デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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13話 DEM崩壊の危機!?

 真那が日本へ移動する少し前の話、スタースクリームというトランスフォーマーが来てからという物新たな兵器開発や技術の進歩が進み、DEM社は更に時代の先駆けとして地位を確立していた。

 さて、今日の話はここDEM社から物語を始めよう。

 DEMの研究所では新型無人兵器“バンダースナッチ”の開発が進んでいた。魔力を搭載した自律人型兵器で次世代を担う戦力として期待が寄せられていた。バンダースナッチの試験として試作機一機と手合わせをするのはDEMアデプタス部隊のナンバー三、ジェシカ・ベイリーだった。

 傲慢、プライドが高くて他者を見下し、自分の力に絶対の自信を持つジェシカは控え室で机の上に足を乗せてと、かなり態度が悪い。新兵器のテストなど酷く気乗りしないが忠誠を誓うアイザックの命令とあれば断る事は出来なかった。

「あ~あ、こんなチンケな仕事カ」

「チンケでも仕事は仕事です。しっかりやってもらわねーとダメですよ」

 同じ控え室にいた真那がそう言い放つとジェシカは不機嫌そうな顔で真那を睨み付けた。自分より年下で経験値も低い真那が自身よりも実力と地位共に上に立っている事が腹立たしい事この上ないのだ。

「はいはい、やりますヨ」

 ワイヤリングスーツを着たジェシカは試験場へのゲートをくぐって控え室を後にした。真那は観覧席に移ってジェシカとバンダースナッチの戦いを観察する。新兵器の戦力はどのような物か、ジェシカがどれだけ実力を上げたか見れる為だ。

 試験場は全体を顕現装置(リアライザ)によって強化されたアクリル板でドーム状に覆い尽くされている。ベンチに座って待っていると背後からドシン、ドシンと荒っぽい足音を鳴らしてスタースクリームが歩いて来た。

「ったくよ、あのジェシカって女は何だ。偉そうでプライドが高いし、その癖大した実力でもねー奴が」

「ジェシカは弱くねーです」

「あ?」

「ジェシカは十分に強ぇーです」

 真那が指差すとジェシカは武装を展開してバンダースナッチと対峙している。両手が不自然に長く大きなその兵器はがに股で二足歩行という点以外はとても人間とは呼べない姿をしている。

 試合開始のブザーが鳴るとバンダースナッチはその大きな腕を突き出して手の甲から一門ずつレーザー砲を発射、明るいブルーのエネルギーがジェシカに向かって飛んで行くとそれを容易く回避したかと思うと、ジェシカはバンダースナッチとすれ違い様にブレードを振るい、頭を跳ね飛ばしていた。

 すると試合終了のブザーが鳴った。

「ね? 強ぇーでしょ?」

「ま、俺ならぁもっと早く始末してたがな」

 スタースクリームは軽く飛び上がって空中で変形すると社員達が通る通路を凄まじいスピードで飛んで行った。スタースクリームの所為でDEMの廊下には“飛行禁止”の貼り紙が出されている。しかしスタースクリームは守る素振りが一切無い。

 真那はポリポリと頭をかいてからバンダースナッチの開発部へ行った。現在、真那のCR-ユニットは調整中である。近々、日本へ出向するのでそれまでに間に合うかを確認しに来たのだ。

 開発部のドアの前まで来ると部屋の中何やら下品な声と口調が聞こえて来た。心当たりがある人物と言えば一人しかいない。分厚い自動ドアが開いて真那が入ると目の前には予想通りの光景が広がっていた。

 ジェシカは研究者の胸ぐらを掴んで迫っている。

「だーかーらー、そんなポンコツよりも私のCR-ユニットの新武装を開発しなサイ!」

「毎度毎度、子供のようでいやがりますねジェシカ」

「真那っ!」

「武装よりもまず実力を上げたらどうですかぁ?!

 ピクピクとジェシカは青筋を浮かべて真那を睨み、荒っぽい研究者を突き飛ばしてジェシカは去って行った。突き飛ばされてひっくり返った研究者に真那は手を差し伸べる。

「怪我はねーですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

「気にしねぇで下さい。アレを抑えるのも私の仕事です」

 ジェシカは真那に対して異常なくらいに嫉妬心と対抗心を燃やしている。真那も当然その気持ちには気付いているし、無視すれば直に収まると思っていたのだがジェシカの嫉妬は日に日に増すばかりであった。

 苛立ちを抑えきれない様子でズカズカと研究員や社員を押しのけながら鋭い目つきで威嚇して通路のど真ん中を歩いていた。自分の半分も年が行っていないような小娘に注意されてジェシカのイライラは加速する。前も見ずに歩いているとジェシカはガンっと何か固い物にぶつかって尻餅をついた。

