デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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まさか狂三と真那で一話使い切るとは・・・。



31話 二人はまず歩み寄らないとね

 グリムロックが復活と進化を得てからダイノボット達は自信をつけて自分達も常に訓練に励んでいた。

 そんな暑苦しく、激しい連中とは離れて士道は買い物に出掛けた帰り道だ。いつも通る交差点を渡ろうと信号で立ち止まっていた。腕時計で時間を確認し、向かい側の歩道の信号の色が変わり歩き始めると士道の前に突如、狂三が出現した。

「ごきげんよう、士道さん」

 ミステリアスな雰囲気を醸し出すゴスロリ衣装を身に纏う狂三を見て、士道は驚いた。

「狂三、足の傷はもう良いのか?」

「心配して下さるなんて嬉しいですわね」

 どうしてか、不思議と士道は狂三に対しての恐怖感という物を感じなかった。初めて会った時は不思議な子と思い、人を殺す様を見た時は純粋に怖かった。美九の時は頼りになると安心し、あの天宮市での戦いで傷を負った狂三を見て士道は、彼女も守るべき存在であると認識したのだ。ただ単にそれだけが理由ではないだろう、士道には自信がある、信念がある、目的がある、だから軸はズレないし、狂三を恐怖の対象としてでなく見れるのかもしれない。

「そうだ、狂三。あの時はありがとう、お前の力を俺に使ってくれて」

 あの時とは狂三が士道に【四の弾(ダレット)】によって傷を元に戻してくれた時だ。

「お安い御用でしたわ。そうだ、士道さん。これからわたくしとデートをしませんこと?」

「デート?」

 これからの予定は特にない。断る理由はなかった。

「ああ、良いぞ」

 狂三はにっこりと笑うと士道に腕を絡めて来た。

「狂三!?」

「士道さん、デートでしたらこうするのが普通ではなくて?」

 士道は困ったように鼻の頭をかいてデートを始めた。

「なあ、どこか行きたい所はあるのか?」

「そうですわね……。まずはランチにでもしません?」

 時間的にもちょうど良かった。士道と狂三はすぐ近くにあるファミリーレストランで昼食を取ることに決めた。店内に入れば、店員に人数を確認してから案内され、二人は窓際の席に座った。

 士道はハンバーグセットを頼み、狂三はパスタを注文した。水の入ったグラスを傾けながら士道は久々の狂三をまじまじと見詰めている。

「あの、士道さん。そんなに見られたら恥ずかしいです」

「悪い。こうして再開出来て俺は嬉しい」

「あらぁ? 士道さんはもうわたくしが怖くありませんの?」

「そうだ。怖かったらこうしてデートなんてしねえよ」

 クスクスと狂三は笑った。

「変わりましたわね士道さん」

「俺は変わってないよ。肝っ玉がついただけさ」

「ところで士道さん、窓の外で怖~い方が見ていますわ」

「怖い方?」

 狂三が指を差す方に顔を向けると窓の向こう側でガラスに張り付き、真那が血眼になって狂三を睨んでいる。

「おあっ! 真那!?」

 真那は一旦、ガラスから離れるともの凄い勢いで店内に駆け込んで来た。そして、士道の隣の席を陣取った。

「何をしてやがるんです。ナイトメア……!」

 声を細めながら真那は怒鳴った。

「真那、ちょっと待ってくれ」

「兄様は黙ってて下さい。ここで会ったが百年目! ナイトメア、覚悟しやがれです!」

 真那は腕まくりをして今にも仕掛けそうだ。

「怖いですわ。町中でこ~んなか弱いわたくしを襲おうなんて」

 狂三も狂三で挑発的な言動を取るので真那の怒りのボルテージは上昇し続ける。

「今、この場で戦えば市民に被害でます」

 冷静さを取り戻した真那は椅子に座り直し、真那もハンバーグセットを注文した。狂三は残念そうに首を横に振った。しばらくしてから注文した品が届き、無事に昼食を迎えられた。

