デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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21話 破軍歌姫(イカレサウンド)

 日下部燎子は激怒した。

 それはもうかつてない程にだ。この力を利用すればジェシカを血祭りに上げれるくらいだ。しかし、実力で勝ろうとも組織にいる以上は権力に勝つのは難しい。燎子は渡された資料を机に叩き付け、机を真っ二つに叩き折った。

「あんた等正気?」

 会議室は騒然となり、燎子の部下の隊員があたふたしている。ジェシカは驚く素振りも見せずに淡々とした口調で言った。

「正気よ」

 床に散らばった資料を拾い集め、燎子は椅子に座り直した。ジェシカから配布された資料には“プリンセス”の捕縛計画が書かれてある。夜刀神十香という生徒が精霊の可能性があるとしたら、確かに調査も必要だし捕縛する事に疑問は無い。だが、問題はその後に書かれている内容だ。

 捕縛対象に五河士道も入っている事だ。燎子は士道が折紙の彼氏であるという事を知っていたし、折紙の見舞いの帰りにすれ違いで顔を一度見ている。紛れもない一般人が捕縛対象に入っているのが、燎子には理解出来なかった。

「プリンセスの捕縛はまだしもどうして一般人が入っているのか説明してくれるかしら?」

「私達にハ使命があるノ。それをあなた達に言う必要はないワ」

「使命ですって?」

「首を突っ込まない方が身のためヨ」

「じゃあもう一つ、作戦領域が天央祭会場ってどういう事? 顕現装置(リアライザ)は秘匿情報よ。それを公衆の面前でお披露目なんてどうかしてるわ」

 加えて、作戦開始日はなんと天央祭の一日目なのだ。そこで精霊とASTが交戦すれば民間人に被害が行くのは確定だ。そもそもASTは影の存在、一般人に見られてはいけないのだ。

「あなた達は詳しい事を知らなくても良いノ。これは私達だけの任務だから」

「そんな言い分が許されるとでも?」

「許されるのヨ。日下部一尉、この事は極秘よ。特に鳶一折紙一曹にはネ。彼女は何をしでかすか分からないからネ」

 燎子に有無を言わさずにジェシカは会議を終わらせて、部下達を引き連れて出て行く。

 燎子の心は既に決まっていた。理不尽に耐えるのは御免だ。理不尽に立ち向かう。それが目的だ。そして住民を理不尽な暴力が守る、それが使命だ。会議室に取り残された燎子は渡されていた資料を破り捨てて出て行った。

 

 

 

 士道が美九に勝てなければ今まで封印された精霊は美九の物になる。そして、美九が士道に負けるか、一位を取れなければ精霊を封印させる。条件はかなり不利に仕上がっている。一位を取れなければ封印、という条件はかなり大きいが美九から音楽で一位をもぎ取れる物など簡単には現れないだろう。

 それでも戦わなくては勝利は来ない。

 ちなみにオプティマスはいい考えの内容を教えてはくれなかった。しつこく聞いたが、それでもダメだと跳ね返されてしまった。一体何を考えているのか気になるが、オプティマスの事を信用して士道も琴里も不安はなかった。

 さて、美九と勝負をするにはまずチームが必要だ。残念ながら士道の歌は可もなく不可もなく、と言った果てしなく普通の歌声だ。実行委員に参加する際は普通に女装して出て行く事になった士道は、バンドを組んでいる亜衣麻衣美衣トリオに無理を承知で頼み込んだ。

「誘宵美九と音楽対決をしたぁ!?」

 三人は事の顛末を聞くと目を丸くして声を揃えて叫んだ。

「うん……本当に無理かもしれないんだけど頼めるのが皆さんしかいなくて……!」

「引き受けた!」

 またもや三人声を揃えて今度は親指を突き立ててポーズも同じだ。

「え、良いんですか?」

「あの美九を倒す我等の念願を今、果たす絶好の機会!」

「それに士織ちゃんの貞操を守る為に一肌脱いであげなきゃね」

「うんうん!」

「おぉーシドーではない奴よここにいたのだな!」

 いろいろ腕に荷物を持っていた十香と折紙が士道とトリオを見付けて走り寄る。

「あ、十香ちゃんに鳶一さん。聞いてよ士織ちゃんがさ~何か一日目の音楽部門で優勝しなきゃ貞操が危ないんだってさー」

 亜衣が躊躇いなく話した途端、折紙は手に持っていた脚立をぐにゃりとひしゃげさせた。

「テイソー? 何だそれは?」

 十香には難しい単語だったらしい。

「まあ士織の身が危ないって考えてちょーだい」

「何っ!? 誰に狙われているのだ! さては鳶一折紙、貴様だな!」

 折紙が士道の貞操を狙っていると聞いても何も違和感を感じない。

「違うんだ十香、誘宵美九に……ちょっとね」

 バレた物は仕方がない。十香と折紙にも美九との対決に関して話す事にした。十香は三回話してようやく理解してくれた。話を聞いた後の折紙の全身からは恐ろしい程に闘争心が漲っている。

