デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

5 / 55
4話 不思議の国の四糸乃

 衝撃的な日だった。

 今でも士道は夢のような体験だったと思っているし、あの状況でよくスラスラと言葉が出て来たと自分自身に感心する程だ。精霊である少女に十香と名付けたのが数分前だと感じる程の衝撃だ。士道はいつもより惚けた表情で学校へ行く。

 昨日の十香と出会ったのが来禅高校だった。高校が戦地となりものの見事に破壊された跡地には黄色いテープが張られ、“立ち入り禁止”の看板が立っていた。士道は左右を確認してからテープを跨いで瓦礫の山と化した自分の通う学校へ寄った。士道は十香の痕跡を探しに来たのだ、あの少女が幻でもなく現実であるという証が欲しいのだ。

 瓦礫を歩いていると足に何かが当たった。見下ろすとそれは机の破片、それにしてはやけに綺麗に切り取られてある。不思議そうに首を傾げると士道は破片を裏返してみた。そこには、“とおか”と汚い字で書かれてある。

「十香……やはり夢じゃないな。…………買い物でもして帰るか」

 瓦礫に背を向けて士道は再びテープを跨いで家路を急いだ。空は曇天、今にも降り出しそうな天気だと見ているとポツポツとアスファルトに水滴が落ちて斑模様へ変わる。その直後には強い雨に曝され地面は濡れて行く。

 殆ど無意味だが士道は手で頭を隠して走る。途中、公園がありそこには大木がそびえ立っているのでそこを雨宿りに使った。

 雨は止む気配がない。士道はベランダに干してある洗濯物が気になっていた。他に今晩の献立を考えながら雨が止むのを待っていた。

 少しすると士道の目の前に雨を喜ぶようにはしゃぐ小さな少女を見た。うさぎの耳のような装飾のフード、足まであるコートを着込み左手にはコミカルなパペットをはめた四糸乃だ。

 四糸乃は士道の視線に気付きもせずにぴょんぴょんと飛び跳ねたりくるくると回って一人で元気よく遊んでいる。その矢先、四糸乃は自分の足を自分で踏み前のめりに転けた。

「大丈夫か、君!」

 士道は雨も関係なく四糸乃に走り寄った。優しく起こしてやり士道は怪我はないか確かめた。

「怪我はないか?」

 四糸乃を案じて声をかけると四糸乃は勢い良く後退りした。

「えっと……」

「こ、来ないで下さい……」

「いや、俺は別に変な事――」

 士道が四糸乃へ近付こうとしたと同時に二人の間に巨大な鋼鉄の拳が降って来た。衝撃と余波で士道は尻餅をついて見上げると赤々とバイザーを光らせたグリムロックが士道を見下ろしている。

「四糸乃に、手、出すな」

「ぐ、グリムロックさん、乱暴は……やめて……下……さい」

 グリムロックは拳を納めると四糸乃を掴んで肩に乗せると士道を威嚇するように唸った。それからグリムロックと四糸乃は雨の中を走り消えてしまった。

「俺よっぽど疲れてんのかな……」

 士道は目をこすってさっきまで拳が突き刺さっていた箇所を見直した。ひょっとすると工事中の穴か何かかもしれない、と信じて見直すがくっきりと拳の跡が深々と地面に刻まれていた。

 精霊の次は巨大ロボット、この町はどうなっているんだと市役所に疑問を投げかけたいところだ。士道の住む町はどうやら奇想天外の宝庫、いや魔窟と化してしまったらしい。

 士道の頭から制服はずぶ濡れになり、これ以上濡れまいと急ぎ足で家に戻った。士道が玄関のドアを開けようとドアノブに触れた時、士道の視界は歪み空から眩い光が降って来るのが分かった。

 有無を言わさず士道はフラクシナスのワープ装置で艦内へと転送されてしまった。転送したのは良いが、士道自身濡れた服を着替えたいのが本音だ。

「おかえり、士道。もっと早くフラクシナスで拾えばずぶ濡れにならなくて済んだわね」

「琴里、転送するんなら何か一言頼むぞ」

「善処するわ」

 恐らく善処する気はないだろう。

「それでいきなり呼び出して何の用だよ。まだ空間震も来る気配ないし」

「……? 何、あんたには事前に空間震が来るのが分かるみたいな言い方ね」

「――!?」

 流れるように士道は言ったがそれはとんでもない能力だ。確かに士道が頭痛に襲われて少しすると空間震が発生している。士道自身はこれが予知や虫の知らせと言った物の認識だった。

「何でもない続けてくれ」

「変なの。じゃあこの映像を見てくれるかしら」

 士道が話をはぐらかしたのをあえて触れず、琴里は艦橋に設置された巨大スクリーンに映像を映した。そこにはグリムロックと昨日の少女十香が激しく剣を交えた映像が記録されてある。

 士道はグリムロックの姿を見て反射的に「あっ」と声を出した。

「どうしたの、士道?」

「俺、コイツ知ってるぞ」

「当たり前でしょ? 昨日あんたが口説いた女の子よ?」

「違う、こっちのロボットの方だ」

「はぁ!? いつ? どこで!?」

「さっきだ。雨が降り始めた頃だよ」

「神無月!」

「はい、どうなさいましたか司令」

「一六時から現時刻までの町の監視カメラを調べなさい!」

「了解しました。それと司令、『巨大な鉄人が町を歩き回っている』という通報が三五件も寄せられています」

「わかったわ」

 雨で人通りが少ないと言えども住宅街をグリムロックのような巨大なロボットが歩き回っていれば嫌でも目につく。

「士道、その時の様子を詳しく」

「ああ、確か女の子がいたんだ。琴里よりも少し小さいかな。その子が転けたから助けようとしたらアイツが現れたんだ」

「女の子?」

「うん、仲良そうだったぞ」

「本当に何なのこのロボットは……」

「それでどうしてコイツの映像を俺に見せたんだ?」

「行動理念は分からないけどこの映像では十香を襲っていたわ。仮にコイツの狙いが十香ならあんたとのデート中に襲って来るかもしれないでしょ?」

「そうだな」

 琴里は一度チュッパチャプスを口から離して続けた。

「戦闘能力はとてつもないしね。精霊が吹っ飛ばされるなんて初めてよ」

「コイツに関して何も分からないのか?」

「シン、司令の代わりに私から分かった事を少し話そうか」

 眠たそうな声で艦橋に現れた令音の手には金属製トレーが持っておりその上にはキューブ状の物体エネルゴンが乗ってある。

「ちょ……! 令音、またそんな物!」

「ああ……心配しないでくれ。今は不安定ではない」

「令音さん、分かった事って何ですか?」

 令音はトレーを適当な場所へ置くと自席に着くとキーボードを打ち始めた。何の操作かは士道には分からないが、直にスクリーンにはエネルゴンと天宮市の外れにあるクレーターを投影した。

「あのロボットの墜落現場だ。その付近にこの物体が落ちていた。最初は液状化だったが時間と共に固形化した。ロボットとこの物体に深い関わりがあるだろう」

 士道も琴里も感心したように何度も頷いた。

「それで?」と、琴里。

「以上だ」

「えぇ!? これで終わりですか!」

 思わず士道はずっこけそうになる。

「情報が少なすぎるからね」

 進展したのかどうか分かりにくい所だ。

 トランスフォーマーが地球に訪れたのはショックウェーブが太古の恐竜等が闊歩する時代に来た時だ。文明など存在しないし、後世にトランスフォーマーの存在を記す者など一人もいない。

 雨で濡れた士道は一度フラクシナスで自宅にまで送られた。濡れた服を着ていた所為もあって体が冷え切っていた。風邪を引かないように士道は温かいシャワーを浴び、体の芯まで温もってから浴室から出て来た。

