デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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33話 過去も今も未来も変えろ!

 人の気配などすっかり無くなってしまい閑散とした路地にはネズミや野良猫一匹も見当たらない。元々、人通りが多いような場所ではなかったので夜中になればこうして生物の息遣いなど一切聞こえてこない寂しい空間になっていた。

 路地の空間に一筋の稲妻がどこからともなくほとばしった。また一筋稲妻が走り、周期的に発生する稲妻は徐々にその数を増やして何もない空間に集まって行きやがて、目を覆いたくなるような白い光が辺りに広がった。

 昼間よりも明るく感じれるその光が収まると閑散とした路地の中央に人が一人、片膝を付いて待機している。アスファルトの地面はその人を中心に綺麗な円形に削り取られてある。片膝を付く姿勢から動きだし、直立した。長い夜色の髪をリボンで一つに束ね、月明かりに当てられその艶がより綺麗に映る。

 その女性は体に衣類を何も着けていない。その為、豊満なバストやヒップは露わになってしまった。その女性の顔は少し大人びた十香と言った顔で体も良く成長している。

 十香は今の自分が何も着ていないと認識すると顔を赤らめ、手で胸や股を隠し、何か衣類を調達出来る物はないかとキョロキョロと見渡した。残念だが、人気のない路地に服など落ちている筈がない。

 とにかく移動を開始しようとしたまさにその瞬間だった。十香は急に背後から羽交い締めにされ、首もとにナイフを突きつけられた。普通なら怯えて声も出せないが、十香は反射的に背負い投げで背後から襲って来た悪漢を地面に打ち付けてナイフを奪って悪漢に突きつけた。

「わ、わかった。俺が悪かったよ、だからやめてくれよぉ!」

「今日の日付は!? 言え!」

「じゅ、十一月十一日……」

「何年の!?」

「えっ? 二〇一五年……」

 それだけ聞くと十香はナイフを遠くに投げ捨て、悪漢の首に強烈なチョップを打ち込み、気絶させた。そして、丈の長いコートだけを奪って十香は走り去ってしまった。

 大人になった十香が真っ先に向かった先は士道の自宅だ。自らの記憶を頼りに士道の家を目指すと十香の記憶はしっかりした物で迷う事もなくたどり着けた。

 十香は躊躇いもなくインターホンを押した。

『はい?』

 対応したのは士道だ。

「私だ。シドー」

『ああ、十香。インターホンなんてよそよそしいな入って来いよ』

 それだけ言って士道は切る。少々躊躇いながらも玄関のドアを開けると中には士道が立っていた。

「こんな夜遅くどうした? それに何だよその格好? 寝間着は出しておいてやったろ?」

 妙な格好をする十香を気遣いながらリビングまで案内する最中、十香は急に士道を背中から抱き締めた。

「と、十香……?」

「黙って、私の言葉を聞いて欲しいのだシドー」

「ああ、聞くよ」

「私はこの時代の十香ではないのだ」

「は?」

 何を言い出すかと思えば十香はこの時代の人間ではないと言い張り、士道は困惑してしまった。だが、その困惑もあっという間に静まった。最近の士道の順応性は恐ろしい、もう心霊写真やUFOくらいでは眉一つ動かさない。

「なるほどな、時間を遡って来たんだな?」

 一度十香から離れて彼女の顔を良く見てみると確かに顔立ちに幼さが抜けて、成長を感じる顔をしていた。最初にこの十香を見た時に感じた違和感は間違いではなかった。

 とりあえず詳しい事情を知る為に十香をリビングのソファーに座らせた。話に突入する前に士道は心苦しいが寝ている琴里を起こした。まぶたをこすって眠たそうにしているが、黒いリボンで髪を結ぶと突然、人が変わったようにシャキッとした。

「人をこんな遅くに起こして何の用かしら? 士道」

「ちょっと問題なんだ」

 精霊に関する事だろうと判断した琴里は頬を叩いて気合いを入れると士道に連れられてリビングに入った。

「十香? どうしたのよ」

「おぉ! この琴里は懐かしいな!」

 十香の言っている事が理解出来ず、琴里は疑問符を頭に浮かべた。バカとは思っていたが、とうとうここまで来たのかと内心不安になる。

「琴里、この十香は未来から来たらしい」

「へぇ、未来からね…………未来から!? 嘘ッ!? だいたい士道は何でそんなに冷静なのよ!」

「私は今から十年後の十香なのだ」

 口調は変わらないが、どこか雰囲気が違うというのは琴里にも伝わった。頭の中を一度整理して脳を本格的に動かすと琴里もソファーに座った。

「詳しく聞きましょう十香」

「うむ……」

 十香は俯き、何を話すのかじっくり整理してからゆっくりと口を開いた。

「まず先に伝えたいのがシドー、この時代の折紙を救ってくれ」

「まあ、そのつもりだ」

「折紙はディセプティコンにいて人工精霊を宿しているのは知っているのか?」

「ああ、知ってるよ」

「何故、そうなったか私にも分からない。この時代の折紙を止めないと大変なことになるのだ」

「十年後の世界はどうなってるのよ十香? オプティマスは? 精霊は? 地球はどうなってるの?」

 十香は言いづらそうに顔を歪めつつも話し出した。

「オプティマスはメガトロンと相討ちで死亡。リーダーを失ったオートボットは散り散りに、ディセプティコンは折紙が指揮をしている。美九も耶倶矢も夕弦も狂三も……みんなやられたのだ……」

「……!」

 信じたくない未来の事情に士道も琴里も絶句した。DEMがディセプティコンの傘下となった話、ラタトスクはその時代には存在しない事、何よりも衝撃的なのは士道は行方不明という事だ。

「シドー、私の時代の折紙はもはや話など聞かない。人間も精霊も何もかもを憎しみの対象にしている。だから、今すぐ折紙を助けて欲しい」

「今の折紙を救えば未来は分岐するのか?」

 十香はまた暗い顔をした。

「それがちょっと違うのだ。令音やパーセプターの計算ではこの時代の折紙を救えば最悪の結果を回避出来る可能性が五〇パーセント下がるらしいのだ」

「まだ、最悪の結果に行く可能性が五〇パーセントもあるのね」

 時間はいくつもの分裂と統合を繰り返して複数の可能性を生み出している。今を変えてもまたどこかで悪い方向へ進むかも知れない。

「今から更に五年前に戻って過去を変えるのだ」

「今と五年前、同時に折紙にターニングポイントを与えてやれば、最悪の結果へ更に遠ざける事が出来る、そういう事か?」

「そうだ! でも、少し問題があるのだ……」

「何だ?」

「未来のDEMが今の士道を抹殺しようと刺客を送って来る筈なのだ。私は伝言役とシドーを守る為に過去に送られたのだ」

「ちなみに十香にその指示を出したのは誰よ」

「琴里だ」

「私かぁ~……」

 琴里は額に手を当てた。

「つーか誰かが俺を狙ってんのかよ!」

「シドーは私が守る! 今日はゆっくり寝るのだ!」

 自信満々にドンと胸を叩いて見せるが、誰かに狙われていると思えば枕を高くして寝れない。未来の十香を以前まで住んでいた十香の空き部屋に案内し、士道は床に就いた。

 

 

 

 

 誰もいない公園に稲妻がほとばしった。一定の感覚で空間を走る稲妻が増えて行き、眩い閃光と共に遊具の一部や公園のフェンスの一部が綺麗な円形にくり貫かれ、切断面は赤くなっていた。

 公園の砂場にも同様の現象が起こっており、僅かにくぼんだ砂場には一人の女性が片膝を着いていた。その女性の顔は間違いなく折紙だった。だが、その顔は十代の頃の物で顔に人間味など全くない。元々、感情の起伏の少ない少女だったが、今いる折紙は機械と変わらぬ無感情さだ。

 それもその筈、折紙の姿を真似て記憶をプログラムされたDEM社製人型暗殺兵器、ロボ紙だ。

 時間を遡って現れたロボ紙は衣類を全く着けていないが、恥ずかしいという感情など無い。ただ命令された事を実行する殺人マシーンに過ぎないのだ。

 視覚センサーが起動して今いる場所が公園だと認識するとロボ紙がまず優先したのは、衣類の確保であった。全裸だと何かと不都合があるとインプットされてあるからだ。

 ロボ紙は早速行動に移った。近くにある服屋の窓ガラスを素手で破り、鍵を開けると任務遂行に有効な服を手に取り、おもむろにそれを着た。

 スクール水着に犬耳と尻尾という格好になり、ロボ紙は士道を抹殺すべく次に武器の調達を開始した。

 ここがアメリカならガンショップを狙えば良いが残念ながら日本には無い。となると武器が手に入る場所と言えば自衛隊の駐屯地しかなかった。

「折紙!? ようやく顔を出したと思ったらなんて格好よ!」

 燎子はいろんな感情が混ざって声を荒くした。

「日下部一尉、私を中へ入れて欲しい」

 駐屯地の入り口で止められたのは間違いなく服装の所為だろう。

「ごめんなさい。あなたを入れる訳にはいかないわ」

「何故?」

「私の力不足、あなたの懲戒処分を止められなかった。あなたはもうASTじゃないの。だから帰りなさい、じゃないと記憶を消しに処理班が来るわ」

「わかった」

 ロボ紙はきちっとした回れ右をして駐屯地を去って行く。聞き分けの良い折紙に燎子は変な感情を抱いていた。もっと無理を言うと腹をくくっていたのに何も言い返さずに帰ってしまい、肩透かしを食らった気分だ。

 程なくして燎子は帰宅した。ロボ紙はそれを待っていたかの用に動き出し、駐屯地の高い壁を人間離れした跳躍力で飛び越えて侵入した。まんまと入り込まれた駐屯地だが、いかんせん燎子がいないとASTはシャキッとしていない。それに最近は精霊の現界も無いので気も抜けていた。

 際どい格好をしているが、鮮やかな隠密能力で誰にも発見されず、ロボ紙は適当な隊員を気絶させてIDカードを抜き取り、銃器と弾薬を持てる限り奪って基地を脱出した。

 上手く武器を確保して弾倉に弾を詰め込み、装填が終わった銃を背中や足、腰に巻きつけて見たが、スクール水着しか着ていないので銃が目立ってしょうがない。

 ロボ紙は記憶からもっと有効的な服を検索し、メイド服を発見した。早速メイド服の調達に向かった。

 スクール水着と犬耳と尻尾を調達した店でメイド服も調達してようやく本格的に任務開始だ。

 

