デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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1話 十香×ロストエイジ

 天宮市の自衛隊AST部隊の基地のとある地下室はいつにも増して静まり返っていた。ASTの地下室は解剖や研究などにも使用される。地下室はかなり大きめに作られてはいるものの、元来の使用用途は解剖と研究な為、あまりに巨大な物が入れば窮屈を覚える程だ。

 地下室は定期的に機材のカチャンと言った音がするだけである。研究員と思しき人物が取り囲っている物には大きなシーツが被せられ、シーツは輪郭に沿うようテントを張っていた。

 静かな地下室の外からはガヤガヤと騒がしい足音と声が聞こえて来た。少しすると地下室のドアが開き中へ数人のAST隊員が入って来た。

 隊長、日下部遼子とAST隊員のエース鳶一折紙と以下数名の隊員だ。

「これが天宮市の外れに落ちていたの?」

 遼子が怪訝な表情で聞くと研究員の一人が解説を始めると同時にシーツを取り払った。

「説明させてもらいます」

 シーツが払われ、台の上に乗っている物が露わになりその場にいた隊員の殆どが目を疑った。

 鋼鉄よりも強固な金属の肉体を持ち、且つ巨大な人型に息を呑んだ。体の各所に少し焦げた後を残す、眠った状態となったグリムロックはあのスペースブリッジの爆発の際に地球へと移動していたのだ。両手と両足は念のために分厚い鉄板とエレベーター用のワイヤーロープで縛り付けられている。

「まずはこの機械、金属部分を解析した所、極めて頑丈でこの基地にある道具では削る事が出来ませんでした。更に詳しく調べましたが、この金属が地球には存在しない事もわかりました」

「つまりこれは何? 精霊か何かなの?」

「違います。精霊ならば魔術師ウィザードの使う兵装で傷付ける事が可能ですが、この機械はそれでさえビクともしませんでした。精霊の住まう隣界の兵器か、未来から来たか、宇宙人か……」

 遼子はどれも否定出来なかった。

 精霊という非現実的な存在が現れてそれらと戦っているのだ。宇宙人も未来人も非現実的だが、変な仮説よりもそう言われた方がしっくり来る物があった。

 白髪の美少女、鳶一折紙は凍りついたように変化の無い表情のままグリムロックの体にそっと触れた。

「それで、この兵器は使えるの?」

「本日中にはもっと大型の機材が届くのでその際に頭を開いてみれば……」

「これで精霊は殺せるの?」

「答えかねます」

「そう……」

 再びシーツをかけようと研究員が床に落ちたシーツを手にした時だった。台の上で横たわる巨人のバイザーが赤く光った。

 同時に体に体の各所がピカピカと赤いランプが鈍く点滅するとビクンと、体が弓なりに跳ね上がった。頭を台にぶつけたが気にせずグリムロックの体は痙攣したように震え続けた。眠りこけていたスパークが何かに触発されて目を覚ましたのだ。容易く拘束具を引き千切り、苦痛と怒りに溢れ返った咆哮を上げる。

 ダイノボットの抑え切れない獰猛な本能と常識外れの怪力が働き、特殊加工されたAST駐屯地の地下室の天井に穴を開けた。

「殺してやる! ショックウェーブ!」

 殺意の篭ったグリムロックの声が室内に反響する。それよりも部屋にいた隊員や研究員が驚いたのはグリムロックが人語を話した事である。

「何アイツ喋れんの!?」

「ここは危険、今すぐ退避すべき」

「言われなくても! 総員退避しなさい!」

 その場にいたAST隊員が地下室から離れるとグリムロックは腕から鋭利で巨大なブレードを突出させ天井を切り裂き、壁やドアを簡単に切断していった。

 

 

 

