デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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雑な作りですまない……。
ちょっと疲れてんだ。


26話 救世主グリムロック

 天宮市の中で特に人の少ない倉庫は誰も使う人がいない単なる空き部屋と化していた。その倉庫には多数の機材が並び、歩道橋のような形をした背の高い建物の上には車椅子に座り、柔和な顔をした初老の男性が倉庫の管理をしていた。白く綺麗に整えた髭には不潔感は無く、染めたような真っ白な髪を後ろで束ねている。紳士的な男性、エリオット・ボールドウィン・ウッドマンは子供がおもちゃを買ってもらう時のように胸を躍らせて待っていた。

 ラタトスクの創設者、ウッドマンがいるこの倉庫は天宮市の臨時基地だ。顕現装置(リアライザ)によって倉庫は透明化して外界からはその姿を確認する事が出来ず、完全に隠れていた。

「ついに私達も見れると思うとわくわくするね、カレン」

 カレン、そう呼ばれた彼女は小さく頷くだけだ。その顔は世界最強の魔術師(ウィザード)エレン・ミラ・メイザースと瓜二つの顔をしていた。尤も、エレンよりは大人しそうな顔をしている。

「ウッドマン卿、目標が近付いて来ました」

 デッキの下では白衣を着た研究者の一人が言った。

「よし、ゲートを開放。入れてあげるんだ」

「はい、ゲート開放。オプティマス・プライムを補足」

 赤いボンネットタイプのトレーラートラックは開放された倉庫の入り口へ徐行で入って来る。オプティマスの周囲には銃器で武装した兵士やASTのようなCR-ユニットを装着した者もいた。ウッドマンは、ラタトスクの最高権力者、そのトップを守る事が彼等の使命だ。最高権力者の護衛にはいささか防備が貧弱な気もしたが、それはラタトスクがオプティマスを認めているという事だと認識した。ウッドマンと会う際にオートボット側から一人だけしか来る事が許されなかった。

 ラタトスクからすれば今ここでオプティマスが暴れた場合、とてもじゃないがウッドマンを守りきれない。そんな奴を何人も呼んでウッドマンの身を危険に晒すのは得策ではない。

 オプティマスがウッドマンのいるデッキの前まで来ると噂のトランスフォームを見せた。完全なトラックから手足が現れ、タイヤは位置を変え、複雑で精巧な変形を繰り返し、窓はいつの間にか胸の位置へ行き、気がつけば頭が出て来てトラックからロボットへと変わっていた。

 ウッドマンは初めて目の当たりにするトランスフォームに思わず拍手をした。目の前にいる鋼鉄の巨人を恐れもせずにウッドマンは、良くオプティマスの顔を見た。

「初めまして、ウッドマン卿。私はオプティマス・プライム、オートボットの総司令官(リーダー)です」

「エリオット・ボールドウィン・ウッドマンです。お会いできて光栄ですオプティマス・プライム」

 オプティマスが人差し指を出すとウッドマンはそれに応えて握手を交わした。互いに自己紹介を終える。

「何から話そうか悩みますね、プライム」

「私から話せるのは今、地球がかつてない脅威に晒されているという事です」

「琴里から少し聞いたユニクロンという存在ですか?」

「それもありますが、先日天宮市に大規模な侵略行為を行った連中です。ディセプティコンは我々以上の科学力を保有しています」

 ウッドマンはしばらく押し黙った。

「琴里は君達、オートボットを深く信頼しているようです」

「はい、私達も彼女達を信頼しています」

顕現装置(リアライザ)、聞いた事くらいあるでしょう?」

「人類が三十年前に生み出した奇跡の機械、そう聞きました」

「そう、そうなんだ……。しかしねそれには裏話があります……」

 裏話と聞いてオプティマスは気を引き締めた。ウッドマンはメガネを外すと疲れたように目をこすり、再びメガネをかけた。

顕現装置(リアライザ)やここ三十年以内に完成した技術はね。とある男から教えてもらった技術なんだよ。男の名前は分からないし、目的も分からないが、とにかくその技術は利用させてもらった。だが――」

 ウッドマンが顕現装置(リアライザ)を手に入れた時とかの有名なユーラシア大空災が起きた年がぴたりと符合する。人類側に抗う術をわざと与えたようにオプティマスには見えた。長い年月、精霊と人類は互いを憎み合い、殺し合い、終わりが見えない殺伐とした道をひたすらに歩いていた。

「私はね。もう争いは止めにしたいと思ったんだ。だからラタトスク機関を創立しました」

 顕現装置(リアライザ)は少なくともトランスフォーマーの技術などではない。一体何の目的で人類に高度な技術を与えたのか不明だ。

「あなたの話を聞かせてくれませんか、プライム?」

「わかりました」

 オプティマスは目の大きなレンズからリアルな立体映像を投射すると倉庫内はたちまち現実と間違える程の綺麗な映像の空間に変わり、そこにはオートボットとディセプティコンの戦いの歴史が映っていた。言葉で説明するよりは分かりやすい。

 映像が終了すると倉庫内は先ほどの機材などが並んだ殺風景な部屋に戻った。

「ディセプティコンは我々の敵です。今までは大した行動こそ起こしませんでしたが、リーダーのメガトロンが戻った今、ディセプティコンは地球にとって脅威です」

「ディセプティコンはどうして地球を狙うのです?」

「エネルゴン、我々の力の源です。エネルゴンは地球には溢れかえっています」

「資源が目的か……。しかしプライム、あなたはオートボットの総司令官なのでしょう?」

「はい」

「もしも敵の目的が君の首なら……君達が地球にいるだけで危険という事にならないかい?」

「私達が地球を立ち去り、人類がディセプティコンとこれから現れる精霊の両勢力を相手に出来るなら私達は去ります。ですが、敵はそれだけですか?」

 オプティマスは顔を近付けて続けた。

「メガトロンは支配以外の結論を認めない。よく覚えていて下さい」

 会談の時間が迫るとオプティマスは背を向けてトラックへトランスフォームする。

「さっきは意地悪な質問しましたプライム。…………頼む!」

 何を頼むのか、それはフラクシナスや琴里や士道を守ってくれ、という意味が集約されていた。

「引き受けました」

 オプティマスは倉庫のゲートが開き、出て行った。

 

