デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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14話 デート前のいざこざ

 もうすっかりお馴染みとなったフラクシナスの医務室で士道は目を覚ました。重たい上体を起こしてから辺りを見回した。普段は令音か十香が心配して見に来ているのだが、今日はいないようだ。まずはこの間の出来事を思い出す事にした。琴里とグリムロックの攻撃から狂三を守ろうと走ったのは覚えている。

 二人の攻撃が放たれたのも覚えている。問題はその後からだ。何故か琴里の攻撃もグリムロックの攻撃も無かったかのように消えてしまったのだ。更に琴里の霊装はいつの間にか解除されて、狂三も消えてどこかへと行っていた。前にもこんな事があったと、士道は脳裏で閃いた。そう、十香と初めて会った時、士道は十香の攻撃を防いで見せた。

 だが、今回は以前よりも規模が違う。考えれば考える程に頭が痛くなって来る。一体自分が何者なのか分からなくなるのだ。精霊を封印する力を持っている時点で不思議な事なのに妙な防衛力を持っているのだから自分が人間かさえ疑いたくなる。

 かつて令音に士道は空間震を察知した際に微弱なエネルゴン反応を検出したのを思い出した。士道は地球人なのか、トランスフォーマーの一種なのか、それは自分自身も何も分かっていない。

 医務室のベッドからのそのそと出ると士道は用意されていたスリッパに足を入れて部屋を出ると、ちょうど様子を見に来ようとしていた令音と鉢合わせた。

「おはようシン、気分はどうだい?」

 眠たそうなまぶたに活気の無い声で令音は問うてきた。

「悪くはないです。令音さん、琴里は?」

「ああ……精霊用の隔離部屋にいるよ」

 精霊用、それを聞いて士道の思考は現実に引き戻された。あの折、表れた炎を纏う精霊はやはり妹の琴里だと言う事。

「令音さん、琴里はどうして精霊の力を持っているんですか」

 士道が詰め寄って聞くと令音はポリポリと頬をかいて、困ったように視線を逸らした。

「琴里に直接聞いたらどうだろうか? 連れて行ってあげるよ」

 令音の後に続いて士道は精霊用隔離室へと案内された。部屋には大きなマジックミラーがあり、中を覗くと五河家を模した部屋の中に琴里がポツンと椅子に座ってココアの入ったカップをスプーンでクルクルと混ぜている姿が見受けられた。

「琴里……!」

「こちらの声は聞こえていないよ。琴里は力を使いすぎてちょっと元気が無いだけで体には異常はない」

「令音さん、琴里と話をさせてもらっても良いですか?」

「ああ、構わないよ」

 令音はドアを指差してそこから入るように指示すると士道はノブをひねって部屋の中へ入って行った。

 立派な物だ。自分の家に帰って来たと錯覚する程に再現率の高い造りにただただ感心するばかりだ。

「よう、気分はどうだ琴里?」

「悪くないわ」

 士道が入って来ると琴里は熱いココアをゆっくりと舌を出して舐めるようにして飲んだ。琴里の向かえ側の席に着いて、士道はどうやって話を切り出そうか迷っていると琴里の方から話し出した。

「士道、あなたの回復力はあたしの力のおかげだったのに。あんたは本物のバカでしょ……。いくら回復力があっても死んでたかもしれないのよ?」

「琴里に目を覚まして欲しかった。それに俺達は精霊を殺すのが目的じゃあないだろ」

「分かってるわよ。でも……途中から頭の中がグチャグチャになって……何でも破壊しなきゃいけないような衝動に駆られて。あたしがあたしでなくなるような……」

 琴里は頭を押さえて弱々しく言った。士道はそれを聞きながら、一つ疑問に思っていた事を尋ねた。

「琴里、お前どうしてそんな力を持っていたんだ」

「……私にも分からない。私は十香や四糸乃みたいな最初から精霊じゃないの」

「……?」

「五年前に私は精霊になったの」

「まさか……」

 琴里はバツの悪そうな表情で首を横に振った。

「本当、五年前の八月三日、天宮市の大火災を覚えてる?」

 士道は無言で首を縦に振る。

「あの時に……私は精霊になった。私も記憶は曖昧で分からない事だらけで。精霊になると心が……赤色に染まって……破壊が楽しくなるって言うか……」

 琴里の話を聞く中で士道は五年前の出来事を思い出そうとしていた。大火災で確かに町は甚大な被害を被ったのはニュースで嫌と言う程聞いた。だが、士道も火災の時の記憶は薄いのだ。

「五年前……大火災……精霊……」

 士道の記憶は十年以上遡ればまったく思い出せない。それ以降の記憶はだいたい残っているのだが、大火災の時だけは記憶が断片的にしか残っていない。

「士道、こっちからも聞いて良いかしら?」

「う、うん」

「あなた……どうやって助かったの? 私は確かにあなたに攻撃した。間違いなく外さないように」

 その質問には士道も困った表情を浮かべた。士道もどうやって攻撃から身を守ったのか分からないのだから。

「俺にも良く分からない……」

「だと思った。今日はもう帰って十香達にご飯でも作ってあげなさい」

 そう言われて時計を見ると時刻は七時半を指し示していた。これから買い物に行くような元気も無いので余っていた挽き肉や野菜で夕飯をこしらえることにした。

「そうだな、また来るよ琴里」

「うん……おにいちゃん」

 

 

 

 

 オートボット基地は平和な物だ。グリムロックがオプティマスをある程度認めたおかげで基地内のギスギスした雰囲気も取り払われていた。

「ワーパスさん……頑張って……下さい」

「アイアンハイドも頑張るのだー!」

 基地の中ではある事で盛り上がっていた。十香と四糸乃も基地にいてその様子を面白そうに眺めて、応援の声をかけていた。

 アイアンハイドとワーパスの間には腰くらいの高さの台が置いてあり、向かい合っている。

「爺さん、俺にパワー勝負っつーのは命知らずだなぁ、オイ」

「ハッ! 笑わせるなまだまだ若い連中に遅れを取る程、錆びておらんよ」

 二人は姿勢を低くすると台に肘を付いて手を組んだ。ジャズから聞いた腕相撲という地球の文化、力と力の比べ合いと教えられてワーパスは興味を持った。ちょうどそこにアイアンハイドがいたので二人は腕相撲をするという流れになったのだ。

