だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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初、スマホ投稿!!
全然スマホでもいけるんだ(白目)


………見にくかったらごめんなさい。










目覚めてしまった彼女は、一体どこに逝くのか?
それが、問題なのです。







だ◾️ら彼◾️は帰還す◾️/裏

彼は大きな勘違いをしております。

彼は自分こそ自分本位だと思っているようですが、それは大きな間違いなのです。

実のところワタシこそ、随分と利己的な人間なのです。

ならば、本当に優しいのは誰でしょう?

無論、語るまでありません。

 

ワタシはその優しさを、利用したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19◾️9年 12◾️ 1◾️日 ◾️ュ◾️県

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭痛。

記憶が輻湊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘテロクロミア(虹彩異色症)?」

 

 

ドモゼー領で失敗した説得。

少年から左眼に受けた礫の治療の為にドーゼ医師のもとへと運びこまれた私は、左眼の治療の後、寝かされたベッドの上で渡された手鏡と、病名を告げられた彼女は初めて己の左眼の瞳の色が変色している事に気付いた。

ドーゼ医師から告げられた、『ヘテロクロミア』という病名。俗にオッドアイと呼ばれるそれの名を、私は少なからず聞き覚えがあった。

主に、久瀬だった時の部下だった、竹下の布教してきたサブカルチャーで、だが。

 

 

「原因はやはり、あの礫か」

 

 

手鏡に映る、左瞼の痣。

その下にある、変色した私の左眼の虹彩は、黒曜。

それはすべての光を悉く吸い込んでしまうような色をしていた。

しばらく己の瞳をぼーっと眺めていた私は、ふとおかしなことに気づく。

 

外傷で変色したにしても、こんなに綺麗に、急に変色するものか?

 

 

「気になるならば、その手の機関を訪ねてみるといい。どこも諸手を挙げて君を歓迎するだろう」

「それは困る」

 

 

笑う。

ドーゼ医師には前例が思いつかないくらいには珍しいらしい。

 

 

「左眼の調子はどうだ?」

「さいあくだよ」

 

 

右眼を閉じて、左眼だけで世界を望む。

左眼で見る世界は、いつもよりもピントがずれていた。

拳銃を構えてみる。が、やはり違和感がある。

両目で標的を合わせていた私にとって、左眼のピントのズレは致命的だ。

左眼の使用は、慣れるまでは避けた方がいいだろう。

 

 

「包帯を」

「ああ………いやまて」

 

 

私が巻いてあげよう。

そう言って、ドーゼ医師は私の左眼を粛々と巻く。

しゅるしゅると、包帯の擦れる音を静かに聴く。

 

 

「君も女の子だ。痣が見えては気になるだろう」

 

 

苦笑。

気にしているのはそのことではないのだけれど。

 

でも、でも、でも………

 

両親から貰った形、両親から貰った姿。

両親から貰った身体だから、この左眼の痣を気にしない訳ではない。

この身体が、仕方ないことだとはいえ傷つくことは悲しいことだ。

だから気遣いは、素直に嬉しく思った。

 

 

「できたぞ」

「ああ、ありが………………まて、なんだこれは」

「あっはっはっ、かわいいだろ」

 

 

巻かれた包帯を確認する為に、手鏡でまた見れば、左眼の前の部分でリボン結び。女の子らしい、かわいい結びだ。

でもこれじゃぁ戦場に出られないと解き、自分で包帯を結び直す。

 

それが君の選択か。

あからさまに残念そうにするドーゼ医師に、私は無言。何も答えない。

そんな私に倣ってか、ドーゼ医師もやがて口を閉じた。

 

呼吸音すら聞き取れる程の無言。

その後ゆっくりと、ドーゼ医師は改めて切り出した。

 

 

「君の左眼は、いずれ光を失うだろう」

「そう、か」

 

 

頭痛。

手の施しようがなかったのだろう。

私はドーゼ医師の言葉を受け入れる様に、左眼を包帯の上から撫でて、頷く。

ドーゼ医師を責めるつもりはない。

悲しむことないし、ましてや嘆くことも無い。

私はこの傷を受け入れよう。

なぜならこの傷は完全に私の落ち度だから。

 

 

「戦うのか」

「必要ならば」

 

 

必要?

