デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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こんな小ネタ回に二回分も話を使うのかという事に関しては突っ込まないでくれよ!


39話 パーセプターの発明品 PART1

 例のごとくその日、士道等はオートボットの基地に集まって雑談をしたり、学校であった楽しい話、テスト、来月のクリスマスと話題は尽きない。そんな会話に参加せず、一人黙々とゲームに夢中になっている少女がいた。細い手足にボサボサの髪を手入れもいれずに放っておき、気だるそうな目をした七罪だ。

「ゲームに夢中ですわね七罪さん」

 トン、と狂三が肩に手を置くと七罪は思い切りソファーから飛び上がって脱兎のごとく逃げ出して士道の後ろに隠れた。狂三の料理がよほど酷かったのだろう、七罪は狂三が近づくとすぐに逃げてしまうのだ。

「おいおい、狂三。何したんだよ」

 困ったように頭をポリポリとかいて狂三に聞いてみたが、狂三は首を横に振って――。

「わかりませんわ」

 と、述べるばかりだ。

 七罪はあの恐ろしい料理を思い出すとぶるぶると震えが止まらなくなるのだ。

「弱ったな……」

「みんな、聞いてくれ!」

 七罪の狂三恐怖症をいかに解決するか今まさに考えようとした時だ。パーセプターの声が割って入って来た。パーセプターは両手を皿のようにして人間の頭サイズのヘルメットと思しき物を持っていた。背後にはトランスフォーマー用のヘルメットも用意されてある。また、変な発明品かと疑っているとパーセプターは説明を始めた。

「人間のゲームから学んで私も一本作ってみたんだ」

 ゲーム制作。そう聞くと至極真っ当に聞こえる。

「このゲームのジャンルはRPGだね。今から配るヘルメットを装着すると電脳世界へダイブ。リアリティ満載のゲームを体感出来るんだ」

「へぇー」

 士道は感心した声を上げた。

「タイトルは……ソウル・アンド・オフラインとでも名付けようか」

「何か聞いた事ある響きだけど!?」

「まあまあ、君達には是非やってもらいたいんだ。司令官達も良いですよね?」

「私は構わない。むしろ面白そうだ」

「俺、グリムロック。これ、頭に入らない」

 グリムロックはビーストモードのままヘルメットを被ろうとしているが、それでは当然入らない。

「こらこらグリムロック、ロボットモードで装着するんだよ」

「あ、そっか」

「では、みんなヘッドオン!」

 パーセプターのかけ声と共にその場にいた全員がヘルメットを装着した。装着と同時に士道の視界は全面青空という空間が映し出され、体には素晴らしいまでに再現された浮遊感があった。

 空に浮いた士道の前にカタカナで『ニューゲーム』『コンティニュー』『オプション』と三つの項目が出て来た。コンティニューなどデータが無いので出来はしない。士道はゲームをする際にオプションはあまり開かない。自然と指はニューゲームを押した。

 ゲームを始めるに当たってキャラクリエイトが可能だ。顔を変えられるが、皆が分かりやすいようにこのまま手を付けずに進んだ。

 次は職業選択だ。

 出て来た職業一覧を見て士道は感心した。さっきのキャラクリエイトでも思ったが、選択肢が広すぎて困るのだ。ヘアースタイルから髪の色、髪質、皮膚の色、皮膚の質感などと本当に細かく設定出来て、感心する反面面倒くさいと思う所もあった。

「……職業何種類あんだよ」

 いくらスクロールしても出て来る職業に目がチカチカして来る。

「やっぱり……」

 士道は普通に剣士を選びたいが勇者という職業に目移りしてしまう。勇者、その単語に士道は飽くなき憧憬を禁じ得ない。他の人が見ていないか周辺をチラチラと確認して、士道は勇者の項目を押した。

 

 職業選択を完了した途端、士道の視界はグニャグニャに折れ曲がり、渦を巻いて行く。昏倒でもするような気分で意識が遠のいて行った。

 ハッと夢から覚めたように目を開くと士道は森の中にいた。他の皆はいないかと見渡したが、やはり見つからなかった。士道は自分の衣類を見て驚愕した。ファンタジー物の創作物に出てきそうな典型的な格好だ。

