デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

44 / 55
42話 進撃のオメガ

 宇宙空間を一隻の戦艦が巡航している。地球上には絶対に存在しない形状の戦艦は地球から発せられる救難信号を追って移動をしていた。戦艦と勘違いする程に巨大な体躯を誇るこの巨体はトランスフォーマーが保有する戦艦でも、DEM社の空中艦でもない。単一のトランスフォーマーなのだ。その大きさはグリムロックを優に超えて山と形容した方が適格と思える程だ。

 かつて、プライマスへ通ずるオメガゲートを守る存在であった筈のオメガスプリームはメガトロンを破壊すべくセイバートロンの空を駆けた。オメガスプリームが発動したという事はゼータプライムが死んだと同義だ。ゼータプライムの死にオメガスプリームは一見すると悲しむ素振りは見せていない。感情を剥き出しにするのは任務を成し遂げた後だと、決めていたからだ。

 メガトロンを追い回し、そのスパークをすり潰そうとした時、オートボットの所有するイオンタレットをメガトロン等一行に奪われてしまった。形勢逆転、オメガスプリームは撃墜された。それでも奮闘する巨大な戦士にメガトロンはダークエネルゴンを浴びせ、重傷を負わせた。

 オメガゲートを守る事が存在理由だった筈がそのオメガゲートを突破させあまつさえ、プライマスの汚染も許してしまった。

 オメガスプリームはディセプティコンに拷問を受け、後にオプティマスに救出されて長い休養を取った。

 任務中は感情と自身を乖離させて、敵を容赦なく屑鉄に変えてしまう強力無比の戦士だが、ひとたびプライベートに戻ればオメガスプリームの心に悲しみが一気に溢れかえって来る。自分の存在理由に自問自答を繰り返す毎日だったが、オメガスプリームに一通のメッセージが渡されていた。

 ゼータプライムのメッセージは一つの画像と共にオメガスプリームの回路に送信された。幼い頃の士道の画像、それともし宇宙の果てでシグナルを感じれば守りに行け、という内容だ。

 宇宙空間を巡航しながらオメガスプリームは士道の画像を確認し、シグナルが送られて来る正確な位置を割り出した。

 破壊目標は人間という種、士道の画像を見つつ人間の存在に関する情報はないかとデータバンクから検索したが、長命なオメガスプリームにもデータは無かった。スラスターを最大限に噴かせ、巨体により加速を付けた。五河士道を守る事、それがオメガスプリームに今ある唯一の存在理由だ。

《目的地。DEM社》

 既に太陽を横切り、DEM社の全体を把握していた。

《アイザック・ウェストコット。覚悟しろ》

 

 

 

 

 士道を守る透明な膜は極めて堅牢でエレン達はあらゆる攻撃を試みたが、その膜は平然とした様子で全ての兵器を跳ね返していた。

「スタースクリーム、あれはなんとかならないのかい?」

「俺様もありゃあ見た事がねえ」

「厄介だな。プリンセス達は別の監禁室へ連行しろ。また対策を練ってから攻撃を再開しようじゃないか」

 アイザックはエレンとアーカビルを連れてエレベーターの方に向かって歩く。スタースクリームを警備に置いて三人はエレベーターで地上へと上がって行った。ぐんぐんと地上へ近付き、次は地上から離れて上へ上へと昇って行く。

「アーカビル、早急に膜の分析に取りかかるんだ」

「そうじゃな。だがどうした? 急いでいるように見えるぞお?」

「ディセプティコンは分からないが、オートボットは必ず助けに来る。それまでに欲しい物は手に入れ、彼等にあの子達のバラバラになった体を届けてあげないとね」

「やれやれ、悪趣味な奴じゃ。エレンもよくコイツについて行くのお」

「アイクを悪く言うと寿命を縮めますよ」

「やめたまえエレン。まあ、オプティマス・プライムには借りを返さないとね。どうせオートボットの連中が気付いて攻めて来るのはまだまだ先の――」

 アイザックは突然、声を失ってしまったかのように黙り込んだ。

「どうされましたアイク?」

 アイザックを案じてから彼が見つめる先に視線を移動させると、エレンすらも言葉を失った。二人が石化したように固まるのを見て不思議に思い、アーカビルも景色が良く見えるエレベーターの窓の外を覗くと血の気が引いた。

 三者がまるで死人ように血色を無くして固まった理由、それは――。

《ターゲット確認。ミッション開始》

 見たこともない戦艦の船首に膨大なエネルギーが一瞬にして凝縮されたかと思うとオメガスプリームは極大のレーザーキャノンを躊躇いなく放ち、DEM社のビルの半分を消し飛ばした。エレベーター内が大きく揺れて立っている事が困難な程だ。その破壊力はフラクシナスのミストルティン、いやグングニル以上の物だ。