「士織の純潔は私の物……。泥棒猫には渡さない……。八つ裂きにする……」

 ぶつぶつと折紙が美九に対する敵意を漏らしていた。

「鳶一さんって女の子もいけたっけ?」

「さぁ? 五河性なら誰でも良いとか?」

「DNA狙いかもねー」

 ひそひそと三人は折紙に対して疑問の言葉を並べた。

「なあなあシドーではない奴、私は何の楽器を使えば良いのだ?」

「十香は何か楽器は出来たっけ?」

「ないぞ! そうだな……私はあのどんどこやる奴が良いぞ!」

「どんどこ?」

 十香が指差した先にはドラムがある。

「ドラムか……。でもなドラムはもう役が決まっているんだ」

「そんな……ドラムゥ……」

 楽器が一朝一夕で出来る程、簡単ではない。

「十香ちゃん十香ちゃん、はいコレ」

 亜衣が渡した物、それはタンバリンだ。どうしてか、タンバリンを見た途端に十香は頭に電撃が走り、何かを察した。

「タンバリンという楽器界の王様を十香ちゃんに託す」

「ほ、本当か?」

「もちのろん」

 タンバリンが楽器界の王様など聞いた事も無いが、嘘も方便と言う。この状況をスムーズに進める為に亜衣は良くやってくれた。

「で、鳶一さんは楽器弾ける?」

 麻衣の問いに折紙は無言で頷いた。

「平気、当日までに完璧にしてくる」

 全員、何となくだが折紙ならやってくれるだろうと確信出来た。

「じゃあボーカルなんだけど……士織ちゃんは歌はどう?」

「え……歌は……普通くらいです。一応ギターは弾けます」

 ギターには苦い思い出しかない。

「ボーカルがやっぱり問題よねー。いつもは三人の誰かが歌ってたんだけどあの誘宵美九を相手にするならもっと強力な戦力が――」

 亜衣が言い終わる前に折紙がスッとマイクとスピーカーにスイッチを入れた。

「鳶一さん……?」

 スピーカーから音楽が流れたと同時に折紙は歌い出した。

 固まってしまった表情から想像も出来ないくらいに表現力が豊かで普段たからのギャップもあってか、そこにいた全員が折紙の歌に聴き入ってしまった。

 歌が終わると同時に盛大な拍手が起こり、亜衣や士道は勝利の可能性を見た気がした。

「鳶一さん凄い! あの歌声なら優勝もイケるかもしんないよ!」

「だねー!」

「勝利は我に!」

 士道もこれだけ多くの仲間に支えられ、嬉しく思える。心強い彼女達となら優勝を目指せると思えた。

 本日の実行委員としての仕事が終わって士道は天央祭の会場から出るとビークルモードのジャズが待っていた。こうしていつも送り迎えをしてくれて士道は感謝していた。

 士道の護衛がオートボットの最優先事項となり、ジャズはいつも以上に目を光らせて見ている。車に入ると直ぐにカツラを取って喉に張ってある絆創膏形の変声機を剥がした。

「はぁ……。女装は疲れるな」

「そうだシドー、お前がその格好をしている時はなんと呼べば良いのだ? シドーではない奴は呼びにくいぞ」

「士織で良いよ」

「士織だな、わかったぞ」

「だんだん女装が板に付いて来たね」

 エンジンをかけて動き出すジャズはからかうように言った。士道も女装に早くも慣れを感じているのが複雑な所だ。

「やめてくれよ、ジャズ。なんつーか……辛い……」

「良いじゃないか、良く似合っているよ」

「誉められても素直に喜べないって」

「天央祭はもう直ぐだね士道。ところで音楽対決はどうだ?」

「ああ、順調かな。折紙がスゲェ歌が上手いんだ」

「ほう、彼女が? 意外だね」

 学校での出来事を話すとジャズは嬉々として聞いてくれる。ジャズは人間の学校という物に興味があるのだ。ワーパスやアイアンハイドが十香等と入れ替わった時も密かに羨ましく思っていた。

 人間の文化をもっと肌で感じたいのだ。

「なあジャズ、一つ聞いても良いか?」

「何だい? 私の答えられる範囲ならどうぞ」

「オプティマスの作戦って一体何なんだ? みんな答えてくれなくてさ」

「士道、悪いがそれは私からも言えない」

「どうしてだよ!」

「わかってくれ、美九の霊力を封印する為なんだ」

 オートボットは誰も答えてはくれなかった。グリムロックに聞いたが、まともな解答は返って来なかった。他のメンバーもこうして話をしてくれないのだ。味方にも隠さなくてはいけない内容、士道は変な深読みをしてしまう。

「言えないなら良いよ。仕方がない」

「ありがとう士道」

 天央祭の事から話題を変える。後部座席では十香が美衣からもらった使わなくなったバチを振り回して遊んでいる。

「ジャズ、美九はさ……こう、人の命を軽く見ているんだ。やっぱり何か原因があるのかな?」

「原因か……。時崎狂三は最初からイカレた女だったけどね。あの子はどうかな」

「何で男をあそこまで嫌うんだろうな」

「嫌う理由は間違いなくある筈さ。その原因は君が聞き出さないとね。人間は素晴らしい生き物なんだけどな……。現に私の親友は人間だよ、士道」

「ジャズ……。何かむず痒いな」

「そう言えば君はあまり学校に友達らしい友達が居ないね」

「うっ……」

 反論が出来なかった。殿町は確かに友達だが学校以外で遊びに行く事が無い。むしろどこか出掛けるならジャズと一緒にいる方が多い。

「俺……友達少ないのか……」

「関わりは多いけど、あまり男友達の話はしないね君は」

 ぐうの音も出ない。親友らしい親友がトランスフォーマーだけで士道に好意を寄せているのは精霊、士道はなかなか人外に好かれる傾向があるようだ。

 

 

 

 

 ASTの整備室にはあらゆるCR-ユニットが並び、整備士達はいつも以上に気合いを入れてメンテナンスに当たっていた。DEM社の出向社員が来ているのは知っているし、それによって格納庫や整備室には見たこともないワイヤリングスーツやCR-ユニットがズラリと並んでいた。基地内には活気に満ちている。折紙は、作業衣を着たミルドレットを呼び止めた。

「ミリィ」

「はいはい、何ですかオリガミ!」

「近々、何か大規模な作戦でもあるの?」

 基地内の雰囲気は作戦前のような空気だ。 折紙は肌で普段とは違う異変を感じていた。折紙に聞かれるとミルドレットは目を丸くして大げさに驚いて見せた。

「オリガミまさか聞いてないんですか?」

 整備士のミルドレットが聞いて隊員の折紙には何も聞かされていない。この状況に不信感を覚えた。

「何を? 私は何も聞いていない」

「近々行われる第三部隊――」

「待ちなさイ」

 ミルドレットが話しかけた所でジェシカが話を遮った。

「これ以上話す事は許さないワ」

 ミルドレットも一応はDEMの関係者、ジェシカの方が立場的に上である為、逆らう事が出来なかった。

「ジェシカ・ベイリー、あなた達第三部隊は何をする気?」

「あなたが知る必要はないノ。あなたは見てなサイ」

 当然、ジェシカも折紙に作戦の話をしたりはしないし、ヒントを与えるような事も話さない。去り際にミルドレットに高圧的に口止めをしてからジェシカは行ってしまった。

「すいません、オリガミ」

 ミルドレットは両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げた。折紙はそれ以上は問い詰めなかった。他の隊員に聞こうと基地を歩き回るが、他の顔馴染みの隊員も揃って口を噤み、折紙を避けるようにして歩くのだ。

