デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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25話 デート・デート・デート!

 あの天宮市攻防戦からもう一週間が経とうとしていた。人々の記憶にはあの激しい戦いはなく、ただいつもの空間震が長く続いたと思っていた。オートボットとダイノボットの活躍により、あの戦いは勝利を収めた。しかし、あの銀色のトランスフォーマー、メガトロンの登場によりオートボット達の表情が曇り、あれ以降のオプティマスはいつも考え込んだ顔をして、話しかけづらい。でも良いこともあった、ダイノボット達のおかげで基地の雰囲気がどことなく明るくなっている。

 戦う時は勇猛で果敢な姿だが、普段は陽気で気の良い連中だ。中でもスワープは人懐っこい性格で直ぐに精霊達にも打ち解ける事が出来ていた。オートボットと精霊の中は良好、それはとても良い事である。さて、フラクシナスの治療室では真那が椅子に座って惚けた調子で溜め息を何度も吐いていた。天宮市攻防戦が終わってから真那はずっとこの様子なのだ。

 琴里と士道はマジックミラーの裏側から真那のこの姿を見ていた。別段、落ち込んでいる訳ではなさそうだ。

「なあ琴里、真那の前に質問して良いか?」

「ええ、良いわよ」

「フラクシナスはいつ直したんだ?」

「あれ? ああ、そう言えば士道は寝込んでいたものね。戦いが終わって直ぐにパーセプターやラタトスクの隊員が急ピッチで直したのよ」

 あの戦いで墜落したフラクシナスはスラスターが大破し、その他防衛設備もやられて更にブルーティカスに艦橋を抉られてと酷くやられていた。もう飛べないかと思っていたが、パーセプターの指揮の下にフラクシナスの修理、改造が進められて無事に復活を遂げたのだ。

「このウルトラセクシーターボエンジン搭載のフラクシナスはそう簡単には落とされないわよ」

「そ、そうか」

 パーセプターが改造したと聞いて士道は不安しかなかった。士道は真那の方をむき直して相変わらず、溜め息ばかりの真那を心配した。

「ふむ、真那の健康に異常は無いし、別に不安を抱えている訳でもないんだがね……」

「あ、令音さん」

「シン、真那から直接聞き出せないか? 多分、君が行った方が一番確実だろうね」

「俺ッスか……。まあ、やってみます」

 士道は監視室を出てから真那のいる部屋をノックした。直ぐに「どうぞ」という返事が返って来ると士道は部屋に入った。

「よう真那」

「あ、兄様」

 士道の顔を見ると少しは表情に明るさが戻ったが、まだまだいつもの明るさが足りない。士道は椅子に腰掛けて真那とテーブルを挟んで向き合った。

「DEMから足を洗ったんだな」

「はい、もうあの会社には用はねーです……」

 ポーッとした真那は士道の顔ではなく、天井の方を見ていた。

「なあ真那、何か心配事でもあるのか?」

「はえ? ねーですよ。どうしやがったんですか兄様?」

「最近のお前、ちょっと変だからさ。相談にくらい乗ろうと思ってさ」

 すると真那は急に顔を赤らめてもじもじと足をこすり合わせた。士道は真那の顔を見て、異変に気付いた。今までの真那なら絶対に見せなかった恋をしている顔だ。

「兄様、私はあの人の事を考えると胸が締め付けられるような思いでいやがります」

『恋ねこれは』

『真那も恋愛するんだな』

 当然、琴里や令音も真那の言う症状を恋だと看破した。士道は黙ってそのまま話を聞いた。

「あの人の顔が忘れられなくて私は夜も眠れねーです」

「うーん、そのあの人の名前とか分からないのか?」

「はい……」

「じゃあ特徴とかは?」

 士道がそう聞くと真那は嬉しそうに話し出した。

「そうですね、身長は高いです! 兄様よりもずっと高いです!」

「ほう……」

 真那はイギリス本社のDEMに勤めていた。士道は恐らく外国人だろうと思った。

「それで色白なんです!」

(白人か……やっぱり外国の人か)

『外国人かしら?』

『多分ね』

 イギリス人はスラッと背が高く整った顔立ちをしている印象がある。いや、白人全般に士道はそう言ったイメージがあった。

「そんでもってスゲェ強いんです!」

 士道は聞きながら頷いた。

(真那が強いって言うんならかなりの手練れだな。やっぱりDEMの魔術師(ウィザードか)

『真那が強いって言うんならかなりの手練れかしら?』

『だろうね。DEMの魔術師(ウィザード)と考えるのが妥当だろう』

 今士道が思った事が同じようにインカムから聞こえて来た。

「あ、その人はですね足も速いし、紳士的でもう最高の人なんです!」

 真那はバカではないが、付き合う相手がDEMの関係者というと兄としてあまり良い顔は出来ない。

「そもそもさ、その人とはどこで知り合ったんだよ」

「はい、先週に天宮市を無数のトランスフォーマーが攻めて来やがったでしょ?」

「ああ」

「あの時です!」

 背が高くて白人で強くてあの戦いに参加していた人物。士道等は確信した。間違いなくDEMの人間だと。士道はお茶をすすって真那を応援しようかと考えていると、真那の口から驚愕の情報が飛び出した。