 

 

 

 宇宙空間に突如、激しい稲妻と共に空間が切り裂かれ、紫色の流星が暗黒の空間を走って行った。流星の行き先は青く美しい星、地球だ。

 流星を追うようにして空間の裂け目から一隻の戦艦が飛び出して来た。流星が地球へ向かって行くのを確認すると戦艦は地球の軌道上に留まった。戦艦の大きさはネメシスの半分以下で武装も大層な物ではなかった。その戦艦はトランスフォーマーの物であるのは間違いない、しかし船体のどこにもオートボットやディセプティコンのエンブレムが刻まれておらず、どちらの軍団なのか判別が出来なかった。

 艦長席を立って黒いトランスフォーマー、ロックダウンはデッキから地球を見詰めていた。

「オートボットもディセプティコンもいつまでも子供のように戦争を繰り返しているな。だが、それで良い」

 両軍の気が遠くなる程の長い長い戦争に呆れながらもロックダウンは肯定的な目線で見ていた。

「親方~! 着陸の準備が出来ましたよ!」

 ロックダウンの私兵が報告にやって来るとゆっくりと頷き、戦艦を地球に着陸させるように命じた。

「艦を降ろせ! タイムブリッジも忘れずにいつでも使えるようにしろ!」

「アイアイサー!」

「オプティマス・プライム……貴様は俺の利益の為、この時代で殺す」

「親方、着陸地点はアメリカの人のいない所で良いですかい?」

「ダークスパークの落下地点に出来るだけ近付けろ」

「うす!」

 

 

 

 

 早朝から士道は目を覚まして、未来の十香と琴里と共にオートボットの基地に行くと、基地内は基地内で慌てた空気が流れていた。

「オプティマス、アメリカのネバダ州に高濃度のダークエネルゴン反応がありますな」

「間違いないねぇ、メガトロンの仕業だァ!」

「いや、ワーパス。そう決め付けるのは良くないぞ。パーセプター、その話は少し後にする」

 そう言ってオプティマスは朝早くからやって来た士道達を見下ろした。

「おはようみんな。十香、少し雰囲気が変わったようだな?」

「オプティマス聞いてくれ!」

 手すりから体を乗り出して士道は十香とその未来について説明した。

「信じてやりたいが、信じられない話だな」

 いきなりは飲み込めないだろう。十年後にはオートボットは散り散りになってオプティマスは死亡しているなどあまり受け入れたくない話だ。とにかく、士道の隣にいる女性が十年後の十香であると証明するべく、マンションで寝ている十香を起こしに行こうとすると、素晴らしいタイミングで十香が基地へ入って来た。

 十香が二人、オートボット達はそれを見て信じざるを得なくなった。

「なぬ!? わ、私がもう一人いるぞ!」

 事情など全く分からない現代の十香は未来の自分を見て警戒心を剥き出しにして睨んだ。

「シドー! その偽物から離れろ!」

「いや、違うんだ十香。これは十年後のお前なんだ!」

「何を言っているシドー! タイムスリップなんて漫画の世界だけだぞ!」

 話す事はまだまだあるのに余計な時間は取っていられないので十香への説明は琴里が担当した。きなこパンを餌に十香はホイホイと琴里へついて行ってしまった。

「話を戻すぞ。つまり現代の折紙を救って過去の折紙にも何かしらのターニングポイントを与えないと、未来は最悪の結果になるんだ」

 オプティマスもグリムロックも皆も難しい顔をした。

「十香、未来の、お前達は、無事か?」

 グリムロックが精霊の事について聞くと十香は胸が苦しくなりまた暗い顔をした。

「私と琴里、四糸乃以外はみんな……ディセプティコンやDEMに狩られた」

 まずい事を聞いたと皆が思い、押し黙った。グリムロックは喉を鳴らして怒りに唸った。

「未来のディセプティコンは人員がかなり変わっているのだ。少なくとも……今いるメンバーの大半は消えている」

 オプティマスはポリポリと頭を掻いてから尋ねた。

「十年間の主な経緯で良いから話してくれないか? 今のままでは結果しか分からない」

 十香は頷き、説明を始めた。

 今から三年後、ディセプティコンとDEMが手を組み、DEMは本格的に精霊を狩り始める。

 五年後、オートボットとディセプティコンの最終決戦が起こり、両軍のトップや幹部は殆ど死んだ。スタースクリームが三十秒程、ディセプティコンのニューリーダーになるが、即座に折紙にその地位を追われる。

 六年後、ダイノボットと四糸乃が別行動を開始し、残存するオートボットから離反。

 八年後、士道がジャズと真那と共に行方不明、次いでラタトスクも活動不可能なレベルまで追い詰められる。

 そして十年後、過去をもう一度やり直さんとパーセプターが開発したタイムブリッジで十香を現代へと送った。

 

「――と、言う訳だ」

「それは何としても折紙を止めなくてはな。それにメガトロンもだ」

「なあパーセプター、タイムブリッジなんて今から作れるか?」

 士道が問う。

「いいや、今から急ピッチで大量の資源と土地を使っても何十年もかかる」

「でも十香の話じゃあパーセプターがタイムブリッジを作ったって」

「それなんだがシドー、パーセプター以外にもいろいろオートボットの科学者がいたのだ」

「一人じゃあ無理だ」

「じゃあ……どうやって過去へ……」

「そんな時こそわたくしに任せて下さいまし」

 うねうねと壁に出来た影が蠢くとヌルッと狂三が出て来た。霊力は封印した筈なのだが、狂三は影の中を移動したりとある程度の人間離れした行動が取れる。

「未来のわたくしがDEM風情に殺されるのは気に食いませんわ。わたくしも積極的に助力いたしますわ」

 狂三には話が筒抜けだったようだ。

「だぁぁぁぁりぃぃぃぃん!」

 基地のドアを跳ね飛ばして美九が士道に抱きついて来た。

「嫌ですぅ嫌ですぅ! 私、まだ死にたくないですだーりんと綺麗な教会で結婚式を挙げるんですぅー!」

「シドー! 未来は大変な事になってるらしいぞ!」

「誓願。マスター折紙がディセプティコンとは許せません。弟子として目を覚まさせる時です」

「あの鉄仮面の所為で夕弦と離ればなれなんて嫌だし」

「あぁ……あたしって死ぬんだ……もうマヂ無理、遺書書こ」

「兄様と私が何で行方不明なんでいやがりますか!」

「ごめん士道、十香だけに話すつもりだったんだけどみんな聞いてて」

 テヘッと琴里が自分の頭をコツンと叩いた。

「四糸乃、未来でも俺達、友達みたい」

 グリムロックは四糸乃をすくい上げてポンと肩へ乗せた。オプティマスは困ったように頭をかいてから、何かを閃いた。

「どういう訳か全員、揃ってしまったようだ。せっかくだ今からチームを編成して各々、任務を達成しよう!」

 オプティマスが全員を見て三チームに分ける事にした。

 現代チーム、士道、未来の十香と今の十香、八舞姉妹、美九、七罪だ。

 過去のチーム、ダイノボットと四糸乃だ。

 そして、先ほどから反応があるダークエネルゴン反応の調査にはオプティマス、ジャズ、ワーパス、真那、狂三が行く事になった。

 留守番チームはパーセプターと琴里だ。

「一つ質問ですわ。どうして過去へ行くチームに士道さんがいませんの?」

「それはな狂三、今と五年前の同時に折紙にターニングポイントを与えないとダメなんだって」

 折紙にとって五年前のターニングポイントは両親の死だ。ダイノボットの役目は両親の死を阻止する事にあった。

「グリムロック、後で五年前の天宮市の火災の映像を送るわ。役に立つように使うのよ」

「わかった、琴里」

「よし、オートボット――。いやここは全員、出動だ!」

 

 

 

 

 アメリカ、ネバダ州に広がる広大な砂漠地帯にロックダウンの戦艦が着陸した。煙突のように地面から突き出す岩山の陰に隠れ、ロックダウンは艦からタイムブリッジを出すように指示し、適当な岩山の内部にタイムブリッジを隠そうと考えた。

「ダークスパークまで随分と離れた所に着陸してしまったな」

「親方! タイムブリッジを引っ張り出しやしたぜ!」

「わかった、ならあの岩山をくり貫いてタイムブリッジを隠せ」

 ロックダウンが指差した先は戦艦から見て最も近い岩山だった。内部を切り刻んで早急に要塞化する事を命じ、ロックダウンは寂れた無人のスクラップ工場へ出向き、廃車となった格好の良い車をスキャンした。

「俺はダークスパークを回収して来る。そのまま、臨時基地の作成に当たれ」

「了解、親方~! お気をつけて!」

 私兵達は手を振って見送った。

 艦の格納庫に入っている大型の削岩機や工業用ノコギリを持ち出し、私兵達は岩山へ穴を空け、そこから中の岩を切り刻み空洞化させて行く。人間なら何十日もかかるであろう作業を彼等は一、二時間で終了させて岩山は要塞化された。

 工事が終わって程なくして、何もない空間に光の道が出来上がるとオプティマスやグリムロック達が通って出て来た。過去へ行くチームの筈だが、行き方がまだ分からないのでオプティマス達と同行したわけだ。