 士道がシャワーを浴びている間に琴里も帰って来ていた。リボンの色は黒、すなわちまだ司令官モードのままだ。

「おかえり、琴里。今日の夕飯は何にする?」

「士道の好きな物でいいわよ」

「じゃあ肉詰めピーマンでいいか?」

「うっ! ぴ、ピーマンは無し無し。それ以外よ!」

「この間、ファミレスに行き損ねたし今日はハンバーグにでもしようか」

 ぴょこんと琴里のリボンが逆立った。

「士道にしては良い案じゃない……。ほ、褒めてあげるわ」

 ――嬉しいんだろうなぁ……。

 そう心の中で呟くとソファでくつろぐ琴里の隣に座った。

「琴里、いつからフラクシナスの艦長をやってたんだ?」

「着任したのは最近よ。五年前は研修中だったし」

「五年ってまだ小学生じゃないか!」

「まあラタトスク機関があたしがニューリーダーの器だと判断したんでしょ?」

「納得できねぇ……!」

「士道こそ……あたしに何か隠してるでしょ?」

 隠し事と言えばさっきフラクシナスで士道がはぐらかした空間震の予知の話だ。琴里の反応からして精霊封印の能力と空間震発生前の頭痛は別の物のようだ。

「琴里……俺はさ空間震を察知出来るかもしれない」

 たったその一言で琴里の瞳には懐疑的な色が宿り疑るような半眼を作って士道を見つめた。

「多分な多分、そうだと思う……」

「うん、まあお兄ちゃんがそう言うならそーなんだよー。あたしは信じてるからね!」

「絶対信じてないだろお前」

「いきなり何言い出すかと思ったら空間震を察知? そんなの出来たら苦労しないわよ……」

「俺も分かってないんだよ。でも頭痛の後の数分後に空間震は発生しているし……」

「暇があったら令音に解析してもらうわ」

 ひらひらと手を振って琴里は士道の言う事をあしらうような仕草を取った。

「もう一つ聞きたいんだが」

「ん?」

 琴里はチュッパチャプスの包み紙を破り口にくわえると気の抜けた返事を返して来た。

「俺に精霊を封印する能力が何であるんだよ」

「ん~…………わかんない」

「引っ張っといて分からないのかよ」

「それは逆に士道に聞きたいなぁ。あんたがその……五河家に養子に来る前何してたのよ」

 母親に捨てられた事を濁しながら琴里は聞いた。

「母親と暮らしてたよ」

「その後よ後」

「………………わからん」

「引っ張っといてわかんないの?」

「全く覚えてない。親も居ないし養子に入る前、一人暮らしする経済力なんて無いし……誰かが育ててくれたんだと思う」

 士道が親に捨てられた時期と五河家に養子に来た時期の間には一年間の空間が空いている。士道はその事に関して一切の記憶が無い。

「何でこんな能力があるか知らないけど俺にしか出来ないならやり遂げるよ」

「その意気よ士道、あなたに与えられた使命よ」

「頑張るよ、出来るだけな」

 士道は自信が無いような素振りで苦笑いした。

 

 

 

 憎きショックウェーブが不時着している事など知るよしもないグリムロックはいつものように頭の上に四糸乃を乗せて散歩をしていた。四糸乃と共に過ごす際はグリムロックはビーストモードでいる事が多い。

「四糸乃、新しい泉、見つかったか?」

 グリムロックの頭の上から辺りを見渡す四糸乃だったが泉らしき物は発見出来ない。最初にグリムロックが見つけた泉の魚はこの大食らいの恐竜が全て食べ尽くしてしまった。

 そこで仕方なく新しい泉を探しに出たのだ。

「まだ……見つかりません」

『おんや~? 泉はないけど何だか~別の物は見えるよん!』

「何だ、それは」

『洞窟だね! 洞窟だよ洞窟! これは冒険の香りがするよグリムロック!』

「冒険? 強い敵……俺、グリムロック。冒険したい!」

『よしキタ! じゃあよしのんが指差す方向にダッシュだよ!』

「俺、グリムロック。ダッシュする!」

 背中の推進剤を噴かしながらグリムロックは走り出した。阻む大木をなぎ倒して岩石を踏み砕き、迂回など頭の中に存在しないグリムロックが通った跡は分かりやすく、森林に道路を作っていた。

 二人が洞窟前に到着するのにさして時間はかからなかった。

 洞窟の入り口は人間から見れば大きいがトランスフォーマーから見れば窮屈だ。

 グリムロックは頭を下げると四糸乃はぴょんと飛び降りた。

「凄い……大きな洞窟です」

「大きい? 俺に比べたら小さい。どれどれ」

 グリムロックは洞窟の中を見ようと体を前へ動かした。

「あっ……グリムロックさん、ダメッ、押さないで……!」

 四糸乃の声がグリムロックに届く前に四糸乃は洞窟の中へ滑って落ちて行く。

「四糸乃! 今助けるぞー!」

 グリムロックは洞窟の入り口を破壊しながら内部へ突入した。

 

 

 

 

 四糸乃の後を追って洞窟内に無理矢理に飛び込んだグリムロックは目を覚ました。いつの間にかロボットモードへ変形していたグリムロックは周囲を見渡し、四糸乃の姿を探した。

「四糸乃ー!」

 名前を呼んだが返事は無い。

 よく周りを見るとグリムロックが寝ていたのは祭壇のような場所だ。祭壇を取り囲むように柱が並び、祭壇を見下ろすように大きな竜の石像が建っている。

 いつまでも寝ていても始まらない。グリムロックは体を起こすと祭壇を降りて四糸乃を探しだした。倒れたグリムロックを置いて一人でふらつくとは考えられない。

 四糸乃なら起きるまでてこでもその場を動かないだろう。

 グリムロックは頭は悪いが勘は良い。それはセイバートロン星の戦争を切り抜けて来た戦士の直感だ。四糸乃が近くにいないのは何者かに誘拐された、グリムロックはそう判断した。

 祭壇を離れ、遺跡を後にするとグリムロックは変形(トランスフォーム)する。鼻をヒクヒクと動かし四糸乃の匂いを探る。ビーストモードでのグリムロックは嗅覚が格段に上昇する。

「グルルル……四糸乃の匂いする」

 グリムロックは力強く、雄叫びをあげると大気はビリビリと震え森にいる小鳥達が一斉に飛び立って行き、草食動物は逃げ出した。

 この咆哮は宣告。

 グリムロックは仲間と見なした者へ危害を加える者を許しはしない。四糸乃を誘拐した者に容赦ない報復を開始するという宣告の雄叫びだ。

 

 同時に奇妙な世界へ飛ばされた四糸乃はグリムロックの予想通り何者かに誘拐されていた。

 森の中に出来た道路を珍妙な姿をした一団が歩いていた。集団の中央には車輪のついた檻が置いてあり四糸乃はその中にいた。檻の中は四糸乃以外にも人間の姿が確認出来た。皆、ボロボロの服装で痩せこけて今にも倒れてしまいそうなくらいに衰弱していた。

 四糸乃等を誘拐した連中の外見は間違いなく人間ではなかった。全身が木製で下半身は四本の木の根を獣のように動かして歩いている。上半身はまだ人間に近く、細い両腕には槍が握られてある。

 四糸乃も非好戦的とは言え封印もされていない精霊、こんな檻とモンスターなど本気を出せば簡単に制圧出来る。だが今、天使を降臨させれば四糸乃の力ならば捕らえられた人にも被害が行く、怖くてどうしようもないが優しい四糸乃が他者を巻き込んで自分だけ逃げるなど出来なかった。

 モンスターの一団が順調に進行していると不意に立ち止まった。モンスター等は何か違和感を感じたのだ。それは得も言われぬ不安であり警戒状態に本能的に入った。

 四糸乃は檻から見える水たまりに注意を向けた。

 水たまりの水面は僅かに揺れて波紋を生む。ドン、ドン、とゆっくりとたが重厚な足音が遠くで聞こえる度に水面が揺れた。

「変なのが近付いてるぜ」

「ここで返り討ちにしてやるか」

 木のモンスター達はそう言い合い武器を構え直して未知の来訪者に備えていた。

 突然、ピタリと足音が止んだ。

「……足音が止んだな」

「へへっ、逃げやがったか」

 安堵の溜め息を吐いて一瞬だけ緊張感が緩んだ。その瞬間、森から巨大な熱線が木々を蒸発させながら突き進みモンスターを飲み込んだ。熱線の通った所にモンスターの影も形も残ってはいない。

