時刻が零時を回った頃だ。ASTの温泉旅行を邪魔すべくあらゆる策を講じた琴里はエネルゴンの力のテストがてらASTを相手に試して周囲を何もない焼け野原へと変えた。オートボットが集まっていたのも膨大なエネルゴン反応を感じ取ったからだ。オートボットが感じたエネルゴンをショックウェーブが見逃す筈がなかった。
夜空に線を描くように高速で進む飛行物は地球には存在しないフォルムだ。移動式砲台もといスペースジェットの姿をしたショックウェーブは目的地にまでやって来ると変形してロボットモードになる。焼け焦げた大地に計測器を向けると強いエネルゴン反応が検出出来た。他に何か手掛かりはないかと歩き回っていると、ふらふらと空中を蛇行しながらキックバックとシャープショットが飛んで来た。バッタとクワガタムシを模した二人は空中で変形して降り立った。
「ハードシェルの奴はお留守番か!」
「アイツは飛べねえからな、ンハハハハハ!」
「静かに」
周りに誰もいないと言ってもあまり大きな声で喋っていては見つかるかも知れない。ショックウェーブは人間達に一切気付かれる事なく、完璧な奇襲作戦を実行しようと願っている。
全ての正体を隠し、相手が油断していればしている程に奇襲の効果は計り知れなく大きくなっていくのだ。ショックウェーブは黒く焦げた土をすくい上げて大きな単眼から光を飛ばして何かをスキャンした。
ショックウェーブはエネルゴン反応が検出されたこの土の成分を調べているのだ。
「……」
難しい顔をしてショックウェーブは解析して出て来た成分の情報を見て、しばらく無言が続くと一人で頷いて納得していた。当然キックバックとシャープショットには何が何だか全く理解出来ていない。それでも詳しく聞く気にはならなかった。どの道説明されても理解出来てないのだから。
「オートボットでもディセプティコンでもないか」
ショックウェーブが見たのは土の中に残っていたエネルゴンの成分だ。殆ど未精製のエネルゴンを爆弾として使っているのを確認してトランスフォーマーの仕業ではないと確信した。エネルゴンの爆弾を作るなら必ず未精製ではなく加工した方がより威力が出るからだ。
「人間達の技術ではやはりこれが限界か」
既にショックウェーブは以前捕らえたASTの偵察隊のCR-ユニットの解析を済ませて人間という種族の観察も終わっている。人間の耐久力、人間のパワー、人間の頭脳、あらゆる実験を経てショックウェーブは人間は脆い生き物であると結論付けていた。
「シャープショット、キックバック引き上げるぞ。長居は無用だ」
ショックウェーブが振り返ると二人は静かにしていろと命じているのにじゃれあって遊んでいたのだ。ショックウェーブは単眼を激しく点滅させながら怒り度合いを表すと二人は大人しくなった。
スペースジェットへ変形して飛び去ると二人もそれに続いてロボット昆虫に変形してショックウェーブの後を追った。
トランスフォーマー達の情報は秘密にするつもりだ。琴里はグリムロックの存在を知るラタトスク機関のメンバー、士道、十香、四糸乃には存在を明かそうと考えていた。士道等には隠していても仕方がない。オプティマスもそれに同意した。
その際にオプティマスは琴里に条件を提示して来た。トランスフォーマーの技術はトランスフォーマーが管理する。兵器開発の手伝いや武器の譲渡には応じない、と。
強力な兵器はより強大な戦争の火種になるからだ。琴里の目的は精霊の保護、世界征服などではない。琴里はオプティマスの条件を呑んだ。
そして今、パーセプターはグリムロックの治療に励み、オプティマス等は士道等と対面していた。場所は五河家の隣のマンション、地上五階建てに地下五階まであるマンションだ。尤も、それは外観だけの話であり実際は精霊達の部屋とトランスフォーマーの部屋の二層の空間しかない。
オプティマス達が作った臨時基地は爆発してしまったので今は無い。
「オプティマス、人間って言うのは信頼に置けますかねぇ?」
訝しげにアイアンハイドは聞いて来た。
「信頼に足りるかどうかは我々のこれからの行動と相手の対応によるな」
「原始的な生き物が対応ねぇ」
「アイアンハイド、彼等をバカにするな彼等も私達と同じ知的生命体だ」
やや語気を強くしてオプティマスは言った。
「私はこの星は大好きだけどね。センスの良い車に私の大好きな音楽まである。最高じゃないか!」
「ジャズ、オレもそれには同意見だな! 地球の戦車はイカしたフォルムしてやがる! どれにするか悩んだくらいだぜ!」
「人間と触れ合えるなら是非とも文化について学びたいものだよ」
地球に否定的なアイアンハイドに対してジャズとワーパスはかなり気になっているようだ。
トランスフォーマー用の出入り口ではなく、人間用の出入り口のドアが開くと最初に琴里と神無月が、その後に続いて士道、十香、四糸乃が入って来た。 四糸乃は十香の背中に隠れて離れない。グリムロックで見慣れてはいるとは言え初対面の相手には中々積極的にはなれない。
「グリムロック以外にもこんなにもいっぱいいるのか!」
物珍しそうに十香は目をキラキラさせていた。
「まずは自己紹介から始めましょうか」
仲介役の琴里が自己紹介を提案する。
「私はオプティマス・プライム、オートボットの総司令官だ」
何となく士道は格好いいと思った。何か役職があると自己紹介をした時に威厳を示す事が出来るからか。
「五河士道、来禅高校の二年生です」
負けじと今の肩書きを言ってみたがオートボットの総司令官程のインパクトは無い。琴里はやや呆れた様子で士道を見ていた。互いに挨拶を交わして名前を一回で覚える。オプティマス以外のみんなは名前だけで名字が無いので非常に覚えやすかった。
