デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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20話 士織、再び

 夏休みも終わってすぐに来禅高校には一大イベントが待っている。天央祭は天宮市から一〇校の高校が集まって開催される巨大なイベントである。そのイベントの実行委員はブラック企業も真っ青になる程の激務を押し付けられる。故に、実行委員に誰が選ばれるのか生徒達は戦々恐々としていた。

 今年の生け贄が決められるその日、来禅高校の生徒達は体育館に集まっていた。舞台の上には亜衣、麻衣、美衣の三名が並んで演説をしている。

「諸君! 今年は待ちに待った天央祭だァ! 我々は昨年は無惨な敗退を喫した! しかーし! 今年こそ我等が栄光を掴むぞ!」

 亜衣がマイクを使ってそう叫ぶと生徒も声を揃えて「オォー!」と声を張り上げた。どうしてここまで勝ちを確信しているか士道には分からなかったが、戦意を増幅するのは悪い事じゃない。

「だが一つ、天央祭を始める前にやるべき事がある。生け贄を捧げよ!」

「そして、今年の生け贄になるのはコイツだぁ!」

「ライトアップ!」

 三人は息の合った連携でセリフを終えると体育館が暗転し、士道の頭上から光が降って来た。士道が立っている所だけが明るくなり、自然とそちらに視線が集まった。

「今年の実行委員は五河士道くんでーす! よろしくぅ~!」

「なっ、何で俺が選ばれたんだよ!?」

「全校でアンケートを取ったらそうなったの!」

 士道は男子から嫉妬の的だ。アンケートを取ったらこんな結果になってもおかしくはない。決まった物は仕方がない、士道は渋々承諾した。すると、士道の隣でスゥーっと手が上がる。

 挙手したのは鳶一折紙だ。

「どうしたの鳶一さん!」

「私も実行委員をやっても良い」

 自ら実行委員を志願したのは折紙が最初だ。

「え、良いの鳶一さん!? そこのエテ公に任せれば良いのに!」

「士道がやるなら私もやる」

 志願するなら断る理由は無い。折紙も実行委員に仲間入りした。だが、まだ終わりではない。

「鳶一折紙とシドーがやるなら私もやるぞ!」

 士道は内心予想していた。十香も折紙に張り合うようにして手を挙げた。

「え、えぇ!? 十香ちゃんも?」

「うむ! で、実行委員とは何なのだ?」

 士道は苦笑いしながら言う。

「後で教えてやる」

 結果的に実行委員は亜衣、麻衣、美衣に加えて、士道、折紙、十香が実行委員として参加する事となった。

「じゃあ三人とも実行委員頑張って行こう! あたしの学年は出し物で全速前進だ!」

 亜衣がマイクを置くと麻衣がマイクを受け取って声を上げた。

「宇宙を一つに!」

 麻衣の声に応えるように生徒も声を上げる。

「宇宙を一つに!」

 それだけ言うと体育館に集まっていた生徒は解散した。帰りの廊下で士道は十香に天央祭と実行委員について細かく教えていた。十香の頭に疑問符がいくつも飛んでいたが、実際にやって見せればすぐに仕事を覚えるだろう。

 面倒な物を押し付けられたと、士道は深い溜め息を吐いていると亜衣達、三人が士道に声をかけて来た。

「よっ実行委員!」

「ああ、お前等か」

「十香ちゃんに鳶一さんも巻き込む結果になるのは私達としても不本意だけど本人の意思ならしょうがないもんねー」

「ところでお前等は来禅の出し物で何するつもり何だ?」

「あたし等は音楽部門で出る予定、出し物は殿町くんが考えるみたいよ」

「殿町か……」

 その名前を聞くだけで嫌な予感しかしなかった。ちょうどそこへ体育館から帰って来る殿町を発見した。

「おーい殿町」

「どうした五河?」

「お前さ、来禅の出し物で何を考えてるん――」

「メイド喫茶」

 士道の言葉を食い気味に殿町は答えた。

「メイド喫茶だぁ!?」

 あんなふりふりの衣装を好き好んで着て尚且つ「ご主人様」なんて単語を恥ずかしげも無く吐ける女子が一体何人いるのか分からない。亜衣麻衣美衣が嫌悪感丸出しの目で殿町を睨むがそんな事を気にせずに殿町は士道と肩を組み、ひそひそと声を小さくしながら言った。

「五河、メイド喫茶はただの趣味でも目の保養でもない。勝算がある」

「勝算?」

「来禅にゃあよ、鳶一や十香ちゃんそれに八舞姉妹の四人の超美少女がいる。あのレベルの子は悪いが他の学校にはまず居ない。そんな子等がメイド服でご主人様だぜ? 勝利は揺るがない!」

 チラッと士道は十香を見た。十香なら嫌がりもせずに着る様が目に浮かぶ、折紙に至っては着ている様子を一度見ている。

 八舞姉妹もなんとかなるだろう。

「えっと……」

「五河、勝利の為だ!」

 殿町の気迫に負けて士道は納得してしまった。

 結局、メイド喫茶で話は進んで今日中に出し物が決定した。放課後は実行委員としての激務をなんとかこなして今日の仕事はなんとか終了した。殿町から十香が家でご主人様と言えるように教育しておくように言われたが、やるつもりはなかった。

