デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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 いつも感想を書いてくれているみなさんにこの場でお礼を申し上げますってね。
 七罪を出すか否かメッチャ悩んでる最中です。一応原作沿いは7巻までにしたいんですがね。


22話 天宮市制圧作戦

 夜の廃ビルの中で一つの影がゆっくりと歩み寄って来た。その影が割れた窓から差し込む月明かりに照らされるとようやくその全容が窺えた。深紅と漆黒の色彩を折り重ねて作られたドレスを纏いながら、妖しげに口元を吊り上げて笑っていた。

 暗闇から出て来た少女を見てそれが最悪の精霊、時崎狂三であると気付くのに大した時間はかからなかった。どうしてか、あれだけ怖かった狂三なのだが今は狂三を見た時に真っ先に抱いた感情は安堵感だった。

「浮かない顔ですわね士道さん」

「狂三……」

 暗い廃ビルの中を足音も立てずに狂三は軽やかに歩いて見せた。狂三は士道との距離を徐々に詰めて来る。

「今日はあまり怖がらないのですのね」

「まあな、それより狂三、お前はあの音楽を聞いても大丈夫なのか?」

「お優しいんですわね、わたくしがあのような歌に心を惑わされる程に純真だと思って……」

 今、頼りになるのは目の前にいるこの少女以外にありえない。士道は意を決して口を開いて言葉を投げかけた。

「狂三! 頼む! 十香を助けるのを手伝って欲しい! お前が俺を狙っているのはわかっている! けど今頼れるのはお前だけなんだ!」

 狂三からしてみれば思いがけない士道の申し出にキョトンとした表情を作った後に笑いがこみ上げて来た。

「きひ、きひひひ! 可笑しいですわね士道さん、敵であるわたくしに助けを求めるなんてね、可笑しいですわ」

「俺はお前を一度も敵と思った事はないけどな」

「……」

 狂三は笑いを止めて士道をジッと見詰めるとその場でくるりと回って見せた。

「まあ、士道さんがそこまで言うのなら助けてあげますわよ。ただし……見返りはたっぷりと、ですわよ?」

 狂三の見返りがかなり怖かったが、そこは我慢して約束した。でなくては十香を救い出す機会は永遠にないのだから。協定が結ばれて早速、動き出そうとした時だった。廃ビルの天井から巨大な金属の拳が貫いて来、狂三の真横を通って下の階にまで届いた。

「――!」

「グゥゥ……! 士道に、手、出すなッ!」

 喉を鳴らして威嚇するのはすっかり忘れていた、グリムロックだ。ビルの天井に出来た穴からこちらを覗き込み、赤いバイザーを光らせて睨んでいた。

「ま、待てグリムロック! 狂三は今は味方だ! 俺達に協力してくれるんだ」

 士道がそう説得すると再び振り下ろそうとしていた拳を解いてからビルを降りた。

「まだあの恐竜を飼っていましたの?」

「まあな、アイツは根は素直で良い奴だよ」

「俺、グリムロック。助けてくれるのに攻撃した、許して欲しい」

 グリムロックはビルの隙間から人差し指を出して握手を求めて来た。狂三もその指を取って握手に応えた。 怒りとそれ以外の浮き沈みが激しい、それはショックウェーブの改造が原因なのだが。

「わたくしにグリムロック、戦備は十二分ですわね。今からでも十香さんを助けられますが、肝心の十香の居場所が割れていませんし、美九さんの方を先に片付けましょうか」

「そうしよう、早い方が良い」

 行き先が決まるとグリムロックはビーストモードに変形し、士道は窓から飛び出してグリムロックの背に乗った。

「今度はわたくしを乗せてくれますのね」

「士道に、協力してくれるからな」

 狂三もふわっと軽やかにグリムロックの背に乗った。二人が乗ったのを確認するとグリムロックは勢い良く走り出した。

「そう言えばグリムロック、お前もあの音楽を聞いても大丈夫だったんだな」

「俺、グリムロック。音楽好きでない、戦うのが好き」

 野生の戦士に音楽という芸術性は通用しないようだ。そもそも良し悪しも理解していないだろう。一歩一歩が大地を揺らし、アスファルトを砕いて足をめり込ませた。派手な移動だが、美九に操られる人間は天央祭会場に集結しており、生徒だけでなく大人も洗脳されてグリムロック達がいる地域には閑散とした無人の町と化していた。

 だから見られる心配は無い。それに洗脳された人間は意識がハッキリとしていないので見られても洗脳が解けた頃には記憶は操られていた時の記憶はさっぱり無くなっている。グリムロックが高級住宅街を走っていると一軒の豪邸を横切った。

「グリムロック、止めて下さい」

 狂三がブレーキをかけさせると士道は首を傾げて狂三を見た。

「どうしたんだ狂三?」

「美九さんを片付ける更に前に美九さんについて知る必要がありますわ」

 グリムロックは美九の自宅の門を破壊して入り込むと二人を下ろしてた。壁が破壊されて番犬が吠えていたが、グリムロックが吼え返すとせっせと犬小屋に逃げ帰ってしまった。

「俺、グリムロック。何してれば良い?」

「お前は適当に待っててくれ――あれ、鍵がかかってる」

 士道が玄関のドアノブをひねるが扉は固く閉ざされていた。

「俺、グリムロック。開けてやる」

 重々しい装填音がグリムロックから聞こえると士道は反射的に何をするのか察した。

「狂三、下がれ!」

 士道が狂三を庇って玄関前から離した途端、口から砲弾を放ち玄関ごと木っ端微塵に吹き飛ばし、瓦礫はエントランスにまで広がっていた。

「危ないだろグリムロック!」

「けほっけほっ……全くなんて乱暴ですの!?」

 何の前振りもなくいきなり砲弾を発射して危うく巻き込まれかけた狂三は少し怒ったように言った。グリムロックはしゅんっと俯いてから謝った。

「ごめん」

「……。まあ、良いですわ。行きましょう士道さん」

「俺、グリムロック。ついて行く!」

「あなたは入れないでしょう。そこでお座りして待っていなさい!」

 狂三の言われた通り、グリムロックは足をかがめてその場に座り込んだ。

「士道さん、彼はいつもああなのですの?」

「うん、そうだな……だいたいはあんな感じだな」

「大変ですわね」

 士道は苦笑いで応えた。良くも悪くもマイペースで自分より弱い者の命令は聞きたがらない、しかし頼み事なら聞いてくれるのだ。ちゃんと庭で待っている姿を確認してから士道は階段を上って二階へと上がった。

「なあ、狂三。美九の家に来てどうするつもりなんだよ」

「美九さんの“いろいろ”を洗い出しますわ」

 狂三の言ういろいろには本当に数々の意味が集約されていた。打算的な少女は、ただ単に士道の為ではなく自分に取っても有益な情報をかき出すつもりだ。

「美九さんは今は怒り狂っていますわ。何か弱みか秘密でも知っておいた方がいいですわよ」

「えげつないな」

「士道さんがした事もなかなかだと思いますわ。男嫌いの女の子に自分のアレを見せつけるだなんて」

「あれは耶倶矢達に無理矢理……つーか見てたのか……」

「わたくし、士道さんの事なら何でも知っていますわよ。例えば中学時代の二つ名が“混沌を齎す者(カオス・ブリンガー)”だとか……」

「やめてぇ! お前その情報をどこで……!?」

「ふふふ、秘密ですわ」

 いたずらっぽく笑い、狂三は美九の部屋のドアを蹴り破って入る。人の部屋を捜索するのは気が引けるが狂三は遠慮なくタンスから下着を引っ張り出してはベッドに放り投げていた。士道もここは覚悟を決めて部屋を漁り出す。

