デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

20 / 55
次回から美九編です


19話 夏休みッッ!

「皆さーん、明日から夏休みでーす。浮かれすぎないようにぃ~、宿題もちゃんとやって遊ぶんですよ~」

 威厳のない声で岡峰珠恵は教壇の上から生徒に向けて注意を呼びかけるのだが、肝心の生徒は明日からの夏休みに何をしようかと考えて話など全く聞いていなかった。夏休みという実感がいまいち湧いて来ない士道はボーっと窓から空を眺めていた。

 手元には成績表があり、一学期の勉学の結果がそこに記されてある。士道の成績はと言うと中の上か、上の下あたりをうろうろとしている。今回は、十香に勉強を教えるのに専念した為、成績はやや下がってしまったが人に見せても恥ずかしくはない結果だ。

 隣の席に座っている十香に視線を傾けるとそわそわした様子でどこか落ち着きが無い。士道はいつものように鞄に荷物を詰め込んでから席を立ち、周囲に気が行っていない十香に声をかけようとすると、ビクッと体を震わせて十香は立ち上がり、何も言わずに走り去ってしまった。

「どうしたんだ十香の奴?」

 成績表が返って来てから十香の様子は随分とおかしかった。

「よう、五河。十香ちゃんはどうしたんだぁ~ん? フルスピードで逃げてったように見えたけど?」

「さぁな、俺にもさっぱりだ」

 親しげに肩を組んで来る殿町の腕を払って鞄を脇に挟む。

「修学旅行は五河は別行動が多かったしな~。最終日の夜、一線を越えたとか?」

「十香とはそんな関係じゃないから」

 修学旅行は波乱万丈だった。

 殿町も折紙も亜衣、麻衣、美衣の三人も修学旅行の最後の夜はシャープショットとキックバックの睡眠薬で死んだようにぐっすりと寝ていた。精霊の封印だの、トランスフォーマーが戦ってただの、アトランティスが出現しただの何も知らない。尤も、言った所で誰も信じないだろうが。

「十香ちゃんじゃないって事は~。さては隣のクラスの夕弦と耶倶矢ちゃんかぁ? あの二人もマックスに可愛いよな? 何・故・か、お前にベタベタしてるしよ」

「……」

 十香に折紙という絶世の美少女に思い寄られ、そこにまた双子の美少女が追加されたのだ。士道は今や全校生徒の男子の敵と言っても良い。

「とりあえず、俺は十香を追いかける。何かあったら話したいし」

「そうかそうか、我が友よ。しばらく会えないのが寂しいな。アデュー!」

「また二学期な!」

 殿町に手を振って分かれると士道は、家路を急いだ。

 一方、その頃。

 十香は士道から逃げるようにして家に帰り、オートボット基地兼精霊特設マンションのロビーに駆け込んだ。十香はエレベーターを上がり、自分の部屋のドアを開錠して中へ入った。そして、鍵とチェーンをしっかりとかけてから慌てた調子で靴を揃えずに脱ぎ捨て、鞄から成績表を出した時だ――。

「十香、成績はどうだ?」

 寝室へ向かう廊下を足早に駆ける最中にリビングの入り口では、柱にもたれかかった士道が声をかけて来た。

「ひぃっ!? シドー!」

 完全に撒いた筈の士道が何故か部屋に先回りしており、十香はその場にへたり込みガクガクと身を震わせていた。

「十香、逃げる事はないだろ? 俺は成績が気になるんだ。一応、お前の勉強の管理の一部を任せられてるんだし」

「シドー……私はお前や琴里や令音の期待に応えたい一心で……」

 いつもとは思えないか細い声で十香は言った。

「期待に応える……ね。十香はその一点を見たら十分過ぎるよ」

 士道は床に落とした十香の成績表を拾い上げた。

「あっ、待てシドー!」

 成績表を奪い返そうと十香が手を伸ばして来たがヒョイと持ち上げてかわして士道は成績表を開いた。

 そこに記された結果は――。

 古典……2。

 現代文……3。

 数学Ⅰ……2。

 数学A……2。

 生物……3。

 化学……2。

 日本史……2。

 世界史……3。

 英語……2。

 体育……5。

 十香の成績表にはこう記されてあった。十香は深く俯いて何も言えずにただただ震えるばかりである。期待に応えられなかったという点が十香にとって申し訳なくて仕方ないのだろう。

