デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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28話 天宮市を守れ!

 七罪は意気揚々と箒に跨って空を飛んでいた。今の姿は二十代程のグラマラスな女性で一瞬だけ見せた小さな七罪ではない。あの姿は七罪のコンプレックスの塊であり今の姿は七罪が思い描く理想の自分の姿なのだ。どこへ行くか目的は無いが七罪はひたすら、高速で飛行しておりジェット戦闘機でも持って来なければ追いつけない程の速度だった。

 七罪は先程から何かに付けられている気がしていた。流星のごとく空を駆け抜ける速さに追い付ける筈がないと振り向いてみると、七罪の直ぐ後ろにプレダキングが追って来ていた。

「なっ……何あの竜!?」

 撤退はしたがプレダキングの任務は終わっていない。精霊を倒しプレダキングの実力を主人のメガトロンに力を示す任務は続いている。 プレダキングを振り切ろうとスピードを上げる七罪に問題なく追い付いて来る。プレダキングは火を噴き、七罪は攻撃をかわした瞬間にバランスを崩して地面へ真っ逆様に落ちて行く。地面に激突した七罪を空から強襲をかける。贋造魔女(ハニエル)の力でプレダキングをぬいぐるみに変えようと霊力の塊を放つ。巨体でありながら意外と身軽でプレダキングには一発も当たらない。

 プレダキングが急降下した。真っ直ぐ、一直線に落ちて来るので七罪は狙いやすくなったと箒を空に向けた途端、翼を広げてプレダキングは力強く羽ばたき、暴風を巻き起こして七罪を転倒させた。転げる七罪にプレダキングは尻尾を叩きつけた。

「い、痛い……!」

 大木に背中を預けて七罪は腕や足が切れて血を流す。経験をしたことが無い痛みに七罪はもがいていると、プレダキングはゆっくり、警戒を怠らずに近付いて来た。生かしたまま連れて行く事が先決だと考え、プレダキングは動けなくしようと足を狙う。

 振り上げた尻尾を目の前にし七罪は目を覆ったその時、ギィンッと鋭い金属音が響き渡る。我に返ったようにハッと前に顔を向けるとプレダキングの尻尾をグリムロックが受け止めていた。周辺を見渡せばグリムロックだけではない。他のダイノボットも士道も精霊もみんないるのだ。

「七罪、大丈夫か!?」

 七罪の身を案じたのは士道である。既にスターセイバーを構えて、いつでも七罪を守れるようにしている。

破軍歌姫(ガブリエル)鎮魂歌(レクイエム)!”」

 ここで美九の沈痛作用により負傷した傷口から来るズキズキとした痛みが徐々に和らいで行く。

「ど、どうして……私を?」

「理由なんてない。琴里、直ぐに俺と美九と七罪を回収してくれ」

『わかったわ』

「パーセプター、グリムロック達の回収をお願いします」

『了解したよ』

 即座に転送が始まり、士道達はフラクシナスへグリムロック達はオートボット基地へと転送された。獲物を目の前にして取り逃がしたプレダキングは怒りのこもった雄叫びと共に炎を空へ打ち上げた。精霊の反応が完全に消えたのを確認するとプレダキングは忌々しく思いながら空の彼方へ消えた。

 

 

 

 

 七罪の傷は思ったよりも深く、霊力を維持出来ない程であり大人の姿や変身能力を行使出来ないでいた。これは、士道達からしてみれば好都合である。逃げられない今ならば、攻略をする機会は十分にある。「いいかしら士道、七罪は今はすごく気持ちが弱っているから気をつけるのよ」

「わかってるよ」

「霊力が爆発する事は無いにしても回復させたら手の施しようがないわ」

「それまでに封印……か」

「そうよ」

 士道は固唾を飲み込んだ。

 艦橋を後にして現在、七罪が保護されている精霊用隔離部屋に行くと、内部の様子を観察出来るマジックミラー越しに士道はベッドの上でうずくまる小さな少女を見ていた。

 士道が数回ノックをすると甲高い声で叫んで来た。

「面会遮絶! 断固お断り!」

 無視してドアを開けると部屋からいくつものぬいぐるみが飛んで来た。

「入ってくるな! あっち行け!」

「おいぬいぐるみを投げるなよ!」

「うるさいうるさい!」

 聞く耳など持たず、布団を頭からすっぽりとかぶってしまう。目も合わしてくれない。

「どうしてそんなに他人を拒絶するんだよ七罪」

「当たり前でしょ! 世界はそういう物なのよ! いいから私に構うな!」

 話もまともに聞いてくれない。これはかなりの難物だ。しかし、士道もあらゆる難物を攻略して来た、ここでくじける筈がない。

「七罪、一度ちゃんと話をしよう」

「いや!」

「困ったな……」

「あんたも綺麗な方の私だから近付いて来たんでしょ!?」

「それは違う!」

「違わない!」

「違う! 悲観的過ぎるぞ七罪! みんなお前の事を嫌いなんて思ってない!」

「私の本当の姿なんて誰も見てないのよ! 綺麗が一番! 本質より建て前の方が何倍も綺麗なのよ! もう私に構うなバカ!」

「七罪、布団から出て来いよ。お前に素晴らしい世界を見せてやるから」

「嫌だ、素晴らしい世界とかなんとか言って私を笑い物にする気なんでしょ! いやだぁぁぁ!」

 こんなにも話が通じない相手は厄介極まりない。士道は仕方なく実力行使に打って出た。七罪が深々とかぶる布団を一気に引っ剥がす。

「キャー! 何すんのよこのロリコン高校生! 助けてポリスメーン!」

「誰がロリコンだ、失礼な!」

 布団の中から出て来たのは確かに綺麗とは違う少女だが、愛嬌はある。ただし、あまり手入れを施していない髪や不機嫌そうな目つきがその愛嬌を殺している。

「私は変身さえすれば良くなれるの! 私はそれで良いの!」

 今の姿にコンプレックスを抱いている。七罪は士道から布団を奪い返すとまたベッドの上にうずくまってしまった。

 ここは変身のスペシャリスト達に頼むしかなさそうだ。

「琴里、転送頼む」

『転送?』

「ああ、オートボット基地にだ」

 素直に士道の言葉に従うと士道と七罪の寝るベッドにかぶさるようにグランドブリッジのサークルが頭上から降りて来た。たちまちサークルに飲み込まれたかと思うと、二人はいつの間にかオートボット基地にいた。