 折紙を慕う美紀恵でさえもだ。

 全く状況が理解出来ない折紙は気分が悪く、自然と険しい表情になっている。味方内でも情報が遮断されており、折紙には天央祭会場に部隊が突入する話は入って来ないのだ。

 ロッカールームに入っていつものように訓練に励もうとすると中には燎子が着替えていた。恐らく、燎子も話さないだろうと諦めて考えた折紙はそのままワイヤリングスーツに着替えていた。

「はぁ~。あーあ、あの外国人部隊ったら好き勝手やって腹立つわねー、ちょっと独り言でも行っちゃおうかなー」

「……?」

 そう言って燎子はロッカーに仕掛けられてあったジェシカの盗聴器を指で握りつぶした。ベンチを見れば同様の機械が潰れた姿で放置されていた。

「天央祭当日、“プリンセス”の疑いのある夜刀神十香の捕縛作戦が決行される。作戦領域は天宮スクエア天央祭会場。更に捕縛対象に一般人の五河士道も加わっている」

 つらつらと極秘任務を折紙に話した。

「――!?」

「仕事がダルすぎて、第二倉庫の鍵とか閉め忘れそーだわー」

 燎子は折紙にすれ違う際にポンと肩を叩いて小声で呟いた。

「頼んだわよ折紙」

 天央祭会場での戦闘はなんとしても避けるべきだ。しかし、それ以上に折紙は士道を守るという使命に頭が一杯になっていた。今、動けるのは折紙以外にいないし、第三部隊を止められるのも折紙だけである。

 

 

 

 遂に天央祭が開催してこれが終われば長かった実行委員の仕事からも解放される。士道にすれば実行委員より厳しい激務が残っている。美九の封印だ。

 例によって士道は女装でメイド喫茶をしていた。十香や八舞姉妹もメイド服を着て接客をしており、殿町の読み通りの大盛況を呼んでいた。不安なのが、折紙がまだ来ていないという事だ。

 更に不安なのが、士道の女装が他校の男子や一般の男性にかなり人気が出ている事だ。男性に敏感な美九の目さえごまかせたのだから士道の正体を見抜けるのは事情を知っている者くらいだ。

 士道は長いスカートに歩きにくさを覚えながらオーダーを取っていた。

「やあ士織ちゃん! 五河の野郎の代わりに君が来てくれたお陰ですんごい助かってるよ!」

 殿町がやらしい目つきで士道を見回した。

「は、はぁ……ありがとうございます。殿町……くん」

 普段は呼び捨てなのだが今はくんを付けて呼ぶのが違和感があってしょうがない。

「あまりの大盛況ぶりにこの店だけじゃあお客が回らないからさ~外にも椅子とテーブルを出したんだ。悪いけどそっちも頼むよ」

「はい……」

 士道自身は言葉にしようのないこの状況に悩んでいるだけなのだが、他人から見たら気弱な性格に映り、男性の心を揺さぶるのだ。

「士織ちゃーん! 外のお客さんお願ーい!」

 クラスの生徒に呼ばれて士道は店の外へと出て行く。広いスペースに点々と椅子とテーブルが配置されて、その一角に手を振っている二人が見えた。

 その二人は四糸乃と令音である。

「大盛況だねシン」

『ぷぷっ! メッチャ似合ってるよ士道くん!』

「士道さん……綺麗……です」

 誉められても素直に喜べない。それより四糸乃にまで見られて士道は逃げ出したい気分だ。

「俺も好きでやってるんじゃないんだけどな」

「そうだよ四糸乃、化粧の仕方や仕草がとても女性らしいがこれも嫌々なんだ。わかってあげてくれ」

「意味深に言わないで下さいよ!」

「お待たせ、四糸乃! 俺、グリムロック。紅茶持ってきた!」

 分かりやすい口調が背後から覆い被さるように迫り、士道は振り向くとそこには間違いなくグリムロックがいたのだ。

 エプロンを付けておぼんとティーカップを二つ乗せてだ。

『ありがとーグリムロック!』

 よしのんは気にせずに礼を言い、グリムロックは指でカップを掴んでテーブルに置いた。

「グリムロック! 何してるんだ!」

「俺、グリムロック。“きゅうじ”をしてる。この意味分からないな」

「きゅ、給仕?」

 巨大なティラノサウルスが歩き回っていると言うのにみんな気にしないで列に並んでいる。

「令音さん、大丈夫なんですか!?」

「どうだろうね、祭の感覚で正常な頭になっていないのかもね」

 いざとなればグリムロックは立ち止まって模型の振りをしたりして上手くごまかしているつもりでいた。グリムロックは相変わらず呑気な物だ。グリムロックがここにいるとオプティマス達の動向が気になるが、周辺を見回しても飛び抜けて大きな巨人の姿は確認出来なかった。

 以前、学校にやって来た時のような無茶はしなくて士道は一安心だ。

「士織ちゃん、疲れたでしょ? 少し休憩に行っても良いよ」

「ホントですか、ありがとう」

 朝から働きづめだった士道に労いの言葉をかけた生徒に礼を言ってから士道はメイド役を交代した。

 少し時間が出来たとしても、十香や耶倶矢、夕弦はガツガツ働いている。仕方なく一人で回ろうと歩き出した所で、人混みの中で狂三と思しき人物が見えたが、直ぐに消えてしまった。

「……? 気のせい……か」

 他人がたまたま狂三に見えたのかもしれない。士道はそう割り切って再び歩き出すと今度は、美九が士道に声をかけてきた。

「士織さん」

「美九……」

 警戒するような声色で士道は美九の名を口ずさみ、振り向いた。

「まあまぁ士織さんったらぁー、そんな警戒しないで下さいよぉー。一緒に回りましょうよぉ~」

「ああ、構わない。いつもの子等は?」

「どこかへ行かせてますぅー」

 士道に厳しい言葉を言われたが美九の好感度はあれから一向に低下してはいない。美九が士道を求める気持ちはより強くなってもいた。歪んだ精神が生んだ情愛は単なる支配欲に通じる物がある。