「見て下さい士道さん、このブラ! わたくしの顔が入ってしまう大きさですわ!」

「お、おい! 真面目に捜せよ!」

 目のやり場に困るように視線をあちこちに泳がせた。

「恥ずかしがらなくても良いではありませんの? 士織さんは着け慣れているんですから」

「ぐっ……それも……見てたのか」

 もうこれ以上の黒歴史を知られたくなかったが狂三には綺麗に細かく知られてしまった。

「わたくしが知らない事を探す方が難しいですわよ。どうです士道さん、少し着けてみません?」

「やだよ! 俺はもう女装なんてしないからな!」

「減る物でもありませんし」

「セクハラ親父みたいな事言いやがってぇ……!」

「天央祭ではじっくりと見れませんでしたのでちゃんと見て見たいのですわ。可愛い可愛い士織さんの顔が恥辱に震える様を見たいですわぁ」

「士織ちゃんに変な事しないでよ! 俺はどんな可愛い子ちゃんにお願いされたって女装はしないからな!」

「良いではありませんか、良いではありませんか」

 ブラを持ったままにじり寄って来る狂三に逃げるように後退りしていると狂三が何かにつまづいて、士道を押し倒す形で上に乗っていた。

「いてて……大丈夫か狂三」

「ええ、大丈夫ですわ。あら? 士道さんお怪我をなさっていますわね」

 狂三に言われて士道は頬をさすると指に僅かに血が付着していた。どこかで擦りむいて頬に小さな傷が出来ていたのだ。

「平気だ。適当に唾つけときゃ治るさ」

「ふぅん……」

 ゆっくり、狂三が士道に顔を近付けて来ると舌を出して頬の傷をチロチロと舐めた。

「な、なな何を……!」

「だって唾を着けておけば治るのでしょう?」

 士道は恥ずかしくなって顔を背けて小声で礼を言った。起き上がろうと床に手をつくと、手の近くに何か転がっているのに気付いた。どうやらCDケースらしくパッケージには少し幼い頃の美九が映っていた。

「宵待月乃……?」

 パッケージでの名前が違う事でそれが芸名であるのは一瞬で理解出来た。

「美九さんの昔の事のようですわね……」

 狂三はそのCDを拾い上げるとハイチェストに飾られた美九と両親の写真を手に取る。

刻々帝(ザフキエル)一〇の弾(ユッド)】」

 CDと写真を頭に当ててから狂三は銃口を同時に頭に向けて引き金を引いた。

「狂三!」

「心配ありませんわ。【一〇の弾(ユッド)】の力は回顧、撃ち抜いた対象の記憶をわたくしに教えてくれますわ。それより士道さん、なかなか面白い情報を得ましたわ」

「面白い……情報?」

「ええ――」

「俺、グリムロック。待ちくたびれた」

 ずっと座っているのに飽きたグリムロックは窓の向こう側で不満を漏らしていた。

「もう、あの恐竜ったら……! 仕方ありませんわ、移動しながら話しましょう」

「わかった」

 さあ、グリムロックと狂三に士道は美九の占拠する天宮スクエアの会場に乗り込むのだ。完全な要塞として作り上げられたその根城に。

 

 

 

 

 天宮スクエアのホールで演奏をしていた美九は一度、深いため息を漏らした。洗脳効果は時間と共にその効力を弱め、何度か破軍歌姫(ガブリエル)の音色で縛り直さないといけない。演奏を終えてた美九は疲れたような顔で下を向き、パイプオルガンの姿を模した天使は光と共に消えていった。

『やぁ! お疲れだねぃ!』

「お姉様……これを……飲んで下さい……」

 メイド服を着た四糸乃は恥ずかしそうに俯きながら美九へスポーツドリンクを渡した。四糸乃もよしのんも今や美九の可愛いメイドと化していた。スポーツドリンクを受け取り、美九は至福の思いでキャップを外してペットボトルを傾けた。

「美味しいですよぉ、四糸乃ちゃん。ありがとうございますぅ」

 美九は四糸乃の頭を優しく撫でてあげ、四糸乃は照れくさそうにしていた。そんな所に美九を探しに耶倶矢と夕弦が顔を出した。彼女達もまたメイド服を着用しているのだ。

「姉上、こんな所におられたか。長い演奏で疲れたであろう、我の特性スポーツドリンクを飲むが良い!」

「心配。無理な天使の使い方は体に毒ですお姉様」

「ありがとう、耶倶矢ちゃんに夕弦ちゃん。あぁ……こんな可愛い子達に囲まれて私はなんて幸せなんでしょう!」

「姉上よ、夜の宴を用意したぞ」

「案内。ホテルまで連れて行きます」

 耶倶矢、夕弦、四糸乃、どれも美九好みの少女で全員が頭に絶世のを付けても問題ない美少女であり、その少女達を奉仕させているのはたまらなく気分が良かった。三人に手を引かれて、美九はホテルの最上階へ移ろうと歩き出した所でホールの入り口から洗脳済みの亜衣麻衣美衣のトリオが走り込んで来た。

「てぇへんでさぁ姉様ぁ!」

「ヤバいでござんす!」

「ヤバヤバでありんす!」

「どうしたんですか騒々しい、まさかあの憎き五河士道が見つかったとでもぉ?」

「そうです!」

「へぇ……」

 美九の瞳に冷酷さが蘇り口元を歪めて残酷そうに笑った。

「それで誰が見つけたんですかぁ? 女の子なら特別可愛がってあげます。男なら……まあ金平糖の一粒くらいあげますけどぉ」

「そ、それが……」

「ねぇ……」

「見つけた人が多すぎて……」

「……どういう事ですか?」

 美九はホールの管理室へ四糸乃等を連れて走り、無数の監視カメラに映された映像を見た。カメラは会場の中央、大広場に堂々と立つ士道、狂三、グリムロックを見ており、当然モニターにも三者の姿があった。

 

 

 

 

「く、狂三流石に大胆過ぎだろ」

 周辺を生徒に囲まれた状態で美九のいる目的地までまだまだ遠いときた。

「心配ありませんわ士道さん」

『よく、ここまで来れましたわねこのゴキブリナメクジ野郎』

「美九……」

『皆さーん! そこのクズをボコボコのズタボロにして私の所へ連れて来なさい!』

 美九が指令を出すと操られた人間達は一斉に士道に向かって襲いかかって来る。スターセイバーを抜こうと胸に手を当てた時、襲いかかって来た人間達は力が一気に抜けたように前のめりに倒れた。既に周りは薄暗い幕が張られ、抵抗力の無い人間は次々と倒れて行く。

「時喰みの城……」

「覚えていてくれたんですのね」

「士道、まだだ、別の、来る」

 グリムロックはロボットモードにトランスフォームして辺りを警戒した。そうだ、人間以外にも妨害を働く者がいた。グリムロックを取り囲むようにオートボットがビークルモードから変形した。

「オプティマス……」

「グリムロック、大人しく投降しろ。これ以上お姉様の手を煩わせるな」

「黙れ!」

「分からないなら仕方がないワーパス、破壊してしまえ!」

「オッケー!」

 タンクモードへ変形したワーパスを主砲の照準をグリムロックに定め砲撃した。飛来した砲弾を片手で受け止めたグリムロックはそれを握りつぶし、爆発させた。黒煙が辺りに撒き散らされる。トランスフォーマー同士が戦っている隙に狂三は士道を抱えて美九のいるホールを目指した。

