デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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46話 エボルヴ

 地球を追放され小惑星の上でスタースクリームは頭を抱えていた。

「もうどうにかなりそうだッ! ここは宇宙の刑務所とおんなじだ!」

「やっぱりあなたと手を組んだのが間違いでしたよ!」

「全くじゃ! お前さんの作戦が成功した試しなんてろくにないじゃないか!」

「うるせえやい! だいたいお前等が頼りないからこんな事になったんだろうが!」

 地球人がエイリアンに地球を追放されるなど笑い話にもならない。エレンとアーカビルはどうにかして地球へ戻ろうと思案にくれていた。スタースクリームも地球に帰るのは目的だが、メガトロンを倒すのはまだ諦めていない。

「はぁ~……何であんなのについて行ったんだろ……」

 かつては世界最強の魔術師(ウィザード)と謳われ、部下から尊敬と畏怖の眼差しを向けられアイザックの右腕として動き、精霊にも互角に戦い、ラタトスク機関からも警戒されていたエレン・メイザースは今やただのホームレスだ。いや、家ではなく地球さえ追われたのだからもっと酷い。

「もう儂は嫌じゃ! スタースクリーム、どこでも良い! どこか惑星に運んでくれぇ! 儂は隠居するからな!」

「早まるなよ爺さん。俺様にいい考えがあるんだ」

「お前のいい考えなんて聞きたくもない!」

「あなたのいい考えなんて聞きたくもないです!」

 エレンとアーカビルは声を合わせて叫んだ。

「まあ、落ち着けよ。もうそろそろなんだがな……」

 スタースクリームがレーダーを見ながら表面が平らな小惑星の中でも出来るだけ高い所を選んで暗黒の宇宙を見渡した。黒の背景にキラキラと光る星々が幔幕のように広がってとても幻想的な空間だ。こんな事が無ければエレンは素直にロマンチックな景色に心が揺れただろう。星達の中からスタースクリームはとある一つの惑星を見つけ出した。

「あれだ!」

 スタースクリームが指を差した。エレンやアーカビルも目を凝らしてスタースクリームの指先にある星を確認すると、小惑星から遙か先に金属に輝く星を発見した。

「何ですあれ?」

「セイバートロン星、俺等トランスフォーマーの故郷さ」

「あれが……セイバートロン……。随分とボロボロですね」

「そりゃ戦争で滅んだからな」

 戦争で滅んだ。その一言にエレンは不意を突かれたような気持ちになった。

「すいませんスタースクリーム、悪い事を聞いて」

「気にすんな、セイバートロンを蘇らす手立てはある」

 スタースクリームは変形するとエレンとアーカビルを乗せて小惑星を飛び立つとセイバートロン星へ向かった。途中、宇宙空間に戦争の傷跡である金属片が漂っていた。大きな物から小さな物、戦艦やステーションの残骸を避けながらセイバートロンへ着々と近付いていると、ディセプティコンに乗っ取られた元・ダークエネルゴン研究ステーションが見えた。思えばあのステーションから全てが始まったのかもしれない。

 オートボットのはみ出し者にされ、ステーションでダークエネルゴンの研究に従事し、しまいにはオートボットに裏切られた。唯一の友、ジェットファイアーをも捨ててスタースクリームはディセプティコンに入ったのだ。

 ステーションを見送り、スタースクリームはセイバートロンへ突入した。灰色のいささかの煌びやかさもないくたびれた金属の大地は長い長い戦争の爪痕だ。初めて他の惑星にやって来た二人は年甲斐もなく胸を躍らせていた。

「酷い……全て焼け野原か廃墟ですね」

「ああ、そうだな。ずーっと戦争していたからな。生まれたての奴も何百万年も生きた奴もずーっとさ」

 

 エレンより何倍も大きいトランスフォーマーが焦げて横たわり、バラバラになって吹き飛んだ者も数多く見かけた。

「で、これからどうするんじゃい?」

「ディセプティコンの首都ケイオンにならまだ動く動力がある。それにスペースブリッジを使ってメガトロンに一泡吹かせてやるぜ」

「この執念だけは凄いですね」

「諦めの悪さは宇宙一じゃよ」

 と、二人は呟いた。

 鉄の荒野を歩いていると空高くそびえ立つ巨大な壁が見えて来た。その壁こそディセプティコンの領地とオートボットの領地の境界線であり、地平線まで伸びる壁には大きな穴が空き、所々崩されていた。