「ッてぇな! 気をつけやがれ!」

「テメェこそ前見て歩きやがれ!」

 怒鳴り返して来たのはスタースクリームである。

「あ~、お前さっきのバンダースナッチと戦ってた奴だなぁ?」

 スタースクリームの存在を知らない者はいない。それでもジェシカはスタースクリームと実際に合って話すのは初めてである。

「イラついてどうしたよ?」

「お前に関係ない!」

「さては、嵩宮真那に何か言われたんだなぁ?」

 妙に勘が良いものだ。図星な為、ジェシカは言い返す言葉が見つからなかった。

「分かる! お前の気持ちは分かるぞ! 今が変革の時! ジェシカ、お前が更に力を求めてるなら俺ぁ協力は惜しまねぇぜ!」

 変にスタースクリームが協力的な発言をして来る。協力を無碍に断る程の余裕も無いのでジェシカはスタースクリームの力を借りる事にした。

「わかった、手を貸して欲しい」

 スタースクリームはニヤリと笑ってジェシカを手に乗せて研究室へ向かった。バンダースナッチにはエネルゴンが使われている。その他にも真那やエレンのCR-ユニットにもエネルゴンを使っており、これまでにない切れ味のブレードや強力なスラスター、高い防御力のアーマーなどを作れていた。しかし、ジェシカだけは従来型の装備だけで真那との力の差は開く一方だったのだ。

「で? 本当にお前が新武装なんか作れるのかヨ?」

「この俺様が信用出来ねえのか? 黙ってそこで見てろ」

「つーかここ、本当に研究室かァ? とてもそうには見えないネ」

「研究室? ちげえよ、ここは保管庫だ」

「保管庫?」

「機材やら人間やらのな。知ってんだろ、この会社がブラックって事をよ」

 スタースクリームは足で邪魔な機材をどけながら兵器に使えそうな物を探していた。保管庫には武器は勿論、試作段階のバンダースナッチや魔力処理に失敗した冷凍死体などが眠っている。

「それでどんな武装が良い? 銃か、剣か?」

「どちらにも対応出来る方が嬉しいナ」

 ジェシカの要望を聞いてスタースクリームは何度か頷いてから保管庫にある銃器類と刀剣類を引っ張り出して来た。トランスフォーマー用の作業台に持ち出した武器を置いた。首を傾げながら見上げるジェシカはテーブルの上によじ登った。

「さ、どんな武器を作ろうかな」

「それは?」

 ジェシカが指差した先には人間サイズの試験管に入った紫色の液体だ。

「ダークエネルゴンだ」

「ダークエネルゴン?」

「お前のお粗末な頭に説明しても無駄だ」

「何だト!?」

「まーた何か良からぬ事を企んでやがるんですかジェシカ?」

 小生意気で説教くさい喋り方、ジェシカは保管庫の出入り口に目を向けるとやはり真那がいた。

「スタースクリームも巻き込んで何するつもりでいやがりますか」

 真那も作業台によじ登ると呆れた様子で試験管に入ったダークエネルゴンを拾った。

「おい、それを素人が触るな!」

「大丈夫です。これでも危険物の取り扱いには慣れてやがります」

 真那はそう言ってジェシカの方を見た。

「真那ァ……」

「大方、スタースクリームに新武装の制作でも頼んだんでしょう」

「スタースクリームの方から話を持ちかけたんダ」

「そ、そんなの知らねえよ! この女が俺にせがんで来たんだ!」

「テメェ! アタシを売る気か!」

「とにかく! 上には報告しておきますんで覚悟しやがれです」

 試験管をくるくるとペンのように回した。

「真那、待テ取り引きしよう」

「取り引き?」

 真那は怪訝な顔をした。

「今回のコトを黙ってくれたら、スタースクリームにお前の新武装を作ってもらう」

「俺がやるのか!?」

「バァカでぇすかぁ? 話になりませんね」

 軽蔑の眼差しで真那は試験管をポケットにしまい、背を向けた時だ。ジェシカは真那の背中に掴みかかった。

「ダークエネルゴンをアタシに渡せぇ真那!」

「ちょっ!? 何しやがるですか!?」

「ダァァ! お前等、そのダークエネルゴンを雑に使うな!」

 揉め合う二人を掴み上げて引き離すが真那もジェシカもスタースクリームの手の中で暴れている。

「おい、試験管はどうした?」

「真那が持ってるでしょ?」

「ハァ!? ジェシカが私から奪いやがったでしょ!」

 どちらもダークエネルゴンを持っていない。スタースクリームはキョロキョロと辺りを見渡すと目を見開いて口を盛大に開けて驚いた。試験管は二人を引き離した時に手を離れて飛んで行き、試作バンダースナッチの頭部に割れた試験管とベッタリとダークエネルゴンが付着していたのだ。

「うぇっ!? まずい!」

「……?」

 真那もジェシカも何がまずいのか分かっていない。付着したのならタオルで拭けば良いくらいの考えだった。

 ダークエネルゴンは停止したバンダースナッチに染み込んで行くと機体の各部が紫色に鈍く光り出し動かない筈のバンダースナッチはガタガタと大きく震え始めた。

 ひとしきり振動するとバンダースナッチはその不自然に大きな腕を振り上げ、冷凍保存された死体のロッカーを殴りつけて破壊した。

「あれ、動くノ?」

「まさか……機能が停止している筈です」

 バンダースナッチは人間よりも少し大きいくらいのサイズだ。スタースクリームの上から見下ろせば大した迫力も無い。

 だが、そのバンダースナッチは破壊されこぼれ落ちた死体に飛びかかり、口を避ける程に大きく開いて食らい始めたのだ。

 しばらく死体を貪り食うとギョロりと一つ目がスタースクリーム等を視認すると口を開き、奇声を発して口から触手をチロチロと伸ばして見せた。

「えっ……」

「何あれ……」

「逃げよ」

 振り返り、スタースクリームは走り出す。真那とジェシカは肩にしがみついて一緒に保管庫から出て来た。ジェシカは肩から素早く降りると保管庫のゲートを閉じてバンダースナッチを閉じ込める事が出来た。ゲートの奥では力強く叩く音がしている。

