その日、ジャズは血相を変えて基地に帰って来た。士道達を迎えに行っていつものようにパトロールを済ませた後の事だった。基地にはいつもの顔ぶれがあり、人間用のスペースには十香と四糸乃と琴里が座っていた。いつも冷静沈着なジャズがここまで慌てた様子に基地内には変な緊張感が生まれていた。オプティマスも作業を止めてジャズの方を向いて尋ねた。
「珍しいなジャズ。君がここまで取り乱して、緊急事態か?」
「いいえ、違うんです!」
ジャズは人間サイズの貼り紙を見せつけてやった。当然、その貼り紙に全員が注目する。
「たいりく……これは何と読むのだ?」
「おうだん……です……十香さん」
「おぉー! 四糸乃は賢いな!」
「大陸横断レース……。これがどうしたんだ?」
「大陸横断レースですよ!? 世界で一番パワフル且つ、速くてタフな車とレーサーを決める大会ですよ!」
オプティマスはまだジャズが何を言いたいのか察していない。
「オプティマス、このレースに私を出させて下さい!」
「出させて下さいと言ってもその間の君の任務はどうなる? ディセプティコンの事も気になるぞ」
それを言われると辛い。基本的に少人数のオートボットに一人でも欠員が出ると苦しくなる。それは分かっているが、ジャズはこの大会への参加を諦め切れなかった。
大会のチラシを受け取り、琴里はチラシに書いてある内容を見ていた。
「あ、この大会、うちも出るわね」
「琴里が運転するのかい!?」
ジャズは驚きの表情を作った。
「違う違う。ラタトスクで開発中の新型の魔力生成機を搭載した車の試運転で出るのよ」
「新型の魔力生成機?」
「将来的にフラクシナスを強化する為って言うのもあるわ」
「オプティマス、その車を守る為に私は大会に出ます!」
「うーん、メガトロンがもしかしたら狙って来るかもしれない。よし、私にいい考えがある」
「え……?」
「みんなでその大会に出よう!」
「マジかよ!? オレも出て良いのか!?」
真っ先に食い付いたのはワーパスだった。戦車に擬態するワーパスは出場は難しいと思われたが、チラシには“とんな車両でも走れれば可”と書いてあった。
「もちろんだワーパス。チラシには“戦車はダメ”なんて一言も書いてないからな」
「やったぁ! オレの走りを見せつけてやるぜ!」
「普通に考えてダメだと思うんですが……」
アイアンハイドは指摘したが残念ながら皆の耳には届いていない。
「俺、グリムロック。俺達もレースに出れれる?」
ダイノボット達もレースに出だそうな眼差しでオプティマスを見て来た。
『キミ達、まず車両ですらないじゃな~い。レースは車だけだよん!』
返答に困っていた所をよしのんがあっさりと言ってくれた。よしのんに指摘されて、ダイノボット達は凄くショックを受けたように口をポカンと開けて驚いていた。
「レースとは私も出られのか? 私も出たいぞ!」
十香も大陸横断レースに興味を抱いた。
「あのだな十香、君は車を持っていないだろ?」
「大丈夫、走るぞ!」
アイアンハイドはポリポリと頭をかいて苦笑いした。
「走ったら陸上競技になるだろう? レースは車に乗らないとダメなんだ」
「うむぅ~そうなのか……。あ、なら私はアイアンハイドに乗る!」
「私も出るのか?」
当人は出場するつもりは無かったようだ。
「良いじゃないか、アイアンハイド。十香を乗せてあげれば。きっと楽しいレースになるぞォ!」
「…………。オプティマス、何だかんだで一番楽しんでません?」
ジャズ以上に張り切っているオプティマスは今からレースのイメージトレーニングを始めていた。アイアンハイドは溜め息を吐いた。当日はゆっくりと走ってのんびりとゴールでも目指そうとした。
ダイノボット達が駄々をこねずに珍しく大人しくなっている事に不思議に思い、アイアンハイドはグリムロックの様子を確かめると、ダイノボットの姿は無かった。
「四糸乃、ダイノボット達は?」
「はい……何だか……準備するって……」
「準備?」
レースには出られないのに一体何の準備をしているのか疑問を感じていると、直ぐに答えがやって来た。
「みんな、見てくれ!」
グリムロックの声に反応して彼の姿を見た。ダイノボットは全員、腕や足に余っていたタイヤ、バンパー等のパーツをつけて登場した。
「ほいっ!」
グリムロックはうつ伏せになり、頭をかがめると出来るだけ四つん這いになった。
