デート・ア・グリムロック   作:三ッ木 鼠

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プロローグ 地球への道

 雲を優に貫きその先の遙か上空にまで上り詰める青い巨大な光線は、セイバートロン星の付近の宇宙空間に穴を空けていた。

 光線の正体はショックウェーブが作った宇宙空間跳躍装置、通称スペースブリッジの光である。長きに渡るセイバートロン星の戦争でトランスフォーマー達のエネルギーは枯渇する一方であり、戦いが終結する気配すらなかった。

 そこでディセプティコンを率いる破壊大帝メガトロンは他の惑星への進出を決め、目的地へ瞬時に移動が可能なスペースブリッジは早急な進軍が可能であった。スペースブリッジを支えるタワー、それを四人のトランスフォーマー等が見つめていた。

「グリムロック、見ろよあの光。それに凄まじいエネルギーだぞ」

 四人の一人、スワープは妙に気楽な口調で言った。ちょうど四人がいるのはショックウェーブのラボを抜けた先にある観察用デッキだ。

「ショック……ウェーブ……! 何を、考えている」

 やや片言で喋り方が覚束ないグリムロックは唸るように呟き、そびえ立つスペースブリッジのタワーを凶暴な目で睨んでいた。

「グリムロック、ディセプティコンは空間に別の宇宙へのワープゲートを開けるつもりだ。早く止めないと取り返しがつかなくなるぞ」

 観測デッキのコンピューターを操作してタワーのエネルギー反応をチェックしているスラッグは険しい声色で伝えた。

「オプティマスに連絡しよう」

「ダメだ……オプティマス、弱い。俺達でなんとかするんだ」

「けどよ、どうすんだよグリムロック! 俺達だけでなんとか出来るのかよう!」

 慌てた様子のスワープを無視してグリムロックは再度スペースブリッジのタワーを見た。そして振り返り、グリムロックに注目する仲間を見回す。スナールは負傷しておりダメージが酷い、回復に向かっているとは言え戦闘など出来る状態ではなかった。

「お前達――」

『グリムロック、聞こえるか? お前なのかグリムロック?」

 部下に何か司令を出そうとした時だ。通信機の先からオプティマスの声と共に立体映像となって観測デッキの中央へ出現した。

「オプティマス……」

「グリムロック電波の状態が悪い。話すなら早く話せ!」

「わかった。オプティマス。ショックウェーブ、別の世界にスペースブリッジを開いてる」

『何だと? それよりも生きていたんだな、よかった。ひとまず君達は基地に戻れ、協力してこれに対抗しよう。メガトロンの進軍を他の世界にまで広げる訳にはいかない!』

「同感だ……だが、協力するのは嫌だ。お前、弱い、俺達のリーダーに弱い奴、いらない。スペースブリッジは俺が破壊する」

『ま、待てグリムロッ――』

 オプティマスが止めようとしたその直後に通信は途絶えてしまった。同時にスペースブリッジが更なるエネルギーを放出、観測デッキの巨大な窓にクモの巣状にひび割れが発生してやがて割れた。デッキの中にとてつもない風が舞い込み、内部の機材や設置物を削り取るように持って行ってしまう。

「……!? スラッグ、スワープ! スナールを連れて、逃げろ! 俺は緊急シャッターを下ろす」

 指示を下してグリムロックは荒れ狂う突風の中をゆっくりと進み、緊急用シャッターのレバーに手をかけたる。しかし、あまりの風圧にグリムロックの巨体ですら軽々と持ち上げられレバーを下ろす前にデッキの外へと飛ばされてしまった。

 宙を舞うグリムロックの体は他にも舞い上がるガラクタと大差のない物に見えた。グリムロックの真下には酸の海と無数のインセクトロンが待っている。散々、風に乗って高く遠くへ飛ばされると遂に浮力を失い、そのまま落下を始めた。

 飛ぶ力を持たないグリムロックに落下から抗う術は存在しない。それでも当人の頭の中にはスペースブリッジの破壊だけが第一の目標として浮かんでいた。

 ひとまずどこかへ掴まるべく右腕をかざすと内蔵された柄が現れ、細かく折り畳まれた刃が広げられて剣を形作る。壁に突き刺して助かろう算段だったが、その必要はなくなった。