「ああ、カッコ良かったです。あのスポーツカーに変形して街をワイヤーで飛び回る姿……。真那は……もう胸が苦しいです」

「ブッー!」

 士道は思わずお茶を吹き出した。

 今まで士道等が予想していた人物像が一気にぶち壊されたからだ。

「真那、今何て言った!?」

「はい、自動車に変形したりワイヤーで街を飛び回ったりって……」

 もはや該当する人物は一人しかいない。ジャズだ。確かに背は高い、というか人間の常識ならトランスフォーマーは誰でも高い。色白、確かにジャズは白のカラーリングだ。そしてジャズは強い。士道は脳裏にある記憶が蘇って来た。士道がDEM支社からダイブする前にジャズが四糸乃等や真那を救出してフラクシナスに送ったと言っていたのを思い出した。

『まさかジャズが相手とはねー』

『良いんじゃないかい? 彼は優しく紳士的だよ。絶対に真那を大切にするさ』

「人間とトランスフォーマーですよ!?」

『愛に種族は関係わ』

「結構関係あるぞ!」

「あぁ……あの人は今どこで何をしていやがるのでしょう!」

 会おうと思えば一秒で会える。

「兄様、兄様はトランスフォーマーと仲が良いんでしょう!? あの方について何か知らねーですか?」

「あ、うん……知らないかな……」

『士道、交代よ。今度は私が真那と話すわ』

「わかった。真那が人並みの恋愛をしていて良かったよ。じゃあ、また来るな」

 士道は部屋を後にして琴里と入れ違った。真那の容態は変わらず、それに病気かと思っていたがそうではなく、ただ恋をしているだけと聞いて一安心だ。フラクシナスの転送装置はパーセプターの改造でグランドブリッジに置き換わった。転送装置よりグランドブリッジの方が何かと便利で大量の荷物や大人数を運ぶのに適していた。グランドブリッジで士道はオートボット基地の中へ送ってもらった。

「おかえり士道」

 声をかけて来たのはジャズだ。さっきの真那の話を聞いてジャズを見ると妙な気持ちになる。

「な、なあジャズはさ……人間をどう思うんだ?」

「……? 私は人間は好きさ」

 ジャズの好きは愛情というよりも友情や信頼としての意味が強かった。そもそもジャズも人間に好意を持たれているなど思いもしていない筈だ。士道はもっと分かりやすいようにハッキリと言った。

「ジャズ、もしだよ? もしも人間の女の子に好かれたらどうする?」

「人間の女の子?」

 ジャズは少し考えてから返事をした。

「好かれるのに悪い気はしないな、ハハッ」

 まだジャズは恋愛話だと気付いていない様だった。人間とトランスフォーマーの愛情など士道は考えもしなかった。トランスフォーマーにれっきとした心があるのだから恋もするのは分かる。しかし、士道は実妹がジャズに恋をしているという事実が凄く複雑に感じていた。

 

 

 

 

 DEMインダストリー本社はイギリスにある。先の天宮市攻防戦で十香の反転をまんまとショックウェーブに邪魔されて、作戦が全て水の泡となった。アイザックとエレンは久しぶりにDEM本社に帰って来た。アイザックは、いつも以上に暗い目をして自分の部屋に入ろうとすると中からどういう訳か、誰かの声が聞こえるのだ。

 ここは自分の部屋なのでアイザックは遠慮なくドアを開けると中ではDEM社の重鎮の一人、ロジャー・マードックが人一倍喜んで話している。

「アイザック・ウェストコットは悲運の死を遂げた今! このDEM社のニューリーダーはこの私だ!」

 前々からDEMの重鎮等がアイザックにやエレンに対して謀反を企んでいるのは知っていたし、アイザック自身は連中の実力を引き出す為にプライドや野心をくすぐって体よく利用していた。

「おやおや、私の部屋で社長ごっことは楽しそうじゃないか」

 アイザックが少し喋るだけで部屋の気温が五度は下がった気がした。マードック、それに秘書の女性達はアイザックの姿を見て凍り付いた。

「ミスター・ウェストコット! あ、あなたは死んだ……死んだ筈ではなかったのですか!」

「死んでいなくて悪かったね」

「いえいえ! とんでもありません! 生きていて本当に良かったと思っていますよ。なあみんな!」

「は、はい! と、とても、うう、嬉しいです!」

 分かりやすいくらいに震え声だが、こうでも言わなければ殺される気がした。

「そうかい、まあここはまだ私の部屋なんでね。出て行ってくれるかい?」

「わかりました!」

 マードックは秘書を連れて、急いで部屋を後にした。アイザックは久しぶりの自分の椅子に腰掛けた。

「アイク、あの連中はあなたの首を狙っていますがよろしいのですか? ご命令なら今すぐにでも始末しますよ」

「放っておいて構わないよ」

「あなたは組織のトップという自覚を少しは持って下さい」

「私の命を狙うしか生きがいのない愚か者共だからな。もしも私の計画を成し遂げたなら……ふふ」

 エレンはさっきよりも真剣な表情と眼差しでアイザックに向き合うと、常々気になっていた事を聞いた。

「少し聞いてもよろしいですかアイク?」

「何だい?」

「少し前から気になっていたのですが……。アイク、近頃はあなたに扮した男の目撃がされています」

 エレンはアイザックに降りかかる火の粉を全て払うのが使命である。僅かな疑問も見逃すことは無い。

「ほう……。エレン、そろそろ君にも教えておく必要があるね」

「何かご存知なのですか?」

 エレンは怪訝な顔をするとアイザックは薄ら笑いを浮かべた。

「彼が何者か私も知らない。名前は何と言ったかな……そうそうユニクロンと言っていたかな。三十年前だ。彼が私に精霊の反転について教えてくれたよ。人体への魔力精製、顕現装置(リアライザ)、他にもDEMの秘匿技術は全て彼が私達に教えたものさ」