「ほら、完璧。俺、グリムロック。レース出る!」
「良いだろオプティマス! オレ等の完璧な擬態!」
「本気かしら?」
「さぁ?」
琴里とジャズは余りにバレバレなダイノボット達の擬態に本気で言っているのか分からなくなった。
「まあ……良いだろう」
「良いの!? オプティマス、これ絶対擬態じゃないわよ! バレバレよ!」
「いざという時はこういうデザインという事にしようか」
いささか強引だが、天央祭では姿を晒してもみんな着ぐるみと勝手に勘違いしてくれた。今回も行けるだろうとオプティマスは判断したのだ。
「ところで琴里、その試運転の車には誰が乗るんだ?」
「神無月よ。彼はASTのエースだった経験があるの。車の運転くらいちょちょいのぱーよ」
「ほう、それは凄いな。仲間でも負けられないな」
皆、レースに向けて気合いが入っていた。
ロシアの北側、ノリリスクから何十キロも離れた人っ子一人いない閑散とした寂れた町には十数人の
町の中に入っている者に防護服を着ていない者はいない。
願う、と言ったがアイザックはまさにショックウェーブをどうにかしてDEMに招待しようかと思案に暮れていた。彼の所業はスタースクリームから聞いた。人間やASTのCR-ユニットを解剖、解析をして作り出したエネルゴンタワー、天宮市への侵攻、ダイノボットへの改造だ。話を聞くだけでもぞくぞくしたものだ。ショックウェーブの捕獲は進めるとしてまずはこの町に眠るダークエネルゴンの回収が最優先であった。
『キャァ!? スタースクリーム! 雪をぶつけないで下さい!』
『おいおい、その装備をして避けらんねーのかよ! ハハハハハ!』
外ではエレンとスタースクリームの声がしたのでまた喧嘩でもしているのかと思い、止める為にアイザックは腰を上げて司令室を出た。司令室を出た所に警備に当たっていた二人の女性
「お疲れ様ですウェストコット様」
「ああ、楽にしてくれ」
この町にいる人員全てはアイザックに心底、心酔した連中ばかりだ。マードックのようなこそこそと裏切り工作を企てる狡猾な者を評価しているのだが、これ以上の価値はないとも言えた。まだアーカビルやスタースクリームには謀反の疑いがあるが、存在価値は十二分にある。
防護服を着て基地の外へ出てくるとアイザックの方に雪玉が飛んで来た。雪玉は真っ直ぐにアイザックの顔に命中した。幸い防護服のマスクのおかげで顔は濡れなかったが、少しだけイラっとした。
「おーおーエレン、アイザックに雪ぶつけちまったなぁ!」
「違っ……! スタースクリーム! 私になすりつけないで下さい!」
「隙ありじゃ!」
アーカビルの投げた球がエレンの顔に命中して顔が雪まみれになってしまった。エレンは雪をぬぐい、アーカビルを睨み付けてからアイザックの下に走りよるとマスクについた雪を拭いた。
「大丈夫ですかアイク?」
「あ、ああ……平気だよ。ところで、遊んでいるという事はダークエネルゴンは見つかったのかね?」
「い、いいえ……まだです」
「では、早くしたまえ」
エレンは無言で頷き、作業員に急ぐように指示を出した。
「君達! バカな事は止めるんだ! ダークエネルゴンを扱えば待っているのは破壊と死のみだ」
厳重なカプセルに閉じ込められたジェットファイアーを一瞥してアイザックはジェットファイアーの発言を無視した。ここまで来て止めるなど考えられない。皆に作業を続行するように指示し、ダークエネルゴンの採掘を進めていた。
「君に言われなくても大丈夫だ。ダークエネルゴンの専門家がいるんだからね」
スタースクリーム、ジェットファイアーは過去にオートボットのダークエネルゴンの研究ステーションにいた事がある。あのステーションをメガトロンに攻めと落とされ、スタースクリームがオートボットを裏切ったのは今でもジェットファイアーの記憶にはしっかりとこびり付くように残っている。
スタースクリームの野望はどうだって良いが、ジェットファイアーはせめてアイザックやエレンと言った人間をダークエネルゴンの脅威に気付かせて被害が出ないようにしたかった。
「スタースクリーム、君はダークエネルゴンの研究をしていただろう。何故止めないんだ! あれがどれだけ危険か知らないのか?」
「知ってるさ、だがテメェはちょっと慎重過ぎだぜ。リーダーたるもの少々の危険くらい目を瞑らないとな」