 校門前にはいつものようにジャズが待っており、士道と十香はそれに乗り込んだ。

「今日は随分と遅いじゃないか」

「ああ、天央祭の実行委員に選ばれてさ」

「天央祭?」

「学校でやるおっきな祭だぞ!」

「ほう、面白そうだね。文化祭って奴で良いのかい?」

「そうだな。天央祭は更に他の学校も集まって合同でやるから一大イベントなんだ」

「なるほどね、文化祭か……私も出て見たいな」

「ジャズ達が出たら大騒ぎだな」

「ハハッ、冗談さ」

 帰路を走っていると士道は不意に頭痛に苛まれた。久々のこの感覚、士道はジャズを呼び止めた。

「ジャズ、空間震だ」

「何!?」

「俺を下ろして十香を送ってくれ」

「待てシドー、私も連れて行ってくれ!」

「ダメだ」

 士道はジャズから降りると十香を任せてインカムをセットした時、空間震警報がけたたましく町中に鳴り響いた。

『士道!』

 インカムからは琴里の声がした。

「聞こえてるよ琴里」

『精霊の位置は特定したわ。天宮駅前の天宮ホールよ』

「分かった」

『士道、聞こえるか?』

「聞こえるよオプティマス」

『君の護衛としてアイアンハイドとグリムロックを向かわせた』

「ありがとう」

 精霊が出た時の対処はオートボットも慣れた物だ。士道も取り乱す事も無くなり、冷静に指示された場所に移ってフラクシナスの転送装置で天宮ホールへと移動した。

 どういう訳か空間震は起きずに、ただ警報だけが鳴るだけに止まった。人払いは完了しているのでアイアンハイドもグリムロックも大手を振って外を歩ける。士道が天宮ホールの中についた頃には二人共、変形して武器を取って警備に当たっていた。

「琴里、今回の精霊でなんか情報はないのか?」

『まだどの精霊が現れたか分からないからなんとも言えないわ』

「そうか」

『とりあえず接触を試みて、出来るだけ相手を刺激しないように』

 士道が忍ぶように歩を進めるとホールの中央から声がした。遠くからでも分かる綺麗な声であり、歌を歌っているのが分かった。

 明かりのないホールの観覧席から歌っている少女を見た時、琴里を驚いた様子で声を上げた。

『あれは“ディーヴァ”!?』

「ディーヴァ?」

『誘宵美九、この名前くらい聞いた事あるでしょ?』

「え?」

『……アイドル歌手よアイドル歌手!』

「マジかよ、そのアイドル歌手が何で精霊何だよ」

『そこが分からないのよ』

「アイドル歌手ね……」

 足下が暗く、注意を疎かにした士道は空き缶を蹴飛ばしてしまった。綺麗な声が響き渡るホールに空き缶が転がる音が反響した。

『バカ! 何してんのよ!』

「わ、悪い。足下が暗くて」

「あれぇ? 誰かお客さんがいたんですかぁ~? 出て来て顔を見せて下さぁい。お客さんは大歓迎ですよぉ~」

「どうする琴里?」

『コンタクトを取りましょう。相手の出方を窺うわ』

「分かった」

 ステージで歌う美九は歌うのを止めて確かにいる何者かを探し、キョロキョロと辺りを見渡した。すると影の中から士道がゆっくりと歩み寄る。

「あらぁ! ステージまで上がって来てくれたんですかぁ?」

「や、やあ君、さっきは綺麗な声だったね」

 士道が顔が見えると美九は笑顔は凍り付き、俯いたまま黙ってしまった。

『士道、美九の機嫌が急降下したわ!』

「えぇ!? 何で?」

『次の選択肢よ!』

「歌が凄く上手いんだね君」

 依然、美衣は俯いたままだ。それに加えて機嫌メーターは下がり続ける一方である。

『美九はあんたゴキブリと同等に見ているわよ?』

「嘘だろ!? まだ何もしてないぞ!」

「消えて下さい……」

 聞き取れないような小さな声で美九が呟き、士道が聞き返した。その次の瞬間だ。

「わんッ!」

 凄まじい音圧が士道の体をステージから弾き飛ばして士道はステージの端に片手でなんとか掴まっており、いつ落ちるか分からない。

「あれぇ? 何で落下して死んでないんですか? 何でまだ息をしているんですか?」

 美九の表情はさっきの明るさと愛らしさはどこかへ飛んで行き、嫌悪感と憎悪にまみれて士道を見下ろしている。この豹変に士道の頭は全くついて行けずにポカンと口を開けていた。

「どうして?」

「汚らしい声で喋らないで下さい汚物さん。何であなたをここから突き落とさないか分かりますか? 例え靴底でもあなたに触れたくないからですよ」

 士道が呆気に取られていると天宮ホールの天井は砕けてASTが突入して来た。ASTの少女達を見ると美九は別人のように表情を変えて歓迎するように笑顔となった。

「あらあらぁ! ASTのお客さんですねぇ!」

 士道に目もくれずに美九はASTと交戦を開始する。当の美九に戦っている気持ちは微塵もないが。

 ホールの壁を破壊しながらグリムロックが現れた。外でアイアンハイドが出来るだけ相手に気を遣って殺さないように戦っているのが見えた。 グリムロックが落ちそうな士道を手の上に乗せる。