「……。アイク、その男は危険です。何故かはわかりませんが、私の戦士の本能が危ないと思っています」

「信用はしていないさ、利用はさせてもらっているがね。それより、スタースクリームを見ないな」

「スタースクリームならあの戦いから見ていませんね」

「ふん……奴はあの単眼のトランスフォーマーの所にでも行ったのだろうね」

「どうして、そう思うのですか?」

「スタースクリームとあのトランスフォーマーが体に刻んでいたシンボルが一緒だからさ」

 元々、信用出来ずいろいろと引っかき回すし、腹の立つ事がたくさんあったが、スタースクリームがいなくなってエレンはどことなく寂しく思う所があった。それでも戦場でスタースクリームに会えば、普段の怨みも込めて戦う気は十分にあった。

 

 

 

 

 戦艦ネメシスは大量のトランスフォーマーを乗せた宇宙船だ。ディセプティコンが誇る最強の戦艦でその設備や兵器は人間の一国の戦力に比肩する程だ。それ故に動かし、維持するのに大量のエネルゴンが必要であった。ネメシスは成層圏を飛んでいる。高度なステルスは人間のセンサーには反応せず、ネメシスは快調に飛行を進めていた。

 ネメシスのブリッジではショックウェーブが片膝を付いて、メガトロンに敬意を表するように頭を下げている。スタースクリームも一応、頭を下げていた。

「顔を上げよ二人共。ショックウェーブ、お前にはセイバートロンの留守を預けていたな? 何故、地球にいた? 説明してみろ」

「ネメシスがスペースブリッジを越えた時、ネメシスと連絡が取れなくなりました。メガトロン様、あなたともです。それに、セイバートロンのエネルゴンは殆ど枯渇していました。救出と探査を兼ねて、私はセイバートロンを発ちました」

「その結果が、あの大量のエネルゴンキューブという訳か。あの町を落とせなかったのは気にくわないが、それ以上のエネルギーも手には入った。誉めてやろう」

「ありがとうございます」

 ショックウェーブが引き下がるとメガトロンは頭を下げるスタースクリームを見下ろすといきなり首を掴んだ。

「な、何をするんですメガトロン様!」

「やかましい! この裏切り者が! 何気ない顔で仲間に戻ろうとしよって!」

「待って、待って下さいメガトロン様! あの裏切りを分かって下さい!」

「何を分かれと言うんだ愚か者めが!」

 フュージョンカノン砲をスタースクリームの頭に突き付ける。

「こ、殺さないでぇ! 俺にはまだ利用価値がありますよ! セイバートロンを救う秘策もあるんですー!」

「下手な嘘を吐くな!」

「本当なんです! ゼータプライムの書斎で調べました! 本当の話なんです!」

 メガトロンもセイバートロンの復活は望んでいる。忌々しいが、スタースクリームの言うことがもしも本当ならばセイバートロンを救うチャンスを失う事になるのだ。スタースクリームを離したままフュージョンカノンを突き付けて語気を荒くしたまま言った。

「ではその秘策とはやらを言え! そうすればあの時の裏切り行為は忘れてやろう!」

「ハッ! あんたがディセプティコンのリーダーを俺に譲るってんなら教えてやっても良いぜ?」

「貴様ふざけた事を言うな!」

 少し身の安全が確保されたかと思うとスタースクリームは直ぐに調子に乗る。メガトロンは再び首を掴んで怒りを露わにし、今にも発砲しそうだ。

「何するんです!? 俺はセイバートロンを救う情報を持っているんですよ! もっと丁寧に扱って欲しいですね!」

「スタースクリーム……! ならお前の体をバラバラにして頭脳回路から直接情報を引っ張り出してやろうか!」

 メガトロンはスタースクリームの顔を力一杯殴り飛ばしてなんとか怒りを鎮めた。

「いってぇ……わかりましたよ。教えますって!」

 スタースクリームは殴られた場所をさすりながら立ち上がると目から光を発射して空中に画像を投影した。その画像には五河士道という名前が書いてあるだけだ。

「何だこの人間のガキは?」

「この人間がセイバートロンの命運を握っているんです」

 悪い冗談だと思ったメガトロンが砲口をスタースクリームの頭に合わせると慌てて詳しい事を放し出した。

「この人間はただの人間じゃないんです!」

「何?」

「ゼータプライムの書斎にコイツとの日記がありました。毎日毎日、詳しく書いた日記です」

 スタースクリームは士道の関する情報が入ったディスクを取り出すとブリッジの制御装置にディスクを挿入した。

「結局、そのガキの何が特別なのだ?」

「見てて下さい」

 スタースクリームが再生ボタンを押すとブリッジの内部にゼータプライムの声が響いた。この声を聞けば思い出す、メガトロンがアイアコンで腹を貫いてやりゼータプライムを殺した感触を。