「急に来るとビックリするじゃないか」

 突然の士道達の登場にジャズは少し驚いた調子で言った。

 七罪は恐る恐る布団の中から外の様子を窺った。ダイノボット以外に初めて見るタイプのトランスフォーマーが何人かいる。

「何よコイツ等、私に何する気!?」

「悪いようにはしないよ。話は琴里くんから聞いているからね。私達がちょこっと君を変えてあげるのさ」

 パーセプターが言うと怖く聞こえる。

「変えるって具体的に何をするんだ?」

 パーセプターは顕微鏡へトランスフォームすると七罪の観察を始めた

「ふむふむ、さあ七罪怖くないよ私にちゃんと見せてごらん? 布団なんて取って、さあ」

「うるさい、あっち行け!」

「素材は悪くないと思う。やり方によればそっちの趣味の人に受けが良いだろうね。よし、ワーパス」

「何だ?」

「彼女を変身(トランスフォーム)だ。大改造! 劇的ビフォーアフターだ」

「大改造?」

「ビフォーアフター?」

 ジャズと士道は訝しげな顔でパーセプターを見つめた。一体何をしでかすのか不安で仕方がなかった。

「さあ、こっちへおいで七罪」

 パーセプターが手を伸ばして来ると七罪は震えながら布団を投げ捨てた。

「嫌だ、変身させるとか言って私をバラバラにするきなんでしょ!? やられてたまるか!」

 ベッドから飛び降りて七罪は出入り口に向かって走り出して逃げてしまった。

「ああ、待つんだ七罪!」

「みんな、私に構っている振りなんだ! 私はのけ者なんだぁぁぁ!」

「何というネガティブ思考だ。早く探さなくては!」

 まだ霊力が回復していないのがせめてもの救いだ。

「オートボット、出動! 今すぐ七罪を探し出すのだ!」

 オプティマスの号令と共にオートボットはビークルモードにトランスフォームした。各々が個性のある車に姿を変えるとオートボット用の通用出入り口が開放されて出て行った。

「まだ遠くには行っていない筈だ。散会して捜索しろ!」

 

 

 オートボット達から必死の思いで逃げる七罪は細い路地に来ていた。キョロキョロと見回してどこか隠れる所を探していた。

「七罪、こっちだ」

 どこからか声がして七罪はその声に従うようにして薄暗い倉庫の中へ入って来た。 どこの誰だかわからないが、今はその声に従うしかなかった。倉庫の中に完全に入った時、倉庫の出入り口が突如閉まった。

「なっ……何!?」

「慌てるなよ、俺は味方さ」

 暗闇から現れたのはスタースクリームだ。

「お前もアイツ等の仲間だな! よくも私を騙したな!」

「おいおい、俺様をオートボットと一緒にするなよ。俺はお前の味方だぜ?」

「味方? はっ! 味方とか言って後ろからとっつかまえて私をロボットに改造するんでしょ!?」

「後ろから気絶させれた。でもしなかった」

 言葉巧みに七罪を誘い、落ち着かせると倉庫に積み上げられた鉄パイプの山に座らせた。スタースクリームも七罪の隣に座って興奮した気持ちを落ち着かせてあげた。

「みんな、私をバラバラにする気なんだわ! 口では良いように言ってるけどみんな私を下に見てるのよ!」

「ああ、分かるぜ七罪」

「みんなみんな、私の本来の姿を無視する。世界はそういう物よ!」

「その通りだ七罪。世界はそういう物だ」

「……」

「優秀過ぎる奴を妬んで凡人が追い落とそうとするのさ。俺様も仲間から優秀過ぎる能力を妬まれてるのさ」

「私なんて……そんな能力もないし……」

「逆だ七罪。優秀だから無視されるんだ。みんなお前に嫉妬しているだ」

「嘘だ。ある人にはチビとか汚いとか言われた!」

「天才と凡人の価値観は違うんだぜ? 見る人が変われば結果も変わるさ」

「じゃあどうして良くしてくれる人がいないのよ!」

「過ぎた秀才は孤独なもんだ。でもな俺は違う。同じ高みにいる者同士で手を組もうじゃねーか」

 ベタベタに褒められるだけでは信用などしないが、無視され続けた理由が自身の才能が溢れかえり過ぎている、と褒めると七罪でも多少は自信がつく。

「見返してやろうぜ。お前をバカにしたり、無視して来た凡人共を蹴散らそうぜ。このスタースクリーム様とな!」

「よぉ~し、何だか元気が湧いて来た! 見てなさいオートボットに士道め! 私の本当の力でコテンパンにしてやるんだから!」

「その意気だ! スタースクリーム様の右腕にしてやろう。はい、あとこのスタースクリーム王冠を仲間の印にやるよ」

 七罪の頭に王冠を乗せる。ただの王冠なのだが、どこか勇気が湧いて来る。力と威厳を示しているようで七罪は鼻を鳴らして、鏡の前でポーズを取ったりしていた。

「ところでスタースクリーム、アイツ等を見返すって何すんの?」

 スタースクリームはメガトロンを倒すだけの軍隊が欲しかった。その為に精霊である七罪を味方に引き入れただけに過ぎない。悪知恵を働かせて何か任務を与える事にした。

「よし、じゃあ最初の任務だ」

「OKスタースクリーム!」

「最初はだな。オートボット基地とフラクシナスの情報を持って来るんだ」

「どうして?」

「敵を知る為だ!」

「うん、わかった。行って来る!」

 倉庫のドアを開けてやり七罪を見送るとスタースクリームは陰でこっそりと笑っていた。

「よしよし、バカとなんとか使い用だ。見てろよメガトロン、今すぐこの俺様が目に物見せてやるからな。ざまーみろ、ハッハッハ!」

 メガトロン失脚を企むスタースクリームを監視している者がいた。

 レーザービークだ。

 スタースクリームの声をしっかり録音すると倉庫の小窓からレーザービークは飛び立つとサウンドウェーブの下へと帰還した。

 

 

 

 

 自宅にて読書をしていた折紙は不意に己の体が元に戻った事に困惑していた。少々の頭痛とバランス感覚の乱れに見回られたが直に戻った。やはり幼体では本来の力は発揮出来ないし、CR-ユニットの操作もままならない。尤も、今の折紙にCR-ユニットを動かす権限はなかった。