 グリムロックが崖に剣を刺そうとした瞬間にグリムロックの体は再び宙へ飛び立ったのだ。

「スワープ!」

 反射的に上を見たグリムロックは驚愕した。ビーストモードつまり機械のプテラノドンに変形したスワープがグリムロックを見事にキャッチしていたからだ。

「頭、おかしくなったか、命令聞け」

「水くさい事言うなよグリムロック、俺達みんなでチームじゃん! そういやボディーも一新したしライトニング・ストライク・コーリション・フォースって名前も変えちまおうぜ!」

「黙って飛べ」

 グリムロックを支えていると言うのに速度は殆ど減速しないスワープの恐るべき出力で徐々にスペースブリッジのタワーへと近づいて行く。

「なあ、やっぱり名前変えようぜ。ライトニング・ストライク・コーリション・フォースって十回言ってみ? 俺は言えないね」

「ショックウェーブと……インセクトロンは俺達、何て呼んでいた?」

「あ? えーっとダイノ……。ダイノボッ……ト? だったかな」

「ダイノボット……」

「それにしようよグリムロック! あの名前より断然覚えやすいしさ! おっと……」

 不意に下から警備のディセプティコン兵士の弾丸が飛来してもスワープは右へ左へ器用に体を傾けながら攻撃を回避していく。崖の上から狙って来るディセプティコンにスワープはロケット弾を見舞う。

 他のトランスフォーマーとは一線を画す火力を誇るダイノボットのロケット弾は重爆撃機編隊の猛爆に比肩する。崖の上に並ぶディセプティコンをスワープは楽々と粉砕して行った。

「タワーに突っ込んでショックウェーブをぶっ殺したら通信をくれ、また拾いに行くか――」

 スワープの言葉を遮り、スペースブリッジのタワーから再び膨大なエネルギーが宇宙へ放出された。エネルギーの波動が周辺に広がり、作りの弱い建造物や岩肌が崩れ落ちた。

 余波に呑まれたスワープ、グリムロックは空中で嵐のような風圧に晒された。

「またスペースブリッジの波動かよ、グリムロック悪い!」

 風圧に耐えきれず、グリムロックが足から離れてしまうが幸いにも落下した場所が目的地であるタワーの頂上であった。着地に失敗して背中から落ちたグリムロックは下敷きにしたディセプティコンを無視して立ち上がる。

 内蔵された巨大な剣を形成し、刃に高熱を宿すとグリムロックは光の塔を睨んで憤怒にまみれた声で呟く。

「ショックウェーブ……今、行くぞ」

 グリムロックの進行を阻止せんとディセプティコン兵士が立ちはだかるが皆、敵ではない。トランスフォーマーの合体兵士程ではないにしてもグリムロックは平均的なトランスフォーマーから見てもかなり大型だ。

 剣を振り下ろすとディセプティコンは容易く切り裂かれ、剣を叩きつけた衝撃で地面は割れ、脈打つかのように震えた。

 グリムロックが剣を薙ぐ所に断末魔が相次いだ。兵士を握りつぶし、踏み砕き、両断し、大挙して押し寄せるディセプティコンを相手にグリムロックは盛大に暴れまわった。

 兵士の攻撃を跳ね返しながらグリムロックは遂に光の塔の麓に到着した。そこにはスペースブリッジの管理をするショックウェーブの後ろ姿が見えた。己をダイノボットの皆を改造した張本人を目の前にグリムロックはゆっくりと歩み寄る。

「殺す……!」

 グリムロックが剣を持ち上げた時だ。

 突如、エネルゴンのチェーンがグリムロックの右腕に絡みついたと同時に左腕にもチェーンが絡みつき、グリムロックの体は強制的に転倒、身動きが取れない体となった。

「この私が君のような怪物を造った時に何の罠も制御も仕掛けていなかったと思ったのかね? 君はそこで見ていたまえ」

 単眼のマッドサイエンティスト、ショックウェーブはグリムロックの事など無視して通信先のメガトロンと会話していた。

「メガトロン様、スペースブリッジの準備は完了です後はネメシスを発進させていただければ……」

『よくやった、ショックウェーブ。ネメシスの発進の準備は直に整う。そこで儂が留守の間、セイバートロン星の防衛はお前に預けるぞ』

「了解しましたメガトロン様」

「殺してやる……」

 ショックウェーブの背後にはグリムロックがエネルゴンチェーンを引きちぎろうと暴れている。ショックウェーブの計算ではグリムロックのパワーでは引きちぎる事は不可能であろうとなっていた。