「お前の普段の素行の悪さに嫌気がさしてたんだ! くたばっちまえグリムロック!」

 あくまで洗脳を受けているのでアイアンハイドの言葉は本音ではない筈だ。

「私の発明品を散々壊した怨みを晴らさせてもらうよ!」

「今日こそオレがスクラップにしてやらぁ!」

 皆、洗脳の影響で口が悪くなっている。

 各々、両腕を火器に変えてグリムロックを狙い撃つ。爆発が次々と発生するがグリムロックはそれらを全て受けきり、まずパーセプターを狙った。腹部に強烈なパンチが繰り出され、パーセプターの体は軽々と吹っ飛んだ。グリムロックの背にアイアンハイドがのしかかり、斧を腕から出した所で頭を掴まれて力任せに地面に叩き付けられた。

 アイアンハイドがやられた直後にワーパスが正面からストレートを打って来た。グリムロックは拳を受け止めるとそのまま握り締めた。

「ぐぅッ……!」

 痛みで膝を着くワーパスを腕一本で振り回し、パーセプターの上に放り投げた。

「グリムロック……」

「オプティマス、目、覚ませ、お前、俺のリーダー」

「ここの防衛が私達の使命だ。お前をお姉様に近付けさせん!」

 オプティマスがエナジーアックスを片手にパスブラスターを向けた。

「グルルルゥゥゥ……!」

 グリムロックは威嚇するように低く吼えた。オプティマスと対峙している間に他の三人が再起してグリムロックの前に立ちはだかった。

「どけッ!」

「断る!」

 

 

 

 

 グリムロックが囮となってオートボットを引き付けている隙に士道達はホールの観覧席にまで侵入が成功していた。ステージには美九に四糸乃達がいた。

「美九……!」

「はぁ……全く汚い声で私の名前や私の可愛い精霊達の事を呼ばないでくれますぅ? 無価値を超えて害悪です。歩く汚物さん」

「美九、何でお前はそんなに男を嫌うんだ」

「黙ってって言ってるでしょ! 破軍歌姫(ガブリエル)行進曲(マーチ)】!」

 美九の天使が顕現して背後に巨大なパイプオルガンが姿を見せた。

「さぁ、精霊さん達。もうあのゴキブリの出来損ないを殺しちゃって下さい!」

「おやおや、随分と倫理観の破綻したお方ですわね。考えられませんわ」

「……」

 冗談を言っている場合ではない。美九の音楽に合わせて四糸乃達への拘束力が増した今、三人は精霊の力をある程度行使出来る。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

颶風騎士(ラファエル)穿つ者(エル・レエム)”!」

「呼応。颶風騎士(ラファエル)縛める者(エル・ナハシュ)”」

 冷気と突風が会場内に吹き荒れると狂三は余裕の笑みを浮かべ刻々帝(ザフキエル)を呼び出した。狂三の足下から黒い影が円形に広がると狂三と全く同じ姿をした狂三達が何人も這い出してくる。

「士道さん、美九さんと話をさせてあげますわ。でも話が出来る時間は少ししかないと思って下さいまし」

「助かるよ狂三」

「姉上に手出しはさせんぞ下郎め!」

「警告。これ以上は容赦しません。消えて下さい」

 耶倶矢と夕弦それに四糸乃に狂三の分身体をけしかけ、狂三は士道を抱えた状態で氷の弾丸や風の矢を悉く回避しながら宙を駆け巡った。相手は精霊が四人、数的不利は見て分かる。しかし、その内三人は力を著しく制限された状態だからこそ、狂三はこうして戦っていられる。

『ちょこまかと何なんだよ、君達はぁ!』

 よしのんは冷気を口から吐き出し、氷柱を地面から突き出して分身体を串刺しにしていく。

「その程度の分身体では颶風の御子の足止めにもならぬわ!」

 三人の奮闘と妨害の所為で狂三はなかなか美九の所へ近付けない。苦戦を強いられて次の手を考えていた時だ。ホールの壁が爆発でもしたように砕け、瓦礫と一緒にオプティマスが投げ飛ばされて来た。

「――!? グリムロック!」

 士道は驚いた調子で声をあげた。

 グリムロックの腰にはワーパスとアイアンハイドがしがみついているが、ホールド出来ずに楽々と引きずられていた。グリムロックの右手にはパーセプターが掴まれて、乱暴な手から逃れようとじたばたしている。

「オプティマス、思い出せ、オートボット、士道を、守る!」

「はぁ、王都没斗高校の着ぐるみさん達は見かけ倒しですねぇ。って言うかあれも同級生かしら?」

 美九はまだオプティマス達を着ぐるみと勘違いしている。

「耶倶矢、夕弦、四糸乃! オレ達じゃあ止められねぇ! 手を貸してくれ!」

「くっくっく、だらしない奴よのう」

「了解。止めます」

「お姉様の敵は……許しません……!」

「四糸乃、どうした、俺、グリムロック、分からない、のか?」

 精霊達の雰囲気もいつもと違う。 オートボットも精霊も辺りの人間も様子がおかしい。グリムロックはようやく状況が把握出来て来た。本能的に皆が口を揃えて言う“お姉様”が一体誰なのかグリムロックは分かった。ステージの中央、最も安全圏にいるのが司令官だと大抵は決まっている。オプティマスは例外だ。

『グリムロック~悪いけどよしのん達は身も心もお姉様に捧げちゃったんだよねぃ』

「そ、そうです……だから……私は……グリムロックさんを……殺します……」

「違う……! 四糸乃、そんな事、言わない。四糸乃、誰かを、傷付けるの嫌い、優しい奴!」

 グリムロックの体内でエネルゴンの大量燃焼が始まった。ふつふつと怒りのエネルギーが蓋を破りつつ沸きあがっているのだ。

「誰だ! 四糸乃、こんなに、したのは! 殺してやる!」

 怒りが頂点に達した際に発動するグリムロックの真骨頂、ただの破壊と殺戮の化物と化して敵対者を粉々に蹂躙する。燃え盛る炎のように赤々と肉体は染まり、体から赤色の蒸気を放出する。

「不味いな……」

「どうなさいました士道さん?」

「グリムロックが暴れるぞ」

「へ?」

 狂三が首を傾げた矢先、パーセプター達を払いのけて両腕を前につけて躍動感溢れる動きで鋼鉄のティラノサウルスへとトランスフォームする。巨大な顎を開いて天井へ向けて咆哮を轟かせた。耳を押さえたくなる雄叫びは壁や屋根に亀裂を入れて四糸乃達の戦意を萎縮させるに十分な迫力だった。

 士道がグリムロックが暴れる姿を見たのは一回、四糸乃を封印する際に見たのが最後だ。あれはASTが絶滅の危機に瀕した壮絶な戦いだった。

 地球に来て最初に出来た友を汚し、純潔な心を踏みにじった驕敵を討ち滅ぼす純粋なる報復者。何千万年という膨大な時間積み重ねた戦闘経験と作り上げられた破壊に特化した肉体は今、たった一人の少女に突き付けられたのだ。

 口腔内に蓄えたエネルギーを胸一杯にまで溜め込み、グリムロックは美九に向けて吐き出した。ここでワーパスが決死のタックルを見舞い、狙いはかなりズレて空の彼方へと消えて行った。もし、命中していれば精霊の生命力でも命はなかったろう。

「邪魔だ!」

 グリムロックはワーパスを尻尾を振るい、ホールの外まで叩き飛ばした。

「味な手を……じゃなかった尻尾を使うじゃないか!」

 アイアンハイドがグリムロックの尻尾を掴んで止めようと踏ん張るのだが、意図も簡単に投げられてしまった。一歩一歩の踏みしめがグリムロックの怒りの大きさを露わにしているようだ。

