デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

3 / 55
2話 フラクシナス爆発!?

 翌朝、地球生活で初めての朝を迎えたグリムロックはのそのそと大きな体を起こしてあくびを一つかいてから空を見上げた。青空にはまだうっすらとだけ月が見えている。ディセプティコンはどうなったか、オートボットは勝ったのか、ダイノボットの仲間達はどうしているのか。グリムロックは母なる惑星セイバートロン星に思いを馳せると同時に昨日の“プリンセス”から感じたダークエネルゴンの存在が気になっていた。

 グリムロックはダークエネルゴンの詳細は知らないが危険な物質という事くらいはオプティマスから知らされていた。

 元オートボットの航空参謀スタースクリームがディセプティコンに寝返る前にダークエネルゴンの管理人として守っていたが、スタースクリームの寝返りによってメガトロンの手に渡ってしまった。

 ――そのダークエネルゴンが地球に何故あるのか。

 

 改造前のグリムロックは“賢い脳筋”と言った様子だが“脳筋オブ脳筋”となってしまった今では深く思考する事が出来ない。

 とりあえず朝飯の確保の為に山奥の泉に入り魚を捕っていた。だがビーストモードの小さな手では魚を捕まえる事に苦労した。

「う~ん、魚捕れない……。でも俺、グリムロック頑張る。魚と肉しか食べたくない」

 根気強くグリムロックは短く小さな手を駆使して魚の捕獲に当たった。トランスフォームしてロボットモードになれば早いのだが、当のグリムロックは気がつかない。

 しばらく泉の魚達をひたすらに追い回しているがそんな事では魚は捕れない。グリムロックは泉から上がって頭をポリポリとかいてどうしようかと考えていると、遠くで爆発音と火薬の臭いに気付いた。

 森に住む小鳥や小動物は身の危険を感じたのかその場から即座に退去して行った。

 グリムロックはようやく捕まえた魚をポイと泉に捨てた。

「俺、グリムロック。三度の飯より戦い好き!」

 そう、グリムロックはこの爆発音に強者との出会いを予感して朝飯よりも戦いを優先したのだ。そうと決まればグリムロックはすぐに変形して剣を形成して爆音の方へと駆け出した。

 邪魔な木は押し倒し、払いのけ真っ直ぐに走る。徐々に爆発音が近付いて来るとグリムロックの獰猛な戦闘本能に歯止めが利かなくなって来る。

 森林を越えた先に待っていたのはさっきまでグリムロックが寝床に使っていた山の中腹にある拓けた土地だ。しかしそこには昨日、グリムロックをジッと見つめていた少女、四糸乃が頭を抱えて怯えるようにうずくまっている。

 四糸乃の周囲には結界のような不可視な膜が覆い被さっている所為か、空中から飛来するマシンガンの弾やキャノン砲、ミサイルを全て遮断していた。

「……?」

 グリムロックが空を見上げると空中には十数名のAST部隊が編隊を組み、四糸乃の討滅に当たっていた。

「あいつ等、見覚えある」

 

「固いわね“ハーミット”」

 反撃をせずに回避と防御に徹するハーミットもとい四糸乃はASTの中でも危険度の低い精霊として扱われていた。それでも精霊である事実に変化はない、抹消する以外に有り得ない。

「隊長、“ハーミット”以外にも別の反応がある」

「何ですって?」

 折紙の指摘に燎子はCR-ユニットのディスプレイに目をやると見覚えのある熱源反応が出ていた。それも四糸乃のすぐそばでだ。

「まさかこれって……?」

 眉をひそめながら反応が示す方向へ振り向くとそこにはやはりグリムロックが立っていた。

「ぐ、グリムロック!?」

 ダイノボットのリーダー、名前はグリムロック。これだけの情報は昨日、グリムロックと会話した桐谷公蔵から得ていた。昨日と全く同じシュチュエーションとなってしまった。精霊とグリムロックの両方が同時に出現、昨日の場合はグリムロックが“プリンセス”に攻撃を仕掛けた為、“プリンセス”を消失ロストさせるには成功したが。

 今日はどうやらグリムロックは“ハーミット”と戦う気は無いらしい。その証拠にソードの切っ先をASTの方に向けて、視線もそちらに向いていたからだ。

「何故かグリムロックの方はやる気満々ですよ隊長!?」

「どうしますか、流石に両方は相手出来ませんよ!」

 隊員達は燎子に次なる指示を待つ。

 

