに間合いのギリギリ外に位置している。一歩踏み込み、剣を振るうだけで勝敗は決する距離だ。グリムロックは剣を担ぐように振り上げて胴体を限界まで捻る。スタースクリームはウィングブレードを正眼に構えて目の前の相手に意識を極限まで集中する。二人の視界は狭まり、目の前しか見えてこない。

 しんと静まり返ったコロシアム。緊張が張り詰め殺気が充満した空間で二人の戦士の息が合う。

 僅か先にスタースクリームが仕掛けた。天高く突き上げられた剣を真っ直ぐに振り、グリムロックは上半身の捻りを使って横薙ぎに振りぬいた。カツン、と小さな金属音がしたかと思えば二人はもう剣を振り終えていた。グリムロックの胸のエンブレムには確かに縦一筋に傷痕がある。対してスタースクリームは、腕ごと胸まで剣が食い込んで重傷なのは目に見えて分かった。

「……ッ……!」

 スタースクリームは声にはならない声で何かを口走った。途切れたように口を開けて致命的な一撃を受けたスタースクリームは仰向けに倒れるとゆっくりと目を瞑り再び眠りについた。

 思わぬ強敵に苦戦を強いられたグリムロックだが、得た物は大きい。もう何が来ても一片の後悔なく打ち倒せる。

 

 

 

 学校の帰り道、耶倶矢と夕弦は士道がよく通う商店街を歩いていた。普段なら士道や十香と一緒に帰るのが常だったが、今日は十香の居残りがあり士道が待ってあげる事になった。

 士道が買い物に行けなくなったのでこうして耶倶矢と夕弦が買い物役を担う事になったのだ。

「かかか、士道め我等颶風の御子にお遣いを任せるとはしょうがない奴よ」

「不安。耶倶矢がお菓子ばっかり買って予算が足らなくならないか心配です」

「そんなバカじゃねーし! 士道は余ったらアイス買って良いって言ったしぃ! 夕弦はアイス食べ過ぎたらぷよぷよになるんじゃない」

「憤慨。ぷよぷよじゃないですー肉付きがいいのです。抱き枕にするのなら夕弦の方が最高です」

 他愛もない言い合いを交えつつ夕弦は士道から受け取ったメモを読んだ。

「まずは牛肉三キロです」

 三キロの肉の内、二キロは十香の取り分だ。

 肉屋へ行く途中、耶倶矢はソフトクリーム屋に目を奪われていた。物欲しそうな眼差しで完全に足を止める耶倶矢を夕弦は半眼を作りジッと見ていた。

「耶倶矢」

「ハッ……!? 何でもないわよ!? べ別にソフトクリーム食べたいとか思ってないし!」

「そうですか、では行きましょう」

「えっ……ああ……ぅ……」

 さっさと行ってしまおうとする夕弦の袖を摘み、耶倶矢はソフトクリーム屋と夕弦を交互に見て眉をハの字にした。

「質問。どうしました耶倶矢? 欲しいのならおねだりして下さい。財布の紐を握っているのは夕弦です」

 夕弦の目にサディスティックな色が宿る。

「あ、あの……ソフトクリーム……買って下さ――。あれ?」

 夕弦から向こう側を覗き込み、耶倶矢はソフトクリームの事をすっかり忘れて口を開けて驚いた。耶倶矢の表情の変化に気付いて夕弦は振り返ると耶倶矢と同じく驚愕の顔を作った。

「ねえ、夕弦。あれ士道よね?」

「同感。士道です」

 商店街の先。そこには十香と歩く士道の姿があった。十香の居残りに付き合っていてはこんなに早く帰れる筈がない。

「士道、まさか十香がいちゃこらする為にあたし等に嘘を!?」

「詰問。とっつかまえて問いただしましょう!」

 二人は士道達を追いかけた。路地を曲がり、更に角を曲がって行く。

「おかしくない? 何であたし等が追い付けないの!」

 足の速さには自信がある二人が全力で走っても耶倶矢と夕弦は追い付けず、士道達が曲がった角を飛び出して人気の少ないT字路に出る。

 周りを見渡すと二人は見あたらず首を捻るばかりだ。

「見失った……?」

「疑念。あれは本当に士道達だったのでしょうか?」

 腑に落ちない様子で戻ろうとした矢先一台のトラックが停車すると荷台からアームが射出されて夕弦を掴んだ。

「ッ!」

 アームを引きちぎろうとしたが先に夕弦に電流が流されて気を失い荷台に運び込まれて行く。

「夕弦を返せぇ!」

 発車しようとするトラックを止めようと耶倶矢は運転席に回り込むと突如、アスファルトに仕掛けられてあった落とし穴に落ちて行った。二人を罠に嵌めたのはあの召使いだ。

「チャムリー卿、楽勝でしたな」

『よしよし、では次だ次を捕まえるぞ!』

「かしこまりました」

 ディンスモアは軽くお辞儀をしてトラックを走らせた。

 

