デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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11話 オプティマス・プライム VS グリムロック

 グリムロックからのメッセージ、それは指定されたポイントに来いという内容であった。グリムロックが指定して来たのは天宮市の西区、大規模な開発を進めていたが結局経営破綻に陥ってしまった人の住まない町、いわゆるゴーストタウンにオプティマスを呼び出していた。

 ゴーストタウンの一部には潰れた遊園地があり、グリムロックはそこで待っていた。ゲートを跳ね飛ばし、土煙を上げながら一台のボンネットタイプのトラックが走って来るのが見えた。

 グリムロックは腰を上げる。トラックは走りながら変形して真の姿を現した、オプティマスだ。

「オプティマス、勝負しろ。勝った方が、オートボットの、リーダー」

「聞いてくれグリムロック、私は君と戦うつもりは無いんだ。話し合おう」

「イヤだ! 勝負だ!」

 オプティマスの話など聞かずにグリムロックは真っ直ぐ突っ込んで来る。馬鹿正直なアタックを回避してグリムロックはそのままメリーゴーランドに飛び込み破壊した。

 恐らく、一対一でオプティマスがグリムロックに勝てる見込みは一〇パーセントだ。それはグリムロックが改造される前の可能性で、改造され更なるパワーアップを果たしたグリムロックにオプティマスが勝てる確率は一パーセントも無い。

 潰れたメリーゴーランドをを持ち上げオプティマスに投げつける。オプティマスは足や腰からバーニアを噴射して素早く真横に逃げる。

 パワーファイターのワーパスすらも赤子のようにあしらえるグリムロックをどうやって鎮めるか。

「お前とは戦いたくはないが……仕方がない」

 戦って勝つしか道は無い。

「弱いリーダー、いらない、俺がリーダーなる!」

 歩調を徐々に早めてグリムロックは走り出すとオプティマスは右腕から内蔵していたソードでグリムロックのパンチをかわしつつも斬りつけ、突き刺すが、外装に傷を付けられない。

 グリムロックの横薙の大振りのパンチが横っ腹にめり込み、オプティマスは踏ん張る間もなく空高く飛ばされた。

 視界が反転、デタラメなパワーに曝されたオプティマスの肉体は遊園地の観覧車にぶち込まれ、同時に観覧車も倒壊を始めた。

 オプティマス一人では勝てない。せめてアイアンハイド、ワーパス、ジャズが居れば戦況は変わっていたかもしれない。

 瓦礫へと変わり果てた観覧車から出て来たオプティマスは右腕はパスブラスターに変形している。そしてオプティマスは引き金を遠慮なく引いた。

 鋭い弾丸がグリムロックに撃ち込まれても一切の怯みも後退も見せない。グリムロックに接近を許し、オプティマスはグリムロックと両手を組み合い押し合う。

 オプティマスの足がアスファルトにめり込み、ジリジリと押されだす。規格外のパワーだ。単純な力押しを諦め、グリムロックの足を払おうと意識を下に向けた途端に野性的な勘がそれをさせてくれなかった。オプティマスを持ち上げると力任せに振り回し、地面に叩きつけ、頭を掴んで棒切れでも振るように軽々と投げられた。

 オプティマスは朦朧とする意識の中で立ち上がる。

「グリムロック……!」

 オプティマスの中に何か火が点いた。

 オプティマスは走り出すとトラックへ変形、加速を付けてビークルのままでタックルをかます。グリムロックの姿勢が崩れるとオプティマスは空中で変形し、身を駒のように回転させながら蹴りを繰り出し、グリムロックの首筋を的確にえぐった。

「ぐっ……!」

 よろめく姿に好機と思い、ストレート、アッパー、上段蹴りを駆使してグリムロックを追い詰める。

 負けじとグリムロックも拳を振るう。オプティマスのパンチがグリムロックの腹にグリムロックの拳がオプティマスの顔面にヒットし、両者は弾き飛ばされて遊園地内の空気が鉄と鉄がぶつかる音でビリビリと震えていた。

 耳をつんざく激しい金属音が絶え間なく聞こえ、その度に火花が散った。気迫ではオプティマスが勝っている。

 グリムロックが力でしか分からない奴ならば力で分からせる。

 オプティマスは右手首を変形させてソードを出すと真っ向からグリムロックの顔面を叩き斬った。呻きもよろめきもせずにグリムロックは冷静に巨大なソードを形成し、水平に切り払った。

 グリムロックの剣と交差するように受け止めると全身の関節や駆動系が悲鳴を上げた。トランスフォーマーの体や兵器さえもバターや果実のように切り裂くグリムロックの剣を止めて腕を破壊されない所を見るとオプティマスはかなり幸運に恵まれたと言えよう。

 オプティマスは受けた刃をいなすとバーニアを噴いてがら空きの胸に仕掛ける。

 オプティマスが隙を突いて来る事を予期していたようにグリムロックは盾を展開してシールドを用いて攻撃ごとオプティマスを弾き出した。

「意外と、強いな」

 ディセプティコンの雑兵やASTよりは遥かに骨があるのは認める。だが、まだ足りない。

「オプティマァァス!」

 咆哮のような迫力で名を叫び、グリムロックは剣を脳天から真っ二つに裂かんと打ち振り下ろした。

 半歩だけオプティマスが身を引くとマスクの先を僅かに切っ先がかすったのが分かる。刹那、地盤が粉砕されて爆発に匹敵する衝撃波が四囲に満遍なく広がり、オプティマスもその衝撃に転倒を余儀なくされた。

 スペースブリッジに構えていたディセプティコンの大隊を壊滅させてブリッジの破壊に成功したのも頷ける。

「何て力だ……」

 一個人の持つ力の領域を著しく侵害している。

「ショックウェーブめ……何て物を作り出したんだ」

「立て、オプティマス! まだ、俺、お前、認めてない!」

 グリムロックは剣を振り払い、斬り落とし、斬り上げ、オプティマスはその攻撃を回避しつつもグリムロックの体に乗り上げると顔面を殴り飛ばした。

 予想外の攻撃にグリムロックの体が初めてここで倒れた。

「立てグリムロック、その程度でオートボットの総司令官が務まると思うな!」

 凛然と声を張って言った。

 倒れたグリムロックは立ち上がると両腕を地面に付き、何を始めるのかと思うとビーストモードへ変形した。金属の恐竜へと姿を変えたグリムロック、彼も本気という訳だ。

「それが君の新しい姿か」

「グルゥゥゥ……!」

 プライムがプライムたる力を見せつけるか、グリムロックの野獣性がそれを凌駕するか。

 