「近くで四糸乃の匂いする」

 鼻を利かせながらグリムロックが姿を見せるとさっきまで強気だったモンスターは呆然とその巨体に圧倒されていた。

「あ、四糸乃だ! いたいた~」

 檻の中の四糸乃を見つけるとグリムロックは鉄製の檻を簡単に食い千切って他の人間もついでに解放した。解放された人間は歓喜しながら蜘蛛の子を散らすようにあらゆる方向へと逃げて行った。

「き、貴様! こんな事をして許されると思っているのか!」

「そうだ! この国の王が黙ってないぞ!」

 気圧されながらもモンスター達が抗議の声を挙げるがグリムロックは構わず口からレーザーファイヤーで返事を返しモンスターを灰にしてしまった。

「俺、グリムロック。王だか何だか知ったこっちゃない」

 残存する木のモンスターは撤退を余儀なくされ、大量に捕まえてきた人間をそこへ捨てて逃げ出して行った。敗走するモンスターを見てグリムロックはレーザーファイヤーで追い討ちをかけ、モンスターは一匹残らず消滅した。敵を全滅させたグリムロックは気分良く言った。

「怪我ないか、四糸乃」

 器用に尻尾の先端を駆使して四糸乃のフードに引っ掛けるとそのまま頭の上に乗せた。

「はい……大丈夫です……助けてくれて……ありがとうございます……」

「おやすいごようだ!」

『グリムロック、ここどこだろうね~! どうすれば帰れるかな?』

「俺、グリムロック。そんな事分かれば苦労しない」

「失礼!」

 四糸乃でもよしのんでもない声にグリムロックは耳を傾けると同時に下を見た。視線を少し下にするのでなく、四糸乃と話している内に足下まで見下ろす事に慣れてしまった。

 グリムロックの前には白馬に跨り、鎧を着込んだ騎士が佇んでおりその後ろには二十人の兵士を連れていた。

「誰だ、お前」

「先程はモンスターに捕らわれていた国民を救って下さいありがとうございます」

 騎士は馬から降りる。

「メノニアへようこそ私はフランシス。お若いの、あなたは?」

 フランシスと名乗る騎士は四糸乃の方を見て名前を尋ねた。

『よしのんだよ、よろしく~!』

 人見知りが激しいので代わりによしのんが応えてくれた。

「それでそちらの強いお友達は?」

「俺、グリムロック! 強いお友達!」

『グリムロック、あまりはしゃぎ過ぎないの!』

「俺、グリムロック。別にはしゃいでない」

「勇士グリムロック、もしよろしければあなたとそちらのお嬢さんを城へ招待したいのですが」

「俺、グリムロック、行く行くー!」

「グリムロックさん……そんな、知らない人について行っちゃ……ダメだと……思いますぅ……」

「四糸乃、ここじゃみんな知らない人、そんな事言ってるとどこも行けないぞ」

 グリムロックと四糸乃は、岬に構えた白亜の城へと案内された。グリムロックは体の大きさの関係で城門は簡単に入れたのだが、城内に入ってからはかなり窮屈な思いをしていた。

『わあ~お、凄いお城だねグリムロック! こんな絵に描いたようなありきたりな城に入るのは初めてだよ!』

「俺、グリムロック。ここ狭い」

「さあ、着きましたよ」

 グリムロック等は騎士フランシスによって玉座の間へと案内され、城内の最奥部に位置する立派な椅子には小太りな初老の男が座っている。頭には王冠が乗っており、王冠を見た時グリムロックは不意にスタースクリームを思い出した。

「ようこそメノニアへ、今回は我が国民を魔の手からお救いいただき感謝します」

 グリムロックは頭の上に乗っていた四糸乃を降ろすと変形し、ロボットモードへ姿を変えた。

 王はずいぶんと腰が低く二人に挨拶をした。グリムロックは特に何も気にしてはいなかったものの四糸乃は馬鹿ではない。小動物のような繊細さや敏感さを備える四糸乃は城門をくぐった時から妙な違和感を覚えていた。

「長旅でお疲れでしょう。すぐに寝室を用意させます。フランシス、お二人を寝室へご案内しろ」

「はい」

 玉座を後にしたグリムロックと四糸乃は寝室へ移動する。部屋の天井は妙に高く、部屋も全体的に広く造られておりベッドも用意されていた。

「ではごゆるりと」

 フランシスが部屋から見えなくなるとよしのんはすぐに話し出した。

『絶っ対変だよこの国! 何だよこの部屋! デカすぎぃ! それに来るとき住民らしい住民一人も見なかったよね!? 変だよ変変、絶対に変!』

 フランシスや王の手前、ずっと黙っていたよしのんはここぞとばかりに喋り出す。

「んあ? 変かな~?」

 やはりグリムロックは何も気がついていないようだ。

『グリムロック、逃げようよ! もしくはこの城を壊滅させようよ!』

「よしのん、せっかく、いろいろしてくれるし、何か食べてから考えよう」

 ぐるぐる、と四糸乃の腹の虫がここぞとばかりに鳴った。恥ずかしくなって四糸乃はフードのウサギの耳を掴んで深々とフードを被って顔を隠した。

『何か食べてから考えよう!』

「うん!」

 

 

 

 

 学校が壊れて二日目、修復はまだ完了していない様子だ。復旧作業にここまで手間取るのは少し珍しい。普段ならば一日もすれは壊れた建物は新品同然になって返って来る筈だが、来禅高校は未だに瓦礫のままであった。

 士道は制服姿で崩れた学校を眺めていた。

「今日もぶっ壊れたままか」

「シドー!」

「しっかし……わざわざ学校の様子を見に行くのは面倒だなオイ」

「こら、シドー! 無視をするな!」

「んん?」

 士道は耳を疑ったが眼前に起こっているのは疑いようもない事実だ。一昨日、この学校で会話を交わして士道が名前を与えた少女、十香がいた。藍色の濃い艶やかな髪に均衡の取れた顔立ちにドレスと甲冑が融合したような服装、忘れる筈もない。

「十香!? 何でここにいるんだ! それより空間震は……」

 今日は何の頭痛もなかった。しかし精霊が今ここに現れている。

「何でいるとは失礼だな。お前がデェトしようと誘ったのではないか、バーカバーカ!」

「そうだな、そうだったな」

「それでシドー、デェトとは何なのだ?」

「えーっとね、デートってのは……男と女がこう……一緒に出かけたりする事……かな」

「何だ簡単ではないか、ではさっそくデェトに行こう!」

 十香は士道の手を取り歩き出そうとするが士道は足を止めた。

「待て十香、その格好……どうにかならないかな?」

 士道に指摘されて十香は今一度、自身の服装を確認した。精霊の防御の要たる霊装は美しくも堅牢な衣装なのだが、普通に町を歩くには目立ち過ぎる。

「う~む、この格好変か? 私の機能性溢れかえるこの美しい霊装が」

「そうだな、この世界じゃあ変わってるな」

「ではどのような格好なら良いのだ?」

 士道は少し困った。ファッションなどにはあまり精通していないし、普通の格好と問われてもハッキリとは回答出来ない。顎をさすり士道は何かを思い出すとポケットに入っていた折紙の写真を十香に手渡した。

「こんな格好かな」

「むぅ~……わかった」

 不満げに目を細めたのは恐らく服装ではなく折紙を見たからであろう。十香が承諾すると片手を天にかざす。

 一瞬だけ霊装が発光し迸る光の流れは霊装を解除する。重々しい鎧から放たれた魅力的な体が垣間見えた頃には十香は来禅高校に酷似した服を纏っている。

「これなら良いだろう、シドー?」

「オッケーだ。似合ってるぞ」

 士道に褒められて十香は嬉しそうに笑い、指先に霊力を込めて折紙の写真を灰にした。

「何だか知らんがこの女、好かん」

 仕方がない、何度も命のやり取りをしている相手だ。何の因果も無くただただ一方的に命を狙って来ていたのだから。士道は特に咎めもせずに苦笑いをした。

「さ、シドー! デェトだデェト!」

 十香は既に走り出して離れた所で手招きしている。

「わかったよ、待てよ十香」

 