 

 

 

 十香が居残りを受けている間、士道は図書館にいる。

 十香の成績はかなり悪く珠恵は少しでもよくなるようにと授業をしてくれている。小休止として十香はトイレに行った。出来るだけ早く終わらせて士道と二人きりで帰る、そう考えると自然に笑顔が出来た。トイレを済ませて出てくると天井からきなこパンがまるでパン食い競争のように釣られてある。明らかに不自然な光景だが、疲れた体を元気にするのはきなこパンしかない。十香は何も考えずにきなこパンに食らいついた。もぐもぐとたちまち食べつくしてしまうと数メートル離れた先にまたきなこパンが垂らされた。

「おぉ! 今日はきなこパン祭りか!?」

 垂らされればきなこパンを食べ、また天井からきなこパンが吊るされ十香は何の疑問も持たずに食べて行く。周りの事など見えずにきなこパンを食べているといつしか校舎の外に出ており、グランドにいた。指についたきなこをペロリと舐めてもうきなこパンは出て来ないのかとキョロキョロと周囲を見渡した。しかしこれ以上出てくる気配はなく、十香はポンとお腹を叩いて帰ろうとするとグランドが突如、真っ二つに割れて底の見えない暗闇からゆっくりと巨大な皿に乗せられたきなこパンの山が出現した。十香は涎を垂らして目をキラキラと輝かせている、まるで財宝でも見つけた、そんな顔をしていた。

「いっただきまーす!」

 食欲の赴くまま、十香はきなこパンの山に飛びつく寸前、どこからともなくネットが飛来して十香を捕獲してしまった。

「何なのだ!? だ、出せ! 私を解放せんか! きなこパンの山がきなこパンがぁ!」

 ネットに絡み取られたまま十香はトラックに荷台に乗せられて連れ去られてしまった。

「おーおー何と簡単だ。これはライオン狩りより軽いわい」

 チャムリー卿はあまりに上手く行きすぎて少し肩すかしをくらった気分だった。

 

 

 

 竜胆寺女学院の一日の授業が終わった美九はこれから真っ先に来禅高校に行く予定だ。今日は十香が居残りで愛しの士道が十香を学校で待っているのは把握済みだ。仲の良い子達にお茶を誘われたが丁重に断り、スキップをして校舎を出た。

「るんるるんるる~ん」

 鼻歌を歌いながら美九は校門前に停車している自家用車に乗ると運転手に女性に命じた。

「今日もご苦労様ですぅ、では来禅高校に一直線でお願いしますぅ~!」

「はい、お嬢様」

 返って来た声を聞いた瞬間に美九は露骨に眉をひそめた。士道以外に男の声、そもそも普段からいる運転手の声ではない。

「誰ですか?」

 美九の質問に運転手は答えず、車のカギをロックした。そして後部座席と運転席の間に強化ガラスの仕切りが出来る。明らかにおかしな状況に美九は車のドアを叩いて外に助けを求めたが、その願いは叶わず車内に睡眠ガスが噴射されて美九は意識を遠のかせた。

「チャムリー卿、まだやるんですか? もうあたしゃ疲れましたよぉ!」

『ディンスモア! まだ精霊は四人もいるのだぞ! 全員狩るまでは帰らないぞ!」

「はぁ~い」

 

 

 

 

 八舞姉妹、十香、美九の消息が消えたのはすぐに琴里の下に情報が行った。今はオートボットもいないので頼れるのはラタトスクだけだ。学校が終わった琴里は白いリボンから黒のリボンに切り替えてインカムを耳にはめて神無月からの報告を聞いた。

「どういう事よ神無月? 十香達の霊反応が消えたって?」

『私どもでも調査中ですが、八舞姉妹は商店街で十香ちゃんは学校のグランドで美九さんは学校の前で消息を絶っています。いずれも人に見られてもおかしくない場所です』

「ASTかしら?」

『いえ、ASTよりも圧倒的に手際が良いです。こんな事私も初めてです」

「目的は精霊かしら?」

『もしそうなら司令、あなたも気を付けて下さい』

「わかってるわ、私がそんなドジを踏まないわよ」

 フラクシナスとの通信を切り、琴里は難しい顔を作った。一体誰が何の為に精霊を誘拐するのか。DEMなら分かるが、DEMはもう無い。もし仮にその意思を継ぐ者が現れたとしても行動が早すぎるし、精霊を相手に上手すぎる立ち回りだ。

