デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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想像以上に夕弦と耶倶矢の口調を書くのが難しい。特に夕弦


17話 航空参謀と科学参謀

 清潔感のある純白の壁に全面が覆われた医務室には大手術でもしていると勘違いする程に設備が充実していた。布団には手入れが行き届いており、シーツはしっかりと洗濯されているのでシミ一つ無い。そんな部屋で嵩宮真那は激しい頭痛と共に目を覚ました。頭痛は次第に落ち着いて行き、ボーっとしていた意識も正常に動き出す。

 くりくりとした大きな瞳をこすってから時計を見ると真那は目を疑った。日付も教えてくれる便利なその時計には七月十五日と表示してあるのだ。

 面食らったのも無理もない。真那は他のカレンダーや時計を見て日付を確認するがやはり七月十五日である。何者かの意地の悪い冗談なのかと疑う所だったが、これが夢でも幻でもない事は確かである。確か、最後に残っている記憶は忌々しい狂三が嗤いながら立っている姿が残っており、その後の事は覚えていない。本気を出して天使を顕現させた本物の狂三に手も足も出ずに完膚無きまでに叩きのめされた事を思い出すだけで闘争心をかき立ててくれる。

 最も腹立たしいのは、今まで殺していた狂三が全て偽物で本物に弄ばれていたに過ぎない事だ。そう思うと腹の中が煮えくり返る。ものの見事に真那は、狂三に自信やプライドという物を木っ端微塵にされたのだ。退院したらまずは砕け散ったプライドの欠片を集める作業から始める。失った自信は時と共に癒されるだろう。

 真那は私服に着替えてベッドから出ようとするとコンコン、とドアをノックする音が響き「どうぞ」と入室を許した。許可が下りてドアが開いたかと思うと黒いスーツを着用した屈強な男達がぞろぞろと入って来る。どうやら診察結果を言いに来たわけではないらしい。とても穏やかな状況ではなく、真那は臨戦態勢に入って威嚇した。

 この状況、普通ならばなすすべもなく男達に取り押さえられるだろうが、真那は自信満々に笑っていた。「嵩宮真那さん、私達と一緒に来ていただけますか?」

 スキンヘッドの男が威圧的に言った。

「あぁ? まずは名を名乗りやがれです」

「それは出来ません」

「話しになんねーです。むさ苦しい男はとっとと失せやがれです」

「こちらも手荒な真似はしたくありません」

 真那の目元がピクリと動き、ベッドから飛び上がって近くにいた男の首を刈るように空中から蹴りを入れた。体重が軽いし子供と言ってもその威力は侮れない。現に蹴りを受けた男は態勢を崩して床に倒れてしまっている。

「あんまり舐めた事言ってると容赦しねーですよ」

 真那が威嚇するように睨むとスキンヘッドの男は口元を緩めて笑う。

「今です」

 男が手を挙げて何かしらの合図を出した時、真那の体に光が差し込んだ瞬間に真那はベッドの上から忽然と消え失せた。

「転送完了しました、司令」

『ありがと、後はこっちでやるわ』

 真那の転送を終わらせた男達は蹴られた一人を回収して病室から出て行った。

 

 さて、転送された真那だが、突然の出来事に頭が処理が出来ていなかった。病室だと思っていると急に景色が変わり、廃ビルの中にいたのだから何が何だか分からないでいた。

「手荒な真似をしてごめんなさいね」

 廃ビルの奥、暗闇から現れたのは琴里だ。本来ならラタトスクの本部に出向している琴里だが、真那の用事を先に済ませるべく本部の出向の日をズラしたのだ。

「あなたは、兄様の……」

「少し話をしましょう真那」

 チュッパチャプスを口に含んで琴里は横たわるコンクリートの柱に腰掛けた。

「良いです、私もあなたに話したい事がありやがります」

 真那は私服の胸ポケットからインカムを取り出して見せた。そのインカムが士道が使っていた物だと琴里は直ぐに分かった。狂三とデートをした時に落としたインカムは真那が回収していたのだ。

「ナイトメアを倒した日、兄様の転んだ所に落ちていた物です」

「……。ええ、確かにそれは私が士道に渡した物よ」

「正気ですか?」

「何がよ」

「非武装の一般人をナイトメアにたった一人で近付けさせるなんて正気とは言えねーです。あなたは妹失格です!」

 ものすごい剣幕で言い放つ様子から真那が本当に士道を大切にしている事がよく分かる。だが、ラタトスクにはラタトスクなりのやり方があるのだ。

「士道には精霊の力を封印する力があるの」

「まさか」

「本当よ、だから私達は士道に精霊とデートさせてデレさせているの」

「バカバカしいです。アイツ等は世界の癌、殺すに限りやがります」

「過激ね、DEMらしい発言だわ」

「聞き捨てならねーですね。DEM社は身よりのない私に力と意味を与えてくれました。感謝しても仕切れねーです!」

「それ本気で言っているの? 正気がどうか逆にあなたに聞きたいわ! DEMがあなたの体に何をしたか知らない筈ないわよね!?」

 ここまで琴里は言うと真那の顔から怒りが消えて代わりに驚愕の表情が浮かんで来ていた。

「どういう事ですか」

「知らないの……?」

「だから何の事ですか!」

「DEM社があなたの体に大量の魔力処理を施している事よ」

 恐らく真那も知らなかった事実だろう。顔は引きつり、どうしたら良いのか分からない。そんな様子で体が震えていた。

「う……嘘です……アイザックさんが……」

「悪いけど、事実よ。あなたの命はこのままじゃ十年くらいしか保たないわ」

 たたみかけるように真実を突き付ける度に真那の表情に恐怖心が分かりやすいくらいに表れて来るのだ。信じていた存在に裏切られた気持ちとは計り知れないくらいに辛い、真那は親に捨てられ、恩人に裏切られ、心はもはやボロボロだ。

「嘘だ嘘だ! 私は騙されねえですよ!」

「ごめんなさい真那、全て本当なの。だから少しだけ眠っていて」

「何を言ってるでやがりますか!?」

 真那が吼えた後に腹にチクリと痛みが走った。腹部を見てみると一本の麻酔銃の針が刺さっているのだ。

「クッ……ソ……」

 急激な睡魔に教われて真那は足から力が抜けて行き、崩れて行く。琴里は頭を打たないように支えてやると真那が眠った事を確認してから通信機を使ってクルーに連絡した。

「もしもし、中津川、幹臣? 悪いけど今から真那を運んでくれる? ええ、お願い」

 指令を下すと琴里は真那をそこへ置いて本来の目的である本部へ出向した。

 

 

 

 

 或美島へ行く便の飛行機は快調に飛行していた。通路側から十香、士道、折紙という席順になり、士道は二人のいがみ合いの仲裁係りとして役割を果たしていた。大変なのは周りの男子からの嫉妬だ。十香や折紙は彼女にしたいランキングの一位と二位を常に争っている。そんな少女に挟まれるという状況がどれほど幸せなのか士道は分かっていない。