 

 

 

 七罪から仕掛けて来た勝負はこうだ。期限までに写真の中にいる誰かを七罪だと見抜く。零時に誰が七罪かを言い、外れた場合、その中の一人が消えてしまう。

 もし七罪と見抜く事が出来れば消えた仲間は全て返してもらえる。というルールだった。 このルール、琴里は直ぐに穴を見つけた。誰かさえ見抜けば全員を返してもらえる。ならば当てずっぽうで全員を選び切れば絶対に七罪に辿り着く事が出来るのだ。七罪が十香クラスのバカなら安心だが、まだまだ素性が分からない。少なくともこんな勝負を仕掛けて来たのだから何か狙いはある筈だ。

 士道はリビングにいた。リビングには琴里と士道、令音が座っていた。

「この写真のどれかが七罪なんだね?」

「そうよ」

「みんなが消える前に……か。とにかく写真から霊反応がないかフラクシナスで解析をしてみるよ。その間にシンはこの十二人とデートをしてもらう」

「デート?」

「付き合いが長ければ、デートの最中に普段の彼女達にはない違和感を感じると思ってね」

「そうですね。あ、でもスラッグ達はどうするんです? 正直言ってアイツ等の詳しい所なんて分かりませんよ」

「ダイノボット達にはグリムロックに相手をしてもらうさ」

 グリムロックの方が遥かに士道より付き合いが長い。ダイノボットはグリムロックに任せた方が賢明だろう。

「デートは明日からやってもらう」

「わかりました」

 

 

 

 

 七罪とのゲーム開始一日目、最初のデートの相手は十香だ。士道からのデートを断る理由などない十香は直ぐに誘いに乗って来た。いつものパン屋できなこパンを買ってあげた。

「うむ、美味い! やはりきなこパンは美味いぞシドー!」

「良かったな十香」

 一見すればいつもの十香だ。

「なあ十香、俺達がさキスした場所って覚えてるか?」

 十香は急に顔を真っ赤にした。

「何を言うのだシドー! は、恥ずかしいではないか……」

 十香はゆっくりと見晴らしの良い丘を指差した。正解だ。十香にとって思い出の場所だ。

『十香の愛情を調べるならプランBで行くしかないな』

 インカムから令音の声がした。士道はそのプランBに酷く気が乗らない。だが、このまま普通のデートでは相手も十香を装いやすい。

「と、十香あのだな……」

「む?」

「ごめん」

 士道が謝ると十香はうとうととしてやがては眠りについた。

『さあ、シン、これからは十香のご主人様だぞ』

 士道は眠った十香を令音の指示した場所へと運んだ。

 

 

 

 

 薄暗い部屋、ひんやりとした床や壁が室内を肌寒く感じさせる。十香がゆっくりとまぶたを開けると驚いた。自分の両手は鎖に繋がれて天井から吊され、首には首輪がはめられ、スカートは無く、ブラウスのボタンはへそ辺りまで外されていた。

「目が覚めたようだな十香」

「シドー! 何なのだこれは! 早く外すのだ!」

「まあ十香、別に痛めつける気はないさ。ただ……お前の気持ちを確かめるのさ」

 喉を低く鳴らして士道は不敵に笑った。内心胸が痛いが、士道は心を鬼にした。

「私の気持ち……?」

「そうだ。十香は俺が好きか?」

「う……うむぅ……」

「ほらほら、どうなんだ十香?」

「す、好きだ……」

「何ぃ~よく聞こえないぜ?」

「好きだ!」

「よーし良く言った十香、では今からお前は俺の事をご主人様と呼ぶんだ!」

「何を言っているのだシドー?」

 シュッと霧吹きを十香の服にかけた。

「きゃっ!? 何をするのだシドー! 冷たいではないか!」

「ご主人様だ。シドーじゃないぞ」

「ご……ご主人様……」

「良く言えた。ご褒美だ」

 またもや霧吹きを十香にかけた。

「うぅぅ~……どうしたのだシド……ご主人様。いつもと違うぞ?」

「お前の愛を確かめるんだ。じゃあまずは……クイズでも出そうか。正解すればお菓子をあげよう」

「お菓子だと!? 早く問題を出すのだご主人様!」

「よぉーし、第一問。パンはパンでも食べられないパンは?」

「何? パンでも食べられないのか? う~む…………わからない……わからないぞ」

「はい、ペナルティ」

 二回程、霧吹きの引き金を引いて水をかけた。

「冷たっ! いじわるは良くないぞシドォ~!」

「答えられないと水をどんどんかけられるぞ。第二問!」

 士道は小さく『帽子』と書かれたフリップを見せた。

「さあ、この職業は?」

「わ、わからないぞシドー」

「はい、ペナルティね」

 また水をかけられてシャツは体に張り付き、下着が透けて見えて来た。十香は恥ずかしくなって俯くと首輪の鎖を掴んで無理矢理、顔を上に向けさせる。

「ほら十香、鏡にお前の哀れもない姿が映っているぜ? 恥ずかしいだろ? 一問でも正解したらお菓子は食べ放題で解放もしてあげるぜ」

 頬を赤らめ抵抗も出来ない少女は次から次へと出題された問題に答える事が出来ずにいた。シャツはスケスケになり霧吹きも飽きて来たので猫じゃらし型の玩具で敏感な部分をコショコショと撫でた。

「アッハハハハ! イヒッ……! シド……! やめるのだ……! くすぐったいぃ~!」

「くすぐったいなら俺の問題に答えるんだ。早くしないと無回答でお仕置きだぞ」

「イヒヒ! シドー! このままじゃ……答えられないアッハハハハ!」

 さんざん、全身をくまなくくすぐってやり、十香は笑い疲れてぐったりとしていた。士道の愛情を確かめるという作業は終了して十香は疲れた様子でお菓子を食べていた。

「何かごめんな十香」

「良いのだ……。あんなシドーも……悪くない……」

「え?」

「いや、何でもないぞ!」

 とりあえず、十香は七罪ではないというのはわかった。偽物なら流石に嫌になる筈だからだ。

 

 

 