 あれこれと頭を働かせていると不意に大きな声が聞こえた。

「大変だー! 交通事故だぞ!」

「来禅の男子生徒が車に撥ねられたらしい!」

 考え事をしている最中、周囲から聞こえた野次馬の言葉に琴里は僅かな不安がよぎった。来禅の男子生徒など山ほどいるが自分の兄もその来禅の男子生徒に該当するという事だ。琴里は野次馬のいる方へ走り交差点の回りに集まる人混みを潜り抜けると驚く事に人混みの中心には誰もいない。それに加えて野次馬達はぐにゃりと折れ曲がり一瞬のうちに霧散してしまった。

「まさか、ホログラム!?」

「その通りだよマヌケな小娘」

 どこからともなく鉄骨が降り注ぎ、空中で檻を形成すると琴里を閉じ込めてしまった。

「神無月! 助けて! 犯人が見つかったわ!」

 通信機に向かって叫んだが、その声は届かない。チャムリー卿が設置した強力な妨害電波の所為で通信が不可能だった。琴里は自力で檻を破ろうとしたが、無駄な努力で檻ごとトラックに載せてそのまま連れ去ってしまった。

 

 

 

 

 五河邸で四糸乃は士道がおやつとして用意してくれたクッキーを食べながらドラマを見入っていた。

『ねえねえ、今日は士道くぅん遅くなぁ~い?』

「士道さんは……確か……十香さんの居残りに……付き合ってます……」

『放課後の学校で男女が二人……。キャー! 絶対何かあるね!」

「え、え……二人はそんな事……しないと思います……」

 放課後の男女、それだけ聞いて四糸乃はボンッ! 顔を赤くしてカップの牛乳を一気に飲み干して顔をぶんぶんと横に振って変な想像を追い払った。

 四糸乃はふと琴里の帰りも遅いなっと思った。時計を見て本来なら琴里が帰って来ている時間を確認する。何かあったのだろうかと心配になってよしのんに話しかけた。

「よしのん、琴里さん……遅くないですか……?」

『んん~? まあまだ誤差の範囲内だよ~』

 まだ十分か二十分くらいの差しかない。少し寄り道でもしているのだろう判断して四糸乃は皿に乗るクッキーを一枚つまんで食べた。四糸乃しかいない家にインターホンの音がして四糸乃はビクっと体を震わせると、モニターを覗くと白衣を着た男性と救急隊員の恰好をした男性が門の前に立っていた。

「病院の人……ですか?」

『そうみたいだねい』

 四糸乃は恐る恐る玄関から顔を出す。白衣を着たのはチャムリー卿で救急隊員の恰好はディンスモアだ。

「初めまして、天宮病院の者ですが五河士道さんの妹さんですか?」

 妹ではないので友達という事にしておいた。

「え……いえ、お友達……です」

 四糸乃がそう反応すると二人は顔を見合わせて話し出した。

「困ったな、親族に連絡が取れないですね」

「ええ、困りましたね」

「あ、あの……何か……あったんですか?」

「実は今日、五河士道さんが図書館の本棚の下敷きになって病院に運ばれたんです」

 だが、それはチャムリー卿の真っ赤な嘘。

 四糸乃はそれを聞いて顔を強張らせた。

「あ、あの……私を病院に……連れて行って……下……さい」

 士道が病院に運ばれたと聞いて四糸乃はいても立ってもいれなくなりチャムリー卿にそうお願いするとすぐに救急車へ乗せられた。救急車に乗ったのを確認するとディンスモアは美九の時と同じように催眠ガスを噴射して眠らせた。

「残り二人だ。なんと楽勝なことか。ハハハ!」

「旦那様、もう二人くらい良いじゃないですか」

「いいや、コンプリートを目指す!」

 残るは七罪と狂三だ。

 

 

 

 