 腰に剣を背中にマント、革製のグローブと靴、青色の無地の服、茶色のズボンという姿に士道は興奮しっぱなしだ。服の質感や剣を握った際の重みなど現実のそれと同等だ。とてもヴァーチャルとは思えない。

「かっ、かっけぇぇぇぇ! 俺、勇者になったのかよ!? 最高じゃねーか!」

 士道は悠々と剣を引き抜いた。しかし、意外と本物の剣は重たく驚いた。普段から振り回しているスターセイバーの半分くらいの剣だがかなり重たく感じた。いつもはプライマスの加護もあってあれだけ振り回せるのだと理解した。

「テンション上がって来たぁぁぁぁ! 行くぜ! 奥義! 瞬・閃・轟・爆――波ぁぁぁぁぁッ!」

 おもむろに士道が剣を振り下ろした。士道の思惑ではここから剣先から光波が出る筈だが、これはスターセイバーではないのでそんな物はでない。

「おっかしいな……。まあいいや、とりあえず俺の剣に名前でも付けてやるか」

 普段の士道ならここで思いとどまっていたが、勇者の姿という興奮にあらゆる思慮が欠け始めている。後で思い出して枕に顔をうずめてバタバタするタイプだ。

「今までスターセイバーってあらかじめ名前が付いてたしな……。ラタトスクならこんな時……」

 デートの経験を生かし、ここで三つの選択肢を設けた。ゲームが始まってから選択ばかりだ。

 一、つらぬき丸

 二、オブスキュア

 三、神滅の遺物(レガシィ・レイ・レーヴァテイン)

 名前の候補は和名、横文字、ルビを振るタイプの三つに絞った。

「さぁて……どうすっかな……。三つともイケてるしな」

 少し悩んだ後に士道は名前も無いただの剣に名前を付けた。剣をかざすように持ち上げて士道は誇らしければな顔でその名を呼んだ。

「今日から俺の相棒だ。神滅の遺物(レガシィ・レイ・レーヴァテイン)

 どこで鍛造されたのかも分からない剣にはあまりに大それた名前だ。だがもう歯止めが利かない。剣を鞘へと収め、士道はまずは村を探した。だいたいのRPGの定石は村人に話を聞いて情報を集める。そして、おおよその目標を決めるのだ。

 大抵は魔王を倒してハッピーエンドだが、実際どうなるかは分からない。予想していたより浅い森を抜けてから士道はステータス表に目を通した。

 ステータスにはレベル、HP、MPと職業とその横に特性という項目があった。職業を選んだ際に受けられる恩恵だろう。

 勇者の特性は何かと、見てみると“集団行動”と記してある。特性に説明は無く、一体どういう特性なのか全く分からない。

 ゲーム関係はWikiが無ければなかなか特性の優位性を掴めない。士道はオプション画面に行ってから何か解説はないかと探してみたが、それらしい物は見当たらない。仕方なくオプションを閉じようとすると、ふとある項目が目に留まった。“パーセプペディア”という項目だ。

「……パーセプペディア?」

 士道はその項目を押すと職業の解説から特徴の説明などが目眩がしそうな程に書いてある。

 一応、勇者は剣と魔法をバランス良く使える事が特徴で、武器に特別な制限は無く何でも使える。士道は小首を傾げた。この特徴が良いのか悪いのか判断しにくい。

 さて、次は“集団行動”の説明を読んだ。

 

 ――“集団行動”は仲間と一緒にいると本人と周囲の人間に力を増加させる。人数が増えれば増える程に効果は大きくなる。

 

「後々、みんなと合流するし……良いのかな……?」

 更に読み進める。

 ――ただし、一人の時は驚く程に弱くなりスライムにも勝てない。

 最後の一文を読んで士道はサーッと血の気が引いて行くのを感じた。とんでもない職業を選んだかもしれない。今すぐにでも村に入って誰かと合流しなくてはならない。

 士道が歩き出した矢先、背後から足音がした。士道は振り返って剣を抜くと視線の先には三体のオークが斧やいびつな形をした剣を持っており、明らかに士道を狙っている。

 スライムにも勝てない士道がオークを相手に出来る筈がない。

「ヤバい……!」

 士道は走って逃げ出すとオーク達は士道を追って来た。

「おいおいおい! 勝てるわけねーだろ! 村はないのかぁぁぁ!」

 息を切らして必死に逃げる士道を追うオーク達の首が突然飛んで宙を舞った。三つの頭がゴロンと転がり、切断面からは噴水のように血が吹き上がって残された体は倒れて動かなくなった。

