だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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だから彼女は友達がいない

我が家の家具が列を為して行進している。

右、左、右、左。

家具達は上手に、上手にテンポに合わせ、肩を大きく揺らしながらの大行進だ。

 

 

「凄いな」

 

 

自分の持っていた荷物をトラックの荷台に載せ、振り返った私はただ一言呟いた。

引っ越しの日、元々業者と私たちだけでやるつもりだった引っ越し作業を、町の人たちの殆どが手伝いに来てくれたお蔭で始めてから一時間しか経っていない筈なのだが既に終わりそうになっている。

そのせいで業者の人達は仕事で来ている筈なのに彼らに邪魔だと押しのけられ、仕事が無くなってしまってその辺でポカーンとなっている訳だが、その分これからの長距離移動を頑張ってほしい。

それにしても町の人達の反応を見た限り、両親共々本当に皆に慕われていたんだなと感心する。

ただ町医者として働いているだけで、頼んでいないというのにこんなに人が手伝いに来てくれる筈がない。

やはり彼らが手伝いに来てくれた理由は、日ごろの両親の患者一人一人に対する丁寧で暖かな対応、それと二人の人柄というのが大きいのだろう。

私はそれを素直に誇らしくあり、そして羨ましくも思った。

私にとって彼ら、両親という存在は、とても眩しく、とても大きな物だった。

 

 

「ミーナ」

「ミーナさん」

 

 

ふと私に後ろから掛けられる声がした。

振り返ると、そこに立っていたのはやはりハルトマン姉妹。

二人とも私の見送りに来てくれたみたいだ。

 

 

「とうとう……お別れなのですね」

「そうだなウルスラ、世話になった」

「ミーナ……」

「なんだエーリカ、泣くのか?」

「な、泣いてないよ!?」

「フフ、姉さま。昨日はあんなに……」

「わ!! わぁ!! ウルスラ言っちゃ駄目だってばぁ!!」

 

 

彼らと笑い合うのはもう何度目になるだろうか?

本当に……本当にこの二人には私は大変良くしてもらったと思っている。

こんな年になっても若い彼らに交じれ、仲良くなれた経験は私にとっては貴重な物で、長年の戦いの中で摩耗しきった私の心を少なからず彼女たちは癒してくれた。

 

 

「ありがとう」

 

 

私のような者なんかと友達になってくれて。

私の口から自然と漏れ出た感謝の言葉。

それを聞いた二人は、目を丸くし、笑う。

 

 

「今更ですね」

「アハハ、そうだね。ミーナ、ミーナはもっと肩を抜いて気楽に生きた方がいいと思うよ?」

「もっと肩を抜いて……気楽にか。覚えておくよ」

「……姉さまのように肩を抜き過ぎるのもいけませんから」

「ひどっ!? ちょっとウルスラ~!!」

「ハハハ……ああ、そうだった。ちょっと待っていてくれ」

 

 

二人にはその場に残っていてもらい、私はある物を家に取りに行き、そしてすぐ戻ってきて彼女たちにそれらを渡す。

 

 

「粗品だが、受け取ってくれ」

「あっ……」

「これは」

 

 

私が贈った物は、ウルスラには自動車等の機械構造が分かりやすいように図による解説が載っている本を、エーリカには木工用の小刀、それとあの時の木彫りのF―35にペイントを済ませた完成品を。

それぞれが興味を示し、尚且つ私のお小遣いで届く範囲の物、本当に粗品である。

 

 

「こんな物しか贈れずに……」

「ありがとミーナ!!」

「むぎゅ!?」

「ありがとうございます、ミーナさん」

 

 

ウルスラにも、エーリカにも、思いのほか喜んでいただけたようだが……エーリカ、苦しいです。

 

 

「姉さま、そろそろ放して差し上げないと」

「あ……ご、ごめんミーナ」

「ゲホッ……まあ、二人に喜んでいただけたようで何よりだよ」

 

 

本当、彼らに喜んでもらえたみたいで一生懸命選んだ甲斐があったなと内心でホッとする。

実はこれらを渡すまで、何度もこれで良かったものかと不安だったのだ。

 

 

「……ミーナ」

「どうしたエーリカ」

「ガリアに行っても、ちゃんと友達作ってね」

「と、唐突にどうしたエーリカ?」

「そうですミーナさん。あちらに行っても必ず友達を作ってくださいね」

「ウルスラまで……」

 

 

急にそんな事を言い出すエーリカたち。

なんでそこまでその事を強調してくるのか?

