デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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一週間でこんだけ書くのは疲れますね。
まあにじファンで書いてた頃より楽にやらせてもらってますが。


18話 士道の力

 負傷したワーパスを連れて帰ったオプティマスはアトランティスを攻める計画を立てていた。ワーパスのリペアは数時間で終わってまた元通りの元気な姿を見せてくれた。アイアンハイドが命懸けで二人を逃がした所為でアイアンハイドは捕らえられてしまった。最優先事項はアイアンハイドの救出にあった。

「アイアンハイドが捕まってしまうとは……」

 パーセプターは心配そうにリアクションを取った。

「オプティマス、アイアンハイドの救出ですが私に任せていただけませんか?」

「君一人でか?」

「はい」

 オプティマスは驚いた。パーセプターは大抵前線には出ずにオートボットの兵士からたまに臆病者呼ばわりされていた。オプティマスは彼は科学者という立場の為、前線に出る必要はないと決めていた。そんな男があの巨大な要塞に一人で立ち向かおうと言うのだから驚きだ。

「危険だ、許可出来ない」

「グリムロックに救出は無理でしょう? ジャズは作戦中、あなたやワーパスは後々戦う。ならば私が行きます」

 パーセプターがいなければオートボットのリペアは誰にも出来ない。その危険を承知でオプティマスは一つ付け加えて命じた。

「やはり一人は認められない、アイアンハイドの救出は君とジャズに任せよう」

「了解しました」

 

 

 

 

 ホテルの廊下をエレンは歩いていた。明日の晩に十香の捕縛作戦が決行されるのだ。十香を捕まえれば、アイザックの長年の夢を叶える事が出来る。アイザックの喜ぶ顔を見れるのならエレンは危険など怖くない。そう思える程に強くアイザックを想っていた。しかし、その肝心のアイザックが最近、どことなく変という心配事もあった。

 エレンは足を止めて考えた。アイザックが最近はおかしな行動に拍手がかかっている。独りでに笑い出したり、独り言を言って盛り上がったりと様々だ。その独り言に至っては誰かと会話でもしているような様子なのだ。

「アイクも目に見えない物が見える時期なのでしょうか」

 内心かなり心配しているエレンだった。

 各々の部屋からは女子生徒の盛り上がる声や男子生徒の笑い声を聞く度にエレンは「呑気な物だ」と呟いた。エレンが立ち止まっている所はちょうど十香や亜衣麻衣美衣トリオの部屋である。不用心にもドアが開きっぱなしで居間と外を遮るのは薄いふすまだけである。

 エレンは流石の軽い身のこなしでふすまに近付いて耳をそばだてる。重要な情報が得られまいかと盗み聞きしているのだ。

 部屋から聞こえて来るのは耶倶矢についての質問やら耶倶矢のイタい発言ばかりで有力な情報は無さそうだ。諦めて退散しようと立ち上がった途端、ふすまが突如として外れてエレンの方へと倒れて来る。逃げようにも間に合わず、ふすまの下敷きにされてしまった。

「ふんぎゃ!?」

「あれ? 今誰かの声したよね?」

 亜衣がふすまの上を歩き、エレンは下でじたばたしている。すると麻衣とが下にエレンがいる事に気付いた。

「あ、エレンさんだー」

 美衣が下敷きになっているエレンに。

「お邪魔します」

 と一言言ってから渡って行った。

 外れたふすまを元に戻したエレンそれから就寝時間まで枕投げに参加させられた。

 翌日のデートは士道を落とす為のデートでその旨を士道にはしっかりと伝えられているのだ。耶倶矢と夕弦がそれによって上手く誘惑して士道を落とすという計画が立てれていた。作戦の全容を知っているからこそ、士道は知らないふりをして二人に接するのだ。

 インカムを耳にセットして士道は人のいないビーチでパラソルの下で座って令音の指示を聞いていた。

『シン、彼女達にはいくつか君を落とす為の手段を伝授してある。ちゃんとリアクションするんだよ』

「はい」

 今までの経験からしてあまり安心出来るような手段ではない事は容易に想像出来た。

『君と八舞姉妹の会話を間違えないようにシンの会話は切っておくぞ』

「わかりました」

 通信を終わらせて士道は深呼吸をして気持ちを落ち着けた所で良い具合に耶倶矢の声がした。

「士道ではないか」

「感心。私達よりも早く来て準備を済ませているとは」

 振り返って二人の水着姿を見た士道は思わず息を飲んだ。その愛らしさに言葉は不要で士道はただただ見とれてしまった。

 士道が無反応だと勘違いした二人はひそひそと令音に連絡を取った。

「令音よ令音、士道が我が艶姿に一切の反応もモッコリも示さんぞ」

「疑問。我々に色気はないのでしょうか?」

『いやいや、シンは君達に見とれているんだよ。自信を持ってくれ』

 令音は通信をすぐに士道に繋いで耶倶矢と夕弦を誉めるように指示した。令音からの通信でようやく我に返った士道はしきりに頭をかいていた。

「二人とも良く似合っているよ。その……見とれててさ」

 令音が言った言葉とどんぴしゃりな回答に照れくさい感じながらも喜びの表情を露わにしていた。

「お主にしては良い答えだ。颶風の御子である我を表現するならばもっと多くの讃辞を述べるが良い」

「翻訳。もっと誉めて」

「耶倶矢はその水玉模様の水着が似合っているよ。何かもうメッチャメチャ可愛いぞ。夕弦だってスゲー可愛い、腰のくびれとかも最高だ」

 やけくそ気味に誉めたがそれでも二人には効果はあった。相手が琴里なもっと深く聞かれていただろう。

 二人がパラソルの下に入った途端、夕弦は胸の谷間に挟んでいたサンオイルをズイっと士道に差し出して来た。

「な、何?」

「懇願。サンオイルを塗って下さい」

「士道、我等に灼熱の炎から身を加護する事を許す」

 手渡されたサンオイル、水着の紐を解いてシートの上でうつ伏せに寝転がる二人、士道には塗る以外の道はない。 サンオイルのフタを開けて手に液を注いだ。

「さあ士道、我を先にするのだ!」

「催促。夕弦を先にして下さい」

「あんた何て後で良いのよ!」

「反論。耶倶矢など日焼けでスルメにでもなるのがお似合いです」

「夕弦なんて日焼けで焼き豚ね、デブチン!」

 また言い合いが始まってしまった。とりあえずこの言い合いを鎮める為に士道は液を両手に垂らしてヌルヌルと手に絡めてから耶倶矢と夕弦の背に触れた。

「ひぁっ!?」

「はんっ……!」

 なまめかしい声に反射的に士道は手を離した。

「士道、続けてぇ……」

「続行。止めないで下さい……」

 固唾を飲み、士道は両手にサンオイルを足してから八舞姉妹の背に手を滑らせた。

「あっ、はぁんっ……、ああっ……! ひぅっ……!」

 絶え間なく聞こえる甘い声に気恥ずかしくなるものの、士道もある程度耐性がついている。琴里の策略で十香と風呂で鉢合わせたり、狂三の下着選びをしたりと免疫力はだいぶ上がっている。それでも興奮しない訳はない。

 士道は無心でオイルを体に塗り終えた時、妙な達成感を覚えた。シートの上では耶倶矢と夕弦は白い液にまみれて息を荒くしながら横たわっている。何かいけない事でもしたような後になっていた。

「す、凄い……」

「驚嘆。片手でこれ……神の手です……」

 もう落とす側が落とされていた。しばらくは立てなさそうなので二人をそのまま休ませる事にしておいた。

 そんな時、茂みから十香と折紙が顔を出した。

「あ、シドー! こんな所にいたのだな!」

「十香それに折紙。どうしてここに?」

 人気のないビーチを選んだつもりが見事に見つかってしまった。

「シドーを探していたらここへついたのだ」

「私は士道の匂いを辿って来た」

 不思議と折紙なら本当に匂いで見つけかねないと思う士道であった。

「おお、我が眷属の十香よ、主君の為に馳せ参じるとは感心感心」

「感謝。マスター折紙、昨夜はあらゆる事を伝授していただきありがとうございます」

 士道の知らない所でこの四人は仲良くなっていたようだ。夕弦が折紙に何を伝授されたのか気になる所ではあるが。十香と折紙が現れたのは誤算だった。しかし、こうした緊急事態にも令音は解決策を考えてある。

 現場に直ちに現れた令音はジャズに乗って来ての登場だ。

「予想外に人数が増えてしまったね。諸君、どうだろうかビーチバレーでもしないか?」

「同意。私は構いません」

「ビーチバレーとやらは何なのだシドー?」

「詳しい事は今度暇な時に教えてあげるよ」

 組を分けるべく令音はくじの棒が入った紙コップを出して来た。

「みんな、好きなのを引いてくれ」

 令音の指示に従って士道達はくじを引いた。くじの棒にはトランプ絵に描いてありそうな洋風の男性が描かれている。

「シンと耶倶矢と夕弦は……左のコートだね。十香に折紙と私は右のコートだ」

 令音はあまり体を動かすのが苦手そうだ。 出来ることならばジャズが参加すれば良いのだが、折紙の認識はグリムロックの影響でトランスフォーマーは敵という認識の為、ここでジャズが出たら話がややこしくなる。

