世界一の広大な大地として知られるオルレア大陸は北は凍土、南は砂漠と南北に過酷な環境を持っている。大陸の西や東、更に中央は温暖で植物にも優しく、家畜や人が生きるのにとても優しい環境が広がっていた。オルレア大陸はいくつもの国家が成り立ち、同盟や戦争を繰り返す過酷な大陸でもあった。
大陸の南東部に位置するとある国家は、そんな戦争に参加はせずに平和な暮らしを送っていた。活気付き、常に賑わいを見せる城下の市場には常に笑顔に溢れて、そこから見える白亜の城の王室で一人の少年が目を覚ました。少年の眠る部屋の造り、ベッドの質、その他の装飾品は王に相応しい絢爛豪華な物であった。少年の名前は五河士道、ここテングウ国の若き国王である。
士道はまぶたをこすりながらベッドから起き上がると、いつもの家でもベッドでもない事に気付いた。
「あれ……? ここは……どこ?」
家のベッドで寝ていた士道はいつの間にか知らない所で目を覚まして、状況を上手く把握出来ていなかった。精霊やらトランスフォーマーに分身体という数多の奇想天外な経験をして来た士道でも現状を飲み込めずにいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。慌てて士道が寝た振りをすると、外からどこか聞き覚えのある声がしたかと思うとドアが開き入って来た。
「国王陛下、いつまで寝ておられるのです? いい加減起きて下さい」
布団の中から士道は別の人間がいないかを見渡すが、士道以外の人間はいない。国王陛下とは明らかに士道に対して投げかけられているのだ。
「陛下、起きて下さい」
男がそう言いながら士道の布団を優しく捲り、肩を揺すって来た。士道は渋々、ゆっくりと目を開けるとそこには、紛れもない殿町宏人がいた。それも執事を連想させる燕尾服を着てだ。
「殿町!?」
「はい、私はあなた様の執事の殿町です」
殿町は胸に手を当ててゆっくりと丁寧に一礼をした。
「おいおい、何の冗談だよ。何でお前が執事やってんだよ」
士道はいつもの学校で話している感覚で殿町に言うと、殿町は驚いたような顔を作った。
「私は代々、陛下の執事をやっている家計です。末代まであなた様にお仕えします」
冗談ではないらしい。そもそも士道はこの世界観について行けてない。
「え……殿町、俺って国王なんだよな?」
「厳密にはまだですが、今日、国王に就任します。ご覧下さい」
殿町が王室の窓を開けて城下を指差す。士道はその指の方向を見ると大量の国民が旗を振っていた。
「国王陛下ばんざーい!」
「キャー! 陛下ー! 結婚してー!」
「まじひくわー!」
国民の最前列に亜衣麻衣美衣の三人が見えた。
「どうでしょうか? まだ王としての実感が湧きませんか?」
「うん……。っつーか前任者誰よ?」
「ご冗談を。あなたのお父上のハーネス・エル・カリオストロ様ですよ」
「誰!?」
「寝ぼけていらっしゃるようだ。昨日の夜にあなたのお母様と共に息を引き取られたじゃないですか。辛い気持ちも分かりますが」
士道は頭の中で確信した。これからの人生でこれ以上のインパクトはもう無いだろうと。父親の名前がカタカナなのは、非常に気になるが一応、置いておき士道は母親の名前を殿町に聞いた。
「確認の為だけど、母の名前は何かな?」
「女王陛下は勿論、オルテシア・レイ・カリオストロ様ですよ」
「じゃあ何で苗字が五河になるんだよぉぉ!」
「陛下、本当にお忘れですか? 国民には内密に私に話して下さったじゃないですか。あなたの父、ハーネスは魔族、母、オルテシアは神族。陛下は半神半魔の混血児ですって」
なかなかに香ばしい設定が飛び出して来た物だ。士道は過去の傷をえぐられるような痛みが胸に走っていた。
「では、陛下。あなたは今日から国王。それに当たって戴冠式をおこないますので」
「戴冠式?」
「メイド達、陛下の着替えを手伝いなさい!」
殿町がパンッと手を叩くと部屋の外からメイド服を着た耶倶矢、夕弦の二人が入って来るなり士道の服を脱がせ始めた。
「おい、いきなり何するんだ二人とも!」
「ご主人様、着替えはこの耶倶矢めにお任せ下さい」
「専念。ご主人様を見違えるような格好にして見せます」
夕弦と耶倶矢は慣れた手つきで士道の服を脱がして正装へと着替えさせて行く。
「陛下、戴冠式の後は結婚式がありますのでお忘れなく」
「結婚式!? 誰と!?」
「まだ寝ぼけていらっしゃるようですね。あなたの騎士、夜刀神十香様です」
「感嘆。騎士と王の異例の結婚とご主人様の心の広さに涙が出ます」
「ご主人様は身分にこだわらない所が素敵じゃん!」
士道は一切、現状について行く事が出来ずに玉座へと移動させられた。そしてまずは士道の戴冠式を始めた。玉座の左右には重役や大臣の列座が、門の奥には国民が「ばんざーい!」と手を上げて喜んでいるのが見えていた。殿町からは戴冠式で何を言うかの台本を渡され、意外と短いセリフだったので直ぐに覚えれた。
ラッパやドラムの演奏が鳴り響き、殿町が士道の頭に王冠を乗せた。そして、士道はマントを翻して凛と手を突き出して言い放つ。
「我がテングウ国の勇士達よ――」
その時である!