「えっと……オプティマス……さん? グリムロックは治るんですか?」
自己紹介の後に投げかける言葉が見つからず、士道はグリムロックの事を持って来た。
「私から言えない。今ここにはいないパーセプターが診ている。修復不可能な段階まで破壊されていない限り大丈夫な筈だ」
「そう……ですか。良い報告って事で良いのかな?」
グリムロックが倒れた際に体には修復不可能と判断される程のダメージはなかった。
「そうだろうね、グリムロックは私が知る中でも一位二位を争う程タフな奴だ」
オプティマスの言葉を聞いて士道は胸をなで下ろした。四糸乃の方も少し安心した表情になっている。
少しの沈黙の後に士道は次の質問をした。
「あなた達はどうして地球に来たんですか?」
「私達の住む星が戦争で住めなくなった。そこで他の星で一時的に住む為に艦を出した。しかし、メガトロンの妨害があった」
「メガトロン? また新キャラかよ。それは誰なんですか?」
オプティマスはアイアンハイドとアイコンタクトを取ってからグリムロックがやって見せたように巨大なレンズからリアリティな映像を流した。目の前に実際に起こっているのかと錯覚しそうな映像を流した。そこにはオプティマスの視点でメガトロンと戦う映像だ。
『くたばるがいい、メガトロン!』
『くたばるのはお前だオプティマス! 最期の審判を下すのは儂なのだ!』
『いきがるな、お前の野望は私が粉砕してくれる!』
殴り、蹴り、斬りつけ合い、撃たれたり轢き逃げたりと苛烈な攻防を繰り広げていた。映像に出ているロボットがメガトロンだと言うのは説明が無くても分かる。グリムロックもメガトロンの名前は出していたが、誰かまでは話してくれなかった。
士道はメガトロンを見たとき、得も言われぬ恐怖感を覚えた。映像からでもリアルに伝わって来る芯の強さや邪悪さ、メガトロンの信念の強固さ。士道の見立てでは単純な戦闘力ではグリムロックに及ばないが、メガトロンには戦闘力以上に悪の魂を奮い立たせる誘引力があるのだ。
映像ではやがてオプティマスが優勢になり、メガトロンの腹を剣で串刺しにしている。すると二人が戦っている艦が爆発と黒煙にまみれて徐々に船体の揺れが激しくなっている。
『おのれぇ! ここまで来て死んでなるものか!』
腹の剣を引っこ抜きメガトロンは墜落寸前のアークでまだ戦いを続けようとする。アークがスペースブリッジのゲートを飛び込もうとしているのだ。お互いを蹴落とそうと船に掴まりながらも戦っている。
少しすると映像にノイズが走り、すぐにブラックアウトした。
「メガトロンはディセプティコンのリーダーだ。私達オートボットの敵だ。彼はセイバートロン星の支配を目論んでいた。それに対抗したのがオートボットだ」
士道はかなり理解が早い。十香はちんぷんかんぷんと言った表情をしている。後で噛んで含めるように説明してやらなくてはならない。
「船が破壊され私達は脱出ポットに乗り込んだ。そしてたまたま墜落したのがこの星だった」
士道はチラッと時計を見て時間を確認するとそろそろ学校に行く時間だ。
「そうですか……。まあそろそろ俺等学校に行かなくちゃあダメなんだけど」
「確か君は来禅高校二年生だったね。学生は存分に学ぶべきだ。互いの自己紹介も済んだ、今日はここまでにしよう」
「そうね。オプティマス、それにみんな目立つ行動は避けてね」
「わかった、目立つ行動は慎もう」
「やっべえな……今から走って間に合うかな」
朝早くに叩き起こされたとは言え、オプティマスとの会話や映像で時間がかかり朝礼までの時間に間に合いそうにない。
「シドー急ぐぞ、全力疾走だ!」
「ああ。じゃあな四糸乃、留守番頼んだよ。行ってきます」
「はい……行ってらっしゃい、士道さん」
人間用の通路を通り、エレベーターで地上へ出て来るとマンションの前には一台のスポーツカーが停まっていた。スポーツカーは素早く踊るような軽快な動きで変形した。
「お困りのようだったね。良かったら私が学校まで送るよ」
トランスフォーマーから見ればかなり小柄のジャズはノリの良い雰囲気で言った。
「えっと、ジャズさん」
「やめてくれよ、さん付けで呼ぶなんてさ」
「じゃあジャズ、送ってくれるのはありがたいんだけど少し目立つって言うか……」
「ハハッ、私に任せなさい」
ジャズはまだ一台のスポーツカーに戻ると二人を乗せて力強いエンジン音を鳴らして発進した。
「素晴らしい走り心地だよ。地球とは良い所だね」
「ジャズは地球の文化に興味があるのか」
「そうだよお嬢さん」
「ではシドーはこの星について詳しいぞ!」
「ほう、それは良い事を聞いたよ。十香は確かまだ日が浅いだね?」
「うむ、だがシドーと一緒にいれば楽しいぞ!」
「十香、あんまりハードルを上げないでくれ」
そうこう話している内に学校が見えて来た。
「もうここで停めて良いですよ!」
「まあそんな遠慮しなさんな」
ジャズはスピードを上げてから
「ハハッ、スリル満点だったろ?」
「満点越えてるよ! 本当に死んだかと思ったぞ!」
「シドー、今の最高だったな。またやりたいぞ!」
「お気に召してくれて良かったよ」
「って言うかジャズ、目立つ行動は慎もうってオプティマスが言っていただろ?」
「大丈夫さ、誰も私達を見ていなかった。じゃあ行ってらっしゃい、お二人さん」
送迎を終えたジャズは笑顔で見送って屋上から飛び降りて変形した後に猛スピードで一般道を走って行った。
「楽しかったなシドー?」
「俺はもう一回やるって言ったら歩いて行く」
士道はあのスリル満点さは要らなかった。目立つ行動はしたが、一応は見つかっていない。
朝から疲れきった様子で席に着くと殿町が気さくに笑いながら話しかけて来た。
「よお五河、お前あの話っているか?」