《警告。即刻、降伏せよ》

 オメガスプリームの最後の通告だ。

「デカブツめ……! 降伏するのはキミの方だ!」

 割れたガラスから見えるオメガスプリームに目がけてアイザックは吠えた。

《武装展開。作戦、開始》

 オメガスプリームのミサイルポッドが開き、そこから無数の白い軌跡が生まれた。一定まで上昇したミサイルは向きを変えてアイザック達が乗るエレベーターに目がけて降り注ぐのだ。死の雨を目の前にエレンは瞬時にペンドラゴンを装着すると魔力槍をエレベーターの天井に向けて投げつける。鋼鉄の天井を貫通してエレベーターを吊るすワイヤーを断ち切ると三人が乗る箱は地下に向けて落下を始めた。三人のすぐ頭上では、身の毛もよだつ爆発音が聞こえてきた。このビルはもう持たないのは明白だった。だが、地下へ逃げてから地下通路を通じて逃げ切れば勝機はある。何もかも一切合財、灰と塵に帰す凶悪な火力と剛腕を目の前にすれば人類最強という肩書きはあまりにも……貧弱だった。

 生涯で初めて無力感を全身で感じたエレンはグッと歯を食いしばり手に握り拳を作った。改良に改良を重ねた最強のCR-ユニット、誰もが認め味方でさえ恐れを抱くまでに鍛えられた戦闘能力はアイザックを守る為、アイザックの願いを成就する為に作り上げた。だが、今はそのどちらも叶わないのだ。エレベーターは地下に入り、随意領域(テリトリー)で全体を保護するとなんとか安全に着地出来た。

「これからどうするんじゃ!? 外には化物! 中は逃げ場なし! あぁ~! おしまいじゃ、おしまいじゃ~! 儂等は全員ミートボールかソテーにされるんじゃぁぁ~!」

「うるさいですね! 少し黙ってて下さいよ!」

 ドアを蹴り破り、エレベーターの外へ脱出が成功した。

「エレン、バンダースナッチや魔術師(ウィザード)であれの迎撃に向かわせろ」

「本気ですかアイク? 到底適いませんよ」

「時間を稼ぐだけだ。DEMの第一支部まで退避、そこで奴を迎撃する!」

 アイザックに何か勝算があるのか。オメガスプリームが強襲した際には走馬灯のように記憶が蘇って来たが、その走馬灯がアイザックにあるものを思い出させてくれた。

 

 

 

 

 オメガスプリームの容赦ない攻撃の所為で地下の研究所は大きく揺れ、研究員達はよろめきながら近くの重い機材に手を伸ばして身を支えた。スタースクリームはひっくり返り、尻餅をついてしまい腰をさすりながら立ち上がった。

「上がやけに騒がしいな。おい、テメェ等! まさかオートボットを呼んだんじゃねぇだろうな!?」

 ガラスケースにいる十香達にナルビームを突きつけてスタースクリームは怒鳴った。

 だが相手はスタースクリームと思ってかろんじているのか、銃口を突き付けられても皆怯えた様子は見せなかった。それどころか真那はスタースクリームに対して警告をして来たのだ。

「上が騒がしいって事はオートボット、もしくはディセプティコンが来たって事ですよ。スタースクリーム、あんたにゃあどっちも都合の悪い存在じゃありませんかねぇ?」

 真那の言うとおりどちらの勢力も今やスタースクリームの敵であるのは間違いない。ギリッと歯を食いしばり憎々しげに真那を睨むと即刻、この場を離れる事を選択した。最も欲しい五河士道は残念ながら、膜の所為で捕まえる事は出来ないし、破壊も不可能だ。そしてこのガラスケースを持って逃げるのも出来ない。ショックウェーブなど人質にしたらいつ寝首をかかれるかわかったものじゃない。己の保身を最優先にした結果、スタースクリームは単独で逃走を考えたその時だった。研究室のゲートが引き剥がされてゲートを縁取っていた壁はひしゃげている。煙を切り裂き、一台のスポーツカーがスタースクリームを跳ねると変形してサブマシンガンを突き付け、自分の顔面にもアサルトライフルを突き付けられた。

 ジャズとスタースクリームの状況は互角と言えよう。いや、十香達を守らねばならないジャズの方がいささか不利だ。それでもオートボットの副官に退く事は許されない。銃口を見詰め、スタースクリームはゆっくりと腰を上げた。