「狂三早くグリムロックを止めないと!」

「残念ですが士道さん、わたくしには無理ですわ」

「どうしてだよ、時間を止めたりしてさぁ!」

「あれは一時的な物、止めたとしても直ぐに動けますわ。第一、正面戦闘では彼に勝てませんわ。裏をかくなら別ですけど」

「じゃあ下ろしてくれ! 俺が止めて来る!」

 士道は無理矢理、狂三の手を振り払って観覧席へ降り立った。グリムロックはゆっくりとステージの方へ向かい、美九は自然と後ずさりしていた。

「グリムロックやめろ!」

 士道が叫んだがその声は届いていない。

「ちぃ……!」

 士道は舌打ちをしてステージに向かって走った。

「何なんですかあなた……! ただの着ぐるみでしょ……!? 何で、誰かの為に怒れるんですかぁ! 自分が傷付けられた訳でもないクセにぃ!」

「俺、仲間、大切。それ分からない、お前、消えろ」

 グリムロックは口を開いて美九に食らいついた時、鋭い金属音が響き、グリムロックの攻撃は美九に当たる寸前で止まった。グリムロックの牙は本当に美九の頭上、数ミリで止まり美九の前には光輝く剣、スターセイバーを握る士道の背中が見えた。

「グリムロック、やめるんだ! 俺達は精霊を殺すのが目的じゃない! お前が怒るのは分かる! けど今じゃないんだ!」

 重たい攻撃を受け止めて士道の全身の骨が悲鳴を上げるが驚くべき速度で治療されて行く。グリムロックは士道の存在を確認すると力を緩めて引き下がった。美九への怒りはまだまだ治まらないが、士道を食らうわけにはいかないのでグリムロックの体は普段の色へと戻って行った。

 一時はどうなるかと思ったが、狂三は胸をなで下ろして美九と士道の足下に影を作り出し、その中へ引きずり込んだ。

 狂三の影の中では一時的とは言え、美九の能力は完全に封じ込められる。なんとか二人きりで話す機会が設けられ、士道は声を出した。

「美九、聞いてくれ」

「嫌です。何なんですかぁ? さっきの恐竜に女の子は! ここじゃあ力は使えないし、暗いし最悪です!」

「騙していた事は謝る。すまない。美九、俺はこれから十香をあの時、連れ去られた女の子を助けに行かなきゃいけない! だから……手を貸してくれ! 狂三やグリムロックがいる。でも相手の戦力は未知数なんだ。でもお前がいてくれたら変わるかも知れない! だから――」

「うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも……他人の為に怒るだの他人の為に命を懸けるだのみんな漫画の見過ぎなんじゃないんですかぁ!? どうせ本当に危なくなったら自分が一番大切なクセにぃ!」

「そんな事はない!」

「あるんですよ! あの恐竜だっていざ危なくなったら命乞いをしますよきっと! あなただって、あの女の子がどれだけ大事かは知りませんが、どうせ最後は自分ですよ!」

「そんな事はない!」

「はっ! じゃああの子の為に命を懸けられるんですか? 無理でしょう!?」

「懸けるさ、一つや二つくらいな! なあ教えてくれ美九、どうして人間を悪く言うんだ!」

「原始的で暴力的な種だからです! 誰にも裏があるんです!」

 心なしか、後になると美九の声は震えていた。ひとしきり叫んだ美九は肩で息をしていた。感情を剥き出しに叫んだのは久しぶりの事だった。

「少なくとも俺はお前を心から嫌ってない」

「……」

『失礼ですが士道さん、お時間ですわ』

 影の空間が解除されて士道と美九は妙な浮遊感に捕らわれると何もない真っ暗闇からステージへと帰って来た。ホールの惨状はさっきよりも酷く、屋根から壁が何もかも破壊されて野外ライブのようだ。

「士道さん、撤退ですわ」

「わかった、グリムロック行くぞ」

 狂三は士道を抱えると【一の弾(アレフ)】を自分とグリムロックに撃ち加速をつけて会場内から消え去った。

 グリムロックの咆哮に萎縮した四糸乃達は三人を追わずに影の中から帰って来た美九を案ずるようにして駆け寄った。

 オートボットは、グリムロックにコテンパンにされて今は動けずにいた。瓦礫の上で横たわるオプティマス、彼は仰向けになって空を睨んでいた。

 その目はどこか落ち着きのある物へと戻っていた。誰かに付き従う兵士ではなく、他者を導く司令官の目だ。

 

 

 

 美九からの追撃も無く、驚くほどすんなりと帰してくれて逆に不安だったが、運が良かった事にした。

 会場から随分と離れた倉庫の裏側でグリムロックはロボットモードで正座させられていた。その前で腰に手を当てて怒っていたのは狂三だ。

「あなた何を考えていますの!? 美九さんを殺そうとするなんて!」

「俺、グリムロック。反省してる」

「まあまあ、グリムロックも思いとどまってくれたみたいだし」

「士道さんは彼に甘いですわ。ちゃんと躾ませんとダメですわよ」

「何かお母さんみたいだな」

「わたくしは彼の為に言ってるんですわ!」

 どうもグリムロックと一緒だと狂三のペースが崩れてしまう。狂三は額に手を当ててから適当に転がっていた木材に座った。 狂三とグリムロックはかなり相性が悪いと判断した士道は、狂三対策にグリムロックを用意しようと考えていた。

「美九さんは別に十香さんを助けるのを無理してまで妨害するつもりは無さそうでしたし、大丈夫でしょう」

 狂三は木材から立ち上がってからくるりと回り、スカートの裾を軽くつまみ上げて礼をした。

「それと士道さん、十香さんの居場所が分かりましたわ」

「本当か!? 十香は今どこにいるんだ」

「DEMインダストリー日本支社ですわ」

 行き先は決まった。後は乗り込んで十香を救い出すだけだ。士道とグリムロックは同時に立ち上がり、今いる場所からでも見える巨大なビルを見上げた。十香が幽閉されたビルを。

 

 

 

 

 スタースクリームに敗れたジャズは十香と同じ階にてトランスフォーマー用の拘束具を巻き付けられて、一切の身動きが取れずにいた。ジャズのいる部屋からは十香の様子は分からないが、あまり手厚い歓迎はされていないのはわかった。ジャズの前には腹立たしい顔で勝ち誇ったように胸を張るスタースクリームが立っていた。

「なあスタースクリーム、その腹立つ顔を止めてくれないかい? 目覚め一発に見たら死にたくなるんでね」

「黙れこのチビスケめ! どうせお前には何も出来ねえンだ!」

 オプティマスから聞いた。スタースクリーム以外にショックウェーブにインセクティコンがいると。スタースクリームに大した警戒はしていないが、ショックウェーブは別だ。潜伏期間は分からないがこれだけエネルゴンが豊富な星で何もせずに待っているとは到底思えない。

「スタースクリーム、君はあの時ネメシスに乗っていなかったね。もしかしてディセプティコンを解雇されたのかい?」

「俺がディセプティコンを見限ったんだ! メガトロンに復讐する為にな! みんなもみんなだ俺を無視しやがる!」

「オートボットの時から変わらないなスタースクリーム、少しは自分のバカさ加減に気付いたらどうだ?」

「一言一言、腹の立つ野郎だなテメェは……。よぉし俺様が口を利けなくしてやる!」

 スタースクリームがナルビームを出して一発、見舞ってやろうとした時だ。二人のいる部屋に突如、レーザーファイヤーが飛来して部屋の半分を削り取ってどこか空へと消えて行った。爆発に巻き込まれスタースクリームは壁に頭からぶつかり、痛そうにさすった。