「で、狂三。お前は今まで何してたんだ? いきなりひょっこり顔なんて出してさぁ」

 狂三は横に並ぶと士道と真那は本当に良く似ていると思いながら答えた。

「人捜しですわ」

「人捜し? なら手伝うぞ」

「兄様! どうせコイツは適当な事を言ってるだけです! 忘れてませんか? ナイトメアは一万人以上の命を奪った『最悪の精霊』です」

 士道は徳の高い僧侶のように落ち着きを払い、安心させるような声で真那を諭す。

「それは分かっている。狂三の罪は永遠に消えない。でも狂三を殺しても死んだ人は帰って来ない」

「何ですか、それなら死んだ人の無念はどこへ行きやがるのですか!」

「互いに分かり合わないといつまでも憎しみの連鎖が続くだけだ。真那、狂三、お前達はまずは歩み寄らないとな」

 幾度となく殺し合った者同士が歩み寄り、仲良くするなど出来る筈がない。真那には到底出来ない事だった。

「兄様は甘すぎるんです」

「わたくしは好きですわよ。士道さんの甘っちょろい戯れ言は」

「戯れ言をいつか実現させるさ。そうだ、今から飯を食ったら三人で遊ぼうか!」

「はぁ!?」

「えぇ~」

 二人は顔を合わせると露骨に嫌そうな顔をした。しかし、士道はやや強引に二人を連れて行き、ファミレスを出て行くとゲームセンターに行った。

「士道さん、今日はわたくしとのデートでしょう? どうして三人ですの?」

「このままじゃあ真那が黙ってないだろ。それに……狂三はもちろんとして、真那も友達いなさそうだし。年相応の遊びってのをやってないんじゃないか?」

 二人は少しムッとした。

「わたくしがどうして一人なんて言うんですの!?」

「友達っつっても分身した自分は無しな?」

「わかってますわ!」

「兄様、流石に私も友達はいますよ」

「本当かぁ? DEMの仕事仲間とかは無しだぞ?」

「ぐっ……」

 どうやら真那の言う友達とはDEMの仕事仲間だったらしい。それも見栄を張る為だけに言った友達だ。

「狂三の友達ってのはどんなだ?」

「ああ、よろしければ今から会いに来ます?」

 士道と真那は頷いた。狂三の友達というものが一体どんな人なのか気になった。狂三の後に続いて二人はひそひそとどんな友達が出て来るかを予想した。

「狂三の友達か……」

「きっととんでもない奴に違いねえです! あのナイトメアの友達ですよ!? きっと血祭りとか好きな筈です!」

「全く想像出来ん……!」

 狂三の後を歩いているとやがて、三人は大きな噴水がある公園へとやって来た。

「着きましたわ」

「……どこに友達がいるんだ?」

 士道の質問を無視して狂三は一気に走り出した。すると狂三は噴水の前に貯まる猫を拾い上げて膝の上に乗せて可愛がりだした。

「あぁ~、このもふもふたまりませんわぁ~。よしよし、寂しくないようにまた来ましたわ」

「……まさか狂三の友達って」

「猫でいやがりますね」

 猫を愛でる様は最悪の精霊という肩書きの狂三とはリンクしない。

「見て下さい士道さん、これがわたくしの友達のタロ、ミケ、タマですわよ」

「う~ん……」

 狂三のまた別の一面が見れた気がした。

「狂三、お前の友達はよくわかった。ちなみに人間の友達は――」

「いませんわ」

「だよなー」

 狂三が猫と存分に遊んだ後にゲームセンターやショッピングモールなどを回ってみたが、やはりそう簡単に狂三と真那は混じり合う事はなかった。士道がいたからこそ、戦いには発展しなかったが、真那の方は終始殺気を放っていた。

 

 時間をかけて士道は二人の垣根を取り払いたいと士道は考えていた。

「今日はありがとうございますわ、士道さん。次回は二人きりが良いですわね」

「ナイトメア、兄様を狙うなら容赦しねぇです」

「真那、だから戦う事は忘れろって。こっちこそ楽しかったよ狂三」

「ふふ、ではまた」

 狂三はスカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をすると士道達とは別の方向を歩いて行った。

「俺達も帰るか」

「はいです! あ、いや兄様は先に帰ってて下さい。私は少し用事がありやがりますんで」

「ああ、あまり遅くなるなよ」

「わかってます」

 士道は真那と分かれると家路を急いだ。士道の姿が見えなくなると真那はセンチネルを起動、赤いCR-ユニットを展開すると腐食銃を取り出した。

 真那はゆっくりと上昇し、移動していると狂三を発見した。すぐに斬りかかろうとしたが、真那は足を止めた。狂三の前には黒い髪の男性が立っている。狂三は刻々帝(ザフキエル)を権限させていたが、深手を負っているように見えた。

「あの男……何者?」

 真那はこのまま傍観していようと思っていると男の顔がハッキリと見えた。髪の色は黒だが、アイザックの顔に違いなかった。

「アイザック!」

 真那の怒りは瞬く間に限界に達してスラスターで加速をつけてアイザックの姿をした何者かを蹴り飛ばした。

「真那さん……?」

「あんたを助けた訳じゃねーです」

「真那さん、気をつけて下さい! あいつはまともじゃありませんわ!」

 狂三の言ってる意味が分からないので首を傾げているとアイザックの姿をした何者かは腕を軟体に変えて真那の首に巻き付けた。

「まさか私を攻撃するとは。君は狂三と戦って憎しみを振りまけば良いのだ」

「ナイトメア、こいつは!?」

「精霊の祖ですわ!」

 狂三は真那を捕らえる腕に銃弾を撃ち込んで千切る。

「始原の精霊? なら何であんたを攻撃しやがるんですか!?」

 狂三は答えなかった。

「崇宮真那、君は狂三を狙うが良い。手負いの彼女なら簡単に殺せるぞ」

 その男の言う通りだ。狂三を殺したくば今の狂三を攻撃すれば問題なく息の根を止められる。だけども真那は酷く気が進まなかった。それどころか、真那の切っ先はその男に向いた。

「アイザック、いつイメチェンしたかしらねえですが、私の今の目的はお前です!」

「アイザック? ああ、この男はそう呼ばれているんだったな」

 男の姿がドロドロの黒い液状となり、真那と狂三は同時に身構える。黒い液状は徐々に人の形を作り上げ、その肉体は人間のサイズを大きく超えてトランスフォーマーと同等のサイズにまで膨れ上がった。

 黒い液体が取り払われると二人は息を呑んだ。その姿は色こそ違えど見た目はオプティマスと瓜二つだった。

「ネメシスプライムと覚えていてもらおう」

 真那は腐食銃を迷わず撃ち込んだが、ネメシスプライムは弾速の遅い腐食銃を避けると両腕にダークエネルゴンを圧縮して刺々しい砲門を形成した。

刻々帝(ザフキエル)七の弾(ザイン)】!」

 ダークエネルゴンの砲弾を撃つ前に狂三の時間を止める力のおかげでネメシスプライムは停止した。

「今です!」

 狂三が叫ぶと真那は剣を振り上げてスラスターの出力を全開に一直線に突き進んだ。

 その時である。ネメシスプライムの目が紫色に光り、停止していた筈のネメシスプライムの体が動き出した。瞬時にダークエネルゴンの鎌を作り、真那を叩き落とし、続いて狂三をダークエネルゴンの大砲で吹き飛ばした。

