デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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 ラノベあるある。
 ラノベのタイトルをyahooで検索したらタイトルの後に一マス空いて「ぶひどう」って出てくる。


12話 炎の司令官、ファイヤー琴里!

 時崎狂三は最悪の精霊、士道は頭の中でこの言葉が延々と繰り返し聞こえていた。日も沈みきった公園のベンチで士道はひたすらに考えていた。どうすれば狂三を封印出来るか。好感度を上げるにしても狂三の士道への好意とは恋愛の類ではない、人間が大好きな物を食べるのと同じ感情しかない。デレるなど夢のまた夢に過ぎないのだ。

 狂三を救えもしなければ真那も救えない。士道は無力を痛感していた。月明かりと街灯に照らされながら士道は自分の両手を見た。未だに震えている、膝は笑いっぱなしだ、胸の鼓動はやけに大きく聞こえていた。暗い表情で瞳には迷いの念が色濃く表れ、目は泳いで視線が定まらない。こんな経験は初めてである。

 初めて空間震を目の当たりにし、十香と出会った時は琴里の事で何も考えられなかった。これまで何度も死にかけた事はあったが、こんなにも恐怖を感じたのは今までに無い。

 これからやって行けるか不安になる士道の後ろからジャズが歩いて来た。人間より大きく重たいくせにジャズは足音を一切させずに動いていた。士道の座るベンチの隣に片膝を付くようにして姿勢を低くすると士道を一瞥した。未熟な少年にはあまりに衝撃的な映像だったろう。

 士道を気遣うようにジャズは穏やかな声で話かけた。

「まだ怖いかい?」

「うん……まだ怖い」

「しょうがないさ、狂三の行動はイカれてるとしか言えないしだいたい――」

「違う……狂三以上に……俺の無力が怖いんだ……。守れないかもしれない、十香や四糸乃に琴里も真那もだ。俺はグリムロックのように強くない! オプティマスのようにみんなから認められていない! 俺は弱い……」

 感情的な言葉を吐き出し終えるとジャズはすかさず言った。

「私も自分の弱さで多くの仲間を失って来た。私やオプティマスにも特別な所はない。みんな自分に出来る事を命を賭してやっているだけさ」

 飄々としたジャズからは珍しく真剣な言葉が出て来た。

「精霊を救う事が君にしか出来ないなら、最後までやり抜くべきだ。自分に出来る事をやり切るのは胸を張って誇れる存在意義だよ」

 ジャズの言葉には迷いが欠片も無い。長い生涯の中で既に見定めているのだ。自分に出来る事、自分にしか出来ない事を、そして自分には出来ない事をだ。士道の最大の目的は殺傷ではない救済だ。

「十香や四糸乃は私達がいくらでも守って見せる。でもね、あの子達の心を救えるのは君だけなんだよ」

「……!」

 士道は今日の十香の顔を思い出した。士道があまりに暗い顔をしている所為で十香は酷く心配していた。せっかくの楽しいデートだったが、余計な心配をさせて十香の不安を募らせていた。

「俺は精霊はみんな良い奴って考えてたんだ。十香や四糸乃みたいに持ちたくない力が暴れ出して誰かを傷付けているって……」

「狂三に何か目的があるにしても捨て置く訳にはいかないな」

「俺に狂三を救えるかな……?」

「随分と弱音じゃないか。ガールフレンドや妹さんに嫌われちゃうぞ」

「……。また俺らしくない事を言ってしまった……」

「じっくり、考えるんだ。私はもう行くからね」

 ジャズは車へ変形して夜の公園にエンジン音を響かせて去って行った。士道は一人だけ公園に残ると鈍く光を放つ月を見上げた。それから姿勢を変えたり、近くの自動販売機で缶コーヒーを買ったりと時間を費やしながら考えていた。

 やがて夜が明けて士道は寝不足の筈が、表情には眠気が無く、すっきりとした晴れ渡った顔つきで公園のベンチを立った。士道は一つの結論にたどり着いたのだ。

 見捨てる事も投げ出す事も逃げ出す事もしない愚直なまでの意思をぶつけて狂三と和解する。

 強さとは決意、意志の力は不可能をも可能とする。

 士道が自宅に着いたのは午前六時半の事で学校には間に合いそうだ。十香や琴里、四糸乃の朝食を作ってやらないといけない。士道は一度、シャワーを浴びてから体を綺麗に洗い流してから洗濯し終えたシャツの袖に腕を通し、身支度を完成させた。エプロンを巻き、士道はフライパンを片手に冷蔵庫から卵を取り出した時だ。

「おはよー」

 リビングに琴里が入って来た。

「おはよう、琴里」

「――!? 士道! 昨日はどうしたのよインカムにも出ないし、十香は心配で探しに行くし、ジャズやオプティマスもいなくなるし!」

「心配かけたな。でももう大丈夫だ。琴里、俺は狂三を救って見せるよ」

 琴里にも士道の変化に気付いた。以前の士道よりも更に定まっている。

「真那にもこれ以上心をすり減らして欲しく無いしな」

「良く言ったわ士道。ラタトスク機関は士道を全力でサポートするわよ。あと、はいコレ」

 琴里が士道に手渡したのはインカムである。昨日のゴタゴタの際にどこかで落としてしまい無くしたインカムの新しい物を持って来たのだ。士道は耳に着けてみてサイズを確認した。

「うん、ぴったりだ」

「良かったわ」

 琴里が部屋に来た数分後に次は十香が入って来た。

「おはよ――!?」

「シドー! 昨日はどこへ行っていたのだ!? 心配したのだぞ!」

 朝っぱらから濃厚な抱擁を交わす士道と十香。

「昨日は本当に心配かけたな、ごめんな」

「シドー……私もまさか昨日、狂三とデートがあると言うのに強引に誘ってしまって済まぬ」

「気にするなよ」

 十香の頭を子犬をあやすように撫でると士道は笑って見せた。

「さ、メシにするか。そう言えば四糸乃は? 最近、見ない気がするんだが」

「グリムロックも見ないぞ」

 グリムロックは現在、オプティマスといざこざを起こしている。詳しい事情にまで士道は首を突っ込んでいない。オートボットの事にまで気をかけていては過労死する自信がある。