「……“5”なしか」

「いや――」

「体育はそうだろう!」

 先に言いたかった事を言われて十香は小さくなる。

「理数系が特に酷いな」

「いや、だがしかし――」

「しかし? まさか“1”は取ってないって言う気じゃないだろうな?」

 再び先に言われて十香は更に小さくなってしまった。世界中を震撼させる空間震の元凶、精霊とは思えないくらいに威厳も迫力もない。

「十香、少し机を見せてもらうぞ」

「へ?」

 士道は寝室にある勉強机を見て直ぐに悟った。そして、机の中を開けて中から袋に入った大量のきなこパンをポンと机に置いて縮こまった十香を見下ろしながら椅子に座った。

「これじゃあ勉強も出来ない訳だ。当然、これは没収だぞ」

 きなこパンを取られるのは堪らないが、十香には今言い返せる言葉が一つも無い。

「寝室は食堂じゃない。文机はテーブルじゃない。今更そんな事を言うつもりはない」

 士道は文机を叩いて語気を強くして言った。

「食べるのは勉強の後ッ!」

「ッ!」

 十香はどんどん小さくなる一方だ。

「でもな十香、所見欄は……凄く立派だぞ」

「え……?」

 十香が顔を上げると士道は感動したように涙を流している。成績表の下に書いてある所見欄には十香の日々の行動に対する評価が書いてあった。

『夜刀神さんは、周りによく馴染めています。日直の仕事も真面目に取り組んでおり積極性が感じられました。クラスのムードメーカー的な存在です』

「偉いぞ十香……」

「シドー……私がタマちゃん先生にこんな風に思われていたのだな」

「ああ、そうだ。立派な事だ」

「シドー、一緒にきなこパンを食べよう。この所見欄に乾杯しよう!」

「そうだな。………………勉強の後でな」

「……」

 

 

 

 

 来禅高校の夏休みが始まって皆、緊張の糸が切れてしまいだらけた生活になっている最中、オートボットの町のパトロールは一層目を光らせておこなってはいたのだが。

「さぁ耶倶矢、私からボールを奪えるかな?」

「応とも! 颶風の巫女である我からいつまでボールを保持していられるかを心配するのだな。オプティマス・プライムよ」

 人間サイズのボールをドリブルし、オプティマスはバスケットボールを楽しんでいた。

「夕弦も見ていないで私からボールを奪っても良いんだぞ」

「宣言。必ずやオプティマスからボールを奪ってゴールして見せます」

 特設マンションの地下を次々と増築してオートボットはコートを作ったりもしていた。耶倶矢と夕弦はオプティマスの周りを走り、地面に着く瞬間を狙って手を伸ばすのだが、どうにも上手くボールが取れずに悔しそうに歯を食いしばっていた。