「士道、大丈夫、か?」

「大丈夫だ。ありがとうグリムロック」

 間一髪助かって礼を述べた。グリムロックは頷くと外にいるアイアンハイドに向かって叫んだ。

「士道、助けた!」

「了解だグリムロック!」

 グリムロックは士道を乗せたままアイアンハイドと共に走り、タイミング良く現れたグランドブリッジのゲートの中へ飛び込んだ。市街地から一転してオートボット基地へと帰還した。グリムロックは士道を手から降ろしてやる。

 士道は腑に落ちない様子で考えていた。

「助かって良かったぞ士道」

「うん……」

「士道、あの誘宵美九という娘の事は一度忘れるんだ。今日は休んだ方が良い」

 オプティマスが士道の労をねぎらう。

「そうするよ。帰って十香の飯も作らなきゃダメだしな」

 精霊との接近には見事に失敗した。原因究明にはフラクシナスのクルーが全力を注いでいた。

 

 

 

 

 スタースクリームがショックウェーブ達の臨時基地に入れるようになるまでかなり時間がかかった。仲間とは言え一度はディセプティコンを裏切った男、警戒をするに越した事はない。司令室ではインセクティコンの三人がスタースクリームを気に食わない目で見ている。

 ショックウェーブに案内された先は彼の研究所である。液体が一杯に入ったカプセルが大量に並び、そのカプセルは研究所だけに収まらず、地下に作り上げた巨大なホールに収容されている。それが全てインセクティコンと考えるとスタースクリームは、寒気がした。

「スタースクリーム、君のおかげでスペースブリッジを極めてコンパクトに改良出来た。その成果を評して私の研究所に入れてやろう」

「そりゃどーも。ってかまだこんな気持ちワリィ連中を作ってやがんのか」

「気持ち悪い? 君は彼の美しいフォルムをバカにするのか? キックバック達は下手に頭がある分、憎たらしいがな」

 ショックウェーブの趣味を理解出来る者など全宇宙を探して見つかるかどうか分からない。スタースクリームはショックウェーブの変態趣味に呆れながら研究所を歩いていると黄色い培養液に入った生き物を見つけた。

 そのカプセルはひときわ大きく、スタースクリームは中に入っている生き物を見て驚いた。

「ショックウェーブ、コイツもお前の趣味かよ?」

 黄色い培養液が入ったカプセルをスタースクリームは指差しながら聞いた。

「そうだとも、それは新たな実験の成果だ。御披露目はまだ先になるだろうがな」

 スタースクリームはその大きなカプセルに入った見たこともない化物を気味悪そうに見回した。

 次に目にしたのは別の消毒液に浸かった人間のCR-ユニットや衣類を剥いで全裸のまま浸けられたASTの偵察隊の体が並んでいた。体の至る所に切り傷があり、解剖した後に再び接合したのが分かる。スタースクリームも顔を引きつらせて既に息絶えた人間を見ていた。

 この変わり者は研究の為ならやることなすこと全てを徹底して残酷におこなえる。当人はそんな気持ちなど持っていないだろうが。

「私の標本は素晴らしいだろう、スタースクリーム?」

「全くドン引きだ」

「一人一人偵察隊を生きたまま解剖した。痛みに対する耐性、どれだけの出血で死亡するか。血を完全に失った後に輸血すれば生き返るのか――」

「やめろやめろ! オメェの実験の話なんざ聞きたくねーな!」

「残念だ。悲鳴のサンプルがあるんだが聞いてみるかい?」

「いらん!」

「残念だ。まあ、掛けたまえ」

 ショックウェーブの実験体だらけのラボの一角にテーブルと机が置いてありスタースクリームをそこへもてなした。全くと言って良い程に落ち着けない空間だが、渋々座った。

「さっそくだがスタースクリーム、約束の物は手に入ったかい?」

「ん? ああ」

 スタースクリームは胸の小さなハッチを開けて中からデータの入ったディスクを出してそれを渡した。

「精霊のデータが一応入ってる」

「助かったよ」

「精霊のデータだの人間のデータなんざ集めて何するつもりなんだ?」

「君に関係のない話だ。しかし君にも有益なのは約束しよう」

 スタースクリームの目的はあくまでも士道だ。ショックウェーブが何をしようが、邪魔をしない限りはスタースクリームも口出しする気はない。

「お前、オートボットはどうするつもりだァ?」

「君はあの大量のインセクティコンのカプセルを見ていなかったのか? オートボットは数で押し込める」

「そうかもしれねぇけどよ、あのグリムロックはどうすんだ! アイツの部隊が昔、ディセプティコンの大部隊を壊滅させやがったんだぞ!」

「それを見越してあれだけインセクティコンをこしらえた」

 ショックウェーブは感情のない様子で足下にすり寄って来るインセクティコンにエネルゴンを与えた。また、別のインセクティコンがスタースクリームにも餌を貰おうとすり寄る。