「人間はいらないな。時崎狂三は回収しよう」

 ネメシスプライムは胸のハッチを開き、内部には禍々しく光るダークエネルゴンの結晶が置かれ、狂三を拾うと突如ネメシスプライムは激痛に顔を歪めた。

「ぐぉぉッ!? 何者だ!」

 ネメシスプライムの胸から光り輝く刃が突き出している。その刃は間違いなくスターセイバーの刀身だ。

「真那と狂三に何しやがる! リペイント野郎!」

 ネメシスプライムは激しく体を動かして背後から刺して来た士道を振り払い、乱暴に狂三を地面に叩きつけて痛みに吠えると足下に影を作り、その中へと逃げて行った。

「二人とも大丈夫か!?」

「は、はい……大丈夫ですわ」

 狂三は肩口を斬られ、体の各所に打撲の痕があった。真那は額を少し切り、体を強く打っていた。

「兄様……どうしてここへ?」

「どうせお前は狂三を狙う。そう思ったんだが、アタリだったな」

「すいません……」

 士道が真那と向き合っている間に狂三は足を引きずりながらその場から逃げ出そうとしていた。しかし、士道は逃がさず、肩を掴んだ。

「待てよ狂三」

「ひゃっ!?」

 傷に手が当たったらしく狂三は声にならない声を上げた。

「し、士道さん……!」

 狂三はキッと涙目になりながら睨んだ。

「ごめんって」

 士道が狂三と話している隙に今度は真那がどこかへ行こうとしていた。

「真那! どこ行く気だ!」

「に、兄様……」

「仕方ない……」

 士道はため息を吐くと真那と狂三の手を握るとポケットから手錠を持ち出すと二人の手に手錠をはめた。

「何をするですか!?」

「士道さん、何の真似ですの!?」

「二人とも仲良く出来なかった罪で逮捕しちゃうゾ!」

 二人を繋ぐ手錠にもう一つ手錠をかけて士道は自分の手にはめた。

「ふ、ふざけねえで下さい!」

「ふざけないで下さい!」

 二人の声は重なった。士道はそんな二人の抗議など無視して強引にオートボット基地へと戻って来た。帰路を行く間も真那と狂三は常にいがみ合っていた。

 フラクシナスに連れて行く方が本来なら良い筈なのだが、あそこの精霊保護部屋は隔離され過ぎている。今、二人に見せてやりたい物は別にあった。

 特設マンションに入り、地下へ行くエレベーターに乗ると階を決めるボタンの一つにオートボットのエンブレムが記されている物がある。そのボタンを押して三人を乗せたエレベーターが勢い良く降下して行く。エレベーターが停止してドアが開くと少し廊下を歩いていると重厚なゲートが見えて来た。

 士道が近付くとゲートは自動的に開き、中へ入った。

「グリムロック! お前真っ赤っかになっているぞ! 強そうだぞ!」

「俺、グリムロック。パワーアップで最強になった!」

「グリムロックよ、おぬしがその身を紅蓮の業火に焼かれたと知った時はひやりとしたぞ!」

「驚嘆。溶岩からの復活は胸熱です」

 グリムロックはエネルゴンの溶岩に落ちてから見事に復活を遂げた時の話を自慢気にみんなに話している。十香は結果的にグリムロックが生きていたので大して気にはしていない。

「あの凶暴なグリムロックくんが更に復活ってぇ~凄く心強いですよねぇ!」

 精霊達はみんな勢揃いしていた。

「グリムロックがパワーアップ……ますますあたしなんていらないじゃん……もうダメだ……死のう」

 相変わらず七罪がネガティブな事を言っている。

「七罪ちゃん、大丈夫ですよぉ、ちゃんと七罪ちゃんも必要ですからね!」

 美九が慌てて励ましている。

「まあ、チーム最強の、俺みたいな、理想には、なれないぞ!」

 空気もへったくれもないグリムロックの発言に七は更に落ち込んだ。

「コラ、グリムロックくん! そんな事言っちゃダメでしょ!」

「俺、グリムロック。反省」

 みんな折紙から受けた傷は完治しておりいつもの元気な姿を見せてくれている。そこには殺伐という単語が最も不似合いで呑気で陽気な空間が出来上がっていた。

「おぉ、シドー帰っていたのだな――ぬ! 時崎狂三! 何故貴様がここにいる!?」

「来たくて来たんじゃありませんわ」

「俺、グリムロック。狂三、俺、強くなった!」

 自慢の赤いボディーを狂三に見せるグリムロック。

「はいはい、凄いですわ」

 なるべくグリムロックとは相手をしたくない狂三は適当にあしらっておいた。

「やりぃ! 俺、凄い! 俺、最強!」

「士道さん、彼はいつもあんなのですの?」

「まあな」

「それより早く手錠を外して下さい」

「そうですよ兄様!」

 士道は首を横に振った。今ならまだ逃げられるかもしれないからだ。

「二人はさ、この部屋に入った時何も思わなかったか?」

 真那も狂三も頭に疑問符を浮かべた。

「トランスフォーマーも精霊も種族なんて関係なく笑い合い、互いを理解し合っている。それに真那なんてジャズを想っているんだろ? 人間とトランスフォーマー、精霊とトランスフォーマーが分かり合えるなら……人間と精霊も分かり合えないか?」