 続いてのデートは夕弦だ。

 夕弦とは喫茶店で待ち合わせをしており、士道は先に喫茶店にいた。

「はぁ……良心が痛むな」

『さっきの十香の事をまだ引っ張ってんの!?』

「そりゃな」

『でも十香はまんざらでもなかったでしょ?』

「それが救いかな」

 琴里と話していると今回のデートの相手、夕弦が現れた。

「デートを始めるぞ」

『頑張りなさい』

 通信を終了して士道は席を立った。

「よう夕弦」

「挨拶。こんにちは」

「何か飲むか?」

 席についた夕弦に士道が聞くと夕弦はメニュー表を開いて迷わずに指を差した。

「提案。このマンゴージュースが良いです」

「ああ、わかった」

 士道は既にコーヒーを頼んでいたのでウェイターに夕弦の言ったマンゴージュースをオーダーした。

「質問。どうして私をデートに誘ったのですか?」

「ああ……二人で出掛ける事なんてなかったろ? だからさたまにはって思ったんだけど」

 夕弦はほんのり顔を紅潮させると視線を泳がせた。眠気が残っているようなやる気の無い半眼が特徴的な夕弦は感情的になる事は滅多にないが、デートとなればその心情にも変化はある。

「お待たせしました。“若い男女がうっふんマンゴージュース”です」

 ウェイターが恥ずかしげもなくその商品をテーブルに置くとグラスにはストローに二本刺さっているのに気付いた。

「んん?」

「疑問。どうしましたか士道」

「何でストローが二本?」

「説明。片方を士道がもう片方を夕弦が使って飲みます。マスター折紙からの指導です」

 折紙にしては軽めの内容だと思っていた。しかし、折紙から教えを乞うという事は十中八九、後々にろくでもない事を仕掛けて来るに違いない。士道は警戒しながらもストローに口をつけてジュースを飲んだ。

 少しだけ飲んで口を離した途端に夕弦はグラスの向きを変えてさっきまで士道が使っていたストローに吸い付く。

「何をしてるんだ夕弦!」

「確認。こうしてお互いの愛を分け合うとマスター折紙は言っていました」

「夕弦、折紙を恋愛の師匠にするのはやめようか」

「拒否。マスター折紙は最高の恋愛マスターです。彼女を手本にしなくて誰をするのです」

「うーん、少なくともアイツの肉食っぷりは真似ない方がいいな」

 喫茶店で休憩を終わった頃には外は日が暮れようとしていた。十香のコミュニケーションに時間を使った為、今日のデートは二人が限界だった。

 士道は見晴らしの良い丘に夕弦を連れて行く事にした。士道はその丘から見る天宮市の町がとても好きだった。

 丘の上に行った頃には日は山の向こうに沈んで空には月が上っていた。

「せっかくのデートなのにいろいろ連れて行けなくて悪かったな夕弦」

「遠慮。そんな事はありません。私は夜景を一度見てみたいと思ってました」

 町はキラキラと小さな光の集合体だ。士道と夕弦はベンチに座ると自然と体が寄り添い合った。

「懇願。士道、もしも私か耶倶矢を選ぶとしたら耶倶矢を選んで下さい……」

「おいおい、そう言う話は無しって言ったろ?」

「懇願。お願いします。もしも私を選んだのなら…………。それは、嬉しいです」

 夕弦は小さな途切れそうな声で言うとベンチから立ち上がって夜道を走って行った。呼び止めようとしたが、足の速い夕弦は既に暗闇の中に消えて行った。

 

 

 

 

「女の子を一人で家に帰すなんて感心しないわね」

 琴里はソファで足を組みながら言った。

「うん、でも夕弦が走って行っちゃったしさ」

「今回は仕方ないから許すわ。それと士道、そろそろ時間よ」

 琴里が時計に目をやると七罪の言っていた零時に針が届こうとしている。秒針を目で追いながら一分一秒を数えながら約束の時刻を待っていた。時刻が零時を迎えた瞬間を知らせるベルが時計から鳴った。すると五河家のリビングの何もない壁に影が滲み出し円を描くと七罪が顔を出した。

「久しぶりね士道くん。さあ、誰があたしか分かったかな? 張り切って答えをどうぞ!」

 今日は十香と夕弦しかデートをしていない。その二人はどちらも怪しい所など無かった。しかし、誰かを指名しなければいけない。

「士道、早く答えて!」

「ああ……。ゆ、夕弦だ」

「ぶっぶー! 残念でした~。ああ、それとルールだけど一日に何人でも指名しても良いわよ? それとゲームの時間は三日間ね。三日以内に見つけられなかったらみんな消えちゃうから、バイビー!」

 七罪はそれだけ言い残し、士道や琴里の質問すら受け付けずに影の中に帰って行った。

 

 

 

 

 翌日の事だ。士道がいつものように朝早く起きた。いや、いつもより少し早かったかもしれない。それは、家の中にしつこく鳴り響くインターホンの音がうるさかったからだ。士道は玄関のドアを開けると血相を変えた耶倶矢が押し入り、士道の肩を掴んだ。「夕弦が……! 夕弦がいないの!」

 耶倶矢の言葉に士道の中でドクンと強く鼓動が鳴る。

「とにかく落ち着け耶倶矢、昨日の事を詳しく話してくれ」

 耶倶矢曰わく、夕弦は昨日はちゃんと家に帰って来た。その後にいつも通り、何気ない会話を交わしてから眠ったそうだ。そして起きれば夕弦は忽然と消えていたのだ。

 士道は耶倶矢を何とかして落ち着けるとマンションまで送ってあげた。

 琴里を起こし、昨日の夕弦の様子をカメラで確認した。

「面倒ね。これは、七罪に人質を取られた事になるわ」

 映像には黒い影が部屋に現れると夕弦を呑み込んで行きそのまま消えてなくなった。

「一刻も早く見つけないと……」

 夕弦を案ずる気持ちでいっぱいだったが、士道は次のデート相手との待ち合わせがあった。

 家の前で待っていると、白いスポーツカーがゆっくりと迫って来ると士道の前で停車した。

「おはよう、士道から町を回りたいだなんて珍しいじゃないか」

 今日一番の相手はジャズだった。士道はジャズに乗り込むとまずはドライブに出掛ける事にした。

「たまにはさ、普通に会ってみたいかなって思ったんだけどさ」

「私はいつでも大歓迎さ」

 ジャズはゆっくり発進して徐々に加速をつけた。士道はしきりに車内を見渡し、変な所はないかと確認していた。七罪の変身の能力は凄まじい、どんな物にも精巧に変身して見せる。トランスフォーマーに変身するのはどういう気持ちかは分からないが、七罪がしっかりとトランスフォームも真似出来るなら厄介極まりない。