 四糸乃を頭に乗せた状態でグリムロックは初めて見る土地を物珍しそうに見渡した。

『ねえねえ、すんごい風景だねい四糸乃!』

「そう……だね。初めて……見ます」

「これだけ、広かったら、暴れられる」

「間違いないなグリムロック、岩山にオレの突進でドデカい穴を空けてやりたいぜ」

 暇があればダイノボットは力を制御する訓練をしたり、更なる力の向上を目指して戦ったりするが、やはり思う存分に暴れられないのは結構なストレスを感じていた。

「お前さん達、これはピクニックじゃないんだぞ。私達の今後がかかっているんだ」

 と、アイアンハイドは年長者らしくグリムロック達を注意した。

「オプティマス、聞いてもよろしいかしら?」

「何だ狂三」

「ここへは何をしに来たんですの? 過去へ行く方法があるとは思えませんし。わたくしの【十二の弾(ユッド・ベート)】を使うだけの霊力が確保出来るとは思えませんわ」

「ここは全くの別件だ。しかし、放置すれば世界の危機に関わる」

 オプティマスが高濃度のダークエネルゴン反応を見た時に嫌な予感がした。それは精霊の霊結晶よりも濃度が高く、よりおぞましいものだ。

「全員、ダークスパークを探せ。人間の手に触れさせもするな」

「了解!」

「ねぇ、オプティマス。ダークスパークって言うのは何でいやがりますか?」

「純粋な闇のエネルギーの塊だ。ユニクロン復活のキーでもある。私達のような正義の戦士が使えば一気に堕落の道を行く」

 真那は一応、兄士道からユニクロンの事を聞いている。でも殆ど信用していなかった。惑星サイズのトランスフォーマーなど自身の持つ常識外れ過ぎて信じ切れなかったのだ。

「ちなみにダークスパークを見つけたらどうすればいいんですか?」

「私を呼んでくれ」

「了解でいやがります。では、ジャズ様! 私とダークスパーク捜しに行きましょー!」

 真那はジャズの下へ行ってしまった。

 いざ、ダークスパークを探しに行こうと全員がビークルやビーストにトランスフォームするが、グリムロックだけはとある岩山の方角をジッと見ていた。

「どうしたんだグリムロック? いくら過去チームと言っても今はダークスパーク捜しを手伝ってもらうぞ」

 アイアンハイドがグリムロックの尻尾を掴んでグイグイと引っ張るが、一切反応を示さず岩山を睨み付け、遂には口から砲弾を吐き出した。グリムロックの砲撃で岩山の一部が少し崩れた。

「何をしておるんだグリムロック!」

「グリムロック、目立つ行為はダメですわよ?」

 アイアンハイドと狂三が注意をした瞬間だ。岩山からグリムロックの攻撃に対して反撃をして来た。

 何十発のミサイルの発射を確認するとグリムロックは四糸乃と狂三を手の中に収めて屈んだ。

「ミサイルだ!」

 オプティマスが叫ぶと全員、散会して物影へ隠れた。スラージはのそのそと前へ歩み出て、自らミサイルの標的となって仲間の盾となった。

 攻撃が止み、物影に隠れなかったグリムロックとスラージは何事もなかったかのように顔を上げた。

「当たった所でどうと言う事はない」

「明らかに人間の施設ではない! ディセプティコンの臨時基地の可能性もある! 構わん、破壊してしまえ!」

 パスブラスターを岩山へ突きつけオプティマスは力強く命令を下した。

「破壊ぃ、大好きィ」

 スラージは嬉々とした声を洩らした。

「ダイノボット、岩山を更地に、変えろ!」

 グリムロックは四糸乃と狂三を下ろしてから攻撃を開始した。

 岩山にいたロックダウンの私兵達は大慌てで迎撃態勢を取り、通用口を通って物影に隠れながらレーザーやマシンガンを撃った。ダイノボットに飛び道具は通用しない。

「ダイノボットだ! 誰かなんとかしろ!」

「早く、早く大砲の準備を!」

 口々に言い合い、基地に存在する高火力兵器の準備を急いだ。そんなダイノボットの奮闘を少し離れた所でワーパスが見ていた。

「どうしたワーパス」

「あ、いや、オレ達の出る幕はあるのかと思ってな」

「ハハッ、珍しいじゃないかワーパス、君が弱腰なんてさ」

「そうだ、目の前には楽しい楽しい戦いだ」

「ワーパス、チェーンガンをバックから出しなよ」

 ワーパスは肩に担いでいた武器箱をドンと地面に置き、フタを開けるとスクラップメーカーよりも巨大なガトリング砲が姿を見せた。銃身三本、そこから伸びる長い弾帯を体に巻き付け、巨大なチェーンガンを右腕と一体化させた。

「ひと暴れするか!」

「その意気だ!」

 最前線、最も弾丸とレーザーが飛び交う場で指揮官のロックダウン抜きでも私兵は奮闘し、ダイノボットの猛攻をなんとかして防いでいた。

「大砲の準備が出来た!」

「よーし、ダイノボット共にぶちかましてやれぃ!」

 岩山の臨時基地の一際大きな砲門が開いた。そこにはもうエネルギーが蓄積されており撃てる準備が万端だ。いざ撃とうとすると、なんと大砲の角度を変えるギアが凍り付いて動かない。

「やべぇ、大砲がう、動かねえ!」

 グリムロックは近くをキョロキョロと見渡すとよしのんに乗る四糸乃がホッとした顔をしている。

「四糸乃、でかした」

 グリムロックは大股に足を開き、地面に足が埋まる程に踏み込むと口にエネルギーをチャージし、レーザーファイヤーで大砲を破壊した。

 大砲だけではない。チェーンガンを乱射して敵をなぎ倒すワーパスに弾丸の雨をかいくぐりオプティマスは肉薄し、拳で叩き潰し、オートボットは岩山のふもとに到着した。

「ドアをぶち破れ!」

「私に任せて下せぇです!」

 真那は腐食銃を手に取り通用口に撃ち込み、瞬時に腐らせた。

「オプティマス、妙ですね」

 ジャズは怪訝な顔をした。

「相手はオートボットもディセプティコンのエンブレムを付けてませんね」

「確かにそうだ……」

 ディセプティコンならそれ相応の対応だが、所属不明のトランスフォーマーとなればまずは身元を確認しなければいけない。

 連中がどこから来て、何の目的があるのか。溶解したドアから中へ入ろうとすると、新たな脅威が通路を破壊しながら現れた。戦車の姿をした大型のトランスフォーマー、デストロイヤーはグリムロックに比肩する体躯を誇り、彼等がなんと三人も出現した。

 三人のデストロイヤーはロボットモードへ変形し特徴的な右腕の巨大なスクラップメーカーを向けた。

「グリムロック、片付けろ!」

 オプティマスの命に従い、グリムロックはデストロイヤー達のガトリング砲の掃射をものともせず、頭突きで押し倒した。ダウンしたデストロイヤーの頭に食らいつき、頭部は簡単に粉砕された。

 デストロイヤー二人は顔を見合わせてたじろいだ。だが、ここを突破されるわけにもいかず、ガトリング砲を捨てて近接戦闘を仕掛けて来た。

 一人目のタックルを真っ正面から崩し、デストロイヤーの腹に食らいつき、乱暴に振り回し、宙へ投げ飛ばし、落下地点に尻尾を突き立て、串刺しにするとレーザーファイヤーで消し炭にした。

 攻撃が終わった瞬間を狙って最後のデストロイヤーがグリムロックを殴り飛ばしたが、金属の恐竜は微動だにせず、殴られた所を手でポリポリとかいて、デストロイヤーを見下ろした。

「やべっ」

 逃げようとした刹那、グリムロックの体に走るラインが光を放ち、後ろに向いて生えた角が前へ向いて倒れた。ズラリと並んだ牙にエネルギーに満ちた時、デストロイヤーの体は半分に食いちぎられて体の部品が飛び散って下半身だけが無惨に立っていた。

 くわえていたデストロイヤーの上半身を噛み砕き、グリムロックは雄叫びを上げて勝利を鼓舞した。デストロイヤー三人を相手に苦戦していてはプレダキングに永遠に勝てない。

「目覚ましいパワーアップだな本当に」

 オプティマスは先行して基地内に突入した。中にはまだ兵力が残っているようだが、すぐに制圧出来た。大掛かりな設備が配置され、オートボット達はこれが何なのかは分からない。

「パーセプター、目の前に見たこともない機械がある。調べてくれないか?」

『了解、司令官』

 パーセプターに画像のデータを送ってから少しすると返事が返って来た。

『ダメです。検索しても見当たりませんな』

「新兵器か……?」

 用途が分からないなら下手にいじらないようにしていたが、ダイノボット達は違う。

「これ、何に、使うんだ?」

「適当にスイッチでも入れてみるか?」

「あ、グリムロックさん……その……勝手にいじっちゃ……だめです……」

 グリムロックやスラッグが適当なスイッチを押したり、レバーを引いたりして遊んでいる。

「グリムロックよせ!」

 オプティマスがいったときタイムブリッジは中央の高いタワーの登頂から眩い光を放ちダイノボットと四糸乃達に浴びせた。

「うわぁぁぁぁ!」

「きゃぁッ!」

 悲鳴が止んだ時、彼等はそこにはいなかった。攻撃を受けて消滅した様子もない。ただ、その場から消え失せたのだ。

「彼等は……彼等はどこへ行った……?」

「グリムロック、聞こえるか? グリムロック、応答しろ! チッ、ダメです通信も出来ません」

 オプティマスはタイムブリッジを見上げた。

「パーセプター、至急こちらに急行してくれ。緊急事態だ」

『はいはい、わかりましたよ司令官』

 程なくしてパーセプターがやって来た。現物のタイムブリッジを見てパーセプターも首を傾げながらも機械をいじって見た。言語はセイバートロンの物だったし、操作事態は難しくはなかった。トランスフォーマーが作った物だと認識し、パーセプターは難しい顔をした。

「ふむ……」

「何かわかったのか?」

「分かりました。結論から言ってこの装置は時間を行き来出来る装置ですね。グランドブリッジやスペースブリッジの一種ですな」

「時間の行き来だと? ではグリムロック達はどこに飛ばされたんだ」

「落ち着いて下さい司令官。グリムロック等は今から二百万年前にいるようですが、ここからでも行き先を変更出来ます…………多分」

「彼等は別の時間にいるんですの?」

「そうだよ狂三」

「わかりましたわ。わたくしも手を貸しますわ。刻々帝(ザフキエル)九の弾(テット)】」

 狂三は自身に弾を撃ち、ぐったりとなっている。

「ええ、そうですの。わかりましたわ」

 何やら独り言を呟いてから狂三は顔を上げた。

「グリムロックさん達は確かに二百万年前にいますわ」

「ほうほう、それが君の能力かい? おもしろいね」

「【九の弾(テット)】は異なる時間軸の相手と会話をする能力、今回はぴったりな能力ですわ」

 狂三がグリムロックと会話をし、こちら側から時間を変更して上手くその時代に飛ばされていれば万事解決だ。パーセプターは機械をいじり、戻す年月と日付を設定してレバーを下げた。タイムブリッジ自体に何のアクションも無いのでちゃんと作動したのか不安になって来る。