「まあ、どこかで遊んでるんだろ。アイアンハイドかワーパスに探してもらうよ」

 気にはなるが、今は狂三が最優先なのだ。

 

 

 

 

 森林をなぎ倒しながらオプティマスはグリムロックの攻撃をギリギリでかわしながら反撃を試みる。パルスキャノンやミサイルが至る所に飛び、火災が発生している。前回同様にオプティマスにはグリムロックに傷を付けるすべがない。

 ブラスターを撃ちながら右腕は剣に変形していつでも斬り返せるように準備を整えている。そんな思惑を粉砕するようにグリムロックは真っ向から受けきり、頭突きを見舞ってオプティマスを跳ね飛ばした。

「グリムロック、君がゼータプライムを守れなかった事に負い目を感じる必要はない!」

「俺が、ゼータプライムの側、離れた!」

「遠征を指示したのはゼータプライムだ。それに君達がディセプティコンの大軍を壊滅させなければゼータプライムどころか、アイアコンのオートボット全てがやられていたんだ!」

 オートボットの首都アイアコンは大戦末期にメガトロンからダークエネルゴンの爆撃を受けて甚大な被害を出している。同時にアイアコンを壊滅させるべくディセプティコンの大部隊が向かっていたのだ。グリムロック等はその部隊を逆に壊滅させたのだ。

 剣を杖のように地面に突き立て、息もからがらに立ち上がった。グリムロックは重々しい足取りでオプティマスの前までやって来る。低く籠もった声で唸り鋭利な牙が並んだ口を大きく開いた。

「俺にリーダー、いらない。俺に、命令出せるの、俺だけ」

「グリムロック、何故分かってくれない! 戦争はまだ終わってないんだ」

 オプティマスは語気を強くして良いながらグリムロックの頬を殴った。パンチの応酬として尻尾で頭から殴りつけてからオプティマスの体に噛み付くと、そこからエネルゴンの泉へと叩き落とした。

「俺が、リーダー、俺が王だ。オプティマス・プラァァイム!」

 口腔内に蓄えられたレーザーファイヤーはオプティマスが落ちたエネルゴンの泉に向かって真っ直ぐに飛んで行く。レーザーファイヤーの火力に加えてエネルゴンの可燃性が加わればオプティマスの体など一瞬にして蒸発してしまう。皎々と光るグリムロックの炎を目の前にオプティマスは青ざめた。

 直感的に死を意識した時だ。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 突如、冷気と吹雪により泉が凍結し、オプティマスの前に形成した氷の壁は瞬時に破壊されたがなんとかグリムロックの攻撃を防ぐ事は出来た。

 グリムロックは水と氷が飛んで来た方へ目を向ける。誰が仕掛けて来たのか見ずとも分かる。三メートルはある巨大なウサギに跨っているのは四糸乃だ。争い事を嫌う四糸乃の唐突な介入に違和感を覚える。一命は取り留めたオプティマスは凍った泉を砕いて陸へ這い上がる。

「四糸乃……」

「グリムロックさん……喧嘩……やめて下さい」

『オプティマスとの間に昔何があったか知らないけどもう争いはやめようよ!』

 四糸乃が現れた事でグリムロックの目は幾分穏やかになるが、闘争心はまだ燃えている。

「グリムロック、聞いてくれ。私達の星は数百万年不毛の地と化した。別の惑星で生き延びる必要があるのだ。ディセプティコンもまだ生きている筈だ。私達は団結しなければ生きていけない」

「痛い事するのも……されるのも……それを見るのも……私は嫌いです……。グリムロックさん……もうやめて下さい」

 グリムロックの荒々しい闘気は穏やかに変化する。

 トランスフォーマーとは生来、戦う事を運命付けられた。本能と理性の狭間を歩くグリムロックの戦意が徐々に緩やかに下って行くかに見えたその時だ。

 グリムロックは直ぐに我に返った。

 我流が正道を打ち負かすには信念が要る。

 何故、戦い続けるのか? そうグリムロックに聞けば彼は笑いながら言うだろう。

 ――それが俺の生き方だ。

 グリムロックの穏やかな目つきと闘気は消え去り、全身が炎のように燃え上がりエネルゴンの過剰燃焼が始まった。計り知れない憤怒に全身を支配された時のみ発動するこの現象はグリムロックに常軌を逸した力を授ける。

 グリムロックはオプティマスに背を向けてゆっくりと歩いて距離を取った。

「オプティマス、最後だ」

「どうしても……戦うしかないのか」

 四糸乃を下がらせてオプティマスは背中から出た一本の柄を握ると引き抜く。単なる柄は伸びると先の方は鋭利な刃が形作られて一本の斧へと姿を変えた。刃に高熱が注入され赤々と光り出す。かつてトリプティコンを葬った際に使われたエナジーアックスを改良した物だ。

 アックスの柄をしっかりと握る。グリムロックはオプティマスの方を向いて戦いの準備を整えている。力では勝てない、ならば小回りで勝負だ。オプティマスの算段では突進をして来るグリムロックの攻撃をバーニアで回避、勢いを殺せずに突き進むグリムロックのがら空きの首を斬りつけて気絶させて勝利を得るつもりである。

 対してグリムロックには余計な作戦は無い。野性の速さと古代の破壊力でオプティマスを粉砕するだけだ。自分より強い戦士は一人もいない、傲慢とさえ受け取れるこの絶対的な自信こそがグリムロックが折れない理由の一つだ。メガトロンもオプティマスもコンバッティコンも敵ではない、太古の昔に生態系の頂点に君臨した生物とショックウェーブの科学力が集結した最悪の傑作品だ。

