デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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16話 アトランティス浮上!

 日も落ちた町にいくつも建つビル群のある一棟の屋上に赤と黒を折り合わせたドレスのような衣装を着た少女が町を見下ろしていた。少女の足下には無数の蠢く影が集中しており、少女の体に集まっては溶けていくを繰り返していた。それに伴い、左目の時計の針が逆方向に急速に回転していた。

 ひとしきり影を吸い込んでからため息を一つ吐いた狂三は士道の事を思い出していた。あの時、士道が身を呈して守ってくれたおかげでこうして逃げる事が出来、今を生きている。狂三には腑に落ちない点もあった。士道がどうやって守ってくれたのかが未だに分からない。他者の時間を集めて補給を済ませると狂三の目の時計が正常な方向に再び動き始めた。

「まだまだ時間が足りませんわね。これでは始原の精霊を倒すどころか会えもしませんわ」

 狂三は残念そうに肩をすくめて町を見下ろすのを止めた。

「出て来てはどうです。盗み見とは趣味が悪いですわよ?」

 先ほどからチクチクと暗闇の中から視線を感じていた。狂三に言われて暗闇の中からゆっくりと何者かが顔を出して来る。カツカツとビルの屋上に靴音を鳴らして何者かの姿が出て来ると、月明かりに照らされて顔が露わになった。

「――!? まさか……」

 狂三はその顔を見て思わず息を呑んだ。

「アイザック・ウェストコット……?」

 

 確かに、顔は間違いなくアイザックなのだが、本来の彼はくすんだ灰色の髪をしているが、目の前にいるアイザックは艶やかな黒髪で鋭い眼差しに薄ら笑いを浮かべ、皆が知っているアイザックの何倍も不気味な雰囲気だった。

「私の事を知っているのか」

「当たり前ですわ」

「いや、“アイザック”は知っているだろうが“私”の事は知らないだろう?」

 怪訝に眉をひそめた狂三はこの得体の知らない存在を十分過ぎる警戒態勢を敷いた。アイザックは嘆かわしげに首を振ってから忠告を促した。

「始原の精霊を殺す事は諦めるんだな」

「あなたごときに心配される筋合いはありませんわ」

 狂三の反応を見てアイザックは押し殺したように笑う。神経を逆撫でして来る嘲笑に狂三は不快そうに眉間にシワを寄せた。

「君は理解していない。始原の精霊を殺せば全て解決すると? 自らの主を殺す事になるぞ」

「さっきから言っている意味が分かりませんわ」

「君一人の力ではもうどうにもならないんだよ。ユニクロン様はもう直ぐ目を覚ます。戦えば戦う程に憎めば憎む程にあの方の力は増すのだ」

 狂三はこのアイザックは極めて危険な存在であると判断し、歩兵銃を抜いて狙いを定めると全く迷いもせずに弾丸を放った。夜の街に銃声が轟き、アイザックと称した何かは頭を貫かれて倒れた。不可解なのは頭部からは流血は見られず、狂三は更に眉間のシワを濃くしてアイザックの死体を凝視した。

「ユニクロン……一体何者ですの?」

「直に分かるさ」

 頭を撃たれたアイザックは再び立ち上がるとその肉体は影のように蠢くだけの存在と化していた。液体のように形状を変えて、ぬるぬると床を這い回っている。

「あ、あなた本当に人間ですの!?」

「人間サ、だがだいぶお前達ヤ人間と作りハ違うがな。戦え……人も精霊もトランスフォーマーも……」

 薄気味悪い姿でアイザックは高笑いを上げながらビルの床に吸い込まれるようにして消えて行った。

 歩兵銃をしまった狂三は汗をぐっしょりとかいており、額を拭った。アイザックの姿でありながらアイザックではない。不可解且つ危険な存在に狂三は死に直面した時以上の恐怖を味わった。

 

 

 

 

「判決を言い渡す、鳶一折紙一曹を懲戒免職とする」

 シンと静まり返った会議室で桐谷公蔵陸将は折紙にそう告げた。罪状は乱心して基地に多大な被害を出した事、無断でホワイト・リコリスを使用した事なのだが、当の折紙はこれらの記憶が一切なくて困っていた。それもそうだ、折紙が大暴れしていたように見えても中身はグリムロックだったのだから。折紙にしてみればいつの間にか重罪人扱いで全くわけが分からない。