 

 

 

 オプティマスとグリムロックが戦っている間、士道は朝早くからフラクシナスのいつもの艦橋へ呼び出されていた。

「ふぁ~あ。昨日も朝っぱらから起こされたような……」

「おはよう、士道。あなたに見せなくてはいけない者があるの」

「見せたいもの?」

「令音」

「ああ」

 いつも眠たそうにしている令音は素早くキーを叩いてスクリーンに映像を映し出した。それは折紙と狂三そしてCR-ユニットを装着している真那の姿があった。配置的にも折紙と真那が狂三と対峙しているのがよく分かる。

 少しすると真那はレーザーを駆使して狂三をバラバラにしていた。グロテスクが絶対に受け付けないタイプではないが、知り合いが見るも無惨な姿に散り散りにされれば誰もが嗚咽する。

 士道が手で口を押さえると令音は映像を切った。

「時崎狂三はASTの嵩宮真那に殺害された。疑いの余地もなく、完全に息の根を止められている」

「どうして俺に見せるんですか……!」

「次の映像を見てくれ」

 次はこんな凄惨な映像でないと祈りながら令音の言う通りに映像を見た。

「さっきのは午後十七時半頃に撮影された物だ。そしてこれは午後二〇時に撮影された映像だよ。日付も昨日だ」

 令音に出された映像には確かに狂三がスーパーで元気良く買い物をしている姿があった。そっくりさんではない、全く同じ顔なのだ。

「狂三も俺みたいに分身が出来たのか!?」

「う~ん、あの話ちょくちょく蒸し返すわね」

「蒸し返してる訳じゃないよ。ってかあんな体験すぐに忘れるか!?」

「あ~はいはい。狂三は多分だけど士道の時とは違う分身ね。言動や言葉遣いも全く一緒、あんたの時はそれぞれ性格が違ったでしょ?」

「確かに……」

「とりあえずはいつもの手段で行きましょう。士道、狂三をデートに誘いなさい」

 転向初日、脇目も振らずに士道へ接近して来た。狂三自身に士道に対して良くも悪くも特別な感情が働いていなければ出来ない行為だ。加えて言うなら以前から狂三は士道について調べていたと見える。でなくては名前を知るなど出来ない。

「士道、一つだけ言うわよ」

「何だ?」

「気をつけてね。狂三は十香や四糸乃とは全く違う存在よ」

「……? 肝に銘じておくよ」

 時計を確認するとちょうど良い時間になっていた。今から十香を起こして朝食を食べていれば十分に学校に間に合うだろう。

 

 

 

 オートボットの基地ではオプティマスがグリムロックと戦いに行った事で話し合いがなされていた。オプティマスから指揮権はジャズに渡されており、今はジャズの命令に従う必要がある。

「オプティマス、まさかグリムロックと戦うなんて」

 アイアンハイドは呆れたような口調で言った。

「ヤベェな。グリムロックはパワーじゃあ悔しいがオレ以上だ! 今頃、ミンチにされてんぜ!」

「オプティマスは来るな、と言っていた」と、ジャズ。

「助けに行かないと本当にオプティマスは殺されるぞ! グリムロックがディセプティコンを何人血祭りに上げたかお前さん方知っているのか!?」

「爺さん、オレ等が行っても勝ち目はあるかぁ?」

「おーおー、随分と弱気じゃあないかワーパス。グリムロックを恐れているのか?」

「誰がビビってるって! 笑わせるなよ爺さん! あんな不良、オレが乗り込んで痛い目に合わせてやらぁ!」

「オプティマス……すいません。私はリーダー失格です。私はあなたに背きます」

 ジャズは呟くように静かに言うと右腕を武器に変えて天井に掲げると威勢良く言い放つ。

「オートボット、出動だ! あの問題児をコテンパンにするぞ!」

「オォー! 燃えて来たァァ!」

「粉々にしてやる!」

 やや物騒だが、士気は向上している。三人は変形すると基地を飛び出して行った。

 置いてけぼりを食らったパーセプターは自分の存在について深い疑問が出て来た。ひょっとしたら戦士として見なされていない、そんな気がしていた。

 

 

 

 

 ビーストモードへ変形してからと言う物、形勢は完全にグリムロックに傾いていた。タックル一つで肉体がバラバラになりそうな衝撃、火炎はアスファルトの地面をタールに変え、強靭な顎でスクラップにされた機材は数え切れない。オプティマスのブラスターはビーストモードで装甲を強化されたグリムロックに全く歯が立たない。

 撃つだけ無駄である。

 通常火器が通じぬなら重火器の出番だ。ブラスターを一旦腕に戻すと腕が変形を再開して三角柱の形に発射口が三つ用意されたサーモロケットキャノンが現れた。

 グリムロックが離れた所から走り出すとオプティマスはミサイルを発射した。三発同時に放たれた先からミサイルは回転をしながら一つのミサイルに固まり、グリムロックの頭へ直撃する。濃い黒煙が空中に広がって、晴れて行く前にグリムロックは黒煙を切り裂き、向かって来る。

 突進から加速を付け、身を捻りながら長くしなやかな尻尾を横に払い、オプティマスの腹を捉えた。受け止めつつの反撃を想定していたが、オプティマスの体は軽々と払い飛ばされた。

 引き裂かれそうな一撃を耐えながらオプティマスはブラスターとミサイルを追撃態勢のグリムロックに叩き込む。爆発と光弾がミックスされた攻撃も通用せず、装甲にほんのりとだけ傷が付くだけであった。

 今度はグリムロックの砲撃だ。口腔内から吐き出す物をレーザーファイヤーから砲弾に切り替え、オプティマスに撃つ。オプティマスが右へ走り、前へ跳び、グリムロックの砲撃を紙一重で回避している。