 現状で“ハーミット”は堅牢な守りだが時間をかければ倒しきる可能性はある。だがそちらに気が向いていればグリムロックが何をしでかすか分からない。

 グリムロックを相手にするとせっかくの“ハーミット”を倒すチャンスを失う事になる。燎子は苦虫を噛み潰したかのような表情を作り、部隊に撤退を命じる事にした。

「撤退するわ。グリムロックとの交戦に利益はないわ」

「了解!」

「了解……」

 折紙は憎い精霊を見逃す事に不満がある様子で返事をした。

 CR-ユニットのスラスターを噴射してAST部隊はその場から離れて行く。

「おい、待て! どこ行く、俺とたたかえ! おーい、おーい!」

 グリムロックからすればせっかく戦えると思い、ワクワクしながら来たが対戦相手がさっさと退散してしまい、すこぶる面白くない。

「俺、グリムロック……戦いたいのに……」

 ソードをしまい肩を落とすと、グリムロックは未だに地面にうずくまっている四糸乃を無視してビーストモードへ変形して魚捕りの続きをすべく泉へ帰ろうと背を向けた。

『いやぁ~、あっぶなかったよー、メカメカ恐竜さん、すんごい強いんだね~!』

 やけに元気な声とハイテンションな口調にグリムロックは驚いて振り返った。

「今の誰だ!」

『こっちこっち!』

 声はするが肝心の姿がない。グリムロックは首を傾げる。

『メカメカ恐竜さん、こっちだって! 下見てよ下!』

 方向を指示されてグリムロックが見下げると空のように青い髪にうさぎの耳の飾りがついたフードを被る四糸乃がいる。今は当人が喋っているのではなく、四糸乃の左手に着いているコミカルなデザインのパペットが身振り手振りで喋っている。

『メカメカ恐竜さん、さっきはありがとね。でもで~も、よしのんの存在には気付いて欲しかったな~! おっとっとミステイク、よしのんとした事が自己紹介を忘れていたね! よしのんの名前はよしのん、どう? 可愛いっしょ!』

「俺、グリムロック。ダイノボットのリーダー」

 互いに端的に自己紹介を交わす。

『そっか~、グリムロックくんって言うんだね! いやでもグリムロックくんが来た時のよしのんを苛めてた連中の顔ったら最高だったよん!』

「俺、グリムロック。あいつ等何?」

『もしかしたらグリムロックくんは~この世界ではビギナーなのかな?』

「この世界、初めて。俺、セイバートロン星いた」

『うんうん、セイバートロン星ね。グリムロックくん面白いね。そう言えば昨日からお腹をすかしてるみたいだしぃ~。よしのんと釣りでもしようよっ!』

「俺、グリムロック。釣り知らない」

『よしのんが教えてあげるよ』

 四糸乃の手に着いたよしのんは手招きしながらグリムロックの前を歩き始め、二人は泉の方へと歩いて行った。

 

 

 

 士道が目を覚ましたのはフラクシナスの休憩室だった。昨日に起きた出来事が全てが夢だとしたら士道はどれだけ気が楽であったか。だがフラクシナスの休憩室の風景を見ると今までの体験が全て現実であったと、再認識させてくれる。

 周辺は無機質な金属とコンクリートの壁で部屋の隅には自動販売機が設置されていた。士道の体にはいつの間にか風邪を引かないように毛布がかかっていた。

「精霊の交渉人ね……」

 士道は昨日、琴里にされた説明はある程度理解出来ていた。ただ現実として受け入れたくなかっただけだ。それに、士道は精霊のあの少女の寂しげな顔を思い出すとチクリと胸に刺さる物を感じた。