 折紙とグリムロックの意識が入れ替わっていたなどと言った所で信じてもらえる筈もなかった。上官の列座には燎子も出席しているが弁明の余地は無かった。

「君は優秀な魔導師(ウィザード)だった分、大変残念に思う。隊の規律を乱す存在は要らない、二度と顕現装置(リアライザ)に触れる事は無いと思え」

 会議が閉廷しようとした時だ。コンコン、とドアをノックする音がしてから少し間を開けて一人の秘書と思しき女性が入って来た。

「何だ君は大事な会議の最中だ、出て行ってもらおうか」

「大事な会議とは知らずに失礼しました」

 秘書の女性の後に入って来た者の顔を見た瞬間、室内の全員が驚愕と戦慄に身を震わせた。

「ミスター・ウェストコット?」

 桐谷は立ち上がった。

「どうして日本へ?」

「嵩宮真那のお見舞いと個人的な興味だよ。確か自衛隊のASTにとても優秀な子がいるそうじゃないか」

 くすんだ灰色の髪をしたアイザックは室内を見渡してから折紙を見下ろした。アイザックの瞳に見られて折紙は思わず息を止めた。そこらの不良や精霊、グリムロックに対しても恐れず立ち向かう勇気を備えた折紙が初めて恐怖を覚えた。爬虫類が獲物を捕食する時のようなおどろおどろしい眼差しに折紙は目を逸らした。

「まあ諸君、そう構えないで欲しい。ホワイト・リコリスを無断使用した事をネタに揺するつもりは一切無い。むしろ――」

 興味深く折紙を観察してから続けた。

「彼女のようなホワイト・リコリスを扱える魔導師(ウィザード)がいて嬉しいくらいさ」

 流暢な日本語で話し、アイザックは折紙の肩を持った。DEM社のトップがバックに居れば折紙の罪など楽に消してくれる。何の利益があって折紙の味方をすると言うのか。意図は不明だが、この場でアイザックに逆らえる者は一人もいない。

「ミスター・ウェストコット、これは我々の問題です。いくらあなたに口を出されても判決を変える気はありません」

 桐谷は泰然とアイザックの意志を跳ね返す。

「困りましたね……分かりませんか? 私がこんなに言っているのに」

「規律を乱す者には制裁を下すのは当たり前の事です。民間企業に口出しをされる筋合いは無い!」

 アイザックは不気味に笑うとポケットから携帯端末を取り出してから誰かに電話をかけている。少しするとアイザックは端末を桐谷に渡した。

「ん?」

 電話に耳を当てる。

「はい? これは大臣……はい、しかし我々の決定では……。わ、わかりました」

 桐谷は荒っぽく端末をテーブルに叩き付けるように置いた。

「傷を付けないで下さいよ、まだ買って一日なんですから」

「鳶一折紙一曹を懲戒免職から二ヶ月の謹慎に処す。以上だ!」

 悔しげな表情を浮かべて桐谷は真っ先に会議室を出て行き、何が起きたのか分からないままに折紙の謹慎だけを言い渡されて閉廷した。

「君は鳶一折紙と言うんだね?」

「はい」

 折紙は綺麗に敬礼して見せた。

「楽にしてくれ、軍人の敬礼は肌に合わない」

 アイザックはポンと折紙の肩に手を置いてから一言添えた。

「もしクビになれば内においで、私は協力は惜しまないよ」

 どうしてそこまでしてくれるのか、何故助けてくれたのか疑問に思えば切りがない。普通なら喜んでも良い状況なのだろうが、折紙はアイザックに対する警戒心でいっぱいだ。こんな危険な者は他にいない、そう思えた。

 アイザックとエレンも会議室を後にして折紙も部屋から出た。燎子は部屋から出て来た折紙の腕を掴んで壁に押し付けた。

「勝手な行動は慎みなさい。でも減免で良かったわ」

「善処します」

 燎子は腕を放して折紙の背中を押した。

「ミケに顔を出してやんなさい、あの娘あんたの事が心配で寝れないみたいよ」

「わかった」

 隊舎に戻ろうと歩き出そうとした時だ――。

「おーりーがーみーさぁぁぁん!」

 遠くから名前を叫びながら廊下を走って来るのは美紀恵であると分かるまで大した時間は要らなかった。美紀恵が両腕を広げて抱き付こうとするもの、折紙は横へステップを踏んで美紀恵をやり過ごした。折紙の代わりに燎子に抱きついてしまった。