 精霊三人に超人一人に民間人二人というビーチバレーに参加したいという気持ちを抑えながらジャズは茂みの方へと消えて行った。

 しっかりと森の中に入ったらジャズは変形してロボットの姿になった。頭を指で押さえて、さっきから鳴り止まない通信に応答した。

「こちら、ジャズ」

『ジャズか、良かった私だ』

「お~パーセプター、どうしたんだ?」

『少し手伝って欲しい――』

 

 

 

 

 パーセプターに呼び出されたジャズはグランドブリッジを使って或美島近海の海中へとワープした。パーセプターが前線に出る事を珍しく感じながら、ジャズは海底に立っているパーセプターに手を振ってアピールした。

「私に手伝って欲しいコトってのは何だい?」

「ああ、まず詳しい話をしないといけないね。事態は至って深刻なんだ、こちらの戦力が心もとないに加えてフラクシナスと通信が出来ないやらと非常に困っていてね」

「相変わらずだな。もっとハッキリ伝えてくれよ」

「結論から言ってアイアンハイドがディセプティコンに捕まったんだ」

 ディセプティコンがこの地球に来ているのと、いつの間にかアイアンハイドがピンチになっているという二つの事実を突きつけられてジャズは驚きを隠せない。それからアトランティスの件など詳しい事情を始めて知った。

 思った以上に事態は深刻だ。アトランティスの戦力にディセプティコンが相手で貴重な戦力のアイアンハイドは敵の手に落ちている。任務中のジャズが呼び出されたのも納得だ。

「なるほどね、事態は急を要するな」

「そうだ」

「潜入なら私の得意分野さ、パーセプターが一緒に来なくても平気さ」

「いいや、アイアンハイドが怪我をして動けなかったらリペアが要る。彼を担いで脱出は無理だろう?」

「言われてみればそうかもな」

 しかし、パーセプターも潜入させるのは難しい。戦うだけなら勇敢に挑むだろうが、潜入は専門外過ぎる。

「わかった、私が先導して敵を排除する。パーセプター、君は出来るだけ隠れながら動くんだ」

「了解した」

 不安だらけだがやるしかない。ジャズは水中でも軽々と動いて先を歩き出した。しばらく移動すれば海底の大都市を目撃出来る。

 厳重極まる防衛兵器にジャズは息を飲んだ。それでもアイアンハイドを救出するには少々の危険には目を瞑らなくてはいけない。都市の周辺にはアトランティスを浮上させんと魚人やハードシェルがせっせとエネルゴンキューブを作っているのが確認出来た。

「ハードシェルはワーパスにやられて虫の息って聞いてたがもうリペアされたのか」

 岩陰で独り言を言っているとパーセプターも状況を確認しようと頭を出した。

「インセクティコンか、何度見ても気味悪いし虫唾が走るよ。ショックウェーブはどうしてあれを部下にしようとしたのやら」

「蓼食う虫も好きずきだな、ハハッ!」

「だいたい、ショックウェーブは科学者としても虫が好かないね、全く――」

 長くなりそうなのでジャズはパーセプターの話を無視してスナイパーライフルに腕を変形させてスコープを覗いた。

「何をするんだいジャズ?」

 シッとジャズは口に指を当てて静かにさせると今からやる事を簡潔に言った。

「連中の注意を逸らす」

 細いスナイパーライフルの銃口の狙いはどんどん生み出されて行くエネルゴンキューブにあった。チャージが完了して、ジャズは良く狙いを定めるとトリガーを引いた。弾丸は真っ直ぐ、ぶれずに誰にも気付かれずエネルゴンキューブへと命中した。

 同時に予想を超える大爆発が巻き起こり、地盤を砕き砂を大きく巻き上げて視界は遮られた。多くはエネルゴンキューブの不調で爆発したと勘違いをして機械の修復や仲間を助けたりしている。

「今だ」

 ジャズが走り出し、視界が悪いうちにパーセプターを連れてアトランティスの外壁を破壊して内部へ突入した。爆発が大きかった所為で外壁が破壊されても侵入者だとは誰も思わなかった。

 グラップルビームで天井に張り付き、ジャズは隠密作戦を開始した。パーセプターは敵に見つからないように警戒しながら歩いている。

「ジャズ、アイアンハイドの場所を特定する」

「ああ、わかった」

 通路の端で顕微鏡へトランスフォームしたパーセプターは仲間の信号を探り、アトランティスのどこから発信されているか解析していた。

「まだかパーセプター?」

「もう少し待ってくれ」

 発信源を探るには時間がかかる。そんな所に警備に回っていた魚人の兵士がパーセプターを発見した。

「な、何だ貴様は!」

「しまった、見つかった!」

「侵入しゃっ――」

 仲間を呼ぶすんでのところで天井からジャズが降りて来ると魚人は、そのままどこかへ連れ去られ、次の瞬間にはゴキッと嫌な音が聞こえた。

「助かったジャズ。それとアイアンハイドの場所がわかったぞ」

「どこだ?」

「アトランティスの独房というか研究室と言うか……とにかく急いでくれ! あまり身の安全が保証出来ない」

「なら、先に行く。後から付いてきてくれ」

 ジャズはダクトに穴を空けて入って行った。サイズがトランスフォーマー用じゃない為、かなり窮屈だが小柄なジャズならすいすい進んで行けた。

「汚い場所だ、私のボディが汚れてしまうじゃないか」

 小言を漏らしながらダクトを這っているとジャズはちょうどナーギルのいる玉座の上を通った。邪悪なテレパシーで仲間と会話を交わしており、ジャズは聞き耳を立てた。

「このアトランティスは直ぐにでも浮上出来るわい」

 ナーギルと話しているのは魚人の将軍だ。

「ナーギル様、最初の狙いはどこになさるおつもりで?」

「まずはこの近くの或美島を支配下に置くぞ。あそこはエネルギーに満ち溢れておるからな。邪魔な人間がいれば血祭りにあげてしまえ」

「逢瀬のままに……ナーギル様」

 偶然、ナーギルと将軍の会話を盗み聞きしてしまったジャズ。連中の目標が或美島と知ってなおさら急ぐ必要がある。魚人達に或美島の地を踏ませる訳にはいかない。ジャズは静かに、且つ素早くダクトを移動した。

 アイアンハイドのいる地点にまでやって来るとジャズはダクトの隙間から室内を覗いた。どうやらそこは解剖室らしく、アイアンハイドは台座で仰向けに寝てその周りを機材を持った魚人が取り囲んでいた。

 一刻も早く助けないとアイアンハイドの身が危ない。ジャズは通信で今、パーセプターがどこにいるかを確認した。

「パーセプター、今どこだ?」

『解剖室の前だ、君は?』

「解剖室の屋根裏だ」

『良かった。なら直ぐに突入しよう』

「ああ」

 ジャズは腕から剣を出してダクトを切り裂く。

 パーセプターはタックルでドアをぶち破った。

「ロックンロォォォール!」

 叫びながらジャズは魚人を二連装バルカン“サブソニックリピーター”で撃ちながら落ちて来る。綺麗に着地を決めるとアイアンハイドの手足の拘束具を剣で破壊し、バルカンで魚人等を撃ち抜いて行く。

「侵入者め! 覚悟しろ!」

「飛んで火にいる夏の虫だ!」

 ジャズに気を向けている隙にパーセプターは近接用ショットガン“スキャッターブラスター”で魚人を吹き飛ばし、または粉々にした。室内の魚人を全て倒した事を確かめるとパーセプターはアイアンハイドのリペアに取りかかった。アイアンハイドの傷は幸いにも浅く、ナーギルの持っていたビームガンで麻痺させられていただけに過ぎず、麻痺光線を除去するとアイアンハイドはたちまち元気になって起き上がった。

「んぁ? 私は……ジャズ? それにパーセプターもどうしてここに?」

「君を助けに来たのさ。ハハッ、元気そうでなによりだよ」

「アイアンハイド戦えるかい?」

 パーセプターの問いにアイアンハイドは笑いながら両腕を武器に変えて言った。

「もちろんだ」

 戦意を漲らせ、アイアンハイドは景気づけにグレネードを腕から何発か発射し、壁に付着させるとグレネードを同時に爆破した。外壁を破られ、怒涛のごとく噴き出す水。

「さっさと逃げるぞ」

 アイアンハイドが先行してアトランティスを飛び出し、パーセプターとジャズがその後に続いた。

 外では爆発した機材の修復を終えて作業をするハードシェルと魚人達の姿が見えた。

「おい、オートボットだ! 追え!」

 アイアンハイド等を見つけたハードシェルは指を差して叫び、魚人達は作業を止めて追いかけて来た。

 水中では魚人の方が速く、ただ泳いでいるだけでは追い付かれてしまう。泳ぎながらも三人は近付けさせまいと銃を撃つ。

「オプティマス! グランドブリッジを開いて下さい!」

 通信機に向かってジャズは叫んだ。

 数秒後、海中に緑色のゲートが出現すると三人はゲートに向かって一直線に泳ぎ、オートボット基地へと無事に帰還する事が出来た。

 オートボットを取り逃がした魚人は諦めてそのまま引き返して行った。

 

