デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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43話 グリムロック/怒りのタイムトラベル

 士道は朝一番に大きなあくびをした。連日の波乱万丈な出来事に疲れを感じている、その所為か士道にとっての安らぎの空間は学校に行っている時であった。学校の時だけはディセプティコンの戦いも無く過ごせる。授業はいつも通り始まって珠恵はあどけない口調とのんびりとした声で話している。ぼんやりと黒板の文字をノートに写していたら授業は終わった。

 次の授業の準備をしようと席を立とうとすると士道の肩にガシッと腕を組まれた。

「よお五河、今日暇?」

 唐突な質問をされて困惑したが、今日の予定を思い出した。何もない、琴里からも急いで帰って来いとも言われていない。

「うん、暇だぞ」

「よし! 良かった。ちょっと放課後付き合ってくれよ山吹等も一緒なんだけどさ」

「あいつ等も?」

 殿町と亜衣、麻衣、美衣の三人という組み合わせが珍しく思えた。例の仲良し三人組は殿町を殆ど汚物として見ている節がある。

「ハァーハッハッハ! 五河くん! 君の協力には感謝するぞ!」

「感謝するぶ~ん!」

「感謝するギョエ!」

 各々今にも変身でもしそうなポーズを揃えて勢いよく登場した。

「え~……具体的に放課後何をするのか教えてくれるか?」

 どうやらカラオケや映画やボーリングと言った普通の学生がしそうな類ではないのは士道は本能的に察知していた。

「よくぞ聞いてくれました!」

「私達は放課後にぃ!」

「天宮市の恐竜探しに行くのでーす!」

 天宮市の恐竜と聞いて士道はタラリと嫌な汗を流した。

「天宮市に恐竜だって? 居るわけないだろ」

 士道は焦る気持ちを押さえつけてから恐竜の件を否定した。願わくば、天宮市の恐竜博物館に行く、というオチであって欲しかったが……。

「違うんだよ違うんだよ! 五河はアンテナひっくいな~。今、話題の金属の恐竜が天宮市を徘徊してるって話だぜい?」

 アンテナが低いどころかデータの発信元にいる士道だ。冬場というのに熱帯地方にでもいるような大量の汗が顔中から吹き出していた。何かの見間違いであって欲しいと願ったが、金属の恐竜などこの地球、この宇宙を探してもダイノボットしかいない。

 この世には神も仏もない。

 士道の願いは完全に打ち砕かれた。

「五河くんも来るよね?」

「え……ちょっと……」

「よし決定! 俺と五河と山吹達だろ? 十香ちゃんや鳶一とか隣のクラスの耶倶矢ちゃん達も誘っちゃうか?」

「良いねー!」

「賛成!」

「大賛成!」

「あ、いや~……あいつ等は今日は七時半から空手の稽古があるんだ。付き合えないんだ」

「今日は休め」

「そんなぁ……」

 とりあえずの嘘でやり過ごそうとしたが無駄だった。しかしなんとしてもダイノボット達を隠しておく必要があった。琴里からオメガスプリームが各国で見られているのは聞いた。

 ラタトスク機関とオプティマスの方針では首脳達と話す場を設けて、オートボットが人類に無害であるという事を証明するつもりだった。出来るだけ、今は余計な問題は起こしたくない時期だ。

「じゃあ、着替えてから……五河の家の前に集合で!」

「えっ!? いや、俺の家は……!?」

「OK、決まり~!」

「血潮が騒ぐわい!」

「恐竜を捕まえるぞ~!」

 全員意気込んでいる。各々が席に戻ると士道はインカムを付けると廊下へ出て琴里へ連絡した。

『はぁ~い、私のいとしいしと。何か用?』

「大変なんだよ琴里! 俺の同級生が町でダイノボットを見つけたらしいんだ! それで放課後にダイノボットを探そうとしてるんだよ!」

『はぁ!? 放課後に!? わかったわダイノボットには一切基地から出させないようにするわ!』

「しかも俺の家に集合になったんだよ!」

『まあ、それは良いんじゃない? 家には基本的には私か真那しかいないし』

「義妹、実妹がいたら複雑じゃないか? 気を遣わせたりしないかな?」

『ん~……大丈夫でしょ』

 とりあえず琴里にダイノボットの件は任せて士道はそろそろ授業が始まるので教室へと戻った。

 

 

 

 

 フラクシナスの艦長席に座り、足を組みながら琴里はチュッパチャプスの包み紙を剥いてから口へ入れた。フラクシナスの通信機をテレトラン1に繋ぎ、オートボット基地に呼びかけると通信にはオプティマスが出て来た。

『こちらオプティマスだ。何か問題でも発生したのか?』

「ええ、そうよ。士道の同級生がダイノボットをどこかで目撃したらしいの。それでダイノボットを放課後に探すらしいわ。だからダイノボットを基地から出さないで欲しいのよ」

 琴里の言葉を聞いてオプティマスは少しだけ押し黙ると言いにくそうに話し出した。

『あぁ……琴里、ダイノボットは今朝から出かけていて今も探している最中なんだ』

「連絡がつかないの!?」

『そうだ。四糸乃も一緒らしいがどこに行ったのやら』

 なんというタイミングの悪さか、神のいたずらか。とにかく、ダイノボットの捜索をフラクシナスでも全力を注いだ。

 

 今日の授業が終わり、士道は急いで家に帰った。まだダイノボットが見つかっていないらしく士道は殿町達が来る少しの間を使ってもダイノボット達を探していた。だが、その努力も虚しく見つけ出す事は出来なかった。士道は家の玄関で私服に着替えて頭を抱えた姿勢がずっと動かない。今の今まで見つからないにしても何かの拍子に発見される可能性は十分にあるのだ。