「人間は嫌いですわ。暴力的で原始的な種族……」

「そうは思わないね」

 三人の会話にオプティマスとジャズが入って来た。すると真那は頬を赤らめて視線を泳がせた。

「かつて我々も同じだった……。人間は幼い種族だ。まだ学ぶべき所がある」

 オプティマスは続けた。

「私達は人間の良い面を見た。重厚は全ての生き物が持つ権利だ」

「確かに人間は荒いけどみんな最低とは思わないな。現に私の親友は人間さ」

 ジャズはポンと士道の肩に手を置いた。「狂三、お前に消えて欲しくない。このまま一人で行動したら……アイツにやられる」

「バカにしないで下さいまし……わたくしは――」

「みすみす死ぬのを分かって外に出したくはない。狂三、せめて傷が癒えるまでここにいろ!」

 狂三は諦めたようにため息を吐いて承諾した。士道は手錠を外してやった。

「耶倶矢、夕弦。狂三と真那の手当てを頼む」

「引き受けた」

「了承。わかりました」

 会話が一段落するとオプティマスが顔を近付けて士道に聞いてきた。

「士道、“アイツ”とは誰だ?」

「オプティマスにそっくりの敵が現れたんだ。ネメシスプライムとか名乗ってたぞ」

 ネメシスプライム、そう聞いてもオートボットは誰もピンと来ない。プライムを名乗っているがみんなの記憶にそんなプライムは一人もいない。傷の手当てを受けながら真那も会話に参加して来た。

「ネメシスプライムは最初は人間でいやがりましたよ」

「何だと?」

 オプティマスは驚く。すると狂三も語り出した。

「真那さんの言う通りですわ。ネメシスプライムは最初はアイザック・ウェストコットの姿をしていましたわ」

 真那は急にCR-ユニットの腕部だけを展開すると空中に映像を投影した。それは黒い髪のアイザック・ウェストコットだった。しかし、その目や表情には人間的成分を排除されて人間とも精霊ともトランスフォーマーとも違う独特の雰囲気を醸し出していた。黒い髪のアイザックを見て、士道と美九は同時に「あっ!」と声を上げた。

 自然と二人に視線が集まる。

 士道と美九は黒髪のアイザックは初見ではなかった。士道はかつて天宮市の火災の映像で琴里に精霊の力を与えた存在を見た時に確認した。そして美九は声を失った時に精霊の力を与えて来た男の顔と一致したからだ。

 二人ともアイザックと会った時、違和感を覚えた理由はこれだった。ネメシスプライムと名乗る黒髪のアイザックが全ての元凶だ。琴里、美九に力を与え、三十年前に巨大な空間震を発生させた存在だ。

「コイツが……琴里に精霊の力を持たせた……!」

「私はこの人から精霊の力をもらっちゃいましたぁ~」

「アイザック・ウェストコットはDEMの社長だぞ? どうして精霊の力を与えられる」

 オプティマスは疑問を投げかけた。

「それはアイザック・ウェストコットの顔を借りただけの別人ですわ。何かを復活させようとしているみたいですわ」

「何か?」

 狂三に聞き返した。

「確か……ゆ……ユニクロン……でしかね」

 狂三がユニクロンと言った途端、基地内の雰囲気はガラリと変わり、一気に緊張感は最大になった。十香達、精霊はユニクロンから生まれた、その事実は隠してある為、その名前を聞いても何の事か分かっていない。

「ユニクロンとは何なのだ? お洋服屋さんかシドー?」

「まあ近いな」

 ネメシスプライムはユニクロンの眷属というのは分かった。けどもまだ分からないのはどうして精霊を産み出したり、精霊の力を与えているかだった。

 ユニクロンはもちろん、ダークエネルゴンでさえも伝説の存在と信じられていたが、大戦時スタースクリームとジェットファイヤーの研究ステーションでダークエネルゴンの研究が進められ、それがユニクロンの血液である事が判明している。

「みんな、そろそろ寝る時間だろう。マンションへ戻るんだ」

 オプティマスが部屋に戻るように促すと全員素直に従った。真那は五河家の自宅に戻り、狂三は特設マンションに行く予定だ。みんながゲートを通って部屋に帰ろうとする最中、士道だけがオプティマスに呼び止められた。

「士道」

「何だ?」

「少し話がある」

 士道は黙って頷き、踵を返す。

「シドーどうしたのだ? エレベーターに乗らないのか?」

「ああ、先に行っててくれ」

「うむ! おやすみシドー!」

「おやすみ十香、みんなもおやすみ」

 エレベーターのドアが閉まるのを確認してから士道は基地へ入ると手すりに手をついた。

「話ってなんだ?」

「もう一度、スターセイバーを見せてくれないか?」

「スターセイバーを?」

 疑問に思いながら士道はスターセイバーを出す。

「私の手に置いてくれ」

 オプティマスの指示に従って士道はスターセイバーを差し出された手の上に置いた。するとどうだろうか、人間が扱えるサイズであったスターセイバーは展開と拡大を繰り返していき、徐々にそのサイズをトランスフォーマーに合った物へと変えて行く。やがて、スターセイバーは巨大な剣へとなった。姿は同じでも大きさは普段のスターセイバーよりも何倍もある。

 そして、スターセイバーは眩い光を放つ。士道は目を見開いた。まさかスターセイバーがオプティマスにも反応するとは。てっきり士道だけに反応する力とばかり思っていたからだ。

