デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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15話 折紙×リベンジ

 体が入れ替わったアイアンハイド、ワーパス、十香そして四糸乃はこの事をまず士道に伝えた。本来起きる時間よりも四時間も早くに起こされてまだまだ眠気が晴れない所だったが、入れ替わりの件を聞くと瞬く間に眠気は吹っ飛んだ。そして今、アイアンハイドとワーパスは少女の姿で五河家のリビングに座って朝食を食べていた。

 初めて食べる人間の料理にアイアンハイドもワーパスも感激の言葉が止まらない。ただの食パンと目玉焼きなのだが、二人は上質なエネルギーを摂取しているかのように喜んでいる。妙に落ち着きを払った十香と豪快な四糸乃、本人ではないにしても士道の目にはそう映るのだ。

「いやあ、士道は一流シェフだな! これが人間で言うほっぺが落ちる美味しさって奴か!」

「アハハ……これくらいで喜んでくれるなら嬉しいよ」

 男口調の四糸乃に違和感を覚えながらも士道はパンにバターを塗った。

「ところで十香と四糸乃は?」

「私達の体で今はトランスフォームの練習をしている」

 大人びた落ち着いた口調の十香に違和感を感じつつ、士道はまた質問を投げかけた。

「トランスフォームって練習がいるのか?」

「そうだ。最初のトランスフォーマーは変形を訓練して身に付けたそうだ。人間で言う所の……そうだな……」

 アイアンハイドはテーブルに置いてある物を見渡してから箸を手に取った。

「この箸を操るのは当たり前に使えるが、みんな当然のように訓練した筈だ。我々のトランスフォームもそう言った物だ」

「やりゃあ当たり前に出来っけどよ練習は絶対にいるんだ!」

 トランスフォームに練習がいるとは士道は思いもしなかった。単なる機能の一つだとばかり思っていたからだ。それにしてもワーパスもアイアンハイドも初めてナイフとフォークを使うというのにその扱い方は上手く、食べ方もとても綺麗だ。食べ終えた後なのに目玉焼きが乗っていた皿に食べカスは一切ない。朝食を終えた後の所作も上品であった。

「何か……丁寧だな」

「我々は地球に到着した際にあらゆる情報を仕入れている。地球人には地球人のマナーがあるのだろう?」

「う、うん。でもそんなに強く意識した事はないけどな」

 アイアンハイドは食べ終えると食器を流し台に持って行って水に浸けておいてから席に戻って来た。

「この件だが、琴里には伏せていようと私は思う」

 アイアンハイドが話を切り出した。

「え、何でですか」

「琴里には余計な心配をしてデートの気を散らして欲しくない」

「安心しろよ。オレ等は普段のアイツ等を完・璧に演じてやるよ!」

 ワーパスに関しては全く説得力がないが、琴里には確かにデートに集中して欲しかった。こんな珍事件が起こったと知ればそちらに意識が行ってしまうだろう。琴里の生死がかかったデートなのだからなんとしても成功させる必要がある。ワーパス等の心配よりも士道は自分の心配をすべきだった。兄妹間での恋愛的な愛情など滅多に発生しない。デレさせるとは少なくとも恋愛感情で“好き”と思わせるの最低ラインから“結婚したい”と思わせる最大ラインまで幅がある。

 士道は琴里が“結婚したい”とまでは絶対に行かないだろうと思っていた。背もたれに身を預けて今までのデートの経験を振り返っていた。好感度を上げるようなテクニックの基本は相手を褒める事だが、琴里は士道の小細工など見破って来るだろう。

「ごちそうさん!」

 ワーパスも朝食を食べ終わって食器を流し台に入れた。

「人間の文化にゃあいろいろ触れたけどよ人間になってから味わうと感じ方が違うもんだな!」

「食文化だけはこうした数奇な出来事に合わない限り触れる事は出来なかったなワーパス」

「トランスフォーム出来ねえのが気に食わねえが、意外と楽しいもんだぜ! 士道がいつにも増して身近だしよ!」

 こうも前向きに考えられるのは正直な所士道は羨ましかった。

「なあ士道、そういや今日はどこ行くんだ?」

「オーシャンパークって言っても分からないか。プールだよ」

「プールか! でもよオレぁ水着なんざ持ってないぞ」

「昨日買ってきてあるんだ」

 ふと、アイアンハイドは自分の胸を両手で掴んだ。

「この体に合う水着があるのか?」

「だ、大丈夫。十香の分も買ってあるよ」

 十香の体がいかに魅力的かアイアンハイドは分かっていない。突然、自分の胸を揉み初めて士道は顔を赤くした。

「デートまで時間があるが、私達は何をすれば良い?」

「テレビでも見ていたら良いんじゃないか?」

 テーブルの上のリモコンを取ってテレビの電源を入れた。ちょうど朝ドラが放映していたので二人はソファに移ってからドラマを見始めた。その間に士道は食器の片付けを始めた。食い入るようにアイアンハイドとワーパスはドラマを凝視してそこから動かない。ハマるとは思ってもみなかった。

 内心、本当に大丈夫なのか心配になる士道であった。

 

 

 

 

 昨日の話。

 水着対決で四糸乃に敗北した折紙は悔しさに打ちひしがれながらASTの駐屯地へと帰って来た。グリムロックの攻撃で破壊された施設は勿論、修理は終わって怪我を負った隊員の殆どは戻って来ている。

 タンクトップ姿に下は迷彩柄のズボンにブーツ姿の燎子は更衣室へとやって来た折紙を見て目を見開いて驚いた。

「折紙!? 退院したなら退院したって言いなさいよ!」

「謝罪します。今日から退院しても大丈夫と医者から言われた」

「そう、なら良いけど」

 燎子の首筋や背中はぐっしょりと汗で濡れて鎖骨から微かに汗が垂れた。たった今訓練が終わった所なのだろう。折紙も服を脱ぎ始めて制服へ着替えだした。

「ナイトメアにはまんまと逃げられたわね。あの炎の精霊が現れなかったらどうなってたか。精霊同士でぶつかってくれて助かったわ」

 水分補給をしながら燎子が言った。炎の精霊と聞いて折紙は途端に表情を変えて燎子の方を向いた。

「隊長、炎の精霊について教えて欲しい。それと最近、搬入された新兵器についても」

 燎子は眉をひそめてから、諦めたようにため息を吐いた。折紙が筋金入りの頑固者という事は最も理解しているし、部隊では無茶をするので保護者のような立ち位置の燎子は気になっていた事を聞いた。

「折紙、何でそこまで精霊を殺す事にこだわるのよ? ASTだからってあなたは異常よ」

 折紙は荒っぽくロッカーのドアを閉めると攻撃的なオーラを放ちつつ、憎悪に満ちた声で言った。

「私の両親は精霊に殺された」

 燎子がその件に関しては初耳だった。両親の仇の為に戦っている。確かに自暴自棄に似た戦い方も頷ける。他を圧倒する身体能力や実力はただ復讐を成就する事をエネルギーに努力で手に入れた物だ。

「ごめんなさい、悪い事を聞いたわね」

「構わない」

 止めても止まらないだろう。燎子は折紙の復讐の手伝いをしているようで酷く気が乗らないが、言って聞くタイプではない事くらい把握している。折紙を先に兵器庫のピットに向かわせて、燎子は一度シャワーを浴びた。全身の汗をお湯と共に流していきながら燎子は困ったように後頭部をかいた。

 シャワーを浴び終えた燎子は兵器庫のゲートをくぐって中でピットで待つ折紙の下まで歩いて行く。

「先に新兵器の方から話そうかしらね」

 燎子は大きなディスプレイに純白の装甲に二本のアームらしき装備が特徴的でそれ以外は一般のCR-ユニットとは思えない程の重々しい武装を背負っていた。

「“ホワイト・リコリス”AST一個中隊の火力を丸ごと一個に集めたような兵器よ」

 兵器とは思えぬ美しい装甲の斜面や直角、滑らかな造りに感動さえ覚える。

「これなら精霊に勝てる?」

「残念だけど、あんたに使用の権限はないのよ。本来は真那が使う筈だったんだけど肝心の真那が寝込んじゃってるし。それに“ホワイト・リコリス”はね何人ものテストパイロットを廃人に追い込んだ欠陥機でもあるの」