 ピンポーン、とインターホンの音が聞こえて士道は家を飛び出した。家の前には殿町達が来ている。全員、探検隊のようなベージュの服を着込み、お揃いの帽子に虫網と虫かご、そして美衣は恐竜図鑑を抱えていた。しきりに士道は精霊の特設マンション兼オートボット基地に目をやりながら出来るだけ平静を装った。

「みんな来たか。じゃあ行こうか」

 今すぐにでも自宅から離れてオートボットから遠ざけようと背中を押す。すると、曲がり角から何やら大きな影がぬぅっと姿を見せた。オプティマスとジャズの二人がグリムロックや他のダイノボットの首に紐を引っ掛けて無理矢理連れて来ているのだ。「頼むから大人しくしてくれよ!」

「士道の友達が来る前に君達を隠さないといけないんだ」

「俺、グリムロック。まだ外いたい!」

 士道はギョッとした。目を見開いて震えながら振り返るとダイノボットを連れたオプティマスを確認して全身から冷や汗が流れた。殿町達は前を向いて後ろのオートボットに気付いていない。その間に早く連れて行ってくれと願っていると殿町がゆっくりと顔を後ろに向けて来た。

 バレる! そう確信して士道は思わず殿町の顔を張り倒そうと手を伸ばした。だが、不意に背後、つまり特設マンションの方から眩い光が発せられ士道達を包み込んだ。一瞬で光は消えてなくなると、五河邸の前にいた士道等に加えて、オートボットの姿も綺麗になくなっていた。

 そして、先程の光を放ったのは特設マンションの地下、オートボット基地からであった。広間にドンと置かれたタイムブリッジの前にはパーセプターとジェットファイアーの二人が立っていた。

「いや、危なかったね」

「まさかタイムブリッジが誤作動するなんて。我々だけで助かったよ」

「全くだねジェットファイアー。もしも今の光に当たっていたらどこに飛ばされたか検討もつかないよ。ハッハッハ!」

 

 

 

 

 士道や殿町に亜衣、麻衣、美衣が気が付くとそこは天宮市ではない。それは瞬時に理解出来た。住宅街から突然ジャングルに切り替わっていたのだから。何が起こったのか理解が追い付かない殿町達だが、士道は慣れた物だ。グランドブリッジの誤作動か何かでどこかジャングルにも飛ばされたのだろと予測していた。

「何コレ!」

「さっきまで住宅街だったじゃん!」

「まじ引くわー!」

「五河、どうなってんだよ。俺達はワープ能力に目覚めたのか!?」

「違うだろ……」

 ジャングルを見渡すと士道の記憶には何か見覚えのある風景に思えた。ジャングルなど人生で一度も行った事が無いのだが、このジャングルだけはどこかで来たような気がした。

「変な草木だよねー。ってかホントここどこよ?」

 亜衣は見たこともない木の幹を撫でてみた。

「見ろよみんな! この大きな葉っぱ!」

 殿町はどこからか引っこ抜いて来た傘のような葉を持って来て嬉しそうに振り回している。

「殿町くんの葉っぱ何それ!」

「どこに生えたの!?」

 脳天気な連中で良かったと士道は一安心した。

 この瞬間、士道は何かの拍子に思い出せなかった記憶が突如として蘇った。そう、見覚えがある草木、それは確かに士道が見た物だ。ダイノボットアイランドに生えていた物と酷似しているのだ。と、なると士道はあの光と今何が起きているのか全てを理解した。

「タイムブリッジかよ……」

 もうすっかりお馴染みのタイムブリッジ、時間を巻き戻す兵器だ。士道達は、今は古代の地球にいるのだ。

「なあなあ五河! 何一人でしょぼくれてんだ。こんな滅多にない体験なんだぜい?」

 殿町は手に着いた木の樹液を士道に投げた。咄嗟に身をかわして樹液をやり過ごした。

「何すんだよ!」

「へへっ! ネバネバをつけてやるぜい!」

「口調が変だぞぉ!」

 ふざけて飛びかかって来た殿町を回避しきれずに士道は殿町に押し倒されてしまった。

「いってて……。どけよ殿町」

「ああ……悪いな五河、悪ふざけが過ぎたな――アレ?」

 殿町の表情に焦りの色が見えた。

「何だよ、早く手を離せって男二人が両手を繋ぐなんて気持ち悪いだろ」

「え……いや……あ、はな……離れないんだけど……」

「は?」

 士道と殿町の両手は取っ組み合うように繋がっており、二人は向かい合う以外の姿勢が取れないのだ。とりあえず立ち上がり、士道は力任せに引っ張って見たがビクともしない。

「…………。いやだぁぁ! 五河なんかと手を繋ぎたくない~! 十香ちゃんが良い十香ちゃんが!」

「俺だって嫌だって! でも……さっきのネバネバが取れないんだ!」

「どうしたの五河くん、殿町くん!」

 二人がもぞもぞとしていたので亜衣が心配して様子を窺いに来た。

「ゲッ……。何してんのよ! 二人とも!」

「え~……やっぱり二人はそう言う関係だったんだ!」

「おめでとさん。まじ引くわー」

「ち、違うぞ! 俺と殿町はそんな関係じゃないからな! なあ殿町!」

「……」

「殿町? おい、嘘って言えよ」

「なあ五河、言いにくいんだけど……トイレに行きたいんだぜい」

 士道は顔面蒼白になった。

「トイレ?」

「そうトイレ」

 チラッと横目で亜衣、麻衣、美衣を見ると既にひそひそ何か話している。あちらの誤解を解きたいが、こちらも大ピンチだ。

 