「危ない所だったなシドー」

「と……十香?」

 オークを切り倒して士道を救ったのは十香だ。十香もまたキャラクリエイトで何もいじっていない。いじる所がない完璧な美貌というのもあるが。

 士道が驚いているのは十香とこんなにも早く会えた事ともう一つ、明らかに十香の方が装備が充実している事だ。士道のしょぼくれた鉄の剣ではなく、オーラを纏う大剣を担いでいた。鎧から装備品の全てが士道より遥かに上の物だ。

「あの……十香、何でそんな装備なんだ?」

「む? 始めた時からこれだったぞ! 凄いのか?」

「凄いよ。めちゃくちゃ凄い」

「本当か!? 頼りになるか!?」

「頼りにしかならないな」

「やった!」

 十香はサッと頭を差し出して来た。士道は何をして欲しいのかを悟り、頭を撫でた。十香が満足してくれた所で士道はさっそくパーセプペディアを開いてレベルについて調べて見た。

 ――レベルは最大で一〇〇。その後、名前が金色になってプライムモードに入ります。プライムモードでレベル一〇〇になって初めてカンストになります。初期レベルはプレイヤーのデータから力を計り、初期ステータスに反映されます。

 十香のステータス表を見せてもらうと、十香のレベルの文字は金色で七〇と書いてある。精霊の力を持って産まれた十香から初期レベルがここまで高いのも納得出来るが、レベル差がありすぎて自分の存在価値に疑問を覚える。

 十香が選んだ職業は“騎士”。特性は“忠誠心”勇者、司令官、将軍、王の四つの職業のどれかを選んでいる者がいる際に自身の力が増大する。

 士道は勇者を選んでいるのでこの二人の相性は抜群に良かった。

「なあ、十香。他のみんなは見てないよな?」

「うむ! 見てないぞ!」

 スタート地点は各々、違うようだが少し進めれば大きな街へ行ける。そこに皆がいるだろう。まず最初に向かうのは村だ。かなり小規模な村である。

「十香はさ、武器も最初からそんなのだったのか?」

「そうだが……シドーの武器はどんなのを貰ったのだ?」

 士道は見せるのが恥ずかしいが、名もないただの鉄の剣を見せた。十香の武装と比べればただの小枝に過ぎない。これに大それた名前を付けていたとなると士道は恥ずかしくて死にそうだ。

 ついでに十香と会ってから冷静さを取り戻したのか、さっきまで一人でやっていた行為を思い出し、胸がチクチクと痛くなって来た。

 このゲームの完成度は大した物だ。風が肌を撫でる感覚や草木が揺れる様子、野生の動物の動きなど現実と見分けがつかない。士道はボーっと景色を眺めながら草原を歩いていると、ようやく村のような輪郭が見えだした。

「シドー、村だぞ!」

「そうだな。みんながあそこにいれば良いんだけどな~」

 やや急ぎ足で村へ向かうと村人達さえも本当の人間のように再現されており士道は驚くばかりだ。こういうRPG系のゲームでは勇者は勝手に人の家に入って勝手に物色して出て行くのだが、リアリティがありすぎて人の家に勝手に入る事に躊躇いを持ってしまう。

 村に入ってまずは何をすべきか? それはまずは村長の話を聞くのが最優先事項だ。十香は初めての村に興奮して視線をあちこちに向けて商人が開く店にも興味津々だった。

 その間に士道は村を徘徊して村長の家を発見していた。何故、村長の家だと分かったのかと言われると、ご丁寧に家の看板に『村長宅』と書いてあったからだ。

「十香、もう行くぞー!」

「あ、うぅ……。分かった、すぐ行く」

 十香と共に村長の家へと入ると、そこには先客がいた。他のNPCとは思えないし、他のプレイヤーは士道の顔見知りの筈だ。しかし、村長と話しているのはつるりと髪を剃ったガタイの良い黒人男性。