「つーかアイツ寝てんじゃないの!」

「隊長、CR-ユニットで殲滅を提案する」

 地下室を抜けた燎子と折紙等は走りながら暴れだしたグリムロックの破壊について考えていた。

「それがいいわね、得体の知れない奴だしそれにあんだけ暴れられたら基地が保たないわ」

 既にワイヤリングスーツは着た状態、後はCR-ユニットを展開すれば戦闘準備は完了だ。燎子は通信機を耳に当てると基地の司令室に連絡を取った。

「司令室、応答願います」

『日下部三尉か!? すぐに出動しろ、天宮市中央区で空間震が観測された』

「く、空間震ですか!」

 後ろには暴れたグリムロック、次には空間震と精霊、今日は厄日だと燎子は内心叫びたくなった。

「司令、昨夜に確保した例の機械兵器が暴れだしています」

『それは我々が対処する、ASTは直ぐに現場に急行しろ。これは命令だ!』

 上官の命令が通信機から漏れる程に強く響き、折紙にもそれは聞こえていた。

「さっきの機械はここで対処するってさ、あたし達は普段通り精霊の抹殺よ」

「了解」

 折紙の静かな声と隊員等の気合いの入った返事が折り重なった。地下室へ通ずる廊下を出て、CR-ユニットを展開する最中だ、燎子と折紙が目にしたのは地盤を砕いて這い上がるグリムロックの姿だ。

「嘘でしょ……地表まで何メートルあると思ってんの」

「今はあれに気を取られてはいけない。私達は精霊を殺す事に集中すべき」

「ええ……」

 AST隊員がCR-ユニットを装着、出動した後に基地に配備された兵器がグリムロックに襲いかかった。

 十メートルはある鋼鉄の巨人に対して横隊を組んだ戦車の一斉砲撃が見舞われた。人類の常識ならば精霊以外ならこれで破壊出来たと、勘違いするだろう。黒煙の中からはグリムロックが何気ない表情で現れた。

 顔には先ほどの怒りはいつの間にか消え去り、困惑の色が伺えた。グリムロックの記憶では戦車の姿を見てコンバットロンのブロウルや血気盛んなワーパスを思い出したかもしれないが、目の前にあるのはただの戦車だ。

 砲弾を受けながらグリムロックは記憶を辿ってみたが、ショックウェーブを尻尾で跳ね飛ばしてスペースブリッジが崩れる所までしか思い出せない。

 

 考えても仕方がない。グリムロックの知能はショックウェーブの改造によって知性などの力は全て戦闘力に回されてしまっているのだ、本来ならば会話さえ出来ない筈だ。

 戦車に加えて武装ヘリの攻撃も合わさったが、グリムロックの周囲に張られたシールドがそれらを皆打ち消して行く。攻撃ばかりされていても面白くない、そう思うとグリムロックは手近にあった戦車を持ち上げると砲塔と車体の二つに引きちぎって地面に落とす。

「何だ、コイツ等、何で攻撃する」

 未知の惑星で未知の存在からの攻撃、グリムロックはこれらの要素から出来るだけ穏和な解決法を導き出した。

 それは敵勢力の無力化だ。

 目的が決まれば行動は早い。ライトニング・ストライク・コーリション・フォース、改めてダイノボットの得意分野の戦いと破壊工作だ。

 

 付け加えて言うがあくまで無力化であり殲滅ではない。

 

 ソードを形成してまずは挨拶代わりに一振り、すると戦車は綺麗な切断面を見せて真っ二つとなった。グリムロックは少し驚いた。

 あまりの脆さに。

 次に戦車を持ち上げるとハッチをこじ開けて搭乗する兵隊をボトボトと払い落としてからグリムロックは頭突きで破壊して見せた。

「俺、強い、わかったか!」

 この様子を見る天宮市駐屯基地の陸将の桐谷公蔵は眉をひそめていた。グリムロックの予想外の強さになす術が無く困り果てていた。いつもは燎子等の精霊抹殺の失敗をいびるが、もしグリムロックを止める事が出来なければ普段の恨みも込めて十倍返しを食らうであろう。