 わ、わかった。あの茂みで済ませるぞ!」

「悪いな五河」

 士道と殿町は茂みに入り大木の前に立つと繋がった手の僅かに動く指先を使って殿町はチャックを下ろした。

「殿町! そんな俺の指を近付けるな! お前の汚いモノなんか触りたかねぇ!」

「違うって! 繋がってるから動かしにくいんだ!」

 士道は目をつむって顔を背けた。するとピトッと何かに触れる感触がした。

「ギャァァ!」

「五河暴れんなよ! 大人しくしろ!」

 涙目になりながら士道はギュッと再び目をつむった。

「はぁ~」

 殿町は安心したようにため息を吐いた。その直後、殿町の腹がギュルギュルと嫌な音を立てた。

「あの五河……」

「嫌だ」

「聞く前から断んなよ! 五河、大きい方もしたくなったんだが……」

「後で四百万発殴らせろ」

「煮るなり焼くなりして良いから頼む! もう……腹がぁ」

 まだトランスフォーマーの戦場を走り回る方がマシだと何度思った事か。士道は殿町のズボンとパンツを下ろす作業を手伝わされた。大木に背を預ける殿町、その前には士道が被さるような姿勢で待機していた。

「あぁ~助かった。悪いな五河」

「ホントだよ! 何が嬉しくて野郎のトイレの手伝いをしないといけねえんだ!」

 沈黙が舞い降りて二人の間に気まずい空気が流れた。

「五河ってさ……士織ちゃんと顔が少し似てるよな?」

「はぁ!? いきなり何を言うんだよ!」

 唐突に言われて士道は慌てて身を引いた。

「あ、おい! 動くなよ! こぼれるだろ!」

「うるさい! もういくぞ!」

「いや、まだだって!」

 

 茂みの中へ消えて行った士道と殿町を汚らわしそうに見つめていた亜衣、麻衣、美衣の三人は一体茂みで何がおこなわれているのかを予想していた。

「きっと五河くんの愛が暴走したのよ!」

「あぁ~、いつも女の子ばかりだから本性を剥き出しにしたのね!」

「っことは殿町くんが受け! おぇ~」

 好き勝手に言っていると茂みの方から大きな声が聞こえて来た。

『おい、五河そんな激しく動くなって!』

『うるさい!』

『無理矢理、動いたらその拍子に出るって!』

『大声を出すなッ!』

『あぁ! 出る出る!』

『いくぞ殿町ー!』

『五河~!』

 茂みから聞こえた声に三人は絶句した。

「マジじゃん……」

「うわ……」

「まじ引くわー」

 

 

 

 

 海岸には流木や大小、あらゆるサイズの石が散乱している。その中に空き缶やビニール袋といった人間が捨てたような物は一切無く、水も澄んでどこまでも透明だ。そんな最高のビーチでまず目を覚ましたのはオプティマスだった。転送された場所が悪かったのか、凄まじい勢いで頭を打ったのは覚えている。首や腰の稼働範囲は正常かを確かめて隣で倒れているジャズやダイノボット、四糸乃を起こした。

「頭がガンガンしますね。ところで一体何が起きたんですかね? 予想はつきますけど」

「多分ジャズの予想通りだよ」

 オプティマスはザクッと土をすくい上げて目から光を放ち、土の成分を調べた。スキャンして解析したデータを読み取るとそれはダイノボットアイランドと同じ地層だと判明した。

「かなり古い時代に来たようだ」

「恐竜が生きた時代ですね」

「俺、グリムロック。ここ、好き!」

「ふぃ~、やっぱりこういう時代のがオレ等に合ってんのかもな!」

「呑気な連中だな。オプティマス、私達も来たという事は士道達もこの時代に流れ着いているかもしれませんね」

「そうだな。ダイノボットは置いておいて私達は士道を探そう」

 オプティマスは振り返りグリムロックを見上げた。

「ダイノボットを頼んだぞ。私とジャズは士道を探して来る」

「うん、任せろ」

 トラックとスポーツカーへとトランスフォームして浜辺の砂を巻き上げて走って行く。

「んで、オレ達は何するグリムロック?」

「俺達も、士道を、探す」

『でもでも、オプティマスとジャズが探しに行っちゃったよお?』

「手伝って、効率、上げる!」

『士道くんのお友達に姿見られたらヤバいんじゃない?』

「う~ん」

 それを言われると弱い。グリムロックは何をしようか考えているとスワープが提案した。

「じゃあさ! 適当にこの辺でも回って散策するってのはどう?」

「よし、そうしよう」

 グリムロックの後に続いてダイノボット達は浜辺から目の前に広がる森へと入った。すると、入った瞬間に全員が何か違和感を覚えた。グリムロックは鼻を利かせると険しい顔を作る。森の空気は淀み、明らかに変だ。うっすらとだが、血の臭いもした。

「臭うな」

 スラッグやスナールも同じく顔をしかめた。グリムロックの背中に止まって翼を休めていたスワープが飛び立ち、邪魔な枝や葉を切り裂いて空中から周辺の様子を探った。

「スワープ、何か、見えるか!」

「ああ、見える! 酷い有り様だ」

 スワープの後を追ってスラージを先頭に大木を蹴散らして森を抜けた先は広い草原だった。グリムロック達のいる場所からなだらかな坂が出来て、その坂には無数の恐竜の死体が横たわっていた。

「オレと同じ連中が死んでるって思えば……良い気分じゃないな」

 スラージは怒気を孕んだ口調で言った。

「酷い……誰が……」

 四糸乃は声を震わせた。無惨な首長竜の死体に哀れみを覚えているのだ。スナールは変形してロボットモードになると、息絶えた恐竜の体の傷や状態を調べていた。

「おかしいな……」

「おかしい、何が?」

「爪痕や牙の痕はあるけど恐竜達の肉を食いちぎったような形跡がない。多分、捕食していない」

 スナールは他の倒れた恐竜の傷も見てみた。やはりどれも酷い爪痕や鋭利な牙を連想させる歯形が深く刻み込まれていた。スナールが腑に落ちないのは、倒れた恐竜は殆どが急所に一撃を加えられて息絶えている。

