デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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次回の投稿は12月22日です。


9話 宇宙からやって来た赤い奴等

 宇宙空間を五つの小惑星が漂っていた。その小惑星等はまるで意思を持つように宇宙のゴミにぶつかろうとすると右へズレてかわし、左へ旋回して回避している。五つの小惑星は何か目的地へ向かっているかのようだ。その証拠に五つとも綺麗に飛来する隕石を避けながら蒼く宝石のようにポツンと宇宙に浮かぶ美しい星、地球を目指して飛んでいるからだ。地球の大気圏に突入するとその小惑星等は動きを止めて衝撃に備えていた。加速が付き、小惑星は恐るべき速度で地上へ向かって一直線に落ちて来る。小惑星の全体が摩擦で赤くなり高い熱を帯びている。

 小惑星が地上へ落ちた時、ある一ヶ所からスラスターを逆噴射させて衝撃と速度を緩和させながら落下した。一つは丘の上に一つは自動車メーカーの屋上にまた一つは民家の庭に一つは陸自の基地の近くにそして一つは天宮市の外れ、グリムロックが落ちた場所に墜落した。落下先は皆別々だが、五つの小惑星は同時にグラグラと動き出し張り付いた外壁を足で蹴り飛ばしながら中から出て来た。

 中にいたのは人間の何倍もある巨躯を持つ鋼鉄の巨人達だ。個体差はあるが全員人間よりも大きいのは確かだ。緩やかに落下したとは言え、それは隕石の落下で被害を被らない程度の話だ。巨人達は手短な人間の乗り物をスキャンする。

 目から青い光を放ち、気に入った乗り物を光で読み取りデータを自身の体に反映させるのだ。グリムロックが落ちた場所にいた一人のトランスフォーマーは、赤色のボンネットタイプのトレーラートラックをスキャンしていた。人気が無く、誰にも見られていない。

 ロボットモードからビークルモードへ変形して赤いトランスフォーマーは公道を人間達と変わらない調子で走って行った。

 またある別の場所、民家の庭に墜落したトランスフォーマーは酷く機嫌が悪かった。墜落場所が庭のプールで全身がびしょ濡れになったからだ。 プールから出て来ると彼は一つの視線に気付いた。それは小さな可愛らしい人間の少女でその子を睨むようにジッと見下ろしていると。

「歯が抜けると現れる妖精さん?」

 少女の問いを無視して彼は塀を乗り越えて行ってしまった。

 そして自動車メーカーに落下した一人は機嫌が良かった。人間達の格好良い車に囲まれながら自分に合う車がどれかとじっくりと選んでいる。しかし、先ほどから警報がうるさい、彼は右手からグラップルビームで警報機を引きちぎって静かにさせてから気に入った車をスキャンして颯爽と去って行った。

 陸自の基地の付近に墜落した不運なトランスフォーマーは大きな体ながらも素早く動いてたまたま見つけた戦車をスキャンした。自衛隊員が探しに来る前にさっさと退散した。

 丘の上に落ちた一人は近くにスキャン出来る物がなくて困っていた。とにかく何かに姿を変えなくては見つかってしまうと考えた彼は偶然、草むらに投棄されていた顕微鏡を見てそれに姿を変える事にした。

 

 

 

 

 グリムロックの容態は依然変化はない。固まったまま動かずに横たわったままである。令音が原因を解明すべくグリムロックの体を調べていると原因は簡単に発覚した。グリムロックの体内のエネルゴンが枯渇していたのだ。助けたい気持ちはあるが、令音はもちろんラタトスク機関にエネルゴンを精製する技術を持つ者はいない。今から研究に取りかかっていれば五年以上は掛かる。そんなに長い時間待っていられない。

「グリムロックの容態は?」

「変化なし、エネルゴンをどうにかして与えてやりたいのだがね……」

「でも令音、地球はエネルゴンがいっぱいあるんでしょ?」

「そうだ、精製方法も知らないし使用用途が見いだせていないから不要と判断されていた」

「何かとかエネルゴンをグリムロックに注入出来ないかしらね」

 パネル越しにグリムロックの姿を見て助け出す方法を思案するのだが、今の人間の技術ではどうしても時間がかかってしまう。

「未精製のエネルゴンではダメかもしれない。しっかりとトランスフォーマー用に加工してからではないと使えないと見て良いだろうね」

 琴里はチラッと横目で四糸乃を見守った。グリムロックが倒れたと聞いて泣き出しそうな程に心配していたのは四糸乃だからだ。精神的に不安定になれば精霊の力の逆流もあり得る話だ。一応ASTにバレる心配は少ない。

「今この星でエネルゴンはそうだが、トランスフォーマーについて知っている人間がどれだけいるか……」

 ラタトスク機関の上層部にはトランスフォーマーの事は伝えてある。皆、心底驚いた顔をして中には信じない者もいた。証拠としてグリムロックの映像を見せるが、出来の良いCGと言う者もいたくらいだ。ラタトスクの上層部もトランスフォーマーに関する情報は知らない様子だった。

「琴里、エネルゴンの解析はこちらで出来る限り進めておくよ。今は四糸乃の心を癒やす事を考えるんだ」

「ええ、そうね力が逆流されたらたまったもんじゃないわ」

 四糸乃を転送装置で家まで送ってやり、面倒は士道が見るようになった。グリムロックの次に懐いているのは士道だ。少しでもショックを和らげストレスを溜め込まないように士道は勤める事にした。

「よう、四糸乃」

 迎え入れた四糸乃に士道は気さくに笑って見せた。士道と顔を合わすとキスをした記憶が蘇り、顔から火が出る程恥ずかしくなって来る。フードで顔を覆い隠し、四糸乃は頬を赤らめてあがった。

 リビングに通されて適当な席に座っておいてもらうと士道はキッチンに入り、冷蔵庫から冷えた麦茶をコップに入れた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……ござい……ます……」

「何か食べるか?」

「いえ……大丈夫です……」

「そうか、麦茶でも飲んでリラックスしな」

 士道はテレビをつけて適当なドラマの再放送を見せてやった。内容は分からないが昼ドラの再放送だったのでドロドロした展開というのは予想出来た。しかし、四糸乃は意外と興味を持って食い入るように見始めた。

「シドー……」

 小さな声で十香はリビングの外から士道を手招きしながら呼んでいる。

「どうした、十香?」

 士道も十香に合わせて声を小さくした。

「四糸乃、やはり元気が無いな」

「ああ」

「せっかくだし三人でどこか遊びにでも行きたいのだが」

「そうだな……家にいてもしょうが無いか……」

「そ、そこでだな士道……温泉なんかはどうかな?」

「温泉?」

「そうだ。天宮温泉だ」

 天宮温泉と聞いて士道は相槌を打つ。温泉はリラックスにぴったりだ。それに十香のキラキラした目と背中に隠した温泉のパンフレットを見る限り、温泉にかなり興味があったのだろう。

「よし、琴里に連絡してみるよ」

「ホントか!? これで温泉に――ではなく、四糸乃を元気づけられるな」

 四糸乃を元気づけられるという建て前から単純に温泉に行きたいという欲が見え隠れしている。士道は苦笑いをしながらインカムから琴里へ繋いだ。

「もしもし、琴里ちゃん? おにーちゃんだけど、ちょ~っとお願いして良いかなぁ?」

『…………。何よ気持ち悪い』

 明らかに士道の口調も声のトーンも違い、琴里は警戒するように対応して来た。

「十香の案なんだがな、温泉でも行って四糸乃を癒やしたらどうだって話なんだがな」

『へぇ~、意外と良いじゃない。ちょっとした旅行ね』

「ああ、琴里も来るだろ?」

『あ、あたしは他に仕事があるから……。車は用意するから令音と行って来なさい』

「ラタトスクの仕事はまだ忙しいんだな」

『そうよ』

「うーん」

『どうしたのよ?』

「琴里も居た方が楽しいんだけどな。仕事が落ち着いたら来るってのはどうだ?」

『ふんっ、そんなに来て欲しいなら仕方ないわね。ある程度落ち着いたら合流するわ』

 温泉計画は快諾してくれた。後は着替えを用意する必要がある。四糸乃も霊装以外の服も用意してやらないといけない。と、なると今日中に町に買い物に行く必要がある。士道は廊下からテレビに没頭している四糸乃を見た。人見知りが激しい四糸乃を急に人気の多い場所に連れて行って良いものかと思考する。