「老朽化が酷いから気をつけろよ」

 注意を促し、三人は壁を抜け、しばらく行くとディセプティコンの首都へ帰って来た。ケイオンの入り口にはメガトロンの銅像が建っている。

「ちっ……」

 一時期はスタースクリームの銅像だったが、またメガトロンの銅像に戻されてしまった。舌打ちをしてスタースクリームは銅像へミサイルを撃って破壊した。

「見てるだけで腹が立つぜ」

 ディセプティコンの本部は壊れてはいないが、長い間放置されて殆どの機械は動かなくなっていた。

「エネルゴンがまだ残っていたら良いが……」

 コンピュータールームでスタースクリームはトランスフォーマー製のコンピューターを慣れた手つきで入力した。

「エレン、そこのレバーを引いてくれ」

「わかりました」

 ペンドラゴンを纏い、ふわっと飛ぶと大きなレバーを全身の体重を使って下に下ろした。

 レバーが下に落ちると暗い部屋に電気が流れて明かりに照らされた。

「よし! エネルギーが残ってるならこっちのもんだ! エレン、アーカビル、スペースブリッジの所に行くぞ!」

 有無を言わさず、二人を乗せてスタースクリームはスペースブリッジを保管場所へ飛んで行く。ショックウェーブが考案したスペースブリッジは莫大なエネルゴンを消費と巨大な建造物が必要だが、スタースクリームが改良を加えた物はその二つの欠点を改善されてある。

 地球へ来る前にせっせと下積みをしたスタースクリームの努力の結晶がまだこのセイバートロン星に残っている。

 スペースブリッジの下へたどり着いたスタースクリームはさっそくスペースブリッジの更なる改造を加えた。

「スタースクリームは何をする気なんですかね?」

「さあな、儂はもうお手上げじゃよ」

「スペースブリッジがあるならそれで地球に帰れるでしょう? ねぇスタースクリーム?」

「あ? 地球に帰ってもメガトロンがいりゃあまた追放だ。だからメガトロンに消えてもらえば万事解決ってわけよ」

「スタースクリーム、スペースブリッジを改造して何をするんじゃ?」

「隕石をアイツ等の基地に落としてやるのさ。座標はわかってる。基地の頭上に隕石を降らせてディセプティコンは一網打尽だ!」

 胸を張ってスタースクリームは作戦を口にした。

「上手く行くんですか?」

「バカヤロー! 俺様を誰だと思ってるんだ!」

「ヘタレ」

「バカじゃろ」

「何ィ! ボケ老人にどんくさい女が!」

「言いましたね!? どんくさいとは何ですか!」

「ボケ老人じゃと!? 口の減らないロボットめ!」

「言われたくなかったら、手伝え! エレン、このプラグを差してこい!」

 スタースクリームが足下に転がっていたプラグをエレンに投げる。いくらペンドラゴンを着用していても不意に自分より巨大なプラグを投げられてエレンはキャッチ出来ずに潰されてしまった。

「急に投げないで下さい!」

「悪かった悪かった。アーカビル、テメェはここらを掃除しろィ!」

「ったく人使いが荒い奴じゃわい」

 着々とスタースクリームはメガトロンへの大逆転作戦を進めている。

 果たして、スタースクリームの作戦は功を奏するのか!?

 

 

 

 

 グリムロックのスパークが消えたのを見たのはオートボット以外では士道、十香、折紙、そして八舞姉妹だった。スパークの消失とはすなわちトランスフォーマーで言う死を意味する。グリムロックが融解して死んで行ったのは士道の網膜に今でも焼き付いている。五河邸のリビングではグリムロックの死を目の当たりにした士道達に加えて四糸乃を省いた全員がいた。

 グリムロックの件は皆には話してある。全員ずいぶんとショックを受けていたが、すぐに立ち直った。狂三は俯いて、表情には出さないが何とも言えない喪失感に襲われていた。言うことを聞かないバカな恐竜だが、悪い奴ではない。狂三自身もどうしてこの様な気持ちになるかは分からなかった。

「四糸乃にグリムロックの事、どうやって話すの?」

 沈黙を破って琴里は口を開いた。琴里の質問に皆、口ごもり視線を泳がせるだけで反応は帰って来ない。グリムロックとは誰よりも仲が良かった四糸乃だ、もしも彼が死んだと聞けば精神的な暴走は目に見えている。最悪、反転する事も考えられた。