 士道自身もこの二人がもう少しで良いから仲が良ければ変な苦労もしなくて済むし、今の席にも喜びを感じれただろう。

「シドー! これが飛行機なのかー! こんな重い物がどうやって飛んでいるのだ?」

「羽があるからだよ」

 飛行機の原理に特別詳しくもない士道は適当な答えを十香に言った。

「羽があれば飛べるのか?」

「ま、まあ……後はエンジンとかジェットとか」

「シドー! 私も羽が欲しいぞ、どこで貰えるのだ?」

「レッドブルでも飲むと良い」

 士道の代わりに折紙が答えた。

「何なのだそれは?」

「翼を授ける飲み物、あなたはそれを飲んで崖から飛んで行くと良い」

「おいおい、嘘教えるなって……」

 士道は呆れながら言った。行きしなの飛行機を寝ていくという士道の算段はどうやら実現しそうにない。士道がいなければ折紙がどんどん適当な事を十香に吹き込んでしまうからだ。

 修学旅行の体力の殆どを飛行機の中で使い果たした士道は或美島に到着した時には既にふらふらの状態だった。しかし、或美島の空港から見える景色は絶景の一言で、美しく削られた三日月状の浜辺は太陽光で輝きを放ち、海も南国を思わせる程に澄んでいた。この美しい景色を見れば飛行機内での疲れも多少はマシになる。

「はーい、皆さーんちゃんと揃いましたか~? 今からホテルの方に行きますのでちゃんとみんないるか確認して下さーい」

 列の先頭で珠恵が慣れない具合で声を張り上げている。士道は真っ先に十香は探したが、なんと十香の姿がどこにもないのである。

「あいつ……どこに行ったんだ」

 荷物を一度下ろして殿町や亜衣、麻衣、美衣の三人、折紙に令音も十香を見ていないかを聞いたがいずれも飛行機を降りてから見ていないそうだ。十香にはまだ携帯電話を持たせていないので連絡が取れない。そんな時、士道に一人の女性が声をかけて来た。

「どうかしましたか?」

 エレンである。

「ああ……すいませんが女の子を見かけませんでしたか? 髪が長くてリボンを付けた子なんですが」

「プリンセ――その子でしたら飛行機を降りて直ぐにトイレを探しに行きましたよ」

 エレンはそう言ってバス停からずいぶんと外れた道を指差した。

「ありがとうございます」

 士道は礼を言ってから珠恵に声をかけた。

「先生、十香がトイレを探しに行ってどこかへ行ったので探して来ます」

「えぇー!? 夜刀神さんが迷子!? 大変です大変です!」

「岡峰教諭、落ち着いてくれ」

 慌てた珠恵を令音が落ち着けてくれる。

「岡峰教諭はみんな率いて先にホテルへ行ってくれないか。五河くんと私は後から追いかける」

「は、はい!」

 令音の指示通り、珠恵とその他の生徒は大型バスに荷物を積み込み、ぞろぞろと乗って行く。士道と令音、この二人が十香を探しに行くと知ったエレンは目を細めて睨むように観察し、後をつけて行こうとする。

 だが――。

「エレンさーん! バス行っちゃうよ~!」

「ほらほら~早く早く!」

「バスの中でコンボイの謎でもして遊ぼうよ」

 尾行を開始しようとした矢先、亜衣、麻衣、美衣の三人に肩と腕をガッチリと掴まれたエレン。

「え? え? いや、私は他に用事が――」

 有無を言わさずにエレンはバスの中に連れ込まれて尾行作戦は失敗だ。エンジンの音を上げてバスは出発した。

 空港のバスターミナルに残った士道と令音は早速、十香を探しにバス停から外れた道を行く。士道はインカムを耳に付けて常に令音と連絡を取れるようにすると二手に別れた。

 士道が人気のない土手をひたすらに歩き、十香の名前を叫びながら探した。小高い位置の土手からは海が見渡せて、意外にも景色が良い。そんな景色を眺めた後にふと土手の下に視線を落とすと草原に一台の高級車が停車している。自然が漲る空間に不似合いな格好の良いスポーツカー、しかもどこかで見覚えのある白いカラーリングだ。

 士道は頬からたらりと汗を流して恐る恐るそのスポーツカーに近付いて声をかけた。

「ジャ……ジャズ……?」

 端から見ればこんな奇っ怪な光景はない。車に話しかけてあまつさえ名前まで呼んでいるのだから変人と思われても仕方がない。

 名前を呼んでも返事がないので士道は少しホッとして踵を返して十香を探しに行こうとすると、背後では聞き慣れた音がした。接続を変え、パーツが組み変わり、変形する音が聞こえた。

「やあ士道」

「……」

「どうしたんだ士道?」

 やはり車はジャズだった。

「何してんだよジャズ! こんな所まで付いて来てさあ!」

「君が狂三とのデートをした時に私は護衛についただろう? 私の君への護衛任務はまだ継続中なんだよ」

「マジかよ……」

「マジだよ。それより君はここで何してるんだ? 本来ならホテルに行くバスの中だろ?」

「それがさ、十香がいなくなったからさ。探してんだよ」

「何、十香が? それは大変だな。直ぐに探しに行こう」

 ジャズは再びビークルモードになって運転席のドアを開けた。

「さあ乗るんだ」

「どこか宛があるのか?」

「ない」

 即答された。

「じゃあどうやって探すんだよ」

「私がスピーカーを出すから君が大声で名前を呼ぶ。私が島中を走り回る」

「選挙カーみたいだな」

 内心、こんな事したくはないが十香を見つける為だと思えば我慢するしかない。士道が片足を車体に入れた時だ――。

「シドー! それにジャズ!」

 土手の上では十香が手を振っている姿が見える。ジャズも十香の姿をカメラが捉えていた。

「十香!」

 士道は土手を駆け上がって十香に詰め寄った。

「何してたんだ、心配したんだぞ」

「す、すまんシドー……トイレが我慢出来なかったのだ」

「空港ですれば良いだろ」

「空港のトイレが全部閉まっていたのだ! だから……我慢出来なくて……」

 十香は顔を赤らめて士道から目を逸らした。

「しっかし……ここら辺にトイレがあるんだな、十香」

「……」

 十香は見る見るうちに顔が赤くなり、俯いたまま黙っている。何かよからぬ事を聞いてしまったと思い、士道はそれ以上は踏み込んで聞けなかった。

「まあ、見つかって良かったよ。直ぐに戻ろう」

「あ、待てシドー……」

「ん?」

 十香は言いにくそうに膝をもじもじとこすり、下を向いたままだ。

「どうしたんだよ十香」

「その……スースーするのだ……スカートの……中が」

 十香がそう言った時、ジャズのバイザーから青白い光が投射されてつま先から登頂までを軽くスキャンした。

「ふむ……どうやら君は下着を身に付けていないようだがどうしたんだ?」

「わぁぁ! 言うなバーカバーカ!」

 この会話で士道は現状を察した。

 トイレを我慢出来なかったとはどういう意味なのか直ぐにわかった。しかに士道はそれに触れなかった。

「一度、ホテルに行こう十香」

「うっ……済まぬ……」

 少女のデリケートな個所に踏み込むような勇気は士道にない。仮に迫られたとしてもそれに応える甲斐性も士道にはなかった。

 十香の手を繋いで土手から降りようとした時、綺麗な景色の奥で黒雲が立ち込めているのが確認出来た。雲の動きは異常に速く、士道達の方に向かって来ているのが一目で分かる。黒雲が瞬く間に島に上陸し、突風と雷が空を踊るように乱れ、士道と十香は耐えきれずに飛ばされそうになるとジャズが上手くキャッチした。