「どうですグリムロックさん? まあ、そうですの。じゃあお願いしますわ」

 電話や無線機も持っていないので他からは独り言に見えて仕方がない。

「朗報ですわ。彼等はちゃんと五年前に転送されましたわ」

 その瞬間にいささかの安堵感が生まれた。とんだアクシデントだが、これで全員が作戦を開始出来た。

「タイムブリッジを破壊されないようにパーセプターは見張りを頼む」

「はい司令官」

「ジャズは私と来い。他はここの防衛だ」

 命令を伝え、オプティマスとジャズはビークルにトランスフォームし、要塞化された岩山を後にした。二人はダークスパークの回収に向かったのだ。

 走行中、黙って走るのは気分が乗らないのでジャズが声をかけて来た。

「今回の敵は誰だと思います?」

「いや、私にはさっぱりだよ。何にせよダークスパークは回収し、厳重に保管すべきだ」

「破壊しないんですか?」

「後にどんな影響が出るか分からない。無闇に破壊はしない」

「敵が既に回収していた場合は?」

「敵を破壊しろ」

「了解」

 ダークスパークの反応は無人の採石場から発信されていた。人がいないのは戦いやすくありがたい限りだ。

 採石場に着くとトランスフォームしてロボットの姿になり武器を取った。山の中腹に大きな穴が空き、中腹からふもとまでを段々形式で作業場を作っている。

「反応は山の中だな」

「そう見たいですね」

 音も無くジャズは動き出すとオプティマスは呼び止めた。

「待てジャズ、私が見に行く。五分経って戻ってこなければ突入しろ」

「いいえ、潜入なら私の方が得意ですよ」

「相手の目星は誰かもう分かっている。それにローラーを探査に出す」

「わかりました。ではお気をつけて」

 ジャズはスナイパーライフルを出して中腹の穴に狙いを付けておいた。パワフルな走りでコンテナを牽引するオプティマスは穴の入り口で停車し、小型探査機のローラーを出した。

「よーし、ローラー。中の様子を見てこい」

 コンテナから四輪の小さな探査車両が勢い良く飛び出し、ローラーは山の中へと入って行った。ローラーに搭載されたカメラの映像はオプティマスやジャズにも送信されている。

「ほほう、完全に作業が止まってしまった採石場のようだな」

『みたいですね。ところでオプティマス、さっき目星はついているって言ってましたけど誰なんですか?』

「恐らくは――。お、ローラーが何か発見したぞ」

 映像にはロックダウンが映っている。少し高い壁に引っかかったダークスパークを取ろうと手を伸ばしたり、よじ登ろうとしているが、上手くいかないようだった。

「やはり……ロックダウン……」

『なるほど、無所属のトランスフォーマーなら奴が妥当ですね』

「ローラー、近くに爆弾をセットしろ。ロックダウンを閉じ込めてやるんだ」

 ピピッと電子音で返事をしてローラーは入り口付近からロックダウンのいる作業広場までに爆弾を並べた。

『くそ! 取れないな、危ないが少し荒っぽくやらせてもらうか』

 ロックダウンは腰のグレネードを地面に複数個セットして離れた岩陰に隠れた。

「壁を崩してダークスパークを取る気だな? まずいぞローラー、戻って来い!」

 ローラーに急いで帰還の指令を出したと同時にロックダウンのグレネードが大爆発を起こした。ローラーの仕掛けた爆弾にも誘爆し、想像以上の破壊で山は崩れ、その爆発は外で待っていたオプティマスにも被った。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 爆発で吹き飛ばされ、オプティマスの車体は斜面を転がり落ちた。

「オプティマス! オプティマース! 大丈夫ですかァァァ!?」

 

 

 

 所変わって天宮市、勢い余って全員で街に繰り出してはみたが、具体的に折紙がどこにいるのかをここにいる全員が知らなかった。とりあえずは作戦を練る為に公園に集合した。

「さてと十香」

「どうしたのだ?」

「何なのだ?」

 未来と今の十香が同時に振り向いて来た。

「あ、いや……未来から来た方に聞きたいんだが、折紙はディセプティコンに行ったんだよな?」

「そうだぞ」

「ディセプティコンの臨時基地とかの場所は分からないのか?」

「む~……それは私にも分からないぞ」

 一番の難題だ。手がかりもなくどうやって折紙を見つけると言うのか。フラクシナスでは折紙の姿を全力で探している。人工精霊を宿していると言っても、霊力が発生する訳でもないので精霊用の探査機でも見つける事が出来ないのだ。

 無駄足になる確率は高いが、折紙が立ち入りそうな所を念入りに回って行くしかなさそうだ。友と認めた十香も折紙は引っ張ってでも連れて来させたい。耶倶矢や夕弦も折紙をれっきとした友達と認識している。皆、将来の危険性うんぬん以前に友達を助けたいという気持ちで挑んでいた。

「じゃあ、各々で分かれて探そうか」

 士道がそう提案し、棒を拾って二人一組に振り分けた。耶倶矢と夕弦は自然と決まり、美九は七罪と、士道は今の十香となった。

「十香、お前は俺達と来い」

「いや士道、すまないが私は少し準備があるのだ。だから後で合流する」

「何をするんだ?」

「買い物だ」

「買い物?」

 何を買う気は知らないが、十香は一時的にその場を離れて行ってしまった。

「我等はどうする士道よ? 我等、颶風の御子が天空を駆り、迷える子羊を見つけてみせるぞ」

「空を飛んだら目立つからな。耶倶矢と夕弦は折紙の家を見てきてくれ」

「了承。任せて下さい」

「そなたの願いを聞き入れよう」

「美九と七罪は……」

 士道は気恥ずかしそうにメモ用紙に何かを書き込み、用紙を固くなるまで折りたたんで美九に手渡した。

「そこに書いてある所を見てくれ」

「はぁい、わかりましたよぉ、だーりん!」

「何のメモよコレ?」

 七罪は訝しげにメモ用紙を開こうとすると士道は必死に止めた。

「そのメモは後で開けろ!」

「あ、うん……わかった」

「じゃあみんな、折紙を探しに行こう!」

 三方向に分かれて移動しだす。当然、士道と十香も動き出すのだが、十香はどこに行けば良いのかまだ士道から聞いていない。

「シドー、私達はこれからどこに行くのだ?」

「墓だ」

「墓?」

「死んだ人が入る場所だよ」

 折紙の両親は天宮市の墓地に埋葬されている。折紙が墓参りをするかは知らないが、両親をあれほどに愛しているのなら無縁な所ではない。普通ならASTの基地などを考えるが、ASTは秘匿情報であり折紙がそこに所属しているのは極秘である。もし行ったとしても門前払いされるのは目に見えている。

 学校には来ていない。他に考えられる場所は他に思い付かなかった。

「琴里、天宮霊園まで転送してくれ」

 インカムに喋りかけた。

『OK、すぐに転送するわ』

 グランドブリッジが開き、士道と十香は瞬時に空間を省略して目的地へと転送された。一瞬で風景が切り替わり、別の場所へ移動するのは何度体験しても不思議な物だ。顔を上げると『天宮霊園』の看板が置いてある。

「行くか」

「うむ」

 墓場はやはり閑散としている。今日は墓参りをする人はいなく、軽く見回しても人影が見えない。それでもせっかく来たので折紙の両親の墓の前で手を合わせて帰る事にした。

「シドー、人は死んだらこの中に入るのか?」

「そうだな、いずれ入る。でも今日じゃないから安心しろ」

 結局、折紙は見つからなかったので二人は次へ行こうとすると、なんと折紙が霊園の入り口の方から歩いて来るのが見えた。

「折――」

 名を呼び、近付こうとするも士道は反射的に立ち止まって口を紡いだ。姿形は間違い無く鳶一折紙だ、そうなのだが折紙とは違う雰囲気を醸し出しているのだ。この違和感の正体を発見出来ないまま、折紙に接近を許してしまった。

「士道、ここにいたの?」

「あ、うん……」

 メイド服という所にツッコミたかったが、そんな余裕は無い。

「折紙、ディセプティコンに入ったんだってな? どうしてだよ」

 ロボ紙は士道の顔を認識し、過去へ送られる前にプログラムされた士道の画像を照らし合わせて行く。画像と本人が一致した瞬間、ロボ紙は有り得ない力で士道を軽々と持ち上げた。

「かっ……折紙なにを……!」

「あなたを抹殺する」

「シドーを離さんか折紙!」

 十香が飛び蹴りを入れたがロボ紙はビクともせず、まるで分厚い壁を蹴っているような感覚だった。ロボ紙がスカートを持ち上げ、隠し持っていた拳銃を取り出すと、墓場に未来の十香が乗り込み、ロボ紙の頭にショットガンを撃ち、至近距離から発するその威力にロボ紙は横転した。

「シドー、今のうちに逃げるぞ!」

 転んだ士道の手を引いて十香は外に用意していた車に乗って逃げて行った。気持ちが落ち着いた所で士道はさっきのロボ紙について聞いた。

「さっきの何なんだよ十香!」

「暗殺用兵器だ。多分、折紙の姿をしてシドーを油断させる気だったのだろう」

 違和感は覚えたが、まさか刺客と疑う事はなかった。

「あれの撃破とあれからシドーを守るのが私の命令だ」

「…………あの、十香さん……後ろ」

「ぬ?」

 二人の十香が振り返って見ると、メイド服を着たロボ紙が全速力で走り、この車に追い付こうとしているのだ。

「うわぁぁぁ!」

 驚きと恐怖でアクセルを限界まで踏み込んで車は加速した所でロボ紙が車に飛びついて来た。後ろのトランクに掴まり、顔色も変えずに力任せに車の屋根を引きちぎった。

 強制的にオープンカーにされて車に乗っていた全員の顔が引きつる。咄嗟の判断で十香は急ブレーキをかけ、ロボ紙は掴まる物はなく、勢い良く前へ飛んで行き、地面を転がった。交差点へ飛ばされたロボ紙は直後に大型トラックに跳ねられた。

「琴里、今すぐ転送してくれぇ!」

『わかった。場所は?』

「どこだって良い、人がいない所だ!」

 グランドブリッジで車ごと三人を人がいない工業地帯へ転送した。転送された先で士道は車を降りて、深く息を吸った。

「なあ十香、あれの説明をもう一回してくれるか?」

「うむ、人型暗殺兵器だ。表面は人間と同じ細胞で覆い、中は金属の骨格で作られたロボットなのだ。DEM社製だぞ」

 折紙を救う時に厄介な物を送り込んで来た物だと士道はため息を吐いた。

「一度みんなと合流しよう」

 士道はインカムから美九に電話をかけ、公園に集合するように伝え、夕弦に電話をしたが、妙な事に夕弦と耶倶矢は電話に出ないのだ。

「変だな……二人が電話にでんわ……」

「何かまずい事に巻き込まれているかもしれんぞ」

 考えたくはないが、その可能性も否定しきれない。もう何度か試してみてもやはり、耶倶矢と夕弦は通話に応じない。二人はフラクシナスで探してもうらう事にしてまずは合流を約束したので美九と七罪がいる筈の公園へと向かった。