「今の何だヨ!」

「何でいやがりますか!?」

「お前等が悪いんだぞ! ダークエネルゴンは死体を生き返らせたり機械に使うと凶暴化するんだ!」

「つまり……ゾンビってコト?」

 ジェシカと真那の顔が見る見るうちに青ざめて行く。だが、真那はふと気が付いた。

「スタースクリーム、あなたのサイズならあんなポンコツ、一瞬でスクラップでしょ?」

 バンダースナッチはせいぜい三メートルあるかないか、スタースクリームはその倍以上はある。蹴り飛ばすなり撃ち殺すなりするのは簡単な筈だ。

「そうだよスタースクリーム! あんなポンコツやってしまえヨ!」

「スタースクリームならきっと出来ますよ!」

「よせよ、期待されたらやる気出るじゃないか!」

 おだてられてスタースクリームはやる気を出した。右腕を二連装のアサルトライフル、ニュートロンアサルトライフルに変形させると意気揚々とゲートの前に立った。

「ハッ! あんなポンコツ兵器、俺様なら一発――」

「アァァァァ!」

 ゲートを突き破ってゾンビ化したバンダースナッチがスタースクリームに飛びかかって来た。バンダースナッチの大きさは何故か肥大化しておりトランスフォーマーと遜色ないサイズにまでなっている。

「何だよコイツゥ! 誰かコレをなんとかしてくれぇぇ!」

 巨大化したバンダースナッチに押し倒され頭を床に叩きつけられたりとメチャメチャに殴られるスタースクリームを助ける事は出来なかった。なんせ今の二人はCR-ユニットを持っていないのだ。

 バンダースナッチの腹を蹴って宙に浮かせ、なんとか拘束から逃れるとスタースクリームはアサルトライフルを弾が切れるまで撃ち込んでやった。弾丸が突き刺さり、バンダースナッチは仰向けに倒れるとそのまま動かなくなる。

「ハァ……ハァ……何だコイツ! さっきまでチビだったじゃねえか!」

「知らねえです。何か急にデカくなりやがりましたね」

「ゾンビは本当にコレだけカ? まだたくさんいるなら本当の本当にやっかいだゾ!」

「心配ないって俺様がたった今現況をぶっ倒したのを見てなかったのかぁ~?」

「そもそも真那! アンタが邪魔さえしなければ!」

「私ですか!? ジェシカがヘンテコなプライド持って訳わかんない事を始めようとしたのが発端でしょうが!」

 真那とジェシカの口喧嘩が始まり、スタースクリームはその間に挟まれていた。普段は事を起こす立場だが、起こされる側の立場に立ってみるとこんなイライラする事はない。と、言ってもスタースクリームに責任が無いとも言い切れない。

「喧嘩はよせよお前等!」

「うるさいです、ヘタレ野郎!」

「黙ってろクサレ戦闘機!」

「――!? 言うに事欠いてこの俺のジェットモードの美しさを愚弄した挙句、ヘタレだと!? テメェ等二人ともここで捻り潰してやる!」

 喧嘩が二人から三人へと拡大している最中、さっき倒した筈のバンダースナッチはのそのろと鈍い動きで起き上がっていた。しかし、そんな事に気付きもしない三人はずっとああだ、こうだと言い合っているのだ。

「ウゥゥゥゥッ……! ウゥゥゥゥ!」

「誰でやがりますか! さっきからうーうーうるさい奴――!?」

 真那が振り返って見るとそこには再起したバンダースナッチが立っており、スタースクリームの方を向いて触手を口から出していた。

「血ぃ……血ぃぃ!」

「…………。俺は逃げ――じゃなくて俺はコイツを引き付ける。じゃな!」

 かっこ良く空中でバク転してジェット機に変形するとDEM社の広い廊下をとんでもないスピードで駆けて行った。さて、スタースクリームは得意のスピードで逃げて行った。バンダースナッチも彼の後を追って行き真那とジェシカの安全は保障されたと、胸を撫で下ろした。

「ひとまず武装を取りに行こう」

「ですね」

「何としてもアタシ等だけでこの事件を収めるんだ」

 アイザックにバレたら自分の評価ががた落ちになってしまう。それを恐れているジェシカは出来るだけ内密に終わらせたかった。

「ジェシカ、やはり直ぐに警報をならすべきです」

「な、何を言っているの真那! これはアタシ達ノ問題、自分の始末は自分でつけるノ!」

「とか言って、本当はウェストコットさんにバレるのが怖いんでしょ?」

「いちいち腹立つナ」

「何です、やりやがりますか?」

「良いワ。ここでアタシとアンタの素の実力を見せてやろうじゃないノ!」

 顕現装置(リアライザ)の操作やCR-ユニットを使った戦闘なら真那が上だが生身の戦いなら勝つ自信があった。未成熟で筋力も大した事は無い。格闘技の経験があるジェシカなら勝機は十分だ。両者が睨み合い、バチバチと火花を散らして一触即発の雰囲気に包み込まれていた。