 

 

 

 謎の世界、メノニア王国で昼食をご馳走になっているグリムロックと四糸乃は中央に木のテーブルが置かれたしみったれた部屋で食事を取っていた。国王もそこで食事を取っており王らしい華やかさの欠片もない部屋だ。 出される料理はステーキやスープ、サラダと変わった所もなく確かに美味しく、空腹だった四糸乃は深くは考えずに食べていた。この城の外観は立派な物だし、玉座の造りも感心出来るのだがどうも生活感や生気を感じない。

「このメノニア王国を治めて何十年にもなりますが、ここ数年間で他国から激しい攻撃に晒されておる」

 食事をしながら国王は語り出した。グリムロックは大きな魚を自前のソードで切り分けながら食べる事に忙しく、国王の話は殆ど聞いていない。仮に聞いていても理解出来た怪しい所だ。

「かつてこの国は酷く衰退していた。わしは各地を旅する放浪の身であったが、メノニアの前国王はわしを受け入れて下さった。わしは兵士となり陛下の為に命懸けで戦った。しかし、ある日の事だ陛下は突然姿を消したのじゃ。指導者を亡くした王国、陛下に最も敬愛されていたわしに出来るのは陛下に代わって国を治めることじゃった」

 

 だが、この話は真っ赤な嘘。

「んあ? ああ、そう……この魚美味しいな!」

「勇士グリムロック、今は国家の一大事! あなたのお力をお貸し下さい。木の怪物を倒したその力で!」

「俺、グリムロック。わかった! ……あれ? お前、何で木の怪物倒したの知ってる」

「あ、いや……フランシスから聞いたのじゃ。四糸乃殿はもう疲れて眠っておられる。勇士グリムロック、四糸乃殿とこの国をどうかお守り下さい」

「俺、グリムロック! 四糸乃守る!」

 夕飯に混ぜられた睡眠薬によりぐっすりと深い眠ってしまった四糸乃を騎士フランシスが寝室まで運んで行った。

「四糸乃ー、おやすみー!」

「お嬢さんもお疲れのご様子ですな」

 念の為にグリムロックの食事にも睡眠薬が混ざっていたが効果は無いようだ。

「では勇士グリムロックも今夜はお休み下さい」

「俺、グリムロック! 今すぐにでも戦いたい!」

「それは心強い。ですが敵はまだ現れておりません。今の間に敵について説明致しましょう」

 そう言って国王が席を立つとグリムロックを連れて城を守る城壁の上へ通された。城壁からの眺めは良く、城が岬に建っているというだけあって敵の来る方向が絞れて守りやすい立地だ。

 グリムロックの目は丘の奥で進軍を試みようとする軍隊の姿がよく見えている。センサーの感度は高くないにしてもおおよその敵軍の規模は分かった。ダイノボットの指揮官という立場だが、作戦らしい作戦など立てた事はない。

「敵は太陽がここから見える城とだいたい重なった時に始まります」

 王は玉座のあった城を指差す。太陽はもう殆ど城と被さろうしているし、丘の向こう側には着々と敵軍が集結している。

「勇士グリムロックよ、この戦いで敵を壊滅させなければ我が国はもちろん、四糸乃殿も……」

 大袈裟に嘆かわしげな身振りで説明する。芝居掛かった言動だが、グリムロックを騙すくらいは造作もない。見る見るうちに表情に真剣さが滲み出て来るグリムロックを窺いながら、王は心の中で邪悪に嗤う。

「あ、そう言えばここ来る前、怪物が王がどうのって。あれ、お前の兵士か」

「え、いや……違う違う! あれば…………魔王だ! 魔王の手下だ。怪物が私の部下ならわざわざ国民を襲わせたりしないだろう?」

「うむ……確かに……」

 そうこう話している内に太陽は城と重なり、丘の上に無数の人が横隊を組んで現れた。歩兵の列より更に後方からは矢が放たれ、城を守る兵士に命中する。

 グリムロックにも当たりはしたが当然、効くはずがない。

「勇士グリムロック! 敵ですぞ! やっつけて下さい!」

「戦う、俺の友達、守る!」

 グリムロックは高熱を帯びたソードを腕から出すと左腕に内蔵されたシールドも一緒に構えて城門を飛び降りた。

 さあ、戦いだ。

 

 

 

 

 天宮市の繁華街は夜以外は常に人が賑わい、十香と士道は一応デートをしていた。絶世の美少女である十香が町を歩けば自然と注目を浴びるのは不思議な事ではなかった。

「シドー、シドー! 何だこれは!」

 十香がべったりと張り付いて離れないのはパン屋の窓だ。パンの良い香りに誘われて十香は先ほどからずっとパン屋の前から離れないのだ。

 士道はと言うとあまりにも腹の虫が鳴る十香を見かねてパン屋できなこパンとその他、菓子パンや惣菜パンを買っていた。

「おまたせ十香、ほら」

 士道は微笑みながらきなこパンを差し出すと鼻をヒクヒクさせながら警戒するようにきなこパンと士道を互いに見た。

「わ、罠ではあるまいな?」

「ここじゃ、お前の敵はいないよ」

 リボンをパタパタと動かしながら十香は差し出されたきなこパンにかぶりついた。

「む! うまーい! 何だこれは!? 美味すぎるぞ、これがシドーの言うデェトなのだな!?」

「ハズレじゃあないんだがな……正解とも言い切れないな」

「何故、これがデェトではないのだ!? まさかこれしきの美味さではデェトではないのか!?」

「……まあ、これがデートで良いのかな?」

 デートの定義は正直な所、士道にも分かっていない。最近になってデートという単語を良く聞くので士道はふと、辞書でデートという単語を調べたりもした。

 普段から当たり前のように知ってる言葉は調べる事はないので新鮮な物だ。

 

 デート:男女が待ち合わせて会うこと。

 

 これだけで良いのであれば大半の人間にデートが当てはまりそうだ。

 パン屋で買ったパンはもう全て食べてしまった十香は次なる食べ物を求めて鼻を利かしていた。

「シドーシドー!」

「どうした?」

 瞳をキラキラさせながら十香が指を差しているのはフランクフルトだ。士道は砕けたように笑ってフランクフルトを買ってやると勢い良く食べ始めた。幸せそうに頬張る十香を見て士道は安堵していた。

 初めて会った時の寂しい顔はもう見たくはない。

 他者の絶望に酷く過敏に士道は反応する。自身がかつて母と呼ばれる存在に捨てられ、たった一人という堪えようのない孤独に苛まれた経験からだ。

 孤独が嫌いな癖に少しの間だが士道は自分を育ててくれた恩人の事を一切思い出す事が出来ない。情けない話だ。

「おー! 見ろシドー! 何だこの人数は、総力戦か!?」

 通りを抜けると士道と十香を待っていたのは賑わいを見せる商店街だ。

「違う違う、商店街だよ。いろんな店があるん――」

 士道の話など聞かず十香は辺りを見回して指先に霊力を収束している。

「と、十香やめろ!」

「む? 何故だ、先制を許す前にやるのが当たり前だろう」

「十香、ここじゃお前を襲うような人は一人もいない。だから安心しろって」

 収束していた霊力の光球は徐々に収縮してやがては消えた。

「シドーがそう言うのなら、信じる」

「ありがとう、十香」

 フランクフルトを食べ終わった十香は包み紙と串を見てどこに捨てようかと周囲を見渡している。ちょうど良い時に小さな子供がゴミ箱にゴミを捨てて母親に褒められて、頭を撫でられる光景を目撃した。