スタースクリームに言っても無駄だった。頭の中にはニューリーダーの事しか入っていない。
採掘の為に地中深くに掘られた穴をジェットファイアーは注意深く見ていた。会話が無くなり、少し無言の時間が続いていると穴の奥底から作業員の悲鳴が聞こえた。周辺に緊張感が走る。
エレンはペンドラゴンの大型ソードと魔力槍を同時に発現。アーカビルはそっとエレンの背後に隠れた。
スタースクリームはナルビームとアサルトライフルを穴の入り口へ向けて狙いを定めた。悲鳴が収まってから直後、地中に轟く地鳴りがした。何名かの
どんどん地鳴りが大きくなっていき、揺れも激しくなって来ている。その瞬間、DEMの臨時基地が吹き飛んだ。爆発ではなく、地中から何かに押し上げられてバラバラに崩れたのだ。
地中から飛び出ているのは太い金属の触手だ。触手の直径はスタースクリームの身長は程ある。採掘していた穴から触手の本体らしき物が現れた。本体にはコックピットがあり、ハッチが開くと中には左腕に大きなキヤノン砲と単眼が特徴のショックウェーブが乗っていた。
「DEMの作業場に出たらしいな」
相変わらず、抑揚も感情もない声で独り言を呟いた。アイザックやエレン、更にはジェットファイアーの存在さえ無視してショックウェーブはスタースクリームを見下ろしながら言った。
「やはりDEMに戻ったのか」
「だから何だ! 一つ目野郎! メガトロンの脅威の俺を始末しに来たかぁ?」
「私はキミに興味はない」
ショックウェーブはこういう人物だ。他者への興味は薄く、命令と研究以外に動こうとしない。ドリラーに乗っているという事は、戦闘ではなく何かを探しに来たのは明確だ。
「私の目的は他だ」
ショックウェーブがドリラーの座席へ腰掛けるとエレンは素早く斬り込み、ショックウェーブの前まで迫っていた。ドリラーの巨大な触手でガードしたが、エレンが剣を振るとドリラーの触手は宙を飛んだ。ドリラーから見てエレンなど人から見たアリに等しい大きさに過ぎない。
人がアリを潰すのは造作もない。けれどドリラーはエレンの存在を恐れて萎縮していた。ショックウェーブはハッチを閉めて再び地中へと潜って行った。
「スタースクリーム、あなたの同僚が余計な事をしてくれましたね」
「元同僚だ」
「ショックウェーブを捕らえられなかったのは残念だ。それにしても彼は何を狙っていたんだろうね?」
「ショックウェーブを……捕まえる?」
スタースクリームは困惑した表情でアイザックを見た。アイザックの一言からスタースクリームはピンと一つ良い考えが閃く。
「その案、良いな。捕まえた暁にはショックウェーブの無表情を歪ませてやるぜ!」
アイザックは笑顔で頷き、声を張った。
「作業を続けるんだ」
長い付き合いのジェットファイアーにはスタースクリームが何を考えているのかなんとなく分かった。
大陸横断レースのスタート地点に無数の車が並んでいる。全体的に車高が低くシャープなボディーをしており、トラックなのはオプティマスとアイアンハイドくらいで戦車で参加しているのはワーパスだけである。
恐竜のような車が四台いるが、誰もそれがダイノボットだと気付いていない。派手な車としか認識していない。
『さあ、大陸横断レースが間もなく始まりますが、今年は奇妙な車が何台か紛れて面白いですね』
実況者にも気付かれいない。
三つの赤いランプに光が灯る。緊張感を誘う音と共にランプの色が緑色になって行く。皆、固唾を飲んで見ている。
ランプが全て一色に統一されるとブザーが鳴り、一斉に並んでいた車が動き出した。
雪を巻き上げて勢い良くスタートダッシュを切ったのはワーパスだ。
「イェアッ! このままぶっちぎるぜ!」
先頭を走るワーパスの後ろから二台のスポーツカーが迫って来た。ジャズと神無月だ。二人は並行して突き進み、ワーパスを追い越して行った。
「マジかよ!? ジャズの奴、気合い入りすぎてんぜ!」
ワーパスは加速を付けて二人の後を追った。
さて、全ての車がスタートしてしまい、その最後尾を走っているのはダイノボット達だった。体のタイヤは付けているだけで走る事など出来ないし、手や足を動かして進むしか方法がない。それに体の下に敷いているキャスター付きの板も雪に埋もれてなかなか進めないでいた。
「俺、グリムロック……進めない」