「うぅぅ……」

「一発でKOしてやるわ、真那」

「来やがれです、腕の関節を外してやりますよ」

「うぅぅ……!」

「うーうーうるさい!」

 ジェシカと真那の声が重なり、声の方向に目を向けると一人の研究員らしき人物が腕を前に突き出し立っていた。

「どうしました? 用が無いならどこかよそへ行ってくれやがりませんか?」

「うっ……ヴァァァァ! 血ィィィ!」

 研究員の男が口から触手を出して走って来るのだ。

「キャァァァァ!」

 二人は全く同じタイミングで逃げ出した。

「何でゾンビが人間にも増えてやがるんですか!」

「アタシが知る筈ないダロ!」

「ジェシカ、武器は何か武器はないんですか!?」

「えっと……拳銃が一丁だケ。そっちは?」

「私も拳銃が一丁だけです!」

「相手は一人、応戦する!」

 足を止めてジェシカは身を屈めるとゾンビの触手をかわして、足払いで転倒させた。

「ジェシカ! 頭を狙うです!」

「え、何で?」

「知らねえですか? ゾンビってのは頭を潰せば死ぬんですよ!」

 ここは素直に真那の助言を聞き入れてジェシカは拳銃のリアサイトからゾンビの頭を狙い済まし発砲する。弾丸を頭に受けて頭蓋は破裂し、ゾンビは倒れて体をビクビクて動かすだけでそれ以上の行動はしなくなった。

「ゾンビの弱点なんて良く知ってたネ」

「常識です。ジェシカも気張ってないでたまには映画でも見たらどうでやがりますか?」

「大きなお世話ヨ」

「この人が感染しているって事は、他にも被害が出ている可能性が高いですね」

「しらみ潰しにやっていくしかなさそうね」

 そうと決まればまずCR-ユニットが必要になって来る。ワイヤリングスーツを取りに行くには戦闘部隊専用の施設が備えてあるのでそこまで走らなければいけない。

「まだ感染体も少なそうだシ、サクッと武装してサクッと倒しわよ」

「そう上手く行くと良いですがね」

 寮は本社を一度出てからしばらく歩いた所にある小高いビルである。そこが真那やジェシカ等の今の住まいであり、仕事場でもある。

 二人は拳銃を片手に慎重な足取りで通路をゆっくりと歩く。二手に分かれた曲がり角を右に曲がると、三人の社員が横に広がって歩いている。

「邪魔よアンタ達! 道を開けなさい!」

 相変わらず横柄な態度で社員達に接している。ジェシカの声を聞き、その三人は道を開ける訳でもってなくただ振り向いて来る。

「うぅぅッ!」

「脳みそォォォ!」

「血を……ヨコセェェェ!」

 連中は既に感染体となっていた。その証拠に口から触手を伸ばしている。真那達は顔から血の気が引いて行くと反射的に逃げ出していた。獲物が逃げると感染体も走って追いかけて来るのだ。

「何でゾンビが走るのヨ!」

「知らないですか? 最近のゾンビは走る奴もいやがるんですよ!」

 とにかく振り切ろうと来た道を引き返そうとするとジェシカがさっき頭を吹っ飛ばした感染体に加えて新しい感染体が何十体も増えて道を塞いでいる。

 仕方なく残りの通路に向かって走り出し、適当な部屋に駆け込みドアをロックした。

「もうイヤ! 何よここ!」

「ヤベェですね。事態は私達が思っている以上に重くなってやがります」

「ハァァ~……長年、ウェストコット様に仕えて戦いの中で死んで行くのが夢だったのに……。まさか最期はゾンビの餌か……」

「私だって近々、日本に行けるのに……兄様に会えるのに……」

 真那は目頭を熱くしてやや涙目になっている。いつもの生意気な態度から一転してしおらしく、年相応のあどけなさを見せた。そんな真那の肩にジェシカは手を伸ばして優しく抱き寄せてやった。

 普段の荒い雰囲気は霧散して代わりに穏やかなオーラがジェシカから出ていた。

「ジェシカ……?」

「泣かないで真那、アタシ達は絶対に生き延びるのよ。そしてお兄さんに会いに行きなさい」

 声色もいつもより何倍も緩やかである。

「アタシ、アナタに嫉妬していたの。年下で新参のアナタに追い抜かれるのが悔しくて…………。でも、今は不思議とそうは思わないの。アナタの顕現装置(リアライザ)の扱いにはいつも感心していたわ」