 手の甲が台についたら負けという単純ルールな為気軽に出来る。

「よし、手を組んだな。私が合図を出すぞ」

「おう、頼むぜ十香!」

 十香は息を吸い込んでから手を振り下ろした。

「スタート!」

「オォォォォッ!」

「ハァァッ!」

 凄まじい気迫と声を上げてワーパスとアイアンハイドの腕相撲が始まった。両者、全くの互角で二人の腕はどちらにも傾かずにいた。なかなか地球ではお目にかかれない迫力の腕相撲だ。

「アイアンハイドどうしたよ、お前の力はそんなもんか?」

「舐めるなよ、私はまだ半分も出していないぞ」

「あぁ? 俺は三割も出してねえけど」

「いや、私は三パーセントも出していかいがな」

 言葉で強がっているが、二人はどう見ても全力だ。ここでアイアンハイドの腕が台に向かって傾きだした。ワーパスは勝機と睨み、一気にたたみかけて来るがアイアンハイドも意地で傾きを戻してそこからワーパスの腕を台に叩きつけて見せた。

「ヨッシャァ!」

「クソッ、爺さんの癖に力つえな」

「情けないぞワーパス、訓練が足らんな! 私がしごいてやろうか?」

 日頃から生意気なワーパスを負かせてアイアンハイドは上機嫌で、冷静な彼は飛び上がって喜びを露わにしていた。

「アイアンハイドも強いのだな!」

「勿論、ワーパスとは経験値が違うからな」

『そう言えばさ、アイアンハイドやオプティマスは何歳なのさ?』

 パクパクと口を動かして四糸乃の腕に付いているよしのんが質問を投げかけた。

 するとアイアンハイドは顎に手を当てて渋い顔をした。年齢や寿命という概念が薄いトランスフォーマーは余りそう言った事を気にした事が無かった。

「そう言えば知らないな……」

『えぇ~知らないのぉ? 自分の年齢だよん?』

 ざっくりと十代、二十代と言った言い方は出来るが詳しい年齢までは覚えていない。

「我々に年齢という物は無意味な物だと長く考えられていた。我等トランスフォーマーは人間よりも遥かに長命だからだ」

 アイアンハイドの代わりに奥の部屋にいたオプティマスが代わりに説明した。そして、顔を十香や四糸乃に近付けると更に続けた。

「短命な生物ほど一年一年を深く大切にするようだ。人間はだから毎年、誕生日として生誕の日を祝うのだう?」

「オプティマスやみんなに誕生日は無いのか?」

「そう言う風習が無いだけだ」

 ふと、十香や四糸乃も自分の誕生日について考えた。不意に目覚めて最初の記憶は二人とも共通してミサイルと弾丸の雨である。

「私達も誕生日という物は……無いな……」

「はい、私も……です」

「無い事はないだろう。産まれた日は私やアイアンハイド、ワーパスにもあるぞ」

 トランスフォーマーの出生日時は一応記録はされているが、殆どが興味がないのだ。

「あ、そうだ! 十香も四糸乃もよ、誕生日が無いんだったら今から決めたら良いじゃんか!」

 ワーパスは閃いた事をそのまま言った。

『ワーパス、とんでもない発案だね』

「無いなら作るしかねえだろ!」

「確かに、ワーパスの言う通りかもしれないな」

『オプティマスもどうしたのさ。誕生日は作れないよ』

「私に良い考えがある」

 自信満々にオプティマスが言うと四糸乃と十香は顔を見合わせた。

「アイアンハイド、テレトラン1に今から言う事を調べさせてくれないか」

 オプティマスは小さく耳打ちするとアイアンハイドは首を傾げながらも素直に従い、テレトラン1を操作した。テレトラン1にはフラクシナスの映像情報や精霊の情報がダウンロードされており、十香が表れた日や今までの天宮市を襲った空間震の回数や細かく記録されているのだ。

 アイアンハイドはテレトラン1のキーを叩いて、欲しい情報だけを確認してからオプティマスへと伝えた。オプティマスは何度か頷いてから「わかった」と一言漏らした。

「十香、君は四月十二日だ。四糸乃、君は五月十三日を誕生日にしようと思う」

 オプティマスの意図を十香も四糸乃もいまいち理解しておらず、キョトンとした顔をするばかりだ。

「この日付は君達が士道に力を封印された日だ。君達の新しい人生の始まりの日だ、誕生日と言うに十分な記念日だと私は思っている」

「私の……誕生日か。うん、良いな。そうだその日が私の誕生日に相応しいぞ! なあ四糸乃」

「はい……私もそれが良い……です」

「喜んでもらえて、私も嬉しいよ」

「オプティマス、意外と洒落た事をしますね」

「別に特別な事はしてはいない」

 優しい表情でアイアンハイドの肩をポンと叩いてから、誕生日が決まって喜んでいる十香と四糸乃を見下ろした。微笑ましく、屈託のない笑顔を見せる少女達を見ていて、とてもユニクロンの子には見えない。混沌をもたらすトランスフォーマーの敵の子孫は最も警戒すべき存在だ。

