デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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41話 捕らわれの士道

 十二月中旬、寒さも強まり冷たい風から身を守るように肩をすくめ、自然と体は丸まるような姿勢になっていた。今日の士道はいつもと違った。それは性格的な意味ではない。朝、早くに起きてから十香達の勉強を作り、寝坊助な十香や耶倶矢を起こしてとそこはいつもと変わりない日常だった。

 ただ、違うのはいつもは皆と登校していたが今日は偶然が重なって共に登校が出来なかった。自分の弁当を忘れた事、ストーブをつけっぱなしにした事、鍵を閉め忘れた事、これらの理由で士道は一度家へ戻って十香や耶倶矢、夕弦には先に行ってもらった。己の弁当を鞄に押し込み、つけっぱなしのストーブは切った。後は何か漏れがないかと目を光らせて確かめてリビングを出て行く。靴を履きながらも士道は、何も忘れていないかと脳を動かした。

 何もないな、と安心すると自宅のドアに鍵を閉めた。ケータイの時計を覗くと時間はギリギリだ。それでも急げば問題ないだろうと決めていつもより歩調を早めて歩いた。見慣れた風景は冬という季節を付け加えるだけで多少の寂しさを覚える。

 白い息を吐きながら、交差点を渡ったところで士道が歩く歩道に白いワゴン車が士道の速さに合わせて並行して動いている。ワゴン車はそこから徐々に路肩へと近付いて来るのだ。士道も車の不気味な挙動に違和感を覚えている。横目でワゴン車を意識しつつ、いつでも走って逃げられるように足に力を込めた。ピリリと鋭い視線を感じ、士道の中の本能が危機を知らせた。同時にワゴン車のドアが開き、中から黒一色のスーツを着た男達が士道を捕らえに来た。一気に駆け出し、士道は逃げ出すと男達は足を早く動かしてぐんぐん加速する。追っ手はまるでスポーツ選手のような足の速さで士道に追い付き、肩や腕を掴まれた。

「おい、離せよッ!」

 予想以上に暴れて抵抗する士道の力が入っていない腹部に痛烈な一撃がヒットした。今朝食べた物が逆流しそうになり、息苦しさを覚えていると口と鼻に何か布を当てられ、頭に痺れを感じた。程なくして士道は立つ力さえも失って正体不明の襲撃者の腕に抱えられ、ワゴン車の中へと運び込まれた。

 ワゴン車は低くエンジンを響かせて発進した。車を運転する男性はインカムを耳にはめてから喋り出した。

「対象を捕獲しました」

『よぉーし、良くやったテメェ等! そのまま適当な所でグランドブリッジしちゃって、DEMに戻って来い!』

 インカムの向こう側からした声の主はスタースクリームだった。士道はメガトロンやオプティマスからも必要とされる存在、というよりセイバートロンの復興に必要な存在だ。士道を手に入れてスタースクリームがセイバートロンを復活させる。

 車は何度か角を曲がり、だんだんと人通りの少ない方へと進み、やがて細い路地へと入り込んで停車した。しばしの沈黙の後にグランドブリッジの光がワゴン車の前に発せられた。光は円形に形作られ、光の道が完成しアクセルを緩く踏んでワゴン車はグランドブリッジの中へと入って行った。

 町中の路地から一瞬にしてDEMインダストリーの地下研究所へと転送された。黒服の男達が車を降りるとドアを開けて拘束された士道を担ぎ上げ、固い床に転がした。

 衝撃で士道は目を覚ました。しかし、頭には黒い袋が被せられて今どこで何時なのか一切、情報が入って来ていない状態だ。立ち位置が分からないと無性に怖くなって来る。ズキズキと痛む腹をさすってやりたいが、手は動かないし、足も動かない。意識も再生して体がどうなっているのかも分かって来た。

「ようやく連れて来やがったか。ったく手間かけさせやがってよォ」

 男の声だ。暗闇から音を頼りに情報を集めようとした。その声にはどこか聞き覚えがあり、不安や恐怖と言った負の気持ちが湧き上がって来る。今は気を失ったふりをしている方が賢明だろうと、士道は動かずにただじっと待っていた。脳裏には己を狙う組織はどこなのかという疑問、己を狙う理由だ。他者から見て士道は、中性的な顔をした少年というくらいの認識でそれが理由で攫う事は無い。

 士道を狙う組織など知る限り二つしか知らない。ディセプティコンとDEMだ。誘拐に人間を使って来た事から犯人はDEMだろうと予測した。

 ここで頭に被せられていた布の袋が取られた。

「狸寝入りはよせよチビスケ」

 スタースクリームは士道を掴んで顔を寄せた。寝たふりはバレていたらしく士道は潔く目を開けた。ライトの光が目に刺さって眩しさからしかめっ面を作って前にいる鉄の巨人を見た。

「スタースクリーム……あんたか」

「そうだ。いつ以来だァ?」

「さあね」

 士道は素っ気なく答えた。スタースクリームが士道を床に置くと、地下研究所のゲートが開いた。カツカツと靴の音を鳴らしながらエレンが顔を出した。研究員が頭を下げるのをほとんど無視して士道の下へ近付くと鬼のような形相に変貌した。鋭い眼光が士道に刺さる。