「走るのはダメなのか? スワープに運んでもらうとか」
『ダメだよん。それはルール違反だからね!』
擬態してレースに出る事態がルール違反なのでは? と、四糸乃は思った。
四糸乃は一度、グリムロックから降りて尻を押してみたが当然、ピクリとも動かない。
「これいつ動くんだ?」
「レースって暇なんだな」
スナールとスラージは口を尖らせて言った。
レース全体を見て、やや前の方を走るオプティマスは周囲の車を避けながら追い越したり追い抜かれたりを繰り返していた。
「うむ……オプティマスよ、さっきから一位になれぬではないか。そんな速さではトップなど永劫叶わぬぞ」
「苦言。もっと気合いを入れて走って下さい」
「しかしこの雪道では思うようにタイヤが動かないんだ」
レース参加の際、アイアンハイドに乗っているのは十香でオプティマスに乗っているのは八舞姉妹だ。
「この雪道さえ通り抜けたら一気に追いつけるんだがな」
とは言えしばらくは雪原地帯が続く。道路らしい道路はヨーロッパ方面に入ってからだ。
「ん~! 遅いよオプティマスゥ! あたし等ならぴゅーんとひとっ飛びよ?」
「そんな事言われてもな……」
「質問。オートボット最速は本当にジャズですか?」
「陸上なら彼が一番だな。エアーボットというチームがいたが、彼等ならもっと速いぞ」
順位を争いながらオプティマス達は左右を森林に覆われた一本道を走っていた。
「人がいないね……」
「疑問。今何番目なのでしょう」
先の車も追いついて来る車も見えない状況で夕弦はバックミラーに一台の装甲車が接近しているのに気付いた。
「報告。背後から車です」
「うん。装甲車……? レースには不似合いな車だな。そうか! 分かったぞディセプティコンに違いない!」
オプティマスが気付くと急カーブで道を外れて森の中に入った。その直後にさっきまで走っていた道をミサイルが通り抜けた。オプティマスの追跡者、それはオンスロートだ。
「逃がさないぞオプティマス・プライム!」
オンスロートも同じ様にカーブを切って追って来る。
「コンバッティコンのオンスロートか……。よーし来いメタルの屑め! オートボット流のレースを見せてやる!」
オプティマスは急ブレーキをかけながら車体を一回転させて来た道に向き直るとアクセル全開で突っ込んで来るオンスロートに向かって真っ正面からぶつかり合った。
オプティマスのアタックはオンスロートを弾き飛ばしただけでは留まらず、横転までさせたのだ。
「ハッハッハ! 突進で私に勝つならスィンドルとブロウルを連れて来るんだな!」
横転したオンスロートをバックにオプティマスは悠々と走り去って行った。
「ぐぐぐっ! 忌々しいオプティマス・プライムめ! サウンドウェーブ、オプティマスに逃げられた。頼む!」
『了解シタ』
通信機の向こう側で返事をしたサウンドウェーブは早速、胸のハッチを開いた。
「ランブル、レーザービーク。イジェ~クト!」
小型の人型トランスフォーマー、ランブルとタカ型トランスフォーマー、レーザービークはサウンドウェーブの肩に止まった。
「はいはい、呼んだかよボス?」
「オートボットの妨害工作を開始セヨ。レーザービークは、オプティマスを狙エ」
主人の命令を聞いてすぐに行動に移した。ランブルは飛び上がって先頭のジャズやワーパスをリタイアさせるべく動き出した。
『聞こえるかサウンドウェーブ?』
「はい、メガトロン様」
『報告せよ』
「オンスロートは現在、行動不能。ブロウルがワーパスを、スィンドルがジャズを狙っていマス」
『なるほど、今回の作戦は我々ディセプティコンの今後の戦力増強に繋がる重要な一歩だ。失敗は許されんぞ』
「はい、メガトロン様」
サウンドウェーブは装甲車へトランスフォームして傾斜を駆け下りた。坂道の下の道路をオプティマスが力強いエンジンの音を上げて走行している。サウンドウェーブがオプティマスの背後にぴったりとくっついた。
「警告。新手です」
「私に任せろ!」
サウンドウェーブのロケットを紙一重で避け、反撃をする機会を窺っていた。攻撃は空からも来た。レーザービークがパルスキャノンを降らし、背面と上面の攻撃をなんとか凌いでいた。
左右に森林が広がる一本道を抜けた先には道幅が急に狭まり、カーブの多い道に入り込んだ。片側は海、片側は切り立った崖スリル満点のカーチェイスだ!