『ディセプティコンは、想像以上の戦力だ。だが、私達オートボットは決して負けはしない。私の後をいずれ継ぐオプティマスも順調にプライムとしての頭角を表している――』

「長いんで早送りしますね」

「そうしろ。ジジイは話が長い」

 ゼータプライムの言葉が早回しになって余分な部分は次々に飛ばされて行く。ちょうど良い所で停止してまた再生を開始した。

『メガトロンはダークエネルゴンを手に入れたようだが、そう上手くは行かせない。私やオートボットの命運はたった一人のひ弱な種族に託された。五河士道に込めたプライマスの意識は来るべき時にセイバートロンを復活させる鍵となるだろう』

 その後からはオートボットの暗号化された言語に置き換わり、ここにいる皆は内容を知る事が出来なかった。だが暗号はいずれ解ける。それにわざわざ暗号化するという事は自ら大切な情報だと教えているような物だ。

「サウンドウェーブ、暗号の解読に当たれ」

「了解しまシタ、メガトロン様」

「ではスタースクリーム、重要な情報提供を評価して今回だけは見逃してやろう」

「はい、ありがとうございます」

「お前には元の役職でその腕を存分に振るってもらうぞ」

 意外にもあっさりと許されたスタースクリームだった。だが、メガトロンがいくら許したとしても納得が行かない連中がいた。

「待って下さいメガトロン様」

 戦術家オンスロートは一歩踏み出した。

「これでは我々の気持ちが収まりません! それにスタースクリームの奴にエネルギーアブソーバーを外されたままです!」

「ほう、スタースクリームよ。コンバッティコンのアブソーバーはどうした? 返してやらないと儂は構わないが、お前はバラバラにされるぞ?」

 コンバッティコンは一斉に武器を出すとスタースクリームへと向けて来た。

「お、おい……寄るなお前達。忘れたのか? お前達にエネルギーアブソーバーを取り付けられるのは俺様だけなんだぜ?」

「なら早くコイツ等に返してやらんか!」

 スタースクリームは歯を食いしばりながら渋々、持っていた五つのエネルギーアブソーバーをコンバッティコンに返した。

「よろしいスタースクリーム。変な気を起こすなよ? 所詮お前はナンバートゥーなのだからな」

「いつか破壊大帝の椅子から引きずり下ろしてやるからな……」

 スタースクリームは聞こえないように小声で言った。メガトロンはスタースクリームの言葉など耳に入らず、有力な情報と無事に戻って来てくれたショックウェーブとコンバッティコンに喜びを感じていた。

 話が一通り落ち着くとショックウェーブはメガトロンに声をかけた。

「メガトロン様、あなたはこの星に来てまだ地球について分かっておりません」

「そうだが、何が言いたい?」

「地球と精霊そして人間についてお話します」

 メガトロンはショックウェーブの地球での活動を聞く事にした。地球には精霊という生物が存在し、精霊は強大な力を持っているという事、精霊が発生する前に空間震が発生する事を細かく語った。メガトロンは興味深そうに聞いていた。

「私はあの戦いでインセクティコンという戦力を失いました。しかしインセクティコンは残念ながらダイノボットに対抗する力は持っていません」

 ショックウェーブのまた奇妙な実験体が出て来るのかと、コンバッティコンは嫌な顔をした。

「私はある二つの研究に着手しています。双方共に完成は間近です。グリムロックに対抗出来る戦力と邪魔な精霊とラタトスクを相手に出来る人工精霊が完成すれば奴らを倒す事が出来ます」

「人工精霊だと?」

「はい、しかしそれには宿主の人間が必要でして宿主を探しています」

 ショックウェーブの開発している人工精霊は人間に宿らなければ役に立たない。強い肉体と精神を持った器が必要だった。

「わかった。それは儂がなんとかしよう。ショックウェーブ、お前は引き続き実験を続けろ」

「逢瀬のままにメガトロン様」

「スタースクリーム、お前は直ぐに人工精霊の宿主になりうる人間を探して来い」

「はいはい、わかりやしたよ」

「何だその返事は!」

「天下の破壊大帝様が人間を頼るとは少しばかり情けなくないですかぁ? そろそろ新旧交代の時期かもしれませんねぇ」

「その減らず口を吹き飛ばされるか、直ぐに探しに行くかどっちが良い!」

「い、行けば良いんでしょ行けば」

 スタースクリームはブリッジから追い出されるように出て行き、ネメシスを発った。スタースクリームの対応でメガトロンのストレス値は上がりっぱなしだ。人間なら血圧が高くなりすぎて倒れるレベルだった。

 

 

 

「さあ、今日はラグビーだ!」

 大規模な増改築が成されたオートボット基地の運動場でワーパスはラグビーボールを片手に言った。ダイノボットチームとオートボット&精霊チームのラグビー対決がおこなわれようとしていた。ダイノボット等の合流で戦力が各段に増したが、基地は狭くなり、そこでラタトスク機関は五河家の周辺の土地を買い占め、特設マンションの裏に大きなグラウンドと地下の基地を大幅に広げたのだ。

 今日はその改装された基地を祝してのラグビー大会である。尤も、広くなったとは言えダイノボット達のスケールからするとまだまだ物足りない広さであった。精霊側からは十香、耶倶矢、夕弦が参加している。四糸乃や美九はスポーツは苦手なので不参加だ。オートボットからはパーセプター以外のメンバーが出場している。