「あの話って言われても分からん」
「フッフッフ……転校生が来るんだ。し・か・も女の子だ」
この間、十香が来たばかりなのにまた転校生とは不思議なものだ。士道は怪訝な顔をしていた。
「俺は十香ちゃんは諦めた。だが次の転校生は俺の物だ!」
「わーったよ、勝手にしろよ」
適当に殿町をあしらうとそれがやや癇に触ったのか殿町は膨れっ面で士道を凝視している。
「おうおう、随分と俺を見下すようになったじゃないか。確かに十香ちゃんは可愛いし性格も良い。だがなあの子をものにしたからってお前にデカい顔はさせないぞ五河!」
「デカい顔なんてしてないだろ!」
「いんやしてる! 最近のお前は反応が薄い!」
反応が薄いのはこの短期間に精霊やトランスフォーマーという未知との遭遇を二回も経験したからだ。殿町の雑なイタズラに最近は一切動じない。殿町はそれが不満なのだろう。
「お前よ、まさかクールキャラで行く気かぁ? いずれ疾風に勁草を知るとか言い出す気じゃないだろうな?」
「どこのキザ男くんだよそれ」
「俺は認めないからな! 五河がクールなんざ俺が認めない!」
「はいはい」
「んがぁ!? その『はいはい』ってのクールキャラ気取ってるように見えるんだよ!」
「え、えぇ~何て言えば良いんだよ」
「もう良い、俺もクールキャラで行く」
そう言うと殿町は足を組んで顎を引いて真剣な眼差しでうつむきだした。無口キャラとクールキャラは紙一重だ。ついでに根暗とも紙一重だ。
「殿町?」
「……」
「おーい、聞いてんだろ?」
殿町は士道の方をチラッと一瞥して鼻で笑って来た。士道はピクリと目元が動き苛立ちを露わにした。
「クールと根暗を履き違えるなよ殿町」
「……フッ」
「殿町ー! 転校生が来るというのは誠か!」
「うん、そうだよ十香ちゃん! いや~またこのクラスに仲間が増えると思ったら楽しみだよね~!」
「テメェ……クールキャラはどうしたよ」
「止めだ止め、俺のアイデンティティが崩れる」
士道にしてクールな殿町など見たくもない。チャイムが鳴って十香が元の席に戻った所で担任の珠恵が入って来た。
「皆さんおはよーございまーす! いきなりなんですが今日はですねぇ~、なんと転校生が来るんですよぉ!」
転校生の情報はある程度は行き渡っているので十香が来た時程の衝撃はなかった。それでも学校で転校生が来るというのは一種のイベントだ。
「それでは、張り切ってどうぞー!」
何故だろうか、転校生が来た時のテンションは珠恵が最も高い
教室に入って来たのは十香と引けを取らない端整な顔立ちの少女だ。長く黒い髪を二つ括りにし、ブレザーからストッキングまで黒一色で統一している。少女の前髪は長く左目だけが髪に隠れてしまっている。逆にそれがミステリアスな雰囲気と妖艶さを醸し出している。
士道は目を合わせるだけで吸い込まれそうな感覚を味わった。恐らく士道だけではない、教室の男子を虜にするような艶めかしい容姿をしている。
少女はしっかりと士道の方を向き、目を見てから言った。
「わたくし、精霊ですのよ」
大半は頭に疑問符が浮かんだが、士道と十香そして折紙の頭には感嘆符が飛び出した。
少し夢見がちな子なのか? そう思う生徒が大半だが、可愛いからもう良いやと決める生徒もまた大半を締めていた。
「はい、なかなか個性的な自己紹介ですね!」
静まり返った空気を沸き上がらせるように珠恵がフォローを入れた。
「ではまずお名前から聞いてみましょうか!」
「ええ、わかりましたわ」
チョークを手に取りスラスラと綺麗な字で名前を書いて行く。
「時崎狂三、よろしくお願いしますわ」
夜刀神、時崎、鳶一、こうして見るとこのクラスには変わった名字が多い。
「じゃあ時崎さん、今空いている席に座って下さい」
「はい、それと一つよろしいですか?」
「何ですか時崎さん、先生何でも聞きますよ!」
「わたくしまだこの学校には疎くて、誰か案内して下さいまして?」
狂三の言葉を食い気味に士道以外の全ての男子が一斉に手を上げた。狂三はクラスを見回して可愛らしく微笑むと教壇を降りてゆっくりと歩きだした。狂三の行き先は士道の机だ。
「お願いできますか、士道さん?」
狂三が士道を指名した瞬間に教室の男子の体が燃え上がったように見えた。そして男子達は血の涙を流しながら士道を見て来る。サイレンの屍人のようで正直な所、怖かった。
「お、俺で良いのか?」
「はい、お願いしますわ士道さん」
「いつかぁ……いつかぁ……いつかぁ……」
何かの呪文のようにクラスの男子達は士道の名前を呼んでいる。ショックで半分くらいテラーコン化している男子等に気を取られて気が回らなかったが、士道は狂三に名前を名乗った覚えがない。にもかかわらず狂三は士道の名前を知っていた。
「わかった、案内するよ」
「ありがとうございますわ」
狂三は笑顔で礼を言うが瞳には捕食者のような攻撃的な気配が潜んでいた。
「では時崎さん、そろそろ席に着いて下さい」
「はぁい、先生」
狂三が空いている席に座るとさっそく授業が始まった。狂三の事を警戒心剥き出しで睨むのは折紙だ。精霊が大嫌いな折紙には最初の狂三の自己紹介は挑発と受け取っていた。真那から聞かされていた“ナイトメア”という精霊とこの時崎狂三は完全に一致している。ここに装備があれば発砲していたかもしれない。
士道は狂三を見ていた。何故名前を知っているのか、間違いなく狂三とは今日が初対面だ。幼なじみにこんな可愛い子はいない。頭を悩ませていると耳に付けていたインカムから琴里の声がした。
『聞こえる士道?』
「琴里、学校に電話すんなよ」
『仕方ないじゃない、学校に精霊が転入するなんて夢みたいな話だし。接触し易くて助かったわ』
「やっぱりあの子は精霊なんだな」