 足に力がこもり、地面にメキメキと亀裂が無数に入る。冷たい風が木々の間を吹き抜けて森林は両者の殺気に当てられてざわめいた。グリムロックとオプティマスの波長が重なった瞬間、攻撃は開始された。土を深くえぐりながらグリムロックは凄まじいスタートダッシュで加速を付ける。オプティマスはアックスに溢れんばかりのエネルゴンを込めて、猛進するグリムロックの顔面を力任せに横薙ぎにぶっ叩いた。巨体が目標から大きくズレてグリムロックは転倒、地面を何度も転げてから直ぐに立ち上がる。ダメージになったかどうかは不明だが、意外な力に面食らったのは言うまでもない。それにグリムロックもただで殴られた訳ではない。

 オプティマスは腕部に激しい痛みを覚え、レンズが痛む患部を見ると右腕は食い千切られ、グリムロックの口にくわえられていた。殴られた際、グリムロックは瞬時に目標をオプティマス本体から腕へと切り替えて食らい付いたのだ。痛みも感じぬ早業、腕だけを食らうのは簡単な作業に過ぎず力を出し切れないでいた。

 千切った腕をその場で吐き出してからグリムロックは力強い歩みでオプティマスに近づいてからロボットモードへ変形した。

 腕と同時にアックスも持っていかれたオプティマスにもう抗う力が一切残っていない。多量のエネルゴンの流出で意識はやがて遠のいて行った。

「思ったよりも、お前、強いな」

 グリムロックの胸には先ほど受けた攻撃の後があり、激しく火花を散らしていた。グリムロックは膝を付くと眠ってしまう。大量のエネルゴンをまた四糸乃の時のように消費して疲れ切って眠ったのだ。

 重傷者一名に軽傷者一名、四糸乃はこの事をパーセプターに知らせるべく急いで基地へと帰って行った。

 

 

 

 

「狂三」

 学校の玄関で靴を履き替える狂三に士道は声をかけた。

「あら士道さん、おはようござまいますわ。てっきり今日はお休みになられると思いましたが……意外とず太いんですのね」

 もう生きている事に疑問は感じない。けらけらと笑う様に違和感は無く、殺されたのはまるで嘘のようであるが士道の脳裏には鮮明に記憶されている。昨日の出来事、昨日の恐怖、昨日の覚悟が。

「狂三、俺はお前を救う事にした」

「面白い物いいですわね。このわたくしが何か危険に晒されているとでも?」

「もう真那にお前を殺させない。それにお前に人を殺させはしない」

 狂三も士道が冗談や嘘で言っているのではないと察した。目を見れば烈々と士道の重いが伝わってくるのだ。この眼前にいる男は本当に救うなどと考えているのだと。狂三は目を細めて薄ら笑うと士道の耳元まで近づいてから狂三は言う。

「言葉を選びましょうね、士道さん」

「諦めないからな狂三!」

「ええ、ええ、お好きにしてくださいまし士道さん」

 下靴を下駄箱に入れると狂三は軽やかなステップで歩いていく。士道の言葉など意に介さない様子かそれとも、言葉だけの虚構に過ぎないとあざ笑っているのか。どちらにしても士道は狂三を救い出すという意志を曲げるつもりは無い。自分も下駄箱に靴を入れると士道は教室へと入った。狂三の先ほどの表情はやや引っかかる物を感じたが、大衆の面前で事を起こすような真似はしないであろうと士道は予想していた。

 教室を見渡すと狂三の姿が見られない。どうしのか、少し気になって考えてからトイレにでも行ったのだろう判断した士道は席に着いた。随分と挑発的な言葉を受けてしまった物だ。狂三は必ず惚れさせて見せる。そう誓い一度目を閉じて意識を集中させた矢先、周囲が妙に暗く視界の悪い有り様になっていた。窓の外を見ても影のような幕はドーム状に辺りを包み込んでおり、範囲がどこまで及んでいるか分からない。そもそも、この幕の正体も分かっていなかった。

「と、殿町」

 こんな異常事態でも変に静かな殿町に声をかけて体を揺すると、殿町は糸が切れた人形のように全く抵抗もなく床に倒れ込んだ。再び教室を見渡すとあちこちで貧血のように転倒する生徒が見られた。

「シドー……」

 か細い声で求めるように士道の名を呼ぶ十香はまだ意識があるようだ。それでも衰弱しているのは変わらない事実だ。

「十香!?」

 士道は掃除用のロッカーにもたれかかって肩で息をする十香を抱きかかえた。

「大丈夫か、汗が凄いぞ!」

「息が……息が苦しいのだ」

 十香の言う通り、この黒い幕が張られてから空気が鉛のように重くのしかかるようだ。それに粘性でも帯びていると勘違いする程に体が動かし辛く、手足が普段のように思い通りに動いてくれないのだ。僅かに精霊の加護がある十香と精霊の力を封印された士道は完全に気を失わなくて済んだ。だが、そもそもこの幕を除去しなければ話は進展しない。

 こんなやり方が出来る力を持っているのは世界を探しても数えきれるくらいしかいない、それは間違いない。

「狂三の仕業だ!」

 士道がそう決めてから十香は楽な姿勢で寝かせてやる。

「十香はここで待っていてくれ」

「なっ、嫌だシドー。シドーと離れたくないのだ」

「この先は危険だから十香は待ってろ。なぁに直ぐに迎えに来るよ。約束だ」

「シドー……」

 訴えかけるような眼差しと手を伸ばして来るが士道はそれを無視して教室から飛び出して行った。足が思うように上がらないし、この息苦しさで持久力が低下しているようだ。走りながら廊下や教室に目をやると倒れた生徒しか映らず、誰一人として無事な者はいなかった。どういう効果がある幕なのかはあまり想像したくない。ただ単に息苦しくするだけの物とはとても思えない。