「私にそんな趣味ないんだけどね」

「あ、違います! 私は折紙さんに抱擁しようと!」

 即座に離してから美紀恵は折紙に抱きつこうとして来るとまた横へ避けられ、遂には後頭部に肘打ちを入れられてしまった。

「んぎゃっ!? 痛いですぅ折紙さん……」

「いきなり抱きつこうなんて、あなたは変質者?」

「違います! もう折紙さんに会えなくなると考えたら辛くて辛くて! 折紙さんがASTを止めるなら私も止めるしょじょんです!」

 そう言いながら美紀恵はポケットにしまっていた辞表を取り出した。

「所存って言えてないよ」

 先走った美紀恵を追いかけて来た整備士、ミルドレッド・F・藤村は笑いながら指摘した。鼻先が少し黒くなっていたのでさっきまで作業をしていたのだろう。

「やめない、二ヶ月の謹慎になった」

「折紙さんの為なら私は火の中水の中――あり? やめない?」

「そう、やめない」

「えぇー!? あれだけ大暴れしたのにですか!?」

「残念ながら私には記憶がない」

 正直にその時の感想を言った。

「大暴れ具合で言えば隊長も大概――」

 ミルドレッドが言いかけた所で燎子は口を押さえつけて黙らせた。

「まあまあ、あの時の事は良いじゃない。若さ故の過ちって言うのかな~?」

 若くない、と言いたい所だが言えばどうなるか目に見えているのでミルドレッドも美紀恵も言葉を噤み、呑み込んだ。

「隊長は二十七歳、この中で言えば若いという表現は間違っている」

「――ァッ!?」

 踏んではいけない地雷を踏むどころかダイナマイトで起爆させたような発言だ。

 美紀恵とミルドレッドは言葉にならない声を上げて折紙がこれ以上爆弾発言を出さないように身振り手振りで指示する。

「若くない、か……そうよね」

 やけに静かな燎子が逆に怖い。トボトボと歩いてから美紀恵の背後に回ると拳で頭を挟み、ぐりぐりと捻る。

「いだだだだだだ!? 隊長痛いです! ミケは何も言ってないですぅ~!」

「折紙、あなたはもう少~し考えてから言いなさい」

「善処します」

 痛みに悶える美紀恵を無視して燎子はぐりぐりをしばらく続けた。

「それにしても良く二ヶ月の謹慎で済みましたね」

 頬に指を当てながらミルドレッドは折紙の減免に疑問を覚えた後、脳裏に電光のような物がよぎった。

「ま、まさか! あれだけの事態にこれだけの罪! 暗い部屋、這いつくばる折紙さん、首輪に下卑た笑いの上官、『クビになりたくなりのなら私を悦ばせるんだ』ってな具合で上官達は折紙さんの純潔さえも……!」

「妄想はそれぐらいにしなさい」

 美紀恵にぐりぐりを終えた燎子は次にミルドレッドにまで仕掛けた。

「アギャギャギャ!? 何するですかァ!? ミリィの頭は大天才ですよ! 潰れるぅ~!」

「ハァ……。何だかな……」

 脳天気なのかポジションなのか、良くも悪くも暗い雰囲気とは無縁なミルドレッドと美紀恵が羨ましく思えた。

 

 

 

 

 

 五河家の日曜日は忙しかった。二学期も始まって直ぐに学校では修学旅行があり、士道とそれに十香はその準備をしていたのだ。しばらくは四糸乃を家に一人で置いておく事になるのだが、オートボット達もいるので心配はない。しっかりと面倒を見てくれるそうだ。

「シドー! トランプやウノはどこにあるのだ? 持って行ってみんなと遊びたいのだ」

「はいはい、出しておくよ。それより十香、替えの下着は入れたか?」

「うむ!」

「パジャマは入れたか?」

「うむ!」

「制服も入れたな?」

「うむ!」

 士道の質問に全て満面の笑みで答えた。

「ほう、じゃあこれは何だ十香!」

 十香のシーツケースを開けて士道は中を見せつけた。下着は一枚、袋にも入れずスーツケースの端に置いてあり、パジャマもいつも家で着ている物だ。制服はクチャクチャに入ってあった。空いたスペースにはおもちゃやゲームがギッシリと敷き詰めてある。

「何泊すると思ってんだ。下着は一枚じゃ全然足らないからな?」

 そう言って士道は邪魔なおもちゃをポイポイとスーツケースの中から出して行く。

「あぁー! 何をするのだ士道! 私のおもちゃを出すな」

「持って行き過ぎだ。どうせ、全部やらないだろ? やる分だけ持って行きなさい!」

「う、うむ……」

 最近の士道は完全に十香の保護者のようなポジションという地位を確立していた。元々主夫の素質は十二分に備えていたし、グリムロックの面倒から四糸乃をあやしたり、十香の勉強を見たりとその兆候に拍車がかかっていた。スーツケースの半分だけを使って十香の衣類を綺麗にまとめた。