 難しい顔で四糸乃を凝視していると背後から十香が声をかけてきた。温泉が楽しみで仕方がないと言った声色だ。

「シドー、どうしたのだそんな難しい顔して?」

「四糸乃の服のサイズっていくつかな?」

「何だそんなコトか! 私が聞いてきてやろう! 四糸乃ー!」

 一切躊躇いもせずに十香はリビングに入って行き、四糸乃に声をかけた。

「――! 十……香……さん?」

 まだ十香に慣れていないのか、四糸乃の声はかなり震えている。

「四糸乃、お前の服のサイズはいくつだ?」

「へ? 服……ですか?」

 霊装以外着た事がない四糸乃。霊装は自分の体にぴったり合わせて生成してくれる。どこかのメーカーのオーダーメイドではない。

 四糸乃が自分の服のサイズなど考えた事もない。

「わ、わかりません」

「わからんだと!?」

「ひっ……」

 十香が声を上げただけでも四糸乃の目は泳いで落ち着きが無くなっていた。直情的な十香にこれ以上任せておけない士道は、リビングへ足を踏み込んで仲裁に入った。

「十香、もういい俺から聞くよ」

 十香をなだめて士道は四糸乃の隣に座って頭を撫でる。

「なあ四糸乃、お前他の服とか着た事が無いんだよな?」

 そう聞くと四糸乃はぶんぶんと首を横に振って否定した。――はて、他に何か着ていたのか? 士道が頭の中で疑問符を浮かべていると小さな口をなんとか開いて答えてくれた。

「士道さん……の……ワイシャツ……」

「――!?」

「なっ!? 何故貴様が士道のシャツを着ていたのだ!」

「落ち着け十香! これには深い訳があるんだ!」

 士道もすっかり忘れていた。確かに四糸乃が風邪をひいた際に服を脱がせて自身のシャツを着せた事があった。サイズはかなりダボダボだったが。

「十香、とにかく四糸乃とはそんな変な関係じゃないからな?」

『いやぁ~でも士道くんってぇ、あの時寝ているよしのんを脱がせていたよね!』

 ここぞとばかりによしのんが喋り出した。しかもまた十香の嫉妬に引火しそうな言葉をつらつらと吐き出している。

「よしのん、少し黙っててくれ」

「おのれ、シドー……私が居ぬ間にそんな破廉恥極まりないない事をぉ~!」

「違うんだって、あぁ~話がややこしくなるぅ~!」

 四糸乃の服のサイズそっちのけで士道は十香に事情を説明して理解出来るまでに一時間以上もかかってしまった。

 結局、四糸乃も自分のサイズについて知らないので町に買いに行くという結論が出た。

 

 

 

 

 自衛隊天宮駐屯地のASTは訓練以外に全く、やる事がなかった。駐屯地の責任者の桐谷もいないし、最近は嵩宮真那という補充要員の相手をしている燎子は体のあちこちが痛くて仕方がない。今日は折紙の復帰の日だ、燎子は隊長室の机に突っ伏して温泉のパンフレットを眺めていた。

 そんな燎子の部屋の扉を何者かがノックした。

「どうぞ」

 投げやりな口調で入室を許可すると入って来たのは折紙だ。

「ああ、折紙復帰したのね!」

「少しの間、迷惑をかけた」

「気にしない気にしない。まだ殆どの奴が入院中だしね。真那にはもう合った?」

「いえ、まだ」

「一回、戦ってみなさい。メチャクチャ強いわよ」

 実際に戦ってやられた燎子が言うのだから間違いは無い。

 またドアをノックする音がすると燎子は入室を許可した。

「失礼しやがります!」

 奇妙な口調が特徴の真那が隊長室へと入って来ると見知らぬ顔があった。折紙の事だ。

「隊長殿、こちらの方はどなたでいやがりますか?」

「折紙、自己紹介しなさい」

「鳶一折紙一曹、よろしく」

「嵩宮真那三尉、よろしくお願いです」

 互いに握手を交わす。それだけで折紙は真那の現在の強大な力を感じた。刺々しく可憐な少女には計り知れない重みがある。この年齢でたどり着ける域の強さではないのは確かだ。真那もまた折紙の強さをある程度まで推し量れた。しかし、本当に強さを知るには直に、肌に感じる戦いをする必要がある。

「鳶一一曹、私と一回勝負しましょうよ」

「構わない。あなたが補充要員としてどれだけの力量がこの目で見てみたい」

 両者の同意と燎子の許可により早速模擬戦が開始された。

 フィールドは駐屯地の地下にある街並みを再現した。太陽光も精密に再現されて地下だと言うのに外にいるような感覚だ。街並みも天宮市を完璧なまでに作り上げており、訓練用フィールドというよりも一種の造形と見た方が良いかもしれない。

 折紙が装着するのは一般的なCR-ユニットだが真那が着けているのは見たことが無い物だ。DEMの新型と想定して構わないだろう。両肩には独立して動く広線形の葉のような形の肩当てが取り付けられておりそれがやけに目立って見えた。

「では、始めますよ鳶一一曹」

「いつでも構わない」

 模擬戦が開始され、早くも両肩の肩当てが動き、先端から三本の細い光線が折紙に目掛けて放たれた。脅威的なスピードだが、かわせない程ではない。真横へ飛んだ折紙だったが光線は突如として直角に曲がり、折紙を追撃する。レーザーとは思えない生き生きとした動きに驚かされる。

 ブレードでレーザーを防いでから持っていたハンドガンで真那の額を狙い撃つ。常人なら防御も回避も間に合わない筈なのだが、弾丸は空中で両断されあらぬ方向へと飛んで行く。真那を守ったのはもう片方の肩当てから伸びた三本のレーザーだ。三本束ねて運用していた真那のレーザーは散会して動き回り、三方向から狙って来る。

 上下左右、あらゆる方向へ逃げ回る折紙に対して真那は未だに一歩たりとも動いてはいない。背面のスラスターを切り、急激に減速したかと思うと別の方向に噴気口を向けて最大出力でスラスターを噴かした。鋭角な切り返しに真那のレーザーが折紙を捉え損なった。

 退院したてでも折紙は体の負担など考えずに急減速と急加速を利用して真那との距離を詰めて、二メートルの位置にまで近付くと真那を守っていた別のレーザーさえも折紙に牙を剥いた。

 前方と後方から迫る生きたレーザー、それをやり過ごすには更なる加速が必要だ。CR-ユニットの駆動系が火花を散らし、真横にスラスターの最大出力を使って飛んだ。

 燎子の目には折紙が消えたように映る。しかし、真那の目には折紙の性能に無理をさせた動きは鮮明に捉えられていた。

 高い精度を誇るレーザーは、折紙のスラスターを串刺しにして破壊する。機動力を失った折紙に勝ち目は無くなり、降参を余儀無くされた。

「強いですね、鳶一一曹。今まで会った魔導師の中でも五本の指に入るくらい強いです」

 機体性能だけではない。今回の戦いで分かったのは胴体視力が極めて高く、目に見える情報の処理速度が早い。身体的能力は見れなかったが、真那の実力は良く分かった。

 真那は手を差し伸べ折紙を引き立たせた。

「嵩宮三尉、あなたは精霊を倒した事があると聞いた。それは本当?」

「はい、本当です」

「詳しい聞かせて欲しい」

「はいです」

 模擬戦用フィールドを後にして一度二人は着替えを済ませると燎子と折紙を含めた三人は隊長室へ集まっていた。折紙は精霊を倒した事に関する話をとにかく聞きたいのだ。燎子は自分の席に着いてふと、温泉旅行のチラシが目に入った。本来ならば休暇で温泉旅行に行けた筈なのだが、度重なる事態の所為で休暇が無くなり、自動的に温泉旅行も消滅した。