「一体何だ今のは!?」

 苛立った様子で観測員に聞く。

『わかりません、膨大なエネルギー体が天央祭会場から飛んで来まして――』

「天央祭会場だぁ? そんな所から何で砲撃されんだよ!」

『スタースクリーム、聞こえますか?』

「何だエレン」

『さっき凄い爆発音がしたんですが、問題でも発生しましたか?』

「問題なしだ。部屋が半分吹っ飛んだけどな」

『大問題ですよ! 原因は何ですか!?』

「こっちが聞きてぇよ!」

 グリムロックの流れ弾がこんな影響が出ているなど知るよしもない。スタースクリームは天央祭会場にもう一度出向いてみようと思っていると、何者かがスタースクリームの肩をツンツンと突いて来た。

「何だよこっちは忙し――」

 振り返った瞬間、ジャズの正拳がヒットした。スタースクリームは床を二、三度転がってからようやく止まった。拘束椅子を見れば、さっきの攻撃で拘束が緩んでいるのがわかった。

「ジャズ、テメェよくも俺様の顔を!」

「ハハッ、ごめんよ」

 出来るなら十香を救い出したいが、今のままでは不可能だ。ジャズは壁をもぎ取られて吹き抜けた空間にダイブする。頭から外へと飛び出してジャズは真っ逆様に落ちて行く。その背後からスタースクリームが追い、バルカン砲を撃ってジャズを撃ち落とそうとしていた。地面にはどんどん近付いて来る。当然、ジャズは飛行能力など持ち合わせていないので普通なら落下あるのみだ。

 だが途端に体を反転させて視線をスタースクリームに合わせると左腕からグラップルビームを放ち、スタースクリームの体へと巻きつけたのだ。

「うわっ! 何しやがる離せぇ!」

「一緒に落下したくなかったら頑張って飛ぶんだなスタースクリーム」

「ちくしょう! 離しやがれぇ!」

 焦りでデタラメな射撃をして来るがジャズは空中で体を上手く動かしながら弾丸を避ける。このままでは本当に落ちてしまうと不安を感じたスタースクリームは機首を上げて上昇した。すんでのところで二人は地面に激突せずに空中へと飛び上がれた。ある程度の高度を確保して、ジャズはスタースクリームに弾を浴びせた。

「な! やめろコラ!」

「もうお前には用はないな!」

 翼とスラスターに穴を開けられ、スタースクリームは落ちて行く。グラップルビームを解いて、ジャズは適当なマンションの屋上へ着地してから綺麗に転がり落ち、道路へ出て来た。

 空を見上げれば浮力を失ってゆっくりと墜落に向かうスタースクリームが見えた。

「ハハッ、これで死なないにしても良い薬になったろ」

 ビークルモードに変形し、ジャズは真っ先に士道を探し始めた。無人の町を遠慮なく全速力で駆け抜ける。激しいエンジン音が心地良く、交通法を気にせずに走れてスカッとする気持ちだ。天央祭会場からレーザーファイヤーが飛んで来たという事はグリムロックがそこにいる事を表す。まだいるかは分からないが、行ってみる価値はあった。

 景気良くアクセルを全開にしていると一台のトラックが停車して道を塞いでいる。暴徒と化した生徒へのバリケードとはとても思えない。ジャズはブレーキをかけて止まると変形して銃を構えた。すると、やはりトラックは変形して真の姿を見せる。

「オプティマス……」

 美九に操られているオプティマスや他のメンバー。ジャズを捕らえに送られて来たのだと思い身構えた。オプティマスは手を差し出した。銃口や切っ先でもなく手をだ。

「ジャズ、士道はどうした? みんなおかしくなっているんだ」

「オプティマス……? 洗脳は解けたんですか?」

「洗脳? 何のことかさっぱりだ」

「あなたは操られていたんですよ。覚えていないんですか?」

 オプティマスは首を横に振った。

「どうして洗脳が解けたかわかりませんが、とにかく良かった。オプティマス、十香がDEM社に捕らわれています。助けに行きましょう!」

「もちろんだジャズ。しかし……頭や体がやけに痛いな……」

「まずは士道とグリムロックと合流しましょう。彼等も十香を助けに行く筈です!」

「だろうな、私達も向かうぞ」

  オプティマスとジャズが同時に変形したかと思うと、町中に空間震警報が鳴り響いた。

「警報? 精霊が来るのか?」

「いいえ、霊反応は何も出てきませんよ。きっと誤報か……人払いでしょう」

「人払い?」

 人払いをして目撃者を無くす理由は簡単だCR-ユニットや精霊という秘匿情報を隠す為、となると今から何が始まるのかオプティマスは予想が出来た。

 遠方から爆発や銃声が聞こえ、オプティマスとジャズは小高いアパートへ上がるとDEM社から少し離れた所で壮絶な戦闘が開始している。

「ドンパチやっているな」

 オプティマスはカメラを拡大して戦況を確認する。

「見てみろジャズ、DEMの魔術師(ウィザード)とたくさんの時崎狂三が戦っているぞ」

「本当ですか」

 ジャズも戦場を拡大して見てみると確かに狂三と魔術師(ウィザード)が戦っているのが窺えた。

「狂三だけじゃないな。グリムロックもいるぞ」

「グリムロックと狂三が共闘? どういう風の吹き回しですかね?」

「士道もあそこにいるだろうな」

「間違いないでしょう」

 二人はトランスフォームすると戦場へと急行した。

 

 

 

 

 夕飯をまだ食べていなかった美九はホテルに用意された夜景が綺麗に見える席で料理を食べていた。今、頭の中にあるのは士道とグリムロックの事だけだ。偉そうに人間は悪い奴ばかりではないと言い放った士道、他人の為に怒れるという不可解な恐竜、どちらも今の美九の理解の範囲外だ。

 混乱が苛立ちに変わり、美九は唸るようにして士道の名前を口ずさんだ。

「五河士道……」

「ひっ……」

 憎悪に満たされた声と迫力に四糸乃は短く悲鳴を上げて僅かに下がった。

「皆さん……“正直に”答えて下さい。あの五河士道とあの恐竜、どんな奴なんですか?」

 美九の声に自白剤にも似た効果が付与されてメイド服を着た四糸乃達は話し出した。

「士道という男か? まあ我には劣る存在よ。だが、あやつは誰よりも人を優先する男だろう。グリムロックは付き合いが短いから良くわからん」

「説明。士道は自分の命に関してやや鈍感です。それだけ他人の事を想っていると思われます。グリムロックは付き合いが短いのでわかりません」

「士道さんは……優しくて……お兄さんのよう……です。グリムロックさんは……いつも私を……気遣ってくれて……絶対……助けてくれる……大切な友達です」

 正直に言うように命令したので三人の言葉には嘘偽りが無いのはわかった。美九は続いて次の質問をした。

「じゃああの男は命を懸けてまで十香って子を助けると思いますか?」

 美九の問いかけに三人は即答した。

「勿論であるぞ」

「確信。士道なら間違いなくやります」

「士道さんにとって……十香さんは特別だから……助けると思います」

「オレも士道の奴ァ十香を助けると思うぜ、いや絶対に助けるな!」

 ワーパスがホテルをよじ登って窓ガラスを割り、部屋に顔を突っ込んで来て答えた。その隣にはアイアンハイドとぱーせぷたーもいる。

「あのボウズの根気は一流だ。あの子を見ているとかつてのオプティマスを思い出す」

「私の計算では士道が十香を助ける確率はだね、一〇〇パーセントと断言出来るだろうし、助ける相手が十香以外でも私の見立てではその心理に変化はないだろうね。スターセイバーを持っているという強みはあるにしても無いにしても彼の気持ちは絶対にブレる事は無いに等しい。第一に――」