 七罪がそこまで出来ないと信じて士道はドライブを続けた。

 

 

 

 

 士道がデートをしている間にグリムロックはダイノボットの中に七罪が紛れ込んでいないか、確かめるのだった。最初に呼び出されたのはスラッグだ。グリムロックが不在の際にダイノボットをまとめるサブリーダー的存在だ。

 スラッグが呼び出されたのは人のいない採石場だ。トリケラトプスから変形するとスラッグはグリムロックと対峙した。

「何の用だグリムロック? 二人で話したいなんて珍しいじゃないか」

 スラッグは喧嘩好き。本物かどうかを調べるにはやる事は一つだ。グリムロックは剣を盾を作り出してスラッグを睨んだ。「どうしたんだよ。……ああ、さてはオレと久しぶりに喧嘩したいんだな? 行くぞ!」

 物分かりの良いスラッグは一対の短めの剣を両手で握りしめ駆け出した。グリムロックは剣を振り下ろし、スラッグは体を反転させて避けると空振りした刃は大地に亀裂を入れた。

 隙を突いてスラッグは両手の剣でグリムロックを斬りつけた。スラッグの剣を盾で防ぐと盾を振り払い、スラッグを殴り飛ばした。のけぞり、姿勢を崩されてもスラッグは果敢に爆発的に嵐のような激しい攻めを見せる。二本の剣は連続で閃き、グリムロックを翻弄するとグリムロックは大剣を投げ捨ててビーストモードに変形した。

「そっちがその気なら……!」

 スラッグも変形して二人は真っ正面からぶつかり合う。突進力ではスラッグに分がある。グリムロックは少し押されはしたが、右足を軸に勢い良く回転して太い尻尾をスラッグの頭に叩きつけて転倒させた。

「やっぱり強いなグリムロックは」

「俺は、最強だ」

 倒れたスラッグを起こしてやってグリムロックはロボットに変形するとその場に座り込んだ。スラッグの実力は本物だった、ダイノボットらしく力強く、豪快で通常のトランスフォーマーとは一線を画す。それにスラッグの独特のクセも確認出来た。グリムロックは自信を持ってスラッグを本物だと言えた。

「それで、突然どうしたんだ? いくら何でもオレと喧嘩なんて急過ぎるだろ?」

「俺、グリムロック。新しい精霊が誰かに化けてる」

「七罪か。オレが本物かどうか確かめたってわけか?」

「そうだ」

「スワープもスナールもスラージにも化けてる可能性があるんだよな?」

 グリムロックは頷く。他の三人も地道にぶつかり合えば本物か偽物か見分ける事は可能だろう。しかし、無駄に以上に時間を割くのは良くない。グリムロックは何かいっぺんに本物かどうかを見抜く方法を考えていた。

「あ、そうだグリムロック、今から三人を呼ぶんだ」

「何だ?」

「良いことを思いついたぞ!」

 スラッグは何か名案があるらしい。一度二人は採石場を後にして一時間後に再集合をする事にした。スラッグは準備があると言って行き先も告げずに一人、森の中へと消えて行った。

 グリムロックは一度基地へと戻って三人を呼びに行った。この三人の中の誰かかもしれない、そう思うと顔つきも自然と険しくなって来る。グリムロックが考えている最中もスワープ達は陽気な会話を交えて、密かに起きている事件など知りもしなかった。

 そして、問題の谷。

 グリムロック等四人が到着するとそこにはスラッグが準備を整えて待っている。何の準備か? テーブルに椅子、大量のエネルゴン、スラッグはここで酒盛りをするつもりなのだ。いくら綺麗に化けても精霊にとってもエネルゴンを飲むと体に有害な反応が出る。

 ここで飲めない奴は偽物という訳だ。

「突然こんな良いエネルギーを用意してくれるなんてスラッグは太っ腹だなぁ!」

「みんな遠慮しないで飲んで良いぞ」

 大きなビンに並々にエネルゴンを注いでメンバーに回して行く。

「じゃあ、みんな、乾杯!」

 グリムロックがビンを両手で掲げると皆も同じくビンを掲げた。ダイノボットは同時にビンに入った大量のエネルゴンを一気に飲み干してしまう。

「あぁ~! 体に染み渡るねえ!」

「良い物を用意した甲斐があるな」

「セイバートロンが戻ればこのエネルギーも腹一杯に味わえるだね」

「ウハハハハ! 気分あげあげだ!」

 盛り上がる部下の反応を見ながらグリムロックは七罪らしき影は無いと判断した。全員、このエネルギーを心底美味いと感じているし、飲む時に躊躇う仕草を一つも見せていなかった。

「アァァッー! 漲って来たぜぇ! エネルギーだぁ!」

 グリムロックも七罪がいないと判断して遠慮なく飲み始めた。景気良くエネルギーを飲むのは良いのだが、飲み過ぎはいけない。ダイノボット達は徐々にテンションが上がって来ている。

「何だが、何かに突っ込みたい気分だ! うぉぉぉぉ!」

 スラッグはビーストモードになってから木々や岩石を突き破り、際限なく何かに突進する。

「ん~この木は邪魔だな!」

 スラージも変形して長い首や尻尾を振り、生い茂る大木をなぎ倒し、スナールは所構わずミサイルを発射している。

 全員、エネルゴンの飲み過ぎで酔っ払っているのだ。このままでは森が危ない。それどころか、町にも危機が迫っていた。

 

 

 

 

 士道がジャズとデートもといドライブをしている間、不本意ながらもデートを士道の分身体に手伝ってもらう事になった。最近、七罪が士道に化けたというのに自ら同じ顔を増やすのは妙な気持ちであった。