 七罪は血相を変えて狂三の部屋にノックもせずに乗り込んできた。

「大変よ狂三!」

 ドアを開けると黒いゴスロリ衣装でクリスマスに貰った愛猫を愛でる狂三がいた。

「いい子いい子、顎を撫でられると気持ちいいんですにゃ~。あぁ、この子最高ですわ、最高ですわ」

 いつもの雰囲気とは打って変わって猫に夢中な狂三に七罪は戸惑い、突然乗り込まれて狂三はそっと猫をケージに帰してやった。

「コホン、今何か見まして?」

 目の奥は笑わず、にっこりと笑顔を作る狂三に睨まれて七罪は無言で全力で首を横に振った。

「イイエ、ナニモミテマセン」

「よろしいですわ。それで、何の用ですの?」

「えっと……そうだ! 大変なの! 四糸乃が士道の家の前で誘拐されたのよ!」

「誘拐? 随分と堂々としてますわね」

「悠長に紅茶なんて飲んでる場合じゃないわよ! 早く助けに行こうよ! こんなあたしみたいなぺちゃぱいナメクジならまだしも女神四糸乃を変態親父の毒牙にやられたら大変よ!」

「とりあえず手がかりがないか、見てみますわ」

 椅子かた立って靴を履いていると廊下の方から悲鳴がした。狂三は歩兵銃を手に廊下から飛び出すと七罪は謎のアームの襟を掴まれて輸送ヘリの中へ引きずり込まれている。

「七罪さん!」

 七罪はアームを霊力で綿菓子に変化させると何とか逃げ出す、だがまた別のアームに掴まってしまった。狂三が助けようと歩兵銃を構えると空間に幾筋の線が閃き、狂三の銃はバラバラになって床に落ちた。

「誰ですの!?」

「外したか。ディンスモア、チャムリー卿の執事です」

 チャムリー卿の指先からは鋼鉄の糸が伸び、軽く手を振るうだけでコンクリート製の壁をチーズのように切り裂く。狂三はもう一丁銃を出してディンスモアに向けて発砲した。空中の弾丸を鉄線でバラバラにし、狂三の足下を糸で切り崩す。足場を失ったかと思うと、狂三の下にはとりもちが用意されねばねばの床に絡め取られてしまった。

「旦那様、ミッションコンプリートです」

『素晴らしい! では帰って来い」

「はい」

 

 

 

 

 士道が異変に気付いたのは珠恵が戸惑ったように十香を探していた所からだ。聞くところによると十香はトイレに行ったきり帰ってこなかったそうだ。十香はバカだが居残りをすっぽかすような子ではない。士道も珠恵もそれはよく分かっていた。電話もつながらないし、十香と連絡を取れずにいるとフラクシナスから通信が来ていた。神無月の焦った声で琴里と連絡が取れないという内容だった。

 ひとまず士道はフラクシナスに回収してもらい艦橋で真那と折紙と落ち合った。

 艦橋に皆が揃い普段琴里が座る椅子に神無月が頬ずりしている以外は異常はない。

「ハッ! 司令がいなければ司令のお仕置きが受けられない! あぁ~でもこういう焦らしプレイも……なかなか!」

 神無月が暴走しているので代わりに令音が状況を説明してくれた。

「シン、琴里も含め精霊達は唐突に反応を消してしまっている。四糸乃はシンの家、七罪や狂三に至ってはマンションで消息を絶っている。怖い事に目撃者が誰もいないんだ。オートボットは今、サミットに向かっている」

「目撃者がいねーとは大した奴です。ディセプティコンですかね?」

「それは考えられない。ディセプティコンの襲来ならもっと大騒ぎになる。今回はあまりに静かすぎる」

 手がかりも残さす鮮やかなハンティングにフラクシナスの機能を以てしても場所が割り出せずにいると中津川が目を丸くして声を上げた。

「村雨解析官! 何者からのメッセージです」

「繋いでくれ」

「ハッ!」

 通信を繋ぐとまず最初に出てきたのは捕えられた精霊達は妙に露出が多い水着や衣装で動物を模した耳や尻尾をつけたあられもない姿になっていた。十香と七罪は犬耳に尻尾、四糸乃はうさ耳、琴里と狂三は猫、八舞姉妹は猿で美九は牛だ。スクール水着にニーソといったオーソドックスな物からバニーガール、スリングショットなど際どい物などを着ている。そんな少女達がマジックハンドでくすぐられたり、変な触手で体をまさぐられるという映像に反射的に男性クルーは「オォー!」と声を上げた。