 十香はピンと頭の上で何か閃くと小走りでゴミ箱へ向かい、包み紙と串を捨ててまた小走りで士道の下に戻って来るとねだるように頭を下げて来た。

「ハハッ……偉いぞ十香」

 士道が頭を撫でると十香は安心と歓喜で表情が緩む。

 どうやら十香の中ではゴミを捨ててから頭を撫でられるまでが一連の動作とインプットされたようだ。

 

 

 

 

 学校も終わり、休憩と話し合いを兼ねて琴里は令音と喫茶店で集合する事になっていた。店内は程良く静かで活気もあり居心地は良かった。琴里はコーラフロートを飲みながら令音を待っていると、カラン、コロンと出入り口のベルが鳴る。

 来店者は分かりやすい白衣を纏い眠たそうな目をした令音だ。琴里は目立つように手を上げると令音はそれに気付いて琴里と向き合うように腰掛けた。

「待たせたね、琴里」

「あたしも今来たとこよ」

「……デートで言うようなセリフだね……何かの為の練習かい?」

「変な勘ぐりはやめてよ」

「すまない。それで話とは?」

 チューとストローでコーラを吸い上げると琴里は頬杖をつくと結論から話した。

「グリムロックとコンタクトを取るわ」

「……グリムロックって?」

「ASTじゃああのロボットはそう呼ばれてるのよ。名前はグリムロック、役職はダイノボットのリーダーですって」

 グリムロック、ダイノボットという二つの単語から令音はあらゆる可能性を考える。

「役職、というのだからダイノボットという役職以外の物も存在しそうだね。だとするとグリムロックには仲間がいるだろう」

「あたしもそう思うわ。あんなロボットがまだゴロゴロいるなら精霊との対話どころじゃないわね。だから、グリムロックとコンタクトを取り、アレから情報を聞き出す」

 あわよくばグリムロックを味方に引き込むという所までが琴里の計画だ。士道が精霊との対話中にグリムロックがASTの露払いをする。

 そうすれば精霊の保護も多少なりともスムーズに進む。煩わしいASTに取ってグリムロックは目の上のタンコブだ。

「危険だね、相手は精霊を腕力だけで跳ね飛ばす怪物だよ? アイボやアシモとは訳が違う」

「危険なのは承知の上よ」

「それで……対話役はやはりシンかい?」

「お兄ちゃん以外いないわね。人外専門交渉人のね」

 再びコーラを口に含み飲み込む時だ。琴里の視線の先、喫茶店の窓を挟んだ奥には士道と“プリンセス”こと十香が二人仲良く歩いていた。

 琴里は驚きのあまりに勢い良く令音にコーラを吹きかけてしまった。

「ご、ごめん令音!」

「ああ、大丈夫だよ。冷たいね、どうしたんだい?」

 ポケットに入っていたハンカチで濡れた顔や首を拭きながら問うと琴里は、外にいる十香と士道を指差した。

 琴里の指した方向を見て令音は一度目を擦ってもう一度確認してみた。そこには間違いなく、精霊十香と五河士道の二人が和気藹々とした様子で歩いている。幻覚ならば、琴里と共に休暇を取る事を勧めようか考えたが、やはり幻ではない。

「十香のそっくりさんかな?」

「そっくりさんの可能性は低いわね……」

「精霊か?」

「精霊ね」

 急いで席を立ってから会計を済ませると即座に令音と琴里はフラクシナスに転送を頼んだ。空間震が発生していないのは奇妙だが、今回は好都合だ。士道が十香とコンタクトしているのならば封印のチャンスはいくらでもある。

 琴里と令音が消えた後に白髪の少女、折紙は喫茶店の前を通った。折紙の視線の先には十香がいる。鋭い眼差しと険しい表情を作った折紙は“プリンセス”と瓜二つの顔の人間を見て精霊の可能性があると予想したのだ。

 仮に精霊ならば一人でも折紙は戦いを始めるつもりだ。無線機を本部へ繋いで折紙は言う。

「AST、鳶一折紙一曹です。観測機を回して下さい」

 

 

 

 

 再び城。寝室へと連れて行かれる予定だった四糸乃はなんと地下の牢屋に幽閉されていたのだ。当人はぐっすりと眠っていたもののゴツゴツと固くてひんやりと冷たい床に寝かせられて四糸乃はゆっくりとまぶたを開けた。

 知らない天井だ。寝室はもっと小綺麗にして暖かみのある空間だったが、ここは冷え切って生活感の欠片もない。

『おんや~? ここどぉこだろ~?』

 四糸乃とよしのんはくるりと周りを見渡してここが牢屋だと分かるまで十秒も必要なかった。

「ゲホッ……ゲホッ……失礼、み……水を……水を下さい……」

 唐突に聞こえた老人の声に四糸乃は怖くなって足がすくんだが、良く見れば老人の両腕は縛られて身動きが取れない状態で酷く弱っていた。

 ほうっては置けなくなって、四糸乃は棚にある水の入った瓶を湯呑みに入れて老人に飲ませてやった。

「大丈夫……ですか?」

「ふぅ……助かりましたお嬢さん」

 四糸乃は安堵のため息を吐いた。

「どういたしまして……」

「こんな小さな子供も牢屋に閉じ込めるとは、あの男め必ず復讐してやる!」

『あの男って誰~?』

「国王じゃよ。この儂の真似しておるのだ」

 ハラリと老人のフードが取れると四糸乃は驚いて口を大きく開けた。よしのんも開いた口が閉まらない。

『よしのん、さっき君に会ったよ!?』

「そうじゃろう……あの男は儂の体を気に入っておる。ある日に儂をここへ閉じ込めてからずっと儂の姿になって皆を騙している。儂を慕う者は皆、城を去り戦いを挑んでいる」

 外から聞こえる兵士の雄叫びや爆発音を聞いて国王は悲しそうに顔をうつむかせた。

「しかし今日も敗北じゃろうな……」

 頭の中で四糸乃は閃いた。何か思いついたのではなく、思い出したのだ。今、外で戦っているのはグリムロックなら、国王軍に勝ち目は無い。おまけにグリムロックは騙され、間違った敵と戦っているのだ。

『王様、もし王様がここから出たらアイツを止められるの?』

「止められるとも。儂はキャンベル、お嬢さんと……そちらのお友達は?」

「四糸乃……です」

『よしのんだよー!』

「四糸乃殿、よしのん殿、まずは脱出せねばならない。何か切る物はお持ちかな?」

 四糸乃は首を横に振ると片手を振り上げて――。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 氷と水の天使が降臨する。四糸乃は指先から薄い氷の刃を形作り、キャンベルを縛る縄に切っ先が触れた途端、驚異的な速度で縄を凍り付かせた直後には脆く崩れ落ちた。

「おおぉー! 神の力じゃあ!」

『まあね! こんなもんよ!』

「これであの男を王座から引きずり下ろして細切れにしてやれるのお!」

 天使を出現させた四糸乃に取って地下牢の檻など何の拘束にもならない。約三メートルの巨大で凶悪な顔をしたうさぎに跨るとキャンベルを後ろへ乗せて地下牢を破壊して飛び出した。

 

 所変わって城外では戦いはなおも続いていた。

 城を落とさんと決起する魔法使いは城門を崩さんと次々と光弾を降り注ぎ、兵士を殺そうと次いで矢も絶え間なく放たれる。にも関わらず城門はビクともせずメノニアの兵士も矢を使って応戦している。

 防衛戦を破ろうと守りの弱い所を探し、波のように何度も何度も攻撃を打ち付ける。守りを破られないように攻撃を受ける場所の配備を強化する。そして敵はまた弱点を探して攻撃するのだ。普段ならこのやり取りの繰り返しで決着の着かない戦いをするのだが、今回の戦いはメノニアの勝利の可能性が確定的であった。グリムロックはカタパルトややぐらと言った攻城兵器を次々と破壊する。その為、城壁の下にたどり着いても進軍が出来ないでいた。

 弱いと言えども膨大な敵をグリムロック一人で止める事は難しい。グリムロックの目を盗んでキャンベルの配下が破城鎚を用いて城門の破壊に当たっていた。幸運にもグリムロックはその事には気付いていない。