「触るな、ゴキブリの出来損ないが!」

 幼体のインセクティコンを蹴り上げて追い払った。

「コラ! 何をするんだスタースクリーム」

 ショックウェーブは慌てて蹴られたインセクティコンに走り寄って蹴られた所を撫でて餌を与えた。

「これだけ可愛らしい子に暴力とは君の感性を疑うな」

「感性の話だけはお前にされたくねぇな!」

 スタースクリームは一刻も早くここから出て行きたい気持ちで一杯になり椅子から立ち上がる。

「頼まれたモンは渡したんだ。俺は帰るぜ」

「そうだな、ではまた」

「次はこんな気持ちワリィ所じゃなくてマシな所に呼んでくれ」

「では私が最高のスポットを用意しておこう」

 ショックウェーブの最高のスポットなど安心出来るような物ではない。スタースクリームは室内で変形するとロケットのバーナーが点火して勢い良く発進し、ショックウェーブの臨時基地から出て行った。基地内で飛ぶな、と言いたかったがスタースクリームは既に空の彼方にいた。

 

 

 

 

「これより鳶一折紙一曹の謹慎が解除となる。本日から訓練と任務に励むように」

「はっ!」

 折紙は綺麗に敬礼して女性自衛官、塚本三佐の言葉に返事を返した。二ヶ月の謹慎中も折紙は自宅で訓練に励み、体力は一切衰えていない。二ヶ月もの間、戦いから離れて折紙の体はムズムズしている。空間震警報が鳴れば、直ぐにでも精霊の二、三人を血祭りに上げたい気分だ。

「鳶一一曹、今度無断で行動したら次は無いと思えよ?」

「わかりました」

「よろしい、隊に戻――」

 上官が言いかけた所で部屋のドアを荒々しく開けてASTの隊長、燎子が乗り込んで来た。その燎子を行かせまいと美紀恵とミルドレットが腰にしがみついていたが、力負けして引きずられていた。

「塚本三佐!」

 燎子は手に持っていたファイルを塚本のデスクに叩き付けるようにして置くとものすごい剣幕で吼えた。

「外国人を大量に部隊に入れるってどういう事ですか!? だいたい独立した部隊として扱ってあらゆる権限も与えられるなんておかしいでしょ!」

 燎子の迫力に圧されて塚本はしきりに頭をかいて困ったような顔で言葉を詰まらせた。折紙も意外な事実を聞かされて塚本の反応を窺った。

「日下部隊長、だめですよぉ~! 一旦落ち着きましょうよ!」

 美紀恵が燎子の気持ちを抑えようと説得するが、そんな物では気持ちは落ち着かない。

「――あラ? 随分と大きな声ネ」

 やや不自由な日本語を話しながらDEM社の出向社員であるジェシカ・ベイリーと以下、十数名の女性隊員がぞろぞろと入って来た。

「あんた等がDEMの出向社員ね……?」

 いきなり敵意に満ち満ちた目つきで燎子はジェシカを睨んだ。ジェシカを含めて全員が只ならぬ雰囲気を醸し出し、美紀恵とミルドレットは燎子の背中に隠れた。

「そうヨ、隊長さん」

 一瞬にして部屋の空気が悪くなる。

「こっちでもあなた達は有名ヨ? 精霊の発生回数が一番多い地域で未だに一匹も精霊を狩れない無能集団ってネ」

「あぁ?」

 瞬く間に燎子の怒りが沸点に達した。折紙も燎子が大暴れしないか不安で、目の前の出向社員達より燎子の事が気になった。

「言い過ぎですよジェシカさん、見て下さいよ。後ろの彼女達はまだまだガキですよ」

 ジェシカの背後に立つそばかすが目立つ女が嘲るように言った。それに続いて何人も小馬鹿にした口調で燎子達を煽る。

「はぁ……」

 燎子は疲れたように溜め息を吐く。

「その顔を剥がれたくなかったら、失せろ」

 静かな口調だが燎子は鋭い眼光で威嚇した。さっきまで嘲笑っていたジェシカ以外の隊員達はピタリと笑いを止めて、額から汗を流す。

「まあ、仲良くやりましょう隊長さん。短い間だけド」

 ジェシカは隊員達を連れて部屋を出て行った。室内の緊張感が解かれて美紀恵はその場にへたり込んだ。

「日下部隊長、怖すぎですよ」

「自分でも良く抑えたと褒めたいわ。あの女、絶対にスクラップに変えてやる」

「日下部一尉、出向社員にはDEM社から権限が与えられているんだ。我々は逆らえない」

 塚本が諦めた口調で言うので燎子もこれ以上言っても無駄だと判断した。

「そもそも、アイツ等は強いんですか? 口先だけの奴に好き勝手されるなら私が排除しますよ」

「実力は分からないが、DEM社の魔導師(ウィザード)はみんな腕利きと聞いている。実力は間違いない筈だ」

 塚本の言葉は鵜呑みにはしなかったが、肝に銘じておくことにした。この時から既にジェシカ等に不穏な空気を感じ取れていたのは燎子と折紙だけだったのかもしれない。

 

 

 

 

 天央祭実行委員は土曜日にも学校に行かなくてはならない。士道は左右で休まず口喧嘩を繰り広げる十香と折紙の間に挟まれながら、嫌気が差した顔でトボトボと歩いていた。各学校の天央祭の実行委員を集めて今日は会議を開くのだが、会議を開けるだけの場所が無いので竜胆寺女学院の会議室を借りる事になった。