「オプティマスもスターセイバーを使えるのかよ」

「オプティマスはプライムだぜ? 使えて当然よ!」

「本来はだな、この剣はプライムの資格を持つ者にしか反応しないんだ」

 意外な事をアイアンハイドから知らされた。

「じゃあ俺はどうして」

「君はプライマスに認められ、先代プライムに託された。スターセイバーを扱うに十二分の資格を得ている」

 そう言われると少し照れくさくなる。さて、そのスターセイバーを巨大化させて一体何をしようと言うのか。士道や他のみんなも注視しているとオプティマスは目から光を放った。

「オプティマス、何をしているんだ?」

「依然、君が持った時に同じような事をしたのを覚えているか?」

「ああ」

「あの時、ゼータプライムからのメッセージが一部、映像化されなかった所があった」

 今度はあの時のようにゼータプライムの映像は出て来ず、オプティマスはジッとスターセイバーと向き合い、何かと対話をしていた。しばらくしてから輝きを放つスターセイバーから光が消えて実体剣になるとスターセイバーを士道に返した。

「どうだった? 何かメッセージはあったのか!?」

 ワーパスは急かすように聞いて来た。他のオートボットも真剣な眼差しでどういう言葉が出て来るのかをジッと待っていた。ユニクロンの話になるとやはり、緊張感が違う。

 ダイノボットは普段通り陽気で話など聞いてもいない。

「惑星が直列した時、暗黒の王は蘇る。そう言っていた」

「惑星の直列? 太陽系の惑星の事ですか?」と、パーセプター。

「違う、正確な日時は分からないがメッセージにはそう書いてあった」

「ふむ……太陽系の直列なら明後日に置きますよ」

「明後日!?」

 士道は驚愕した。

「まだ、明後日と決めるのは早い。パーセプター、君は太陽系以外で起きる惑星の直列を調べてくれ」

「わりました」

「士道はこの事を十香達には内緒だ」

「よし、じゃあ琴里に伝えておくよ」

「いや琴里には私から話しておく。士道は狂三と真那の事に専念してくれ」

 コクリと頷いてから士道は基地を後にした。ユニクロンの存在は冗談では済まされない域である。けど士道に出来る事などたかが知れている。士道が優先すべき相手は狂三と真那の関係を取り持つことだった。

 

 五河家の自宅に戻る時に琴里とすれ違った。適当に挨拶を交わして、オプティマスが呼んでいる事を伝えると士道は家の中に入った。リビングに行くと真那がソファーに腰掛けてドラマを見ている。

「これからはウチで暮らすか真那?」

「考え中です」

 真那はテレビの電源を切ると士道と向かい合った。

「考えるも何も……DEMから足を洗ってるんだし帰る所がないだろ?」

「はい……そうなんですが……」

「とりあえず、飯にしようか。お前はまだ食べてないだろ?」

 士道が時計を見て時間を確認してから腰にエプロンを巻いた。腕まくりするとキッチンに入って今日使う筈の食材を冷蔵庫から出して並べた。

 三十分程で真那の分の料理が完成し、テーブルに並べた。兄の手料理など初めてである真那は気持ちを少し高ぶらせながら食べ始めた。兄妹の二人きりの時間など今まで無いに等しい。士道は料理を頬張る真那を嬉しそうに眺めながら、言葉を切り出した。

「真那、ずっとここにいてくれ」

「はい?」

 神妙な顔で急に思いも寄らないセリフを言われて真那は戸惑ってしまった。

「俺は兄妹で暮らしたい。俺を捨てた奴なんて知らないが……妹は違う」

「でも私にはやる事がありますんで」

「狂三か?」

 真那はゆっくり首を縦に振った。

「ナイトメアは世界に有害な存在です。だから私がこの手で――」

「やめろ! そんなに戦いたいのか? 何の為に? お前の“自分”はどこにいる? 狂三はお前だけ使命じゃない。俺が助け出す義務を背負っているっ! だからもう……殺そうとしないでくれ……!」

 士道の必死の思いを伝える。真那も兄の言葉が自身を揺れ動かしたのを感じたが、まだ心につっかえる物があった。

「ナイトメアを助ける、一体どうやってやりやがるんですか?」

 真那はまだ士道の力に関して全くと言って良い程知らない。

「真那、俺は――」

 士道はそのまま自身の力について話した。十香や他のマンションに住まう少女達が元々は精霊であり、それを封印出来る力を有している。それはプライマスの力によるものだと、士道は打ち明けた。

「ラタトスクは対話で精霊を解決しようと考えている。だから……狂三も俺がデレさせてみせる」

「わかりました、兄様の言う事は信じます。ナイトメアも任せてみます。でもあいつと馴れ合うつもりはねえです」

 真那は食事を済ませると二階に上がって空き部屋に駆け込んで行った。

 

 

 

 

 翌朝、狂三は起きるとまずは身の回りの事を確認した。次に自分の手足を確認した。そして、狂三はほくそ笑んだ。まさか拘束もせずにしかも部屋に霊力を封じる細工もしないで時崎狂三を放置するなど思っても見なかった。舐めているとも取れる相手の対応だが、ここは一つ感謝した。

 看護衣の姿で体の傷はちゃんと治っている。狂三は片手を天に向けて突き出すと霊力を溜め、赤と黒を交互に折り合わせたドレスのような霊装を身に纏う。再び、単独で例の始原の精霊もといネメシスプライムを討ち滅ぼそうと部屋を出た矢先、士道と対面した。