 

 

 

 ビーチバレーで何回顔面でトスをした分からない。士道は鼻をさすりながら手洗い場で鼻を冷やしていた。

 士道はここへ来た時から何回も深いため息を吐いていた。

「し、士道……? 今、いいかなぁ?」

 手洗い場の外でひょこっと顔を出しているのは耶倶矢だ。

「いつもの口調じゃなくても良いのか?」

「えっ! あっ! もういいじゃん! あたしって精霊じゃん? だからそれなりに威厳とか必要じゃん?」

「威厳ねぇ……。それで俺に何の用なんだ?」

「うん……士道にお願いがあるじゃん。明日さ士道はあたしと夕弦のどちらかを選ぶわけじゃん?」

「ああ」

「明日、士道は夕弦を選んでよ」

 耶倶矢の言葉に士道は一瞬だけ眉をひそめた。

「夕弦ってスタイル良いし一途だし、あたしよりもずっと良い性格だし、女の子としても完璧じゃん?」

「耶倶矢、お前はどうなる?」

「あたしは……消える……ね……」

「悪い、少し一人にしてくれ」

 士道は手洗い場を後にすると誰もいない浜辺で耶倶矢の申し出を思い出し、同時に夕弦の申し出も記憶から蘇らせた。

 そうだ、夕弦も耶倶矢に生きていて欲しいと願っている。耶倶矢も夕弦に生きて欲しいと思っているのだ。

 ――懇願。士道は明日、耶倶矢を選んで下さい。

 ――明日、士道は夕弦を選んでよ。

 互いに互いを生きて欲しいと願っているとしたら士道はどうやって決めれば良いか分からない。おまけに、二人は自分を選んだなら島をぶっ飛ばすと言い張っているのだ。士道はホテルへ帰ってからも元気が無く、更に思い悩んでいた。

 夕食に出た時も食事が殆ど喉を通らない。

 そして、夕食も終わって自由時間になると士道は外へ出て気持ちを落ち着けんとしていた。いくら考えても解決策が思い浮かばない。

 小高い丘から海が見渡せる。士道は月の光に照らされて鈍くキラキラと光る水面を見つめていた。

「シドー……」

「……」

「シドー……!」

 背後から十香が声をかけていた事に気付いて士道は振り返った。十香は風呂上がりらしく、浴衣を着ておりとても似合っている。月の光が十香をより美しく演出しているので少女はこの世の物とは思えない程であった。

「シドー、どうしたのだ具合が悪そうだぞ?」

「ごめんな、悪いが一人にして欲しいんだ」

 十香の心配を振り切って士道が背を向けると十香は慌てて手を握って来た。

「待ってくれシドー、私はお前の力になりたい……。シドーの支えになりたいのだ」

「十香……」

 十香の声には一種の焦りもあった。しかし、支えになりたいという言葉には偽りはなくどこまでも必死で思いを伝えようとする熱意を感じた。

「今のシドーは狂三の時に似ているのだ。あの時は私は力になれなかった。だから今回こそは力になりたいのだ」

 狂三の時と言われて士道はハッと我に返った。あの時は自分一人で背負って余計な心配もかけたし、自分の行動に迷い、自信を失っていた。

 重荷は自分だけで背負う物じゃない。

 士道は十香の肩をしっかりと掴んで、いつになく真剣な眼差しと表情になった。

「十香、聞いてくれ」

「う、うむ」

「実は――」

 十香に全てを話した。夕弦が耶倶矢に生きていて欲しいと願い、耶倶矢もまた同じことを願っているのだ。そもそも、二人が精霊と知って驚いている節があった。十香もどうしたものかと頭を悩ませた。

 最高のハッピーエンドは二人の力を同時に封印する事なのだが、今そんな芸当が出来る状態ではなかった。

「夕弦が耶倶矢を耶倶矢は夕弦を生き残らせたいのか……難しいなぁ……」

 十香が呟いた時、一陣の風が吹き抜けた。士道は直感的に嫌な予感が背筋を走り、振り返った。

「か、耶倶矢……夕弦……」

「二人ともさぁ、今の話本当なの?」

 士道は押し黙る。

「ってく舐めた真似してくれるわね、夕弦」

「失念。私は耶倶矢の馬鹿さ加減を忘れていました」

 最悪の話を最悪の状況で聞かれてしまった。耶倶矢と夕弦は互いを睨みつけてビリビリと殺気を飛ばしている。張り詰めた空気は刺々しく、肌に刺さる様だ。

「いつからよ夕弦? いつから手加減してたのさ?」

「応答。最初からです。あなたも最初から手加減して挑んでいたのですか?」

「あったり前でしょ! あんたに生きていて欲しいから!」

「拒否。耶倶矢が生きて下さい」

 耶倶矢は激昂の雄叫びを上げると同時に天使を降臨させた。

“颶風騎士(ラファエル)【穿つ者(エル・レエム)】!」

 耶倶矢の呼び声に応えて耶倶矢に翼と重厚長大な突撃槍を授けた。

「呼応。“颶風騎士(ラファエル)【縛める者(エル・ハナシュ)】」

 夕弦も同様に天使を降臨、片翼と共に刃のついた鎖をいくつも伸ばして威嚇している。

「最後はやっぱりこれか」

「同意。決着は死を以て!」

 士道が止めようと声を上げても怒りの引き金を引いた二人に声は届かない。空に舞い上がった耶倶矢と夕弦は空中に嵐の城を作って激突する。

「やめろぉ二人とも! どうしてお互いに好き同士で殺し合うんだァ!」

 喉が裂けんばかりに吼えても士道の言葉は嵐にかき消されるだけだ。嵐の中では力と風の応酬が繰り広げられて、二人とも相手を生かそうと手加減をしている。

 無意味な戦い、それでも止める力は士道に存在しない。狂三を守った力も発動する気配は微塵もない。

「シドー……二人を止めれば良いのだな?」

「ああ、でもどうやって?」

「私がもう一度天使を出す。それで止めてみせる!」

 地面を踏みつけて幅広の大剣鏖殺公(サンダルフォン)を呼び出した。

「待て十香、相手は未封印の精霊でお前は力を制限されているんだ。行ったら死ぬぞ!」

 士道の忠告に十香は思いとどまった。今の十香に精霊本来の力は無い。止めるどころか近付いた瞬間に体をバラバラにされてしまいかねない。士道は何か策は無いかと頭をひねっていると十香が袖を引っ張って来る。

「シドー、シドー」

「何だ十香?」

「気を付けろ、何かいるぞ」

 十香が指す方向に目を向けてみるも何かいる気配は無い。だが、森の中で一つの光源が生まれ、光源はゆっくりと近付いて来た。森の影から現れたのは手が異常に長くてがに股の機械の兵器だ。トランスフォーマーのように直立二足歩行ではないし、彼等のように感情もない。

 不細工なデザインのロボットは一体だけではなく、五体程姿を見せてから士道と十香を取り囲んだ。

「何なのだコイツ等は」

「“バンダースナッチ”と言っても分かりませんか」

 暗闇から女性の声がした。スーツ姿に長い金髪を括らずに下ろしたエレンがバンダースナッチの後ろで立っている。

「あなたはカメラマンの……」

「ぬ……貴様は……」

 昼間や昨日会った時とは一転したエレンの雰囲気に十香は顔をしかめた。奇抜で感情の無いバンダースナッチよりもむしろ、エレンの方を警戒した。装備を一切持たない丸腰の女が殺人マシーンよりも重圧をかけて来るのだ。

 十香は鏖殺公(サンダルフォン)を構えて士道を守るように前に立った。本能的にエレンを危険だと感じている十香は、隙さえあれば今にでも飛びかかるつもりだ。殺気立つ十香を前にしてもエレンは鼻で笑うと挑発的な態度を取った。

「来ないのですか“プリンセス”。構えているだけでは私は斬れませんよ?」

 十香は歯を食いしばり、余裕綽々と見下して来るエレンを睨んだ。

「五河士道を守っているつもりでしょうが、私達は彼に興味がありませんのでご安心を」

 そう言った途端、風を裂く音と騒がしいロケットエンジンの轟音を轟かせて、空から見たこともない戦闘機が飛来した。その戦闘機は空中で変形を済ませるとエレンの隣に着地した。

「遅かったですねスタースクリーム」

「こっちにも事情があんだよ」

 初めて見るタイプのトランスフォーマーに二人は驚いていた。それでも目を少し見開くだけでリアクションとしては薄かった。

「スタースクリームを見てあまり驚いていない様子ですね? まさか、他のトランスフォーマーと面識が?」

 二人は答えずに黙った。

「まあ、良いでしょう」

 エレンは大型のレーザーブレードを抜いて切っ先を十香へと向けた。

「プリンセスを捕まえなさい。その少年はどうでも良いです」

「おいおい、エレン! あのガキは俺が使うんだひっ捕らえても良いだろ?」

「好きにして下さい。取り扱いには注意して下さい。一寸の虫にも五分の魂と言いますから」

 エレンの注意など無視してスタースクリームは士道へ手を伸ばして来た。

「シドー逃げろ!」

「逃がしゃあしねぇよ!」

 スタースクリームを止めようと意識をそちらに向けた瞬間、エレンは素早く踏み込みながら十香を斬りつけた。エレンの刃を辛うじて受け止めた十香は士道を守りに行けなくなった。

