デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

29 / 55
内定をもらいました。少し気が楽になったよ。


27話 プレダキングの初陣!

 何もない荒涼とした大地には草木は一本も生えず、空気も無い。よって生物の生存は有り得なかった。荒れた大地から空を見上げると、青く美しい星が見える。月面、そこはかつて人類が希望や夢を描いて新たな新天地として目指した空間だった。そんな月の地表には紫色のディセプティコンの臨時基地が建っている。

 その臨時基地の外れにはディセプティコンの戦艦ネメシスが停まっており、ディセプティコンの整備士が点検をしている。

 臨時基地の司令室へショックウェーブが歩いていた。ドアが自動的に開き、ショックウェーブは司令室に入った。そこにいるのはメガトロンとサウンドウェーブだ。

「メガトロン様、少しよろしいでしょうか?」

「何だショックウェーブ?」

「メガトロン様にお見せしたい物があります」

 メガトロンは椅子から立つとサウンドウェーブを連れてショックウェーブの後をついて行った。ショックウェーブの行き先はラボではなく、外だった。トランスフォーマーに酸素は必要ない、その為宇宙空間でも問題なく活動が出来る。ネメシスからも臨時基地からも離れた地点には黄色い培養液が入ったカプセルが置いてある。周辺には兵士が警備を固めて、ただならぬ緊張感があった。

「あれは何だ?」

「しばしお待ちを」

 ショックウェーブは顔を強ばらせもせずにカプセルに近付き、いくつかボタンを押して何かを入力している。入力を終えるとカプセルに付いていたアラームがけたたましく鳴り響き、兵士は銃を構えてカプセルに向けた。

「銃を下ろせ!」

 メガトロンが命令すると兵士達は互いに顔を見合わせながら恐る恐る銃を下ろした。

 何か巨大な物が入ったカプセルは大きく揺れ、ガクガクと音を立てていた。培養液の排出が開始し、内部の生物にドクン、と鼓動にいた反応があった。培養液はもう半分も流れてその生物の体の各所に生命力が宿る。培養液の排出が完了した瞬間、内部の生物はガラスを割り、暴れ出した。

 見た目は人類の観点で言うと西洋のドラゴンだ。四足歩行に背中の翼、トランスフォーマーらしく金属の肉体を持ったその生物は近くにいた兵士に食らいつき、強靭な顎と牙でズタズタに引き裂く。これを止めようと兵士達は銃を乱射するが、通常火器では傷一つ付ける事が出来ないのだ。

「やめろ、プレダキング!」

 ショックウェーブが叫ぶとプレダキングは兵士達への攻撃を止めてショックウェーブの下にすり寄った。

「これがグリムロックに対抗出来る戦力、プレダキングです」

 メガトロンはプレダキングを目の当たりに萎縮などしない、それどころか不敵に笑って見せた。確かに、プレダキングの体躯はブルーティカスには及ばない。だが、グリムロック同様に他のトランスフォーマーとは一線を画す体格とパワーを備えている。

 メガトロンが手を差し伸べるとプレダキングは自然と頭を下げ、メガトロンは頭を撫でた。

「プレダコンはご存知の筈ですメガトロン様」

「もちろんだ。儂に知らぬ物はない」

 プレダコン、かつてはセイバートロンに無数にいたドラゴンに酷似した姿をした生物だ。しかし、ディセプティコンとオートボットとの大戦でその数を減らした。最終的には、プレダコンを危険と判断したゼータプライムはライトニング・ストライク・コーリション・フォース、今で言うダイノボットに攻撃を命じ、絶滅させられたと記録されている。

 ショックウェーブは残ったプレダコンの化石から再び作り上げたのだ。プレダコンの長たる存在、プレダキングを。

「プレダキングには大いなる憎悪と怒りを植え付けています」

 確かに禍々しい。死んで行ったプレダコンの無念の結晶とも言えるプレダキングはメガトロンと比肩する威容を備えている。

「では期待に応えてもらおうかプレダキング」

「プレダキング、手始めに力を示すんだ。我等の主に」

 プレダキングに最初の指令を与えた。それは、精霊を一人血祭りに上げてここへ連れて来るという事だ。プレダキングは背中から翼を大きく広げると土埃を巻き上げて飛び上がる。

 プレダキングは地球を目指して飛んで行った。

 

 

 

 

 人間となったグリムロックや幼体化した精霊達はリビングでさっきからずっと騒ぎっぱなしだ。

 耶倶矢にチュッパチャプスを取られてさっきから琴里はずっと追いかけ回している。十香はずっとお腹が減ったと訴え、折紙はトイレに付いて来て欲しいとねだる。

 四糸乃は泣いてばかりで美九は「だーりんだーりん」と袖を引っ張って来るのだ。

「何てこった……」

「本当に何てこった、だね」

「令音さん!? いつからそこにいたんですか!?」

「ついさっきだよ」

 令音は騒ぎ回っている子達をあやして大人しくさせて見せた。鮮やかな手並みでさっきまで騒がしかったみんなは、すぐに大人しくなった。

「助かりましたよ令音さん。まるでお母さんですね」

「お母さん……そうか、なるほどなるほど……悪くない」

「あれ、令音さんグリムロックを見てません?」

 人数を数えるとグリムロックが足りない事に気付いた。

「見てないね」

「その恐竜のグリムロックじゃなくて人間の方ですよ?」

 令音は首を傾げて士道を見た。令音はグリムロックが人間になっている事を知らないのだ。

「彼なら一人でも心配ないはずだよ? 夜はもう遅いしシンはとりあえず、あの子達を見てあげるんだ」

「そうですけど……」

 やはりグリムロックは気になった。少年のグリムロックが夜道を歩いていて誘拐されても抵抗出来ない。まだそう遠くに行ってないと考えて士道はスラッグに探すように頼み、士道は小さくなった十香達の面倒を見に行った。