「そこをどけよジャズ、俺様はまだ死にたくはねえ」

「彼女達を見逃す保障はあるんだろうな?」

 口調には余裕たっぷりで問う。

「それはそっちの出方次第だぜ。テメェが俺を殺すってんならこっちにも考えがある」

 不敵に笑うとスタースクリームは紫色に鈍く光る物体を楕円形の物体を取出してこれ見よがしに見せつけた。セイバートロンでの戦争を体験した者ならばよく知っているその物体は一口に言うと爆弾だ。エネルゴンを詰め込んだその爆弾はドアの破壊などに主に使用された。スタースクリームと十香等の距離までおよそ一〇メートル、問題なく爆発の範囲内だ。

「爆弾……。でもお前にそれを起爆する勇気と度胸があるのかい? 臆病なスタースクリーム」

 

 ジャズの挑発にスタースクリームは酷く気を悪くしたようで爆弾を握り締めて、表情に険しさと焦りの両方が出て来た。スタースクリームに自爆の覚悟が無いくらい分かっている。愚か者でも自暴自棄な行動を取るタイプでもない。スタースクリームは、爆弾のスイッチを入れてガラスケースに向かって投げた。

 そして己はジェット機にトランスフォームしてジャズが破ったゲートを通り抜けて地上へ飛んで行った。

 ジャズにしたら最悪の選択を取られてしまったが、この行為は予想出来ていた。

「みんな、伏せろ!」

 ガラスケースにいる十香達はもちろん、まだ残っているDEMの研究者達にも呼びかけた。グラップルビームを爆弾に巻き付け、ジャズは起爆寸前の爆弾を空中高くに放り投げた。

 研究所の天井にコツンと爆弾が触れたと同時に爆発が起こり、その場にいた全員が爆風に体を揺られた。間一髪でジャズはホッとして額のオイルを拭った。

「無事かい? 今出してあげるからね」

「大事ないぞ。でもシドーが……」

 やはり皆、士道の様子が気になっている。ジャズは腕から剣を伸ばしてガラスケースを綺麗に切断して三人を解放した。

「士道の事は私にも分からないな。パーセプターに救援を呼んでおいた。後……」

「後? 何かあるの?」と、折紙。

「大きいお友達が外で暴れているんだ」

 折紙や他の二人は首を傾げた。ひとまずは安心した空気が流れる中、ショックウェーブだけは違った。さっきの爆風や度重なる振動により手足の拘束が外れている事に気付いた。脱出の叉とないチャンスだ。士道もこのまま連れ去れれば最高だが、欲張りを言っている余裕は無い。むくっと上体を起こし、左腕のレーザーキャノンをジャズの背中に狙いすます。砲口にエネルギーが圧縮され始めるとショックウェーブの行動に気付いた真那が叫んだ。

「危ねぇですジャズ様!」

 その声のおかげかジャズは振り返り上体を立ったまま思い切り反らして避ける。高密度のエネルギーはジャズの鼻先をかすめて行き、目標には当たらず壁に命中し、融解させた。

「腰の稼働範囲ギリギリだな」

 次弾が放たれるまでの隙を突いてジャズのスナイパーライフルの弾丸がショックウェーブに何発も撃ち込まれ、体をよろめかせた。

「今日こそケリをつけてやる。グリムロックと折紙の分を受け取るんだな!」

 サイト越しにジャズの目がショックウェーブの脳天にロックオンした。この距離ならまず外す事は無い。

 引き金を引く直前、ジャズの視界が突然、上下が反転した。一体何が起きたのか全く理解出来ない。ジャズの体はビキビキと悲鳴を上げているのと両足を安置させていた筈が今は空中に吹き飛ばされている所までは理解出来た。

 ジャズを吹き飛ばした犯人がさっきまでジャズが立っていたとこにいる。

 プレダキングだ。

 天井にめり込んでからジャズは落下した。

「迎えに来ましたショックウェーブ」

 離れた所からプレダキングは言った。

「迎えを頼んだ覚えはない」

「メガトロン様の命令です」

 ショックウェーブは納得したように首を縦に振った。到着したプレダキングは足下にいる十香、真那そして折紙を一瞥した。

「復讐は……もう良いのか?」

 その言葉は折紙に向けられた。互いの辛さを理解し合えた筈の二人だが今や折紙は復讐より大切な事を思い出した。

「私には復讐以上の物がある」

 プレダキングは目を瞑り、長い沈黙の後にまぶたを開けた。

「なら構わない。断念でなくそれ以上の物を見つけたのなら構わない」

 プレダキングが長い沈黙を空けてから絞り出したたった一言の言葉にはありとあらゆる感情がこもっていた。折紙を復讐を止めた事を遺憾に思ったり、逆にこれ以上自分を傷付けずに済み良かったという気持ちと正と負の感情が同時に湧き上がっていた。