「まさか、あなたとこんな話をするとは思わねえでした。私もジェシカのブレード捌きにはいつも感服してました」

「真那……」

「ジェシカ……」

 自然と手と手が絡み合った時、二人は正気に戻り手を離した。そして無性に気恥ずかしくなって互いに顔を逸らしていた。

「ジェシカ、いつでも行けますか?」

「ええ、覚悟完了してるわ」

「私達は誇りあるDEMの出向社員です」

「そうよ、あんな生ゴミに遅れは取らないわ! 行くわよ!」

「はいです!」

 ドアのロックを解除して真那とジェシカは部屋を飛び出し、角を曲がったその先にいた何者かとぶつかって二人は同時に尻餅をついてしまった。

「いてて」

「お尻がイテェです」

「おやおや、こんな所にいたのかい? お二人さん」

 誰とぶつかったのか確認すべく見上げると銀髪に冷酷そうな鋭い切れ長な目をした男性、アイザック・ウェストコットともう一人、秘書のエレン・メイザースがいた。

「全く君達には恐縮なんだがね。我が社で一体何が起きているのか教えてはくれないかい?」

 ニッコリと優しく微笑んではいるが、肝心の目が笑っていない。目を合わせれば殺されると言う威圧感に二人は体をビクッと震えさせた。

「い、いえ何も! 至って普通ですよウェストコット様! もうみんな死んだみたいに静かで……」

「ほう、死んだみたいにかい?」

「ジェシカ、真那、隠し立てすると私がアイクに代わって粛清しますよ?」

「わかりました……」

 ジェシカは一拍置いてため息を吐いてから一気に息を呑む。

「コイツです! 全部真那の所為なんです!」

「ええ、はい。全くもってその通――ハァッ!? このババア、私の所為にしやがりますか!」

「バッ……ババアですって?」

「ええ、ババアですよババア、ウルトラ級のババアです。私に何か対抗意識燃やしているんでしょうけど、無駄ですよ。若さには勝てねえですから! 私に勝ちたきゃあ、もう隠居して肌年齢キープしたらどうです?」

「こンの、ガキャ……! 言わせておけば調子に乗りやがって! 年上をなんだと……!」

「ジェシカが私に勝ってるのは無駄に重ねた年くらいですよね~。あんたのブレード捌きなんて水槽で死んで揺れてる金魚レベルですし」

「テメェ……無事に兄貴に会えると思うなよ……!? 再開の前に兄貴を八つ裂きにしてやる!」

「上等です。その前にあんたの首が私の足下で転がっているでしょうけど!」

「話しても良いかい?」

 アイザックは口喧嘩をしている二人を睨み付けて眼力一つで黙らせた。

「ジェシカ、説明しろ」

「は、はい……保管庫にあるバンダースナッチが急に暴走、冷凍死体を食って巨大化した後に謎の感染体がこの会社をうろうろしています」

 ジェシカの報告を受けてアイザックとエレンはキョトンとした顔を見合わせて苦笑いをした。

「どうしたらそんな作り話が思い付くかは知らないが、君は私をたった今大きく失望させてくれたね」

「違うんです! 本当に今の社員や研究員は謎の感染をしているんです! 信じて下さい!」

「ジェシカ、これ以上見苦しい嘘を言うのなら私が容赦しませんよ?」

 一歩前へ出てエレンが言い放った。そこへエレンとアイザックの背後から「うぅぅッ!」と言う独特のうなり声を出してゾンビ化した研究員が近寄って来る。

「あれ? 何ですか? 今、私達は取り込んでいます。直ぐに下がりなさい」

「アァァァァッ!」

 裂けた口を広げて触手を伸ばしながら研究員は走って来る。真那はホルスターから銃を抜くと正確かつ素早く、弾丸をゾンビの頭に撃ち込んだ。

「なっ……何ですかこれは!」

「だからさっきから説明してやがるでしょう。感染者です」

「真那の言う通り、今この会社でこんな奴がたくさん歩き回ってるんです!」

 豹変した研究員の姿を目の当たりにして真っ向から否定出来なくなった。一体何が原因でこうなってしまったのかアイザックには分からないが、尋常ではない事態であるのは把握した。アイザックは直ちに非常事態警報を鳴らした。ガスや生物兵器などの漏れがあった際に鳴らす用の警報が社内に鳴り響いた。

 感染者の詳しい特徴などを放送で流し、接触は避けるようにと警告をする。今のウチにDEM社の戦闘部隊を中に入れて即座に殲滅すれば無事に解決する筈だ。

「ところで、原因は何か心当たりが無いのかい?」

「原因……?」

「原因ですカ」

「何か、スタースクリームの奴がヘンテコな汁を持ってやがりましたね」

「あ、そうだ! ダークなんとかって言ってたな!」

「スタースクリームはどこにいる?」

「最初の感染体を引きつけるとか言ってどっか飛んで行きましたよ」

「わかった。ではその最初の感染体について教えてくれるかい?」

 以前、アイザックの目は笑っていない。

 真那は手短に巨大化したバンダースナッチの事をアイザックとエレンに伝えた。そのバンダースナッチがダークエネルゴンを受けて動き出した事全てを伝えた。

「なるほど……。エレン、直ぐに戦えるかい?」

「“ペンドラゴン”の調整は完了していますので物さえあれば直ぐにでも……」

 エレンの服装は誰がどう見ても単なるスーツでワイヤリングスーツではない。彼女もジェシカや真那同様に寮の方に置いているのだろう。

「“ペンドラゴン”さえあれば私は世界最強、もう何も心配する必要はありません」

 そう豪語するのは良いのだが、今のエレンは顕現装置(リアライザ)も無い単なる人間なのだ。それにここからが致命的欠点、エレンは顕現装置(リアライザ)の操作にかけては並ぶ者はいない。だが、顕現装置(リアライザ)の無いエレンはどうしようもない運動オンチなのだ。