そう聞き返すドーゼ医師に、私は大きく頷いた。

私は他人のために死ぬ気はない。戦う必要がないならば、それに越したことはないことだ。しかし、それは限りなく低い可能性。

ならばおじいさまを守るため、ドモゼー姉妹を守るため、梯団のため、そして人をためにいずれ戦う必要がある。

守りたいもののために前に出ること。それこそ私の『義務』だから。

 

 

 

 

 

………?

 

 

 

 

 

はたと首を傾げる。

 

義務?

義務と思ったか? 私はいま。

まただ。

また自己矛盾しているじゃないか。

力持つ者の義務(ノブレスオブリージュ)なんて、柄ではない。

なのに、何故………

 

 

「はっ」

 

 

そんな私を嗤った。

私よりも早く、鼻で嗤った。

 

 

「ドーゼ医師?」

 

 

嗤ったのは、ドーゼ医師だった。

 

 

「ははっ」

 

 

頭痛。

嗤った彼女は、顔が嫌に歪んでいる。

私をまるで馬鹿にしているようで。

ドーゼ医師は、いや、そんなことをする人かと。

見間違いかと疑って目をこする。

そう。

 

 

「はっ、あはっ、あっはっはっはっはっはっ!!」

 

 

ますます酷くなる頭痛に苛まれる私は、ついにゲラゲラと嗤いだした彼女に、不快感よりも違和感を覚えるのだ。

彼女は誰だと疑うのだ。

 

 

「君は、実に、可笑しなことを言う!!」

「何をッ!?」

 

 

ドーゼ医師が私の肩に手をかけた。

強く、酷く。

 

 

「『必要』? 冗談じゃない。貴様にとって戦いは『必要』ではない。ましてや権利でもない」

 

 

もう片方の手は、私の持つ拳銃を握る。

強く、激しく。

 

 

「久瀬優一、君にとって戦いとは『義務』なのだよ」

 

 

それはそれは、容赦のない力で。

どれだけ身を捩らせようと、動けずに、逃げられない。

 

 

「この………ッ!?」

 

 

突如の暴力。

非難しようとする私の口は、しかしそれ以上を開けない。

 

 

 

 

 

ドーゼ医師が、いつの間にか顔のないのっぺらぼうになっていたならば。

 

 

 

 

 

「優一さん、貴方にとって戦いは義務です。 貴方はこれまでも、これからも、戦いからは降りられない」

 

 

それはとても聞き慣れた女の子の声となって。

 

 

「久瀬優一、貴様にとって戦いは責務だ。貴様は戦うためだけに生み出されたのだ」

 

 

それは皺枯れた男性の声となって。

 

 

「No.91―――優一くん。ここで生まれて、ナンバーしか持たなかった私たちにとって、戦いこそ全てだよ」

 

 

それは区別すらつかない幼子の声となって語る。

けれど違う………違う!!

そんなはずが、あるものかと否定する。

 

生まれた時から義務ならば、私は一体何者か!!

 

 

「………知らぬと言うのか、貴様は今更」

 

 

で、あるならば。

そうならば。

 

首を振って馬鹿言ってくれるなと、否定する私にのっぺらぼうは、突然握っていた拳銃を自らの(あぎと)へと向けさせた。

そして。

 

 

「ならば、思い出すといい」

 

 

パンッ、と。

引き金に指をかけていなかったにも関わらず、誤作動を起こした拳銃が、実に勝手にのっぺらぼうの脳漿を弾き飛ばした。

 

頭痛。

 