 同族への深い愛情があるからこそプレダキングはそれを絶滅させたダイノボットを許せない。

 心の内側で折紙の決断を賞賛しプレダキングは三人には手を出さずにショックウェーブに向かって歩き出した。

「待ちやがれです! ジャズ様をぶっ飛ばしておいてただじゃ済まねえですよ!」

 真那は赤いCR-ユニット“センチネル”を身に纏いプレダキングを呼び止めた。真那の声に少し振り返ってからまた歩を進めた。

「この場で戦うのは無益だ」

 プレダキングが体のパーツや接続を変えて腕や足が変形を繰り返し、ビーストモードになるとショックウェーブを前足で掴んでから翼を生やし、地上までの何十メートルはある地盤をぶち抜いて彼方へと飛んで行った。ディセプティコンがこうもあっさりと撤退したのは逆に不気味に思えた。

 プレダキングが撤退をした後にグランドブリッジが開き、パーセプターとジェットファイアーが研究所に到着した。

「酷い有り様だ。士道くんは私が診よう」

 パーセプターは顕微鏡に変形して士道を包む膜を調べ始めた。ジェットファイアーは十香達を基地へ帰してやってからジャズの体を診た。

 吹っ飛んだジャズを抱えて酷い損傷はないか目から光を飛ばして一瞬だけ体をスキャンした。

「イテテ、もっと優しく抱えてくれよジェットファイアー」

「それはすまない。ところで、士道くんはどうしてああなっているんだ?」

「私にもさっぱりだよ。どういう訳か外にはオメガスプリームがいたし。私も目を疑ったよ」

「何だって!?」

 パーセプターとジェットファイアーは声を揃えて驚いた。アイアコンの守護者オメガスプリームがどういった経緯で地球へ飛来したか聞きたい所だがオメガスプリームはアイザックを追いかけ回す事に忙しかった。

 ジェットファイアーはジャズの治療を済ませるとくず鉄、スクラップ、ガラクタになった機械の数々の中から一つのカプセルを拾い上げた。

「それは何だい?」

「ダークエネルゴンだよ。DEMはダークエネルゴンを使って現存する兵器に組み込む研究をしていた」

「わお、よく知っているな」

 ストレッチをしてジャズは体をほぐしながら言った。

「当然さ、私はかつてあそこに閉じ込められていた」

 ジェットファイアーは研究室の最奥部、ショックウェーブや士道が捕らえられていた監禁室を指差した。今はそこには士道が膜を張ってふわふわと浮かび、パーセプターが診ている。

「連中の研究はずっと見ていた。彼等はダークエネルゴンを原動力にCR-ユニット、バンダースナッチ、その他兵器に使用していた」

「ヤバいのは分かるけど……どうヤバいんだ?」

「死んだ奴……つまり意思がない者に投与すれば凶暴性が増す。そして生きた物に投与すれば意思がない者に対して支配権を得る」

「なるほど……ってことはDEM社の兵器全てが操られる危険性があるんだな」

「そういう事だ」

 

 

 

 

 オメガスプリームの攻撃はなおも続いていた。迎撃の出てきたバンダースナッチの部隊は悉く破壊されて行き足止めにもならない。空に躍るミサイル群、レーザーは大地を穴だらけにしたり何か巨大な剣で斬られたのかと錯覚するような切り傷が走っていた。地下へと逃げおおせたアイザック達の追跡を諦めるつもりは一切ない。オメガスプリームの目から光が投射されて地中を列車で逃げる者を鮮明に捉えた。

《ターゲット再確認。逃がしはしない》

 左腕がドリルのように回転し尖った先端からエネルギー砲を撃ち、地面を粉砕し右腕の四基の爪から吸引ビームを発射して地盤を持ち上げるとアイザック等が乗る列車が見え、体の各所に備わった砲塔が線路を爆破した。列車は強制的の止まり、中からはアイザックやエレン、アーカビルの三名が這い出して来る。右腕をえぐった地盤に差し込み、吸引ビームで連中を吸い上げる。

「な、何じゃこれは! 体が持っていかれるぅぅぅぅ!」

 列車は既にオメガスプリームの右腕に飲み込まれドロドロに溶かされてその原型は留めていない。

「エレン、攻撃だ! 早く!」

「わってますよ! ロンゴミアント!」

 何かに掴まりながらエレンは魔力槍を形成する。ロンゴミアントを投げつけるとオメガスプリームの腕は爆発してほんの少しだけ怯んだが、ダメージはささやかな物だった。オメガスプリームが宇宙船にトランスフォーム。ハッチを開き、エアーボットを排出した。オートボットのジェットファイアーとは違い、彼らは意思のない自律兵器に過ぎない。