 だがいつまでも隠しておける事ではない。

「四糸乃ちゃん……絶対に悲しみますよねぇ」

「それで済んだら良いけど。一番仲良かった人が死んだんだよ。あたしなら発狂ものね。まあ……こんなあたしと仲良くなれる人なんていないけど……」

 最後の七罪のネガティブ発言に苦笑いで応えた。

「七罪さんの言う通りですわ。四糸乃さんが悲しんで枕を濡らすだけならマシですわ」

「戦慄。暴走した場合の事を考えると震えが止まりません」

 口々に話し出すのを見て十香は不意にズキンと胸が痛んだ。士道という大切な人を目の前で失いかけた記憶は二度もある。その度に視界や頭の中が真っ黒に塗りつぶされていくような感覚ともうどうにでもなれという自暴自棄に陥りそうになる。四糸乃もきっとそんな気持ちになるのだろう。

 心が闇に落ちて行くのを見ると思うと十香は胸に痛みを覚えたのだ。

「やはり正直に話すべきと思いますよ」

 壁に背を預けてもたれかかっていた真那が意見を述べた。

「隠していても始まらねえです。死んだ奴は生き返らない。仕方のない事です」

「真那、四糸乃がもしも反転したらどうするのよ!?」

「琴里さん、気にするのは暴走した後の町の被害ですか? それとも四糸乃の心ですか?」

「じゃあどうすれば……」

「その為の兄様でしょうが」

「へ……?」

 突然名指しされて士道は気の抜けた返事をした。

「何、素っ頓狂な声をあげていやがるんですか。四糸乃を封印しているって事は兄様も四糸乃に取って十分に大切な人でいやがりますよ」

 そうだ、四糸乃の士道への好感度は下がった事は無い。グリムロックがいない今、四糸乃の心を癒せるのは士道しかいない。

「四糸乃か……そうだなグリムロックがいつもいたからあんまり構ってあげれてなかったな」

 士道は席を立つ。

「どこへ行くんですかだーりん?」

「ああ、ちょっとトイレ」

 そう言ってリビングを後にして廊下へと出る。

「プライマス、なあプライマス。聞こえてるんだろ?」

 ――はい、士道。

「トランスフォーマーの創造主ならまたグリムロックを蘇らすなんて出来ないのか?」

 ――私は力を殆ど失っています。だから出来ません」

「力があれば出来るのか?」

 ――可能です。それよりも、一つ不可解な出来事があります。

「不可解な出来事?」

 ――トランスフォーマーのあの世、オールスパークの泉にグリムロックのスパークが還っていない。

「どういう事?」

 ――人間で言う天国や地獄、そのどちらにも行っていないという事です。

「死んでないって事か?」

 難しい話に士道は眉間にシワを作った。

 ――死んだのは確かです。死んだ魂が死後の世界へ送還されていない。

「プライマスでも分からないのか?」

 プライマスは答えようとしたが、黙り込んでしまい士道の質問には答えなくなった。

「あの世に行ってない……か」

 士道は呟くとまたリビングに戻った。

「おかえり。士道、今はあんただけが頼りよ。四糸乃の悲しみを癒やしてあげて。ラタトスクも全力で協力するわ」

「ああ、サポート頼む。今から四糸乃の所へ行って来る」

 士道はインカムを耳にセットして精霊用特設マンションへ踏み入れた。四糸乃の事は気になるがそれ以上にプライマスの言葉が気になっていた。グリムロックのスパークがどこへ行ったのか、ただそれだけが気になってしょうがない。

 死んでいて、あの世にいない。

 士道は考えると頭をかきむしった。

「わけが分からん」

 とりあえずは深く考えるのは止めにした。今は目の前の難題に取り組む事が先決だ。

 表札に『四糸乃』と書かれた部屋がある。士道は固唾を飲んでインターホンを押した。

「は、はい……」

 気弱そうな声がして少しするとドアが開いた。可愛らしいフリルの付いたワンピースを着た四糸乃がドアから覗き込むように顔を出し、士道だと分かるとパァっと顔が明るくなりドアを全開にした。