「おはようございます、士道くん。よくお休みになれましたか?」

 士道を気遣って声をかけて来たのはフラクシナス副司令官、神無月恭平だ。かすかに記憶にあるのは背中に『忠犬』と書かれた貼り紙だったが、今は貼られていない。

「はい、あなたは?」

「副司令の神無月恭平です。以後、お見知り置きを」

 神無月は紳士的に握手を求めると士道も自然と手を出して握手に応えた。

「えっと、この毛布は神無月さんが?」

「いいえ、私ではなく司令がです」

「琴里が……?」

「はい、司令が――」

「神無月、あんたこれ以上余計な事言うと口を縫い合わすわよ」

「し、司令!?」

 突如現れた琴里は神無月のすねを固いブーツで蹴り上げる。神無月は痛がると同時に『あふぅ……』と恍惚に喘いでいた。

「起きたわね士道。学校へ行くわよ」

「ああ、そう言えば学校だったな」

「何? 夏休みもゴールデンウイークもまだよ。ボケるにもまだ早いわよ」

 踵を返して休憩室を出ようとする琴里を士道は呼び止めた。

「琴里、登校前に聞いて良いか?」

「いいわよ」

「精霊は……あの女の子はその……ASTに殺されるのか」

「確率的に殺しきるのか難しいけどあたし達がしなければあの子は永劫、命を狙われるわ」

「封印すれば助けられるのか?」

「霊力探査機に反応が無ければ……ってか精霊と判断出来なければASTの出動理由はないわよ」

「わかった……。学校に行くから一旦家に帰してくれるか?」

「大丈夫よ、このままフラクシナスで学校まで送ってあげる」

「はい? こんな船で学校に行ったらみんなワニワニパニックだぞ」

 琴里は自慢気に鼻を鳴らしてから説明を始めた。

「このフラクシナスは光学迷彩から短距離転送装置から風呂トイレ付きのキッチンやダイニングも完備されたスーパー戦艦よ。そこらへんのキャンプカーと一緒とは思わない事ね」

「それはたまげたなぁ」

 学校まで転送装置を使えば今から学校まで一秒もかからず到着出来る。ひとまず士道はフラクシナスの浴室で体を洗う。空間震の風圧や“プリンセス”とASTとの交戦を間近に体験した所為で体中、埃と砂まみれで気持ちが悪かった。

 体を洗い流して新しいシャツと制服を着ると士道はフラクシナスの転送装置で屋上へワープしてもらった。

「ふう、ワープで登校っての楽だな」

 教室に士道が入り自席に着くと床を滑るように移動して一人の生徒が迫って来た。

「よお五河~昨日はどうしたんだ? 空間震があったのにシェルターじゃ会わなかったな」

「ああ、俺はまだ登校中だったからな。町のシェルターに避難してたんだ」

 精霊とASTの事は決して口外してはならない単語である。もちろんラタトスク機関もだ。学校へ行く前にそれは琴里に何度も何度も言い聞かされた。

「それと五河、最近俺の彼女がなかなかの困ったちゃんでね」

「彼女? ああ~あれね」

 殿町宏人が言う彼女とは彼のケータイの中にいる二次元の存在だ。

「五河、彼女のプレゼントをあげたいんだがな~にがいいと思う?」

「えぇ? プレゼントか……選択肢とかねーのかよ」

「鈴、万歩計、爪切りだ」

「……どれも微妙だなぁ、おい」

「さあ、さあさあ五河! どれが良い?」

「じゃあ爪切りで」

「よしわかった、万歩計にしよう」

「何で俺に聞いたんだよ!?」

「まあまあ、参考だって」

「五河士道……」

 不意に名前を呼ばれて士道は隣に目を向ける。その先には髪の色素が抜けきり、真っ白な髪をした折紙がいた。士道は折紙を見た際に思い出した。“プリンセス”と剣を交えていたAST隊員だ。

「えっと……俺に何か用?」

「何も」

 折紙はそれだけ言い残して着席した。

 士道は声をひそめて殿町に折紙について聞いてみた。

「殿町、あの子何さ」

「お前、超天才の鳶一折紙を知らないのかよ。成績は常に学年首席の容姿端麗のウルトラスーパーセクシー学生だぜ? 俺の知る彼女にしたいランキングからトップ3から落ちた事はないな」

「それは凄いな」

 

 ――そんな子が何故ASTに?