 グランドブリッジで集合場所へ行くと美九は手に色の付いた袋を持っており、七罪は紙袋を持っていた。その袋の中身を士道は聞く気にはなれなかった。

「だーりん、まさかあんなトコに興味があったなんて……!」

「士道のドスケベ!」

 やはり、美九と七罪には刺激が強すぎたかと士道は後悔していた。二人をどこへ向かわせたのかと言うと、折紙が利用する怪しげな薬屋さんと怪しげな服屋さんだった。尤も、そんな所に折紙がいる筈はなかった。

「ちなみに二人とも……その袋は?」

「秘密です、だーりん」

「教えてあーげない」

 後々、あれが士道に使われると考えたら不安を感じざるを得ない。

『士道、耶倶矢と夕弦は見つかったわ!』

 インカムから焦った声で琴里が叫んだ。

「本当か!? 今どこにいる!」

『二人は今、空の上よ。それと鳶一折紙も見つかったわ』

 

 

 

 

 ショックで頭がおかしくなりそうだった。折紙は人工精霊の発動を抑えた頃には基地でも月のどこかでもなく地球に戻っていた。帰省本能か、折紙は天宮市にいる。それもいつも通る通学路だ。頭を蝕むような声、両親を殺した忌々しいネメシスプライムを折紙は探していた。

 ふらふらと覚束ない足取りで折紙は塀にもたれた。

「マスター折紙」

 不意に聞こえた夕弦の声に折紙は殺気を剥き出しに睨み付けた。

「停戦。あなたと戦うつもりはありません」

「どうしてまだ……私を追いかける」

「決まってんじゃん、あんたが私等の友達だからよ」

「私はあなた達を殺そうとした。今でも殺してやりたい!」

「懇願。もうやめて下さいマスター折紙、あなたは目的を見失っています」

「見失っていない! 精霊を絶滅させるのが私の目的!」

「違うでしょ! 今のままじゃ……ただの……破壊者じゃん!」

 折紙は頭を押さえて頭痛に苦しむ。

「黙れ黙れ黙れ!」

 もう一度、メタトロンを発現しようとエネルゴンを循環させた。そんな所に空中からブレストオフ、ボルテックスから急降下し、折紙をエネルゴンのネットで取り押さえた。

「ようやくじゃじゃ馬を捕まえたな」

「早く連れ帰ってメガトロン様に報告だな」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「憤慨。マスター折紙を返しなさい!」

「ボルテックス、おめーの衝撃波アタックでうるさい人間を吹っ飛ばせ」

「お安いご用だ!」

 ボルテックスは身を回転させ腕を突き出すと手のひらから空間を震わせる凄まじい衝撃波を浴びせた。近くの塀や家屋も耶倶矢も夕弦も軽々と吹き飛ばした。

「便利な能力だなァ、おい」

「いいだろ~? もっかい使えるまでインターバルがあるんだがな」

 網に入った折紙を掴むとボルテックスはさっき吹き飛ばした二人へ注意を注いだ。刹那、嵐のような風が吹き荒れ、ブレストオフとボルテックスは顔を覆い、センサーの感度を上げた。

「へぇ……まだ死んでねぇのか」

 瓦礫から二個の光源が浮かび、それが夕弦と耶倶矢であるのは明白だ。本来の力、二人の精霊は十香と同様に力を取り戻していた。

「やっこさんはやる気満々だぜブレストオフ?」

「ハッ、任務の障害は叩きのめすぜ!」

 折紙を捨てて二人は走り、助走をつけてからトランスフォームした。

颶風騎士(ラファエル)! 穿つ者(エル・レエム)!」

「呼応。颶風騎士(ラファエル)縛める者(エル・ナハシュ)

 ランスとチェーンを操り双子の精霊はコンバッティコンの空軍コンビと激しい空戦を開始した。

 夕弦は手を突き出し、無数のチェーンをブレストオフにけしかけた。上下左右が囲い込むようにしてチェーンが迫り、ブレストオフはロボットへ変形し、ブーストも切って自然落下で地面へ近付いて行く。夕弦のチェーンもそれを追う。

 地面がもう目前にまで迫った瞬間、ブレストオフはジェットモードに変形して驚きの加速で空へ舞い上がった。ブレストオフを見失い、チェーンは誰もいない地面に突き刺さった。

「戦いの経験値が違うぜ!」

 平均的なトランスフォーマーなら全開時の精霊には叶わないだろう。ブレストオフはデタラメな力を発揮する夕弦を征するべく、データバンクにある今までの戦闘で得た知識、経験を組み合わせて、戦術を作り上げる。

「警告。これ以上私と戦えばあなたはバラバラです」

「冗談キツいぜ、こちとら任務失敗したらメガトロン様にお尻ペンペンされちまうんだぜェ?」

 夕弦は両手を広げ、手中に風の塊を圧縮して行き、本人の周りではチェーンが這い回り、いつでも仕掛けられる準備が出来ている。ブレストオフは変形してアサルトライフルを撃ってみたが、チェーンと風の壁で弾が弾かれた。銃が効かないならと、ジェットモードに変形、何を血迷ったからブレストオフは夕弦目掛けて真っ正面から突っ込んだ。

「嘲笑。度しがたい愚かさです」

 初撃よりも大量のチェーンがブレストオフを捕らえようと襲いかかってくる。

「へへっ、こんな鎖、オートボットの対空砲の砲火に比べりゃあ屁でもねェ!」

 紙一重、圧倒的な物量のチェーンを僅かに体を傾けたり、少し上を向いたりと必要最小限の動きでかわしている。夕弦の方からすれば自分よりも大きく的になりやすい相手にチェーンがかすりもしないので、すり抜けているのかと錯覚してしまう。

 それでも直線を進む相手ほど撃ち落とし易い物はない。両手を前へ突き出して風の砲弾を放つ寸前、ブレストオフは消えた。

「――!?」

 いや、消えた用に見えたのだ。ブースターを下へ最大出力で噴かし、かなり無理を強いて夕弦の視界から忽然と消えたのだ。

 周囲を索敵し、ブレストオフを見つけて圧縮された風の塊を放ったのとEMPグレネードを投げたのが同時。

 夕弦は視界を乱され、慌てて所構わず攻撃をした。ブレストオフの方は直撃は避けたが、台風の威力を受けたような物で地面に叩きつけられ、間接から火花を散らしていた。

 

 夕弦とブレストオフの戦いと平行してボルテックスと耶倶矢の戦いも熾烈を極めた。風の加速と持ち前のランスで恐ろしい突進力を誇っている。当たれば穴くらいは空く。

「ボルテックス様の突風攻撃を受けてみろぃ!」

 ビークルモードになりプロペラを回転させてボルテックスは凄まじい風を発生させた。

「ふんっ、そのような物が颶風の御子に通用すると思うなよ!」

 耶倶矢も負けじと風を起こし、ボルテックスの突風を易々と押し返してみせた。風の精霊だけあって、ボルテックスのプロペラくらいではビクともしない。暴風に晒され、ボルテックスは体の制御に意識を傾けている隙に耶倶矢がランスを構えて突進して来た。

 分かりやすい突進攻撃を衝撃波アタックで容易く押し返し、耶倶矢は空中でバランスを整えて、次の攻撃方法を考えた。攻撃ヘリだけあって、ボルテックスの武装は多彩だ。

 耶倶矢の放つ風の矢をプロペラを高速回転で防ぎ、ブラスターやマシンガン、ミサイルが耶倶矢を押しつぶして来る。大量の弾を防ぐべく、耶倶矢は己の周辺に強固な風のシールドを張り、爆発や爆煙を跳ね返した。

 僅かに視界が遮られた時、ボルテックスの手が耶倶矢の目の前に迫っている。あの衝撃波アタックが来ると感じ、耶倶矢はランスに風を纏わせ、突き刺した。

 衝撃波と風圧がぶつかり合い、互いの体が反発して吹き飛ばされる。ボルテックスはブレストオフの上に落ち、耶倶矢の体は夕弦が受け止めた。

「ブレストオフ、撤退すんぞ!」

「その方が良いな」

 ビークルに変形してコンバッティコンは撤退を開始する。夕弦も耶倶矢も追撃はしなかった。

 吹き荒れる風はやがて止み、黒雲は消えて晴れ渡る。そこへ士道達がかけつけた。

「クックック、遅いではないか士道よ。悪の軍勢は我等が退治してやったぞ」

「ディセプティコンか? それより二人とも……その姿は……?」

「説明、敵の攻撃を受けた瞬間、腹が立ったら力が湧いて来ました」

 本来の力を取り戻した耶倶矢と夕弦を再度封印する為に士道はキスをした。霊力が二人から抜けて行き、士道の体へと流れ込んだ。

「あぁー! シドー私もキスゥー!」

「だーりん、耶倶矢ちゃんと夕弦ちゃんだけズルいですぅ!」

「いやぁ、また今度な今度」

「だーりん、前もそんな事言ってましたぁ」

「ま、あたしなんてキスする価値もないナメクジみたいな女だけど……鬱だ……」

 ぶーぶーと講義をする十香や美九を未来の十香がなんとかなだめてくれた。士道達の前には網にかかって動けずにいた。

「折紙……」

 スターセイバーを引き抜いて士道は網を切り払い折紙を自由にした。スターセイバーをしまい、折紙を見下ろす。復讐に取り憑かれた目は恐ろしく、まずどう声をかけようか悩んでいると士道達の来た道から騒がしいバイクのエンジン音がする。未来の十香は振り向き、確認するとそれはメイド服を脱ぎ捨ててスクール水着に犬耳と尻尾を生やしたロボ紙だ。

「へ、変態だぁー!」

 七罪が叫んだ。

「こんな時に邪魔な……。シドー、奴は私が倒す! 折紙は頼んだぞ!」

 十香は乗って来た車のトランクからロケットランチャーを持ち出し、肩に担ぐ。ロボ紙は片手で機関銃を撃っている。だが狙いは雑で命中はしなかった。十香はトリガーを引き、煙が綺麗な軌跡を描きながらロケット弾はロボ紙に命中し、爆発が巻き起こった。当然、誰の物かわからないバイクも廃車確定だ。