突如、天井が破壊され落下する瓦礫と共に四人のトランスフォーマーが入って来た。士道がその四人をオプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ワーパスだと認識するまでに大した時間はいらなかった。
「陛下をお守りしろ!」
殿町が叫び、衛兵達がオプティマス達に槍で立ち向かうが、アイアンハイドのサーモロケットキャノンで一瞬にして灰にされた。
「おいおい、この国の兵士ってのは犬死にが趣味なのかぁ? あぁ~ん?」
ワーパスが下卑た嗤いで柱や壁を壊して遊び半分で衛兵を殺して回る。士道にとって信じらんない光景だが、叫ばずにいられなかった。
「何やってんだワーパス! おい、オプティマス、ワーパスをやめさせろよ!」
「オプティマス? 誰だそれは。私はサイバトロン軍団の破壊大帝コンボイだ! みんな、この城を破壊してしまぇ!」
「ッ!? ジャズ! お前もおかしくなったのか!?」
「ジャズじゃないでーす。私はマイスターだ」
マイスターと名乗ったジャズはコンボイに続いて城にミサイルを叩き込み、持って来たカゴに人間達を詰め込み出した。
「コンボイ様! このマイスターが人間共をこんなに捕まえましたよ!」
「よろしいマイスター。城に帰って溶鉱炉で人間達を溶けて行く所を高みの見物と洒落込むか」
一体、オプティマス達はどうしてしまったと言うのか。まるで別人である。破壊を楽しむ悪の王、コンボイは次に士道に目を付けたのだ。
「ようし、次はこの小僧を持って帰るか」
コンボイは気分良く笑いながら手を伸ばして来るとそこへ鋭い斬撃が入った。顔をしかめて手を引っ込めて斬撃の来た方に目をやるとウェディングドレスを着、
「士道に手出しはさせない。私の夫であり主君は私が守る!」
十香の口調には独特のバカっぽさが抜けておりとても凛々しかった。
「生意気な小娘が! このマイスターが相手だ!」
「待て、マイスター。俺に殺らせろ」
コンボイはエナジーアックスを出すと勝ち誇ったような顔で闘志を燃やす十香を見下した。十香が地を蹴り、コンボイに向かって真っ直ぐに斬りかかると十香の体をコンボイは簡単に掴み、捕獲用のカゴに放り込んだ。
「ハッハッハッハ! 容易いな! どうだ五河士道よ! フィアンセが溶鉱炉で溶かされたくなければ、私から取り戻してみせるんだな!」
挑発するようにカゴに入った十香を士道にまざまざと見せつけた。こんな非常事態でも士道の頭の中では、まだ夢の中にいると思い込んでいる自分がいた。破壊と誘拐を続けるサイバトロン軍団、それに抗う兵士は皆殺しにされて王国最大の危機に瀕していた時だった。
空から三つの影が急速に降りて来る。その影の正体がトランスフォーマーだと瞬時に分かり、先陣を切って乗り込んで来た銀色のトランスフォーマー、メガトロンとサウンドウェーブそしてスタースクリームは暴れまわるサイバトロンを空中から攻撃を仕掛けた。
「くそっ! いつもいつも良い所で邪魔しやがる! くたばれデストロン!」
ワーパスがガトリング砲を空に向けて撃っているがスタースクリームは弾丸を全て紙一重で避けるとワーパスの顔面を蹴り上げ着地、背後から掴みかかって来たアイアンハイドを軽くいなし、ナルビームの銃口をマイスターに突きつけた。
「デストロン自警団! 人間達を救うんだ! サウンドウェーブ、負傷した人間を運び出せ!」
「わかりました、メガトロン様」
いつも人間に攻撃をして来るデストロンが人間を救い、人間の味方であるサイバトロンが人間を襲っている。何もかも反対だった、間抜けな殿町もピシッと凛々しく、十香も知的な顔をして、みんな性格が反転していた。
そう、鏡写しのように。
メガトロン、スタースクリームの二人が奮闘によりサイバトロン軍団は上手く攻撃や略奪が出来なくなり、コンボイは憎々しい顔をして部下に命令した。
「サイバトロン、引き上げだ! この借りは返すぞメガトロン!」
コンボイ達サイバトロンは輸送機へ飛び乗って急いでそこから去って行った。士道はポカーンとした顔で襲撃から今までの流れを見ていた。十香が攫われて、いつもの士道なら迷わず直ぐに助けに行くのだが、今は現状把握を最優先にした。
本当に今の状態を理解していないのだ。それにどうしてこうなったのか経緯も知りたい。まず士道は昨日の事を思い出していた。昨日は学校から帰り、十香がトンカツを食べたいと言っていたので士道は豚肉を買いに行ったのだ。豚肉を買いに行く時に商店街へ行き、その帰り道に胡散臭い露店の男に声をかけられてから、記憶がプッツリと途切れていた。