 竜胆寺女学院は天宮市屈指の名門校であり、名家の少女が数多く通う学校で、敷地面積も来禅高校とは天と地の差だ。物々しい外観は西洋の城を連想させる。赤レンガや鉄の柵を利用して造られ、日本とは思えない世界観を構築していた。

 竜胆寺女学院へと足を踏み入れた士道と以下二名は会議を執り行う場をメモを見て確認した。

「第二会議室ねぇ……」

 学校が広いので迷いそうになるが、土曜日に学校に来ている生徒の殆どは実行委員として来ている。その生徒について行き、無事に第二会議室へと到着した。早く天央祭が終わらないか、と願う士道はボーっと会議室の前に置いてある黒板を眺めていた。

 チャイムが鳴って、会議室に竜胆寺の生徒がぞろぞろと入って来る。制服からも漂う気品と優雅さ、その生徒達の列の先頭に立つ少女を見て士道は息を呑んだ。

 忘れようにも忘れられない。その少女は間違いなく“ディーヴァ”誘宵美九だった。

 会議が終了すると美九は会議室から出て行ってしまい、後を追えなくなった。折紙はこれからASTの仕事があるらしく、帰って行き、士道と十香は一度自宅に戻った。昼からは天央祭会場に向かう予定がある。

 昼食を作ってやった後直ぐに士道は、フラクシナスへ呼ばれた。琴里が美九に関する情報を掴んだそうだ。

 十香と四糸乃はテレビを見ているので放っておいても大丈夫と判断して、士道はフラクシナスに移動すると艦橋のドアが開き、迎え入れられた。

「美九に関してわかったのか?」

「まあね」

 艦長席に座る琴里は自信あり気に言った。

「中津川」

「はい、美九たんの秘蔵のライブ映像があるんで流しますね」

 スクリーンに画質は悪いが美九の映像が映し出された。ただのライブ映像にしか見えないが、士道は瞬時に異変に気がついた。

「あれ? 観客さ……男が一人もいないような……」

「良く気がつきましたね、士道くん! 美九たんは重度の男嫌い! 更に更にライブの後にお気に入りの女の子をお持ち帰りしたらしいですよ~!」

「おっぷ……」

「つまり! 誘宵美九は女の子大好きのスーパー百合っ子ってわけよ!」

「え~……それじゃあどうしようも無いじゃんか!」

「この際だからちょん切る? ぎっちょんちょんする?」

 琴里はハサミを取り出して見せた。

「するか! まだ使ってもないんだからな!」

「使う機会なんてあるのかしらねぇ……」

「い、いつかは……」

「ハッ! でも安心しなさい士道! 私にいい考えがある!」

「いい考え?」

 士道はその内容は聞く前に両腕を箕輪と椎崎にがっしりと掴まれて連れて行かれる。

「ちょっと待って! これからどうするんだぁぁ!」

「頑張ってね、おねーちゃん!」

「俺は絶対に切らないからなぁぁ!」

 一時間程か、士道がどこかへと連れて行かれてようやく戻って来ると士道の格好は士道ではなくなっていた。来禅高校の女子の制服に身を包み、頭にはカツラが乗っていた。その容姿は士道には見えず、普通の女の子同然であった。

「おぉ~」

 あまりの完成度の高さから男のクルーから歓声が上がった。琴里や令音も異常なまでに似合っている士道の女装に驚きを隠せない。

「っ……!」

 しかし、士道は複雑な気持ちだ。男で女装が似合うというのがとても複雑な気持ちだ。それに鏡を見れば、その顔はかつて士道から分離した女性人格、士織と瓜二つの顔だ。

「う~ん……これは……」

「何だよ」

 絆創膏形の変声機を首に付けているので声まで女性らしくなった。

「シンに女性の人格が反映された理由がなんとなくだが分かった気がしたんでね」

「じゃあ俺じゃなくて士織の方にやらせれば……」

「あれはシンの性欲の権化だ。何をしでかすか分からない」

「それじゃあ士道、早速だけで美九に接近するわよ!」

「うん……分かった」

 女装に乗り気ではない士道は口ごもったような返事をして、美九のいる天央祭会場へと転送された。

 フラクシナスから広い会場へ一瞬のうちに移動して士道は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。もし女装がバレたら変態野郎の烙印が押されるのは間違いない。そんな不安を抱えながら士道は天央祭会場を琴里の指示を聞きながら歩いた。