私にはさっぱり分からない。

 

 

「何故?」

「分からない……でも約束してミーナ。絶対に、ミーナが心から笑い合える友達を作るって。絶対に、また独りにならないって」

 

 

エーリカとウルスラの真剣なまなざしに押され、私は頷き、そしてあの時、約束した。

約束したんだ。

 

 

「分かった、ガリアでもちゃんと友達作ると、約束するよ」

「ホントに?」

「本当だ」

「約束ですよ、ミーナさん」

「ああ、約束だ」

「ミーナ……」

「どうした、エーリカ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ミーナの嘘つき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

ふと目を覚ますと私の家の見知った天井が見えた。

しかし周りはまだ薄暗く、いつも無意識に数える木目の数が上手く数えられない。

そんな中、べっとりと夏場特有らしい嫌な汗が私の身体にへばりついている事に気づき、私はそれを厭う。

しかし、眠い。

普段ならここで眠気が勝って二度寝を行うところなのだが、だが何故かその気になれないのはきっとこの汗のせいなのだろう。

だから私は身体を起こし、目を擦りながら、湿気の篭ったベッドから何とか這いずり出た。

そして外の様子を知るためにカーテンを開き、窓から外の世界を見下ろすと、世界は未だに眠りについていた。

目覚まし代わりの鶏さえも眠りについている。

朝日が上がる前に、私は如何やら目を覚ましたようだ。

朝に弱い私が、だ。

珍しい事もあったもんだと思いつつ、私は何となく、窓にそっと手を触れさせた。

 

 

「嘘つき……か」

 

 

触れた窓に映る私が何かを呟いたようだが、私は何も聴かなかった事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登校時刻。

私はいつものように決まった時間に家を出て、決まった道順を通り、学校に向かう。

小学生の登校時間はいつの時代も早く、町は未だ眠りから覚めきっていないご様子だと、彼女は町を歩きながら思う。

学校は町から外れた少し丘の上の方に立っていた。

そこまで向かうにはまず町を抜け、抜けたそこから少し遠く、北に見えるガリア陸軍の小さな駐屯地を一瞥しつつ、西にあるお婆様の入院しているガリア軍立病院の傍を通り、坂道を上がる。

家から此処までで約5㎞といったところか。

歩いてくるだけでもちょっとした運動である。

そうして校門をくぐって校舎に入り、自分のクラスを目指す。

 

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 

自分の教室の扉に手を掛け、一呼吸。

開こうとして……やっぱりもう一呼吸。

そしてゆっくりと、私は教室の扉を開いた。

 

 

「おはよう」

「……」

 

 

返事は……今日もやはり無し。

その場に相手が、人がいない訳では無い。

人はちゃんといる。

視線もこちらを向いている。

しかし返事は返ってこない。

皆私を見て、どう反応していいのか分からないと言った様子だ。

 

 

「……」

 

 

駄目か。

今日もまたそう思いつつ、私は自分の席について小さなため息を吐く。

少しでも息抜きできればと図書室より借りた書物を開くが……まったく集中できない。

 

 

(エーリカ済まない……約束、守れそうにない)

 

 

そんな自責の念が、私を支配していた。

 

ふと、私は生前の彼、久瀬優一の人生だった頃、学生時代の私はどうだっただろうかと今一度思い返してみた。

……思い返してみれば彼もまた今と全く同じ状況だったなと、少しへこんだ。

ただ、彼は両親亡き後引き取ってくれた祖母――祖父は既に他界していたようだ――の負担にならないようになるべく学業に専念し、トップの成績を常に取り続ける事で特待生として授業料を全額免除してもらっていた立場だったので、彼が周りの事を気に掛ける余裕などなかったのだろう。

 

ならば生前のヴィルヘルミナの人生はどうだったであろうか?

 

 

(……あれ、どうだったかな?)