「うーん……」
「うーんではございませんよ陛下、お妃様が攫われたのですよ! しかも悪の帝王コンボイに!」
コンボイは悪の親玉としてこの世界では浸透しているらしいが、これ以上余計な事を言って話を脱線させるよりもひとまず、全ての話を聞いてみる事にした。
「五河士道、あなたの妃は私達デストロン自警団が必ずや取り返して見せます」
「あ、うん。どうも。えっとちなみにデストロン自警団ですよ……ね?」
「そうです」
メガトロンは紳士的な態度で言った。まだメガトロンは一回しか見ていないが他者を威圧する刺々しい雰囲気は無く、言葉や態度からは温かさを感じていた。
「ディセプティコンじゃなくてデストロンですよね?」
「よく私達の昔の名などご存知で。私達はかつてはディセプティコンと名乗っておりました」
メガトロンの言葉を補足するように忠臣スタースクリームが続けた。
「ディセプティコンはメガトロン様が教鞭を取っていた学校の名前です。自警団を名乗る際に改名をしたのです」
スタースクリームも士道の知っているスタースクリームとは程遠く、言葉遣いも丁寧であり嫌な雰囲気を感じさせない。
「メガトロン様、負傷者の治療を終えた」
「ご苦労だったサウンドウェーブ。さて、五河士道よ。我々は一度ケイオンに戻り、軍団を揃えてから攻める。あなたはここで待っていて下さい」
「いや、十香は俺の大切な人だ。俺も助けに向かう」
「コンボイは危険な奴ですのでお気をつけて」
メガトロンが礼をしてサウンドウェーブとスタースクリームを連れて飛び去って行く。三人を見送って、次に城を見渡せば中はグチャグチャで玉座の間は穴だらけになっていた。
「殿町、十香を助けに行く」
「はい、では選りすぐりの兵士を集めます」
「頼むぞ」
士道は内心、このファンタジーな世界を楽しみ始めていた。
城の庭には士道と殿町、そして耶倶矢に夕弦、琴里と折紙がいた。耶倶矢はメイド服に槍、夕弦も同じくメイド服で武器は鎖を所持していた。琴里は魔法使いを思わせる大きな縁の広い帽子を被り、手には杖を持っている。
折紙は実用性に疑いありのビキニアーマーと盾と剣を持って戦闘準備完了だ。
「お兄様……十香お姉様を……助けに……」
ずいぶんと琴里の口調は大人しく、まるで四糸乃だ。士道はふと、四糸乃と美九をまだ見ていないなと思った。琴里は妹という設定が変わっていないのでありがたいが、いつもの強気でみんなを引っ張る琴里ではないので違和感があった。
「士道」
「ああ、折紙――!?」
出会い頭に折紙は士道の唇を奪い、やけに体を密着させて来る。反転した世界でも折紙は全くブレない。
「折紙! 急になにするんだよ!」
「挨拶。私と士道は婚約者、キスなんて当たり前」
「婚約者!? 俺の嫁は十香じゃあ――」
「あれを処分すれば私が嫁になる」
「鳶一折紙、貴様は騎士の身分で何を言っている!」
殿町の言葉で折紙も騎士というのが分かった。恐らく、士道の知らない所で折紙と十香の激しい争いがあったに違いない。
「じゃ、じゃあ五人で出発するから、後はよろしくな殿町」
「逢瀬のままに、陛下」
このメンバーの中でまだ話しやすいのは折紙だ。折紙が最も士道の知っている存在に近いからだ。でも、自身を騎士と思っておりASTや精霊について何も知らないようだ。
城を出た士道一行は、地図の通りに進み川や茂みを越えて今は森の中をさまよっていた。
ビアード・フォレストはテングウ国を北に向かう際に避けては通れぬ森であり、様々な生き物が同居する世界だ。激しい食物連鎖が行われ、ヒゲのように垂れた枝や葉は視界を最悪な物にしていた。年間で多くの人間がここで迷い、命を落とす。オークやトロルもまた然り。この森には様々な凶悪な生物が秘められているのだ。
列の先頭を折紙が勇ましく歩き、枝を切りながら進んでいる。
「提案。琴里様が火でこの森を焼き払うというのはどうでしょうか?」
「いいや、緑は大切しろよ夕弦」
「反省。申し訳ありませんご主人様」
迷わずに歩いていた折紙が突如、足を止めて士道もその場に停止した。
「どうした折紙?」
「迷った。ここはさっきも通った道」
そう言われても士道にはどこも同じにしか見えない。まだ自分の領土から出ていないにも関わらず、迷うとはなんとも情けない話だ。
「ぐっ……!」
不意に士道の右腕が疼き、立っていられずにうずくまると耶倶矢と夕弦が直ぐに駆け寄って来た。
「大丈夫であるかご主人様!」
「ああ、少し……右腕が疼く……」
右腕の疼きが治まると続いて士道の頭に声が響いて来た。
――士道、私の声が聞こえますか?