「よ、狂三。傷はもう良いのか?」

「心配をおかけしましたわ。でももう平気ですわよ士道さん」

「昨日は途中からデート出来なかったろ? 良かったら今日はその続きでもしないか?」

 狂三は目を細め、士道の様子をじっくりと観察した。

「面白い提案ですわ。上の命令……でも無さそうですし」

「嫌々この使命を全うしてる訳じゃない」

 狂三はさっきまで自分がいた部屋のドアを開ける。

「着替えてきますわ」

 そう言って部屋へ入って行った。

 士道は壁にもたれて狂三の事を待った。狂三が逃げようと思えば簡単に士道から逃げられるが、士道は信じてただジッと待った。

 ようやくドアが開くと狂三は相変わらず、黒を基調としたフリルのついたゴスロリ衣装を着ていた。

「お待たせしましたわ士道さん」

「待ってないよ。さ、行こうか」

 士道はの手を握ると歩き出した。狂三には士道がここまで積極的に近付いて来るのかが理解出来ない。狂三という美少女と仲良くしたいという下心だけならとっくの昔に離れている筈だ。ただの義務感で動いている節はない。

 まさか、本当に狂三を救おうと考えているなどと当人は予想だにしていなかった。

 さあ、デート開始だ。

 今回はフラクシナスからのサポートが無い。士道はこれまでの経験を活かして狂三をデレさせる作戦を立てる。

 スタンダードに映画に行く事を考えて、すぐにケータイを開き、今やっている映画を調べた。

 一、トランスモーファー。

 二、メタルマン。

 三、ほぼ300。

 選出された映画を見て思い止まった。映画という選択そのものを無しにした。

「狂三はどこか行きたい所はないか?」

「そうですわね……」

 狂三は人差し指を唇に当てて考えるとピンと何かが閃いた。

「そうですわ。わたくし、プラネタリウムに行ってみたいですわ」

 プラネタリウム、悪い所じゃない。むしろロマンチックだ。

「良いなプラネタリウム、俺も行った事なかったし」

 狂三の案を受け入れて天宮市に一ヶ所だけあるプラネタリウムに行った。ジャズに送ってももらえたが、ここは電車を使い、じっくりと移動も楽しみつつ目的地へ向かった。プラネタリウムのチケットを買ってから施設に入るとシートに腰掛け、背もたれが倒れてほぼ仰向けになる。

 会場内にアナウンスが流れてから消灯した。

「楽しみだな狂三」

「そう……ですわね」

 天井のスクリーンに無数の星が映し出された。士道はセイバートロン星がどこかにないか探したが、見つからなかった。

 星の説明をアナウンスでやっているが士道は内容のほとんどが耳に入っていない。意識はプラネタリウムよりも狂三に行っていた。

「士道さんは時間を巻き戻したいと思った事はありますか?」

「何だよ急に……。あるな、でも巻き戻せないしな」

「もしも巻き戻せるなら?」

「巻き戻さない。昔の恥も失敗も今の俺の一部だから」

 

 狂三は士道の横顔を見ながら最初に士道を見た時の記憶を思い返していた。ただの少年で容易く籠絡出来ると思っていた。

 今はどうだろう、以前よりも自分の軸が強まり、頼りがいのある雰囲気を作り上げていた。

 顔を星空に向けて、アナウンスでは今は季節外れの織姫と彦星の天の川について話していた。

「士道さん、織姫と彦星は年に一度しか会えませんのよね?」

「そうだな」

「もしもその一回の機会に雨が降ればまた一年先延ばしになりますわ」

 傘させよ、と士道は思ってしまったが口にはしなかった。

「時間は優しく、残酷ですわ。見送ったたった一年の損失をいつしか癒やしてしまうでしょう。永久に愛を誓い合った二人を風化させてしまうでしょう」

「何だか難しいな」

 一年なんて士道からしたら長く感じるが何千万年も生きたトランスフォーマーからすれば瞬きの時に過ぎないのだろう。

「まあ、織姫や彦星はイチャイチャしまくって引き離されたんだろ? そんな二人がお互いを忘れてるとは思えないな。それに、連絡する手段なんていくらでもあるしな。禁止されたら悪知恵なんていくらでも湧くもんだ」

「ぷっ、くっふふ、アハハハ!」

 狂三は笑いをこらえられず吹き出してしまった。

「お、おい狂三、シッー! あ、いや……一旦出よう」

 笑う狂三を一度場内から出した。少し笑い過ぎて狂三は目に溜めた涙を拭いて、息を吸った。

「士道さんは面白い人ですわ」

「笑わせるつもりはなかったんだがな……。中に戻るか?」

「いえ、十分に堪能しましたわ」

「そうか、何か飲み物でも買って来るよ」

 狂三は近くのベンチに腰掛けて士道を待つ事にした。ふぅ、っと息を吐き、狂三は我に返ったような感覚に陥った。今の今まで狂三は算段など抜きで士道といる瞬間を楽しんでいた。狂三は首を振り、士道を食べる事に意識を切り替えようとした。

「狂三、ほら」

 声がしたので見上げてみると士道が缶コーヒーを渡している。狂三はそれを受け取ると冷たい缶を首に当てて、顔や体の火照りを静めようとした。士道は狂三の隣りに座り、缶コーヒーを飲んだ。