「どけ、エレン!」

「どきません」

 スタースクリームが士道を掴み取り、宙へ持ち上げられる。金属の手の中でいくらもがいてもスタースクリームの手は緩まりはしない。

 勝ち誇ったような顔で笑うスタースクリーム。

 そんな彼の目の前に突如、グランドブリッジのゲートが開けられて中から全速力で走るジャズがタックルを決めて来た。思わず士道を離してしまい、スタースクリームは木々を押し倒しながらひっくり返った。

「間に合ったか」

「ジャズ!」

 グランドブリッジのからはオプティマスやワーパス、アイアンハイドが続いて現れた。

「みんな、どうしてここに!?」

「話は後だ。ジャズ、君にここを任せるぞ」

「はい、司令官」

 オプティマス等は現れるなりビークルモードに変形してバンダースナッチを何体かひき殺しながら走り去った。オプティマスにも相当切羽詰まった事情があるのだと予想した。

「まさか、スタースクリームやグリムロック以外のトランスフォーマーがいたとは驚きです」

「貴様、グリムロックの事まで知っているのか!?」

「ええ、知っています――よ!」

 エレンが力を込めてレーザーブレードを振り抜くとなんと十香の鏖殺公(サンダルフォン)は意図も容易く砕け散り、破片は光の粒となって消滅した。思いがけない結果に十香は困惑を隠しきれず、後ずさりした。

 

 エレンと十香の競り合いの背景ではジャズとスタースクリームの戦いが開始していた。

「スタースクリーム、相手に取って不足はない。行くぞ!」

「うるせぇやいチビ助め!」

  アサルトライフルを撃ち始めるとジャズは即座に変形して森の中を高速で駆け抜けた。弾丸はギリギリ、ジャズには当たらずに樹木やジャズが走った直ぐ後の地面に当たっていくつも弾痕が残る。

 スタースクリームは空から片付けようと飛び上がった途端、加速のついた突進を浴びて地上へ叩き落とされた。起き上がってからスタースクリームは苛立ちで叫びながらアサルトライフルとナルビームをデタラメに撃ち出した。軽快なステップで的確に回避をしながら、ジャズはバルカンで応戦する。流れ弾が暗闇に光って流星のように空中を走り、時たま起きる爆発で火災も発生していた。

「射撃の腕はまだまだと見えるなスタースクリーム!」

 ビークルとロボットを使い分けながら接近に成功するとジャズは力一杯にスタースクリームの顔面を殴り飛ばした。

「ぐぁっ! よくも俺様の顔を! テメェを殴り返さなきゃ腹の虫が収まらん!」

「やれやれ、士道に悪い虫がつかないようにここで始末するか」

 激昂するスタースクリームを相手にジャズは冷静に腕から剣を伸ばした。

 

 剣を砕かれた十香は戦うすべがない。限界まで後に下がり、背中に大木が引っ付いてもう逃げられなくなった。エレンは切っ先を十香から外して、興が醒めたように首を横に振った。

「AAAランクの精霊とは私の聞き違いでしょうか? まさか、ここまで呆気ない存在だとは思いませんでしたよ」

「十香! 逃げろ! 早く!」

 バンダースナッチに取り押さえられた士道が絶叫している。エレンは必死に訴える士道を尻目にレーザーブレードの束で十香の腹を殴った。

「うっ……」

 低く呻き、嗚咽を漏らすと十香の意識は途絶えて崩れるようにその場に座り込んでしまった。

「十香ぁぁ!」

「やかましいですね。スタースクリームが何故、あなたを狙うか分かりませんが……念の為あなたも連行しましょう。抵抗は無意味とお考え下さい」

 両腕をバンダースナッチにホールドされて士道は動けない。せっかくジャズに助けてもらったがそれも意味がなくなった。士道に十香を救う力も八舞姉妹を止める力も存在しない。

 顎の筋肉が痙攣するくらいに士道は歯を食いしばる。どれだけ言葉を投げかけたり、気持ちを強く持ってもやはりエネルギーの(つるぎ)には勝らない。

 言葉で取り繕った鎧も無意味だ。

 士道は今までの人生でこれ以上ない程に力を渇望していた。

 ――力が欲しい、俺はどうなっても構わない。せめて、仲間を守れるだけの力を……。

 深遠な力を渇望する士道。強い信念と願いを持つ少年の心中で眠っていた存在がたった今、爆発的な目覚めをした。視界に赤いカーテンが降って来るように染まっていくのが分かる。

 ――五河士道。しばらく、私の意識を守る殻となってくれて助かりました。

 士道の脳裏に聞いた事もない男性の声が流れて来た。

「だ、誰だ……!?」

 士道の意識の中で直視出来ない程の強い光が澄み渡り、脳内はその光で満たされてしまった。そこから発せられる脳を揺さぶる声に士道は険しい表情で俯いた。光の中にあるのは声だけでなく、人型の外観が窺えた。壮大で優しく、士道を見下ろしているようだ。

 ――五河士道、プライムに託された者よ。私はあなたを見ていた。あなたが想像も出来ない程に長い時間を。

 その声が誰で言っている意味を理解するまでに多少の時間がかかった。光の外観は続けた。

 ――人類は素晴らしい生命体だ。あなたは自身の犠牲と勇気で私を眠りから覚まさせた。少し手を貸しましょう。

「何でも良い! 貸してくれぇ! 十香をみんなを救える力があれば良い!」

 ――叫びなさい、その剣の名は……。

 頭に響いていた声が鳴り止んだ瞬間、士道は目を見開き、バンダースナッチの拘束を振り切って立ち上がった。これにはエレンも驚きで、更にもう一つ驚いたのは士道を中心に激しく眩い光を円形に放っている事だ。

「力を貸してくれ、スターセイバァァー!」

 胸から突出した柄を握り、そして引き抜いた瞬間だ。光の刀身はその剣の範囲を大きく飛び出して刃先の直線状に膨大なエネルギーの波を解き放った。エレンの横を掠め、ジャズとスタースクリームの隣を駆け抜けて行き、やがてその斬撃は大地にクレバスを、山を二つに裂いて、空の彼方へと消えて行った。

 柄は金属製で刀身はエネルギーの刃、人類のレーザーブレードに酷似しているがその出力は天と地の開きがある。士道をスターセイバーを掲げるように持ち上げてから確信した。

「これで……十香を守れる!」

 

 

 

 

 空中艦アルバテルの艦長であるジェームズはレーダー・ディスプレイと常に睨めっこしているオペレーターから奇妙な反応を二つ確認したと知らされて、怪訝な表情をしていた。一つは空中で発見されて輪郭から空中艦というのが分かる。そしてもう一つは、海中から急激に上昇して来ており、解析用の画面に表示された輪郭から見て都市、城と表現出来る形をしていた。空中艦についてはジェームズは心当たりがあった。この世にDEM社よりも科学力が進んだ組織があると聞いた事がある。もちろん、それがDEMの最大の敵であるとも聞いていた。ジェームズは、都市伝説か何かの間違いだろうと結論付けて、さして思い留めもしなかった。

 が、今ディスプレイに映ったこの空中艦を見てジェームズは、記憶を掘り返してその組織の名前を思い出そうとした。その単語は意外にも早く脳裏で蘇った。ジェームズは呟くように一言漏らした。

「ラタトスク機関か……」

 船員の全員がその言葉を聞き流していた。

「総員、あの空中艦を叩き落す」

 ジェームズは命令を出した。あの空中艦を落とせばDEMでの立場も上がるし、十分過ぎる程の手柄になるからだ。クルーが返事を返す中でオペレーターの一人がジェームズに反対の意見を飛ばして来た。

「艦長、メイザース執行部長から何も指示を得ていませんよ。独断で行動を起こすのですか?」

「彼女は今は作戦中だ。第一にこの艦の艦長は私だ。今は私の命令に従ってもらう」

 アルバテルの指揮はジェームズにある程度は任せている。それに緊急時ならジェームズに指揮を一任もしている。オペレーターの女性は渋々、指示に従う事にした。

「本艦はこれより敵、空中艦の撃墜に移る! 魔力砲の充填を開始せよ! 敵艦にぶちかましてやれ!」

「魔力砲、充填開始します」

「“アシュクロフト-β”一〇機から二〇機を魔力生成に回せ!」

 クルーはジェームズの指示に従い、主砲はアルバテルの船首が展開して顔を出す。砲口には魔力が収束され始めていた。

「魔力砲の充填が完了しました」

「よーし、撃て(ファイア)!」

 

 

 

 

 アルバテルと同空域を浮遊するフラクシナスも敵艦とアトランティスの機影を捉えていた。アトランティスの存在は無視出来ないが、それ以上にアルバテルが既に魔力砲を発射しているのでそちらの処置に尽力せねばいけなかった。