《指令。最重要目標を抹殺せよ》

 オメガスプリームの中から次々と出てくるエアーボットは未だに尻餅をついて立てずにいるアイザックに銃口を向けて迫った。後、少し……少しで第一支部にたどり着き、この眼前の怪物を倒すだけの兵器を起動出来る筈だった。アイザックはギリギリと顎が痙攣するほどに噛み締めた。この日より屈辱的で腹立たしい日は後にも先にも来ないだろう。勝利は目前で潰え、野望も果たせなくなる。アイザックが怒りに身を震わせ、エアーボットの餌食になると覚悟を決めた時だ。一筋の線が空中を走り、それに次いで凄まじい風が吹き荒れ、身を屈めた。視界を埋め尽くす程のエアーボットの大軍は次々と爆発を起こして黒焦げになって撃墜された。

「おい、生きてんのか!」

 空中で宙返りをしてロボットモードに変形して三人の前に着地、憎たらしい口調で声をかけて来たのはスタースクリームだ。

「ええ、助かりましたスタースクリーム」

「はいはい。おいアイザック! 何か策は!?」

「ある」

「わかった」

 スタースクリームはジェットモードに変形してオメガスプリームの巨体にミサイルでつつく。うるさいハエを叩き落とすべくオメガスプリームは標的をスタースクリームに移した。

《ニューターゲット。破壊開始》

 スタースクリームに戦う気など毛頭ない。

「パワーはないけどよォ、俺にはスピードがあるぜ! 威張るんじゃねぇやこの木偶の坊が!」

 へなへなレーザーで攻撃して反撃があると全力で回避して上手くヒット&アウェイでオメガスプリームを引き付けていた。

「どうしたデカいの! テメェの弾なんざ一発も当たりゃしねえぜ! ハッハッハッハッハ!」

 だが、調子に乗った時だ。撃墜されたバンダースナッチがスタースクリームにぶつかりバランスを崩した。それと同時にオメガスプリームのミサイルが命中。

「うわああああああああああッ!」

 絶叫と共に空中に大きな花火が咲いた。

《排除完了。ミッション再開》

 オメガスプリームは再度、目標を設定し直した。

 

 

 

 DEM社第一支部の主な用途は宇宙開発である。人工衛星の打ち上げや宇宙ステーションの開発が進められていたが、今は打ち止めになりアイザックの指示により兵器開発に従事していた。第一支部には大きなビルはなく、二、三階建ての建築物がいくつも並び広大な敷地に敷き詰められていた。大きなパラボラアンテナが印象的だ。スタースクリームという尊い犠牲の先になんとか第一支部にたどり着く事が出来た。本社から線路が引かれてあるので順調に行けば数分で到着出来たのだが、列車は破壊されて徒歩になりかなり時間がかかってしまった。それにあのオメガスプリームに追われ、いつまた襲撃されるか分からない状況ならば一分がまるで一時間のように感じる。今日は本当に生きた心地がしない日であった。

「アイク、結局ここに何があるんですか?」

「ダモクレス……そうじゃろうアイザック?」

「アーカビル、キミの言う通りだ。オートボット、ディセプティコンにも通じる兵器を作成させていた。衛星兵器ダモクレスは衛星軌道上からレーザーを発射して地球上のどこへでも攻撃が可能だ。しかしまだテストもまだな未完成品だ」

「……。それよりアーカビル、どうしてあなたがそれを?」

「ダモクレスを提唱したのはキミだからだろう? アーカビル。同時に学界から危険視されて追放された。違うかい?」

「その通り、衛星兵器ダモクレスの案はあったが作らせてはもらえなかった。だから儂はDEMで力を振るう事にしたのじゃ」

 アイザックは乱れた髪を直した。

「それで、現段階でダモクレスは使えるのか?」

「作動はする。連射は出来ないぞ一発で仕留めろ。でなければ儂等はあの怪物にパテにされしまうわい」

「わかっている。エレン! ここの職員に命令だ。今すぐ、ダモクレスの起動に入れと! 管制室には私が向かう」

「了解しましたアイク」

 アーカビルとアイザックはダモクレスの管制室へエレンは第一支部の面々にダモクレスを起動するように言いつけてからアイザックの下へ戻った。この作戦が成功すればオートボットには甚大な被害だ。反対にDEMにはとてつもく大きな功績になる。エレンは歩きながらスタースクリームに通信を送り続けているが、反応は返ってこない。ノイズのザー、ザー、という音がするだけで憎たらしい声は全く聞こえないのだ。