 盾で矢と投石を防ぎながら盾を打撃攻撃として振り払い、兵士等はチリのように軽々と宙を舞う。グリムロックのソードがキャンベル軍の最後のカタパルトを両断したのと同時に城門はようやく突破された。

「――! 四糸乃……!」

 破壊された城門から次々とキャンベル軍の兵士が流れ込む。状況は良い展開なのだが詳しい事情など知るよしもないグリムロックは、ソードとシールドを格納すると体はパズルのように動きティラノサウルスへトランスフォームする。

 グリムロックは行軍を止める事よりも四糸乃を救う事を優先させた。鋭い爪を備えた強靭な足で大地を揺るがしながらグリムロックは強固な壁を頭突きを食らわせるといとも簡単に破壊され城内へ踊り込んだ。

 戦況はもうメチャクチャだ。キャンベル軍を殲滅しようとする偽の国王、それを狙うキャンベルと四糸乃、そして四糸乃とキャンベルを救わんと動くグリムロックと兵士達。

 

 よしのんの背に乗って城の屋根という屋根を飛び回る四糸乃は早くも玉座へ奇襲をかけていた。外壁を凍結させ、粉砕すると立派な椅子に座っているのはキャンベルと全く同じ顔をしている偽の王だ。

「ワルス! 貴様、よくもこの儂を幽閉したな!」

 浮浪者のような格好の真なる王、キャンベルは護衛の兵士から斧を奪い取り大きく跳躍してワルスへ斬りかかる。

 ワルスはその場から跳び退いてから隠し持っていたモーニングスターを振り回した。

「フランシス! この老いぼれを殺れ!」

「はい王様!」

 鞘から剣を抜きワルスを追い詰めるキャンベルの背後からフランシスが迫っている。途中、フランシスは足を何かに固定されて動きを封じられた。フランシスの足は太ももまで凍り付き、妨害を図ったのは四糸乃だ。殺傷は避けてあくまでも無力化を心がけている。

「くっ……老いぼれジジイが元気じゃないか!」

 ワルスは鎖で繋がれた鉄球をクルクルと回転させてから振り下ろすと鉄球は斧の柄を粉砕した。ワルスはキャンベルに掴みかかり、押し倒した。

「お前は年を取り過ぎた時代遅れの人間だ。隠居生活がお似合いだぞ!」

「黙れ、黙れ若造!」

「もう俺がメノニアの王だ、ニューリーダーはこの俺だ」

 言葉で罵り合いながらワルスはキャンベルを殴りつけ、お返しに腹にキックを受けた。年の差もそうだが、キャンベルはさっきまで死にかけていたのだ。戦いはワルスが優勢になっている。

 パンチをブロックし、キックを上手くいなし、掴み取れば振り払いワルスは遂にキャンベルを押し倒すと転がっていたモーニングスターを拾った。

「死ね、ジジイ!」

 確かに眼下のキャンベル目掛けて鉄球を叩きつけた筈であった。ところがワルスの持つモーニングスターは凍り付いて地面から伸びる氷の柱に絡め取られて空中で固められた。

「小娘め……まさか魔女であったか! 者共、であえ!」

 ワルスの声と共に玉座へ突入して来たのは四糸乃を襲って来た木の怪物だ。怪物はワルスの命令に従い四糸乃とキャンベルを排除しようと槍を突き立てて四方八方から歩いて来る。

「小娘は冷気を使う! 木の体には致命的なダメージだ気をつけろ、木だけにな!」

「ワルス様! 城門が突破されました!」

「まずい、あの恐竜が暴れてるぞ!」

「お助けぇー!」

 ブチブチと木の怪物を踏み潰しながらグリムロックは玉座の入り口を破壊しながら現れた。

「王様ー! 木の怪物が……あれ? 王様、二人いる……」

『グリムロック、キミは騙されてたんだ! 王様は偽物なんだよー! 本物はバッチイ格好した方だよぉ!』

 見覚えのない大きなうさぎがそう教えてくれる。見覚えが無くても声には聞き覚えがある。間違いなくよしのんの声である。グリムロックは足下に群がる木の怪物達を睨み付けて吼えた。

 耳を押さえたくなる大きな声に木の怪物は怖じ気づいた。グリムロックは足踏みで床を揺らす。

「何をしている怪物共! グリムロックをやっつけろ!」

 正体をバラされたワルスは舌打ちをして木の怪物達に命じるが、ワルスの命令を怪物は誰も聞こうとはしない。誰もグリムロックに向かおうと言う胆力を備えた者はいないのだ。

「グルルル…………ガアァッ!」

 再び大きな地鳴りを発生させてる。

「俺、グリムロック! やっつけるのはアイツ! でなければ、焼き払うぞ!」

 グリムロックが尻尾で指したのはワルスだ。木の怪物はグリムロックに焼き払われない為に急いでワルスの槍を向けて歩き出した。

「や、やめろお前等! 俺はこの国の王だぞ!」

「王はお前じゃあない。お前はただの裏切り者だ」

 怪物達はワルスとフランシスを持ち上げるとグリムロックの下に持って来た。

「どこかへ、連れて行け!」

「はい、グリムロック様!」

 怪物の声が重なりワルスとフランシスを抱え、長い行列を作って城を去り森の中へと消えて行った。

 一件落着と言いたい所だが城はメチャクチャ、城壁の修理や国家の建て直すにはまだまだ時間がかかるだろう。

 四糸乃は顕現化した天使を戻してよしのんもいつの間にか大きなうさぎからパペットへ戻っていた。

「ワルスは助からんだろう。四糸乃殿、こちらの……ドラゴンは?」

「俺、グリムロック。四糸乃の友達」

 四糸乃が説明する前にグリムロックが答えて見せた。

「そうですか、グリムロック殿、四糸乃殿によしのん殿。何とお礼を言って良いやら……ありがとうございます」

「照れるなあ~」

『敵の攻撃よりグリムロックが壊した物の方が多いんじゃないの~――むぐっ!』

 包み隠さずに言うよしのんの口を慌てて四糸乃が押さえた。優しげにキャンベルは笑って床に座って二人を凝視した。

「お二方、よろしければ……儂の国で過ごさんか?」

『えぇ~、面白い話だ・け・ど~、よしのん達は元いた世界に帰らないといけないんだよね~!』

「元いた世界?」

『そうだよ~、よしのん達はこの近くの森の祭壇に突然呼ばれたんだ!』

「祭壇……あそこは確かに奇妙な噂が多いですね。これから言ってみましょう」

 そうと決まるとグリムロックはいつものように頭の上に四糸乃を乗せてキャンベルを背に乗せ、祭壇に向かって駆ける。森は深く祭壇の場所も上手くカモフラージュされているが、来た時にグリムロックが木々をなぎ倒した跡がある。

 おかげで遺跡を見つけるのに苦労はなかった。遺跡から内部へ入ってからあの祭壇を目の当たりにすると例の竜の石像の瞳が赤く光っている。

『あの石像は?』

「メノニアの守護神でした。長きに渡ってメノニアを災害やモンスターから守っていた竜の石像です」

「俺に似たハンサムな動物だ」

 グリムロックから降りたキャンベルは祭壇に何か仕掛けが無いか探してみた。グリムロックと四糸乃はその間に祭壇に登って祭壇の上で跳ねたり、回ったたりしたが元の世界へ帰れる気配がない。

 頭を抱えながら帰れる方法は無いかと考えていた四糸乃は急にグリムロックの頭の上から背中をすべり台のように滑って器用に降りると竜の石像の手前に配置された石盤と向き合った。