「う~ん、この兵器は言葉が通じるのか……かなり拙いが会話が出来るならば手土産でも持って大人しくしてもらうか」

 公蔵はすぐに軍に攻撃の中止を命じて警戒態勢だけ取らせた。ASTがいない今、どれだけ足掻いても結果は見えている。公蔵は燎子に笑われない為だけに行動を開始した。

 

 突如、攻撃が止んで部隊が後退を始めるとグリムロックはより警戒心を高めた。高火力兵器を投入し、味方を巻き込まないように後退させているのかとグリムロックは推測した。

 盾を展開して攻撃に備えるグリムロックに一台のハンヴィーが近付いて来るのが分かる。機関銃くらいは装備してあるが、それでなんとかなるなど思っていない。ハンヴィーには二名の兵士と公蔵が乗っていた。

「ごきげんよう、私の言葉が分かるかね?」

「何だ、お前」

「私は桐谷公蔵、ここの司令官をしている」

 僅かな知能でも司令官という物の価値は分かっている。尤もセイバートロン星と地球では司令官という役職の重みがかなり異なっては来る。

「俺、グリムロック。ダイノボットのリーダー」

「グリムロック? それが君の名前だね? ダイノボットと言うのは君のメーカーか何かかな?」

 グリムロックは両手を地面に着いて大きな顔を公蔵に近付いて来た。恐ろしく威圧感のある姿に公蔵の隣にいた兵士が銃を構えた。

「銃を下ろせ……」

 公蔵は手で制して銃を下ろさせた。

「ここ、どこだ、お前達何だ……?」

「ここは天宮駐屯基地だ。私は軍人だ、分かるね? 軍人だ」

 公蔵は次にこの怪物が何を聞いて来るかを考えていた。得体の知れない金属の巨人と会話、報告書の文面がずいぶんとSF小説チックになりそうだ。

「うぅぅッ……考え、まとまらない、何かが、いる」

「何か? 何かとは何だね?」

 グリムロックは公蔵から顔を離すと頭を押さえながら絶叫し、格納庫の壁を力任せに殴りつけて壁を削り取った。そして立ち上がるとグリムロックは戦車を跳ね飛ばしながら基地の外へと走り去った。

「まずいな……あれが町に出たらシャレにならん」

 公蔵は通信機を取り、現場に急行する燎子に命令を付け加えた。

 

 

 

 

 士道の前にいる少女の表情は寂しさと怒りの混ざり合った物である。士道は少女の美しさに呆気に取られて言葉を忘れていた。

 夢から覚めたか如く我に返った士道を少女は敵意の眼差しで見ていた。

「お前も……私を殺しに来たのか?」

「へ……?」

 地面に突き刺さった大剣を軽々と引き抜き少女は威嚇のつもりで剣を振り落とした。切っ先の直線に風圧の刃が走り抜け、士道に吸い込まれるように向かっていく。士道は反射的に手で顔を覆ったその刹那、閃光が周囲を支配すると同時に少女の斬撃は光に弾かれて綺麗に霧散した。

 

「何!? 貴様、私の攻撃を……いったい何者だ。大方私の命を狙っているメカメカ団だろう!」

「ち、違う俺は殺そうなんて……!」

 確かに士道に迫っていた攻撃は士道を目前にして消えてなくなった。士道には何が起こったのかさっぱり分からないが一命を取り留めたのは確かであった。

「見え透いた嘘を吐くな!」

 瞳に殺気がこもり少女は剣を再度振り上げたと同時に数発のミサイルと銃弾の雨が少女に降り注いだ。

 士道がミサイルの煙を追って放たれた方向を見ると空には見たこともない装備で固められた女性の一団が滞空している。

「こんな物……」

 黒煙を振り払って少女は呆れた様子で次なる攻撃を鏖殺公(サンダルフォン)で振り払う。

「性懲りもなく私の命を狙うか……」

 空中には奇妙な兵士、目の前には規格外な能力の少女、士道の頭の中はパニック状態だ。

 そんな時だ、兵士の中から一人の少女が飛び出した。鳶一折紙である、射撃武装を投げ捨てて折紙は刃の無い柄を取り出したかと思うと柄から光刃が伸びて少女の鏖殺公と激しくぶつかり、拮抗する。