「私のトラブルもなかなかの物だろう?」

「オプティマス、それを言うならドリブルだよ」

 耶倶矢達のバスケットを見ていた士道がそう言った。

「そうか、ドリブルか」

 オプティマスは話しながらでも耶倶矢と夕弦の妨害をかわし、ゴール下まで走る。

「私のレイカップシュートを見せてやる!」

「レイアップシュートですよ」

「たぁっ!」

 迫力あるかけ声と共にバックダンクでボールをゴールに叩き込み、ついでにゴールを引きちぎってしまった。

「ゴールが壊れてしまったな。また修理するか」

「オプティマス、ちょっと来てくれ!」

「耶倶矢、持っててくれ」

 指の上でくるくるとボールを回して、そのまま耶倶矢に手渡すと十香に呼ばれ、オプティマスはテレトラン1が置いてある広間に顔を出した。

 その後ろから耶倶矢と夕弦、士道も付いて来ている。

「どうしたんだ十香?」

 オプティマスは木槌と釘を使って何かを作っている十香を興味深そうに見た。

「学校の宿題の自由制作なのだが、手伝って欲しいのだ」

 宿題の自由制作、貯金箱などを作ったりするのが主流で自分の手で作る事がルールである。夏休みはまだ序盤、しかし士道や耶倶矢、夕弦も十香の自由制作という言葉を聞いて初めて思い出した。

「ほう、発想力を豊かにしそうな課題だ」

 オプティマスは顎をさすりながら十香が作っている物について聞いた。

「ちなみに……君は何を作っているんだ?」

「貯金箱だぞ!」

 胸を張って言うのだが、木の板の形もサイズも違う物を無理矢理、長方形に組み合わせて釘を打ち込んでいる。貯金箱と言うが、小銭を入れる穴もない悲惨な作品だ。

「十香、貯金箱にしても酷いな」

「我が眷属の造形に悲しみを感じるぞ」

「蔑称。これはゴミですか?」

 オプティマス以外の士道達も十香の貯金箱の出来に唖然とするしかない。

「う、うるさいバーカバーカ! まだまだこれからなんだぞ」

「士道達はどんな物を作ったんだ?」

 オプティマスが尋ねる。

「いや~俺はまだ作ってないんだ」

「我の頭には完成しておる。未だ不可視の存在としてこの世に居続けておるのだ」

「同調。私も作っていません」

「……。そうだな、どうだろう今日にその自由制作を完成させようか。私も協力は惜しまないさ」

 オプティマスが何か物作りが出来るかは分からないが、手伝ってくれるのならどこか心強い気もした。

「みんなは、何を作るのか決めているのか?」

「俺は……まあラジオ」

「計画。地球儀です」

「我に相応しき偉大なる物ぞ!」

 耶倶矢以外は何を作るかは決まっているらしい。ラジオに使えそうな材料はないかとオプティマスは保管室へ行き、もう使わなくなった電材や金属の塊を拾い集めて広間へ持って来て広げた。

「材料になるかは分からないが、この位の事はさせてもらう」

「ありがとう、オプティマス」

 礼を言ってからガラクタを漁り、ラジオや地球儀の制作に取りかかる。耶倶矢はジオラマという極めて難しい物を選択していた。

 十香は鼻歌交じりに木槌を叩いてガタガタの貯金箱を量産して行く。

 自由制作に取り組む様をオプティマスはジッと見守っていた。パーセプター以外のオートボットは町のパトロールに出てしばらく基地に帰って来ない。騒がしい基地はいつもよりズッと静かであった。

 しばらくしていると皆の手が止まり、制作に行き詰まりが出て来た。士道はラジオの音が出ない所で悩み、夕弦は世界地図を作る所で手が止まり、耶倶矢は最初から思考停止だ。十香はなおもガタガタの貯金箱を作っている。