『ええ、識別名はナイトメアよ。それよりトランスフォーマー用マンションからオプティマス達が消えたんだけど知らない?』
「知る筈ないだろ」
コンコンと静かに窓を叩く音がしたが士道は無視した。再び窓が叩かれて士道はようやく外を見た時、開いた口が塞がらなくなった。
屋上からジャズがグラップルビームでぶら下がって手を振っているのだ。更に外にはパーセプターを省いた全員が揃っているのだ。
――何やってんだよ! ここに誰もいなかったらそう叫んでいた筈だ。
「士道、大丈夫かい? 何か精霊って言う危ないのがいるらしいから見に来たのさ」
「大丈夫、大丈夫だからみんな帰ってくれよ」
「士道、精霊はどいつだ、私が始末してやる」
「オレもやっちまうぜ」
ワーパスとアイアンハイドは武器を出して戦う気満々だ。
「二人ともやめないか。無闇に力を振るう物ではない。琴里は対話による解決を選んだ。私達も見習うべきだ」
二人を鎮めてくれるオプティマスにはありがたいと思うが出来るだけ早く帰って欲しかった。
「コラ五河くん、授業中ですよ。喋っちゃダメです」
「は、はいすいません」
「もう、外を見ていましたけで外に何があるんですか?」
「え、いや……」
珠恵が外を覗く。
「キャァッ!? 何ですかアレ! グラウンドはパーキングエリアじゃないですよ!」
士道もグラウンドを覗くとオプティマス達が車モードになって横一列に並んでいた。
「もうっ……アイツ等あれで隠れてるつもりかよ……!」
珠恵がグラウンドを見て騒いだ所為で教室の生徒等が窓から顔を出して覗いていた。
「何だ戦車もあるぞ!」
「スポーツカーにトラック? 何かの撮影かぁ?」
誰もエイリアンが変形した姿などと誰も思わないだろう。それでも目立っているには変わりない。士道はあっちに行けと手を振ってジェスチャーする。
「随分と見られているな、司令官。私の美しいボンネットに見とれているようだね」
「どうやら注目を集めてしまったようだ。オートボット、基地に帰るぞ」
エンジンをかけてオートボットは土煙を巻き上げてグラウンドから退散して行った。キャタピラやタイヤで走り回ったおかげでグラウンドの土はメチャクチャだ。
士道は大人しく帰ってくれて良かったと額の汗を拭った。教室では正体不明の車両軍団に疑問の声を上げていた。ただでさえ最近、天宮市では恐竜が歩き回っているという噂が流れているのだ、そこに変形する車達まで追加されたら隠しようが無い。
授業が終わって、士道はさっきの授業で使った教科書を机にしまっていると優雅な歩調で狂三が歩み寄って来た。
「士道さん」
「ん……ああ、時崎さん」
「あらあら、士道さん。そんな仰々しい呼び方なんてやめて下さいまし。気軽に狂三と呼んで下さい」
「……わかった、狂三」
狂三は目を細めて嗤い、値踏みでもするような眼差しで士道の足先から頭頂部まで見詰めた。吸い込まれそうな瞳に見られ士道は気恥ずかしくなって来た。
「え~、要件は何かな?」
「士道さんったら酷いですわ。先ほど学校の案内をお願いしましたのにもうお忘れですの?」
「そうだったな、案内ね案内。するよ、ついて来てくれ」
「はい、士道さん……」
インカムで琴里との連絡はいつでも可能にしてある。士道はどうも狂三に対して恐怖心を抱かずにはいられない。それでも精霊である以上、その力を封印する必要がある。狂三を連れて士道は教室を後にした途端に十香と折紙が席を立った。
二人の思惑は同じ、士道を尾行するのだ。ちょうど教室の出入り口に差し掛かると十香と折紙は顔を合わせて睨み合う。
「どいてくれる、私は追うべき人がいる」
「どくのは貴様だ、私にも守るべき人がいるのだ」
「それは間違い、士道が助けを求めているのは私。白馬に跨った王子様になる」
「笑わせるな、貴様ごときがなれるものか。なら私はグリムロックに跨ったオプティマスになる!」
「……? あなたは鉄格子付きの病院に行く事をオススメする」
「何を~!」
入り口の前で言い合いを続けている間に士道と狂三は先に進んでいた。
フラクシナスにいる琴里と士道は通信を取って狂三についてどうやって情報を聞き出すか相談していた。まず真っ先に気になっていたのは狂三が士道の名前を知っていたかだ。学校の案内はそれを聞いてからでも遅くはない。士道の後を歩く狂三と向き合うように足を止めて振り返った。唐突に停止して不思議そうな顔をする狂三に士道は思い切って聞いた。
「なあ狂三、お前は何で俺の名前を知っているんだ?」
「士道さんったらわたくしの事、覚えていませんの?」
狂三は物悲しげに肩をすくめる。
『士道、あんた何か心当たりないの?』
「無いよ。えっ、あのっ、もしかしてさ、俺と狂三って昔……会った事があるのか?」
「ふふっ、嘘ですわ。わたくしと士道さんは初対面ですわ。士道さんはからかいがいがありますわね」
『やっかいそうね……』
「さ、士道さん、わたくしを学校のどこを案内して下さいますの?」
見事に話をはぐらかされた。
「うん、まずはそうだな……」
一、保健室。
二、体育倉庫。
三、食堂。
『総員選択!』
琴里のかけ声と共に乗組員等がボタンを押した。割合は保健室が一〇パーセントで体育倉庫が一〇パーセント、食堂が八〇パーセントだ。一番人気は食堂、それもそうだろう保健室と体育倉庫など怪しい事をする場に過ぎないのだから。
『士道、食堂よ』
「ああ。じゃあまずは食堂にでも行くか」
「はい」
目的地が決まって歩き出すと狂三は士道の横に並んで歩いた。
「なあ、狂三はさっき自分を精霊って言ってたよな? あれってどういう意味だ?」
「意味もなにも……そのままの意味ですわ士道さん」