 士道は頭の中にそのような疑問が浮かんだ。チャイムが鳴り、全員が席に着くと前を向いて先生の話しを聞くが、折紙だけはずっと士道を凝視している。

 ――鳶一折紙、何で俺を見てる? 何で俺の名前を知ってんだ? 何だ、一体何なんだ……この娘は。

 思い当たる限りでは士道が折紙と会話らしい会話をしたのは今回が初めてだろう。折紙に対してほとんど情報を持っていないし、情報を与えた覚えもなかった。

 横の席から熱烈な視線を向けて来る折紙を士道は出来るだけ無視するようにした。見詰めると言うよりも観察している、と表現した方が的確かもしれない折紙の眼差しに士道の手のひらは、汗ばみ居心地の悪さを感じていた。

 授業終了のチャイムが校内に響き渡ると、折紙は士道から視線を外して机の中にしまっていた本を取り出して読み始めた。

「はぁ……疲れた」

「どうしたよ、五河。顔色悪いぞ」

「動物園の動物の気持ちになってた」

「は?」

 士道が机に突っ伏していると校内放送が入った。

『五河士道くん、五河士道くん至急応接室まで来なさい』

 放送で流れた声は妙に眠気に満ちたやる気を感じさせない声色である。

「五河何かやったのか」

「心当たりはナッシングだ」

 放送で呼び出された以上は行くしかない。士道はゆっくりと腰をあげて指定された応接室にやって来た。ドアをノックすると『どうぞー』と若く高い声がした。

 応接室に入ってみれば士道は驚いた。

「琴里! それと……」

「ああ、初対面だったね。フラクシナスの解析官の村雨令音だよろしく、五河シンタロウくん」

「あ、はい。よろしくお願いします。ってか俺は士道です!」

「そうか……愛称はシンでいいかな?」

「聞いちゃいないよこの人……」

「お話しはそれくらいで士道、訓練を始めるわ」

 士道は小首を傾げた。

「訓練?」

「あたし達は精霊のデレさせるのと力の封印。士道はピッカピカの童貞さんだから、女の子との喋り方なんて知らないでしょ?」

「し、失礼な奴だな!」

 反射的に反論し更に何か言おうとしたが琴里の言う通り、士道は女子との付き合いなど殆どない。強いて挙げるのであれば琴里くらいだが、家族はノーカウントだ。

「んん~? 何かしら、悔しいなら反論してみなさいよ士道」

 琴里はいたずらっぽく嗤いながら士道を見上げて来た。

「何でもない、訓練を始めてくれ」

「ふふん、じゃあ今からラタトスク機関が誇る最強最高最高峰のシュミレーションシステムがあるからそれをやりなさい!」

 ビシッと琴里が指差したのはパソコンのディスプレイ、令音がディスクを挿入すると画面に明かりがつき、フルスクリーンでソフトが起動した。

「ん……?」

 背景がピンク色でホーム画面には何人もの少女が現れた時、士道は確信した。

「恋愛シュミレーションゲームじゃねえか!」

「士道、シュミレーションゲームを舐めんじゃないわよ。“ファーミングシュミレーター”“ウッドカットシュミレーター”“テイクオンヘリコプター”名だたるシュミレーションゲームの前に膝を折ったわ、特にあたしが」

「恋愛シュミレーションゲームで女の子と喋れるようになんのかよ!?」

 ラタトスク機関が今ほど胡散臭く思えた時はない。精霊をデレさせる、それには恋愛経験の構築必要、それが恋愛シュミレーションゲームなどと言われれば誰もが疑わしく思う筈だ。

「まあグダグダ言ってないで早く始めなさい」

 士道はパソコンの前に座らされるとマウスを握った。

「つーかこのゲームのタイトルすげえな。“修羅場だ修羅場だ修羅しゅしゅ!”内容が掴めん」

「良いからやりなさい」

 士道はニューゲームと表示された個所をクリックしてゲーム開始した。

 暗い画面から一転して明るくなると主人公と思しき前髪で目が隠れた少年が十字架に張り付けられ、顔や衣類に血をつけて包丁を握る少女の絵が出て来た。

「……は?」

「凄い修羅場ね」

「シン、精霊の交渉に失敗したらこんなのじゃ済まないよ」

「やる前からビビらせないで下さいよ!」

 

 士道がクリックを続けて本文を読んで行く。女性キャラクターには声が入っているが主人公やナレーションには無い。そもそもテキストが声よりも早く表示される為か、セリフを最後まで聞いているのが面倒になって来る。

 話しを進めていると何となくこのゲームの主人公が張り付けになっているのがわかって来た。どうやらヒロインの嫉妬心からこのような事態になったらしい。

 