「みんな、爪を見せてくれ。四糸乃とよしのん。あと……スワープ別にもいい」

 全員の爪をまじまじと観察し、スナールはグリムロックの顎の形にも着目してみた。考え込むように顎をさすった。

「誰のとも一致しないな」

「そりゃそうだろ! 第一、オレとスラージは爪とか使わないし! オレの武器は角だし!」

「これは臭うな……」

「事件の、臭いか?」

「そうだよグリムロック。食べる為に殺されたんじゃないとすると……。遊びか、力試しだな」

 恐竜にそのような知能があるとは考えにくい。食べる為に殺し、狩りに娯楽性を求めるような頭は無い。一つ、目的が出来た。未知の捕食者の酷い慰み物になった恐竜の無念を晴らす事だ。

「グリムロックさん……あれ……見て下さい!」

 四糸乃が指差した先、それは丘の下で喉を鳴らして唸る一頭のティラノサウルスだ。

『グリムロックの親戚じゃん!』

 よしのんは冗談を口にした。そのティラノサウルスは若く、まだ成長途中だろう。グリムロックと比べてかなり小さい。ティラノサウルスは吼え、威嚇するとグリムロックはその何倍もの音量で威嚇し返した。木々が揺れ、小動物達は危機を感じて一斉に森を発ち、逃げて行く。

 ティラノサウルスが再び吼えると走り出して丘を駆け上がる。四糸乃をスラージの頭の上に移してやりグリムロックも口を大きく開けた。頭ごと噛み砕く事も出来る大顎には刀剣のように鋭い牙が並んでいた。

 グリムロックの噛み付きをティラノサウルスは避けてがら空きの首に食らいついた。だが金属の体を持つグリムロックには傷一つ付かない。それどころか、鋭利な牙が何本か砕けてしまった。ティラノサウルスは口を離すと小刻みに吼えた。グリムロックも同じようにして声を上げて唸る。

『何してんのアレ?』

「会話だよう、グリムロックの奴あの若いティラノサウルスと何か喋ってるな!」

 グリムロックとティラノサウルスの会話が終了して、グリムロックはくるりと振り返って仲間の方を向いた。

「その子、何て言ってた?」

「俺、父親らしい」

「はぁ!?」

 その場にいた全員、顔一面に驚愕の色を浮かべ声を揃えて驚いた。

「グリムロック、お前子供いたのか!?」

「いるはず、ない。でも、コイツ、俺を父親って呼ぶ」

「どう見てもトランスフォーマーと恐竜なんだがな……」

 若いティラノサウルスは殺気立った様子から一転してグリムロックに懐いたようにさっき噛み付いた首をペロペロと舐めていた。

「ん~……」

「スラッグさん……難しい顔してどうしたん……ですか?」

「引っかかるな。グリムロックが親父な筈ないし、形は似てるけどそもそも体の作りが違うし……」

 スラッグは何か気になっているようだが、肝心な事は思い出せない。すると、若いティラノサウルスが歩き始めてグリムロックもその後について行く。

「どこに行くんだ?」

「コイツ、案内したいとこ、あるらしい」

 とりあえずはティラノサウルスの案内したいという場所について行く事に決めた。丘を下り切り再び森へと入ると全員、一列に並んで進んだ。ティラノサウルスとグリムロックの鳴き声による会話を見つめて、四糸乃はダイノボットに質問した。

「皆さんも……恐竜と……話せるんですか?」

「まあな、喋れるぞ」

「うん、翼竜限定だけど」

「オレは首長竜限定だな」

「オレもな」

「四糸乃はうさぎと喋れたりしないのお? 動物系だしイケるじゃね?」

「私は……そんな器用な事……出来ません」

「そーなんだ」

 深い森をまだしばらく歩いていると先頭のティラノサウルスが立ち止まった。同時にダイノボットも止まる。グリムロックの背中から先頭を覗き込むと老いたティラノサウルスが傷だらけで横たわっている。まだ息はあるらしく、スナールは瞬時に変形して重傷のティラノサウルスの応急処置を始めた。やはり、この老いたティラノサウルスも先程首長竜の死体同様に全身が鋭い爪で裂かれたような傷があり、噛まれた痕が数ヶ所にも及んだ。応急処置が完了し、スナールは重々しく首を横に振った。

「グリムロック、あの人は傷が酷すぎる。長くは保たない」

 スナールの申告を受けてグリムロックは横たわるティラノサウルスの下へ歩み寄り、グリムロックが近付くのを知ると老いたティラノサウルスは顔を上げた。二人は鼻をすり合わせて、お互いを感じ合う。老いたティラノサウルスもまた、グリムロックを夫と認識しているのだ。メタルのボディーは冷たいが、心は燃えるように熱い。ひとしきり、再開を感じて老いたティラノサウルスは力尽きた。

「グリムロック、あの若いのから何か聞けないか?」

「アイツの、父親、何年か前、消えたらしい」

「消えた?」

「変な船に、連れて行かれた」

「変な船……消えた……」

 スラッグは遂に閃いた。モヤモヤとしていた違和感の正体がやっと見つかったのだ。

「わかったぞ! グリムロック! あの子の本当の父親はショックウェーブに連れてかれたんだ!」

「おいおい、どうしてショックウェーブが出てくんだ?」

「アイツのラボを忘れたか?」

 スラッグに言われてスワープとグリムロックはラボの事を思い出していた。

 シャープショットの拷問を受けて満身創痍のスナールの回復をする為にスペースブリッジの観測デッキに入った。その観測デッキに配置されたコンピューターをいじった時にショックウェーブの恐竜の観察日誌のような物を発見した事まで思い出せた。