 ホワイト・リコリスは現在、調整中だ。もしも真那が起きた時に直ぐに稼働出来るように整備だけは完了させようとしているのだ。

「もう良い? 次は炎の精霊だけど、なにぶん映像が荒くてね」

 映像では炎の精霊が現れた所から屋上へ降りて来るまでの短い瞬間を記録されていた。幸いにも士道の映像は取られていない。炎の精霊を見た時、折紙の脳裏に電光がほとばしった。服装が違っても折紙にはちゃんと見破る事が出来た。炎の色や形から五年前の忌まわしき記憶が蘇って行く。町を焼き、人を焼き、大切な何もかもを灰にした怨敵をどれだけ探したか。怨恨に取り憑かれた折紙の心を満たすにはもう復讐しかない。

 それが最愛の人の妹であっても変える気はない。

「五河……琴里」

 驚愕と狂喜が混ざり合った声で折紙は名前を呼んだ。

 刹那、折紙の意識は不意に遠のき肉体はそのまま崩れるようにして倒れてしまう。咄嗟に燎子が体を支えてから大きな声で呼んだ。

「折紙!? 大丈夫! ったくまだ退院出来るような状態じゃあないじゃない!」

 燎子は医療班を呼んで折紙を医務室へ運ばせた。やれやれ、と首を横に振って呆れかえる。いくら仇の為とは言え折紙の無茶は度を超えている。一度、キツく叱っておく必要があると燎子は胸にそう決めた。ホワイト・リコリスが映っている画面を切って燎子は整備士に挨拶を言って兵器庫を出て行った。

「日下部三尉!」

 甘ったるい声で名前を呼ばれて声がした方向に目をやると、栗色の髪を黄色のリボンで可愛らしくツインテールに結った小さな女の子が慌てた調子で走って来ている。燎子の半分程の年齢の岡峰美紀恵は走っている最中に自分の足を踏んで、つんのめって倒れた。鼻を強く打って、涙目にしながら美紀恵は立ち上がると燎子の側まで走り寄って来た。

 およそASTとは思えぬほんわかした間の抜けた性格の美紀恵はASTに入ったばかりの新人であり、実力はお世辞にも優れていると言い難いが、根性と気合いだけは一流と燎子は見なしている。

「どうしたのミケ?」

「お、折紙さんが倒れたって聞いてあたし……いても立ってもいられなくて!」

 折紙を慕う数少ないこの少女を落ち着かせるように燎子は肩をポンポンと叩いてから折紙が安心であると説明した。

「折紙なら医療班に運ばれたから大丈夫よ。目立った怪我もないし平気」

「良かったです、折紙さんが死んだらあたし……どうすれば良いか」

「あれはそうそう死なないわよ」

 ちょっとやそっとで死ぬようなタマではないのは確かだ。美紀恵の表情はパァっと明るくなって行くのが分かった。年の割に子供っぽい所が多くて、からかってやると反応が面白くてやめられない時がある。

「あの日下部三尉! 折紙さんのお見舞いに行きたいんです」

「行くのか構わないけど、今は検査の最中だから会えないわよ? まあ明日くらいにしなさい」

「はいです! その時はあたし、お弁当とかいっぱい持って行きますね!」

 ピクニック気分なのか分からないが、無邪気で一途な美紀恵を見ていると燎子の固い表情も少しは緩んだ。

 

 ――と、これが昨日あった出来事である。

 

 そして今日。

 士道が琴里とデートをする日にASTでも事件が起こった。昨日は突然、意識を失ってしまった折紙はゆっくりとまぶたを開けて眠気の晴れない顔で起き上がる。目を開けた先には心配そうに瞳を潤ませて折紙を凝視している美紀恵の姿が確認出来た。折紙が起きた事に心底、大喜びして美紀恵はぴょんぴょんと飛び跳ねて回った。

「やったやった! 折紙さんが目を覚ましましたよ日下部三尉!」

「ええ、良かったわね。気分はどう折紙? 直ぐに復帰しろとは言わないから今日はゆっくり休みなさい」

 折紙の体を気遣ってそう言う。肝心の折紙はキョトンとした顔で周囲を見渡しており、普段の様子とは異なっていた。最初は何が起きたのか認識出来ていないのかと予想して気にはしなかったが、燎子が感じた違和感は異変へと変わる。

「お前、見覚え、ある」

「は? 当たり前でしょあなたの上官よ。それに上官にお前ってのは感心しないわね折紙」

「折紙? 誰だそれ」

 記憶障害かと思い、燎子は訝しい顔をした。美紀恵も普段とは違う折紙に心配そうな顔をした。

「折紙ってあなた名前でしょ? 忘れたの? 本当に大丈夫?」

「折紙、違う。俺、グリムロック」

 自分をグリムロックと名乗りだした時、何かのジョークかと思ったが折紙がジョークを言うなどあり得ない。

「グリムロック?」

 その忌まわしい名前に燎子は露骨に嫌な顔をした。

「折紙、休んでなさい。もう一度検査してもらうわ」

「折紙さぁ~ん! 良かったですぅ~! 元気そうで本当に安心しましたぁ~!」

 ぴょい~んとジャンプして折紙へ抱き付くと美紀恵は違和感を感じた。普段の折紙ならかわすなりカウンターを決めて来るなりするのだが、今日は無抵抗で美紀恵に抱きしめられていた。

「折紙さん?」

 美紀恵は首を傾げた。普段とは違っても今は構わないと美紀恵は更に力を入れてギュッと強く折紙を抱きしめてクンクンと匂いを嗅いだ。

「俺、グリムロック。お前誰だ?」

「へ? 嫌ですね~折紙さん、あたしですよミケです。折紙さんのパートナーですって!」

「俺、グリムロック。こんな弱そうなパートナーいらない」

 すっかり人が変わってしまった折紙、そしてこの頭の悪そうな喋り方はまさしくグリムロックだ。そう、マインド転送システムの影響はグリムロックにまで及んでいたのだ。

 グリムロックは医療班に電話をかける燎子を見ていて過去の記憶を振り返っていた。どこで見たのか、あまり思い出したくはないが気になるのでグリムロックは頭を抱えて記憶の糸を辿った。

「酷いですよ折紙さぁん! 今は弱くてもいつかは折紙さんの背中を預けられるだけの立派なASTになってみせますです!」

 美紀恵の放ったASTという言葉を引き金にグリムロックの記憶は連鎖的にあらゆる事を思い出し、そして同時に燎子の顔も思い出したのだ。

「AST……!。俺、グリムロック。お前達許さない!」

 折紙の体と入れ替わったグリムロックは布団の上に乗っている美紀恵を軽々と跳ねのけてベッドから飛び降りた。ASTの隊長を葬らんとグリムロックはいつもの要領で尻尾を振る。ところが今は折紙の体、自慢の尻尾はなく、ただお尻を振っているようにしか見えない。

「あれ?」

「……寝ときなさい折紙」

 明らかにいつもと違う折紙に戸惑いながらも燎子は電話を続けた。

 今のグリムロックには強靭な顎も鋭い牙もないのだ。グリムロックは自分の格好をもう一度見渡してから人型であると確認して納得したように頷いた。

「ねえねえ、折紙さん! せっかく起きたんですからご飯でも行きましょうよ!」

 いざ、戦わんと意気込んだ矢先に美紀恵のご飯という誘惑にグリムロックは心を揺さぶられた。

「俺、グリムロック。お前ご飯持ってるのか?」

「はい、それより折紙さんさっきからその喋り方どうしたんですか? それよりグリムロックって誰ですか」

「俺、グリムロック! これが俺の喋り方! それより早くご飯よこせ」

「そうですね、今日はあたしがお弁当を作って来たんですよ!」

 嬉々として語る美紀恵よりグリムロックの意識は弁当の内容が気になってしょうがない。

「あ、ちょっと待て。俺、グリムロック。邪魔な奴やっつける」

 グリムロックは立ち上がるや否や燎子の肩を掴むとそのまま後ろに引き倒した。尻餅をついた燎子はグリムロックを睨み付けて語気を荒くして言った。

「痛いわね! 何するのよ!」

「俺、グリムロック。飯の最中に襲われないようにお前、倒す!」

 グリムロックが折紙の体で燎子に掴みかかると燎子もそれに応戦した。手と手を組んで力の競り合いをするのだが、仰向けの燎子は圧倒的に不利だ。体重をかけてグリムロックは燎子の腹に膝蹴りを入れて気絶させると布団のシーツで燎子を縛り上げた。