『やあやあ士道くん、どしたのん? 士道くんから訪ねて来るなんて珍しいじゃなぁい?』

 左手のパペットがパクパクと口を動かして喋る。

「そうだな、たまには四糸乃と二人でいたいかなってさ」

 士道は笑顔で言いながら四糸乃の頭をポンと撫でた。

『四糸乃ちゃんの好感度上昇!』

『士道くんなら士道くんならやってくれる!』

 フラクシナスの箕輪と中津川がインカムから聞こえた。

「士道さん……どうぞ、入って……下さい」

「じゃあ、お邪魔しますっと」

 四糸乃の部屋に入ると内装はやはり女の子らしく、ベッドの枕元に恐竜のぬいぐるみが置いてあった。

『じゃあ士道くん、適当に椅子に座っててよん!』

「お茶を……煎れます……」

「四糸乃、お茶を煎れれるようになったのか凄いな」

「い、いえ……大した事じゃあ」

『良い調子よ士道』

『士道! 今いいか!』

 士道とフラクシナスの通信にオプティマスの通信が割って入って来た。

『四糸乃の事で我々でも考えてみたんだが――』

『オプティマス、もうその件で動いてるわ。そっちはどう? ダイノボット達は……』

『心配しなくても大丈夫だ。ダイノボットは――』

『ディセプティコンめぇ! ぶっ殺してやるぅ!』

『奴らの残骸を積み上げろォ!』

『溶鉱炉で溶かしてやるぜ!』

 士道のインカムからダイノボットの怒り狂った声がよく聞こえた。

『大変だ、テレトラン1が破壊されてしまう!』

『落ち着けスラッグ! 誰かぁ! 誰かコイツ等を止めてくれぇ!』

『ホアアアアアアアアアアアッ!』

『オ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ ゛ァ゛!』

 オプティマスとパーセプターの叫び声は良く聞こえた。それを最後に通信が途絶えてしまった。

 基地がどうなっているかなど士道も琴里も想像がしやすかった。荒れ狂うダイノボットはオートボットに任せておくとしよう。

「士道さん……どうぞ……」

 四糸乃はおぼんの上に乗ったティーカップを士道の前に丁寧に置き、それから砂糖とミルクを横に添えた。四糸乃も自分の分を用意して士道が飲むをもじもじと膝をこすり合わせながら待っていた。カップに入っていた紅茶を一口、飲むと士道は少し目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

「お、美味いな四糸乃。いつ紅茶の淹れ方なんか習ったんだ? 令音さんか?」

「い、いえ……本とか……パソコンで……。グリムロックさんは飲めないから……いつか……士道さんに飲んでもらおうって……」

 相変わらずいい子だな、と思い士道は微笑む。

「ありがとう四糸乃、本当に美味しいよ」

『四糸乃の紅茶美味しいでしょ!? もっと感謝ていいんだよ!』

「ハハッ、感謝してるって」

 

 ここに来てフラクシナスのAIが三つの選択肢を用意して来た。

 一、そっと頭をなでなで。

 二、さりげなく額にキス。

 三、熱くて白い液を放出する。

『総員選択!』

 琴里が力強く言い放つとフラクシナスのクルーはこれぞと思った番号のスイッチを押した。結果はすぐに出た。三は論外としておいて、一の人気はいまいちで二が最も人気が高かった。

『やはり一は普段からやってる事ですし、ここは意外性とプレミア感を突いて二でしょう!』

 幹本が握りこぶしを作って訴えると中津川、川越、箕輪も同意した。

『そうです! 士道くんの好感度なら問題ありませんよ!」

『いいえ! ここは三でしょう!』

『副指令は黙って下さい!』

『いいえ、幼女の琴は私が一番わかってます! 本気と書いてマジです! ――グハッ!』

 インカム越しから何やら痛そうな打撃音がした。

『司令! 司令! お慈悲を~!』

『士道、二番よ。神無月は今度から名前を逆から読むという罰を与えるわ」

 

 指令が届き、士道は困惑して蒼く美しいつぶらな瞳の少女を見た。士道はまた固唾を飲み込み、ゆっくりと席を立った。そして四糸乃に被さるような姿勢でそっと四糸乃のでこにキスをした。

「紅茶、美味しかったよありがとう」

 士道にしては大胆な行動に四糸乃は一瞬で顔が真っ赤に染まり俯いて頭から湯気が出そうな程に恥ずかしがっていた。

「は、あぅ……」

 ちょっと強引だったかと心配したが、四糸乃の好感度がまた上がったと聞いて士道はホッとして席についた。ここまでは好感度は全く問題なく上昇中だ。しかし、令音は暗い顔で精霊の数値を見ていた。四糸乃の士道へ抱く好意に偽りはないが、まだ不安値が許容範囲を超えているのだ。やはり、グリムロックの事が気になるのだろう。明かすタイミングは士道に委ねている。最も親しい者の死を告げるのは慎重さを極める。