のっぺらぼうは、ドーゼ医師の姿に戻っていた。

こと切れた顔面が私に向いて、虚ろな目は恨めしそうに私を見つめる。

 

頭痛。

 

手は血まみれ、身体も血まみれ。

顔にはなおさら返り血が滴っている。

シーツでいくら擦っても。

擦っても擦っても擦っても。

こびりついて纏わりつく血は、取れはしない。

 

頭痛。頭痛。頭痛。

 

 

「なんなんだ………なんなんだよ一体!!」

 

 

叫ぶ私に応えるように。

勝手にぞろぞろと天幕に侵入して来る白衣の集団。

皆ガスマスクをつけて、手には色んな注射器。

 

畜生。

何故わたしは知っている?

あれは頭がいたくなる薬だって。

あれはからだが焼けるように熱くなるお薬だって。

あれはおめめがいたくなるお薬だって。

あれはみみがきーんってするおくすりだって。

そしてあれは、ねむくなるおくすりだって。

 

やめろやめろと喚き、逃げる。

しかし拒絶はまったく聞いてもらえずに、逃げた束の間に捕まって。

身体に次々と突き立てられる注射針。ねじ込まれる薬液。

 

嗚呼、知ってる。

覚えている。

 

たとえ意識が落ちたとしても、投薬された薬が、私を蝕むこの痛みを。

心を殺されるこの痛みを。

思い出す。

 

 

思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭痛がする。

記憶が輻輳している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薬が抜けて目が覚める。

そんな少年を、私は横から見下ろしていた。

 

実に不思議な感覚だ。

自分(ヴィルヘルミナ)じぶん(優一)を見るというのは。

 

 

「………ぅう」

 

 

少し高く鈍い呻き声を出し、側臥位から身体を起こした彼は辺りを見渡す。彼には私が見えていない様子。

私も改めて、辺りを見回した。そこは彼にとっては()()()()真っ白な空間であった。正六面体の、箱のような部屋だ。

 

キャンパスのようにまっさらな部屋。しかしいつもと異なっているのは、床の真ん中に鮮やかな赤色の絵の具が、広く、酷く、叩きつけられていることか。

 

 

「ぁ」

 

 

彼も見つける。ソレを見つける。

中心の残骸。原型をとどめていない屍骸を。

 

まるで彼に見せつけるように。

それは臓器を撒き散らして無残に殺されていた、屍骸を。

 

かろうじて伺える見覚えある毛色から、それがモルモットであることが知れた。

彼が、久瀬優一が。

………いや。

『No.91』と呼ばれていた頃の、彼が殺せなかったモルモットだと。

 

ふらり。

彼は残骸へと近寄って。

嘆いて、座って残骸を、必死に懸命に掻き集めている。

けれど、壊れた命は不可逆だ。屍骸が動くことも元に戻ることもない。

真っ赤な泉の中心で、彼は集めた残骸を胸に抱いて、はらはらと『悲しい』と漏らす。

彼の両目に透明色の雫。

いつか『純粋』と呼んだそれを、赤色に染まったキャンパスに、無意味に落とす。

 

 

『No.91は極めて稀有だ。此処(研究所)で育ったデザインベビーでありながら、なぜああまで感受性を持つ?』

 

 

白衣とガスマスクをつけた怪しげな大人たちが、彼を囲って、彼の心を無視して見下ろす。いや、見下す。

 

 

『開発した能力値こそNo.56やNo.841と比類………いや、それ以上だが』

『しかし()()を施しているにも関わらず、こうも生物を害することに拒絶反応を示されては、兵士として仕立て上げるには難しかろう』

『使えぬ子供は要らぬ』

『処分するしかあるまい』

 

 

血の通っていることすら疑うほどに冷たく、心無い言葉は、私の鼓膜を貫いて私の心を散々に傷つける。

彼らが彼に。

子どもたちにしてきたことは、外道と誹られるべき所業。

 

そんな彼らに、彼は弄ばれた一人だった。

 