「ほら十香、後の半分は好きにおもちゃを入れて良いぞ」

 出来るだけコンパクトにまとめておもちゃを入れるスペースを増やしていた。

「うむ! ありがとうシドー!」

 何を持って行くか考える十香を見守ってから士道はリビングのソファーに座っている四糸乃に声をかけた。

「昼飯作るけど何が食べたい?」

 士道が聞いても四糸乃は反応せずにテレビのドラマに釘付けである。

「四糸乃」

 ポンと軽く肩を叩く。

「ふゃあ!?」

「驚き過ぎだって」

「士道……さん」

「お昼は何が食べたいんだ?」

「お……親子丼……」

『四糸乃は親子丼が食べたいんだってさ士道くん!』

「親子丼か……。わかった、材料を買って来るよ」

『えぇ~材料まで買って来てくれるんなら他の適当なので良いよん』

 遠慮したよしのんはそう言うが、士道はエプロンを外して財布をポケットに入れた。

「遠慮すんなよ、買って来るって」

「すいま……せん……」

「四糸乃はもうちょっとわがまま言って良いぞ」

 それだけ言い残して士道は家を飛び出した。修学旅行に合わせて何故か琴里もしばらく不在になるので明日から本当にしばらく四糸乃一人になるのだ。多少の面倒な要望も士道は快く受けるつもりだ。

 士道が買い物に行ったと同時に次のドラマが始まり、四糸乃はそちらに釘付けとなった。

『この後すぐ、台所ロマン劇場をお送りします』

 CMを挟んでいる間に冷蔵庫から麦茶を取って来てテーブルに置いた。

「おーい、四糸乃~士道はどこに行ったか知らぬか?」

 十香が軽く声をかけるが四糸乃はドラマに夢中で十香の声が届いていなかった。テレビの映像では男性がスーツケースを持って家を出て行こうとしていた。

『ごめんシェリル、僕はもう出て行くよ』

『ダメ! ゴードンどうして!?』

『僕はだらしない子がダメなんだ。服はぐちゃぐちゃお菓子しか食べないし、部屋の片付けはしないし』

 映像内で繰り広げられるこの一連の会話を聞いていた十香の胸にグサッと刺さる物があった。十香は直ぐに部屋に戻ってから床に散らかった衣服を自分なりに丁寧に畳んでからタンスにしまった。そして、棚に隠してあるお菓子を台所に戻して置いた。

 士道がもしだらしない子が嫌いだとしたら嫌われてしまうかもしれない、十香はそう考えたのだ。再びリビングに戻って来た十香はテレビの映像を見た。

『ゴードン、私に問題があるなら直すから! お願い行かないで!』

『シェリル、素直に言うよ。僕には好きな人がいるんだ……』

 俳優の演技が十香には演技に見えなくなって来た。もしも士道に好きな人が出来れば、士道と一緒に居れなくなる。十香の悪い妄想は加速度的に膨張して行く一方である。あまりにジタバタしているのでドラマに無茶な四糸乃も流石に気付いた。

『十香ちゃん、どうしたのさ?』

「よしのん……シドーはどこへ行ってしまったのだ?」

 泣きそうな声で十香は聞いて来た。

『用事があるから出て行ったよ』

 買い物と言えば丸く収まったのだが、意味深な言い方をした所為で十香は目頭に涙を溜めて家を飛び出して行った。

「シドォォ~!」

「十香……さん……どうしたんだろ?」

『さあね?』

 家を飛び出した十香が真っ先に向かったのがオートボット基地だった。士道の行き先の選択肢はそれほど多くない、オートボット基地が士道が自宅の次に立ち寄っているという事を知っていた。ドアも開けっ放しにして特設マンションの玄関に入ってからエレベーターで地下まで降りる。

 基地の中へとやって来た十香は内部を見渡した。士道の姿が無く、代わりにオートボット達がテレトラン1の前に並んでドラマを鑑賞していた。

「みんな!」

 十香の声に皆が反応した。

「何だよ~これからが良い所だったのに!」

 楽しみのドラマを邪魔されてワーパスは口を尖らせて文句を言った。

「大変なのだ! 士道が……士道が居なくなってしまったのだ!」

 泣きながら訴える十香を見て尋常ではない事態だと判断したオプティマスは直ぐに指令を下した。

「オートボット! 出動だ! 士道を探し出すぞ! パーセプターはテレトラン1を見てくれ!」

 オプティマスの号令と共に基地からジャズ、ワーパス、アイアンハイド、オプティマスそしてグリムロックが飛び出して行った。グリムロックの頭には十香が乗っており辺りを必死になって見渡していた。

「シドー! シドー! どこにいるのだー!」

「俺、グリムロック。士道は行き先言わなかったのか?」

「よしのんは用事と言っていたのだ」

「俺、グリムロック。士道は何か企んでる! 捕まえて聞き出す!」

「頼むぞグリムロック」

 住宅街をグリムロックが走り出し、そのまま通学路やらいつもの商店街を走り回っていた。ただの親子丼の買い出しがとんでもない大事になってしまった。士道の匂いを辿りながら動くグリムロックに一つの通信が入って来た。