 それと、もう一人も筋骨隆々で真っ白な髪と髭を整えた老紳士だ。二人の顔を見ても該当する知り合いにこれと似ている顔は無い。

 すると――。

「お、士道じゃんか! それに十香も! 二人ともここがスタート地点か! 奇遇だよな!」

 豪快に笑いながら一人の黒人男性が気さくに話し掛けて来た。明らかに二人を知っているような口調だが士道も十香もきょとんとしている。士道は失礼を承知して尋ねた。

「あの……二人は……どなたですか?」

 大男二人は顔を見合わせるとゲラゲラと笑ってからステータス表を見せた。

 ステータス表には黒人男性の方はワーパスと名前が書いてある。そして老紳士はアイアンハイドだった。

「えぇぇぇ!?」

 意外な二人の姿に士道達は飛び上がって固まった。

「二人はどうして人間なのだ!? 姿が変だぞ!?」

「アバターにトランスフォーマーの姿が無かったんだ。だからとりあえず人間の姿に設定した」

「おぉ! そうなのか! む……あばたーとは何だ?」

「ゲーム中の姿だよ十香」

「そうなのか? てっきり青色の人がドンパチする方かと思ったぞ!」

「そっちは知ってるのな……」

 アイアンハイドとワーパスのステータス表を見せてもらったが、名前は金色に光りプライムモードに突入しているし、レベルは二人とも六〇だ。

 アイアンハイドの職は“警備員”。特性は“頑強なる魂”基本防御力上昇と前面に透明なバリアを張る事が出来る。

 ワーパスの職業は“戦士”。特性は“バーサーカー”基本攻撃力上昇に加えて、敵に近づけば近付く程に攻撃力が上がる。

 ここまで出会って名前が金色になっていないのは士道だけで少し悲しくなって来る。

「それで村長の話は聞いたか? クエストクリアしないと町には行けないぜ?」

「あ、うん。分かった」

 アイアンハイド達には家の外で待っていてもらい、士道と十香は村長の話を聞いてクエストを受諾して来た。

 最初のクエストは『恨みの王・ラウル』と、表示されている。詳細にはこの辺を仕切るオークの首領を討伐しろ、というクエストだが、何故か最初の任務の筈なのに推奨レベルが五〇と高い。

「何だこの難易度! クソゲーじゃねぇか!」

「シドー、むやみやたらにクソゲーと言うのは良くないぞ。これはムリゲーと言うのだ」

 既にプライムモードに突入している三人からしたらただのレベル五〇など雑魚に過ぎないが、士道からしたら雲の上の存在だ。どう足掻いても勝てない。

「まあまあ、オレ等がしっかり守ってやっからよ!」

 ニカッと笑って肩を叩くが士道は不安しかない。恐らく、一発でも食らえば死だからだ。

 

 

 

 

 グリムロックは強い日差しの影響で嫌々、目を覚ました。まぶたを開いた先には四糸乃の顔がある。

「お、おはよう……ございます」

「おはよー、四糸乃」

 四糸乃に膝枕されるというかつて無い違和感。グリムロックは自分の手や体を見た後に顔を触って確かめた。人間の姿になっている。トランスフォーマーの姿が無く、仕方なくティラノサウルスを探したがそれも無くグリムロックは以前、七罪の影響で変身した格好をアバターに使ったのだ。

 四糸乃の姿形は変わらないが、服装が違った。左手に付けたパペットよしのんはそのままにサイズの合っていない黄色いヘルメットにダボダボの耐火服を着ている。

「四糸乃、何だ、その格好」

「え、えーっと……」

『消防士だよ! グリムロックも職業を選んだでしょ?』

 喋り慣れない四糸乃の代わりをよしのんが勤めてくれた。よしのんに職業の事を言われてもグリムロックは思い出せないでいた。頭を抱えて記憶を振り絞る様子を観察していたよしのんは四糸乃のステータス表を見せた。