 ようやくグリムロックの下にまでたどり着くとオプティマスを待っていたのは、牙と尻尾による洗礼だ。尻尾の先端を用いて串刺しにしようと振り下ろし、地面に無数の穴を空けている。

 オプティマスは直撃だけは避ける事を頭の中央に置いて動いていた。当たれば死か大きく飛ばされてしまうからだ。

 グリムロックの噛みつきを身を低くする事でやり過ごし、首に手を回すとオプティマスは背中に飛び乗った。すると背中にいる邪魔者を振り落とさんと、グリムロックは盛大に暴れる。

 オプティマスも振り落とされないように首に手を回して確実にホールドする。更に右腕をソードに変えて振りかざす。

「一度眠れ、グリムロック!」

 グリムロックの首筋にソードの一撃に叩き込まれる筈だった。

 オプティマスは見落としていた。グリムロックがロボットモードであればこの勝負、オプティマスの勝ちで幕を閉じていただろう。

 しかし、グリムロックの鋭利な尾はオプティマスの背後から装甲を貫き、串刺しにしていたのだ。

「うっ……! グリムロック……!」

 オプティマスは呻きながらグリムロックの尾から逃れんと抵抗をするが、深々と突き刺さった尻尾は抜ける気配がない。グリムロックはそのまま尻尾を自分の顔の前まで持って来る。

 口を開けて口腔内でエネルギーが収束を開始した。いくらオプティマスでもこの状況でレーザーファイヤーを食らえば命は無い。

「グリムロック……例え私がお前に殺されても私はお前を仲間として迎え入れる」

「弱い奴、消えろ!」

 グリムロックの口から破壊的なエネルギーの激流が放たれた。尤も、そのエネルギーの行き先はオプティマスではなく空だ。

 一体何が起こったと言うのか。

 オプティマスが注目したのはグリムロックの首だ。首に巻かれてあるのは間違いなく、ジャズのグラップルビームだ。鞭のように使ってグリムロックのレーザーファイヤーの軌道を変えたのだ。

「大丈夫か、オプティマス!」

 スポーツカーに変形し、加速を付けて更にまた変形をしてジャズはグリムロックの頭に跳び蹴りを見守った。

 体重の軽さ故にダメージにもよろめきにも繋がらなかったが、グリムロックは刺さっていたオプティマスを放り投げてジャズの方に意識を傾けた。

 腹を刺されたオプティマスの身を案じて寄って来たのはアイアンハイドだ。

「無茶し過ぎです、オプティマス」

「助かった、アイアンハイド。しかし何故ここにいる」

「我等がリーダーを放ってはおけんでしょう。それにあそこの不良のケツに一発蹴りでも入れないと気が済みませんよ」

 オプティマスもまだ戦える。当然アイアンハイドもだ。

 ジャズは軽快な動きや障害物、高低差を駆使してグリムロックの意識を向けさせながら徹底した回避行動を取っている。悔しいがジャズの持つ武器の火力ではグリムロックに傷は付けれない。近接戦闘では少し力が頼りない。

 そんなジャズの火力を補っているのがワーパスだ。戦車から変形したワーパスの腕には二門ずつガトリング砲が取り付けられた重火器、スクラップメーカーを両腕で振り回している。

「イェアアアア! 久々にぶっ放せるぜぇ!」

 ワーパスは銃の引き金を引ける事が嬉しいようだ。

「グリムロック、オレの弾で目を覚ましやがれ!」

「オレ、正常、お前、おかしい」

 グリムロックが火炎を吐くとワーパスはバックステップでかわしながらもガトリング砲の掃射は忘れない。

 アイアンハイド、オプティマスも戦闘に加わり、戦いは一層激しさを増して行った。

 銃声、爆音、咆哮、戦争でも始まっているのかと錯覚する程の戦いは閉鎖された遊園地を何も無いまっさらな焦げた大地へと塗り替えていた。

 戦いの終着は意外にも早かった。

 四対一という数的不利などものともしないグリムロックは屹立と立ち、空を向いて勝利の雄叫びを上げていた。

 そしてその周りには力尽きて動けなくなったオートボットの四人が仰向けになっていたりうつ伏せに倒れていた。

 グリムロックはその場にオプティマス達を放置するとゆっくり歩き出し、更地となった遊園地から姿を消した。

 

 

 

 

 学校で授業を受ける士道は狂三が至って普段通りに学校に来ていた。昨日、真那に殺された筈の狂三、トリックの類かもしくは死なない能力なのか。不気味な存在だが、士道には狂三の能力を封印する使命があるのだ。

 授業が終わって狂三が教室を出て行くのを確認すると士道は席を立った。ちょうどその時に十香が声をかけて来た。

「シドー! 今日のこの後なのだが――」

「悪い、後にしてくれ」

「シドー……?」

 十香を振り払って士道は狂三を追いかける。狂三の向かった先はトイレで士道は小走りで追った為、狂三に追いつけた。

「く、狂三」

「あら、士道さんどうなさったんですの?」

「狂三、もしお前が良かったら何だけど今週の日曜日、俺とデートしないか?」

「デート……ですか? ええ、構いませんわよ」

 快諾してくれて士道は内心ホッとしていた。

「今週の日曜日ですわね、楽しみにしていますわ、士道さん」

 自然な笑顔で手を振ると狂三はトイレへ入って行った。狂三をデートへと漕ぎ着ける所までは成功した。後は士道の腕と琴里の指揮に関わって来る。

 デートの約束も済ませて一安心で士道は教室で鞄を持って帰りの支度をする。教室を見渡して十香を探すが姿は見当たらない。先に帰ったのかと思い、士道はそのまま下校した。

 自宅に帰る前に士道はまずはトランスフォーマーの特設マンションに顔を出した。グリムロックの調子やもう一つ、自分の体について何か手がかりが見つかるかも知れないからだ。

 表向きはどこにでもあるマンションで入り口に入り、エレベーターに乗ると階が三つしかないのだ。士道は地下一階を押してドアを閉じるとしばらくの間、壁にもたれながら到着するのを待っていた。