 士道は頭の中で選択肢を作った。

 一、水族館。

 二、景色の良い所。

 三、ラブホテル。

 三は除外として一か二で迷う。今はまだ三時、景色の良い所はやはり夕暮れの方がロマンチックだ。士道が水族館に決めようとした時だった。

「おや、君は確か……」

 声をかけて来た方に顔を向けるとそこにはいつぞやの剣道場の師範がいた。胴着を着ていたので稽古の終わりか、休憩中か。

「先生……! あの時は本当にお世話になりました」

 士道は立ち上がると真っ先に礼をした。

 老年の男性は笑いながら困ったような顔をした。

「そんなに改まらないでくれ、私は大した事はしていないよ。それよりもあの美しいお嬢さんは君の彼女かい?」

 狂三はサッと恥ずかしそうに顔を背けた。

「い、いえ! そういう訳じゃ……」

「なるほど……」

 力強い目で二人を観察して男性は納得した。

「ところで、ちょうど私はたまたま、どういう訳か天宮動物園のチケットが二人分、あるんだ。君達で行って来るといい」

「そんな悪いですよ!」

「良いんだ。私に行くような相手はいない。それに私にはまだ稽古がある」

 その男は士道に動物園のチケットを渡すと足早にその場から去って行った。

「狂三、動物園でも行くか」

「良いですわね!」

 心なしか狂三の声は弾んでいた。動物好きな狂三にとって願ってもない場所なのだろう。ただ一つ不安なのは、天宮市にいつ動物園が出来たかだった。

 

 

 

 

 天宮動物園に着いてもやはり、その動物園に全くの見覚えがなかった。いつまでも疑っていては始まらないので士道は動物園に足を踏み入れた。受付にチケットを二枚渡して中に入ると狂三の目はキラキラとしていた。

「士道さん士道さん! 見て下さいまし、白いライオンですわ! ほらほら、タスマニアデビルもいますしマンドリルやバッファローもいますわ! ゴリラですわゴリラ!」

「狂三、動物園は初めてなのか?」

「……。ま、まあそう言われればそうですわね」

 我に返って狂三は冷静さを取り戻したが、早く次も見たい様子でうずうずしていた。士道は狂三と手を繋ぐ。

「行こう。どんどん見ようぜ」

「はい!」

 動物に触れ合う時の狂三は純真無垢で済んだ瞳をしていた。今は、自由に猫に触れるコーナーに夢中になっているので士道はそっとしておき、近くの柵を見渡して他にどんな動物がいるのかを探した。

 周辺を見渡しているとある柵に目が止まった。札には『恐竜ゾーン』と書いてあり士道は興味深い反面、嫌な予感がしていた。

「スラッグ! それ、俺の、餌!」

「うるさいグリムロック、早い者勝ちだ!」

「ん~。首が長いと高いところも届いて便利だな」

「スラージ、オレにも木の実を落としてくれよ!」

「スラージ、スナール! やっぱり空が一番だぜ! フッフー!」

 予想通りだった。

「あ、士道だ!」

 グリムロックが士道を見つけ出し、指を差して来た。その瞬間に他のダイノボットも士道の方をじろりと見る。

「ヤバし……」

「士道ー!」

 グリムロックが柵を越えようとすると即座に赤い髪の飼育員が飛んで来た。

「コラコラ! 柵超えちゃダメでしょ!」

「こ、琴里……」

「あ、士道。聞いたわよ狂三とデートですって? ラタトスクの支援無しにやろうなんて良い度胸だわ」

「この動物園はもしかしてラタトスクが?」

「当然!」

 無い胸を張って答えた。

「じゃああの剣道場の先生もラタトスクが……!」

「剣道場の先生? それは知らないけど」

 どうやら違ったらしい。

「しばらくの予算を稼ぐ目的もあって開園させてみたけど絶好調よ。グリムロック達をみんなが出来の良い模型と勘違いしてくれるし」

 まさか超ロボット生命体とは思わないだろう。

「さ、狂三を連れてデートを続けなさい。次は――」

「悪い琴里、次に向かうスポットは考えてんだ」

「ふんっ……言うようになったわね。良いわ! 信じてあげる」

 一通り、狂三と動物園を回り終わった頃には日は山の向こうに沈みかけ、雲は茜色に染まっていた。狂三は士道に行きたい所があると言われて素直について行った。場所は十香とキスをした思い出の場所であった。人はいなく、今は二人きりの空間だ。

 美しい景色にときめく程、狂三は素直な性格ではない。それでも士道はここを選んだ。

 手すりに手をついて士道は夕日を眺めている。狂三は疲れたと、木のベンチに腰掛けてその無防備な背中を見つめていた。今なら士道を食べる事は出来る。いや、元々食べようと思えば簡単に出来た筈だった。狂三は足下から影を自由に動かして士道に迫って行く。

 後少し、狂三の影が士道に触れようとすると――。

「綺麗だな狂三」

 景色の事を言ったつもりだったが、狂三は勘違いをしてしまい、戸惑いから影を引っ込めた。

「狂三……それと真那! そこにいるんだろ?」

 士道が声を大きくすると、真那は木の陰から顔を出した。

「気付いてやがりましたか」

「ああ。俺は二人に殺し合って欲しくない」

 士道は振り返ると二人を見た。

「お前達――」

 士道が何か言いかけた所で狂三とは違う影が地面で蠢いた。その影は地面から飛び出すと人の形となり、黒髪のアイザックとなった。

「ネメシスプライム!」

「忌々しいプライマスの力を宿した小僧……!」

 ネメシスプライムは顔を険しくして士道を睨んだ。

「傷も治った事だ。時崎狂三を処分しようか。主人に逆らう者は排除だ」

 ネメシスプライムは再び液体のように形をぐちゃぐちゃに崩して黒いオプティマスに姿を変えた。

「ちっ……! 刻々帝(ザフキエル)!」

 狂三は!刻々帝《ザフキエル》を呼び出し、歩兵銃と短銃を手に取り銃口をネメシスプライムに向けた。

刻々帝(ザフキエル)一の弾(アレフ)】」

 巨大な文字盤の1の文字から影が蠢きながら短銃の中に吸い込まれ、狂三は自分自身に弾を撃ち込む。一の弾(アレフ)の高速移動で狂三はネメシスプライムの視界から消え去り、真横に回り込み、蹴りを見舞う。ネメシスプライムは堪えた素振りも見せず、ダークエネルゴンを腕に溜め込み、砲身を形成した。