 素の身体能力はジェシカや真那の方が圧倒的に高い。

「エレン、問題はその“ペンドラゴン”を取りに行けるかって話なんだけド?」

「へ……?」

「感染者がうろうろしている中をかいくぐってちゃんと寮まで辿り着けるノ?」

「当たり前ですよ! 私は最強ですよ!? バカにしないで下さい!」

「ではとっとと行きますよ。感染者に見つかりやがりました!」

 真那達が走って来た通路の方から何体もの感染者が歩いて来ている。

「走れ!」

 ジェシカがそう叫ぶと真那は先頭を走ってジェシカが最後尾を走ってアイザックを守る構えを取った。だが、走り出して直ぐにエレンは自分の足を自分で踏んで鼻から前のめりに転んでしまったのだ。

「ふんぎゅっ!?」

「あの運動オンチ!」と、ジェシカが毒づいた。

「アイク! 助けて下さい!」

 アイザックは足を止めてからエレンを抱きかかえるとそのまま再び走り出した。

「エレン、あまり心配をかけないでくれよ」

「すいません、アイク。それに助けは必要なかったですがね」

 ぷいと、そっぽを向いてエレンは言った。

「あ~はいはい」

「本当ですからね! 私は本当は強いんだからね!」

「知ってるよ」

「前からも来ました!」

 真那が叫ぶと門を曲がってちょうど良い部屋に隠れた。ちょうど良いとは言ってもそこは掃除用具入れの部屋である。四人も入れば満員でとても窮屈な思いをするハメになる。だが、感染者達は標的を見失って走るのを止めるとノロノロとした動きに戻り、徘徊を始めた。

「行ったカ?」

「まだです」

「窮屈だね」

「本当です、一体誰が場所を取ってるんです?」

「お前だよエレン! 無駄にデカい乳と尻しやがって!」

「デカいだけならジェシカもこの尻を私に向けるのを止めてもらいてえです」

「真那は良いわよネ、邪魔になるだけの胸も無い幼児体型で」

 ジェシカの一言に真那は火がついた。

「遺言はそれだけで良いですか、ジェシカ?」

「やろうってのカイ、真那ァ?」

「二人共、いい加減にしないと怒るぞ?」

 アイザックが喧嘩の仲裁に入った事でひとまず収まった。だが、その時である。掃除用具入れの異変に気付いた感染者が一人、走って向かって来るとドアを力任せに剥がして来たのだ。

「しまったバレた!」

「あれだけ叫べばそうなるさ」

 感染者の腹をアイザックが蹴って仰け反らすとどこからともなく、大きな弾丸が何発も撃ち込まれて感染者は肉片と化した。

「ふぅ~、危ねえ危ねえ」

 アサルトライフルをリロードしつつ歩いて来たのはスタースクリームだ。

「スタースクリーム!」

 四人の声が重なる。

「巨大バンダースナッチはどうなりました?」

「この感染の原因は何だ?」

 と、質問を投げかけられた。

「バンダースナッチは……まあ適当に撒いて来たぜ。感染の原因はそのバンダースナッチが感染者を作り出したな」

「スタースクリーム、ダークエネルゴンを持ち出したそうじゃないか。何に使う気だったんだい?」

 秘密裏に新武装の開発に手を出そうとしていた事がバレるのはジェシカにしたら非常にまずい。

「まあまあ、ウェストコット様! 今はその事よりも巨大バンダースナッチを倒す事を考えましょう」

「珍しいね、ジェシカ。君が他人をフォローするなんて。何か私に隠しているような事でもあるのかい?」

「けっ、決してそのような事は……!」

「そうかい、なら良かった。スタースクリームはまず彼女達を連れて寮に行ってもらう。そこで武装が完了させるとエレンはスタースクリームと共にバンダースナッチを撃破、真那とジェシカは感染者の排除だ」

「了解!」

「はいよ、わかった」

 スタースクリームは変形して空中に浮かぶとコックピットを開けてエレン達三人を乗せた。

「アイザック、お前は良いのか?」

「部屋までもう少し、私一人で十分さ」

「わかった」

 ロケットエンジンを噴かせてスタースクリームは狭い廊下を器用にぶつからないようにして飛んで行く。コックピットの中ではさっきの掃除用具入れ以上の窮屈さに不満が絶えないが、無視して飛んで行った。

 

 

 

 壁はミサイルで破壊して進み、外壁を粉々に吹き飛ばすとスタースクリームは外へと出て来た。空中で宙返りや旋回を使ってアクロバティックな飛行して、スタースクリームは寮と思しき場所を捉えた。スピードを緩めて下降すると寮の入り口付近で止まってコックピットを開けた。