 エレンは固唾を飲み、通信を諦めると管制室のドアノブを捻り中へと入った。既に何十人の職員がダモクレスの起動に取りかかり、カタカタとキーを打っている。準備前にオメガスプリームに攻め込まれた場合、エレンは一秒でも多く時間を稼ぐ為にこの身も投げ出すつもりだ。

「ダモクレス、起動しました」

 職員の一人が状況を報告した。宇宙に浮かぶダモクレスにエネルギーが行き渡り、ようやく動かせるようになったのだ。後はダモクレスを頭上に持って行き、パワーを充填すればいつでも撃てる。

 いつもは余裕に満ち溢れて常に何か裏があるようなアイザックだが、普段とは明らかに違った。ダモクレスが最後の希望、唯一オメガスプリームにダメージを与えられる可能性がある兵器だ。もう後が無い、そう考えると自然に目に力が入り、拳を固く握ったまま呼吸も荒くなる。

「バンダースナッチ隊は見事に全滅しました、アイク」

「分かっていたよ。私がネズミのように穴を潜り、必死になって逃げる……か。全く思い出せば出すほど腹立たしい」

「ウェストコット様! 未確認の機影が確認されました。それもバカみたいに巨大です!」

 職員からの報告を受けてアイザックは声を張り上げた。

「うろたえるな。作業を続けるんだ。ここの防衛兵器で出来るだけ多くの時間を稼げ!」

 ダモクレスのエネルギー充填率は二〇パーセント、まだ支部の頭上には来ていない。

 

 オメガスプリームはロボットの姿に戻ると施設への立ち入りを拒むフェンスなどまるで元からなかったのように跨いで入って来る。オメガスプリームが踏み込んだ瞬間にピピピッとアラームが鳴り、気付かない程の小さな爆発した。足下で地雷が反応したのだ。オメガスプリームは地雷の攻撃を受けると突然、うろたえた。

《視界最悪。EMPの可能性大》

 トランスフォーマーの視覚センサーに一時的な不具合を起こすEMP、巨体のオメガスプリームにも効果はあった。センサーによる索敵が出来ず、オメガスプリームは手当たり次第に施設を持ち上げては落として、中にアイザックはいないかと調べて回った。

 エネルギー充填率は四〇パーセントだ。

 オメガスプリームは右腕からビームを放ち、横薙に払うと無人の施設は次々と炎上した。EMP地雷のおかげで時間はかなり稼げている。

「ダモクレスは!?」

「ようやく支部の頭上です。ですがまだ六〇パーセントしかたまっていません」

「急げ!」

 EMPの悪影響が少しずつ治って来た。

《視界回復。索敵再開》

 オメガスプリームの目が管制室に向いた。大きな地響きを立てながら巨躯の戦士は力強い歩みで迫る。

 

 エネルギー充填率八〇パーセント。

「エレン、足止めしろ!」

「了解しました、アイク!」

 宇宙船へと姿を変えたオメガスプリームは管制室から飛び出した一つの影に全砲塔の照準をロックさせた。狙うはただ一つ、エレンだ。プラズマ弾やロケット、パルスキャノンが邀撃にやって来たエレンに目掛けて遠慮なく浴びせられた。

 剣で落とし、シールドで弾き、量子化で避けてみせた。圧倒的な火力、人間の入り込める隙間など与えない攻撃の雨にエレンはゆっくりと堕ちて行った。

 

 エネルギー充填率九〇パーセント。

 

《敵武装。排除確認》

 オメガスプリームは管制室の大きなガラス窓の前で停滞してアイザックの顔を確認した。船首に小さな光の粒が圧縮され始めた。あの極大のレーザー砲撃の準備をしているのだ。

 エネルギー充填率九五パーセント。

 逃げるすべなど存在しないアイザックの顔にはまだ諦めの色は無い。

 ダモクレスが撃つか、オメガスプリームが蒸発させるか。どちらが先にエネルギーを溜め、死の一撃を放つかは検討もつかない。だが、ここでアイザックが死ぬという事はDEM社の崩壊、そして長年アイザックが描いていた野望は全て消え去るのだ。ここまでで犠牲になったスタースクリーム、エレンも無駄になる。