 しばらく風が吹き荒れて、ジャズは身をかがめて士道達が飛んで行かないように抱えていた。突風に飛ばされて来たバケツがたまたま十香の頭にぶつかった。

「あっふぅ!?」

 十香はそのまま目を回して気を失ってしまった。

 風はやがて収まり、黒雲は消え去り、日の光が差し込んだ。嵐が去ったのを確かめるようにジャズは空を見渡し、周辺の状況を確認した。ジャズに抱えられていた士道と十香も顔を上げると土手には二人の少女が対峙している。一方は目尻がつり上がり、胸は控え目なサイズである。もう一方は垂れ目で気だるそうな目つきをしている。胸のサイズはなかなかの物だ。両者の違いと言えば一見して分かるのはこれくらいで、顔は殆ど同じである。 手足に枷をはめて、レザー製のボンデージ風のきわどい衣装を纏う少女達からは霊力が漲り、ピリピリとした殺気をぶつけ合っていた。

「これで世界一周競争は我の勝ちぞ」

「否定。先にゴールしたのは夕弦の方です。耶倶矢は胸が小さい分、リーチが短いです」

「何だとコラァ! この陰険陰険陰険! 人の価値は胸じゃないし!」

「失念。確かに人の価値は胸じゃありませんでした。教養や品性と言った耶倶矢には致命的に欠けている物も価値の一つです」

「誰が教養や品性が欠けてるって!? 教養とかマックスだし! 品性とかイケイケだし!」

「質問。では教養マックスの耶倶矢に問います」

「な、何よ」

「アメリカの首都は?」

「はっ! 簡単だし、ニューヨークよ!」

 耶倶矢の回答を夕弦は鼻で笑う。

「いや、違う違う! えーっと……どこだっけ……」

「ヒント、大統領の名前です」

「わかった。リンカーンね!」

「嘲笑。教養マックスとは耶倶矢の限界値がマックスということでしょうか?」

「何よもう! 答え教えてよ意地悪!」

「あの……」

 夕弦と耶倶矢の口喧嘩に意を決して士道は口を挟んだ。精霊の心は分かりにくい、もしも狂三のような危険な性格ならばジャズはここで倒す事も辞さないつもりだ。

「ん? 何だこやつは」

 耶倶矢の口調がどこか芝居がかった物に変わった。

「今は余が夕弦と話しておるのだ。この無礼者め!」

「指摘。耶倶矢のキャラがぶれぶれです」

「うっせーし! で、あんたは何なの?」

「何なのって言われてもな……」

 士道は困ってしまい黙り込んだ。

 士道の事をジッと見ていた耶倶矢は何か閃いたように不適に笑う。

「なあ夕弦よ、我等は幾重に勝負を重ねて来たがまだやっていない勝負があったよのお」

「疑問。まだやっていない勝負とは?」

「ズバリ、色気対決だ」

「納得。確かにまだやっていませんね。してルールは?」

「ルールは簡単! 我と夕弦でそこの者をメロメロにした方が勝ちだ! そこの者、名を名乗れ」

「え……はい……五河士道です」

 何故か不思議と敬語になってしまった。

「よし、士道よ我等の勝負に協力しろ。嫌とは言わせんぞ」

 精霊側から士道にコンタクトを取ってくれるのは逆にありがたい話だ。接する機会が多ければ多い程に封印や好感度を上げる機会も多くなる。

 士道は頷いた。

「よろしいでは我等の色気対決スタートだ――ってかあのロボット何!?」

 どうやら耶倶矢はやっとジャズの存在に気付いたようだ。耶倶矢が言うと夕弦もジャズの方を見た。

「あ、私かい? 自己紹介が遅れたね私はジャズ、オートボットの副官をやらしてもらっている。よろしく」

 精霊を相手でもジャズはフランクに接して来る。人差し指を出して耶倶矢と夕弦に握手を求める。

「あ、どうもご丁寧に八舞耶倶矢です」

「八舞夕弦です」

 と二人も自然と手を出して握手を交わした。

「質問。ところであなたは何者ですか?」

「そうだ、我等は世界を駆け回って勝負をしたが、そなたのような生き物とは出会った事がない」

「まあまあ、いろいろ話す事はあるだろう。詳しい事は移動しながら話そうじゃないか」

 ジャズは踊るような華麗な動きでビークルモードに変形してドアを開けた。

「さ、どうぞ」

 人生で初めて見るトランスフォームに夕弦は感心し耶倶矢は目をキラキラさせて感激している。四人を乗せたジャズは走り出してホテルを目指した。

 

 

 或美島の士道達のいる地点から反対の森の中でスタースクリームは自作のハンモックに揺られながらエレンから“プリンセス”を捕縛したという報告を待っていた。

 DEM社の狙いは十香だが、スタースクリームの狙いは最初から士道にあった。

 ゼータプライムの私室で見た画像、それは紛れもない士道の幼い頃だ。

「へへっ、バカ共めあの十香って小娘より士道って人間のガキの方が価値があるってもんだ」

 士道の秘密を知るスタースクリームは既に勝ち誇った表情をしながらグラスに入ったエネルゴンを飲みながらハンモックの上で優雅に寝転がっていた。

 少し一眠りしてから行動を起こすつもりだったが目を閉じた時、スタースクリームのセンサーがある信号をキャッチした。

「味方の信号か……。って言う事は俺以外にディセプティコンがいるってのか!?」

 センサーではディセプティコンの反応は海中から来ている事が確認された。ディセプティコンを追放された身のスタースクリームはもはやオートボットもディセプティコンも敵だ。腕をスナイパーライフルに変形させて急速接近する信号を見逃さないように注意を払い、その方向に銃口を向けて待ち構えていた。

 水しぶきが水面から立ち上り、海中からスペースジェット機が現れると空中で変形しながら降りて来る。スタースクリームは先に狙撃銃の弾丸を放つ、しかしそれは回避された。

 海中から現れたディセプティコンが左腕のキャノン砲をスタースクリームの顔面に突き付けたのと、密かに用意していたニュートロンアサルトライフルの銃口が敵の方に向いたのが全く同じタイミングであった。