「敵艦から魔力砲です!」

 椎崎は強大な魔力反応に焦りながら声を上げた。

「高度を下げ、船体を二〇度傾けて下さい」

 一切頼りにしていなかった神無月の指示が飛んで来、クルーは半信半疑ながらもその声に従った。フラクシナスは不可視迷彩(インビジブル)自動回避(アヴォイド)を解除、機体の操作を全てマニュアル操作に変えた。

 アルバテルの魔力砲を紙一重で回避してクルー一同は、胸をなで下ろした。

「副司令、第二撃目が来ます!」

 一難去ってまた一難、二発目の魔力砲が飛来していた。神無月はいつになく余裕の表情で自分の顔に手を這わした。

「さあ、皆さん、私の指示に従って下さいよ。あちらに私達の怖さを思い知らせましょう。基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)の魔力を随意領域(テリトリー)に回して下さい」

「了解!」

「防性の随意領域(テリトリー)を張ります。箇所を指定しますよ~? 座標は一三二-五〇-三〇」

 クルーは神無月の指示を復唱して限定的に随意領域(テリトリー)を展開した。僅かな範囲しか守れないが、防御力を格段に上げた小さな盾は、まるでどこに飛んで来るか分かっていたかのようにアルバテルの主砲を防いで見せた。

 偶然の一言では出来ない芸当を見せつけられてクルーは神無月は単なる変態ではないのかもしれない、と評価を改めつつあった。

「あぁ~何て破壊力でしょう。一度浴びて見たいものですねぇ~」

 身をくねらせて恍惚とした表情で指揮に当たる神無月を見て、やはりいつもの神無月だと思った。

 ただ違うのは普段とは思えない程に頼りがいがある事だ。

「次はもっと限定的に範囲を狭めますよ?」

「そんな副指令、無茶です!」

「無茶でやるんです。さあ、さっさと片付けましょうか……収束魔力砲“ミストルティン”用意――」

 

 

 

 

 十二分にエネルギーを蓄えた海底都市アトランティスは国王ナーギルに率いられて海底より浮かび上がっている最中であった。アトランティスも空中にいる戦艦には気付いていたが、両艦が激しく激突をしていたので攻防には参加せずに或美島の占拠に乗り出していた。

「諸君、アトランティスは蘇った。愚かな人間共め血祭りに上げてくれる」

 静かな口調でナーギルは手をかざしてインセクティコンと魚人達を或美島へとけしかけた。魚人はビーチから上陸を開始し、インセクティコンはハードシェルを二人で抱えながら空から進軍を開始した。

「ナーギル、人間達は生かして捕らえたい。後に実験にも使いたいからな」

「わかった、どうせ民間人しかいないのだ。捕らえるのは難しくないだろう」

 三日月状のビーチへ乗り上げた魚人はエネルゴンのタワーを突き立ててスイッチを入れた。ショックウェーブから手渡されたエネルゴンタワー、それは島全体を強力なバリアを張って包囲しようという作戦なのだ。

 このバリアが張られたら最後、空中艦の主砲でも破れないのだ!

 魚人の将軍はエネルゴンタワーによってバリアを展開した事を確認した。

「将軍、完了しました」

「よろしい、ナーギル様! バリアを張り終えました!」

 或美島の隔離が完了してショックウェーブとナーギルは悠々と島へと上がって来る。

「シャープショット、キックバック、ホテルに睡眠薬を散布しろ。起きていたら抹殺しろ」

『わかったぜショックウェーブ! アヒャヒャヒャ!』

『了解したぜぇ、ぜぇ、ぜぇ』

 ショックウェーブは通信を次にスタースクリームと繋いだ。

「スタースクリーム、君はどこにいる?」

『うわぁぁぁ! ショックウェーブ! 今オートボット戦ってる最中だ!』

 スタースクリームは手が離せない様子だ。それと、既にオートボットが島に入って来ていると分かり、まずはそちらを排除する事を優先させた。

 魚人と将軍をエネルゴンタワーの防衛につかせてハードシェルを呼び戻した。このバリアだけは何としても守らねばならないのだ。

 ナーギルもトランスフォーマーを麻痺させる“ディスファンクションビーム”を手に戦闘の意思を見せている。オートボットがどこから来るのか警戒し、ショックウェーブはセンサーの感度を上げて、範囲を最大限に広げた。

 兵士は陸を進み、ホテルへ向かう。シャープショットもキックバックも睡眠薬の散布を終わらせて浜辺へ帰って来た所だ。

「終わったぜショックウェーブ!」

「オートボットはどこだぁ、だぁ、だぁ」

 キックバックは腹を減らしながら獲物を捜した。

「ここにいるぞディセプティコン! とぅ!」

 オプティマスの声がしたかと思うと、何と砂浜の中からパンチが飛んで来て、キックバックをかち上げた。同様にワーパスやアイアンハイドも砂浜から這い出すなりハードシェルとシャープショットを殴り飛ばし、将軍を掴んで砂浜にねじ込んだ。

「オートボット! 今日こそあの蛆虫共をスクラップに変えて人間達を救うのだ!」

 リーダーが先陣を切って突撃すると部下もそれについて来る。

「何をしているインセクティコン、立て!」

 エナジーアックスを振り回してデタラメに斬りかかって来るオプティマスの攻撃をかわしつつショックウェーブは、レーザーキャノンでガードしたり、隙を見て腹を蹴り、逆に頭突きを食らったりもした。かつてはただの記録員に過ぎないオプティマスだったが、セイバートロンの長きに渡る戦いで戦闘力は研ぎ澄まされていた。

 少しの攻防でショックウェーブは、オプティマスの強さに納得した。

「確かに……メガトロン様と互角かそれに近い」

 エナジーアックスを縦に振り下ろし、ショックウェーブはすかさず剣で受け止めるが、あまりのパワーに片膝をついた。

「私の仲間を改造した代償は払ってもらうぞ……!」

 オプティマスは低くこもった声で怒りを露わにしながら力を込めてショックウェーブの剣にひびを入れた。体ごと両断されかねないとショックウェーブは刀身を外して勢いよく後退した。

 刀身を真っ二つにしたアックスは砂浜を陥没させた。追撃を図ろうとオプティマスは顔を上げて睨み付けた。

「今だナーギル、撃て!」

 ショックウェーブの指示でナーギルはディスファンクションビームをオプティマスに放った。ビームが全身に絡みつくように張り付いて、ギアや体を流れるエネルゴンを阻害して麻痺状態となり、オプティマスは倒れ込んだ。

「オプティマス!」

「司令官!?」

 インセクティコンと交戦していたアイアンハイドとワーパスは突然倒れたオプティマスに意識を傾けた。

「あの魚野郎、フライにしてやらぁ!」

 ワーパスがガトリング砲をナーギルに向けたが、先にディスファンクションビームの餌食となり、その場に倒れた。続いてアイアンハイドもビームを撃たれて身動きを封じられてしまった。

「クソッ……体が……動かない……」

 ワーパスは必死にじたばたと動かそうとするのだが無駄な足掻きに過ぎず、地面に縫い止められたように動けないのだ。

「ぐぅぅッ……仕方ない……」

 オプティマスは力を振り絞り、救難信号を発信した。

 その信号の行き先は、式美島だ。

 

 

 

 

 或美島が大変な事になっているとも知らずにグリムロックと四糸乃は呑気に森の中で丸まって眠っていた。

 グリムロックの背をベッド代わりにしてぐっすりと眠っていた四糸乃は、グリムロックから発せられる救難信号のけたたましい音で飛び上がって起きた。

『うわっ、びっくりした。目覚ましかと思ったよん!』

 パクパクと口を動かしてよしのんは喋る。

「な、何の……音ですか……?」

『グリムロック~、グリムロック~起きなよ~君から何か鳴ってるよ?』

 大きないびきをかくグリムロックの頭をよしのんはペシペシと叩いた。すると大きな口を開けてあくびをかきながらトランスフォームした。その際に四糸乃は地面に降り立った。

「んあ? 俺、グリムロック。眠たいしうるさい」

『うるさいじゃなくて、何か警報みたいなの鳴ってるんだって!』

 よしのんに指摘されてグリムロックはようやく救難信号の存在に気付いた。

「オプティマスの救難信号、みんな、危ない」

「グリムロックさん……あれ……」

 四糸乃が指を差した方向には或美島があり、その付近に何か都市のような物が浮いているのが見えた。更に八舞姉妹の暴風もあって訳が分からない。

「はぁ、オートボット、だらしない。いつも頼りになるの俺、グリムロックだ」

 グリムロックの脚部は接続とパーツを変形させながらロケットブースターに変わり、青色のバーナーが点火した。

「四糸乃は待ってろ」

『やだよ、グリムロック。よしのんも行くよ』

「グリムロックさんの……お仲間を……助けたいです。私も……力になりたい……」

 グリムロックは手を差し伸べて四糸乃を手に乗せると落ちないように両手で包み込んだ。

「行くぞ、四糸乃!」

 地面を波打つように揺らしながらグリムロックは甲高いロケットエンジンの音を響かせ、次の瞬間には土や砂を巻き上げて空高く飛び上がっていた。或美島までものの数秒で到着する。

