だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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インターバル

西暦1963年 10月25日 パリ カフェテラス

 

 

 

 

 

先の大戦から既に二十年近く経ちました。

パリの街はもはや、硝煙の名残はありません。

当時に比べれば、人々の表情は明らかに違います。

戦争を知らない子どもにしたら猶更でしょう。

彼らは、戦争を知らない。

そんな世が訪れる事は、嬉しい事です。

平和。

老婆心でカフェのテラスからカメラで切り取るその一瞬が、私はたまらなく大好きです。

 

ごきげんよう皆さま、『ル・タン』誌のクローディア・モーリアックです。

ただいま私は、最近巷で話題となっているカフェへと来ております。

此処の珈琲は味はさることながら、なんでもここでは大戦時から続く一風変わった乾杯の風習があるとの噂ですが、一体それはどんなものなのでしょうか。

 

 

「なーんて」

 

 

なんちゃってドキュメンタリーはさておき、さて。

先のネウロイ大戦における取材。

機密指定が解除された資料の中で見つけたとあるメモからガリア戦線の謎に迫る糸口を見つけるも、しかしそれ以降の調査の結果はあまり芳しいもとのは言えず、行き詰まりを感じた私は気分転換を兼ねて、突発的に巷で話題のカフェへの突撃取材を思いつき敢行していた。

経費は勿論、取材経費。

取材なのだから、当然だ。

 

湯気立ち上る、運ばれてきたばかりのノアゼットに僅かに口をつけ、さて、欧州最激戦区のひとつとして挙げられるガリア戦線。

そこに存在したとされる『始まりの大隊』とは何を指すかを改めて考える。

公式の記録では、その名称に該当すると思われる大隊は、存在しない。

それは開示された情報の山と言う膨大な資料、そして将校クラスの現役軍関係者たちはガリア戦線に対して一部かたくなにneed not to know を唱えて口を閉じたことによって、潰した時間が証明している。

 

 

『アレは、軍の恥だ』

 

 

唯一得られたものと言えば、とある将校のその一言だけ。

そう都合よく何度もあのメモのようなほころびを示唆するものは、簡単には望めるものではないらしい。

調査から一度離れ、視点の転換を図って机上思考に回帰も試みてみた。

『始まり』とつくくらいだ、何らかの構想を持って設立された、後の部隊編成に大きくかかわる事となった部隊であるのは想像に難くないだろう。

そんな確信を持って、当時の軍編成に明るい『ル・タン』誌の軍事部の同僚に意見を聴けば、当時構想から初設までにいたった部隊として知られているのは二つ。

一つはド・ゴール氏を中心とした陸軍革新派によって検討されていた、ド・ゴール機動戦術と呼ばれる構想に基づいた機甲部隊。

そしてもう一つは東部戦線の英雄、オートクローク氏による航空魔導歩兵大隊を中核とした、こちらも機動戦術構想に基づいている陸空混成軍団だ。

そのどちらかではないかというのが、軍事部の同僚の見解であったが、それらは私にとって謎の核心に近づく助けとなるよりも、抱いた確信を揺るがせ、より混乱を招くものでしかなかった。

 

何故なら、その二つの部隊の中心は、ド・ゴール氏とオートクローク氏だ。

ならば、『彼女』に該当する人物は何処なのか?

 

いないのだろう、その二つには。

そんなフィーリングに近い否定だが、しかしその直感に近い否定には、全くの援けが無い訳ではない。

その二部隊、共にガリア共和国設立後に活躍している部隊なのだ。

つまりメモにある『失墜』にあたるであろう、ガリア失陥する以前に活躍した部隊ではないということになる。

ならば『始まりの大隊』とは、いったい何を意味するのか?