 

『いやいや各々方、操縦という観点から見れば、No.91の見せる感受性、「優しさ」こそ、我々が求める最優の兵士となるのではなかろうか?』

『然らば教育の段階を引き上げるとしよう』

『完成したNo.91は愛国心に満ちた良き兵士となるだろう』

 

 

その彼らの目論見通り、結果として私は兵士として完成することになる。

 

それが、久瀬優一の正体。

大戦の英雄の正体。

 

 

「ぅ………ぅぁ………ぁっ、はっ………」

 

 

残骸を抱えて、嗚咽を漏らす。

そんな彼の全く無駄な行為がおかしくって、腰が砕けてぺたりと座る私もまた彼の傍で湿気った笑い声を漏らす。

 

これでは彼は。

久瀬優一の正体は、正真正銘の化け物じゃないかと。

 

 

『泣くでない、No.91』

『来い、No.91』

『お前はよき兵士となるのだ』

『我が国を守護する素晴らしきモノとなるのだ』

 

 

彼を弄る算段がついたのか、白衣共が彼を引きずり何処ぞへと連れてゆく。彼らの夢や野望を共に引き連れて。

 

それをだ。

今更やめてくれ、これ以上()を弄らないでくれ。

なんて懇願しても無意味だろう。

知らないとは言わせない。

彼が屍骸の欠片を掻き集めていたように、終わった過去は変えられないことを。

 

 

 

 

 

 

此処は(久瀬)の、記憶の世界。

 

 

 

 

 

 

彼を連れ去っていく大人たち。

立てない私は彼らを見送ることしかできずに、ひとり部屋に残されて。

灯が落ちる、真っ暗になる。

部屋でひとり、暗闇でひとり。

床に拳を叩きつけた、私は問う。

悔しさを噛むように私は啼きながら、問う。

 

どうしてを。

 

どうしてこんな()があったのか。

私はどうして彼を覚えたままで、生まれてしまったのか。

戦うために作られたのが彼ならば、そのことを思い出してしまったならば、続く私は何者なのか?

 

 

この手の、拭い去ることも忘れることも許されない程の、いっぱいの血を、私は一体どうしたらいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴしりぴしりとひび割れた、床の亀裂は天井まで伝い。

天井の亀裂からは血が爛れた。

爛れた血はあっという間に地を埋めて。

それはきっと、私が殺してきた人たち全ての血でできていたのだろう。

だってこの()の底から唸るように、ほら聞こえるだろう?

 

死んだ彼らの恨み辛みが。

 

怨嗟を孕んだ血の雨が降るけれど。

傘を持たない私だから、雨にうたれる。

流す涙が透明であることを、雨は許してくれはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇2◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は虚ろな目覚めを迎えた。

気分はあまりよろしくない。

なんだか夢を見ていた気がするが、既に忘れた。

 

私は今、仄暗い洞窟の底にいる。

手には拳銃とナイフを握っていた。

何故こんな所に、こんなものを握っているのかなんて、疑問に思う間も無く、パッと灯るスポットライト。

照らされる下には、金髪碧眼の少女。

 

 

「ヴィルヘルミナ、フォンク………?」

 

 

そこにいたのは、私とは面識ないはずの少女。

しかし彼女は私の姿を認めてから、可笑しなことにコロコロと表情を変えていく。

はじめは困惑。

次は驚き。

最後は安堵と歓喜。

まるで長年の友と再会でもしたかように、会いたかったと言いたげに破顔する彼女は実に面白可笑しな百面相だ。

 

可笑しい? いやおかしいとも。

だって私の名を何度も呼ぶ少女を、私は知らないのだから。

面識は、ないはずなのだから。

 

ならば、知らない彼女は誰だろう?