 意図も簡単に制圧された燎子は口にシーツを噛まされて声をまともに上げれずに鋭い眼光を向ける以外の抵抗が出来なかった。グリムロックは燎子を担ぎ上げてから掃除用具箱に放り込み、パンパンと手を払った。

「さ、ご飯よこせ。俺、グリムロック、腹が減ったぞ」

 唖然としながらも美紀恵は弁当のフタを開けて恐る恐るグリムロックへ差し出した。ふりかけのかかったご飯やタコさんウィンナーにからあげ、玉子焼きが入っていた。人間の料理は初めてのグリムロック、強いて言うならば焼き魚くらいしか食べていない。箸の使い方など知らないグリムロックはそのまま手掴みでウィンナーを口の中に放り込んだ。

「俺、グリムロック! 人間の料理美味い!」

「折紙さん、ダメですよ箸使わないと。それにさっきから自分の名前間違えてますし」

「折紙、違う。俺、グリムロック。ダイノボットのリーダーだ!」

 すっかり人が変わったように幼くなった折紙。美紀恵にはそう見えている。どうしたものかと勘考した末に美紀恵は、今のノリに合わせる事にした。燎子が縛られて捕まった今、抵抗しても無駄だと分かっている。それに既に医者を呼んであるので来たら診てもらえば良いと思った。

「うぅ~……何だこの棒」

 頭をひねりながらグリムロックは箸を太鼓のバチのように両手で握っている。

「えっと、折紙さんって……箸使えましたよね?」

「グリムロックだ!」

「ああ、グリムロックさん」

「俺、グリムロック。箸なんて知らない」

 美紀恵はピンと閃いた。箸の使い方を知らず、何故か人間の知識に乏しい今ならリード出来ると判断したのだ。美紀恵はグリムロックから箸を受け取ると玉子焼きを掴んだ。

「はい、グリムロックさん。あ~んってして下さい」

「あぁ?」

 何の事か分からずにポカンと口を開けた隙に美紀恵は玉子焼きを口の中へ押し込んだ。

「むぐっ、むぐっ、変な色、けど味美味い」

「喜んでもらえて嬉しいです」

「俺、グリムロック。次はその茶色いの食べたい」

「からあげですね、良いですよ」

 箸でからあげを挟んでからグリムロックの口へと運ぶ。もぐもぐと口を動かしてからあげの味をしっかりと味わって堪能している。美紀恵が作った弁当を綺麗に平らげたグリムロックは、ポンとお腹を叩いて満腹を意を示す。

「俺、グリムロック。お前、料理上手いな。名前何て言うんだ?」

「へ……岡峰美紀恵ですよ。私の事忘れたちゃったんですか!?」

「俺、グリムロック。お前の事知らない」

 いくらおかしくなっていると言っても折紙の姿で言われるとショックを隠せない。

「腹もいっぱいだし、行くか」

 グリムロックは大きく背伸びをしてベッドから立ち上がったかと思うと病室に白衣を着た医者と思しき男性が入って来た。燎子から折紙がおかしくなったと報告を受けてやって来たのだ。

「鳶一折紙一曹、怪我は無いにしても安静にしていて下さい」

「何だお前ッ!」

 グリムロックは威嚇するように怒鳴った。その時である。

 掃除用具箱に閉じ込められていた燎子は無理矢理飛び出して来ると腕力だけでシーツを引きちぎっていた。そして口を塞ぐシーツを剥ぎ取る。

「折紙ィ……!」

  怒りは頂点に達した燎子の迫力は美紀恵が血の気を引いて反射的に後退りする程だ。

「よくもやってくれたわね……ちょっと好きにさせてやったらつけあがりやがってぇ!」

 燎子が緊急用のワイヤリングスーツを展開、随意領域(テリトリー)を張り巡らすと跳躍して折紙の寝ていたベッドをパンチで粉砕した。グリムロックは軽々と避けてから美紀恵を小脇に抱えて病室から出て行ってしまった。

「待てぇ折紙ィ! どこまで追いかけてやるからな! お前の脳波を追ってどこまでもな!」

 

 

 

 

 デートの時刻、天宮公園の時計の下で待ち合わせをしている士道はケータイの時間を確認してから顔を叩いた。

「士道、待たせたわね」

 聞き慣れた声に士道は顔を上げて立ち上がった。目の前にはいつもと変わらぬ妹の姿が、いや、少し色気を出している。意識はした事がなかったが、琴里も十分に美少女の域にいる。

 ボーっとしている士道に琴里はイラッとして不機嫌そうな声で言った。

「女の子がおめかしして一言もなし? いの一番に教えた筈だけど?」

「悪い、見とれてて」

「見と――!? へぇ……妹に見とれるなんて大した兄ね」

「違う、変な意味じゃないからな!」

「おはよう士道」

 やけに落ち着いた調子の十香の声がした。令音に服選びを手伝ってもらって可愛く仕上げてもらったアイアンハイドとワーパス。

「士道、どうして十香と四糸乃がいるの?」

「えっと……今回はそう言う方針で」

 士道は震え声で答えた。それは琴里の背後に圧力のような威圧感が溢れていたからだ。

「オッス、琴里!」

 ワーパスはいつもの調子で挨拶した。

「え!? 今、四糸乃が言ったの?」

 アイアンハイドはワーパスを肘で小さく小突いて耳打ちした。

「バカッ、今は四糸乃を演じるんだよ」

「あ、ああ、分かってるさ。ってかよ四糸乃って琴里を何て呼んでんだ?」

「知るか、年も近そうだし……“こーちゃん”とかだろ」

「わかった――おはよう……ございます、こーちゃん」

「こーちゃん!? どうしたの四糸乃?」

 突然、愛称のような呼び方をされて琴里は声が裏返った。

「まあまあ、琴里……何か……四糸乃はちょっと驚かせたかったんだよ」

 士道はどうにかして出来るだけのフォローをして見せた。勘の良い琴里でも流石に中身が入れ替わっているなど予想もしていない。

「じゃあ、デートに行くか」

「そ、そうね」

「オーシャンパークまではアイアンハイドが送ってくれるからさ」

 もちろん、士道の言うアイアンハイドは十香の意識が入った方を言っているのだが、ついつい反射的にピクリと十香の体が反応してしまう。

 士道は公園の外を指差した。

「ほら、あそこに停まってるから乗ろう」

 公園の前にはピックアップトラックと戦車が停車している。

「シドー、私はいつでも発進出来るぞ! 行こう行こう!」

「…………。今日のアイアンハイド、十香みたいね」

 ギクリとしたが士道は苦笑いで受け流して車に乗った。トラックの中に乗るとアイアンハイドとワーパスは後ろについて来る戦車の方に乗った。

「なんつーか……自分に乗るって変な感覚だな」

 ワーパスは率直な感想を述べた。

「ワーパスさん……動いて……良いですか……?」

「おう、大丈夫だ」

「落ち着くんだよ四糸乃、焦る必要はないからね」

 四糸乃の口調でワーパスが喋っていると思えば内心、不気味さを感じるアイアンハイドであった。

 一方、十香に乗っている士道と琴里だが、普段はガラッと雰囲気が変わったアイアンハイドに琴里は怪訝な顔をせざるを得ない。

「シドーシドー! 次はどこを曲がれば良いのだ?」

「ああ、次は右だ」

「よし、右に左折だな!」

「どっち行く気だ!」

「…………。ねえ、本当にこれアイアンハイドなの?」

 琴里はコンコンと指で車内をつつきながら聞いた。

「もちろん、アイアンハイドだよ」

 ジッと琴里は訝しげに士道の方を見て来る。何とかごまかせないかと士道は密かに令音と連絡を取った。

「令音さん、すいませんがフラクシナスから十香に口調について指摘してくれませんか?」

『お安いご用だ』

 令音が注意をすると効果は直ぐに表れた。

「シドー殿、次はどこに向かうでござるでしょう」

 士道は再びインカムに声をかけた。

「すいません、令音さん十香に何て言ったんですか?」

『男らしくと伝えたんだが……』

「次はどこに曲がるで候!」

 士道は苦い顔をしながらもう何も言わなかった。

 

 

 

 