「なあ、四糸乃。デートに行かないか?」

「え? あ、はい……行きたいです……」

 士道は四糸乃の手を優しく包み込むように握った。

 

 

 

 

 一つの魂が発光と共にとある空間に召喚された。周囲には何もなく光だけの世界であり、景色と呼べるような物は何もない。そんな世界でグリムロックは目覚め、自分の両手を覗きこむ。

「グルルルル……! ウォォォォォォォォッ!」

 ロボットモードのグリムロックは大きな雄叫びを上げた。そして何もない空間を切り裂くように拳を振り下ろす。己の無力に対して怒りを抑えきれないのだ。グリムロックの肉体には赤さが抜けて溶岩に落ちる前の姿、いやショックウェーブに改造される前の本来の姿に戻っている。純粋なセイバートロニアンの時代の肉体だ。

「グリムロック」

 光の中からグリムロックを呼ぶ声が聞こえた。

「誰だ! 俺を呼ぶのは!」

 肉体が戻ったからか、頭がずいぶんとすっきりして言葉も話せる。グリムロックが吼えると今立っている場所を中心に取り囲むようにして十三の強い光が人型のイメージを作る。顔は見えない。だが、それらが高貴で偉大な存在であるのはグリムロックにもよく分かる。生まれたてのトランスフォーマーでもその存在は知っているであろう、最初の十三人の事を。眩い光の像の内の一人が声を話し出した。

「きみの魂はオールスパークの泉へ行くには早い」

「どういう事だ! 俺は死ぬ事にすら値しないのか!?」

 また別の光が話す。

「そうだとも。きみの魂は満ち足りる事なく無様な最期を迎えた」

「我々は多くの死を見て来た。戦いの中で死ぬ事を望んだ者、一人でも多くの敵を倒す事を望んだ者。彼らは己の生涯に満足して死んで行った。彼らのスパークは満たされた」

 光の像の中で一際、威光を放つ者が一歩前へ出た。

「現世に未練を残した者に最後に機会を与えよう。きみの使命はまだ終わっていない。我々が課す試練に失敗すればきみの魂は永遠に消え失せる、そしてきみの存在はデリートされ全ての者の記憶から消される」

「考えるまでもない。早く試練をよこせ!」

 グリムロックは躊躇いのネジを外してある。十三の光は互いに見つめ合い、頷くとグリムロックを全方向から光のケーブルが伸びる。ケーブルが体に絡みつきグリムロックを包み込んでしまう。トランスフォーマーの転生と呼ばれる物だ。肉体を作り変え新たな肉体を得る工程、グリムロックの肉体を改造ではなく純然たる獣にする。古代の純粋な獣プレダコンであるようにグリムロックもまた混じり気のない野生へとなる。

 微睡むようにグリムロックの意識が途切れると次の瞬間にはグリムロックは地球のコロッセオに酷似した円形闘技場の中心に佇んでいた。観客などいなく、転生により以前の倍の体躯を得たグリムロックはこの円形闘技場を見て試練の内容を理解した。最も単純で危険な試練だ、戦い抜けという内容は純粋な獣性を得たグリムロックには持って来いの内容だった。

 何のゴングもなく、グリムロックの足下からドリラーの触手が伸びた。巨大な触手を掴み取り、グリムロックは規格外な力を以てドリラーを地中から引きずりだすと剥き出しの頭部に剣をぶっ刺して命を絶った。ドリラーを下し、次に出現したのは大量のインセクティコンだった。

「インセクティコン……! グルルルル……!」

 転生したグリムロックにはドリラーもインセクティコンも敵ではなく。あっという間に壊滅させた。

「これが試練か? まだ何かある筈だ。揃いも揃って弱すぎる」

 次の出現したのは単眼のトランスフォーマーだ。グリムロックはショックウェーブだと思い、喉を鳴らした。出現したショックウェーブを見た時、グリムロックは違和感を覚えた。今まで見て来たショックウェーブとは違い、全体をメタリックなカラーでグリムロックが恨みを抱くショックウェーブとは共通点はあるが、どこか雰囲気が違う。ショックウェーブは何も言わずに左腕の巨大なプラズマ砲にエネルギーを充填して宣告も何もなくグリムロックにプラズマ弾を放った。青い光の弾を直撃して少し仰け反ったが、体には傷一つついていない。