 険しい顔で美九と店を回っていると琴里から言葉が飛んで来た。

『顔が怖いわよ士道! 相手は一応、あんたを好いてるんだからもっとニッコリしなさい!』

「わ、わかった」

「士織さん、もしかして私と回るのが……楽しくないですかぁ?」

「いや……そんなんじゃないよ。ごめん」

「士織さん何かやりたいゲームなんかありません?」

 美九に尋ねられたが、気持ちが一杯でゲームなど何も考えていなかった。仕方なく、士道は適当に目がついた輪投げ屋をそっと指差した。

「あれが良いんですか? 何か取って欲しい物はありますぅ?」

「じゃああのうさぎのぬいぐるみで」

「はいー」

 輪投げなどした事が無い美九は輪を持つと下手くそなフォームで輪を投げる。

「あれぇ? おかしいですね。ほいっ、よっ!」

 気の抜けた声で輪を投げるのだが全て外れてしまう。

「士織さんー、全部外れちゃいました~」

「ま、取れない時の方が多いから気にすんなよ」

「すいませんー、あそこのぬいぐるみを“取って欲しい”んですけど」

 美九の声が心を揺さぶり、店番をしていた生徒は美九の言う通りにして士道が指差したぬいぐるみを手渡した。受け取ったぬいぐるみを美九はさっと士道に差し出して来る。

「どうぞー」

「ぬいぐるみを返してやるんだ美九」

「何でですぅ?」

「ちゃんとゲームに勝たないとフェアじゃないだろ」

「じゃあ勝てないとどうするんですかぁ~?」

「勝てないのは仕方がないだろ。第一、そんなやり方だったら店の人が困るだろ」

「別に私にもらってもらえるんですから店も嬉しい筈ですよぉ」

「だぁぁ、もう、分からず屋だな。そう言う考えがダメなんだよ。絶対に負かして封印してやるからな」

「ふふっ、是非とももがいて下さい。出られたらの話ですけど。そろそろ、私も時間が来ますんでそれでは」

 美九は可愛らしくウインクして走り去った。美九からもらったぬいぐるみはちゃんと店に返してから士道も音楽祭の準備を整える為に教室に向かう事にした。教室には楽器が揃い、十香がタンバリンを叩いている。折紙の姿だけは見られない、それどころか亜衣麻衣美衣トリオもまだ来ていないのだ。

「士織! 私の準備は万端だぞ!」

 メイド服は脱がずに楽しそうにタンバリンをバシバシと叩く姿に士道の表情が幾分か緩んだ。

「なあ折紙や他のみんなは?」

「ぬ? 見てないぞ」

 まずは折紙に電話をしてみたが、連絡がつかない。次に亜衣に電話をすると繋がった。

「あ、もしもし? 亜衣さん? 本番まで時間が無いんですけどどこにいるんですか?」

『あ~士織ちゃん? ごめん、あたし等出るのやめるわー』

「え!? そんな急に困りますよ! 第一皆さんやる気満々だったじゃないですか!」

『だってさー“お姉様”が出るなって言うんだからしょーがないよねー。ほんじゃねー』

 一方的に電話を切られてしまった。亜衣達は美九の声を聞いて下僕と化していた。まさかここまで妨害をして来るなど思ってもいなかった。士道は電話を力強く握り締めてどうするかを考えた。

「士織どうしたのだ?」

 異変に気付いた十香が士道の顔を覗き込む。

「亜衣達は出ないって」

「な、何故だ!? どうしたと言うのだ!」

「美九だ。アイツに操られているんだ」

「よぉーし、では私がその美九に亜衣達を解放するように話して来る!」

 話して来ると言った割には腕まくりをして拳をガツンとぶつける仕草をしている。

「ダメだ。もう時間が無い。美九のステージももう始まるんだ」

 この日まで頑張って来たと言うのにこんな形で最後を迎えるのは悔しい。それでも人数が足りないのなら辞退せざるを得ない。

「クハハハ! どうやら困り果てているようだな。我を救った時とは思えぬ顔だぞ士道よ」

「幻滅。あなたは最後の一人になっても倒れた人の骨を拾って突撃するような人間です」

 突如、メイド喫茶にいた筈の八舞姉妹が教室の出入り口で待っている。それも二人とも楽器を持ってだ。

「耶倶矢、夕弦……どうして?」

「困っているようだから我、颶風の御子が手を貸してやろうと言うのだ」

「助力。ヒーローは遅れてやって来るものです」

「助かるけどさ、二人とも楽器なんて出来るのか?」

 耶倶矢は笑って見せると自前のベースを軽く弾いて見せ、夕弦はドラムを叩いた。どちらもかなり完成度が高い。

「我等の勝負に音楽に携わる物がいくつかあったのだ。これくらい朝飯前よ!」

「楽勝。八舞は全てにおいて完璧です」

 緊急で二人が追加されてどうにかなったが問題はボーカルだ。士道は琴里に連絡を取る事にした。

「琴里、緊急事態なんだ」

『見てたわ。歌は負かせなさい。上手く会場に私が歌ったのを流すから。あんたは口パクで良いわよ』

「助かるよ――ってかお前が歌ったの!? 大丈夫か?」

『失礼ね! 私は歌が上手いって有名なのよ!?』

「うん……まあ上手いなら文句ないけどさ」

 即興だが、崩れかけたバンドはどうにかして再編成するに至った。楽器を運び、控え室に移動してから士道達は美九のステージを見に行った。

 客席は全て埋まり、みんな両手のライトを振って、美九への応援の言葉を投げかけていた。士道等は座って見る場所がなかった為、デッキで立って見る事にした。

 ステージが暗転したかと思うと、舞台の一部がライトアップされそこには美九が堂々と立つ。曲と演奏が始まって、歌い出す美九は確かに美しい。

 会場のボルテージは上がり、熱気に包まれていた。

「強敵だな……」

「くっくっく、この程度の声で我の神聖な脳を揺さぶれはせんぞ」

「驚愕。この上手さは予想外です。

 歌がしばらく続いていると唐突に音楽が止まってしまった。アクシデント発生に観客は戸惑いを隠せない。

『どうかしら士道?』

「琴里、やっぱお前の仕業か」

『ええ、さんざんシラケさせて不完全燃焼で終わらせてやるわ!』

 なかなか恐ろしい妹だと士道は痛感していた。

 その時である。

  止まっていた音楽が再び動き出し美九はくるりと回ると衣装から霊装へと変化を見せた。こんな大勢の前で霊装を展開するという大胆な行動に出たが、観客はみんな何かの演出だと勘違いしてヒートアップしていた。