 それはと言うと、先のDEMの攻撃部隊への攻撃、討滅兵装“ホワイト・リコリス”の無断使用、数えれば後を絶たない軍規違反の数々で折紙のCR-ユニットの使用権限を封印すると同時に自宅で謹慎状態にあった。折紙は猛省する素振りも無く、ただ次の有効な殺傷手段を考えていた。

 精霊を死滅させる手段……。

 どういう訳か、折紙は精霊を殺す事を考え、精霊の死に様を脳裏に思い浮かべるとドクン、と心臓の音が強く聞こえ、チクリと胸を刺すような痛みを感じるのだ。平和でじゃれあい、夜刀神十香とバカな言い争い、夕弦と買い物、それらは有意義な記憶として脳に保管されていた。

 正直に言って、心に潤いが取り戻されていると折紙自身も認めざるを得ない。だが、ぽっかりと空いた心の穴を満たす物は復讐という結果でしか果たせないと折紙は信仰している。

 五年前の記憶を思い出せば、焼け付くような感覚も共に浮かび上がる。

 今を生きるか、過去に決着を付けるか、折紙はこの選択に揺れ動き、頭を捻り、懊悩し、悶える。

 自分の中で答えを吐き出す直前、折紙はピクリと眉を動かし、違和感を覚えた。ポケットから携帯端末を出して画面を切り替えると、マンションをドカドカと何名もの黒いスーツを着用した男達が上がって来るのが確認出来た。穏やかな話ではなさそうだ。

 戦っても確実に勝てる見込みは無いと察知して直ちに逃げる準備を整えると折紙はベランダのドアを開けた。

 携帯の画面で大家に内緒でマンションの至る所に配置された超小型カメラで男達の居場所を確認している。相手はもう折紙の部屋の前まで来ている。男達はノックもせずにドアノブに手を伸ばすと、鳶一家の罠の一つ、催涙スプレーが噴射された。

『ぐわっ!? 何だこれは!』

 一般的なマンションにこんな罠が仕掛けられているとは思いもしない筈だ。折紙はベランダからロープを下ろして外へ逃走を図ると外で待機していたメンバーに見つかった。

「窓から逃げたぞ、追うんだ!」

 どうして謎の人物に追われているのか理解に苦しんでいる最中、携帯に着信があった。画面には『日下部燎子』と表示されており、折紙は電話に出た。

『折紙!? 良かった、まだ無事みたいね!』

「どういう事? どうして私が追われているの?」

『ショックな話だけど良く聞いてね。たった今、あなたの懲戒処分が決まったわ』

 確かにショックな話だ。これで折紙は精霊と戦う手段を完全に失った事になる。懲戒処分という話を聞けば、追って来ている連中の正体も分かる。ASTや精霊は秘匿情報、その存在を知る者はASTや自衛隊を止める際に記憶を消去される。

 忘れた方が楽かもしれないが、折紙は腑抜けの考えと判定している。

『本当はあなたの懲戒処分は無しに謹慎処分の筈だったんだけど、上層部に誰かが手を回したらしいの』

「誰か?」

 燎子も折紙もその存在は十中八九DEMだと思った。

『私も上層部に掛け合ってみるわ。絶対に捕まらないでよ』

「もちろん」

 電話を切り、折紙は道路を走り、塀を飛び越えて、人の屋根を走ってとまるで忍者のような身のこなしだ。

 連中の追跡は執拗であり、折紙はやがて人気のない倉庫へと追い込まれていた。

「手こずらせてくれたな鳶一折紙」

「お前はもう終わりだ」

 逃げ道を失い、折紙はホルスターに収められた銃に手を伸ばすとまたもや着信があった。

『もしもし、お久しぶりですね鳶一折紙』

 エレン・メイザースだ。

「何の用?」

『こちらでもあなたの動きを観測していまして、とてもお困りの様子で。ASTを除隊されて行き場の無いあなたに手を貸したく……』

「士道を危険に晒す相手に借りる手はない」

『ご安心下さい。五河士道には当分手は出しません』

「それを私に信じろと?」

『はい。あなたも困っているのでしょう? 精霊を討つ力は無い、記憶の消去寸前。四の五の言っている場合ではないでしょう?』

 折紙は奥歯を噛み締める。折紙の悲願を達成するにはもう迷ってはいられない。

「わかった。手を貸して」

『良いでしょう』

 電話が切れた時と全く同時に折紙の前に並ぶ男達は肉片に変わった。そして空中からふわりとエレンが降りて来る。

「ようこそ、DEMインダストリーに。あなたは今すぐイギリスに向かってもらいます」

 

 

 

 

 スタースクリームにそそのかされた七罪はこそこそと再び、オートボット基地であり精霊の特設マンションにやって来ていた。

「見てなさい、私は有能、私は最強なのよ!」

「戻って来たのか七罪」

「ひゃっ!?」

 潜入前に士道に見つかってしまった。

「ちょうど良かった、来いよ。お前に教えてやるさ、ちゃんとした変身の仕方ってのをな」

 七罪はジリジリと引き下がろうとしたが腕をしっかり掴まれて、オートボット基地へと連れ込まれてしまった。七罪の頭の中はぐるぐると回り、改造されたり、笑い物にされたりと嫌な妄想がよぎる。だが、ここは潜入出来たと考えた。