 オーシャンパークに到着した士道一行、十香と四糸乃は駐車場で待機を指示された。間違っても変形しないようにと十香に何度も念を押して伝えておいた。既に疲れ切った顔で更衣室のベンチに士道は座っていた。先が思いやられるとはこの事である。

 水着に着替えた士道はプールサイドに立って三人を待っていた。ドーム状の屋根にスライダーや流れるプール、子供用の水深の浅いプールや多数のプールが揃っていた。

「待たせたわね」

 士道が振り返ると水着に着替えた琴里、それとアイアンハイドにワーパスがいる。可愛らしい少女の水着姿だが、士道は不思議と琴里以外にドキドキはしなかった。それもそうだろう、中身がオッサンであると分かっていたら興奮も何も起きない。

「琴里、その……綺麗だし良く似合ってるよ」

 士道が褒めると琴里はまんざらでもない表情で頬を赤らめると、目尻と口を吊り上げて聞いて来た。

「へぇ、じゃあ具体的にどの辺が良いの?」

 この時、フラクシナスでは三つの選択肢が用意されていた。

 一、琴里なら何でも似合うよ。

 二、水着がセンス良いね。

 三、膨らみかけの胸がたまらないよ。

 指揮権の全てを任された神無月はインカム越しに指示を出す。

『士道くん、三番です』

「ふ、膨らみかけの胸がたまらないよ」

「ふぇっ!? いきなり何言うのよ!」

 琴里はなんだか恥ずかしくなって両手で胸を隠した。

『キタァァァ! 司令の恥ずかしがる姿がたまりません! ふっふー!』

 興奮した神無月の声がしてからインカムにノイズが入った。しばらく音が消えているとインカムからオプティマスの声が聞こえた。

『士道、神無月さんの代わりに司令官をして欲しいとフラクシナスのクルーが連絡があった。これから、私が指示を出す』

「は、はい、ありがとうございます」

 神無月よりは真剣に考えてくれるだろうが、問題はオプティマスに恋愛の何たるかを理解しているかだ。

「士道、私とワーパ――四糸乃は他を回って来ても良いかい?」

 アイアンハイドは気を利かせて士道と琴里を二人きりにしてやろうと考えて提案したが、ワーパスは――。

「えー、何でだよアイアン――ゴホッ!?」

 ワーパスが口を挟みかけるとアイアンハイドは思いっきり肘打ちを入れて黙らせた。二人きりの方が琴里も本当の自分を曝け出せると思ったし、何よりもワーパスがボロを出しそうで怖かったのだ。

「うん、自由に遊んでくれ」

「良いの? もし何かあって士道がいなかったら精霊の力が逆流よ?」

「心配ないよ。二人共、プールに興味津々だから」

 最もらしい理由を言ったが、今の二人に精霊の力はあれど意識がアイアンハイドの為、力を発動する事は無い。

「それで、これからどこへ行く気?」

 ここで選択肢が現れた。

 一、ウォータースライダーで吊り橋効果を狙う。

 二、琴里を浮き輪に乗せて流れるプールに行く。

 三、とりあえず、飯。

 オートボット基地ではオプティマスは画面を見つめながら唸った。フラクシナスのクルーは一と二を選んでおり、やや二に選択肢が集まっている。顔をさすりながらオプティマスはジャズとパーセプターに意見を求めた。

『ウォータースライダーですかね、私の見解では吊り橋効果というのが恋愛に強く結びついていると思っています』

『そうだな、私もスライダーかな』

 フラクシナス側とは逆の意見になり、オプティマスは少し考えると決断した。

『士道、ウォータースライダーだ』

「はい。じゃあウォータースライダーでも行くか」

「ふんっ、子供っぽいわね士道」

「行こうよ、琴里。ひょっとして怖いのか?」

「怖くなんかないわよ! 良いわ、そんなに乗りたいなら乗ってやるわよ!」

 やけになったように琴里は士道の先を歩いてウォータースライダーの頂上までの階段を登りだし、士道もその後に続いた。係員が人数を確認するとスライダーの入り口にまず、琴里を座らせてから士道が背中から被さるように座って来た。背後から抱きしめるような形となって互いに気恥ずかしい思いが芽生える。

 下から見たらスライダーの高さなど大した事はないと感じるのだが、いざ登ってみればその高さに驚いてしまう。士道の想像以上の急斜面に体が強張る。

「士道、引っ付きすぎよ、そんなに怖いの?」

「ちょ~っとな、琴里だってこんなの苦手だろ?」

「ふんっ……私は司令官よ? こんな高い所なんて怖――いぎゃぁぁぁッ!?」

 後がつっかえるので係員は琴里が喋り終わるのを待たずに士道の背中を押した。スライダーを凄まじいスピードで駆け抜け、右へ左へ通路を曲がりながら滑り、最後はガタンと急降下して水の中へと飛び込んだ。

 水面にぷくぷくと泡が立ちだすと士道が水中から頭を出して水滴を払おうと顔を何度も振った。

「やっべぇ! スライダー舐めてたわぁ、メッチャこえな!」

「っ……ぁぅ……っ」

 引きつった、嗚咽にも似た声を抑えながら漏らしている琴里は士道の体にしっかりとしがみついて――。

「おにいちゃん……おにいちゃん……!」

「琴里……泣いてるのか?」

 士道にそう指摘されると我に返ったように水で涙を流して士道から離れた。

「士道、リボン取って……」

「う、うん」

 着水の衝撃で外れて水面を漂っている黒いリボンを取って琴里に差し出す。リボンを奪うように受け取ってから髪を二つくくりにした。

「なかなか、面白いじゃない。この私をここまで驚かせるなんてね」

 と、琴里は強気に振る舞って見せた。

 プールサイドに上がると士道はフードコートのプラスチック製の白い椅子に琴里を座らせて、かき氷を買いに行っていた。メロン味とイチゴ味の二つを買ってからテーブルに持って来る。

「ほら、かき氷」

 士道は笑いながら差し出すと琴里は無言のまま受け取った。

「イチゴ味で良かったか?」

「うん」

「メロン味も食べたいなら一口あげようか?」

「良いわよ、そんなの」

 素っ気ない反応に士道は不安になりながらインカムに声をかけた。

「令音さん、琴里の精神状態は?」

『うん……平坦だね。上がりも下がりもしていない』

「冷え切ってるって訳か」

 どうしたものかと悩んだ時、琴里は不意に席を立った。

「どうした琴里?」

「レディが席を立つ時にそんな質問、あたし以外にしたら死ぬわよ」

 そう言い残して琴里は急ぎ足で去って行った。

 

 

 

 

 その頃、士道と琴里に気を利かせたアイアンハイドとワーパスは、流れるプールに身を任せて流れていた。ワーパスを浮き輪に乗せてアイアンハイドは後ろから押して緩やかな流れに乗って何周もしている。

「人間の体も悪かねえな」

「否定はせんよ、だが早く元に戻りたいものだ。さっきから男の視線が気になってしょうがない」

「そりゃあよ、俺等の姿は今は絶世の美少女の姿だぜ? 人間の男ってのは欲求に忠実だからな」

 アイアンハイドが不快な思いをしていた矢先、四人の髪を金色や茶色に染めた軽薄そうな男がアイアンハイドとワーパスを取り囲んで来た。

「ねえねえ、キミ達だけ? 他に男いないんならさ、俺等と遊ばなぁい?」

 この言葉をワーパスは宣戦布告と受け止めていた。

「いや、男は他にいる」

 アイアンハイドは冷静に断ってみせたが、連中が直ぐに引き下がるとは思えなかった。案の定、気安くアイアンハイドの肩に手を伸ばして来た。

「えぇ~良いじゃんよ、俺等の相手してくれてもさぁ~。どうせつまんねー男だろ?」

「ワーパス、言っても分からないようだ。始末するか?」

「ああ、やっちまおう!」

「今日はパンチだけで勘弁してやる」

 アイアンハイドは気安く触って来る手を払いのけるが、相手はしつこくベタベタと体を触って来るのだ。まずその男にアイアンハイドはアッパーを繰り出す。出来れば鋼鉄の拳で殴ってやりたかったのが本音である。