 ロケットランチャーを捨て、十香はトランクの中に詰め込まれたショットガンやサブマシンガンやらを装備して燃え上がる炎の方を見た。ロボ紙はここで倒さなければ邪魔になってしょうがない。炎の中から人型の何かが歩いて来、それはもはや折紙の姿すらしておらず、ハッキリとその姿が見えた時、十香は固唾を飲んだ。

 全身が金属の骸骨、とでも言おうか二個の赤い目がギラギラと光り、機械の筈だが明確な殺気を感じた。

《障害確認。夜刀神十香。抹殺開始》

 ロボ紙は歩き出し、十香はサブマシンガンをマガジンが空になるまで撃つ。それでも、金属の体は弾丸を弾き返すだけでダメージにならない。格闘戦に持ち込めば間違いなく十香の負けだ。

 精霊の力がなく、ただの人間に過ぎない今ではロボ紙に勝つのは難しい。

「何て固いんだ! これでも食らえ!」

 グレネードランチャーを当てて爆発に晒されるとロボ紙も流石に怯みはしたが、胸は黒く焦げているだけで、無機質な機械は任務の障害になるようなダメージではないと判断し、一気に駆け出して十香の胸ぐらを掴んで放り投げる。

 塀に体がめり込み口から血を吐いた。落ちていた鉄パイプでロボ紙を殴るが逆にパイプの方が折れ曲がっていた。

 十香はズキズキと痛む胸を押さえながら走り、ロボ紙を人の少ない所へ誘い込むように誘導した。通学路で戦っては、誰かに被害が出るかもしれない。

「グレネードが四個にショットガンとハンドガン……鏖殺公(サンダルフォン)があれば楽勝なのに!」

 後ろからはロボ紙が早足で追いかけて来ている。度々、振り向いてショットガンで時間を稼ぐうちに弾も切れてしまった。弾切れと同時に十香は製鉄工場へ逃げ込み、身を隠した。

 障害物の多い所で攪乱しつつ、ロボ紙を破壊する算段だった。入り口のドアを蹴り破り、中へ入る。その後にロボ紙は壁を破壊して侵入して来た。

 やはり施設内はごちゃごちゃしている。それにこの製鉄工場は稼働しており、白い蒸気や溶鉱炉の熱気が発っていた。ロボ紙は、顔を右へ左へ向けて赤いレンズが十香を探していた。

 十香は息と髪を乱しながら階段を上り、管理室に入って溶鉱炉のフタを閉じた。

「後はこれを……」

 次の作戦に移ろうと一度、自分の頬を叩いて気合いを入れて管理室の出口へ走るとバッタリとロボ紙と出くわした。次の瞬間、ロボ紙はナイフを十香の肩に突き刺した。

「うっ、あぁぁぁッ!」

 叫びながらロボ紙を払いのけようにもピクリとも動かない。

 十香は痛みで暴れながらホルスターに入っていたハンドガンを抜き、ロボ紙の目を撃った。カメラが片方破損してナイフにかかった力が抜けた。

《右カメラ破損。視覚、異常発生。情報収集能力低下》

 自分の状態が淡々と文字として表示されていく。また階段を上る十香をロボ紙は追いかける。段差に躓いたりと目が破壊された影響が分かりやすいくらいに出ていた。

 十香は肩からとめどなく流れ出る血を必死で押さえて階段を上がり、手すりを飛び越えて、少し広めの場所に降りた。そこでロボ紙を迎え撃つのだ。

 ロボ紙も手すりを越え、足を手すりに引っ掛けてボトッとだらしなく落ちてから再び立ち上がった。

「ヘンテコロボめ、私が倒してやる来い!」

 言われるまでもなく、ロボ紙は大振りのパンチを繰り出して十香は瞬時に身を低くして、足を払った。

「いだぁ!」

 蹴った十香の方に被害が出てしまった。ロボ紙が十香の傷口を狙って蹴りを入れ、十香は苦痛に顔を歪ませ、反撃をしたがした方が体を痛めてしまう。

 二人は広めのフィールドのほぼ中心にいる。今しかない、十香はそう判断して一目瞭然に逃げ出し、手すりを上ってハンドガンを抜いた。

「下を見ろメカメカ!」

 十香の言葉など聞かず、ロボ紙が一歩前へ踏み込むと十香は銃弾を発射した。弾丸は吸い込まれるようにしてロボ紙の足下に転がった四つのグレネードに当たり、爆発が起きた。

 当然、これでは破壊出来ない。十香の狙いは他にあった。爆発でロボ紙の足下に穴が空いた。その下には溶鉱炉がある。十香とロボ紙が戦っていたのは、溶鉱炉のフタの上だったのだ。

 ロボ紙は真っ赤な溶鉱炉へ落ちて行った。

《システム、異常発生。視覚回路、異常発生。メイン動力部、出力低下》

 ロボ紙のコンピューターには無数のエラーの文字で覆われているだろう。システムの回復などあり得ず、ロボ紙は溶鉱炉の中へと消えて行った。

「ハァ……ハァ……よくやったぞ私。後でシドーに頭を撫でてもらわなくてはな」

 

 

 

 

 爆発に巻き込まれ、瓦礫と共に転がって来たオプティマスはどうなったのか。ジャズは慌てて駆け寄り、オプティマスの体を起こした。

「オプティマス、トランスフォーム出来ますか?」

「あ、ああ……やってみよう。あっ……あああッ! も、もうひとイキなんだッ……ああ!」

 苦しいがなんとかトランスフォームしてロボットモードになれてジャズはホッとした。

「オプティマス、さっきローラーから送られて来た映像にロックダウンがいましたよね?」

「そうだ。あ、ローラー! 彼は……彼は無事なのか!?」

 崩れた山の隙間からローラーが元気な姿で出て来た。それを見てオプティマスはホッとしてローラーをコンテナに戻してやった。

「ローラーはチビですがタフな奴ですねまったく」

「ロックダウンも自分のグレネードにハマるとはマヌケな奴だ」

 その時である。

 崩れた山を吹き飛ばして濃い紫色の光線が空の彼方へ消えて行った。

「フフフフハハハ! 素晴らしい力だぜ! こいつを使えばまた戦争を起こせる!」

 姿を現したロックダウン。その胸にはダークスパークの禍々しい光が漂っている。リーダーのマトリクスと対をなすダークスパーク、マトリクスが英知をもたらすならダークスパークは破壊をもたらす。

「ロックダウン、それを渡せ! お前が扱えるような代物じゃない!」

「ほう……プライム、プライム。さっそくだがァ……くたばれ」

 ライオットキャノンの光球を撃ち、オプティマスは空中でそれを迎撃した。

「やめるんだロックダウン。そもそもダークスパークが何なのか分かっているのか」

「当たり前よ。コイツァ、俺の利益になる。未来に戻ってもその先もな」

「未来だと?」

 ロックダウンは嘲笑い肩を震わせた。

「プライム、テメェをぶっ殺しにわざわざ未来から来てやったんだよ! まあ、ダークスパークを追っていたのも事実たがなァ!」

「私を殺してどうする気だ!」

「未来のディセプティコンは腑抜けだァ。メガトロンの野郎がいた時代はよく俺に大枚をはたいてくれたもんだぜ。おかげで俺の財布は潤う一方だ。折紙とか言う女が率いるディセプティコンはもはやディセプティコンじゃない! オートボットの連中はテメェが死んでもディセプティコンを絶滅させようと張り切ってやがる」

「何が言いたい」

「プライム、テメェを殺し、オートボットの怒りに火をつけてやる。メガトロンの無しじゃあ動けないディセプティコンよりも遥かに戦争屋だぜテメェ等はよぉ!」

「お前の利益の為に……戦争を長引かせる気か!」

「下らねー争いをいつまでもしてるオメー等が悪い。セイバートロンの戦争じゃあたっぷり稼がしてもらったぜェ。このダークスパークを火種に全宇宙を戦争に巻き込んでやらァ!」

「そうはさせん!」

 オプティマスとジャズが二人して飛びかかるとロックダウンは胸のダークスパークに力を込めて四囲にエネルギー波を送った。それは衝撃波でもなく、吹き飛ばされるような事はなかったが、代わりにオプティマスとジャズは空中で静止して動かなくなっていた。

「なあプライム、未来の世界は不景気だぜ? テメェを殺せば景気回復よ。その所為でどれだけのテメェの仲間が犠牲になるかな?」

 ロックダウン高笑いを上げ立ち去ろうと背を向けた。オプティマスの目には強い怒りと共に胸のマトリクスが光り出し、ロックダウンの時間の停止から逃れて動き出した。勢い余ってオプティマスはロックダウンを殴り飛ばして憤った。

「ロックダウン! 貴様一人の利益の為に仲間を死なせはしない!」

「へっ……なら守ってみろよプライム! 俺から仲間とテメェの未来をな!」

 右腕のフックでオプティマスを引き倒してから肩に引っ掛けて頭から岩に突っ込ませた。がら空きの背中にライオットキャノンの光弾が無慈悲に瓦礫ごと吹き飛ばした。ブラスターではなくオプティマスはエナジーアックスと剣を握り、ロックダウンを斬りつけ、腹を蹴り上げて壁に打ち付けるとそのまま、串刺しにした。だがロックダウンに取って大したダメージではなく、頭突きをお見舞いされ、オプティマスは怯んだ。その隙を突いてダガーで体を切り刻まれ、オプティマスは唸る。

「俺はメガトロンみてぇに独裁に興味はねぇ! テメェみてぇな平和にも興味はねぇ!」

 一拍置いて、ロックダウンは薄ら笑いながら言った。

 

「ああ、テメェは平和なんか望んでねぇよなァ?」

 

 ロックダウンのその一言でオプティマスの動きは止まった。

「気ぃ抜いてんじゃねぇよプライム!」

 回し蹴りがオプティマスの首に決まり、鋼鉄の巨人はふらっと気が抜けたように倒れた。

「私が平和を望んでいないだと?」

 朦朧とする意識で頭をさすりながらロックダウンの顔と向けてくる銃口を睨み付けた。

「そうだろうよ、プライム。何が間違いだァおい。いつまでもいつまでも……何千万年もトランスフォーマーは戦ってやがる。生まれたての奴も老兵もみんなだ! 誰も不思議に思わねー。それが常識と思ってやがるからだ! オプティマス、テメェの事は特に気に入らねえな」