 基地の広間に連れて来られるとそこにはオートボットがスタンバイしている。

 七罪は威嚇するように睨み付ける。

「七罪、君をトランスフォームさせる」

 オプティマスは指を差して自信満々に言う。オートボットが何をするのか士道も知らない。だから、かなり不安があった。天央祭の音楽部門の件もある。

「よし、かかれ!」

 オプティマスが指示を出すとパーセプターは七罪にすっぽりと何か金属の鎧を着せてしまい、頭からつま先全てが隠れた。

「自分に自信がないのならその鎧を使うのだよ。戦車砲さえ退けるスーパースーツなんだ。パンチはゴリラ百頭分、伸縮性を意識した寝間着にも使える一品だよ」

 バトルスーツの胸のボタンを押すと背中から羽が飛び出して両端がピカピカと光っている。

 とりあえず士道はコメントを控えた。この年の男の子なら喜ぶかもしれないが、七罪は女の子だ。

「あの、一つ良い?」

「何だね?」

「ダサい」

 パーセプターが丹精込めて作り上げた強化スーツはダサいの一言で切って落とされてパーセプターは傷心気味だった。

「女の子にそんな物騒なモン渡すたぁ、やっぱインテリ野郎は乙女心ってのを分かってねぇな!」

 続いてワーパスが七罪を自信がつくような姿にコーディネートした。乙女心など何一つ分かっていなさそうだが、とにかく黙って見てみる。

「よし完成だ!」

 ワーパスが七罪を隠していた手をどけると、そこには竹刀、丈の長いスカート、マスク、鎖などと時代錯誤した姿になり果てていた。

 一瞬の間が空いたが、ここで黙ってはダメだと士道が必死に褒める。

「似合ってるよ七罪!」

「ワーパス、乙女心なんぞどこにあるのだ?」

 アイアンハイドは呆れてこれ以上、何も言わなかった。七罪はプルプルと体を震わせて鼻先を真っ赤に涙目でオートボットを睨んでいた。

「やっぱり、私を笑い物にする気だったんだ!」

「待て、落ち着くんだ七罪、私は笑っていないぞ」

 と、オプティマス。

「オレはギリ耐えたぜ!」

「ワーパス、もう喋るな」

「許さない、このメタル野郎! 私を理解してるのなんて誰もいないのよ!」

 いくら自信がつく姿に変えても意味がない、それは今までの変身能力と変わりがない。七罪本来の姿を使って変えて行く必要がある。

 一度、作戦を練り直すべく五人は円陣を組んでゴニョゴニョと話した。

 しばらく、話し合いが続くと円陣が解かれてオプティマスは目から光を放ち、七罪の体をスキャンした。他の四人も七罪をスキャンすると各々は黙り込む。

「手荒だが、始めよう。セイバートロン式健康美容法を」

 オプティマスの言う“手荒”は本当に大丈夫なのか心配になる。パーセプターは七罪をつまみ上げる。

「はな、離せ離せ離せ! 私をどうする気よ!?」

「やれ」

「はい」

 パーセプターが七罪を小さな水槽の中に入れるとスイッチを入れた。すると水槽の中の水が流れ出し、七罪は渦巻きの中に吸い込まれて行った。

 少ししてパーセプターは水槽の中に手を突っ込みビチャビチャになった七罪を引っ張り出した。息苦しそうにせき込んでいる。

「し、死ぬかと思った……!」

「セイバートロン式美肌水洗風呂だ。流れたら体の隅から隅までピカピカだ」

 オプティマスが鏡を使って七罪に向けるとさっきまでの自分の変わりように七罪は驚いた。ピチピチの肌に艶々の髪、それだけで雰囲気は一変する。

「これが……私?」

「そうだ。さあ、まだまだ続けるぞ! 覚悟するんだ七罪!」

 セイバートロン式健康美容法は本当に手荒だ。歯車の中に放り込まれて体を矯正したり、棒で体の凝りをほぐし、何やら溶岩やら針山やら大きなハンマーやらを持ち出しいるが、全て健康道具だ。

「次はぐるぐるサイクロンマシーンに入ってもらうぜ! その次は溶岩風呂だ!」

 七罪はオートボットに任せるとして、士道は自宅に帰った。これから十香達の夕食を作る為だ。士道の夕食の団欒の中に既に七罪は存在している。何を作るか迷いながら玄関の戸に手をかけると、鍵が開いている。

 閉め忘れはしていない。玄関の靴を見ても琴里はまだ帰っていないし、十香や四糸乃達でもない。士道は携帯端末を片手に握り、すぐに連絡を取れるようにしながらリビングに行く。そして、リビングのソファーにはエレンが座っている。士道の背筋にひやりと悪寒が突き抜け、逃げようとしたがエレンは呼び止めた。

「待って下さい」

 言葉だけでなく、体もしっかりと止められてしまった。随意領域(テリトリー)の力が働いた所為だろう。体はピクリとも動かず、エレンは見えない力で携帯を奪う。

「一応、預からせてもらいます。五河士道、座って下さい」

 全身を押さえ込む拘束が解かれ、士道は自由になるがエレンがいる以上、完全な自由ではない。ソファーを指し示すエレンに従って士道はそこへ座った。

「良い家ですね。手狭ですが、清掃も行き届き、温かな雰囲気を感じます。ここで毎晩、楽しい団欒があるのが目に浮かびます」

「そうかい……。土足で上がり込んでいるとは失礼な人だな、あんた」

「失礼、外国育ちなもので」

「日本の礼儀ってのも叩き込んでおいてくれ」

 士道はゆっくりと立ち上がる。

「逃げるのは諦めて下さい」

「逃げないよ。どうせ逃げらんないし」

「理解が良くて助かります」

「お客にお茶も出さないのは失礼だからな」

「ご丁寧にどうも」

 士道はキッチンに行くと来客用の湯のみにお茶を入れてお盆に乗せるとエレンの前に置いた。

「あまり使っていない食器……来客用ですか」

 士道はエレンの言葉を無視して座り直した。そして、エレンは出されたお茶を冷ましながら飲んだ。

「それで、わざわざ人様の家に乗り込んで何の用だ?」

「単刀直入に言います“ウィッチ”を引き渡して下さい」

「何?」

「“ウィッチ”を引き渡す、もしくは居場所を教えるのであれば夜刀神十香、四糸乃、八舞姉妹、誘宵美九の安全を保証します。どうです、最高の条件でしょう?」

「ふざけるな! 精霊を救うのが目的だ。一人も危険な目に合わせない!」

 士道が断るのは分かっていたようにエレンは再び湯のみを口にする。そして、部屋の中を見渡してじっくりと観察した。

「……この平和、誰のおかげで実現出来ているかお分かりでしょうか?」

「ラタトスクや琴里――」

「違います。私やアイクが手を下さないだけです。だから平和に暮らせるのです。ここであなたを殺すのは造作もない。ですが、スタースクリームがやけに気にかけていました。安易に殺傷するのは得策ではない、そう考えました」