 状況が理解出来ない士道はとにかくその場から退散する。命が大切だし、不意に頭によぎった琴里の顔が士道の本来の目的を思い出させてくれた。

 

 一方、剣と剣で繋がった少女と折紙は一歩も退こうとしない。

「何故、私を狙う? 何故、私が死なねばならない!?」

「あなたが精霊、私がASTだから」

「意味がわからん!」

 少女の剣に霊力の渦が巻き付くと折紙の剣を押しのけて光波を叩き出した。寸での所でスラスターを噴射して上空へと逃げた折紙は光波を受けずに済んだ。

「無茶し過ぎよ、折紙」

 捨て身な行動を案ずる燎子は折紙を注意した。

「気をつける、でも銃弾やミサイルでは効果が薄い。近接戦闘も危険」

「どうしたもんかしらね……」

「隊長、南から未確認反応があります!」

 隊員の一人が叫ぶ。

「未確認反応? まさか精霊じゃないでしょうね?」

「わかりません、霊力反応がないので精霊ではないと思いますが……」

 随意領域(テリトリー)が展開されて視界が通常の何倍も透き通った状態の燎子は南方を肉眼で確認してみた。

 土煙を上げて重量感のある足取りで走って来る存在、燎子がそれが何かわかった時、愕然とした。

 未確認反応、それはグリムロックだ。

「くっそ、あの役立たず司令官め! な~にがこちらで対処するよ。全っ然出来てないじゃない!」

「どうしたの?」

「こっちに向かってるのはあの鉄人よ鉄人!」

「破壊する?」

「あ~! こっちは“プリンセス”で一杯一杯なのに!」

 精霊かトランスフォーマーかどちらを対処すべきか考えているASTを“プリンセス”と称された少女は眉をひそめながら睨んでいた。

 詳しい事はわからないが、ASTに混乱が生まれているのは把握出来た。邪魔な連中を一網打尽にするにはまたとないチャンス、“プリンセス”は大剣を振り上げて霊力の刃を放つ。

 真っ直ぐに空中のAST部隊に放射された斬撃だったが、斬撃の行き先はASTではなく黒い大きな腕にぶつかった。

 “プリンセス”の精霊の一太刀を受けて無事でいられる兵器は地球に数えるほども無いだろう。グリムロックの周囲を包んでいた膜のようなシールドは“プリンセス”の攻撃で少し削がれたが、直に再生する。

「グルルルゥゥ……!」

 グリムロックは喉を唸らせて“プリンセス”を睨み付けると腕からソードを突出させ有無を言わさず斬りかかった。

 ダイノボットの強力無比な一撃が大地に蜘蛛の巣状に亀裂を入れると次の瞬間には地盤が砕けた。

「お前も……私を殺すのだな」

「お前、匂う、グリムロック鼻とても良い」

「何が匂うと言うのだ!」

「お前から……ダークエネルゴンの匂い、する」

「だ、ダーク……何だって?」

 聞き慣れない単語に“プリンセス”は目を丸くした。グリムロックはソードを横薙に振り回し、少女の軽い体はガードした先から崩された。身を宙へと投げ出された所でグリムロックが追い討ちをかけようと踏み込むと、少女は消失(ロスト)した。

 グリムロックのソードは何もない空間を切り払うばかりであった。

 さて、精霊は隣界へ消えてASTの悩みの種がグリムロック一人になった。攻撃を加えるには絶好の機会であるが、グリムロックも瓦礫の平原から市街地へ入り込み、巧妙な動きでなんとかASTを撒く事に成功した。精霊もグリムロックも討ち損じたASTは仕方なく帰投していった。

 

 

 

 さっきまで人生で最も危険で濃厚な体験をしていた士道は先ほどの体験が頭の中でずっとこびりついている。それ以上に士道の頭には悲哀に満たされた少女の顔が気になって離れなかった。