「さあ、まだまだそのナイトメアって言う精霊について聞きたい事があるわ」

「ナイトメア?」

 折紙が尋ねた。

「嵩宮三尉が倒した精霊の識別名よ」

「はいです。まあ倒したって言えば微妙なトコですけど。ナイトメアについて分かっていやがるのは殺しても死にきらない事、自分の意思で人を殺す事です」

「具体的にどうやって――」

 折紙が最も気になる所を聞こうとした所で隊長室に一人の隊員がノックもせずに飛び込んで来た。

「隊長ぉ!」

「何?」

 話を中断されて燎子はムッとした表情を作った。

「隊長、朗報です!」

「だからな何なの」

「隊長、温泉へ行きましょう!」

「は?」

 燎子、真那、折紙の三者の声が見事に揃った。

「温泉ねぇ行けたら行きたいもんだわ~」

「いえいえですから行けるんですよ。嵩宮三尉の歓迎も込み込みで!」

 若いその隊員はどこからか持って来た休暇の許可証を三人に突きつけた。

「どうです!」

 許可証にはしっかり桐谷のハンコも押してある。燎子は表情が緩むと机を飛び越えて隊員の子をギュッと抱き締めた。

「やったぜベイビー! あんたは二階級特進よ!」

「あれれ? 私死んでます?」

「よっしゃー! 温泉だ温泉だ温泉だぁ!」

「陸自ってのは賑やかですね」

「私は反対」

 温泉と休暇に色めき立った空気を切って落としたのは折紙だ。

「そんな事に時間をつぎ込むならもっと訓練に励むべき」

「しょんな~折紙ぃ~あたし温泉行きたいのぉ~」

「そんな哀れっぽい声を出さないで」

 その時である。

 折紙のケータイに着信があった。発信者に五河士道と記されており折紙は嬉しくなって少し頬が赤くなる。

「もしもし?」

『あ、折紙か? ちょっと前に本借りたよな? あれ返すのもう少し後でいいか?』

「構わない。でも何故?」

『ああ、それがちょっとな』

『シドー、温泉だぞ温泉! しかも混浴だぞー! 楽しみだぞー!』

 電話の向こうから憎き十香の声が。

『士道さん、温泉ってどんなのですか?』

 更に四糸乃の声までもが。

『あ、悪いな折紙。ちょっと旅行中なんだ。また今度』

 そう言って電話は切れてしまった。ついでに折紙の中の何かもキレている。ミシミシっと握っていたケータイを握りつぶす。

 若い隊員も燎子も爆発寸前の折紙に恐れおののいた。

「隊長、温泉に行きましょう」

 折紙の同意によってASTの旅行は決まった。

 休暇を取ってリラックスしたいという思惑と士道の裸体を撮りたい思惑と、特にどうでも良いという考えが入り混じっていた。

 

 

 

 

 士道等は令音の運転するバンによって天宮温泉に向かっていた。十香も四糸乃も乗り物は初めての経験だ。いや、フラクシナスという空中艦には乗った事があるが民間車両は初めてだ。

 助手席にすわる十香は外の景色に釘付けだ。

「おぉーシドー! 車だぞ車! 景色も綺麗だな!」

「士道さん……温泉で……何するんですか?」

「そういや温泉は初めてだったな。家の風呂のデッカい版だ。でもいろんな風呂があるから楽しいぞ」

「どんな風呂だ!? 札束の風呂もあるのか!?」

「ねーよ! どこの大富豪だ!」

「私はきなこパンの風呂に入りたいぞ!」

「体ベッタベタだな。四糸乃、酔ったりしないか?」

「は、はい大丈夫……です」

「そうか、よしよし」

 士道は四糸乃の頭を優しく撫でると十香は膨れっ面で羨ましそうに睨む。

「シドー、私も私も!」

 十香が頭を撫でて欲しい様子だ。

「えぇ? こっからじゃあ届かないぞ」

 十香が助手席で士道はバンの後部座席に座っているのだ。士道がいくら手を伸ばしても届かない。

『士道くん士道くん、よしのんも撫でてよ』

「お、うん。よしよし」

「シドぉ~」

「だから届かないんだって」

「士道さん……あのクルクル回ってるの何ですか?」

「ああ、あれは床屋さんだよ。髪を切るんだ」

 後部座席では和気あいあいとしている。十香は更に頬を膨らませて不機嫌さを増している。

「四糸乃、あれは何だと思う?」

「美容院……ですか?」

「正解、よしよし」

 また頭を撫でられる四糸乃を見て十香はまたまた頬をぷくっと膨らませている。

「う、うがー! ズルいズルい、四糸乃だけズルいー!」

 十香が駄々をこね始め地団駄を踏む。

「おいおい、暴れるな――」

 地団駄を踏んだ十香はなんと、車の床を貫き勢い余って高速道路を蹴り、道路を粉砕した。道路が倒壊を始める。

「ホアアアアアアァ!」

 珍妙な悲鳴と共に士道等を乗せた車は瓦礫と共に落ちて行った。

 

 

 

 

 昼間でも人が少ない町の外れにある丘に三台の車と一機の戦車と一つの自走式顕微鏡が集合していた。赤いピックアップトラックが苛立ったように変形トランスフォームすると強靭な肉体と厳ついガタイの巨人へと姿が変わった。

 それに次いでボンネットタイプのトレーラートラックも変形を始めた。タイヤを格納し、運転席は胸に、無かった腕や足が現れて複雑に変形しながら堂々たる姿で真の姿を現した。

 一○式戦車から巨人へ、格好の良いポンティアック・ソルスティスから小柄な巨人へ、顕微鏡も変形を始めて巨人へ変わった。

「イェアアアア! やっと変形出来るぜ! 気晴らしにディセプティコンのヤローを八つ裂きにしてやりえてぇな!」

「騒ぐなワーパス、ったく若い奴は短気で叶わん」

 ひと暴れしたい血気盛んなワーパスを落ち着かせるのはオートボットの古参、歴戦の老兵アイアンハイドだ。

「ハハッ、見てくれよみんな。私が選んだ車はなかなか格好良いだろ?」

「イカしてるぜジャズ! 俺の大砲に並ぶぜ!」

「オートボット、騒ぐんじゃない。我々はこの星にピクニックに来たのではない」

 オートボットの総司令官オプティマス・プライムは皆を静めた。

「パーセプター、この星はディセプティコンが狙っていた惑星なのか?」

「はい、オプティマス。多くの仲間の消息がわかりませんが、ここがディセプティコンが狙っていた地球というのは間違いありません」

 オプティマスの記憶にはしっかり刻まれている。オートボットの希望アークとディセプティコンの最強の戦艦ネメシスとの激しい攻防戦を。両艦破壊されながらもスペースブリッジへ飛び込み、オプティマスはあの時生きている仲間に救命ポットに乗る事を命じた。

 親友ラチェットにメガトロンから受けた攻撃で瀕死の重傷を受けたバンブルビーを託し、オプティマスも救命ポットに乗った。あらゆる宇宙にオートボットは散らばって行った。生き残っている者が何名いるかも分からない。

 ディセプティコンも甚大な被害を被っているに違いないが、あのメガトロンは一度や二度殺されたくらいでは死にはしない。まだ生きていると判断して間違いはないだろう。母なる星、セイバートロンを去るという決断をした今、オプティマス等はこの地球で当分は暮らさなくてはならない。

 幸いにも地球にはエネルゴンが山ほどある。更にパーセプターというエネルゴンに関して心強い専門家に他も頼りがいのある仲間ばかりだ。

「オートボット、我々はセイバートロンが再び息を吹き返すまでこの星で生きて行くしかない。皆、波を立てるな。静かに人間社会に溶け込むんだ」

「クソォ、銃をぶっ放せないってのは辛いモンだぜ! ディセプティコンの一匹でもいたらサンドバックにして遊んでやんのによォ!」

「ワーパス、静かにしないと発声回路を切るぞ」

 一人前の戦士であるワーパスもアイアンハイドから見れば若造だ。猪突猛進なワーパスの面倒を見るのがアイアンハイドの役目になりつつあった。

「オプティマス、じゃあ臨時基地を作りましょう。ちょうどこの辺りは何もありませんしバレないでしょう」

「名案だなジャズ。早速取りかかろう、パーセプターは基地製作の指示をワーパスとアイアンハイドはパーセプターの指示に従って動け。ジャズ、君は偵察だ」

「了解オプティマス、誰でも良いからこのイカしたボディを見せてやりたいね」

 身軽なジャズはブレイクダンスでもするように軽快な動きで変形すると猛々しいエンジン音を鳴らして走り去って行った。

「ジャズの奴、すっかり地球の車を気に入ったようですね」

 楽観的なジャズの言動にやや呆れ気味のアイアンハイドだ。副官である以上、分析力や状況判断力には優れているのである程度、わきまえてはいる筈だ。

「爺さん、どうしたよ止まっちまってよ! 油でも差してやろうか!?」

 ジャズの走って行った方角を見詰めるアイアンハイドにせっせと作業をするワーパスの声が届いた。

「やかましい、小僧が! まだまだ若い奴には負けんぞ!」

 指示を下した後のオプティマスも臨時基地作成に加わって作業を始めた。

 既に天宮市には九人のトランスフォーマーが住み着こうとしている。イギリスのスタースクリームも合わせれば十人も地球に飛来しているのだ。

 天宮市のトランスフォーマー等は互いにオートボットが来ている、ディセプティコンが住んでいるという事を認知していない。顔を合わせたならさぞかし驚くだろう。

 

 

 

 

 十香が高速道路を破壊してしまい徒歩による移動となった士道等一行の最後尾をうつむき申し訳なさそうにトボトボと十香が歩いている。十香の歩調が少しずつ遅くなっていくのを見て士道はもう反省したのだろうと判断して振り返った。