「なあシドー、ラグビーとは一体何なのだ?」

「ああ、あの楕円形のボール持って相手の陣地まで走るんだ」

 士道も詳しいルールは知らない。

「ボールを持って走るだけなのか? バスケットはドリブルとかして面倒くさいのに」

「クックック、十香よ。ラグビーを甘く見てはならぬぞ。ラグビーは“闘球”と書く! 読んで字の通りこれは闘いなのだ!」

「説明。十香がボールを持って走ります。相手がそれを止めに来ます。私達が相手をしてその隙にボールを運びます」

「むぅ~……。何だか良く分からぬがやってみるぞ」

 動きやすい服を着た十香はストレッチをして軽く体を動かして温める。運動前の体操は重要だ。士道がチラリと相手側のベンチを覗くとダイノボット達はやる気満々で円陣を組んでいる。以前からマイペースなグリムロックだったが、仲間が戻って来てからより明るさが増していた。

「つーかアイツ等にぶつかられたらぶっ飛ぶんじゃね?」

 グリムロック一人でオートボット達は持て余していたのに似たようなタイプが四人も追加されたらどうなるか想像もしたくない。

「オートボット、何としてもダイノボットを止めるんだ!」

「オォッー!」

 オートボットも勝つ気満々だ。そして試合開始のホイッスルが鳴るとダイノボットは一斉にビーストモードにトランスフォームして突っ込んで来る。

「おいおいおいおい! いきなりズルいぞォ!」

「ワーパス、ビークルになれ!」

 アイアンハイドが言うとワーパスはそれに従い、戦車の姿へと変わる。

「耶倶矢、私にボールを!」

「よかろうアイアンハイド!」

 アイアンハイドへ耶倶矢がボールをパスするとそのままワーパスの砲口の中へと放り込んだ。

「撃てワーパス!」

「おうッ!」

 砲声と共にボールはダイノボット達間を抜けてゴールに叩き込まれ見事に木っ端微塵になった。

「イェェイ!」

 ワーパスはロボットに戻って両腕を高く上げて最初の得点に喜んだ。

「ほらほら耶倶矢、ハイタッチハイタッチ!」

 ワーパスが手を出すと耶倶矢は大きな鉄の手にハイタッチをした。

「驚嘆。あれをロングパス作戦と名付けましょう」

「ワォ、私が知らない間に点が入っているじゃないか」

 まだ一回しかゴールしていないのにどうしてかかなり盛り上がっている。モチベーションの向上に繋がるので悪い事ではない。先制を許してしまったダイノボットは身を寄せ合い、ひそひそと何かを話している。ダイノボットなりに何か作戦でも立てているのだろう。

「あいつ等でも作戦を立てるんだね」

「ジャズ、彼等をバカにしてはいけない。だが恐竜の考える小細工は知れている。ワーパス! ロングパス作戦を続行だ!」

「オーケー、オプティマス!」

 砲塔の角度を上げ、ゴールラインに狙いを定め発射。ボールはダイノボット達の遥か上空を通過してゴールを確信した。そこにスワープが飛んで来ると翼を羽ばたかせてボールを跳ね返した。

「よくやった、スワープ!」

「お安いもんよう!」

 ロングパス作戦が封じられた。ボールを持ったグリムロックが突進して来る。

「私に任せろ!」

 明らかにパワーで勝るグリムロックに対してアイアンハイドが一人で立ち向かった。叶う筈が無いと余り皆は期待していなかったが、アイアンハイドはホームベースに滑り込む野球選手のような見事なスライディングでグリムロックの足を払い、あの巨体を転かした。

「ハハハ! どうだ若造! 老兵を舐めるなよ! 十香パスだ!」

「わかったぞ!」

 ラグビーを始める前は一番乗り気ではなかったアイアンハイドは何だかんだで一番楽しんでいた。

 ボールを掴んで十香はスラッグの突進やスナールの尻尾を超人的な運動能力でかわし、スラージの体を悠々とよじ登り、背中から尻尾までを滑り降り、ゴール目指して走っていると空からスワープが急降下して来た。

「指示。十香、パスして下さい」

「うむ!」

 デタラメな投げ方だがボールはしっかりと夕弦の方へ飛び、上手くキャッチした。

「ヤロー! 絶対に捕まえてやんぜ!」

 スワープは低空を飛行して夕弦を狙うと耶倶矢が現れた。耶倶矢は手を組むと夕弦はそこに足を乗せて上空へ飛ばした。

「行っけぇ夕弦!」

 スワープをも回避した夕弦は守りの無いゴールにボールを叩き込み、再び得点が入った。

「っしゃー!」

 耶倶矢はガッツポーズを取った。

「やるじゃんか二人共! このままあの恐竜野郎を無失点で倒しちまおうぜ!」

 試合はオートボット側が先制している。ラグビーのルール的に怪しい物がいくつかあるが、細かい事は気にしてはいけない。士道が得点を入れた夕弦や耶倶矢、十香にスポーツドリンクを持って行こうとした時だった。士道の頭に久々の頭痛が走った。

「痛ッ!」

 プライマスの意識と力が宿る士道は強力なダークエネルゴンの反応に異常に過敏になる。この症状が、精霊の現界する直前に発症する事で空間震の予知にも役立っている。

「だーりん、大丈夫ですか!?」

「ああ、何ともない」

 士道の症状を見てオプティマスは精霊が久しぶりに現れるのだろうと判断し、残念だがラグビー大会を一度中断した。運動場を出て、広間へ移るとテレトラン1のモニターには琴里が映っていた。