「君は……スタースクリーム!?」

「ショックウェーブ……テメェ……まさか地球に来てたとはなぁ」

 犬猿の仲だが、同じ幹部同士だ。二人は同時に銃を収めた。

「ディセプティコンの反応があると思えば君か……。こんな星で何をしているんだいスタースクリーム?」

「こっちが聞きてぇな、オイ。ラボにいないと思ったらこんな所にいやがったのか」

「まさか私のラボに入ったのか?」

「ああ、そうだとも。あんなスペースブリッジなんて言う無駄遣いを俺様が有能な建築物に変える為にな」

 ショックウェーブは少し俯いた。

「君はどうやって地球に来たのだ?」

「あぁ? テメェ聞いてなかったのかよ! 俺様がテメェのスペースブリッジを改良して地球まではるばるやって来たんだよ!」

 元科学者としての実力がこんな所で発揮されるとは思っても見なかった。スタースクリームはドジで間抜けで思慮の浅い奴、というのが一般的な認識だが能力だけは確かに高い。

 逆に能力が高い所為でタチが悪いが……。

「スタースクリーム、私と協力しないか?」

「ハッ! お断りだぜ! 誰がテメェと組むかよ変態科学者が!」

「君一人で何が出来る? 君も目的を成し遂げるなら手足が要るだろう?」

 それを言われると痛い。スタースクリームはDEM社と協力はしているが、スタースクリームの手足となる人間は殆どいないのだ。

「バカ言うんじゃねー! この俺様に部下がいないと思ってんのか?」

「ああ」

「いるに決まってんだろーが! ちゃんとディセプティコンのな!」

 ショックウェーブは首を傾げた。ディセプティコンでスタースクリームの言う事を聞く物好きがいるとは考えられなかったからだ。

「他にディセプティコンが来ていると言うのか?」

 コクコクとスタースクリームは首を振った。

「誰だ」

「テメェに何か教えてやんねーよーだ! ハッハッハッハッハ!」

 無性にイラッとしたショックウェーブは無言でスタースクリームの膝の関節を蹴り、「ウワァッ!」と悶えている隙に頭を掴んで腹を殴り、砲口を顔に近付けた。

「お、おい! やめろよ! 俺達仲間だろ! お前は仲間を撃つってのかよ裏切り者! なあ頼むよ、顔は、顔は止めてくれ!」

「なら答えろ、他のディセプティコンは誰だ? どこにいる?」

 低くこもった声で凄むショックウェーブの迫力は凄まじい物がある。今日のショックウェーブはどこか虫の居所が悪いのか随分と短気だ。

「ほら、どうしたスタースクリーム? このままじゃ君は大事な頭とお別れする事になるぞ」

「わかった! わかったから離してくれ! 言うよ、言えば良いんだろ!」

 相変わらずの命乞いと臆病な性格にショックウェーブは呆れながら手を離した。離してやるとスタースクリームは鬱陶しそうに手を振り払う。

「コンバッティコンだよ! アイツ等が地球で潜伏するように命令してあるんだ!」

 ポリポリとショックウェーブは頭をかいてから再びキャノン砲をスタースクリームに向けた。

「分かりやすい嘘だな、コンバッティコンは君を嫌っている。命令を聞く筈はない」

 そうだ、セイバートロンでの戦争末期、メトロフレックスのパンチでスクラップにされたメガトロンを見てここぞとばかりにニューリーダー宣言をしたスタースクリーム。その後にオートボットとのエネルギーの取り合いでスタースクリームの作戦は大失敗、その責任をコンバッティコンに押し付けていた。

 そのような経緯からコンバッティコン全員はスタースクリームが大嫌いなのだ。

「本当なんだ! 信じてくれよ!」

「詳しく聞こうか」

 ショックウェーブは腕組みをするとスタースクリームは嫌そうな顔をしながら話しだした。

 

 ――時は少しさかのぼり、それはスタースクリームがショックウェーブのラボにいた時だ。スペースブリッジの改良に勤しんでいたスタースクリームは、ある時近くで空から一人のディセプティコンが落下して来るのを見た。

「何だぁ?」

 スタースクリームは直ぐに墜落現場まで飛んだ。

 墜落現場で横たわっていたのは合体兵士ブルーティカスである。既に飛び去ったアークとネメシス、二機の艦が激しい攻防を繰り広げる中でブルーティカスはアークの戦力を壊滅させるべく放たれた。

 しかし、結果はジャズとジェットファイヤーの連携プレーにより艦から落とされてしまったのだ。

「ブルーティカスか……」

 そして今、再びセイバートロンに墜落という形で戻って来た訳だ。

「そういやコンバッティコン共はニューリーダーの俺様に対してピーチクパーチク言ってやがったな……」

 スタースクリームはいい考えが思いつき、ブルーティカスの合体を解除してからラボへと五人を運んだ。

 五台のベッドで寝ているコンバッティコンで最初に目を覚ましたのはリーダーのオンスロートだ。それからブロウル、ボルテックス、ブレストオフ、スィンドルと順番に目を覚ました。

「ここは? あぁ……頭が痛むな」

「良く目覚めたなコンバッティコンの諸君!」

 復活した瞬間に見た顔がスタースクリームだと思うと全員、目覚めが悪い。壁にもたれて何故か自信満々の顔つきでオンスロート等を見下ろしていた。

「スタースクリーム! よくも我々の前に顔を出せたな! お前をスクラップにしても飽き足らん!」

 ベッドから全員飛び起きてスタースクリームを取り囲むと皆、武器を取り出した。

「おいおい、俺様はお前達の命の恩人だぜ? 誰がリペアしてやったと思ってる。さあ、その見返りに俺に従え!」

「ざけんなよスタースクリーム!」

「その前にお前をスクラップにすると言ったらどうかね?」

 ブロウルとスィンドルが銃口を近付けて言って来るが、それでもスタースクリームは落ち着いていた。

「まあ、俺を殺すのは勝手だが、お前達のエネルギーアブソーバーを取り外したぜ。アブソーバーが無けりゃあエネルギーの補給が出来ずに死ぬだけさ」

 さっきから変に余裕なのはコンバッティコン等のアブソーバーを人質に取っているからだ。五人は撃ちたくても撃てない、アブソーバーの隠し場所も分からないし取り付けれるのはスタースクリームだけだからだ。

「さあどうする、この俺に従うか」

 コンバッティコンは一旦スタースクリームから離れて五人でひそひそと話し合った。そして直ぐに結論を出した。

「わかった、スタースクリーム。従おうとりあえず今のところはな」

 オンスロートは渋々そう答えたのだ――。

 

「ってな具合で連中は俺様の部下なんだよ!」

「最低だな君は」

「最低加減だけはテメェに言われたかねーよッ!」

 ショックウェーブも軍団内では避けられがちだが、コンバッティコンは二人のどちらに付くと言われると迷わずショックウェーブを取るだろう。なにぶんスタースクリームは引き時というのを知らない。

「とりあえず、君は私と一緒に来てもらうよ」

「あぁ? 何で?」

「君は放っておいたら何をしでかすか分からないからだ」

「待てよ! 俺は暇じゃねーんだ!」

「スタースクリーム、君はこの星でどうするつもりだ? DEM社につくのか?」

「バカ言うなよ。それを言うならテメェはどうするつもりだ?」

「私はディセプティコンだ。メガトロン様が生きていると信じて力を蓄えている」

 メガトロンがどうなったか、スタースクリームは知らないが今はいないのは確かだ。

「よーしショックウェーブ、そんなに言うなら協力してやろうじゃないか。この俺様がな」

 急に態度を改めて接して来るとショックウェーブは、また悪巧みでもしているのだろうと呆れながらスタースクリームをアトランティスに連れて行った。

 