『公太くんにはあたし以外いらないの、公太くんに近寄って来る悪い女の二、三人は血祭りに上げるあげる。ね、公太くん嬉しいよね?』

 ヒロインのキャラのセリフが終わると恋愛シュミレーション特有の三択が出て来た。

 一、もういい! もうたくさんだ! 翔子を破壊する! と言って暴れる。

 二、翔子様、俺が大馬鹿でした。ですからお許しを~! と命乞いをする。

 三、この愚か者めが、と一蹴する。

 

「……どうしたもんかな……。やっぱりここは二かな」

 後ろで士道を観察する琴里と令音は一切口出しして来ない。

 士道はとりあえず二番を選択した。

『翔子様、俺が大馬鹿でした。ですからお許しを~!』

『あたしも今まで我慢に我慢を重ねて来たけどもう今日と言う今日は我慢出来ないよ!』

 そう言ってヒロインはポケットから拳銃を取り出して主人公を射殺、画面が暗転して『badend』と出て来た。

「ヤンデレは会話が成り立たないな……」

「ダメね士道、今のが実戦なら五回は死んでたわよ」

「わかるかぁ! 精霊があんなとんちんかんな奴だったらどうしようもないぞ!」

「だ~からゲームで一旦鍛えるんでしょーが。まあ良いわ、次は実戦編に入るわよ」

「たった今ゲームで失敗して次はいきなり実戦ですか、琴里さん」

「精霊はいつ来てもおかしくないのよ。はいコレ」

 琴里が士道に手渡したのは赤色のインカムだ。

「何これ?」

「士道一人に任せっきりじゃないわ。あたしや令音、他にもフラクシナスのクルーが精霊があんたへの好感度アップを目指してインカムを通して全力でサポートするわ」

「そりゃ助かるけどさ。何で今渡したんだ」

「だから今から実戦編をするって言ったじゃない。現実の女の子を口説きなさい」

「へぇ…………はぁ!? 無理だって!」

「無理じゃない、やるのよ!」

 琴里に尻を蹴られて士道は応接室を追い出されてしまった。士道は尻をさすりながらインカムの音に耳をそばだてた。

『この慈愛大帝の五河琴里の声が聞こえるかしら?』

「ああ、聞こえるよ」

『今からは授業があるから口説くのは良いから。放課後に訓練再開よ』

 それだけ言い残すと琴里に一方的に通信を切られてしまった。士道は放課後が来るのがここまで嫌だと感じたのは初めての体験だった。

 

 

 

『グリムロックくんって釣りの才能あるね!』

「ホントか、俺、グリムロック。そう言われると嬉しいぞ」

 グリムロックに釣りを教えるよしのん。なかなか理解が遅いグリムロックに釣りのやり方を懇切丁寧に五回も教えてくれたのだ。四糸乃は適当な棒に糸と餌を付けていたが、グリムロックにはちょうど良い棒が無いので尻尾の先に糸をつけて釣りをしていた。

 魚も取れてグリムロックの腹の虫も治まってくれた。

「ゲップ……俺、グリムロック。満足」

『凄く食べるね。このままじゃ三日くらいで泉の魚食べ切っちゃうよ~!』

「なあ、お前、アイツ等にやられて、何でやり返さない」

 グリムロックは四糸乃を見下ろしながら聞いた。

『それはね、よしのんが本気出したらみ~んなイチコロだからだよん!』

「お前、違う。俺、グリムロック。お前に聞いてる」

 よしのんは既にグリムロックの意識の外にいた。指はパペットの方でなくしっかりと少女の方をさしてグリムロックは聞いて来ている。

 四糸乃は困ったように目を泳がせたり、パペットのよしのんを見たりしている。他者との会話が苦手な四糸乃は今にも消えてしまいそうな声をやっとの事で出した。

「いたい事が嫌……だから……です。あの人達も……いたい事も……嫌だからです……」

 グリムロックは少し耳を疑った。

 戦う事を定めとして生まれて来るトランスフォーマーは苦痛に忍耐するのは当たり前であり、敵対者を破壊するのも至極当然の行為だ。

 グリムロックは荒くれ者のダイノボットのリーダー、グリムロック自身も強者との戦いが好きで力で相手をねじ伏せる事を喜びにしている。だからこそ四糸乃の言っている事が理解出来なかった。