『ほら、グリムロックもこうやってステータス表を見せて』

「うん」

 よしのんの指示に従い、ステータス表を開いて見せる。

『ふむふむ……』

 話が進まない二人の代わりによしのんが徹底してサポートをした。

 四糸乃のレベルはプライムモードの五〇。職業は“消防士”。特性は“鎮火”炎攻撃を無効、炎属性に対して攻撃力が二倍付加される。

 グリムロックはレベル九〇。職業が“タイタン”。特性は“二面性”特定の条件を満たすと強大な力が発揮可能。

 

 自分達の力を把握した二人はお決まりの村へと向かった。

 士道達がいた村とは違ってグリムロック達がいる村は南国という言葉が当てはまり、村人も季節に合わせて軽装で村には港があった。

「暑い……」

「はい、暑い……です……」

 日差しが強い環境で四糸乃の耐火服はかなり辛く、だらだらと汗が流れ出る。しかし、服はこれしかなく脱ぐわけにもいかない。

『ねぇねぇ、四糸乃!』

 よしのんが指差した先には服屋がある。この熱帯地方を耐火服で挑むのは自殺行為だ。ここで通気性のあるコスチュームチェンジしようという考えだ。

「グリムロックさん……少し……着替えて来て……良いですか……?」

「良いぞ。俺、グリムロック。ついてく」

 村の服屋に入店した瞬間に二人は見慣れた顔を発見した。無表情で服を選ぶ折紙は顔を上げて四糸乃とグリムロックを視認すると、服を手に取って詰め寄って来た。

「四糸乃、これはあなたに似合う」

 有無を言わさず折紙は服を押し付けて来た。一体何なのかと四糸乃は服を見えやすいように広げてみると、顔を真っ赤にして服をクシャッとたたんでしまった。

「何か不満?」

「え……いや……不満というか……過激というか……」

 折紙から手渡された服。もはや服と言って良いのか分からない程に布の面積が狭く、胸の谷間からへその下までを大胆に開き、生地はお尻に食い込むように作られてある。恥ずかしがり屋の四糸乃にこんな大胆な服を着れる筈が無い。そもそも普通の女性も着れる勇気は無いだろう。

「私はコレを着る」

 折紙はその過激なレオタードを平然と着用して見せる。そうだ、折紙は変態的な格好でもなんなく着る度胸を備えているのだ。

「士道はこの服を望んでいる。あなたも好きな人の為ならここまですべき」

 好きな人、そんな言葉に四糸乃はチラッとグリムロックの方を見た。脳天気そうな顔で店の中を徘徊している。そもそも、グリムロックに対して色仕掛けが通用するのかどうかも怪しい。

 普通の男ならイチコロだが、グリムロックは少なくとも普通の男ではない。

 決断を出来ずにいる四糸乃を見下ろしている折紙は真顔でポンと相槌を打ち、過激なレオタードをしまって来てからまた何かを持って来た。

「あなたは初心者。だから上級者向けから中級レベルに下げてみた」

 中級者向けでもまだまだ不安があるが、四糸乃は折紙から服を受け取ってから意を決して来てみる事にした。試着室に入って行った四糸乃に折紙は親指を突き立てた。

「頑張れ、四糸乃」

 試着室で着替えをしている間に折紙はグリムロックを引っ張って来た。普段なら体格の差から有り得ないが、今のグリムロックは折紙よりも遥かに小さいので連れて来るのは簡単であった。

「グリムロック、四糸乃が出て来るまでここで待っていて」

「俺、グリムロック。どうしてだ?」

「どうしても」

 何をしているのか分からないグリムロックはジッと薄く外と中を遮るカーテンを凝視していた。

「俺、グリムロック。まだ?」

「まだ。もう少しの辛抱」

「俺、グリムロック。辛抱する。この意味分からないな」

 着替えにはあまりに時間がかかっていた。ようやくカーテンが開くと四糸乃は体をぷるぷると震わせ、頬を赤く染めながら折紙が選んだ服を着て登場した。マイクロビキニにふりふりのエプロン。とてつもない背徳感のある姿だが、折紙は満足げに頷き、グリムロックは「どうしてこんな格好をしているのだろう」と、不思議そうに見ていた。やはり色仕掛け作戦は無駄だったようだ。