「さぁ、皆さん。これから上げて行きますよ~!」

 美九は完璧なアイドルだ。士道がそれを痛い程に思い知らされた。

 

 

 

 

 第三部隊を率いるジェシカは悠々と空を走っていた。バンダースナッチに選りすぐりのメンバー、いくら精霊が相手でも負ける気はしなかった。ジェシカは、楽な任務になるだろうと余裕綽々と進む。

「隊長、未確認機体が接近しています!」

「未確認? 良いわ、バンダースナッチに撃墜させなさい」

 自衛隊の戦闘機の映像か何かと判断してジェシカはバンダースナッチを偵察用に雲の中に潜り込ませた。

 すると、雲の中で爆発が起こり雲を散り散りに引き裂き、白い装甲に包まれた見慣れない兵器が第三部隊の上空から降りて来た。

 ぴったりと張り付き、その純白の兵器はガトリング砲でバンダースナッチを粉々にして行く。

「何だこの金属の塊は!?」

「回避しなさイ!」

 ジェシカ達は散会して一度、攻撃から逃れて襲撃者の正体を確認した。

「あラ、あなたが出て来るなんてネ。鳶一折紙と“最強の欠陥機”ホワイト・リコリス……!」

「照準ロック」

 折紙は視界に入る第三部隊の全てにカーソルを合わせてロックオンする。背面のミサイルポットが開き、白い軌跡を描きながら垂直にミサイルが大量に飛び立つと各々が目標に向かって飛んで行った。

「かわしなさい! 相手は一人ヨ! 囲んで倒しなさイ!」

「了解――」

 一人が動こうとしたが、折紙の随意領域(テリトリー)に拘束されて動きが鈍くなる。その現象は部隊の何人かに発生し、折紙の放ったミサイルは確実に命中した。自由に動ける者には命中しなかったが、確実に人数を減らせた。

「鳶一折紙一曹、気でも狂ったのカ!? 私達は味方だぞ!」

「士道に危害を加えるあなた達は味方ではない!」

 ポットから次なるミサイルの雨が降り注ぎ、第三部隊の隊員を減らして行く。バンダースナッチを突っ込ませ、ジェシカ達はアサルトライフルを連射してホワイト・リコリスの随意領域(テリトリー)を削った。

 向かって来るバンダースナッチを折紙は大型のレーザーブレードで追い払い、的確な射撃で撃墜して行った。空に無数の爆発が起き、レーザーやミサイルが激しく飛び交った。

 DEMのイカレた思考が作り上げた狂気の産物であるホワイト・リコリスをジェシカに止めるすべはない。

「くそっ、援軍ヨ! 今すぐに出動しなさイ!」

 予想外の戦闘力を発揮するホワイト・リコリスにジェシカは苦虫を噛み潰したような顔をして通信機に向かって叫んだ。しかし、そこから返って来る返事は間の抜けた声だった。

『はい、こちらはASTサービスです。ご用件は何でしょう?』

「今すぐ! 援軍を要請するワ! 早くしなさイ!」

『援軍の要請の前にID番号とパスワードをお願いします』

「IDとパスワード!? こっちは緊急事態ヨ! そんなの良いから早くしてよ」

『IDとパスワードをお願いします』

 通信機越しで計器に両足を乗せてくつろいでいる燎子は気分が良かった。鼻を摘んで声をかけただけでバレないのだら簡単なものだ。

 ジェシカは直ぐに近くの隊員にまで飛んで行き、IDカードを持っていないか聞いた。

「あなた! IDカードとパスワードをだしなサイ!」

「えぇ!? 今、緊急事態ですよ? どうしてですか!」

「援軍を要請するためヨ!」

「危ないっ!」

 折紙が放って来たレーザーをかわすべく、隊員はジェシカを抱えて横に飛んだ。

「助かったワ。それよりIDカードは!?」

「ポケットの中です!」

 そう言いながら女性隊員はアサルトライフルをホワイト・リコリスに向けて引き金を引く。

「ポケットってどこにあるのヨ!」

「何ですか!?」

 聞き取れなかったのでやや語気を荒くして聞き返した。ジェシカもその隊員の耳元で大きく叫ぶ。

「ポケットはどこにあるの!」

「左ケツです! 左ケツ! 左ケツ! 左ケツ!」

 ジェシカはその隊員からIDカードを抜き取ると再び通信機に叫ぶ。

「聞こえル!? 今からIDとパスワードを言うわヨ!」

『わかりましたぁ、それとお得な戦車の五パーセント割引券の抽選券への応募券はいかがですか?』

「いらんッッ!」

『では、お得なフルーツ盛り合わせの券はいかがですか』

「フルーツ盛り合わせじゃなくて援軍が欲しいのヨ!」

 燎子は鼻をほじりながら普段の声に戻った。

『まあ、私に援軍要請されても困るのよね。だって戦闘許可出てないし』

「お前、日下部一尉だナ! どういうつもりダ! お前の所の隊員が暴走してるのヨ! どう落とし前つける気ダ!」

『葬式を華やかに開いてあげるわ。ガーガー、おやおや? 回線がおかしいな、ピーピーガーガー』

 わざとらしく回線がおかしな振りをして通信を切られてしまった。

「あのアマァ! 総員、ホワイト・リコリスを命を捨てでも破壊しなさイ!」

 こうなれば折紙の首でも持って帰らなければ気が済まない。ジェシカも前線へと繰り出して小回りで翻弄した。

 強度と火力とスピードはあるが小回りが利かないホワイト・リコリスはもはや空中の固定砲台と化していた。上下左右のありとあらゆる方向から撃たれ、迎撃が追い付かない。

 何者かが放ったグレネードが折紙に命中し、機体が爆風で揺らめいた。折紙の額から血が流れ落ち、鼻先にまで伝って行く。

「くっ……。もう一度、照準ロック……! ミサイルポット展開……発射!」

 大量のミサイルを降らせた後、折紙に堪えようのない頭痛が走る。ホワイト・リコリスの唯一の欠点、着装者の脳にダメージを与え、最悪の場合は完全な廃人となる。

 既に折紙には限界が近付いていた。ジェシカは好機と思い、反撃を開始した。

「今よ、殺せぇ!」

 ジェシカと他の隊員が掃射する寸前で空中から新たな襲撃者が乱入した。

 

 

 

 