『コラァァ! 何をしてるのよグリムロック!』

 通信を飛ばして来たのは琴里である。

「俺、グリムロック。士道を探してる!」

『士道を? って言うかまずどこかに隠れなさい! 話はそれからよ!』

 他のオートボットに比べてグリムロックはあまりにも目立ち過ぎる。というよりカモフラージュが全く出来ていない。琴里の指示に従ってグリムロックは走り、とりあえず、河川敷まで移動して鉄橋の下にうずくまって隠れた。

 頭を打たないように出来るだけ身をかがめるも鉄橋の下はグリムロックにしたらかなり狭かった。

「狭い……」

『我慢しなさい。それで、一体何があったのよ? パーセプター以外のオートボットが全員出動しているみたいだし』

 グリムロックは十香を見た。

「琴里、大変なのだ士道が行き先も告げずに家から出て行ってしまったのだ! もしかしたら私のだらしない所に愛想が尽きたのかも知れない」

 涙声になって言う十香をどう落ち着けようかと琴里は頭を捻る。

『フラクシナスでも探して見るわ。士道の行き先ならこれですぐ見つかるわ』

「ありがとう……琴里」

 琴里がクルー達に指示を出しているとグリムロックと琴里の通信にジャズの声が入って来た。

『やあ、たった今士道をとっつかまえたよ』

『おいジャズ! いきなり何だよ! 離せよ!』

『大人しくしろ、全く十香を置いて家出なんて。せめて行き先くらいは伝えるんだ!』

『ハァ? 何の話だよ俺は親子丼の材料を買いに行ってただけだっつーの!』

「親子丼?」

 グリムロックと十香は声を合わせて同時に首を傾げた。

『士道、あんた一体何したのよ?』

『だーかーらー! 四糸乃が昼に親子丼を食べたいって言ってたから親子丼の材料を買いに行ったんじゃないか!』

 この会話を聞いていたグリムロックと十香以外の面々は頭の中で納得した。

『あ~……』

 通信越しに皆の声がした。

 すぐに帰るつもりだからわざわざ行き先を告げずに出て行き、おおかたよしのんが感情を煽る物言いをし、結果的に十香が心配になって動いた。

 各々、解釈の違いはあれどだいたいこんな筋書きだろうと判断していた。とんでもない事態を引き起こしてくれた物だ。ジャズや他のオートボットも河川敷の鉄橋の下に集結する。オプティマスやアイアンハイドそれにワーパスも入ってよりグリムロックが狭そうにしていた。ジャズは鉄橋の骨組みに上手にぶら下がっていた。

「十香、ごめんな心配かけて」

「ううん、良いのだシドーが戻って来てくれたら良いのだ。シドー、お前は私が嫌いになってないか?」

「バカ、なるわけないだろ」

「本当か?」

「本当だ」

「本当の本当か?」

「本当に本当だ」

「本当の本当の本当か?」

「本当に本当に本当だよ十香」

「オプティマス、もう帰って良いか?」

 ドラマの続きが気になるワーパスはうずうずして落ち着きがなかった。

「まあ、待てワーパス」

「じゃあ十香、心配ごともなくなったみたいだし昼飯でも食うか」

「うむ!」

 すっかり元気を取り戻した十香はいつもの倍の量を昼に食べていた。その食べっぷりを見て士道はどこか安心したように微笑んでいた。修学旅行前の一騒動も一件落着に見えた、が――。

 

「クッソォォォ! ドラマが終わってんじゃないかよ!」

「テレトラン1! 巻き戻せ! テレビを巻き戻すんだ!」

「俺、グリムロック。DVD借りてくる」

 良いシーンを見逃したオートボット達は少し荒れていた。

 

 

 

 

 上空一〇〇〇〇メートルの空間にしっかりと制止する巨大な空中艦アルバテルはエレンが単独行動をする際にアイザックから渡された専用の艦だ。艦長はジェームズ・A・パディントンは数々の経験を味わった眼をした壮年の男性だ。しかし、最終的な指揮権はエレンにあるのでジェームズは副司令としての役回りにされていた。表には出さないが、エレンにこき使われる事に対して不満を抱いていた。そして、ぽっと出のスタースクリームにまで偉そうにされて、不満は溜まる一方だった。