それはプライマスの声だ。
「ああ、聞こえてる」
――落ち着いて聞いて下さい。もうあなたも分かっていると思いますが、ここは現実世界ではない。
士道は黙ってプライマスの声を聞いた。
――ここは鏡の世界です。全てが反転した世界です。士道、早く“シャッタード・グラス”を見付けて破壊して下さい。でなければあなたや私は永遠にこの世界に閉じ込められる。
「そんな唐突だ……。大体シャッタード・グラスがどこにあるのかも……」
――破壊大帝コンボイが持っています。それとシャッタード・グラスを見つけても直ぐに破壊してはダメです。シャッタード・グラスを通り抜けて元の世界に帰ってから破壊して下さい。
「分かった。やってみる」
頭の中に反響していたプライマスの声が無くなって士道はなんとか立ち上がって見せた。
「不安。大丈夫ですかご主人様?」
「お兄様……さっき独り言を……言ってました」
「大丈夫だ。それよりみんな、下で待っていてくれ。今から木を登って方角を確かめて来る」
木登りなんてあまりやった事はないが、士道は幹を掴み、上手く足を引っ掛けてスムーズに木を登って行く。大木は広範囲に枝を張って隣の大木の枝と絡み合って人が一人くらい乗った程度では落ちない程にしっかりとした足場となっていた。士道が上へ上へと登る程に霧が濃くなっている、いや、これは霧ではない。士道が霧を払おうと手を横に振れば、腕にはネバネバとした白い糸が付着していた。
絡みつく鬱陶しい白い糸、士道はこんな物に該当する物を直ぐに思い出す。
「蜘蛛の糸か……!」
そう確信した時だ。
「キャァァァァッ!」
下の方からとてつもない悲鳴が聞こえて来た。
「おい、大丈夫か!」
士道はいつものように胸からスターセイバーを抜こうとしたが、全く反応が無い。
「な、何でだ! スターセイバーが出ないぞオイ!」
――士道、スターセイバーを出すには呪文を唱えて下さい。あなたが頭に思った呪文、それが答えです。
士道が頭の中に真っ先に浮かんだ呪文。それは三日三晩考えた中学生時代の至高の呪文だ。しかし、今それを言葉にするのはかなり恥ずかしい。
「でも何つーか……恥ずかしいな」
――恥じている場合ではありませんよ。彼女達の命がかかっています。
「わかった………………」
士道はすぅーと息を吸った。
「白き流星、黒点を切り裂く。我こそ天帝の遣い、天恵、大連、宝剣、漆黒の彼方。断罪者の名に於いて、汝を淘汰せん!」
――……。士道、全然違うんですが。と、言うより良く恥ずかしげも無く言えましたね。用意していたのですか?
「やめろよ! あーもう早く忘れてぇ!」
――分かりました士道。呪文は教えますので言って下さい。
プライマスからスターセイバー召喚の言葉を聞いた。今度は言うのが恥ずかしくない、少なくともさっきの士道の考えた詠唱よりは遙かに良い。
「エボリューション!」
士道の右腕が輝き出すとスターセイバーが顕現する。蜘蛛の糸と枝を切り裂いて降りると無数の巨大な蜘蛛が折紙達を糸で絡め捕り、どこかへ運んでいた。
「うひゃひゃひゃ! 久しぶりの女の肉ッスー!」
「アタチ等もようやくまともな物を食えるッスー!」
蜘蛛の糸の中ではもごもごと四人が動いているのが分かる。士道は片手で枝に掴まりながら四人の生存を確認して胸をなで下ろして士道は、枝を離して蜘蛛の背中に飛び乗りスターセイバーを背中に突き刺した。
「ぎゃぁぁ! 痛いッスー!」
「うひゃひゃひゃ! また美味そうな肉ッスよー!」
士道は突き刺したスターセイバーを抜かずに蜘蛛の頭の方へ斬り上げて胴体から頭までを両断した。この薄気味悪い喋る蜘蛛に対して嫌悪感剥き出しの顔をしながら士道はもう一匹の顔面にスターセイバーを突き立てた。
「気味悪りぃうひゃひゃ蜘蛛だ」
士道は折紙達が捕まっている蜘蛛の糸を斬り、四人を救出した。
「大丈夫かお前達」
「うぇー、気持ち悪い」
「感謝。助かりましたご主人様」
「ありがとう……お兄様……」
「ッ! 士道危ない!」
折紙が咄嗟に剣を抜くと士道の背後で牙を剥いていた蜘蛛の目玉を一突きする。蜘蛛は目を押さえて悶え、その隙に折紙は追撃し、急所を貫いて絶命させた。
「この森が完全に蜘蛛の巣になってるな」
士道が上を見上げてそう言った。他の皆も見上げると、日を遮る程に密接に絡み合った枝には麻痺毒で動けなくなったオーク、ゴブリンが蜘蛛の巣に捕まってぶら下がっていた。
「士道、早く逃げなくては餌になる」
「分かっている。露払いをする」
士道がスターセイバーを両手でしっかりと握り締めて刀身にエネルギーを出来るだけ蓄える。白いエネルギーがゆらゆらと炎のように揺らめいた瞬間、スターセイバーを振り下ろし、士道の直線上に巨大なクレバスを作り、森林を消し飛ばして行った。ビアード・フォレスト自体はそこまで大きな森ではない、ただ濃密な枝や葉の所為で見渡しが悪くて迷い易く、大きな森と錯覚するのだ。
士道が地面ごと森を裂いたおかげでなんとかビアード・フォレストを攻略した。
森を抜けてから次の人がいる村までかなりの時間がかかる。何も無い草原をひたすらに五人は歩いていた。