 折紙は肘でグリムロックを小突いてから耳元で小さな声で言った。

「褒めてあげて」

「褒める……? 四糸乃! 涼しそうで良いな!」

 折紙はずっこけそうになる。グリムロックに乙女心を理解させるには後、四百万年は要りそうだ。

 ボロボロの布を纏った少年と過激な格好の美少女という奇妙な三人組みは村長からのクエストを受けた。

 クエスト内容は、洞窟に住まうトロルの集団を殲滅する事だが、これまた推奨レベルが七〇と高かった。

 

 

 

 

 八舞姉妹の職業は“女王様”と“メイド”という関係だった。特性は同じ物で“相乗効果”とある。

 これは片方だけの職業では真価を発揮せず二人合わせて初めて効果を得られる物だった。まるで二人の為だけに用意されたような職業と効果である。村には首輪をはめられて、ずいぶんと露出度の高いメイド服を着せられている耶倶矢とボンデージ姿に革製の鞭を片手に持つ夕弦が確認出来た。

「ぐぬっ……何で私がメイドなのよー!」

 勝手にメイドという職を当てはめられてしまった耶倶矢は怒って両手をぶんぶんと振り回す。夕弦は首輪に付いた鎖を引いて耶倶矢を寄せる。

「解説。耶倶矢の羞恥心満載の姿が見てみたかったからこんな格好にしてみました。ほら、どうですか? 天央祭のメイド服とは違って丈が短く、ちょっと前屈みになると中が見えますよ」

「うぐっ……」

 耶倶矢が恥ずかしさから見る見るうちに赤面させて行き、夕弦は恍惚とした表情で白昼堂々と羞恥心を煽るような言葉を投げかけた。

「耶倶矢の息が荒くなっています。こんな格好を見られるのを興奮しているんですか?」

 夕弦は顔を寄せ、耶倶矢の耳たぶを優しく噛むと耶倶矢から「あっ……!」と甘い吐息が漏れ、ピクンと水から出した魚のように体が跳ねた。耳からうなじへと舌を這わせながら、鞭の先は耶倶矢の白い肌をした内股をなぞり、息を切らせながら夕弦にもたれかかり、なんとか立っていた。

「ゆ……ゆづるぅ……!」

「命令。しっかり立ちなさい。お尻に鞭のお仕置きを与えますよ」

 いくら周囲がNPCとは言え、恥ずかしいものは恥ずかしい。夕弦に体の至る所を責められて息も絶え絶えになって耶倶矢はへたり込んだ。

「夕弦、お……覚えておきなさいよ!」

「了解。覚えておきます。耶倶矢の恥ずかしい姿を」

「んがっ!?」

 電脳世界から戻ったら散々恥ずかしい目に合わせてやろうと耶倶矢は誓った。さて、本題の村長からクエストを受注しに行こうとすると村長の家からは驚く程、背が高くて白衣を着用した中年男が出て来た。年は年だが、若々しくただひょろりと長いだけではなく、それなりに体格もしっかりしていた。

「おや、もう済んだのかい? 耶倶矢、夕弦」

「考察。その声はジェットファイアーですか?」

「そうだとも」

「えぇー! いつ村に来たんじゃん?」

「ついさっきだよ。君達が何やら作業中だったら止めなかったんだが」

「止めなさいよ!」

 耶倶矢はプリプリと怒って言った。

 ジェットファイアー、この白衣の姿から分かるように職業は“サイエンティスト”だ。サイエンティストの特性は“技術依存”タレットを生み出したり、ヒーリングビームで味方を回復させたりとサポート的な面が強い。

「人間の姿は新鮮だけど不便だね。トランスフォームして飛んで行けないんだから」

「説明。RPG物で飛行系の乗り物で地図を行き来出来るのは終盤です」

「序盤から飛べたらマップの端っこにでもありそうな最強武器の探索に行くんだけどな~」

「なるほど、人間のゲームにはある程度の定石と言うものがあるのか。飛行系は終盤、マップの端に最強武器か」

 生真面目な性格のジェットファイアーは耶倶矢と夕弦が言う事を逐一記憶していた。

「あ、早くクエストを受けて先へ進もう。きっとみんなどこかにいる筈だからね」

「疑問。そもそもこのゲームは何をすればクリアなのですか?」

「私より君達の方がゲームには詳しいだろう?」

「普通なら魔王を倒してスタッフロールだけど……」

「魔王か……魔王の本拠地を一気に攻め落とせば全て解決じゃないかい?」

「肯定。それもそうですが、何か反則っぽいです」

 相場としては魔王の城に入るには鍵が必要だったりするので結局は地道に進めて行くしかないのだ。

「じゃあ、クエストを受注して来るから待っててね!」

 八舞姉妹もクエストを受けに村長の家へと入って行った。

 