 折紙には臆病の心太郎が。

 琴里には傲慢の士竜が。

 耶倶矢にはゴマすりクズ野郎の伸吾が。

 美九には士織がつく事になった。

 そして、折紙をデートを誘う事になった心太郎は待ち合わせのファミレスで膝をもじもじとこすり合わせながら困ったような顔をしながら、辺りを見回していた。折紙には士道のいとこという風にごまかしてあったのだが、心太郎とデートをしてもらう条件に心太郎の素性をしつこく聞かれた為、士道は渋々、自分の分身体という事を話していた。

 意外にも折紙は驚いていなかったが……。

 心太郎は一度折紙と接触をしているし、まだ話しやすいと判断したのだ。

 ファミレスのドアが開く音がすると心太郎は顔を上げた。入り口に折紙がいる事を確認出来、折紙も心太郎を見つけると席の方まで歩いて来た。折紙は心太郎の向かえの席ではなく隣に座り、心太郎は窓際に追い込まれて逃げられない。 こんな美少女と同じ席というのに緊張する反面、かつて折紙邸で拘束された記憶が蘇って来て恐怖感もあった。

「心太郎」

 名前を呼ばれて心太郎は驚きで背筋をピンと伸ばした。

「ハイ!」

「心太郎、あなたは精通している?」

「はえ?」

「射精は出来る?」

 唐突にぶっ飛んだ質問に心太郎は顔を真っ赤にしていた。

「あなたは士道のクローン、士道の体の一部。士道はとてもシャイ。あなたの成分を取り込みたい」

「い、いいい意味が分かりません! ひゃぁっ……!?」

 折紙は人目をはばからずに心太郎の手を掴み、足に足を絡めて動きを封じると心太郎へともたれかかり、少し汗ばんだ首筋をペロリと舐めた。

「士道と同じ味……」

「わかるんですか!? こ、こんな所でやめてよしてよ~!」

「良いではないか良いではないか」

 折紙は構わずペロペロと心太郎の首筋やうなじ、耳たぶを甘噛みしたりと存分に変態行為を試していた。

「何でこんな事するんですか!?」

「やがて本物とやる為の練習」

「僕でしないで下さい!」

 涙目で懇願する心太郎を見て、折紙はサッと離れた。

「ごめんなさい」

 分かってくれたと心太郎はホッと一安心した。

「続きは家でする」

 分かってはいなかったようだ。

「いやぁぁ~!」

 折紙は心太郎を引っ張って店の外へと連れて行ってしまった。

 強制的に折紙の自宅へ連行された心太郎に逃げ道は無い。ついでにコレは間違いなく本物の折紙だと確信出来た。折紙の自宅に連れて行かれた心太郎は室内に散乱している怪しげな器具に嫌な予感を感じざるを得ない。

 バラ鞭から一本鞭、ロウソク、手錠。その他、多数の大人のおもちゃが博物館のように並んでいた。

「あ、あの、折紙さん? こ、これは?」

「士道とやる前にあなたでテストしたい。クローンの弱い所と本物は同じだと判断した。そして士道の趣向も把握しておきたい」

 そう言いながら折紙は無表情でバラ鞭を手に取り、風を切る音を響かせた。

 危うし、心太郎。

 

 

 

 

 琴里の相手は士竜だ。かつては神無月と互角に戦うという活躍を見せ、それ以外は琴里にパンチ一発でノックアウトされたくらいだ。

「オレァよ、チビ。お前が本物か偽物かなんざどうだって良い。あの時、オレ様に一発入れた仕返しを今してやらぁ! ヒャッハー!」

 士竜が箒を片手に殴りかかって来るが琴里は楽にかわして士竜のみぞおちに強烈なパンチを入れた。

「腹がぁ!」

 士竜はのた打ち回り膝をついて憎々しく足組みをして見下ろす琴里を見上げた。

「相変わらず良いパンツ――しゃなくてパンチだ」

「どこ見てるのよスケベ士竜!」

 琴里の蹴りが士竜の顔面に入りかけた所で上手くガードして琴里の足をしっかりと掴み、動きを封じた。

「反撃だチビ娘!」

 士竜が拳を振り上げた瞬間、琴里はリモコンのボタンを押すとテレビ画面が回転し、そこからパイが投げ飛ばされて士竜の顔面に命中した。生クリームで士竜の顔は真っ白だ。

「ぐぬぬ……! 小癪なぁ!」

「力には知恵で勝つのよ覚えておきなさい士竜!」

「徹底的に戦ってやるぜぇ!」

 家中に張り巡らされた罠を駆使して琴里は士竜の進行を全て阻んだ。

「一応デートなのにね……」

 琴里はうんざりしたように首を振り、本を読んだ。

 士竜は琴里にとにかく一発入れたい一心でデートの事など頭に無い。

「ちくしょー! 何だこのパイの散弾はぁ! うぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 耶倶矢の相手をするのはゴマすり伸吾だ。伸吾は耶倶矢と初対面であるが、士道と記憶を共有してある。他の分身体もそうだ、士道の経験、記憶は持っている。プライマスの力までは共有はしていない。

「くっくっく、お主が颶風の御子たる我と共に過ごしたいとはな!」

 相変わらず芝居がかった話し方だ。いつもの士道のなら、苦笑いでなだめて来るだけだが、相手は伸吾だ。

「いよっ、大将! 流石は颶風の御子でありますですね。威厳のある話し方、わたくし、感動いたしましたです!」

「む? 今日の士道はノリがよいな」

 士道が伸吾に入れ替わっているなど気付きもしない。七罪に騙されているのか、七罪を騙しているのか分からなくなってくる。

「おおっ! 耶倶矢殿、今日のファッションは特別良いですね~! その腰からぶら下がったチェーンがクールです! 奇抜な背中のドクロのロゴもセンスを感じますです!」

 とにかく伸吾は耶倶矢を褒めた。普通なら悪趣味と言われかねない服装を良く言われて耶倶矢は悪い気はしない。

「よろしい、我が眷属に相応しいぞ士道よ。我の威厳が示されて来たようだな!」

「ははあ!」

 伸吾は大げさに平伏した。

 中二病と言うよりも段々、時代劇に近い関係になりつつあった。

 

 

 

 