 エレンはスーツの内ポケットに手を入れるとナイフの柄だけを取り出した。刃の付いていない柄をどうするつもりかと思うと、淡い光の刃が出現した。

「手荒に行きましょうか」

 エレンは目を細めて、士道のどこを斬ろうか思案していた。拷問に口を割らない保証はないが、士道は最大限に抵抗をするつもりだ。

「痛いのは嫌いですよね? 早めに白状すれば済みますよ?」

「俺はアイツを売らない」

「そうですか、では耳を……落としましょ――うっ……!?」

 光刃で士道の耳を切り落とそうとした時だった。エレンはとてつもない腹痛と尿意に襲われ、股に力を入れた。

「ようやく効き目が出たか」

「き、貴様……! お茶に何を入れたのです!?」

「うちは女子が多いからな、便秘対策はバッチリだ。便秘薬と利尿剤をたっぷりと入れてやったぜ!」

「姑息な手をよくも……! ハゥゥッ!?」

 ぎゅるぎゅると腹が音を立ててエレンは額から汗を大量の漏らした。

「と、トイレはどこです……!」

「七罪から手を引け、なら教えてやる」

「出来ますか! トイレの場所などだいたい分かります!」

 漏れないようにちょこちょこと指先だけで動き出すと士道は目を見開き、トイレには行かせまいと勢い良く駆け出し、エレンの前に立ちはだかる。

「バカ、やめなさい!」

「七罪から手を引けぇぇ!」

「男として恥ずかしくないのですか!?」

「うるさい、世界最強なら一般人をどけてみろ!」

「くそぉ……!」

 随意領域(テリトリー)を使い、士道を床に叩き付けリビングを出て行く。

「待てぇぇ!」

 今のエレンに強力な随意領域(テリトリー)を維持して発生させられるだけの集中力は無い。士道は拘束から簡単に解放されて地面を必死に這い、エレンの足に掴みかかる。

「離しなさい変態! うっ……お腹がぁ……!」

 士道の顔面を蹴り、再びトイレに向かって動き出す。リビングを出た廊下の角を曲がったエレンの目にはトイレというオアシスが見えた。心から安堵した瞬間は今以外に無いだろう。

「行かせるかぁぁぁぁぁ!」

 士道の猛烈なタックルを受け、エレンは廊下の奥、洗面所へと押し込まれた。

「うぐぁぁぁ……! あっ……」

 不意にエレンがやり遂げたような顔になった瞬間、士道は身を引いた。だがこれはフェイントだ。

「騙されましたね! 世界最強がお漏らしなどしますか!」

 士道が引いている隙に遂にエレンはドアに手を伸ばした。そこへ士道の魔の手が執拗に迫る。

 エレンの足にロープを投げ、両足を縛り上げると士道は一気にロープを引き、エレンを転倒させた。後、一歩の所で邪魔が入った。

「うがぁぁぁぁ!」

 エレンの悲痛なる叫びが五河家にこだました。

 そして、ウィッチの捕獲から手を引く事を約束したエレンはなんとかトイレへと行かせてもらえた。トイレから出たすぐの廊下で壁にもたれながら士道は待っていると水が流れる音がした。

 ドアを開けて出て来たエレンの顔には怒り意以外存在しない。

「よくもやってくれましたね五河士道!」

「おい、待てよ七罪には手を出すなよ」

「ええ、出しませんよ。代わりにあなたを徹底的にいたぶります!」

「何!? あれは不可抗力だ!」

「どこが不可抗力ですか!」

 ナイフではなくレーザーブレードを展開したエレンは士道を切り刻もうと振りかざす。だがその時、エレンの電話に着信があった。電話をかけて来たのはエレンの部下だ。

「何の用ですか?」

 エレンは苛立ちながら電話に応対した。切っ先は士道の胸に当てられ、随意領域(テリトリー)の効果で逃げられぬように固められていた。エレンは部下からの連絡を耳にすると眉をひそめた。

「本当ですか……! わかりました、すぐに行きます」

 通信を終えるとエレンは再び士道を睨み、剣を引いた。

「全くもって腹立たしいですが、あなたは運が良い」

 エレンは切っ先を下ろしてレーザーブレードの光刃を消すと家を出て行ってしまった。エレンがいなくなると体にのしかかっていた重さがなくなり、体の自由が利く。

 それと同時にインカムから琴里の声が聞こえて来た。

『士道、今どこにいるの!?』

「え、自宅だけど?」

『いるなら早く出なさいよ!』

「仕方ないだろ、こっちもいろいろあったんだし」

『連絡出来たならいいわ。よく聞いてね士道、今から数十分後、天宮市に人工衛星が落ちて来るわ!』

「何だって!?」

 士道は戦慄した。

『士道、聞こえるか!?』

 インカムにオプティマスの声が加わった。

『七罪が逃げ出した。どこに行ったか知らないか?』

「こんな時にもう……!」

 人工衛星墜落と七罪の逃走が同時に起きてもう頭の中が大混乱だ。

「わかった。俺が探す!」

 話はわずかに遡る。オートボットにありとあらゆる美容法の餌食とされた七罪は今までのボサボサな髪やカサカサの肌、衣服からメイクからを一新し、本来の姿を残しつつ変えてしまった。

 鏡の前に立つ七罪はその変化に惚けて立ち尽くした。

「これが……私?」

「そうだ、人間の化粧という概念を利用した。我々と違って塗装による着飾りは出来ないようだからな」

 七罪をスキャンしたのは、七罪のコンプレックスとなる個所を検索する為だ。そして、インターネットを介して人類の化粧という物について調べたのだ。

 部族風だとか、儀式のような化粧などを試して試行錯誤の末に一般的な化粧に行き着いた。

「これが君の可能性だ。悲観的になる事はないんだ」

 七罪は嬉しくなったが、まだ何か裏があると考えて素直に喜ばなかった。

『七罪、テメェ何してんだ! 早くオートボットの情報を持って来やがれ!』

「は、うん……」

 基地を出たいがいきなりここを後にするのは不自然だ。何か良い手はないかと考えると七罪は腹の底から力を感じた。全身を活き活きとしたエネルギーが走り回り、気持ちが良い。霊力が回復したと分かった七罪はボフン、と大きな煙を発生させて脱兎のごとく逃げ出した。