 石盤には謎の文字が刻まれており四糸乃やグリムロックはもちろん、キャンベルでさえも解読は出来ない。

「変な、文字」

 四糸乃は興味本位で石盤の文字に触れた瞬間、刻まれた文字は青い輝きを放ちながら次第に光は強さを増して行った。

「何だこれ!」

『まぶしっ!?』

 眩い光が二人を包み込まれてようやく光が収まって目を開けると周囲は森である。祭壇は無くてあの奇妙な世界へ繋がった洞窟がある。

 グリムロックは変形して洞窟内をライトで照らしてはみたが滑り落ちるような坂も無く、奥行きも無いただの穴である。

「……戻ったんですか……?」

「多分、戻った。俺達が、いた世界だ」

『いや~ヘンテコな経験したね~! ちょこっとだけ人生観が変わったよん! でももう懲り懲りかな』

「俺、グリムロック。意外と楽しかった」

『楽しいなら良かったよ。じゃあ新しい泉探しを続けよっか!』

「わかった!」

 

 

 

 

 士道と十香のデートを成功させる為にラタトスク機関は協力は惜しまない。大食らいの十香を相手にデートをしていれば士道の財布は悲鳴を上げて一瞬で干からびる。二人は“ラタトスク商店街”と書かれた看板の前に立っていた。

 士道の記憶が正しければここに商店街は無かった。その筈なのだがいつの間にか現に目の前に商店街が出来上がっている。

 商店街の方からは十香を誘うかのように良い香りが漂って来る。

「シドー、あっちの方から良い匂いがするぞ! 行ってみよう!」

「ああ、うん」

 十香に手を引かれて商店街の敷居に踏み込んだ時、左右から軽快なクラッカーの音が鳴りどこからかくす玉が割れて垂れ幕が落ちて来た。クラッカーの音に十香は少しだけビクッとしていた。

 垂れ幕には“呪・一人目のお客様!”と書いてある。呪いと祝いの字が間違っているのはこの際無視する事にした。

「おめでとさんございまーす! 初めてのお客様に記念して、ラタトスク商店街の料理は全て無料で提供となりまーす! イェーイ!」

 活気のある声で現れた人物に士道はどこか見覚えがある。記憶の糸を辿り、誰であったか思い出そうと頭をひねる。薄ぼんやりとだが顔は思い出して来た。フラクシナスにいたクルーの一人だ。

「オォー! シドー、何かスゴいぞスゴいぞ!」

「良かったな十香」

『士道、聞こえるかしら?』

 インカムから聞こえる声は琴里だ。

「ああ、聞こえるよ」

ラタトスク機関(あたし達)が全力でサポートするわ。何としても十香をデレさせるのよ。題して! “若い男女がうっふん作戦”よ!』

「何つー作戦名だよ! もっとマシなの無かったのか!?」

「シドー? どうしたのだ、急に大声なんか出して」

「いや、何でもないよ」

「うむ、そうか」

「ではではお二方、一人目のお客様という事でこの抽選券をどうぞ」

 ガラガラの抽選券をもらった十香は士道の所へ走ると嬉しそうに見せつけた。

「何かもらったぞ!」

「良かったな、抽選券だよ」

「ちゅーせんけん?」

「くじ引きだな。あの六角形の取っ手が付いたのあるだろ? あれを回して色のついた玉が出たら景品がもらえるんだ」

 抽選会をしているガラガラを指差して士道は説明してやる。

「面白そうだな!」

 抽選会で並んでいる従業員も見た事がある顔ぶればかりだ。これからは見覚えがある顔があればフラクシナスのクルーと疑う事にした。何もかもが真新しい物ばかりで十香の興奮は止まない。

 抽選券を渡すと十香は取っ手を掴むと勢い良く回し始めた。ガラガラの出口からポトンと青色の玉が出て来た。

「おめでとうございまーす! 二等賞で~す! 二等賞は豪華ホテル“ワクワクパーク”一泊二日の無料券です! どうぞ」

「シドー、何かもらったぞ! ホテルの無料券だぞ!」

「おう、良かったじゃないか」

「早速行ってみよう!」

 無料券の裏には周辺地図が書いており士道等は地図が示す案内に従って目的地にまで来てみる。ホテルの外観はやけにキラキラと派手な仕上がりで看板には『休憩:九十分三〇〇〇円~五〇〇〇円』などと書いてある。

 士道はすぐにわかった。ここは大人達が利用する愛のホテルだ。

「“若い男女がうっふん作戦”ってコレの事かぁぁ~!」

「何だか分からないが面白そうだな、行ってみよう!」

「ま、待て十香! ここはダメだ! 今度にしよう」

「むぅ! 何故だ、せっかくの無料券だぞ!」

「とにかくダメだ。別にここに食べ物なんか無いぞ!」

『フランクフルトくらいあるんじゃない、士道?』

「ちょっと黙ってろ琴里」

 インカムの向こうで茶化して来る琴里に小声で怒鳴った。

『あ、ごめん。あんたのはフランクフルトも無いか』

 インカムの電源を切ってやろうかと思ってしまった。

「十香、こんな所よりも他に行けば美味い物はいっぱい食べられるぞ~」

 食への欲には打ち勝てなかったのか、十香は渋々ワクワクパークは諦めた。士道は胸をなで下ろすと同時に末恐ろしい妹だと心配になった。

 

 

 

 商店街の付近を一台の観測機が大きなアンテナを出して停車していた。観測機のパネルを険しい表情で鳶一折紙は凝視している。“プリンセス”と酷似した少女を観測機で調べた所、強い霊力反応が出ている。空間震を介さずにどの様にして出現したかは不明だが、精霊と酷似して霊力の反応があれば抹殺する理由は十二分だ。

 観測機のコントロールパネルを閉じて精霊という確信と共に殺意が沸々と込み上げて来る。自然と拳に力が入り、奥歯を噛み締めた。

「こちら、鳶一折紙一曹。対象から霊力が観測されました。攻撃を仕掛けますか?」

『待ちなさい折紙、一人で精霊を襲うなんてヒューズがぶっ飛んだの?』

 燎子は折紙が本当に単独で奇襲を仕掛けないか気が気でない。

『桐谷のおっちゃんから指示をもらうから、少し待ってなさい』

「了解、尾行はこのまま続ける」

『ええ、わかったわ。気をつけてね』

 

 

 

 デートは順調その物と言えた。ラタトスク機関のサポートもあって十香の底無しの腹はしっかりと満たす事が出来たし、その後はゲームセンターできなこパンのクッションを取る事に成功した。

 フラクシナスの観測では十香の士道への好感度は極めて高く、これなら封印する事も難しくはない。十香と士道は琴里等の指示で景色が綺麗な高台で町を一望していた。

『デートは順調ね、このままだったら力を封印出来るわよ! やったね!』

「あのさ琴里、まだ聞いてなかったけど封印ってさどうすんの?」

『あり? 教えてなかったかしら?』

「うん」

『キスするの』

「へ?」

「シドー、さっきから何をぶつぶつと喋っているのだ?」

 小首を傾げて十香が尋ねた。

「何でもない、それより……綺麗だな」

「ああ、綺麗だ。世界はこんなにも綺麗なのだな。それを私は……破壊しているのか」

 戦い以外と初めて触れたからこそ十香は自身が現れる度にこの世界を破壊していると思えば胸を締め付けられるような痛みが走った。

 存在理由など無く、ある朝目覚めた時に十香は戦う事を決められていた。

「やはり……私などはいてはならないのだ。そしたら世界は――」

「やめろ、それ以上言うな」

 士道は心底つらそうな顔をしている。

「居ていいんだ。お前はこの世界に居てもいい」

「しかし、私がいれば――」

「自由は全員に与えられた権利だ。十香、俺の手を取れ!」

 士道はそう言いながら十香の手を握り締める。

「俺がお前を救ってみせる。どんな嵐にも静けさは来る、戦いに負けもするさ、信念を貫けなくなる時もある、でも俺がお前を見捨てる時は永遠に来ない……!」

「シドー……信じて良いのか……? お前は私を見捨てない……?」

「当たり前だ!」

 殺意を向けられた事しか無かった十香には士道という存在はより強く光を放つのだ。暗い鬱蒼とした世界でただ一人手を差し伸べてくれた人だ。

 夕日をバックに二人の距離は次第に縮まる。それは心と心の距離も一緒にだ。

 だが、それを狙う者が遥か遠方にいた。

 ワイヤリングスーツを着て対精霊用大口径ライフルを置いて、スコープを覗く折紙は一刻も早く発砲の許可が欲しかった。

 折紙にも折紙の信念がある。

 どれだけ悲運に見舞われた存在だとしても仲間を失っても容認出来る事ではない。精霊は、一人残さず倒さなければならない。

『折紙、そうやって目を血走らせるのも分かるけど、今回は多分許可は降りないわよ。民間人も避難してないし』

「けれども警戒は重要」

 胸の中は高ぶっているが声はいつも通り静かである。敵は精霊だが霊装を展開していない精霊ならば、折紙の使うライフルで殺害は可能。

『聞こえる折紙? 折紙!?』

「何?」

『すぐ返事してよ。まさかの発砲許可が降りたわ。一発で仕留めなさい、ミスすればあなたの命は無いわよ』

「わかってる。この距離なら外さない」

 スコープを通して十香にしっかりと狙いを付ける。息を止めてブレを無くすと折紙は引き金を引いた――。

 