 三階に上って士道は屋上へと向かう階段にさしかかっていた。何故、屋上なのか、それは士道の勘だ。何度か深呼吸をしてからドアを開けると屋上には狂三が立っていた。空にはドーム状の幕が広がって学校の敷地を囲っている。狂三はしっかりと霊装を身に纏い、士道を視認するといやらしく笑う。

「士道さん、意外と早かったですわね」

「狂三……! この幕は何だ!? お前の仕業だろ!」

「“時喰みの城”……この中にいる間、生徒さんはみ~んな時間を吸い上げていますわ」

「時間……?」

「寿命、と置き換えてくれても構いませんわ」

 よく見れば狂三の左目、それはただの目ではなく短針と長針、そして秒針があり、現在は凄まじい勢いで全ての針が反時計回りに動いている。長く置いておけば来禅高校の生徒は皆、狂三の寿命の一部と化してしまう。

「みんな、健気で哀れで……わたくしの糧になりますのよ」

「やめてくれ狂三! 他のみんなは関係ないだろ。目的は俺の筈だ!」

「止めて欲しいですの? では一つ、お願いがあります。今朝、士道さんが放ったあのセリフ……あれを撤回して下さいまし」

「今朝……?」

「わたくしを救うなどという世迷い言を撤回してくれましたら……この結界を解いて差し上げますわ」

 士道に狂三を諦めろと言うのだ。だがそんな選択はしたくはない。目の前の精霊を止めなければ狂三は再び人を殺し、真那に殺され続ける。そして真那の精神は疲弊し、磨り減り、病んで行く。そんな結果は断じて許してはならないのだ。

 狂三は士道に詰め寄って嘲るように見詰める。

「ダメだ」

「――!? へぇ……士道さんは学校の皆さんを見捨てると言いますの? 酷いですわね……」

「お前は諦めない。救って見せる」

「こんなわたくしが救済に値しないのは分かりきった事……」

「違う。お前が手を伸ばせば俺がすくい上げれるんだ。また、学校に通える。平穏な毎日が送れるんだ」

「きっひひひ! 虫唾が走りますわ! わたくしに平穏は要りませんわ!」

 グリムロックと似た事を言う物だ。だが彼は戦う運命に生まれた戦士、精霊とは生まれた理由が違う。

『シン、聞こえるかい?』

「令音さん!」

『時崎狂三の精神状態が不安定だ。君の存在にどこか恐れているような現象が見られる』

「狂三が俺を?」

『そうだ』

「わかりました」

 士道を恐れる理由は何か。少なくとも力を恐れている素振りは無い。表情からそんな恐れは読み取れない。

『士道ォ! そっちは大丈夫かぁ!? このオレ、ワーパス様が今から助けに行ってやるから待ってろよ! 爺さん! ジャズ! 出動だぁ!』

 会話に入って来たのはワーパスである。

「待ってくれワーパス」

『んあ?』

「みんな、狂三は俺に任せて欲しいんだ。手を出さないでくれ、頼む」

『私からもお願いするよ、トランスフォーマー諸君』

『マジかよ! オレァ早く撃ちたいぜ!』

『ワーパス、黙ってろ。士道……もし危ないと判断したら私達を呼ぶんだ。いいな?』

 ワーパスを静かにさせたアイアンハイドは理解してくれた。精霊などやっつければ良いと考えているのは確かだが、協力者達であるラタトスク機関のやり方を尊重した。それに精霊の扱い方はトランスフォーマーよりも心得ていると判断したのだ。

「ありがとう、アイアンハイド」

『気にするな』

「どうなさいましたの士道さん?」

「狂三! お前は俺を食うのが目的なんだな!?」

「そうですわ」

「なら結界を解け! じゃないと――」

 士道は屋上の柵の上に上る。

「俺はここから落ちて死ぬ!」

「バァカじゃありませんの? そんな脅しがわたくしに通用するとでも?」

 自殺などしないと高をくくっている狂三であるが士道は本気だ。再生の力を持つ士道はこれくらいの高さから落ちても直ぐに回復出来る。

「やれるものなら是非やって欲しいですわね」

「ああ」

 士道は全くの躊躇いも無く、背中から倒れて気持ちの悪い浮遊感を味わいながら落ちて行く。狂三は苦い顔をすると落下して行く士道の近くにサークルを作るとそこを通って士道を上手く受け止めて再び屋上へ戻してやった。

「信じられませんわ! あなた本当にバカじゃありませんの!?」

「どうやら、俺に人質の価値はあるようだな。人質は生きているから人質だからな」

 いつでも命を絶てるという士道の意志に狂三は苦しげな表情で応えた。

「結界を解け狂三。目的の俺が死んだら、お前のやって来た事も無意味になるんだぞ」

 士道を狙う目的も今まで狂三が積み上げて来た事も知らないが、良い脅し文句だ。

「仕方ないですわね……」

 狂三に選択の余地は無く。渋々結界を解除した。学校を覆い隠していた暗い結界は取り払われ、体が軽くなる感覚がした。ようやくこれでまともに会話が出来る。これからが士道の腕の見せ所だ。

 

 

 

 

 士道に置いて行かれた十香は、重たい体で這って廊下まで出て来ていた。士道の力になりたいと言うのに体が動かない。

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 天使の名を呼ぶが十香の声に天使は応えない。

鏖殺公(サンダルフォン)! くそっ何故だ。何故応えないのだ! 鏖殺公(サンダルフォン)! 士道の力にならなければいけないこんな時にぃ!」

 十香はゆっくりとだが確実に立ち上がる。

「力を……鏖殺公(サンダルフォン)……力をもう一度私に与えてくれ!」

 十香の心中に紫に光るオーラが炎のようにゆらゆらと蠢く。次いで体が発光すると同時に十香の手に大きな(つるぎ)が収まっていた。服装も制服に似てはいるが、所々に霊装を思わせる装飾が成されており十香の全身から猛々しくダークエネルゴンが溢れ出す。