「うるさいハエを撃ち落としてやりたいが……」
気を抜けば落ちかねない場で戦う訳にはいかない。オプティマスもミサイルで撃ち返したがレーザービークは華麗に回避してしまう。
「オプティマス! 橋だよ!」
耶倶矢は普段の口調も忘れて叫んだ。
サウンドウェーブやレーザービークもその橋の存在は知ってる。前へ進むにはその橋を通るしかない事もだ。オプティマスの行き先を先回りしたレーザービークは口から光線を吐いて、橋を支える柱を紙でも裂くかのように切断した。重力に従い鉄橋は崩落した。
するとオプティマスは止まるどころか更に加速した。
「ちょっとちょっとちょっと! ストーップ! 危ないし!」
「危険。止まって下さいオプティマス!」
少女二人の言葉を一切無視してオプティマスは何もない空間へとダイブした。
落ちる。
そう確信して二人は身を寄せ合うとガンッと車体に強い衝撃が走り、オプティマスは強引は唸りながら強引に谷を渡って見せた。
「落ちると思ったのか? 信じてくれないと流石に傷付くな」
「オプティマス、前前前ェェェ!」
「お?」
気が付いた時にはオプティマスはカーブを忘れて宙に浮き、落下を始めていた。
「ホアアアアアアア!」
「キャァァ!」
オプティマスが落ちて行った崖をレーザービークは何度か旋回してからサウンドウェーブの下へ帰って行った。死んではいないが、当分は邪魔しに入る事は不可能だろうと判断したサウンドウェーブは今回の狙いである神無月の乗る車に搭載された魔力生成機の強奪へ向かった。
先頭を走るジャズと神無月は雪原は抜けて冷たい風が吹き抜ける平原を進んでいた。今大会で優勝しか頭に無かったジャズだが、突然停車してロボットの姿に戻った。神無月もジャズが急に立ち止まって、尋常な事態でない事を察したのか車を停めて窓を下ろした。
「どうしました?」
「敵の気配だ。君は先に行ってくれ」
「はい。……でも良いのですか? 優勝から離れますよ」
「任務が最優先だよ。早く行け!」
神無月を先に行かせてジャズは接近して来る敵を迎えた。周辺には大きな岩と草、隠れられる場所は無いと断言しても良い。センサーの感度を最大に辺りを探知した。
センサーに反応があった。ジャズはサブマシンガンを転がっている岩に撃ち込んで粉々にした。砕けた岩からグラップルビームが伸び、ジャズの体を締め上げるとスィンドルは腕を振り、ジャズを地面へ叩きつけた。
動けないように拘束を強くしてスィンドルはアサルトライフルを向けながらゆっくりと歩いて来る。同じグラップルビームを操る者に対してスィンドルは僅かな対抗心を抱いていた。
「すぐにトドメを刺してやる」
十分にスィンドルがジャズの射程圏に入って来るとニヤリと笑い、肩に仕組まれたノイズアタックがスィンドルを攻撃した。騒音と衝撃波にたまらずスィンドルは拘束を解いて頭を押さえた。
「ぐっ……この音は……!」
ノイズアタックに悶えているとジャズのアッパーカットが顎を捉えた。立て続けに上段、中段、下段と蹴りを受けてスィンドルはよろめきながら腕から伸ばした剣を抜いてジャズの胸を掠めた。
「危ないじゃないか」
身を屈めてからタックル。もつれ合いながら拳を繰り出して激しい攻防を繰り広げていた。両者は互角の戦いを展開してジャズが引けばスィンドルがすかさず攻め立て、スィンドルが怯めばジャズが苛烈な一撃を加えた。
「サウンドウェーブもオンスロートもまだ到着しないか……。ブレストオフ、ボルテックス!」
『聞こえてる。ついでに目標には向かっている他に何か言う事は?』
「無い!」
ブレストオフとの通信を切るとスィンドルは目の前の敵を叩き潰す事にした。そこへ砲弾やエネルギー砲を撒き散らしながら一台の戦車とスペースタンクが砲撃し合い登場した。ブロウルのエネルギー砲がワーパスの足下を吹き飛ばし、ワーパスは変形しながら体を転がして受け身を取った。