白状しよう。

取材は、現状暗礁に乗り上げている。

 

溜息を一つ、零す。

思考を止め、私は売店で買ったブリタニア・タイムズ紙を広げる。

そこで、ノアゼットを一口。

 

外気に触れているノアゼットは先ほどより、思いのほか冷めていた。

熱すぎず、温くもなく。

口に含むには十分な温度。

先行するのは、熱さよりも、味。

口腔を通りやすく、舌も味の分別がつく適温、なればこそ。

 

 

「美味しい」

 

 

甘いミルク泡の膜のその下に潜む、深みのあるエスプレッソ。

舌は肥えていると自負していたが、ソレにはどうにも抗えない。

値段に対して僅かであるカップ。

底の一滴まで飲み干した私は、素直に称える。

ここは、どうやら当たりらしい。

 

また改めて詳しく取材に訪れる事を決意し、傍を通りかかった若いウェイターにお代わりを注文する。

称えた私の言葉を聞いていたのだろう。

快く注文を受けた若いウェイターは、少し足早にバックヤードへと消えていった。

去ったウェイターを見送った後、お代わりが運ばれてくるまでの間、私は改めて広げたタイムズ紙に目を落とす。

『ネウロイ大戦の英雄、ブリタニア訪問へ』

紙の見出しは、講演のためにブリタニアを訪問しているオートクローク元陸軍大将が一面を大きく飾っていた。

 

 

「もし、お嬢さん」

 

 

紙を読んでいた私に、不意に声を掛けられた。

ウェイターかと顔を上げるが、目の前にいるのはウェイターではなかった。

ファッションか、若干着崩したスーツ。

しかし妙に清潔感を感じる着こなしの、明るいブロンドの眼髪が印象的な青年。

 

 

「『ル・タン』誌のクローディア・モーリアックさんですね」

「………誰?」

「失礼、僕はランティエ社のエミールと申します。以後お見知りおきを」

 

 

人が良さそう、と印象を誘うような、うさん臭い笑みを浮かべた青年が、差し出してきたのは名刺には………『エミール・ゾラ』?

ふざけた名前だ。

受け取るソレには私立探偵とあるが、本当に探偵なのかは疑わしいところ。

 

 

「同席しても?」

「だめよ」

「失礼しますね」

 

 

………聴いた否応の意味は?

 

拒否するも対面に座る、エミールと名乗った青年。

私立探偵がいったい私になんの用かと、内心で警戒を強める。

 

 

「ああ、そんなに警戒しないでください。僕は貴女の手伝いに来たのですから」

 

 

おどけた様子で両手を挙げる。

長年の取材経験で培われたポーカーフェイスには自信があったつもりだったのだが、目の前の青年にはあっけなくバレたことは、持ち合わせている少しばかりのプライドが傷つけられたようであまりいい気はしない。

取材が進んでいない苛立ちと相まって、不機嫌が、顔に出ていることを自覚する。

 

 

「誰もそんなこと頼んでないわ」

「いえ、頼まれましたよ。」

「誰によ」

「上司にです」

 

 

人の良い己の上司の顔を思い出し、舌打ち。

あの上司なら、私が迷惑だと言ってもやりかねないだろう。

本当に、余計なお世話をするものだ。

 

 

「まぁ、いいわ」

 

 

それはさておき、どうして探偵なぞ寄越したのか?

私は先のネウロイ大戦の真実を追いかけているのであって、決して炭鉱の労働者らの凄惨な生活を糾弾するためではないというのに。

 

 

「私立探偵を名乗っていますが、廻ってくる仕事は専ら著名人の身辺調査でして」

 

 

………なるほど。

私立探偵を名乗ってはいるが、彼は言わば、メディアの協力者。

もしくはパパラッチ的な、なにか。

ともかく、私の上司の紹介だ。

ひとまず、取りあえず、信用はしてやろう。

だからと言って、目の前の自称私立探偵を信頼するつもりはないが。

 

 

「それで、文豪さん。私のところに送られてきた貴方は、当然軍事関係には広い見解があるのだとお見受けするけれど」

「勿論です」

「コネクションも」

「当然」

「へぇ、例えば?」

 

 

そうですねと少し思案し、手に取るのは私の見ていたタイムズ紙。

指さすのは、一面に写っていたオートクローク氏。

彼を指さして、エミールは面白い冗談を言うのだ。

「この人と、アポなしで会えます」と。

本当に、本当に可笑しな冗談だ。

 

 

「あっはっはっはっは!!」

 

 