 

 

 

 空中艦フラクシナスに今は琴里も令音もいない。そして琴里がいない所為で神無月はとても寂しかった。

 代理だが司令官という立場を預かる神無月は、完全にやる気が無く、艦橋の床にごろんと転がったり琴里の椅子に頬ずりしているのだ。

「司令~早く戻って来て下さいよ~。暇だな~暇だな~」

「どうします、あれ?」

 椎崎は座りながら神無月の痴態を眺めて他のクルーに意見を求めた。

「どうしようかな……」

 他のメンバーも口を揃えてそう言った。

「仕方ない……副司令が役に立たない今、この幹本がリーダーになろうじゃないか!」

「何を言うんです!? リーダーにふさわしいのはこの川越だ!」

「はいはい、おじさん達は引っ込んで下さい。時代は老いぼれじゃなくて新しいリーダーを必要としているんです!」と、中津川。

「リーダーをあなた達頼りない男に任せてられませんよ! この箕輪こそがニューリーダーにふさわしいのです!」

 突如、発作的にリーダーを名乗り始めたクルー達。副司令はやる気無し、クルーは暴走気味、まだ正気なのは椎崎だけであった。

「み、みんなどうしたんですか!? 急に変になって! 落ち着いて下さい! 副司令も何とか言って下さいよう!」

「やだ、司令がいないと動きたくない」

 椎崎は頭をかいてどうすべきかを考えた。何故、全員がニューリーダー病に目覚めたのか。指揮官を失った兵がここまで脆くなるとは予想外だ。

「あ、そうだ!」

 考えた結果、椎崎はいい考えを思いついた。

「司令がいないと動きたくないなら司令を呼んでくれば良いんです」

 椎崎は直ぐに回線をオートボット基地と繋いだ。艦橋にある空中投射された画面にオプティマスが現れた。

『どうしたと言うんだ?』

「大変なんです! みんな急におかしくなって! うちの司令がいないとみんな変なんです、特に副司令が!」

『わかった、少しの間は私が指揮を取ろう』

「はい、助かります!」

『私も直ぐに基地からいなくなる』

「へ? どうしてですか?」

『或美島付近に妙な信号をキャッチした。今から私とワーパスで調査に行くのだ』

「私達も或美島に行かなくちゃいけないんですが……」

 椎崎が見渡すと誰がリーダーになるか言い合うクルーにまるで液体のように体がだらんと椅子から垂れている神無月、とてもフラクシナスを動かせる状態じゃない。

『よし』

 オプティマスは発声回路にエネルギーを巡らすととてつもない大声で言い放った。

『目を覚ませッ!』

 フラクシナス中に響いた大声に椎崎は耳を押さえた。怒鳴り声のような迫力にクルー等はもちろん、神無月もピシッと姿勢を正して立っていた。

『少しの間、指揮は私が取る。いいな、諸君?』

「はい!」

 夢から覚めたかのようにクルー等はいつもの様子に戻った。

「ありがとうございます、オプティマス」

『お安いご用だ、椎崎。それではフラクシナスはこれから或美島の上空一五〇〇〇メートルまで移動しろ』

 オプティマスの命令でフラクシナスは動き出し、大型スラスターが点火して巨大な空中艦は移動を開始した。

『また何かあれば呼んでくれ。或美島に到着後はしばらく待機だ』

「はい!」

 

 所変わってオートボット基地。

「オプティマス、何してるんだ?」

「遅くなってすまない。フラクシナスで少しトラブルだ」

「なんかスゲェ怒鳴ってたもんな」

「では、行くとしようか。パーセプター、基地の留守は頼んだぞ」

「はい、わかりましたよ」

 パーセプターがレバーを下に下ろしてグランドブリッジを起動させた。ゲートが開いて、オプティマス等はゲートに飛び込みあっという間に基地から式美島へと移動した。グリムロック達には悪いが、緊急を要する事態なら出撃してもらう必要がある。

 式美島のビーチへ出て来るとロボットモードにトランスフォームする。周囲を警戒して人間やディセプティコンがいないかを確認する。センサーには反応が無く、周辺に敵らしい敵がいない事が分かった。

「安全みたいだなオプティマス」

「そのようだ。しかし警戒はしておくんだ」

「ところでグリムロックとかはどこだ? 海水浴に来てるんじゃないのか?」

「アイアンハイド、アイアンハイド聞こえるか? ――ダメだ、反応がない」

 ワーパスも通信をしてみるがアイアンハイドもグリムロックも反応がない。

「島の捜索をしよう」

 オプティマスは先頭に立ってビーチの反対側で生い茂る森の中へ入ろうとすると――。

「オプティマス!」

 ワーパスが呼び止めた。

「どうしたというのだ?」

「アレ」

 ワーパスが指差した先には大木が倒れ、踏み潰されたような跡があり深い森に刻み込むように倒木の道が出来上がっていた。

「……グリムロック?」

「グリムロックだ」

 誰の仕業かなど確かめるまでもないだろう。そしてその道を辿れば探している者に会える事も分かった。倒木の道をひたすら歩き、二人はグリムロックの居所を目指した。

「なあオプティマス、妙な信号ってよ具体的には何なんだァ?」

「巨大なエネルギー反応だ。海底から出ていたのでもしかするとディセプティコンが一枚噛んでいるかもしれない」

「考え過ぎだぜ!」

「だと良いんだがな……」

 しばらくして――。

「ん?」

「どうしたワーパス」

「センサーに反応ありだ。グリムロックとアイアンハイドのだ!」

「ようし、走るぞ」

 だいぶ二人が近くにいる事が分かった。その証拠にセンサーの反応だけでなくグリムロック等の声が聞こえて来ているからだ。道を走り、木をかわしながら突き進み、徐々に声が大きくなって行く。そして森を抜けた先で二人が目にしたのは……。

『ホント、良い湯加減だねい、四糸乃!』

「暖かいです」

「俺、グリムロック。温泉好きになった」

「あぁ~体の疲れが抜けて行くようだわい」

 四人は温泉に浸かって、のんびりとリラックスしていた。グリムロックは湯船から尻尾を出してふりふりと振って喜んでいる。頭にシャンプーハットを乗せてグリムロックとアイアンハイドは心ゆくままに温泉を満喫していた。

「オプティマス、あなたも温泉に来たんですか?」

 二人の存在に気付いたアイアンハイドは振り返って言った。

「私達は湯治に来たのではない」

 そう言いながらもオプティマスは湯船に浸かり、それに続いて入って来た。湯が溢れて波が起こり、四糸乃は危うく温泉の波に呑まれる所だった。

 グリムロックの背中によじ登り、四糸乃は皆を見下ろした。

「式美島と或美島の近海で特殊なエネルギー反応をキャッチしたんだ」

 ふう、と安堵のため息を吐いて肩まで浸かると話を続けた。

「あの……トランスフォーマーも……お風呂……入るんですね……」

 ロボットが湯船に皆して浸かっている異様な光景を見ながら四糸乃は首を傾げながら言った。

「我々に本来は入浴の習慣はない」

「まあオレ達ゃあ人間みたいな体臭とか気にしなくても良いしな!」

 一度、全員が黙り込み芯まで暖まってホッと一息ついた。

「そろそろ調査に行きましょうオプティマス」

「その方が良いな、だが十数えてからだ」

 