 オプティマスが手伝おうと前へ出ようとした時、背後から肩を掴まれた。振り向いて見るとそこにはパーセプターがうずうずした様子で立っていた。

 どうやら発明家魂に火が着いたようだ。

「キミ達、見てられないよ全く」

「パーセプター……」

「オプティマス、素人は見てて下さい。私が彼等を手伝ってみせます!」

 パーセプターは自信満々になって近付き、まずは耶倶矢のジオラマ制作に取りかかった。

「あの、パーセプター。一応自分の手で作るのがルールなんだけど……」

「わかっているとも! ちょっと手を加えるだけさ!」

 ちょっとと言っているが、パーセプターは工具をしっかり揃えて準備万端だ。

「キミ達に見せてやろう! 本物の職人の技をね!」

 いつになく目がキラキラしているのは気のせいではない。早くも耶倶矢のジオラマ、もとい山の模型を作り上げていた。

「え、えぇーっとパーセプターさん? この模型さ、本当に大丈夫……かな?」

 金属の山の模型を触ろうと耶倶矢が手を伸ばす。

「コラコラ、触っちゃダメだ! まだ作っている最中なんだからな! 夕弦や士道、十香も安心したまえ。私がかつてない大傑作を作って見せるからな! ハッハッハ!」

 士道等には不安しかなかった。

 パーセプターのスイッチが入ってしまい、手がつけられない状態だ。工具箱から見たこともない機械を取り出し、エネルゴンを注入したりとやりたいほうだいだ。物作りに励むパーセプターにやや狂気を感じたが、科学者としての実力を信じて士道等は託した――。

 

 後に完成したのが、士道のラジオは謎の音波を出す兵器で生徒や珠恵を更に全校生徒を気絶させた。

 夕弦の地球儀は何故かセイバートロン星になっていた。

 十香の貯金箱は変形して暴れ出し、学校の壁に穴を空けたりと暴走した挙げ句に爆散した。

 そして耶倶矢の模型は、エネルゴンの波を纏っており今にも爆発しそうな禍々しい雰囲気を醸し出していた。模型にはビックリする仕掛けを施してあり、耶倶矢がスイッチを押すと山の頂上からレーザーが噴き出し、校舎を貫いて行った。そして最後に爆発した。

 来禅高校は二、三日休校となり、士道等の制作には『判定不可』という結果かが下されてしまった。

「何故だ! セイバートロンなら最優秀作品に選ばれるレベルだぞ!? エネルゴンの量を間違えたのか? まさか、火薬の加減を間違えたのかな? まあ良い、次回こそ優勝する作品を作ってやるぞ!」

 どういう訳かパーセプターは再チャレンジを誓っていた。

 同時に士道等も来年の自由制作はパーセプターに任せないと誓っていた。

 

 

 

 

 DEMインダストリー日本支社は天宮市の自衛隊駐屯地へCR-ユニットなどを譲渡したりと日本のASTがこうして精霊と戦い続けられる理由でもあった。その日本支社にDEMのトップであるアイザック・ウェストコットが来日したのは、ただの物見遊山などではない。

 アイザックは今、インペリアルホテル東天宮のスイートルームのソファーに腰掛けてタブレットを片手にその画面をジッと凝視していた。スイートルームのソファーは座ると体を飲み込まれるような柔らかクッションで尻と背中を癒やしてくれるのだが、アイザックが普段使っている椅子に比べれば雑な造りに感じる。その向かえではエレンがイチゴのショートケーキを幸せそうな顔で食べていた。

「エレン、或美島での件なんだが……」

 アイザックがそこまで言うとエレンはフォークを置いて改まった様子で頭を下げた。

「申し訳ありません、アイク。プリンセスを取り逃がしてしまいました」

「いや、その件については責めるつもりは無いよ。夜刀神十香は精霊、スタースクリーム以外のトランスフォーマーも地球にいる……。謎の力を使う少年、いろいろな発見が出来たじゃないか」

 エレンは顔を上げるとアイザックの後ろ、ホテルの外側をホバリングするスタースクリームに目が行った。

「ん? どうしたんだいエレン?」

 様子が変だと気付いたアイザックは振り返って、外で浮かんでいるスタースクリームを見て呆れたように首を横へ振った。アイザックは指を上に向けて『屋上へ来い』とだけジェスチャーをするとタブレットの電源を切って、ソファーに放置してエレンと共にホテルの屋上へ上がった。