 士道等のバンド演奏も大した物であった。美九が一位になれなくても封印という条件があったにしても美九に勝る者がいるか、と聞かれたら答えにくい。やはり自身が勝ち取るしかないのだ。

 ラスト一組がまだ演奏を終えていないが、会場は満足した空気で美九の優勝は確定だろうと思っていた。

 士道も後は自分達の演奏が美九に勝てる事を天に祈るだけだ。

『いや~、どの学校も素晴らしい音楽でしたね!』

『私としては竜胆寺と来禅が学生レベルとは思えなかったですかね』

『私は竜胆寺が一歩上手な気もしますね』

 司会者が竜胆寺か来禅のどちらかが優勝するかで話が盛り上がっている。

『では最後の学校に登場していただきましょう! 本来なら三田村高校が出場する筈だったのですが急遽、出れなくなり代わりに別の学校が参加いたしました~拍手で迎えて下さい“王都没斗(おーとぼっと)”高校の皆さんでーす!』

 何やら聞き慣れた単語が士道や十香達の耳に入って来た。嫌な予感が全身を瞬く間に走り抜けた。オプティマスのいい考え、他のオートボットがここ最近、話をはぐらかした。嫌な心当たりが無数に見つかる。

「いや、まさかな……ないない……」

 流石に考え過ぎだろうと士道は首を横に振った途端、ステージの出入り口が無理矢理こじ開けられ、ズンズンと重厚な足音を響かせて五人の鋼鉄の巨人が入って来た。

 そのメンバーは紛れもなくオプティマス達だ。

「何やってんだアイツ等ァァァァァァァァ!」

『士道! 聞こえる!? オートボット基地と連絡が取れないの! オプティマス達を知らない?』

「ああ、知ってるよ琴里、今目の前にいる」

『何だそうか――って何!? 士道今、天央祭会場にいるのよね!?』

「そうだよ、オプティマス達は音楽部門に出る気なんだよ!」

『何ですって!?』

 琴里にも予想外の行動だ。

『おぉーっと王都没斗高校のメンバーはみんな着ぐるみ持参での登場ですね!』

『着ぐるみにはかなり気合いが入っていますね素晴らしい! それにメンバー全員はペンネームで書いてありますよ』

『気合いはバッチリ、その歌声が気になる所です!』

 司会者達はオプティマス達を着ぐるみと勘違いしてくれたのだ。

「着ぐるみ?」

「すごーい!」

「何アレめちゃ気合い入ってんじゃーん!」

「凄いリアルだねー!」

 会場からもオプティマスの姿を見て驚く声がするがみんな着ぐるみだと思ってくれていた。オートボットがステージに立つとパーセプターはドラムの席に座り、ワーパスはバイオリンを取り、アイアンハイドはアコーディオンを、ジャズはベース、ボーカルはオプティマスだ。

 オプティマスのいい考えとは自分達が出場して一位をもぎ取るという物なのだ。

「オプティマス、大胆過ぎですよ流石に」

 アイアンハイドは心配するような口調だが楽しそうにアコーディオンをいじっている。

「私達が一位を取れば問題ないのだ」

「オプティマス、士道が凄い睨んでますよ」

「心配はいらない」

「よぉーし! オレのバイオリン演奏で骨抜きにしてやるZE!」

 楽器のスタンバイが完了してオプティマスはマイクを握った。

『王都没斗高校の皆さんが準備が整ったようです!』

『王都没斗なんて面白い名前ですね。どこの地区何でしょうね?』

星刃斗論(せいばーとろん)って書いてありますね』

『日本には面白い地名があるんですね~!』

 何でもかんでも都合良く受け止めてくれるのでオプティマスもやりやすい。

「シドー、オプティマスも歌を歌えるのか?」

「わからない。あと今は士織な?」

「プライムの歌声とはいかな物か見ものだわい」

「驚愕。エキサイティングトランスフォーマー!」

 オプティマスは声帯回路の調子を整えるように喉を鳴らした。

「では、歌います。聞いて下さい。“ハートオブセイバートロン~金属の月、輝く故郷よ”です」

 そう言ってからパーセプターがドラムを叩き始め、ワーパスがバイオリンを弾き出した。

 演奏は完璧の一言だ。バンドをするにバイオリンとアコーディオンが少し気になるがワーパスとアイアンハイドの腕前で美しい音色を届けていた。

 音楽の分野であるジャズは気分良く、ハイテンションに且つ繊細にベースを弾きながら踊っていた。

 オプティマスの歌声は上手いとしか言いようが無い。聞き入って、観客が静まり返るくらいだ。士道もこれには呆然としてしまい、その歌に心を奪われた。

 伊達に一千万年以上も生きてはいない。 音楽が終わった時、しばらくの沈黙の後に凄まじい拍手が起きた。オートボット達の音楽はそれだけ完成度の高いものだと言えよう。

『さあさあ、全ての学校のお披露目が終わりましたね。特に最後の王都没斗高校の演出は特筆していましたね』

『では、審査員と少しの間、シンキングタイムとさせていただきます』

 歌も演奏も素晴らしかったが、まさか隠れもせずに乗り込んで来るとは思いもしなかった。

 ステージの上に出場した生徒が並ぶ中で明らかにオートボットが目立っている。

 しばらくして、審査が終了すると会場内のスピーカーから司会者の声が響きわたった。

『では結果発表です! 第三位は――来禅高校です!』

 三位という順位は悪く無い。だが、それでも美九に勝てなかったという事実は悔しくてたまらなかった。士道はギュッとメイド服のスカートを握り締めた。

『続いて二位は――竜胆寺女学院! そして栄えある一位は――王都没斗高校です!』

 竜胆寺を抜いてオートボットが一位の栄冠を勝ち取った。アイアンハイドとワーパスはハイタッチを交わし、ジャズは士道に向けてVサインを送った。

『竜胆寺か王都没斗か最後の最後まで悩みました。そして僅差により王都没斗が僅かに票数を獲得しました! 皆さん素晴らしい音楽をありがとう! 最後に総合成績で一位を叩き出したのは来禅高校だぁ!』