だから嗤ってやった、盛大に。

オートクローク氏との単独面会は、夢のまた夢だ。

大手メディア紙でさえも十分も取材できれば上出来であるオートクローク氏の取材には私も何度と挑戦したことがあるが、門前払いを受けたことは記憶に新しい。

だと言うのに、嗚呼。

久々に腹を抱えて嗤った気がした。

だって、大の大人が、突拍子もなく、真顔で、大法螺を吹いたのだ。

とても面白い冗談だ。

これをどうして笑わずにいられようか。

 

自称私立探偵の文豪を騙っているから警戒していたが、その正体は、どうやら道化たピエロだったらしい。

ならば、こちらとしても同じ土俵に()()ことも吝かではない。

 

 

「エミールと言ったわね、貴方」

「はい」

「是非とも貴方の見解を聴きたいのだけれども」

 

 

『始まりの大隊』について、エミールに知っているかを聴いてみることにした。

誰これ構わずに聴くべきではないモノであることは理解していたが、そこにあるのは、やけくそが半分。

そして根拠はない、直感的な期待半分といったところ。

だがその問いかけが、運命のいたずらか幸運かは知らないが思いがけない情報を齎してくれる。

 

 

「もしかすると、それはP301では」

「P301?」

「ガリア軍初の航空魔導大隊だと聴いています」

 

 

それは聞いたことのない部隊番号だった。

 

先の大戦下、ガリア軍において部隊運用を主導しているのは参謀部。

そのうちの作戦実施のための部隊運用を司る作戦課において運用された部隊は、先日の機密指定文書解除によってその全てが開示されている。

その中で、当時300番台を割り振られたのはガリア空軍の教導隊であるが、部隊番号P301に該当する部隊は存在しなかったことは確かに記憶している。

 

そもそも魔導大隊のいずれかが、『始まりの大隊』に該当しないのではないだろうか。

ウィッチの軍事的運用を試みる魔導隊構想の主流はカールスラントにあるが、その原点は第一次大戦の英雄ルネ・フォンクによる航空魔導隊構想にあって、その構想の下で編成された部隊の戦果は、公に知られているところだ。

つまり初設には当たらず、魔導大隊がソレにあたる可能性として排除されるのではないか?

しかしその反論に、エミールは首を横に振る。

 

 

「ルネ大佐麾下として知られているその部隊は、その実プロパガンダ部隊であったのはご存知ですか? つまり正式部隊ではありません。ジョルジュ・ギンヌメール亡き後のタレントを欲したガリア政府がルネ大佐の戦果として喧伝するためにガリアの部隊としての名を付けたのが実態です」

「政治ね」

 

 

滑稽だ。

つまり、知られているルネ大佐の部隊は、正しくは存在しなかった。

正式編成ではないため、魔導大隊がその可能性を排除されることはない。

私はどうやら取捨選択するべき情報を誤っていたようだ。

認めよう、勉強不足を。

視野の狭窄を。

しかし、悔いる事は後でもできる。

 

 

「お客様」

 

 

ウェイターが持ってきた、頼んでいたノアゼット。

私は立ち上がり、カップを掲げる。

 

 

「『エスプレッソに、ミルクの泡を張ったノアゼット。一見鮮やかで甘い表面とは裏腹に、黒く苦みのある底。文明社会とは、まさに各の如し。しかし我らはまさにその社会に生きている。ならば飲み干すしかあるまい、その一滴まで。乾杯しよう、ガリア万歳』」

 

 

唱えるのは、この店に伝わる風習。

口早に言い終えた私は、カップを傾け一気に飲み干す。

一気に飲み干したノアゼットは、甘く、苦く、そしてなにより熱かった。

 

 

「クローディアさん」

「なにかしら?」

 

 

呼び止められるのは、彼に背を向けた直後。

 

 

「聴くまでもないですが、どちらへ?」

「言うまでもないでしょ、あなたには」

 

 

取材だ。

 

 

 

 

 

本社に戻った私は『P301』についての調査を開始した。

それにあたって、当時を知るガリア軍の退役将校にコネクションの限りを使って片っ端からアポイントを取った。

『P301』を知る者に辿りつくまでには時間がかかると考えていたが、しかし、まさかの一人目でビンゴ。

それどころか、空軍に従軍していた者に関してはその部隊番号にほとんどが反応を示したことには驚いた。

ただ取材する中で、不可解な事が起こった。

それはまるで、ガリア戦線の謎を、体現するかのような事態。

 