 続いて美九と士織だ。危険そうな組み合わせだが、他の分身体をぶつけるよりも遥かに上手くやりそうだ。そもそも美九は士道以外の人間の男は認めていない。それはいくら士道の分身体でも変わりはしない。そこで美九の相手は士織という事になった。

 美九には琴里から士道が女装癖が目覚めたので止めて欲しいと伝えられていた。美九自身、女装した士道は嫌いではないのでそのままでも良いのだが、琴里の頼みという事で受け入れた。

 美九は自宅の天蓋付きベッドに座り、士織が来るのを待っていた。その間に美九はあのディセプティコンの襲来があった日の後の事を思い出していた。

 家に帰ったら玄関が吹き飛び、敷地の塀が何者かに踏み潰されていたのだから。全部、グリムロックの所為だが当人は知らない。

 ドアをノックする音がした。

「どうぞぉ~!」

 美九は綺麗な声で言うとドアが開いて士織が入って来た。

「あらぁ、だーりん……! 今は士織さんって呼んだ方がいいですかぁ?」

「ええ、その方が私としても嬉しいわ」

 美九はなんとなく違和感を覚えた。美九の知る士織は初々しい少女でどこか男性的な雰囲気を醸し出しているのだが、この色欲の士織は立ち振る舞いからあらゆる物が熟達した女性のようだ。

 士織は美九の隣にそっと座ると大胆にも肩に手を回して来た。

「大胆ですねぇ、士織さん。私も本気出しちゃいますよぉ?」

 士織は手に力を込めて美九をベッドに引き倒すとその上に士織が覆い被さって来た。そして、士織は美九の衣服のボタンを一つ一つ、じっくりと焦らすように外して行く。

「あなた、こういうのされるのは初めて?」

「へ……? はい……」

「そう……いつもはあなたがしていたのね?」

 士織の甘い雰囲気に呑まれそうだった美九は、ある事に気付いた。今、士織の股の間に美九の足が食い込んでいる。しかし美九の足にはもっこりした感触はない。美九は恐る恐る、士織の股に手を持って行った。

「あっ……! 焦り過ぎよ美九……」

「だーりんがハニーになってるぅ!? 待って待って士織さん!? って言うかはにー! まだ時期が早いですぅ! とにかく、ギッチョンした物を付け直ししましょう! ほらトランスフォーマーの技術でもう一回ね!」

「もう無理よ。私の心はイグニッション!」

「ダメですよぉ! 私とあなたじゃあスーパーリンク出来ませんよぉ!」

 士織はしっかりと美九を押さえつけ、髪を乱しながら服を脱ぎだした。

「リンクアップ……しよ」

 危うし、美九。

 

 

 

 

 エネルゴンの飲みすぎで暴れまわるダイノボットを止めるべくオートボットは敢然と立ち向かった。今はワーパス、アイアンハイド、パーセプターの三人しかいない。圧倒的戦力不足だが、酔いさえ覚ましてしまえばなんとかなる。

「あの不良軍団め、あれだけ飲み過ぎには注意しろと私が言ったのに!」

「今日という今日はアイツ等に説教かましてやんぜ!」

「意気込むのは良いが、何か策はあるのかい?」

 ワーパスに運んでもらっていたパーセプターが聞くと二人はそこで立ち止まり、ロボットの姿に変形した。パーセプターも顕微鏡からトランスフォームする。

「まともにやり合ってもダメだ。こっちがバラバラにされてしまうだろうな」

「そうだな……まずは様子を見てみるか!」

 再度ビークルにトランスフォームしてからダイノボットが寄って暴れているという問題の谷へとやって来た。そこは、火やミサイルが飛び交い、何が起こっているのか分からない程だ。

「水を頭にかければ目が覚める筈だよ」

 パーセプターの提案は正しいが、問題はどこからその水を持って来るかだ。池も川も海も無い山奥に水らしい物は無い。

「地面をぶっ飛ばして地下水でも汲み上げようぜ!」

「残念ながらワーパス、その方法は難しい。地下水を汲み上げる道具が無い」

「水……水……」

 アイアンハイドはどうにかして大量の水がないかと考えていると、思い付いた。

「四糸乃に雨を降らしてもらおう!」

「ナイスアイデアだ! でもよ、一応封印されてるんだぜ? そんな雨なんて降らせるかァ?」

「四の五の言っている暇は無さそうだよ」

 パーセプターは震えた声で前を指差した。ワーパスもアイアンハイドもそちらに視線を注ぐと酔って興奮状態のダイノボットがジッとアイアンハイド等を見ているのだ。

「ヤベ……」

 そう呟いた瞬間、スラッグは口から火を吐き三人は各々、飛び散ってかわした。

「みんな、逃げろ! バーベキューにされてしまうよ!」

「私が四糸乃に連絡を取る! とにかく逃げろ!」

「頼むぜアイアンハイド!」

 三人が逃げ出すとダイノボット達は一斉に追いかけて来た。

「俺、グリムロック! アイツ等俺達のエネルゴン盗み食いに来たに違いない! やっつけろ!」

 アイアンハイドは走りながら通信機を使って四糸乃に電話をかけた。何度かコールをした後に気弱な声で四糸乃が出て来た。

『はい……四糸乃……です』

『ついでによしのんもいるよん!』

「四糸乃! すぐに今から送る地点に来てくれ! ダイノボット達が酔っ払って大変なんだ! 雨を! 雨を降らしてくれぇ!」

 効かないと分かっていながらもアイアンハイドは度々、振り返って銃を撃ち、応戦した。

『わ、わかりました……。グリムロックさんを……止めに……行きます……』

『ダイノボットくん達には困ったねい! よしのんが行ったら一瞬で止めてあげるよ――』

 やや食い気味に通信を切り、アイアンハイドはビークルに変形して逃げた。追いかけて来ているのはスラージなので直ぐに振り切れるだろうと思っていたが、スラージは立ち止まると力強く地面を踏みつけた。地面を激しく揺らし、大地に亀裂が入り、アイアンハイドのタイヤが地割れにハマってしまった。