 

 

 

 クエストを受注し終えて現在、クエストの真っ最中である狂三、七罪、美九の三名は尾根を歩きながら、クエストの目標である火竜を探していた。最初からやたらと難易度が高く、ゲームとしてどうなのか疑わしい物だ。

「パーセプターはとんでもないムリゲーを作ってくれたわね」

 七罪は呟いた。クエストの推奨レベルはこちらも最初期のクエストだと言うのに八〇もある。尤も、こちらの三人も初期レベルが高いので問題は無いが、普通の人がプレイしたらまずクリアは不可能だろう。

「いや~でもこれは本当に凄い出来だと思いますよ~」

 派手な舞台衣装を着た美九は言った。美九の職業は“アイドル”と現実の職業をそのまま持って来たようだった。

 七罪は大きな尖り帽子がトレードマークの“魔法使い”が職業で狂三は“ガンナー”だった。

 “アイドル”の特性は“声援”周囲の仲間からの声援に反応して能力が向上。

 “魔法使い”は“友の火”という特性があり、味方の攻撃に自身の魔法を付与出来るのだ。

 “ガンナー”の特性は“集中砲火”ガンナーが撃った敵はあらゆる味方の攻撃からのダメージが倍になる。

「七罪さん、魔法使いでしたら魔法で目標地点まで移動とか出来ませんの?」

「あたしの魔法は火、水、風、土の四つを使う魔法なの。魔法だったら何でもかんでもやりたい放題な力じゃないのよ! 魔法は意外と不便なんだからね! 本人の防御力は低いし――」

「ああ、はいはい。分かりましたわ。魔法使いの事はよーく分かりましたわ」

 ゲームの事になったからかいつもの七罪とは違ってかなり熱が入っている。

「でも竜なんてどこにいるんでしょうね~。あ、逆にこっちから誘き出せないんですか? 狂三ちゃんや七罪ちゃんが目立つような攻撃をして」

「美九、これはゲームであって遊びじゃないんだから。もしも目立つ事をして山のオークに場所を知られたら面倒なの」

「七罪さん、美九さん。あれを」

 狂三が指差した先、それは赤い鱗に大きな翼を羽ばたかせて巨大な竜が飛んで来ている。

「グリムロックさんの親戚ですの?」

「いや、違うと思いますよぉ? どっちかと言うとスワープの親戚じゃないですかぁ?」

「二人とも違うよ! あれが火竜よ!」

「グッドタイミングじゃないですかぁ! あれをさっさと倒しましょうよ!」

 飛んでいた火竜が三人を視認したかと思うと火竜は突如、空中で悶え始めて体をうねらせ、遂には羽ばたく力を失って狂三達の目の前に墜落してしまった。

「え……バグですの?」

「まあ、基本仕様からバグってたようなものだし」

 いきなりのクエストクリアに困惑していると三人の背景にゆらりと透明に何かが蠢いた。最初に狂三が気付き、迷わず引き金を引いたが弾丸は命中せず、近くの岩に当たった。

「どうしたんですかぁ狂三ちゃん」

「何かいますわ。邪悪な何かが……!」

 三人は背中を合わせて各方向の敵に対応出来るように陣形を組む。

「邪悪って言われるのは凄く傷付くよ狂三」

 声がしたのは三者の背後、陣形の真ん中からだ。一斉に振り向くと見覚えのない男性がいた。にこやかに笑って見せる中性的な美しい男性を見ても、誰もこれがジャズだとは分からない。