ブロウルの砲口がワーパスの額に照準をロックした時、ジグザグに走りながらジャズはブロウルへ肉薄した。素早い変形からブロウルの車体に跨った。
「来い、ディセプティコンの野郎!」
体重をかけて砲身を別の方角へ強制的にズラすとブロウルは変形した。
「チビが!」
ジャズの足を掴んで叩き落とし、そこへブロウルの踏みつけが加わる。ジャズは手を伸ばして抗い、ブロウルがジャズに気を取られている好きにワーパスが殴りかかった。
ブロウルを殴り飛ばしたワーパスの首にスィンドルのグラップルビームが巻き付き、引き倒されてしまった。四人の絶え間ない攻撃と防御はまばたきをする暇さえない。
アイコンタクトを送り、ワーパスが頷くと一気にスィンドルとブロウルと距離を空けた。ジャズの肩のパーツが変形しノイズアタックが発せられた。強烈な音と衝撃波が襲いかかる筈だったが、後方から到着したサウンドウェーブのサウンド攻撃でノイズアタックを相殺した。
「サウンドウェーブか助かったぜ!」
「こんな所で油を売っている暇はナイ。早く魔力生成機を回収シロ」
サウンドウェーブが語気を強くして言うとスィンドルもブロウルも言い返せずにたじろいだ。そこへ、大きく遅れてオンスロートが到着して二対四という極めて劣勢となってしまった。
「どうするジャズ」
「やるしかない」
「だよな」
不利は承知の上だ。今はオプティマスやアイアンハイドが辿り着くまで耐えるしかないのだ。
崖から見事な転落をしたオプティマスはビークルモードを維持して乗っていた耶倶矢と夕弦の身を案じて声をかけた。
「二人とも怪我はないか?」
「うぅぅ……頭打った」
「激痛。お尻が痛いです」
とりあえず大きな怪我は無いようだ。二人を下ろしてオプティマスはロボットモードになって上を見上げた。ずいぶんな高さから転落してしまったようだ。自力で登しかなく、オプティマスが肩に二人を乗せて岩肌に手を触れた所でパーセプターが通信が入った。
「どうしたパーセプター?」
『レース中申し訳ありません。少し良いですか司令官』
「ああ、どうせディセプティコンにメチャクチャにされたレースだ」
『ディセプティコンが現れたんですか!?』
「そうだ。それはこちらでなんとかする。君の話はなんだ?」
『ああ、すいません。それがですね、極めて興味深い信号をキャッチしたんです。あなたのいる座標から北側ですね。これはなかなか見逃せない反応です』
「早く要件を言え」
『オートボットの反応があるんです』
「オートボットの? 分かった。私が行く」
通信が終わり、オプティマスは肩に乗る耶倶矢達に申し訳なさそうな顔で言った。
「残念だがレースは終了だ。すまない」
「かっかっか。聞いておったぞ、そなたの
「驚愕。まだ仲間がいたとは思いませんでした」
「我等、八舞の速さに並べる者を期待しているぞ」
「私も友と会えるのは嬉しい限りだ。パーセプターにグランドブリッジを開いてもらう」
少しすると近くにグランドブリッジが展開された。オプティマスに乗り込んで光の道を進むと谷底の深い森から一瞬にして景色が銀世界へ一変した。
「エアコンの温度はこれで構わないか?」
さっきいた地域よりも北に来たので念の為聞いておいた。
「我に適した灼熱ぞ」
「適当。言うことありません」
オプティマスはヘッドライトを消して目立たなくした。雪原に分かりやすく人間の施設が立っているのが三人から良く見えた。
「オートボットの反応はやはりあそこか……」
雪原に建つ施設から反応が出ている。オプティマスはゆっくりとゆっくりと、息を殺して足を忍ばせて駐屯地へと近付いた。耶倶矢と夕弦を下ろしてから変形し、建物に隠れながら駐屯地の中の様子を見ていた。
アイザック、エレン、スタースクリーム、捕らわれのジェットファイアーが確認出来た。