「くっ……!」

 仕方なくロボットに変形して、また逃げた。

「アイアンハイドォ!」

 ワーパスがパーセプターを連れて合流して来た。その後ろにはスラッグとスナールもいる。

「お前等、私の所に連れて来るんじゃない!」

 アイアンハイドはまた別の方向に向いて走り出すとその後にワーパス達がついて来た。

「何で私について来る!? あっちに行け!」

「仕方ないだろ! 成り行きだ成り行き!」

 追いつかれるのも時間の問題だ。そう確信した直後、ポツリ、ポツリと水滴が地面を濡らす。空もさっきまで晴れ渡っていたが、不自然な雨雲が空を覆い隠してしまった。小雨は大雨に大雨はやがては豪雨へと変わった。

 今日の天気は晴れ、こんな豪雨など有り得なかった。森やオートボット、ダイノボットに激しい水の洗礼が浴びせられた。

「四糸乃……ついにやってくれたか!」

 アイアンハイドはホッとして肩の力を抜いた。そこへふわりと軽快な動きで四糸乃は空中から降りて来るとアイアンハイドの肩に乗った。

『どうよどうよ? よしのんの実力!?』

「グリムロックさん……これで……目を覚まして……欲しいです……」

 ひとしきり雨を浴びせて、雨雲はまた不自然な動きで霧散し、日の光が差し込んだ。雨が止んでグリムロック達は酔いが覚めたようで、少しボーっとしている。

「あれ? 俺、グリムロック。何してた?」

「酔っ払ってたんだよお前等は!」

 アイアンハイドは一歩前へ出た。

「エネルゴンの一気飲み過ぎは危険だと言っただろう!?」

 ガミガミと次から次へと説教の言葉が飛び出し、ダイノボットはしょんぼりと頭を下げている。

「俺、グリムロック。仲間かどうか確かめたかった」

「すまん、アイアンハイド。この提案はオレがしたんだ。エネルゴンを飲んでこの中に偽物が紛れ込んでないか確かめたかったんだ。七罪が紛れてるかもしれないから」

「偽物!? スラッグ、そんな話はオレ達聞いてないよう!」

「そうだ、オレはエネルギーがたんまり飲めると思ったんだ。まあ、美味かったけどな」

「ま、待て待て! 私はそんな話しらないぞ!」

「俺、グリムロック。士道から話聞いてないのか? 詳しい事は俺も知らない」

 事態を収拾し、アイアンハイドはまずは今、どういう状況なのか士道から問いただす事にした。グリムロック以外のオートボットに秘密にする理由をだ。

 

 

 

 

 ジャズからのドライブに帰って来た士道はリビングに入ると横一列に並んだ士道の分身体を見た。

 士竜は顔は生クリームで真っ白で服も何かのインクでビチャビチャだ。

 心太郎は少し虚ろな目だ。

 反対に士織はうっとりとやり切った目をしている。

 伸吾は随分と耶倶矢に感化された服装に変わっていた。

「……。結果は?」

「リベンジを決めてやる!」

「折紙さんは本物の本物です……」

「美味しかったわ……」

「我が主人のセンスは世界一でございますです。あ、もちろん、士道さんはそれ以上ですよ~」

 これと言った収穫は無さそうだ。タイムリミットまで余裕は無い。士道は大きく首を横に振った。

「士道、今日はもう遅いし、彼等には退散してもらってまた明日、やりましょう」

「そうだな」

 分身体は元の士道の髪の毛に戻した。消した分身体は、士道の記憶の一部となるので全くの無駄という訳ではない。

 今日は四糸乃とのデートもやる予定だったが、四糸乃とはどうしてか連絡が取れなかった。七罪との約束の時間まで待っていようとしているとアイアンハイドから基地に来て欲しいと連絡が入った。

 

 

 

 

 オートボット基地に向かった琴里と士道。二人が到着するとずぶ濡れのダイノボットやオートボットに今日会う筈だった四糸乃がいた。乾いているのはさっき帰って来たジャズだけだ。

「士道、私達に何か隠しているんじゃないか?」

 アイアンハイドが腕組みをして聞くと士道は、グリムロックを一瞥した。どうせグリムロックがポロリと口を滑らせたのだろう。琴里は士道に目で合図を送ると士道は七罪の件と十二人の容疑者について話し出した。

 全ての事を話し終えるとアイアンハイドは何度か頷いて、内容を理解した事を示した。

「出来るだけ内密にしたかった。七罪の力は未知数だしみんなを巻き込みかねないし」

「なるほどな。それでグリムロック、ダイノボットに怪しい奴はいたか?」

「あ……? いない……」

 グリムロックの返答は怪しいが、ここはグリムロックを信用してダイノボットには化けていないと判断した。

 話している内に約束の刻限、オートボット基地の適当な壁に影が生まれると一日ぶりの七罪が現れた。

「こんばんは~、夜分遅くに失礼しま~す。さて、士道くん。どれが私か分かったかな?」

 士道は考えた。士織の記憶では美九にいろんなコトをしている。美九が女子を相手に受けに回るなど想像も出来なかったが、相手は色欲の士織だ。

 心太郎の記憶では、確かにいつもの折紙だ。

 士竜の記憶、伸吾の記憶を見ても普段の琴里、耶倶矢に違いなどない。そして今日、ジャズとのドライブを思い出していた。

「なあジャズ」

「何だい?」

「トランスフォームしてみろ」

「ど、どうして?」

「今日のドライブ、ジャズは一回もトランスフォームしていないだろ?」

 ジャズは小さく頷くと踊るような華麗な動きでスポーツカーの姿に難なく変わって見せた。

「なっ……!」

「今日は人が多い所を走ったんだトランスフォームは出来ないよ」

 士道は悩みながら自信の無い声で名前を上げた。

「美九だ……」

「へぇ、他には? 別に一人ずつじゃなくても良いのよ?」

「士道、何でも良いから言いなさい! 十二人全員を言えば七罪は見つかるんだから!」

 琴里がはやし立てるが士道は後一歩、勇気が湧いて来ない。

「キャハハ、誰が十二人の中に紛れてるって言ったのかしら?」

「何!?」

「私は十二人の写真を出して“この中”としか言ってないわよ? それと時間オーバーよ。今回もハズレ、残念でした~!」

 七罪は影の中へ消えた。士道は強く目を瞑り、歯を食いしばった。

 その日夜、十香が消えた。

 