「力が……応えてくれたのか鏖殺公!」

 突如銃声が聞こえ、十香は反射的に身を翻して弾丸を避ける。

「きひひひ、あらあら十香さん。力が少し戻りましたの? 厄介ですわね」

「時崎……狂三!」

 十香が身構える。すると先ほどから張り付くような感覚が消えて視界も良好になって行った。

「狂三、士道はどこだ!?」

「答えかねますわ」

 十香は切っ先を狂三に突きつけ、狂三は銃口を十香に向けた。

 

 

 

 

 十香と狂三が競り合う中で折紙はワイヤリングスーツ姿でレーザーブレードを片手に最愛の人を守るべく校内を奔走する。校内で起こったこの超常現象の犯人を時崎狂三であると断定するにさして時間は要らなかった。廊下を右へ左へ曲がり、自分の教室を目指して走っているとどこからともなく、銃声が聞こえた。飛来する弾丸をブレードで切り裂いて折紙は振り返った。

 振り向いた先には狂三が立っている。狂気に満ちた笑みを浮かべながら狂三は歩兵銃を折紙へ定めた。あちらから出迎えてくれるのは都合が良い。折紙はもう一本レーザーブレードを取り出し、逆手に握った。

「きひひひ、あなたも厄介者そうなのでここで止めておきますわ」

「押し通る!」

 折紙は走り出し、弾丸を弾きながら接近すると狂三は嘲笑うようにブレードを避ける。そして安直な攻撃で折紙を攻撃し、狂三は回避に徹していた。まるで時間稼ぎでもするように。

 

 

 

 

 そして問題の屋上。

「狂三、結果を解いたのともう一つ聞いて欲しい」

「っ!? まだありますの?」

 狂三は眉をひそめて言った。

「俺にもう一度チャンスをくれないか」

「チャンス?」

「お前に平穏な世界を送って欲しいんだ」

「またそれですの? そんな世迷い言には騙されませんわ」

「出来るんだ、俺にならお前を救える。世迷い言じゃない現実なんだ!」

「わたくしは救済に値しないと言った筈ですわ」

「そんな事、お前が決める事じゃない。やり直すんだ狂三! 戦わなくて良い、殺されなくて良い、殺されなくて良い、人生にやり直そう、罪を償いながら!」

 狂三の表情にやや変化があった。刺々しく他者を拒絶するような雰囲気が鎮まる。

「手を握れ狂三、殺し合うだけが人生なんて悲しいだけじゃないか!」

 この言葉に引っかかりを感じたのは言葉を放った士道自身であった。グリムロックを前に同じ事を言えただろうか。

「し、士道……さん。本当にやり直せ……ますの?」

「そうだ!」

 狂三の心は完全に傾いた。瞳には力強さも攻撃的意思も無く、ただただ普通の少女と化していた。士道は微笑んで狂三が手を握るのを待った。

 その時である。

 狂三の腹部を一本の腕が貫通した。温かい血がとめどなく傷口から流れ出ると狂三は膝を着き、口の両端から血を垂らしながら息絶えた。

「ダメですわよ、そんな言葉に惑わされちゃあ」

 突然現れたのは狂三はそれもさっき殺されたのと瓜二つの容姿をしたものだ。

「狂三!」

「この頃のわたくしは随分と純真でしたのね。言葉一つで惑わされるなんて」

 影の中へと吸い込まれていく狂三を見下ろしてからもう一人の狂三は士道を見た。

「随分とわたくし達をたぶらかせたようですわね、士道さん」

「狂三……!」

「あらあら士道さん、顔色が優れませんわね?」

「お前こそ、顔色が悪いぞ」

「心配して下さるんですの? 嬉しい限りですわ。デートをする暇があるのでしたらあのバカ恐竜の躾をもう少しすべきですわね」

 バカ恐竜と言われて思い付く相手はグリムロック以外いない。

「グリムロックはどうした」

「アレを心配するよりもご自分の心配をしたらどうですの?」

 狂三は手を突き出して士道を指差すと暗い影から白色の腕が何本も伸びて士道の腕や足を掴む。

「もうここで食べて差し上げますわ」

「ッ……! 待て狂三!」

「待ちません」

 ゆらりと歩み寄る狂三が手を伸ばせば士道を触れられる距離にまで迫ると空中に一本の線が閃き、狂三の腕が飛んだ。

「全く危ねー所でやがりましたね」

 士道の前に真那が降り立ち、大型ブレードを構えた。

「真那!」

「また助けましたね兄様」

「兄様? お二人がご兄妹とは意外ですわ」

「あんたには関係ねぇ話です。兄様に手を出す輩は木っ端微塵にしてやがります」

「へぇ、興味深いですけど……わたくしだけは殺させてはあげませんわ! お出でなさい刻々帝(ザフキエル)!」

 狂三は天使を顕現。すると背後からは巨大な時計の文字盤が影の中から生まれて出て来た。狂三自身からも紫色のオーラが噴火でも起こしたように天に吹き上がる。天使を出した狂三を相手にするなは真那も初めてだ。狂三は手負いだが、精霊本来の猛威を震えばその力は侮れる物ではない。真那は背面のスラスターを展開して身構えた。

「その顔を剥いでやがります!」

「きっひひひ! まァァだわかりませんの? あなたにわたくしを殺しきる事は絶ェェ対に出来ませんわ! 今度はわたくしが殺す番ですわ!」

 

 

 

 

 負傷したオプティマスとグリムロックの治療に駆けつけたパーセプターは息を呑んだ。二人の激しい戦いの傷跡が深々と刻まれ、オプティマスは腕を千切られて重傷を負っている。パーセプターは持って来たエネルゴンと医療器具を手に先にオプティマスの治療を開始した。 食い千切られた腕自体は傷が少なく、切断面も比較的綺麗でパーセプターは、神経コードやエネルゴンの管を丁寧に接続して行く。

「パーセプター……グリムロックは?」

「平気です。少なくともあなたよりは。それよりオプティマス、このままグリムロックをリペアしても良いんですか? また反乱を起こされたらたまりませんよ。ここで破壊する手もあります」