 エレンの記憶には屈辱的な五河家での一件だ。

「覚えていますか。世界最強の私に泥を塗ったあの一件! その屈辱を今、晴らします!」

「塗ったのは泥じゃなくて糞だろ。うんこたれ野郎」

「んぐッ……!?」

 エレンの怒りのゲージが一瞬にして頂点に達した。反射的に腹を蹴り上げた。士道は痛みで呻き、エレンも当たりどころが悪かったのか足を押さえて悶絶していた。

「何やってんだお前等……」

「うるさいですね! この男が寸前で随意領域(テリトリー)を張ったんです!」

「コイツ、随意領域(テリトリー)張れないし……。お前の蹴り方が悪いんだろ?」

「世界最強の蹴り方が悪い……? そんな筈ありません!」

 このまま話していても埒が開かないだろう。スタースクリームは無理矢理話を中断してから士道を監禁室へ連れて行かせた。

「あれは置いておくとして……。エレン、呼んでも無いのに何で来たんだ?」

「ああ……連絡ですよ。目標が見つかりました。これから捕らえに行くのであなたも同行願います」

「ケッ……面倒くせぇ。でも行ってやるか」

 スタースクリーム、エレンはDEMの魔術師(ウィザード)を何十名が引き連れて本社を出発した。

 エレンの言う目標、それはショックウェーブだった。

 

 

 

 

 地中深くを高速で掘り進めるドリラーは乗り物としても削岩機としても家畜としてもとても優秀な生物だとショックウェーブは結論付けていた。古くからセイバートロンでは鉱山でエネルゴンの採掘に使われるのが目的のドリラ―だが、ショックウェーブが駆るこのドリラーはメガトロンの指示により、邪悪な思考と戦いを好む品種に改良され通常よりも大きく逞しい体格を得た忠勇無双の戦士として生まれ変わったのだ。元来、彼にもディセプティコンに適した素質を持っていたのか洗脳と改良は容易に行えた。ついには地中に潜る生物の中ではのど生物よりも大きく強力になってショックウェーブの忠誠を誓ったのだ。

 無数に伸びる触手により固い岩盤も易々と削って行く。コックピットの中でショックウェーブは大量に並ぶ計器の中から探知機とマップを見つめて目当ての物がもうすぐそこにまで近づいていると判断した。ショックウェーブの手に握られてあるのは、武器でも遺品でもない何か生物の顎の骨格のようなパーツだ。決して新しくはないこのパーツが化石であるのは言うまでもない。ただ、この地球上にいるどの恐竜にもその化石と同じ顎を持つものは存在しない。

 ショックウェーブは眠るようにシートに身を預けて、ネメシスでのメガトロンとの会話を脳内で再生していた。

『ショックウェーブ、今回のプレダコン計画、そしてトリプティコン計画の両方は貴様が鍵だ。良いな?』

『All Hail Megatron わかりました。プレダコンの化石はわたくしめが。しかしこのネメシスをもう一度、あの化け物へトランスフォームはほぼ不可能です。ジェネレーターの修理、全身へエネルゴンを循環、コアの復旧、やる事は山積みです。それでも復活が可能かどうか……』

『儂がやれと言ったらやるのだ。この者が既に本来の使命を終えた愚物ということくらいわかっておるわい。エネルゴンの受給だけではステイシスモードから復活させるのは不可能じゃ』

『ではどうするのです? まさかダークエネルゴンを使うとでも?』

『いや、ダークエネルゴンは止そう。安心しろ、材料はサウンドウェーブとコンバッティコンに取りに行かせるわい』

 トリプティコンの再生、これは大きな難題だ。ネメシス・プロトコルの発動でトリプティコンはトランスフォーマーとしての機能を一切捨て去られ、ただの戦艦となり余生を送っている。戦艦の姿になったが最後、永久のトランスフォームが出来ないのだ。

 かつて、オプティマスに敗れ、甚大な被害を受けてから体を分断され体内のエネルギーをオートボットに散々搾取されたのだ。瀕死の重傷から無理な変形、そこからのアークとの大激闘。元気に見えるネメシスの体は予想を越えた損傷なのだ。まずはその傷を全て癒してやらねば話は前に進まない。これから大仕事が二つも控えているとなると今は少しでも多くの休息が必要だ。どこかの航空参謀を違って科学参謀はやる事が多いのだ。

 目標地点までの時間を計算して、ショックウェーブは休もうとシートを後ろに倒した。すると、地中で大きな振動が起きた。倒していたシートを急いで元に戻し、原因を探った。ドリラーには構わず掘り進めるように命令した。振動が再び発生してショックウェーブは頭上を睨んで何者かの攻撃を予想した。すると、探知機が溶岩の反応を訴えた。今まで溶岩などなかった、更に探査機はデタラメな反応を示しているのだ。何者かの妨害工作、そう思ったショックウェーブは邪魔な存在を排除すべくドリラーを地上へと向かわせた。

 地中とは思えぬ速度で上昇を始め、ものの数分で深い地中から地上へ飛び出した。ドリラーは触手を振り回しなが土砂を巻き上げて出現すると上空からレーザーやミサイルが浴びせられドリラーは悲鳴を上げた。

「目標を発見しました。全員、あの触手に気を付けて下さい」

「了解!」

 エレンと彼女に従うDEMの魔術師(ウィザード)達だ。アーカビルの発明の新型CR-ユニットにより従来の何倍にも戦闘力が高められた魔術師(ウィザード)はエネルゴンを使った銃や剣を用いてドリラーにあらゆる方向から攻撃を仕掛ける。触手があると言ってもその本数には限りがある。何名かは触手をおびき寄せる囮となり残りの者はドリラーを撃ち、着実なダメージを与えるのだ。

「手こずっていますね」

 ダメージは与えているとは言え、ドリラーは巨大だ。その圧倒的な体格と装甲で倒し切れずにいる。エレンは右手を優雅にかざして手中に魔力のスフィアが形成される。魔力の塊は槍へ形作られた。魔力槍“ロンゴミアント”をドリラーの触手へ投げつけ、槍を飲み込んだと思うと金属の太い腕がぶくぶくと膨れ上がった途端、破裂してバラバラになった。背後から忍び寄って来た触手を見もせずに巨大レーザーブレード“カレドヴルフ”を振るってざっくりと切り落とした。