 

 

久瀬の人生よりも後の人生を送った筈の彼女の人生が思い出しづらいのは今に始まった事ではない。

しかし今世では彼女の人生、記憶こそ、今後の私の心強い武器になるというのにその肝心の記憶が虫食い状態というのは本当に困ったものだ。

……ああ、やっと彼女の学生時代については思い出したが、やはり彼女は友達こそいるが、その固有魔法故に周囲からは気味悪がられ、余り交友関係は宜しいとは言えなかったようだ。

と言うか私は如何やら交友関係に関しては外的要因があるとはいえ、前世も今世も壊滅的にダメダメなのかと、またへこむ。

 

周囲が私に近寄らないのは、ちゃんとした理由がある。

それは恐らく前回の大戦、第一次世界大戦によるものである。

ただ此方の世界においての第一次世界大戦は、その大戦までの経緯と大戦初期までの流れは久瀬の世界と一緒だが、中期から小規模だがネウロイの巣が欧州各地に少なからず出現した事によって人間同士で戦い続ける訳にはいかなくなり、戦争が有耶無耶になっている内に終わってしまっている。

しかしカールスラントとガリアが少なからず敵同士として戦った事には変わりない。

中期以降のカールスラントはカールスラント現皇帝であるフリードリヒ四世が、開戦の発端を作り、そしてネウロイ出現によって混乱しているカールスラント首脳部を混乱に乗じて迅速に押さえ、これ以上の継戦を望まず手早くリベリオン合衆国の大統領を通じて和平に乗り出し、ネウロイ相手に劣勢になっていた国々に賠償代わりとして援軍派兵等を積極的に行っていたようだが、それでもカールスラントが様々な国相手に戦争を仕掛け、死傷者が大勢出してきた事は紛れもない事実であり、故にカールスラント人がガリア人に憎まれるのも分からない話では無い。

学校だけでなく、街中の大人達も、私に対する反応は様々だ。

私に問題なく接してくれる人たちもいれば、(かたき)を見るようにずっと睨んでくる人たちもいる。

 

 

(私は友達を作りたいだけなのに……)

 

 

視線を感じ、書物に向けていた顔を持ち上げてみると、こちらを向いていた周囲のクラスメイトは皆、サッと私から顔を背けられる。

 

 

(こうやって自覚してみると、悲しいものだな。独りとは……)

 

 

私は書物を閉じて、席を立った。

そして私は書物を持って図書室に向かう事にした。

……決して私はこの教室の空気に居た堪れなくなって逃げた訳では無く、借りていたこの書物の貸し出し期限が迫っていた事に気づいたから教室を離れたのだと、弁解したい。

 

しかし私が離れた後の教室は、何かに解放されたかのように何処か賑やかで、その賑やかさが何処か羨ましかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

またため息が、意図せず私の口からポロリと漏れる。

こんな年にもなってこんな事で悩むとは、我ながら情けないなと思いつつ、私は図書室に向かう。

図書室に向かう廊下を壁伝いに、最早寄りかかるかのように私は歩き、そして曲がり角を曲がる。

 

 

――目の前には何故か、壁

 

 

「わっ!?」

 

 

今までそこになかった筈の壁に私はぶつかり、尻餅。

そして壁は何故かグラグラ揺らぎ、傾き、雪崩を起こす。

私に向かって。

 

 

「うわぁああああ!!?」

「きゃぁああああ!!?」

 

 

ドサドサと私に降り積もる、壁だったもの。

気づいてみれば、それは分厚い辞書のようで――ガンッ――くっ、痛い。

私は辞書でぶつけた頭をさすりながら立ち上がり、目の前に私同様尻餅ついている女性に手を差し伸べる。

 

 

「大丈夫か?」

「ええと、ありがとうございま……わっ、ルドルファー様!!?」

「え……ルドルファー様?」

 

 

ルドルファー様って……何で?

それよりどうして初対面である筈の目の前の彼女が私の名前を知っているのかが少し気になる。

 

 

「どうして、私の名を?」

「えっと……クラスメイトがルドルファー様のお話をよくしていたのを耳にしていましたのと、一度だけお姿をご拝見させていただいたことがあって……」

「ああ、成程……立てるか?」

「ありがとうございます、よいしょ」

 

 

私の手を取って立ち上がった彼女は思っていたより背がある訳では無く、少し小柄といったところ。

偶々目についた彼女の髪は茶髪、それをミドル程にすっきりと切りそろえられており、枝毛の無さそうな、艶も、毛並みのいい髪だと素直に思った。

彼女は立ち上がると、埃を払って咳払いを一つ。

そして彼女はスカートの裾を両手で少し持ち上げて一礼……あれ?