「どこに行ったかと思ったらこんな所にいやがったのかテメェ等!」

「それは私のセリフだ。数日も姿を見せずに何をしていた?」

「俺にも俺の事情があんだよ。お前等と違って俺は結構、忙しいんだ」

 特に中身のない事だろうとアイザックは軽視して、深くは追求しなかった。スタースクリームの人格はだいたいわかって来た。自尊心が高く、臆病で、傲慢で、喧嘩好きでバカ。

 脅威にはならないと決め付けていた。とりあえず、トランスフォーマーの情報が少ないので体よく利用していた。

「スタースクリーム、あなたは隠れなければいけない存在です。むやみやたらにロボットモードで飛行しないで下さい!」

 エレンが怒って注意するが、明後日の方向を見て、聞く耳持たない。神経を逆撫でしてくるこの態度にエレンはますます苛立ちを募らせる。

「スタースクリーム。近々、私達はプリンセスと五河士道の捕縛に打って出る。その際はジェシカ達を率いて捕縛してもらうよ」

「カッ~……アイツとか!? やってらんねえぜ」

「文句を言うな。それとエレン」

「はい」

「君に少し休暇をあげよう」

「休暇……ですか?」

「羽を伸ばすのも必要だ」

 かくして、エレンは休暇をもらう事になったのだがただ一つ不満があるとしたらスタースクリームも一緒だと言う事だ。遠回しにスタースクリームの監視も兼ねている事にエレンは直ぐに気付いた。

 スタースクリームの方は気付いている気配はなかった。

 エレンとスタースクリームの休日。まず二人は天宮市にいればエレンはともかくスタースクリームが直ぐに見つかってしまうと考えてイギリス本社にまで引き返していた。旅客機なら十二時間はかかるが、スタースクリームなら数分で着く。何せ彼はスペースジェットだ、地球のあらゆる所へ即座に駆けつけられる。

 一人なら天宮市を見て回ろうと計画していたエレンだが、スタースクリームの所為でその計画も無くなった。イギリスで目立たずにやって行けるのはDEM本社かエレンの自宅しかない。休暇と言って職場に行く気にはなれないのでエレンはスタースクリームを自宅へと案内した。

 エレンの自宅は大層な邸宅で、その周りには民家は無く代わりに森が生い茂った所に建っていた。人気も人の視線も気にしなくていい空間だった。

 邸宅の広場にスタースクリームはゆっくりと降下し、風圧で草をなぎ倒し、小石や砂を巻き上げながら着陸した。スタースクリームのコックピットから出て来るエレンの顔は青く、今にも吐きそうな顔をしていた。

「オメェ乗り物酔いしやすいタイプかァ?」

「うっぷ……あなたの運転の時だけです!」

「世界最強が聞いて呆れるぜ」

 スタースクリームは広場から見える立派な豪邸を見てエレンに尋ねた。

「一人暮らしか?」

「そうです。掃除はたまに専門の人にやらせています」

「そうかい。んで、これから何すんだ? 俺様をわざわざ自宅に呼んでよォ」

 スタースクリームが移動しようと一歩、足を動かしたと同時に何か物が割れる音がした。

「あっ、わりぃ」

「ちゃんと下を見て下さいよ! その噴水高かったんですからね!」

 スタースクリームの足の下には無惨に粉々になった噴水があった。怒っているエレンを適当になだめて、手の上に乗せるとそのまま邸宅まで運んでやった。

「少し着替えて来ます。ちょっと待ってて下さい!」

 荒っぽくドアを閉めて、スタースクリームを玄関先に放置して屋敷に入って行った。

「あーあ、泣く子も黙る航空参謀スタースクリーム様が今やガキのお守りかよ。悲しいねぇ~。コンバッティコン共も日本に送っとく必要があるな」

 アイザックに顔を出しつつコンバッティコンの指揮、ショックウェーブと会っていろいろ作戦を練ったりとスタースクリームは確かに忙しい状態だ。これもスタースクリームがいずれこの星を支配し、セイバートロン星を蘇らせる計画でもあった。

「コンバッティコンのバッキャロー共め事あるごとに俺様に文句を言いやがるし、そろそろ素直に命令を聞く部下ってのが欲しいな。待てよ? 反アイザック派の連中を丸め込んで俺様の部下にしてやるのも良いな!」