「さあ、もう一息ですよ。中の奴を引っ張り出しましょう」

「ドリラー、潜れ。撤退だ」

「させませんよ」

 肉体を量子化してドリラーの反撃の網を掻い潜ってエレンはブレードでコックピットを叩き割った。その瞬間、ショックウェーブのレーザーキャノンが飛来し、寸での所で体を反転させて避けれたので無傷で済んだが、命中していたら今頃はこんがりエレンの出来上がりだ。コックピットを飛び出してショックウェーブが周辺に群がる魔術師(ウィザード)を灰に変え、レーザーキャノンの発射形式を変えて光弾から光線にして魔術師(ウィザード)をなぎ払った。

 この調子で魔術師(ウィザード)達を始末して行こうと思った矢先、ドリラーの悲鳴が耳に入り、ショックウェーブが振り返るとドリラーの胴体に縦に一筋の光が走り、次の瞬間、分裂と爆発が同時に起こった。恐るべき巨体を誇るショックウェーブのペットが無惨な金属片と化したのだ。

「そんなバカな……」

 ショックウェーブが撤退を始めたがエレンは量子化を駆使しながらレーザーを上手く避けてショックウェーブに接近すると足下に魔力槍ロンゴミアントを投げ、地盤を破砕してえぐり出し、バランスを崩してショックウェーブは転んだ。エレンの攻撃の先はショックウェーブの弱点である単眼に向かった。振り抜いた剣が単眼を割り、ショックウェーブは大きく呻いて狂った獣のように腕を振り回して暴れた。

「おのれ、忌々しい人間め……!」

 なんとかトランスフォームして飛んで逃げようとしたが、そんな彼を遠方からスタースクリームが狙っていた。ナルビームライフルのスコープを覗き込み、スタースクリームはナルビームを放った。

 空中を駆け抜け、細い光線は魔術師(ウィザード)等からぐんぐんと距離を離して行くショックウェーブに命中し、体のシステムが一斉にエラーを起こした。

「これはナルビーム……。くそっ……」

 

 スラスターも麻痺し意識さえも痺れさせショックウェーブは全身から力が抜けて真っ直ぐ、地上へと落ちて行った。地面に体がめり込み、ショックウェーブの周りに魔術師(ウィザード)が集まって来ると鉄で編まれた網をかけられて身動きの一切を封じ込められた。

「本部へ運びます。細心の注意を払って運搬しなさい!」

 指示を出しているエレンの背後からスペースジェットが飛来し、一瞬にしてロボットの姿を取った。

「ナイスだなエレン」

「そうですね。あなたのスナイプもなかなかの腕前でしたよ」

「へへっ、さあてこの無口無表情で気に食わねえ野郎を徹底的に痛めつけてやるぜ!」

「スタースクリーム、あなたはあれとどういう関係なのです?」

「あぁ? 同僚さ。前言わなかったか?」

「かつてあなたはあのトランスフォーマーと密会をしていましたね」

「まあな、天宮市を乗っ取る計画を立ててたし」

 酷い噂を耳にした事がある。ショックウェーブが自衛隊のASTを捕らえて惨たらしい人体実験をおこなっていたと。エレンやアイザックはトランスフォーマーをテクノロジーの糧としてか見ていない。ジェットファイアーを捕らえて虐待をしたが、反対に人間側がそんな目に合っていたと思うとゾッとする。

「ショックウェーブは普通のトランスフォーマーとは違うぜ? 頭のイカレよう、冷酷さは並外れてやがる」

「ええ……忠告ありがとうございます。でも、こうなっては無意味です」

 ショックウェーブの積み込みが完了して巨大なプロペラを二基備えた輸送機が飛び上がり、DEM本社の方へ向かって飛んで行った。

「俺等も帰るか」

「ですね」

 スタースクリームが瞬時にスペースジェットに変形した。

「ほら、乗り――」

「いえ結構です」

 スタースクリームの申し出をやや食い気味にエレンは断った。気を悪くしたスタースクリームは不機嫌そうな声音で言った。

「ぐだぐだ言わずにとっとと乗れィ」

 ジェットモードのまま一部だけ変形させて腕を伸ばすとエレンを摘み、コックピットの中に無理矢理乗せた。

「ちょ……スタースクリーム! 安全運転で! 安全運転でお願いしますよ! あなたの運転は荒いんですから!」

「わかってらぁ! マッハで行くぜ!」

「スタースクリーム! いやぁぁぁぁぁ~!」

 エレンの願いは聞き入れて貰えず、アクロバット飛行を繰り返され、本社に到着した時はエレンはしばらくトイレにこもりっぱなしだった。

 

 

 

 

 オートボット内では士道が消えて大騒ぎだ。来禅高校の一時間目が始まっても士道は現れず、二時間目といくら経っても士道が来ないので十香と折紙は流石に変だと思ったのだ。士道のケータイにも通じないので十香は琴里に折紙はオプティマスに連絡を送った。

 フラクシナスから士道の行方を探ったが、見つかる事は無かった。オートボットも必死の捜索を試みたが士道の手がかりは何一つ見つからなかった。グリムロックも士道の捜索に参加していた。頭に四糸乃を乗せて、手には狂三が摘まれている。狂三はかなり不服そうに頬をぷくっと膨らませている。

「グリムロックさん、どうしてわたくしも捜査に参加ですの? それと……わたくしも頭に乗せて欲しいですわ!」

「ダメダメ。俺、グリムロック。頭は四糸乃の席」

「あ、あの……グリムロックさん……狂三さんも……乗せてあげて下さい……」

「ホントに、良いのか?」

「はい……」

 四糸乃が言うので渋々、狂三を頭に乗せた。グリムロックはくんくんと鼻を利かせて士道の匂いを探した。

「う~ん、こっちだ」

 そう言ってグリムロックは何の迷いも無く進んで行く。この迷いの無さが狂三からしたら逆に怖い。そもそも鼻がちゃんと当てになっているのかも怪しい所だ。

『こちらスラッグ、士道は見つからない』

『こちらスワープ、空を飛び回るのは最高だよう! ついでに士道は見つかんない』

『こちらスナール、こっちも見つからないな』

『こちらスラージ、右に同じ』

「スワープ、ちゃんと探せ! 士道の匂い、手がかりにしろ。もう一回、探し直せ!」

「士道さんの手がかりならわたくし達にも探させてみますわ」

 左目の時計の長針が逆に回り始め、アスファルトの地面に影が蠢き、広がって行く。影の中から出て来た三人の狂三に本体の狂三は士道の通学路、周辺の人物への聞き込みを依頼した。