「ショックウェーブの捕まえたあの子の親父サウルスのデータをグリムロックに使ったって事?」

「詳しくは分からない。でも、グリムロックを父親と認識するならそれくらいしか検討がつかない」

 グリムロックにすれば今はこの若いティラノサウルスのルーツなどどうでもいい。最も肝心なのはこの時代の恐竜に対して暴虐を働いた者への報復だった。グリムロックは鳴き声で会話を始めた。何度かそのやり取りを繰り返すと、若いティラノサウルスにここにいるように言い付けた。

「行くぞ」

 そう短く言い、ダイノボットを引き連れて親子の元を離れた。

「なあグリムロック! あの子は何て言ってたんだよう!」

「俺達以外に、機械の化物が、いる」

「オレ達以外に!? まさかダイノボットが!?」

「違う。機械のドラゴン」

 グリムロックの声に怒りと憎しみの念がありありと出ている。復讐などは士道は否定的だが、やられておいてその相手を許す程グリムロックは出来た性格では無い。捨て置けば生態系に影響を及ぼす。仲間に降りかかる災厄はその一片までも絶滅する。

「プレダコン、この時代にいる」

 その一言にダイノボット達の血が騒ぐのを感じた。

 

 

 

 手がぴったりと張り付かせていた粘液は時間の経過と共に外れて問題が解決したと思えたが、亜衣、麻衣、美衣の三人にあらぬ誤解をされていた。士道と殿町は完全に出来上がっていると認識されていたのだ。この誤解はしばらくは取れなさそうだ。

「どっちが受けかな? やっぱり殿町くん?」

「今日は趣向が違っただけかもよ」

「あ、そうかも! 野外で合体するくらいだしね」

 士道と殿町の関係性についての話は尽きる事を知らない。

「あのさ、殿町」

「何だよ……」

「絶対、誤解されてるよな?」

「うん、されてる」

「お前が変な粘液飛ばして来なきゃこうならなかったんだぞ!」

「変な粘液だって!」

「やっぱりそーいう事なのね」

「まじ引くわー」

 天宮市へ戻るのが最優先の目標だが、戻る手段など知らない五人は当て所なく歩き回っていた。不意に森から肉食恐竜の雄叫びが聞こえて来た。

「ライオンの声にしたら凄い大きいよね」

「ジャングルにライオンいたっけ?」

「多分トラだよトラ」

 ライオンでもトラでもない。ぬっと森林から大きな頭が飛び出して士道達を見下ろしている。ポカンと口を開けて初めてみる恐竜に他の四人は驚いて空いた口が閉じなかった。美衣が恐竜図鑑を開いて一体何の恐竜かを即座に調べる。

「あ、アルバートサウルス……」

「な……何だそれ? もしかして肉食? 違うよな?」

 震えた声で殿町が問うと美衣は首を横に振った。

「思い切り肉食よ!」

「逃げろ!」

 亜衣の掛け声と共に全員が来た道を引き返す、アルバートサウルスも折角みつけた新鮮な肉をこのまま見逃す筈はなかった。 アルバートサウルスは木を押し倒して士道達を追い始めた。逃げる士道の先にグリムロック達の姿が見えて来た。

「グリムロッ――」

 咄嗟に叫ぼうとしたが、ここでグリムロックとの関係性を知られると学校では更に変人扱いだ。

「キャァ! 前から真っ赤なティラノサウルスだ!」

 士道は横道にそれて殿町や亜衣達を誘導した。しかし、その時美衣が転がっていた石に躓いて前のめりに転んだ。アルバートサウルスは口を開けて、食らいつく準備をしている。士道が足を止めてスターセイバーを抜くよりも先にアルバートサウルスの顔面に強力な鉄拳が浴びせられた。獲物を目の前に退散を余儀無くされ、悔しそうに悲鳴を上げてアルバートサウルスはあっさりと退いて行く。

 美衣の窮地を救ったのはオプティマスだ。だが頭や腰には草や枝が巻き付けられてジャズも同じ様な格好に仕上がっていた。

「美衣、大丈夫!?」

「危なかったね、あの先住民が助けてくれなきゃ、今頃エサだったよ!」

 どうやら亜衣達はオプティマス達を先住民と勘違いしてくれているらしい。

「ハロー、ネアンデルタール! 助けてくれてありがとう! あなたは命の恩人です!」

 美衣が挨拶をするとオプティマスとジャズは顔を見合わせた。

「怪我がなくて何よりだ」

「喋ったぁ!? しかも日本語!」

「って言うか大きくない?」

 オプティマスは膝をついた。

「私はオプティマス・プライム、こっちは私の右腕のジャズだ」

 ジャズを指差して紹介した。

「よろしく」

「あれは私の……仲間だ」

 次にダイノボットを指し示した。

「我々はオートボット、地球から離れた遥かなる星、セイバートロン星からやって来た」

「へぇー、宇宙からか。凄くない?」

「凄い凄い! あたし等って人類史で初めて宇宙人と喋った人間じゃん!」

「うわー、みんなに自慢できるし!」

 呆れる程に順応性が高い。

「宇宙人か……何か恐竜以上にラッキーなもん見つけたな五河。それに恐竜型の宇宙人って一粒で二度美味しいじゃねえか」

「う、うん……」

 持ち前の接しやすさでジャズに亜衣達の相手を任せてオプティマスはグリムロックと話を始めた。

「オプティマス、この時代、プレダコンがいる」

「プレダコンが? そうかこの辺りの恐竜を無差別に殺していたのはプレダコンか」

「俺、今からプレダコン、退治する!」

「ねぇねぇ! 何で君達は恐竜で宇宙人なの!?」

 グリムロックが会話の最中に亜衣達が食いついて来た。オプティマスとは違って人型ではなく恐竜型に疑問を持ったのだ。その質問には答えず、グリムロックはロボットモードに変形した。