《アイザック・ウェストコット。破壊開始》

 オメガスプリームの充填が完了したらしい、間もなく苦痛もない死が船首から放たれるであろう。

 アイザックが瞳を閉じた。

 だが、次の瞬間だ。一筋の細い光線がオメガスプリームの胴体を貫いた。爆発もなくただ貫いた。

《オメガ。パワー低下》

 ダモクレスの熱線がオメガスプリームの体を射抜いたのだ。安定性を失い、オメガスプリームは有らぬ方向へとレーザーを撃つ。

《オメガ。制御不能》

 オメガスプリームは自身の状態を淡々と報告した。

《オメガ。機能停止》

 ダモクレスの一撃がオメガスプリームを機能停止にまで追い込み、巨体は力無く、地面へと堕ちて行った。

 管制室に歓声が湧き上がった。

「やったやったぁー! やったぞ儂等!」

 アーカビルは飛び跳ねて喜び、職員等一同も席を立って拍手をした。あのオートボットの怪物を撃破したのだ。アイザックは心底安心したような顔を作り、アーカビルと握手を交わした。

 そして、アイザックは職員等を横一列に並べるとガラス窓を背にして高く手を挙げた。

「諸君は英雄だ。この日我々はトランスフォーマーを仕留めた――」

 アイザックは快く演説をして皆が心酔したような顔で話を聞いていた。オメガスプリームの撃破、これはオートボットの心を折る事にもなるだろう。同時にラタトスク機関はDEMに恐れを抱くだろう。オメガスプリームという強敵を倒すに至ったのだから。

 

 が――。

 

 管制室のドアが突然、巨大な台風が来たかのような勢いで引き剥がされた。落ちてくる瓦礫に悲鳴をあげる者もいたが、アイザックはその悲鳴さえ出なかった。

「何故だ……」

 アイザックはそんな疑問を飛ばしたが返事はない。

 管制室を見下ろすのはアイアコンの守護者だ。ダモクレスのダメージは決して弱くは無い。

 倒した筈のオメガスプリームは、堂々と山のごとくそこに立っているのだ。四基の爪を備えた太い腕を振り上げた。そこから振り下ろすまでに大した時間はかからない。

「ぁ――」

 轟音と爆風、この二つが第一支部を支配した。管制室は倒壊し、守護者の前でたった今、一つの命が消滅したのだ。

《オメガ。ミッション完了》

 オメガスプリームは任務が終わり、士道が眠るDEMの本社まで戻って行った。

 

 

 

 

 DEM本社の周りは焼け野原だ。重爆撃機の大編隊がここを通過したような有り様だ。地下はなんとか無事だが、いつ倒壊するか分かった物ではない。士道を見守るのはジャズ達三人に加えてオプティマスもいた。

「オメガスプリームが来ていた……か。詳しい事は彼に聞かないとな」

 と、オプティマスが言った矢先、ひときわ大きなスラスターの噴射音がしたかと思うと地下室にオメガスプリームの腕が入り込み、士道をすくい上げた。

「オメガスプリーム! おい、待て!」

 オプティマスの声を聞き、オメガスプリームの手が止まった。

「お久しぶりですね。どうしましたかプライム」

「聞きたい事が山ほどある。だから、一度私について来てくれ」

 オプティマスの言うとおりにしてオメガスプリームは指定された座標へ来るようにと言われた。流石にあの巨体はグランドブリッジを通り抜ける事が出来ないからだ。

 

 

 