 グリムロックは高度を高く取り、信号を頼りにオプティマスを捜した。早くも或美島の上空へやって来たグリムロックは三日月状のビーチを見つけて、レンズがオプティマスとその仲間を捉えた。

 しかし、グリムロックはオプティマスよりも別の連中に目が行った。ショックウェーブとインセクティコンがグリムロックのカメラに映った途端、沈んでいた怒りが一瞬にして頂点にまで届いた。

 ロケットエンジンを切ってグリムロックは落下しだす。手の中の四糸乃は氷結傀儡(ザドキエル)を一時的に顕現させて独自に降下を開始した。グリムロックは空中でティラノサウルスへと変形し、バリアと激突した。

「バリア、破壊する!」

 ショックウェーブへ見たグリムロックは怒りだけが頭を支配して肉体は赤熱して膨大なエネルゴンの燃焼が始まって、赤色の蒸気を放出している。

 グリムロックがバリアを尻尾で力任せに叩き、食らいつく。

「何だあのトカゲは」

「グリムロック……バカな……」

 頭上でバリアの破壊を目論むグリムロックを見てショックウェーブは息を飲んだ。

「ギャァァ!? 嫌な予感がすると思ったらグリムロックだぁ! ヤベェ、ヤベェ、ヤベェ!」

「虫の知らせって奴かぁ? アヒャヒャヒャ!」

「リベンジタイムだぜ!」

 三人は驚いてはいるが、勝つ気は満々だ。

「落ち着け三人共、グリムロックにバリアを破る力は無い」

 そうだショックウェーブの計算ではアトランティスの体当たりでも破壊されないように設計している。グリムロック一人では破壊出来ない。

 ところが、ショックウェーブの目に思いがけない光景が映った。グリムロックの噛みつきでバリアはなんと、粉砕されてしまったのだ。バラバラと島を囲うバリアは消え去ってしまった。

 浜辺へ着地するなりロボットへ変形してインセクティコンを睨み、真っ先に殴りかかった。

「パワー対決なら任せろ!」

 ハードシェルが一歩前へ出てグリムロックのパンチを受け止めるも、ガードは容易く破られハードシェルは大きく後退させられた。態勢を戻して反撃に移ろうと拳に力を込めたが、グリムロックの手がハードシェルの頭を掴み、適当な岩肌に叩きつけられ、体をめり込まされた。加えて腹にパンチを打ち込み、ハードシェルはぐったりとしながら四つん這いになって息を切らしている。

 根本的なパワーが桁外れだ。ハードシェル程度のパワーファイターなどグリムロックから見ればライト級ボクサーに過ぎない。

 キックバックとシャープショットは引き下がりながら銃を乱射したが、キックバックはグリムロックに足を掴まれてバットのように振り回し、ハードシェルを空高くかち上げた。素晴らしいホームランでハードシェルは地面に真っ逆さまに墜落して動かなくなった。バット代わりにされたキックバックも目を回している。

 シャープショットの射撃をを盾で防いでからグリムロックはビーストモードにトランスフォームして咆哮を上げる。

「ナーギル、ディスファンクションビームだ」

「分かっているショックウェーブ」

 ナーギルはビームガンをグリムロックに定めて引き金を絞る。トランスフォーマーを麻痺させるビームが見事に命中したが、グリムロックが倒れる素振りを見せない。

「バカなディスファンクションビームが効かないのか! 倒れろ原始の遺物が!」

 ビームを連続して当ててもやはりグリムロックはケロッとした顔でキックバックとシャープショットを尻尾で滅多打ちにし、執拗に踏みつけ、噛みついて岩に叩きつけている。

「よせ、やめろグリムロックゥゥゥゥゥ!」

「いぎゃああ!」

 悲痛な叫びがしばらく途絶える事なく浜辺を満たしていた。

 ディスファンクションビームをさっきからしつこく撃って来るので鬱陶しく思い、唸り声を漏らした。

「ビリビリする、くすぐったい」

 キックバック、シャープショットをあっという間にこてんぱんにしたグリムロックは、振り返ってショックウェーブに狙いを定めた。こんなにも簡単に戦局が逆転するなど考えてもいなかったショックウェーブは、冷静に怒りながらゆっくりと歩いて来るグリムロックを臆せずに見上げた。

「殺してやる、ショックウェーブ!」

 喉で唸るように怒りの声で吼えるグリムロックは、剣のような牙がズラリと並んだ大顎でショックウェーブを食い散らかしてやろうと噛み付いた。

 グリムロックの攻撃に合わせてショックウェーブは隠し持っていたEMPグレネードを投げつける。爆発の瞬間にグリムロックへ視覚センサーの麻痺と一時的な動きの鈍化を強制するのだ。動きが鈍り、目が見えずらくなったグリムロックは、めくら滅法に尻尾であちこちを叩き潰し、周辺を無闇にレーザーファイヤーを撒き散らした。

 隙を作る事に成功したショックウェーブはスペースジェットにトランスフォームして空へ逃げ出すとアンカーを三つ、射出してインセクティコンを釣り上げた。

「我々は撤退するとしよう……」

「待て、ショックウェーブ! 降りて、俺と戦え!」

「君のような怪物と戦う気は無い。君の相手はまた別に用意してある」

 ショックウェーブはアトランティスとナーギルを放置して天宮市の臨時基地へ帰投した。オートボットを倒す機会はまだある。

 今は無理に争う必要はない、そう結論付けてショックウェーブは夜の空へ消えて行った。

「ショックウェーブ……!」

 腹の虫が収まらないグリムロックは溜め込んだ怒りを吐き出すように空へ特大のレーザーファイヤーを放出した。

 ショックウェーブは取り逃がしたが、まだ肝心のナーギルとアトランティスが片付いていない。

「忌々しい恐竜め……。かくなる上は他の仲間を破壊して――」

 ナーギルが砂場に伏したオプティマスに向けてビームガンを向けた時、近辺の海水が氷り、氷柱となってナーギルに飛来した。氷柱はビームガンをナーギルの手から撃ち落とすとそこから集中的にビームガンに突き刺さり、爆発した。

「やった……」

『どんなもんだぁ!』

 氷の支援をして来たのは四糸乃とその天使だ。ビームガンが破壊された時からオートボットを苦しめた麻痺の効果が途切れて三人は動き出す。

「助かったぞ四糸乃、グリムロック」

「ナイスな支援だ!」

 ナーギルは苦虫を噛み潰したような顔をして島中の魚人兵に撤退命令を出した。ナーギルも我先にとアトランティスに向かって泳ぎだし、逃げ帰って行く。

 

「オートボット、戦いはまだ終わっていない。ナーギルとアトランティスを破壊する!」

「よしゃ! あの魚野郎を痛い目に合わせてやりましょうや!」

「逆襲だ!」

 かくして、オートボットの反撃が始まった。

 

 

 

 

 アルバテルの艦橋にはジェームズの苛立ちの声がこだましていた。先ほどから魔力砲や多連装ミサイルをフラクシナスに浴びせているが、ただの一発も命中しないのだ。嘲笑っているかと思える程に限定的で強固な障壁を張って、砲撃をやり過ごしているのだ。

「何故、当たらん! こちらの撃つ場所が分かるとでも言うのか!?」

 苛立ちを画面を叩く事でジェームズは発散しようとする。

「防御用の魔力生成も全て主砲へ回せ! 防御など貫通してくれる!」

 障壁無しの空中艦など丸裸に等しい。ジェームズは適切な判断が出来ていないと見ても良いだろう。クルーもジェームズに反論せずに素直に従い、防御用の魔力生成をシャットアウトし、主砲の魔力に回した。アルバテルの砲身が今にも融解しそうな程に魔力は溜め込んでいる。主砲はイカれるだろうが、限界を超えた砲撃ならいくらどこに飛んで来るか分かっていても防御を貫通してしまう。

「魔力砲の充填が完了しました」

「よーし、発射ァッ!」

 意気揚々と手を突き出して砲撃の合図を下した。

 主砲から膨大な魔力の奔流が流れ出し、余波でアルバテル自体も大きく揺れてクルーは必死にしがみついていた。

「どうだラタトスクよ!」

「敵艦の反応が消失しました」

 オペレーターからそう報告を受けてジェームズは固く拳を握ってガッツポーズを取った。

「館長! レーダーに熱源あり!」

「敵艦の残骸だろう」

「違います、これは魔力砲です!」

「何!?」

 防御や回避に移ろうにも主砲の発射で魔力が空なのだ。

 フラクシナスがレーダーから消えたのは咄嗟に不可視迷彩(インビジブル)で姿を消しながら高度を下げた。これによりジェームズはフラクシナスを破壊したと勘違いしたのだ。

 フラクシナスの主砲“ミストルティン”に抗うすべを持たないアルバテルは魔力砲を右動力部に浴びて、大型スラスターも破壊されてしまった。

「おのれラタトスク機関めぇぇ!」

 ジェームズは憎憎しい気持ちを込めた声で墜落を始める戦艦で怒鳴った。

 戦う力を失ったアルバテルは沈没を余儀無くされ、フラクシナスのブリッジでは難を乗り越えて盛り上がりを見せていた。

 

 

 

 