 しかし、自分の役割を理解しているジェームズは取り乱さず、エレンの命令をしっかりと聞いていた。

『今回の任務は理解しているなエレン?』

「はい、アイク。夜刀神十香が“プリンセス”であるかどうかの確認、ですね?」

『そうだ』

 エレンはアルバテルに用意された私室でタブレットを開いてアイザックと今回のミッションについて確認していた。

『サポートにスタースクリームもつかせてある。もし“プリンセス”が暴れ出したら共同で大人しくさせてくれ』

「その必要はありません。私一人でも“プリンセス”の制圧は出来ます。なんせ世界最強ですから」

 自信たっぷりにエレンは言った。アイザックもエレンの実力は高く評価している。だがスタースクリームからはマヌケな女と言う認識がされていた。

「それでは時間ですので作戦行動に入ります」

『頼んだよ、エレン』

 通信を切り、エレンは荷物を確認して首からカメラを下げた。エレンの今回の作戦、それは来禅高校の修学旅行にカメラマンとして潜入して十香を捕縛する事にあった。この為だけに買ったカメラに“リフレクター”という愛称を付けてエレンは椅子から腰を浮かせた。

『エレン! おっせーな、何をチンタラやってんだマヌケ女!』

 エレンが耳に付けていた通信機からスタースクリームの苛立った声が響いて来た。アルバテルの外装の上で何度も踏みつけてスタースクリームは急かせる。エレンは呆れながら荷物を持って私室を後にして屋上へと上がって来た。そこには仁王立ちで待ち構えるスタースクリームの姿があった。

「遅い、この俺様を五分も待たせやがってこのウスノロめ!」

「ウスノロとは失礼ですね。あなたこそもっと我慢を覚えたらどうですか?」

 冷たくあしらうように言うとスタースクリームはエレンを荒っぽく掴み取り顔に近付けると睨んだ。

「な、何ですか」

「今度、偉そうな口を聞いてみろ俺様のナル光線であの世に送ってやるからな」

 そう脅したかと思うとエレンと荷物を上空へ放り投げて、スタースクリームは戦闘機に変形した。コックピットを開けて空中のエレンをキャッチする。

「スタースクリーム! 何するの!? 速いのとアクロバット飛行だけは止めてぇ!」

「うるせえやい!」

 ロケットエンジンに火が点き、瞬間的に音速の壁を超えてアルバテルのレーダーから消え失せた。

「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 エレンの悲鳴が聞こえたかも知れないが、ジェームズはキャプテンハットを深く被って聞かなかった事にした。

 広範囲に広げたアルバテルのレーダーから一秒足らずで消えるスピード、ジェームズはスタースクリームの事を良く知らないが速さだけは称賛に値すると思っていた。

 

 

 

 翌朝、士道と十香は修学旅行に行ってしまい、四糸乃は一人で起きた。士道がいないので料理は四糸乃がする事になる。作り置きも考えたそうだが四糸乃が料理をやる、と言い出したので任せる事にしていた。令音も士道の副担任として修学旅行に行っているのでフラクシナスには居ない。キッチンに入った四糸乃はキョロキョロと辺りを見ながら材料を探す。朝食は士道がよく作ってくれる目玉焼きを作ろうとしている。四糸乃は冷蔵庫から卵を背伸びしてなんとか取り出した。卵に油、フライパンとトースターに差し込まれた食パン、後一つは皿なのだがその肝心の皿は四糸乃が手の届かない棚の上にあるのだ。

『どうしよ四糸乃、グリムロックに取ってもらう?』

 よしのんはとんでもない提案をしたものだ。グリムロックなら皿ではなく棚ごともぎ取っていくだろう。

「脚立……持って来る」

『ダメだよ、危ないって! オートボットを呼ぼうよ』

 令音は修学旅行で出ているのでフラクシナスには居ない。他のクルーはまだ四糸乃が慣れていない。頼れるのはオートボットだけであった。

 その時である。

 何者かがインターホンを押して、チャイムが家に響き渡った。知らない人なら絶対に出ちゃダメだと、士道に言い聞かされている。まずは外にいる人を確認しなければならなかった。

 ゆっくりゆっくり、と四糸乃は廊下にインターホンの画面に誰がいるかを確認しに行った。

「誰も……いません」

『あるぇ~? 何でだろ?』

「四糸乃」

 ボーっとしていた四糸乃にグリムロックが庭先から声をかけて来た。今日は珍しくロボットモードでの登場だ。

『どうしたのさグリムロック』

 四糸乃は縁側にやって来てよしのんが聞いた。

「俺、グリムロック。四糸乃、海水浴行こう!」

「へ?」

 最近、グリムロックは四糸乃と一緒に過ごす時間が無かった。士道も十香もいないので誘う事にしたのだ。いつもグリムロックが過ごしていた山奥の泉の魚は食べ尽くしてしまったので海釣りで新たな珍味を味わおうという考えもあった。