「待たせたな琴里」

『オプティマス、そっちに士道はいるかしら?』

「ああ居るよ」

『……。何でみんな息切らしてんの?』

「少しスポーツをしていた」

『まあ良いわ。そっちから士道を今から送る地点に飛ばしてちょうだい』

「わかった。パーセプター、グランドブリッジの用意だ」

「分かりました司令官」

「ジャズはいつも通りに士道の護衛だ」

「了解!」

 パーセプターがグランドブリッジの起動レバーを下ろすと何も無い空間に淡い緑色のサークルが発生して光の道が作られた。士道はジャズに乗り込むと光の道を通り、瞬間的にオートボット基地から廃墟となった人気の無い遊園地へと移動が完了した。

 その遊園地はいつぞや、オプティマスとグリムロックが対決した地でもあった。士道はインカムをセットしてからジャズから降りると即座にロボットへトランスフォームして身を屈めた。まだASTは到着していない。

 グリムロックは今まで平気でASTを敵と見なし、攻撃を仕掛けていたがオプティマスの説得により“極力”攻撃は控えるようにしていた。オートボットも複雑な気持ちだ。ディセプティコンを倒すのに共に戦ったが、精霊の話になると意見の違いから敵対せねばならないのだ。出来る事ならば精霊を攻撃せずに済ませて欲しいが、精霊が現れ、それを攻撃するのはこの地球では常識なのだ。

「士道、精霊は?」

「待って、あれだ」

 士道が指す方向にはすり鉢状に削られた地面の中心に一人の女性が立っている。外見的には二十代と言ったところか。体に張り付くようなピッチリとしたスーツは女性の艶めかしい体を強調しているようで、明るい緑色の髪は腰まである。顔は縁の広い魔法使いのような帽子の所為で上手く見えない。

「あら? 誰かそこにいるの?」

 その女性は明らかに士道達が隠れている方を見てそう言った。士道が振り返ってみるとジャズは煙りのごとくその場から忽然と消え失せていたのだ。

「忍者かよ!」

『士道、もう観念して出なさい』

「そうするよ」

 士道はゆっくりと壊れたメリーゴーランドの陰から顔を出した。

「へぇ、坊やはどうしてこんな所にいるのかな? この世界じゃあ私が現れたらみんなシェルターに逃げるんだよ?」

 この世界についてはある程度は知っているようだ。

 ここでフラクシナスは士道の返しに三つの回答を設けた。

 

 一、ぼ、ぼくぅ~道に迷ってしまったんですぅ~。

 二、そんなバーガーな! ここがシェルターじゃないんですか!?

 三、逆に何であなたがここにいるんですか?

 

 提示された選択肢に琴里は首を傾げてどれにするか悩んだ。一番人気は三だった。二はただ頭が変な奴だ。

「三かしらねぇ……」

 琴里が士道に指示を出そうとすると一番に票を入れた箕輪と椎崎が猛反発して来た。

「司令! 絶対に一が良いですって! 士道くんは母性本能をくすぐる所があります! 見たところ相手は年上! 勝負をかけるべきです」

 箕輪の熱弁を聞き入れて琴里は士道に指示を下した。

 

『士道、一番よ。出来るだけ目を潤ませてね』

「えぇ~嘘だろ?」

 まだまだ若いと言っても良い歳をしてあんなセリフは恥ずかしかった。それでも言わなければ話が前に進まないので士道は目を潤ませ、やや上目遣いで先のセリフを言った。

「ぼ、ぼくぅ~道に迷ってしまったんですぅ~」

「あーあ、可哀想に。そうそう坊や、お姉さんを見てどう思う?」

「へ? どうって……凄く綺麗だと思います」

 その言葉を聞いてその女性はパァッと顔を明るくして士道を抱き締めた。豊満な胸に顔を押しつぶされて息がしにくいが悪い気はしない。

「だよねー! やっぱりこっちの方が良いよね! 私は七罪! 君の名前は?」

「五河士道です」

「士道くんかー。もう一度聞くけど私綺麗?」

「はい、綺麗ですよ。とっても」

『士道、七罪の機嫌メーターが良い感じに上昇しているわ。このままじゃんじゃん好感度上げちゃって』

「うん」

 事は順調に進んでいたが、何もかもが上手く行くなど有り得ない。これからという時にASTが駆け付けて来たのだ。士道は空を見て表情を険しくした。

「士道は下がっててね」

 七罪は士道を離すと箒型の天使を顕現した。

「ウィッチを確認、攻撃を開始する!」

 滞空するASTはミサイルを七罪に向けて撃って来た。依然七罪は余裕の笑みを浮かべたまま一切動じずに天使の名を口ずさんだ。

贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪は箒の先からコミカルな形をした星を飛ばしてミサイルに当てるとそれらはたちまち柔らかな人参のクッションに早変わりだ。爆発しても小規模の煙りを発するだけで殺傷力は無いに等しい。

「そんな物騒な物飛ばさないでよね。もっと可愛い物じゃないと!」

 奇妙な能力にASTは苦い顔をしながら取り囲み、銃弾とミサイルを飽きずに撃つ。ふと士道はASTの中に折紙がいない事に気がついた。精霊とあらば真っ先に出陣する筈だが、彼女の姿はなく凡百な隊員が無意味な攻撃を続けているのだ。七罪は飛来する弾は全てお菓子なぬいぐるみに変えて行った。ちょうどそこへ、一発の人参のぬいぐるみが不規則な弾道で七罪の方へ飛んで来た。士道もその近くにいたのでジャズは颯爽と現れて士道を攫うと車体の中に隠して守った。