「十香」

「すまんシドー、私を嫌いにならないでくれ」

「ならないよ十香」

『十香ちゃん半端ないよねー! 地団駄で高速道路を木っ端微塵なんて中々出来――むぐぐっ!?』

 また余計な事を言いそうなよしのんの口を押さえて黙らせると士道はうつむく十香と顔が合うようにしゃがみ込んで見上げた。

「構ってやれなくてごめんな。誰も怒ってないから元気出せよ。でも高速道路を破壊するのはもう勘弁な?」

「本当に私を許してくれるのか?」

「本当だ。本当と書いてマジだ」

 士道の言葉を聞いて十香の表情に明るさが蘇って来た。それを見て安心したように士道は笑った。十香程、ショボンとした顔が似合わない子はいない。士道も四糸乃の気持ちをリラックスさせる事に専念し過ぎて十香を見失う所だった。

「元気も戻った事だし、じゃあ行くか。目的地はすぐそこだしな」

 安心したのは令音もだった。十香の精神状態を観察しながらヒヤヒヤしていた所だ。

 もうしばらく移動を続けていると風景の中に土産物屋が点々と並び始めた。温泉まで近い事が分かるし、歩いている最中に店番をしている人間の何人かに見覚えがあった。とある土産物屋を横切った時、赤色のツインテールが目に入った。士道はその土産物屋に立ち寄ってみると店主としてやはり琴里がいた。

「琴里、仕事は終わったのか?」

「仕事中よ。このまま十香と四糸乃をエスコートしなさい。私もまだやる事あるから」

「ああ、頑張れよ。終わったら温泉集合な?」

「何? そんなにあたしの裸がみたいの?」

「はあ? 一緒に入る筈ないだろ」

「バカね天宮温泉は混浴よ」

「混浴……だと!?」

「知らなかったの?」

「俺が知ってる時は男女分かれてたぞ!」

「そんな事言われてもね~」

「さてはラタトスクが……!」

「どうかしらね~」

「おーいシドー! 早く来い置いて行くぞー!」

「あ、ああわかったすぐ行くよ!」

「ほら、早く行ってあげなさい。士道」

 混浴の件はうやむやにされて士道は土産物屋を出て行き十香の後を追った。

「さ、士道。戦争デート開始よ」

 何かを企むような表情で琴里は怪しく笑った。

『司令!』

 突如幹本から通信があった。

「何よ」

『緊急事態、ASTです!』

「何ですって!? チィ……朝シャンに朝風呂は大歓迎でも無断侵入はお断りよ! 厳戒態勢を敷きなさい! ASTのネズミを一匹も通すんじゃないわよ!」

『了解です!』

 予想外のASTの出現、当人等はただの温泉旅行というのに……。

 

 

 

 

 遡る事十香が高速道路を粉砕する前の話だ。名目は地下トンネル視察という目的で動いているASTだが、実態は単なる旅行だ。ついでに真那の歓迎会というのもある。

「そう言えば鳶一一曹、急に心変わりして。お電話の相手に何か言われたんでやがりますか?」

「士道に悪い虫がついている」

「士道? 五河士道でいやがりますか?」

「――!? 何故あなたが彼を知ってるの?」

「あなたこそ兄様に何なんでやがりますか?」

「兄様? 士道にこんな妹がいるなんて聞いてない」

「あなたは……もしや兄様のお友達か同級生ですか?」

 折紙は首を横に振った。

「違う、恋人」

 衝撃的発言だ。真那だけではなく、その場にいたAST隊員全員が驚愕の事実に顔を歪めた。

「折紙、恋人いたんだ」

「鳶一一曹ってそんなの全然興味ないと思ってた……」

「どんな人だろ……」

 ひそひそと折紙の恋人について憶測が飛び交っていた。

「兄様が……鳶一一曹の恋人?」

「そう」

「士道から告白して来た」

 その事を聞いて更に隊員等が色めき立った。

「鳶一一曹に告白!?」

「その子根性あるわね!」

「ハァ……良いな折紙は……私なんて恋人とかなんて遊びじゃなくて結婚よ結婚。人生の墓場を見つけないと……」

 そんな中、事件は起こったAST部隊を乗せた地下列車が急停止したのだ。十香が高速道路を破壊して地盤沈下を引き起こしたのだがAST等は地震か何かだと勘違いしていた。

 事件は更に事件を呼んだ。地下列車が激しい揺れで水道管を破壊したのだ。

 怒涛のごとく噴き出す水!

「まずいわね水道管が破裂したわ。このままじゃあ列車の中まで水が入って来る……! 総員、武装を展開しなさい!」

 旅行気分でオシャレをして来た燎子は念の為、ワイヤリングスーツを下に着ていた。

「天井をぶち抜くわよ! ファイアー!」

 真那も宴会用の着ぐるみを脱ぎ捨ててCR-ユニットを展開した。列車の天井を貫き、次にトンネルのコンクリートの天井を真那が光線で豆腐のように楽々と切り裂いて行く。

 地上へと上がる事が出来たASTは一度整列して点呼を取った。

「隊長、全員いる」

「わかったわ折紙。これより我々は徒歩による進軍を開始する! いいわね、目指すは温泉!」

「隊長、温泉とは言え浮かれてはいけない。あくまでもこれは訓練の一環として考えるべき」

 確かに皆、ラフな格好の中で折紙だけは自衛隊の迷彩柄の訓練着を着用してカメラに三脚に録音テープとマイクを持っているのだ。何の訓練か疑いたくなる。

「念の為このままワイヤリングスーツで移動するわ」

 徒歩で温泉街を目指すAST、その先には士道達がいる。本来ならば琴里はグリムロックを投入してさっさと追い返すつもりだったが今はいない。琴里はラタトスクの軍事力を以てAST等と追い返す作戦だ。

 温泉街の街並みは刻々と変わって行き、ASTの迎撃態勢が整っている。

 所変わって、土産物屋の奥の和室では琴里が大きめのタブレット端末を二台置いて士道の動向とASTの状況を監視していた。

『司令、どうしますか? 即座に攻撃を仕掛けられますよ』

「まあ落ち着きなさい。たこ焼き弾をお見舞いしなさい」

『ハッ! たこ焼き弾装填!』

 中津川はハッキリとした威勢の良い声で指示を復唱した。

 地面のあちこちが左右に割れるように開き、そこからタコの絵が描かれたたこ焼き屋がいくつも出現する。たこ焼き用鉄板が起き上がり、何も知らずに歩いて来るAST部隊目掛けて次々とたこ焼き弾が放たれた。

『うわっ!? 敵襲よ! 前方一〇〇メートルたこ焼き屋から!』

 非殺傷兵器だが、当たればもちろん痛い。まだASTが随意領域テリトリーを発現させていないのでこの程度で済ませているが、もしも展開して来るのならもっと強力な兵器を投入する必要がある。

「お次は大根ミサイル、多連装ニンジンロケット、健康一番お野菜責めよ!」

『了解! 大根ミサイル、多連装ニンジンロケット。健康一番お野菜作戦発動!』

 温泉街の八百屋が移動を開始し、たこ焼き屋が後退を開始した。

『クソッ! 何なのよこの攻撃!』

『敵に殺意は無い。私達をどうにかして追い返したいと見える』

『反撃だぁ! 撃って撃って撃ちまくりなさい!』

 ASTも負けじと撃ち返す。真那は冷静に飛んでくるミサイルやロケットを空中で切り落としながら発射元である八百屋を粉々に裂いた。内部からは機械の破片ばかり人の姿は無い。

『日下部一尉、あれは人が乗ってねーです。遠慮なくぶっ放しても良いです』

『みんな嵩宮三尉の言葉は聞いたわね! テリトリーを展開した後にコイツ等をスクラップに変えてやりなさい!』

 ASTが随意領域テリトリーを展開した事を知ると琴里はニヤリとサディスティックに笑ってから次の作戦を命じた。

「幹本、川越、中津川、敵はテリトリーを展開したわ全武装の威力を引き上げなさい。それと例の物の使用を許可するわ」

『し、司令!? しかしアレは危険過ぎます!』と、幹本。

「命令よ!」

『は、はい。全武装の威力の上昇、それとエネルゴンボムの使用!』

 モニターの向こうでは面白いくらいに足止めを食らっているASTに笑いがこみ上げ来る。出来る事ならばこのまま諦めて帰ってもらうのが理想の形なのだ。けれどもASTは諦める気配が無い。よほど十香や四糸乃に用事があるのか、琴里は次なる作戦を考えていた。

「さあ、来るなら来なさいAST、歓迎してあげるわ」

 

 

 

 

 謎の襲撃に苦戦を強いられていたASTだったが、所詮は単純なハードウェアに過ぎない。攻撃パターンは読めてきたし、数と火力は脅威だが真那の的確なレーザー操作でミサイルや爆弾は全て目標に到達する前に迎撃出来ている。