『ごきげんよう諸君! 私はチャムリー卿、ハンティングが趣味だ』

 あの映像からのハンティング発言を聞けば変態親父にしか見えない。

『私の狙いは五河士道、キミだ! 私の挑戦を受け、見事私に勝てばこの子達は帰してやろう!』

「シン、こんな挑戦を受けるつもりはないよね?」

「令音さん、狙いが俺ならもちろん受けて立ちますよ。チャムリー! 十香達をこんな目に合わせたんだ許しはしない!」

『挑戦に受けると言うのだな?』

「ああ! 受けて立ってやる!」

『素晴らしい! では座標を送る。待ってるぞ!』

「だがその前に……」

 士道は司令席のレバーを下すとチャムリー卿が見ている画面を爆破した。

「良い啖呵を切りやがりましたね兄様! こうなったらあの爺さんの所に乗り込んで痛い目にわせてやりましょうや!」

「あの老いぼれの顔の皮を剥いでみせる」

「二人とも発言が物騒だぞ。俺はあのチャムリーに挑まれたんだ。俺一人で行く。令音さん、転送お願いします」

「わかった。気をつけるんだよ。オメガスプリームが言った事を忘れるんじゃないよ。キミには琴里の再生能力があるとはいえ、もう身を守るプロテクトがない」

「はい、気をつけます」

 フラクシナスの艦橋にグランドブリッジを開けられると士道は光の道を通ってチャムリー卿が指定して来た地点へと向かった。

 

 

 

 

 精霊捕獲作戦、その一部始終を見ていたのはレーザービークだ。自分の目で見た情報の記録を取り主人の元へと帰投する。海から突き出した帰還用ダクトに入り、レーザービークはサウンドウェーブの胸にしまわれた。

「メガトロン様、レーザービークが帰ってキタ」

「よくやったサウンドウェーブ、では再生しろ」

 レーザービークが捉えて来た映像を流すとチャムリー卿とディンスモアに二人が精霊を次々っと見事に捕えている映像があった。

「何者ですこれは、封印済みとは言えこれだけ手際よくやるなんて」

 同じ人間のエレンはチャムリー卿という名も知らないハンターを称賛した。

「この老いぼれを味方につければ事をうまく運べるかもしれん」

「ハッ! 情けねえまさかあんたが人間を頼るなんてな――」

 メガトロンはスタースクリームを突き飛ばした。

「何するんです!?」

「面倒ばかり起こすくせに口だけは達者な奴だな! おい、エレンこのチャムリーとか言う老いぼれと手を組むように言って来い」

「了解しましたメガトロン」

「じゃあなエレン、頑張れよー」

「貴様も行ってこんかぁ! スタースクリーム!」

「はいはい、わかりやしたよ。あんたの命令は絶対ですからね~。行こうぜエレン」

 

 

 

 

 チャムリー卿の領土へと転送された士道は、さっそくスターセイバーを構えた。

『よく来たな士道! ではすべての難関を越えてたどり着いてみせよ!』

「どこだチャムリー、姿を見せろ!」

『ハンターは獲物の前に姿を見せんのだよ。狩りの常識じゃ常・識』

「チャムリー、果たして狩られるのはどっちかな?」

『強気な発言だな。ああそうだ、後ろを気をつけた方がいいぞ』

 士道が振り返ると獰猛な二足歩行の恐竜が士道の肩口に噛み付いた。二メートルはある恐竜は士道に噛み付いたまま振り回し鉄塔にぶつけた。背中と肩に計り知れない激痛だが、もう痛いのは慣れっこだ。スターセイバーで恐竜の尾の一振りをガードし、肺一杯に息を吸い込み声を張り上げた。

「アァァァァッ!」

 士道の口から発せられる音圧は恐竜を跳ね飛ばした。美九の声の力だ。傷を負った体を琴里の力で再生され、その間に恐竜は再起して士道を獲物と判断し襲う。手に霊力を蓄え、士道は突っ込んで来た瞬間に身をかがめてつつ横へ飛び、恐竜の体に触れるとその恐竜は大きな可愛らしい象のぬいぐるみに変化した。七罪の力で無力化された恐竜を士道はスターセイバーで両断して先を急いだ。