 オプティマスが腰に力を入れるとロックダウンは踏みつけて、体を押さえ込んで来た。

「テメェは理性で戦っていやがる。理性で気持ちを押さえて理性を最優先にしてやがる。違ぇだろォ? トランスフォーマーは戦う生き物だ! それがトランスフォーマーの生きる意味だ! 戦う事が体や心より深い深い、スパークの奥底の原初に刻み込まれた行動理念だ! 平和だと? 寝言を言うなよオプティマス。テメェも……一枚剥いだらメガトロンや俺みたいなんだぜ?」

 本能。

 戦いを求め、力を求め、敵を討つ。本能的にそれを求めている。オプティマスは震える手を見て、メガトロンの幻覚がフラッシュバックした。

 戦って、戦って、戦って、敵を幾度となく殺して来た。

(プライマスよ……どうして私を選んだのです)

 力を持つ者は戦いに身を投じる。戦う為に生まれて来たトランスフォーマーならそれは逃れられない宿命だ。戦いを嫌う者も結局、戦っている。

 平和、プライム、司令官、マトリクス、使命とオプティマスが“プライム”としての責務を果たす中で敵と戦う最中、オプティマスは悪しき考えだと縛り付けていた物があった。

 戦いが楽しい。それもどうしようもなく楽しくて仕方がないのだ。

 戦いを素直に楽しもう。

 オプティマスが己の中で封印して来た感情と向き合い、それを解き放った瞬間だ。

 ロックダウンの足を払いのけて、目にも止まらぬ正拳が顔面にめり込んだ。体が後ろへ飛ぶ前に胸を掴んで地面へめり込ませ、すかさずサーモロケットキャノンに腕を切り替え、発射した。爆発が大地をめくり上げ、ロックダウンは重傷ながらもオプティマスを押しのけ足へ光弾を見舞った。

 片足が損傷したが、気にせずオプティマスは肘でロックダウンの顔面を打ち、足払いでバランスを崩しながら、顎をかち上げ頭から地面に叩き落とす。

「これがテメェの本当の力か!」

 ロックダウンが吠えるもオプティマスは無言で頭をホールドし、岩に顔面を打ちつけた。ショックでジャズへの時間停止が消えて通常通りに動き出した。

「オプティマス……?」

 普段とは明らかに違うオプティマスの戦いにジャズはキョトンとした。

「弱いぞ!」

 ロックダウンを罵りながらオプティマスは横っ腹を抉り込むように打つ。

「役立たずのメタルのクズめ! ガラクタのスクラップめ!」

 下段、中段と蹴る位置を切り替えながらオプティマスはロックダウンの注意が足へ向いた途端に顔を殴り、同時に腹にブラスターを当てた。ロックダウンの頭を鷲掴みにし、持ち上げた。ロックダウンは地面を探すように届かない足をバタバタとさせていた。

 オプティマスのギアが音を立てて力強く動き、それに伴って手に力がこもった。このまま頭を握り潰す気なのだ。

「オプティマスプライム……!」

 ロックダウンは胸のダークスパークでオプティマスの時間を停止させ、なんとか手の中から抜け出せた。

「やってくれたぜ……。テメェは殺せなかったが、ダークスパークが手に入っただけでも儲けもんだぜ」

 ロックダウンはビークルモードになり土煙を巻き上げてタイムブリッジが設置されている岩山へ帰還した。程なくしてからオプティマスの時間停止の効果が切れて動き出した。

「――!? ロックダウン……あいつは!」

「オプティマス、大丈夫ですか?」

「私はなんともない。ロックダウンを早く始末しなくては」

「は、はい」

 

 

 

 

 ロックダウンの一団が緊急で建てた臨時基地の中では特にやる事もないので各々でヒマを潰して遊んでいた。アイアンハイドは表で一人で警備に当たっている。

「それでそれで、ジャズ様のお話は他にないのでいやがりますか!」

 目をキラキラさせながら真那はワーパスからジャズの話を聞いていた。

「ああ~他にか。そうだ、飛びっきりカッチョイイ奴があるぜ。あれはオレも見たがハンパねぇぜ!」

「何です何です! 早く聞かせて下せぇ!」

「ジャズがブルーティカスを一人で相手しやがったんだ。右ヒョイ、左ヒョイ、あっちこっちに飛び回って攪乱して爆弾使ってたぜ!」

「キャ~! たまんねーです!」

 年相応にはしゃぐ矢先、アイアンハイドが戻って来た。

「謎の機影を確認した! ワーパス、真那! 迎撃するぞ!」

「ハッハッハ! やってやらぁ!」

「ようやく私にも出番でやがりますか」

 真那はCR-ユニット“センチネル”を起動し、アイアンハイドとワーパスの後に続いて表へ出た。地平線の先から黒いスポーツカーが走って来るのが見える。カメラで拡大してそのスポーツカーを見るが、オートボットもディセプティコンのエンブレムを付けていない。

「いたぞぉ! いたぞぉぉぉぉ!」

「ああ! 二人とも撃て撃て撃てぇ!」

 持てる火器を使って遠方のロックダウンに攻撃を開始するとロックダウンから何やらエネルギー波が飛んだ。その瞬間に三人の動きは止まり、ぼうっと立っていた。

 ロックダウンは動きを止めた三人を素通りして臨時基地へ入って行った。ゲートを開けて、中を見渡して部下が全てやられている事に気付いた。そして、真っ先に視界に入ったのは、パーセプターだった。

 ロックダウンはライオットキャノンでパーセプターを撃ち、接近して腹に膝蹴りを入れて怯んだ所で頭に踵落としを食らわせた。

「君はロックダウンか……!」

「タイムブリッジをいじったのはお前かパーセプター。俺は元の時代に帰るぜ」

「待て!」

 ロックダウンの足にしがみついて、行かせまいとしたが、もう一方の足に蹴られてパーセプターは敢え無く倒れた。

「ふんっ」

「オリャァァ!」

「うおおおお!」

 ワーパスとアイアンハイドは叫びながらビークルモードで突っ込んで来る。ロックダウンの時間停止の持続力も明らかに短くなっていた。二人に跳ねられてロックダウンは宙を舞った。上手く受け身を取り、ロックダウンは見事に着地した。

 そこへオプティマスとジャズも着いた。

「オートボット、手を出すな! ロックダウンは私が片付けるぞ! とう!」

 一足飛びでロックダウンへ詰め寄り、拳を振るう。ロックダウンも拳を繰り出した。両者の鋼鉄の拳がぶつかり合い、衝撃波が施設内を震わせた。

「一対一でカタをつけるぞロックダウン!」

「いいだろうオプティマスプライム!」

 ロックダウンは床に落ちていた鉄板をすくい上げつつ前方へ投げるとオプティマスは鉄板を手で払った。そこへロックダウンがタックルを決めて押し倒した。金属の巨人はもつれ合い、殴り合い、激しい攻防を繰り広げていた。

 そんな様子を見るオートボットはオプティマスの様子が普段から明らかに違うのが分かった。オプティマスが戦いを楽しんでいるように見えたのだ。

 オプティマスは鉄パイプを拾い上げて、ロックダウンの体の至る所を打ち込み、トドメを刺そうと腕から剣を出した。

「うっ!」

 オプティマスが苦痛に顔を歪めた。見ればロックダウンのつま先、そこにはナイフが仕込まれてあり、オプティマスの腹に深々と刺さっていた。

「テメェはこれで最後だ!」

 オプティマスは膝を折り、壁にもたれかかった。

「ハハハ! 気分良いぜ!」

 がら空きの背中をパンチをめり込ませ、脾腹を蹴る。

「これから死ぬ気分はどうだプライム!」

「ふざけやがってぇ!」

 奮起したオプティマスのアッパーが顎を捉え、右フックが頬を砕き、連続したパンチがロックダウンの顔面を悉く打った。ロックダウンはふらつきながら、壁にもたれた。

「くそ! テメェの大事な物を守ってみせろ!」

 ロックダウンはそう言い、狂三に目掛けて飛びかかった。体で狂三を押し潰すつもりだ。

「狂三、逃げろ!」

 アイアンハイドが叫んだ。

「ぁ――!」

 ロックダウンが狂三に届いたかに見えた。だが、ロックダウンの腹にはオプティマスの腕が貫いていた。パチパチと火花を飛ばし、口からエネルゴンを吐き出し、ロックダウンはそこから手を伸ばして来たが、オプティマスは更にもう一方の腕も傷口に押し込み、腕を開いた。ロックダウンの体は左右泣き別れとなって息絶えた。と、同時に紫色の光が天井を突き破って飛んで行ってしまった。

「ッ!」

 顔をしかめたオプティマスにオートボットの皆が走り寄って来た。

「やりましたねオプティマス!」

「スゲー戦いだったぜ!」

「みんな……すまない……」

 オプティマスは胸を開き、光り輝くマトリクスを手に取った。

「今の私にこれを持つ資格は無い」

「冗談でしょ司令官? どうしてそんな事を言うんです!」

「私はプライムだ。しかし、今の戦いで私は戦いを心から楽しみ、更に戦いを求めていた……」

「オプティマス、あなたがそれを捨てるなら構いません。私はそれでもあなたを司令官と呼びます」

 アイアンハイドは言いながらオプティマスの手を包むように握った。マトリクスはオプティマスの手中で輝きを失わず光り続けている。

「あなた以外に司令官はいません。資格に無い者なら狂三を無視していた筈です」

 オプティマスはマトリクスとゆっくりと胸へと戻した。再び、マトリクスの保持者としての認識を取り戻した。

「私は特別じゃない。ただ、みんなより少しお兄さんなだけだ。オートボット! グリムロックが戻るまでタイムブリッジを見張れ!」

「はい!」

 全員が声を揃えて言った。

 

 

 

 

 五年前へ送られたダイノボットと四糸乃は五年前のネバダ砂漠にいた。五年前では砂漠に変化は無く、ベージュの大地が延々と広がっている。さて、問題はそこではない。今彼等がいる場所はネバダ州、天宮市まで相当な距離離れている。

 もたもたしていればネメシスプライムが折紙の両親を殺してしまう。

「とりあえずオレとグリムロックで天宮市まで飛ぶか」

「待てよスワープ、オレ達がいつまでも飛べないと思ってるのかよ?」

 スラッグ、スナール、スラージはロボットの姿になると不適に笑った。何をするのかと見ていると三人の脚部が細かな変形を経て、踵部分にブースターが出現した。そして三人は軽くホバリングして見せた。