「弱々しい!」

 砲弾を回避した狂三はネメシスプライムの頭上から銃撃した。

「さあ、わたくし達!」

 影の中から何人もの狂三が現れるとネメシスプライムを完全に包囲し、前後左右から銃撃が浴びせられ、鬱陶しそうに目を細めた。

「真那、加勢するぞ」

「気乗りしねぇですが……」

 真那はセンチネルを起動。身の丈はある盾と剣を握るとスラスターで飛び上がり、盾でネメシスプライムの顔面を思い切り、ぶん殴る。

「小娘……!」

 ネメシスプライムは両腕を合体させて巨大な砲身を作り、ダークエネルゴンを蓄積させると特大の砲撃を放った。

 そこへ士道はスターセイバーで砲弾を切り裂き、狂三を守る。

「助かりましたわ……!」

 狂三は歩兵銃でネメシスプライムの目に狙いを定めると引き金を引いた。弾丸は真っ直ぐ、舞い上がる粉塵を切り裂くように進み、見事にネメシスプライムの目を潰した。

「目がぁ……! 目がぁぁ! うわぁぁ!」

 ネメシスプライムは怒り、気が狂ったように手を鎌にしてデタラメに振り回してアスファルトや木を切り裂いて暴れた。

「一応、ナイスとだけ言ってやります狂三!」

 スラスターの突進と体を回転させた遠心力を用いて真那はブレードを振り払った。ネメシスプライムは面白いくらいに吹き飛び、木々を押し倒して地面を転げた。

「人間と精霊風情が……!」

 ネメシスプライムはよろめきながら立ち上がると地面を踏みつけ、影を円形に広げた。影は士道達の足下にまでやって来るとそこから無数に鞭のようにしなる影が真那と狂三を絡め取った。

 影は士道の持つスターセイバーを嫌がり、掴みかかろうとしない。だがそれでも地面に広がる影に足を取られてある程度自由を制限された。

「こざかしい精霊め」

 ネメシスプライムは絡め取られた狂三を顔の近くまで寄せると勝ち誇ったように笑った。

「最期に言い残す言葉は?」

「わたくし一つの命であなたを倒せるなら安い物ですわ……!」

「何?」

 ネメシスプライムは訝しげな顔をするとすぐに狂三が何をしようとしているのかを悟った。

「貴様……!」

 狂三を良く見ると、大量の霊力が左胸にある霊結晶に集中して行くのが見える。

「自爆か……! アッハハハ! 神をそれで殺せる筈はない! 余は無敵の存在!」

「でもただでは済みませんでしょう? 瀕死なら真那さんか士道さんのどちらかが仕留めてくれますわ」

 狂三の体が紫色に光り出した。自爆までそうかからないだろう。

「やめろ狂三! そんな事したら死んじまう! 止めてくれ!」

「兄様!」

 真那が叫び、士道を見た。

「さようなら、士道さん……」

 狂三が目を閉じた。体が膨大なエネルギーによって大爆発をする筈だった。だが、爆発は起こらない。代わりに唇に柔らかい感触が伝わった。

 狂三は目を開けた。そこには士道の顔が間近にあり、優しい口づけがされてあった。刺々しい霊力は体の中から取り払われて溢れた力が抜けて行く。

 

 士道の手にはスターセイバーは無い。一体どこに行ったのか。

 それは、士道が狂三の下に走る最中に真那に向けてスターセイバーを投げつけていた。スターセイバーの刃は真那の拘束を切り払い、自由になっていた。

「くたばれネメシスプライム!」

 影を振り払った真那はブレードをネメシスプライムの顔面に突き刺し、傷口に腐食銃を叩き込んだ。

「グギァァッ!? おのれ、おのれおのれ! 崇宮真那! 人間ごときがぁ!」

 顔面が腐敗して行くネメシスプライムは悶え苦しみながら影の中へ帰って行った。ネメシスプライムが居なくなると足下に広がっていた影も消えてなくなっていた。

 さて、士道とキスをした狂三。その封印は完了していた。その証拠に狂三の霊装が光と共に消えて行っている。

「きゃぁ!? 士道さん! 何ですのこれ!」

「ごめん、これは通過儀礼なんだ!」

 狂三の封印の完了、それは一つの事実の証明でもある。

 あの最悪の精霊がデレたのだ。

 服が無い狂三の頭にふわっと上着が投げられた。真那の上着だ。

「着やがれです」

「真那さん」

「霊力も無い奴を殺そうとは思わねーだけです。精霊なら容赦はしねーですが、人間なら……歩み寄っても構わないです、狂三」

 真那は狂三と顔を合わせず、逃げるように去って行った。士道は嬉しくて頬が緩んだ。対極だった二人の垣根を少しは取り払えた事を……。

 


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