「俺、グリムロック。戦い大好き、お前、臆病者」

「…………」

 グリムロックはゆっくりと巨体を起こす。両者の性格は驚く程に正反対、戦いが嫌いな四糸乃と戦いが大好きなグリムロックだ。

「四糸乃、魚、ありがとう」

 去って行く直前にグリムロックは礼を述べて四糸乃をそこに残して寝床へ歩いて行く。

「どう……いたしまして……」

 四糸乃はグリムロックに聞こえない声で返事を返した。

 

 

 

 

 放課後を迎えた士道の足取りは非常に重かった。インカムを通して琴里から下った口説く女性の第一ターゲットは鳶一折紙だったからだ。

『さあ士道! 訓練を始めるわよ!』

「はぁい……」

『何よ元気ないわね、さあさあさあ! 鳶一折紙を口説きなさい!』

「琴里、何でいきなり鳶一がターゲットなんだよ」

 インカムに手を当てて声に注目を払いながら士道は、廊下を歩き回って折紙を探した。

『あの気難しそうな性格で訓練すれば多少は肝が座るでしょ? それに彼女は言いふらすタイプでも無さそうだし』

「そりゃそうかも知んないけどよ」

 インカムの声に集中し過ぎた士道は曲がり角を曲がろうとした際に何者かと勢い良く衝突した。

「うっ……!? わ、悪い大丈夫か?」

 すぐに立ち上がって手を差し伸べようとする士道の視線先にあるのは豪快に倒れて、露わとなった純白の下着。

「――!? 大丈夫かな?」

「平気、あなたこそ大丈夫?」

 衝突した相手はなんと折紙である。

『チャーンス! 行きなさい士道!』

「わかったって……。鳶一、あの……怪我はないか?」

「平気、心配してくれてありがとう」

「う、うん」

 ここで会話が中断してしまった。

「何か用?」

 無表情のまま折紙は首を傾げた。

「あ、いや……」

『シン、私の言う通りに話すんだ。いいね?』

「はい、わかりました」

 詰まっていた会話に助け舟を出してくれたのは令音だ。

「鳶一、俺さ前々から鳶一の事を見ていたんだ」

「私も」

「前から鳶一が気になっていたんだ」

「私も」

「鳶一のいろんな事を想像してたんだ」

「私も」

「そうか、俺放課後に鳶一の体操服の匂いを嗅いでたりしてたんだ」

「私も」

「マジか、なんだか俺達気が合うな」

「そうね」

「良かったら、付き合ってくれないか?」

 士道の申し出に少しの沈黙が舞い降りた。すぐさま士道は振り返って声をひそめながらインカムに話しかけた。

「いくら何でもダメでしょうが!」

「良い」

「はい!?」

「付き合っても良い」

「――!? えっとそれはアレか? 買い物とかに付き合うって意味の……」

「私はてっきり男女交際かと。違うの?」

「えっ……違わない……かな」

「そう」

 折紙がスッとポケットから何か写真を出すと士道に手渡して「あげる」と一言残して去って行った。写真には制服姿の折紙が写っており直筆サインが書いてあった。

「…………何だコレ」

 折紙からもらった写真はひとまずポケットにしまうと士道の頭にいつもの頭痛が襲って来た。

「うっ……!?」

『大丈夫かしら士道?』

「ああ」

『たまに起きるあんたのその頭痛なんなの?』

「俺にもわからない……」

『一度令音に見てもらう?』

「あの人そんな事まで出来るのか」

『まあね。あたし達は先にフラクシナスに帰ってるから、帰る準備が出来たら連絡しなさい。拾ってあげるから』

「ありがと」

 通信を終了しようとスイッチを切ろうと手を当てると同時に校内全体に空間震警報が響き渡った。

『士道、空間震よ。精霊が現れるから直ぐに外に出て来なさい。フラクシナスで拾うから!』

「わかった。ってか今日の今日で実戦かよ」

『精霊を救うんでしょ?』

「わかってる!」

 校内に残っている生徒や教師達の流れに逆らいながら士道は校舎を出て人気の少ない体育館裏に到着した。転送は即座におこなわれ、士道が気がついた時にはフラクシナスの艦橋に立っていた。

「よく来たわね士道。これから本物の精霊をデレさせるわよ」

 艦長席に座る琴里はスクリーンを指差した。映像に現れたのは士道が初めて見た精霊の少女だ。恒例のようにASTに襲われて少女は対抗し、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 スクリーンの中で爆発が起こり“プリンセス”は煙を盾にして一度姿を隠した。