 

 

「敵だろう? 殺すべき敵だ」

 

 

疑問に答えたのは、私の背後から抱きつくモノ。覚えのある少女の声。

少しだけ振り返れば、見覚えのある茶髪が私の頬をくすぐった。

 

 

「No.56………」

「ほら、彼女武器を持っているだろう?」

 

 

声の言う通り、少女の両手には大きなナイフ。

明らかな殺傷武器を持つ。

 

 

「ほら。彼女を守らなきゃ」

 

 

背後から伸びる左手の指す先には、ジョーゼットがいる。

 

ジョーゼットだ。

ジョーゼット・ルマールだ。

それは護るべき少女、それは無力な少女。

 

 

「守るって、どうやって」

 

 

手に持つ拳銃が、震える。

私はどうしたらいいかを知っている。けれど。

わたしの心はもう、そんなことをしたくはないと叫んでいる。けれど。

 

けれど………

 

 

「守らなきゃ、守ってあげなきゃ、あの子死んじゃうよ。コロッと死んじゃうよ。あんなものに刺されたら、間違いなく死んじゃうよ?」

 

 

だめ。

 

 

「それともあの子自身に手を汚させる?」

 

 

それだけは、だめだ。

 

 

「ならばなんとする?」

 

 

だからお前がああしてしまえ、こうしてしまえ、と。

誘惑する声は不可思議なノイズが混じって、女の子の声だけでなく、不気味な男の声が重なって聞こえた。

 

 

「私が、やる」

 

 

だけれど不思議と違和感はなくて。

 

 

「だって私は、」

 

 

なら、いっそあの子のために、って。

そうしなきゃって、思えたんだ。

己に課せられた責務のように。

 

 

「、道具だから」

 

 

殺さなきゃって思ったんだ。

 

 

「かっ、は」

 

 

見知らぬ少女の腹に、鉛を植えた。

そこから立派な華がじわりと咲いた。

少女は華を抱えて膝を折る。

 

 

「た、ぃ………ちょ、ぉ、……ん、でっ――――」

 

 

そこに、続けざまに三発。

 

倒れる、小さな身体。

震えた唇からは、噴水のように血が溢れ、目には涙。

 

少女は懸命に身体を引きずった。

けれど少女は逃げるのではなく、どうしてか、私に近づいた。

そしてまた縋るように私の名を呼ぶのだ。

 

ヴィルヘルミナ。

ヴィルヘルミナ・フォンクと。

何かが足りない、私の名を。

 

そんな少女に、見下ろす少女の頭に、グリッと銃口を突きつける。

 

 

「やめっ………」

 

 

引き金を引いて、幕引きを鳴らす。

頭を撃たれた少女の身体は弾かれたように、地面の上で少しだけ跳ねて、動かなくなった。

 

少女の姿をした敵は、そうして綺麗に果てたのだ。

 

 

「………」

 

 

しばらく彼女を見下ろした。

そうしなきゃいけない気がしたのだ。

敵なのに、知らない奴のはずなのに。

私は彼女の死を見つめる。

血だまりは伸びて、私の足先を突いた。

そしたら嗚呼如何してだろう。

頭痛。

 

 

『嗚呼……、無事で、よかった……、どうか君だけは………』

 

 

上手に殺せた護れたと、そう安堵するべき今、この胸に去来する結果に反して心悲(うらがな)しさ。

不意に頬を伝う涙はなんだ?

 

彼女はいったい何者か?

答える者は、もう誰もいない。

 

 

 

 

 

ぐちゃり

 

 

 

 

 

音がした。

それは事を済ませた私が、ジョーゼットにもう大丈夫だと伝えようと振り返った時だった。

ジョーゼットもまた、糸の切れた人形のようにぐたりと倒れていた。

 

 

「え?」

 

 

頭から、血を流し。

目を見開いたまま、事切れている。

ジョーゼットが、死んでいる。

 

どうして死んだ、ジョーゼット。

抱き上げた彼女は答えるはずもない。

だって死んでいるのだから。

守れなかったのだから。

 

そして。

 

私もジョーゼットと同様に、突然頭に何かを弾かれた私の意識は、地に伏せる前にプツリと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇7◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚ろな目覚めを歓迎しよう。

 

 

 

 

 

仄暗い洞窟の底で。

私の両手には、人を殺せる凶器がある。

目の前には、少女の姿を認めた。

金髪碧眼の少女の姿を。

 

 

「?」

 

 

………あれ。

あれ? あれ? あれ?