「俺、グリムロック。狂三はもっと人出せてたぞ?」

「霊力を封印されたわたくしにはこの人数が限界ですわ。さ、捜索を続けますわよ」

 グリムロックはコクコクと首を振って、先を急いだ。匂いを頼りに動いているとグリムロックは道端にある物が転がっているのに気が付いた。グリムロックの代わりに四糸乃がそれを拾う。

「インカム……ですわね?」

 恐らく、もみ合いになった拍子にポケットから落ちてしまったのだろう。

「俺、グリムロック。これから士道の匂いがする」

「事件の匂いですわね」

『士道くん、まさか誘拐されちゃったとかぁ~?』

「俺、グリムロック。犯人を粉々にする!」

『ちょっと落ち着こうよん! う~ん! これは事件の匂いだねい!』

「事件の匂い? どんな、匂いだ?」

『満員電車のすかしっぺみたいに漂ってくる感じ!』

 ズイっとよしのんはグリムロックに顔を寄せて説明した。

「うっ……臭そう!」

 顔をしかめてグリムロックは首をぶんぶんと横に振った。インカムは見つける事が出来たのは幸いだ。とりあえずこの事を琴里とオプティマスに報告し、テレトラン1とフラクシナスの両方から探った。結果が出るまで待機を言いつけられたグリムロック等三名はインカムを拾った所からすぐ近くの公園で一休みしていた。

「四糸乃さん何か飲み物はいりませんこと?」

「ええ……はい……お願いします……」

「俺、グリムロック。買ってくる!」

 尾を振りながらおつかいを買って出ると狂三がキッパリと断った。

「いいえ! わたくしが行きます。あなが行けばトラブルが増えますの!」

「狂三、俺、行きたい!」

 グリムロックが食い下がって来るので狂三は仕方なく、おつかいを了承した。近くの自動販売機から二本、ジュースを買ってくるだけだ。流石のグリムロックもこれくらいは出来るだろうと狂三はほんの少し気を許してしまった。

「では、千円札を渡しますわ。ペットボトルのジュース一本は百六十円、二本では何本です?」

「えー…………千円?」

「三百二十ですわ! 良いですの!? 小さい穴にこの紙を入れてジュースを買っておつりをもらってくるんです!」

 グリムロックの頭にはまだ疑問が数多く残っていそうだ。それでも何故か元気よく頷いて自動販売機へ行ってしまった。狂三は不安を抱えながらも平静を装い四糸乃の隣へいつものような余裕のある仕草で座った。

「士道さん……どこへ行ったんですかね……」

「彼には狙われる理由はいくつかありますわ。狙ってくる組織なんて二つくらいしかありませんわ」

『DEMにディセプティコンだよね~』

「ご名答。ディセプティコンならまず見つけるのが大変ですわ」

 常にネメシスで移動して強力なステルスで身を隠しているネメシスはその位置を掴む事すら難しい。

「うっほ! キミかわいいね~」

「誰かと待ち合わせ? いないならオレ等と遊ばね?」

 四人程の若い男性が狂三と四糸乃に声をかけてきた。いわゆるナンパだ。狂三はまだしも四糸乃もナンパの対象としているなら何かと問題だ。断りも無しに一人の男性が四糸乃の隣へドカッと音を立てて座った。四糸乃はギュッと狂三のスカートを握り締めた。

「二人ともかわいいけどこっちのちっこいお嬢ちゃんに手ぇ出したらオレ等捕まっちまうな!」

 狂三は飽き飽きした様子でため息をついた。以前なら今頃、この辺りが血の海と化していただろう。多少、丸くなり我慢を覚えた狂三は暴力以外での解決策を考えていた。

「キミは年はいくつよ? オレ等ロリコンじゃあねえからよ!」

 男性に絡まれ四糸乃は指先を震わせながら勇気を振り絞って言った。

「わ、私……二十歳なんですけど!」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 四糸乃は嘘をついた。

 その場が驚愕と興味の色に変わり、四糸乃へ次々と質問が飛んで行く。狂三は頭を抱えて、そろそろ実力行使に移ろうと考えた時、男性の一人が持っていたペットボトルの水の表面が揺れた。

 微かにだが確かに揺れた。そしてまた揺れた。今度は目に見えるくらいの揺れだ。一歩一歩と刻むように水面の揺れは大きくなり、男性達も地面から伝わる揺れを感じていた。

「んあ? 何だ? 地震か?」

 ぬぅっと大きな影が伸び、男性達を覆い隠す。雨雲か何かかと空を見上げるとナンパを仕掛ける彼等を巨大な機械のティラノサウルスが見下ろしていたのだ。

「ぁぁっ……」

 理解不能な光景に魂が消え入りそうな悲鳴を小さく上げて男性達はふわっと気を失って倒れた。

「ただいま」

「お帰りなさい、グリムロックさん。ナイスタイミングでしたわ。でなければ……ふふっ、ここは真っ赤になっていましたわ」

 グリムロックの到着が遅ければ地面で伸びている連中に夜明けは来なかったろう。

「それでジュースは買えまし――」

 狂三と四糸乃の前に引っこ抜かれた自動販売機が突き立てられた。

「小さい穴、お札入らない。だからこれごと、持って来た」

「だ・れ・が! 自動販売機ごと持って来いと言いましたの!? 小さい穴はこれですわ!」

 狂三はお札を入れる方を示して叫んだ。

「あなた小銭を入れる所にお札を差していますわよ!」

「く、狂三さん……あんまり……怒らないであげて……下さい……」

「この恐竜にはもう少し強く言ってあげないと聞きませんわよ?」

 