「ひとーつ、ふたーつ――」

 全員が口を揃えて数を数え出した。

「八つ、九つ、十!」

 

「よっしゃ! じゃあ調査に向かおうぜ!」

「やはりバカンスばかりじゃ体が鈍るな」

「オートボット、出動!」

 各々がビークルモードに変形してエンジンをかける。激しくタイヤを回しながらオプティマス達は出動した。

「俺、グリムロックはどうしたら良い?」

「君は待機だ、何かあれば呼ぶ」

「わかった。じゃあもう少し入ってる」

『そうだね、せっかくの温泉だしもっと楽しまないとね!』

 よしのんも温泉が好きなのか身振り手振りでコミカルに動いて見せた。

 出動した三人は来た道を高速で走った。倒木という倒木をワーパスがキャタピラで踏み潰しながら走る。

「ハハハ! 昔を思い出すぜ! セイバートロンの中枢に潜った時みたいだぜ!」

 オメガスプリームの救出に向かう為に編成された決死隊もこの三名であった。

 ワーパスはブースターを噴かして更に加速を付けてオプティマスやアイアンハイドを引き離す。

「おい、待たんかこのイカレ暴走族!」

「ヘヘッ! 爺さんがおせぇンだよ! 油でも差してもらいな!」

 先頭を突っ走るワーパスはビーチに出るとそのまま海中へと飛び込んだ。オートボットのビークルモードはいずれも超ハイパワーだ。水陸両用の機能を備えている。

 水中へ潜った三人はセンサーの示す方向に向かって真っ直ぐに突き進む。水深一〇〇〇メートルに達した時、センサーの反応がより強く現れだした。トランスフォームして岩陰に隠れて岩の隙間から海底にそびえ立つ建造物を見た。

「アトランティスだ!」

 アイアンハイドは目を見開いて驚く。アトランティスは地球の伝説でもとても有名な物だ。海底都市アトランティスが実在していたとは思いもしなかった。

「チンタラやってねーでさっさとあの都市を襲いましょうや!」

「待てワーパス、迂闊に近付くな。都市と言っても普通の都市じゃない。見てみろ」

 ワーパスを引き止めてアトランティスを良く見ると確かにただの都市ではない。大砲にミサイル、レーザー兵器は完備されているわ、無数のタレットが配備されて何人もの魚人が三つ叉槍を持って警備に当たっていた。易々と侵入出来るようなセキュリティーではない。

 重装備だが無敵ではない。必ずどこかに弱点がある。それでもこの三人では突破は不可能と考えて良い。

「まともに突っ込めば粉々にされますよ」

「……フラクシナスの魔力砲はここまで届かないだろう。仕方ないグリムロックを呼ぼう」

 オプティマスがそう決断するとどこからともなくレーザーが飛来し、顔を掠めて岩に穴を空けた。レーザーが来た方角を見ると警備をしていた魚人軍団にインセクティコンの三人が向かって来ていた。

「インセクティコンだと!?」

「侵入者め覚悟しろ! 攻撃開始!」

 魚人の将軍のかけ声でアタックは開始された。

 さあ戦いだ!

「オイ見ろよシャープショット、ハードシェル! オートボットだ! 八つ裂きにしろォォ!」

「ンハハハハ! 久しぶりのぞくぞくする戦いだゼ! オメー等、三次元攻撃をかけるゾ!」

 インセクティコン達は散会してトランスフォームしてミサイルやバルカン砲で攻撃をしてくる。それに加えて魚人の支援も加わってオートボットは危機的状況だった。

 岩を盾にガトリング砲“スクラップメーカー”を撃ちながらワーパスは魚人を撃ち落とし、肉弾戦を挑んで来る者はハンマーで殴り飛ばした。 全方位に注意を向けながら絶妙なタイミングでレーザーを回避しつつガトリング砲で反撃をする。僅かな隙を突いて来た魚人はアイアンハイドのサーモロケットキャノンにロックオンされ、回避が間に合わず撃墜された。

「イェア! この実戦の空気は最高だぜ!」

「みんな、退くな。撃って撃って撃ちまくれ!」

 魚人軍団にもオプティマスは果敢に挑み、ブラスターとロケットキャノンで応戦する。

「厄介だな、俺がぶっ潰す!」

 カブトムシに変形したハードシェルが目を付けたのはワーパスだ。海底を走ってガトリング砲の掃射を上手く切り抜けてロボットモードに変形したハードシェル。彼はワーパスに掴みかかると二人は倒れて海底を転がる。

 お互いパワーには自信がある。ワーパスの右フックがハードシェルの脾腹にめり込み、加えて頭突きを見舞った。立ち上がり様にアッパーが顎を捉えた。

「なかなかタフじゃねえか虫けらが」

「黙れオートボットのクズめ!」

 ハードシェルとワーパスは同時に振り上げた拳と拳をぶつけ合う。水中で大きな衝撃波が生まれ、両者は吹っ飛ばされる。即座に立ち直ってから取っ組み合い、一歩も退かずに押し合っていた。ハードシェルが先ほどのお返しと言わんばかりに頭突きを食らわせた。

 のけぞりながらもワーパスはハンマーでハードシェルを叩きのめし、ハードシェルは両腕を組んで頭を何度も打ちつけた。一発一発に込められた破壊的な威力の拳を二人は避けずに打ち合っている。ハードシェルのストレートをブロックし、腹を殴り、逆に顔面を殴られたりと攻防は激しさを増した。

 大きく振りかぶりながらワーパスにパンチを繰り出した直後、腕部をロケットキャノンに切り替えて爆風も省みずに発射した。ワーパスは爆風でぐるぐると水中を舞い、ロケットを受けた個所は黒ずんでいる。

 水中で戦車へと変形したワーパスは主砲の照準をハードシェルにロック、特大の砲弾を発射した。

 砲弾がハードシェルに命中した瞬間、海底を深く陥没させ、水面には大きな水柱が上った。何人かの魚人はバランスを崩して転けてしまった。

「ぶちのめしてやるのは気分が良いぜ!」

 ハードシェルを撃破したワーパスは嬉々として叫んだ。

「ほう、君のようなパワー馬鹿と私が意見が合うとはね」

 オートボットに苦戦していると見て、ショックウェーブが加勢しに来た。左腕のキャノン砲にはエネルギーが充填されておりワーパスは、逃げる間もなくショックウェーブに撃たれた。