 到着を知らせるベルが鳴り、エレベーターのドアが開きもう一枚重厚なゲートが開いて士道はようやくオートボットの基地に入れた。

 長めの廊下の天井には一定の間隔で蛍光灯が取り付けられ、廊下の両端にもランプが設置されてある。士道は廊下を歩き終えるとノブを捻って基地の中に入った。

「みんなこんにちワァッー!?」

 基地ではパーセプター以外の全員が酷い怪我を負っていたのだ。

「どうしたんだよみんな!」

「やあ、士道。大した事ないさただのかすり傷だよ、イテテ」

「どう見てもかすり傷レベルじゃないぞ!」

「正直に言うとグリムロックのバカと一戦やりやったんだぜ! サクッと傷を修理してあのヤローを今度こそ滅多打ちにしてやらぁ!」

「ワーパス、それにみんな次は来なくても良い」

 パーセプターにリペアされながらオプティマスが言った言葉にみんな耳を疑った。

「オプティマス、あなた何を言ってるんです!? その腹はグリムロックから受けた傷って事を忘れたんですか。グリムロックと一対一でやって勝てる筈がない!」

「みんなとグリムロックの間に何があったか知らないけどオプティマス、それは無謀だって」と、士道も口を挟む。

「数で勝って、奴は私をリーダーとは認めない」

「だからと言って限度があります! アイツは予想を超えて強くなっている!」

「オプティマス、私ならマインドコントロールの機械くらいなら作れますが?」

「操るなどもってのほかだ。ところで士道、私達に何か用でもあるのか?」

「え、いやあ……みんなの様子を見にね」

 予想外の惨状にパーセプターは多忙を極めて、自分の体の事について言い出せなかった。

「それと明日、デートがあるんだ」

「ほう! デートか、青春してるじゃないか」

 色恋沙汰に敏感に反応したのはジャズだ。

「人間のデートという物は一体何をするんだい?」

「まあ……一緒に映画見たり……ご飯食べたりとかかな?」

「セイバートロン星とそんなに変わらないんだね」

「ジャズってモテたの?」

「まあ、そこそこかな。それで明日のデートの相手ってどんな子だよ?」

「写真とか無いぞ。昨日転校して来た女の子なんだけどさ」

「……あの子!? 士道、君のヒューズはぶっ飛んでしまったのか!? 彼女は精霊だよ? 危険が多すぎる」

「ジャズ、彼はその精霊という存在の力だけを封印する能力があるのだ」

 オプティマスがここで説明を入れてくれた。ジャズが昨日、士道達を学校に送っている際に琴里が説明して聞けていないのだろう。

「それでも不安はある。オプティマス、私に彼のボディーガードをやらせて下さい」

「それは私でなく、士道に聞くんだ」

「良いかい士道?」

「え……」

 ジャズは車に変形出来るのでグリムロックより遥かに擬態に長けている。それに頭もそれなりにキレる。士道はしばらく考え込んでから答えを出した。

「じゃあ、お願いしようかなジャズ」

「よし、私にかかれば君の事をしっかり守ってやるさ」

 結局、士道は自分の体の事に対する話を切り出せず特設マンションを後にした。自宅のドアノブを回すと鍵は開いている。十香や琴里、四糸乃にも鍵は渡してある。三人の誰かが先に帰っている筈だ。

 玄関を上がってから士道はリビングに入ると室内のカーテンは閉じられ、ソファには十香がポツンと座っていた。

「十香?」

 士道が声をかけたものの十香は反応を示さない。士道は十香の肩をポンと叩いた。

 するとようやく十香はソファから立ち上がり振り返る。

「なっ!?」

 制服のシャツのボタンをお腹辺りまで外し、十香のブラは丸見えだ。やっている事に恥じらいがあるのか、十香の頬は紅潮し指先をもじもじとさせている。

「と、十香さん!? 何をしているんだ!?」

 十香はサッとポケットからメモ帳を取り出して何をするかが書いてあるかを読み、水族館のチケットを口にくわえると四つん這いになる。

 こういうのを雌豹のポーズと言うが、セイバートロン星ではラヴィッジのポーズとでも言うのだろうか。

 士道は状況が把握出来ず、力無く適当な椅子に座ると十香はそろりと近付き、今度は水族館のチケットを胸の谷間に挟み誘惑を続ける。

「っ……」

 十香は士道の体を登るようにして首筋や腰に手を回して谷間に挟まるチケットを差し出した。恥ずかしいから早く取ってくれ、という意図を察した士道は慌てて谷間からチケットを引き抜いた。

「あ、明日……デートがしたいのだ士道……ダメ?」

 断るというのは誇りを持てる勇気の一つだ。

 潤んだ瞳で羞恥心を煽らせながらの懇願にも似た誘いを断る勇気は士道には持ち合わせていなかった。

「うん、良いよ……」

 今、自分を殴りたい。大事なデートの前日で二股をかけたのだ。

「本当か士道! では明日、九時に集合だぞ!」

「あ、ああ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにする十香に対して罪悪感が積もって行った。

 そんな時に士道のケータイに一本の電話がかかって来た。

「はいもしもし」

『士道?』

「あ、折紙か?」

『あなたは一人では危険、明日の十一時に天宮公園まで来て』

 有無を言わさず約束を押し付けて電話を切る。高等テクニックだ。遠慮がちな四糸乃にはたまにならこれくらいの強引さがあっても許される筈だ。

 士道はケータイをポトンとソファに落とした。全く最低だと自嘲気味に笑う。この短期間に三股もかけてしまったのだ。

 士道はインカムを耳に付けると愛する妹に電話をした。

『もしもし士道、どうしたの?』

「琴里、緊急事態だ――」

 

 

 

 

 オプティマス達四人を退けたグリムロックは四糸乃と初めて出会った山にいた。グリムロックの頭には悔しさしかない。遠征でディセプティコンの軍勢と戦っていた所為でゼータプライムを守れなかった。あまつさえオメガスプリームの救出にも間に合わなかった。懐いていたゼータプライムを失い、オプティマスと対立した結果ダイノボットを率いて別行動を取った時だ。ショックウェーブの軍勢から仲間を守れなかった。どれだけ力を手にすれば何も失わなくて済むのか。