「折紙、この攻撃は何だと思う?」

「精霊ではないのは確か、けどテロリストにしては武装が豊富過ぎるしコミカル過ぎる」

「正体は不明ですが、私等を邪魔するなら容赦はしねーですよ」

 真那が標準的なブレードよりも遥かに幅広のレーザーブレードを射出すると一刀の下に八百屋を叩き斬る。お野菜作戦を潰されて次なる魔の手は執拗に迫る。

「キャッァァ!?」

 ある一人の隊員が足を滑らせた途端に体は地面に撒かれた潤滑油の所為で洗濯屋へと滑って行った。燎子、折紙、真那の三者は瞬時にスラスターを使って飛び上がる。不意を突かれた他の隊員は見る見るうちに足を滑らせて洗濯屋へと吸い込まれて行った。

「特殊な潤滑油、恐らく対象との摩擦をほぼ完璧に無くしてしまう恐ろしい液体」

「しっかし……何なんでいやがるんですかね。私等をよっぽど温泉に入れたくねーんですかね」

「何者かは知らないけど。せっかくの休暇をメチャクチャにしてくれた礼は何倍にして返すわ」

 残ったメンバーで空中からの進行を開始するとやはり空中の対策が成されていた。物量に任せた圧倒的な野菜の対空砲火ではまともに飛ぶ事も出来やしない。空からの進行を阻止する為に戦力も何倍にも増強されていた。

 恐らく、真那と折紙ならばこの激しい対空兵器の中でも回避しながら進む事は出来る筈だ。だが後続の仲間がついて来れないのなら意味は無い。渋々、下降して地上から進む事に決めた。

「倒しても切りがねーですね」

「でも相手さんを倒しきる以外の選択肢は無いみたいね」

「即座に殲滅する」

 折紙は両腕にガトリングガンを一門ずつ構えてトリガーを引いた。銃身が回転を始めて少しすると弾丸の豪雨が建ち並ぶ店を軒並み蜂の巣に変えていく。何故こんな重火器を持って来ているかは不明だが、とにかく今は良い。

 地上はあちこちで爆発が巻き起こり、銃声は途絶える事なく鳴り響き、空にはミサイルやレーザーの対空砲火が躍る。

 

 

 

 

 温泉街をゆらりと歩いている士道達にこの爆発音は聞こえていた。令音は事の事態を知ってる、士道も何となく勘でラタトスク機関の仕業と決めて気にしないようにしていた。

「シドー、何かドカーンという音がしないか?」

「気のせいだ。気にしないの」

「そ、そうか?」

「そうだ。爆発何てしないしない」

 そう言った束の間、遠くから弾かれて流れ弾となった小型ミサイルがふらふらと奇妙な弾道で四人の頭上へと降って来る。

「っ!? 危ない避けろ!」

 ミサイルの存在にいち早く気付いた士道が声を上げると令音は四糸乃を抱えて走るが十香はまだ気付いていない。士道は十香を小脇に抱えて跳んで地面に伏せさせた。激しい爆発を覚悟していたが、いつまでも爆発は起こらない。

 そう、ミサイルはグラップルビームに絡め取られてどこかへと放り投げられた。

 爆発音を聞いて駆け付けたジャズはたまたま士道等を見かけた。それもちょうどミサイルが降って来た時だった。少年少女の無事を確認すると軽々と土産物屋の屋根から降りてソルスティスへと変形した。

「日常からこんな爆発が起きるのか、物騒な星だ」

 また流れ弾が飛んで来ないようにジャズは少し様子を見る事にした。

「みんな怪我はないか?」

 ゆっくりと起き上がって身を案じた。

「こっちは怪我は無いよシン」

「大丈夫……です……」

 令音の下から出て来た四糸乃には幸い怪我は無かった。十香にも怪我が無く、士道はホッと胸をなで下ろした。流れ弾としてミサイルが飛んで来るなど尋常ではない。士道は早歩きで先を急いだ。

「シン、結局さっきの流れ弾はどこへ行ったんだい?」

「俺にも分かりません。気が付けばどこかへ行ってましたね」

「……てっきり君のミラクルパワーかと思ったよ」

「俺はこれでも人間です」

 今日泊まる旅館は士道達がいる場所から坂を登った頂上だ。車があれば楽なのだがと思ったが口には出せない。車を破壊した事は十香はかなり気にしているからだ。今、言えばかなり嫌みになってしまう。

 旅館に入ると女将に部屋へと案内された。小高い山の頂上だけあって景色は絶景だと女将が話してくれた。それを聞いて士道は内心ワクワクしている。

「では、こちらがラタトスクの間でございます」

 女将から自然とラタトスクと言う単語が出て来た瞬間、士道は確信と共に不安が込み上げて来た。

「どうも……」

 女将に礼をしてから士道は部屋に入った。

「シドー! 中は綺麗だぞ! 広いぞー!」

「おお、良かったな十香」

 意外にも中は普通で士道は呆気に取られた。妙な仕掛けが無くて拍子抜けだったが、これで良いのだ。重たい荷物を置いて、士道は背伸びをしてから女将の言っていた絶景とやらを拝む事にした。

「さ、絶景ってのはどんなのか――」

 士道はふすまを開けるとASTとラタトスクの無人兵器軍団の戦いが繰り広げられている。士道から見れば遠い場所で戦っているので空中で幾重に折り重なった爆煙と真那のレーザーが空を綺麗に彩っていた。見ようによっては綺麗だが、純粋な気持ちでこの風景を綺麗とは呼べなかった。

「シドー、どうだゼッケーというのは!」

 背後から十香の声がするとピシャリとふすまを閉めた。

「何をするのだシドー! 私もゼッケーが見たいのだ、ゼッケーゼッケー!」

「ああ、絶景は無くなったみたい」

「な、無くなる物なのか!?」

「ああ、無くなる。とにかくここは開けちゃダメだ」

「むぅ……シドーがそう言うなら……」

 十香は聞き分けが良い。

「さ、まだ夜まで時間がある。ここで一つゲームをしようじゃないか」

 令音からゲームの提案が出て来た。五河士道は何のゲームか読めた。士道が他の女に欲情しにくくする為に今まで様々な性のトラップがあった。この状況で出て来るゲームと言えば王様ゲーム、野球拳、ツイスターゲームだ。

 ラブコメではお馴染みのエロい展開に持って行きやすい三種の神器だ。士道はそう考察しながらどのゲームが来るかを期待半分に身構えていた。

「今、持って来たのはドンジャラとバトルドームとドラえもんチクタクパニックがあるな」

「……」

 変に構えていたのが恥ずかしくなって来る。しかし懐かしの玩具の登場に興奮はしていた。

「シドー何だそのバトルドームという奴は」

「ん、ボールを相手のゴールにシュートするんだ」

「パチンコ……なのか?」

「……ちょっと違うな。四糸乃もルール知らないだろ、まずは練習からだ」

「ああ、そうそう普通にバトルドームをするだけでは面白くないから何か別の要素を追加しよう」

「別の要素ですか?」

「うん、バトルドーム、トランスフォーメーション! スーパーバトルドームだ」

 畳の置いてあるバトルドームが令音の声を聞いてガタガタと震え始めると近くに置いてあったドンジャラの駒を吸い込み、形を変えて行く。四本の足で固定されているバトルドームが二本足で立ち上がり、四糸乃よりも小さなロボットが完成した。

「…………え……ゲームは?」

「スーパーバトルドームくんは体の中にありとあらゆるゲームを詰め込んだ娯楽ロボットだ。エネルゴンが少し余っていたんでね使わせてもらった」

「令音さん……もしかしてこれを見せたかっただけですか?」

「まさか。スーパーバトルドーム、ツイスターゲームの用意を」

「バトルドームはやらないの!?」

 不意に士道が予測していたツイスターゲームを盛り込まれて面食らってしまった。すっかりバトルドームで平和的に遊ぶのだとばかり考えていたからだ。

「あ……シン、やはり体を密着させるツイスターゲームで耐性を付けるべきだと思うよ」

「思い出したかのように変な展開に持っていかないで下さいよ!」

「二人で何を話している、結局バトルドームかツイスターゲームのどっちをやるのだ」

「バトルド――」

「ツイスターゲームだ」

 士道の言葉を遮って令音がツイスターゲームの提案を押し切った。

 蛇足ながらツイスターとは、スピナーと呼ばれる、ルーレットのような指示板によって示された手や足を、シートの上に示された赤・青・黄・緑の四色の丸印の上に置いて行き、出来るだけ倒れない様にするゲームである。

 異性同士が行えば体と体が密接に絡み合うような展開、スカートなら下着が見えてしまうという展開が予想される。士道もツイスターのルールは熟知しているのでそうなるのは良く分かっている。