「ダメだ。グリムロックは我々の仲間、破壊は許さない」

 医療キットからエネルゴンキューブを取り出してオプティマスの体内へ注入すると千切れた腕に再び感覚が戻り、動くようになる。オプティマスの治療を手早く済ませてからパーセプターはグリムロックの前に立った。手に負えない暴れん坊を再び蘇らせるのは酷く気が進まない。

 だがオプティマスの命令とあれば受諾するしかない。

「……グリムロック」

「パーセプター……さん……。お願い……します。グリムロックさんを……治して……下さい」

「…………」

 パーセプターは黙り込んだままエネルゴンキューブをリペアキットから取り出して傷を負った胸の傷に注入した。大きな傷は塞ぎ、小さな傷はグリムロックの自己修復機能で治して行く。腕にチューブを差し込みそこから足らなくなったエネルゴンを流し込み輸血させる。

 気が乗らないが、最善の手は尽くした。グリムロックの回復力なら直ぐにでも目覚めるだろう。

「終わりましたよ、オプティマス」

 素っ気ない様子でオプティマスに報告した。

「ありがとうパーセプター」

「ありがとう……ございます」

 四糸乃もパーセプターに礼を言う。

「念のために拘束具を持って来たんですが、拘束しますか?」

「いや、必要ない」

 どうせ引きちぎられるのが落ちだと分かっているので拘束はさせなかった。腕の状態を自分で確かめながらオプティマスは立ち上がって手の上に四糸乃を乗せるとグリムロックを見守った。少し待っているとグリムロックの体の各所が激しく点滅を繰り返し、完全に光り出すとグリムロックは頭を押さえて起き上がった。

「うぅ……」

「気分はどうだグリムロック」

「オプティマス、俺、負けたのか」

 勝ち負けを決めづらい決着だ。引き分けと言いたい所だが、再戦を申し込まれると面倒なのでオプティマスは回答に困った。

「グリムロック、君は――」

 オプティマスが言いかけた時、トランスフォーマーのセンサーに強いダークエネルゴンの反応をキャッチした。三人共、全く同時に来禅高校の方角へ目を向けた。時刻からして士道や十香が学校に通っている時間帯だ。

 起き上がり様にグリムロックは嫌な予感がしていた。

「オプティマス、ダークエネルゴン反応です!」

「分かっている。しかし、何故地球にこんな反応が出るのだ。場所を特定しろ」

「やってます」

 センサーの感度を上げて詳しい場所を調べていると反応があるのは来禅高校からと言うのが判明した。

「場所は来禅高校の屋上です!」

 それを聞いて真っ先に立ち上がったのはグリムロックだ。こんな異常事態に巻き込まれていると言えば士道以外に考えられない。

「待てグリムロック、走って行く気か。時間がかかり過ぎる」

「待たない、俺、士道を、守る!」

「一度琴里に連絡を取るんだ」と、パーセプターが助言をする。

「うるさい、俺は行く!」

 パーセプターを押しのけてグリムロックは足に力を込めた。この森から来禅高校までジャズでも二時間はかかる。走って行っては間に合わないだろう。

 進化とは成し遂げんとする信念とそれを可能にするポテンシャルが合わさって初めて起きる。グリムロックの守るという意志を栄養分に新たなる成長を促す。

 ただの機械ではなく、生物であるトランスフォーマーだからこそ成長して強くなるのだ。

 グリムロックの足が接続を変え、パーツを組み替え、配線を繋ぎ直してエネルゴンを消費して脚部に新しい機能を加えた。ダッシュや加速、瞬間的な回避に使用するバーニアをスラスターへトランスフォームさせた。踵に炎が点火し、キィィッと甲高い音を響かせると地面を焦がしながら、衝撃波を周囲に放ち空高く舞い上がった。

「バカな……」

 オプティマスとパーセプターは信じられない様子で呟いた。

 空中に上がってからグリムロックは姿勢を変えて飛行機雲を残して来禅高校へ向かって飛んで行った。大ジャンプではなく、れっきとした飛行を可能にしたのだ。

 

 

 

 

 刻々帝(ザフキエル)を呼び出した狂三に勝利する事は極めて厳しい状況であった。普段通りにレーザーを手で操って狂三を仕留めにかかるが、背後の文字盤の文字から黒い塊が蠢いて銃へ吸い込まれる。その瞬間に狂三にあらゆる力を付与している所為で捉えきれないでいた。

刻々帝(ザフキエル)一の弾(アレフ)】」

 蠢く影を銃に装填すると己の頭に撃ち込む。次の瞬間には真那の真横へ移動しており腹部へ短銃の一発が放たれ、続けて傷口に固いブーツの蹴りを見舞った。激痛をこらえてブレードで切り払うが、高速化した狂三は真那の攻撃を容易くかわして見せた。前方からと思えば背後から、背後と思えば右側からと前後左右を自在に高速移動しながら銃弾を真那へ撃ち込んで行く。顕現装置リアライザのおかげでダメージは軽減出来るが、血は流れて酷く痛むし長く置いておけば出血多量で死に至る。

「面倒な能力でいやがりますね」

「誉め言葉として受け取りますわ」

「内臓をえぐり出してやります!」

 スラスターを真横に噴射させて脅威的な加速力で狂三の視界から消え失せる。また真逆の方へスラスターを噴射して左右に激しい動きを加えながら狂三を撹乱する。

刻々帝(ザフキエル)七の弾(ザイン)】」

 また文字から影が蛇のようにうねりながら銃の中へと吸い込まれた。

「鬱陶しいので止めて差し上げますわ」

 狂三は真那に向かって弾丸を命中させると空中で真那は本当に止まってしまった。スラスターは噴射していると言うのに真那は固まっている。無防備な真那へ狂三は容赦なく弾を浴びせてから停止させた時間をもう一度と動かした。