 とは言え、グリムロックはオプティマスの言うことさえ聞かない事がある。

「オプティマスさんの苦労が目に見えますわ」

『そう言えばさ~グリムロックはセイバートロンの時から恐竜なわけ? そもそもセイバートロンに恐竜なんかいるの?』

「俺、グリムロック。最初、デッカい戦車だった。でもショックウェーブに捕まって、改造されたんだ」

 明るい口調で重たい話題が飛び出して来た。初めて聞く真実に二人はショックで少し固まってしまっている。悪いことを聞いてしまったような気がしてばつが悪い。

「ごめんなさい。グリムロックさんに……そんな辛い過去があったなんて知らなくて……」

「俺、グリムロック。この格好のが気に入ってる、気にするな。前の俺強い、今の俺、もっと強い!」

「グリムロックさん、大変だったですのね」

 当人は今の姿が気に入ってるし、底抜けに明るいダイノボットの面々を見ていると悲壮感は感じられないが、残酷な話だ。グリムロックは決してショックウェーブをズタズタに引き裂くまで内に潜む怒りを忘れない。重苦しい空気を切り裂くようにグリムロックに通信が入って来た。連絡先はフラクシナスからだ。

「俺、グリムロック。どうした?」

『グリムロック、今から座標のデータを送るわ。見て欲しいの』

 ティラノサウルスからロボットモードへ移行して片膝をつくと二個のレンズから光を投射した。四糸乃達の目の前で光の窓が形成されて琴里が映し出された。

『聞こえるかしら?』

「聞こえますわよ」

『グリムロックに説明しても多分、理解出来ないだろうからこうした手段で二人に伝えるわね』

 琴里は指揮棒を握ると琴里の隣に別のウィンドウが出現し、とある地点が赤く光っている。

『今、光ってる所が士道が誘拐されたと思しき場所よ』

「その根拠は?」

『この地点からエネルゴンの反応が検出されたわ。グランドブリッジを使った可能性が高いわ』

「グランドブリッジ? という事はディセプティコンで良いですの?」

 琴里は頭を悩ませながら言った。

『それがね。そうとも限らないのよ。DEMはジェットファイアーを解析したり、スタースクリームとも手を組んでいるわ。連中もグランドブリッジを持っている可能性が高いのよ』

「厄介な事ですわ……」

『とりあえず基地に戻って来て』

 狂三が頷くとグリムロックは接続を切り、ウィンドウも消えてなくなった。

「琴里、何て?」

「帰ったら説明してあげますわ」

 呆れたように狂三は首を横に振った。

 

 

 

 

 ショックウェーブの単眼に光が蘇った。割られた目だけは治療されて視界はとてもクリアだ。手や足を動かそうと力を入れたが、ショックウェーブの五体は念入りに拘束されており、身動き一つ取れないのだ。それでもショックウェーブには驚き、焦り、緊張は無く、平常心でいつもと変わらぬ様子で寝て手足から力を抜いた。

 首だけはほんの少し動かせるので周囲を可能な範囲で見渡すと、一人の少年が寝ているのに気が付いた。見覚えがある、しかしこんなにじっくりと見るのは初めてだ。スタースクリーム曰わく、最重要目標だがショックウェーブはメガトロンの命令の方が優先度は高い。

 士道は不意に目を見開いた。ハッと意識が戻った士道の視線の先にはショックウェーブが横たわっている。

「こうして会うのは初めてだね。五河士道」

 単眼、片腕のキャノン砲、それらの特徴が脳裏で火花のように弾け、ショックウェーブがダイノボット、折紙にやって来た残酷な所行の数々を思い出す。心の内側が燃え盛る炎で満たされ、一瞬にして怒りの感情で頭がいっぱいになった。

「ショックウェーブ! お前が、お前がグリムロックや折紙を改造した奴だな!」

 目の前で怒り狂う士道を見てもショックウェーブの心に変化は無い。淡々とした様子で答えた。

「いかにも、ディセプティコンの科学者だ。鳶一折紙という人間はどうだ?」

「元気さ。お前に改造されさえしなけりぁ――」

「メタトロンの移植は彼女が望んだ物だ。望んだ力を与えただけに過ぎない。復讐心だけで生きるのは論理的ではないが」

 ショックウェーブに罪悪感など存在しない。

「鳶一折紙は手綱も無い獣だ。放っておけばメタトロンの過負荷で肉体が消滅したか、復讐を果たせない無力感で精神(こころ)が死んだだろう」

「お前達は……そこまでわかっていて折紙を……!」

「実験動物の観察は私の仕事の一部だ。生きるも死ぬもどちらも実験の結果に過ぎない。人間の言う“思いやり”“親切心”は科学の邪魔だ」

「ショックウェーブ……! 俺はお前を許さない! 必ず、殺してやる!」

 士道とは思えぬ粗暴な口調、それだけ怒りも大きいという事か。

「復讐を止めろと鳶一折紙に説いて、キミは私に復讐の刃を向けるのか? 非論理的だ」

 士道はギリギリと歯を食いしばっていたが、途端に顎から力が抜けた。手や全身を強ばらせていたが次第に力が抜けて怒りに支配された頭に冷静さが戻る。

 ちょうどそこへ重厚な金属のゲートが低い音を立てながら開いた。外からは何名かの魔術師(ウィザード)が入って来ると室内の安全を確認し、アイザック・ウェストコット、エレン・メイザース、Dr.アーカビルの主要の三人が入って来た。