 

 

 

 

 一人で勝手に出歩いたグリムロックは新鮮な気持ちで一杯だ。普段は見下ろすのが当たり前の風景を見上げるだけでも世界観はだいぶ変わって見えるのだ。ただ夜道を子供一人で歩くのは危険な行為だ。

 グリムロックは突然、今の自分のパワーがどうなっているのか気になった。グリムロックは軽い気持ちで電信柱を殴った瞬間、根本からへし折れて電線を千切り、民家の屋根へと倒れてしまった。

 パワーが衰えている事を感じたグリムロックは、やはり元の体の方が良いと思いながらふらふらと歩く。

「そこの君!」

 大声だがどこか弱気な語気でグリムロックを呼び止めた。グリムロックは振り返ってみると、来禅の女子生徒の制服を着た少女がいた。コンビニ袋を片手から下げているのでコンビニからの帰りだろう。

 グリムロックはその少女、岡峰美紀恵に見覚えがあった。しかし、どこで会ったのか思い出せず、首を傾げていた。

「こんな夜、遅くに歩いてちゃ危ないですよ! お母さんはどこですか? 何なら私が探してあげますよ。私は頼りになるお姉さんですから!」

 美紀恵の身長とグリムロックの身長に大差はない。少しグリムロックが低いくらいだ。

「……俺、グリムロック。別にお前に頼らなくてもいい」

 美紀恵など気にもかけずにまたふらふらと歩き出すと美紀恵はグリムロックの肩に手を伸ばした。

「ダメです。子供はこんな時間に歩いちゃ!」

「俺、グリムロック。お前も子供だろ!」

「なっ……失礼な! これでも高校一年です! 飛び級ですけど……。あれ、そう言えば君はグリムロックって言うんですか!?」

「うん」

 美紀恵はちゃんと覚えていた。折紙の人格がすっかり変わってしまい、グリムロックの人格が乗り移っていた時の事を。だが、あれは折紙の発作のような物と判断されていた。それでも、美紀恵は発作などではなく、生き霊に取り憑かれたと信じていた。

「グリムロックくん、今から私の家に行きましょう! 家の帰り方が分からないなら私も手伝いますよ~」

 だがグリムロックは興味を示さない。

「お、お菓子やご飯もありますよ!」

 何だか誘拐でもしているようだが、これはれっきとした保護だと自分に言い聞かせた。

「俺、グリムロック。ついて行く!」

 お菓子やご飯でグリムロックはホイホイとついて行ってしまった。普段はトランスフォーマーなので誘拐などそうそうされないだろうが、人間でこの様はかなり心配になる。そうしてグリムロックは美紀恵の家に呼ばれた。美紀恵はマンションに住み、部屋の中は明るめの色で造られ、折紙の部屋よりは遥かに少女らしさや可愛げがある。

「ソファーにでも座ってリラックスして下さい」

「うん」

 グリムロックは部屋をキョロキョロと見渡して士道の家とは違う雰囲気を感じていた。ソファーの端にはビーバーのぬいぐるみが置いてあり、他にもタンスの上には可愛らしい小物がある。

「グリムロックくん、お待たせ。ご飯ですよ!」

 美紀恵は朝に作っておいた弁当のおかずの余りを皿に乗せて、電子レンジで温めた。余っていた茶碗にも白米を盛り、グリムロックの前に出した。グリムロックは鼻をひくひくさせて食欲をそそる匂いに涎を零す。いざ、飯にありつこうと普段の感覚で手掴みで口に持って行く。

「グリムロックくんお箸を使いましょうね~」

 美紀恵が箸を手渡すがグリムロックは箸など使った事が無い。何か分からないこの二本の棒を両手に持つとグリムロックは、茶碗や皿を叩いてチン、チン、と音を出して遊んでいる。

「グリムロックくんはもしかして箸を使った事ありませんか?」

「ない!」

「わかりました。じゃあこの頼りになるお姉さんが食べさせてあげるです!」

 グリムロックから箸を受け取ると皿の卵焼きを摘み、口元へ運んであげるとグリムロックはそのまま食べた。こんな行為にグリムロックはハッと思い出した。

 肉体の入れ替わり事件で美味しい弁当を提供してくれた人間だ。

「美紀恵、お前美紀恵だな!」

「はえ? そうですよ?」

 念の為、鼻を使って本人かどうか確かめてみる。クンクン、と美紀恵の首筋や耳元に顔を近付けて鼻を利かす。

「ちょっと……グリムロックくん、くすぐったいですよ」

「確かに、美紀恵だ」

「私の事を覚えていてくれるのは嬉しいですけど……」

 美紀恵の出してくれたご飯を平らげてグリムロックはソファーに横になった。横になっていると満腹感からかだんだん眠たくなり、グリムロックはそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 DEM社から出立の準備を進めているアイザックとエレン。先日、アイザックを解任しようとマードックが部下に手回しをしたりと少々、ややこしい事態があったばかりなのにまた本社を空けて日本に行くのはエレンとしては、かなり気が進まない。アイザックはマードックが何か策を立て、仕掛け、結果的に失敗するのを見て楽しんでいるようだ。