「グァッ!?」

「インセクティコンにショックウェーブ……ディセプティコンがこの星にか……」

 オプティマスは慌てず冷静にワーパスの救出に向かった。

「オプティマス、私が囮になります。ワーパスを連れて逃げて下さい」

「馬鹿を言うな、そんな事出来ない」

「逃がしはしないぞオートボット」

 アイアンハイドは強引にオプティマス達を海底にある通路に押し込み、出口を爆破した。

「アイアンハイドォー!」

「じ、爺さん……!」

 瓦礫によってオプティマス達の追跡は困難となった。代わりにアイアンハイドが捕まるという形になった。

「仲間思いじゃないか、流石は古参兵。だが君の行動はいささか論理的ではない」

「黙りやがれ一つ目のガキが。引きずり下ろして細切れにしてやる!」

 両腕を重火器に変えて戦う意思を見せつけるも、アイアンハイドを魚人とインセクティコンが取り囲んでいる。多勢に無勢、更にショックウェーブにスタースクリーム、ナーギルまでいるのだからアイアンハイドの勝ち目はゼロだ。

「ショックウェーブよ、我に任せるが良い」

 テレパシーを使ってナーギルはショックウェーブに攻撃を止めさせた。ナーギルの手には一丁のビームガンを持っており、アイアンハイドに目掛けてビームを撃つ。

 へばりつくようにエネルギーの網がアイアンハイドを絡め取り、見る見るうちに力を削いで行く。

「ハッハッハ! ショックウェーブ、生け捕りでも構わんだろう?」

「ああ、構わない」

 ナーギルは交信の波長を変えると魚人の将軍と兵士に何かを伝えた。

「何と伝えたのだい?」

「危険な奴だから用心するようにと伝えたのさ」

 ナーギルは先にアトランティスへ帰り、アイアンハイドは魚人達が持ち上げて運び込んだ。ナーギルのやり取りを見て気に入らないような表情をしているのはスタースクリームだ。

「あの鱗野郎はどうも信用出来ねえな、おいシャープショット、さっきの言葉解読してくれ」

「お前さんに指図されんのハ酷く気が進まねーガ仕方なイ」

 シャープショットはさっきの波長をインセクティコンの波長に翻訳し出した。

「おい、まだかサウンドウェーブなら直ぐだぞ」

「待てよスタースクリーム、少しは我慢も覚えやがレ! ――よし、解読出来たぜ!」

「なあ、なあ、なあ! シャープショット、ナーギルは何て言ってたんだ?」

 キックバックも気になっているようだ。

「流すぞ?」

『この赤いのを解析してトランスフォーマーの弱点を知れ、そして奴等も抹殺するのだ』

「何だってぇ!?」

「やはり胡散臭い奴だと思っていたが正解か!」

「何をしているんだね?」

 ナーギルの本心を知って驚いている所にショックウェーブが近付いて来た。シャープショットはこの事を告げるとショックウェーブは驚いた素振りを見せなかった。むしろ分かっていたといった反応だ。

「まもとに協力するなど思っていないさ。まずはハードシェルのリペアを済ませる。三人ともくれぐれも怪しい行動を取るなよ。仲間のふりをするんだ」

 余計な事で身を危険に晒したくない為、三人には脅すような迫力で言いつけてアトランティスに帰還した。スタースクリームは或美島に用があるのでアトランティスには戻らずに島の方へ飛んで行った。

 

 

 

 

 ジャズの車内ではいろいろな話で盛り上がっていた。トランスフォーマーの事についてジャズは話してやったり、逆に八舞姉妹から精霊について聞いたりと流石に口が上手く、ジャズはすっかり二人と仲良くなっていた。もちろん、士道へのフォローも忘れていない。

「夕弦に耶倶矢、二人はこの世界についてあまり詳しくないんだろ?」

「首肯。私と耶倶矢は常に戦っています。他の者に目は行きません」

「そうであるぞ、ジャズとやら。いずれは真なる八舞となり我は暗黒の影となりて、地球を! 日本を! この島の支配者となるのだ!」

「何だか面白い事してるなー。私もこの星には詳しくなくてね、士道はいくらでも知っているよ」

「えっ!? う、うん!」

 急に話題を振られて少し焦りながら返答した。ちょうど令音と今後の予定を立てて、そのついでに八舞姉妹についても聞いていた。この少女達は風を司る精霊で特筆すべきは速さにあった。だから、現界してから追いかけても追い付けないし、仮に追い付いても吹き荒れる嵐に破壊されるだけだ。

 それと、困った事にフラクシナスと連絡が取れず、今回は令音の指示と士道の経験が物を言うのだ。

「質問。さっきからあなたは何を話していたのですか士道?」

「そうであるぞ、我等がジャズと談笑に興じている最中にぶつぶつと独り言を話していたであろう?」

「いや……これは……」

 後部座席で二人に挟まれる形で座っている士道はしきりに頭をかいた。そこへ左右から白くて華奢な腕が伸びると士道の腕を絡め、夕弦は良く張った胸で挟み込んで来た。対して耶倶矢は全身を使ってべったりと這わせて来るのだ。

「さぁ、士道よ選ぶが良い。我か夕弦かどちらが女として魅力を備えておるか?」

「懇願。私を選んで下さい。そうすれば耶倶矢よりも良い事をしてあげます」

 精霊から接近して来るのはありがたい、そう思った自分を殴りたい。こんな板挟みになるとは予想もしていなかった。ジャズがホテルの前で停車するとドアを開けて助手席で気を失っている十香をおぶった。

 ホテルの前では令音と折紙が待っていた。

 出来る限り、折紙に今の自身の姿を見られたくはなかった。背中に十香、左右に耶倶矢と夕弦がベタベタと引っ付いているのだ。折紙は見覚えのない顔を何度も見直し、来禅の制服を着ている事を確認して更にあらゆる可能性を脳裏で見つけては消し、の繰り返しをした末に聞いた。

「誰?」

 クラス、いや学年全員の意見を代表した質問だろう。尤も、今は折紙しか生徒はいないのでそこまで騒ぎにはならなかった。

 次に折紙はジャズに目を付けた。送迎バスでもないしタクシーでもないイカしたスポーツカーだ。折紙がジャズに向かって歩き出そうとした瞬間。

「彼女達は転校生だよ」

 令音が耶倶矢と夕弦の紹介をして折紙の注意をそちらに引き戻した。

「諸事情により到着が遅れてね。話したい事があるから私の部屋まで来てもらうよ」

 これ以上、折紙といると見抜かれる気がしたジャズはドアを閉めて退散した。

 折紙には自室へ戻ってもらい、十香は令音の部屋のベッドで安静にさせて士道は相変わらず、引っ付かれて困り果てていた。

「どうだ士道、我を選ぶ気になったか? 夕弦など我の足元にも及ばぬわ」

「反論。耶倶矢はどうしようもないバカです。胸や脳に行く栄養をどこかで排出しています」

「なあ二人共」

「言ったわね夕弦!」

「応答。何度でも言います」

「ちょっと聞いて――」

 士道の言葉は遮られる。

「バカってだいたいあんたもあたしと成績変わんないでしょ!」

「憤慨。成績で耶倶矢に負けた事など一度もありません」

「マジで一つ質問させてくれ!」

「なぬ?」

「了承。良いでしょう」

「何でお前等は争っているんだ」

「おっと、知らなんだか。良かろう決断を下す士道には知る権利がある」

「説明。私達は元より一つの精霊でした――」

 つまり、何らかの形で一つの精霊の人格が裂かれて新たな人格が二つ生まれた。耶倶矢と夕弦だ。

 一つになるとどちらかの人格は消えてなくなるのだ。

 それを聞いた士道はますます選ぶ気が無くなった。知り合って間もないが士道には二人の仲が悪くは見えなかった。喧嘩する程仲が良いの典型的な例と思った。だからこそ二人の人格には消えて欲しくはない。