 何度から女子生徒や男子生徒とすれ違ったが変な顔はされずに済み、天央祭で使用するセントラルステージに向かっていた。 その最中、士道に声をかける者がいた。

「あれ? 来禅高校の制服だけどみたい顔だね」

 士道は足を止めて恐る恐る振り返った。するとそこには仲良しトリオの亜衣麻衣美衣の三人と更に十香もいた。

「実行委員の山吹さんに葉桜さんに藤袴さんですよね?」

「なぬ!?」

「どうしてそれを!?」

「敵国のスパイか!」

「い、いえ五河くんが用事で来れなくなったので代わりに私が来たんですが……」

「ンだと!? あの野郎逃げやがったな!」

「よし、焼こう!」

「次会ったら真っ二つにしてくれる!」

 目の前に士道がいるのだが三人は気がつかない。クラスメートの目も欺けるのなら安心だと士道はホッと胸をなで下ろした。

「シドー? 何をしておるの――」

 十香に一瞬で見破られてしまい士道は慌てて口を押さえたて静かにさせた。

「十香、深い事情があるんだ。悪いけど合わせくれ」

「深い事実だな? なら仕方ない。ではよろしいだぞ! シドーではない奴よ!」

「そう言えばなんだけど……あなたは誰なのかな?」

 亜衣が質問を投げかけた。

「えっと……私は……五河しど美……じゃなくて士織です。士道くんの従姉妹です」

「へぇ~従姉妹なんていたんだね」

「良く見ると五河くんに似ているような……」

「うんうん。でも実行委員を手伝ってくれるのはむしろ助かるで大歓迎だよ」

 従姉妹に疑問も持たず、すんなりと受け入れてくれた。

『士道、美九がセントラルステージから移動する前に早く接触しなさい』

「わかった。じゃあ、私はいろいろ仕事があるんでまた」

「うん、じゃあねー士織ちゃん!」

「五河くんには覚えてろって伝えてね!」

「またねー!」

 後々、士道として三人に会った時が恐ろしいが今は気にしてはいけない。士道は美九のいるセントラルステージへ急ぎ足で向かった。スカートというひらひらした走りにくい物の所為で普段通り走れずに不自由していたが、なんとかセントラルステージへ到着した。

 流石に広い。昨日の天宮ホールの倍はある広さだ。そのステージの中央に美九は立っていた。音楽も観客もいないが、美九がそこに立っているだけで十分過ぎる存在感を出していた。舞台裏で士道は呼吸を整えて琴里にもう一度確認した。

「本当に美九は男嫌いで良いんだよな?」

『それは間違いないわ。ただし“士織ちゃん”が彼女のお眼鏡に適うかは分からないわよ』

「失敗したら?」

『失敗してから考えるわ』

「ってことは……何も考えてないってことか!?」

 失敗しない事を祈り、士道は意を決してステージの美九へ声をかけた。

「や、やあ君」

「ん……?」

 ステージに立っていた美九は急に現れた少女をジッと見た。一瞬だけ険しい表情になったが、士道を女と勘違いした美九は笑顔になって応えた。

「あらぁ? どうしたんですか? 私のファンの方ですか?」

「う、うん……そんな所」

 機嫌値は良好、士道に敵意は感じていない。

「その制服、来禅ですよね? ここは立ち入り禁止の筈ですけどぉ~?」

「あ……そうなんだ……ごめん、気がつかなくて」

 美九はニッコリと笑って士道へ近付くとちょんと指で士道の唇を押さえた。

「私も入っちゃダメなんですけどね。私はステージが好きなんです」

 美九は観客席の方を向いて手を広げると天を仰ぐ。

「ステージに立っていると、私がこの世界の中心にいる。そんな感覚して……。あ、ここにいたのは二人だけの秘密ですよ? えっと……」

「士織。五河士織だ」

「士織さんですね。私は誘宵美九です。美九って呼び捨てで良いですよ」

「よろしく美九」

 二人は握手を交わす。

 美九の機嫌値は更に上昇して行き、士織を友好的に見ていた。まずは接触完了だ。このまま好感度を上げて行けば封印も簡単だろう。その時、士道の頭で一つの疑問が浮かび上がった。

「なあ、琴里。もし美九に男ってバレたらどうなる?」

『……。チョッキンかな?』

「おぉい!」

『わかったわ、それはちゃんと考えておくから!』

「士織さんどうしたんですか? 一人でぶつぶつ?」

「あ……いや、何でもない。じゃあ俺は失礼するよ」

「俺?」

 普段の感覚でいつもの一人称を使ってしまった。

「あ……これは……」

「珍しいですね! 女の子で俺だなんて」

 都合良く、美九はそう解釈してくれた。士道はこれ以上のボロが出ないうちに退散しようとすると、床に置いてあったセットに足を引っ掛けて転んでしまった。

「だ、大丈夫ですか士織さん!」

「イテテ……。大丈夫だよ」

「血が出ていますよ」

 転んだ時に擦りむいて手の甲から血が出ている。美九はポケットからハンカチを出すと士道の手に巻いた。

「応急処置です」

「ありがとう……美九」

「ふふ……ではまた会いましょう士織さん」

 美九は手を振ってステージを後にした。士道は美九の笑顔に少しドキッとしていた。

 

 

 

 

 美九を封印した後に男とバレたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。琴里は直ぐに対策を考えたが、名案はなかった。

「どうしようかな……」

 珍しくオートボットの基地にいる琴里、その理由はオプティマス達にも何か案はないかと聞きに来たのだ。「同性愛か……」

 オプティマスは困ったように俯いた。

「トランスフォーマーにも同性愛ってあるの?」

「あるとも、私は見ていないがね」

「そうなんだ。美九は男嫌いだから士道がそのまま接近したらダメだし、封印したらした後がややこしいし!」

「お題は同性愛を元に戻すで考えてみるとしようか、諸君はどうだ何か良い考えはあるか?」

 基地に残っているパーセプター、ワーパス、グリムロックに名案を求めた。

「こんなのはどうでしょうか。今、私は性格改変装置を作っているんですがね。ディセプティコンの連中をオートボットに変える物なんですよ。それをその誘宵美九に試してみるのは?」