 アイザックの私室の出入り口にはスーツケースが置いてある。その横には白衣を着た老人が立っていた。髪はボサボサで根本から毛先まで真っ白だ。腰は曲がり、頭には金属製のヘッドギア、右腕を機械に改造した老人は気分良く、アイザックに挨拶した。

「お前さんがアイザック・ウェストコットだな。思ったよりだいぶ若いじゃないか」

「ようこそ、天才科学者Dr.アーカビル」

「違う違う、超々々絶大天才科学者Dr.アーカビル様だ!」

「肩書きは置いておいて、私は君の力に期待をしている。学界から追放されて行き場のないマッドサイエンティストよ」

「儂を拾った事は必ずお前達の為になるぞ」

 アーカビルは不気味な笑い声を漏らした。

「Dr.アーカビル、私達はしばらくDEMを空ける。君には新型のCR-ユニットの開発を頼むよ」

「はいはい、わかっておるわ。儂の手にかかればそんな物ちょちょいのパーじゃ!」

 Dr.アーカビルは一癖も二癖もある科学者だ。それに世間から忌み嫌われるような存在はDEMの力になりやすい反面、謀反を企む可能性もあった。アイザックはアーカビルの肩に手を置いて、

「期待しているよ」

 と、一言告げると出て行ってしまった。

 アイザックとエレンがDEM社を出て行き、アーカビルは与えられた研究室に向かう途中にある男に呼び止められた。

「Dr.アーカビル」

「何じゃ、今儂は忙しいんだが?」

「失礼、だが話を聞いて欲しい」

 アーカビルを呼び止めたのはロジャー・マードックだ。その片腕は切断されたような痕が見え、マードックは右腕を包帯でぐるぐる巻きにしていた。

 マードックを胡散臭い人間だと思いながらもアーカビルはマードックの話を聞く事にした。マードックはDEM社の幹部格、彼専用の部屋を持っており、アーカビルはマードックの私室に案内されると中にいる人間は皆、マードック同様に右腕を切り落とされ、上手く接合して包帯で固く固定されていた。

 これらはみんなDEM社のマードック派の人間である。マードックが丹念にアイザックへの反抗心を育て、地道に作って行った同志達である。DEMの魔術師(ウィザード)は残念だがアイザックを崇拝しているので仲間への勧誘は出来なかった。

「Dr.アーカビルはまだこの会社について知らないだろう。そしてウェストコットという男についても」

「興味がないわ。儂はただ儂の研究が出来れば良いわい」

 アーカビルの原動力は野心だ。マードックもそれは同じだろう。

「Dr.アーカビル、君は何が望みだ? 何が欲しい? 私がこの会社を支配すれば何でも願いを叶えてやるぞ」

 アーカビルは顎をさすりながら考えてみた。

「儂はこの世界征服じゃ」

「世界征服? おふざけは嫌いなんだが?」

「いいや、儂は本気じゃよ。儂の優秀な頭脳とDEMの科学力が合わされば十分に世界征服を狙えるぞ」

 マードックはまだ現実味のない話に険しい顔をしてアーカビルを睨むように見ていた。部屋の後ろで待機しているマードックの部下や同志も顔を見合わせて、ひそひそと話し合っていた。

「何じゃ~? まさかこんな会社を支配するだけの小さな目論見を儂に話す為だけに儂を呼んだのか? やれやれ、態度はデカいクセに野望が小さい男だわい」

「聞き捨てならないなDr.アーカビル!」

「思った事を言って何が悪い? やはり儂の理想のパートナーはアイザックじゃな。会社の支配は好きにやっとくれ」

 アーカビルは踵を返して出口に向かって歩き出すとマードックは反射的に立ち上がって呼び止めた。

「待てDr.アーカビル、協力してくれ。この会社を支配すれば世界征服だろうが付き合ってやる!」

「本当じゃな?」

「本当だ」

「本当の本当じゃな?」

「本当の本当だ!」

「本当の本当の本当じゃな?」

「本当の本当の本当だと言ってるだろ!」

「よろしい!」

 ようやく話が前へ進める。マードックは疲れたような素振りを見せながら今回、同志達を集めた理由を話し始めた。

「今回、諸君等に集まってもらったのは他でもない。アイザック・ウェストコットの最近の傍若無人な振る舞いに皆腹を立てている筈だ」

 同志達は黙ってマードックの話を聞き、アイザックやエレンの事を思い出すだけでも切断された腕がうずく。

「アイザック・ウェストコットの解任はあの忌々しい女によって阻止された。そしてまたあの男は会社を放って日本へと行ったのだ。この際、アイザックにはしっかりとやめてもらう必要がある」

「何か計画はあるんか?」

 マードックは待ってましたと言わんばかりに野心に満ちた目を輝かせて話し出した。

「我々が保有している人工衛生が何機かある。そのいくつかはもう役目を終えてただのゴミとなった。偶然それが天宮市に落ちれば……」

 前代未聞の大被害だ。天宮市はほぼ壊滅状態に陥るだろう。

「待った!」

 アーカビルはここで手を挙げる。

「まさか人工衛生をポンと落として終わりじゃないじゃろうな?」

「……ならどうする? 念の為に爆破術式も施すつもりだが?」

「爆破術式など甘い甘い。ここはエネルゴンを使う」

「エネルゴンだと?」

「エネルゴンを人工衛生の中にたっぷり詰め込み、爆破させればその破壊力は数十倍! 随意領域(テリトリー)をも容易く貫通する」

 エネルゴンを仕込み、爆破術式を施してと手間はかかるが、成功すればアイザックなど影も残らないだろう。エネルゴンは地球上を少し深く掘ればいくらでも出て来る。しかし、今までそれの使い道が分からないでいた。