 真那からしてみれば何が起きたのか全く理解出来ていない。肩や太もも、腹に銃弾を食らった真那は足に力が入らず、前のめりに倒れた。自動的に顕現装置リアライザが解除され、私服姿の真那が血を流して横たわっている。

「今回はわたくしの勝ちですわ、真那さん。きっひひひ、きひひひ!」

 勝利に喜び高笑いを上げる狂三を無視して士道は真那に駆け寄り、傷付いた体を抱きかかえた。

「真那!」

「すいません、兄様。ちぃーと休みます」

 それだけ言い残して真那は気を失い、腕に力が抜けてだらんと手を下ろした。

「邪魔者は消えましたし、これからいただきますわ士道さん?」

 狂三が舌なめずりをして歪んだ笑顔に満ちる。

「シドー!」

 ドアを開けるなどせず、足で蹴り開けて十香と折紙が屋上へと躍り出た。

「狂三……! 貴様、シドーに手を出すな!」

「時崎狂三、あなたをここで殺す」

「あらあら、か弱いわたくしに数で襲いかかるなんて恐ろしいですわ、恐ろしいですわ! だ・か・らわたくしも数でお答えしますわ」

 狂三の足下の影が屋上の床一面に広がり、影の中から白い腕が伸びてから何人もの狂三が這い出して来る。全く同じ顔、服装、髪型から長さまで完璧に一緒なのだ。

「きひひひ!」

「楽しくなって来ましたわね」

「みんなまとめて食べて差し上げますわ」

「何なのだこれは!」

「分身? 分裂?」

「さあ、わたくし達! 邪魔者は取り押さえなさぁい!」

 無数の狂三に命令を下す。一斉に複数の狂三はまず士道を取り押さえた。四人がかりで体重をかけて引き倒し、その上に乗れば男性でも払い退けれない。最重要目標の士道を易々と捕らえてから狂三は邪魔な残りを片付ける事にした。

「えぇい数が多すぎるぞ!」

 十香と折紙は背中を合わせてお互いをカバーし合っている。十香の頭上から襲いかかる狂三を折紙はマシンガンで撃ち落とし、その隙に折紙の背後から迫って来る狂三を十香が斬り倒した。絶妙なコンビネーションで二人は隙を作らず戦っている。

 十香に掴みかかるとすかさず折紙が斬り払い、羽交い締めされる折紙を十香が助けた。でこぼこコンビだが、妙に息が合っている。

 目で合図を送り、折紙がマシンガンを十香へパスすると十香は手当たり次第に弾をバラまいて狂三を撃ち落とす。

「あっち向いても狂三、こっち向いても狂三、上向いても狂三、下向いても狂三、もういくら撃っても切りがないのだから、いやいやいやいやいや~!」

「遊びはおしまいですわ!」

 先に折紙を引き倒し、頭に銃口を突き付けて五人がかりで体を押さえた。パートナーが消えて連携が取れなくなると直ぐに十香も捕まってしまった。

「戦いは数ですわよ、十香さん、折紙さん」

 全目標の無力化に成功。狂三は甲高い声で狂ったように高笑いを上げた。こうも簡単に進んで笑いをこらえようにもこらえ切れないのだ。

 だが不意に腹部にズキンと鋭い痛みを感じた。グリムロックから受けた傷がまだ痛むのだ。体を動かして傷口が少し開いたのだろう。長々と時間を費やす必要はないのだが――。

「この際、またわたくし達をたぶらかさないように士道さんに一生分の絶望を刻み込んで上げますわ」

 狂三は手を高く突き上げると士道は久しぶりに頭痛がした。少し遅れてから聞き覚えのあるサイレンが天宮市に響き渡った。空間震警報が鳴る、すなわち空間震が発生するのだ。突発的災害である空間震を狂三は自分の意志で発生させられるのだ。避難を完了していない学校、しかもまだみんな気を失って動けないのだ。もし空間震が起きれば間違いなく、全員が死ぬ。真那や十香、折紙も例外ではない。

「やめてくれ狂三! 俺はどうなっても構わないだから――」

「うるさいですわよ。あぁ……愛する人が目の前で消滅させられたら士道さんはどんな顔を見せてくれますの?」

 想像するだけで頬を赤くしてビクビクと快感が全身を駆け巡る。

「ジャズ!」

『何だい士道、もう出動している。他に言いたい事は? だが間に合う可能性は低い』

 オートボットも間に合わない。自力では解決出来ない。空間震は今まさに起きようとしていた。

「良い顔を見せて下さいまし。士道さん!」

 蓄積された膨大なエネルギー体が空間で爆ぜる時、突如として別のエネルギー体が現れて狂三の空間震を相殺した。空間震警報も鳴り止み、空には何もない青空が広がっているだけだ。

「知らなかった? 空間震ってのは発生と同時に同規模の揺らぎを与えると打ち消せるの」

 十香や折紙の声ではない声が空から聞こえて来る。その場にいた全員が見上げるとそこには炎を球体状に纏い、着物のような霊装を着た琴里がいる。こんな姿は今まで見たことが無い。

 琴里は手を天にかざす。

「焦がせ灼爛殲鬼(カマエル)!」

 柄を引き抜き、先端部分が刃を形作り火炎に彩られた斧を琴里が握っていた。

灼爛殲鬼(カマエル)、破壊ロケット弾!」

 斧の柄からいくつかハッチが開いてそこからロケット弾が山なりに発射される。屋上にいた狂三の半数を消し炭にして琴里は降りて来るなり本体へ斬りかかった。鈍重な動きな為、狂三は華麗に回避すると歩兵銃の引き金を引いて琴里の頭を狙い撃つ。