 夜だと言うのに昼間のような明るさを放つスターセイバーを士道は軽々と振るい、エレンに突き付けた。尋常な力ではないスターセイバーを目の前に流石のエレンも頬に一筋の汗を流した。先刻、まざまざと見せ付けられたスターセイバーの破壊力、それは地形さえも容易く変化させられる物だった。

 精霊すらも凌駕するパワーとまともにぶつかり合う気にはなれなかった。スターセイバーの剣先をエレンに突き付ける士道の姿を見て、構えは全くの素人だと言うのが分かった。パワーは凄まじくてもそれを当てる力があるかと言われると、なんとも言えない所だ。

「五河士道、あなたは何者です」

「歯牙ない高校生だよ」

「人間ですか、本当に?」

「人間さ……一応」

 人間かどうか疑われてもおかしくはないだろう。ただの人間がこんな力を持っている筈がないのだから。

「十香から離れろ」

「お断りします。プリンセスの捕縛が今回のミッションですので」

「じゃあ力ずくででもどいてもらうぞ」

 エレンは見下すように笑いながらレーザーブレードを構え直して士道を敵と認識した。

「私に勝てませんよ、五河士――」

「うわぁぁぁぁ!」

 エレンの言葉を遮りながらジャズに殴られたスタースクリームはエレンに向かって倒れ込んで来た。

「ちょ……スタースクリーム! 私に倒れ――」

 避けとうとしたが、もう遅かった。エレンはスタースクリームの下敷きになってしまった。

「不利な地形で戦おうとするなんてバカな奴だ」

 ジャズはそう吐き捨ててから気絶した十香の介抱を引き受けて安全な場所へ運んだ。士道は耶倶矢と夕弦の戦いを止めるべく二人の姿が見えやすい海岸線の崖に走って行く。

「くっ……私は最強の魔術師……なのに……むきゅう……」

 スタースクリームの下敷きにされたエレンは変な声を上げて気を失ってしまった。

 士道が海岸線に出ると海上では確かに嵐が、更に上空にはフラクシナスと損傷した空中艦が、海面には何か良く分からない巨大な建築物が浮かんでいる。

 知らない所で或美島の近辺が想像も出来ないくらいに大変な事になっていたのだ。海に浮かぶアトランティス目掛けて三台の車と恐竜が立ち向かっているのも士道の位置からはしっかり見えていた。

「何やってんだ……アイツ等?」

 アトランティスも気になるが士道はそんな気持ちを押さえつけて八舞姉妹の嵐の城に向いて泰然と立つ。

 スターセイバーを振りかざしてから刀身にエネルギーを貯めて、一気に振り下ろす。スターセイバーからは半月状のエネルギー波が飛び、八舞姉妹の暴風に命中したがエネルギー波はすぐにかき消された。さっき撃った時より遥かに威力が落ちているのが目に見えて分かった。

「どうしたんだスターセイバー、何でさっきの威力が出ない!」

 力を込めるようにスターセイバーを持ち上げるのだが、刀身の輝きも次第に薄れて行く。

「こんな肝心な時に!」

 柄だけとなったスターセイバーを握り締める士道の頭上に一人のトランスフォーマーが飛来する。そのトランスフォーマーは変形しながら着地し、顔をさすっていた。

 スタースクリームだ。

 ジャズに殴られた顔の痛みを気にしながら士道に歩み寄る。

「お前は……」

「ディセプティコンのニューリーダー、スタースクリーム様だ」

 スタースクリームはふてぶてしく言い放った。大事な時に面倒な奴が現れた。士道は刃の無いスターセイバーをスタースクリームに向けて戦意を表現した。

「おい、小僧」

「何だ……」

「まあ、剣を下ろせよ。俺様はお前の味方だぜ?」

 作り笑いとワキワキと指を動かす素振りでスタースクリームは味方だと言い放つ。

「信じられるか!」

「まあまあ、士道。今はあの二人を止めたいんだろ? 俺様が力になってやっても良いぜ? 見返りは……俺様と一緒に来てもらう事さ」

 スタースクリームが士道の力になる保証はどこにも無い。ますます信憑性がなくなって来る。

「悪い話じゃないだろ? お前のルーツを俺は知っているんだ。お前の力についてもな」

 ルーツと聞いて士道の心は揺れ動いていた。スタースクリームは最初から十香ではなく、士道を狙っていた。理由もなくただの学生を狙うとは考えられない。少なくとも、スタースクリームは士道の力について何か知っているのは予想出来た。

「……。手を貸してくれスタースクリーム」

 助力を求める言葉に嬉々として頷いた。

「よし、じゃあその剣の力を取り戻すぜ。そいつは意志が弱かったら発動しねぇんだ」

 スタースクリームの言葉を信じて士道は一度、冷静になって今自分が最も成し遂げたい気持ちを心に描いた。

 耶倶矢と夕弦を止めたい。

 そう強く願い、柄を士道はギュッと握り締める。最初は小火のようにエネルギー体が滲み出るくらいの物だったが、スターセイバーは徐々に刀身を取り戻して行き、遂には皎々と輝く刃を蘇らせた。

「よーし、そのままぶった斬れ! 俺のナル光線ならアイツ等の力を弱められる!」

 無言で頷くと士道は力一杯に蓄えたスターセイバーのエネルギーを八舞姉妹の風の城に解き放った。それと同時にスタースクリームは右腕からナル光線を発射してスターセイバーの斬撃に麻痺効果を付加させた。半月状の斬撃は耶倶矢と夕弦の間を割って入り、強固な暴風を見事に消し去ってしまった。

「やったぜベイビー! さぁ士道、俺と一緒に――」

「戦いをやめろ二人共!」

 暴風を破壊された二人は下で叫ぶ士道に目をやった。

「何なのよ邪魔しないでよ士道!」

「憤慨。これは私達の決闘です、邪魔すると容赦しません」

「バカな事をいつまでも言ってるんじゃねえ! お前等、お互いに大好き同士なんだろ!? 何で戦ってんだバカ野郎!」

「だから……真なる八舞に夕弦をさせる為よ!」

「応答。耶倶矢を真なる八舞にする為です」

 二人の声は見事に重なり合って士道の耳に届いた。思い合う二人が戦うなんて、悲しい事だ。

「片方を真の八舞にしてお前等は満足か? 自分が消えた後に残された方の顔なんて悲しくて見てられねぇンだよ!」

 耶倶矢と夕弦は不意に迎え合って顔を見詰めた。片方が消えれば消えた方は満足だが、残った方には深い損失と悲哀だけが残るだろう。楽しい事も、嬉しい事も、二人で分かち合えなくなるのだ。

「耶倶矢、夕弦! 俺にチャンスをくれ! お前達が消えない代わりに精霊の力を封印する方法がある!」

「精霊の力を封印? 信じられないわね!」

「疑問。ただの人間がそんな事出来る筈ありません」

「ただの人間が、お前等の風をぶっ飛ばしたんだ。俺を信じろ!」

 確証は無い。だが、嘘だとも言い切れない。

 二人は再度見つめ合った。

「ね、ねぇ夕弦、もしもだけどアイツの言う事が本当だったらどうする?」

「返答。私は是非とも学校に行ってみたいです」

「学校かぁ~確かに十香達と一緒に行けたら楽しいだろうね」

「疑問。ジャズも学校に行くのでしょうか?」

「わかんない。ジャズと他の仲間も見たいし」

「同調。オプティマス・プライムという人がどんな方か拝見したいです」

「何か、愉快な人達みたいだよ」

「質問。耶倶矢はもし人間になれたらどうしたいですか?」

「アタシかぁ~アタシは十香達ときなこパンを食べたいな」

「説明。至高の美味と聞きました」

「喫茶店も行きたいし」

「肯定。私もです、是非とも一緒に行きましょう耶倶矢」

「そんときは割り勘だかんね?」

「告白。耶倶矢、私はまだ消えたくありません」

 夕弦は涙声で気持ちを打ち明けた。

「夕弦……アタシも……まだまだ生きていたいよぉ……」

 耶倶矢にいたっては鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。

「耶倶矢……」

「夕弦!」

 武器を離して二人は篤い抱擁を交わしていた。それを見ていたスタースクリームは痺れを切らして士道に怒鳴った。

「もう良いだろ! さぁ士道、俺様と一緒に来てもらうぜ!」

「まだだ。待てよスタースクリーム、二人の封印がまだ終わってないんだ」

「関係あるか!」

 スタースクリームは士道を掴んでから空中へ放り投げると戦闘機に変形してコックピットに士道を入れて飛んで行く。

「夕弦……あれもジャズの仲間かな?」

「否定。あれは違うと思います。翼のマークがジャズの物と違いますから」

「じゃあ士道を誘拐したって事かな?」

「肯定。その可能性は大です」

「まだアイツには封印ってのをやってもらってないし……。やっちゃいますか?」

「やっちゃいましょう」

 二人の気持ちは同調し、耶倶矢の右肩の翼と夕弦の左肩の翼が同時に光り輝く。夕弦は巨大な弓を形成し、耶倶矢は突撃槍を矢として弓に装填した。

 