「士道、あなたは今からこの子をデレさせるの。幸いにもあの子は今あんたの学校に立てこもっているみたいだし」

「ああ、わかった」

「気をつけてね士道、あたし達は全力でサポートするわ」

 士道は頷いて深呼吸をして息を整えた。

「では、転送開始します」と、神無月。

 士道の姿は艦橋から消えると再び学校へと移された。

「上手くやりなさい、士道。あんたの力は人類を救うかもしんないのよ」

 琴里は呟いた。

 フラクシナスのスクリーンには士道の動向が如実に投影されて音声も明瞭に聞こえている。幸運にもASTは立てこもっている“プリンセス”に対して追撃はせずに出て来た所を狙うようだ。

 近くのビルに狙撃手を置き、主力部隊は空中で待機していた。

「さあ、あたし達の戦争(デート)を始めましょう」

 琴里が不敵に笑うと、艦橋に令音が入って来た。両手には金属製のトレーを持ちその上には青々と光り輝くキューブ状のエネルゴンが置いてある。

「司令、緊急事態だ」

「何よ」

「例のエネルギー物質の研究の続きをしていたんだがね。今はかなり不安定な状態でね、爆発寸前なんだ」

 冷静な口調で令音が言うとブリッジは水を撒いたように静かになり船員の注目はスクリーンから外れて令音の方へ向いた。

「よ、予想規模は?」

「この船くらいなら一発だ」

『おーい、聞こえてるか琴里? もう精霊と接触するぞ?』

 士道の声が響いていたが目の前爆発寸前のエネルゴンに意識が行って士道の声など入って来なかった。

「どうする、もう少しで爆発するんだが」

「は、早く捨てなさい!」

「しかしどうやって、まずどうやって捨てるか多数決を取ろうじゃないか」

「そんな暇ないでしょ!」

「司令! ではまず多数決で良いかを多数決で決めましょう!」

「ややこしい!」

 琴里が神無月の尻を蹴り上げて黙らせると普段の何倍も脳を働かせて対処法を考えた。爆発までの時間はわずかだとするならば、空中から放り投げても地上へ落ちる前に爆発すれば被害を減らす事が出来る。だが、もしも爆発規模が琴里や令音の予想を上回る物だとするとどうなるか。例え空中で爆発しても爆風で町に被害が出るかもしれない。

 既にエネルゴンはカタカタと震えだし本当に今にも爆発を起こしてしまいそうだ。琴里は命令を決めた。

「フラクシナスの天井を開放!」

 琴里の命令に急いで従い艦橋の天井が開放されていく。

「神無月!」

「はい!」

 エネルゴンをトレーごとパスすると神無月は飛び上がりフラクシナスの外装部分へ移動し、エネルゴンを力一杯に蹴り上げた。神無月を船内に戻してフラクシナスのシールドの出力を最高にして張る。その直後に琴里やクルー達の頭上では遠雷のような轟音が鳴り響いていた。シールドのおかげで船にダメージは無く全員無傷で済んだ。

「ふぅ……寿命が十年は縮んだわ」

 琴里は冷や汗を拭うと神無月がサッとタオルを手渡した。

「気がきくわね、ありがと」

 額や首の汗を拭き取り台の上に置くと神無月はすぐにタオルを片付けた。かに見えたが……。

「ん~……これが司令の汗の匂いですか~これがあれば百年は生きていけますね~」

「…………」

 真横で奇行に走る神無月を見て琴里はパチンと指を鳴らすと艦橋に黒い服を着たいかつい男が二名入って来ると神無月の両腕を掴んで引き連れて行った。

「司令~! お慈悲を~! お許しください司令~!」

「ったく…………あ、士道は!?」

「さっきの爆発で映像にノイズが走っています、ですがすぐに復旧します」

 フラクシナスのクルーの一人椎崎雛子がそう言って報告した。

「了解、わかったわ」

 

 雑音とノイズが走っていたスクリーンの映像は雛子の言うとおり数分後には回復した。映像には士道と対峙する“プリンセス”の姿がある。両者の雰囲気を見ている限りそれほどに険悪な物でもなく、“プリンセス”は話す度に驚きや困惑、興味や好奇心に溢れた表情を作った。