「なあ折紙」
「何?」
「お前はさ……そのぉ……昔の記憶ってのはちゃんとあるのか?」
「……? 当然ある。私は小さな村で産まれた。その村はコンボイの侵略によって無くなり、私はあなたに拾われた。私はそして騎士になった」
生い立ちはどことなく似ているがこの折紙が元の世界の折紙でない事はなんとなくだが分かった。やはりこの世界でいつも通りなのは士道とプライマスだけのようだ。急に士道の頭の中でまだ出会っていない面々の事を浮かべた。四糸乃、美九、そしてダイノボット。彼等をまだ見ていないのだ。きっとこの世界のどこかにいると予想し、出来るならダイノボット達を味方に引き入れたかった。
しかし、そう思った束の間、士道はある事実を思い出す。ダイノボットはオートボット、そうなればコンボイ率いるサイバトロン軍団の陣営にいてもおかしくはない。味方どころかダイノボット達を敵に回すハメになるのだ。そんな事を考えるだけでも恐ろしい。ダイノボット達が敵ならどうしようかと士道が考え込んでいると、琴里が袖を引っ張って来た。
「どうした琴里?」
「お兄様……あれ……」
琴里は恐る恐る草原の彼方で土煙を上げながらこちらへ向かって来る何かを指していた。敵と考えて折紙が剣を抜き、耶倶矢は槍を突き出して夕弦は鎖を構えた。物凄い速さで迫り来る何かが士道達の前で停止するや否や三角形のテントを素早く張り、キラキラの装飾が飾られて瞬く間にサーカスが完成した。
「あれれ? ひょっとしてお客さんですか!?」
そう言いながらテントの中から出て来たのは四糸乃だ。黒いウサ耳がぴょんと立ち、体に張り付くようにピッタリとフィットしたバニースーツを着た姿で現れた。
「四糸乃!」
「おっほー! こんな無名のサーカス団の私の名前をご存知とは嬉しい限りですね!」
引っ込み思案でいつも歯切れの悪い喋り方なのだがシャッタード・グラスの世界の四糸乃は前向きで明るく、とてもハキハキと物を言うのだ。
「四糸乃がサーカス団? ちなみに四糸乃が団長でいいのか?」
「はい! 私と五人の従業員兼獣の六人でやっていますです! よかったら見ていって下さいよ! お代はいいですから!」
そんな物を見ている暇はないのだが、四糸乃は返事も待たずに大きなテントに声をかけた。
「お客さんだよー! みんな出ておいでー!」
四糸乃が呼ぶとテントの中から何かがやって来るのが分かる。どしん、どしん、と大きな地響きをあげながらテントの中から五人の金属の恐竜が顔を出して来た。
「ダイノボット!?」
「わーお、ダイノボット達の事も知ってるなんて! 意外と私達って有名なのかな?」
「グリムロック、何でお前もサーカス団にいるんだよ!」
「俺、グリムロック。この人、怖い」
巨体に似合わずグリムロックは普段と違って臆病な性格に変わっていた。グリムロックだけではない、ダイノボット全員が臆病になっているのだ。
「ちょうど良いグリムロック、今から俺達はコンボイを倒しに行くんだ。グリムロック、お前も手伝ってくれ」
「俺、グリムロック……戦い、嫌い。痛いのもっと嫌い……」
「嘘だろ……。どうしたんだよグリムロック、お前は戦いが三度の飯より好きだったじゃないか」
「ちょーっとちょっと、お客さん。ウチの子は戦いなんてしませんよ。ダイノボットは番犬や警察犬の類じゃないんです! チワワとかトイプードルみたいなあっちのジャンルなんです! ねー?」
「ねー」
戦いが嫌いで臆病。元の世界のダイノボットでは考えられない性格だ。
「とりあえず……始めましょうか。まずは火の輪くぐりから! ほらスラッグ!」
巨大なフープに火をつけて、四糸乃は鞭を地面に打ってスラッグに飛ばせようとするが、スラッグは怖じ気づいてテコでも動かない。スナールやグリムロックが背中を押してもスラッグは微動だにしなかった。
「えーっと。今の無しで次はスラージの玉乗りです!」
ダイノボット用の特注品の玉を持ってこさせるとスラージをそこに乗るように四糸乃が鞭で指示をした。スラージが指示に従い、玉の上に乗った途端に玉はぺしゃんこになってしまった。それどころか、バランスを崩してスラージはテントに倒れて何もかもメチャクチャだ。
「……下手」
折紙は呆れたように半眼を作って率直な感想を述べた。
「が、頑張りは……見えると……思います」
琴里がすかさずフォローを入れた。
「はぁ……私って調教師向いてないのかぁ……。動物のサーカスじゃあ目立たないからって恐竜を入れたけど……」
四糸乃はため息を吐いて俯くとグリムロックが四糸乃をすくい上げるようにして頭の上に乗せた。
「俺、グリムロック。そんなに落ち込まないで欲しい。俺達、もっと頑張る」
「そうだよう、オレ等は四糸乃に拾ってもらったから楽しく暮らしてるんだって!」
「壊れた物はまた直せばいい」
「みんな……。うん、そうだよね、また一から練習しよう! そして世界一のサーカス団になろう!」
「俺、グリムロック。頑張る!」
六人は笑い合い、元気を取り戻していたが、士道達は完全に蚊帳の外だ。壊れたテントを片付けると荷物をスラージとスナールの背中に積み込んだ。