 

 

 

 写真は十二枚、士道はその背景にも注視した。琴里の背景には足だけのクラスメートやスラッグの背景には鳥が飛んでいたりと、そこにも七罪の可能性があるとなればますます難しい。士道は連日、消えて行く少女達を救えずにただ見ているしか出来ない自分を責めていた。オプティマスが不在でオートボットを纏めるアイアンハイドは、士道にどう声をかけてあげれば良いのか分からなかった。

 残された子ともデートをしたが、みんな本人に思えて仕方がない。

 

 

 

 

 ゲームの最終日、残ったのは折紙、耶倶矢、美九、四糸乃の四名。琴里のサポートも無い。パーセプターが写真から手かがりは無いかと調べたが見つからなかった。

 士道はリビングに座り、四人を凝視した。

「あのだーりん……じゃなくてはにー」

「だーりんで良いから美九」

「だーりんはその女装癖は治ったの?」

「女装癖!?」

「はい、琴里ちゃんから治して欲しいって聞きましたよぉ?」

 士織を向かわせる時に琴里はとんでもない嘘を吹き込んだ物だ。

「士道、女装しても問題ない。私は全てを受け入れる」

「俺は女装癖なんてないからなぁ!」

 士道が叫ぶと零時を知らせるベルが鳴った。最終日、今日見つけなければ士道の負けだ。

「ちわ~、七罪屋で~す。さあさあ士道くん、見つけられたかな?」

 七罪に問われ、士道は苦い顔をしながら一人、指名した。

「耶倶矢だ」

「残念、ハズレ」

 外れた瞬間から耶倶矢の足下から黒く蠢く影が体を上り詰め、耶倶矢を一瞬にして包み込み、どこかへと誘拐してしまった。

「耶倶矢!」

「へぇ!? な、何ですか何が起きたんですかだーりん!」

「落ち着け美九。七罪、理由くらい聞かせろよ! 何でこんな事をするんだ!」

「言った筈よね? 私の秘密を知ったって……」

「秘密って何だよ!」

「とぼけないで! ほら、次の子を指名しなさい!」

 士道は言葉が喉に詰まって出て来ない。自分の選択が少女達に怖い思いをさせてしまうのだから。

「士道。あ、ここにいたのか」

「グリムロック!」

 士道が庭の方を見るとグリムロックの顔が室内を覗き込んでいる。グリムロックが登場した事で折紙は反射的に拳銃を抜くが、直ぐに諦めたように銃を下ろした。

「俺、グリムロック。七罪とのルールまだ分かんないから教えて欲しい!」

「昨日、三回も説明しただろ? 七罪、少し時間をくれないか」

「良いわよ。どうせみんな消えるんだし。また来るわよ」

 七罪からの許可が出た。七罪は影の中へと消える。

「良いかグリムロック、この写真が十二枚あるだろ?」

「うんうん」

「この中に七罪がいるんだ」

「はあ?」

「だから、この写真の中に七罪が誰かに化けているんだよ」

「……はあ?」

「だ・か・ら……。そうだ、昔、間違い探しの本を見せたろ?」

「うんうん、覚えてる」

「それ一緒だ。琴里に変な所はないか? スナールに変な所はないか? 四糸乃にも変な所はないか探すんだ」

 グリムロックはポンと小さな手で相槌を打った。

「何だそうか。俺、グリムロック。もう分かったぞ。答えは――」

「待て待てグリムロック! 間違えたら誰かが消えるん――」

「いいや、俺、グリムロック。待てない! 答えはよしのんだ! よしのんの雰囲気がいつもと違う! 七罪はよしのんだよしのん!」

「違っ! やめろよグリムロック、いい加減な事言うのは! 七罪待て! 今の無しだ無し!」

「どうして……?」

 聞こえて来たのは七罪の声だ。人を嘲笑うような軽い声ではない。戸惑いと驚愕が混じり合った声を七罪が発したのだ。

「どうして、私が分かったの!」

 四糸乃の左手のパペットが普段とは明らかに違う声色で吠えるとよしのんは姿を変える。正体を看破されて、七罪の霊力は弾け、今まで捕らわれていた子達は突如として何も無かった空間から出て来た。スラッグとスラージもその中にいたが、この二人は庭に落とされた。

「スラッグ、スラージ! お前等、どこ行ってた!?」

「七罪に攫われてたんだ! そのルール知らないのか?」

「何?」

 どうやらようやく、グリムロックはこのゲームの内容を理解したらしい。グリムロックは七罪に化けたよしのんを睨むが、既によしのんはよしのんではなかった。そして、七罪でもなかった。

 枝毛が多いボサボサの髪に誰もを魅力する妖艶な体と雰囲気は消え去り、幼い少女がいた。

「俺、グリムロック。お前、チビの癖にでっかい問題起こした。許さない」

 グリムロックは小さな手をもみもみしながら歩き出した。

「この……この姿を……! みんなに見られるなんて……! 屈辱! 贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪の天使である箒を顕現させると七罪は部屋を煙幕に包み込み、煙が晴れた時には七罪の姿はなかった。

「けほっけほっ! みんな怪我はないか?」

 士道が安全を確認する為に立ち上がり、全員の人数を数えていると、明らかに異変があった。

 みんな、どう見ても小さい。士道の方が背が高いので当たり前だが、そうではない、明らかに幼体化しているのだ。

「シドー! シドー! おなかが減ったぞ!」

「士道、おしっこがしたい」

「士道さん……何か……体が……」

「耶倶矢、あたしのチュッパチャプスを返しなさい!」

「やだよー!」

「しんぱい。体が縮んでいます」

「だーりんだーりん!」

 士道は固まった。そして、今も誰かに袖を引っ張られて名前を呼ばれている。

「士道!」

「はい?」

 士道が視線を足下に落とすと見覚えのない少年がいる。目つきは悪く、黒い髪に顔や腕に傷跡が残った少年だ。士道には見覚えが全くない。

「えっと……君は……誰?」

「士道、俺、グリムロック。忘れたのか?」

「…………は?」

 士道は再び固まってしまった。

 グリムロックは七罪の能力で人間へと変わっていたのだ。


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