 しかし、あの破壊神の血を受け継いでいようとも命ある生きとし生けるもの全てには自由という権利がある。

 その権利を踏みにじる事は誰にも出来ない。

『いやぁ~よしのんに誕生日が出来たって事だしぃ~来年辺りに何かお祝いを貰わないとね!』

「お祝い? 誕生日には何か貰えるのか!?」

『そうだよ十香ちゃん、年に一度の行事だし何でも言って良いんだよぉ~』

「おお! なら私はきなこパン一万個欲しいな」

『また来年にでも士道くんにおねだりしてみると良いよ』

 よしのんは両手で口を押さえて笑うのを押し殺していた。

「四糸乃は何か欲しい物はあるのか?」

 アイアンハイドは物静かな少女に聞いて見た。

「え……あぅ……私は……グリムロックさんと……一緒にいれば……良い………です」

「あのデカブツの何が良いんだろうな! アッハッハ!」

「彼女が良いと言っているんだ、変な口出しするなワーパス」

「わかったよ。それより四糸乃はもっと強欲に行かねーとな! なんか、こう……エネルゴンキューブで飲み会を開きたいとか」

「人間はエネルゴンを飲めないだろうがバカ」

 会話がひとしきり盛り上がった所で人間の通用口から士道がひょこっと顔を出した。

「二人ともこっちにいたのか」

「よう士道! 元気かぁ!」

「元気だよ、ワーパス。あれ? ジャズは?」

「ジャズには士道の護衛以外の時は街を見回って敵がいないか見張らしている」と、オプティマス。

「多分、アイツの事だから見張りより他の車に目移りしているんだろうがな」

 士道は小さく苦笑いをした。ビークルモードの車を気にするというのは人間の世界で言うファッションを気にする事なのだろう。

「あ、そうそう。十香、四糸乃、夕飯が出来たぞ」

「本当か! てっきり今日はシドーのご飯が食べれないと思っていたぞ!」

「ああ、俺もこんな早く目を覚ますとは思ってなかった。それじゃあ、みんなまた後でな」

「おう!」

「ゆっくり食べて来なさい」

 オートボットの基地を出て三人はそれから夕飯の親子丼とサラダにありついた。

 

 

 

 

 陸上自衛隊の備え付け病棟の前に花束とフルーツの盛り合わせを持った士道が立っていた。怪我をした兵士やAST隊員が入院や手当てを受けるこの病院は基本的には一般人の面会を受け付けており、機密すべき場所は目に見えない地下や重厚な施設に置いてあるのだ。士道がここに来たのは、折紙のお見舞いと真那がここへ搬送されたと聞いたからである。

 士道の後ろには送り迎えを担当したジャズがいる。

「くれぐれも気をつけるんだぞ、士道。間違ってもASTなんて単語は出すなよ」

「ああ」

 普段、家やフラクシナスで平気で使っているが本来ASTという存在は重要機密、一般人でその事を知っているのは大問題だからだ。ジャズがわざわざ心配しているのは、士道は熱くなると止まらないタイプと分かっているからだ。うっかり口を滑らせるだけでもアウトなのだ。

「じゃあ、私は駐車場で待っているからね」

「わかった、終わったら連絡をするよ」

 士道は病院へ入ると出入り口で燎子やその他AST隊員とすれ違った。互いに初対面であるが、燎子の方は士道が折紙の彼氏であると知っていた。

 受け付けで士道は真那の兄という身分を証明して面会の届けを出す。

「申し訳ありませんが、嵩宮真那は現在面会遮絶の状態です」

「面会遮絶? そんなに容態が悪いんですか!?」

「私からは何とも言えません。面会は出来ません」

 機械的な対応でその受付嬢は言った。まともな説明が無かった為、腑に落ちないが士道は冷静になって次は折紙の面会の届けを出すと今度はすんなりと引き受けてくれた。真那の事で頭がパンクしそうな状態で士道は教えられた折紙が入院している部屋に向かう。

「士道……」

 向かう最中に士道は折紙と遭遇した。看護衣を着て点滴を打っている姿で現れた。

「折紙、立っていて平気なのか?」

「平気。それは?」

 折紙は士道の持っている花束とフルーツに目が行った。

「あ、ああ……お見舞い」

「…………」

 折紙が花束を指差してから自分を指差して自分へのかを確認する。それに対して士道はコクコクと首を縦に振った。すると折紙は点滴スタンドを持ったままぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにした。折紙にして見ればただの見舞いの花束は、花嫁の持つブーケにしか見えていない。

「詳しい事は言えないけど、嵩宮真那は特別な病棟で治療を受けている」

「そんなに悪いのか!?」

「ごめんなさい……これ以上は……」

 力になれなくて申し訳ないと言った気持ちで折紙は言葉を搾り出した。

「わかったよ。まあお前も元気そうで何よりだよ、折紙」

 折紙は「うん」と言う寸前で言葉を飲み込み、ふらっとわざとらしく膝が砕けたようにその場にへたり込んだ。

「おい、大丈夫か折紙!」

「ううん、大丈夫じゃない。一人では動けない。誰かの手を借りる必要がある」

「おう、誰かナースの人を――」

 士道が人を呼びに行こうとすると袖を掴まれた。

「そこまでは必要ない」

「じゃあ車椅子を持って来るよ」

「車酔いが酷い為それはダメ」

「じゃあどうしろってんだよ」

「私にいい考えがある」

 折紙の良い考えなど決してロクな物ではないと覚悟はしていた。だが退く訳には行かず、士道は結局折紙の良い考えの犠牲となり、折紙を背中におぶっていた。

 士道の温もりを全身で感じられる折紙は、幸せそうな表情を浮かべて身を預けた。

「あ、あの折紙……何だか目、目立たないか?」

「問題ない」

 折紙はクンクンと鼻を使って士道の匂いを嗅ぐ。普段なら飛び上がって逃げるのだが怪我人を背負っている以上、逃げる事は出来ない。

「お、折紙!?」

「……」

 匂いを嗅いだ後にぴちゃぴちゃと首筋を舐め始めた。

「ひゃっ……! 折紙っ、やめっ……!」

「……」

 折紙をおんぶしたまま士道はエレベーターに乗った。

「何階だ?」

「六階」

 正直な所、折紙と二人でエレベーターもとい密室に居たくはなかった。一体何をされるのかわかった物ではない。今はおぶっているのでやれる事は限られて来る。

 もうさっきから当然のように匂いは嗅いで来るし、体をホールドする手つきが痴漢それだ。

「はむっ」

「んぎゃっ!?」

 素っ頓狂な声を士道は上げた。折紙は遠慮なく士道の耳たぶを甘噛みして来た。士道の顔は恥ずかしさで真っ赤で折紙はやや頬を上気させて続けて来る。

「お、折紙、やめて……」

 自分でも情けなくなるような声で折紙に懇願するのだが止める気配は微塵もない。病室までさんざん体を好きにされた士道はもう息も絶え絶えになっている。

「ありがとう、士道。ぜひ、休んで行って欲しい」

 折紙はベッドに入ると布団をめくってポンと自分の隣りを叩いた。

「結構です! 俺はもう帰るぞ」

 これ以上痴態に巻き込まれるのは御免だ。病室から出て行こうとすると何か倒れる音が聞こえた。敏感に士道が振り返ると折紙はベッドに伏している。

「折紙!?」

 士道は急いで折紙へ駆け寄ると何事も無かったかのように折紙は起き上がって――。

「リンゴを剥いて欲しい」

 折紙はナイフを突きつけてお願いして来た。士道は諦めたようにナイフを受け取り、器用にリンゴの皮を剥いて行った。均等に切り分けたリンゴを適当な紙皿へ乗せて折紙に差し出す。