「やあ、ショックウェーブ。ご機嫌はいかがかね?」

 不気味な笑顔を作ってアイザックはショックウェーブに問いかけた。

 ショックウェーブはこのピンチというのにさっき士道と話していた時と変わらぬ調子で答えた。

「悪くない。人間側にこれほどの設備が整っているとは驚きだ。しかし、所詮は我々の真似事をしているだけだ」

「随分と余裕だね? まさか、仲間が助けに来るのかな?」

「メガトロン様は私に救援は寄越さない」

「おやおや可哀想に冷酷な上司だね。部下を見捨てるなんて私には考えられないよ」

 アイザックはおどけたようにそう言い、手で何か指示を出すとアーカビルと科学者数人が大型の機材を持ち込み、目が回りそうな数の配線をショックウェーブの体や頭に接続した。

「いろんなタイプの実験をしてみようか。キミ達トランスフォーマーはどんな痛みが辛いのかな? しばらくすればまた来るよ」

 ショックウェーブに高圧電流、高熱、冷却、純粋な打撃とあらゆる攻撃がなされた。士道はその姿から目を逸らした。

 

 

 

 

 ネメシスの艦橋はいつになく慌ただしかった。それもその筈、プレダコン計画、トリプティコン計画の両方の要であるショックウェーブが突如、行方が掴めなくなったのだ。サウンドウェーブが急いでショックウェーブの位置を探っているが、発見には時間がかかりそうだ。

「ショックウェーブの野郎、やっぱ人間に捕まったんじゃあねぇのか!」

「落ち着けブロウル。メガトロン様、我々にショックウェーブの救出のご命令を」

「ダメだ」

 オンスロートの進言をメガトロンは一瞬にして切り捨てた。

「人間に捕まるなどディセプティコンの恥以外の何者でもない。それに奴は自ら脱出するだろう」

 メガトロンの発言にプレダキングは険しい表情を作り、踵を返してブリッジの出口に向かって歩き出した。

「どこへ行くプレダキング」

「主を助けに行きます」

「貴様の主は儂だ」

「あなたの命令、今は聞き入れられない」

 プレダキングの頑とした態度にメガトロンは気を悪くしたのか見る見るうちに表情に苛立ちが現れる。

「頭の方はまだ獣のままか? 命令を聞け」

 自己の勝手な行動で主人であるショックウェーブに責任が行くと考えたプレダキングは不服ながらメガトロンの命令を聞いた。一触即発の空気に艦内はヒヤリとした。プレダキングを止める為にブルーティカスに合体するにしても艦内では不可能だ。二人の喧嘩が無く、無事に終わったのでコンバッティコンはホッと胸をなで下ろした。

「サウンドウェーブ、場所の特定を急げ。見つけ次第プレダキングを派遣する」

 メガトロンはサウンドウェーブにソッと告げた。

「了解しまシタ、メガトロン様」

 

 

 

 

 士道の行方が掴めないままただ手をこまねいているオートボットではない。士道を誰が誘拐したのか知るすべは一つある。グリムロックは普通のトランスフォーマーなら一人では運べないような大きな機械を軽々と担いで広間へ持って来るとそっと置いた。その機械を一目見ればオートボットの面々は納得と不安の表情が現れた。

 精霊等はイマイチ、ピンと来ていない。

「これは何ですの?」

「覚えていないか、タイムブリッジだ。今朝まで時間を巻き戻して何人を見て帰って来る」

「なるほど、名案ですわね」

『そんでぇ~誰が行くのさ』

「私が行こう」

 オプティマスが真っ先に買って出た。

「はいはい! 私も行きたいぞ!」

 ぴょんぴょんと跳ねながら十香は手を挙げた。

「よし、では十香と私だ」

「俺、グリムロック。ついて行く!」

「タイムブリッジは膨大なエネルゴンを消費する。グリムロックは現代でお留守番だ」

「嫌だ! 俺も行く!」

「グリムロックさん、聞き分けというものを覚えて下さいません?」

 狂三は静かながら目を細め、語気を強くして言うとグリムロックは素直に従った。

 些かの過去へ飛ぶ事になった十香はオプティマスに乗って、わくわくしながら待った。タイムブリッジの光を浴びて時空のトンネルをくぐり抜けて今から六時間前の今日へとタイムスリップするのだ。過去の滞在時間は一時間と設定してある。

 

 気がつくとオプティマスと十香は外にいた。たった六時間なのでタイムスリップをしたという気がしない。

「本当に過去なのか?」

「シッ、静かに」

 オプティマスが促すと十香は黙り込んだ。二人がいるのは五河邸の近くの道路で下手に動けばバレてしまう。少しすると士道が一人で出来た。家で忘れていた事を全て済ませた後、家を再出発したのだろう。

「シドーだ!」

「ところで士道はどうして一人で登校したんだ?」

「確か……忘れ物があると言っていたぞ」

 一人になったのは偶然であり、絶好の機会に士道は狙われたのだ。士道の後をゆっくりとつけていると誘拐されたと思しき、道路にさしかかった。士道は寒そうな仕草をしながら歩いているとワゴン車が士道の方に向かって移動している。端から見ればかなり怪しい動きだ。

 そのまま監視を続いているとワゴン車から数人の男が飛び出して士道に襲いかかっている。

「オプティマス! 大変だシドーが襲われている! 助けねば!」

「待て十香。過去に下手に干渉するのはダメだ。それにあの士道を助けても士道が戻って来る保証は無い」

 そして、ワゴン車に連れ込まれてオプティマスはその車の行方を追った。そこは確かに琴里が割り出した地点と一致している。ワゴン車内の通信を傍受し、オプティマスの車内には運転手とスタースクリームの会話がしっかりと聞こえて来る。もうどこが誘拐犯かは分かった。

 DEM社が士道を誘拐したと知ると同時にタイムブリッジの効果が切れて二人は元いた時間へと戻されたのだ。

 