「よぉーし! オレも加勢するぜ――ってあれ!?」

 アイアンハイドが四人を相手に戦う最中、ワーパスも加わろうとするのだが尻が浮き輪にハマって抜けれなくなっていた。

「爺さん、手を貸してくれ! ケツが抜けねぇンだ!」

「ボウズはそこで見ていろ、こんなチンピラ共私一人で十分だ」

 ワーパスが浮き輪から抜け出そうとしている隙にアイアンハイドは既に四人の男を追い返していた。

「た、助けてぇー!」

「何だこの女!」

「正義の力を思い知ったか!」

 男を追い返してすっきりした様子で叫んだアイアンハイドはワーパスの乗る浮き輪に戻って来た。

「爺さんばっか楽しみやがってよ」

「お前さんがハマっているのが悪いのだろうが」

 ちょっとした騒動のおかげでアイアンハイド達を見る視線は多いに減った事で気を散らさずに遊ぶ事が出来た。

 

 

 

 

 いつまで経っても琴里が帰って来ない事に不安感が募り、士道は琴里を探しに近くのトイレまで走って行った。辺りをキョロキョロしながら歩いているととある休憩所の自動販売機の裏側からなにやら声がした。その聞き覚えのある声に吸い寄せられるように近付き、士道は耳をそばだてた。

「琴里、これ以上は危険だ」

「良いの……薬物くらいじゃあ……死なない……。お願い……おにいちゃんとのデートを最後まで……最後まで楽しみたいの……」

 途切れ途切れの言葉で令音に訴えかける琴里。令音は目を瞑って、ケースから注射器を取り出すと琴里に打った。額や頬の汗が引いて行き、酷い動悸は収まった。

「ありがとう……令音」

「すまない、私は見ている事しか出来ない」

「気にしないで」

 一時的な元気を取り戻して琴里は士道のいるプールサイドに走って行った。道具を片付ける令音の背後から士道は近付く。

「令音さん」

「シン……! まさか、見ていたのか?」

「はい。令音さん、琴里はいつからあの状態なんですか」

「力を取り戻した日からだ。琴里から君にこの件は黙っていて欲しいと希望があった。同情などでデートをして欲しくないのだろう」

「…………令音さん」

 スッと士道は令音の手にインカムを手渡した。

「シン、何を?」

「アイツが純粋な気持ちでデートをしたいなら俺もそのつもりです。サポートも作戦め要りません」

 そう言い残してから士道はその場を後にしてプールサイドのフードコートで待っている琴里の下へ急いだ。士道が戻った頃にはイチゴ味のかき氷は食べ終え、士道のメロン味にも手を出していた。

「琴里」

「あら、あなたもトイレ? さ、次はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」

「琴里、直ぐに着替えろ。今から遊園地に行くぞ」

「――! へぇ……箕輪か椎崎の提案かしら?」

「バカ、俺の良い考えだよ」

 士道の耳にインカムが無いのを確認した琴里は、本当に自分の意志で決定したと分かった。

「じゃあ、遊園地の広場に集合な?」

「え、ああ……うん、分かったわ」

 士道はそう言って手を振って分かれた。

 

 

 

 

 AST駐屯地ではグリムロックと入れ替わった折紙が大暴れをし、燎子もここぞとばかりにキレて暴走していた。折紙捕縛用の部隊を編成した燎子は重機関銃を肩に担いで手榴弾を胸にぶら下げ、ナイフを腰に差して、レーザーブレードを片手に戦闘準備完了だ。

「良いかぁ! 今からあのひよっこ折紙の愚か者をとっ捕まえる! 死んでも捕まえろ、良いな!?」

 例の温泉での暴走から燎子がキレた状態を密かに“アングリーモード”と呼ばれていた。折紙はおかしくなるし、燎子のヒューズはぶっ飛んだ。唯一止められる可能性がある真那は入院中で隊員達は泣きたくなって来た。

「散会して折紙を捕まえろ! AST、出動!」

「はい!」

 形式的に敬礼をしてみたものの、殆どの隊員がもう帰りたそうにしていた。

 折紙の詳細は医療班の見解では何らかのショックで自分をグリムロックと勘違いしていると伝えられていた。

 燎子が血眼でグリムロックを探している最中、グリムロックは美紀恵を攫って厨房に来ていた。美紀恵の料理が気に入ったグリムロックは美紀恵にもっと料理を作ってもらおうと考えたのだ。

「俺、グリムロック。お前のご飯もっと食べたい、作ってくれ」

「は、はい。あのグリムロックさん?」

「ん? 何だ?」

「日下部三尉、メチャクチャ怒ってましたけど、大丈夫ですかね?」

 名前を言われてもグリムロックは誰か認識出来ていない。ポカンと口を開けてグリムロックは小首ををかしげた。

「日下部三尉ですよ!? 私達の隊長の!」

「俺、グリムロック。名前言われてもわからない」

「そんな……」

 美紀恵は折紙が記憶喪失に加えて人格が変わってしまったと思い込み、悲しくなってきた。憧れである折紙がいなくなった、そう考えると自然と目に涙を浮かべて大粒の雫が頬を伝った。

「折紙さぁん……忘れないで下さい……もう一度ミケって呼んで下さい……折紙さぁんっ……」

 グリムロックにぎゅっとしがみついた美紀恵は泣きながら懇願するものの、当のグリムロックは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしている。何が何だか分からないまま、立ち尽くしていると厨房の外から鬼神の如き力強い雄叫びと荒々しいセリフが聞こえた。

「折紙のひよっこ野郎はどこへ行ったァ!? ぶっ殺してやるゥ!」

 物騒極まりない言葉を携えて厨房のドアを蹴り破って入って来た燎子はヘビーマシンガンを威嚇射撃として天井にバラまき、蜂の巣にした。

「ここに居たかひよっこ折紙ィ! ちょっと痛い目にあってもらおうじゃないの」

「俺、グリムロック。飯はまた後で、今はこの弱っちいのやっつける! ついでにこの基地もな」

「やれるもんならやってみなさい! あんたなんか素手で捻り潰してやる!」

 燎子はヘビーマシンガンを捨てると厨房の台を踏み台に飛び上がってから空中でクルクルと前転しつつグリムロックの背後を取ると右ストレートが炸裂、燎子の拳を受け止めると同時にグリムロックは横っ腹にキックを叩き込んだ。随意領域(テリトリー)の影響で蹴りの威力は極限まで弱められる。撫でられるように感じる柔いキックに燎子はほくそ笑みながら腹にパンチをめり込ませ、グリムロックの動きは止まる。

 勝機と睨んだ燎子は愚痴と共に連続的にパンチを繰り出す。

「中間管理職の苦労を舐めるなァァァ!」

 ワイヤリングスーツですらない看護衣姿のグリムロックは随意領域(テリトリー)を展開した燎子と天と地程に力関係が分かれていた。

「俺、グリムロック。あのヘンテコなスーツでアイツ強くなってる」

 攻撃を受けながらも敵の事を良く観察出来ている。頭が悪くなっても敵の観察は戦いの基礎としてスパークの芯まで染み付いているのだ。今は普段の強力なボディではないのを十分に理解しているグリムロックはまずはワイヤリングスーツを手に入れるべく燎子が破って来たドアから出て行った。

「待て折紙ィ! ミケ、あんたは消えなさい」

「へ? 隊長、折紙さんをどうす――」

「早く消えろ! すり潰してミートボールにされたいの!?」

 燎子の怖さに怖じ気づいた美紀恵は言われた通り、その場を離れた。燎子は床に転がしたヘビーマシンガンを担ぎ上げて厨房から出て来ると一人の隊員がうずくまっているのが確認出来た、しかも全裸でだ。歩み寄ってから燎子は事情を聞く。

「鳶一一曹が……急に私のワイヤリングスーツを……」

 グリムロックに無理矢理ワイヤリングスーツをはぎ取られたらしい。と、言う事は今のグリムロックは随意領域(テリトリー)を展開出来る状態にあった。

「……厄介なヤローだわね」

 衣類を剥がれた隊員を残して燎子は通路を歩いていると女性の悲鳴が響いて来たのだ。燎子は悲鳴に真っ先に反応して走り出すと、やがて通路に先ほどの隊員のようにスーツを剥かれた状態で放置されていた。事情はさっきと一緒、グリムロックが襲いかかってワイヤリングスーツを脱がして持って行ったのだ。