「口移しで食べさせ――むぐっ!」

 余計な事を言う前に士道はリンゴを思いっきり口へねじ込んでやった。もぐもぐと口を動かしてリンゴを食べ終えると士道の指に吸い付き、口の中で丹念に舌で舐め上げた。

 士道は放心状態だ。何故、折紙はここまで出来るのかただただ疑問しか生まれない。

「ごちそうさま」

「は、はい……お粗末様です」

 単なるお見舞いでここまでドッと疲れたのは初めてである。 士道は一度冷静になる為に肺一杯に息を吸い込んでからさっきまでの事を忘れようとするべく別の話題を出した。

「折紙はいつ退院出来るんだ?」

「明日か明後日には復帰可能」

 入院とは言え真那以外はそこまでの重傷を負っていない。ただ気を失わされたくらいの物だ。十香にいたっては絆創膏を張ったら直ぐに元気になって炊飯器を空にするくらいにご飯を食べていた。

「良かったよ、明後日からは学校に来れるんだな」

「そう……」

 折紙はギュッとベッドのシーツを握り締めて無数のシワを入れた。折紙のその仕草に普段とは違った雰囲気を感じ取れた。士道は怪訝な顔をしながら折紙の体を揺さぶった。

「本当に平気か?」

「平気。それより士道、時崎狂三と戦っていた精霊……」

「あー、琴――。強かったな、炎の精霊」

 何故か。士道は反射的に琴里の名を伏せた。だがそれで良いのだ。もしこのまま続けていれは士道はとてつもない巨大な爆弾の導火線に火を点けてしまうような気がしたのだ。

「炎を纏った精霊……」

 自然と折紙の瞳に憤怒と憎悪にまみれたおぞましい念がフタを開けて飛び出していた。その迫力に圧されて自然は半歩後ずさりしてしまった。

「私の両親は精霊に殺された」

「ああ、聞いたよ。両親がいない気持ちは俺にも分かる」

「……? あなたには出張中の親がいる」

 折紙に親が出張中という事を話した記憶は無い。

「あの人は俺の本当の親じゃない。俺の本当の親は俺を捨ててどっか行きやがった」

 愛すべき親が殺された事、愛すべき親に捨てられた事、どちらも未熟な少年少女には癒えない傷を残していた。折紙は辛い事を聞いてしまったと思って申し訳ない気持ちになり、直ぐに自分の話に戻した。

「私の親は五年前の八月三日に炎を纏う精霊に殺された」

 折紙の発言に士道は目を見開いて驚愕した。それと病室の窓の奥でぶら下がってこちらを見ているジャズの行動にも驚愕した。

「天宮大火災。あれは謎の火災と世間で言われている。でも私は見た、炎を操りあらゆる物を焼き尽くす精霊の姿を……」

 折紙がうつむき、話している。士道はジェスチャーでジャズに「あっち行け」と手を振っているのだがジャズには伝わらず、立体映像を出してメッセージを浮かび上がらせた。

『まだかかる?』

 ジャズのメッセージを読んで力強く首肯してから心の中で早くどこかへ行ってくれと願っていた。ASTにトランスフォーマーを見られたら一大事どこの騒ぎじゃない。直ぐにこの辺りが戦場と化すだろう。

「士道」

「はい!」

「聞いてる?」

「うん」

 ジッと士道を見詰めてからクルッと背後を見ると窓には誰もいない。目立つ行動をする割にジャズは隠れるのが上手い。しかし士道の寿命が縮んでしまうので変な行動は控えて欲しかった。

「炎の精霊は私の仇、私はあの精霊を葬す為だけに生きて来た。鍛えて来た。ASTに入った」

「士道、炎の精霊について知っている事があれば教えて欲しい」

 炎の精霊が琴里と明かせば折紙は躊躇なく狙って来る。士道の妹であろうとそんな事関係ない。

「ごめん、俺も直ぐに気絶させられて……」

「そう……何か思い出したら私に教えて」

「ああ」

 暗い声で答えると士道は病室を出て行き、トボトボと重たい歩みで駐車場にまで戻って来た。停まっているスポーツカーのドアを開けて乗り込むと士道は暗い表情をしており、うつむいたまま動かない。

 最悪過ぎるケースが発生して士道の頭の中はこんがらがっている。

「元気ないな、士道」

「なあジャズ、もしもなんだけど、大切な人が大切な人の命を狙っていたらどうする?」

「私から見て大切な人で良いんだね?」

「うん」

「私なら命を狙う人を止めるな」

「それが復讐する為だけに生きていた人でも?」

「むしろ復讐が動機なら尚更止めるよ。復讐から生まれるのは破壊と死だけだ。何も生まれない、自分の心も死ぬだけさ」

 ジャズはエンジンをかけて動き出すと士道はまたうつむいたてシートに身を預けた。生きていて腹が立つ事は何度もあった。だが殺したい程に憎んだ事は今まで無かった。折紙は復讐に取り憑かれている、それだけが鳶一折紙という少女を動かしている原動力なのだ。

 一方、病室に残された折紙はやっと両親の仇を見つける事が出来て血が騒ぐ。復帰して一刻も早く討ち滅ぼしたいと憎悪が心の中が煮えたぎっていた。折紙が精霊を相手にここまで自信に満ちているのは、とある実験機体が天宮駐屯地に搬入されたという話を耳にしたからだ。聞けば嵩宮真那が“ナイトメア”を滅ぼす為に使う予定だったが真那がダウンした所為でASTの倉庫に保管されていると言う。

 計算では一個中隊の火力を凝縮した怪物兵器、単機で精霊を狩れるらしい。復讐が終われば後の事などどうでも良い。ASTから除隊されても構わない。病院のベッドで、滅多に笑わない折紙はニヤリと口の両端を吊り上げて笑った。

 

 

 

 