 幸い水着は四糸乃も新しいのを持っているし旅行の準備くらいは一人でも出来る。ただ一つ、四糸乃には疑問があった。

『グリムロックってぇ海に入っても錆びないの?』

「俺、グリムロック。錆止めしてある」

 グリムロックの自信から錆びる心配は無さそうだ。移動も心配はない、パーセプターが作り上げた惑星内跳躍装置“グランドブリッジ”があるからだ。そして海水浴に向かう島も無人島に設定しているので人にも見つからない。

 ここまで全ての手筈を整えてくれたのはオプティマスだった。

『じゃあ、準備してくるね! 出来たら基地に行くよ!』

「わかった」

 

 約束を済ませてグリムロックは基地に戻って来る。ジャズは任務により基地を空けていた。それ以外のメンバーは基地にいる。今回、グリムロックと四糸乃の監視役はアイアンハイドに抜擢された。恐らくオートボットで最も面倒見の良い存在だ。なんせワーパスの相手をいつもしているのだから。

「グリムロック、四糸乃の調子はどうだった?」

「元気いっぱい」

「そうか、なら良い」

 監視係を与えられたアイアンハイドは内心不安がいっぱいだった。オートボットきっての問題児の面倒など殆どの連中は好き好んではやらない。オプティマスがどうやってグリムロックを手懐けたのか気になる所だった。

 四糸乃を待つこと三十分、オートボット基地の通用口のドアが開いてスーツケースを重そうに引っ張りながら四糸乃は現れた。

「遅れて……すいません……」

「ようし揃ったな。パーセプター」

「はいはい、それでは私の力作の一つである惑星内跳躍装置“グランドブリッジ”をお見せしましょう!」

 パーセプターが壁に取り付けてあるレバーを下ろすと普段オートボットのメンバーが出動に使っている巨大な通路に淡い緑色の光が渦を巻き、やがて一本の大きな光のトンネルが出来上がった。惑星間を移動するスペースブリッジの簡易版のグランドブリッジは地球のどこでも即座に人を運んでくれる。

 フラクシナスの転送装置とはまた違うワープ装置に四糸乃は口を大きく開けて驚いた。

「行くか」

 アイアンハイドはトラックに変形し、グリムロックはティラノサウルスに変形する。四糸乃はアイアンハイドには乗らずにグリムロックの頭の上に乗った。エネルゴンで出来た道に向かって走り、行き先には一点の光がある。そこを越えた途端、三人の視界には白い砂浜のビーチが広がっている。つい数秒前まで基地にいたが、グランドブリッジを使えば無人島まで一瞬で到着出来る。

 浜辺に着いたグリムロックは頭の上から四糸乃を下ろした。浜辺から見える景色は海と森林だけだ。

『おぉぉー! すんごい綺麗だね!』

「わあ……」

「よおし! 俺、グリムロック。釣りする!」

 大海には数多の魚がいるとなるとグリムロックの腹の虫は一層大きく鳴る。四糸乃は素晴らしい景色に感動を覚えているがグリムロックは魚の事で頭がいっぱいであった。さっそく尻尾に釣り糸と餌を四糸乃に付けてもらいグリムロックは釣りを開始した。その隣りで四糸乃も竿を握り、同じように釣り糸を垂らしていた。二人を見守るアイアンハイドは、少し方っておいても問題はないだろうと判断して森林の影に隠れて横になった。

 こうして二人でゆっくりするのは本当に久しぶりかもしれない。士道のお陰で四糸乃は狙われなくなり、ちゃんとした家にも住めるようになった。

「森で会った時のこと……覚えて……ますか?」

「覚えてる」

『いろいろ合ったねぇ~、個人的には変な世界に行ったのが一番印象が強いな』

「俺、グリムロック。この星に来たのが一番印象強い」

「お仲間に……会えて……良かったです」

 オートボットは仲間だが、より親交の深い仲間とは会えていない。ダイノボット達はどうしているだろうか、そんな事を不意に考えながらグリムロックは釣れた魚を一呑みした。

「俺、グリムロック。クジラ釣りたい」

「クジラ……ですか?」

『グリムロック~クジラは無理だよ。だってこんな所にクジラなんて住んでないって』

「じゃあシャチが良い!」

「シャチも……いません」

 グリムロック等のいる島、式美島は士道等が修学旅行で向かう或美島から二〇キロ離れた無人島である。その式美島の付近の海底で新たな勢力が力を蓄えていた。

 

 

 

 式美島の海底を歩く四つの影が確認出来た。先頭を歩いているのは単眼に左腕が大きなキャノン砲のショックウェーブだ。その後ろをハードシェル、キックバック、シャープショットの順に歩いておりインセクティコンの三人はさっきからぶつぶつと文句を言いながらもショックウェーブの後に続いていた。ショックウェーブが何も無い海底にわざわざ、原種の三人を連れ、基地を空にしてまでやって来るには理由がある。それは、偶然海上を飛ばしていた観測機が海底より膨大なエネルギー波を感知したからだ。火山によるエネルギーでもなく、ただただ強大な反応を無視する事は出来なかった。他のトランスフォーマーの可能性を考えつつ、ショックウェーブは探査機を片手に黙々と歩いていた。