 可燃性が高く、爆発がしやすい素材の為、今回の作戦にはちょうど良い。

「よし……天宮市もろともアイザックには消えてもらおうか」

 

 

 

 

 朝早くに目を覚ました美紀恵は大きなあくびをしながら背伸びをした。昨夜はグリムロックが寝てしまい、美紀恵もそのまま一緒に寝たのだが、起きた時既にグリムロックは美紀恵の隣には居なかった。

 グリムロックは早起きだ。日の出と共に起きてそのまま家を出て行くとふらふらと町を歩き回って時間を潰していた。人間での生活も意外と悪くないな、と思うグリムロックは記憶だけを頼りに士道の通う来禅高校へ行った。

 普段とは歩幅が違うので来禅高校への道が遠く感じていた。

 いつもの倍以上の時間がかかりながらもようやく来禅高校の校門の前に到着した。校門の前には厳しそうな先生が立っており、すぐに入るのは難しそうだ。

「どうしようかな……」

 人間に手は出してはならない、オプティマスに散々言われた言葉だ。人間に手を出していけないならそれ以外には構わない。グリムロックはピンと頭の中で何か閃くと校舎を仕切る壁に向かって一直線に突進すると壁を突き破って校内に侵入した。

「何だ今の音は!?」

「ギャッ!? 何だ壁に穴が空いてるぞ!」

 グリムロックが突き破った穴で先生達が大騒ぎしているが、気にせずに校舎の壁も砕いて入ると階段を駆け上がった。士道のいる教室は知っているので迷いはしない。

 人間になっていざ校舎を歩いていると不思議な気分だ。おもちゃの家にでも紛れ込んだ気持ちだった。士道のいる教室が見えて来ると、教室の中は何やら騒がしい。

「士道ー! 俺、グリムロック。学校に来たぞ!」

「うわっ! 五河の奴がもう一人子供を作ってたぞ!」

「ち、違うこれは俺の子じゃない!」

「パパ……」

 士道をパパと呼ぶのは幼体化した折紙だ。彼女が著しく話をややこしくしていた。

「パパじゃない!」

「パパは……私を捨てるの?」

 折紙は瞳を潤ませながら言うと教室中から野次が飛ぶ。

「五河、ちゃんと責任持って育てろよ!」

「そうだよ」

 士道は周りの奴を一旦無視してグリムロックと折紙を連れて教室から出て行こうとした所で珠恵と鉢合わせた。

「あ、五河くん。ちょうど良かったですよ五河くんの妹さんか姪が会いに来てますよ」

 士道が嫌な予感を全身に走らせながら見下ろすと珠恵の後ろから十香と耶倶矢、夕弦がひょっこりと顔を出した。

「子供増えたー!?」

 教室は騒然だ。

「シドー学校に来たぞ! 岡峰先生が酷いのだ私達は教室に行っちゃダメと言うのだ!」

「あれ? あの子達、夜刀神さんや八舞さんに似てない?」

「本当だ。じゃああの白い髪の子は鳶一さんの子!?」

 士道の評判が見る見るうちに地に落ちて行く。

「もう嫌だぁぁぁぁぁ! うぉぉぉぉ!」

 遂にいたたまれなくなって士道は廊下を走って逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 折紙以外の小さくなった精霊とグリムロックを家まで連れて帰った士道はドッと疲れを感じていた。二年生になってから完全に変態キャラが根付いてしまった。

 士道は疲れ果てベッドに寝ころぶとそこから動かなくなる。士道には負担をかけているのでオートボットが小さくなった精霊達の面倒を見る事にした。予想以上に士道の精神は衰弱している、義務と責任に挟まれてどうしようもない。部屋のドアを開けて、十香達が顔を出してベッドでうつ伏せになっている士道を見ていると突然、起き上がった。

「もうたくさんだ! 俺は好きなように生きてやるぜ! アハハハ!」

 いきなり元気になったかと思うと士道はベッドから起き上がり、部屋を覗き込む十香達を見た。

「何覗いてんだよ」

「士道、七罪の件だけど――」

「あーあー! 聞こえません! 何で俺の所に毎回、厄介事を持ち込むんだよ! 俺はもうおさらばさ! じゃあな、I'll be back!」

 窓ガラスに飛び込み、士道は二階から飛び出してどこかへと消えて行った。

「こんな時に士道の奴……!」

 琴里は苦虫を噛み潰したような顔で士道が出て行った窓を見た。

「琴里、シドーはどうして怒ったのだ? もしかして私がいるから……」

「違う違う、安心しなさい十香」

「彼は疲れているんだろ」

 不意にアイアンハイドの声がして自然とみんなの視線が窓際へと向いた。

「疲れてる?」

「責任と義務の重さに耐えられないんだ。オプティマスもかつてはそうだった。重すぎる使命はみんなで背負ってあげるものだ。だが、今は一人にしてあげた方が良いだろう」

 助言はしておいた。でもみんな、特に十香は士道の事が気になって仕方がない様子だ。頼りすぎるとそれは依存関係となる。士道のメンタル面でのケアを怠っていたと、琴里は胸にチクリと刺さる物を感じた。