 結果的に強大な力を手に入れて仲間を救えたが、捕まって殺されていた可能性だってあった。この制御の利かない怒りの刃の鞘となるのは今は四糸乃や十香しかいない。

 グリムロックは更なる力を求めている。もう何も失わなくて済むだけの圧倒的な力が。

「きひ、きひひ、きひひひ」

「誰だ」

 神経を逆撫でするような笑い声にグリムロックは不満げな声で威嚇した。声はあらゆる方向から聞こえて来る。苛立ったグリムロックは鳴き声で威嚇して見せた。するとピタリと笑い声は止み、木陰から狂三が出て来た。

「これはこれは、見たこともない生き物ですわね」

「あ?」

「恐竜かしら、ですけど恐竜はここまでメタリックじゃあありませんわよね?」

「俺、グリムロック。お前誰だ」

「まあ、拙いですけど言葉も話せますの? 興味深いですわ」

 グリムロックは一度足で地面を踏みつけて地鳴りを起こした。地割れが無数に走り、狂三は裂け目に落ちてしまわないようにフワッと飛んで避けた。

「最後だ、お前、誰だ」

「怖いですわ、怖いですわ、そんなに怒らないで下さいまし。わたくしは時崎狂三」

「狂三……?」

「ええ」

 狂三はニッコリと笑う。グリムロックは警戒心を高めたまま狂三と向き合った。

「俺、グリムロック。ここは俺の縄張り、出ていけ!」

「冷たいですのね。わたくしはあなたに興味がありますのに」

「俺、グリムロック。お前に興味ない」

「可愛い動物を愛でたいのは当然の感情でしょう?」

「俺、グリムロック。可愛い違う。俺、強くてカッコイイ!」

 狂三はふわりと軽々しく飛んでグリムロックの背に乗った。自分が認めた相手しか背中に乗せたくない彼は目一杯体を揺さぶって狂三を落とそうとする。機嫌が悪そうなのを察した狂三は、グリムロックの背中から降りるとおどけたような仕草をする。狂三もトランスフォーマーは初めて見る生き物、どういう生態なのか気にはなるし餌として価値があるのか愛玩対象として見るのか見極める必要がある。

「あなた、本当に変わった方ですのね?」

「俺、グリムロック。お前の方が変わってると思う」

 警戒は解かず、グリムロックは鼻を使って狂三の体から怪しい匂いはないか嗅ぐ。少しくすぐったいが悪い気はせず、狂三はそのままグリムロックの鼻を撫でる。哺乳類のような毛並みも柔らかさもなく、固く無機質な質感だが強い生命力は感じ取れた。

「いいですわね、あなた。わたくしのペットにして置いておきたいですわ」

「俺、グリムロック。ペットは嫌だ。友達なら構わない」

「き、ひひひ。まあ、お友達でも良いですわ。いずれ士道さんを食べる時に他の邪魔者を払っておいてくれる役目になりそうですし」

 狂三は不敵に笑う。

「お前、何て言った?」

「いえ、お気になさらずに。こちらの話ですわ」

「士道、食う気か!」

 グリムロックは地面を踏みつけて地鳴りを起こした。

「あらあら、まさか士道さんのお知り合いとは思いませんでしたわ。残念、ペットもお友達もダメですわね。なら、あなたも食べて差し上げますわ」

 解かれつつあった警戒心は一気に怒りへ変換されてグリムロックの目は灼熱の炎を想わせる程に赤々と光を放つ。喉の奥で唸り、そして大きな口を開けて獰猛な声で相手を嚇す。

 己が認めた男、士道の命を狙う者はまごうことなく敵だ。口腔からは高熱の息吹を吐き出し、森林に自然と火がついた。

「わたくしは花も木も虫も動物も好きなんですのよ、嫌いなのは人間だけですわ。お出でなさい、刻々帝(ザフキエル)

「消え、失せろ!」

 

 

 

 

 九時に天宮公園に一台のスポーツカーが停まり、中からは士道が出て来た。一日に三股もかけた男はこれからどうした物かと悩んでいた。琴里は任せろ、と言っていたが不安しか残らない。三股をかけて護衛に喋る車が控えている。こんな体験をしている高校生など世界中どこを探しても士道しかいない。

『聞こえるかしら、士道? いや、三股おにーちゃん』

「その言い方やめろよ」

「私も最初聞いた時は驚いたよ。デートと言っていたが、まさか三股デートとはね」

「違うんだってコレには深い訳があるんだ」

『まあ良いわ。フラクシナスの力を使えば何でも解決よ!』

「本当に大丈夫かよ?」

『熱い心に不可能はない! さあ、私達の戦争(デート)を始めましょう』

 センサーで十香を捉えるとジャズはさっさと退散した。

「待たせたな、シドー」

「平気、俺も今来た所だし。それより、その服似合ってるぞ」

 まず会えば相手の事を褒める、これは基本的戦術だ。

「じゃあ行くか」

「うむ!」

 行き先は水族館だ。ちなみに、十香に水族館のチケットを渡したのはクラスメートの亜衣、麻衣、美衣の三人組である事が判明した。

 水族館は士道も久しぶりであり内心、ワクワク感があった。水槽内の多種多様の魚は水中を彩るように泳いでおり、大きい物から小さな物まで様々である。

 人間という種は大きさには大した違いはないのに魚という種には何故ここまで何倍もの体格差が現れるのだろう。不意に士道の頭にそんな疑問がよぎった。

 トランスフォーマーも体格差にかなり開きのある種族だ。ジャズとグリムロックでは三、四倍の体格差がある。

「シドー、見てみろ! 鰯が泳いでいるぞ! 食べられるのか!?」

「食べれない事は無いが、食べちゃダメだからな!」

「いろんな魚がいるな、何だかお腹が減って来るぞ」

「よく水族館で食欲が湧くな」

 大きな水槽でジンベエザメを見ている時だ。インカムに琴里から連絡が入った。

『士道、そろそろ狂三とのデートよ』

「わかった、すぐ外に出るよ」

『いえ、そのまま中から転送するわ』

「……? 転送って天井とか障害物とかがあれば出来ないんだろ?」

『フッフッフ、パーセプターにその辺を改造してもらって士道の座標さえロックしていれば転送し放題になったのよ!』

 転送への制約が減ったのは確かに便利だ。

「十香、悪いがそのまま魚を見ててくれ。ちょっと腹が……」

「大丈夫なのかシドー、無理をしているなら少し休むが」

「平気平気、すぐ戻るよ」

 そう言ってから士道はトイレの個室に籠もるとトイレの壁に淡い緑色の光と共に円形のサークルが出現した。これが新しい転送装置というのは説明をせずとも分かった。士道は躊躇いもなく、そのサークルに飛び込んだ。