『ブラボー、ブラボー。ボルネオの秘境で三年かけて捕まえた伝説の恐竜をこうも容易く撃退するとは。だが、こちらもキミが精霊の力を使ってくるのは予測済みだ。くらえ!」

 先ほどぬいぐるみにした恐竜が発光したかと思うと爆発を起こし、士道は爆風に巻き込まれた。全身が痛み、爆風の破片で体を切られたがそれもなんとか再生させた。

「さっきの爆発がどうした。俺は元気だぞ!」

『そうかい? では次なる試練だ』

 チャムリー卿が次に仕掛けて来たのは、それは巨大なタコだ。

 士道を絡め取ろうと八本の足を延ばして上下左右と多方面からけしかける。

『それは太平洋で捕えた巨大タコだ。それくらい倒せなくては相手として面白くないわ』

 士道は足をスターセイバーで斬り落としてからまた七罪の能力で無力化しようと胴体に肉薄し霊力を込めて触れると巨大タコは何にも変化せず長い足で士道を振り払った。

「何でだ……まさかさっきの爆発で……」

『その通り! さっきの爆発で霊力を一部制限された! さあどうする!?』

 士道は舌打ちをして横薙ぎに払われる足に飛びつく。

氷結界隈(ザドキエル)!」

 士道の全身から冷気を帯び、巨大タコの足、そして胴体から他の足までを瞬時に凍結させた。またさっきのような爆発が予想されるので士道は急いでタコから離れたがもう既に遅く、タコの体内に仕掛けられた爆弾が起爆し、士道は爆発に巻き込まれた。数秒、気を失ってから目を覚まし、士道は手に霊力を集めてみた。冷気は出る。風も出る。再生は可能、狂三の歩兵銃も出る。試しに喉に霊力を溜めて見たがさっきのような音圧は発せられなかった。

『またもや力を失ったようだな! 次、ネットだぁ~!』

 士道の頭上からネットが降って来ると士道は風の力で推進力を得てネットを回避した。

「チャムリー! こんな子供だましな罠に引っかかると思うなよ!」

 その時である。地面に仕掛けられていた罠が起動し、士道は粘着ネットの餌食になった。

「くそ! 何だこのネットは! 絡みつく!」

 絡みつくだけではない、この粘着ネットにより霊力が徐々に吸い取られているのだ。もがきながらなんとか左手だけを自由にすると狂三の短銃を生成した。

刻々帝(ザフキエル)四の弾(ダレット)!」

 弾丸をネットに撃ち込み、時間を巻き戻す。そうすると体に張り付いていた粘着ネットは罠が発動する前、地面の中へと戻って行った。士道の手元から短銃が消えてなくなった。こうも三つの力を短時間で奪われるとは思いもしない。まだチャムリー卿のいる城は先にある士道の前途は多難であった。

 傷は琴里の力で再生されているが、無理な霊力の酷使により士道の体はかなりの負担となっている。更なる困難が待ち受けるとわかっていても士道は立ち止まる事は許されない。城へと向かう士道の背後、そこには二つの影があった。エレンとスタースクリームだ。

「何だぁ? ありゃ人間の小僧じゃないか」

「そうですね。どうします、捕えますか?」

「いや、まずはあのジジイと手を組むのが先だ」

 士道の動向を監視していると士道の前に囚われの身の女性が見えた。士道は助けそうになったが、こんな見え見えの罠には引っかからない。

「見え透いているぞ」

 士道はその女性を無視して行ってしまう。

「あれ? あのお人よし少年が女性を無視するなんて変ですね。何かあったんでしょうか?」

「罠に決まってるからだろ。ほら、行くぞ道草くってる暇はねえんだ」

 スタースクリームの忠告を無視してエレンが女性の足に繋がれた鎖を切断すると女性のホログラムが消え、大量の粘液がエレンにかぶさった。

「す、スタースクリーム! た、助けてぇ!」

「だから言っただろうが! ちょっと待ってなすぐ自由にしてやるよ」

 何やら後ろが騒がしいので振り向くとエレンがあの罠に引っかかっている。

「おいおい、あんな罠にかかるMA・NU・KEがいるとは思わなかったぜ」

 と吐き捨てて先を急いだ。十香達を誘拐されて温厚な士道は表情には出さないが内心かなり怒っていた。

 次なる刺客が士道の前に立ちふさがった。巨大なハサミと毒を操る殺人マシーン“サソリ”。その毒を注入されれば琴里の回復力があっても命があぶない。風で編み上げた防壁を形成した士道はサソリの毒針を防ぐと同時に左手に鏖殺公(サンダルフォン)を呼び出した。スターセイバーとの二刀流でサソリのハサミを凌ぐ。

『わしの最新の科学の結晶サソリのお味はどうだね』

 サソリの頭部のディスプレイにチャムリー卿の顔が映った。

「こんなポンコツ、すぐに破壊するさ!」

 霊力を纏った足で地面を踏みつけ、氷の柱が何本も突出してサソリの下腹部を貫く。動きを封じ、士道は風の力で一気に加速しサソリのハサミを切断し、スターセイバーと鏖殺公(サンダルフォン)を体に突き刺した。爆発が来るのはわかっている、だから瞬時に風の防壁を形成してこらえた。爆風から身を守れても力を奪われる事までは防げなかった。