「くたばれぇ!」

 グリムロックは走り、プラズマ弾を盾で弾きながら突き進みショックウェーブの首を掴んで持ち上げる。このまま縊り殺そうとするとグリムロックの腕に数発のミサイルが命中した。ミサイルが飛来した方向を見ると一機のF-22が滞空しており、そこから逆三角形のボディのトランスフォーマーに変形した。ショックウェーブをエイリアンのF-22に投げつけると、背後からパルスキャノンを受けた。振り返ると、メルセデスベンツが停まっている。その高級車も当然のように変形して真の姿を見せた。

 ショックウェーブ、スタースクリーム、サウンドウェーブ。三参謀が揃っての登場だ。だが、その姿はグリムロックが見たこともないフォームだ。いろいろな仮説を立てたが、すぐに考えるのをやめた。どの道、ここで始末するのだ。

「敵は巨大なオートボットだ」

 サウンドウェーブが喋る。

「見たことがないタイプだな」

 甲高い声でスタースクリームは言った。

「連携して始末する。我々には時間がない」

 こちらのショックウェーブもかなり愛想がない話し方だ。

 グリムロックは剣を地面に突き刺し、土砂を巻き上げて目晦ましをするとスタースクリームは真っ先に安全な上空へ飛び上がり、残りの二人も接近を許すまいと後退した。目晦ましの土砂の煙幕を裂いて、グリムロックはサウンドウェーブに殴り掛かり、振り上げた破壊的なパンチが命中する前にショックウェーブのプラズマ弾が横槍を入れた。二人に意識が行っている隙にスタースクリームが背後から機銃掃射とミサイルの猛爆を見舞い、三人は絶妙な連携プレーでグリムロックを翻弄する。ダメージは無いに等しいが、このまま攻撃を受けるばかりは腹立たしい。グリムロックは地盤の一部を引き剥がす。

「化物かよ!」

 金切り声でスタースクリームが叫んだ。

 引き剥がした地盤をサウンドウェーブへ投げつける。当然、そちらに皆の意識が行く。グリムロックは走り、ショックウェーブへ目掛けて助走を加えた強烈な一撃を見舞い、砲撃のようなストレートがショックウェーブを粉々に砕いた。地盤で押しつぶされたサウンドウェーブを引っ張り出すと剣で縦一閃、その体を真っ二つにした。巨大な体でありながら脅威的な跳躍力でスタースクリームの頭上を取り、叩き落とす。落下に合わせて切っ先を墜落したスタースクリームへ向け、胴体を貫いた。

 唐突な敵に混乱したが、何とか乗り越えた。グリムロックは盾と剣を握り直して次なる敵に備えた。

 

 

 

 スペースブリッジの改造を終えたスタースクリームは安堵の溜め息を吐いた。これで第一目標は達成、これで後は適当な隕石をメガトロンのいる海底基地へぶつければディセプティコンは何もしなくても壊滅というわけだ。あまりに簡単過ぎてスタースクリームは笑えてきた。

「楽な仕事だったぜ、メガトロンの顔も今日で最後か。へへっ!」

「ホント楽観的ですね」

「よーし、管制室に行くぜ! これでメガトロンを慌てさせてやるからな! はっはっは!」

 ディセプティコンの管制室へ行くと通信機を起動させてスタースクリームはドカッと椅子に座り管制台に両足を乗せて海底基地へ通信を繋いだ。

「んんっ! よぉメガトロン様よ。これは警告だぜ、今すぐディセプティコンのリーダーを俺様に譲りな!」

『ママ! 変な人から電話だよ! 何か言ってる!』

「あ、すまん。繋げる場所を間違えたわい」

「今すぐ切れ!」

 慌てて通信を切り、もう一度仕切り直した。次はスタースクリームが直々に確認してディセプティコンの海底基地に繋げた。

『誰だ、我々へ通信を送る愚か者は』

「よぉメガトロン様よ、警告するぜ。今すぐディセプティコンのリーダーを俺様に譲りな。そうしたら命だけは助けてやるぜ?」

『ほう、スタースクリーム。まだ懲りておらんと見えるなこの愚か者めが。追放された貴様に何が出来るというのだ』

「今からテメェの海底基地に隕石を降らせる。命が惜しいなら即刻武装解除して俺様に許しを乞うんだな!」

『ハハハ! ハッタリはよせ、貴様一人に何が出来る』

「なら、サウンドウェーブかショックウェーブに大気圏を観測してもらえよ。良い返事を期待してるぜ?」

 スタースクリームは通信を一方的に切った。

「メガトロンがあんな交渉を呑むとは思えませんよ?」

「呑まないならこのままディセプティコンは消滅するさ」

 スタースクリームはセイバートロンの近辺を浮遊している小惑星を見つけると座標を海底基地にロックオンした。

 