 一通り話を聞いた令音は椅子から立ち上がると耶倶矢と夕弦に声をかける。

「話は理解したよ。でも今の君達じゃあシンは落とせない。彼は難物だ攻略法を教えてあげよう」

 令音の言葉に乗せられて二人は後について行った。

 眠った十香と二人だけの部屋で士道は頭を抱え込んで深く懊悩していた。最初の計画では二人を落とす予定だったが、そもそも二人の霊結晶は一つ。片方に霊力の封印に反応があればもう一方は直ぐに気付く。

 勘考の末、今回の作戦は二人が士道を落とすという計画に切り替わったのだ。しかし、あのような事情を聞けば士道の心中は穏やかではない。

 一人が犠牲に一人が助かる。誰かの犠牲の上に誰かが立つ、それは頭で理解しても心では理解を拒んでいた。拳に力が入りすぎているのに気付いて、士道は一旦息を整えた。

 リラックスも兼ねて士道は温泉へと向かった。

 

 

 

 

 温泉ののれんの前には耶倶矢と夕弦が頑と構えて士道は嫌な予感がしてならなかった。

「士道よ! 今こそ我が神聖なる絹を用いて貴様の不浄を取り除いてやろう!」

「翻訳。背中を流してあげると言っています」

「ああ、ってかここ混浴はないぞ」

「良いではないか良いではないか!」

「強引。早く入って下さい」

 強制的に男湯の中へ連れ込まれて士道は身ぐるみを全部剥がされ、湯船へと放り込まれた。

 なかなか乱暴な接待だ。

 白い湯気が空へ上り消えて行く。湯加減は良くて士道は温泉には大満足なのだが、なにぶん両方からの誘惑に辛いものを感じつつ、誰かが入って来ないかという緊張感もあってあまり温泉を楽しめなかった。

「……」

「……」

「……」

 三人は無言であった。こんな時、どうしたら良いのか実は耶倶矢も夕弦も知らない。男性の誘惑方法などに深い知識はなかった。

「ゆ……夕弦よ先に士道を籠絡させる事を許すぞ」

「懸念。実は耶倶矢は何をしたら良いのか分からないのでは?」

「はぁ!? 何言ってんの! あたしのテクニックとかヤバヤバだし! 超エロエロだし!」

「では見せて下さい」

「わ、わかったわよ」

 耶倶矢はぎこちない動作で腰に手を当てて無い胸を強調するようなポーズをした。

「あは~ん」

「……」

「嘲笑。幼児体型には無理のあるポーズですね。ぷっぷっぷ」

「何よあんただってどうしたら良いか分かんないんでしょ!」

「バカにしないで下さい」

「じゃあやって見なさいよ!」

「了承」

 夕弦はコクリと頷いて士道を見つめる。

「悩殺チュッ!」

 そう言って投げキッスをするが士道も反応に困ってしまい、耶倶矢は大笑いしている。

「アッハハハ! あー可笑し、何よ悩殺って! だいたいあんたの体じゃあ悩殺なんて無理無理」

「反論。耶倶矢の幼児体型よりまだマシです」

「何ですって、夕弦のデブチン!」

「憤慨。誰がデブチンですか。鶏ガラのような体で」

「誰が鶏ガラよ! ぶよぶよーぶよぶよー!」

「応戦。ペタペターペタペター」

 子供のような言い争いを続ける二人を遮るように男湯になんと十香が現れてそのまま湯船にダイブした。

「ぷっはー! 一番乗り!」

「おう、十香起きたのか――って。えぇぇぇぇ!?」

「きゃぁぁぁぁぁ! 何故士道がいるのだ! というより一番乗りじゃなくて四番乗りではないか!」

「待て十香誤解だ! だいたいここは男湯だろ?」

「ふっふっふ!」

 ここで耶倶矢が怪しく笑い出した。

「我が術中にハマりよったな」

「説明。のれんを入れ替えさせてもらいました」

 驚愕の事実を知って士道は急いで風呂から上がろうと立ち上がった。

 士道は足を止めて耳をそばだてると更衣室から声がして、ぞろぞろと女子生徒が風呂場に入って来た。士道はタオルを腰に巻いて直ぐに岩陰に隠れた。

 ここでバレたら士道は永遠にグッドナイトだ。

「シドー、私の影に隠れろ。シドーは悪くないのだろ? 協力するぞ」

「十香……本当にありがとう……」

 士道は十香の体に隠れて少しずつ横歩きで移動していると亜衣麻衣美衣のトリオが十香を見つけた。

「あー十香ちゃんだ!」

「うっは、肌キレー!」

「触らせろー!」

 三人が近付いて来ると十香はあたふたして手を振り、咄嗟に屋根の方を指差した。

「あーあそこにきなこパンが!」

 自然と意識がそちらに行くと士道は切り立った崖の方まで下がって身をかがめていると、濡れた足場でつるんと足を滑らせて士道は真っ逆様に落ちて行った。

「ウオォォォォォォ!」

 下は海と岩石で士道は諦めたように目を瞑ると岩肌にグラップルビームが刺さり、ジャズは空中で士道をキャッチしてぶら下がった。

「私がいて良かっただろ?」

「助かった」

 ホッと士道は胸をなで下ろした。そしてジャズは華麗に岩肌をグラップルビームを引っ掛けて空中滑空を繰り返して陸に戻って行った。

 

 

 

 

 カメラマンに扮したエレンはホテルを離れて人のいない森の中でアルバテルと連絡を取っていた。

「こちらはエレン、プリンセスを捕獲を明日の晩に決行します」

『了解、エレン殿』

 ジェームズは何も起きない作戦に暇を感じて、気の抜けた返事をした。

「念の為にバンダースナッチ隊を寄越して下さい」

『ずいぶんと慎重ですな、プリンセスがそんなに怖いのか?』

「冗談を言わないで下さい。私一人でも事足りますが、緊急を備えてです」

『そちらにはスタースクリームもいる。緊急事態など容易に対処出来るだろう。海から海底都市でも現れて襲って来ない限りな! まあ、向かわせておく』

 ジェームズは冗談混じりに言った。

「助かります」

 エレンは通信を終わらせてホテルに帰ろうとしていると空からスペースジェットが変形しながらエレンの隣に着地した。

「作戦は?」

「明日の晩に決行です」

 スタースクリームにしては珍しく愚痴もこぼさずに頷いた。

 アトランティスの攻撃も明日の晩を予定していた。この混乱に乗じてスタースクリームは士道を誘拐する計画を一人、立てていた。

 


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