「話なげぇよインテリ野郎」

 美九は両手に持ったナイフとフォークを置いた。考えがまとまらずにイライラだけが蓄積されていくのだ。忌々しい男、口先だけに違いないと決めつけている筈なのに美九の胸にチクリと刺さって取れない。このもやもやを晴らす為だと、美九は心の中で割り切って力強い歩調で部屋を後にした。

 

 

 

 ASTの医療棟の一室で折紙は目を覚ました。スタースクリームに撃たれた事が幸いして脳が一命を取り留めたが、折紙はそんな事など全く知らない。備え付けられたベッドの隣には医療機械と来客用の椅子が置いており、椅子には美紀恵が座っていた。

「お、折紙さぁぁん!」

 目を覚ましたと知るといきなり折紙に抱き付いて来る美紀恵を避ける元気はなかった。

「ミケ……ここは?」

「医療棟です」

「ずいぶんと静かだけど……」

「はい、どうやら精霊が現れたらしくてですねぇみんな出払っているんです」

「……何故あなたはここにいるの?」

「隊長さんが見ていてあげろと仰ったのです」

 自分の体を見回して外傷が無い事を確認した。頭痛も感じないし体に気だるさも吐き気もない。自分の状態を見直すと脳裏に士道の顔が閃いた。

「士道……! 彼を助けなきゃ……」

 折紙は士道の無事を確認する為にベッドから降りようと体を動かした瞬間、激しい頭痛が頭を蝕み、全身を縛るような筋肉痛が走り回った。

「っあ!」

「安静にしてて下さい折紙さん、ホワイト・リコリスを使いすぎて折紙さんの体や脳は疲弊していますです! 無理はダメです!」

「どいて……! 士道が……士道の無事を確かめる。士道を守るのが私の……役目!」

「お願いです折紙さん、言うことを聞いて下さい。それに折紙さんのIDは凍結されています」

「なら一般兵装ででも駆けつける」

「死ぬつもりですか!?」

「士道は――」

 折紙は美紀恵の肩を掴んで感情を剥き出しにした表情で叫んだ。

「士道は私の最後の寄りどころ! もう大切な人は失いたくない!」

 頭や体は痛いし常人なら歩く事もままならない。しかし折紙の士道を想う気持ちは激痛を凌駕して全身を貫かれる痛みを麻痺させていた。美紀恵にはこの折紙を止められるだけの言葉は持っていなかった。

「折紙さん、CR-ユニット……一つ心当たりがあります。付いて来て下さい」

 美紀恵に出来る仕事は折紙を止めるのではなく、折紙に悔いを残さないようにサポートするだけであった。

 

 

 

 

 無数の狂三とグリムロックが囮となって戦っている隙に警備が手薄になったDEMを攻めるのが今回の作戦だ。狂三の読み通り、警備はかなり手薄となり狂三も潜入がしやすくなった。士道の前を歩き、DEM社の裏口に到達した所で不意に空間に一本の光が横薙に振るわれ、狂三の首を狙って来た。影の中に逃げ込み、何者かの攻撃をかわした。

「兄様!」

 久しぶりの実妹の声がこだまして、真那はフラクシナスで借りたCR-ユニットを纏い、士道の前に降り立つとギュッと体に抱き付いて来た。

「真那、今までどこに行ってたんだよ!」

「こまけぇこたぁ良いんです! それよりナイトメアと一緒だなんて危ねーです。粉々にしましょう!」

「あらあら、相変わらず怖いですわね真那さん」

 さっきの真那の不意打ちをかわした狂三は壁に影の渦を作ってそこから顔を出した。

「簡単に姿を見せて良いんですか? 直ぐに首を跳ねますよ?」

「あの時はわたくしの気まぐれで助かった癖に強気ですわね」

 今にも戦いだしそうな雰囲気に危機感を覚えた士道はすぐに仲裁に入った。

「二人とも今は戦いは無しだ。助け合った方が効率的だろ?」

「ふふっ、助け合いは性に合いませんの。士道さん、これからは別行動としましょう。真那さんがいれば平気でしょう」

 狂三はそれだけ言い残すと影の中へと消えて行った。壁にあった影の渦も狂三がいなくなると次第に消滅してしまった。

「ふんっ、やな女でいやがります!」

「まあまあ、今回は狂三の助けがあったから俺もこうしていられるんだ」

 やはり狂三と真那は水と油だ。

「んで真那、今までどこに行ってたんだ? 怪我が治ったんなら治ったで連絡の一本くらいよこしてくれないと困るじゃないか」

「はいです。これからは気をつけるつもりでやがります」

 立ち止まっていてもしょうがないので話しながら歩き出し、士道が裏口のドアに触れかけると真那は士道の手を取り、首根っこを掴んで勢い良く裏口から離れた。その直後、猛烈な爆風が壁やドアをガラクタに変えて何者かが粉塵の中からゆっくり歩いて来るのが分かる。

「何だあの爆発」

「気をつけて下さい兄様……!」

 真那はレーザーブレードを腰から抜き、姿の見えぬ敵を警戒した。やがて煙が晴れるとそこにいた人物と兵器に真那は目を丸くした。

 紅く美しい装甲、色さえ違えど基本的なデザインは全く同じだ。ホワイト・リコリスの姉妹機スカーレット・リコリスがそこにあった。そしてそれを操るのは先ほど真那に撃退されたジェシカ・ベイリーその人だった。

 ジェシカの顔には正気は無くなり、目を見開いて気でも狂ったかのように絶えず笑っていた。

「職場の人?」

「ええ、自尊心だけは一丁前なオバサンでやがります」

「マナァァ! あたしは遂にこれと一つになったァ! 殺してやるぜマナァ!」

「兄様は先を急いで! コイツは私が血祭りにあげます!」

 ジェシカを真那に任せると士道は散らばった瓦礫を乗り越え、崩れた階段から這い上がって二階へと上って行った。ジェシカに邪魔されないか心配だったが、このイカレた女の標的は真那一人で他には一切目もくれない。

「真那、真那、真那! お前の排気ガスを追ってどこまでも追い詰めてやるぅぅ!」

「しつけーですね!」

 スラスターを前へ噴かし、高速で後退しつつ真那は腰のホルスターに格納されたアサルトライフルをジェシカにばら撒く。回避行動を殆どしないジェシカへ弾は命中するのだが、なんせ威力が低すぎるのでダメージにはならない。

「逃がしゃしないぜマナァァ! ひよっこ野郎がぁぁ!」

 スカーレット・リコリスの巨大な二本のレーザーブレードを振り回し、真那はブレードで一振り一振りを正確に捌いて防御している。気は狂っていても操作技術は落ちていない。スカーレット・リコリスの性能も相まって極めて強敵となっていた。

 後退、射撃、斬り合い、この三つの動作を使って真那は互角の戦いに持ち込んでいた。それでも、時間を使いすぎるとジェシカの脳が危ないのだ。

「ジェシカ、今すぐスカーレット・リコリスを止めやがれです! それは本来あんた使える――」

「うるさい! いつもいつも、私の前に出ては手柄を立てやがって! もう我慢でけん!」

 スカーレット・リコリスの多数のロックオンが真那一人に狙いを付けると背面に搭載されたミサイルポットが開き、垂直に打ち上げられてから真那の方向へ豪雨のごとく降り注いだ。スラスターを真横に噴かし、急加速でかわし、アサルトライフルでミサイルを撃ち落とし、それ以上接近して来たミサイルはブレードで切り裂いてと絶妙な動きと胴体視力、反射神経がそれを可能にした。莫大なミサイル攻撃をした後の隙を狙って真那は空中を一直線に駆け抜けてジェシカを狙った。