 銃声は二人の所にしっかりと轟いていた。弾丸は真っ直ぐに回転をかけながら十香に向かって吸い込まれるように飛んで行く。弾丸は十香に命中する筈であったが、反射的に違和感を感じ取った士道が十香を突き飛ばす。

 尻餅をついて非難の声を上げる十香の目の前で士道の腹が爆ぜる。大量の血液が花開くかのごとく、四散すると士道の瞳から生命力抜け落ちて一切の動きを止めてしまった。

「……シドー?」

 血海に沈む士道の体を十香は揺さぶって起こそうとするが反応は無く、傷口からは絶えず血が流れ出して血の水溜まりは徐々に広がって行くのだ。

 士道の死亡は決定的だと悟ると十香の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。ただしただの涙ではない、血涙だ。

 果てしなく憔悴した表情の十香からは憎悪と憤怒が取り留めなく流れ出す。

「士道、ありがとう。お前は最期まで私の為に……。しかし、世界は違う……私が精霊、あの女がASTである限り戦いは無くならない」

 十香は遠方の折紙を確実に視認すると睨み付け力強く大地を踏みつけた。

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 十香の足下から玉座が浮かび上がって来る。

神威霊装・十番(アドナイ・メレク)

 紫色のオーラが十香を包み込み来禅高校の制服を引き剥がし、いつものあのドレスの姿へ変貌する。

 玉座の背もたれに立つ十香は鏖殺公の柄を握ると玉座から引き抜くだけには収まらず、細分化された玉座は鏖殺公と組み合いながら新たな剣を作り出す。

最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)!」

 創造されたのは十メートルはある巨大な剣、トランスフォーマーから見てもかなり大きな剣を十香の華奢な腕は軽々と振り上げた。

「私の手で、地に堕ちろォ!」

 十香が剣を振り下ろすと切っ先から出た余波は折紙の真横を走り、山の一部を削り取った。

 剥き出しの怒りの矛先を突きつけられ、折紙は絶対絶命だったが逃げる事が出来ない。

『折紙、何してるの!? 早く逃げなさい! 死ぬわよ! 折紙ぃ!』

 無線機を通して燎子の声が響いて来るが折紙には聞こえない。当の折紙はガクガクと顎が震えて混乱や恐怖や罪悪感などあらゆる感情が入り混じって逃走など頭に無かった。

 十香が言葉でなじりながら剣からエネルギーを飛ばし、折紙を殺そうとしている。精霊の怒りは到底鎮められる物ではなかった。

 

 

 

 フラクシナスの艦橋は大混乱だ。クルーは全員、慌てて士道の生命活動が残っていないか調べ、医療班を向かわせている。唯一落ち着いているのは妹の琴里だ。兄の死を目の当たりにしても動じず、自信に満ちた顔をしている。

「司令! どうします!? 士道くんが撃たれてしまったんですよ! 何とか精霊の気持ちを抑えなくては!」

「落ち着きなさい、慌てすぎよ。士道が死んだキャンペーンでも開催したいの?」

「ではどうするんですか!?」と、神無月。

「確かに1ドット弾にやられたら即死亡だけど大丈夫、コンティニューするわ」

「はい?」

「見なさい」

 琴里がスクリーンを指すとうつ伏せに倒れた士道がいる。貫通した腹の穴にはポツポツと炎が宿り出していた。傷口に光と炎とエネルギーがほとばしり、粉々に散っていった細胞を生成している。ガタガタと強く士道の体が震えだして横たわった体に瑞々しい生命力が蘇った。色を失った瞳に生命の輝きが取り戻されると士道は血まみれの服でゆっくりと動き、体を持ち上げた。

 やがて炎と光が消滅すると床に広がった血痕は綺麗に無くなり、あっけらかんとした士道が佇んでいる。

『あ、あれ……?』

「士道、聞こえるかしら?」

『ああ……俺、確か撃たれて――』

「今は撃たれた事は良いわ。あんたから見て右を見なさい」

 琴里に指示された方向を見ると怒り狂った十香が暴れているのが分かった。

『十香……!』

「あんたを撃った鳶一折紙にブチ切れて暴走状態よ、止められるのはあんたしかいないの」

『琴里、俺はどうすれば良い!?』

「私にいい考えがあるわ」

 チュッパチャプスを舐めながら琴里は不適に笑った。士道は背筋に嫌な寒気を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 折紙のテリトリーにはひびが幾つも入っていた。十香の攻撃をここまで耐えきれた事自体が賞賛に値する。

 十香が柄を両手で掴んでから垂直に斬り下ろすと折紙のテリトリーは遂に粉砕された。守りの壁は無く、武器を握る意思も闘志も死んでいる。

 十香が剣を突きつけて怒りに満ちた声で言った。

「最後に言い残す事は?」

 返答は無い。

 十香は再度、剣を持ち上げた時だった。

 十香より遥か上空、悲鳴のような声が響いて来る。上を向いて何事か確認した所、士道がすぐそこにまで迫っていた。

「シドー!?」

 反射的に士道をキャッチする。

「シドー、お前か? 本当にお前なのだな!?」

「タマヒュンした……。ああ、俺だよ」

 十香が抱きしめているのが正真正銘の士道だ。そう実感した時、頭の中を支配していた憎悪と憤怒の波は少しずつ鳴りを潜めて行った。

「シドー、良かった。良かったぞ、私はお前が死んだかと……」

「まあ死にはしたっぽいけど……」

 士道が帰って来た今、十香の怒りの表れでもある最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)は必要なくなった訳だが……」

「しまった、最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)を納めようにも力の制御を誤った。このままでは爆発してしまう! ええっと……とにかくどこかへ飛ばして……」

「ダメだ飛ばしちゃ! あのだな十香、えぇ~爆発を止める方法があるんだが、ちょっとな……」

「何だそれは、教えろ!」

「キスって言ってな……えぇ~……唇と唇を合わせて――。いや、忘れてくれ十――」

 士道の言葉を遮って十香はそっと優しく口を重ねた。士道は呆気に取られている隙に今にも爆発せんと強く脈打つ最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)は鼓動を止め、切っ先から徐々に小さな光の粒となって消滅して行く。

 十香が唇を離すとゆっくりと下降して行く。直に霊力を失うので落ちる結果には変わりないが落下して死んでしまえば元も子もない。大地に足が着いた頃には巨大な剣は完全に消えて無くなり、遂には十香の霊装も塵になって行く。

「なっ、何だこれは!? 見るなシドー!」

 消えて行く服に驚いて十香が手で体を隠した。

「わ、悪い!」

 自分の目を覆う前に士道は制服の上着を脱ぐと十香に羽織ってやる。

「まさかな……まさか服まで消えるとは思ってなかったんだ」

「ありがとう、士道」

 精霊封印一人目は見事に成功だ。士道は安堵感から足腰の力が抜けてその場に寝転がった。一人を封印するだけで心身共にヘトヘトだ。

 だがこれは士道に与えられた使命だ。士道は既に日が落ちて暗黒の夜空に輝く月と月より奥で爛と輝く星を。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。