 燎子は疑問を感じた。ワイヤリングスーツは一着あれば問題ない。わざわざ複数奪う必要はない筈だ。しばし、グリムロックの行動に対して思案をめぐらしていた。マシンガンを杖のように付いて銃床に顎を置く姿勢で立っていた。

「……」

 もう少し考えていると燎子の脳裏に一筋の電撃が走り、何かを閃いた。

「分かった。奴は自分に合うワイヤリングスーツを探しているんだ……!」

「正解! 俺、グリムロック。今回は力負けしないぞ!」

 背後から声がしてそちらに目を向けるとグリムロックは自分のワイヤリングスーツを着ており、ちゃんと随意領域(テリトリー)を展開しているのだ。グリムロックはASTのCR-ユニットに詳しくないのでワイヤリングスーツを着るだけで武装は一切持ってはいなかった。

「自分をグリムロックと思い込んでいるんなら好都合、積年の怨みを今晴らしてやる!」

 燎子は駆け出してからのグリムロックの顔にパンチを打つ。鋭く素早いパンチをグリムロックはかすかに顔を動かすだけで紙一重で避け、腕に腕を絡みつけながら体重をかけて燎子を床に倒し、腕拉十字固めの態勢に持ち込んだ。抵抗すれば腕を折られる。痛みをこらえて燎子は随意領域(テリトリー)の影響力を固められた右腕に集中させて、十字固めの態勢のグリムロックを持ち上げた。

 宙へ浮いたグリムロックを燎子は地面へと墜落させ、床には蜘蛛の巣状の亀裂が入る。グリムロックは腕を解放した途端に足払いを仕掛け、それを読んでいた燎子はジャンプしてやり過ごす。立ち上がりながら後退するグリムロックに対して燎子は一歩も退かない姿勢で次から次へと打撃の嵐が降り注ぎ、グリムロックは的確に一発一発を防ぎ、払い落とし、防御を成功させる。

 一通りの攻撃が済むとグリムロックはたまたま隊員が持っていたレーザーブレードの柄を握り、白い刃を出現させた。

「へぇ……やる気満々ね。なら私もやってやる! 今日がお前の命日と思え!」

 燎子も標準形レーザーブレード“ノーペイン”を抜いて斬りかかった。グリムロックは燎子の斬撃を身を反転させて避けると束尻で腹に痛烈な一撃をお見舞いした。

 燎子が自然によろめいたと同時にグリムロックは一気にたたみかける。振り下ろされたブレードを防ぎ、燎子は床に転がったマシンガンを掴み、構わず引き金を引いた。グリムロックへ瞬間的に百発以上の弾丸が撃ち込まれるが、どうやら本能的に随意領域(テリトリー)の影響力を腹部へ集中させた所為で弾丸は殆どダメージになっていない。

 燎子が立ち上がる前にグリムロックは一時退散して別の武器を探しに行った。

「逃げるな折紙! お前を絶対にスクラップにしてやるからな折紙!」

 燎子の怒声を背後から浴びながらグリムロックは病棟を出て行って駐屯地の中を走り回っていた。爆弾、マシンガン、ミサイル、そんなありきたりな武器に目もくれずにグリムロックは強力な兵器を嗅ぎ分けるかのように兵器庫の整備所へ入って行った。整備所にはコードに繋がれて調整を完了させた超兵器“ホワイト・リコリス”が待っていた。グリムロックは顎をさすりながら感心した素振りを見せた。

「よし。俺、グリムロック、コイツかっこいいから乗ってみる!」

 後先考えない姿勢、それがダイノボットだ。

 前方へ突き出すブレードと思しき二本の突起の間にグリムロックは立つとなんとなくの要領でホワイト・リコリスを装備して見せた。子供が新しいゲームを始めても勘で操作が分かる、今のグリムロックの要領はそのような物だ。

 装着を完了してスラスターに火が点火すると整備所のゲートを突き破って燎子と美紀恵以下十数人の隊員が乗り込んで来た。

「ここにいたかひよっこ折紙――ホワイト・リコリスですって!?」

 グリムロックがホワイト・リコリスを起動したのを見て、燎子は怒り以上の驚愕に偶然、我に返った。

「折紙、何をしているの!? 直ぐに降りなさい!」

「俺、グリムロック。これでお前たちぶっ潰す!」

「総員退避! ホワイト・リコリスに太刀打ち出来ないわ!」

 スラスターを使って飛び上がったグリムロックは天井を貫き、空高くに浮遊しているのが見えた。詳しい操作は分かっていないので適当な武装を展開しては周囲にミサイルの雨を降らしていた。ASTの現在の兵力ではホワイト・リコリスは止める事も撃破する事も叶わない。兵器庫の外へと逃げた一行は空に浮く小さな要塞に諦めの意識さえあった。

「ミケ、スラスターを取り付けて」

「ほえ? でも隊長、駐屯地内で飛行は――」

「命令だッ!」

「そんな無茶ですよ隊長、倒せっこありませんです」

 そう言いながらも美紀恵はスラスターを取り付けた。

「やれるだけの事はやってみる」

 今はグリムロックがホワイト・リコリスの操作に忙しく背後から飛んで来ている燎子に気が付いていなかった。レーザーブレードを持ち出し、グリムロックに一太刀浴びせようとしたがホワイト・リコリスに搭載された後部レーザー砲が顔を出した。

 自動的に発射したレーザーは燎子に見事に命中して燎子は地上へ真っ逆様に落ちていく。

「隊長だ!」

「やられたんだ!」

「落ちて来る!」

 見事に迎撃された燎子は地面に激突してから何度も転げた。そこへ隊員達が駆け寄って来る。

「隊長大丈夫ですか?」

「ああ、何ともない」

「直ぐに医療班を呼びますよ!」

「大丈夫だと言ってるだろうがッ! 美紀恵はどうした!?」

 スラスターを取り付けてから姿を見ない美紀恵を探すように隊員等は辺りをキョロキョロとしていた。臆病な所はあるが逃げ出すような根性無しではない。

「あ、あれを!」

 一人の隊員が空に向かって指差すとそこにはホワイト・リコリスに真っ正面から向かって行く美紀恵の姿が確認出来た。

「あのバカ!」

 燎子は悪態をついた。直ぐに助けに行こうとしたが、スラスターは破壊されて追い掛ける事が出来ないのだ。

 そして、美紀恵はと言うと。

 ホワイト・リコリスの弾丸とミサイルの嵐に負けずに一発一発を的確に避けて、確実に近付いている。集中が増して、弾丸が腕や足を掠める事も少なくなった。尤もこれは美紀恵の操作技術と言うよりグリムロックが下手くそな所が大きい。反撃や攻撃という考えを一切排除して回避方法を頭の中で組み立てては実行する。下手くそ故に不規則なでどこを狙っているのか分からない為、避けるのが難しい。

 攻撃をかわし続けた美紀恵は遂にグリムロックの攻撃が出来ない領域まで接近に成功した。美紀恵を払いのける手段がないグリムロックは焦りを感じた。美紀恵には攻撃する物を持っておらず、そのままグリムロックに抱き付いた。

「折紙さん、もうやめて下さい! 正気に戻って下さい折紙さぁん!」

 美紀恵が言葉を投げかけると、グリムロックは引き金を引く事を止めた。ホワイト・リコリスは落下を始めて下に降りて行く。そのまま武装を解除してグリムロックは倒れて気を失った。

 端から見れば美紀恵の言葉に正気を取り戻したかに見えたが、実際にグリムロックが止まった原因は他にあった。

 

 

 

 

 フラクシナスの艦橋では士道と琴里のデートを監視しており、指揮権をオプティマスに取られた神無月は暇そうにしながら床をゴロゴロと転がっていた。

「士道くん、インカム外してしまいましたね」

 椎崎は映像を見ながらポツリと呟いた。

「司令にはこれで良いのかもしれませんね」

 ジェットコースターやフリーフォールで叫びながらも楽しくやっている琴里を見て中津川は安心したように言った。 お化け屋敷に入って行った二人を見届けて暗い室内で手を繋いだ途端、神無月が飛び上がって叫んだ。

「んがぁ!? 何で手を繋ぐんですか!? ここは暗い場所を利用して司令の柔らか~い胸に触れて、あわよくばそのまま司令の素晴らしい蹴り跡をつけていただけるのに! あ~、司令、お慈悲を~お慈悲を~」 一人で勝手に暴走して床を転がる神無月にクルー達は声をかけようともしない。もう末期な人にもはや言葉は通じないからだ。