 一度気持ちの整理と相談をする為に士道は自宅前でジャズと分かれてフラクシナスに転送してもらった。艦橋にはいつものクルーと神無月と令音がいて、艦長席は寂しく空いていた。神無月がその椅子に頬ずりをしているのが見えたが、今の士道はそこに触れる元気は無い。

「令音さん、琴里は?」

「回復に向かっている。顔色が優れないようだね、シン?」

「ええ……。琴里の事、令音さんはどこまで知っているんですか?」

「五年前に精霊になった……くらいだね」

「大火災について何か、分かりませんか?」

 何か手がかりが欲しいのだ。琴里が炎の精霊であるのは疑いようがない事実だ。しかし琴里が自らの意志で殺害したとはとても思えない。琴里が仇ではない事実を見つければ折紙は琴里を狙わない。士道はそう考えたのだ。

「よろしければ、当時の映像があるのですがご覧になりますか?」

 さっきまで鼻の下を伸ばして琴里の椅子に張り付いていた神無月はキリッと鋭い目をして声をかけて来た。

「映像には士道くんと司令らしき人物が映っていますので一度見てみては?」

「はい、お願いします」

 神無月に連れられてビデオルームへ行った士道は画面の前の椅子に座り、神無月は映像を記録されたディスクを探していた。映像は貴重な情報となるのでフラクシナスで厳重に管理してある。

「ありましたよ士道くん」

 神無月はディスクを持って来るとプレイヤーに挿入した。士道は再生ボタンを押してその映像を見た。町は焼けて辺り一体は火の海だ。その中で琴里らしき赤い髪の幼い少女と士道と思しき少年が確認出来た。パクパクと口を動かしているので二人が会話を交わしているのは分かるが、会話の内容までは把握出来ない。

「…………俺と琴里」

「司令ですね。若い頃も可愛い……!」

 映像を見続けていると不意に画面にノイズのような物が入った。

「あれ、おかしいですね。前はノイズなんて無かったんですが」

 琴里と士道が身を寄せ合うその背後に小さなノイズが入る。

「――!? 何だ……」

「すいません、プレイヤーの調子がおかしいみたいで」

 神無月の言葉はそっちのけで士道は画面を睨み付けている。

「誰なんだ……お前は!」

「え……神無月恭平ですけど……」

 思わず名乗ったが士道は見ている方を見れば神無月に向かって声を上げていないのは明確だ。

 神無月は眉をひそめて怪訝そうに画面を覗き込んだ。映像には士道と琴里、そして妙な小さなノイズが入っているだけだった。だがそのノイズは士道にはくっきりと人間に見えていた。

「コイツが……琴里にぃ……!」

 ノイズの人間、見た目は三十代の男性の姿をしており、首にかかるくらいの長さのくすんだ黒い髪をしたスーツ姿の男だ。背中からしかその姿を確認出来ない。それでも映像の中からこの存在の邪悪さが伝わって来た。

 するとノイズの男はハッキリと士道の方を向いて来た。切れ長で冷酷な印象を与える鋭い目をした男の顔が窺えた。しかし士道はその男の顔をどこかで見た気がしたのだ。再びノイズの男は背を向けた。

 この時、士道の脳内に邪悪で深淵、狂気と破壊に満ちた声が反響した。

 ――あの方の目覚めは近い……。宇宙は再びあの方が支配するのだ。

 何者か全く分からない声が士道の頭を支配すると、全身から力が一気に抜けて士道は机に伏すように倒れた。

「士道くん! 士道くん! 大丈夫ですか!?」

 尋常ではない事態に神無月は士道の体を揺すったりしたが、反応はなく神無月はすぐ医務室へ運んだ。

 士道が次に目を覚ましたのは翌日の朝である。短期間に二回も医務室で一日の始まりを迎えるとは思っていなかった。

 士道は部屋を見渡してからガリガリと頭をかいて昨日の声が言っていた事を思い出す。言っている意味が不可解な事ばかりである。

「起きたね、シン」

「令音さん?」

 まだ起きていない脳を無理矢理目を覚まさせて士道は白衣を着たその女性を見た。

「寝起きから突然で悪いのだが、君に言う事がある。琴里の件だ」

 琴里と聞いて士道の目がしっかりと開かれて、完全に目が覚めた。

「はい、聞かせて下さい」

「琴里は精霊の力を使えるだろう?」

「はい」

「だがね、その力を制御出来ていないんだ」

 制御出来ていないと聞いて、士道は別段慌てる素振りは無かった。それもそうだ、滅多に使わない力を制御出来ているなど最初から思っていない。

「本題はここからなんだ」

 令音はズレていたメガネを直してから言いにくそうに続けた。

「琴里の体に精霊の力はあまりにも強大過ぎるんだ」

「それで俺は何をすれば」

「単刀直入に言うと琴里の力を封印して欲しい。琴里の体が保つのは残り二日だ。それ以上経過すれば琴里は力の制御が利かず、自らの炎で身を焼く事になる」

「――!? そんな……。それに封印なんてどうすれば」

「いつも君は精霊に何をして来たか忘れたのかい?」

 令音の言葉で琴里に何をすれば良いのか全て察しがついた。

「き、キス……ですよね」

「そうだ」

「いやいやいや! 俺と琴里は兄妹ですよ!?」

「しかしやらなければ琴里が死ぬ。まあ安心してくれ、琴里にもこの事を伝えてある」

 ちなみにその時の琴里の反応と言えば、顔中を真っ赤にしてうろたえていた。

「今日はこれからデートの準備をする。明日は琴里とデートだ」

「わかりました」

 問題は山積みだ。折紙の復讐に琴里の封印にヘンテコなノイズ野郎と珍妙キテレツな事態が次々と発生しているのだ。

 

 

 

 

 本日のオートボット基地ではパーセプターが新しい道具を開発してそのお披露目会がおこなわれていた。参列者はオプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ワーパス、十香に四糸乃と言うメンバーである。グリムロックは奥の部屋でまだ寝ている為、不参加である。

「さあ、さあ、みんな、これから私がお披露目する道具はだね私が何日もかけて計算や失敗を繰り返した物なんだ。この道具を上手く使えばありとあらゆる――」

「前ふりはいいから早く見せろよぉ!」

「そうだそうだ、私もその道具が気になるのだー!」

 待ちきれないワーパスと十香ははやし立てる。

「わかったよ、全く私の説明はこれからなのに」

 パーセプターは台の上に乗っていた小さなアンテナが特徴的で取っ手とトリガーがついた機械を見せて来た。大きさは人間で例えるとハンドガンくらいのサイズで意外と小さい方に驚いていた。