「――“颶風騎士(ラファエル)”【天を駆ける者(エル・カナフ)】!」

 吹き荒れる暴風を一つに圧縮された矢は計り知れない破壊力を持ってスタースクリームを追撃した。

「何だあの矢は!」

 逃げようとアフターバーナーを点火しようとしたが時、既に遅しだった。スタースクリームは八舞姉妹の最大の威力によって撃ち落とされ煙りを吹きながら墜落した。

 スタースクリームと一緒にいた士道は風圧の影響でコックピットが開き、スタースクリームとは別の方向の森へと落ちて行った。

 琴里の回復能力とそこまでの高度を飛んでいなかった影響で士道は無事だった。

「いってぇ~……」

 酷く尻を打った士道は臀部をさすりながら立ち上がった。そこへ耶倶矢と夕弦が降下して来、士道の身を案じた。

「怪我はないか、士道よ」

「心配。怪我はありませんか?」

「あ、ああ大丈夫だ」

「では士道よ、我等の力を封印して見せよ」

「え、いや、待て。まだ準備が……その……」

「何であるか、煮え切らぬな。まさか我等を騙しているのではなかろうな」

「違うんだ。準備っつーか動作がな……」

 好感度の状態も分からないままキスをしても封印出来る確証がないし、願わくば二人別々の所でキスをしたかった。歯切れの悪い言い方の士道を不審な目で見ていると耶倶矢はある事を思い出した。

「あ、士道。目を瞑れ」

「え?」

「命令。目を瞑って下さい」

 夕弦も耶倶矢と同じ事を言い出し、士道はそれに従って目を瞑った。次の瞬間には右と左からチュッと柔らかい感触を頬に受けた。士道は目を開けて顔を真っ赤にした。

「えっと……お礼よ……いろいろとね」

「感謝。ありがとう士道」

 士道が何か言おうとした所で耶倶矢と夕弦の封印が始まった。霊装である拘束衣や鎖は光り出し、見る見るうちに塵となって消えて行き哀れもない姿に二人を変えてしまった。

「キャッ!?」

「驚愕!」

 衣類を失った二人は手で自分の体を隠して羞恥に顔を赤らめた。士道も出来るだけ見ないように顔を背けていた。

「封印ってこんなやらしい事なのスケベ!」

「羞恥。もうお嫁に行けません。士道、引き取って下さい」

「し、シドー何をしているのだ!?」

 こんな時にタイミング悪く、ジャズと意識を取り戻した十香と出くわしてしまった。

「士道、君にこんな趣味があったのかい? かなり驚きさ、ハハッ」

「待て待てジャズ、十香! これは誤解なんだ! これはちゃんとした手続きなんだ!」

「シドー、私という物がありながら~! フンッ! 心配して損したぞバーカバーカ!」

 頬をぷくっと膨らまして十香はぷりぷりと怒って先に帰ってしまった。謝る用のきなこパンを買わなくては、と思いながら士道は十香を追いかけて行った。

 

 

 

 

 さて、アトランティスとオートボットの戦いはなおも続いていた。

 海水を四糸乃に凍らされてアトランティスは潜水出来ず、身動きが取れない状態で氷の上をグリムロックが走り、先行してアトランティスを攻め立てている。防衛兵器のギアも四糸乃は凍らせ、砲台の角度を変えられず、殆どの防衛兵器が役に立たないのだ。

「グリムロック、存分に暴れるんだ。有史以前の本能を蘇らせてな!」

「アトランティス、破壊する!」

 ショックウェーブに見捨てられ、頼みのビームガンも無い。アトランティスの防衛兵器は機能を停止させられた。アトランティスに建ち並ぶビルや貯蔵庫をグリムロックは、尻尾でなぎ倒し、または焼き払いながら盛大に破壊の限りを尽くす。「いいぞぉーグリムロック! バラバラにしてしまぇー!!」

 応援の声をかけながらワーパスもグレネードを投げたり、ガトリング砲で手当たり次第に攻撃をしている。

「撃って撃って撃ちまくれぇ!」

 グリムロックを止めようと出合う魚人兵を物ともせず、レーザーファイヤーでアトランティスを火の海に変えた。もはや、勝敗は見えていた。オートボットがアトランティスを破壊するのに大した時間はかからないだろう。

 ナーギルは悔しがる顔で最終手段の実行を決意した。

「アトランティスが沈められるのなら、余が自ら爆発させてくれる!」

 ナーギルはマントを脱ぎ捨てて動力部へと走る。

 その言葉を四糸乃とよしのんは密かに聞いていた。三メートルはある大きなうさぎの姿になったよしのんは戦闘中のオプティマスとグリムロックにナーギルが自爆を企んでいる事を伝えたのだ。

『大変だよオプティマス! ナーギルの奴がアトランティスごと自爆するつもりなんだよ!』

「ナーギルめ……勝てないと踏んで私達も道連れにする気か。わかった、四糸乃はアイアンハイドとワーパスを連れて逃げろ。後は私とグリムロックでやる!」

『オッケー!』

「はい……気をつけて……下さい……グリムロックさん……オプティマスさん」

 オプティマスの命令通りに四糸乃はアイアンハイドとワーパスに命令を伝えてアトランティスを先に脱出する。ワーパスが暴れ足りないと少しゴネただけでそれ以外はスムーズに事が進み、四糸乃等は或美島の海岸にまで避難した。

 いよいよ最後の決着をつけるべく、オプティマスとグリムロックはナーギルの始末に取りかかった。

「グリムロック!」

 オプティマスが呼ぶとグリムロックは頭を少し下げて、オプティマスは首に跨り、エナジーアックスを振りかざす。

「走れ、グリムロック!」

 号令がかかり、グリムロックは走り出す。動力部の位置は分からないが、ナーギルの臭いはグリムロックがしっかりと嗅ぎ分けて後を追った。

 壁が立ちはだかればぶち抜き、地下へ移動する時は床をぶち抜いて、ナーギルを追いかけた。臭いはだんだんと濃くなって来て、ナーギルの下へ近付いているのが分かる。

 床を何枚も貫通して下へ下へと降りて行くグリムロックとオプティマスは、ようやく動力部らしき部屋へと落ちて来た。巨大なエンジンや常にベルトコンベアでエネルゴンキューブがコアに運ばれ、歯車や重厚なハンマーがピストン運動を繰り返す。

 誰がどう見てもここは動力部だ。その証拠にナーギルがエネルゴンの溶鉱炉の梯子を登り、手には起爆剤を持っていたのだ。

「まずい! グリムロック!」

 オプティマスが何をして欲しいが察知してグリムロックは頭を振り上げてオプティマスを溶鉱炉のてっぺんにまで投げ飛ばす。

「自爆などさせないぞナーギル!」

 なんとか溶鉱炉の頂上に着地してナーギルを掴み上げる。

「もう遅いわ! 溶鉱炉は爆発する。アトランティスやお前等ももうおしまいだ! ワハハハハハハ!」

 爆発は動力部の各所で発生し、次第にその回数と規模が増して行くのがわかる。オプティマスはナーギルを放り投げ、グリムロックに命じた。

「手遅れだ。逃げるぞ!」

「わかった、壁、ぶち破る!」

 口腔内にたっぷりのエネルゴンを圧縮して、グリムロックは内壁に向けて渾身のレーザーファイヤーを撃ち、何層にも重なった強固な壁を溶解させて逃げ穴を作った。

「もう、間に合わんわい! 貴様等は余と死ぬのだぁ!」

 ナーギルの勝ち誇った声を聞きながらグリムロックは流れ込む水に逆らいながらアトランティスを脱出した――。

 

 

 

 

 或美島のビーチで三人はアトランティスを凝視し、海面から何か上がって来ないか今か今かと待っていた。海面は脱出した際に四糸乃がちゃんと溶かして水に戻しておいた。

 アトランティスからは黒煙が空に向かっていくつも昇り、燃え盛っている。と、そこでひときわ大きな爆発が起こり、アトランティスは真っ二つに割れて沈んで行くのが見えた。

「――!? オプティマァァァス!」

「グリムロックさん……!?」

 未だに海面から何も出て来ず、アトランティスが爆発し、三人は最悪の情景が頭をよぎった。

「そんな……オプティマスが……」

 アイアンハイドはガクッと膝を折って呆然と沈むアトランティスを睨む。四糸乃は涙目になりながら小さくグリムロックの名を呼んで生きている事を祈った。

「司令官……死んでしまった……」

 ワーパスが悲しみに顔を押さえた。

 

「私が死んだキャンペーンにはまだ早いぞ」

「俺、グリムロック。ピンピンしてる!」

「オプティマス!」

『あぁーグリムロック! 生きてた!』

 グリムロックに跨りながらオプティマスは少し離れた海面から上がって来て、元気な様子を見せてくれた。

「オプティマス、ナーギルはどうしたよ?」

「わからない。だが、生きてはいないだろう。仮に生きていても今回の件で懲りた筈だ」

『アトランティスもまだ伝説になっちゃったねぃ!』

 日の出の光に照らされた沈没を眺め、四人は朝を迎えた。

 長い長い夜が、ようやく明けたのだ。

 グリムロックは太陽に何度も吼えて、ショックウェーブに報復する事を誓った。

 


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