 見れば十香はいつの間にか浴衣に着替え、四糸乃は青色のワンピースを着ている。やましい事は考えまいと頭の中でグリムロックの事を考えていた。

 シートを敷いてスピナーの操作は令音が請け負い、ゲームは開始される。

 さあ、戦いだぁ。

 

 

 

 

 オートボット達の臨時基地の建設作業は驚く程早かった。人手もあるし優秀な科学者の指示のおかげで基地は完全間近である。何も無い丘に建てればたちまち見つかってしまうのでオートボットは丘をすり鉢状に削り取り、丘の中に基地を作り上に土をかけてカモフラージュするつもりだった。何度かオプティマスが機材の操作を誤って破壊した事と、アイアンハイドが力加減を誤って材料を破壊した事と、ワーパスが繊細な作業に苛立って完成品を破壊した以外は順調に事が進んでいる。

 パーセプターはこの三人に建設作業を任せる際に異様な不安を隠しきれなかった。それもその筈、三人共気質が荒っぽいからだ。

「そう言えばオプティマス、我々の正体が見つかった時、どうします?」

「着ぐるみって事にするか!」

「良い案だな、ワーパス」

「ジョークだぜ、オプティマス! はぁ~あ何でまたこんな星で生活なんだよ」

「文句言うな、私だってこんな原始的な星はヤだよ。でもこの星にはエネルゴンがゴロゴロしてる良い土地じゃないか」

「オレァよ、爆発に香ばしい硝煙の香りにディセプティコンのクソッタレを八つ裂きにしてる方が気楽だったぜ! 爺さんはもう隠居で良いじゃねえか」

「馬鹿者! 誰が隠居なんぞするか!」

 喋ってないでもう少しテキパキやって欲しいとパーセプターは心の中で呟いた。

「いやはや、これだけのエネルゴンを我々が先に見つけて良かったですね」

 地下を掘れば掘る程に湯水のごとく湧いてくるエネルゴンの鉱石にパーセプターは感嘆のため息を漏らすばかりだ。

「ディセプティコンがこのエネルゴンを手にしていれば私達に勝ち目は無かっただろう」

 戦争を左右するのは資源だ。

 トランスフォーマー等にとってエネルゴンは命の源であり兵器のエネルギー源でもある。あらゆる事にエネルゴンは使われるのでこの物質は戦争では必要不可欠だ。オートボットがこうして臨時基地を作っている間にもショックウェーブはエネルゴンを精製して戦いに備えている。

 両軍の戦火は地球にも広がろうとしていた。

「そういやジャズの奴が偵察に行って随分経つけどよ、何してんだろうな」

「まぁ~た何か音楽だの車だの見て油でも売っているんだろうよ」

 生真面目な性格なアイアンハイドは不器用ながらも仕事には真摯に向かい合う。ジャズは副官という立場だが、任務中でもフランクで砕けた調子で遂行し何だかんだで結果を出す。しかし、アイアンハイドはもう少し副官としての自覚を持って欲しいと思っていた。

「ジャズは有能な将校だ。私が最も信頼している者の一人、ただ遊んで帰るような奴ではない」

「分かってます、オプティマス。どこぞのイカレ暴走族と違ってアイツはわきまえている筈です」

「何だァ! イカレ暴走族ってオレかぁ!?」

「お前さん以外に誰かいるのかね?」

「爺さんの中古ボディもガタが来てやがるからオレの新品ボディに嫉妬する気持ちは分かるぜ! イェアアア!」

「一分、いや三〇秒で良いから静かに出来んのか、お前は」

「無理だ!」

 溜め息混じりに愚痴をこぼし、トランスフォーマーのコンピューターにして大戦時は武器販売と改造まで担当した優秀なシリーズ、テレトラン1を部屋の壁に沿わせるように置いた。電源を入れて動作を確認した所、ちゃんと起動してくれた。

「パーセプターやるじゃないか」

「見よう見まねで作ってみたがどうやら起動したようだね。良かった良かった、これが有ると無いでは便利さが違って来るからね。残念な事に武器販売はやっていないよ」

「分かってる。だが十分過ぎるわい」

 テレトラン1の起動に成功した時と同時にオプティマスにジャズから連絡が入って来た。

『こちらジャズ、応答願います』

「聞こえているぞジャズ」

『オプティマス、今町の中を徘徊してるんですけどね。人間達があっちこっちでドンパチやりやっていますよ』

 無線の向こう側では確かに爆音と銃声が絶え間なく聞こえていた。

「他に分かった事は?」

『私達がインターネットを介した情報より有益な物はなさそうですね。強いて言うならあちこちでエネルゴン反応がある事です』

 人間達が争っているならこれ以上ジャズを戦地に放置する訳にはいかない。オプティマスはジャズに次の命令を出した。

「よくやった、次は人間達の武装を見て来るんだ」

『わかりました』

 ワールド・ワイド・ウェブでは機密情報である精霊とASTについては掲載されていない。その星の技術力はその星の兵器の性能を見ればおおよその検討はつく。

 オプティマスはこの星の文明について考えながら最後の仕上げにかかっていた。

「ちょ……ちょっと司令官! その装置にはまだ触れないで下さい!」

「え――?」

 オプティマスが照明の電源と思い、スイッチを押した時、無人の丘にきのこ雲が上がった。

 

 

 

 

 ラタトスクの執拗な妨害はまだ続いていた。隊員は徐々に戦闘不能に追い込まれ、未だに無傷で応戦しているのは燎子、折紙、真那の三者だ。せっかくの温泉旅行だと言うのに最初は電車事故に始まり謎の機械軍団の妨害、燎子の頭にはかなりのイライラが溜まっていた。無機質な機械軍団をいくら破壊しても平気な顔をして向かって来ると考えれば忌々しい事この上ない。

 燎子は悲鳴や断末魔が聞きたくなって来た。

「クソッ……何で何で毎回、こう上手くいかないのかしらねぇ! あぁ~腹立つ! このふざけたメタルの屑め!」

 部下が運んでいた重機関銃を取り上げると燎子は単身、遮蔽物から飛び出して引き金を引いた。対精霊用重機関銃ヘビーマシンガンは火を噴きながら鉛弾が八百屋を破壊して回る。燎子の姿はさながらランボーかメイトリクス大佐だ。

「おい……」

 低くこもった声を漏らしながら振り向き、射撃を忘れた部下を睨みつけた。

「お前、何さサボってんの? 死ぬ気で撃てぇ! 敵を一匹残らず皆殺しにしろォ! 後で殲滅させて銃に弾残ってやがったらケツに弾ぶち込んでやらぁ! そんで溶岩風呂で永遠に休暇させてやっからな!」

 普段の態度からは想像も出来ない荒々しい燎子に部下達は怯えながらも引き金を引き続けた。もし弾が残っていたら本当に撃ち込まれかねない。

 最前線で戦う燎子は勇猛以上に無謀だ。的確に敵を撃破している最中、燎子の背後からミサイルが迂回しながら飛んで来ている。

「隊長、危ない!」

 一人の隊員が助けに入ったが――。

「誰が助けろと頼んだ!」

 サポートにやって来た隊員の腹を殴り飛ばし、向かって来るミサイルを撃ち落とした。

「ハハハハッ! 見なさい、破壊と殺戮こそが究極の美なのよ! 何が精霊だ何がASTだこの腐れ桐谷ィ! いつもいつもチクチク言いやがってヨォ! グリムロックもまともに制圧出来なかった癖しやがってぇ!」

「隊長さんなかなかファンキーじゃねーですか」

「鳶一一曹、日下部一尉を止めて下さいよぉ!」

 涙目で懇願するのは折紙と真那を省いたAST隊員達だ。

「あんなぶっ壊れた隊長を止められるのは鳶一一曹か嵩宮三尉だけですよ!」

 折紙は隊員達の声を聞いた後に暴れまわる燎子に目をやった。

「殺せ! ぶっ潰せ! 破壊しろォ!」

「確かに普段の隊長とはどことなく変」

(どことなく!?)