「プログラムから書き換えるか……なるほど」

「何がなるほどよ! それは外道過ぎよダメダメ!」

「じゃあよ! 思いっ切り頭をぶっ叩いて記憶を飛ばすってのはどうだ? それなら同性愛も綺麗に忘れられるぜ! ハッハー!」

「あの、出来る限り乱暴な真似は無しで」

 ワーパスの意見も却下されてしまった。

「俺、グリムロック。そもそも何で男嫌いになったんだ?」

「うーん……確かにね。そこが謎なのよね。生まれつきか、何か原因があるのか」

「男、グリムロック。原因、聞き出して治してあげれば良い!」

「珍しく冴えてるじゃないかグリムロック」

「ホントね、驚きだわ」

「いや~照れるなぁ~」

 グリムロックは小さな手で頭をかいて照れくさそうにした。

「じゃあ月曜日にさっそく士道にもう一度美九に接近させて見るわ」

 男嫌いになった原因、そこを知り、もしその傷を癒やしてあげれば封印の糸口は掴める。恐らくそこが唯一の活路だろう。

 

 

 

 

 放課後、授業が終了して士道はトイレに隠れると士織にトランスフォームすると男子トイレから飛び出した。その時に殿町と目が合ったが向こうは士道が女装しているなど気付きもしなかった。元の素材も良いが、士道の化粧技術も相まって寸分の疑いものない女子生徒に仕上げていた。

 士道自身、なんだか悲しくなって来る。男に生まれてこんな短期的に化粧が上手くなるなど思いもしなかった。

 学校をいち早く出ると士道はインカムを耳に装着して琴里の声を確認する。手順は聞いている。美九の過去を探り、過去に傷があるのならそれを治す。

「美九はまだ帰ってないんだな?」

 スカートと言う事など気にせずに士道は竜胆寺に向かって全力で走る。

『ええ、美九はまだ学園の中よ。美九はお気に入りの女の子を集めてお茶会に行くのが習慣よ。学園を出て来たら声をかけて』

「了解」

 竜胆寺女学院の外観にはいつも圧倒されてしまう。士道は学校の壁に背中を預けて待っていた。

『士道、美九が出て来たわ』

「わかった」

 士道は美九とその取り巻きの女子達の一団が校門から出て来ると声をかけた。

「あの……」

「……? 何ですかあなた? これから私達は美九様と楽しいお茶会があるんです」

「用件なら手短にお願いしますよ」

「あ、うん」

 士道は口ごもりながらポケットに入っている一昨日にハンカチを出した。

「あらぁ? あなたは士織さん。また会えて嬉しいですぅ」

「美九様、この方とお知り合いですか?」

「ええ、少しね。すいませんが、皆さん今日は“帰って”くれますか?」

 美九の声が一瞬、脳裏に反響した。とろけるような甘い声に従うように女子達は文句を一つも言わずに帰ってしまった。

「さ、士織さん。私の部屋がありますんでそこでお茶でもしましょうよ」

「そうだね」

 名門校だけあって内装も素晴らしい。この間は会議室と廊下しか見ていなかったので詳しい内装は見れていなかった。美九に案内された生徒会室は士道の知っている生徒会室の内装ではなかった。