「おぉー! カッコいい!」

「私達は二種類の形態を持つトランスフォーマーだ」

 オプティマスはいつものようにトラックへジャズはスポーツカーへ変形した。

「さあ乗って」

 オプティマスに亜衣達と殿町が乗り込み、四糸乃と士道はジャズに乗った。プレダコンがいる今、オプティマスとジャズの任務は士道とその級友を守る事が任務だ。

 士道はジャズの中で思い切り叫んだ。

「正体バラしてんじゃないかァ! どういうつもりだよ! 近々、人類側との首脳会談があるから問題は起こさないって言ってたじゃないか!」

「私に言われてもね……。オプティマスが急に行動を起こしたし……」

『君の言う通りだ士道、正体をバレるのは避けたかったが、君の友人を犠牲にしてでも貫くことじゃない』

「それを言われるとなあ……。ところでグリムロックは?」

『彼等はプレダコン退治だ』

「プレダコン? あのドラゴンみたいな奴だよな? 何でこの時代にいるんだよ」

『プレダコンはオートボットとディセプティコンの大戦時期にダイノボットに絶滅させられたらしい。だが、何匹かは星を捨てて地球に流れ着いたのかもしれない』

 そして今、プレダコンの所為で恐竜は絶滅の危機に瀕している。どちらが悪いなど自分の判断で軽率に結論付けてはならない。士道は押し黙ってから話題を変えた。

「四糸乃は今回はグリムロックと一緒に行かないのか?」

「はい……グリムロックさんがダメって……」

 四糸乃を連れて行かない、とすると余程の激しい戦いが予想されるか、あるいは――。

 

 

 

 

 プレダコンを狩る作業は慣れた物だ。この恐竜の姿になる前から何匹ものプレダコンの頭をねじ切り、その死体を積み上げた。いかなる理由であれ、仲間を傷付けた者を許しはしない。ダイノボットは五人別々に分かれる。グリムロックはロボットモードのままで鬱陶しい木の枝を払いのけて突き進んだ。すると、グリムロックのセンサーが二つの反応を嗅ぎ付けた。かなり近くだ。グリムロックの目が光り、二つの影を発見した。

 プレダコンだ。四足歩行で翼を持ち、鳥のようなクチバチを携えた標準的な姿、名もない雑兵だ。二人の体には生物の血が付着しており、ひと暴れして来た事が窺える。

「プレダコン……!」

 怒りに漲り静かに怒鳴るとプレダコン達は数歩、後退りして戸惑ったように仲間同士で顔を合わせたりした。だが二対一という状況に有利と判断したのかプレダコンは左右に分かれて二つの方向から挟み込むようにタックルを仕掛けた。恐竜でも全身の骨を砕いてしまう強烈なアタックをグリムロックは軽々と受け止め、素早く盾を展開して一方を殴りつけた。

 多少、怯んだがプレダコンは態勢を立て直して二人同時に口から炎を吐いた。火柱が空高く昇り、その周りをプレダコンが徘徊して丸焦げになって倒れるグリムロックが出て来るのを待っていた。

 炎から突如腕が伸び、プレダコンの首を鷲掴みにしたと思うと手に持っていたソードでプレダコンの首を切り落とした。炎を浴びても一切怯まぬグリムロックは、逃げようとするもう一人も捕らえて真っ二つに切り裂いた。剣を担ぎ、盾を握り直してグリムロックはセンサーを頼りにプレダコンの狩りを進めた。

 

 

 

 

 早くも十匹以上のプレダコンを狩るスラッグは昔を思い出していた。かつてもセイバートロン星のプレダコンを狩る事で野蛮な連中、オートボットのはみ出し者と敬遠されて来た。スラッグ自身も野蛮なのは認めるが。

「おうおう、やってくれたなオイ。オレの部下をこんなにしてくれやがって」

 声がした方に顔を向けるとスラッグはロボットモードに変形した。

「スカイリンクス!」

「ん~? ひょっとするとスラッグか? いや……まさか……あの野郎がこの地球にいる筈……ええい訳がわからん! だがトランスフォーマーには違いねぇぶっ倒す!」

 スカイリンクスと呼ばれるプレダコンは変形し、人間で言うグリフォンのような姿になりスラッグを頭突きで吹き飛ばした。

「やっとセイバートロンから逃げて来たんだ。テメー等、ライトニングなんとかに殺されてたまるか!」

「今はその名前じゃない、よく覚えておけ、ダイノボットだ!」

 トリケラトプスに変形したスラッグはさっきの頭突きのお返しに強烈な突進を見舞った。スカイリンクスは起き上がり様に火炎を放ち、スラッグも同じく口から火を放った。空中で二種類の炎がぶつかり合い、大爆発が巻き起こった。匂いで敵を探り、黒煙に向けてスラッグが突進した。二本の鋭い角が突き刺さり、確かな手応えを感じ取る。

「仕留めた!」

 そう確信し、煙が晴れるとスラッグの角は木に突き刺さり幹にはスカイリンクスの羽が一枚付着していた。

「ちっ……!」

 舌打ちをして木から角を引き抜くと空からスカイリンクスの奇襲が仕掛けられた。スラッグの体を持ち上げて空へ飛び上がり、難なく巨体を空輸する。

「近くのマグマにポチャンと行ってやらぁ!」

 スラッグを運ぶスカイリンクスの更に上空からミサイルが飛来した。避けるスピードは流石に無く直撃してスラッグもろとも地上へ落ちて行く。

「おーい、スラッグ!」

 空からの援軍はスワープだ。真っ逆様に落ちて行くスラッグを見事にキャッチして下ろしてやろうとすると、今度はスカイリンクスの援軍が来た。ダークスチールというこれまたグリフォンの姿を模したプレダコンがスワープをレーザーで撃墜し、スラッグと共に落ちて行った。