 光の円の中に入ったかと思えば出口に直ぐにたどり着き円を越えると天宮駅の前にある噴水の近くに到着した。そこには噴水の横にあるベンチに腰掛ける狂三の後ろ姿が見えた。

「狂三……」

 背後から声をかけると狂三は振り向いて嬉しそうに笑って見せた。

「こんにちは士道さん」

「ごめんな、待たせて」

「いえいえ、わたくしも今来た所ですわ」

 黒いゴスロリ風の服を身に纏う狂三は自然と周囲の視線を集めている。その美貌による所も大きく、それに狂三はその服を問題なく着こなしている。

「ところで士道さん、今日はどこに連れて行ってくれますの?」

 フラクシナスではここで選択画面が出ていた。

 一、映画館。

 二、水族館。

 三、ランジェリーショップ。

『総員選択!』

 一番人気は映画館、次いでランジェリーショップだ。水族館には誰も票を入れていない。当然だ、水族館には十香がいるのだから。

『どうした物かしらねぇ』

『オレはランジェリーショップを押すぜ!』

『私もワーパスに一票だ』

 インカムに突然、ワーパスとアイアンハイドの声が割り込んで来た。

「何でワーパスとアイアンハイドもいるんだよ」

『私達の回線はテレトラン1にも接続されているの。トランスフォーマーの意見も取り入れたいしね』

『ランジェリーショップ! これしかねぇ!』

「ワーパス、理由は?」

『オレが見てみたいからだぁ!』

「却下だ!」

『まあ待ちなさいよ、士道。ここはワーパスの意見に従いましょう。それに映画館は上映時間の都合で長居は出来ないしね』

 後には引けなくなった士道は渋々、狂三をランジェリーショップへ連れて行く事を決めた。

「じゃ、じゃあランジェリーショップでも行こうか」

 普通ならビンタか無視か炎神跳び膝蹴りを食らっても文句は言えないのだが――。

「ええ、行きましょうか士道さん」

 と、あっさり快諾してくれた。

「可愛いの選んで下さいね」

 自然な仕草で狂三は士道と腕を組んだ。狂三はかなり恥じらいの意識が薄いと見える。士道側からすれば事を進めやすいので都合は良い。

『青春だな、ボウズ』

『オレ等もよぉ、大戦が無けりゃあ女の子ちゃんとイチャイチャ出来たかもしれねえな!』

『お前さんはイチャイチャより銃をぶっ放す方が好きなんじゃないか?』

『それもそうだがよ、やっぱり青春してえじゃん!』

 さっきからワーパスとアイアンハイドの会話が騒がしくて仕方がない。彼等の音声だけ切ってやりくらいだ。

 二人がそんな事を話していると士道と狂三はランジェリーショップに入っていた。狂三は目に付いた下着を手に取って士道に尋ねた。

「士道さんは控え目な白い方がお好きですの? それとも明るい色が良いですの?」

『赤だろ赤!』

『そうだ、赤は情熱の色だ』

 やはりインカムの電源を切ろうか悩む。

 フラクシナスでは次の選択画面が出ていた。

 一、控え目な白が良いかな。

 二、もっとセクシーな黒で。

 三、ノーパンでオナシャス、ゲヘヘ。

 琴里の中で三は論外だ。神無月以外は三以外を選ぶだろう。

『二だな、アイアンハイド』

『同意見だな。私達に下着の概念は無いがこれは黒だろう。フェロモンレベルから見て士道は女性と交尾を望んでいる』

『あんた等、意外とノリノリね』

『人間という種族に興味が出ただけだ』

『オレは元からこの星を気に入ってたけどな!』

「俺は交尾なんて考えてないからな! えぇーっとそうだな……俺はそ、そっちの下着の方が良い…かな……」

 歯切れの悪い物言いで士道は狂三の後ろに飾られてある下着を指差した。黒色で生地は薄手、レースの刺繍で彩られており、更にガーターベルトも完備だ。どういった層に需要があるのか疑問を覚えるその一品である。狂三ならばこれを着こなせる筈だ。

「これ……ですの?」

「うん」

「ええ、わかりましたわ。せっかく士道さんが選んでくれたんですもの、試着させてもらいますわ」

 嬉々としてその下着を手に取り、嫌そうな素振りを一切見せて来ない。狂三は試着室へと入って行った。

「な、なるべく早めにな……」

 周囲の女性からの刺々しい視線が痛い。

『それでよこれからのデートプランはどうするよ!』

『ランジェリーショップの後に鳶一折紙という女のデートそして十香に顔を出す。時間的には昼食がちょうど良かろう』

『だな』

 エイリアンにデートプランを考えられるとは何とも不思議だ。エイリアンと言っても彼等はネチャネチャして血は強力な酸性で口から更に口を吐き出すようなタイプではない。

 人間のように感情がある。

 試着が終わり、試着室のカーテンが開くと士道は息を飲んだ。得も言われぬいやらしさ、男性の欲をダイレクトに刺激する出で立ちに士道の思考回路はショート寸前だ。

 なめらかな腰のラインは完璧の言葉しか出ない。抱き締めれば折れてしまいそうな華奢な体つきであるが程良く肉付き、尻は引き締まっており、そこに着用していたガーターベルトが僅かに食い込む。店内がざわめく美しさだ。