「シドーを探して来るぞ!」

「待ちなさい十香、士道は今は一人に……!」

「私はシドーに二度も救われたのだ。今、私がシドーを助けてあげたいのだ」

 十香は一目散に駆け出して行った。七罪の事はとても放置出来ないが、士道がいなければ何もかも始まらない。琴里も他の皆も十香を呼び止めはしなかった。

「四糸乃! せっかく同じサイズになったし、遊ぼー!」

 自分のペースを一切乱さないグリムロックは四糸乃をデートに誘って来た。

『グリムロック、それってよしのんをデートに誘ってるの?』

「ん? うん」

「えっ……と……」

 四糸乃は人目を気にしながら、周りの反応を窺っているたら琴里は「行って良いわよ」とだけ漏らした。四糸乃は頭を下げるとグリムロックと一緒にデートに出掛けてしまった。

 

 

 

 

 四糸乃と一緒に出掛けたグリムロックはまずは喫茶店に行った。喫茶店には前々から興味があり、八舞姉妹からも話を聞いていた。喫茶店のメニュー表に目を通し、グリムロックは何を注文しようか悩んでいた。

「俺、グリムロック。四糸乃は何食べたい?」

「あ、あの……。私は……紅茶と……ショートケーキが……」

「そうか~、じゃあ俺はショートケーキと……何だこの……コーヒーにする!」

 注文を取り、品が到着するまで待つだけだ。四糸乃は顔を上げるとグリムロックと目が合い、即座に視線を逸らした。トランスフォーマーから人間になり、より親密度が増した気がする。やはり、同じ目線になると見え方も変わって来るものだ。

「四糸乃、さっきから落ち着かないぞ?」

「何でも……ないです」

『しょうがないよ~。四糸乃はグリムロックとのデートでドキがムネムネ何だからさ!』

 パクパクと口を動かして四糸乃の気持ちをペラペラ喋ってしまうよしのんの口を押さえて四糸乃は黙らせた。

「あ? 楽しいなら俺は良い!」

 グリムロックは恋愛には鈍感な方だ。そもそも恋愛の感情まで戦いに塗りつぶされているような男だ。

 そこへウェイターが現れるとグリムロックと四糸乃が頼んでいたコーヒーと紅茶、ショートケーキをテーブルに置いた。グリムロックはケーキもコーヒーも初体験だ。

 鼻を使ってコーヒーの香ばしい香りを嗅ぎながら一口、口に含んだ。

「ぶへっ!? 苦い!」

「コーヒーは……苦いです……だから……砂糖とミルクを使って……下さい……」

『砂糖を入れずに飲むのをブラックって言うんだよ!』

 四糸乃は紅茶にたっぷりのミルクと砂糖を入れて飲んでいる。そして、トイレの為に少し席を外した。

 グリムロックは小さなカップに入ったミルクをいろんな角度から見詰めると恐る恐るミルクをコーヒーに入れた。

「お~!」

 黒い液体の中に溶け込む白い液体は混ざり合って色を変えて行く。グリムロックは物珍しそうに声を出した。そして、砂糖を入れて飲んでみると、程よい甘さになっていた。

「うん、美味しい!」

 続いてグリムロックはショートケーキの方に目をやった。スポンジケーキの周りを生クリームを塗り、イチゴを一つ置いてある。

 ここでグリムロックはよしのんの言葉を思い出していた。

 ――砂糖を入れずに飲む事をブラックと言う。

 すなわち、ケーキを砂糖やミルクを入れず食べる事をブラックと言う、ブラックとは苦い物。グリムロックの頭の中でそう言った流れが出来上がると迷いもなく、ケーキの上からミルクと砂糖を振りかけた。

 そこへ四糸乃が帰って来た。

「お待たせ……しました」

『何だグリムロック、先に食べてて良いんだよお?』

「じゃあいただきまーす」

 グリムロックはフォークでケーキを切って口に運ぶとあまりの甘さに顔を歪めた。酷く甘い、なんとかして口の中を洗い流すべくコーヒーを飲むが、こちらも甘い。

「うぐっ!?」

「どうしました……? グリムロックさん……」

「よ、四糸乃……。ケーキはブラックが良いな」

「はい?」

 人生初のケーキの感想はケーキに砂糖は入れないという斬新な結論が出た。

 

 

 

 

 士道が一人でどこかへ走り出し、士道は公園の前で立ち止まった。

「言い過ぎたかな……。いや、俺は俺らしく生きるんだ! そうだな……せっかくのスターセイバーだ。孤高の戦士……いや、孤高の漆黒の騎士として邪魔者をバッサバッサと切り裂く! 違うな……この際、正義の味方って言うよりも金で動く……傭兵……? 違う違う、傭兵はありきたりだ!」

 士道は案外、形から入るタイプかもしれない。好きに生きる為にまずは自分のキャラ設定を念入りに考えていた。

「魔王の一人娘を妹にして……勇者の里から追放された俺……右腕に特別な力が。違うな……こんな設定どこかで見たぞ」

 木の棒を拾い、地面につらつらと設定を書いてみる。

「待てよ? そもそも、俺を勇者にするのかダークヒーローにするかだな……。ダークヒーローだな。ダークヒーローって事は……自分の芯を曲げない……嫌われながらも動く……」

 士道は足で地面に書いた設定を消すとまた一から考え出した。

「そうだ、賞金稼ぎにしよう。宇宙を股にかける賞金稼ぎ。体に仕込んだ武器で確実に敵を仕留める! 格好良いじゃん。あ、でも体に仕込んだ武器ってスターセイバーしかないからな~。どうすっかな~。じゃあ、敵から奪った武器で武装している設定も追加するか。そっちのがダークヒーローっぽいし」