「確認。あのカプセルにいるのがオートボットですか?」
「そうだ。名はジェットファイアー、空中の戦士だ」
「誰かそこにいるのか!?」
何者かの声がしてオプティマスは反射的に車に擬態して中に二人をしまった。建物の影からはアーカビルが現れて真っ赤なトラックを不思議そうに眺めていた。
「はて? どうしてトラックなんかがあるんじゃ?」
「どうしたジジイ」
粗暴な口調でスタースクリームまでもがトラックに近付いて来た。
「んあ? トラック? 何でこんなもんが。それに真っ赤なトラックって言えばあのオプティマス・プライムを思い出すじゃねーか縁起悪りぃ!」
軽く足でトラックを蹴ってから離れようとすると、スタースクリームの目にオートボットのエンブレムが止まった。
「…………」
「どうしたスタースクリーム?」
「あ……いや……もしかしたらコイツ本当にオプティマス・プライムなんじ――」
スタースクリームの言葉を遮り、オプティマスは変形と同時に殴り飛ばした。
オプティマスは兵舎を踏み潰して駐屯地の中央へ躍り出ると全員が顔に驚愕の色に染まった。驚愕したのはオプティマスもだ。何トンものダークエネルゴンが発掘されと地表に置いてあるからだ。
「仲間を返してもらうぞ!」
オプティマスはアイザックに銃を突き付けて怒鳴った。アイザックは依然として変わらぬ表情でオプティマスを見上げていた。
「オートボットの司令官か。ククク……素晴らしい、キミも私達のテクノロジーになってもらうよ」
「我々はテクノロジーではない、生き物だ!」
怒り狂って近くの採掘機器を蹴り飛ばし、またも施設とぶつかりバラバラになった。目標を見もせず、背後に銃を撃つとジェットファイアーが入っていたカプセルがバラバラになった。
「助かりましたオプティマス・プライム。心から感謝します。ですが、いささか乱暴です。もう少し穏便に」
ジェットファイアーが注意した矢先、エレンは肉体を細分化しながらオプティマスに迫り、ソードで斬り上げオプティマスはよろめいた。
「ジェットファイアー、あそこにいる女の子を連れて逃げろ。そして、今から送る座標に行け!」
夕弦と耶倶矢を指し示し、座標データをジェットファイアーに転送した。黙って指示を聞き、ジェットファイアーは二人をコックピットへ乗せて一瞬のうちに空の彼方へ消えて行った。そして、取り残されたオプティマスは背後からじっくりと近付いて来るスタースクリームの腕を掴み上げた。
「撃ちなさい!」
エレンが周辺の
「俺は味方だ!」
盾として用済みになりスタースクリームを捨てるとオプティマスは前へ飛び込んで転がり、エレンの斬撃をやり過ごしながら腕をロケットキャノンに変えてダークエネルゴンの塊にロックした。
「撃たせるな!」
珍しくアイザックが叫んだ。だがもう遅い。ロケットはダークエネルゴンの塊を木っ端微塵にしてしまった。オプティマスの足場にグランドブリッジが展開された。吸い込まれるようにしてオプティマスは逃げ、現場には壊れた施設と粉々のダークエネルゴンだけが残っていた。
快調に走っていた神無月、だが行く手にはもちろん障害はある。片側にそびえ立つ崖があり、その上にはランブルが待ち構えていた。
「さあ、人工地震の出番だ!」
両腕のハンマーアームを動かして崖崩れを起こした。神無月の行く手に岩が転がり落ち、瞬く間に壁となってしまった。車を止めたランブルは傾斜を下って車のドアを引き剥がすと神無月を車内から引きずり出した。
「何をするんです! 離しなさい!」
引きずり出された神無月はランブルを羽交い締めにした。
「この車は絶対に渡しません! 本気と書いてマジでいきますよ!」
「うるせぇやい!」
神無月を背負い投げでボンネットに叩きつけ、ランブルがマウントポジションを取った。神無月は歯を食いしばり、力を足に入れて顔を蹴り上げた。相手も怯むがそれ以上に足が痛い。