 力強く踏みつけると地面から炎の壁が噴き出して弾丸を溶かした。

「炎神跳び膝蹴り!」

 斧から炎を噴き、推進力を得て琴里は狂三の傷口に膝蹴りを叩き込む。体が大きく飛ばされ屋上の壁にめり込むと狂三は悶えながら怒りのこもった声で言った。

「あまり調子に乗らないで下さい。刻々帝(ザフキエル)七の弾(ザイン)】!」

 七の文字から影が染み出し銃へ取り込み、弾丸を放つ。真那にもしたように琴里の時間を止めてしまったのだ。

「止めてしまえば全て無力ですわ!」

 残った狂三を呼び寄せて琴里を囲い込み、狂三達は一斉に射撃する。

「琴里ぃ!」

 全身に弾を受けてから時間が再び動き出すと琴里は血を流しながら倒れかかる。だが、瞬時に炎に身を包まれ琴里の傷は跡形も無く治ってしまった。

「なっ……! 何故、あれだけの傷が……」

「熱い心に不可能はないからよ! 覚悟しなさい狂三! 皆、灰燼と成せ灼爛殲鬼(カマエル)!」

 琴里を中心に大規模な爆炎が噴き上がった。膨大な熱量で空気は燃え、炎の荒波が立ち、狂三の分身という分身を悉く灰へ変えて行った。琴里の瞳が赤く光り、表情が普段とは違うサディスティックな物へ変化していた。息も絶え絶えな狂三を見下し喜悦し微笑む。

「さあ、立ちなさい狂三」

 よろめきながら狂三は肩で息をして琴里を睨み付ける。時間を使いすぎてこれ以上の戦闘は不利益しかもたらさない。狂三は【七の弾(ザイン)】と【一の弾(アレフ)】を使ってこの場から退散しようと考えていた。

「逃げ切れるとは思わない事ね。髪の毛一本たりともこの世に残らないと思いなさい! 私達の戦争はこんな物じゃないわ。灼かれて悶えて、死になさい!」

 琴里がトドメを刺そうと斧を振り上げる。そこへ空に飛行機雲を描きながら何者かが近付いて来るのが見えた。空中から現れた者がグリムロックだと気付くのに大した時間は要らなかった。脚部のスラスターを止めてグリムロックは地上に着地するとすぐさまビーストモードへ変形した。

「狂三!」

「……! こんな時に!」

 苦い顔をする狂三、前門の琴里に後門のグリムロックだ。

「ちょうど良いわ、精霊の炎と科学の炎に焼かれて消えなさい。灼爛殲鬼(カマエル)(メギド)】!」

 斧を狂三へ突き出し、刃を格納する代わりに巨大な砲身を展開した。一方グリムロックの方も口にたっぷりのエネルゴンを蓄えて発射準備が整っていた。

「琴里、グリムロック! やめろぉぉ!」

 士道が停止を呼び掛けたが二人の耳には入って来ない。この二人が最大火力で攻撃すればいくら狂三でも間違いなく死ぬ。士道は狂三を救いたいだけで殺す気などさらさらない。

「琴里、俺達は精霊を救うんだろ? 殺しちゃダメだろうが!」

 士道は肩を揺さぶって説得しても全く聞こえていない。砲身には炎が十分に蓄えられグリムロックと共にいつでも撃てる状態になった。変わり果てた残虐な表情の琴里を見て士道は、理性を失っていると判断した。狂三を守るべく、士道は狂三の下へ走り寄り抱き寄せて庇った。

 刹那、二方向から壮絶な炎の塊が発射された。霊力で生み出された殺戮の炎と計算し尽くされた破壊の炎がぶつかり合った。しかし、突然、目を覆いたくなる程の強烈な閃光が士道から発せられた。

 瞬きの光が収まった時、琴里とグリムロックの炎はどこかへと消え失せ、琴里の霊装もいつの間にか解除されていた。グリムロックも強制的にロボットモードにされている。

「何が、起きた」

 グリムロックが呟く。

 ただ一人、十香を除いた全員が唐突な事態に状況を把握出来ていない。

 そう、十香に今の光に見覚えがあった。それは初めて士道と出会った日の事である。十香が剣を振り抜き、士道を真っ二つにせんと剣から風圧の刃を飛ばした時に謎の光が発生して士道は身を守っていた。

 あの時は一瞬外したかと思っていたが、あれは間違いなく士道が出した光だ。当人も自分が何をしたのか分かっていない様子である。

 さっきまで士道の腕に抱かれていた狂三は姿を眩ませてしまった。

 その後、士道は意識を失い、同時に琴里も倒れた。グリムロックが十香を含めてフラクシナスまで飛んで行き送って行った。真那と折紙は後に駆け付けた隊員に救助されて病院へと搬送された。

 

 

 

 

 オートボットの基地ではパーセプターが難しい顔をしてディスプレイと睨めっこしていた。画面には四糸乃のデータが表示しれており、健康状態から体の内部の情報全てが表されていた。

「調子はどうだ?」

 研究室にオプティマスが入って来、パーセプターに精霊について何かわかったかを聞きに来たのだ。

「いくつかわかりましたよ、オプティマス」

「聞かせてくれ」

「精霊を動かす我々にとってスパークのような動力源を霊結晶と言うんですがね。この霊結晶におびただしいダークエネルゴンの反応が出ているんです」

 純度の高いダークエネルゴン。それはかつてオートボットの施設で研究していた物より遥かに危険な数値を示している。この宇宙全域を捜索してこれほどの強烈なダークエネルゴンが見つかる場所など限られている。

「推測ですが、精霊は皆、ユニクロンの子供と言っていいかも知れない」

 トランスフォーマーでユニクロンの名を知らない者は居ない。破壊の神、最大最強の全トランスフォーマーの敵である存在だ。

「まさか……」

「ですがオプティマス、霊結晶のような物質が作られる場所などユニクロンの体内以外に考えられません」

 オプティマスはマトリクスを収めた胸に手を添えた。精霊達がもしも本当にパーセプターの仮説通りならば手を打つ必要がある。どうやって対処するかはまだ分からない。士道に、もとい人間達にこの件を伝えるのをオプティマスは先延ばしにする事にした。


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