「サーカス、見てくれてありがとうね! また縁があったら会いましょう。じゃあねー!」
「バイバーイ!」
猛烈な土煙を上げてダイノボット達と四糸乃は草原を駆け抜けて行った。まるで嵐のような存在だった。
士道達は先を急ぐ事にした。
悪のサイバトロン軍団の根城がある帝国アイアコン。その中心には破壊大帝コンボイが住まう金属の城があり、コンボイは王座に腰掛けて、部屋の左右にはカプセルに収納されたデストロンの死体が入っている。そして、部屋の中央には大きな窯を置いてその中にはグツグツと溶けた金属が沸騰している。
「マイスター、今回捕らえた捕虜は?」
「各地方のデストロンの警備員が二十人に人間が四十人です」
「よぉし、では今日はデストロン共から処刑を始めようじゃないか」
コンボイが手をスッと上げると、電磁檻に閉じ込められていたデストロンの一人をアイアンハイドが引っ張り出し、ワーパスと一緒に取り押さえて溶鉱炉の方へ連れて行く。
「おい、離せ! こんな事が許されると思っているのか!」
「私はコンボイだ。だから許される」
「コンボイ様、こいつはもうブチこんじまいますかぁ?」
「ああ、ワーパス。みんなにコイツのからだや顔がゆっくりと、ドロドロに溶けて行く様子を見てもらおうじゃないか。君の大事な士道もいずれこうなるんだ十香」
「くっ……!」
鎖に手足をしっかりと繋がれた十香はコンボイを睨み付けた。
「この外道が! 恥はないのか!」
「恥だと? ハッハッハッハ! 面白い冗談だ」
コンボイが笑うと周りの部下も合わせて笑った。そうしなければ撃ち殺されるからだ。
「早く見せてやりたいな、あの男の目の前でお前が溶ける様をな」
コンボイはそう言いながら、手を振りアイアンハイドとワーパスに合図を送るとデストロンの戦士が溶鉱炉へと投げられた。
「や、やめろ! 助け――。ウギャァァァ」
戦士の体が溶鉱炉に落とされると下半身が直ぐに溶ける。もがき苦しみ、溶鉱炉の中で暴れまわるが体は沈んで行き、徐々に顔が見えなくなり最後には腕が残りそれも溶けて無くなった。
「フッハッハッハッハ! 虐殺に勝る
コンボイはエネルゴンを啜りながら残虐な笑みで言った。十香は思わず顔を背けた。
「さてと、次はどうするかな。バラバラにするか、歯車に巻き込んで殺すか、関節を逆にへし折るか。パーセプター、どれが良い?」
「どれも素晴らしいですねぇ。でも、私が開発した毒物の実験に使うのはどうでしょう?」
「毒など下らない。殺すなら自分の手を穢すのが一番だ。よし、決めた。関節をへし折ってやる」
コンボイの無益な虐殺は続けられ、アイアコンから悲鳴が途切れる事は無い。魔族の首領すらもコンボイの残忍な行為に嫌悪感を露わにする。悪魔が慈母に見えるくらいに残酷な王だ。
一方、士道等は急いでアイアコンに向かってはいたのだが、激しい吹雪に晒されていた。
「ちくしょー! 何で坑道に行かなかったんだ俺のバカ!」
アイアコンに入るには過酷な環境に打ち勝つ必要がある。年中吹雪に見回れる山脈が連なり、山を越える事は極めて困難であった。しかし、坑道を行けばそれはそれで危ないのだ。坑道にはコンボイが放った無数のモンスターが住み着き、そのモンスターを率いる炎と闇を操る太古の怪物がいるのだ。山を越える方がまだ楽なのだ。
「ご主人様! 坑道に行きましょう! このままじゃみんな凍死です!」
「だ、だめ……! 坑道は……もっと……危ないの!」
琴里は坑道の恐ろしさは知っていた。かつて読んだ本にこの坑道に巣くう魔物について記してあったからだ。山の主、炎と闇で肉体が構成された悪魔ベリアルはコンボイの従順なペットだ。
「否定。凍死よりはマシです。坑道ならバレなければ平気です」
「いいえ、琴里の意見に従うべき。敵の本拠地に行くのにバレずに進めるような防衛態勢とは思えない」
その時、士道等の上空に謎の宇宙船が現れた。全体像が掴めない程に巨大な宇宙船から帰還用ダクトが降りて来ると士道等をダクトで取り囲み、宇宙船の中へ回収してしまった。アイアコンの領土の近く、そこでこんな巨大な宇宙船が来るという事はサイバトロンの物だと判断し、士道はスターセイバーを抜き顔を上げた。
「無事ですか士道?」
士道を心配するように優しい言葉を投げかけたのはメガトロンだ。そう、この戦艦ネメシスに乗っているのはサイバトロンではなくデストロンだったのだ。
「私が来るのを待っていて欲しかったな」
スタースクリームはとりあえず士道が無事なのを喜んでいたが、どこか呆れた様子だ。
「君達を探すのにかなり時間を要してしまいました。これから急ぎでアイアコンに奇襲をかける! デストロンよ! 覚悟は良いな!」
「おうッ!」
ネメシスは雪山を悠々と乗り越えるとアイアコンの領土へ入り込む。すると、もちろん圧倒的な対空放火がネメシスに浴びせられた。ネメシスもシールドで防御し、自衛兵器で対空砲を破壊した。
「スタースクリーム、対空砲を排除するんだ!」
「了解いたしました!」
ネメシスの滑走路からスタースクリーム率いる航空部隊が飛び立つ。