 まず天井からシャンデリアがぶら下がっている時点で住む世界が違うのだろうと感じていた所だ。高級感のあるソファーに腰掛けて士道は緊張した様子で下を向いていた。

 美九はもてなす為に紅茶を淹れてくれた。

「あの……良いのか? あの子達、君とのお茶会を楽しみにしていたみたいだし」

「大丈夫ですよ。みんな私の事が大好きですし」

 士道は悪い事をしたな、と思いながら美九の淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。

「あ、美味しい」

「ふふっ、良かったです」

 士道の口に合い、美九は微笑んだ。

 まずは美九と打ち解けるべく士道は純粋に会話を楽しんだ。話しをすればするだけ誘宵美九という子に好感を持ち始めていた。

 会話も弾み、美九の好感度はもはや封印可能の域にまで達していた。しかし、ここで封印しても士道が男とバレたら全て水の泡だ。士道はそのまま会話を続けた。

 美九と話すのは本当に楽しいと思えた。その所為で時間が過ぎるのが異常に早く感じたし、気がつけば夕日が山に隠れようとしていた。

 そろそろお茶会もお開きになろうとした所で美九は椅子から立ち上がり、パンッと手を叩いた。

「あぁ~士織さん、私、あなたを物凄く気に入っちゃいました。明日からこの学校に転校して下さい!」

「え、はは、それは出来ないよ」

「学費面なら私が援助しますよぉ?」

「俺はあの学校、結構好きだし」

 立ち上がった美九はゆっくりと士道に迫り、そっと耳元で囁いた。

「“お願い”です」

 さっきと似た感覚だ。脳裏で声が反響する感覚、しかし、今回はその揺さぶり方が大きかった。

「だからダメだって、俺はあの学校の生徒だから」

 美九は目元をピクリと動かした。

「私の声、効かないんですね。あなた、何者ですぅ? 大方、魔導師(ウィザード)の人でしょ? ただの人間に私の声が効かない筈ないですから」

 声、効かない、この二つのワードとさっきの経験から美九の能力が予想出来た。

「待ってくれ美九、俺は魔導師(ウィザード)なんかじゃない」

 美九は少しうんざりしたようにため息を吐いた。

「悲しいですよ士織さん、私に嘘だなんて」

「嘘じゃない」

『士道、危険な賭けだけと美九に正直に言いましょう』

「わかった。美九、間違いなく俺は魔導師(ウィザード)じゃない。でも、ただの人間でもない」

 美九は驚いたように顔を上げた。プライマスがどうのと言っても分からないだろうから士道は簡単に説明した。

「昔から俺には精霊の力を封印する力があった。俺は既に五人の精霊を封印している」

 美九は興味深そうに士道を見る。

「精霊を封印……ですか?」

「そうだ」

「私以外にも精霊がいたんですねぇ」

「そうなんだ。みんな良い奴でな。美九も力を封印すればASTに狙われる心配も無い。安心して過ごせるんだ」

「それは素晴らしいですね、私も私以外の精霊と会うのは凄く楽しみですぅ」

「だろだろ?」

「でも、封印は結構ですよ」

「え……?」

「だって、私は今で何も不自由してませんもの。ASTに狙われたら簡単に追い払えますしぃ~」

「ASTと戦ったら被害が出る。シェルターがあるからって住民が助かる保証は無いんだ。それに空間震を起こしてしまったらお前の友達に危険が迫るんだ」

「あぁ~そうですねー。お気に入りの女の子達が死ぬのは困りますねー」

「そうだろ? だから力を――」

「でも、死んだら代わりがいますし」

「は?」

 美九が一瞬何を言ったのか理解出来なかった。士道は素っ頓狂な声を出してしまった。

「みんな私の事が大好きですから。お友達の代わりは直ぐに見つかりますよぉー」

「何を言って……」

「私の事が大好きな子達は私の為に死ねるんですから本望ですよねー」

 士道の表情に見る見るうちに怒りの色が現れて来る。

「いつ死ぬか分からないしぃーお気に入りは多めにストックしておく必要――」

「黙れ」

 士道は力一杯に拳をテーブルに叩き付けながら立ち上がった。

「自分が好きだから死ぬのが本望だって? 笑わせるな!」

 面と向かって怒鳴られたのは初めての経験だったのだろう。美九は驚きを隠せない顔で士道を見返した。

「お前が人気者で全てがお前を肯定しても――」

『士道落ち着きなさい!』

 琴里が止めに入ったが士道はもはや止まらない。

「俺はお前を否定する!」

 見事に啖呵を切った。美九は驚きを超えた新鮮さに口の端を吊り上げて不敵に笑う。

「初めてですよぉ私にそこまで言った人は。逆に興奮しますねぇ、あなたが私の事を大好きって言うまでグチャグチャにいじめてあげますよぉ」

「随分と余裕だな、おい」

「否定するのは構いませんが、あなたは私の力を封印したいんでしょ~?」

 それを言われると弱い。

 威勢良く言い放ったが士道は後の事は何も考えていなかった。

「あ、士織さん一つ勝負しませんか?」

「勝負だって?」

「はいー。天央祭の一日目で私の学校とあなたの学校でどちらが高得点を取れるか勝負するんです。私が負けたら力を封印しても構いません。あなたが負けたらあなたとあなたが封印した精霊さんは私の物になってもらいます」

「……。そもそもどうして一日目何だ?」

 士道は質問してからすぐに美九の意図を理解した。一日目には音楽部門が存在する。亜衣達がバンドを組み、参加する音楽部門だ。

「まさかお前……!」

「分かっちゃいました? 久々にステージに出るんです。華々しくやりたいですね」

 美九は音楽部門に参加するのだ。つまりそれは完全に美九の土俵で戦う事になる。

「そんな……それじゃあそっちが有利過ぎるじゃないか!」

「えへへ、そもそも勝負してあげる事自体が特別なんですよー。文句は言えないんじゃないですかぁ~? まあ、私の一位は揺るぎませんけど。もし私が一位じゃなかったらその時も力を封印しても良いですよ~」

 かなりの大胆発言だ。それだけの自信が美九にはあるという事だろう。確かに音楽は美九の専売特許、霊力を帯びた声にかかれば一人残らず虜になるだろう。

 圧倒的に不利だが士道にやる以外の選択肢は無かった。

 

 

 

 

「んで? 何か弁明があるなら聞いてあげるわよ」

 オートボット基地に用意された椅子に座り、琴里は足を組んでいる。その足下で正座をして何も言えないのは女装を解いた士道がいた。

「バカやってくれたわね。あのままなら次からの接触が楽になったのに」

「悪い……。それより美九の好感度は?」

「意外にも下がってないわ。それより勝算はあるのかしら?」

「……」

 士道が無言で返すと琴里は呆れたように俯いた。

「士道、話は聞いたぞ」

「オプティマス……?」

 士道が振り向くとオートボット達もオプティマスの方を向いた。

「あの誘宵美九を一位にしなければ良いんだな?」

 オプティマスが問うと琴里は慌てたように椅子から飛び上がった。

「オプティマス! 乱暴はダメだからね!」

「人間を傷付けるつもりはない」

 オプティマスも美九に負けないくらいに自信たっぷりに士道と琴里に向かって言った。

「私にいい考えがある」

 果たして、オプティマスの作戦は功を奏するのか!?


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