「違う違う違う! アイツ等の口車に乗っちゃダメなんだ。私を理解してくれるのはスタースクリームだけよ!」

 自分にそう言い聞かせて力が戻った七罪はスタースクリームの下へと帰って来た。待ち合わせは倉庫の中だ。

「ウスノロが。一体何をしてやがった」

「ごめんって、ちょっといろいろ……」

「で、肝心の情報は手に入ったのか?」

「えっと……何かマンションがあって、そこをぐわーってなってて――」

 分かりにくい説明に痺れを切らしたスタースクリームは怒りながら言った。

「この役立たずめ! お前に期待した俺がバカだったぜ! ナルビームで眠ってやがれ!」

 スタースクリームのナルビームを浴び、七罪は倉庫の中で倒れた。全身が痺れて動かない、意識はハッキリとしているのに体は凍ったように動かないのだ。天井に穴を空けてスタースクリームは本来の任務である人工精霊の素体探しに向かった。

 

 

 

 

「た、大変じゃ!」

 Dr.アーカビルは血相を変えてマードックの私室に乗り込んで来た。ノックも無しに入って来られてマードックは少し腹が立ったが表情に出さずに聞いた。

「何が大変なんだ?」

 アーカビルの表情から尋常な事ではないと察したマードックは机から身を乗り出す。

「投下する筈の人工衛星なんじゃが、詰め込むエネルゴンの量を誤った。今すぐロケットで宇宙へ逃げよう大変じゃ!」

「待て待て、エネルゴンの量と宇宙へ逃げるのがどう大変なんだ?」

「分からないのか、エネルゴンの量が多すぎて爆発したら天宮市だけではない、この地球が消滅するんじゃ!」

 マードックの顔は死人のように血色を無くして行く。 アイザック抹殺ついでに自分の命まで危ういのだ。マードックは心のどこかで少し期待していた。日本が吹き飛んでもまさかイギリスにまで影響など出ないだろうと。

 だが万が一、本当ならどうする? 今からロケットを手配しても遅い。最悪の事態をいくつも考えるとマードックは落ち着いた様子でタバコを吹かした。

「終わった……」

「諦めるなマードック~!」

「終わったよ……最後に何か好きな事をして終わろうかな……」

 マードックはもう完全に諦めていた。

 

 

 

 

 月面のディセプティコン基地へと帰還したレーザービークはサウンドウェーブの胸の中に収まって、地球での情報を再生した。もちろん、その中にスタースクリームの反逆の意を示す言葉も入っていた。

「スタースクリームめ! また儂を裏切る気だな! こうなったら儂が自ら地球に乗り込んで粉々にしてくれるわ!」

 コンピューターを叩き、怒り出すメガトロンをサウンドウェーブが呼び止めた。

「お待ち下サイ、メガトロン様。今、地球へ向かうのは危険デス」

「危険? 何が危険だと言うのだ」

 サウンドウェーブは基地の巨大ディスプレイに地球に向かって飛来している人工衛星を映し出した。

「人工衛星に大量のエネルゴンが含まれていマス。地球を消滅させる程デス」

「何地球を消滅だと!?」

 メガトロンも地球の征服は望んでいても崩壊は望んでいない。まだたっぷりのエネルギーが詰まった宝庫をみすみす潰れるのを見ていられない。

「サウンドウェーブ、コンバッティコンを呼べ。人工衛星を宇宙空間で消滅させてくれるわい! ショックウェーブ、お前はプレダキングを今すぐ呼び戻せ」

「了解しまシタ」

「御意」

 

 

 

 

 フラクシナスもこの地球の緊急事態に気付いている。落下する人工衛星は二機ある。一機は爆破術式と適量のエネルゴンを含み、天宮市だけを吹き飛ばす破壊力を備えた物、その後に控えているのが地球を消滅させるだけの人工衛星だ。

 パーセプターの改造で主砲のミストルティンの威力は上昇している。人工衛星の破壊には出力不足と予測した。その理由は、人工衛星に施された防衛シールドの所為だ。フラクシナスの解析では人工衛星には三重のシールドが張られ、用意に破壊されないように守られていた。

 ミストルティンでは一枚剥がせるかどうか分からない。破壊を考える先で琴里は精霊達や士道を回収しようとしていた。

「士道、すぐにフラクシナスで回収するわ。十香達も連れてきて」

『ああわかってる。けど七罪を見つけないとダメだ。琴里、少し時間をくれ。七罪を探して来る』

「はぁ!? もう今にも人工衛星が落ちて来るのよ!?」

 怒気を孕んだ口調で琴里は怒鳴った。

『ギリギリまで頼む。俺はアイツを置いていけない』

 心配で胸が張り裂けそうな気持ちを必死で押し殺した。士道は頑固な性格、もう言っても聞かない。

「七罪をお願い士道。でもギリギリになったら問答無用で連れてくからね」

『ありがとう、琴里』

 七罪を託しだ琴里は肩に羽織った上着を脱ぎ捨て、艦長席を立つ。琴里にはこれからやる事があるのだ。

「神無月、“グングニル”を用意して」

「はい!」

 琴里は艦橋での指揮を一度神無月に任せるとエレベーターで屋外のデッキに上がった。デッキにはスラッグがスタンバイしていた。

「スラッグ、頼むわよ」

「わかっている琴里」

 スラッグがビーストモードにトランスフォームして琴里を背中に乗せる。すると琴里の足下から炎が燃え上がり、制服からイフリートの霊装が構築された。白い衣を炎で彩り、巨大な斧を豪快に振り回す。フラクシナスはもう船首を向かって来る人工衛星の方に狙いをつけた。

『司令、グングニルの準備が完了しました』

「OK」

 琴里と接続されたフラクシナス、それは琴里の霊力を何倍にも増幅して放つフラクシナス最強の砲撃を放つ為だ。フラクシナスの砲口には莫大なエネルギーが蓄積されていつでも放つ事は可能であった。スラッグの方も普段以上にエネルギーを口腔内に溜め込み、放出するのを今か今かと待ち望んでいた。

「グングニル、発射!」

 神無月の声と共に船体が大きく揺れた。クルーは皆、どこかにしがみつき、膨大なエネルギーの奔流を目を細めて見ていた。光の柱の直径はフラクシナスよりも太く、その周辺をスラッグの火炎が螺旋状に巻き付いて威力を付与させていた。