「マインド転送システムです」

 自信満々で誇らしげな顔をして見せるのだが、優秀な科学者の感性など持ち合わせていない他のメンバーは頭の上に疑問符が浮かぶだけで何の驚嘆も感動も湧き上がって来ない。それに“マインド転送システム”と聞いて良いイメージなど持たないだろう。

「パーセプター、それを何に使えば良いのか私達に分かるように教えてくれるかい?」

 パーセプターの科学者としての技量を信用しているオプティマスは説明を求めた。

「はいはい、わかりましたとも。この精神入れ替え装置、人間やトランスフォーマーから意識だけを引っ張り出して他の物に入れておく物です。引っ張り出されて抜け殻になった体は多少は無理な治療をしても平気なのです」

「我々は元から頑丈だが人間は柔らかく脆いぞパーセプター?」

「勿論、人間の耐久力を計算していますよ」

 奇抜な道具を作り出した物だ。

「まだこの道具には改良の余地があります。難点はマインド転送システムがまだ不安定な所があってね。しかしいずれ――」

 またパーセプターの長い説明が始まってオートボット達はやれやれと呆れながら首を横に振った。そんな所に基地の奥からひときわ大きな足音を響かせながら寝ていたグリムロックが起きて来た。まだ眠たいのか頭を押さえながら気だるそうな歩き方で姿を見せた。

「おはようグリムロック!」

「俺、グリムロック。おはよー。四糸乃もおはよー」

「おはよう……ございます」

「気分はどうだ、グリムロック?」

 グリムロックの身を案じるようにオプティマスは声をかけた。尤も、今の今までただ寝ていただけのグリムロックだ、体に何の問題もないだろう。

「俺、グリムロック。平気。お? パーセプターそれ何だ?」

 グリムロックの興味はパーセプターの持っていたマインド転送システムへと移った。不意にオプティマスやアイアンハイドは何か嫌な予感を感じた。

「これはだねマインド転送システムと言ってだねかなり高度な道具なのだよ」

「俺、グリムロック。面白そう! 俺に貸せ」

「ダメダメ、これは繊細なんだ。お馬鹿には扱えないんだよ」

「俺、グリムロック! バカじゃない! ダイノボットで一番頭良い!」

「かもしれないね。でも私から見ればダイノボットの頭がちょっと弱いからね~」

 科学者の目線ならダイノボットは確かにバカの集まりだ。グリムロックは気を悪くしてパーセプターに迫って、強引にマインド転送システムを取った。

「俺、グリムロック。ところでこれ何だ?」

「やれやれ、何かも分からないのに使おうとするなんて」

 とりあえずトリガーがあるのでグリムロックは引いて見た。しかし、アンテナから何か出るわけでも誰かの意識が転送された気配はない。

「コラ! デタラメに触るんじゃない」

「俺、グリムロック。これ壊れてると思う」

 何度も何度もトリガーを引くが確かにマインド転送システムが起動している気がしない。

「まさか、私の計算は完璧な筈だ。何故だろう?」

「俺、グリムロック。それはお前の頭がイマイチだから」

 そう言いながらもグリムロックはトリガーを引き続けているとベキッと嫌な音がした。グリムロックは手元を見てみると引き金を引きすぎて真っ二つに折れてしまったマインド転送システムが残っていた。

「何てことしてくれたんだ、グリムロック」

「俺、グリムロック。壊すつもりなかった、ごめん」

 壊れたマインド転送システムを台の上に置くとパーセプターは肩を落とした。壊された事よりも作動しなかった方にショックを受けているのだ。

「そう気を落とすなパーセプター。失敗は誰にでもある」

 オプティマスはそう言ってなだめた。気を持ち直して研究室で改良に当たろうと折れたマインド転送システムに触れた時だ。カタカタと二つに割れたパーツが震えだしたのだ。更に漏れたエネルゴンが光りだす。

「まずい、不安定な上に衝撃を与えたから爆発する!」

「何だって!?」

「みんな下がるんだ早く! マインド転送システムが爆発す――。ヴッア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァッ!」

 警告を促す最中に大爆発を起こし、オートボット基地の設備はメチャクチャだ。テレトラン1も余波で潰れてしまっている。黒煙が晴れると身を伏せていたオートボット達が警戒しながら立ち上がった。

「みんな怪我はないか?」

 ジャズは立ち上がりながら周りの心配した。

「私は大丈夫だジャズ。十香も無事です」

 アイアンハイドは手を開けると手のひらで十香が怪我一つない姿を見せてくれた。

「こっちも問題ないぜ!」

 四糸乃はワーパスが守ったようだ。

「私も平気です」

 伏せたグリムロックの下敷きになったパーセプターがなんとか這い出しながら言った。

「グリムロックが咄嗟にかばってくれたので助かりましたよ」

 グリムロックが退いて、パーセプターに手を貸して立たせてやった。

「改良は大前提のようだなパーセプター」

「すいません司令官、私のミスです。今度はグリムロックがいじっても壊れないように頑丈に作っておきます」

「ああ、頼むよ」

 

 

 

 

 琴里の封印までの時間は無い。令音からはデートの場所をオーシャンパークと設定されていた。プールから遊園地まで何でもある巨大娯楽施設である。プールに行くという事で士道は自分の水着のついでに十香と四糸乃も連れて行っていた。今回の封印作戦、実は十香と四糸乃も同行するのだ。

 フラクシナスから転送された士道はオートボット基地を見て、開いた口が塞がらなかった。オートボット基地に来れば大抵何か壊れてる、そんな気がしてならない。

 詳しい事情をオートボットと十香等に話すとみんなちゃんと理解してくれた。水着を買いに行くのにグリムロックがついて来ようとしたが、オプティマスやパーセプターがなんとか説得して止めてくれた。