 エレンが戻って来るまでの間、スタースクリームはずっと独り言を言って盛り上がっていた。ひたすら、独り言を漏らしたかと思うと、次に八舞姉妹の事を急に思い出して怒り出す。

「そういやあの双子のチビ共! 俺様のケツに妙な矢を撃ち込みやがってぇ! 許せねぇぇ! 日本に戻ったら真っ先にぶっ倒してやる!」

「よくそんなに独り言が言えますねスタースクリーム」

 着替え終わったエレンの格好は競泳用水着の上にパーカーを羽織って、脇にはビート板が抱えてあった。

「何すんだ? お前」

「泳ぎの練習です。せっかくの休暇なんで世界記録に挑戦しようと……」

 やけに自信たっぷりに言い放つが、この時スタースクリームは首を傾げていた。エレンは顕現装置(リアライザ)が無いと悲しいまでに運動音痴の救いようのないドジだ。疑問は残るが、水泳は得意なのだろう、と予想して邸宅の庭に配置された五〇メートルの屋外プールにやって来た。屋外プールというのに水は綺麗で清掃が隅から隅まで行き届いている。

 そして――。

「……」

「あっぷっ! す、スタースクリーム! た、助けて下さぁい! あ、足が足がつりました!」

 ちゃんと体操もしないで泳いだ結果、エレンは足をつってしまい溺れかけていたのだ。

 プールサイドにいたスタースクリームに引き上げられたエレンは咽せながら口に入った水を吐いて、深呼吸をして気持ちを落ち着けていた。

 危うく、世界最強の魔術師(ウィザード)の死因が溺死になる所だった。

「とことん運動の出来ない奴だなぁ」

「そんな筈ありません! 世界最強たる私が一五メートル泳ぐというのなら凡百の人間はせいぜい五メートルが限度です!」

「水の上を走って一五メートルならスゲェーだろうよ」

 ビート板有りで一五メートルしか泳げないのは余りに酷い。とりあえず、準備体操をエレンにさせてからもう一度プールに入れた。

「良いかエレン、人間は息を吸えばちゃんと浮くように出来てんだ! 変な泳ぎ方はするな!」

 スタースクリームがエレンの水泳のコーチとなって指導を開始した。せめて今日中には五〇メートル泳げるようにするのが目標だ。

 平泳ぎのつもりか、顔は水面から常に出て、尻は水中深くに沈んで全く上手く泳げていない。ジタバタとしているだけで水面を叩いてさっきから進めずにいた。

「エレン、息を止めて一度浮いてみろ」

「ずっと息を止めたら息出来ないじゃないですか」

「誰がずっとって言ったァ! ちょっとで良いンだ!」

 スタースクリームの指示を聞いてエレンはまず水中に浮こうと頑張るのだが、どうしても沈んでしまう。

「……」

「もう今日のプールは無しです! 次の趣味に行きます。ちょっと着替えて来るんで待ってて下さい!」

 見苦しい姿を見せてしまい、恥ずかしがるようにしてエレンはプールから出て屋敷の中へ帰ってしまった。

「アイツ、威厳ねぇな……」

 しばらく、プールサイドで揺れる水面を眺めながらエレンを待っているとドアが開いた音が聞こえてスタースクリームはそちらに顔を向けた。さっきの競泳用水着から着替えたエレンの今回の姿はなんと、狩人だ。茶色い服装に帽子をしっかりと被り、背中に猟銃を背負っている。

 多趣味なのだろうが、エレンは長続きしないタイプだ。殆どの原因が運動音痴という所から来ている。

「何だ、それ」

「ハンターですよ! この森にはたくさんの野生動物を放し飼いにしてあるんです! それを狩りに行きます」

 不安だらけだがスタースクリームはエレンの後に続いて敷地内の森の中へ入って行く。さっきのプールでの姿を見てスタースクリームはエレンに何も期待していない。銃くらいは撃てるだろうと言う認識だ。