 俯いていた士道や十香等は顔を上げて電工掲示板を見た。そこには総合成績のランキング一位にしっかりと来禅高校の名前が乗っているのだ。

「う、嘘……嘘です……」

 音楽部門、総合成績共に二位という結果である竜胆寺の成績に美九は茫然自失だ。

「美九」

 士道が声をかけると美九は身を守るように両手で体を抱き、後ろへ引き下がった。

「嫌……嫌です……私の力を封印しようなんて……! 認めません!」

「美九、最後まで自分だけで戦おうとしたお前の負けだ。この戦い、俺一人じゃあどうにもならならかった。これはみんなの……仲間の勝利だ」

「ふざけないで下さい士織さん……仲間? 臭いセリフです! 反吐が出ます! もうルールなんてどうでもいいです! 破軍歌姫(ガブリエル)!」

 美九が天使の名を呼んだ瞬間、少女の周辺にピアノの鍵盤と背後からパイプが出現した。

 妖しい音楽が響き、会場の人間達は操り人形のようにふわふわと覚束ない様子で立っている。

「さあ、女の子達、まずはこの士織さんをひん剥いちゃいなさい!」

 士道の身の危険を感じてジャズは動き出したが、がっしりと腕や肩をオプティマスとワーパスに掴まれてしまった。

「オプティマス、ワーパス! 何をするんだ! 士道を助けるんだ!」

「ジャズ、お姉様は演奏中だぜ! 邪魔はさせないぞ!」

「そうだとも」

 既にジャズ以外のオートボットは美九の演奏で心を失い、奴隷と化していた。トランスフォーマーにも通用するこの音楽を止めようと二連装バルカン砲サブソニックリピーターをパイプオルガンに向けた。

「させん!」

 アイアンハイドがジャズを床に叩きつけて身動きを封じた。

 美九の演奏の影響はトランスフォーマーだけでなく精霊にも影響が発生していた。

 颶風騎士(ラファエル)の翼を出した八舞姉妹は士道の腕を片方ずつ絡めるように拘束し、助けに入ろうとした十香を四糸乃と巨大なよしのんがのしかかって動けなくなった。

「あらあらぁ……士織さんったら会場にこんなたくさんの精霊さんを隠していたんですね」

 美九は士道の体を指でなぞり、指先は下へ下へと下がって行くと、妙な膨らみにぶつかった。

「ん?」

 ちょうど士道の股間、そこに変な突起物が確認され美九は顔を引きつらせながら何度かつついた。

「あっ……美九っ……つつくな……」

「んんっ!? 女の子達、確認しなさい!」

「はい、姉上様!」

「了解」

 耶倶矢と夕弦はバッと士道のスカートをめくり、容赦なくパンツをズラされた。

「ぎゃぁぁぁ!」

「キャァァァ!」

 士道と美九は同じタイミングで悲鳴を上げた。こんな公衆の面前で下半身を公開されて士道の心はズタズタだ。

「あ、ああああなた! お、男でしたの!」

「うん……ごめん」

「へ、変態! この私の心を弄び……よくもよくもッ!」

 怒るのも無理は無い。明かすタイミングもかなり悪かった。

「この下衆を処分しちゃって下さい!」

 美九がそう命じた瞬間、ジャズは天井へ向けてグラップルビームを放ち、天井の機材に引っ掛けると思い切り引っ張って、天井ごとオプティマス等の上に落下させた。

「よしっ!」

 落下物に巻き込まれてしばらく動けない状態にし、ジャズはビークルモードにトランスフォームしよしのんをアクセル全開で弾き飛ばした。

『何すんのさ!』

「ごめんよ」

 ジャズは十香を抱え、バルカン砲を当てないように耶倶矢と夕弦に向かって撃って追い払うと士道も掴まえて、グラップルビームをデッキにまで伸ばして素早く移動した。

「助かったよジャズ」

「安心するのはまだ早いよ」

「何故、ジャズは平気なのだ?」

「それを言うなら十香、君もだろう? まあ、私は音楽慣れしているから……かな?」

「詳しい事は後だ。琴里、聞こえるか? 助けてくれ」

 インカムに向けて助けを求める士道。だが、その返答は意外な言葉だった。

『はぁ? 何で助けるわけ? “お姉様”の敵は溶鉱炉に溶かされて死んじまいなさい』

「琴里……?」

『士道くん、聞こえますか!? 椎崎です! 誘宵さんのライブ映像を見ていたら急におかしくなって――』

 

 

 

 

「ハーハッハッハ! 美九たんを辱めたんだから死んで詫びろォ!」

 洗脳を受けた中津川は両手を振り上げて天を仰いだ。

「どうしたんですか! みんなしっかりして下さい!」

「不味いな……みんな美九の声に洗脳されてしまっている」

 洗脳を受けていないのは席を外していた令音と椎崎だけである。

 神無月は四つん這いになり背中には足を組んで女王様の風格で座る琴里がいる。

「司令! どうしたんですか! 早く士道くんを助けないと!」

「助ける? あの豚野郎を?」

「その豚野郎という言葉をもっと私めに浴びせて下さぁい!」

 琴里は罵声の代わりに固いブーツの踵で神無月の腹を蹴った。もちろん、神無月は恍惚とした表情を見せた。

「“ミストルティン”発射用意」

「司令!?」

「琴里! 何をする気だ!」

「決まってるでしょ? お姉様の危険になる汚物を綺麗さっぱり蒸発させるのよ」

「やめて下さい!」

 椎崎が止めに入ろうとすると中津川と川越が掴みかかり、簡単に動きを封じた。令音も箕輪と幹本によって捕まってしまった。

「副司令も止めて下さい!」

「うるさい! ここが私のユートピア!」

「あんた絶対正気でしょ!」

 じりじりと発射スイッチに近付いて行く。もし発射されたら死傷者は数え切れなくなるだろう。

「やめて下さい司令ぇ!」

 不意に艦橋のドアが開くと高速で何か物体が入り込み、琴里の後頭部に打撃を与えて瞬時に眠らせた。そこから目にも止まらぬ速度で正気ではないクルー全てを気絶させてミストルティンの発射はなんとか阻止された。

「あ、あなたは!」

「はい、危ねー所でした。大丈夫でいやがりますか?」

「士道の妹さん……」

「ちぃ~とばかしCR-ユニットを借りていますよ」

 復活した真那の着装するラタトスク機関の新型CR-ユニット“ヴァルナルガンド”を身に纏い、フラクシナスを飛び去った。

 

 

 

 

 戦いはなおも続いていた!