 

なんだどうしたと困惑する。

ちらりちらりと視線を動かすけれど。

正面には金髪碧眼の少女がいて。

背には、怯えるジョーゼット。

 

 

 

 

 

 

そして床には事切れた死体。

金髪碧眼の少女の死体。

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだ、お前は」

 

 

問いかけの答えだと言わんばかりに、金髪碧眼の少女は雄叫びを上げて、ナイフで以て私に襲い掛かってきた。

足元の、自分の死体を気にすることなくどかりと蹴りつけて。

 

驚いた。

だがそれだけだ。

足元のそれが何かは分からなかったが、少女が振るう刃は我武者羅で、あまりに無鉄砲で、ひどく感情をあらわにした太刀筋だった。

まるで追い詰められたネズミの様に、飛びかかる少女は隙だらけだった。特に、首元。

だから私はすれ違いざまに少女の首元をひらりと掻っ捌いた。

 

 

「かっ……あっ………」

 

 

鮮血が、宙を彩る。

噴水の様に、飛び散る命。

それを防ごうと少女は首を押さえるけれど、開いた傷口は広すぎた。

地に倒れる少女。顔色は青ざめて。

何故か最後は私に手を伸ばし。

痙攣していた彼女はやがて動かなくなった。

 

死に逝く。

そんな彼女を、私は確かに見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭痛。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紡がれるナイフ。

甲高い金属音が、何度も私の耳を劈く。

振る曲線と、鋭利な刺突。

白い死線の応酬の中で私は「あれ?」と首を傾げた。

 

足元には動かぬ少女。

殺したはずの少女が1、2、3、4………全部で20。

中には腐り始めた者までいる。

なのに金髪碧眼の少女は、未だ私たちの脅威となって襲い掛かってきていた。

 

殺したはずなのに、生きている矛盾。

必殺を繰り出すほどに、対策を講じられているような錯覚。

どんなに殺しても、倒しても。

地に倒しても、血を奪っても、私の知の及ばぬ不可思議現象で。

死という結果を夢幻であったかのようになかったことのように、無理矢理結果を書き換えられている感覚に私は苛まれていた。

 

少女は文字通り、死を踏破して。

足元にある自らの残骸を乗り越えて迫っている。

 

僅かに荒れる呼吸。

血だらけの手元、身体。

積み重ねた数多の死体に震える切っ先。

それは全て幻視したもの、存在しないモノの筈だけれど。

殺すたびに誰もが忘却するはずの『ズル』を、私の右眼だけは観測していた。

観測して積み重ねた殺人の記憶は、感覚は、徐々に私の心を苦しめる。

 

 

「………私は、道具」

 

 

その都度私は自分にそう言い聞かせて。道具なんだと言い聞かせて。

開きそうになる心に蓋をして、震えを止めた。

そしてまた殺人を犯す。

少女を護るために、少女を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭痛がする。

記憶が輻輳している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また引き戻された、記憶の中の彼の部屋は、前と違って廃れていた。

照明はちかちかと点滅を繰り返し、部屋をちっとも照らしてはくれない。

そんな部屋の隅っこで、雨が降って血だまりとなった床に、私は膝を抱えて彼を見ていた。

ぐちゃり、ぐちゃりと。

部屋の中心で、大人たちに玩具にされて道具となった、壊れたレコードの様に殺しを繰り返している彼を。

 

 

「殺さなきゃ、殺さなきゃ……」

 

 

ブツブツ呟く彼の足元には、沢山のモルモットの骸が転がっていて。

またぐちゃり。

ちょうど、未だ鮮やかな桜色した内臓を握り、モルモットの腹から乱暴に抉りだしているところだった。

 

残酷なことをしている筈なのに、彼はまったく無感動。けれどなにか駆られるように、一生懸命モルモットを殺している。

彼は大人たちに何を吹き込まれたのだろう?