 士道はインカムの状態を確認した。

「令音さん、聞こえますか?」

『ああ聞こえているよ。今回の作戦の意味は理解しているね?』

「はい、俺がその……他の人の水着を見てドキドキしないかの訓練ですよね?」

『そうだ、一回ドキドキする度に君の黒歴史が晒されて行く』

「何そのいじめ!?」

『まあ、多少は緊張感を持てと言う事だ』

 士道には人に見られたら外を歩けない黒歴史が山ほどある。中学の事は士道には全て無かった事にしたいのだ。

 目的の店に着くと十香はいち早く店内に入って士道を手招きして待っている。

「シドー! 早く早く~!」

 四糸乃の手を引いて士道も店に入る。十香や四糸乃は店内に広がるあらゆる水着を見てテンションが上がっている。

「いろんな服があるのだなシドー! ところでこれはどこで着るのだ? これだけでは町をあるけんだろう?」

「みんな、水着は初めてだっけか。水着ってのは――」

「略してMZG対精霊用殲滅兵装の一つ」

 士道の言葉を遮って聞き覚えのある声が大嘘を平静を保ったまま言った。

「正式名称はMZG(メガザラックグランド)着用者から霊波動を感知すると搭載された顕現装置(リアライザ)が駆動、精霊の肉体をズタズタに切り裂くシュレッダーとなってバラバラにする」

 現れた鳶一折紙の説明に十香と四糸乃は顔を青くした。四糸乃は十香の後ろに隠れると背中からチラッと顔を半分だけ出して見ている。 四糸乃は折紙によしのんを撃ち抜かれたトラウマがある。そう簡単に取り払える垣根ではない。十香は普段から折紙といがみ合っている所為か慣れている。

「折紙、もう復帰して大丈夫なのか? 復帰は明日だろ?」

「元々怪我は少ない。医者からも復帰を許可されている」

「そんな事よりシドー! 鳶一折紙が言っている事は本当なのか!?」

「ンなワケな――」

「本当、士道は隙があれば夜刀神十香とハーミットを抹殺する気でいた」

「嘘だ! シドーがそんな事する筈ない!」

「わたしも……そう……思います」

「士道は人間、精霊とは水と油。本心ではあなた達を殺す気満々」

「そんな……シドーが……嘘だ」

「だから、バレバレの嘘に騙されんなよ……」

 呆れながら士道が言うと十香は、ハッと我に返って冷静になった。

「おのれぇ鳶一折紙、私をたばかったな……!」

 これだけ簡単に騙せるのであれば容易く誘拐されないか心配である。

「騙されるそちらが悪い。ところで士道、私は学校指定の水着しか持っていない」

 来禅高校の水着はスクール水着である。あれはあれでそそられる物があるのだが、遊園地などのプールに着ていくような物じゃない。

「士道に私の水着を選んで欲しい」

「えぇ!」

 腕に絡みつくように寄って、慎ましい胸を押し付けて来る。士道の脈は上がり、フラクシナスにドキドキしている事がバレてしまう。

『シン、ドキドキしたね?』

「いや、今のは……!」

『とりあえずオートボットに君のポエムを送っておこう』

「――!?」

 殿町に送られるよりはマシだがよりによってエイリアンに黒歴史を暴露されるとは思わなかった。

「待て待て、鳶一折紙! 今日はシドーが私の水着を選んでくれるのだ。貴様はお呼びではないのだ!」

「あなたこそ、夫婦の間に入るような無粋な真似はやめて欲しい。葉っぱでも巻いていれば良い」

「いつから夫婦になったんだよ!」

 十香と折紙がいがみ合う中で士道は四糸乃に水着の説明をしておいた。

「あなたが退かないと言うなら私はあなたに勝負を挑む」

「受けて立つぞ鳶一折紙!」

「ルールは簡単、水着で一番ドキドキさせた方が勝ち。勝った者が士道とデートする権利を得る」

「望むところだ!」

 十香と折紙の間にはバチバチと火花が飛び交っており、互いに凄まじい気迫だ。面白い戦いになって来たと思うのはその場にいない者達でありそこにいる士道だけはチクチクと胸を刺されるような痛みが緊張感として出てきていた。

 二人は背を向け水着を探しに離れて行った。この間にも士道は自分の物を探しに行った。競泳用水着ではなく、士道はタボッとしたバミューダパンツを探していた。士道は何かこだわりがあったり、デザインなど気にしたりしないので欲しい物はすぐに見つかった。 そうこうしている内に折紙と十香は試着室へと入り、選んだ水着を着ていた。

「士道、出来た」

 そう言って折紙がカーテンを開けると白く肌を隠す面積が極端に少ないビキニを着て現れた。胸周りが少し貧相だが、ボディラインは美しく、スタイルは完璧としか言いようがない。自然と士道の心拍数が上がってしまった。

『シン、オートボットのみんな君の黒歴史に苦笑いが続出だぞ』

「なっ!?」

 ドキドキしないのが今回の訓練なのに普通にドキドキしてしまった。普段は髪を下ろしているのに今はくくっていると言う変化もポイントが高い。

『難敵だわい』

『士道、私がサポートしよう』

 インカム越しにオプティマスとアイアンハイドの声が聞こえた。またオートボット等の回線がフラクシナスの回線とリンクしているのだ。

『深呼吸だ。息を整えて冷静になるんだ』

「はい、オプティマス」

 顔の熱を冷やすように息を吸って吐くを何度か繰り返す。

「シ、シドー……着れたぞ……」

 恐る恐る十香がカーテンを開けると無地の紫色の水着であるが、ビキニではない。

「可愛いと思うぞ十香」

 士道の心拍数に変化はない。

「あまり……見るな、恥ずかしいではないか……」

 もじもじと恥じらいの仕草を見せると士道の心拍数は劇的に変化した。顔を真っ赤に羞恥心を煽るような仕草は士道の心を揺さぶるのだ。

『士道、君の過去のデータが次々と送られて来るんだが……』

「見ないで下さい!」

『いや、しかし……ふっ』

 鼻で笑われた。

『シン、オートボットの苦笑いが止まらない』

「じゃあ黒歴史の送信を止めて下さいよ!」

『まあ、隠したい過去は誰にでもある。気に病む必要はない。みんなもそう思うだろう?』

『うん……』

『え、ああ……良いんじゃないか』

『俺、グリムロック。士道は結構イタい奴だな』

 もうインカムの電源を切ろうかとさえ思ったその矢先。

「士道……さん……た、助けて……」

 今にも途切れそうな声で四糸乃は助けを求めて来る。

「四糸乃、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……です」

 二人の勝負を一度置いておき四糸乃の入っている試着室の前へ来るとカーテンの端を握った。

「開けるぞ四糸乃」

「あっ、待っ――」

 カーテンを開けるとそこには水着を上手く着れずに半分裸の哀れもない姿の四糸乃の姿があった。同時に士道の興奮度はフラクシナスのデータで最高値を記録した。

『デート権は四糸乃のようだねシン』

 士道はガックリと肩を落とした。まさかの伏兵に敗北した折紙は歯を食いしばり、去って行く。この屈辱をいつか晴らすと深く胸に誓って。

 ちなみに、オートボット基地に帰ってからのみんなの対応はどことなく遠慮気味で変な優しさがあった。まだまだ士道の黒歴史は残っているが、一部でも見られるだけでメンタルがズタズタだった。