「おい、チビ野郎! 人間相手に何を手間取ってやがんだ?」
ここへブレストオフとボルテックスが到着した。武装もない神無月など敵とさえ認識していない二人が降下を始めた。
「見つけたぞコンバッティコン!」
車の回収をさせまいと空からジェットファイアーの声がした。車を離して一度ジェットファイアーを叩こうとしたが、上を取られて更に先制も許したのだ。いくら二人でも勝ち目はない。
ミサイルがブレストオフとボルテックスを撃ち落とし、体から煙を噴きながら二人は悔しげにトランスフォームした。
「奇襲とは卑怯だぞ!」
「そうだそうだ!」
地上から非難の声がしたがジェットファイアーは構わず空中からミサイルとマシンガンを降らせて黙らせた。
「連中は出来れば我等が相手をしたかったのだが、今回は花を持たせてやるぞジェットファイアーとやら」
「それはありがたい」
車から魔力生成機を引っこ抜いたランブルがジグザグに走って逃げているとジェットファイアーはブラスターの照準を合わせてランブルの足下を撃ち、転ばせた。
「任務はこれで完了なのか?」
奇襲から制圧までがあまりの早技だったのでジェットファイアー自身も作戦をやり遂げた気にならない。
ホッと一息ついたまさに同時期、ジャズ達が戦っている森の方角で激しい爆発音がした。まだ戦いは終わっていない。ジェットファイアーは魔力生成機をしまい、ジャズ等の援護に向かった。
戦地まであっと言う間に移動し、上空から見ているとそこにはジャズやワーパス、アイアンハイドと十香、オプティマスが抵抗を続けている。
「何てことだ人間もいるじゃないか!」
ジェットファイアーが急降下でディセプティコンの頭上から仕掛けた。
「ジェットファイアーまでいるなんて聞いてねーぜ! オンスロート、合体しようぜ!」
「ああ、コンバッティコン、合――」
「待て」
「何だよサウンドウェーブ」
サウンドウェーブは目をこらしてブラスターで旋回するジェットファイアーを狙うと引き金を引いた。光弾が命中したが大したダメージにはならない。
「何を考えているのかね?」
サウンドウェーブの行動を不思議に思っているとジェットファイアーから魔力生成機が落ちて来た。
「しまった!」
「オレが取る!」
「私だ!」
全員がこぞって落下予測地点に集まるとサウンドウェーブだけは遠くで眺めていた。いや、眺めていたのではない。
オートボットが手を伸ばすすぐ上にディセプティコンのグランドブリッジが展開された。魔力生成機はオートボットの手に行かずそれは、メガトロンの手中に収まってしまった。
「任務、完了。帰投スル」
撤退は驚くほどに迅速で弾を当てる暇などなかった。
「ところでさっきはみんな何を拾おうとしていたのだ?」
十香の質問にアイアンハイドが答えた。
「魔力生成機。凄い機械だよ」
「凄いのか!? どれくらい凄いのだ!?」
「PS4より凄い」
「何だってー!?」
十香は驚いて顔が固まった。間違いなく魔力生成機の本来の凄さは伝わっていない。空中で変形しながらジェットファイアーは手に耶倶矢達を乗せて降りて来た。
「すいませんオプティマス、私のミスです」
「君一人の責任じゃない。私にも勿論、責任はある。しかし、まずは再開を喜ぼう」
オートボットに新たに加わった戦力、ジェットファイアー。DEMから解放されて遂に仲間と会えたのだ。ジェットファイアーの存在はオートボットに取って重要だろう。
大陸横断レースのゴールはフランスの凱旋門だ。
その凱旋門にいたのは――。
『やったねい! よしのん達一番だよ!』
「私が一番……変な……気持ちです」
「やりぃ! 俺、グリムロック。一番一番! 俺、最強で最速!」
今回はアクシデントの相次ぎでゴールする車が無く、グリムロックが繰り上げ一位となったのは彼等に対しては秘密であった。