「私だよジャズだ」

「嘘ぉ!?」

 三人とも声を揃えて叫んだ。

「さっき竜を倒したのは真那さ」

 ジャズが指し示した方向には大きなライフルを持ち、ゴーグルを外しながら真那が坂を登って来ていた。

「任務完了ですねジャズ様!」

「そうだね、早く町へ行きたいね」

 “スナイパー”の真那と“スパイ”のジャズによって火竜は打ち倒された。一応、クエストは完了だが、あっさりし過ぎてどこか納得のいかない所もあった。 スパイの特性で姿を消して火竜に近付き、スナイパーの特性は敵から離れた分だけ攻撃力が増す。これにより、ライフルの最大射程から一発で火竜を仕留めたのだ。

「ところでみんなは士道は見たかい?」

 ジャズの問いに全員が首を横に振った。

「じゃあオプティマスは?」

 この質問にも全員、首を横に振った。

「とにかく、町へ移動してみようか。みんないるかもしれないしね」

 最初のクエストをなんなくクリアしてジャズ等は村長に報告へ行き、そこから町へと向かった。

 

 

 

 

 深い山奥には一軒の家が建っていた。庭では一人の男性が薪を斧で割って作業に集中している。男の身長は一九〇センチ、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。

 男は斧を振っていると背後から誰かが近付いている事を察知した。斧の金属の表面を鏡代わりに後ろを見て、気付いていない振りをしていた。何者かが十分に接近した時、男は斧を置いて背後に立っていた琴里を持ち上げた。

「琴里、気配でバレバレだったぞ。アハハ!」

「ちょっとオプティマス、くすぐったいわよ」

 オプティマスは琴里を下ろしてやった。

「ハハハ、それでどうした? もうご飯かい?」

「ええ、準備が出来てるわよ」

「それは良い」

 オプティマスは琴里に手を引かれてキッチンへ行くとオプティマスは適当な椅子に腰掛けて新聞紙を開いた。

「電脳世界はリアル過ぎて怖いな」

 自分の腕や腹をつまんで人間の皮膚の質感を感じながらオプティマスは呟いた。人間の体とはこんな脆い組織で出来ているのかと、オプティマスは心配になった。鉄で簡単に貫かれ、簡単に切れてしまうような細胞で人間は常に戦っているのだ。

「はい、サンドイッチおまちどお」

 琴里が二人分のサンドイッチを持って来たが、どうやって食べるのか分からず、琴里の動作を観察していた。

(手で食べるのか。なるほど)

 オプティマスは琴里特製のサンドイッチを頬張ると予想もしない食感に眉間にしわを寄せた。

「中身は何だ?」

「知らない方が良いわ」

 サンドイッチを食べ進め、琴里とこれからについて話し合っていると琴里の頭に赤い一点の光が当てられていた。ゆらゆらと光るレーザーをオプティマスが見た時、琴里を勢い良く突き飛ばした。

 直後、木製のテーブルがバラバラになって崩れた。

「敵襲だ!」

 オプティマスも身をかがめて琴里を太い両腕で抱え込むと窓ガラスを破って、室内に絶え間ない弾丸が飛び込み、カーペットやソファーをボロボロにして行った。

「何よアイツ等!」

「私にはさっぱりだよ。だが大丈夫、こっちが風下だ。近づけば分かる!」

「どうやってよ。匂いでも嗅ぐの?」

「ああ、そうだ。武器を取って来る」

「分かったわそれまで時間を稼いでおくから」

 オプティマスは琴里を離し、リビングを駆け抜けるとやはり外から大量の弾が飛んで来た。琴里が応戦している間にオプティマスは階段を上り、屋根裏へ上がると重厚な鉄のドアと向かい合い、暗証番号を入力した。中から持てる分だけ武器を持って行き、階段を下りるとリビングに琴里の姿は無く、汚らしい姿の男が崩れかけの椅子に座っていた。

「琴里はどこだ?」

「まあ、落ち着け。銃を突きつけられちゃびびって話も出来ねえ。あの子供は無事だ。少なくとも今のところはな。あの子供を返して欲しかったら俺達、魔族に協力しろ。OK?」

「OK!」

 トリガーを引き、目の前の魔族と名乗る男を撃ち殺した。

 外に出ると琴里は既に竜に連れ去られて追跡が困難な状態だった。

 ここからオプティマス・プライムの冒険が始まる。

 


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