『イェア! オレ達の選択は完璧だぁぁぁぁ!』

 インカムの向こうからワーパスの歓喜の声と共に銃声が聞こえた。

『銃を撃つな馬鹿者! 危ないだろうが!』

『あんた達、少しは静かにしなさいよ!』

『はぁい』

『すまん』

「い、五河くんっ!? 何してんの!?」

 不意に声がすると振り返った先にはクラスメートの亜衣、麻衣、美衣の三人組が立っていた。彼女達三人と狂三を咄嗟に見比べるとやはり狂三は同年代とは思えない色気がある。

「な、何で時崎さんと……」

「まじひくわー」

『緊急事態、邪魔が入りました』と、川越。

『邪魔? 始末するか』

『そうだな、ワーパス』

「待て待て始末しなくて良いから!」

『士道、逃げなさい。あと狂三へのフォローも忘れずにね』

「うっ……腹が急に……。狂三、悪いけど少しぶらぶらしててくれ。それとその下着、可愛いぞ」

 逃げるようにして士道はランジェリーショップからいなくなった。トイレに駆け込むと転送装置で折紙との約束場である天宮公園に転送された。

 公園のベンチで折紙は腰掛けて士道を待っていた。集合時間にはまだ五分早いが、士道は駆け足で折紙へ近付いた。

「よう、折紙」

「おはよう」

「お、おはよう」

「今日は映画を見に行きたい。でもその前に少し早いけど昼食を取りたい。

「あ、ああ。分かった、じゃあ行こうか」

 先に士道が歩き出すと折紙は士道の袖を掴んで止めた。

「どうした折紙?」

「手、つなご?」

 折紙が差し出した手を繋いで士道は歩き出した。

『やはりこのフェロモンレベルから見て折紙は士道と交尾を望んでいるな』

 アイアンハイドは冷静な声で分析した。

『士道のデートの調子はどうだい?』

 会話の中にジャズが入って来た。

『完・璧だ! ジャズは今何してんだ?』

『士道の近くを走っている内に車屋でカッコイイのを探していたんだよ』

『戦車はないのか!?』

『無いね』

『ワーパス、パーセプターも呼んでこい。アイツの分析も聞きたい』

『OK、爺さん! インテリ野郎引きこもりを研究室から引っ張り出して来る!』

 琴里もワーパス達を会話に入れたのは間違いだと後悔していた。こんな騒々しいエイリアンは宇宙を探してもそう居ないだろう。

『あ、そうだ、少し辛気臭い雰囲気だし私がいっちょ軽快な音楽でもかけてやるか!』

 変な気を使って来るものだ。

 ジャズが地球に来てお気に入りの曲を大音量で流した。パチンコ店の比ではない大音量がフラクシナスとオートボット基地に反響する。

『どうだい、良い曲だろ。みんなノってるかい?』

『うるさぁぁぁい!』

『発生回路を切っちまうぞ!』

 フラクシナスとオートボット基地からは非難轟々だ。ジャズは仕方なく曲を止める事にした。

『何だよ、ご機嫌なリズムなのに』

 一応、人類の天敵をデレさせるという瀬戸際の状況なのだが、妙に緊張感が無い。この一連の会話を聞かされていた士道は、意外と世界は平和なんだな、と思えた。

 そんな士道は今、折紙とファミリーレストランで昼食を取っていた。二人切りの状態、折紙はパスタを食べる前に話したい事を言う。

「士道」

「ん、どうした?」

「あなたは狙われている。しばらく、私から離れないで欲しい」

「え……?」

「それからデートの後に私の家に来て欲しい」

「はい?」

「それからしばらく私の家にしばらく泊まって行って欲しい」

「待てよ、話がさっぱり飲み込めないんだが」

「あなたは一人でいるべきではない」

「だいたい誰が俺を狙っているんだよ」

 折紙の話の最も気になる所で琴里から指示が下った。

『士道、十香が不安に思ってるわよ。一旦、顔を出しなさい』

「了解。折紙、少し席を外す」

「問題ない」

 士道はトイレに入ると水族館へと転送された。

 それからという物、転送装置を使った移動で巧みに三股をかけてその間にトランスフォーマー達の会話で耳が痛くなりそうだった。更に十香の食事に加えて折紙や狂三との食事も入れて士道は昼食を三回も食べて腹周りが苦しかった。

「うっぷ……」

「士道さんったら意外と少食ですのね」

 食べる量は人並みだが、三回も昼食を取れば気分が悪くなってもおかしくない。

「うっぷ……ごめん狂三、ちょっとトイレ……」

 腹を押さえながら士道は近くのトイレに駆け込んで行った。

「士道さん、せっかくのデートですのに忙しないですわ」

 残念そうに眉をハの字にする。狂三はさっき買った過激な下着が入った紙袋をギュッと握って嗤う。

「でぇも……もう直ぐ士道さんはわたくしの物……」

 そんな事を呟いていると狂三はふと、近くの森に目をやった。目を凝らして良く見てみると数名の男子が何やら狂三の癇に触る事をしている。小さな子猫を取り囲み、エアガンを使って射的の的にしているのだ。悲しきか、散らばった弾を見る限り一〇〇発は撃っているが、子猫の傷は大した事はない。

 とんだクソAIMだ。

「クッソ、当たらねえな」

「すばしっこい奴だぜ、オイ」

「マジで当たらねえんだが……」

「的が小さいんだよ」

「あ~、やっぱ当たらん!」

「あらあら、皆さんずいぶんと興味深い事をしてますわね」

 唐突に聞き慣れない声が入り込み、男性達の視線は狂三に注がれた。

「何だお前?」

「そう構えないで下さい。ただわたくしも仲間に入れて欲しいだけですわ」

「どうするよ?」

「良いんじゃあない?」

「ありがとうございます。さしあたって一つ提案したいのですが」

「提案?」

「ええ、難しい事ではありませんわよ。ただ的を変えるだけ……」

 狂三は企むように妖しく笑う。赤い瞳には狂三本来の残虐性が宿った時、少女の表情には最悪の精霊の通り名に相応しく歪んで行った。狂三の足下からは暗い影が円形に広がると黒一色のゴスロリ風の衣装から深紅と漆黒を折り合わせた霊装が狂三の体を包み込んだ。

 霊装の展開と同時に狂三の手には短銃が握られている。男性達は目の前で起きた常識外れの現象に頭の中が真っ白になり、その後即座に視界は真っ赤に染まった。

 鋭い銃声と共に霊力で強化された弾丸が一人の男の腹をえぐった。花弁が綻ぶように鮮血は飛び散る。既に餌と見なされた彼等に逃げる術も逃げるという思考も持ち合わせておらず、正常な思考に戻った頃にはあの世にいる。