 さて、指定された座標。それはフラクシナスの隣だ。

「し、司令……あの……」

 震えた声で椎崎が言う。

「どうしたのよ報告があるなら早くしなさい」

「はい、えーっとフラクシナスの隣に何かいるんですけど……」

「はぁ!? 映像を出して早く!」

 フラクシナスのクルーがカタカタとキーを叩いて映像をだすと宇宙船の姿のオメガスプリームがフラクシナスに横付けしているのだ。

「何よこのデッカいの! 駐車違反もいいとこよ!」

「攻撃なさいますか?」

 神無月が確認すると琴里はチュッパチャプスを口から出して目を細めた。

「いや、良いわ」

 フラクシナスよりも大きな船が突如現れて琴里もさぞ驚いただろう。

「どうしてだい? ディセプティコンの可能性もあるだろう?」

 眠たそうな目で令音は聞いた。

「オートボットのエンブレムが書いてあるわ」

 いきなり発砲はせずにオートボットのエンブレムを確認したのは冷静な対応だったと言える。

『琴里、聞こえるか? オプティマスだ』

「はいはい、聞こえてるわよオプティマス」

『そちらにオメガスプリームという奴が向かっただろう?』

 琴里は別の映像を見て隣の巨大な宇宙船を見て確信した。

「デカいの?」

『デカいのだ。彼に詳しい話を聞きたい。だから今からフラクシナスのデッキに私が転送される』

「分かったわ。士道は、士道は見つかったの?」

『大丈夫だ』

 程なくして、オプティマスがフラクシナスのデッキに転送されて来た。琴里もそこで待っており、強風に揺られ手すりに掴まっていた。

「久しぶりだなオメガスプリーム」

「そうですね、本当にお久しぶりです」

 ミッション中の機械的な喋り方とは違い、オメガスプリームは流暢な口調で会話した。ミッションの間、徹底的に集中する為に自ら切り離した本来の優しい心が戻って来たのだ。

「あなたは彼の妹さんですね。五河琴里」

「え、ええ。良く知ってるじゃない」

 オメガスプリームからダクトがフラクシナスにかけられたかと思うとハッチが開き、胸に開いた穴が塞がった士道が渡って来た。

「ただいま……ってのはみんなの前で言えば良いかな?」

 士道は笑いながらフラクシナスにまで移ると琴里は人目もはばからずに士道に抱き付いた。

「もう……何回死にかけんのよ!」

「ごめんって心配かけて」

 兄妹の厚い抱擁をしばらく見守り、オメガスプリームは良いタイミングで話を切り出した。

「五河士道、あなたにはゼータプライムより三つのプロテクトが用意されています」

「はい、知っています」

 オプティマスには普通の口調だが、初対面で更に巨大なオメガスプリームに士道は反射的に敬語になった。

「今、あなたはそのプロテクトを使い切りました。これからはもっと己をいたわって下さい。五河琴里の再生能力があるとは言え不死身ではありません」

「気をつけます。オメガスプリーム……さん」

「オメガスプリーム、君こそもっと己をいたわるべきだ。体はもう大丈夫なのか?」

 メガトロンの攻撃でかなり体を痛めて、治療は終わった筈だが病み上がりにかなりの大仕事をした。

「大丈夫……ではありません。DEMの衛星兵器に攻撃を……攻撃を……受けました……受け、受け……治療を――」

 回路がイカレたような喋り方になり、オメガスプリームのスラスターはプスンっと止まり、真っ逆様に落ちて言った。

「オメガスプリームゥゥゥ!」

 オプティマスは即座にパーセプターとジェットファイアーを呼び出して治療を受けさせた。

 

 

 

 

 海岸の切り立った崖には大きな波や小さな波が打ちつけられ、跳ね返される。崖の下には海だけではなく、波に削られた鋭い岩が並んでいた。スーツ姿のエレン・メイザースは崖の先で立ち、茫然自失といった様子だ。オメガスプリームの攻撃に合い、奇跡的に生き延びたが、エレンに残された物は何も、何一つ残ってはいなかった。何もかもが終わっていた後だ。

 泣きつかれて、もう涙も出ない。エレンの存在価値はアイザックの野望を叶える事、アイザックを守る事だ。その守るべき存在はもういない。

「アイク……すぐにそちらへ向かいます」

 自信しかない人類最強の魔術師(ウィザード)とは思えない弱々しい声だ。

 エレンはまぶたを閉じて崖から飛び降りた。

 浮遊感があるが、慣れた物だ。死とはどんな痛みか? あらゆる記憶が蘇り、そして消えて行った。

 少しして、まだ痛みは来ない。死とはここまであっさりしているのかと少し拍子抜けだ。エレンが目を開けて、見えたのは三途の川でもあの世へ行く階段でもない。見たこともない計器に囲まれ、更に操縦桿まである。あの世とは近代的なのだと考えていた。

「おいおい! 何飛び降りてんだよ! CR-ユニットも付けずにどんくせぇな!」

 いちいち勘に触る声、聞き間違えようもないスタースクリームだ。

「スタースクリーム! スタースクリームですか! あなた……生きてたんですね」

「当たり前よ! 死んでも幽霊になって出て来てやるぜ! ハッハッハッハ!」

「スタースクリーム、降ろして下さい! 私にはもう生きる意味なんて無いんですよ! アイクを守れなかった私に!」

「はぁ~? 落ち込んでる暇なんざ俺様にゃあ一秒たりともねぇんだよ! どうせ死ぬしか用事がないんなら俺様の右腕にしてやるぜ! スタースクリーム様の快進撃だ!」

 コックピットを閉めた。

「死んだら元も子もないぜ、エレン! 俺様はメガトロンの野郎をぶっ倒すまで死んでも諦めないからなぁ~! 待ってろよメガトロン~!」

 エレンの意見など一切無視。スタースクリームはエレンを乗せたまま飛び去って行った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。