 突然の発光の後、オプティマスと十香は基地に召喚された。オプティマスから降りると十香は階段を昇って人間用のデッキに戻った。十香が降りたのを確認してからオプティマスはロボットへトランスフォームした。

「犯人は誰なんです?」 パーセプターは早急に答えを求めた。

「背景にスタースクリームが隠れている。だからDEMだ」

 答えを聞くとグリムロックは拳をガツンとぶつけ合って戦闘態勢に入った。

「士道、助ける。DEM、破壊する!」

「よぉし! オプティマス、場所が分かれば話が早い! さっそく奴等の会社を襲いましょうや!」

「待て二人とも、人間は傷付けないのが我々の信条だ。ここは穏便に潜入だ」

 ダイノボットが行けば間違いなくあの会社は更地に変わる。そんな事態を許す訳にはいかない。

「オプティマス、士道の救出には私に行かせて欲しい」

「なっ……! ズルいぞ折紙! はいはい! 私もシドーを助けに行くぞ!」

 DEMにどんな危険があるか分からない。でも止めて聞くような子達ではない。

「人員を選定しよう。ジャズ、折紙、真那それと十香だ」

 オプティマスが以上のメンバーを示すとジェットファイアーが一歩前へ出た。

「オプティマス、私にも同行の許可を」

「ダメだ。君は目立ち過ぎる」

「しかし――」

 食い下がるジェットファイアーにパーセプターが声をかけた。

「君はスタースクリームと因縁があったね。任務は私怨より優先されるべき事項だよ」

「っ……」

 スタースクリームの裏切り、その代償を支払ってもらうつもりだ。だがそれは今ではない、今は戦いの時ではない。ジェットファイアーは理性で自身を押さえつけると肩の力を抜き、引き下がった。一応、理解してくれたと一安心した所でグランドブリッジを展開、オプティマスは腕を突き出して声を張り上げた。

「オートボット、出動!」

 真那、折紙、十香を乗せたジャズはエンジンをかけてグランドブリッジを通り抜けて行った。

 

 

 

 

 もうすっかりお馴染みのグランドブリッジは地球のどこへでも一瞬にしてワープさせてしまう道具だ。ジャズ達はグランドブリッジを抜けるとすぐ近くにDEMの本社が建っている。天を貫かんとするビルを守るように高い塀が築かれ、ゲートには警備員が徘徊し、庭にも重武装の警備員が歩き回って、厳重な警備体制が敷かれていた。真那は元DEMの社員、内部の事ならよく知っている。だから彼女が抜擢されたのだ。

 ジャズは道路から外れて茂みに入ると全員を降ろしてトランスフォームした。これからどう忍び込むかを考えるのだ。士道が捕らわれ、十香が助ける。奇しくも日本で起きたDEMとの戦いと真逆の構図となってしまった。

「真那、何か抜け道みたいな物はないのかい?」

 ジャズの問いに真那は難しい顔をしてから長考した末に首を横へ振った。抜け道など簡単に見つかるほど雑な警備ではない。

「やはり警備員を一人一人、始末していく」

 折紙が物騒な事を口にするのでジャズは苦笑いで答えた。

「警備員を倒していたんじゃ日が暮れちゃうよ」

「私にいい考えがある」

 折紙は何か思い付いたように立ち上がるとその場を離れてどこかへと行ってしまった。一体何が思い付いたのか聞く間もなかった。

 そして折紙がいなくなってから五分程、すると一台のスクーターがDEM社のゲートの前に停まった。スクーターから帽子を深く被り、髪を後ろで纏めた少年と思われる人が降りるとピザの箱を片手に堂々とゲートに向かって行くが、当然警備員に止められた。

「待て、何の用だ」

「ピザの配達、早くしないと冷めてしまう」

 ピザの配達人の格好をしているのは折紙だ。変装して紛れ込むつもりらしい。

「帰れ、今は立ち入り禁止だ」

「それならこのピザはどうすれば良い? 注文をキャンセルにするにしても唐突過ぎる。人を呼びつけておいてキャンセルなんてあまりにも酷い」

「うるさい、さっさと帰れ!」

 警備員が折紙の肩を押した瞬間、折紙は口に仕込んだトマトジュースを一気に吐き出した。それだけに留まらず、そのまま倒れてピクピクと体を動かして痙攣しているように見せかけたのだ。とんでもない演技力だ。

「お、おい大丈夫かキミ! 参ったな……」

 警備員は無線機に声をかけた。

「執行部長、応答願います」

『何です?』

 相手はエレンだ。

「ピザの配達人が来たんですが、追い返そうと肩を押したら負傷させてしまい血まで吐いたんです!」

『外での厄介事は面倒ですね。さっさと医療班に治させて記憶を処理しましょう』

 程なくしてビルからやって来た医療班が折紙を担架に乗せて連れて行ってしまった。

 その様子を茂みの中から見ていた三人は感心した眼差しをしていた。

「上手いなあの子」

「ふん、わ、私ならもっと上手くやれたぞ!」

「なるほど、私も良い手を思いつきました! 十香さん一緒に行きましょう。ジャズ様はそこで待っていてくれやがって下さい」

 そう言い残して十香と真那もどこかへ行ってしまいジャズ一人が取り残された。

 少しするとナース服を来た十香と真那が担架を持って走って行き、警備員に止められたが何やら話をしていると直ぐに通してもらえた。

 

 

 

 

 担架に乗せられた折紙は手術室に運ばれてた。薄目で室内の様子を確認しつつ、黙って体にコードを取り付けられていた。

「まずは電気ショックだ!」

 一人が除細装置を手に取ると折紙は起き上がり様に近くにいた看護師や医師を蹴り飛ばし、瞬く間に手術室を制圧した。帽子を脱ぎ捨て、士道という名の捕らわれの姫を救いに折紙は顔を叩いて気合いを入れ直すと手術室のドアが開いた。