狂三は士道の事を知っている。それは士道の能力も把握していると見ても良いだろう。最高に楽観的に考えるなら狂三は能力を不要と考えて士道に封印してもらう為に近付いた。もしもこの考えならばこれほど楽な話は無いだろう。
しかし、人生はそんな上手く行くようには出来ていないものだ。狂三の雰囲気から察するに十香やグリムロックのような包み隠さず全てをさらけ出す直情的な人物ではない。何か企み、本心を悟らせないタイプだ。
「どうして学校に来た?」
「士道さん、精霊が学校に来ては変かしら?」
「変だけど悪い事じゃない」
『士道、あまり踏み込み過ぎて質問するのは今は止めなさい。とりあえず学校の案内をして好感度をガンガン上げちゃって』
「わかった。まあ、せっかくの学校だし楽しく過ごせるようにサポートするよ」
「お優しいのですね、士道さん」
食堂に到着すると士道はメニュー表に書かれてある料理のオススメを教えた。
「やっぱ一番人気は焼きそばパンだな。俺はドリアンパンがオススメだ。食った後は歯磨き忘れんなよ」
反応が薄い狂三に士道は気になって顔を横に向けるとうっとりとした目で狂三が見詰めている。
「く、狂三!?」
「失礼しましたわ、士道さんの横顔に見とれてしまって……」
「見とれ……!?」
『あんたが口説かれてどうすんのよ』
「士道さん」
狂三は名前を呼びながら士道の手を取った。
「いきなりで申し訳ないのですけど、わたくしのお願いを一つ聞いてくれまして?」
「う、うん。けど物によるかな」
狂三と士道の距離はもう鼻先がぶつかりそうな程に近い。士道の顔は赤らみ、思わず目を閉じた。
狂三は舌なめずりをして邪悪な微笑みを作ったその直後、近くに置いてあった掃除用具のロッカーのドアが騒がしい音を立てて開き、中からは箒やモップの他に折紙と十香が飛び出して来た。
「なっ、お前等何してんだ!」
「助けに来た、士道」
「レスキュー参上!」
「時崎狂三、学校で手を握る必要はない筈、今すぐ離すべき!」
折紙はビシッと狂三に向かって指差した。
「それはそれは、わたくし少し貧血気味でそこで優しい士道さんが手を貸して下さいましたのよ」
「……。私も貧血……」
「あ、私も貧血だ!」
「わざとらしいぞ二人とも!」
監視を兼ねて学校の案内に折紙と十香もついて来た。授業も終わり、放課後にも案内出来なかった場所を狂三に教えてやった。十香と折紙がついて来てくれて士道は内心、安心もしていた。
校内の案内も終わった頃には外は夕方、雲が夕日に照らされて茜色に染まっていた。
「今日はありがとうございましたわ、士道さん、十香さん、折紙さん」
「ちゃんと案内出来たかな?」
「ええ、また明日からよろしくお願いしますわ」
狂三は丁寧にお辞儀をする。
「ああ」
校門の前で四人は分かれたかに見えた。ただ一人、折紙は狂三の尾行を開始したのだった。
狂三は精霊を自称した。折紙も手持ちの観測機を使って狂三を精霊と断定した。ならばASTのやる事と言えば一つしかない。仕留める。
狂三は機嫌の良さそうな軽快なステップで人気が少ない道を歩いていた。折紙は気配を殺し、精霊用のナイフを抜いて坂手に握った。
精霊は霊装という鎧が強固なだけで霊装を脱いだ本体はそこまで固くはない。今の狂三は霊装ではなく、どう見ても来禅高校の制服だ。
ナイフで喉元を捌き、心臓に刃を突き立てれば殺せる筈だ。
この世にいや、この宇宙に中枢部を爆発させられ、体をバラバラにされ、胸を貫かれても生きている者などいない、折紙はそう考えていた。
足音も無く、風が吹き抜けるように折紙は走り出した。衣擦れの音さえも無く、ただただ無音だった。完璧な接近と言えたがナイフを振りかぶる動作に入ると――。
「見かけによらず、凶暴ですのね折紙さん」
「――!」
「きひひひ」
押し殺したような怪奇な笑い声を上げ、折紙の足下の影から無数の腕が伸びる。両足を絡め取り、体を這うようして血の気が無い腕達は折紙からナイフを取り上げて腕を掴み、近くの壁へ押し付けられた。
「ダァメですわよ折紙さん、こんなナイフ一本で私を殺そうなんて」
身動きの一切を封じ込めた狂三はナイフを慣れた手つきでくるくると回してから切っ先を折紙へ突きつけた。
「あなたは士道に何する気」
「どおしてそんな事を聞くんですの?」
「あなたは、士道に対する色目が異常」
狂三は再び奇声にも似た笑い声を上げながら折紙の内股を撫で上げた。
「っ……!」
「あらあら、意外と初々しい反応ですのね。わたくしは、士道さんが欲しい、士道さんの全てをわたくしの中に納めたい……! 彼は至高ですわ、最高ですわ、彼は本当に美味しそうですわ」
折紙はこの状況下で一つ誓った。必ず士道をこの女から守り抜いて見せると。真那の言った通り、最悪の精霊の名に恥じぬ危険性だ。
「さあ、まずはあなたから食べてさし上げますわ」
狂三が奪い取ったナイフを突き刺そうと腕に力を込めた。折紙は反射的に目を閉じた。少ししても痛みが襲って来ない、ゆっくりと目を開けると狂三の持っていたナイフは吹き飛び粉々に砕け散り、狂三自身も何があったのか理解していない様子だ。
だが何か弾が飛んで来たのは確かだ。狂三が弾道を予想して飛来した方向を見たが、小高い丘にスポーツカーが一台停まっているだけで異変は無い。
「何やら邪魔が入りましたので調理は止めですわね。もう直接食べてあげますわ」
今度は狂三が吹き飛び、地面を何度か転げた。同時に折紙の拘束も解けた。
「無事で安心したです。ナイトメア相手にナイフ一本で殺ろうなんて無謀としか言えねーですけど」
嵩宮真那はCR-ユニットを纏った姿で空中から舞い降りた。
「鳶一一曹、怪我はねーですか?」
「問題ない」
「なら下がってて下さい。これは私の獲物ですいやがります」