 同時にいくら探しても返事さえ返って来ない琴里に士道は嫌な予想を掻き立てる。自宅のあった場所は空間震で消し飛び、琴里の居場所を最後に確認したのは自宅の前であった。

「琴里……」

 士道が大切な妹の名前を呟くと士道の視界がやけに歪み出す。

 いつもの現象か? 違う、ひとしきり士道の視界が歪むとやがて眩い閃光に満たされ、体が一瞬だけとてつもなく軽くなった。

 士道が眩しさに目を被っていた腕をどけて目に映ったのは全体が金属に包まれた部屋、それもただの部屋ではない。すぐに辺りを見渡せばSF映画の宇宙船のような巨大スクリーンと中央には艦長席と思しき椅子がある。

「へあ?」

「何素っ頓狂な声出してるのよみっともない」

 ウィーン、と重厚な自動ドアが横に開くとそこには琴里がいた。肩にはマントのように赤い制服を羽織り、口には大好物のチュッパチャプスがくわえられている。

 少し違うのは普段の甘えたな声色と髪をくくっているリボンが白から黒へ変わっている点だ。

「琴里なのか……?」

「当たり前でしょ、あんたは可愛い妹の顔まで忘れたわけ?」

「良かった、生きてて……」

「勝手に殺さないでよ」

 士道は琴里へ走り寄り、肩や腕を触り怪我が無いか確認した。

「怪我はないか? どこも擦りむいてないな? 一人で泣いてないか?」

「子供扱いしないでよ、士道。あたしは大丈夫だから」

 冷静な態度で琴里は髪をかき上げると艦長席に腰掛けて足を組んだ。

「ん……? そういや琴里、ここはどこ?」

「フラクシナスの中よ。あたし達“ラタトスク機関”は精霊を武力で殲滅するんじゃなくて愛を以て接する事をスローガンにしているの。とりあえずあんたには今から精霊との交渉役と封印役をお願いするわ。万が一の事を想定するけど士道はどこか生命保険に入ってたかしら?」

 士道は目が点になっている。

「まあ、良い保険屋さんに入れとくわ。今から説明するけど空間震ってのは精霊がこの世界に現れたら自動的に発生するスーパー災害、その精霊を倒すのが陸自のAST部隊よ。ここまでで質問あるかしら?」

「うん、全然理解出来ん」

 琴里は頭を抱えてため息を吐いた。

「一度お猿さんからやり直せば?」

「分かる訳ないだろ! つーかここは何? あの超人誰!? 空のメカメカ団何!?」

「神無月」

「はっ!」

 琴里がパチンと指を鳴らすと背中に忠犬と書かれた金髪のロングヘアーの中性的な顔立ちの男性が機械を操作した。

「見なさい士道」

 琴里が指差した巨大スクリーンにはあの寂しげな少女の姿が映し出されていた。

「あの子が精霊、空間震を引き起こしている原因よ」

「あ、うん……」

 士道は返事した。普段なら苦笑いする所だが人間離れした力を目の当たりに士道だから精霊という言葉もすんなり受け入れれた。

「今、世界にはこの精霊に対して二つだけの対処法があるの。一つ、精霊の抹殺。二つ、精霊をデレさせて力を封じる。あたし達は精霊をデレさせて封印を目指す“ラタトスク機関”の一員なの」