 自分なりに設定が決まり、士道は元気よく立ち上がる。

「やっぱし、二つ名は欲しいかな」

 中学時代の二つ名を思い出すと嫌な気持ちにしかならず、参考にはならない。

「こういう二つ名ってのは特徴から来るもんだよな。賞金稼ぎで敵の武器を奪うって設定にしたからな……。“アームズ・メーカー”……違うな。英語ってのはダサいな。でもドイツ語は安易に使いたくないし……。ここは日本語がしっくり来るかな」

「シドー!」

「“人斬り”……これは賞金稼ぎ感がないな。“Shinobi”ダサいわ」

「シドー! おい、無視をするな!」

 我に返った士道は顔を上げて、声がした方を向いたが誰もいない。そのまま下を見ると小さくなった十香が、ぴょんぴょんと跳ねて自分の存在をアピールしている。

「何だよ、俺は一人が良いんだ! 今日から俺は賞金稼ぎの“掃除屋”五河士道だ! お、掃除屋って良いな。裏世界の掟に反した奴を切り刻む冷酷さが出てるな」

「シドー、すまない。私がお前の気持ちを知らないで頼り過ぎたからおかしくなったのだな?」

「これは元々だ! 十香、家に帰れ」

「シドー……お前を助けたいのだ」

「助けたい? なら助けてくれよ。毎日、やれ精霊だやれDEMだと息つく暇もない。俺はもうごめんなんだよ!」

 士道を呼び止めようと手を伸ばしてその背中を掴もうとしても士道には届かない。どんどん離れて行く士道と十香の間を裂いて、とある巨大な物が落ちて来た。爆発と聞き間違える程の轟音と衝撃は周囲を巻き込み、さっきまで座っていたベンチがひっくり返り、十香も地べたを転げた。

「十香!?」

 士道は思考するよりも早く十香の身を案じた。眼前にそびえるのはただただ巨大でその全容を認識した瞬間に士道はドラゴンを思い浮かべた。

 プレダキングは鋭い爪や牙、槍のように鋭い尻尾を振り、士道の存在など無視して十香を見下ろした。精霊を倒してメガトロンへの手土産にするのが初めてプレダキングに与えられた任務だ。思っていたよりも遥かに小さな十香を捉えると胸から喉にかけて高密度なエネルギーが上るのが分かる。十香が避けようとした時にはプレダキングの火炎が吐き出され迫っていた。

 火炎は十香を焼き払い、骨すら溶かして地面を焦がす筈だった。攻撃が終わって赤く溶岩のように光る地面には十香を倒した気配が残っていない。プレダキングは直ぐ横に顔を向けると十香を抱えて、間一髪、プレダキングの炎をやり過ごした士道が片膝をついて睨んでいる。

 小さく、弱々しい肉体でありながら勇敢な心だとプレダキングは思った。士道はスターセイバーを抜き、切っ先をプレダキングに突き付けるのだが、爪楊枝のような小さな剣を見てもプレダキングは怯えはしないのだ。インカムは置いて来た、仲間との連絡の手段は無く、助けを呼べない。それでも十香を守る気に揺らぎは無く、胸据わって進むのみだ。

「見たことないトランスフォーマーだな」

 見た目からしてグリムロックの知り合いを期待してたがオートボットは素行が悪くても無意味に人を傷付けはしない。

 プレダキングがまたエネルギーを胸から喉に伝わらせて口腔内に蓄積し、炎を吐き出すのと士道がスターセイバーから光波を撃ち出したのが同時に怒った。ある程度までは炎を切り裂いて突き進むも、プレダキングの火炎に押し負けた。十香を抱えて、真横に飛び、プレダキングの側面に位置した。こちらを振り向く前にスターセイバーで斬りつけたが、頑丈な装甲を切り裂くのは愚か、傷さえも付けられなかった。

「十香、早く逃げろ」

「だ、ダメだシドーお前一人に任せられないのだ。私も戦うのだ」

「居ても戦えないだろ。オプティマス達に助けを呼んで来るんだ!」

 十香は酷く躊躇いながらプレダキングと戦う士道に背中を向けて走り出した。振り返らず、ただ一目散に。

 プレダキングは目標の精霊がいなくなった今、士道と戦う理由は無い。それでも、未知な力を振るう少年とじゃれてみたいという気持ちも強かった。プレダキングにしてみればこれは戦いというよりも遊びに近い感覚だ。

 人間が百キロを超える猛獣と遊ぶと死に繋がる。士道は命懸けでその遊びに対抗していた。

 

 

 

 

 グリムロックと四糸乃は喫茶店を出てからは次の目標が定まらずに商店街を歩いていた。グリムロックはデートで行くような場所は分からないし、四糸乃も詳しい訳ではない。それに人混みは苦手である。四糸乃としてはどこか落ち着いた雰囲気の所でゆっくりと話したいのが本音である。デートと言って無理に出掛ける必要は無い。

「四糸乃、どこ、行きたい?」

「え……それは……その……」

『四糸乃はやっぱり、お部屋でお話したいんだってさ! 二人きりになりたいなんて焼けちゃうねい!』

「よ、よしのん、やめて……!」

「俺も、別に、構わない」

 双方の気持ちは一致して、特設マンションの方に歩き出すべく方向転換した矢先、グリムロックは慌てて走って来た十香とぶつかった。二人とも転けると打った尻をさすりながら立ち上がった。