 

「P301のことをご存じで?」

「ええ知っています。『芋野郎(potato)』部隊のことですよね」

「芋野郎? ガリア軍初の航空魔導大隊だったと聴いていますが?」

「はっはっはっ、戦時下での伝言ゲームはよくある話です。ところでガリアは当時、ウィッチの軍事的運用について後進国と見られていたのはご存じで」

「………つまり?」

「お優しいカールスラントが、わざわざ航空ウィッチ教導のためのウィッチまで派遣していらぬノウハウをガリアにもたらそうとしたら、赤っ恥をかかされたっていう胸がスカってする笑い話ですよ」

「それがP301だと」

「Pはただの蔑称でしょう」

 

 

これは東方戦線に従軍していた元航空ウィッチ。

 

 

「P301? ああ、覚えてますよ。確か、ウィッチ推進派が陸軍大学のシンパを使って戦術研究という名目で秘匿されていた『試作(prototype)』部隊ですね」

「試作部隊? 正式部隊や、カールスラントの教導隊ではなく?」

「そんな噂もありますが、実態はお話しした通りです。まあ、失敗したみたいですが」

「失敗?」

「さあ? ただ、当時の軍の、と言うより上層部と言った方がいいかもしれませんね、彼らには男尊女卑の思想がありましたから。大方、存在が露呈して解散させられたのでしょう」

 

 

これは中央参謀部の元士官。

 

 

「P301は30名で構成された秘密結社だ。『高きところ(perch)』と呼ばれていた」

「………秘密結社? カールスラントの派遣教導隊や試作部隊ではないのですか?」

「P301が部隊番号ないしそのほかの何かであったというのは諜報上のブラフだろう。もしくは、隠れ蓑」

「それで、P301はどういった組織だったのですか?」

「軍上層部、いや、軍上層部に巣食った敵に抵抗するための組織だ」

「敵? 敵とは?」

「ネウロイだよ」

 

 

これは南方戦線の元情報将校。

 

東方戦線に従軍していた元航空ウィッチや中央参謀部の元士官のような如何にもと言うべき話から、南方戦線の元情報将校が語ったような荒唐無稽な話まで。

P301を調べていくにつれて、色々な話がでるわでるわで困惑してしまう。

戦場の伝言ゲーム? それにしては、あまりにも湧き過ぎだという印象を受けたのは言うまでもない。

 

やっと一歩進んだと思えば、これだ。

真実は、いつもひとつ。

なんて宣うつもりはないが、おかしなことだ。

このままではあまりの情報の多さに処理しきれなくなってしまうと、危惧しなければならない違和感。

これではまるで、意図的に真実を隠されているかのようだ。

 

意図的であるかはともかく、有象無象の情報に踊らされて、自ら霧中に飛び込んでしまっては目も当てられないが、調査した話の中に真実に掠る、もしくはもととなるモノには少なからず近づいているのだろうとは確信している。

真実の独り歩きによって絡まった糸のように混沌とした現状が起こっているのなら、丁寧に紐解いてやればいい。

正攻法では、話の内容を統計や傾向でまとめる事によって真実に近づくこともできるだろう。

 

 

「モーリアック編集長、これって」

 

 

もしくはパズル解きが趣味と公言する、部下のハインケルが持ち寄るメモのように、視点と発想の転換が大切なのだろう。

真実とは、あの青年との出会いの様に、意外と思いがけないところにあるものなのだから。

 

 

 

 

 

………ところで、アナグラムというものを、皆さんはご存じだろうか?

 




活動報告で既にご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、お待たせいたしました。
無事活動を終えましたので、執筆を再開いたします。

前回話投稿時、ご理解と応援をしていただいた方々には、深く感謝しております。
詳しくご報告は出来ないことを心苦しく思いますが、おかげさまでこうして皆さまに胸を張って再開しますと報告できる結果となりましたとだけ、ご報告させていただきます。




一部ルビ振り部分で文章が表示されないバグ。
そこのところのルビは振らずに確固で対応しております。

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