 七罪が殺傷力を極限にまで減らしたミサイルはさっきと同様に小さな爆発と煙だけを巻き上げるに過ぎなかった。

「おい七罪! 大丈夫か!」

 士道が叫ぶび、徐々に煙が晴れて行くと傷一つ無い七罪の姿が確認出来た。士道はジャズから降りて走り寄ると七罪は鋭い目つきで士道を睨んでいた。

「見たわね……!」

「はい?」

「この姿を……見たわね! 絶対に許さない! あんたの人生をメチャクチャにしてやるから覚悟するのね!」

 士道とジャズは頭に疑問符を浮かべている隙に七罪は箒に跨るとASTの追跡を振り切って空の彼方へ消えて行った。

「士道何かしたのかい?」

「ちんぷんかんぷんだ」

 一体どうして七罪が怒ったのか分からないまま二人は基地に引き返して来た。

 

 基地に帰るとジャズから降りた。士道が降りたのを確認してからロボットへトランスフォームした。

「精霊の方はどうだったジャズ?」

 オプティマスが聞くとジャズは肩をすくめながら小首を傾げた。

「良く分からない精霊でしたね」

「そうなんだよ。何か急に怒るし、俺の人生をメチャクチャにしてやるとか言い出すし」

 士道は冗談程度で聞いていたが、オプティマスは細心の注意を払う事にした。人生をメチャクチャにするとは、具体的どういう事を仕出かすか分からないが、精霊が本気で士道を殺しかかったらいくら再生能力があっても死んでしまう。

「注意が必要だな……。ダイノボットの諸君」

「あ?」

 オプティマスが呼ぶと一斉に振り向いた。

「士道が精霊に狙われている。明日から君達にしっかりと士道を見張るんだ」

「わかった。俺、グリムロック。見張る!」

「士道に手を出す輩ならオレがひき殺してやるさ」

「じゃあオレはこの背中でザックザクに切り裂いて避けるチーズみたいにしてやる」

「ん~と、オレは踏み潰すー!」

「精霊は殺しちゃダメって何回も言ってるだろ!」

 士道は呆れながら叫んだ。バカでは無いのだが、どうも喧嘩っ早い。真っ先に戦いで決着をつけようと考えるのがダイノボットの欠点だった。

 

 

 

 

 翌朝の学校。オプティマスの指令で士道の監視を実行しているダイノボットは学校の周りをうろちょろとして歩き回っていた。

「グリムロックだ。みんな、士道に、変わりは、ないか?」

『こちらスワープ! 快調に飛行中だぜぃ! そこのけそこのけお馬が通る、雲を引き裂くスワープ様だ!』

『スラッグだ。士道の見張りよりあのブルドーザーと突進対決がしてぇな隊長』

『スナァァァァルだ。特に異常無し、暇』

『スラージ。ん~と、士道は元気だぞ』

「お前等、真面目にやれ!」

 やはりダイノボットに見張りは無理だった。

 士道は今は少し席を外しており教室にいた十香は早く帰って来ないかとわくわくしながら待っていた。すると、教室に士道が入って来た。

「俺、グリムロック。士道を見つけたぞ。監視を続けろ」

 ダイノボット達が目を光らせて見ている。

『いや~悪い悪い待たせたな十香』

『うむ、ところで用事とは何なのだ?』

『あ、十香その前にちょっと良いか』

 会話を遮ったかと思うと士道が十香の大きな胸を鷲掴みにしたのだ。

『やっぱり揉み心地は最高だな十香』

『ひゃっ!? なっ!? 何をするのだシドー!』

 顔を真っ赤にする十香の事など気にせずに揉みしだいていると亜衣麻衣美衣のトリオが十香の手を引いて三人の後ろに隠すと士道を取り囲んだ。

『何をしてるのよあんた!』

『十香ちゃんとそういう関係は百歩譲って良いけど学校ではNGよ』

『まじひくわー』

「グリムロック、士道って日常的に女の子の胸を揉んだりする奴なのかよう?」

「俺、グリムロック。そこまではいつもしてない……多分」

 すっかり変わってしまった士道の観察を再び続けた。

 グリムロックが少し目を離している隙に士道は亜衣を壁に追い込み、顎をくいっと上げるとじっくりと目を見詰めて顔を近付けて行く。

『やぁ……私には……岸和田くんがぁ……』

 すると士道はふぅっと亜衣の耳に息を吹きかけ、亜衣は腰が砕けてその場にへたり込んだ。

『亜衣!』

『おのれ、淫獣め!』

 残りの麻衣美衣が士道を取り押さえんと手を伸ばして来た所で士道は華麗にかわして見せ、二人のスカートの裾を掴み一気に捲り上げた。教室から男子の色めき立つ声と二人の悲鳴が混ざった。

『可愛らしい下着を履いてるじゃないか、バイビー!』

 士道はキランっと歯を光らせてウィンクをして教室を出て行ってしまった。

「おいおい、士道の奴どうしたんだろ?」

 スナールは首を傾げた。

「士道も思春期だからな。こういうのもやるんだろ」

 と、スラッグ。

「ん~と、とりあえず捕まえるのはどうだ?」

「良いね!」

「じゃあ、ダイノボット、トランスフォーム! 士道を捕まえるぞ!」

 ダイノボットは各々が恐竜に変形して匂いを辿って士道を探し出した。

 