 壮絶な空中戦ではジェシカの第三部隊はその数を大きく減らされながらも折紙のホワイト・リコリスを削っている。肝心の折紙も活動に限界が来て、銃の精度や動きのキレがかなり悪くなっていた。

 ジェシカはブレードを抜き、スラスターを最大出力で噴かしながら加速をつけてホワイト・リコリスの左腕部の切断に成功した。すぐさま右腕のブレードを振り払うがジェシカには命中しなかった。

「はぁ……はぁ……」

 額の出血や脳の酷使で意識が朦朧としていた時だ。

 レーダーに一つの機影を確認した。

「新手……?」

 雲を引き裂き、フラクシナスから放たれた崇宮真那は景気づけに左腕に搭載された(アギト)で適当な隊員のスラスターを握りつぶし、続いて別の隊員の背中を斬りつけた。

 瞬間的に二人を倒し、堂々たる参戦にジェシカは険しい表情で吼えた。

「どういうつもりだアデプタス2!」

「昔のコードネームで呼ばないで下さいジェシカ」

「昔だと!? あんたまさか……」

「ええ、DEMはやめやがります。さんざん人の体をいじくりまわした恩は必ず返しやがりますよ」

「裏切り者め……!」

「戦いが終わったらかつてはアイザックの頭だった塊でも蹴っ飛ばしてサッカーでもして遊びますよ」

「こンのガキぁぁ!」

「下がれ、ジェシカ」

 冷静さを欠いたジェシカを宥めるように声をかけて戦場へ現れたのはスタースクリームだ。

「第三部隊は撤退しろィ。もうエレンが向かったからな」

「何!?」

 ジェシカは苦々しい顔をした。この作戦で功績を上げてアイザックに誉めてもらう計画が水の泡だ。スタースクリームの指示通りに第三部隊は撤退を開始した。

「崇宮真那、この薄汚い裏切り者が」

 スタースクリームは吐いて捨てるように言った。

 真那はスタースクリームと対峙して気を引き締める。空中戦に自信のあるスタースクリーム、その実力はまだ見た事はないが真那は直感的に強いというのだけはわかった。

「まずはその邪魔なウスノロをやるか。ナルビームで大人しく眠っていろ!」

 ナルビームライフルを身動きが取れないまでに疲弊した折紙に撃ち込んだ。機械類を麻痺させるナルビームを受けてホワイト・リコリスは機能を停止し、折紙と共に地上へと落下して行く。

「鳶一一曹!」

 真那は折紙を受け止めるべく急いで下に先回りし、落下するホワイト・リコリスを受け止めながら地面に激突した。

「やったぜ! 流石の折紙もこれで永遠にgood☆night! ハッハッハッハッハ!」

 腹立たしい笑い声と共にスタースクリームはトランスフォームして天央祭会場へと飛んで行った。

 落下によるダメージが酷いが、あの時受けたナルビームのおかげでホワイト・リコリスは強制停止し、折紙は脳を酷使し過ぎずに済んだ。後、一秒でも遅れていたら折紙は脳死していた所だった。

 スタースクリームは折紙を仕留めたと勘違いして満足げに行ってしまった。

 

 

 

 

 なんとかミストルティンの発射が阻止されて士道はホッと胸をなで下ろしたが、最大の問題は目の前にあった。

 美九は士道に騙されていたと知って話を聞くような状態ではない。オプティマス等も洗脳されて敵となった。耶倶矢め夕弦も四糸乃もだ。

「どうするお二人さん、ここはひとまず私が時間を稼ぐか」

「いいや……そんな時間は無いみたいだぞ」

 ステージの屋根を壊し、白銀のアーマーを纏う最強の魔術師(ウィザード)エレンと航空参謀スタースクリームがゆっくりと降下して来た。

「久しぶりだなジャズ、或美島の借りを返すぜ!」

「プリンセスの回収に上がりました。抵抗は勧めません」

「スタースクリーム、悪いが今回も君の負けだ」

「エレン……今度こそケチョンケチョンにしてやる!」

 四人が睨み合い、殺気をぶつけ合い、全員の呼吸がぴたりと符合した。爆発と爆風そして斬撃と銃弾の嵐が会場を飛び出して開始された。十香は士道を守る為にデッキから外へ放り投げた。士道には琴里の能力があるので落下死はしなかったが、背中を強打してかなり痛かった。

 何もない近くの森にまで跳ね飛ばされた士道は会場からレーザーや銃弾が空に躍り、風圧の刃が屋根や壁をスライスしていた。

「十香、もうちょっと加減してくれよ」

 背中をさすりながら士道は森から顔を出すと会場では戦いが既に終着していた。

「静かだな……」

 よく目を凝らして見ているとステージの屋根から二つの影が飛んで行くのがハッキリと見えた。一つは十香を肩に担いで飛んで行くエレンの姿、もう一つはジャズを掴んで上昇しているスタースクリームだ。

「十香ぁぁ! ジャァァズ!」

 士道の叫びが空に虚しく響いた。二人は士道を逃がす為に戦い、敗れてDEMへと誘拐されたのだ。士道は二人の犠牲を無駄にしないように走ってその場から逃げた。美九の操る人間達からも逃げた。

 逃げて逃げて、操られた人間のタックルや腕をかわしながら士道が最後にたどり着いた先は人気の無い廃ビルであった。

 服はいつもの私服に着替え、カツラを外して士織から士道へと戻っている。

 美九を助けたい、十香を助けたいだが力が足りない。スターセイバー一本では覆らない戦力差だ。それに味方も少ない。ありとあらゆる戦備が今の士道には不足していた。

 無力感に苛まれ八つ当たりでもするように士道はコンクリートの柱を叩き、歯を食いしばった。

「どうしたら良いんだよ……! 俺は……!」

「きひ、きひひ」

 神経を逆撫でするような笑い声が無人の廃ビルに良く響いた。風の音ではない、それはれっきとした笑い声だ。

 士道は辺りを見回していると室内のある空間に影ではない黒い塊が円を描いて集まって来る。その塊から白くて細い手が伸びると次に肩、胸、顔と謎の来訪者の姿が露わになって来た。

 月明かりが雲の裂け目からビルの内部を照らし、しっかりと顔が見える。

「お前は……!」

「ずいぶんと浮かない顔ですわね……士道さん。少しお話でもしませんこと?」

 


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