「どうだよ、オレ達も飛べるんだぜ?」

 スナールは浮いた声で言った。飛べるようになったのが余程嬉しかったのだろう。

「五人とも、飛んで、行ける」

『じゃあよしのん達はグリムロックの上にでも乗って行こうかなぁ~?』

 四糸乃がグリムロックの肩に乗ったのを確認すると四人は足からジェットブースターで飛び上がって行った。空中で待っていたスワープが先頭を行き、アメリカの大地を去って行った。

 

 ダイノボットが天宮に到着したのはアメリカを発って五十分後だった。静かなその町に降り立ったグリムロックはさっそく折紙の家を探した。

『グリムロックさん、聞こえますか? 琴里さんからもらった映像は確認しましたわね?』

「うん、確認した」

『では、紙さんのご両親が死んでしまう前に見つけて下さいまし』

「俺、グリムロック。了解した」

 いざ行動を起こそうとした時、町の公園の方で火が上がった。業火は天に登り、天宮市の空を焦がした。赤く染まる町と強烈な熱にグリムロック達は顔を手で隠した。

「琴里の、炎!」

『四糸乃さんにお伝え下さい。せっかくですので雨を降らせてみては、と』

「伝える。四糸乃、狂三が雨を降らせて、みろって」

「は、はい……わかりました……やってみます……」

「ダイノボット、トランスフォーム! ネメシスプライムをボコボコに叩きのめすぞ!」

 グリムロックのかけ声をかけるとダイノボットはビーストにトランスフォームしてアスファルトの地面をえぐる脚力で走り出した。士道や琴里の事も気になるが、今は折紙とその両親を優先した。

 炎の中を駆け抜けるグリムロックは折紙の家までのルートを狂三から聞いて道を曲がったり、進んだり、家を吹き飛ばして突き進んだ。

 全力で走るグリムロックは、とある一軒家の上で人が立っているのを見つけた。黒いスーツに黒い髪、この大火災で悠長に家の屋根に立っているなどまともとは思えなかった。グリムロックは急ブレーキをかけて減速するとネメシスプライムのいる家屋へ突進して建物を吹き飛ばし、同時にネメシスプライムを天高く、舞い上がると近くの家の庭に落ちた。

「折紙の親、大丈夫か!」

 壊した家から覗き込むと折紙と両親は、固く抱き合っている。グリムロックはホッとした。そこへ四糸乃が降らせた雨が炎の勢いを弱めてくれる。

 これで一件落着、と行く筈はなく。ネメシスプライムは去り際に紫色の障気を放つ卵を落として撤退して行った。卵はすぐにひび割れて内部から黒い液状の物体が溢れ出すと形を気付いて行く。

 人型で中世の騎士を思わせる風貌の黒いトランスフォーマーは手にメイスを握り、ネメシスプライムが飛ばされた所から現れた。

「スラッグ、スナール、折紙達を、避難させろ」

 グリムロックも変形し、ソードと盾を掴んだ。ネメシスグリムロック、黒い騎士の名前だ。

 メイスを振り上げ、ソードを下段に構えて両者の武器がかち合い、ギリギリと金属の軋む音をさせながら競り合った。グリムロックは武器を投げ捨てて赤いティラノサウルスへネメシスグリムロックは黒く刺々しいティラノサウルスへ変形した。

 グリムロックの宿敵はプレダキングだ。己の紛い物に苦戦などしている暇はない。お互い吼えながら接近し、先にネメシスグリムロックが首に食らいついて来、家の塀や壁をグシャグシャにしてグリムロックを倒す。引き剥がそうと尻尾で顔を叩いて顎の力が緩んだと思うと、ネメシスグリムロックを振り払って頭突きで怯ませ、炎を吐いた。

 レーザーファイヤーに炙られてネメシスグリムロックは悲痛な叫びを上げながら黒い炎を吐いてレーザーファイヤーを相殺した。

 グリムロックは重々しい足取りで後退するとネメシスグリムロックはグリムロックが怖じ気づいたと思って吼え続け、威嚇をする。

 しかし、グリムロックの方は当然、怖じ気づいてはいなかった。己の最大の武器が牙でプレダキングが爪だ。リーチでプレダキングに分がある。グリムロックは、この牙をしっかり当てられるようにしなければいけない。

 体が燃え上がり、グリムロックの牙が赤く光を帯びる。

 ネメシスグリムロックはその態勢のグリムロックに警戒心を払い、尾の先端に黒く揺らめく炎のような気を纏わせた。グリムロックが狙うべきは確実に息の根を止められる首だ。対してネメシスグリムロックはバカ正直に向かって来るグリムロックを尻尾で叩き潰せば良いのだ。

 尾と牙ではリーチでどれだけ差があるかは言わずとも分かる。グリムロックは足に力を蓄え、ピシピシっと地面にひびが入った。バックで炎と雨が入り乱れるステージで睨み合いが続き、ある瞬間を境にグリムロックはアスファルトを破砕して駆け出した。一歩一歩が重くそれでいて速い、やはりバカ正直に向かって来たとネメシスグリムロックはほくそ笑んで目にも止まらぬ速さで尾を振り抜いた。

 が――。

 ネメシスグリムロックに手応えはない。カウンター攻撃は虚しく空を打った。その時既にネメシスグリムロックの首は決定的な一撃と共にゴロンと足下を転がった。

 グリムロックの野生の反応が尾によるカウンターを回避して首を食いちぎったのだ。

 ネメシスグリムロックの肉体は、ドロドロと溶けて水と共に消えてなくなった。

「狂三、折紙の親、救った」

『そうですの、これで少しは運命が変われば良いですわね』

 ネメシスプライムを撃退し、ネメシスグリムロックも倒したダイノボット一向はそれから現代へと呼び戻された。

 後は士道に託された。

 

 

 

 

 折紙とはゆっくり話がしたいと、士道は十香達を遠くに置いて折紙と天宮市の町が一望出来る丘の上にいた。

「気分は落ち着いたか折紙?」

 自販機で缶コーヒーを買って来た士道は折紙にそっと手渡した。

「折紙、お前はどうしてASTに入ったんだ?」

「そんなの精霊を殺す為……」

「本当にそれだけか? 恨み辛みを抱えて生きて来たのか?」

「あなたは私の事をよく知っている筈。私は……」

 精霊が憎い、そう言うつもりだった。しかし折紙は口を紡いだ。あの時見た、ネメシスプライムが両親を殺した様を。本来の憎むべき相手は奴だ。

「折紙、人間にも精霊にもなったお前だから分かるんじゃないか? 両方の生命に身を置いたからこそ、弱い奴の気持ちが分かると思ったんだが……」

「精霊が私の仇ではないのは分かった。だから私はあのネメシスプライムを討つ」

「折紙、憎しみを晴らせば前へ進めるのか!?」

「立ち止まるよりマシ」

「立ち止まって自分を良く見ろよ! 今のお前は嫌いだ」

 ドクンと士道の言葉が折紙の胸を打った。折紙はぎゅっと袖を握り締めて身を寄せた。

「どうして……?」

「折紙、オートボットもみんなも今は仲間以上の物になりつつある」

「仲間以上? それは?」

「家族だ。折紙もその一人と俺は思っている」

 折紙は胸板に顔を沈め肩を震わした。士道はしばらくそのままでいた。

「訂正するよ折紙。今の今の折紙は好きになれそうだ。ちゃんと表情を剥き出しに出来るお前はさ」

「私にはわからない……! 憎いのに倒せない! 憎いのに近付けない!」

「俺が支える。お前の傷が癒えるように俺はお前を全力で支えてみせる!」

 士道は折紙から離れると、少女の鼻先が赤くなっているのが分かる。

「折紙、決めろ。このまま憎しみを背負って戦うならディセプティコンに行け。もし、俺を頼るなら明日、俺の家に来い」

 士道はそう言い残して行ってしまった。

 既に空に月が登っていた。折紙は肩に刻まれたディセプティコンのエンブレムを触りながら紫色に鈍く光るそれを見た。

 

 

 

 

 折紙にチャンスは与えた。士道は後は彼女がどういう選択をするのかを待つのみだ。

「何だか短い期間だったが、凄い長く感じたぞシドー!」

 今、未来の十香を元の時代へ戻すべく士道や精霊達はネバダ州の岩山に来ていた。

「ロボットの折紙はちゃんと倒したんだよな?」

「うむ!」

 そう言って十香は頭を差し出して来た。士道は他の目も気になるが十香の頭を撫でてやった。

「シド~! どうして未来の私ばかり……」

 十香は頬を膨らませながら拗ねた。

「ごめんって後でやってあげるからさ」

 機嫌を取り戻そうて士道は言った。

「では、みんな! バイバイ! 未来の世界で土産話にでもするぞー!」

 タイムブリッジが作動し、十香は元の時代へと帰って行った。ロックダウンが残したタイムブリッジと宇宙船はしっかりとオートボットが保管をする事になった。

 そして肝心のダークスパーク、あれはロックダウンを倒した際に空へと打ち上げられ、どこかへと飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

 朝、士道はあくびをかきながら目を覚ました。

 すると、目の前には折紙の顔があったのだ。

「うおっ!? お、折紙! 何をしてるんだ!」

「あなたが昨日、お嫁に来るなら俺の家に来いと言った」

「都合の良いように解釈するなよ!」

「士道」

「ん?」

 突然、折紙は頭を下げた。

「ありがとう。こんなにどうしようもない私に最後の最後まで手を伸ばしてくれて」

 その時、折紙の見せた笑顔は芯から笑っている物と士道には分かった。グリムロックが過去を変えたらしいが、その影響はそこまで大きくなかったのか、折紙は透き通った目をしている。

 昨夜、折紙も真剣に悩み苦しみ、答えを出したのだ。

「それに士道は私を家族と言った。だから今日からここに住む」

「言ったけど都合良すぎだろぉ!」

「これから私は士道とみんなの為に戦う。だから近い方が良い」

 こうなったら絶対に意見を曲げないだろう。士道がポリポリと頭をかいていると――。

「おっはよーシドー…………折紙! 貴様何でシドーの部屋にいるのだ!」

「新婚生活をあなたに邪魔されたくない!」

「し、新婚生活!? ってどういう意味だ? そんな事はどうでも良い! シドーから離れろ!」

 朝っぱらから十香と折紙のいつもの見慣れた言い合いが始まった。

 いや、いつもではない。普段より二人の表情が確かに柔らかかった。

 


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