「で? 一体何を狩るんだ?」

「やはり百獣の王、ライオンですね」

「ライオンがいるのか、この森に?」

「わかりません」

「ちゃんと放し飼いにしてる動物くらいわかってろよ!」

「だってだって、いっぱい放し過ぎてわからないんですって!」

 更にエレンが何か言っていたが、スタースクリームは森の中で動いた動物の影を察知してナルビームを放つ。

「あれ……?」

 光線は狙った方向とは随分ズレて飛んで行ってしまった。

「いやはや、見事な腕前でござんすねぇ~」

 下手くそな射撃を見てエレンは口を押さえて笑い声を押し殺していた。

「くっ、やかましいこのチビスケめ!」

 気を悪くしたスタースクリームはエレンにナルビームの銃口を向けた。

「あ、スタースクリーム。そのままそのまま、迫力満点の良い絵が取れますよ」

「あァ?」

 突如、森から巨大なアナコンダが降って来、スタースクリームの首や体に巻き付いた。

「ウワァッ! な、何だコイツ! おい、誰かこのおかしなのをどけてくれェ!」

「いや、でもその蛇はあなたを気に入っているみたいですよ。アハハハ!」

 笑っていたのは束の間、今度は別の蛇がエレンの体に巻き付いて来たのだ。

「キャァァ! 何ですかコレ! だ、誰か外して下さいィ!」

「ほら言わんこっちゃねぇ! お前がちんたらしているからだ!」

「ひぃ……蛇が服の中にぃ……き、気持ち悪い!」

「ハッ! その蛇野郎はテメェを気に入ったらしいな!」

「冗談言ってないで助けて下さいよォ!」

「俺も外れねぇんだ! 誰かぁ!」

「助けてぇ!」

「助けてくれぇぇ!」

 ――その後、たまたまエレンが持っていた蛇を追い払う殺虫剤が破裂して事なきを得たが、危うく航空参謀と世界最強の魔術師(ウィザード)が単なる蛇に絞め殺されそうになった。

 休暇の筈が二人はドッと疲れてしまい、スタースクリームとエレンは浜辺で座りながら沈んで行く夕日を眺めていた。

 

 

 

 

 オートボットの基地にはオートボットのメンバーが勢揃いし、珍しく十香達、精霊組の姿は無く士道と琴里そして令音だけが集まっていた。

 今日、集まったのはオプティマスから大事な話があると言われ、更に十香達には伏せておきたい話らしく、彼女達に声はかからなかった。十香等に伏せて、士道には言わなければいけない話と聞けばかなり深刻な雰囲気だ。

「皆、よく集まってくれた。まずは、十香達精霊の事で分かった事があるので君達に報告したい。パーセプター」

「はい」

 パーセプターはテレトラン1を操作して基地にある巨大なディスプレイ画面にデータを映し出した。そこには、十香や四糸乃そして八舞姉妹の画像データと事細かにステータスが記してあった。

「これは何?」

 一見しても何もわからない琴里はすぐに詳細を聞いた。

「これは彼女達のデータだよ。みんなに見て欲しいのはこの子達の左胸なんだ」

 画像データを切り替えて十香達は内面の画像を表示された。左胸の位置、そこには確かに紫色に光る結晶と思しき物がある。

「霊結晶ね……それがどうしたの?」

「この霊結晶は極めて純度の高いダークエネルゴンの塊なんだ」

「ちょっと良いかい?」

 令音は手を挙げて話を遮った。

「ダークエネルゴンとはそもそも何だ? あまり話したがらないようだが?」

「ダークエネルゴンはユニクロンの血の結晶と言われている」

 オプティマスは再び話し出す。

「ユニクロンは我々、トランスフォーマーの永遠の敵だ。破壊神と呼ばれるそのユニクロンはいくつもの惑星を食して来たと記されてある」

「……ユニクロンがメチャクチャな奴ってのは分かったわ。でもそれと十香達の霊結晶がなんだっていうの?」

「では説明させてもらうよ。この霊結晶はどれもこれも濃密なダークエネルゴンなんだ。そしてこの霊結晶は自然界には存在しない。つまりは、私の考えからするに十香達の生まれはユニクロンの体内と考えるのが妥当だろうね」