 殺さない程度に加減したレーザーブレードがジェシカの腹を突き刺した。かに思えたのだが――。

「嘘……」

 強力な随意領域(テリトリー)を前面に集中して張る事で相手の威力を極限にまで殺したのだ。

「甘いわよマナ! 消えろぉぉ!」

 真那の周辺を重たく、どろっとした空間に包み込まれ、動きを著しく阻害されてしまった。その間にジェシカは魔力砲を充填して砲撃を開始したのだ。

 レーザーブレードに膨大なエネルギーをつぎ込み、刀身を巨大化させると周辺を包み込む空間を斬り払い、魔力砲を正面から受け止めてから空の彼方へと弾き飛ばした。

「忌々しい女、マナ! お前をバラバラにしてやる!」

「口の減らない女ですね、あなたは――うっ!?」

 突然、真那は背後から何者かに撃たれた。背中には前方以上の注意を払っていたのにもかかわらず真那の注意をかいくぐって奇襲を仕掛けて来たのだ。

「やれやれ、かつての仲間に随分と苦戦しているようですねジェシカ」

 真那に対して奇襲など出来るのはそう、エレン・メイザースしかいなかった。白銀の装甲、最新鋭のCR-ユニット“ペンドラゴン”を身に付けてエレンは現れた。普段はくくっている髪を今回は下ろしている。

 エレンは自信満々にレーザーブレードを振りかざした。今回はエレンの疫病神のスタースクリームがいないので自分のペースでやって行ける。

「エレン……!」

「裏切り者が今更ノコノコこと何の用ですか?」

「言う義理はねーです!」

「喋ってないで戦えマナァァァァ!」

 再びあのミサイル攻撃が降り注ぎ、真那はなんとかして今回もやり過ごした。スカーレット・リコリスを持つジェシカとエレンの二人を相手に戦闘を続ける事は、死を意味していた。

「あなたは生きていたらなにかと邪魔になります。ここで排除します!」

 早急に決着を着けようとブレードを構えたエレンの頭上から弾丸が撃ち込まれた。鈍足に等しい弾を華麗に避けたエレンは上を見上げると折紙が急降下しながらアサルトライフルを撃っていたのだ。

「鳶一一曹!?」

「真那、士道は?」

「ビルの中でいやがります」

「わかった」

 貧弱な装備でなんとか固めて来た折紙はビルへ突入を試みたのだがエレンがそれをさせなかった。

「行かせませんよ鳶一折紙」

「どいて」

「嫌です」

 折紙はブレードとサブマシンガンを手に最強の魔術師(ウィザード)と対峙した。折紙の視界からエレンが忽然と消え失せ、何が起こったのか全く理解出来ずにいると折紙は髪を掴まれ、獰猛な力でビルの壁に叩きつけられた。

「速すぎて見えませんでしたか? あまり速く動いたつもりはなかったのですが」

 エレンの動き、折紙には何も見えなかった。気がつけば壁に叩き込まれるという状態である。装備も実力も違う。歴然たる力の差でこれ以上の戦闘の続行は間違いなく死に繋がる。

 折紙はビルから出ようと腰を上げた途端、エレンの腕が折紙の首を掴んでビルから引っ張り出して宙へ放り投げた。朦朧とする意識の中で折紙はエレンからの攻撃に必死で抗った。

 火器という火器は構えた先からエレンに打ち砕かれ、ブレードさえも叩き折られ、折紙はたちまち武器を全て失ってしまった。

 腹に膝蹴りが入り、背中からパンチが打たれ、折紙は力を無くして腕をだらんと垂れ下がっていた。エレンは折紙の首を掴むと勝ち誇ったように剣を振り上げる。

「有能とは聞いていました。しかしあなたはアイクの野望の邪魔になるかもしれない。ここで死んでもらいます」

 ドクンドクンと心臓の音が折紙にはやけに大きく聞こえていた。死期が近いのかもしれない。武器は一つもない、抗う力は何も残っていない。

 いや、一つあった。最後の賭けだ。

 エレンが何か他にも述べていたが、折紙の耳には入って来ていない。最後の希望にすがるように力を振り絞って勝ちを確信したエレンを蹴り飛ばして折紙は距離を取った。

「まだ力が残っていたとは驚きですが、もう終わりです」

 折紙はホルスターからある武器を出した。残弾一発、使用回数一回、有効射程一〇メートル、殺傷力は無し。

 折紙がホルスターから飛び出した物を握りしめ、ゴム紐を目一杯引っ張った。ナルパチンコ、これが折紙に残された最後の武装だ。子供だましの武装にエレンは思わず笑ってしまった。

「実に面白いギャグですね鳶一折紙、そんなパチンコで世界最強が倒せるとお思いです――」

 相手のセリフなど無視して折紙はナルパチンコをエレンに撃ち込むとペンドラゴンに電流が走り、徐々に動きが鈍くなって来るのだ。

「何ですって!?」

 麻痺弾はエレンの動きを大きく阻害して、もはや戦闘どころではなくなった。

「おのれ……鳶一折紙! ふざけた武器を……覚えていなさい! この借りは返しますよ!」

 捨て台詞を吐き、エレンはふらふらと拙い飛行で撤退して行った。折紙はゆっくりと下降してビルに出来た穴に止まった。後は真那がジェシカを片付けるだけだ。

 

「マナァァ! アッハッハッハ! 強いでしょあたしは!」

 スカーレット・リコリスを動かしてからだいぶ時間が経過している。ジェシカの目や鼻、耳からも血が流れて、人としての理性の殆どが無くなりつつあった。

 真那もこれ以上は逃げるのではなく、早期に決着をつけてジェシカに引導を渡す必要があった。防戦一方だった真那はジェシカに向き合い、真っ直ぐに突撃して来た。

「バカめぇ死ねぇ!」

 ありったけのミサイルとビームが真那に襲いかかり、冷静にそれぞれを対処して行く。近付けば例の随意領域(テリトリー)で拘束される。真那はもう一本、ブレードを引き抜いてそれをジェシカに投げつけた。

 ジェシカはそれにつられて前面への防御を偏らせ、投げられたブレードを防ぐ。真那はジェシカの真横に回り込み、バックパックを切り落とし、左腕を両断、そして遂にがら空きのジェシカに一太刀浴びせたのだ。

 スカーレット・リコリスは損傷が酷く、屑鉄となった。爆発に巻き込まれない為にも真那はジェシカを安全な所へ運び出したのだが時既に遅し、ジェシカの髪は色褪せて、顔はしわぶいて老婆のような姿で朽ちていた。

「ジェシカ……忠誠心だけは立派でした」

 

 

 

 単身、DEM社へと乗り込んだ士道は警備部隊からの手痛い歓迎を受けながらも上の階へと進んでいた。スターセイバーを振るいながら警備部隊を潰して行くが、スターセイバーは人知や精霊の域すら超えた力だ。プライマスの加護があるとしてもその負担は計り知れない。

「いたぞ! 侵入者だ撃て!」

 警備部隊の男が狭い室内で銃を撃ち、士道の足や肩に弾丸が突き刺さる。

「邪魔をするなぁ!」

 光り輝く刀身にエネルギーを溢れさせながら士道は半月状の光波を飛ばし、目の前の警備隊を全滅させた。肩で息をして撃たれた個所はイフリートの炎で再生し、体から弾丸を押し戻した。