「そういえば、アイアンハイドとワーパスはどうなっている?」

 琴里の監視に気を使い過ぎてたった今、二人の事を思い出した。令音に言われて箕輪が映像を切り替えるとウォータースライダーで滑っている姿が確認出来た。

 完全にただ遊びに来ているだけになっているが、この二人がデートで手伝える事などかなり限られているので構いはしない。

 順調にデートは進み、日は沈みかけて空が茜色に染まり、ロマンチックな雰囲気が作り出された。久しぶりに遊園地で目一杯に遊んだ士道は楽しそうに笑っており、琴里もぶつぶつと言って大人っぽく振る舞うが、まんざらでもなさそうであった。

『遊園地なんて本当にいつぶりだったっけ?』

『士道が六年生の時よ』

『良く覚えてるな』

 一端、会話が止んで互いに別々の方を向いている。

「今です。キスするチャンスですよ士道くん!」

「キスだ、行け行け行け行けぇぇぇ!」

「キース! キース! キース! キース!」

 フラクシナス側の声は届かないと言うのに艦橋では熱烈なキスコールが始まっている。

 映像の方では士道が琴里をジッと見詰めている。

『琴里』

『な、何よ士道』

 士道の顔が少し近付き琴里は取り乱しだした。

『待って士道、こんな所で……それにまだ明るいし……その……』

『琴里、今は待てない』

『おにいちゃん……』

 いつになく真剣な眼差しに琴里は魅了されてゆっくりと目を細めて士道に身を任せようとした時だった。

 耳をつんざくような砲声と共に砲弾が真っ直ぐ琴里の方へ飛んで行くと座っていたベンチを半分に削り、砲弾と琴里は一緒にプールの壁にぶつかり、大爆発を巻き起こした。

「緊急事態発生! 高エネルギー反応確認! グリムロックです!」

 

 

 

 

 流れるプールに穴が空き、たまたま着弾地点にいたアイアンハイドとワーパスは空いた穴から吸い出されるように水に飲み込まれて外へ出された。

「イッテぇ~、爺さんさっきの音聞いたか?」

「聞き逃しようがないだろ、あんなもん」

「地球の兵器の音ではないな」

「ディセプティコンか?」

 アイアンハイドは首を横に振ってからそびえるように立っているグリムロックを指差した。

「グリムロック!? マジかよッ!」

 尤も、あのグリムロックの中身が本人かどうかは別の話である。

 

 

 

 

 妹を目の前で砲弾されて普通なら放心状態になってもおかしくないのだが、士道は困惑はしていたが混乱状態ではなかった。

「な、何を考えているんだグリムロックッ!?」

「士道、離れて。そして私はグリムロックではない」

 恐ろしく冷静で憎悪に満ち、徹底して無感情なその話し方は間違いなく折紙そのものだ。士道は直ぐに察した。マインド転送システムの最後の被害者、グリムロックはどういう経緯か折紙と意識を交換していたのだ。折紙にしてみれば嬉しい誤算であった。本来ならばホワイト・リコリスを無断で使用して琴里を始末する算段であったが、目が覚めたら何故かグリムロックになっていたのだ。

 前々から欲していた強大な力が手に入り、折紙はグリムロックの肉体を使って琴里を狙ったのだ。

「その話し方、お前折紙だろ! 自分が何をしたのか分かっているのか!?」

 話し方一つで正体を見抜いて来てくれた士道に対して嬉しく思いながら大きな口を開けて次の砲弾の用意をした。

「そう、私はグリムロックではない。どういう訳か鳶一折紙の、私の意識が入っている」

 琴里が向かって来るならば的確に仕留めるべく折紙はトランスフォーマーのレンズから煙の中を索敵して生命反応を確認した。

「あーあ、随分と行儀がなってないわねグリムロック? どういう訳が説明してもらおうじゃないの」

 味方から砲弾されたと思った琴里は炎を踊らせて煙を払いのける。怒りより困惑の色の方が大きな琴里は、手中に炎を溜め込んでバスケットボール程の球体を生成した。

「琴里! それはグリムロックじゃないんだ!」

「何言ってるの士道、どこからどう見てもグリムロックじゃない」

 士道は更に叫んだ。

「違う、グリムロックはパーセプターの発明品の誤作動で精神と肉体が折紙と入れ替わっているんだ!」

 必死に伝える士道の姿に琴里は嘘を感じなかった。それに士道は嘘が苦手な人間である。にわかに信じられないが、グリムロックの歩き方はぎこちないし、喋り方もいつもの馬鹿さがない。

「“神威霊装・五番(エロヒム・ギボール)”!」

 琴里が唱えると、瞬時に炎は性質を変化させて精霊の身を守る鎧、霊装と化して少女の体を覆い隠した。着物も模した衣装に赤く巨大な戦斧が降臨し、琴里は精霊として威容を堂々と放つ。折紙もビーストモードに慣れないのでトランスフォームしてロボットモードへ移った。腕の内部から金属片を伸ばし、やがてそれは一本のソードに形作られる。琴里は未だに半信半疑で、目の前にいるのがトチ狂ったグリムロックだと思っており出来るだけ傷付けないようにと調整された火球を手に収束させた。

 炎の砲弾が折紙の胸に直撃したが、いくら霊力の込められた火球でもグリムロックの肉体と比較すればあまりに弱い豆鉄砲に過ぎなかった。折紙は巨大な剣を振りかざして、斜めから斬り落とす。咄嗟に斧でガードするものの敵はガードを容易く破壊して来たのだ。右から左から、大振りで抜群の威力の攻撃に晒されて、琴里は苦い顔をして反撃した。

 琴里の周囲にいくつもの光源を作りだし、光源からは勢い良く火炎が発射されて折紙を焼いた。装甲が少し黒くなるだけでダメージは望めない。防御力はピカイチ、攻撃力も群を抜いているが、肝心の操る者がそれを使いこなしていない。今のグリムロック姿は動いている、と言うよりも操縦している、と表現した方が的確に見えた。

 折紙が剣を再び振りかざすと琴里は跳んで顔面を斧で殴った。住民が悲鳴を上げて逃げる中で金属が弾ける音が響き渡り、折紙は衝撃に耐えきれずに転倒した。既に琴里に理性は無く、破壊と殺戮に心を奪われている。瞳は火のように赤く、残虐な笑みで折紙を見下ろしている。

「立ちなさい、まだ戦えるでしょう? 私に手を出した事を骨のずいまで後悔させてあげるわ」

「くッ――! 殺し慣れてるのね。そうやって笑いながら私の両親を……殺したの!?」

「――!? 言ってる意味が分からないわね」

「五年前の大火災を引き起こした精霊“イフリート”私はお前を許さない! 殺してやる!」

 抑揚のない平坦な喋り方と声の折紙が初めて感情という感情を剥き出しにして怒鳴った。

「お前は私が必ず殺す!」

 五年前、大火災、イフリート、このワードから琴里の精神が揺らぐ。斧を握っていた手が緩み、破壊衝動が鎮まって行く。激しい動揺と自分が無意識に誰かを殺してしまったという事を認識し、琴里は正気に戻った。集中を乱す隙に折紙の剣は琴里を肩から切り裂き、大量の血が噴き出る。イフリートの回復力で出血は止まり、大きな傷口は無かったかのように綺麗に塞がった。瞬間的な回復は厄介だが、今の再生で琴里は力を使い過ぎた。

 頭を押さえ、頭痛に苛まれながらなんとか耐えている。

「私が……あなたの親を殺した……?」

「そう、お前は私の仇! ここで殺す!」

 動きを鈍らせた琴里に再度、剣を振りかざした。その時、荒々しいエンジン音を轟かせ、一台のピックアップトラックが折紙に突進し、その巨体を揺るがせた。その後ろから更に戦車の突進が加わって折紙は転倒してしまった。

「トランスフォーム!」

 かけ声と同時に十香は車からロボットへと変形した。

「十香……さん、トランスフォーム……で、出来ません……」

「何だと、よーし」

 十香は横に並ぶ四糸乃を軽く蹴ってやると四糸乃は無事、戦車からロボットへトランスフォーム出来た。

「琴里は傷付けさせないぞ鳶一折紙! シドーも私が守るのだ!」

 状況は令音から聞いている。グリムロックが折紙と入れ替わった事を聞いて直ぐに飛んで来たのだ。オプティマスとパーセプターもオーシャンパークに向かっているらしい。マインド転送システムが完成して元に戻せるようになったからだ。