「士道、聞こえるかしら?」

『そんな顔をするなよ! お前がどんなに嫌われても、どれだけ否定されても俺はお前を絶対に否定しない! ――何だよ琴里、今言いトコなのに!』

「ごめん、続けて」

『嘘だ、私が出会った人間は皆私は死なねばならないと』

『そんな事はない! 戦いに明け暮れる日は今日で最後だ。お前がこの世界で存在できるチャンスの日だ!』

 映像の中で少女は頭をポリポリと頭をかいてしばらく夕日を見詰めると士道の方へ振り向いた。

『士道と言ったな。本当に私がここに居ていいのか?』

『当たり前だ』

『本当か?』

『本当だ』

『本当の本当のか?』

『本当の本当だ』

 気恥ずかしそうに視線を泳がせると少女はやや頬を赤らめると士道の目を見た。

『ふ、ふん! し、仕方ない奴だな。私がこの世界で暮らす為に利用してやる。うん、大事、情報超大事』

 士道と少女の空間に和やかさが生まれると琴里はホッと胸を撫で下ろした。全力でサポートをするつもりだったが、士道は意外にも一人でやってのけていた。

『そういや、お前は名前は何て言うんだ?』

『名か……お前は士道とか言ったな。では士道お前は私を何と呼びたい? お前に名前を決めてもらおう!』

『えっ!?』

 なかなか責任重大な要求をして来た。

『な、名前か……』

 士道は一通り思いつく名前を考えた。節子、緑、トメ、たえ、どれも一昔のような名前ばかりが思いつく。

「士道、手を貸すわ。今こそラタトスク機関の力を見せる時よ! 総員、候補を挙げなさい! 五秒以内!」

 クルー達が思いついた女の子っぽい名前を書いてスクリーンに映した。

 まず最初にスクリーンに出て来た名前は『春花』と書いてある。投稿者は川越恭二だ。

「川越、これあんたの昔の奥さんでしょ? それにありふれた名前過ぎ却下!」

「そんなぁ~」

 続いて出て来たのは『魂母威』とこれはまた奇抜な字面だ。書いたのは幹本雅臣だ。

「ん? これは何て読むの?」

「コンボイです!」

「却下! 却下却下却下! だいたいコンボイが女の子の名前として成立するかぁ!」

 フラクシナス内では予想外に名前を付ける事に苦戦していた。その間にも士道も目の前の少女の名前を考えていた。あまり待たせては悪いし、既に少女の表情には不機嫌なオーラが出始めていた。

『………………十香、どうかな?』

『う、うむ……とおか……私の名か……悪くない』

『良かった』

「ちんたらやってたらいつの間にか名前が決まっちゃったじゃない」

 精霊“プリンセス”にもう一つの名前、十香が与えられた。自分自身に名前がついた十香は屈託のない笑顔を作り、喜んでいた。

 しかし喜んでもいられない。待機中だったASTが建物ごと破壊して十香をあぶり出す作戦に移行した。

『建物を破壊する気だな。士道逃げろ、私なら平気だ』

『十香……』

「士道、彼女の言う通り逃げなさい。外に出たら直ぐにフラクシナスで拾うわ」

『十香、また会えるよな!? 次に会う時はデートしよう!』

 小さく首を縦に振ると十香は大剣を握り直してから空中へと飛んで行った。

 校舎は本当に倒壊しそうな勢いでぐらつき天井から瓦礫が落ちて来る。命からがら校舎を出た所で士道はフラクシナスの転送装置で艦内へ戻された。

「良くやったじゃない、士道。今度またあの子が出て来たら確実にデレさせられるわ」

「ああ、少し疲れた。休ませてもらうぞ」

「ええ、次は神無月に毛布を持って行かせるわ」

 

 

 

 地球の大気圏を奇妙な物体が飛行していた。飛行物は一見隕石に見えたが表面は金属製で綺麗な流線型の形をしており、機体の形を見るからに戦闘機や戦艦の類ではない事が予測出来た。飛行物は地球の大気圏に突入すると真っ直ぐに天宮市の外れにある山岳地帯へ墜落した。

 金属の物体は脱出ポットでも無く驚いた事に輸送機である。落下した輸送機のハッチが開くと中から一つの光源が生まれるとゆっくりと出て来る。

 光源はただの光ではなく眼球であった。それも単眼、月の光に当てられてその全容が明らかになる。単眼と左腕の大型のキャノン砲、間違いない、ディセプティコンの科学参謀ショックウェーブだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。