「きひっ、きひひひ! お久しぶりですわね真那さん、遙々こんな所まで追いかけて来ますなんて」
起き上がった狂三は来禅高校の制服ではなく、赤と黒の混じり合ったドレス姿へ変わっていた。それが狂三の霊装というのは言わずとも分かる。
「いつも通り、殺してやりますよ」
「驕りは勝利の足下を突き崩しますわよ」
狂三は旧式の歩兵銃を手に取り、銃口を真那に突きつけた。
次の瞬間、空中に六本の光が走る。折紙も何とか目で追えたのは真那の最初の挙動だけだ。
後の動きは全く見えなかった。真那の前でぶつ切りになった肉片が狂三だと解るまでに折紙は一〇秒も要した。
「凄い……」
折紙は心から感嘆の念を漏らした。
「鳶一一曹は帰ってくれて大丈夫です。これは私が処理しますんで」
精霊を討ったと言うのに真那の表情は芳しくない。むしろ、少し痩けているようにも見えた。
フラクシナスの屋上では機能停止したグリムロックと四糸乃、そしてパーセプターがいた。四糸乃は何かとグリムロックの様子を見に来ている。彼がもし目を覚ました時に直ぐに会えるようにだ。
パーセプターはグリムロックを近くで見守る四糸乃を気遣うように言葉を投げた。
「グリムロックが心配かい?」
コクリと四糸乃は首を縦に振った。
「大丈夫、心配無用だ。このエネルゴンキューブを注入すればグリムロックは元気いっぱいだ」
本音を言うなら目覚めて欲しくはないパーセプターだ。別にグリムロックが嫌いという訳ではない、しかしグリムロックはオプティマスと大戦時に意見が対立している。それにグリムロック自身もオプティマスを司令官と認めていない節がある。悩みの種は出来るだけ増やしたくはなかった。
メトロフレックス、オメガスプリーム、彼等のような超大型のトランスフォーマーに次ぐ戦力だ。オプティマスはメガトロンがまだ生きていると考察していたが、パーセプターはそうは思わない。
凄まじい悪運の持ち主でもメガトロンは深い手傷を負っていたし、アークやネメシスと共に別の空間へ消えて行ったのはこの目で見ている。
もう、戦備を整えなくても良い。
パーセプターはそう思いたかった。
「ところで君はグリムロックとはどう言う関係なのかね?」
いつも動かないグリムロックの見舞いに来る可憐な少女が少し気になっていた。どう見ても乱暴者とは吊りあっているようには見えないからだ。
「と……友達……です」
「ほう、友達か」
意外な回答にパーセプターは面食らった。オートボットきっての荒くれ集団ライトニング・ストライク・コーリション・フォースのリーダーを勤めていたのだ。身内でも手を焼いてオプティマスの言う事すらも聞かない問題児と友達という関係になれたのだからパーセプターは感心してしまった。
「ここに来てからのグリムロックについて教えてくれるかな?」
『うん、いいよー! ちなみによしのんの名前はよしのん、よろしくねー! 最近は自己紹介が遅れる事が多いから先にやっておくよ!』
突如喋り始めた左手のパペットに驚いて思わず目を剥いた。
「わ、私はパーセプター、科学者をしている」
「四糸乃……です……」
『グリムロックはね~すんごく乱暴だけどぉ~いつもよしのんや四糸乃の事を気にしてくれてぇ~とっても良い奴だよ! 何度も四糸乃の事を守ってくれたしね!』
意外な返答だった。
足下にいるこの少女がグリムロックに仲間意識を持たれるような強さは感じられない。むしろ、グリムロックが嫌う弱き者だ。とことん仲間意識が強く、敵には徹底して容赦のない性格だ。認められているのならばどんな時でも守ってくれるだろう。
「グリムロックは私達から見ても、危険な男なんだがね」
『そうかなぁ~? 確かにおバカでやることなすこと荒っぽいし、よく物は壊したりするけど……』
「でもグリムロックさんは……本当は……優しい人です……」
「……。そうか……リペアを開始しよう」
パーセプターは用意していたエネルゴンキューブを手にとってグリムロックの口の中へ入れた。
『そう言えばさ、結局グリムロックが止まっちゃった原因って何なのさ』
「エネルゴン不足だよ。エネルゴンは私達の命の源、彼の様子を見る限りでは地球に来てから十分なエネルゴンを摂取していないだろう?」
不意に四糸乃はグリムロックを初めて森で見かけた時の事を思い出した。
――お前、エネルゴン、持ってない? グリムロックは腹を空かせながらそんな事を言っていた。
「グリムロックが地球に来て二週間。人間で言うなら二週間も飲まず食わずに過ごしているんだよ。一応、魚も食べているようだけど彼の巨体を維持出来るカロリーが無い」
パーセプターはグリムロックが地球に来てからの映像を琴里の許可を得て見せて貰っている。戦うリムロックを見た時、パーセプターは目を疑った。パーセプターが知るグリムロックはまだティラノサウルスに改造される前の姿だ。オートボットはダイノボットが大戦時に行方知れずになったのは知っているが、改造された事は知らないのだ。同一人物かどうか怪しみながらもパーセプターは映像を見ていた。
ロボットモードに変形した姿には確かにグリムロックの面影が残っていたので何とかこの恐竜がグリムロックだと言うのが解った程だ。
姿に驚かせられたが、もう一つ驚いたのは彼の戦闘力の向上だ。パーセプターが知る限りではここまで化物染みた強さではなかった。
「更に言うならねグリムロックが君を助けようと怒りに体が赤くなった時、体内のエネルゴンを大量に燃焼させていた。それで力が尽きたんだろう」
喋りながらも手を休めずに口の中にいくつもエネルゴンキューブを食べさせてやる。用意していたキューブを全て口に放り込んでパーセプターは少しだけ離れた。
「私の計算が正しいのならこれで起きる筈だよ」
四糸乃の目により力がこもり祈るように手を合わせていた。