「んで、さっきお前の説明ラッシュの中でちょびっと聞こえた俺が交渉役がどうのって」

「そうよ、あんたには世界で唯一の精霊を封印する能力がある」

「…………どうやって封印するんだ?」

「精霊とデートしてメロメロにする」

 士道は頭の中身が弾けそうになった。混乱に混乱が続いた為、士道は半ば頭が麻痺してやけに理解が早くなっているものの遂に限界が来た。

「少し休んで良いか?」

「ええ神無月、休憩室まで案内しなさい」

「はい、司令!」

 神無月と呼ばれる男に連れられ、士道は艦橋から姿を消した。丁度それとすれ違いで入って来たのは眠たそうに目元にくまを作った白衣を纏う女性は解析官・村雨令音だ。

「司令、どうだい君のお兄さんの様子は?」

「ギリギリついて来れてるみたい。そっちはどう?」

「ああ、新しい映像データが入手出来た。見てくれ」

 令音は目をこすりながらスクリーンに映像を映した。そこには短時間だがグリムロックと交戦する“プリンセス”の姿がある。

「ASTの兵器かしら?」

「いや、“プリンセス”と交戦する前にこの兵器はASTの駐屯地で大暴れしている」

「精霊の攻撃を受けても無傷って凄い耐久力ね」

「ああ、人間の物じゃあない。かと言って精霊という訳でもない。この兵器からは霊力は一切感知出来なかった」

「ASTでも精霊でもない……か」

 琴里は真剣な眼差しでグリムロックの暴れる映像を凝視した。

「――!? 令音、映像を少し巻き戻して」

「ん? ああ、わかった」

 琴里が巻き戻しを命じて再びグリムロックが“プリンセス”に斬りかかる映像が再生された。

『お前から……ダークエネルゴンの匂い、する』

「ダークエネルゴン……?」

 雑音が酷い映像から琴里はその単語だけは聞き逃さなかった。

「うん、確かにダークエネルゴンと言っているね」

「令音、この間解析を頼んでいた物あったでしょ?」

「ああ……あの青色のクリスタルかとても綺麗だよ。硬度は高く、植物の花のように艶やかだ。でも極めて不安定で可燃性が高く爆発しやすい」

「そのクリスタルの名前は?」

「無い。初めて見る物だよ」

「……」

「難しい顔をしているね。まさかこの兵器も救う気かい?」

「気になるだけよ」

 琴里の懸念はグリムロックが士道が“プリンセス”との交渉中に現れるかも知れないという可能性だ。この未知の兵器が血も涙も無い殺戮マシーンならば先にこちらを対処せざる負えないからだ。

 平静を装う琴里だが、内心では若干の焦りもあった。

 

 

 

 

 AST部隊を撒いたグリムロックは市街地を離れて人里の離れた山奥にまで逃走していた。

 山奥にまで入るとグリムロックはティラノサウルスに変形トランスフォームする。

 ショックウェーブの実験で変形機能に制限をかけられていたグリムロック、それはビーストモードがあまりに強力過ぎるが故にかけられたプロテクトだ。しかし、今のグリムロックはそのプロテクトを破壊して変形機能を取り戻した。

 森林を押し倒しながらグリムロックは山の中腹にある少し開けた場所にまで出て来るとうつ伏せになって寝転んだ。

「俺、グリムロック腹減ったなぁ~」

 眠りに就こうとまぶたを閉じようするグリムロックを見つめる影が一つあった。

 その影が動き、パキッと枝を踏み僅かに音を立てる。

「誰だ!」

 グリムロックは巨体を起こして音の方向を睨むとのそのそと歩き出し邪魔な大木を頭で払いのけた。

「ひっ……」

 グリムロックの姿を見て何者かが尻餅をつく。今にも途切れてしまいそうな声を頼りにグリムロックは辺りを見渡してからふと、見下ろす。

 うさぎの耳のような装飾が取り付けられたフードを深々とかぶり、左手にはおちゃらけたデザインのパペットを着けた小さな少女が今にも泣き出しそうな目でグリムロックを見ている。

「こ、来ないで下さい……痛く、しないで下さい……」

「俺、グリムロック。痛い事しない、弱い奴に興味無い」

 グリムロックは小さな精霊、四糸乃を無視して寝転がる。

「お前、エネルゴン持ってないか?」

 グリムロックの問いに四糸乃はブンブンと頭を横に振った。

「そっか」

 四糸乃は木陰からグリムロックの様子をジッと見ていた。四糸乃もまた精霊という存在故に自分以外からは殺意しか向けられた事のない運命にあった。四糸乃に取ってグリムロックの見た目は当然ながら対応もイレギュラーなものであった。


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