「た、助け――」

 かろうじて体が動いた者は腰が抜けながら地面を這いずり目の前の巨悪から離れようとするが狂三は逃がしはしない。最後の一人となった人間を撃ち抜こうとした時、狂三は顔を逸らしてさっき自分が歩いて来た方に目をやった。

「く、狂三……!」

 士道である。

 ニチャッと不気味な足音に震えながら視線を落とすと原型の無い死骸が散乱している。人生で初の死体に吐き気を催した。濃厚に漂う血と臓物の臭いはしばらく鼻に残るだろう。網膜に焼き付くような惨劇を前に士道は涙が自然と流れた。慈悲や怒りによる物ではない。果てしない恐怖感による物だ。

「狂三、お前は人間をどうして!?」

「きひひひ、士道さん」

 一拍置いてから最後の男性を射殺する。

「ここに人間はいませんでしたわ」

「どういう意味だよ!」

「士道さん、命を奪うなら対等であるべきですわよねぇ? 命を危険に晒す覚悟もないのに命を狩り奪るだなんて不公平ですわよね?」

 初めて士道は狂三が怖かった。十香と出会った時、士道はムシャクシャした。四糸乃と出会った時、優しく接したかった。初めてグリムロックと出会った時、士道は頭の中が空になった。

 だが今の士道を支配しているのは純粋な恐怖だ。

『逃げなさい士道! 早く!』

 インカムから琴里の声が絶えず聞こえるのだが、士道の体は動かない。

「楽しかったですわ、楽しかったですわ士道さん、あなたとのデート」

 狂三は舌なめずりをしてから士道の顔を両手で包むようにそっと触れた。

「もうそろそろ、食べて差し上げますわ。きひ、きひ、きひひひひ!」

 嬉しくて笑いが止まらない狂三は恐怖で顔が震える士道を楽しみながら眺め、地面から黒い影が広がると無数の白い手が飛び出して士道を拘束していく。

「では、士道さんさような――」

 まさに士道が影に取り込まれそうになった刹那、狂三の体は一台の車にぶつかられて大きく吹っ飛び、樹木に体がめり込んだ。スポーツカーから変形し、ジャズは瞬時に右腕をサブマシンガンに変えて待ち構えた。

「大丈夫かい士道?」

「ジャズ……? ああ、大丈夫……」

「どうやら間に合って良かった。…………いや、間に合ってはいないな……」

 ジャズは周囲の肉片を見てそう言った。

 ジャズに跳ね飛ばされた狂三はヨロヨロと覚束ない足取りで戻って来た。

「何ですの? 変形する恐竜に今度は変形する車ですの?」

「変形する恐竜? グリムロックに会ったのか」

 ジャズは狙いを狂三にしたままで通信機で基地にいるアイアンハイドとワーパスに連絡を取った。

「アイアンハイド、ワーパス、救援を要請したい」

『待ってなジャズ! ってかもう出動してるぜ!』

『出来るだけ民間人を巻き込まないようにしろよ。人間は我々と違って脆く壊れやすい』

「了解。士道、君は逃げるんだ」

「士道さんを逃がしませんわ」

 逃がさない為には死なない位置に弾を撃ち込む必要がある。狂三が短銃の銃口を士道の足に定めると、本日二度目の体が吹っ飛ばされて狂三は別の木へめり込んだ。

「間一髪でいやがりますね、兄様」

 CR-ユニットを着込んだ真那が士道の前に降り立った。ふと、ジャズの方に顔を向けるといつの間にか姿をくらませている。

「痛いですわね、真那さん」

「直ぐ楽にしてやります」

 真那が両肩からレーザーを放つと狂三はそれを難なくかわした。放たれたレーザーは真那の意思によって自由に動き回り、狂三を的確に追いかけ、追い詰める。

 短銃で真那を狙い撃ちながら逃げ回る狂三が空中へ飛び上がった時、どこからか一発の光弾が発射され狂三の脇腹を貫通して行った。

「くっ……!」

「今です」

 前後左右の方向からレーザーを撃ち込まれて狂三は力尽きて地面に落ちて来る。

「っ……! やはりお強いですわね」

「あんたに褒められても嬉かねーです」

 真那はバラバラだったレーザーを収束して一つのブレードに変えると切っ先を胸に突き立てた。

「真那、やめろ。殺しちゃダメだぁ!」

「士道さん……優しい……お方」

 背後からの士道の声も意に介さず真那は切っ先を狂三の胸に突き刺した。

「直に死体の回収が来やがります。兄様、まあ今日見た物は悪い夢だとでも思って下さい」

「真那、どうして躊躇いも無く狂三を殺せるんだ!」

「慣れていやがりますから」

 その一言を言った真那の目に生命力は感じられなかった。どこまでも果てしなく渇き切った目を見て士道は虚脱感に苛まれた。

「慣れじゃない、真那! 心をすり減らしているんだ! もう止めるんだ、もう戻れなくなるぞ!」

「心配してくれるのは嬉しいですが兄様、これは私にしか出来ねーんです」

 真那は狂三の死体の周辺に目に見えないシールドが展開され士道は近付けなくなる。妙な浮遊感と共に士道の体は浮かび上がって森から弾き出されてしまった。

 スナイパーライフルのリロードをしながら薬莢を排出し銃口から硝煙を上げながらジャズが歩いて来る。

「怪我は?」

「平気」

「十香や折紙の方に顔を合わせてから帰ろうか。今の君には心の安息が必要だね」

「ジャズ、助かる」

 

 

 

 

 グリムロックの後を追うオプティマスは何か手がかりは無いかと町中を走り回っていた。もう一度、あの廃墟に向かったがグリムロックはいなかった。グリムロックが行きそうな場所を考え、オプティマスは位置を絞って行く。騒がしい都会でも落ち着いた田舎でもない、人の気配を遮断した森林の中だ。

 オプティマスはトラックから変形するとエネルゴンの泉で腹を満たすグリムロックの背後に立った。オプティマスが近付いた事に気付き、グリムロックはエネルゴンを飲むのを止めてゆっくりと振り返って睨み付けた。

 オプティマス・プライムとグリムロックの決戦。

 第二幕が開始された。


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