「十香さん……?」

『どうしたの、そんなに慌ててさ!』

「大変なのだ! 空からブワッーと羽を広げたドラゴンがズドンと出てブハーっと火を噴いてドンバンドンなのだ!」

 必死に身振り手振りで伝えて来る十香なのだがあまりにも説明がアバウト過ぎてグリムロックも四糸乃も首を傾げるばかりだ。

「とにかくシドーが危ないのだ! ――!?」

 ふと、十香は自分から出た声が今の幼く甲高い声ではなく、普段の声が出た事に驚きを感じた。見れば、四糸乃とさっきまで目線が一緒だった筈が、十香の方が見下ろすようになっていた。

 どうやら七罪のかけた能力の効果が切れ始めているらしく、グリムロックには尻尾が生えていた。四糸乃も元々小さいが、徐々に以前のサイズに戻ろうとしている。

 ここである事実に気付いた。体が元に戻れば今着ている服とサイズが合わなくなり、大変な事になる。グリムロックの姿も商店街の真ん中で見られる訳にはいかない。とにかく、ここは一度人目につかない所に移動した。グリムロックは尻尾や手が戻り、体格も徐々に良くなって来ている。

 グリムロックは体が戻るのは時間の問題だ。

 

 

 

 

 プレダキングの相手をする士道はもはや攻撃などしていない。回避と防御だけに専念して仲間が助けに来るのを願いながら待っていた。何回かはプレダキングの攻撃を受けて常人なら死に至るが琴里の再生能力のおかげでなんとか動いていた。

「出来るだけ早くしてくれよ十香……」

 士道はプレダキングの腹の下に潜り、足下をちょろちょろと動き回る事で炎を吐かせない。いい加減、遊ぶのに飽きて来たプレダキングは翼を広げ、空に舞い上がる。

 火炎を吐き出す動作に入ると士道は脂汗を額から流した。

 プレダキングが口を広げて口腔内が赤く光り出した瞬間、プレダキングの側面からグリムロックが猛烈な突進を決め、二人は空から落ちて地面を転がり、公園の公衆トイレをバラバラにして立ち止まった。

「キッチリ、ケリを、付けるぞプレダコン」

 グリムロックを直視した時、プレダキングの目は憎しみに満ちてギラギラと煌めく。

「士道、離れてろ」

 グリムロックが来たおかげでひとまず安心した。少年からちゃんとティラノサウルスの姿なので七罪の効果は切れたと判断した。

 プレダキングの脳裏には数多のプレダコンの無念が蘇り、強い怒りと憎悪が渦巻く。喉を鳴らして唸り、プレダキングは地面をえぐる程に足に力を込めて駆け出した。グリムロックも同時に飛び出し、両者は頭を強くぶつけ合った。轟音が草木を震わせ大地にひびを入れた。ビリビリと強い衝撃で士道はひっくり返った。

 互角に見えた突進はプレダキングに軍配が上がった。グリムロックが押し負けてのけぞった隙に体を捻り、力が集中した尻尾を顔面に命中した。グリムロックはふらつき、倒れかけるが同じように太い尻尾でプレダキングを殴り返した。

 プレダキングがグリムロックの首に食らいつき、グリムロックは体を揺すって振り切ろうともがく。プレダキングは体重をかけて押し倒すと顔と体に前足をかけてホールドした。暴れるグリムロックを地に縫い止めたプレダキングはグリムロックに向けて炎を噴射した。

 気が狂ったかのようにもがき、遂にプレダキングの拘束から逃れるとグリムロックもプレダキングにレーザーファイヤーを吐きかけた。炎を振り払い、プレダキングはグリムロックに頭突きを入れ、その攻撃は戦いの決定的な一撃となりグリムロックは倒れ込んだ。

「グリムロック! 嘘だろ!?」

 グリムロックの敗北を士道は予想出来なかった。プレダキングは自身の強さや存在を示すように雄叫びを上げた。憎きダイノボットのリーダーを仕留めようとプレダキングは鋭い爪が並んだ前足を振り上げたが、グリムロックの首を落とさず、どこか遠くを眺めると翼を羽ばたかせてトドメを刺さずに去ってしまった。プレダキングが消えた直後、スラッグとスワープが到着した。プレダキングはこの二人までも相手にする気はなかったのだろう。

「グリムロック、おいしっかりしろ!」

 スラッグは変形してぐったりするグリムロックを抱えた。

「怪我は無いかい士道よう」

 スワープは士道の方を先を気にかけた。「ああ、平気……グリムロックは大丈夫なのか?」

 スラッグに尋ねると難しい顔をしてグリムロックを横にすると深く俯いた。

「どうなんだよスラッグ! グリムロックは大丈夫なのかよ! 何とか言っ――」

「よし、第二ラウンド、開始だ!」

 グリムロックはすんなりと起き上がり、元気良く吼えて見せた。顔は少し焼けたが、エネルギーは有り余ってまだまだ戦えそうだ。

「……。心配して損した……」

 士道は呆れたように首を振った。

「そうでもない。グリムロックを負かすような奴だ」

「そもそも、あれは何だ? お前等の仲間か?」

 士道の質問にグリムロックに代わってスラッグが説明を始めた。

「プレダコンだ。トランスフォーマーより前にオレ達の星にいた生き物だ」

「お前達と良く似てるような……」

「オレ達は元は普通のトランスフォーマーだ。ショックウェーブに改造されてこうなったんだ」

「え? 改造?」

 士道はキョトンとした顔で聞いた。

「知らないのか? オレ達は改造された。だから恐竜にトランスフォームするんだぞ。中でもグリムロックの改造は酷かったからな」

「知らなかったのかあ?」

 士道は頷きスラッグとスワープはチラッとグリムロックを見た。そして少し黙ると詳しい事を話すと面倒になりそうなのでここで切り上げ、プレダコンの説明をした。

「プレダコンねぇ……」

「プレダコンもどうせショックウェーブが再生したに違いない。それもとびきり強力にな」

 険しい顔で公園を見渡すと遊具は溶けて無くなり、地面は穴ぼこだらけの荒れ地になっていた。プレダキングは本気で戦っていた、だが士道は何となくだがあれが全身全霊の力には見えなかった。まだ、プレダキングの底は見えない。