グリムロックの体内に吸収されたエネルゴンは停止した機関に染み込み、体中の赤いラインが光りグリムロックの目も強めの赤色が灯る。巨体をガクガクと震わせながら体が弓なりに反ったり、くの字に折れ曲がったり激しい動きを繰り返し、やがて動きを止める。
「グリムロックさん……?」
「ふぁ~あ」
大きなあくびをかきながらグリムロックはロボットモードに変形して背伸びをした。
「お、四糸乃、おはよう」
いつもの調子でグリムロックが挨拶すると四糸乃は嬉しいさで目に涙が浮かんだ。
「グリムロックさん……! 良かったです……本当に……生き返って……!」
「あ? 俺、グリムロック。死んだ覚えない」
四糸乃を肩に乗せてやった。
『グリムロック、キミは体のエネルゴンが切れて寝ていたんだよ!』
「俺、グリムロック。確か十香と買い物行った帰りにメチャクチャ腹が減った。でも今、腹減ってない。何でだ」
「グリムロック、私を覚えているかい?」
何故、四糸乃が泣いているのか分からない状態でグリムロックはパーセプターに声をかけられた。視線を落とすと懐かしい顔があった。今後、オートボットと会う事はないだろうと考えていたグリムロックだったが、意外な所で再開を果たした。
「パーセプター……何で、お前がいる」
「話せば長くなるんだ。とりあえず、復活おめでとう。グリムロック、君に合わせたい人がいるんだ。来てくれるかい?」
グリムロックはパーセプターを睨み付けると四糸乃を優しく地面に下ろしてついて行った。
「俺、グリムロック。四糸乃は、ここで待ってろ」
フラクシナスの転送装置で二人は士道の家の隣にあるトランスフォーマー用マンションに送られた。グリムロックはマンションを見上げていつの間にか完成していた新たな住まいに期待していた。
元々はグリムロックが住むように造られた家、スペースがかなり広めに取られており他のオートボット達が使うに不自由ない程だ。新しい住居に足を踏み入れ、オートボットのマークが刻まれた巨大なゲートがゆっくりと開く。
パーセプターの後に続いてゲートの内側へ入った先には懐かしい顔ぶれが並んでいた。
オートボットは変わってしまった大型のトランスフォーマーを見て一目でグリムロックだと認識出来た。馬鹿正直な荒々しいオーラはグリムロック以外のメンバーにもヒシヒシと伝わっている。
「グリムロック、治ったんだな。良かった」
「オプティマス……!」
グリムロックは唸るようにオプティマスの名を呼んだ。
「俺は、お前、認めない」
「何の事だ」
「弱いお前、リーダーの、資格ない」
「バカモン、お前さんまだそんな事を言っているのか。オプティマスは正式な
アイアンハイドが口を挟む。
「黙れ、老いぼれ」
「なっ……言うに事欠いて老いぼれだと!?」
「ブッー! 爺さんグリムロックにも老いぼれ呼ばわりたぁ情けねえな。そろそろ隠居かぁオイ!」
ワーパスはこらえ切れずに吹き出しながら言った。
「やかましいワーパス! グリムロック、お前が強いのはみんな分かっている。だが強いだけじゃあリーダーになれないんだ」
「オプティマス、ショックウェーブの計画、見抜けなかった! メガトロンから、星を、守れなかった!」
ダークエネルゴンの侵食の所為でプライマスをシャットダウンしなければいけない事態に陥った。メガトロンがプライマスに進軍していた際にオートボットの指揮をしていたのはゼータプライムだ。
それからのゼータプライムの死へのショックや軍団を率いる責任、元は単なる書記官に過ぎなかったオプティマスにはかなりの重荷である。それでもリーダーが泣き言を言えば組織は容易く自壊する。
新しい司令官としては良くやっている。だが、グリムロックはまだオプティマスを司令官として認めていない。彼の気質は、力を絶対視しているからだ。
「グリムロック、みんな君の部隊のような力任せのトランスフォーマーだけじゃない。戦う事を嫌うトランスフォーマーもいるんだ」
「トランスフォーマー、戦う為に生まれてきた! 何百万年も戦ってる!」
「力を制御せずに振りかざすのはディセプティコンと変わらない!」
オプティマスの語気も強くなって来た。
「弱い司令官、いらない! お前、俺のリーダーに、相応しくない!」
「いい加減にしないか、グリムロック。まだメガトロンの死に顔を見てないんだ。戦争は終わっていない、仲間割れをしてどうする!」
グリムロックとオプティマスの一触即発の状況にアイアンハイドが仲裁に入った。
グリムロックは部屋にいたオートボット達を一瞥すると威嚇するように荒く、鼻息を鳴らして基地を出て行った。ゲートが開いてグリムロックが出て行ってゆっくりと閉じるとアイアンハイドは直ぐにオプティマスに詰め寄った。
「全く困ったものですね、アイツには一度お灸を据えてやらん事には収まりませんな」
腕組みをしてアイアンハイドはグリムロックの態度に呆れるように首を振った。
「このまま彼が大人しくなるとは思えないが……」
「ですね」
「私も少しヒヤヒヤしましたよ。こんな所で喧嘩を始められたら基地が保たない」
考える限り最も穏便な形で今日は収まってくれてパーセプターは安堵感に額を拭った。
「だがよオプティマス、あのヤロー絶対このままじゃあ引き下がらないぜ。事を起こされる前にオレが静かにさせてやるか!」
「やめんか、乱暴な考えは。それにワーパス、お前じゃあグリムロックに勝てんよ」
ぐうの音も出ない。ワーパスもそれくらい分かっているが、いざ言われると胸に刺さる物がある。
「グリムロックが私を認めるまで諦めるつもりはない。何とか話し合いでの解決を考えている」
「話し合い……ねぇ」
アイアンハイドは訝しげな顔をした。