 最も気分を悪そうにしているのはエレンである。アクロバティック飛行でもみくちゃにされて今にも吐きそうな顔をしている。

「うっぷ……吐きそう……!」

「はいはい、行きますよエレンさん」

「置いて行くヨ、エレン」

「ま、待ちなさ~い……私が一番……先輩なんだぞ!」

 覚束ない足取りでエレンは二人の後を追いかけて寮の中へ入って行った。その間にスタースクリームは別の悪知恵が働いていた。

「ふんっ……あのゾンビ軍隊をアイザックの野郎に黙って増やして上手く調教すれば俺様の軍団は直ぐに出来上がるな……! 新生ディセプティコン! 破壊大帝スタースクリーム! かっこいい~、最っ高の響きだぜ! いや……待てよ? アイザックの野郎は手駒や監視がやたらといやがる……! 狙うならあの野郎が留守の時だが……」

 アイザックが会社を空ける日は今のところ予定は無い。

「作戦を進めるにゃあ……やっぱり人手が欲しいな。アイザックに従うような好き者だらけとは限らねえし……。不満を持ってる奴もいる筈だ。何人か俺様の部下に引き込んでやろうか」

 スタースクリームの独り言を言う癖を直した方が良い。組織のリーダーにするには足らない物が多すぎるのだ。

「お待たせしやがりました。準備は完了です!」

 CR-ユニットを着用した状態で三人は玄関から出て来た。白銀の装甲に身を包み、大きな黄色く光るブレードを携えたエレンはもうすっかり顔色が良くなり、留めていた髪を下ろして自信に満ち溢れた顔をしていた。ジェシカも装備が無い時とは打って変わってギラギラと目を光らせて殺気に溢れた顔をしている。

「ではジェシカ、真那、通常の感染者の始末は任せますよ」

「了解です」

「はい!」

 白いカラーリングの真那と赤いカラーリングのジェシカはスラスターで浮遊すると噴射する向きを変えて一気に空へと飛び立って行った。

「さ、私達は元凶のバンダースナッチを探しますよ」

「まあ待てよ。バンダースナッチは凶暴化して手がつけらんねえんだ。それにあいつの血を浴びたらゾンビ化決定だ」

「スタースクリーム、そもそもどうしてバンダースナッチが動き出したんですか?」

「さあな」

 スタースクリームはシラを切った。今は元凶の破壊が優先なのでバンダースナッチが動き出した件について詳しく追求はしなかった。

「それでバンダースナッチの居場所は分かっているのですか?」

「分からん。とりあえず外には逃げていない」

 会社内だけで暴れてくれたのが不幸中の幸いだ。まずは外壁に穴を空けて社内に入ると多数の感染者が走って来た。先ほどの情けないエレンとは似ても似つかない冷静な対応で感染者の首を跳ね、胴体を縦に両断して動けないようにした。その際の返り血にも気を配って何十もの感染者を倒しておきながらワイヤリングスーツや武装の方にも全く血液が付着せず、美しい白銀を保っていた。

 エレンが戦う様を見るのは初めてで、普段の冷静沈着を気取っていた間抜けとは違う一面に驚きを隠せない。世界最強を自称し、いつも自信満々のエレンを下に見ていたが実力は本物だと分かる。出来るならエレンも味方に引き込みたいと考えるスタースクリームだった。

 今いる味方は強力だがスタースクリームに対して反抗的で懐疑的に思っている為か命令を聞いてくれないのだ。人間の手駒(・・・・・)もいずれは役に立つと踏んでいた。

「スタースクリーム、何をぼやぼやしているんですか。置いて行きますよ」

「おい、置いてくなよ!」

 室内で得意の空中戦がお披露目出来ないのが残念であるが、陸戦でも十分な実力はある。感染者の接近を許さずにアサルトライフルを掃射する。トランスフォーマーが使う銃は人間からしたら弾丸が大きく、一発でも直撃すれは即死だ。感染者の体は見事にバラバラになって吹き飛んで行く。

 順調に敵を倒していると明らかに大きな足音が通路内に響いて来る。荒々しい足音からして近付いているのがバンダースナッチだと容易に分かる。センサーの感度を上げてどこから襲って来ても良いように備えた。

 ピシッと、天井に何やら不穏な亀裂が入った。そう思った束の間、天井を破壊しながら瓦礫をスタースクリームにぶつけながら巨大バンダースナッチは襲いかかって来たのだ。エレンは後方へ跳んで瓦礫の下敷きににはされず、バンダースナッチと距離を取ると手中に魔力を圧縮し、一本の槍を形作った。濃密な魔力の塊の魔力槍をバンダースナッチへ投射、白銀の槍はバンダースナッチの右腕をもぎ取り、大爆発を引き起こした。槍は会社の壁を何枚も貫き外壁ごと吹き飛ばして行った。

「……。逃げましたか」

「テメェ!」

 瓦礫の中から這い出したスタースクリームは随分と怒っていた。

「お前、俺を殺す気か!?」

「生きていたなら良いじゃないですか」

「この野郎……マジで覚えてろよ……!」

「そんな事より、バンダースナッチはまた逃げましたね」

「ああ、でも、大丈夫だ。アイツの居場所は分かってる」

「追撃しましょう。どこです?」

「食材貯蔵室だ」

 DEMは巨大な会社だ。社内にも食堂を備えており大量の社員の腹を満たすべく食堂は大きく、同時に食材貯蔵室も大きく作られていた。

「……お腹でも空いているんですかね」

「知るかよ」

 居場所が分かっていれば追撃は容易い。それに食材貯蔵室は出入り口が一つだ。これでバンダースナッチはもう袋のネズミだ。スタースクリームは秘密裏に開発を進めていた武器があった。仮にエレンがバンダースナッチにやられても自分だけは助かる算段があった。腕を変形させ、アサルトライフルとは違った細長い銃身に加えてスコープが付いた銃を出した。元はスナイパーライフルだがそれをいじって、機械類を麻痺させるナルビームライフルに改造していたのだ。