 士道の顔から一気に滝のように汗が流れ出た。今まで霊力の酷使で傷ついた体を琴里の力で修復していたが、さっきのサソリの爆発で琴里のイフリートの回復能力を封じられてしまった。

「やべえ……頭がくらくらするぞ……」

『う~ん、まさかサソリまで倒すとは思いませんでしたねチャムリー卿』

 はたきで展示品の埃を取りながらディンスモアは感心しながら言った。

『じゃが、ついにあの妙な回復能力を封じたぞ。奴め力尽きるのも時間の問題だな』

 城門前まで来る士道はスターセイバーで閉ざされた門を切り倒し、遂にチャムリー卿の根城へと突入した。だが、安心はできない士道の行く手には蜘蛛ロボットが待ち受けていた。回復能力がない今、もうダメージを許すわけにはいかなかった。スターセイバーと鏖殺公(サンダルフォン)の光波を同時に飛ばし、遠距離から蜘蛛の破壊を試したが俊敏な動きでそれを避けると瞬く間に距離を詰められてしまう背中に回り込まれ、()られる寸前に太い氷の柱を生み出しで蜘蛛の牙から身を守った。霊力で強化された氷柱を噛んで牙が無惨に折れた所で士道は蜘蛛の胴体を縦に斬りつけ、左右泣き別れとなった。

 霊力の使い過ぎで何もダメージを負っていないにもかかわらず、士道の腕の肉が裂けて血が噴き出した。

「痛っ……!」

 出血を防ごうと手で傷口を押さえると腕の傷が塞がっていた。

「……!?」

 ――傷が……治ってる?

 琴里の再生力は発揮していない。だが、傷は治った。不思議な現象に戸惑いを隠せないが士道は先を急いだ。

『ぐぬぬぬ! 蜘蛛ロボットまでもか!』

 流石のチャムリー卿もまさか士道がここまで来るとは思ってもなかった。士道は螺旋階段を上り風の力を利用して大きく跳躍して屋根を伝う。城壁を斬り破り、士道は十香等が囚われている部屋へと辿りついた。

「みんな助けに来――」

 士道は皆の姿を見て赤面するとそっと目を逸らした。

「だーりん! 早くこの変態装置を止めて下さいぃ!」

「あははは、士道さん! わたくし、イヒヒ、もう……笑い疲れて」

 マジックハンドでくすぐられっぱなしの狂三はもう限界だ。士道は氷柱を飛ばして機械を停止させた。

「何とか……止まったか……。ごめん、みんなすぐに解放するよ」

「シドー、やっぱり来てくれたのだなすまん。私がきなこパンに目がくらんだばっかりに……ううう」

 士道は疲れていたが笑って済まし、拘束を解こうとスターセイバーを振り上げた。

「士道! 危ない!」

 琴里が叫んだ。士道は「へ?」間の抜けた声を出した時、銃声と共に胸から大量の血が吹き出し士道の手からぽろりとスターセイバーが零れ落ちた。膝から崩れ落ち士道は穴の空いた胸に手を当てたが取り留めなく流れ続ける鮮血は士道から生命力を奪って行く。

「仕留めたぞ! ディンスモア」

「チャムリー卿、そんな事をしてはせっかくの獲物が台無しですよ」

「構わん、医療技術でなんとかしてやるさ」

 チャムリー卿はライフルを肩に担ぎ士道を仕留めたと思い大喜びをしている。

 

 

 

 