 隊員等は全く同じ事を思った。

「引き裂け! 殴れ! 踏み潰せぇ! こんなポンコツ兵器軍団の指揮官の首を引っこ抜いてサッカーボールにしてくれるわぁ!」

 燎子よりも敵を応援したくなる暴れっぷりだ。敵の屋台を破壊し尽くす寸前に強力な援軍がASTの前に立ちはだかった。黄色のカラーリングの車、屋根にはロケット砲やマシンガンが取り付けられた武装タクシー。名付けてこれ、タクシー破壊軍団と呼ぶ。

「隊長新手ですよぉ……」

「ンな事言われなくても分かっているわ! 構わん破壊してしまえ!」

「やっぱり、イカレてるんだ……」と、一人の隊員が呟いた。

 タクシー破壊軍団はASTを中心に円形にぐるぐると走り出し、包囲すると装備されたロケット砲とマシンガンを浴びせて来た。

 瞬時に肩のアーマーからレーザーを飛ばして真那は踊るように身を回転させて包囲していたタクシー破壊軍団を一流シェフのように三枚に下ろした。切断面からパチパチと火花を散らした次の瞬間に連鎖的にタクシー破壊軍団は爆発して言った。

「真那ァ! 余計な手出しはするな! 私に殺らせろ!」

「す、すいませんです」

「野郎共、手が止まってんぞオイ! 先にお前等を壁飾りにしてやろうか、あぁ!?」

 変に話を振られないように目は合わせずに援護射撃をして応えた。

「日下部一尉」

「どうしたの折紙ィ! 今最高にハイな気持ちなのよ邪魔しないでね!」

「上空から未確認飛行物が来ている」

「あぁ?」

 折紙の報告に頭上を見上げると直径五〇メートルはあろう巨大なカボチャが降って来ている。もちろんそれもラタトスクの兵器の一つだ。この降って来るカボチャに詰まっているのは爆薬ではないエネルゴンだ。これこそ琴里の言っていたエネルゴンボムの事であった。

「まずい……総員退避!」

 燎子が指示を出す前に既に皆逃げ出していた。燎子もスラスターを最大限に吹かしてその場から離れるのだが、とても逃げ切れない。

 エネルゴンボムの規模はまるで空間震だ。天宮市の地上に本日2度目のきのこ雲がモクモクと昇って行った。

 

 

 

 

 ゲームはなおも続いていた。

 ツイスターに勤しむ三人とスピナーを回す係りである令音にもエネルゴンボムの衝撃は微弱ながらも伝わっていた。令音は急にここから見える絶景について思い出して障子を開けて外の様子を見ると、綺麗なきのこ雲が上がっていた。令音は黙り込んでそっと障子を閉めた。

「十香、近い近い! もっと離れてくれ!」

「無茶を言うなシドー!」

「士道さん……か、顔に何か当たってます……」

「わ、悪い四糸乃!」

 状況はかなり切羽詰まっていた。十香は足を大きく開いた状態で四つん這いの態勢だ。士道はその下に潜り込むようにブリッジの姿勢を維持していた。そして四糸乃は士道の股の間に顔が近付いてしまうような位置にいた。

「この姿勢はキツい……」

「ひゃっ!? シドー、い……息を太ももにかけるな……くすぐったいであろう」

「ごめん、十香」

「ふぁあっ!?」

 これももし琴里の計画の一つなら兄として妹の将来が心配になって来る。時折、浴衣の隙間からチラチラと見えるピンク色の下着を見まいと視線を泳がせる。

『士道くん士道くん! さっきからナニか腫れてなぁい?』

「――!? そんな事ない!」

「どうしたのだシドー、怪我で腫れているのか?」

「わぁぁ! 十香、動くな見えるぞ!」

「何がだ?」

 士道の言っている意味が最初は理解出来なかったが十香はすぐに感づいた。

「シドー!? み、見るな!」

「分かってるって目は瞑ってるよ!」

「ほ、本当か? 薄目で見ていたら容赦せんぞ」

「シン、右手を緑の三番だよ」

「は、はい令音さん」

 士道が目を閉じたままで体をよじって手を伸ばした先に何か柔らかい塊をキャッチした。

「ああっ……! シドー何を掴んでおるバカ者ぉ!」

 士道が誤って掴んだのは十香の胸だ。恥ずかしくなって思わず手を引くとぷるぷると震えて突っ走っていた十香の足を弾いてしまった。

「あっ」

 令音が一言漏らすと全く同じタイミングで十香が崩れて士道が下敷きとなった。幸い四糸乃はズレた位置にいたので下敷きにはならなかった。

「うぅっ……いきなり何するのだシドー」

「すまん、変な声を上げるから焦ってさ……」

「みんなちょうど良く汗をかいたね。時間的に見てもそろそろ温泉に行こうか」

「おお! 温泉かすっかり忘れていたぞ!」

「温泉……楽しみ……」

 着替えとタオルを片手に準備を済ませると浴場へと歩き出した。再度言うがこの温泉は混浴だ。

 脱衣場の前で一度別れた士道は大きく背伸びをした。服を脱いでいると浴場の方からは何やら大きな声がした。団体客が盛り上がっているのだろうと士道は気にせずに服を脱いでいた。

 腰にタオルを巻いて恥じらいと緊張しながらも浴場へのドアを開けた。先に浴場にいたのはどこか見覚えのある面々だ。

「さあ、今日はみんな良く働いたわ! 存分に英気を養いなさい」

 小高い岩の上に立って話しているのは燎子だ。士道にはASTの隊長という認識だけで名前など知らない。その近くには折紙ともう一人かなり若い少女がいるのが確認出来た。

「シドー! 温泉はどうだ!?」

 ガラガラと女性用の脱衣場から十香と四糸乃が現れると自然とそちらの方に視線が注がれた。

 四糸乃はこの時、顔が青ざめて行く。それは少女の視線の先にいた怨敵の存在を確認してしまったからだ。よしのんを撃ち抜き、己を斬り殺そうと刃を向けて来た折紙がいたからだ。

「ん……? あれはハーミットに似ているような……」

「ぁぁ……あ……いやぁぁぁぁ!」

 四糸乃の精神状態が乱れて殆ど反射的に精霊の力を発動してしまった。

 疑いが確信に変わる前に四糸乃の氷はその場にいたASTを温泉ごと凍らせてしまった。白い冷気が温泉を包み込み、それが晴れた頃には氷付けとなった隊長等と温泉を目の当たりにした。

「ご、ごめんなさい……」

 四糸乃は申し訳なさそうに謝った。

「まあまあ、気に病むなよ。しっかし……どうしたもんかな」

『士道、聞こえる?』

「ん、ああ琴里かどうしたんだ?」

『温泉が凍って困っているならちょうど良い温泉があるわよ。神無月が見つけた温泉がね』

 神無月には穴を掘り、一定まで掘ればまた別の所を掘れという命令を下してあった。その神無月がどうやら穴を掘っている間に温泉を発見したらしい。急遽、天宮温泉から神無月温泉に移動をする事になった。琴里も仕事は一通り片付いたのでフラクシナスで合流する事になった。

 そのまま転送装置を使って神無月の下へと送られた。もはや旅行もへったくれもないが、目的の温泉には入るには成功した。『いやぁ四糸乃がちょ~っと迷惑かけちゃってごめんね!』

「ああ、気にしてないって気持ちいいか四糸乃?」

「はい……」

「良かったよ」

 なだめるように士道は四糸乃の頭を撫でた。

「シドー、シドー」

 十香が構って欲しそうに頭を出して来る。また地団駄で破壊されては叶わない。士道は砕けたように笑いながら十香の頭も撫でてあげた。

「シドー、温泉は気持ちいいな」

「ああ、そうだな。琴里も仕事が片付いて良かったよ」

「まあ、士道があたしとどうしても一緒に入りたいって言うから頑張ったのよ」

「ハハッ……温泉は最高だな!」

 疲れ切った体を存分に伸ばして士道は気分良く言った。

 温泉の効果で存分に体を癒やした皆の表情は自然と和らいでいた。

 

 

 

 

 体の疲れを飛ばした琴里は神無月を連れて今日の最後の仕事にやって来ていた。エネルゴンボムを落とした地点の視察だ。あの時、落としたカボチャのサイズは直径五〇メートルだったが実際に含まれていたエネルゴンは一〇〇キロ程しかない。それで小さなクレーターが出来るくらいの威力となると何としてもラタトスク機関の敵に渡してはならないと思っていた。

 着弾地点に近付くとそこには、場違いで何の統一感も無い車両達が並んでいた。一台だけ自衛隊の戦車という所がますます不自然さを際立てていた。

「何コレ?」

「乗り捨てでしょうか?」

「分からないわね。とりあえず邪魔だし処分しましょ」

 処分という言葉に気を悪くしたのか力強くエンジン音を鳴らして威嚇して来た。

「うわっ、まだ動いてる。神無月、フラクシナスに連絡してさっさと回収しましょう」

「了解しました」

 仲間を呼ばれるのはまずいと判断したワーパスはオプティマスの指示も待たずに戦車から巨人に変形した。アイアンハイドはワーパスの早とちりに心底呆れつつも彼に続いて変形した。戦車から人型へピックアップトラックから人型へ琴里と神無月はこの変形プロセスに見覚えがあった。鋼鉄の巨人に変形する存在と言えば彼女達の認識では一人しかいない。尤もその存在は車ではなく機械の恐竜に変形するのだが。それはさておき、彼等の変形する姿を見てグリムロックとは全くの他人とは思えなかった。