どうせロクでもない事だと、膝に顔を(うず)める。

もう沢山だと、見えぬ誰かに訴えるように。

 

そんなことをしていたら、ゴンゴンゴンと、扉の向こうで誰かが扉を叩いていることに気付く。

誰だろう、何だろう。

気になるけれど、私は部屋の隅から動かない。

動きたくないのかもしれない。

 

 

「出ないの?」

 

 

みずたまりで遊ぶかの様に、血だまりの上を軽やかなステップを踏んで、周りをウロウロとするNo.56に首を振る。

過去と今とで混濁する記憶が、頭痛が、私を酷く苛んでいる今は痛みをこらえようとして、膝を抱えることで忙しい。

 

 

「なら、私は貴方の無様を見ていようかな」

「………ぶざま?」

 

 

No.56がよいしょよいしょと何処からともなく引っ張ってきたブラウン管のテレビ。

そこには私が映っていた。

忌むべき殺人を犯し続ける、私が。

 

 

「ここが貴方の無様のとくとーせき(特等席)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇3▪️9◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビの中ではヴィルヘルミナが戦っていた。

自分勝手に動いていた。

心に何度も蓋をしようとした己の身体は、とうとう己の意思から離れしまったらしい。

唯々敵を屠る様は、さながら殺戮人形のようだ。

 

なるほど、無様だ。

No.56の言葉を、ヴィルヘルミナは認めた。

 

テレビの中のヴィルヘルミナは、固有魔法によって加速を付加したナイフによる音速弾を放ち、金髪碧眼の少女の身体を散々バラバラに飛ばす。

それで終わっただろう。誰もが思うところ。

しかしテレビにノイズが走り、次に映る画面では、投擲したナイフの射線は寸で避けられていた。

 

画面の中の戦いはまた続く、まだ続く。

 

壁を、天井を駆け抜ける少女を見上げるヴィルヘルミナに、飛翔してくるのはナイフの霰。それを拳銃で撃ち落とした彼女に、今度は少女が飛んでくる。

迫る少女、その眼球をヴィルヘルミナは礫を拾ってパッと狙えば、カエルの潰したかの様な悲鳴をあげて少女は怯み、その無防備な顔面、ヴィルヘルミナはそこに固有魔法を付加して加速した拳を向けて――――ノイズ――――礫を避けられたヴィルヘルミナはすぐさま少女の下を潜り抜ける様に転がって、振り返ると少女の姿はない。だがヴィルヘルミナは気配を感じた。足音を、息遣いを聴いた。それを頼りにヴィルヘルミナは拳銃を向けて引き金を――――ノイズ――――振り返ったヴィルヘルミナは拳銃を発砲するも、弾丸は出現した幾何学模様をした壁に阻まれた。

 

シールドだ。

 

だがそのシールドに、シールドをぶつけることで、ヴィルヘルミナは少女のシールドを乱暴に相殺した。

砕け散るシールドの先には、驚愕する少女。その胸元には隙があって、ヴィルヘルミナはその隙を逃さず容赦なくナイフを刺突して――――ノイズ――――粉砕したシールドの向こうには、二振りのナイフを握って、刺突に合わせて旋回する少女の姿。咄嗟にヴィルヘルミナは刺突を諦め、身体を反り勢いそのままで鋭利な扇風機の下を滑り抜けて、ポタリ。

 

腕に伝うものを感じる、ヴィルヘルミナの腕には切り傷があった。

それは少女がつけた、初めての傷。

 

 

『やっと一太刀だ』

 

 