それって貴族の挨拶じゃなかったっけ?

 

 

「あの、お初にお目に掛かりますヴィルヘルミナ・()()()・ルドルファー様。私はルドルファー様の一つ下、第四学年に在籍していますラ・ペルーズ伯シャルロット・フランソワ・ドモゼーと申します。以後お見知りおき下さい」

「ああ、貴族の方でしたか。これはご丁寧に」

 

 

確かラ・ペルーズ伯言えば、元々このあたりを治めていた領主の名だった筈……じゃなくて!!

彼女とんでもない勘違いをしてらっしゃるよ!?

 

 

「あの、ラ・ペルーズ伯……」

「私の事は気軽にシャルロット、若しくはシャルとお呼び下さい、ルドルファー様」

「……シャルロットさん、私のミドルネームは()()()では無く、()()()()なのですが」

「え? あれ?……ルドルファー様は貴族ではないのですか?」

「誰に聞いたのか知らないけど断じて違うよ」

「そ、そんなぁ~」

 

 

へなぁ、とそんな音を出しながら彼女は壁に力なくもたれかかり、恥ずかしそうに顔を隠す彼女は何処か面白く見えた。

 

 

「ごめんなさいルドルファー様。私、家族以外の貴族の方とあった事が無くて、緊張してしまって」

「い、いえ。誤解が解けてなにより」

 

 

ひとまず緊張が変な形で取れて動けない彼女の替わりに落とした辞書を拾い上げておく。

……結構な量があるなこれ、女性でも背丈の高い私でも前が見えないのだが。

 

 

「わ、ありがとうございますルドルファー様。私が運びますのでこちらにいただけますか?」

「大丈夫か? 結構な量があるけど」

「はい、重さは魔法でカバーできますので」

 

 

そう言って彼女は私から辞書の山を受け取って持ち上げる。

しかしやはりと言っていいか、彼女の視界は辞書の山によって隠れ、歩かせようにも傍から見れば不安しか持てない。

 

 

「やっぱり半分持とうか?」

「むむ……大丈夫、です」

 

 

本人は大丈夫と言ってはいるが足取りは真っ直ぐではないし、明らかに危険である。

しかし無理やり彼女から辞書を取り上げるのも彼女の意思を損ねる事になるので悪手だろう。

 

 

「そうだ、ちょっといいかな?」

「はい?」

 

 

彼女に立ち止まってもらい、私は彼女の持っている辞書の積み方を変えてみる。

すると何とか彼女の視界を保てる程には、辞書の山は低くなった。

 

 

「これでよし、見えるか?」

「わっ、凄いですルドルファー様、ちゃんと前が見えますよ」

「そうか、良かった」

 

 

これで彼女が誰かと接触して雪崩を起こす心配も無いだろう。

 

 

「では、そろそろ授業が始まってしまいますし、これで失礼します、ルドルファー様」

「ああ、此方もぶつかって済まなかった。それと出来れば様付けは止めて欲しいのだけど」

「えっと、では何とお呼びしたらいいですか?」

「普通にヴィルヘルミナさんでいいのでは?」

「わかりました、ヴィルヘルミナさん。辞書、本当にありがとうございました」

 

 

そうして彼女はしっかりと辞書を抱えなおした後、ちょこちょこと歩きながら何度も何度も私にお辞儀をしながら進むが、流石に前を向いて歩かないと危ないのでは?

 

 

「お辞儀はいいから、前向きなさい、前を」

「わっ、はい!!」

 

 

私に注意され、今度はしっかりと前を向いて歩き出すが……本当に彼女一人で大丈夫なのだろうか?

少し心配になって私は見守るように彼女を眺めていたが、暫くすると廊下の奥より一人、女の子が駆けてきた。

その子は遠目でもシャルロットとよく似ている顔をしているのが分かるので、恐らく双子の姉妹なのだろう。

髪はシャルロットより短めのショートカット。

二人は会った傍から楽しそうに話し合いながら廊下を歩いている事から仲のいい姉妹なのだろうという事は想像に易かった。

そんな二人を私はただ何となく、その姿が廊下の曲がり角に消えるまで、ぼんやりと眺めていたのだが――

 

 

「睨まれた?」

 

 

曲がる瞬間、ショートカットのその子が一瞬こちらを睨んできた事を私は見逃さなかった。


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