「――何コイツ等!?」

 ワーパスは琴里と神無月の乗っていたジープを踏み潰して退路を絶った。アリを踏み殺すと同じように軽々と粉砕され爆発の中へ消えたジープに二人の意識は行っていない。それ以上にインパクトのある存在が目の前に立って尚且つ銃を向けているのだから。

 暴れだしたワーパスを止めるべくオプティマス、パーセプター。ジャズは各々がスキャンした姿から変形してその真の姿を見せた。

「オプティマス、私達の姿を見られました、始末していいか?」

 オプティマスという言葉に琴里は聞き覚えがあった。どこで聞いたのか記憶の糸を辿っていると直ぐに答えに巡り合えた。そう、グリムロックが五河家に殴りこみに来た時だ。故郷セイバートロン星についての映像を見せた際にグリムロックが話していた相手の名前だ。良く見ればあの時の映像と今、見ているオプティマスの姿は僅かに変わってはいるが殆ど同じだ。更にみんな胸か型にオートボットのエンブレムが刻まれている。それがグリムロックと同じエンブレムだと気づくのに大した時間は要らなかった。

 問題はアイアンハイドが両腕のサーモロケットキャノンとパルサーキャノンを突きつけている事とワーパスが二門のガトリング砲を今にも撃ち出しそうなトコだ。

「やめろアイアンハイド、ワーパス。我々は殺し屋ではない、無益な殺生は控えるんだ」

 オプティマスの命令で二人が銃をどこかへと格納して普通の腕に戻ってしまう。オプティマスは腰を屈めて出来るだけ近くに顔を持ってくると巨大なレンズは琴里と神無月をスキャンして精神状態を的確に観察していた。

「我々を恐れていないようだな」

「え、ええ」

 単に肝が据わっているという言葉では片付けられない。未知との遭遇をすれば殆ど間違いなく取り乱すが精神に何か揺らぎが出るのだが、あまりに落ち着いた琴里の様子を見てオプティマスは顔をしかめながらもう一人の男性を睨むように見たが、こちらも恐れてはいない。

「精神的なショックの少なさに加えて、非常に落ち着いている。我々に会った事があるのか?」

 “我々”とはオプティマス達の事ではない。トランスフォーマーに会った事があるのかと聞いているのだ。オプティマスの問いかけに正直に答えるか否か、琴里は迷っていた。秘密の漏洩を防ぐ為に琴里達が目撃者と分かれば抹殺の対象にするかもしれない。言葉を詰まらせ、琴里はグリムロックと同じエンブレムであるかと再度確認する。

 神無月は苦い顔をしている。人間が相手ならばもしもの事があれば司令官琴里を守り抜く自信があった。それでも相手が十メートル近くはある巨人の群れなら琴里を守るどころか己の命すら危ういのだ。護衛という任務が全くの無意味、今の神無月には民間人程度の価値しかない。それでも何かあれば戦う覚悟はある。

 グリムロックの仲間、そして自身がグリムロックの知人であると明かせばこの鋼のエイリアン達も悪い気はしない筈だ。連中は知能の低い怪物ではなく、知的生命体だ。あまり長々と黙っていれば短気なワーパスが苛立ち始める。

 あらゆる思考が巡った後に遂に意を決して喉の奥から声を絞り出して言おうと小さな口を開く――。

「挨拶を忘れていたな」

 琴里が言い出す前にオプティマスは宇宙共通の挨拶をする事を忘れていた。喉の調子を整えるように咳払いをする。

「バーウィップ、グラーナ、ウィーピニボン」

「オプティマス、何だそれ?」

「宇宙共有の挨拶だ。昔言っただろう」

「そうだっけ?」

「宇宙共通の挨拶でもどうやら地球には通用しないみたいですね」

 初めて耳にする挨拶にポカンと呆気に取られた顔をする琴里を見てジャズが言った。

「ここは宇宙でも辺境の惑星、宇宙共通の挨拶も通用しないかも知れませんね」

「なるほど、そう言う星もあるか」

「お、オプティマス」

 トランスフォーマー達の会話に琴里の声が割って入った。

「あなたの仲間と会った事があるの!」

「何だと……!? 誰だ、名前は分かるか?」

「グリムロック。グリムロックが私達に星の事を教えてくれたわ。あなたがオプティマスね?」

「そうだ、私はオプティマス・プライム。オートボットの総司令官だ。さっき君はグリムロックと確かに言ったね? 確かに彼は私達の仲間だ」

 この五人のトランスフォーマーとグリムロックが仲間という確認が取れた。そうなれば話は早い。

「君は……」

「五河琴里、こっちは神無月恭平よろしくオプティマス・プライム会えて嬉しいわ」

「よろしく五河琴里」

 オプティマスは握手を求めるように人差し指を差し出すと琴里は両手で大きな指と握手した。

「我々の事はグリムロックからどこまで聞いた?」

「星が戦争で無くした事とグリムロックがオートボットを離れた事よ」

 グリムロックが改造される少し前の話だ。オプティマスを含めてオートボットはグリムロック等が恐竜に改造された事は知らないし、その姿をまだ見ていない。

「グリムロックが話した通り、私達は故郷を失っている」

 オプティマスは辛そうな表情を作った。

「あなた達は何なの、もっと詳しく聞かせて欲しいんだけど」

「我々は超ロボット生命体トランスフォーマー、この星の機械のように命令をただ遂行するだけのコンピューターではない。私達には特技があり個性がある。もちろん人間の概念で言う“心”も存在する」

 オプティマスはワーパスを指差した。

「彼は戦士ワーパス、このチーム一の怪力で勇猛果敢な若き戦士だ」

 ワーパスは頑丈そうな拳と拳をぶつけて火花を散らして力強さを見せつけた。。

「イェェイ! さっきの車は悪かったな。また適当などっかから持って来てやるよ!」

「あ、ええ……それは助かるわ」

 どこから持って来るのか気になるがそこには触れないようにした。

 次にオプティマスはアイアンハイドを示した。

「彼は兵器開発担当の技術兵アイアンハイドだ」

 彼もまた頑丈な装甲で全身を包んでおり厳つい風貌だが、対応はかなり丁寧であった。

「先程は失礼した。銃口を向けた事には謝罪させてもらう」

「う、うん。気にしないで」

「彼は副官、ジャズだ」

 次に指名したのは格好の良いスポーツカーから変形した小柄で身軽そうなトランスフォーマーだ。ジャズはリズミカルにステップを踏んでダンスを披露した。

「オートボットの副官をやらせてもらってるジャズだ、よろしくお嬢さんにお兄さん」

「よろしくジャズ」

 とりあえず琴里は笑顔で手を振って答えた。

「最後に科学者パーセプターだ」

 自走式の顕微鏡から変形したパーセプターは琴里と神無月に一礼した。

「パーセプターです。ミクロの世界について知りたいのであれば是非、この私に言ってくれたまえ」

「機会があればお願いするわ」

 トランスフォーマーは個性が強い種族だと言うのが分かる。確かにロボット生命体だ。喜怒哀楽の表現や仕草は人間と変わりはしない。彼等が単なるロボットではなく、生命体であるという証明でもある。

 琴里は次に気になっていた事を質問してみた。

「あなた達はどうしてこの地球へ来たの?」

「私達の星が住める状態ではない。私達は一時的に故郷を去ったその際にメガトロンの攻撃に合い、私達の乗っていた艦は深刻なダメージを負った」

 一拍置いてからオプティマスは再び話し出した。

「脱出用ポットでオートボットは艦から退避した。そこで流れ着いたのがここという訳だ。こちらからも質問させてもらうが良いかな?」

「ええ」

「グリムロックは今どうしている? 彼は感情に任せて大暴れする事がよくある」

 仲間というならグリムロックを助ける方法があるかも知れない。さっきの自己紹介から医術に長けている者がいるとは思えなかったが、それでも今琴里が知る人間よりも遥かにエネルゴンに対して理解出来ている。

「グリムロックは今……機能を停止して眠っているわ」

 オートボットは驚き顔を見合わせた。

「琴里、話したい事はあるだろうがまずはグリムロックを助ける事を優先したい。彼はどこにいる?」

「グリムロックはこっちで管理してるわ。ねえオプティマス、グリムロックを救えるの?」

「私は何も出来ない。パーセプターが何とかしてくれる筈だ」

「お安いごようです」

 グリムロックの状態を事細かく聞くとパーセプターはオートボットにエネルゴンを採掘を頼んだ。粗暴だがグリムロックはれっきとした仲間だ。それに恐らく合体兵士以外でグリムロックと戦えるトランスフォーマーはそういないだろう。

 いずれ来るべき時にグリムロックは必要不可欠だ。

 パーセプターは一刻も早くグリムロックを救うべくフラクシナスへと招待された。


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