 

 

 

 

 翌朝、いよいよ今日が琴里の封印作戦の日だ。なんとしても琴里をデレさせなければ琴里の肉体は自らの炎で焼かれる事になるのだ。

「ふぁ~、もう朝か……まずはベッドを出て顔を洗うのだ。それからシドーと朝ご飯を食べるのだ」

 まだまだ寝たりないが今日の事は聞いているので十香は大きく、丈夫な機械の体を動かした。

「まだまだ眠いが起きるしかないな――あれ? 私は寝ぼけてオートボット基地に来ていたのか?」

 十香は辺りを見渡して見慣れない風景に殺風景な金属の部屋を見てそう勘違いをした。背筋を伸ばして、腰の稼働範囲を確認してから十香は自然を落とした。腕は逞しく太い、赤いカラーリングに頑丈な金属の肌をしている。

 ようやく十香は異変に気付いた。

「むむっ!?」

 勢い良く立ち上がり、十香は金属のドアを開けて廊下へ飛び出すと同じタイミングでワーパスと出くわした。

「ワーパス! 鏡だ鏡はないか?」

「その話し方……十香……さん?」

 活きが良くて騒がしく、血気盛んなワーパスがヤケに内気な話し方をしている。途切れ途切れで臆病な性格が露わになった話し方はまさに四糸乃だ。

「ワーパス……いや、違う……まさか、四糸乃?」

 十香はワーパスから何故か四糸乃の影を感じ取ったのだ。

「十香さん……これ……」

 ワーパスもとい四糸乃は鏡を十香に見せる。

「アイアンハイドではないか、おはよう!」

 手を振り上げて挨拶をすると十香と同じ動きで鏡の中のアイアンハイドは手を挙げている。恐る恐る十香は手を降ろすと鏡に映るアイアンハイドも手を降ろした。頭は悪いが勘が良く察しの良い十香はこの瞬間に全てを理解した。

「…………トランスフォーマーになってるぅぅぅッ!」

「私もです十香さん!」

 十香の悲鳴がこだますると人間用通用口から十香と四糸乃の体がドアを蹴り破って入って来た。

「オレの体がどっか行ったんだが知らないか!?」

「私が十香になっているんだ!」

 通用口から飛び出して来たのは四糸乃の体に入ったワーパスと十香の体に入ったアイアンハイドである。

 そしてアイアンハイドの体には十香が、ワーパスの体には四糸乃の意識が入り込んでしまったのだ。こんな現象に心当たりがあると言えば、昨日のマインド転送システムが原因であるとしか考えられない。

「どうした、朝から騒がしいな」

 悲鳴やら叫び声がしたのでオプティマスとジャズは奥の部屋から顔を出して来た。

「大変なんだジャズ! オレの体が!」

「……おや、四糸乃はそんな荒っぽい話し方はしないんだがね。気分でも悪いのかい?」

「オプティマス、私の体がアイアンハイドになってしまったのだ! 助けてくれ」

「君がアイアンハイドで良いんだよ。いや、待てよ……喋り方が十香のようだ」

 まずは混乱した気持ちを落ち着けるように四人をなだめて、それから話を聞いた。四人の話で共通しているのは、昨日までは平気で起きたら体が入れ替わっていた。意識が入れ替わっただけで声や能力は肉体の持ち主が出来る範囲でしか使えない。

 つまり、トランスフォーマーが天使を呼び出したり人間がトランスフォームは出来ないのだ。むしろ人間がトランスフォームしたらかなりグロテスクな光景になるので出来ない方が良い。

 状況は理解した。するとジャズはパーセプターを呼びに行き、いち早くこの事態を収めてもらおうとした。マインド転送システムを作ったのは彼だし、もしもの事態くらいは想定している筈だ。パーセプターは連れてこられるなり頭を抱えた。

「なんて事だ! まさかマインド転送システムが働いていたなんて!」

「なんとかなんないかパーセプター」

 ジャズは参った様子で頼んだ。

「マインド転送システムは現在改良中なんだ。完成したら元に戻せると思う。開発段階でトランスフォーマーと人間の入れ替えも想定してるからね。ところで、オプティマスやジャズは異常はないのかい?」

「私は異常なしだ」

「ああ、私もだ」

「そうか、ではグリムロックはどうだ? 誰かグリムロックを見た人はいないか?」

 そう聞かれるとみんな互いの顔を見合わせて肩をすくめたり、首をかしげたりして見てない意思表示をした。士道も今朝、会った時は通常だったので大丈夫だろうし、琴里も平気だった。もしもグリムロックが誰かと入れ替わっていたら面倒な事になるのは火を見るより明らか。

「まずはグリムロックを探そう、オプティマス、ジャズ頼めますか?」

「お安いご用だ」

「わかった」

 ビークルモードに変形して二人はトランスフォーマー用の通路を走って基地を出て行った。さて、問題はこれからだ。今日はデートと言うのに中身が入れ替わっている。もちろんこの件は士道や琴里にも話すつもりだ。中身が入れ替わった以上、この状態で動向するしかないし、十香や四糸乃にはトランスフォームを今日中に覚えてもらう必要があるのだ。でなくては移動や擬態という面に支障を来たす。アイアンハイドとワーパスには、人間の立ち振る舞い、ワーパスは特に大人しくするという事を覚えてもらわなければいけないのだ。

 琴里とのデート、どうやら波乱はまだまだ続くようだ――。


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