 迫る人工衛星に命中すると圧倒的な物量を押し返そうと光の柱はぶつかり、キラキラと辺りに光を飛ばす。グングニルとスラッグの砲撃が第一のシールドを貫通した。

 すると館内に歓喜の声が上がり。第二のシールドも突破だ。このまま押し込めと、心で念じたがグングニルの威力は徐々に弱まって行く。

「不味い……本体にすらダメージが行ってない……」

 グングニルとスラッグの力を以てしても人工衛星の破壊には至らない。一体どんなシールドを積んでいるのかぜひ見てみたいものだ。

『琴里、残りは我々がやる。エネルギーの充填に専念してくれ』

 通信を送って来たのはオプティマスだ。

 

 

 フラクシナスが滞空する地点から少しズレた位置にオプティマス率いるオートボットはいた。グリムロックも直ぐにレーザーファイヤーを撃てるが、シールドを破るには威力不足だ。

「オプティマス、どうするんです」

「みんな、撃って撃って撃ちまくれ!」

 やはりそれしかない。

 オートボットは全員、上を向くと頭上に差し迫る人工衛星に向かってありったけの銃弾を撃ち込んだ。

「なあオプティマス、オレ達だけじゃ威力が足らねえよう」

「スワープとグリムロックは人工衛星に直接近付き、バリアを破壊しろ」

「よし来た!」

「わかった」

 スワープはビーストモードになり翼を羽ばたかせ空中へ舞い上がる。グリムロックはロボットモードで足からブースターを噴射して二人は空の人工衛星に向かって一直線に飛んで行った。一つ目の人工衛星が着弾まで五分も無い。

 人工衛星を目前に控えるとスワープは自慢のミサイルを一点に集中して打ち続け、ビーストモードに変形し、人工衛星の上に乗ったグリムロックはシールドに噛み付き、尻尾で叩き、踏みつけてとシールドの破壊に専念した。

「グリムロック、どけ!」

 スワープの言葉に従い、さっきまで攻撃していた所から退くとスワープの強烈な爆撃が開始された。スワープの猛爆はシールドにピシッとひびを入れる。

 グリムロックは肉体を赤熱させ、大量のエネルゴンを燃焼させて莫大なエネルギーを生み出し口に含む。渾身のレーザーファイヤーをそのひびに撃ち込むと人工衛星を守る最後のシールドは破られ、バラバラになって空に消えた。

 グリムロックも今のをもう一度は撃てない。グングニルもまだ充填出来ない。この本体は精霊と士道に託すしかなかった。

 

 

 

 

 体が動かない。スタースクリームが空けた天井から巨大な人工衛星が落ちて来るのが七罪からも良く見える。ナルビームの麻痺効果で全身はビリビリと痺れて指一本たりとも動かせないのだ。

「だっ……! あっ……!」

 助けて、と叫びたいが麻痺した体では声もまともに上げれない。死にたくない、死にたくない、そう願いながらずっと声を出そうと必死に腹に力を入れた。オプティマス、アイアンハイド、ワーパス、ジャズ、パーセプター、誰でも良いから来てくれと天に祈りを捧げていた。

「七罪! どこだ返事をしてくれ! 聞こえているならすぐに町を離れるんだ七罪!」

 士道の声だ。七罪は涙と鼻水を流しながら助けを求める手段を探していた。

「七罪! 俺が嫌いなら嫌いで構わない。せめて逃げてくれ!」

 七罪は必死に今出来る最大限の事で自分の居場所をアピールしようとした。体の霊力を阻害するナルビームの効力を無理矢理に振り払い、手に霊力を込めると倉庫をカボチャのぬいぐるみに変えてしまった。倉庫を丸々、変えたのでもしかしたら気付いてくれると七罪は期待した。

 後は士道が気付くかどうかだ。七罪は目を瞑り待った。

「七罪!」

 士道の声が壁越しではなく直接聞こえた。七罪は目を見開くと入り口で士道が立っている。

「七罪大丈夫か!? これは……ナルビームか……」

 七罪の動きを止めている物がナルビームと分かると士道はスターセイバーを呼び出し、体に纏わりつくナルビームを切り裂いた。

 体への重圧が一気に消え去り七罪は勢い良く立ち上がった。

「し、しどお……!」

 涙で顔がぐちゃぐちゃになった七罪をあやすように頭を撫でると軽々と抱きかかえてカボチャのぬいぐるみの中から出て来た。

「次はあれを潰すのか……」

 空を見上げて士道は人工衛星を睨み、スターセイバーから光波を撃ち込んで見たが、効果は今ひとつのようだ。

「シドー、ここにいたのだ!?」

「クックック、こんな緊急事態で女人と逢い引きとはやるではないか」

「提案。さっさとあの人工衛星を潰しましょう」

 士道のスターセイバーの光が見えたのか士道の下に十香達が参上した。今は士道達が人工衛星を潰さなければ天宮市は消滅するのだ。

 ズズズ、と鼻をすすり泣き止む七罪は箒を振ってニンジンミサイルを撃ったが壊れない。

 スターセイバーは意志という力に反応する剣。士道は守るという意志に力を注ぎ、刃を光らせる。十香は鏖殺公(サンダルフォン)から風圧の刃を飛ばし、四糸乃は氷の弾丸を絶え間なく放っている。

 耶倶矢や夕弦も風を操り人工衛星の破壊に励み、美九は歌声で支援する。

贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪は今ある霊力を全て使い、人工衛星という巨大な物体をぬいぐるみに変えてしまった。