 

 

 

 理不尽な要求を突き付けられたメガトロンだったが、スタースクリームの要求を呑むをつもり一切ない。ブリッジに皆を招集するとサウンドウェーブに大気圏を観測させると確かに地球に飛来する隕石が発見された。

「スタースクリームの大馬鹿者は無駄に頭が回る。だが稚拙だ。あの隕石はトリプティコンの力を以てすれば破壊は容易だろう」

 トリプティコンの内容を出した所でショックウェーブがゆっくりと手を挙げた。

「メガトロン様、一つ報告があります」

「何だショックウェーブ」

「トリプティコンの件ですが、彼のパーソナルコンポーネントがスタースクリームに改造されていました。仕方なくパーソナルコンポーネントを破壊しました。トリプティコンの修復を試みましたが残念ながらスタースクリームにしか修復は出来ないでしょう」

「と、いう事は今あれは戦艦にしかなれないのか」

「はい」

「あの愚か者め! どこまでも余計な事をする!」

「隕石は我々、コンバッティコンがなんとかします。メガトロン様はスタースクリームのバカを捕まえて来て下さい」

 オンスロート率いるコンバッティコンは自信を持って隕石落下の阻止に名乗りを上げた。

「任せたぞコンバッティコン。ショックウェーブ、基地の留守は任せたぞ」

「了解しました」

「プレダキングとサウンドウェーブは儂と共に来い。スペースブリッジでセイバートロン星へ向かう!」

 

 

 

 

 隕石が降ってくるなど知るよしもない士道は四糸乃とのデートに忙しかった。四糸乃には行きたい所があるらしく、あまり意見しない四糸乃の珍しい願いだ士道は快く受け入れた。

「ところで四糸乃が行きたい所ってなんだ?」

「あ、あの……これです……」

 そう言って四糸乃はチラシを見せた。

 チラシには雪まつりと書いてある。天宮市の雪まつりは自衛隊がとても素晴らしく精巧な雪の像を作るというイベントであり、夜はライトアップされてとてもロマンチックになる。

『へえ、雪まつりね。いいじゃない』

「まあ、な」

 士道は四糸乃の手を引いて雪まつりのイベントが開かれている会場へ向かった。今年の天宮市は例年よりも降雪量が多く、イベントには打って付けである。流石に外はかなり冷え込んでいる。士道はマフラーでも持ってくるべきだったかと後悔していた。

「しっかし今日は冷え込むな」

「は、はい……でも、温かいです」

 ギュッと士道の手を握り四糸乃は消え入りそうな小さな声で言った。

 イベント会場は歩いても行ける距離だったので到着までに時間はかからなかった。だだっ広い平原に動物や城の形をした雪の像が並び、その精巧さに士道は思わず感心した。中でも突出して大きな雪だるまが士道の目についた。そびえ立つ雪だるまを見上げ、士道と四糸乃は驚きの声を漏らす。

「わあ、こんな大きな雪だるま初めてだな」

「は、はい! すごいです!」

「士道、聞こえるかい?」

 次へ行こうとするとそっと何者かに声をかけられた。聞き覚えのある声だ。士道は雪だるまの方を向くと確かに雪だるまから声がしている。

「まさか……ジャズ?」

「そうだ、キミと四糸乃が上手くやっているかを見に来たんだよ」

「バレたら大変だぞ、早く基地に戻って」

「グリムロックの件でもしもの事があれば私も行動しなきゃいけないからね」

 オートボットもグリムロックの死で心配していたのは四糸乃の事だった。

 