 しかし――。

「グゥゥ……! グリムロック、トランスフォーム!」

 エネルゴンチェーンをちぎりながらグリムロックは変形する。全身がパズルのように動き、複雑な変形プロセスを経て人の姿から機械のティラノサウルスへと変移した、鋭利な歯がズラリと並んだ強靱な顎を大きく開けて力強く雄叫びをあげた。

「――! ありえない……私の計算外だ」

 グリムロックは大きな口を開けながら迫り、ショックウェーブは僅かに後ずさりする。

 怒りに駆られながらショックウェーブの左腕を食いちぎり、そのまま飲み込むとグリムロックは体を捻って遠心力を乗せた尻尾でショックウェーブをスペースブリッジの制御装置ごと叩き飛ばした。

 制御不能となったスペースブリッジはやがて倒壊を始める。

 危機を察知して逃げようと走り出すがもう遅い、スペースブリッジは爆発と共にエネルゴンを撃ち出した後に崩れ去った。

 後にオートボットを乗せたアークとディセプティコンを乗せたネメシスがゲートが閉じる前に飛び込む事に成功する。

 そして、グリムロックの詳細はオートボットは愚かダイノボット達も知らない。

 

 

 

 

 

 五河士道は人生を無駄遣いしていると結論付けていた。士道の過去の記憶は極めてあやふやで小学校や幼稚園、それ以前の記憶がすっぽりと抜けている。

 士道が幼少期の事でかすかに覚えているのは白く巨大な光の球体が残っているだけでそれが何を示すかなど士道は、考えた事も無かったので記憶の片隅へ追いやっていた。

「おにーちゃん、おはよー!」

 明るく元気に漲る声が部屋の外からしたかと思うと、荒っぽくドアが開けられ声の主は士道の腹へと飛び乗って来た。

「ぐふっ……!?」

「あはは、おにーちゃん、グフだってさ陸戦用だね!」

「こ、琴里……腹に飛び乗るのだけは勘弁してくれ、腹の内容物が出る」

 青い顔をしながら布団から顔を出すと士道の視界には嫌でも琴里の純白の下着が入って来る。日常的に拝見するようになった士道は特に「隠せ!」とも言わない。

「琴里、とりあえず早くどいてくれ」

「うん、わかったぞおにーちゃん」

 琴里は足に力を入れて士道の腹を踏み台にしてそこからどいた。

「あぁ……腹いてぇ」

「おにーちゃん、早く! 早く! 朝ご飯早く! あたしお腹減ったぁー!」

「はいはい、すぐ作るよ」

 琴里に手を引かれて一階に降りると琴里は椅子に着いてナイフとフォークを握ってそれをカチカチと鳴らして朝食を催促する。

「行儀が悪いぞ琴里」

 家事担当の士道はフライパンに火を通してながらベーコンと卵を冷蔵庫から出す。

「おにーちゃん、朝ご飯何?」

「ベーコンエッグだ」

「えぇ~あたしハンバーグが良い!」

「朝から大層な注文だなあ、おい。朝から作るの面倒だろ」

「ハンバーグ良いの! ハンバーグ!」

「なんなら昼にでも食べに行くか?」

「さんせー! じゃあ昼はファミレスでハンバーグだね!」

「よーし、わかっ――ッ!?」

 その時である。

 士道の頭に頭痛が走り、瞳孔が広がると共に一瞬だけ髪が逆立った。

 頭を抑えながらふらつく士道に琴里は心底心配した声を挙げた。

「おにーちゃん!? 大丈夫?」

「う、うん大丈夫」

「あたしがお腹に飛び乗ったからかな?」

「違う違う、心配するなよ」

 士道には記憶が抜けているという点以外にもう一つ人とは違う所がある。士道に強い頭痛が起きた後は大抵嫌な事が起こる。

 頭痛を無視して士道は朝食を作り上げると皿に盛り付けてテーブルに持って来た。

「いっただきまーす!」

「いただきます」

 焼いた食パンにバターを塗りながら士道はリモコンのスイッチを押してテレビをつけた。テレビではちょうど朝のニュースがやっていた。

「ありゃりゃ……また空間震だって怖いね」「ついさっき起こったのか」

「そうみたい」