「くそっ……」

 ――士道くん、これ以上の無理は危険です。

「うるさい! 十香を助ける……それなら限界くらい超えないとダメなんだ!」

 ――このままでは命に関わります。

「十香の命の方が大事だ!」

 ――やはりあなたはプライムに相応しい。迷いなく、本心でそれが口に出来るのだから。

 士道はスターセイバーを引きずりながら更に上の階段を目指そうとすると、窓ガラスが割れて一人の少女が入って来た。

「本当に臭いセリフが好きですねぇ。それにあのキモい独り言何ですか? 痛々しくて見てられませんね」

 相変わらずの罵詈雑言、士道は声だけで美九だとわかった。

「美九……」

「名前で呼ばないでくれますぅ? あなたが名前を呼ぶ度に拭いようのない汚れが蓄積されるんですけど」

「はぁ……どうしたんだこんなところに来て……」

「無様なあなたが無様に逃げ帰る様を身に来たんですよぅ」

「悪いが……俺は逃げるつもりはない」

 ガリガリとスターセイバーを引っ張って士道は階段を上りだした。

「何でそんなに頑張るんですかぁ? もう正義のヒーローに憧れる歳でもないでしょう?」

「誓ったんだ……助けるってな……」

 美九は呆れたように首を横に振った。美九は士道の後ろを傍観するように歩いているとある事を閃いた。

「そうだ、あなた。今から十香さんを諦めるって言って下さいよ。でしたら私が好きな女の子をいくらでも――」

「黙れ……!」

「何です?」

「もう一度言う、黙れ! 十香に代わりはいない! どれだけ女や金を積まれても十香の代わりにはならない!」

「綺麗事言わないで下さい! どうせ男なんて別の子が出来たらすぐに乗り換えるんですよ!」

「美九! 何でお前は人間を嫌うんだ!」

「人間は醜い種族だって言ったでしょうが!」

「お前も人間だろうが!」

「――!?」

「人間のお前に……黒髪の男が力を与えた……違うか!?」

「あ、あなた……どうしてそれを……」

「知り合いに情報通がいてな。もう話してくれても良いだろう! 人間のお前が人間を嫌う理由をな!」

  美九はギリギリと噛み締めてからゆっくりと震えた声で話しだした。

 誘宵美九という存在についてだ。幼少期から歌以外の取り柄は無く、歌を褒められる度に美九は歌を皆に届ける思いが強くなった。

 そして――。

 

 全てを語り尽くした美九は目頭が熱くなり鼻先は真っ赤になっていた。辛く苦しい過去を勇気を出して告白した美九は異様に息を切らしていた。

 士道も全てを聞いた。

「私はね醜い男共の所為で声を無くしたんですよ! 私の存在価値を奪われたんですよ!」

「酷い手のひら返しだ。手首がねじ切れる程にな。お前の境遇は気の毒さ、でも……スキャンダルに踊らされずに待っていたファンもいた筈だ」

「わかった口をきかないで下さい!」

「いたぞ! 侵入者は二人だ!」

 別の警備隊が士道と美九を捕らえにまた現れた。

「この声があれば私は最高のアイドルなんです! 声のない私なん――てッ!」

 音圧で現れた警備隊を瞬時に吹き飛ばす。

「この力の無い私を一体誰が見てくれるんですか!?」

「少なくとも俺は見ている! 一曲だけどよお前の歌は聞いたよ。ひたむきで実直でバカがつく程に真剣で楽しそうに歌うお前は最高だ!」

「い、いい加減な事を言わないで下さいよ! 何ですかぁ? もし私が十香さんのような目に合えば助けてくれるんですか!? その場その場で綺麗事言わないで下さい!」

 スッと士道は手を差し出した。

「美九、俺の手を取れ!」

「――!?」

「俺はお前を見捨てない! 俺が俺である限りな!」

「う、嘘だ嘘です! そんな事ありません!」

「何なんだよお前はよー!」

 言い合い、警備隊を退けながら歩いていると重厚なゲートが姿を見せた。今まで見てきた部屋のドアとは明らかに雰囲気が違う。前方のゲートに目をやり、士道はスターセイバーを振りかざして躊躇いもなくゲートを斬り破った。

「乱暴ですね……」

 美九の言葉を無視して中へと突入すると室内の最奥部には椅子に拘束された十香ともう一人、アイザック・ウェストコットがいた。

「アイザック……ウェストコット?」

 名前や顔は良く見る。だが、士道はそれ以外でもアイザックの顔をどこかで見た気がしていた。

「あれぇ? あの陰険男どこかで見たような……」

 美九もアイザックの顔にどこか覚えがあるようだ」

「ようこそ、若い騎士くん。プリンセスはここだ。助けるなら私を殺してみるかい?」

「必要ならな!」

 士道はスターセイバーを構えるとアイザックは大げさに驚くような素振りで首をすくめた。

「やめようじゃないか、私はエレンのように強くはないんだ」

 アイザックはポケットに入っていたボタンを押すと十香の拘束を解いた。

「シドー!」

 十香が会いたかった士道に向かって駆け出すと士道と十香の間に分厚い強化アクリル板が出現した。二人の前に厄介な壁が出来てしまう。

「おい、あんた! 今すぐこのアクリル板を外せ! さもないとぶっ壊すぞ!」

「ぶっ壊す……か。どうぞやりたまえ、出来るならね」

「やってやるさ!」

 士道はスターセイバーをいつも以上に輝かせてアクリル板を叩き破ろうとすると――。

「シドー、危ない!」

 十香が叫んだが、士道が反応する前に背後からエレンが現れ、士道の腹を貫いた。レーザーブレードを引き抜くと取り留めなく血が流れ出し、士道は呻きながらゆっくりと倒れ、アクリル板には士道の血がべったりと付着した。

「さあさあプリンセス、ボーイフレンドを助けたいのだろう? 力を出したまえ、なんならその先の禁じ手さえも掴み取れ」

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 地面を踏みつけ、十香は鏖殺公を呼び出そうとするのだが、足音だけが虚しく虚空に響く。

鏖殺公(サンダルフォン)! 鏖殺公(サンダルフォン)! 頼む、応えてくれぇ!」

「アイク、やはり殺しましょうか?」

「ああ、そうだね」

 十香はアクリル板を力任せに叩き、必死に訴えた。

「頼むやめてくれ! シドーだけはシドーだけは殺さないでくれ! 何でもするからシドーだけは!」

 十香の頼みなどエレンの耳には入って来ない。切っ先を心臓に定めて、まさにブレードを突き下ろそうとした。

 十香の動悸が激しくなり、心がどす黒く汚れて行くような気持ちが十香を支配して行く。憎しみと負の感情だけが高まり、十香の体から紫色のオーラが溢れ出すとアイザックは口を大きく歪めて笑い出す。

「ハッハッハ! 良いぞ! 反転するんだプリンセスよ!」

 アイザックが喜びに悶えたその矢先、突如としてビル全館が奇妙な停電に陥った。

 それだけではない。十香の霊力が極めて弱まっていく、そしてエレンの“ペンドラゴン”がどういう訳か強制的に解除されたのだ。

「何だと言うんだ?」

 アイザックは眉をひそめていると、部屋にあるモニターに映像が映された。

 

『ようこそ、私の実験室へ。これからこの町は私の支配下になるのだ』

 単眼のトランスフォーマー、ショックウェーブを見てその場にいた全員がトランスフォーマーだとわかった。だがみんな初めて見るタイプであった。

「エレン、何が起きたんだ?」

「わかりません。あのトランスフォーマーが何か仕出かす可能性があります」

 そう言っていると急に何か地震のような揺れがビルを、いや天宮市を襲った。

 アイザックが強化ガラスの窓から外を見ると、そこには山の中から巨大な金属の柱が顔を出している。

 天宮市は山に囲まれた町、その山の山頂から一キロ間隔で金属の柱が続々と出現し、地面や山の中腹から無数のインセクティコンが這い出していた。

 

 ショックウェーブはラボの中でインセクティコン達に命令を下す。

「インセクティコンよ食い尽くせ、この町全てを!」

 


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