 折紙はメスを手に投げる姿勢まで入っていたが、相手が十香と真那と知り、寸でのところで止まった。

「何故、あなた達が?」

「兄様を助けるためでいやがります。黙って見てるだけなんてごめんですよ」

 真那はこのビルについてはかなり詳しい、道案内には打ってつけだ。

「行きましょう。兄様は恐らく地下にいやがりますよ。地下は巨大な研究所なんで。そこは対精霊設備もばっちりでやがります」

 意気揚々と手術室のドアを開けると目の前の通路には大量の警備兵、それにエレンがいた。

「まさかこんな易々と入り込まれるなんて警備員の教育はもっと入念にやるべきでしたね」

「エレン……」

 真那はエレンを睨み、苦々しい表情を作った。

「プリンセスも一緒とは好都合です。大人しくついて来て下さい」

 銃を突きつけられ、連行された。

 

 

 

 

 地下の監禁室では士道の前でショックウェーブがあらゆる苦痛を受けて苦しむ様を延々と見せられていた。散々、グリムロックや折紙に酷い事をしたのだからざまあ見ろと思うかもしれないが、士道はそんな気持ちにはなれなかった。やはり自分の手で一回はぶん殴らなければ気が済まない。

 士道の手足の拘束具は外されており監禁室の中を自由に徘徊出来るが、嬉しくもなんとも思わない。

「五河士道」

 弱った口調でショックウェーブは士道を呼んだ。

「私をここから救い出すなら一緒にキミも助けてやろう」

「ふざけんな! お前の提案なんて聞くかよ!」

「ふざけてはいない。お互いにメリットがある。我々にキミをDEMに取られるのは気に食わない。キミはここら抜け出せる」

 ショックウェーブを解放すれば抜け出せる。それは間違いないだろう。しかしショックウェーブが助け出した後、そのまま士道を帰す保証はどこにもない。

「断る! お前の言う事は信じられない!」

 士道が言い切ると監禁室の外から単調な拍手の音がした。ショックウェーブと士道が音の方向を見るとアイザックが拍手をしながら歩いて来た。

「良いことを言うね五河士道くん」

「アイザック・ウェストコット……! 何の用だよ」

「まあそんなに邪険にしないでくれたまえ。せっかくお友達を連れて来たのに」

 アイザックが指をパチンと綺麗に鳴らすと大きなカートに乗せられた巨大なケースが運ばれて来た。対精霊用強化ガラスケースに入っているのは十香と真那それに折紙だ。

「お前等!」

「いやいや、感動的な再開だね。そう言えば以前も似たような光景を見た気がするよ」

 アイザックは士道を指差した。

「以前はそこにプリンセスがいたね。さあ、プリンセス。彼をどうやって助ける? 反転してそのガラスを破るかい? でもそうするとキミの仲間はガラスの破片と霊力の余波でズタズタさ」

 高揚感に溢れた高笑いが研究所に響き渡った。士道はギュッと拳を握り締めてアイザックを睨みつけた。十香を助け出すには士道の細腕は無力だ。

「シドー、シドー! おい、お前! 私の事は良い! だからシドーを見逃してくれ!」

「クックック……たまらないね、その必死な叫びは。アハハハハ!」

「悪趣味め……」

 ショックウェーブは毒づいた。

「なあショックウェーブ、お前を解放したら手を貸すか?」

 士道は静かな声で言った。

「論理的な申し出だ。約束しよう」

 士道はコクリと頷き、胸に手を当てた。

「スターセイバァァァー!」

 伝説の星の剣を手にしよう胸から出た柄を握った。だが同時に士道の腹を深々と剣が突き刺さっている。見ればエレンがいつの間にか士道の前に現れ、強化ガラスを貫いて士道の腹を刺していたのだ。

「以前はそこのトランスフォーマーに邪魔されましたが、今回は邪魔は入りません」

「貴様……! シドーにシドーに手を出したら許さないぞ! やめろぉぉ!」

「兄様! エレン、兄様から離れやがりなさい!」

「エレン・メイザース……殺す……!」

 三者の怒りの言葉が次々とぶつけられるがエレンは気にせず、嘲笑いながら剣を振り上げた。そこはまるで断頭台のようでエレンの剣はさながら、ギロチンだ。士道の腹から取り留めない出血、死亡するまでにもう一分もかからないだろう。

「助けは来ませんよ」

 エレンのレーザーブレードが振り下ろされた。ガラスを切り裂きながら切っ先は士道の首筋に向けて落ちて来る。

 レーザーブレードの切っ先が首に触れようとした瞬間、エレンの刃は突如眩い発光と共に弾かれた。

 初めて十香と出会った時、狂三を守った時と二度も士道を救ったプロテクトだ。ゼータプライムが仕掛けたプロテクトは三回まで士道を命の危機から救ってくれる。

 剣を弾かれ、エレンはたじろいだが直ぐに自信を取り戻して士道に斬りかかると今度はエレンの体ごと弾かれてしまった。

 士道の体の周りには膜が張ってある。その膜の中心に士道は眠るように横たわり、膜は赤く点滅を繰り返していた。

「エレン、膜を破壊しろ。スタースクリームも他の魔術師(ウィザード)やバンダースナッチ呼ぶんだ」

 士道の膜が点滅を繰り返すのは信号を送っているからだ。

 

 

 

 

 地球より遥か遠く遠く、そして深い深い位置に守護者は眠っていた。

《オメガ、起動》

 大きな二個の目に光が灯る。

《パワー、最大》

 左腕のドリルのような腕にエネルギーが行き渡り、動作を確認する。

《作戦目的、アイザック・ウェストコットの破壊》

 オートボットのエンブレムに輝きが戻る。

 山のように巨大な物体はセイバートロンの瓦礫を跳ね飛ばし、宇宙へと飛び立った。


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