 雪まつりを堪能した後は既に夜を迎え、ライトアップされた雪の像も見て四糸乃や士道は大満足だった。

「士道さん、今日はありがとうございます」

「いや、良いんだよ」

「こんな……私を慰めて……くれて」

「慰める?」

 四糸乃は士道に抱き付くとコートの裾をギュッと握り締めて震えた声で言った。

「弱い……私を助けてくれて……。グリムロックさんが……死んだ事を知ったら……私が……悲しむから……。慰めてくれた……ありがとうございます……士道さん」

 いつから気付いていたかは知らないが、少なくとも四糸乃は、グリムロックに何かあったのは最初から感づいていたのだろう。

「グリムロックはまだ死んでない!」

 士道は思わず叫んだ。

 しかし四糸乃はすすり泣きながら士道の胸板に顔をうずめて首を振った。

「もう……隠さないで下さい。私……泣きませんから……」

 士道は四糸乃を抱き締めた。

「グリムロックは死んでない。でも今は会えない。四糸乃、俺は嘘は言わない! 信じてくれ、アイツは最強のロボットだ。だから絶対に戻って来る!」

 プライマスの言い放った意味深な言葉が何の意味もなさないとは思えない。

「士道さん……」

 涙と鼻水で濡れた顔で士道を見上げた。士道は涙を拭ってやる。

「希望を持って待とう」

 四糸乃はなんとか泣き止み、そのままマンションへ送ってやった。マンションを出るとそこには琴里が立っている。

「あんな嘘言っていいの?」

「嘘じゃない。プライマスは言った。死んだがあの世にはいないって」

「まさか、戻って来ると思ってるの?」

「ああ」

 琴里は呆れたように溜め息を吐いた。信じらんない選択をしたが、無意味な選択をするような兄ではない。琴里もグリムロックが戻って来る、そう願った。

 

 

 

 

 ブルーティカスに合体したコンバッティコンはスペースブリッジにてショックウェーブが計算した隕石の予測通過ポイントに転送された。かつて天宮市に飛来した人工衛星に比べれば今回の隕石はまだ小さい。

『ブルーティカス、隕石が来たぞ。到着まで十秒』

「OK、了解した」

 秒を刻んで隕石の飛来を待つと宇宙の果てから隕石が飛んで来るのが見えた。ブルーティカスの三倍はある隕石でこれを受け止めるのは難しい。だが、破壊するのは可能だ。

 全身が兵器の塊であるブルーティカスはプロペラを回転させて推進し、隕石とぶつかる瞬間に拳を叩きつけた。

「――!」

 右腕がイカレそうだが加えて左ストレートもかまし、遂には隕石を粉砕した。粉々になった小さな破片は大気圏で燃え尽きるだろう。

「任務、完了」

 

 

 

 

「あれ、おかしいな」

 鼻歌を歌いながらディセプティコンの消滅を待っていたスタースクリームだが、途中で隕石がマップから消えて唖然とした。

「な、何だ!? 何が起きたんだ!? 待てよ……? マップの故障か、ああそうだそうに違いない。隕石の落下を確認する。一緒に来い!」

 スタースクリームはエレン達を無理矢理乗せるとセイバートロン星を飛び立った。

「おかしいな。今ごろ隕石はこの辺り何だが……」

「隕石はきっと何かにぶつかってなくなったんですよ。戻ってやり直しましょう」

「そうじゃ、あのサイズの隕石くらいゴロゴロしているわい」

 二人の意見を聞き入れてセイバートロンへ戻ろうとするスタースクリーム、そこへ――!

「うわっ!」

 小さな隕石がスタースクリームのスラスターにぶつかった。

「くそっ! 上手く飛行出来ない! 不時着する! ウワァァァ!」

「何やってるんですかスタースクリーム! キャァァ! 落ちるぅぅぅ!」

 

 

 

 

 セイバートロン星にいるスタースクリームを捕まえるべくスペースブリッジを開き、今まさに出撃しようというメガトロン。

「メガトロン様、アレヲ」

 サウンドウェーブが空を指差す。その先には煙を吹いたスペースジェット機があり、一目でスタースクリームだと分かった。

「ウワァァァァァァ!」

 叫びながらスタースクリームは不時着し、ゆっくりと変形した。

「イテテ……。大丈夫かエレン、アーカビルよぉ」

「大丈夫じゃないですよ! やっぱりあなたといたらろくな事にならない!」

 スタースクリームとエレンが口喧嘩を始めようとするが、スタースクリームの背後からメガトロンがゆっくりと迫る。

「スタースクリーム、宇宙旅行の旅はどうだった。楽しかったか?」

「め、メガトロン様、私その……てっきりあなたがその……つまり……」

「この愚か者めが!」

 メガトロンはスタースクリームの頭を鷲掴みにした。

「貴様というバカを野放しにするより手元にいた方がまだマシだ! 良いな! 今回が最後だ! 今日は特別に大目に見てやる! そこの人間二人もだ! 良いな!」

 奇しくもディセプティコンへの復帰が許されたスタースクリーム、そして新たに加入する事が決まったエレンとアーカビルだった。


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