 城の外ではエレンについた粘液を取り終えてスタースクリーム達はやっと任務が再開できそうな所だった。

「ったくよ、何であんな見え見えの罠に引っかかるかね~」

「罠だと思わなかったんですからしょうがないでしょ! あ~スタースクリームは卑怯な手に慣れてるからわかったんですね~」

「何ぃ! 助けてもらっておいてその口調か! もっと俺様に感謝ってものをな――」

「あなたとつるんでから私の人生設計台無しですよ! 昔は執行部長とか言われて恐れられ、尊敬されてたのに!」

「頭からっぽで体にしか栄養行ってなさそうな奴がな~にが人生設計だっつーの! どうせアイザックの腰巾着くらいにしか――」

 そこまで言いかけた所でエレンは体を強張らせながら必死で涙をこらえていた。

「うわ~ん! アイク~何で死んだんですか! 私を一人にしないでくださいよぉー!」

「ええい! 泣くなよ! 悪かったって、もう腰巾着と言わないから!」

 と、痴話喧嘩の真っ最中、チャムリー卿の城の大半が一瞬にして膨大な霊力に飲まれて消えた。

「何だ……ありゃ……。メガトロン様、大変です! チャムリーというジジイの城からいきなり大量の霊力が!」

『こちらでも確認した。精霊の反転、そうであろうエレン?』

 さっきまで泣きっ面だったエレンが一転して深刻な表情を作った。

「精霊の反転、それで間違いありません。中で何が起きたかはわかりませんが、この霊力は異常です」

 空へと一直線に放出される精霊の霊力。だがもっと恐ろしいのはこれからだ。

 空間震警報が鳴り響きエレンは空間震の範囲を測定した。

「――!? えっ……!」

「どうだ、空間震の範囲はどんなもんだ?」

「えっと……ユーラシア大陸から北アメリカまでを丸ごと……です」

「ん? よく聞こえなかったぞ」

「ですから……ユーラシア大陸から北アメリカまでをまるごと消し去るレベルです!」

「……」

 

 

 

 

 

 

 士道が撃たれた。回復力も持たない士道が、目の前のハンターに撃ち殺された。士道は動かない、目は半開きで何かを言いかけたままのように口を開けたままで血を流して倒れている。

 視界がどろどろに黒く塗りつぶされるような感覚だ。絶望の中から手を差し伸べた、最後まで見捨てなかった、大切なたった一人の兄、人生に新たな選択肢をくれた、バカみたいに優しく頼りになる心のより所。

 それを奪われたのならこの世界はもういらない。

 紫色のオーラが放出され、破壊衝動に心が染まっていく感覚だ。人も建造物も木も大地も鳥獣も全てを破壊してしまいたい。チャムリー卿の精霊への知識はとてもよく収集できたと褒めるべきだろう。唯一の誤算は精霊の反転をしらなかった事だ。

 夢から覚めたように士道はまぶたを開いた。意識を途切れさせていたのは一分もないだろう。その間に城は壊滅、二つの黒い影が残り、宙には反転した精霊、空いた胸はどういう訳か塞がっている。

『もしもし、士道くん!」

「あ、はい……」

『よかったようやく繋がりましたね。あなたがグランドブリッジで敵地に入ってからずっと連絡が取れなかったんです。それより、司令達は一体何があったんですか?』

「俺にもさっぱりです。でもなんとか止めてみせます!」

 手に力を込めてスターセイバーを出現させると士道は上を見上げた。スターセイバーにありったけのエネルギーを注ぎ込み、士道は三日月状の光波を空へと打ち上げた。光波は十香達が張る霊力の膜を切り裂いた所で消える。

「十香! 四糸乃! 狂三! 琴里! 耶倶矢! 夕弦! 美九! 七罪!」

 士道はそれぞれの名前を叫んだ。

「聞こえているか!」

 ほんの僅か、士道は霊力の弱まりを感じた。

 暗い暗い絶望の中で精霊達の胸には確かに士道の声が届いている。士道は構わず声を張り上げて名前を呼ぶ、反転してどこかへ行ってしまいそうな意識を呼び止める、そんな感覚だ。士道は心の内で戻って来いと願いながら声をかけ続けた。

 空を取り巻く紫色のオーラが少しずつだが薄れて行く。その中で邪なオーラはガラスのように割れて十香等はが目を覚まして士道の頭上に降って来た。

「シドォォォォォ!」

「ぶっ……!?」

 十香をキャッチすると同時に下敷きになり、次から次へとのしかかり士道は昼に食べた物が逆流しそうになった。

「お……重い……!」

「シドー無事か! 本当にシドーなのだな!?」

「士道さん……生きて……ます」

「無茶し過ぎよ士道! 何で折紙と真那を連れずに一人で挑むのよバカ兄!」

「だーりん、いぎででよがっだですぅ! 私ったらもう死んでしまったと死ぬほど悲しかったんですよー!」

「感動。士道が無事で夕弦は何も言うことはありません」

 どうやら全員、意識は戻った。十香達を取戻しはしてひとまずは安心して笑顔を作った。

 ただ一つ、士道は胸に手を当ててどうやって回復したのかが疑問だった。

 

 

 

 

 

 海底基地へ急いで逃げ帰ったスタースクリームとエレンには特にお咎めはなかった。チャムリー卿と接触する前に消えてなくなったのだ。それよりもメガトロンは新たな作戦を思いついた。

 精霊全員が反転した際の膨大なパワー、レーザービークが捉えた映像を見ながらメガトロンはほくそ笑んだ。


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