「へへっ……油断大敵だぜ」

 空中から追撃を図るダークスチールはスラージの森林からの精密な狙撃により撃ち落とされた。

 スカイリンクスの上にスラッグにスワープそしてダークスチールまでがのしかかり、中身が出てしまいそうだ。

「ぐぅ……!」

 スワープごとダークスチールをはねのけてスラッグは立ち上がった。スラージも到着して三対二と有利に見えるが、スカイリンクス、ダークスチール、この二人はプレダコンの中でも知性を身につけてトランスフォームも可能になった種だ。ただの雑多なプレダコンとは違う。

 

「ケッ……揃いも揃って恐竜ごっこかよ!」

「セイバートロンの流行りかそれは」

「こっちも事情がある。それにこの姿は何かと気に入っている」

 スカイリンクスとダークスチールは左右同時に分かれて走り出す。スラージの側面からスカイリンクスが飛びかかり、首に食らいついて引き倒した。ダークスチールはスワープもスラッグも飛び越えて、倒れたスラージにトドメの一撃を加えんと前足を振りかぶった。

 ダークスチールの爪が致命的な一撃を与える寸前、どこからか飛来したロケットを受けてダークスチールは転倒した。

 騒動を聞いてスナールも参戦したのだ。

「スナール、スラッグ、スラージ、スワープ、ああ忌々しい連中だ!」

 怒鳴るスカイリンクスは転倒しているスラージを口にくわえて強靱な顎と首の力で振り回し、スナールへ投げつけた。スナールは避ける間もなくスラージの下敷きにされた。

「うっぷ……スラージ、早くどけ!」

 スナール達が隙を見せているとダークスチールが口を大きく開いて火炎を放つ準備をしている。だが、そう易々とは発射させない。スワープは空からミサイルを降らせる。ダークスチールの首が動き、狙いをスワープに変更し高密度のエネルゴンが解き放たれ、スワープの翼を射抜いた。

「へへっ、どうだダイノボッ――うっ……!」

 スワープを倒した。しかしダークスチールの体を二本の角が深々と突き刺さっている。傷口からはダラダラとエネルゴンが流れ出ている。最後の抵抗を試みようと指先を微かに動かしたが、更に深く角を刺されてダークスチールは体の機能の全てを停止させた。

「ダークスチール……おい、冗談だろ! くそっ!」

 スカイリンクスは尻尾を振るい、隙だらけのスラッグを叩きのめし、力任せに食い付き、乱暴に振り回した。もはや勝ち目は無いがせめて一人でもとスラージやスナールの火器をまともに受けて身が剥がれる痛みさえも意地と怒りで打ち消した。

 

 スカイリンクスが力尽きた頃、スラッグは瀕死の重傷を負い、トランスフォームも出来ない程に弱っていた。

「スラージ、スラッグとスワープを背中に乗せてやれ」

「ああ。グリムロックは?」

「後はオレ等のボスがやってくれるさ。今はスラッグの治療が先だ」

 

 

 

 

 グリムロックのセンサーはとある一つの強い反応を頼りに歩を進めた。その強い反応の下に近付けば近付く程にプレダコンの数は増し、プレダコンの死体も増える。木も生えぬ、岩と砂だけの荒れ地を行くグリムロックはそびえ立つ崖にたどり着いた。

 切り立った崖には半円形にくり貫かれた洞窟があり、反応はそこから出ている。グリムロックは洞窟の中へ入ろうと一歩前へ出るとセンサーに高エネルギー反応が出た。次の瞬間、とてつもない規模の炎が放たれ、グリムロックは盾で防ぐものの盾は溶けて使い物にならなくなってしまった。

「グリムロック……私の同胞をよくもここまで殺してくれたものだな」

 洞窟の中からズシン、ズシン、と一歩一歩が重々しく、地面を揺らした。洞窟の中、潜んでいたプレダコンは確かに四本足に翼を備えた西洋の竜と言った姿をしている。しかし、決定的な特徴は長い首を三つ備えている事だった。

「ペイトリアーク、お前、地球に逃げたのか!」

「そうだ、そうだとも。お前達に行き場を追われていつ復讐してやろうか考えていた。しかし……変だな、そんな話し方だったか?」

 グリムロックは剣を一度地面に突き刺すと両腕をついて複雑な変形プロセスの後にビーストモードとなった。

「恐竜?」

 グリムロックを超える体躯を誇る太古のプレダコンの長、ペイトリアークはグリムロックの今の姿を見ると笑い声を上げた。

「ハッハッハ! ティラノサウルスは狩り飽きたぞ!」

 ペイトリアークの三つの首が口を大きく広げて、同時に炎を放つ。グリムロックの盾を溶かしたエネルゴンの炎を受け止め、グリムロックは後ろ向きの二本の角が前へ倒れ、目の色が青く変色した。肉体は赤い輝きを放ち、グリムロックは最初から全開で挑む。

 四糸乃を連れて来なくて正解だとつくづく思う。巻き込まずに戦う自信は無い。それ以前にプレダコンを狩り尽くす様を見せたくはなかった。

 地球に来て多くを学んだ。特に社会性についてはグリムロックは学んだつもりだ。

 ダイノボットとプレダコン、彼等の因縁は過去や現在、星が違えども切れる事は無い。

 先に仕掛けたのはグリムロックだ。得意の噛み付きでペイトリアークの首を捕らえて爆発的な脚力とブースターを使って倒し、敵をホールドする。ペイトリアークも黙ってはいない。空いている二つの首を自在に操りグリムロックの背中や腕に噛み付いた。分が悪いと判断し、グリムロックは至近距離でレーザーファイアーを撃ち込み、爆発を利用して引き下がった。その間にペイトリアークは態勢を整えて、身を回転させて尾の痛烈な一振りがグリムロックの頭を打った。