「ところでさ士道、聞いたぞお~疲れてるんだって? 良かったら相談に乗るぜ?」

「いや、いいよ」

「話してみなって。チームの重荷はみんなで背負う、それがオレ等の方針だよ!」

 ボリボリと頭をかきながら士道は語る。

「少し疑問なんだ」

「疑問?」

 三人は同じように聞き返した。

「俺のやり方に疑問があるんだ……。三人ともごめん、もう少し一人にしてくれ、俺だってこんな事している場合じゃないってわかってるんだ……」

 ダイノボット三人に背を向けると士道はそのまま歩き始める。スワープは心配で呼び止めようとしたが、グリムロックはそれを制して士道を一人にさせてあげた。

 士道を見送るとスラッグはプレダキングについて聞いた。

「グリムロック、プレダコンの強さはどうだった?」

「強い」

 悔しくない筈はない。今度はリベンジをしてやると誓うグリムロックの隣でスラッグは酷く不安に見回られていた。ブルーティカスに加えてプレダキング、その他雑兵を含めてオートボットとディセプティコンの戦力差は開くばかりだ。

「基地に、戻るぞ、人に、見られる」

「わかった」

「飛ぶのは控えようかな?」

 

 

 

 

 町の剣道場には若い剣士が何人も集まり、自身の腕と精神を磨くべくして通い、力を高め合う。その多くは強くなる、試合に勝つ事が最高の結果だと信じて疑わないのだ。剣道場の師範である六十を越した辺りの男性はいつものように防具を身に着けて、生徒が来る前の道場で練習と清掃をしている。

「君は……」

 その男性がいざ清掃をしようとした時、道場の隅で正座をして思い悩む士道を見つけた。門下生ではないし、体験入門というわけでもなさそうだ。

「悩みがあるようですな」

「はい……」

 士道は素直に答えた。

「話さなくてもよい、内容は分からないが君は自分の行い、自分のやり方に疑問を持っている、違うかね?」

「その通りです……」

 男性の中で士道にかけてあげる言葉はもう見つかっていた。

「君はスポーツの経験はあるかね?」

「いいえ」

「では何か、勝敗に関わった経験は? 学校のドッジボール、テスト何でも良い」

 そう、言われて士道がまず最初に思い出したのが天央祭の事だった。士道の中ではかなり大きな勝負をしたと思っている。

「天央祭で音楽の部門で……」

「勝とうとしたか?」

「当たり前です!」

「“なら負けたらどうしよう”とも考えた筈だね?」

「はい……考えました」

「結果はどうだね?」

「負けです」

「君は音楽の経験はどれくらいだね?」

「中学に少し……」

「たったそれだけの期間しかやっていないのにあの天央祭の音楽部門に挑むというのはただの無謀か、何か訳があった筈だ。君はチームを率いる人間かい?」

「いいえ、楽器の腕は下から数えた方が早いし、もう一人楽器が出来ない子は歌がとても上手でした」

「つまり君はその舞台に立つレベルではなかった、しかし自ら立った。その時君は勝とうという気持ち意外に何かあるかね?」

「いいえ、ただ勝とう精一杯で……」

 男性は深く頷く。

「勝とうとするからダメなのだ。勝とうとすれば反対も考える」

「確かに敗北も考えました」

「敗北をイメージすると自身のモチベーションや自信が揺らいでしまう」

「ではどうすれば良いのですか!?」

「無の境地で運命に従うのだ」

 男性はここぞとばかりに語気に力を込めて続けた。

「自らの果たすべき義務を捨てる者は、その時既に敗れておる!」

 士道の登頂からつま先までを妙な感覚が走り抜けた。頭で理解したのではない、もっと奥深くの心に響いた。そういう感覚だった。

「ありがとうございます、先生。おかげで迷いが晴れました」

 士道は深々と礼をすると道場を去って行った。

 

 

 

 

 七罪の行方は分からず困り果てていた琴里はもう元のサイズに戻っていた。士道もいない今、七罪を見つけたとしても動けないのだからどうしようもない。何が悪かったのかと琴里は今までの事を振り返っていたら玄関のドアが開いた音がした。十香か四糸乃が来たのだろうと特に気にもかけずにテレビを見ていた。

「ご飯もちゃんと食べないでチュッパチャプスばかり舐めてるのか琴里?」

「おにーっ――。士道!?」

「ただいま、直ぐにご飯を作るよ」

「士道、もう……平気なの? その……気持ちの方は」

「問題ない。いつでも動けるぞ」

 安心と喜びに満たされた琴里はそれを表情に出さずに普段通りに振る舞った。

「良かったわ士道、七罪を野放しには出来ないわ。居場所は早急にフラクシナスで特定するわ」

「助かる。さあ、俺達の戦争(デート)を始めよう」

 士道も元に戻り、次は七罪を救うだけだ。だがこの時、天宮市の遥か上空、成層圏よりも上でDEMの野心に満ちた塊が天宮市に落とされようとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。