 聞きたい事はあるが、琴里は黙ってパーセプターの話を聞いた。

「十香達の検査をしているついでに士道の体も検査したのだが驚きの結果が出たよ」

「士道、スターセイバーを」

 オプティマスが言うと士道は頷いて胸に手を当てて体の中から引き抜くようにスターセイバーを出した。これには琴里も令音も驚きを隠せない様子だ。士道がいつの間にか変な力に目覚めていたのだから。

 スターセイバーには輝きがなく、ただの金属の剣にしか見えない。オプティマスはスターセイバーの刀身をジッと眺めてから二つの大きなレンズから光を投射して刀身に当てた。

 すると、刀身から大きな光が全体に放たれてそれはやがて立体映像として現れた。立体映像には見たこともないトランスフォーマーが一人映っている。

「ゼータプライム……!」

 グリムロックは感激と懐かしさで声を上げた。

「ゼータプライム? 誰それ?」

 琴里と令音は首を傾げながら尋ねた。

「オプティマスが司令官になる前に司令官を務めていたお方さ」と、ジャズが軽く説明した。

『この映像が見られた時、私は死に同様にセイバートロン星も不毛の地と化しているだろう――』

 ゼータプライムの話にはあらゆる謎の解明があった。

 士道が嵩宮家から捨てられ、五河家に養子に引き取られる空白の一年間、その一年間の面倒を見ていたのがゼータプライムであった。

「……」

 士道はいくら記憶を探ってもゼータプライムとの思い出が出て来ない。それもそうだ、別れ際にゼータプライムは士道に記憶の処理を施していたのだ。

『オプティマスがプライムの地位に着くのは分かっていた。彼はそれだけ高潔な男だ。マトリクスはプライマスのスパークの一部だ。プライマスを蘇らせる為にいつか必要になる。私は密かにプライマスの意識だけを切り取り、士道の体に宿した。それによりプライマスは肉体こそ死んだが、魂だけは士道の中で生き続ける』

 いつの日かセイバートロン星を蘇らせる為にスパークと意識の両方が必要になる。ゼータプライムはプライマスの意識まで破壊されまいと士道に託したのだ。

 

 何故、士道に精霊を封印出来る力があるか、これではっきりした。

「士道、君に宿ったプライマスの力がユニクロンの力である精霊を封印出来たのだ」

 士道はとりあえず黙って先に話を聞く。

『私は彼がこれから厳しい人生を歩むと予想して彼が死に直面した際に発動するプロテクトをかけた』

 恐らく、初めて十香と遭遇した時、十香の斬撃から身を守ったのも、琴里の炎から身を守ったのも全てゼータプライムの仕掛けたプロテクトの影響だ。

『このプロテクトは三重にして仕掛けてある。三回まで命を守るだろう。ディセプティコンにこの事を知る者はいない。もし、オートボットがこれを見たのならその時は、士道を全力で守って欲しい』

 ゼータプライムの映像はここで終わり、スターセイバーは元の鉄の剣に戻ってしまった。

「私達の戦いに君を巻き込んでしまった。すまないと思っている」

「……唐突過ぎてついていけなかったな」

 士道はそう一言漏らした。

 だが一つ安心した。こんな強大な力を使える自分がもしかしたら化物か何かではないかと不安だった。しかし、ゼータプライムの映像で良くわかった。士道はれっきとした人間であり、化物ではない事が。

 士道は顔を上げてオートボットを見回した。

「いろいろわかってスッキリしたよ。俺の第二の育ての親もわかった事だし」

 まだ脳がついていけてないのか、士道は意外にもすんなりと現実を受け止める事が出来た。

 今はこの力の責任を果たすのが目標だ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。