その切り傷を見て、少女は誇らしげに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっざまー、ぶっざまー、ほーんとぶっざまー♪」

 

 

私の周りでくるくる回るNo.56。

 

その横で映るテレビの中、画面の中の私が、切り傷を皮切りにだんだんと劣勢になっていく。

私はいつしか俯くのをやめて、食い入るように見ていた。

 

時に死線を越えて、時にやり直し。

何度でも立ち上がる。

 

私が見ているものは、無様を晒す私ではない。

見ているのは金髪碧眼の少女の方。

 

 

「ねぇねぇ、これでいいの? このままでいいの?」

 

 

鏡を見るかのような問いかけに、私はなんと答えよう。

よろしくないのは分かっているが。

でも、疑問。

画面の中の、少女に疑問。

 

精一杯だった私には見えなかったことだった。

画面の向こうだから、気づいたことだった。

不思議なことに、彼女からは見えぬのだ。

 

 

 

 

 

殺意が。

 

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

目隠しされる私の目の前は、真っ暗になる。

 

 

「何今更、甘いこと言ってんの?」

 

 

耳元の囁きは、隠しきれていない怒りを孕んでいて。

 

 

「殺せよ、私にそうしたように」

 

 

ハッとして振り返る私をNo.56が――――浅見コウが首に手をかける。

子どものそれとは到底思えぬ強さに抗えず、血だまりに押し倒された私は喘ぐ。

 

 

「殺せよ」

 

 

見上げる彼女の顔は。

血の涙を流して見開く彼女の眼は。

吊り上げた口角は狂気そのもの。

私に向ける憎悪は………量るまでもない。

 

 

「殺せよ」

 

 

彼女だけじゃない。

ずっと聞こえていた煩い声が、ここぞとばかりに血の底からも合唱する、反響する。

 

 

「殺せよ」

 

 

発狂しかねない程の、盛大な合唱が。

私が殺した幾多の人の声が。

 

 

「殺して、殺して、早く私たちと同じになれよぉおお、No.91ぃいいいい!!」

 

 

そしてその願いに応え、絶叫するのは。

少ない筈の魔力を爆発させて、敵を屠らんとして暴れるのは。

 

嗚呼、馬鹿野郎が。

画面の中の、人形に堕ちた私め。

 

 

『AAAAAAAAAAAAAAA――――!!!』

 

 

喘ぐ中でも手を伸ばす。

それ以上堕ちたらダメだと手を伸ばす。

 

このままだと、守れなくなってしまう。

ジョーゼットの身を。

おじいさまの頼みを。

母さんの願いを。

ハルトマンたちとの再会を。

 

けれど拘束。

()のそこから這い出た亡者たちが。

爛れた、腐った、焦げ付きた死者たちが。

唸り声をあげながら、私に殺到して襲いかかる。

きっと彼らは、私を嬉々として歓迎しているに違いない。

死者の世界に。

 

死者たちが憎悪を以って、私をバラバラに引きちぎる。

引きちぎられる私は絶叫し、No.56はそれを見て快哉を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い゛やた゛ぁい゛やぁいだい゛いい゛ぁ゛ぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶の死者たちは、私の身体の一片すら食い尽くす。

母さん譲りの自慢の髪も、父さん譲りの透き通った瞳も。

足も、腕も、頸も、皮膚も、肉も、臓物も、なにもかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の過去が、今の私を壊していく。

 

こぼれ落ちたひと目だけが、無残に食い尽くされる私を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だれか、わたしをたすけてください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19◾️0年 ◾️月 1◾️日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、行きます。

まっててください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グロ注意(遅い)



Q,ストパン世界は大昔にユダヤ教が消滅したからキリスト教も存在しませんけど

A,おのれコンプティーク12月号!!(情報の真偽協力してくださいました方々は本当にありがとうございました。それを踏まえて、色々検討させていただきましたが、このままいこうかと思います。だって、これ、二次創作(震え声))

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