 バンダースナッチもCR-ユニットも機械、例外なく麻痺させられるだろう。ニタニタと自分の武器を見ながら歩くスタースクリームを尻目にエレンは先々と食材貯蔵室に進んでいた。

 道中に感染者に何度か遭遇はしたが、数は確かに減少に向かっていた。真那とジェシカが奮闘しているおかげやアイザックの対応で無駄な被害を出来るだけ抑えられているからだろう。

 食材貯蔵室の入り口はひしゃげて力ずくで開けられた形跡が残っていた。エレンは易々と入るがスタースクリームは翼がつっかえて入れずにいた。

「あれ、おい! エレン、手を貸せ! 羽がつっかえてんだ」

 エレンを呼ぶのだが、肝心の彼女は眉をひそめて険しい表情のままでバンダースナッチを睨み付けていた。明らかにエレンは怒りに震えている。憤怒に支配されるエレンの視線の先はバンダースナッチの手に乗っている物。

 それはイチゴのショートケーキだ。エレンがいつも仕事終わりに食べている物で、ショートケーキを食べている時が至福の一時と感じていた。

「バンダースナッチ……貴様!」

 バンダースナッチは首を傾げると口から触手を伸ばしてイチゴをくわえた。

「やめろっ……! やめてくれバンダースナッチ! そのイチゴは私の大切な一口なんだ!」

 エレンの懇願も虚しく、バンダースナッチはイチゴを咀嚼。更に一口でショートケーキを食べ終えてしまった。

「――!?」

 取り返そうとかすかにブレードを動かした瞬間にエレンの動きより早くショートケーキを食べられてしまった。

「おーい! エレン! 早く手を貸せって! ショートケーキなんざどうでも良いだろうが!」

「スタースクリームと良いバンダースナッチと良い……私の好物を愚弄した罪は重いぞ! ゾンビ風情が私の……私のショートケーキを……! 許さんぞォォ!」

 スタースクリームなど放置してエレンはスラスターを最大出力で噴射して一直線に突っ込んで行く。理性が完全に失っており頭の中はショートケーキの怨みしかないのだ。

「バンダースナッチ! 貴様を八つ裂きにしても飽き足らん! お前の頭をサッカーボールにしてやる!」

 大型ブレードで斬り上げ自分より遥かに大きいバンダースナッチを軽々と弾き飛ばし、のけぞった瞬間に魔力槍を撃ち込む。残りの腕部を破壊に成功するとすぐさま顔面を斬りつけた。触手を使って反撃をして来るがバンダースナッチの前方には既にエレンは居ない。

 真後ろから斬られ、振り向いたと思うとまた背後から切り裂かれるのだ。バンダースナッチの周囲を飛びながらエレンは魔力槍を放ち、合計八本もの魔力槍でバンダースナッチを串刺しにして完膚無きまでに破壊した。

 五体を散り散りにされたバンダースナッチの破片が食材貯蔵室に雨のように降り注ぐ。

「幾分か気分が晴れましたよ」

 スタースクリームが引っかかっている間に元凶の抹消が完了してしまった。せっかくのナルビームライフルのお披露目はまだ先になりそうだ。

『こちらアデプタス2、感染者の殲滅に成功しやがりました』

『アデプタス3、こっちも完了ヨ』

「……お疲れ様です。こちらも元凶を排除しました」

 ショートケーキを食べられたのがショックだったのか、声に元気がない。ひとまずエレン達は任務の完了を報告すべく、アイザックの私室へと帰投した。

 

 

 

 

「さて、今回の件だが……詳しく聞かせて欲しいのだが?」

 アイザック・ウェストコットは無機質な声で聞いて来た。しかし、真那もジェシカも言葉を詰まらせていた。原因であるスタースクリームはさっさと逃げて今はいない。

 ジェシカはしきりに真那の方を見てアイザックの意識をそちらに行かそうとしている。

「私の予想だが……。ジェシカ、君が何かスタースクリームと企んでいたんじゃあないのかい?」

 ジェシカの背筋にひやりと寒気が走り抜け、脂汗が一気に滲み出して来た。アイザックの予想は的中だ。ジェシカがアイザックに絶対の忠誠を誓っているのは知っている。ジェシカが真那に異常な対抗心を燃やしているのも知っている。

 ジェシカは返答出来ずに黙り込むとアイザックは妖しく笑う。

「エレン、ジェシカに特別レッスンをしてあげてくれないか? それと真那は直ぐに日本へ出なさい」

「わかりました、アイク」

 エレンはジェシカを連れて部屋を後にして真那はアイザックに一礼してから出て行った。部屋で一人になるとアイザックは深いため息を吐いた。

「まったくあのスタースクリームめ……」

 アイザックは苛立ちながら呟いた。

 


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