 足がもつれたが怯みはせずに口から砲弾を発射し、ペイトリアークの真ん中の頭を爆破した。

 だが、もはや砲弾ではダメージにならない。背面のハッチを開き、スラスターで加速をつけてペイトリアークの懐に入り込む。流れるように首に噛み付いて放り投げた。地面を転がり、ペイトリアークは踏ん張ってすぐに姿勢を戻すと頭上からグリムロックが背中にのしかかり、レーザーファイアーを放った。背中を焼かれてペイトリアークは怒り、長い首は容易にグリムロックを捕らえて背中から引き剥がした。

 ロボットモードに変形し、グリムロックは腹に食らいついて来る右側の首をざっくりと切断した。首を斬る為とはいえロボットモードに変形した事で腹と背中に深い傷を負ってしまった。ビーストモードに戻ると下からすくい上げるように頭を振り、ペイトリアークの下顎を捉えた。

「お前達は何故、私の同胞を襲う」

 グリムロックはペイトリアークの問いを無視した。

「お前達は何故、私達の生活を脅かす」

 再び来る問いもグリムロックは無視した。

「私達は何故、居場所を追われなくてはならない!」

 ペイトリアークの肉体にも変化が生まれた。グリムロック同様に体が赤く変色し始めたのだ。

「戦い好きのトランスフォーマーが、お前達が戦争などしなければ!」

 グリムロックは議論をする気は無い。

 勝利と敗北、生と死、これが究極の回答だ。

 何故、戦うかと何万と問われてもやはりグリムロックにはこう答えるしかない。

 ――それが俺の生き方だ。

 バーテックスファング、起動――。エネルゴンの過剰燃焼によりゆらゆらと体から炎のような現象が現れた。計り知れない憤怒に支配されてグリムロックの視野がぎゅっと狭まり、ペイトリアークしか見えなくなる。

 ペイトリアークも己の体に普段の何倍もの力が湧き上がるのを感じていた。牙や爪、火炎、グリムロックを葬るには十分な力を備えていた。ペイトリアークは堂々と立ち、グリムロックを真っ向から迎撃するつもりだ。

 地面にメキメキと亀裂を入れて枯れた大地を破砕して強烈なスタートダッシュで猛進する。ペイトリアークも真っ直ぐ、グリムロックへ目掛けて走り両雄は力と力で激突した。

 左側の首が食いちぎられたがペイトリアークは冷静だった。グリムロックがロボットモードに変形するとペイトリアークも変形して組み合った。

 膨大なエネルギーを消費するバーテックスファングの囮に首を一つくれてやったのだ。力を使いすぎたグリムロックは明らかに弱っている。ペイトリアークは好機と睨んでグリムロックを叩きつけ、顔面をぶっ叩き、頭を掴んで大地に深くめり込ませた。

「お前を倒すのに首二つは安いもんだ」

 ペイトリアークは足を上げてグリムロックの頭を踏み潰そうとしたその時、ペイトリアークの片足が思うように動かず、転倒してしまった。パイザー型の目を足に向けるとペイトリアークの片足が凍っている事に気が付いた。

「氷?」

 ペイトリアークが呆気に取られていると小さな影がすばしっこく走り回り、横たわるグリムロックの側へと寄って来た。

「グリムロックさん……グリムロックさん! 起きて……下さい! 死なないで……!」

 言葉を話す人間、それはペイトリアークもまだ知らぬ存在であり、奇異な眼差しで見ていた。

「邪魔だ、小さき者よ」

 ペイトリアークは低く唸って威嚇した。けれど四糸乃は動かずにグリムロックにしがみついた。

 エネルギーの使いすぎで倒れたグリムロックをどうやって起こすか四糸乃は記憶を巡る。

 ――寝込んだら裸で温める。起きなかったキスをする。これは常識。

 不意に折紙が言っていた事を思い出し、四糸乃は藁にも縋る思いでグリムロックの頬にキスをした。

 ペイトリアークは斧を取り出してグリムロックの頭に叩きつけた。顔面を粉砕する筈の斧が反対に砕け散った時、ペイトリアークは驚愕で言葉が出なかった。

 寝転がっていたグリムロックはペイトリアークの頭を掴む。

 そして――。

 ペイトリアークの頭から徐々に凍結が始まった。

「グリムロック、グリムロック! 勝ったと思うなよ! 私はお前を許さないィ!」

 ペイトリアークが言い終わると全身が凍り付き、氷の像が誕生した。凍ったペイトリアークを砕き、一時的に発動していた氷結能力は次第に消えてなくなった。

「四糸乃、どうして、来た」

「友達のピンチに……何か……してあげたい……です」

 スラッグ等が重傷で帰って来たのを見て四糸乃は胸騒ぎがし、慌てて飛び出して来たのた。ビーストモードへの変形が出来ないグリムロックは四糸乃を肩に乗せた。

「帰ろう」

「はい……」

 

 

 

 

「今日は何かこう……暇でしたね」

 オートボット基地でジャズが呟いた。

 結局、タイムブリッジの効果が切れて現代へ戻る事が出来た訳だが、ジャズは予想外に出番がなく少し不満を覚えていた。

「良いじゃないか、結果的に我々のイメージアップにも繋がったんだ」

「イメージアップ……ですか?」

「そうだとも、地球侵略のエイリアンより正義のロボットヒーローの方が消費者受けが良い」

「宣伝っぽくなってますよオプティマス!」

 過去のプレダコンとは決着はついた。だが、まだ現代にはプレダコンの王がいる。プレダコンとダイノボットの因縁が絶たれるのはまだ先になりそうだ。

 




 ダイノボットメインになっちまったな……。

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