「七罪……」

「勘違いしないでよ。士道にいたずらして良いのはあたしだけなんだから!」

 人工衛星がぬいぐるみに変わり、内部のエネルゴンも単なるクッションになった。

「ありがとう。準備完了だ」

 スターセイバーの光は通常の何倍も膨れ上がり、数十メートルの刃を形成した。

 士道はスターセイバーを振り抜き、巨大な光波を人工衛星に向けて飛ばした。人工衛星とほぼ同じ光波に飲み込まれ、天宮市の空から綺麗に消え去った。

 士道は力を使いすぎでふらつくと十香がすかさず支えてあげた。

「サンキュー十香」

「お安いご用なのだ」

 士道は自力で立つと七罪と向き合った。七罪はバツが悪そうにキョロキョロと目を泳がしていた。

「な、何よ」

「無事で良かった」

「――!? 何よみんな格好つけて……みんなして構ってくれて……みんな……ぐっ……」

 七罪の目から大粒の涙がポロポロとこぼれた。

「ごめんなざい……いたずらしてごめんなざいぃ……。素直になれなくて……!」

 今までの嬉しかった気持ちを跳ね返していた分が堰を切って溢れ出し、七罪は泣き出してしまう。士道は優しく、抱き締めて感情のままにさせてあげた。

「七罪」

「……? うぷっ!」

 唐突に士道と唇が重なり、驚きはしたが抵抗はなかった。七罪の霊装は剥がれ、いつも通り、一糸まとわぬ姿になった。士道もこれには慣れた対応で上着を貸してあげた。

「何これ!?」

「まあ……仲直りの証って言うのかな……」

「だーりんまた他の人とキスしたー! 言い方私として下さいよ~!」

「そんなポンポンやる物じゃないからな!」

「シドー、あれは?」

 十香が指差した空の彼方には小さな点がある。士道は目を凝らすとそれが人工衛星だと分かった。

「……! 琴里、人工衛星はまだあるのか!?」

 士道はインカムに向かって叫んだ。

『ええ、この地球をぶっ飛ばすくらいのね』

「嘘だろっ!?」

『本当よ』

 珍しく琴里の声には諦めに近い物を感じられた。

『士道、琴里、諦めるにはまだ早い』

 オプティマスが通話に参加した。

『琴里、自信の消失や諦めは禁物だ。司令官は最後の最後まで自信を持て』

 クルーが最後にすがるのは琴里だ。その琴里がくじければフラクシナスはただの棺桶と貸す。

『私がなんとかしてみる』

 根拠は無いがオプティマスがそう言うと士道は少し安心出来た。この土壇場、今頼りになるのはオプティマスだけであった。

 

 

 

 過剰にエネルゴンを注いでしまった人工衛星が地球に飛来するまで十分。だが地上スレスレで破壊しても意味は無い。遥か上空で破壊しなければならないとしたら、もう三分も無い。戦艦ネメシスは人工衛星から少し離れ大砲やミサイルを撃ち、衛星の破壊を試みる。ネメシスの甲板にはメガトロンとその後ろにコンバッティコンが並んでいた。

「コンバッティコン、ブルーティカスに合体しろ!」

 メガトロンの命令に従い、五人は各部分を担当し、合体兵士ブルーティカスになる。

「ブルーティカス、あの人工衛星を止めろ!」

「はいよ、メガトロン様」

 宇宙空間という事あってブルーティカスは足から出すブースターだけで容易に巨体を動かした。人工衛星が落下する方向に先回りするとブルーティカスは人工衛星をその身に受け止めた。

 とてつもないショックがブルーティカスを襲うが一切、へこたれずにブースターが焼き切れんばかりに噴射した。

 人工衛星の落下速度は僅かにだが弱まっている。だがブルーティカスだけ止められるような質量ではない。ブルーティカスには時間を稼いでもらうだけで構わない。

「ぐうぅ……体がバラバラになりそうだッ!」

 ブルーティカスのブースターは少しずつ出力を低下させていると彼をサポートをするべく成層圏から一匹の竜が飛び抜けて来た。プレダキングは全力で人工衛星にぶつかり、ブルーティカスと共に時間を稼ぐ。

「プレダコンか、助かるぜ!」

 プレダキングが抜けて来た成層圏からもう一つの機影が確認された。メガトロンはレーダーなど見ずとも影だけでその正体を見抜いた。

「オプティマス……」

 ネメシスの機銃や対空砲はオプティマスを撃ち落とそうと弾幕を張った。逃げ場など無さそうな弾の豪雨をオプティマスは右へ僅かに体を傾けたり、頭を少し下げたりと紙一重で全て回避して防衛兵器が届かない甲板に着地した。

「メガトロン……お前の仕業か」

「濡れ衣だ。儂等もあの人工衛星を破壊するつもりだ」

 メガトロンは手を差し出した。砲口でもなくただ手を差し出した。

「一時休戦だオプティマス」

「良いだろう」

 メガトロンも地球を壊す訳にはいかない。オプティマスはもちろん地球を守る義務がある。二人の利害は一致した。

「オプティマス、これを持っててくれ」

 メガトロンが渡して来たのは小規模なブラックホールを発生させる爆弾、セイバートロンの戦時中もオートボット、ディセプティコンの両軍が使用し、効率的に敵を殺した兵器だ。

 メガトロンはタンクモードに変形し、オプティマスは指示を聞かずともメガトロンの意図を理解して爆弾を砲口に装填した。

「ブルーティカス、プレダキング、もう良い撤退しろ」

 仲間が退避したのを確認したメガトロンは力一杯叫んだ。

「今だオプティマス、撃て!」

 タンクモードのメガトロンで狙いを付けたオプティマスはトリガーを引く。爆弾は人工衛星にコツンと当たるとそこから黒い渦を呼び出した。小規模とは言えブラックホールは危険に変わりない。人工衛星はブラックホールに飲み込まれ、甲板にいたオプティマスとメガトロンは凄まじい吸引力で二人を引き込もうとして来る。

 ネメシスは全速力でブラックホールから離れようとしていた。

 甲板にいたオプティマスはこらえられないブラックホールの吸い込みに誤って掴んでいた手すりから手を離してしまった。

「……!?」

 オプティマスの体はこのままブラックホールに吸い込まれ、バラバラにされる筈だった。しかし、オプティマスの体は宙に留まり、その体を飛んで行かぬようにしっかりと掴んでいたのはメガトロンだ。

「メガトロン……!」

 ブラックホールは周辺の物を吸い込むと自壊した。

「ふんっ!」

 メガトロンは荒っぽくオプティマスを甲板に叩き付けた。

「どういうつもりだメガトロン?」

「勘違いするな、これで休戦は終わりだ」

 メガトロンはフュージョンカノン砲をオプティマスに突き付けると砲口をキックでかち上げ、オプティマスはジェットブースターでネメシスを飛び出し、地球へと落下して行った。見る見るうちに小さくなるオプティマスをメガトロンは甲板から見下ろして薄ら笑いを浮かべた。

 地球の危機は救われた。少なくとも今は。

 メガトロンはネメシスに月面基地に帰還するように命じた。

 


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