「くっ……その知性の欠片もない話し方……あなたはまさか夜刀神十香?」

「そうだ! 止めるのだ鳶一折紙! 琴里はシドーの大切な妹なのだ!」

「うるさい!」

「シドー、早く琴里を連れて逃げろ!」

「助かる!」

 そこへアイアンハイドとワーパスが登場した。天使を顕現出来ない二人は戦いに参加出来ないがアドバイスは出来る。

「ワーパス! 士道をサポートしろ!」

「わかった!」

「十香、四糸乃! 腕の武器を出せ! 変形するのと同じ要領でやれば出来る!」

 ワーパスは士道と共に琴里を救助に行き、アイアンハイドは十香等のサポートだ。

 折紙は逃げる琴里を追いかけようと走り出すと十香が見事なスライディングで足を崩して転かせると四糸乃は右腕に展開されたガトリング砲を放った。狙いは雑で銃の制御もままならないが、十分な牽制だ。起き上がり、十香を蹴飛ばしながら剣を抜くと十香は斧を腕から作り出してぶつかり合った。

「どけ、夜刀神十香ぁ!」

「どかない! もうやめるのだ鳶一折紙! 大切な人を失う気持ちは誰よりも分かっているお前が、シドーにも同じ気持ちを味わわせたいのか!?」

「黙れ!」

 説得が利くような状態じゃあないのは確かだが、それでも十香は折紙に対して言葉を投げかけ続ける。

「お前がシドーを撃った時、お前は後悔していた、悲しんでいた筈だ。私はお前が憎かった! 復讐に終わりはない!」

「救われなかった人の怨みはどこへ消える!?」

 十香はパンチで払い、背後から撃ってくる四糸乃の頭を掴んでから地面へ叩きつけてダウンさせて、琴里を連れて走る士道を追いかけた。

「イフリートォォォ!」

 飛びかかる直前に十香は腰にしがみついて止め、四糸乃が肩を掴んで体重をかけて折紙を仰向けに倒した。妨害する二人を力任せに払いのけて追撃を再開した。

 十香と四糸乃が足止めをしている内に士道は琴里を適当な遊具の陰に隠れた。琴里の呼吸は荒く、肩で息をしてかなり疲弊しているのが見て取れる。ワーパスが見張っており折紙が来れば直ぐに分かる。

 士道は衰弱して行く妹を見てありとあらゆる思考が巡る。後天的に精霊となった琴里の体内に居る精霊“イフリート”が折紙の仇だ。その仇を士道が受け入れれば折紙の標的は琴里から外れる筈だ。それにはまず封印する事が大前提で、封印出来る確証は無い。インカムを令音に渡してしまったので琴里の好感度を計る事が出来ない。

 士道は意を決してから口を開く。

「琴里、良く聞いてくれ」

「うん……。なぁに……?」

「琴里、お前は俺の自慢の妹だ最高の妹だ。もうどうしようもなくお前が好きだ! お前は俺が好きか!?」

 歯が浮くようなセリフにワーパスが半笑いになったが、気にせずに続けた。

「俺はお前を愛している琴里!」

「うぇっ!? な、何を言い出すのよ士道!?」

「答えてくれ、お前は俺が好きか!?」

「だ、大好き、おにいちゃん大好き! 世界で一番愛してるから!」

 それを聞いて士道はそっと優しく琴里と口を合わせた。士道と琴里の経路を熱い霊力が伝わって士道の体の中に流れ込んで行く。炎の精霊が琴里の体から消えて無くなり、元の普通の女の子になった。

 封印が完了した矢先、十香が投げ飛ばされてメリーゴーランドに衝突し、四糸乃はその上に放り投げられた。

「イフリートォ! 待てぇぇ!」

 剣を振り回しながら折紙が走って来ている。イフリートは既に士道の中にいる。琴里を狙う意味は無い。

「折紙!」

 喉が避けんばかりに叫び、士道は折紙の前に立ちはだかった。

「どいて士道、私はイフリートを……」

「殺す、か? なら俺を殺せ。お前の狙う炎の精霊は琴里の体には居ない。今は俺がイフリートだ」

 証拠を示すように士道を中心に足下から目を射すような眩く赤い光を放つ。

 もう何が何だか分からない折紙はどうすれば良いか分からない。

 琴里はイフリートでイフリートは士道の中にいる。夜刀神十香は何故かトランスフォーマーになって自分はグリムロックになっているのだ。混乱が頭を支配して決意と動きが鈍り出した。

 折紙を倒す絶好のチャンスに現れたのはオートボットの総司令官オプティマス・プライムと科学者パーセプターだ。

「オプティマス! やっと来たか!」

 ワーパスが歓喜の声を上げた。

「みんなよく頑張った。パーセプター、マインド転送システムで直ぐにグリムロックを元に戻すんだ!」

「はい! ちゃんと動くか自信ないけど」

 完全に修復され尚且つ改良されたマインド転送システムをグリムロックの肉体の鳶一折紙に向けると引き金を絞った。機械の先端から円形のエネルギー波が幾重も放たれてた。少ししてから反応は直ぐに出た。グリムロックの巨体が沈黙したと思うと昏倒したのだ。

「成功でしょうか?」

「待て」

 パーセプターが確認に行こうとしたがオプティマスは手で制した。

 失敗なら折紙はまだ暴れる筈だからだ。しばらく観察しているとグリムロックはゆっくりと起き上がってから頭をさすった。

「あ? 俺、グリムロック。今までASTにいたのに」

 馬鹿っぽい喋り方、間違いなくグリムロックだ。

「グリムロック!」

「司令官、俺、グリムロック今まで何してた?」

「説明は後だ。我々はかなり目立ち過ぎた。士道や琴里を連れて急いで退散するぞ。オートボット、トランスフォーム!」

 オプティマスの掛け声にグリムロックと十香、四糸乃は変形した。パーセプターは士道達をオプティマスに乗せて基地へと引き返した。

 

 

 

 アイアンハイドや十香等はしっかりと元の体に戻してもらい、傷付いた体をリペアし治療を受けた。琴里の方はと言うと安静の為に医務室にいた。琴里の無事を見届けてから士道は艦橋に入り、クルーを見渡した。

「シン、よく琴里を救ってくれた」

「お礼を言われる程じゃありません。ところで令音さん、琴里の好感度ってデート中にはぐらかした言い方でしたけど、どれくらいだったんですか?」

「うん、実は言うと琴里の好感度何だが最初からマックスだ」

「マックス!? 何でですか?」

「琴里も言ってただろう? 世界で一番愛してるって」

 士道は「あっ」と納得しかけた瞬間、艦橋のドアが開くと素晴らしい跳躍と蹴りが合わさり、士道の腹に刺さった。

「ぶへっ!?」

「いい加減な事を言うな! 機械のミスよミス!」

「いいや、フラクシナスの観測機はとても的確に――」

「『ラ・ピュセル』の限定ミルクシュークリーム十個」

 琴里がビシッと指を差す。

「シンすまない、機械のミスだ」

 令音はそれだけ言い残してやや嬉しそうに歩いて行った。

「琴里体は大丈夫か?」

「大丈夫よ、それに休んでなんかいられないのよ。トランスフォーマーが大暴れした所為でいろんな噂が流れてるの。ラタトスクはネットに上げられた映像や写真の削除に全力を注いでいるわ」

「そうか、大変なんだな」

「まあね、ところで士道……さっき言った言葉なんだけどね……」

「さっき言った言葉?」

「ほら、士道がわたしに言った言葉……」

 思い当たるのは好きだと言ったあの言葉だ。

「ああ、好きだよ琴里」

 再び面と向かって言われ、琴里の表情はこれ以上にないくらいに明るくなって行く。

「妹としてな」

 付け加えられた言葉に琴里はグサッと何かが胸に刺さった気がした。

「い、妹として……?」

「まあな、妹に欲情したら末期だろ?」

 琴里は士道の言葉を無視して「寝る」とだけ伝えて艦橋を出て行った。完全に拗ねてしまった琴里はそれから三日間口を聞いてくれなかった。

 




原作沿いは7巻くらいまでにしようかな

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