「おーい、ショックウェーブ。何とか言ってくれよ~。どこに向かってるんだ!?」

 ハードシェルが聞いて来るがどうせ説明しても分からないだろうと決めてショックウェーブは無視してそのまま歩を進めた。探査機に目を向けるとよりエネルギー反応が強くなっている。ただでさえ有り余るエネルゴンに加えてこの膨大なエネルギーを手中に収めれば、現在進めている研究の大幅な前倒しと更にインセクティコンを大量に産み出せる。

 ショックウェーブの歩みが自然と早くなり、邪魔な海藻を払い、岩を踏み潰して海底に出来上がったクレーター、その中央に位置する金属製の要塞が見つけ出した。ショックウェーブは一目でその要塞が人間の物でもトランスフォーマーの物でもないと分かった。

「なな、何じゃこりゃあ!?」

「デッケー要塞だ!?」

「わお……」

「伝説は本当だったようだな。海底都市アトランティスだ」

「アトランティス!?」

 三人は声を合わせて言った。

 アトランティスの事はある程度は知っているがそれはおとぎ話の世界の物だとばかり思っていた。

「あれだけの規模、どうりで強烈なエネルギー反応があるわけだ……」

 当然、これが捨てられた無人要塞だとは思っていない。どうやって攻略するかショックウェーブが頭を悩ませているとシャープショットとキックバックは真っ先にアトランティスに仕掛けた。

「待てシャープショット、キックバック……!」

「こんなお宝を目の前に待てますかってんだァ!」

「俺が一番乗りだ! ンハハハハハッ!」

 ショックウェーブの命令を無視して突撃する二人はアトランティスの防衛システムを作動させた。要塞の周囲に目に見えないバリアが張られ、シャープショット達はそれに頭からぶつかり、落ちていった。

「だから待てと言ったのだ」

「何だよ、何だよ、何だよ~これちゃんと動いているじゃねぇーか!」

「君達の思慮の浅さに私は毎回驚かせられるよ」

「そう言う貴殿は何者かな?」

 聞き覚えの無い声がして、ショックウェーブ等四人はアトランティスの方に目を向けた。全身が緑色の鱗で覆われ、頭に王の証である王冠を乗せた人には到底見えない風貌の男が一人、それを守るように鱗を持つ人間が頑と構えていた。

「私はショックウェーブ、ディセプティコンの科学参謀だ。敵対の意思はない」

「私はナーギル、アトランティスの王だ」

「ショックウェーブが敵対の意思は無くても俺にゃああんだよ!」

 さっきの防衛システムで落とされた恨みを込めてシャープショットが銃を構えた途端、ナーギルの部下が先制して足を撃った。シャープショットがバランスを崩してその場に倒れる。

「口ほどにも無い奴に用はない。去るが良い屑鉄共」

「ならば私の攻撃を受けても同じ事が言えるかな」

 ショックウェーブのキャノン砲に瞬く間にエネルギーが圧縮されると極大のエネルギーが棒線状に放たれ、ナーギル等の頭上の巨大な岩盤を粉砕した。魚人達は魚人特有の言語で助けを求めながら叫び、落石に呑まれて行った。

 ナーギルが下敷きになった場所をサーモグラフィーで割り出すとショックウェーブは岩を除去した。

「口ほどにも無いのはどちらだ。あのシャープショットの無礼は謝ろう。どうだろうナーギル、ここはお互い歩み寄りという事に出来ないか?」

 穏やかな口調だが、ショックウェーブは砲口を突き付けてと明らかに脅しているようにしか見えない。ナーギルは歯を食いしばりながら悔しそうに睨むも、次第に表情を緩めて頷いた。

「分かったショックウェーブ」

 ナーギルは額からテレパシーを飛ばしてアトランティスの部下に命令を下した。

「君はテレパシーを使って交信しているんだな」

「そうだ、我等海底人はみんなテレパシーを使える。部下には手出し無用と伝えておいた。入れ」

 ショックウェーブはほくそ笑んだ。海底人の実力は大した事はない。徹底的に解析してナーギルを抹殺してこのアトランティスを乗っ取ろうと企む。

 そしてナーギルもまたショックウェーブを易々と仲間と受け入れはしないだろう。形式的とは言え二人が手を組み、アトランティスが浮上したとなれば世界は大混乱だ。

 邪悪な芽は海底火山を燃料に花開こうとしているのだ。


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