 

 

 

 教室に入って来た士道は入るなりギョッとした。士道が来ると殺気にまみれた目で睨み付ける亜衣麻衣美衣が走って来た。

「この野郎、よくも顔を見せられたわね!」

「変態糞淫獣が!」

「滅びよ」

「な、何だよ三人とも何にそんな怒ってんだよ!」

「くぅ~! とぼけるつもりか!」

「シドー……」

 か細い声で十香が呼んで来た。

「十香?」

「シドーは私にあんな事をするのは構わないのだ。でも……でも自分がやった事を認めないのは悪いぞ!」

 士道は何が何だか全く分からない。たった今、士道はトイレから帰って来たら何故か反感を買っていたのだ。士道はいたたまれなくなって教室から走って出て行った。

「逃げたな五河! 私を辱めた行為は必ず懺悔させてやるからなァ!」

 士道は頭の中が真っ白になりながら廊下を走っていると、自分の目を疑った。そう、もう一人の士道が遠くで口を吊り上げて怪しく笑ったのだ。

「……! アイツは何だ!」

 士道は逃げ出すもう一人の士道を追いかけた。まさかまた分身が出来たのかと思ったが、士道の分身は瓜二つな顔をしているが目元で見分けがつけられる。士道が見た士道は完全に一緒の顔をしていた。

 もう一人を追いかけ、たどり着いた先は屋上だ。

「追い詰めたぞ偽物!」

「くっくっく、言ったわよね? あなたの人生をメチャクチャにするって」

「――!? お前七罪か! どうしてこんな事をするんだ」

「私の姿を見たからよ!」

「何の話をしてんだよ! 俺は何も見てないぞ!」

「うるさいうるさい! もう後悔しても遅いわよ!」

「士道、発見!」

 空中から急降下して来た。スワープは屋上に降り立つと二人に増えた士道に目を丸くした。

「あり? 士道が何で二人いるんだ?」

 スワープに続いて他のダイノボットも到着して、事態はややこしくなる一方だ。

「俺、グリムロック。士道は理由も無しに変な事しない、信じてる!」

「グリムロック、コイツだ。この士道は偽物だ!」

 偽物の士道が本物を指差して言った。

「何!? 違うぞグリムロック! 偽物はこっちだ!」

 グリムロックを含め、ダイノボットは困ってしまった。どっちが本物の士道なのか分からないのだ。そこへ士道を心配して追いかけて来た十香と折紙が駆け付けた。二人は士道が二人になっていると知り、心底驚いた顔をしていた。

「十香、本物は俺だよな? 折紙も俺が本物だって証明してくれよ!」

 偽物がそう言うと、十香と折紙は即座にもう片方の士道を指差した。

「こっちがシドーだ」

「こっちが本物」

 あっさりと二人は見抜いた。偽物は度肝を抜かれたような顔をした。

「な、何故……わかったの?」

「なんとなくだ!」

「本物の士道とあなたは脈のタイミングが全く違う。それに一分間におこなう平均点まばたきの回数をあなたは大きく上回っていた。見比べれば一目瞭然。……それよりどうしてグリムロックがいるの?」

 当たり前のように折紙の前に姿を見せているが、グリムロックと折紙の関係はどちらかと言うと悪い方だ。

 グリムロックは折紙からぷいと顔を背けるとロボットへ変形して指を鳴らした。

「偽物。俺、グリムロックが叩き潰してやる!」

 士道の偽物は悔しそうに顔を歪めると箒型の天使を呼び出し、グリムロックのパンチを避けた。

「こんな屈辱は初めてよ! あんた等全員、死ぬほど後悔させてやるんだから!」

 そう吐き捨てると偽物、もとい七罪は空に消えて行った。

 

 

 

 

 七罪が士道に化けた事件からかれこれ一週間が経とうとしていた。五河家のリビングのソファに士道と琴里が仲良く座っている。七罪の言葉には厳戒の注意を払って、オートボットは見張りを欠かさない。

「七罪が何を仕掛けて来るか分からない今、こっちは守るしかないか……」

 テレビドラマを見ていたら家にインターホンの音が聞こえて来た。琴里がソファから立ち上がって家の前にいる人物を確認しようとモニターを覗くが、外には誰もいなかった。ピンポンダッシュか何かと思ったが、念の為にポストを確認すると中には封筒が入っている。

「何かしら?」

 封筒を手に取ると黒い字で小さく『七罪』と書いてあると琴里は僅かに眉をひそめた。

「士道、ラブレターよ。七罪からね」

 リビングに戻って来ると琴里は封筒をテーブルに置いた。

「七罪から?」

 封を切ると中から十二枚の写真が出て来た。琴里、耶倶矢、夕弦、十香、四糸乃、美九、折紙、ジャズ、スラッグ、スナール、スワープ、スラージの写真だ。どれもこれも視線は明らかに別の方を向いており、記念撮影には見えない。隠し撮りというのは火を見るより明らかだ。「何だこれ?」

 封筒の中にまだ何か入っている。

 士道は中から手紙を出した。

 ――この中に私がいる。私を見つけられる? みんなが消える前に。

 不可解な言葉を残した手紙だけがその中に入っていた。

 


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