「サンダークラッカー、お前は東の対空砲をスカイワープ、お前は西だ。俺は正面をやる!」
「スタースクリーム! お前さんヒューズがぶっ飛んじまったのか? 正面はメチャクチャ危ねーぞ!」
スカイワープは得意のワープを使いながらミサイルや機銃をかわしつつスタースクリームの言葉に耳を疑った。
「分かっている。だが俺はお前達のリーダーだ。部下に危ない所なんて行かせられないだろ!」
飛来したミサイルをスタースクリームは機銃で撃ち落とし、瞬時に変形して落下しながらもスナイパーライフルで狙いをつけて対空砲を撃破する。そしてまたジェットモードに変形して飛び去った。攻撃と後退を巧みに扱い、引き際を見極めてスナイパーライフルは全く被弾せずに対空砲を壊して行く。
順調に防御を削って行く様子を見て、メガトロンはネメシスを進めた。サウンドウェーブが偵察から帰って来たコンドルを肩に留めて、指先で頭を撫でた。そしてサウンドウェーブの胸のハッチが開き、その中へと戻って行った。
「コンドル、報告セヨ」
アイアコンの偵察に行っていたコンドルは立体映像の地図を空間に投射した。立体映像にはコンボイのいる位置、十香のいる位置が事細かに表示されていた。
「十香がここにいるんだな!」
位置の詳細が分かって士道は声を大きくした。
「そのようですが、コンボイは危険な男。奴は私が相手をします。その間に十香を救って下さい」
ネメシスがアイアコンの防衛網を突破し、コンボイのいる居城へ突っ込むとメガトロンは先陣を切って飛び出して、真っ先にコンボイの城に乗り込んだ。
サウンドウェーブは、ネメシスの甲板に移ると対空砲に指示を送っているアンテナを見つけると胸のハッチを開いた。
「フレンジー、コンドル、美九、イジェクト! 妨害作戦、開始セヨ」
サウンドウェーブの胸から出て来たフレンジーとコンドルはアンテナの破壊を担当する。そして美九はサウンドウェーブの肩に乗ると二人の音波で信号を妨害した。
「サウンドウェーブの音色はやっぱりいつ聞いても素晴らしいですねぇ! 流石は私のパートナー!」
「美九の歌声は芸術的ダ。有用でそして美シイ」
スタースクリーム達は今は航空戦力とぶつかり合い、有利に戦いを進めている。形勢はデストロン側に傾いていた。
メガトロンはコンボイと対峙した。コンボイの足下には自らの手で引き裂き、砕き、ズタズタにしたデストロンの若い戦士の死体が無惨に転がっており、コンボイはタバコの火を消すように戦士の頭を踏みにじり、粉々に踏み潰した。メガトロンは悲しみと激しい怒りを覚えた。今日という今日こそ、世界の平和の為に決着をつけると決めた。
「コンボイ、貴様……! よくもこんな惨い事を!」
「惨いだと? ゴミの処分に惨いなどあるのか?」
「私が死ぬか、お前が死ぬかだコンボイ!」
「良いだろう、雌雄を決しようじゃないかメガトロン!」
刹那、二人の拳はぶつかり合って空間を震わせて床には衝撃で蜘蛛の巣状の亀裂が入った。向かい合うメガトロンとコンボイは至近距離で銃を撃ち、相手の銃口を持ち上げて弾道を逸らし、身をかがめて避けてと一瞬たりとも休む暇がない戦いを続けていた。メガトロンの砲が外れるとコンボイは顎にアッパーを繰り出しよろめかせ、追い討ちをかけようとした所でメガトロンの蹴りが首に決まった。
メガトロンはタックルをかましてコンボイを倒すと馬乗りの姿勢で顔面を何度も殴り、頭を掴んで床に叩きつけた。一方的にやられていたコンボイは背中と足にあるバーニアを噴かして体を持ち上げ、メガトロンの腹にパンチをめり込ませながら起き上がった。今度はコンボイがタックルをしたが頭を押さえられ顔面から床に打ち付けられた。
「命を弄ばれて死んで行った者達の報いを受けるが良い!」
がら空きの背中に怒りとエネルギーを込めたフュージョンカノンを解き放った。
すんでのところでコンボイは真横に転がってフュージョンカノンをやり過ごし、コンボイはエナジーアックスを持ち出してメガトロンの顔を斬りつけた。メガトロンは痛みでつんのめって倒れた。倒れ込んだメガトロンの背中に足をかけてコンボイは後頭部にパスブラスターを突き付けた。
「惨めだなメガトロン。死んで行った連中の無念も晴らせずに私に殺されるのだ。安心しろ、お前の死体は綺麗に飾ってやる」
「そうはさせないぞコンボイ!」
ネメシスから降りた士道はスターセイバーの光波をコンボイの足にぶつけて切り傷をつけた。
「人間の小僧が!」
コンボイが振り返って士道に銃口を向けると、その隙にメガトロンが復活して羽交い締めにした。
「今だ士道! 早く、早く十香を助けるんだぁ!」
「ありがとうメガトロン!」
メガトロンが押さえつけている間に士道は十香を縛る鎖を切って助け出した。メガトロンは十香が救出されたのを見ると拘束を緩め、次の瞬間にはコンボイの腰に腕を回して体の反りと腕力を利用してジャーマンスープレックスを決めた。コンボイの視覚回路にノイズが走り、目を回している。
「士道、ネメシスに戻レ」
サウンドウェーブがネメシスで手招きしている。