狂三と別れた帰り道、士道と十香を一台のスポーツカーが迎えに来てくれた。運転席には誰も乗っていないのですぐにジャズであると分かる。初見ならば気がつかないか、見間違いだと思って一般人は無視してしまう。
ドアが自動的に開く。
「さ、乗りなよお二人さん」
「ありがとうジャズ」
導かれるようにして二人は車内へ上がった。
「学校とは賑やか所なんだね」
「ジャズ、今日はあまりに目立ち過ぎだって」
「そうだったかな、今度から気をつけるよ。ところで精霊というのはみんなあんな可愛らしいお嬢さんなのかい?」
「ぬ? ジャズは誰が精霊か分かったのか?」
「ああ、わかったよ。センサーに異常な数値を叩き出している。人間には無理な現象さ」
人類の天敵、精霊を尾行していて正解だと思った。その証拠に士道のクラスメートを一人助ける事が出来たのだから。
危険極まりない生物だがジャズはみんながみんな狂三のような歪んだ思考とは思っていない。琴里から聞いた限りでは、今乗せている十香や四糸乃も精霊だ。少なくともこの二人は害はない。
「ところで士道。君の兄妹は一人だけなのかい?」
「うん、そうだけど。何でまたそんな事聞いたんだ?」
「ちょっと気になっただけさ」
会話を交わしている間にジャズは五河家の門の前に到着した。
「ご乗車ありがとうございます。お忘れ物なさいませんようにお降り下さい」
「なんかバスガイドみたいだな」
「ハハッ、一度言ってみたかったんだ」
車から降りて士道が家に入ろうとすると何か視線を感じた。咄嗟に辺りを見回すと見知らぬ少女が立っていた。いや、見覚えがある、確か温泉に行った時に燎子の隣に立っていた娘だ。
泣き黒子が特徴的なその少女はジリジリと士道に詰め寄って来る。
「な、何かな?」
真那はジッと士道を見てから笑顔になる。
「会いたかったですよ、兄様!」
「兄様!?」
「ビンゴォ! まさか本当に兄妹がいたんだな!? ――あっ」
思わずジャズが喋ってしまい真那は車の方を見た。
「今この車喋りませんでした?」
「そんな筈ないだろ~、車が喋るなんてアニメの見過ぎだって」
士道が言うが真那はジロジロとその車を見回した。
「それより君、さっき俺を兄って言ったけどどういう事だ?」
「私は嵩宮真那って言いやがります。私は五河士道の実妹でやがります!」
「ちょっと……詳しく聞かせてもらうぞ。まあ上がってよ」
「はいです!」
真那を家に上げるとジャズは特設マンションへと帰って行った。リビングの椅子に座らせると士道はお茶を出してやる。そしてインカムを使ってフラクシナスの琴里に連絡を取った。
「あ、あの琴里?」
『もしもし? どうしたのよ士道』
「ちゃんと聞いてくれよ」
『うん』
「何か、家に実妹を名乗る娘が来たんだけど」
「何ですってー!?」
士道が伝達してから約一秒、琴里は自宅にすっ飛んで帰って来た。リビングのドアを蹴飛ばして琴里は大きく跳躍して椅子に座った。
なんとも器用な事をする。
「私は五河琴里、士道の妹よ! あんたは誰なの?」
「嵩宮真那でやがります。よろしくお願いです、姉様!」
「誰が姉様よ! そもそもあんた、何で自分が士道の妹って分かるのよ!」
士道も席に着いて詳しく聞こうと身を乗り出していた。すると真那はおもむろにシャツの中に入れていたペンダントを取り出すと中に入っていた少年と真那の写真を見せた。
その写真を士道と琴里は食い入るように見る。
「他人の空似じゃないの?」
「いいえ、兄様は兄様です。一目見た時に気付きました。この写真の頃から兄様は変わってやがりません」
「なあ真那、お前は昔の家族の事は覚えていないのか!? 何でも良い教えてくれ!」
「う~ん、それがここ数年の記憶は残っているんですが、それ以前の記憶はサッパリで」
「そうか……悪かったな」
「それで、士道をどうするつもり? 士道はもうウチの家族よ。今さら連れて行こうなんてさせないわ」
「いえいえ、姉様。私は兄様の元気な姿を見たかっただけです。今さらどうこうしようなんて考えていません」
「ああ、そうなのね……っか誰が姉様よ!」
『何だか面白い話になってるねぇ!』
「シドー! ところで義妹や実妹とはどういう意味なのだ!?」
『十香ちゃん、それはお米だよん。どんぶりにするのがオススメだよ』
「オォー! それは食べてみたいぞシドー!」
「俺を犯罪者にする気か! ところで真那、お前は今どうやって生活しているんだ? 養ってくれる人がいるなら是非、挨拶しないとさ」
「え、いえ! そんな兄様が気にする必要ねーですよ! じゃあ、私はこれにて失礼しやがります!」
そう言って真那は逃げるようにして家を後にした。もう一人、妹がいたのは士道にしても琴里にしても意外である。
「やあ、士道! やっぱりさっきの子は君の妹だったかい?」
庭先にはジャズが腰を曲げてリビングを覗き込んでいる姿がある。オートボットの中でもジャズは士道達にフランクに接してくれる。
「ああ、本当だよ」
「そうか、良かったよ。兄妹が再び再開出来て」
「なあジャズ、そう言えばグリムロックはどうなったんだ」
「グリムロックさんは……また……起きました」
ジャズが答える前に四糸乃が言った。けれどもジャズは素直に喜べないような顔をしている。
「ああ~グリムロックね……彼は……まあ元気だよ」
言葉を濁すようにしてジャズは明後日の方を向いた。
一方、オートボットの基地もとい特設マンションの地下ではオプティマスはテレトラン1に届いたメッセージを睨むように見ていた。
発信者はグリムロックだ。
オプティマスはそのメッセージを読むと何度か頷いて画面を閉じた。
そして、ジャズにグリムロックのメッセージを伝え、オートボットの指揮を任せるとオプティマスはトラックへ変形して基地を出て行った。