 発生原因不明、超常的天災である空間震は発生と同時に辺り一体の物を破壊するだけ破壊して消え去って行くという極めて厄介な災害だ。

「おにーちゃん、食欲ないの?」

 テレビを凝視していた士道はハッと我に帰る。琴里はフォークをくわえながら心配そうに士道の顔を見つめていた。

「大丈夫大丈夫、へーきだよ」

 士道はそう言って料理にがっつくように食べて朝食を平らげる。

 二人分の食器を水に浸けてから士道は鞄の中身を確認してから玄関で待っている琴里の方へ向かった。

「待たせたな琴里」

「うん、早く行こおにーちゃん」

 士道と琴里は家を出てからしばらくは通学路は同じだ。何回か信号を渡り少し歩道を歩いていると大きな交差点の一角に構えるファミレスが見えた。「昼間はあのファミレスで良いか?」

「いいよ、ハンバーグが食べれたらどこでもいいよ」

「ハハッ、じゃあ俺はあっちだから。車には気をつけろよ琴里」

「うん、わかった。あー!」

 元気よく分かれようとした時だ琴里は慌てた声を挙げる。

「どうした?」

「チュッパチャプスがない! あれがないとあたし三分しか動けないの」

「ウルトラマンみたいだな」

「家まで取って来る!」

「おい、学校はどうすんだ」

「大丈夫だよ、全力で走ったら間に合うからー!」

 苦笑いしながら士道は琴里に手を振って学校に向いて歩き出した。ボーっとしながら歩道を道なりに歩いていれば士道の通う高校が見えて来る。今年のクラスは一体どうなるのだろうかなどと士道は考えながら校門に片足を踏み込もうとしたこの時、士道の頭に今朝の強烈な頭痛に襲われた。

 強い吐き気と髪が逆立ち、脳裏に妙な少女の顔が映った。

「――!? ハァ……何なんだよ今の」

 ようやく頭痛が終わったかと思うと次に来たのは町全体に響き渡る警報音だ。空間震の発生の際に町には空間震警報が鳴り、住民はすぐに近くのシェルターに避難するものだ。

「空間震……!? まずい早く逃げないと。そういや琴里の奴、ちゃんと逃げてんだろうな」

 独りごちながら士道はケータイのGPSで琴里の居場所を調べる。本来ならば空間震警報が鳴ればシェルター逃げている筈だが士道はどこか胸騒ぎがしてならないのだ。

 GPSに琴里の居場所がようやく出て来た時、士道は青ざめた。琴里の反応がなんと士道の自宅から出ているのだ。

「あのバカ!」

 士道は即座に通学路を引き返して自宅へと向かう。常に耳に入って来る空間震警報が背筋に張り付くような恐怖感を煽り、額や首筋には夏場以上にぐっしょりと汗をかいていた。

 琴里は怖くて家で泣いていると思うと士道の足は徐々に速くなっていく。

 

 だが、警報が途端にピタリと停止して町に水をまいたような静けさが包み込む。

 轟音に次いで爆風が士道が立つ遥か北側で発生した。己の理解を超えた現象に士道は思わず膝を付き、未体験の風圧が家屋を瓦礫を大地を削り取って行った。

 ドーム状に広がる空間震は士道の自宅や近所のスーパーなども容赦なく呑み込んで行くのだ。

 やがて空間震が収まり、士道は強風に晒されただけに留まった。怪我と言えば少し肘を擦りむいたくらいで町の被害と比べればかなり軽傷だ。

 覚束ない足取りで士道は曲がり角を曲がるといつもなら活気づいた大通りがある筈だ。だが、空間震が起きた場所には大通りも町も無くただただ広い瓦礫の平原と化していた。

 瓦礫の平原の先には少女がいた。

 士道は一瞬目を疑ったが、間違いなく少女である。肩当てや篭手、鋼鉄のブーツにドレスのようなひらひらとした装飾がされた服装をしている。

 藍色の髪は驚く程に長く、リボンで束ねられている。目はぱっちりと大きく、鼻筋は綺麗に通っており全身程よく肉付き、スタイルや顔立ちどれを見ても端麗だ。

 惑う事なく美少女と断言出来る少女と士道、この両名の出会いは世界を数奇な物へと変えて行く。


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