「メガトロンも退却して下サイ」
「分かっているサウンドウェーブ」
メガトロンはフィージョンカノン砲をコンボイに突き付けてトドメを刺そうとした。砲口を向けられてもコンボイは落ち着き、あまつさえ不気味な笑みを浮かべるのだ。
「もう終わりだコンボイ」
「ああ、そうだな。だが一人で死ぬには寂しい。メガトロン、お前も道連れだ!」
コンボイが胸を開くと内部には赤々と煌めく物体が見えた。
「私のコアを爆発させてやる。私がこの城で爆発すれば城やアイアコンに蓄えられた爆弾や弾薬に引火する。お前等もお終いだ! ハッーハッハッハッハ!」
コンボイは気分良く高笑いし、メガトロンは仲間への犠牲を考えると顔を険しくした。士道もその言葉を聞き、真っ青にした。シャッタード・グラスはコンボイが持っているのにコンボイが自爆すれば士道は元の世界に帰れる手段を失う。士道はネメシスからこっそりと抜け出し、コンボイの城のどこかにある筈のシャッタード・グラスを探し始めた。
「全員に伝えろ! 今すぐ撤退だ!」
「もう間に合わないさ! いくら速くてもデストロンは私と滅びるのだガラクタのスクラップ共め!」
それでも逃げない訳にはいかない。メガトロンはネメシスに乗り込み、発進した。ネメシスに任務を終えたスタースクリーム、スカイワープ、サンダークラッカーが戻って来るとネメシスは全速力で城を離れて行く。
「みんな、コンボイが爆発する! 衝撃に備えるんだ!」
ブリッジにいるメガトロンが叫んだ瞬間、コンボイの体が光り出して莫大なエネルギーが放出され辺りを吹き飛ばし、コンボイは眩い閃光と共に爆発した。城は一瞬のウチに無くなり、爆発がネメシスを追って来る。
「もう終わりだ~! 死にたくないよぉー!」
「泣くなサンダークラッカー!」
「お、俺だけワープして逃げようかな……」
「スカイワープ、お前はなんて薄情な奴なんだ! 俺達ジェットロンは死ぬ時も一緒だ!」
スタースクリームは二人の肩を抱いて互いに確かめ合っていた。
ネメシスのスラスターが焼き切れ、エンジンが故障する程にまで噴かしたが爆発の方が遥かに速い。メガトロンは操縦桿を強く握り締めて死を覚悟した。
皆、目を瞑って迫り来る爆発を覚悟したが、一向に船体は破壊されない。むしろ穏やかで激しい揺れは綺麗に無くなっていた。メガトロンはゆっくりと目を開けて艦をアイアコンがあった方向に向けると金属の街は、焦土と化して無くなっていた。本来ならば爆発に巻き込まれて艦はバラバラにされる筈だった。
「メガトロン様、あれを見て下サイ」
サウンドウェーブが指を差す。ブリッジから一人の少年が浮いているのが見える。背中から翼が生え、その翼は左右非対称で天使を思わせる白い羽根と悪魔を連想させる黒い翼を生やしていた。少年が振り返ると真っ先に十香が反応した。
「士道!」
「久しぶり、十香」
士道とは似ても似つかない風貌の少年、これが本来、この世界にいる筈の士道なのだ。ゆっくりと下降して士道はネメシスの甲板に降りると、さっきの爆発を切り裂いた剣を横に払うと光の粒子となって消えた。十香は急いで甲板まで走り、ガラス越しではない士道を見ると涙を流して抱き付いた。
「私を守ってくれたんだな士道」
「間に合って良かったよ十香」
二人は抱き合い、そして自然とキスをした。
「ちっ……」
折紙は無表情のまま舌打ちをした。
「ご主人様……やっぱりあなたは私達の陛下です!」
「称賛。ご主人様は偉大な王になると思います」
「お兄ちゃん……」
琴里達が喜び、スタースクリームやサウンドウェーブ等も一安心していたがメガトロンは険しく顔をした。アイアコンに入るまでに一緒にいた元の世界の士道について考えていたのだ。今いる士道と元の世界の士道は顔は一緒でも出で立ちは全く違う。
十香を助け、サイバトロンも滅んで一件落着したが、そこだけが唯一つの疑問だった。
元の世界の士道はだが、コンボイが爆発する寸前に偶然コンボイの死体の飾りだらけの部屋を見つけて、そこにシャッタード・グラスがあると迷わずに飛び込んでいた。
士道が目を開けると見慣れた自分の部屋だ。
「帰ったのか……?」
頭をボリボリとかいて窓に目をやるとグリムロックが部屋を覗き込んでいる。
「うわっ!? グリムロック! 何だよ!」
「俺、グリムロック。琴里に起こして来いって頼まれた」
直感で士道は理解した。ここが元の世界だと。
「なあグリムロック、お前は戦い好きか?」
「もちろん! 俺、グリムロック。三度の飯より戦い好き!」
「そっか」
士道は安心したように笑い、ベッドから降りた。あまり朝食を待たせると十香や琴里がごね始めるからだ。
シャッタード・グラス、鏡の世界で士道が唯一遭遇していない人物がいた。そう、狂三だ。
温かい日差しの中、広い畑で麦わら帽子をかぶり、少女が一人で畑を耕していた。
「はぁー、疲れたっぺ。そろそろお茶にでもすっかなー。農作業は楽しいべー」
額の汗を拭い、狂三はクワを担いで背伸びをした。鏡の世界では完全に戦いから無縁の所で狂三は畑を耕し、平和に暮らしていたのだった。
「あぁ~、普通が一番だべ!」